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特許7696067炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン及びその製造方法並びに炭化ケイ素繊維の製造方法
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  • 特許-炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン及びその製造方法並びに炭化ケイ素繊維の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-11
(45)【発行日】2025-06-19
(54)【発明の名称】炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン及びその製造方法並びに炭化ケイ素繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08G 77/60 20060101AFI20250612BHJP
   D01F 9/10 20060101ALI20250612BHJP
【FI】
C08G77/60
D01F9/10 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2024554514
(86)(22)【出願日】2023-10-31
(86)【国際出願番号】 JP2023039177
(87)【国際公開番号】W WO2024095991
(87)【国際公開日】2024-05-10
【審査請求日】2024-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2022175726
(32)【優先日】2022-11-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】内藤 良太
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 惇基
(72)【発明者】
【氏名】井内 諒
(72)【発明者】
【氏名】山川 紘司
(72)【発明者】
【氏名】後藤 建
【審査官】小森 勇
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-137935(JP,A)
【文献】特開昭64-085225(JP,A)
【文献】特開昭61-136962(JP,A)
【文献】特開昭59-135227(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 77/00-77/62
D01F 9/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量(Mw)が10000以上16000以下であり、数平均分子量(Mn)が2500以上6000未満であり、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)が2.0以上4.5未満であって、ドデカメチルシクロヘキサシランを含む組成物からの反応生成物である、炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン。
【請求項2】
請求項1に記載の炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランを製造する方法であって、
(a)前記組成物を、液相反応容器内において300~600℃である第1の温度で加熱して、気化させる工程と、
(b)前記(a)の工程により得られた気体状の前記組成物を、前記第1の温度よりも5℃以上高い500~750℃である第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(c)前記(b)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器へ戻される工程と、を含み、
次いで、
(d)前記液相反応容器へ戻された前記成分を、前記第1の温度で加熱して気化させる工程と、
(e)前記(d)の工程により得られた気体状の化合物を、前記第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(f)前記(e)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器に戻される工程と、
(g)前記(d)、前記(e)及び前記(f)の各工程を繰り返した後、得られた前記液相反応容器内の化合物に対して、分子量を調整する処理を施す分子量調整工程と、
を含む、炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランを紡糸して、ポリカルボシラン繊維を製造する紡糸工程と、
前記ポリカルボシラン繊維を非酸化性雰囲気中で焼成して、炭化ケイ素繊維を製造する焼成工程と、を含み、
前記焼成工程は、(i)900℃以上1600℃以下で焼成すること、又は、(ii)900℃以上1200℃未満で一次焼成した後、1200℃以上1600℃以下で二次焼成することを含む、炭化ケイ素繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン、及びその製造方法、並びに炭化ケイ素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素繊維は、軽量で耐熱性を有し、かつ高強度であるため、従来から、合金に替わる材料としてジェットエンジンやガスタービンなどの熱機関に適用されている。
【0003】
炭化ケイ素繊維の製造方法としては、例えば、前駆体のポリカルボシラン(以下、「ポリカルボシラン」を「PCS」と記載することもある。)を用いてPCS不融化繊維を作製し、それを不活性ガス雰囲気中で1000℃を超えない温度で加熱した後、炭化水素ガスと不活性ガスの混合ガス雰囲気中で温度1000~1500℃で加熱して、炭化ケイ素繊維を製造する方法が知られている(特許文献1)。上記PCS不融化繊維は、PCS繊維を空気中で加熱して酸化する不融化処理を施して作製される。しかし、このようなPCS不融化繊維は、多くの酸素を含有するため、これを焼成して得られる炭化ケイ素繊維は、その耐熱性に劣るという問題があった。この問題を解決するため、特許文献2は、無酸素雰囲気中または真空中で放射線照射を行って不融化する方法を提案している。しかし、放射線照射を行うには高価な設備を必要とするため、炭化ケイ素繊維の製造コストが高くなるという課題があった。
【0004】
このような課題に対し、特許文献3は、PCSの分子量を調整して、不融化処理が不要である高分子量のPCSを作製し、当該PCSを用いて乾式紡糸によって炭化ケイ素繊維を製造する方法を提案している。特許文献3の方法により、2.5GPa以上の引張強度を有する繊維径が5~9μmの細径化された炭化ケイ素繊維が得られることが記載されている(段落[0072]、段落[0075])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平1-314730号公報
【文献】特開平4-194028号公報
【文献】特開2019-137935号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献3の方法により製造された炭化ケイ素繊維の機械的特性は、実用的には十分とはいえない。炭化ケイ素繊維の引張強度は、繊維中に存在する欠陥によって大きく影響される特性である。炭化ケイ素繊維が破断するメカニズムに関しては、炭化ケイ素繊維に外力が加えられると、繊維中の欠陥に応力が集中することによって繊維の破断に至る。そのため、繊維径が小さくなるにしたがい繊維1本当たりの欠陥量が減少することから、炭化ケイ素繊維の繊維径以外の構造が同じである場合、繊維の細径化によって繊維中の欠陥量が減少して繊維の引張強度が向上する。つまり、炭化ケイ素繊維の機械的特性は、繊維径が小さくなるにしたがい向上し、繊維径が大きくなるにしたがい低下する傾向にある。
【0007】
他方で、製造方法に関しては、繊維径の小さい繊維を製造する場合、紡糸工程において細い紡糸ノズルを使用する必要があることから、繊維素材の時間当たりの紡糸量が減少して繊維の生産量が減少する。そのため、繊維の細径化は、繊維の製造コストを増大させる要素になり得る。したがって、大きい繊維径の炭化ケイ素繊維であっても、引張強度などの機械的特性が優れた炭化ケイ素繊維を得ることができる製造方法が望まれている。上述したように、炭化ケイ素繊維の機械的特性は、繊維素材及び製造方法と大きく関係する。そこで、本発明は、優れた機械的特性を備えた炭化ケイ素繊維の製造方法に適した繊維素材を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは、上記の課題に鑑みて、炭化ケイ素の前駆体であるポリカルボシラン(PCS)の調製方法について研究した。その研究過程において、環状シラン化合物を含む組成物を用いるとともに、分子量を調整する処理(以下、「分子量調整処理」という。)を施して得られたPCSは、大きい引張強度及び引張弾性率を有する炭化ケイ素繊維の製造方法に適した繊維素材であることを見出し、本発明に至った。具体的には、本発明は、以下の実施形態を含む。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本実施形態は、重量平均分子量(Mw)が10000以上16000以下であり、数平均分子量(Mn)が1500以上6000未満であり、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)が2.0以上4.5未満であって、環状シラン化合物を含む組成物からの熱分解縮合反応生成物である、炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランである。
【0010】
(2)本実施形態は、上記(1)に記載の炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランを製造する方法であって、
(a)前記組成物を、液相反応容器内において300~600℃である第1の温度で加熱して、気化させる工程と、
(b)前記(a)の工程により得られた気体状の前記組成物を、前記第1の温度よりも5℃以上高い500~750℃である第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(c)前記(b)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器へ戻される工程と、を含み、
次いで、
(d)前記液相反応容器へ戻された前記成分を、前記第1の温度で加熱して気化させる工程と、
(e)前記(d)の工程により得られた気体状の化合物を、前記第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(f)前記(e)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器に戻される工程と、
(g)前記(d)、前記(e)及び前記(f)の各工程を繰り返した後、得られた前記液相反応容器内の化合物に対して、分子量を調整する処理を施す分子量調整工程と、
を含む、炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランの製造方法。
【0011】
(3)本実施形態は、前記環状シラン化合物は、ドデカメチルシクロヘキサシランである、上記(1)または(2)に記載の炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランの製造方法である。
【0012】
(4)本実施形態は、上記(1)に記載の炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランを紡糸して、ポリカルボシラン繊維を製造する紡糸工程と、
前記ポリカルボシラン繊維を非酸化性雰囲気中で焼成して、炭化ケイ素繊維を製造する焼成工程と、を含み、
前記焼成工程は、(i)900℃以上1600℃以下で焼成すること、又は、(ii)900℃以上1200℃未満で一次焼成した後、1200℃以上1600℃以下で二次焼成することを含む、炭化ケイ素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐熱性及び優れた機械的特性を有する炭化ケイ素繊維の製造に適した繊維素材である炭化ケイ素繊維用PCSを提供することができる。本発明によれば、PCS繊維に不融化処理を適用しなくても、機械的特性に優れる炭化ケイ素繊維を得ることができるから、炭化ケイ素繊維の製造コストの低減に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ポリカルボシラン合成に使用される液相気相熱分解装置を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、本明細書において、「X~Y」(X、Yは任意の数値)との表記は、「X以上Y以下」を意味する。
【0016】
[1]炭化ケイ素繊維用ポリカルボシラン
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランは、重量平均分子量(Mw)が10000以上16000以下であり、数平均分子量(Mn)が1500以上6000未満であり、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)が2.0以上4.5未満であって、環状シラン化合物からの熱分解縮合反応生成物であることを特徴とする。
【0017】
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSは、炭化ケイ素繊維の製造に適用される「前駆体」に相当する有機物である。本明細書には、前記PCSが繊維状に成形されたものを「PCS繊維」と記載し、前記PCS繊維が予備焼成された繊維を「予備焼成PCS繊維」と記載する。本実施形態に係る「炭化ケイ素繊維」は、PCS繊維に焼成処理が施されてセラミック化した炭化ケイ素繊維である。
【0018】
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSは、分子量に関する事項が最適な範囲に特定されるとともに、環状シラン化合物からの反応生成物であることが特定されている。当該PCSは、原料である環状シラン化合物の熱転位及び熱分解縮合反応によって生成される反応生成物である。これらの特定事項を備えることによって、耐熱性及び優れた機械的特性を有する炭化ケイ素繊維の製造に適した繊維素材を提供することができる。当該PCSからなるPCS繊維は、不融化処理を行うことなく、焼成して炭化ケイ素繊維を製造することができる。さらに、高い引張強度及び引張弾性率を有する炭化ケイ素繊維が得られる。得られた炭化ケイ素繊維は、大きな繊維径においても、高い引張強度及び引張弾性率を備えており、良好な機械的特性を有する。
【0019】
炭化ケイ素繊維の製造過程において、繊維素材であるPCSは、炭化ケイ素へ変化する。この変化に伴い、各原子間の結合エネルギーが大きくなることにより、炭化ケイ素の機械的特性(引張強度、引張弾性率など)が向上する。そのため、理論的には、炭化ケイ素における炭素とケイ素との原子比が化学量論比に近いほど、炭化ケイ素の機械的特性が向上する傾向にある。
【0020】
他方、PCSから炭化ケイ素へ変化する反応の過程において、酸素原子が共存する場合、COガスやSiOガスの脱離によって欠陥が発生することが知られている(特許文献2を参照)。また、炭化ケイ素繊維の製造工程において、焼成処理による結晶成長に伴い、結晶内に歪やボイドなどが生じて欠陥が形成される。これらの欠陥が炭化ケイ素繊維の機械的特性を低下させる原因となる。
【0021】
本発明者らは、炭化ケイ素の機械的特性の向上に関する課題について研究した。その研究過程で、比較的大きい分子量を有するPCS(以下、「大きいPCS」という。)と小さい分子量を有するPCS(以下、「小さいPCS」という。)とが共存するPCS繊維から調製された炭化ケイ素繊維は、高い機械的特性を有することを見出した。その詳細な理由については明らかでない。大きいPCSと小さいPCSとが共存することによって、PCS繊維中におけるPCSの充填性の程度が高くなる。さらに、PCSから炭化ケイ素へ変化する過程において、大きいPCSは、焼成処理の加熱によって強固な骨格構造を形成する一方で、その分子運動に限界があるため、分子間に隙間が発生したときに、当該隙間を解消することが難しい。それに対し、小さいPCSは、焼成処理の加熱による分子運動が比較的に容易に行われる。大きいPCSと小さいPCSとが共存する場合、大きいPCSによる強固な骨格構造の形成過程において発生した分子間の隙間は、小さいPCSによって補填されて、その結果、炭化ケイ素の結晶構造として有利な配置構造が形成されながら、炭化ケイ素の結晶化が進行すると推測される。このようなメカニズムによって、高い機械的特性を備える炭化ケイ素繊維が得られたと考えられる。
【0022】
小さいPCSの含有割合が過少であるPCSは、大きな分子運動が困難である。その結果、PCSから炭化ケイ素結晶へ変化する過程において、炭化ケイ素繊維の内部にボイド等の結晶欠陥が形成されるため、炭化ケイ素繊維の機械的特性が低下すると推測される。他方、大きな分子量を有するPCSの含有割合が過少であるPCSは、焼成処理の際に溶融する恐れがあるため、繊維構造を形成することが困難であると推測される。
【0023】
(重量平均分子量(Mw))
PCSの重量平均分子量(Mw)は、10000以上16000以下の範囲にあることが好ましい。重量平均分子量が10000未満である場合は、PCS繊維の引張強度が低くなるので好ましくない。よって、重量平均分子量は、10000以上が好ましく、より好ましくは11000以上、さらに好ましくは12000以上である。他方、重量平均分子量が16000を超えると、乾式紡糸を行う際、PCSを溶解させるための溶剤を多量に必要とするので、好ましくない。よって、重量平均分子量は、16000以下が好ましく、より好ましくは15000以下、さらに好ましくは14500以下、特に好ましくは14000以下である。
【0024】
(数平均分子量(Mn))
PCSの数平均分子量(Mn)は、1500以上6000未満の範囲にあることが好ましい。数平均分子量が1500未満である場合は、PCS繊維を焼成する際に、PCS繊維が溶融して融着する虞があるので、好ましくない。よって、数平均分子量は、1500以上が好ましく、より好ましくは2000以上、さらに好ましくは2500以上である。他方、数平均分子量が6000以上であると、乾式紡糸を行う際、PCSを溶解させるための溶剤を多量に必要とするので、好ましくない。よって、数平均分子量は、6000未満が好ましく、より好ましくは4000以下、さらに好ましくは3000以下、特に好ましくは2000以下である。
【0025】
(重量平均分子量と数平均分子量との比(Mw/Mn))
PCS繊維中におけるPCS分子の充填性(充填率)を高くするためには、大きなPCS分子の分子量とその個数、及び、小さなPCS分子の分子量とその個数、当該分子量及び個数における各割合を適切に調整することが重要である。なお、本明細書に記載された「充填性」と「充填率」は、同様の性状を意味する記載である。重量平均分子量(Mw)は、大きなPCS分子による分子量分布の影響が大きく反映されるのに対し、数平均分子量(Mn)は、小さなPCS分子による分子量分布の影響が大きく反映される。したがって、重量平均分子量と数平均分子量との比(Mw/Mn)は、PCSにおける大きな分子と小さな分子との割合を示す指標になり得る。PCSの比(Mw/Mn)を適切に調整することによって、当該PCSから形成されたPCS繊維は、その内部においてPCS分子の充填性を高くすることができる。その結果、前記PCS繊維の焼成によって優れた機械的特性を有する炭化ケイ素繊維を得ることができる。
【0026】
PCSの重量平均分子量と数平均分子量との比(Mw/Mn)は、2.0以上4.5未満の範囲にあることが好ましい。以下、本明細書は、当該「比」を「分子量比」と記載することもある。分子量比(Mw/Mn)が2.0未満である場合、このPCSを用いて得られる炭化ケイ素繊維は、引張強度が低下するので、好ましくない。よって、分子量比(Mw/Mn)は、2.0以上が好ましく、より好ましくは、2.5以上、さらに好ましくは、3.0以上である。
【0027】
他方、分子量比(Mw/Mn)の増大は、分子量の分布が広くなることに相当する。PCSの分子量分布が過度に広がると、PCS繊維中のPCS分子の充填性が低くなり、PCS繊維から調製される炭化ケイ素繊維の機械的特性が低減するので、好ましくない。よって、分子量比(Mw/Mn)は、4.5未満が好ましく、より好ましくは4.0以下、とくに好ましくは3.0以下である。
【0028】
(環状シラン化合物を含む組成物)
PCSは、ポリシラン化合物を原料として製造されるのが一般的である。ポリシラン化合物は、Si同士が鎖状に連結した骨格を有するものである。それに対し、本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSは、環状シラン化合物を含む組成物がPCSの原料として用いられる。環状シラン化合物は、Si同士が環状に連結した骨格を有するものである。
【0029】
本実施形態に係る環状シラン化合物を含む組成物は、環状シラン化合物を50質量%以上含むことが好ましく、60質量%以上、80質量%以上、または90質量%以上を含んでもよく、または、環状シラン化合物を100質量%で含んでもよい。上記「環状シラン化合物」は、骨格がSi-Si結合のみからなる骨格を主鎖とし、主鎖が環状を形成している化合物である。ポリカルボシランの製造方法において使用する環状シラン化合物の員数は、好ましくは15以下であり、より好ましくは10以下であり、さらに好ましくは7以下である。環状シラン化合物は、単環でもよく、複数の環を有していてもよい。環状シラン化合物の側鎖は、任意の構造を有していてもよい。環状シラン化合物としては、オクタメチルシクロテトラシラン、デカメチルシクロペンタシラン、ドデカメチルシクロヘキサシラン、及び、テトラデカメチルシクロヘプタシラン等が挙げられる。これらの環状シラン化合物の群から選択された1種または2種以上の化合物を用いることができる。原料供給の観点からは、環状シラン化合物は、ドデカメチルシクロヘキサシランであることが好ましい。
【0030】
本実施形態に係る上記「組成物」は、環状シラン化合物以外の化合物を含んでもよい。例えば、環状シラン化合物の合成原料であるジクロロジメチルシラン、その分解縮合物、及び鎖状ポリシラン化合物などを挙げることができる。
【0031】
ところで、PCSは、分子量が小さいほど軟化点が低下する傾向にある。しかし、本発明者らは、本実施形態に係るPCSについては、分子量の小さいPCSから調製したPCS繊維であっても、焼成工程においてPCS繊維が溶融せずに、炭化ケイ素繊維が得られることを見出した。
【0032】
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCS繊維を用いて炭化ケイ素繊維を製造する場合、当該PCS繊維に不融化処理を適用しなくても、溶融せずに焼成できる理由は、明らかでない。本実施形態に係るPCSは、環状シラン化合物から製造されたPCSに分子量調整処理が施されて特定の分子量を有する。当該PCSを紡糸して得られたPCS繊維は、焼成工程においてPCSの分子量が短時間で増大したことによって、前記PCS繊維の溶融が生じなかったものと推測される。このような分子量増大のメカニズムについては明らかでない。環状シラン化合物が開環してPCSへ変化させる熱転位及び熱分解縮合反応において、開環した分子鎖の両末端が活性な反応点となるため、得られたPCSは高い反応活性を有しているものと推測される。
【0033】
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSは、環状シラン化合物を含む組成物から得られた反応生成物であって、特定の分子量範囲及び分子量分布を有するPCSであることに特徴がある。PCSの分子量分布が適切に制御されたPCSを用いて紡糸することにより、PCS繊維中のPCS分子の充填性を高めることが可能である。当該充填性を高めるためには、低分子量PCSを或る程度で共存させることが必要である一方で、低分子量PCSは、加熱処理により溶融し易い傾向を有する。本発明者らは、原料に含まれる環状シラン化合物から特定の分子量範囲及び分子量分布を有するPCSを得るとともに、このPCSを紡糸したPCS繊維を用いることにより、PCS繊維に不融化処理を行わなくても、焼成して高い機械的特性を有する炭化ケイ素繊維が得られることを見出した。
【0034】
[2]炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランの製造方法
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランの製造方法は、上記[1]の特徴を備えた炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランを製造する方法であって、以下の事項を有する。
(a)前記環状シラン化合物を含む組成物を、液相反応容器内において300~600℃である第1の温度で加熱して、気化させる工程と、
(b)前記(a)の工程により得られた気体状の前記組成物を、前記第1の温度よりも5℃以上高い500~750℃である第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(c)前記(b)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器へ戻される工程と、を含み、
次いで、
(d)前記液相反応容器へ戻された前記成分を、前記第1の温度で加熱して気化させる工程と、
(e)前記(d)の工程により得られた気体状の化合物を、前記第2の温度の気相加熱領域において加熱して、ポリカルボシランを生成する工程と、
(f)前記(e)の工程により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器へ戻されるとともに、前記気相加熱領域を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器に戻される工程と、
(g)前記(d)、前記(e)及び前記(f)の各工程を繰り返した後、得られた前記液相反応容器内の化合物に対して、分子量を調整する処理を施す分子量調整工程と、
を含んでいる。
【0035】
上記の製造方法によって、重量平均分子量(Mw)が10,000以上16,000以下、数平均分子量(Mn)が1500以上6000未満であって、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)が2.0以上4.5未満であるポリカルボシランを製造することができる。
【0036】
(液相気相熱分解縮合装置)
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランは、液相気相熱分解縮合反応(以下、単に「熱分解縮合反応」と記載することもある。)を利用して製造することが好ましい。熱分解縮合反応によるPCS製造は、例えば、図1に模式的に示される液相気相熱分解縮合装置10(以下、「熱分解縮合装置」と記載する。)を用いて実施できる。熱分解縮合装置10は、主要な構成要素として、液相反応容器1、気相加熱用の流路11(当該流路を、以下、「加熱用流路」という。)、気相冷却用の流路17(当該流路を、以下、「冷却用流路」という。)を有している。液相反応容器1は、例えば、底面を有する筒状容器であって、その上部に開口を塞ぐための蓋5を備えている。加熱用流路11及び冷却用流路17は、例えば、管状の構造物である。
【0037】
(液相反応容器)
液相反応容器1内に、原料の環状シラン化合物を含む組成物や反応生成物のPCS等を含む混合物4が入っている。混合物4を所定温度(第1の温度)に加熱するため、筒状の液相加熱手段2が液相反応容器1を囲むように配置され、液相加熱制御用の温度測定器3(例えば熱電対)が液相反応容器1の外面と向かい合う液相加熱手段2の内面側に設けられている。加熱手段としては、液相反応容器内の液相を加熱する手段であればよく、例えば、マントルヒーターのようなヒーター及び外装が一体となっている加熱装置を使用できる。
【0038】
撹拌翼8及び駆動用モーター9を有する撹拌手段と、混合物4の温度を測定するための液相温度測定器6(例えば熱電対)と、液相反応容器1の内部空間へ不活性ガス20を供給するための不活性ガス導入管7とは、液相反応容器1の蓋5を介して取り付けられている。液相温度測定器6の先端及び撹拌翼8は、液相反応容器1の液相内に浸かるように配置されている。液相反応容器1内の混合物4が第1の温度に保持されることは、液相温度測定器6によって確認できる。液相反応容器1の圧力を測定するために圧力計22が、不活性ガス導入管7に設置されている。液相反応容器1内の圧力を検知することで、例えば、加熱用流路11、冷却用流路17及びガス排出管19などの閉塞に起因する内圧の異常を検知することができる。
【0039】
(気相加熱領域)
加熱用流路11は、その一端が、液相反応容器1の蓋5を介して液相反応容器1に連結されている。液相反応容器1内の混合物4から気化した成分は、加熱用流路11へ移動し、気相加熱領域14において所定温度(第2の温度)に加熱される。図1に示されるように、加熱用流路11内の気相を加熱するため、気相加熱手段12が加熱用流路11の周囲に配置されている。気相加熱領域14は、加熱用流路11内において気相加熱手段12によって加熱される領域に相当する。気相加熱領域が加熱されて加熱用流路内に上昇気流が発生するため、液相反応容器内から気化した成分を含む蒸気は、煙突効果によって加熱用流路内へ引き込まれる。その結果、液相反応容器から加熱用流路内へ向かう流れが形成される。液相反応容器内に導入された不活性ガスも、その流れに同伴されて加熱用流路内へ移動する。
【0040】
気相加熱手段12の構造は、特に限定されない。加熱用流路11内の気体成分を所定温度に加熱することできればよい。図1に示すように、分割されたヒーターを使用してもよい。分割ヒーターを制御することにより、気相加熱領域として広い均熱帯が形成される。加熱用流路11の周囲において気相加熱手段12を設けた箇所以外の部分には、温度が低下しないように断熱材で被覆して保温することが好ましい。
【0041】
気相加熱制御用の温度測定器13は、加熱用流路11の外面と向かい合う気相加熱手段12の内面側に設置されている。気相加熱領域14の温度を測定するための温度測定器15(例えば熱電対)は、加熱用流路11における液相反応容器1と接続する端部の反対側に位置する端部から加熱用流路11内へ挿入され、温度測定器15の先端が気相加熱手段12の設置個所の略中央付近に達するように配置されている。
【0042】
加熱用流路11における前記反対側の端部には、加熱用流路11内の気相の圧力を測定するための圧力計16が取り付けられている。前記圧力計16により、例えば、加熱用流路11、冷却用流路17及びガス排出管19などの閉塞などに起因する内圧の異常を検知することができる。液相反応容器1から加熱用流路11内へ流入する蒸気量を制御する必要があるときは、加熱用流路11において、液相反応容器1から気相加熱領域14へ至る途中に調整弁を設置してもよい。
【0043】
(冷却領域)
冷却用流路17は、加熱用流路11における液相反応容器1と接続する側の反対側に位置する開口と連結されている。気相加熱領域14を通過した加熱用流路11内の成分のうち、第2の温度以上である沸点を有する高分子量のPCSは、加熱用流路11内で凝縮して液体となり、液相反応容器1へ戻る。それ以外の気体成分は、加熱用流路11から冷却用流路17内へ移動し、冷却用流路17内の冷却領域18において冷却されて液体へ変化した後、液相反応容器1へ戻る。冷却用流路17は、冷却用流路17内のほぼ全体が冷却領域18に相当し、冷却領域18に進入した気化成分は、冷却用流路17の放冷によって緩やかに液化する。
【0044】
冷却領域18の温度が低すぎると、冷却用流路17内の気体成分は、液体に変化した後、高粘性の液体になったり、固化することにより、冷却用流路17を閉塞させる恐れがある。冷却用流路17内を流れる液体は、容易に流れるのに適した粘性となる温度範囲に冷却することが好ましい。そのため、冷却用流路17の周囲を断熱材で覆う、または、必要に応じて加熱して保温してもよい。
【0045】
冷却領域18に進入した成分の中には、気相加熱領域14における反応によって生じた水素やメタン、モノシランなどの低沸点成分も含まれている。前記低沸点成分は、不活性ガス導入管7から導入された不活性ガスとともに、排出ガス21として、冷却用流路17の中央付近に設けられたガス排出管19を経て外部へ排出される。排出ガス21は、外部において適宜に処理される。
【0046】
(液相気相熱分解縮合反応)
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用ポリカルボシランは、液相気相熱分解縮合反応に基づいて製造される。具体的には、以下の(a)~(g)に示す各工程を経て製造される。以下、各工程を「工程(a)」~「工程(g)」のように記載する。
【0047】
工程(a):
工程(a)は、環状シラン化合物を含む組成物を、液相反応容器内において300~600℃である第1の温度で加熱して、気化させる工程である。前記組成物を液相反応容器1内に入れた後、液相反応容器1内の物質は、液相加熱手段2によって第1の温度で加熱されて、組成物が気化する。そして、気体状の組成物は、加熱用流路11内へ移動する。加熱する際は、原料の酸化を防止するため、液相反応容器1内を非酸化性のガス雰囲気に保持することが好ましい。例えば、図1に示すように、不活性ガス20を供給することによって雰囲気ガスを置換してもよい。
【0048】
工程(b):
工程(b)は、前記工程(a)により得られた気体状の組成物を、前記第1の温度よりも5℃以上高い500~750℃である第2の温度の気相加熱領域14において加熱して、PCSを生成する工程である。気相加熱手段12によって加熱用流路11内が加熱されて、第2の温度を有する気相加熱領域14が形成される。工程(a)により気化して加熱用流路11内へ移動した気体状の環状シラン化合物は、気相加熱領域14において、熱転位及び熱分解縮合の気相反応によりPCSが合成される。なお、気相加熱領域14における第2の温度は、気相加熱領域14の中央付近で測定された温度に基づいて特定される。
【0049】
工程(c):
工程(c)は、前記工程(b)により生成された前記PCSを含む気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器1へ戻される工程である。工程(b)の気相反応により生成されるPCSは、気相加熱領域14に滞留し、その滞留時間に分布が生じる。そのため、生成されたPCSの分子量にも分布が生じて、様々な分子量を有するPCSが含まれる。さらに、気相加熱領域14において生成された反応物の中には、未反応の環状シラン化合物や環状シラン化合物の分解物等が含有される。これらの反応物のうち、第2の温度以上である沸点を有する高分子量のPCSは、加熱用流路11内で凝縮して液体となり、液相反応容器1へ戻る。それ以外の反応物を含む気体状の成分は、加熱用流路11から冷却用流路17へ移動する。そして、冷却用流路17内で冷却されて液体へ変化した後、液相反応容器1へ戻る。
【0050】
工程(d):
次いで行われる工程(d)は、前記液相反応容器1へ戻された前記成分を、前記第1の温度で加熱して気化させる工程である。液相反応容器1へ戻された成分としては、環状シラン化合物、低分子量のPCS、環状シラン化合物の分解物などがある。当該成分は、前記工程(a)と同様に、第1の温度で加熱される。当該成分のうち、第1の温度よりも低い沸点を有する成分は、気化して加熱用流路11へ移動する。
【0051】
工程(e):
工程(e)は、前記工程(d)により得られた気体状の化合物を、前記第2の温度の気相加熱領域14において加熱して、PCSを生成する工程である。工程(d)により加熱用流路11へ移動した気体状の化合物は、工程(b)と同様に、加熱用流路11内で第2の温度に加熱された気相加熱領域14において、熱転位及び熱分解縮合反応によりPCSが合成される。
【0052】
工程(f):
工程(f)は、前記工程(e)により生成された前記ポリカルボシランが前記液相反応容器1へ戻されるとともに、前記気相加熱領域14を通過した気体状の成分が冷却されて前記液相反応容器に戻される工程である。前記工程(c)と同様に、工程(e)により生成されたPCSのうち、第2の温度以上である沸点を有する高分子量のPCSは、凝縮して液体へ変化し、液相反応容器1へ戻る。それ以外の気体状の成分は、加熱用流路11から冷却用流路17へ移動し、冷却用流路17内で液体へ変化し、液相反応容器1へ戻る。
【0053】
工程(d)、工程(e)及び工程(f)の繰り返し:
前記(d)、前記(e)及び前記(f)の各工程を繰り返すことにより、液相反応容器1において低沸点成分が気化すること、気相加熱領域14において熱転位及び熱分解縮合反応により化合物が生成されること、気相加熱領域14の反応生成物が液相反応容器1へ還流することが、繰り返して行われる。その結果、分子量の大きいPCSの生成が進行するため、液相反応容器1内において、第1の温度よりも高い沸点を有する高分子量PCSの含有割合が増加する。その一方で、それ以外の成分の含有割合は減少する。すなわち、環状シラン化合物を含む組成物、前記組成物の分解物、及び第1の温度よりも高い沸点を与える所定の分子量に満たないPCS等の含有割合が減少する。所定の分子量に達したPCSは、液相反応容器1内で第1の温度によって気化しないので、分子量が過剰に増大することが抑制される。液相反応容器1における第1の温度及び気相加熱領域14における第2の温度を制御することによって、所定の分子量を有するPCSを選択的に製造することかできる。
【0054】
工程(g):
工程(g)は、前記(d)、前記(e)及び前記(f)の各工程を繰り返した後、得られた前記液相反応容器内の化合物に対して、分子量を調整する処理を施す分子量調整工程である。液相気相熱分解縮合反応によって調製されたPCSは、低分子量成分から高分子量成分までを含む分子量分布を有している。分子量調整処理は、PCSの中から融着の原因となる低分子量成分を除去して高分子量成分を残すことにより、PCS繊維を焼成する高温下においても、溶融せずに繊維同士の融着を抑制するための選別処理である。
【0055】
具体的には、溶媒中にPCSを入れた状態で所定時間を保持する。溶媒の種類は、PCSを溶解できるものであれば、特に限定されない。例えば、酢酸エチル、アセトン、ヘキサンなどを挙げることができる。これらの溶媒を混合してもよい。溶媒の混合比を変えることにより、溶解する低分子量成分の分子量範囲を変えることができる。
【0056】
本発明に係る炭化ケイ素繊維用PCSの製造方法は、液相気相熱分解縮合法以外の他の工程を含んでいてもよい。前記他の工程は、本発明の効果が損なわれない限り、特に限定されない。
【0057】
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSの製造方法は、「環状シラン化合物を含む組成物」をPCSの原料として用いる。
【0058】
(第1の温度)
第1の温度は、液相反応容器の中に含まれる物質が加熱される温度であって、300℃~600℃の範囲に設定することができる。第1の温度が300℃未満であると、低分子量のPCSは気化することが困難であるので、好ましくない。また、前記物質の気化速度が低下し、PCSの生成速度が低下するので好ましくない。よって、第1の温度は、300℃以上が好ましく、より好ましくは400℃以上、さらに好ましくは450℃以上である。他方、第1の温度が600℃を超えると、過大な分子量を有するPCSが生成される恐れがあり、さらに凝固物の生成割合が増加するので、好ましくない。よって、第1の温度は、600℃以下が好ましく、より好ましくは550℃以下、さらに好ましくは500℃以下である。
【0059】
(第2の温度)
第2の温度は、加熱用流路内の気相加熱領域において加熱される温度であって、500℃~750℃の範囲に設定することができる。第2の温度が500℃未満であると、PCSの熱転位及び熱分解縮合反応の反応速度が低下するため、生産性の低下を招き、高分子量のPCSの生成が困難であるので、好ましくない。よって、第2の温度は、500℃以上が好ましく、より好ましくは525℃以上、さらに好ましくは550℃以上である。他方、第2の温度が750℃よりも高温であると、紡糸が困難な固形物の生成や生成されたポリカルボシランの粘度が著しく増加し、製造装置の配管を閉塞させる恐れがあるので、好ましくない。よって、第2の温度は、750℃以下が好ましく、より好ましくは725℃以下、さらに好ましくは700℃以下である。
【0060】
第2の温度は、第1の温度よりも高い範囲にする必要がある。そして、第2の温度と第1の温度との温度差は、5℃以上に設定することができる。前記温度差が5℃未満であると、気相加熱領域における熱転位及び熱分解縮合反応の進行が遅くなるので、好ましくない。よって、前記温度差は、5℃以上であることが好ましく、より好ましくは30℃以上、さらに好ましくは60℃以上、特に好ましくは90℃以上である。
【0061】
(加熱時間)
液相反応容器を第1の温度に加熱する処理と、気相反応管の気相加熱領域を第2の温度に加熱する処理は、PCSが所定の分子量に到達するまで継続すればよい。目標とする分子量を有するPCSを製造するための時間は、原料となる環状シラン化合物の種類、第1の温度、第2の温度などによって異なる。加熱時間が延びるにしたがい、得られるPCSの分子量が大きくなる傾向がある。加熱時間が過少であると、高分子量のPCS生成に必要な反応時間が不足し、高分子量のPCSが十分に得られない。そのため、選定された第1の温度及び第2の温度に応じて加熱時間としては、4.0時間以上であることが好ましく、より好ましくは5時間以上、さらに好ましくは5.5時間以上、とくに好ましくは6.0時間以上である。前記加熱処理は、連続して行ってもよく、分割して行ってもよい。分割して行った場合の加熱時間は、各加熱時間の累積となる。他方、必要な所定の分子量を有するPCSが得られた後は、加熱を停止し、加熱に要するコストの低減を図ることが望ましい。本明細書は、この加熱時間を「反応時間」とも記載する。
【0062】
(冷却温度)
気相加熱領域を通過した反応物は、冷却用流路内で冷却される。冷却温度は、気体状の成分を液体にする程度に冷却できればよく、冷却温度が低すぎると、反応物が固化或いは液状の反応物の粘度が高くなり、前記経路内を閉塞させるので好ましくない。冷却温度は、50℃以上、300℃以下であることが好ましい。所定の冷却温度に保つため、冷却流路を保温してもよい。
【0063】
(非酸化性ガス)
液相反応容器内の雰囲気ガスの種類は、環状シラン化合物を含む組成物及びPCS等の反応生成物と反応しない非酸化性ガスであればよく、特に限定されない。例えば、不活性ガスが好ましく、窒素ガスや希ガスを単独又は混合して用いることができる。
【0064】
液相反応容器及び気相加熱領域を加熱して反応させる時間は、第1の温度及び第2の温度に応じて適宜調整することができる。
【0065】
[3]炭化ケイ素繊維の製造方法
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維の製造方法は、上記[2]の炭化ケイ素繊維用PCSの製造方法によって得られた炭化ケイ素繊維用PCSを紡糸して、PCS繊維を製造する紡糸工程と、前記ポリカルボシラン繊維を非酸化性雰囲気中で焼成して、炭化ケイ素繊維を製造する焼成工程と、を含み、前記焼成工程は、(i)900℃以上1600℃以下で焼成すること、又は、(ii)900℃以上1200℃未満で一次焼成した後、1200℃以上1600℃以下で二次焼成することを含んでいる。
【0066】
(非酸化性ガス)
焼成における非酸化性雰囲気ガスの種類は、PCS繊維と反応しない非酸化性ガスであればよく、特に限定されない。例えば、不活性ガスが好ましく、窒素ガスや希ガスを単独又は混合して用いることができる。
【0067】
(紡糸工程)
紡糸工程は、PCSを繊維状にする工程である。一般的な紡糸の方法としては、溶融紡糸法、乾式紡糸法、及び湿式紡糸法等が挙げられる。本実施形態に係る炭化ケイ素繊維の製造方法は、乾式紡糸法を適用することが好ましい。乾式紡糸法は、前駆体に溶媒を加えて前駆体溶液を作製し、当該前駆体溶液を用いて紡糸する方法である。PCSを溶媒に溶解して乾式紡糸用溶液を作製し、当該溶液の粘度を調整する。次いで、当該乾式紡糸用溶液を紡糸装置に供してPCS繊維を作製する。
【0068】
乾式紡糸用溶液におけるPCSを溶解する溶媒は、PCSを溶解することができればよく、特に限定されない。例えば、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、及びメシチレン等の芳香族炭化水素、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、及びノナン等の脂肪族炭化水素、並びに、クロロホルム及びジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素などを挙げることができる。PCSの溶解性及び揮発性に優れる観点から、トルエンまたはキシレンが好ましい。
【0069】
乾式紡糸用溶液の濃度は、適宜に調整することができる。例えば、当該濃度は、50~70wt%の範囲を選択できる。
【0070】
乾式紡糸用溶液の溶液粘度は、紡糸装置のノズル径に合わせて、適宜に調整することができる。例えば、ノズル径が65μmの場合、25℃における溶液粘度は、10~30Pa・sであることが好ましい。溶液粘度は、公知の測定方法によって求められる。当該溶液粘度は、例えば、E型粘度計を用いて測定することができる。
【0071】
紡糸工程で使用される紡糸装置は、本技術分野で通常に使用される紡糸装置と紡糸条件を適用することができる。乾式紡糸用溶液を紡糸装置に供し、例えば、紡糸ノズル径65μm、吐出圧力2~3.5MPa、PCS溶液の押出速度10~30mg/minの条件下で紡糸して、所定のPCS繊維を得ることができる。
【0072】
(焼成工程)
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維の製造方法は、前記PCS繊維を非酸化性雰囲気中で焼成して、炭化ケイ素繊維を製造する焼成工程を含んでいる。焼成工程は、紡糸工程によって生成されたPCS繊維を非酸化性雰囲気中で焼成してセラミックス化することにより、炭化ケイ素繊維を得る工程である。
【0073】
焼成工程は、(i)900℃以上1600℃以下で焼成すること、又は、(ii)900℃以上1200℃未満で一次焼成した後、1200℃以上1600℃以下で二次焼成することが好ましい。これらの焼成処理により、炭化ケイ素繊維を生成することが好ましい。
【0074】
上記(ii)の焼成処理は、一次焼成及び二次焼成の2段階で行われる。上記(ii)における一次焼成は、非酸化性雰囲気中でPCS繊維を900℃以上1200℃未満で焼成し、PCSから水素原子及び過剰な炭素原子を脱離させて、PCS繊維を炭化ケイ素繊維へ変化させることを主な目的とする処理である。PCS繊維の一次焼成によって、PCS繊維は炭化ケイ素(SiC)繊維へ変化し、この化学反応にともない繊維の引張強度が上昇する。900℃未満では、炭化ケイ素へ変化する程度が不十分であり、炭化ケイ素繊維の引張強度が低くなるので、一次焼成の温度は、900℃以上であることが好ましい。また、一次焼成の目的を達成する観点からは、一次焼成の温度を1200℃未満に設定してもよい。
【0075】
上記(ii)における二次焼成は、非酸化性雰囲気中で炭化ケイ素繊維を1200℃以上1600℃以下で焼成し、炭化ケイ素の結晶化を進めて高強度化を図ることを主な目的とする処理である。1600℃を超えると、結晶化が過度に進行して結晶子サイズが大きくなりすぎるため、繊維の引張弾性率が高くなり繊維が脆くなるとともに、機械的強度が低下し始めるので、二次焼成の温度は、1600℃以下であることが好ましい。また、二次焼成を効率的に進める観点からは、二次焼成温度を1200℃以上に設定してもよい。
【0076】
一次焼成の非酸化性雰囲気は、PCSが酸化しないような非酸化性ガスの雰囲気であれば、特に限定されない。非酸化性ガスとしては、窒素や希ガス、及びその混合物を用いることができる。なお、一次焼成の加熱温度範囲であれば、ケイ素と窒素とは殆ど反応しない。二次焼成の非酸化性雰囲気は、ケイ素が反応しないような非酸化性ガス雰囲気であれば、特に限定されない。ケイ素が高温において窒素と反応して窒化される恐れがあるため、焼成処理は、アルゴンなどの希ガス中で行うことが好ましい。
【0077】
上記(i)の焼成処理は、1段階の焼成処理であって、900℃以上1600℃以下の温度範囲で行われる。加熱された焼成温度に応じて、上記(ii)の一次焼成に止まる場合や、さらに上記(ii)の二次焼成に至る場合が含まれる。前記一次焼成に相当する加熱温度においては、主に炭化ケイ素繊維へ変化によって高い引張強度が得られる。前記二次焼成に相当する加熱温度においては、炭化ケイ素繊維への変化に加えて、炭化ケイ素の結晶化の進行によってさらに高い引張弾性率が得られる。
【0078】
上記(i)の焼成処理は、加熱温度に応じた非酸化ガス雰囲気を採用すればよい。上記(ii)の一次焼成に相当する加熱温度では、PCSが酸化しないように、窒素や希ガス、及びその混合物を用いることができる。上記(ii)の二次焼成に相当する加熱温度では、ケイ素が酸化しないように、アルゴンなどの希ガス、及びその混合物を用いることができる。
【0079】
焼成工程における前記(i)又は(ii)の各焼成を行う前には、非酸化性雰囲気中で500℃~900℃未満の予備焼成を行ってもよい。当該予備焼成は、過剰の炭素原子を除去する工程である。非酸化性雰囲気を形成するガスは、非酸化性ガスであれば、特に限定されない。非酸化性ガスとしては、窒素、希ガス、水素、及びその混合物を用いることができる。炭化ケイ素繊維は、その製造工程において余剰炭素が存在すると、焼成により炭素原子が脱離して、炭化ケイ素繊維の引張強度低下の原因となる。そのため、予備焼成時の雰囲気ガスとして、窒素や希ガスに水素を混合して、一次焼成前の予備焼成PCS繊維中の余剰炭素含有率を低下させることが望ましい。予備焼成におけるガス雰囲気中の水素の含有率は、30体積%~70体積%であることが好ましく、50体積%~70体積%がさらに好ましい。
【0080】
(炭化ケイ素繊維の機械的特性)
本実施形態に係る炭化ケイ素繊維用PCSを用いて製造された炭化ケイ素繊維は、高い引張強度及び引張弾性率を有する。引張強度に関しては、2.2GPa以上、2.5GPa以上、2.7GPa以上、2.8GPa以上、または、2.9GPa以上の引張強度を有する炭化ケイ素繊維を得ることができる。引張弾性率に関しては、210GPa以上、230GPa以上、260GPa以上、300GPa以上、または、330GPa以上の高い引張弾性率を有する炭化ケイ素繊維を得ることができる。
【0081】
さらに、本実施形態に係る炭化ケイ素繊維は、10.0μm以上の大きな繊維径(直径)において上記の高い引張強度を有する。従来技術の課題に関して上述したように、炭化ケイ素繊維の繊維径が大きくなるにしたがい、繊維の引張強度が低下する傾向にある。本実施形態に係る炭化ケイ素繊維は、大きい繊維径であっても優れた機械的特性を備える点で有用な材料を提供できる。
【実施例
【0082】
以下、本発明に係る実施例について説明する。本発明の範囲は、以下の説明に限定されない。
【0083】
分子量、溶液粘度、引張強度、引張弾性率、繊維径の各物性値を測定する方法について、以下、説明する。本発明及び実施例に係る物性値は、これらの測定方法によって求められた数値に基づくものである。
【0084】
<分子量>
JIS K7252-1:2016(ISO16014-1:2012)に定められた方法に準拠し、重量平均分子量(Mw)及び数平均分子量(Mn)を測定した。具体的には、液体クロマトグラム(島津製作所製HPLC)、昭和電工製カラム(ポンプ側からKF-604、KF-602、KF-601の順に各1本を連結し使用)を用いてPCSの分子量を測定した。測定溶媒としてトルエンを使用し、サンプル溶液濃度を0.5重量%、分析部及びリファレンスへの流速を0.40mL/min、オーブンの温度を40℃にした上で、検出器として示差屈折計を用いて分子量を測定した。
【0085】
<溶液粘度>
乾式紡糸用溶液の粘度を、E型粘度計(ティー・エイ・インスツルメント社製ARES-G2)を用いて、試験治具をφ25mmステンレス製パラレルプレート、溶液厚み0.5mm、温度25℃、せん断速度200sec-1の条件下で測定した。
【0086】
<引張強度及び引張弾性率>
JIS R7606:2000の測定方法に準拠して、炭化ケイ素繊維の引張強度及び引張弾性率を測定した。炭化ケイ素繊維を無作為に10本選択して、各炭化ケイ素繊維の引張強度及び引張弾性率を測定し、得られた10本の測定値を平均した数値を採用した。
【0087】
<繊維径>
繊維径は、引張強度及び引張弾性率の測定に供した繊維10本を用いて、キーエンス社製の光学顕微鏡(VHX-5000)により、倍率2000倍で炭化ケイ素繊維の直径を測定し、得られた測定値を平均した数値を採用した。
【0088】
(実施例1)
(1)炭化ケイ素繊維用PCSの製造
図1に示すような熱分解縮合装置10を用いてポリカルボシラン(PCS)を製造した。始めに、原料の環状シラン化合物としてドデカメチルシクロヘキサシラン(DMCHS)を液相反応容器1内へ入れた。液相反応容器1内の温度を、以下、「第1の温度」という。第1の温度として485℃を選定した。液相反応容器1内を第1の温度で加熱し、前記環状シラン化合物を気化させた。気化した環状シラン化合物は、加熱用流路11内へ移動し、気相加熱領域14を通過させた。気相加熱領域14の温度を、以下、「第2の温度」という。第2の温度として600℃を選定した。気相加熱領域14を第2の温度で加熱し、気相加熱領域14において、環状シラン化合物の熱転位及び熱分解縮合反応により、種々の分子量を有するPCSが生成された。
【0089】
加熱用流路11内の物質は、気相加熱領域14を通過した後、冷却用流路17へ移動した。気相加熱領域14において生成した前記PCSのうち、第2の温度以上である沸点を有する高分子量のPCSについては、加熱用流路11内で凝縮して液体となり、液相反応容器1へ戻った。前記高分子量PCS以外の気体状の成分は、冷却用流路17内で冷却されて液相反応容器1へ戻った。
【0090】
液相反応容器1へ戻った前記成分及び未反応の環状シラン化合物などは、第1の温度に加熱された液相反応容器1内で再び気化させた。気化した環状シラン化合物は、加熱用流路11へ移動し、第2の温度に加熱された気相加熱領域14においてPCSを生成し、さらにはPCSの高分子量化が進行した。加熱用流路11内に生成された高分子量のPCSのうち、第2の温度以上の沸点を有する高分子量のPCSは、凝縮されて液相反応容器1へ戻り、気相加熱領域14を通過した気体状の成分は、冷却用流路17内で冷却されて液相反応容器1へ戻った。このように、液相反応容器の加熱、気化、気相加熱領域におけるPCSの生成及びPCSの高分子量化の進行、そして液相反応容器へ戻るという循環反応が行われた。
【0091】
液相反応容器を第1の温度に加熱する処理と、気相加熱領域を第2の温度に加熱する処理とは、6.3時間の加熱時間(以下、「反応時間」という。)で行われ、上記の循環反応が継続された。その後、加熱を停止し、液相反応容器及び冷却用流路を放冷して室温まで冷却し、液相反応容器内に所定の分子量を有するポリカルボシラン(PCS)を得た。
【0092】
得られた前記PCSに対して、さらに、以下に示す分子量整処理を施した。PCSに対し、PCSの5倍質量を有する酢酸エチルを添加して混合物を作製した。次いで、当該混合物を50℃で加熱及び撹拌した後、液体を除去した。この操作を4回繰り返すことにより、酢酸エチル中に溶解した低分子量のPCSが除去された。そして、残留した混合物から酢酸エチルを除去してPCSを得た。
【0093】
(2)PCS繊維の作製
得られたPCSは、溶媒のキシレンに溶解して、乾式紡糸用の溶液を作製した。前記溶液中の凝固物などを濾過して取り除いた後、当該溶液を用いて、前記ノズル径65μmの紡糸口金(ノズル)から押し出された繊維を巻き取ることにより、PCS繊維を得た。
【0094】
(3)炭化ケイ素繊維の作製
以下の手順により前記PCS繊維を焼成して、炭化ケイ素繊維を作製した。前記PCS繊維は、窒素雰囲気中、150℃/hの速度で500℃まで昇温した。その後、アルゴンガス40体積%及び水素ガス60体積%を含有する混合ガス雰囲気中、100℃/hの速度で500℃から800℃まで昇温して予備焼成を行った。次いで、アルゴンガス雰囲気中、150℃/hの速度で800℃から1000℃まで昇温した後、1000℃で1時間保持して焼成を行った。焼成後、加熱を停止し、室温まで放冷し、炭化ケイ素繊維を得た。
【0095】
PCSの製造条件及び物性値を表1に示す。PCSの乾式紡糸用溶液の物性値及び得られた炭化ケイ素繊維の物性値を表2に示す。
【0096】
(実施例2)
実施例1で製造したPCS繊維を、150℃/hの速度で800℃から1400℃まで昇温した後、1400℃で1時間保持したことを除いて、実施例1と同様の手順により炭化ケイ素繊維を得た。
【0097】
(実施例3)
PCS製造のための第1の温度を475℃、第2の温度を650℃、そして反応時間を4.4時間とした上で、実施例1と同じ手順によりPCSを製造した後、得られたPCSに対して酢酸エチルによる分子量調整処理を4回施した。次いで、当該処理が施されたPCSに8倍質量のヘキサンを添加して、混合物を作製した。当該混合物を室温(25℃)で撹拌した後に液体を除去することにより、ヘキサンに溶解した低分子量のPCSを除去した。そして、残留した混合物からヘキサンを除去して、分子量が調整されたPCSを得た。得られたPCSを用いて、実施例1と同様の手順により炭化ケイ素繊維を作製した。
【0098】
(実施例4)
PCS製造のための反応時間が6.5時間であることを除いて、実施例1と同様の手順により、分子量が調整されたPCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0099】
(実施例5)
実施例4で調製したPCS繊維を用いて、実施例2と同様の手順により炭化ケイ素繊維を得た。
【0100】
(実施例6)
PCS製造のための第1の温度を480℃であること、反応時間が6.0時間であること、分子量調整処理の溶媒として、アセトン70質量%及びヘキサン30質量%からなる混合溶媒を使用したこと、及び、分子量調整回数を1回としたことを除いて、実施例1と同様の手順により、分子量が調整されたPCSを得た。
【0101】
(実施例7)
分子量調整処理の溶媒として、アセトン80質量%及びヘキサン20質量%からなる混合溶媒を使用したことを除いて、実施例6と同様の手順により、分子量を調整したPCSを得た。
【0102】
(実施例8)
実施例1で製造した炭化ケイ素繊維にさらに加熱処理を施した。実施例1の炭化ケイ素繊維は、1000℃で焼成して得られたものであるから、一次焼成が施されたものに相当する。当該炭化ケイ素繊維を用いて、窒素雰囲気中、150℃/hの速度で1000℃まで昇温し、次いで、アルゴンガス雰囲気中、150℃/hの速度で1000℃から1400℃まで昇温した後、1400℃で1時間保持して二次焼成を行った。二次焼成後、加熱を停止し、室温まで放冷し、炭化ケイ素繊維を得た。
【0103】
(実施例9)
ドデカメチルシクロヘキサシラン(DMCHS)の代わりに、環状シラン混合物(ドデカメチルシクロヘキサシラン(DMCHS)89.7wt%、デカメチルシクロペンタシラン (DMCPS)6.9 wt%、テトラデカメチルシクロヘプタシラン(TDMCHS)1.9wt%を含む)を用いること、およびPCS製造のための反応時間が5.0時間であることを除いて、実施例1と同様の手順により、分子量が調整されたPCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0104】
(比較例1)
ドデカメチルシクロヘキサシラン(DMCHS)の代わりにポリジメチルシラン(PDMS)を用いること、及びPCS製造のための反応時間が5.0時間であることを除いて、実施例1と同様の手順により、分子量が調整されたPCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0105】
(比較例2)
PCS製造のための反応時間が8.0時間であることを除いて、比較例1と同様の手順により、分子量が調製されたPCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0106】
(比較例3)
PCS製造のための第1の温度を480℃、反応時間が6.0時間であること、及び、分子量調整処理を行わなかったことを除いて、実施例1と同様の手順により、PCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0107】
(比較例4)
PCS製造のための第1の温度を475℃、反応時間が5.0時間であることを除いて、実施例1と同様の手順により、分子量が調整されたPCSと炭化ケイ素繊維を得た。
【0108】
上記の実施例及び比較例の得られた炭化ケイ素繊維について、重量平均分子量、数平均分子量、溶液粘度(Pa・s)、繊維径(μm)、引張強度(GPa)及び引張弾性率(GPa)を所定の測定方法によって測定した。乾式紡糸用溶液の溶液粘度(Pa・s)、PCS繊維の直径(μm)及び炭化ケイ素繊維の直径(μm)を所定の測定方法によって測定した。乾式紡糸用溶液の溶液濃度(wt%)は、配合割合から算出された。これらの結果を表1及び表2に示す。
【0109】
表1の「分子量調整溶媒」欄において、「EtOAc」は、酢酸エチルであり、「n‐H」は、n-ヘキサンであり、「ACE」は、アセトンであり、「80%ACE/20%n-H」は、アセトン80質量%とn-ヘキサン20質量%との混合溶媒であり、「70%ACE/30%n-H」は、アセトン70質量%とn-ヘキサン30質量%との混合溶媒である。
【0110】
実施例1~5及び比較例1~4の焼成処理は、本実施形態における(i)の1段階処理に相当し、表2の焼成温度欄には、その焼成温度を示している。実施例8の焼成処理は、本実施形態における(ii)の2段階処理に相当し、表2の焼成温度欄には、一次焼成及び二次焼成の各温度を示している。
【0111】
【表1】
【0112】
【表2】
【0113】
(評価)
本発明の範囲に含まれる実施例1~9は、分子量調整処理を行い、本発明の範囲に含まれる分子量を有するPCSが作製された。このうち実施例1~5、実施例8及び実施例9のPCS繊維を焼成して得られた炭化ケイ素繊維は、引張強度及び引張弾性率において高い数値を示し、良好な機械的特性を備えていた。なお、実施例2、実施例5及び実施例8の炭化ケイ素繊維は、他の実施例よりも高い焼成温度で焼成されて得られた。そのため、結晶化が進行したことから、引張弾性率が増加した。
【0114】
比較例1及び比較例2は、PCS製造の原料として、環状シラン化合物でなく、鎖状シラン化合物のポリジメチルシラン(PDMS)を用いて、PCSが作製された。比較例1のPCSは、その数平均分子量(Mn)が本発明よりも高い範囲にあった一方で、重量平均分子量(Mw)及び分子量比(Mw/Mn)が本発明よりも低い範囲にあった。比較例2のPCSの重量平均分子量、数平均分子量及び分子量比は、本発明の範囲に含まれていた。比較例1及び2の当該PCSからなるPCS繊維を用いて得られた炭化ケイ素繊維は、いずれも引張強度が2.2GPa未満の範囲にあり、実施例1~5、8及び9の炭化ケイ素繊維と比べて低い機械的特性を示した。
【0115】
比較例3及び比較例4は、環状シラン化合物の原料を用いてPCSが作製された。比較例3のPCSの分子量比(Mw/Mn)は、本発明よりも高い範囲にあった。比較例4のPCSは、その重量分子量(Mw)及び分子量比が本発明よりも低い範囲にあった。比較例3及び4の当該PCSからなるPCS繊維を焼成して得られた炭化ケイ素繊維は、いずれも引張強度が2.2GPa未満の範囲にあり、実施例1~5、8及び9の炭化ケイ素繊維と比べて低い機械的特性を示した。
【0116】
以上によれば、本発明は、耐熱性及び優れた機械的特性を有する炭化ケイ素繊維の製造に適した繊維素材である炭化ケイ素繊維用PCSを提供できる点で有用な効果を示した。さらに、本発明は、PCS繊維に不融化処理を適用しなくても、耐熱性及び優れた機械的特性を有する炭化ケイ素繊維を製造することができる点で有用な効果を示した。
【符号の説明】
【0117】
1 液相反応容器
2 液相加熱手段
3 液相加熱制御用の温度測定器
4 混合物
5 蓋
6 液相温度測定器
7 不活性ガス導入管
8 撹拌翼
9 駆動用モーター
10 液相気相熱分解縮合装置
11 気相加熱用の流路
12 気相加熱手段
13 加熱制御用の温度測定器
14 気相加熱領域
15 温度測定器
16 圧力計
17 気相冷却用の流路
18 冷却領域
19 ガス排出管
20 不活性ガス
21 排出ガス
22 圧力計
30 断熱材
図1