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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-12
(45)【発行日】2025-06-20
(54)【発明の名称】交流電動機用制御装置及び空調装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/22 20160101AFI20250613BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20250613BHJP
【FI】
H02P21/22
H02P27/06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024541369
(86)(22)【出願日】2022-08-19
(86)【国際出願番号】 JP2022031327
(87)【国際公開番号】W WO2024038574
(87)【国際公開日】2024-02-22
【審査請求日】2024-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【氏名又は名称】八島 耕司
(74)【代理人】
【識別番号】100147924
【弁理士】
【氏名又は名称】美恵 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100148149
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 幸男
(74)【代理人】
【識別番号】100181618
【弁理士】
【氏名又は名称】宮脇 良平
(74)【代理人】
【識別番号】100174388
【弁理士】
【氏名又は名称】龍竹 史朗
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 康之
(72)【発明者】
【氏名】蜂矢 陽祐
(72)【発明者】
【氏名】森 瑞樹
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/108374(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/059350(WO,A1)
【文献】特開2021-136811(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/22
H02P 27/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電動機の回転速度の推定値である推定回転速度、及び前記交流電動機の回転加速度の推定値である推定回転加速度を算出する推定部と、
前記推定回転速度を用いて、前記交流電動機の前記回転速度を、速度指令が表す目標回転速度に近づけるために必要な、前記交流電動機に出力させる基本トルクを算出し、算出した前記基本トルクを表す基本トルク指令を出力する回転速度制御部と、
前記推定回転加速度を用いて、前記交流電動機の前記回転速度の脈動を抑制するために必要な、前記基本トルクに対する補償値であるトルク補償値を算出し、算出した前記トルク補償値を表すトルク補償指令を出力するトルク補償部と、
前記トルク補償指令が表す前記トルク補償値を制限する制限処理を行い、前記トルク補償値に前記制限処理が施されて得られた制限処理後トルク補償値を表す制限処理後トルク補償指令を出力する補償制限部と、
前記基本トルク指令が表す前記基本トルクに対して、前記制限処理後トルク補償指令が表す前記制限処理後トルク補償値を加算し、加算して得られた合成トルクを表す合成トルク指令を出力する加算部と、
前記合成トルク指令が表す前記合成トルクを出力するのに必要な電圧を表す電圧指令を、前記交流電動機に電力を供給するインバータに出力する電圧指令部と、
を備え、
前記補償制限部は、前記制限処理において、時間的に変動する前記トルク補償値の振幅を、予め定める上限値以下に制限し、
前記上限値は、前記目標回転速度の値に依存しており、
前記目標回転速度の値が第1回転速度区間に属するときの前記上限値である第1上限値は、前記目標回転速度の値が、前記第1回転速度区間よりも小さい前記回転速度を表す第2回転速度区間に属するときの前記上限値である第2上限値よりも小さく定められる、
交流電動機用制御装置。
【請求項2】
前記第1上限値及び前記第2上限値はそれぞれ定数であり、
前記第1回転速度区間と前記第2回転速度区間との間に第3回転速度区間が介在し、
前記第3回転速度区間において、前記上限値は、前記第3回転速度区間の前記第2回転速度区間に近い方の端点から、前記第3回転速度区間の前記第1回転速度区間に近い方の端点に向かうに従って前記第2上限値から前記第1上限値に近づく変動特性を有する可変値とされている、
請求項1に記載の交流電動機用制御装置。
【請求項3】
前記第1上限値及び前記第2上限値はそれぞれ定数であり、
前記第1回転速度区間と前記第2回転速度区間とが隣接している、
請求項1に記載の交流電動機用制御装置。
【請求項4】
前記第1回転速度区間の、前記第2回転速度区間に近い方の端点は、前記インバータによって前記交流電動機に出力される出力電圧が、前記インバータが出力可能な出力電圧の限界値の60%以上90%以下の値に達するときの、前記回転速度を表す、
請求項1から3のいずれか1項に記載の交流電動機用制御装置。
【請求項5】
前記制限処理で前記トルク補償値の振幅が前記上限値以下に制限されることにより、前記インバータによって前記交流電動機に出力される出力電圧の平均値は維持されたまま、前記出力電圧の振幅が制限される、
請求項1からのいずれか1項に記載の交流電動機用制御装置。
【請求項6】
請求項1からのいずれか1項に記載の交流電動機用制御装置と、
前記交流電動機を有し、前記交流電動機の回転によって冷媒を圧縮する圧縮機と、
前記冷媒が循環する冷凍サイクルを前記圧縮機と共に構成する協働機器群と、
を備える、空調装置。
【請求項7】
鉄道車両に搭載され、前記冷凍サイクルを用いて前記鉄道車両の客室を空調する、
請求項6に記載の空調装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、交流電動機用制御装置及び空調装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されているように、交流電動機の回転速度の脈動を抑える機能を有する交流電動機用制御装置が知られている。交流電動機には、周期的に変動する負荷トルクが作用する。交流電動機用制御装置は、交流電動機を駆動するインバータに対して回転速度の脈動を抑える補償信号を出力する補償部と、交流電動機の消費電力を抑えるために、補償信号が表す補償量を制限するリミッタ部とを備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-180605号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1は、上記補償量を制限する度合いと、交流電動機の回転速度との関係については何ら開示していない。交流電動機の回転速度が大きいときには、たとえリミッタ部によって補償量を制限しても、交流電動機の動作が不安定になることがある。
【0005】
本開示の目的は、交流電動機の回転速度の脈動を抑制でき、かつ回転速度が大きいときの交流電動機の動作の不安定化を抑制できる交流電動機用制御装置と、この交流電動機用制御装置を備える空調装置とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る交流電動機用制御装置は、
交流電動機の回転速度の推定値である推定回転速度、及び前記交流電動機の回転加速度の推定値である推定回転加速度を算出する推定部と、
前記推定回転速度を用いて、前記交流電動機の前記回転速度を、速度指令が表す目標回転速度に近づけるために必要な、前記交流電動機に出力させる基本トルクを算出し、算出した前記基本トルクを表す基本トルク指令を出力する回転速度制御部と、
前記推定回転加速度を用いて、前記交流電動機の前記回転速度の脈動を抑制するために必要な、前記基本トルクに対する補償値であるトルク補償値を算出し、算出した前記トルク補償値を表すトルク補償指令を出力するトルク補償部と、
前記トルク補償指令が表す前記トルク補償値を制限する制限処理を行い、前記トルク補償値に前記制限処理が施されて得られた制限処理後トルク補償値を表す制限処理後トルク補償指令を出力する補償制限部と、
前記基本トルク指令が表す前記基本トルクに対して、前記制限処理後トルク補償指令が表す前記制限処理後トルク補償値を加算し、加算して得られた合成トルクを表す合成トルク指令を出力する加算部と、
前記合成トルク指令が表す前記合成トルクを出力するのに必要な電圧を表す電圧指令を、前記交流電動機に電力を供給するインバータに出力する電圧指令部と、
を備え、
前記補償制限部は、前記制限処理において、時間的に変動する前記トルク補償値の振幅を、予め定める上限値以下に制限し、
前記上限値は、前記目標回転速度の値に依存しており、
前記目標回転速度の値が第1回転速度区間に属するときの前記上限値である第1上限値は、前記目標回転速度の値が、前記第1回転速度区間よりも小さい前記回転速度を表す第2回転速度区間に属するときの前記上限値である第2上限値よりも小さく定められる。
【発明の効果】
【0007】
上記構成によれば、交流電動機の回転速度の脈動を抑制でき、かつ回転速度が大きいときの交流電動機の動作の不安定化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施形態1に係る鉄道車両用空調装置の構成を示す概念図
図2】実施形態1に係る圧縮機の構成を示す概念図
図3】実施形態1に係る圧縮機の交流電動機に作用する負荷トルクを示すグラフ
図4】実施形態1に係る圧縮機の振動レベルを示すグラフ
図5】実施形態1に係る圧縮機用インバータの出力電圧を示すグラフ
図6】実施形態1に係る圧縮機用制御装置の構成を示す概念図
図7】実施形態1に係る制限処理が行われた場合の、圧縮機用インバータの出力電圧を示すグラフ
図8】実施形態1に係る振幅の上限値と目標回転速度との関係を示すグラフ
図9】実施形態2に係る振幅の上限値と目標回転速度との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照し、実施形態に係る鉄道車両用空調装置について説明する。図中、同一又は対応する部分に同一の符号を付す。
【0010】
[実施形態1]
図1に示すように、本実施形態に係る鉄道車両用空調装置400は、冷凍サイクルを用いて鉄道車両の客室を空調する空調機器100と、空調に必要な電力を空調機器100に供給する電力変換装置200と、電力変換装置200を制御する制御装置300とを備える。空調機器100、電力変換装置200、及び制御装置300は、いずれも鉄道車両に搭載される。鉄道車両用空調装置400は、本開示に係る空調装置の一例である。
【0011】
空調機器100は、冷媒を圧縮する圧縮機110と、冷媒が循環する冷凍サイクルを圧縮機110と共に構成する協働機器群120とを有する。
【0012】
図2に示すように、圧縮機110は、回転軸112と、回転軸112を回転させる交流電動機111と、回転軸112の回転によって冷媒を圧縮する圧縮機構113と、それら回転軸112、交流電動機111、及び圧縮機構113を収容するハウジング114とを有する。
【0013】
なお、交流電動機111は、具体的には、3相交流の永久磁石同期電動機(Permanent Magnet Synchronous Motor)である。ハウジング114の内部における冷媒と接触しうる箇所には、潤滑油が溜められている。圧縮機110は、回転軸112が鉛直方向から傾けられた横倒しの姿勢で、鉄道車両に設置される。
【0014】
図1に戻り、説明を続ける。協働機器群120には、圧縮機110で圧縮された冷媒を凝縮させる凝縮器として機能する室外熱交換器121と、凝縮された冷媒を膨張させる膨張器122と、膨張された冷媒を蒸発させる蒸発器として機能する室内熱交換器123とが含まれる。室内熱交換器123で蒸発された気体の冷媒が、再び圧縮機110で圧縮される。
【0015】
また、空調機器100は、室外熱交換器121と車外の空気との熱交換を促進する室外ファン131と、室内熱交換器123と客室の空気との熱交換を促進する室内ファン132とを有する。
【0016】
電力変換装置200は、架線から鉄道車両に供給される電力を変換し、変換された電力を圧縮機110の交流電動機111、室外ファン131、及び室内ファン132に分配する。制御装置300は、空調機器100の空調の能力を調整するために電力変換装置200を制御する。
【0017】
電力変換装置200は、圧縮機110の交流電動機111に電力を供給する圧縮機用インバータ210を有する。圧縮機用インバータ210は、本開示に係るインバータの一例である。また、制御装置300は、圧縮機用インバータ210をPWM(Pulse Width Modulation)制御する圧縮機用制御装置310を有する。圧縮機用制御装置310は、本開示に係る交流電動機用制御装置の一例である。
【0018】
以下、本実施形態で解決しようとする課題について説明する。
【0019】
図3は、圧縮機110の交流電動機111に作用する負荷トルクを示す。縦軸が負荷トルクを示し、横軸は交流電動機111の回転子(rotor)の回転角度を示す。図3において実線で示すように、交流電動機111に作用する負荷トルクは、回転子が1回転する間に1つのピークをもつ。
【0020】
このピークの存在は、交流電動機111の回転子の回転速度(以下、交流電動機111の回転速度と記す。)及び回転加速度(以下、交流電動機111の回転加速度と記す。)に脈動をもたらす原因となる。その脈動の主成分の周波数は、回転子の1秒あたりの回転数と等しい。そして、交流電動機111の回転速度及び回転加速度の脈動は、圧縮機110に振動をもたらす原因となる。
【0021】
図4は、圧縮機110の振動レベルを示す概念図である。縦軸が振動レベルを示し、横軸は角周波数を示す。図4に示すように、圧縮機110の振動は、ピーク振動レベルをもたらす角周波数成分(以下、基本波成分と記す。)をもつ。図4では、基本波成分の角周波数をωと表記している。また、先に参照した図3では、基本波成分を破線で示している。
【0022】
交流電動機111の脈動に起因する圧縮機110の振動は、騒音の発生及び圧縮機110の故障の原因となる。このため、上記ピーク振動レベルを、図4に示す目標振動レベル以下に抑えることが望まれる。
【0023】
そこで、図1に示す圧縮機用制御装置310は、圧縮機110の振動の原因となる上記脈動を減殺すべく、交流電動機111に出力させる基本トルクに対して、上記脈動の基本波成分とは逆の位相をもつトルク補償値を加算するトルク補償を行う。
【0024】
しかし、単にトルク補償を行うだけでは、交流電動機111の動作が不安定になる場合がある。以下、この点について説明する。
【0025】
図5は、上述したトルク補償の結果、圧縮機用インバータ210が交流電動機111に出力する出力電圧の波形を示す。縦軸が出力電圧を示し、横軸は時間を示す。交流電動機111の回転速度が大きいほど、交流電動機111の駆動に必要な出力電圧が高い。
【0026】
このため、交流電動機111の回転速度が大きい状態では、出力電圧の瞬時値が、圧縮機用インバータ210の出力電圧の限界値を理論的に超えてしまうことがある。特にトルク補償を行う場合は、そのトルク補償によって出力電圧の振幅が高められるので、出力電圧の瞬時値が限界値を理論的に超える事態が生じやすい。出力電圧の瞬時値が限界値を理論的に超えてしまうと、交流電動機111の動作が不安定化してしまう。
【0027】
以上説明した課題を解決するために、本実施形態に係る圧縮機用制御装置310は、交流電動機111の動作の不安定化を抑制する構成を備える。以下、圧縮機用制御装置310の構成を具体的に説明する。
【0028】
図6に示すように、圧縮機用制御装置310は、圧縮機用インバータ210から交流電動機111に出力される電流を検出する電流検出器311と、電流検出器311の検出結果である電流検出値が入力される推定部312とを備える。
【0029】
なお、電流検出値には、交流電動機111のU相のコイルに流れる電流の値、V相のコイルに流れる電流の値、及びW相のコイルに流れる電流の値が含まれる。
【0030】
推定部312は、電流検出値を用いて、交流電動機111の回転速度の推定値である推定回転速度、及び交流電動機111の回転加速度の推定値である推定回転加速度を算出する。推定部312は、PI(Proportional Integral)制御器と積分器とを直列接続した構成を含む。
【0031】
また、圧縮機用制御装置310は、交流電動機111の目標回転速度を表す速度指令と、上述した推定回転速度とが入力される回転速度制御部313を備える。
【0032】
なお、速度指令は、図1に示した制御装置300が備える上位制御装置320によって生成される。但し、速度指令を生成する速度指令部の機能を、圧縮機用制御装置310が備えてもよい。速度指令は、空調の対象である客室の気温その他の物理量、空調機器100の空調能力を切り替える旨のユーザの操作等に基づいて生成される。
【0033】
回転速度制御部313は、推定回転速度を用いて、交流電動機111の回転速度を、速度指令が表す目標回転速度に近づけるために必要な、交流電動機111に出力させる基本トルクを算出する。そして、回転速度制御部313は、その基本トルクを表す基本トルク指令を出力する。回転速度制御部313は、PI制御器を含む。
【0034】
また、圧縮機用制御装置310は、上述した推定回転加速度が入力されるトルク補償部314を備える。トルク補償部314は、推定回転加速度を用いて、交流電動機111の回転速度の脈動を抑制するために必要な、上述した基本トルクに対する補償値であるトルク補償値を算出する。そして、トルク補償部314は、そのトルク補償値を表すトルク補償指令を出力する。
【0035】
また、圧縮機用制御装置310は、上述したトルク補償指令が入力される補償制限部315を備える。補償制限部315は、トルク補償指令が表すトルク補償値を制限する制限処理を行う。そして、補償制限部315は、トルク補償値に制限処理が施されて得られた制限処理後トルク補償値を表す制限処理後トルク補償指令を出力する。
【0036】
また、圧縮機用制御装置310は、上述した基本トルク指令が表す基本トルクに対して、上述した制限処理後トルク補償指令が表す制限処理後トルク補償値を加算する加算部316を備える。
【0037】
なお、制限処理後トルク補償値は、交流信号であり、正の値と負の値とに交互に変動しうる。正又は負の符号をもつ制限処理後トルク補償値を基本トルクに加算した値を、合成トルクと定義する。加算部316は、合成トルクを表す合成トルク指令を出力する。
【0038】
また、圧縮機用制御装置310は、上述した合成トルク指令が表す合成トルクを出力するのに必要な電圧を表す電圧指令を出力する電圧指令部317を備える。電圧指令は、交流電動機111に電力を供給する圧縮機用インバータ210に対して出力される。圧縮機用インバータ210は、電圧指令に従った電圧を交流電動機111に出力する。
【0039】
以下、補償制限部315の、交流電動機111の動作の不安定化を防止する動作について説明する。
【0040】
トルク補償指令が表すトルク補償値は、時間的に変動する交流値である。補償制限部315は、上述した制限処理において、トルク補償値の平均値は維持したままで、トルク補償値の振幅を、予め定める上限値以下に制限する。
【0041】
図7に、制限処理でトルク補償値の振幅が制限された場合の、圧縮機用インバータ210の出力電圧の波形を示す。なお、図7において破線で示す交流の波形は、制限処理を行わない場合の出力電圧を示す。
【0042】
制限処理でトルク補償値の振幅が上限値以下に制限されることにより、図7に示すように、圧縮機用インバータ210の出力電圧の平均値は維持されたまま、その出力電圧の振幅が制限される。この結果、出力電圧の瞬時値が既述の限界値を理論的に超えてしまう事態を回避できる。このため、交流電動機111の動作の不安定化が防止される。
【0043】
但し、図5に示したように、交流電動機111の回転速度が小さい場合は、交流電動機111の回転速度が大きい場合に比べて、出力電圧の平均値が小さい。つまり、交流電動機111の回転速度が小さい場合は、交流電動機111の回転速度が大きい場合に比べて、出力電圧の平均値が既述の限界値から遠い。従って、交流電動機111の回転速度が小さい場合は、制限処理でトルク補償値の振幅を制限する量は小さくても充分である。
【0044】
そこで、補償制限部315は、トルク補償値の振幅の上限値を、交流電動機111の回転速度、具体的には、図6に示す速度指令が表す目標回転速度の値に依存させる。
【0045】
図8に、目標回転速度の値に対する上限値の依存性を具体的に示す。目標回転速度の値が第1回転速度区間に属するときの上限値(以下、第1上限値と記す。)は、目標回転速度の値が、第1回転速度区間よりも小さい回転速度を表す第2回転速度区間に属するときの上限値(以下、第2上限値と記す。)よりも小さく定められる。
【0046】
目標回転速度の値が第2回転速度区間に属するときは、目標回転速度の値が第1回転速度区間に属するときよりも、出力電圧の平均値が既述の限界値から遠い。このため、第2上限値は第1上限値よりも大きい値で充分である。
【0047】
一方、目標回転速度の値が第1回転速度区間に属するときは、目標回転速度の値が第2回転速度区間に属するときよりも、圧縮機用インバータ210の出力電圧の平均値が既述の限界値に近づく。このため、圧縮機用インバータ210の出力電圧の振幅を大きく制限するべく、第1上限値は第2上限値よりも小さく定められる。
【0048】
本実施形態では、第1上限値及び第2上限値は、それぞれ目標回転速度に依存しない定数である。また、第1回転速度区間と第2回転速度区間とは、図8に示す横軸、即ち回転速度を表す回転速度軸上で隣接している
【0049】
第1回転速度区間の、第2回転速度区間に近い方の端点P1は、圧縮機用インバータ210の出力電圧が既述の限界値の60%以上90%以下、具体的には80%の値に達するときの、回転速度を表す。
【0050】
以下、まず、第2上限値が満たすべき条件について、交流電動機111に供給する電流の観点から説明する。
【0051】
交流電動機111が出力するトルクTは、交流電動機111に供給される電流のd軸成分であるd軸電流Idと、交流電動機111に供給される電流のq軸成分であるq軸電流Iqとを用いて、次の式(1)で表される。
T=Pm・φf・Iq―Pm・(Lq-Ld)・Id・Iq …(1)
【0052】
式(1)で、Pmは、交流電動機111の極対数である。φfは、交流電動機111の誘起電圧定数である。Ldは、交流電動機111のインダクタンスのd軸成分である。Lqは、交流電動機111のインダクタンスのq軸成分である。
【0053】
式(1)の右辺の第2項は、リラクタンストルクを表す。リラクタンストルクは小さいものとして無視すると、トルクTは、q軸電流Iqに比例するとみなせる。このため、補償制限部315が行うトルク補償値の制限と等価なことを、電流の制限によって説明することができる。
【0054】
そこで、既述の出力電圧の限界値に対応する電流の値I_limと、既述の合成トルクの出力に必要な電流I_drvとを用いて、次の式(2)で表されるI_marを定義する。第2上限値は、I_mar>0を満たす条件で定められる。
I_mar={(I_lim) -(I_drv)0.5 …(2)
【0055】
次に、第1上限値が満たすべき条件について、交流電動機111に供給する電流及び電圧の観点から説明する。
【0056】
圧縮機用インバータ210の出力電圧は、交流電動機111に供給される電圧のd軸成分であるd軸電圧Vdと、交流電動機111に供給される電圧のq軸成分であるq軸電圧Vqとを用いて、次の式(3)で表される。
出力電圧={(Vd)+(Vq)0.5 …(3)
【0057】
また、電圧方程式を用いて、d軸電圧Vdは次の式(4)で表され、q軸電圧Vqは次の式(5)で表される。
Vd=R・Id+s・(Ld・Id)-ω・Lq・Iq …(4)
Vq=R・Iq+s・(Lq・Iq)+ω・(Ld・Id+φf) …(5)
【0058】
式(4)及び(5)で、Rは、交流電動機111の巻線抵抗である。sは、ラプラス変換で表した微分演算子である。ωは、図3に示した負荷トルクの基本波成分の角周波数又はその整数倍である。
【0059】
簡単のため、d軸電流Idは充分に小さいとする。また、定常状態に着目するため、式(4)及び(5)で、微分演算子sを含む右辺第2項は無視する。すると、式(3)、(4)、及び(5)を用いて、出力電圧は、次の式(6)で表される。
出力電圧={(ω・Lq・Iq)+(R・Iq+ω・φf)0.5 …(6)
【0060】
一方、図3に示した負荷トルクの基本波成分は、次の式(7)で表される。
基本波成分=|TL_ac|cos(ωt)+TL_dc …(7)
【0061】
式(7)の右辺の第1項は、トルク補償部314、補償制限部315、及び加算部316が協働して行う脈動の補償によって、相殺又は減殺される。式(7)の右辺の第2項に対応する直流成分のトルクの出力は、基本トルク指令を通じて実現される。
【0062】
式(7)で表されるトルクを交流電動機111に出力させるのに必要なq軸電流Iqは、式(1)を用いると、次の式(8)で表される。但し、簡単のため、d軸電流Idは充分に小さいと仮定した。
Iq=|TL_ac|/Pm/φf・cos(ωt)+TL_dc/Pm/φf …(8)
【0063】
補償制限部315が行う制限処理では、トルク補償値の振幅が制限されることにより、式(8)の右辺の第2項が表す平均値が維持されたまま、式(8)の右辺の第1項の振幅が制限される。
【0064】
式(8)の右辺の第2項に対応する電圧の値をVdrvとする。Vdrvは、式(8)の右辺の第2項を、式(6)に代入することにより、次の式(9)で表される。
Vdrv={(ω・Lq・TL_dc/Pm/φf) +(R・TL_dc/Pm/φf+ω・φf)0.5 …(9)
【0065】
第1上限値は、式(8)の右辺の第1項の振幅に対応する電圧の振幅値が、圧縮機用インバータ210の出力電圧の限界値と、式(9)で表されるVdrvとの差分の範囲内に収まる条件で、定められる。
【0066】
次に、交流電動機111の回転の加速度レベルについて説明する。
【0067】
図3に示した負荷トルクの基本波成分の振幅を|TL_ac|とし、図6に示す合成トルク指令が表す合成トルクの振幅を|Tm_ac|とする。交流電動機111の回転の加速度レベルは、次の式(10)で表される。但し、Jmは、交流電動機111のロータの慣性モーメントを表す。
加速度レベル=1/Jm・(|Tm_ac|cos(ωt)-|TL_ac|cos(ωt) …(10)
【0068】
既述の制限処理で、トルク補償値の振幅が制限された場合は、合成トルクの振幅|Tm_ac|は負荷トルクの基本波成分の振幅|TL_ac|に一致しない。このため、式(10)で表される加速度レベルはゼロにはならない。
【0069】
しかし、制限処理によって振幅が制限されたトルク補償値が、基本トルクに加算されるので、合成トルクの振幅|Tm_ac|が、負荷トルクの基本波成分の振幅|TL_ac|に近づけられる。この結果、式(10)で表される加速度レベルが抑えられる。このため、交流電動機111の回転速度の脈動、ひいては、圧縮機110の振動及び騒音が抑えられる。
【0070】
なお、トルク補償値の振幅が、もともと第1上限値又は第2上限値に満たない場合もある。その場合は、制限処理でトルク補償値の振幅が制限されないため、理論上、合成トルクの振幅|Tm_ac|を負荷トルクの基本波成分の振幅|TL_ac|に一致させうる。
【0071】
図6に示した制限処理後トルク補償指令が表す制限処理後トルク補償値の概念には、制限処理で振幅が低減されたトルク補償値のみならず、もともと振幅が第1上限値又は第2上限値に満たないため制限処理で振幅が低減されなかったトルク補償値も含まれる。
【0072】
以上説明したように、本実施形態によれば、基本トルク指令が表す基本トルクに対して制限処理後トルク補償値が加算されるので、交流電動機111の回転速度の脈動を抑制できる。
【0073】
また、図8に示したように、目標回転速度が大きい場合の、トルク補償値の振幅に対する上限値である第1上限値が、目標回転速度が小さい場合の上限値である第2上限値よりも小さく定められる。このため、交流電動機111の回転速度が大きい場合に、出力電圧が限界値を理論的に超える事態が生じにくい。従って、回転速度が大きいときの交流電動機111の動作の不安定化を抑制できる。
【0074】
[実施形態2]
図8には、目標回転速度の増大に伴って上限値がステップ状に変化する構成を例示した。上限値の目標回転速度に対する依存性は、図8に示した態様に限られない。以下、上限値の目標回転速度に対する依存性の他の態様について述べる。
【0075】
図9に示すように、本実施形態では、第1上限値が定義されている第1回転速度区間と、第2上限値が定義されている第2回転速度区間との間に、第3回転速度区間が介在している。
【0076】
第3回転速度区間において、上限値は、第3回転速度区間の第2回転速度区間に近い方の端点Q1から、第3回転速度区間の第1回転速度区間に近い方の端点Q2に向かうに従って第2上限値から第1上限値に近づくリニアな変動特性を有する可変値とされている。
【0077】
本実施形態によれば、交流電動機111の目標回転速度が第1回転速度区間と第2回転速度区間との一方から他方に移る際に、交流電動機111のトルクの出力に大きな変化が生じにくい。このことは、交流電動機111の動作の安定化、長寿命化等に資する。
【0078】
以上、実施形態1及び2について説明した。図1には、本開示に係る交流電動機用制御装置の一例として圧縮機用制御装置310を示した。本開示に係る交流電動機用制御装置の制御の対象は、圧縮機110の交流電動機111に限られない。
【0079】
本開示に係る交流電動機用制御装置の制御の対象は、室外ファン131が備える交流電動機であってもよいし、室内ファン132が備える交流電動機であってもよい。また、本開示に係る交流電動機用制御装置の制御の対象は、空調機器100以外の機器が備える交流電動機であってもよい。
【0080】
本開示は、本開示の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施形態及び変形が可能とされる。上述した実施形態は、本開示を説明するためのものであり、本開示の範囲を限定するものではない。本開示の範囲は、実施形態ではなく、請求の範囲によって示される。請求の範囲内及びそれと同等の開示の意義の範囲内で施される様々な変形が、本開示の範囲内とみなされる。
【符号の説明】
【0081】
100 空調機器、110 圧縮機、111 交流電動機、112 回転軸、113 圧縮機構、114 ハウジング、120 協働機器群、121 室外熱交換器、122 膨張器、123 室内熱交換器、131 室外ファン、132 室内ファン、200 電力変換装置、210 圧縮機用インバータ(インバータ)、300 制御装置、310 圧縮機用制御装置(交流電動機用制御装置)、311 電流検出器、312 推定部、313 回転速度制御部、314 トルク補償部、315 補償制限部、316 加算部、317 電圧指令部、320 上位制御装置、400 鉄道車両用空調装置(空調装置)。
図1
図2
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図6
図7
図8
図9