(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-13
(45)【発行日】2025-06-23
(54)【発明の名称】遺伝子変異を検出する方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6827 20180101AFI20250616BHJP
C12Q 1/6837 20180101ALN20250616BHJP
C12Q 1/6886 20180101ALN20250616BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20250616BHJP
【FI】
C12Q1/6827 Z ZNA
C12Q1/6837 Z
C12Q1/6886 Z
C12N15/09 200
(21)【出願番号】P 2023216580
(22)【出願日】2023-12-22
【審査請求日】2025-04-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390003193
【氏名又は名称】東洋鋼鈑株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村松 万里江
(72)【発明者】
【氏名】森弘 惇一
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2023-008385(JP,A)
【文献】特開2008-142076(JP,A)
【文献】特表2017-523188(JP,A)
【文献】特開2004-034945(JP,A)
【文献】高光 恵美 他,骨髄異形成症候群に関連したSF3B1遺伝子変異検査キットの開発,東洋鋼鈑,2024年06月,Vol.42,p.43-49
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異を検出する方法であって、
上記遺伝子変異を含む核酸領域を増幅する工程と、
上記遺伝子変異を含む核酸断片と、上記遺伝子変異におけるミスセンス変異又はナンセンス変異に対応する第1のプローブ、上記遺伝子変異におけるサイレント変異に対応する第2のプローブ、野生型に対応する野生型プローブとをハイブリダイズする工程と、
上記第1のプローブ、上記第2のプローブ及び上記野生型プローブからのシグナルを検出する工程とを含み、
上記第2のプローブからのシグナルを上記遺伝子変異における野生型と判定することを特徴とする遺伝子変異を検出する方法。
【請求項2】
次式:判定値=[第2のプローブからのシグナル値]/[野生型プローブからのシグナル値+第2のプローブからのシグナル値]
により判定値を算出し、算出した判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記遺伝子変異について野生型と判定することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
次式:判定値=[第1のプローブからのシグナル値]/[野生型プローブからのシグナル値+第1のプローブからのシグナル値]
により判定値を算出し、算出した判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記遺伝子変異についてミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が存在すると判定することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
上記遺伝子変異における複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異について、それぞれ上記式により判定値を算出し、複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のそれぞれについて存在を判定することを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
上記複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のそれぞれについて算出した判定値がいずれも上記カットオフ値を下回る場合に、上記遺伝子変異を野生型と判定することを特徴とする請求項4記載の方法。
【請求項6】
上記遺伝子変異は、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異であって、上記第1のプローブは、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換と同じ位置に塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異に対応することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項7】
上記遺伝子変異は、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異であって、上記第1のプローブは、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換が生じたコドンに塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異に対応することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項8】
上記アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換が生じたコドンに塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異の全てに対する複数の第1のプローブを使用することを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項9】
上記遺伝子変異は、CD79B遺伝子における196番目のチロシン残基のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異と、当該チロシン残基のサイレント変異とを含むことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項10】
上記CD79B遺伝子におけるミスセンス変異は589T>C、589T>A、589T>G、590A>C、590A>G及び590A>Tからなる群から選ばれる少なくとも1つの変異であり、上記CD79B遺伝子におけるナンセンス変異は591C>G又は591C>Aであり、上記CD79B遺伝子におけるサイレント変異は591C>Tであることを特徴とする請求項9記載の方法。
【請求項11】
上記CD79B遺伝子における上記ミスセンス変異及び上記ナンセンス変異に対応する第1のプローブ、上記CD79B遺伝子における上記サイレント変異に対応する第2のプローブ、これらミスセンス変異、ナンセンス変異及びサイレント変異に対応する野生型に対応する野生型プローブは表1に示す塩基配列を含むことを特徴とする請求項10記載の方法。
【表1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子変異とは、広義には遺伝子が先天的又は後天的に何らかの異常を来した状態を意味する。遺伝子変異としては、例えば、DNAを構成する塩基が置換、欠失或いは付加された状態が挙げられる。ここで、遺伝子は、タンパク質をコードするコーディング領域と発現制御領域等の非コーディング領域から構成される。遺伝子変異は、コーディング領域及び非コーディング領域のいずれにも存在する。なかでもコーディング領域に存在する遺伝子変異には、コードするアミノ酸が変化するミスセンス変異、所定のアミノ酸をコードするコドンが停止コドンとなるナンセンス変異、コードするアミノ酸は変化しないサイレント変異が含まれる。
【0003】
遺伝子変異は、遺伝性疾患や癌の原因となっており、また、特定の薬剤における薬効にも関連している。その他、遺伝子変異は、肥満などの体質にも関連している。よって、特定の遺伝子変異を特定すること(遺伝子型判定、ジェノタイピングとも称す)は、遺伝性疾患の診断や薬剤に対する薬効を知る上で欠かせない技術となっている。
【0004】
ジェノタイピングの方法としては、例えば、DNAシークエンシングの他に、SSCP(Single Strand Conformation Polymorphism、一本鎖高次構造多型)法、RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism、制限酵素断片長多型)法、PCR(Polymerase Chain Reaction, ポリメラーゼ連鎖反応)法、AFLP (Amplified Fragment Length Polymorphism) 法、ASO(Allele Specific Oligonucleotide) プローブ法、DNAマイクロアレイやDNAビーズに対する結合を検出する方法などがある。これら技術のなかでもDNAマイクロアレイを使用する方法において、DNAマイクロアレイは、通常、検出対象の遺伝子変異について、担体上に固定した変異型のプローブ及び野生型のプローブを備えている。
【0005】
DNAマイクロアレイを使用する方法では、先ず、蛍光標識を有するプライマーを用いて、検出対象の遺伝子変異を有する領域を核酸増幅反応により増幅する。その後、蛍光標識を有する核酸断片と変異型のプローブ及び野生型のプローブとのハイブリダイズ反応を行う。増幅した核酸断片に変異型が含まれる場合には、変異型のプローブから蛍光が観察される。したがって、変異型のプローブ及び野生型のプローブからの蛍光を観察することで、遺伝子変異のジェノタイピングを行うことができる。
【0006】
一方、ジェノタイピングにより疾患の発症リスクを判定する技術として、特許文献1が挙げられる。特許文献1によれば、中枢神経原発悪性リンパ腫の発症リスクをGRB2及び/又はMYD88における遺伝子変異に基づいて判定することが開示されている。また、特許文献2には、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の治療のため、イブルチニブ等のBTK阻害剤を使用するかを、MYD88における198番目のアミノ酸又は265番目のアミノ酸に対する修飾(遺伝子変異)及びCD79Bにおける196番目のアミノ酸に対する修飾(遺伝子変異)に基づいて判定することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2016/098873
【文献】特表2017-523188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異について高精度に分析する手法が確立されていなかった。そこで、本発明は、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異について新たな検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成した本発明に係る遺伝子変異の検出方法は以下を包含する。
【0010】
(1)ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異を検出する方法であって、上記遺伝子変異を含む核酸領域を増幅する工程と、上記遺伝子変異を含む核酸断片と、上記遺伝子変異におけるミスセンス変異又はナンセンス変異に対応する第1のプローブ、上記遺伝子変異におけるサイレント変異に対応する第2のプローブ、野生型に対応する野生型プローブとをハイブリダイズする工程と、上記第1のプローブ、上記第2のプローブ及び上記野生型プローブからのシグナルを検出する工程とを含み、上記第2のプローブからのシグナルを上記遺伝子変異における野生型と判定することを特徴とする遺伝子変異を検出する方法。
【0011】
(2)次式:判定値=[第2のプローブからのシグナル値]/[野生型プローブからのシグナル値+第2のプローブからのシグナル値]により判定値を算出し、算出した判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記遺伝子変異について野生型と判定することを特徴とする(1)記載の方法。
【0012】
(3)次式:判定値=[第1のプローブからのシグナル値]/[野生型プローブからのシグナル値+第1のプローブからのシグナル値]により判定値を算出し、算出した判定値が予め設定したカットオフ値を上回る場合に上記遺伝子変異についてミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が存在すると判定することを特徴とする(1)記載の方法。
【0013】
(4)上記遺伝子変異における複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異について、それぞれ上記式により判定値を算出し、複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のそれぞれについて存在を判定することを特徴とする(3)記載の方法。
【0014】
(5)上記複数のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のそれぞれについて算出した判定値がいずれも上記カットオフ値を下回る場合に、上記遺伝子変異を野生型と判定することを特徴とする(4)記載の方法。
【0015】
(6)上記遺伝子変異は、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異であって、上記第1のプローブは、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換と同じ位置に塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異に対応することを特徴とする(1)記載の方法。
【0016】
(7)上記遺伝子変異は、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異であって、上記第1のプローブは、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換が生じたコドンに塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異に対応することを特徴とする(1)記載の方法。
【0017】
(8)上記アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換が生じたコドンに塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異の全てに対する複数の第1のプローブを使用することを特徴とする(7)記載の方法。
【0018】
(9)上記遺伝子変異は、CD79B遺伝子における196番目のチロシン残基のミスセンス変異及び/又はナンセンス変異と、当該チロシン残基のサイレント変異とを含むことを特徴とする(1)記載の方法。
【0019】
(10)上記CD79B遺伝子におけるミスセンス変異は589T>C、589T>A、589T>G、590A>C、590A>G及び590A>Tからなる群から選ばれる少なくとも1つの変異であり、上記CD79B遺伝子におけるナンセンス変異は591C>G又は591C>Aであり、上記CD79B遺伝子におけるサイレント変異は591C>Tであることを特徴とする(9)記載の方法。
【0020】
(11)上記CD79B遺伝子における上記ミスセンス変異及び上記ナンセンス変異に対応する第1のプローブ、上記CD79B遺伝子における上記サイレント変異に対応する第2のプローブ、これらミスセンス変異、ナンセンス変異及びサイレント変異に対応する野生型に対応する野生型プローブは表1に示す塩基配列を含むことを特徴とする(10)記載の方法。
【表1】
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る遺伝子変異を検出する方法では、サイレント変異に対応するプローブからのシグナルと野生型に対応するプローブからのシグナルとを併せて野生型として検出する。このため、本発明に係る遺伝子変異を検出する方法によれば、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を高感度に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】実施例で設計した各種プローブについて、変異100%モデル検体を用いたときの蛍光強度値を測定した結果を示す特性図である。
【
図2】実施例で設計した各種プローブについて、変異5%モデル検体を用いたときの蛍光強度値を測定した結果を示す特性図である。
【
図3】実施例で設計した各種プローブについて、変異5%モデル検体を用いたときの蛍光強度値から算出した判定値を示す特性図である。
【
図4】実施例で設計した野生型プローブ(MYD88遺伝子の遺伝子変異)について、野生型サンプル、変異5%モデル検体又はゲノムDNAを用いたときの蛍光強度値を測定した結果、判定値を算出した結果を示す特性図である。
【
図5】実施例で設計した野生型プローブ(CD79B遺伝子の遺伝子変異)について、野生型サンプル、変異5%モデル検体又はゲノムDNAを用いたときの蛍光強度値を測定した結果を示す特性図である。
【
図6】実施例で設計した野生型プローブ(CD79B遺伝子の遺伝子変異)について、野生型サンプル、変異5%モデル検体又はゲノムDNAを用いたときの蛍光強度値から算出した判定値を示す特性図である。
【
図7】実施例で選定した各種プローブを用いて、ゲノムDNAにおける遺伝子変異を検出した結果(判定値)を示す特性図である。
【
図8】実施例で供試したCD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセット及びMYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセットの組み合わせを示す特性図である。
【
図9】各プライマーセットの組み合わせについて核酸増幅量とアニール温度との関係を示す特性図である。
【
図10】プライマーセットの組み合わせ[5]、[6]及び[7]について反応液に含まれる核酸断片を電気泳動で確認した結果を示す写真である。
【
図11】プライマーセットの組み合わせ[5]、[6]及び[7]でPCRを実施し、増幅断片を野生型プローブ及び変異型プローブにおける蛍光強度で検出した結果を示す特性図である。
【
図12】プライマーセットの組み合わせ[6]及び[7]について、標識したプライマーと非標識プライマーの混合比を変えて蛍光強度を測定した結果を示す特性図である。
【
図13】実施例で供試したプライマーセットに含まれるフォワードプライマー及びリバースプライマーの濃度比を示す特性図である。
【
図14】実施例で供試したプライマーセット(MYD88遺伝子)に含まれるフォワードプライマー及びリバースプライマーの濃度比と蛍光強度値との関係を示す特性図である。
【
図15】実施例で供試したプライマーセット(CD79B遺伝子)に含まれるフォワードプライマー及びリバースプライマーの濃度比と蛍光強度値との関係を示す特性図である。
【
図16】実施例で設計したブロッキング核酸(MYD88遺伝子)を使用したときの変異型プローブからの蛍光強度を測定した結果を示す特性図である。
【
図17】実施例で設計したブロッキング核酸(MYD88遺伝子)のうちv2-2又はv2-3を使用したときの野生型プローブ及び変異型プローブからの蛍光強度を測定した結果を示す特性図である。
【
図18】実施例で設計したブロッキング核酸(MYD88遺伝子)のうちv2-2又はv2-3を使用したときの野生型プローブ及び変異型プローブで測定した蛍光強度から算出した判定値を示す特性図である。
【
図19】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)を使用したときの変異型プローブで測定した蛍光強度から算出した判定値を示す特性図である。
【
図20】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)のうちv4-1及びv4-2を使用し、野生型モデル検体又は変異5%モデル検体を使用して算出した各変異プローブにおける判定値を示す特性図である。
【
図21】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)のうちv4-1及びv4-2を使用し、野生型モデル検体又は変異5%モデル検体を使用して算出した各変異プローブにおける蛍光強度値を示す特性図である。
【
図22】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)v4-2について、その濃度を変えて判定値を算出した結果を示す特性図である。
【
図23】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)v4-2の濃度を500nM、750nM或いは1000nMとし、変異5%モデル検体を用いたときの各変異型プローブからの蛍光強度を測定した結果を示す特性図である。
【
図24】実施例で設計したブロッキング核酸(CD79B遺伝子)v4-2の濃度を500nM又は750nMとした場合における、野生型モデル検体又は変異5%モデル検体を用いたときの各変異型プローブの判定値を算出した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る遺伝子変異を検出する方法では、サイレント変異を含む遺伝子変異を検出対象とする。サイレント変異を含む遺伝子変異とは、所定のアミノ酸をコードするコドンを構成する塩基に対する変異であって、アミノ酸が変化しないサイレント変異となる変異型と、アミノ酸が変化するミスセンス変異となる変異型及び/又は停止コドンとなるナンセンス変異となる変異型との両方を含む遺伝子変異を意味する。
【0024】
このような遺伝子変異は、特に限定されないが、疾患に関連する遺伝子変異、薬効に関連する遺伝子変異、体質に関連する遺伝子変異などを挙げることができる。ただし、疾患、薬効又は体質に関連する遺伝子変異とは、疾患、薬効又は体質に関連する可能性があればよく、必ずしも疾患、薬効又は体質に関連することが科学的に証明されていなくても良い。例えば、遺伝子疾患や遺伝性疾患に関連する遺伝子変異を検出対象とすることができる。なお、遺伝子疾患又は遺伝性疾患とは、染色体や遺伝子の変異によって起こる病気の全般を包含する意味である。これら遺伝子疾患又は遺伝性疾患の中には、所定の遺伝子変異を先天的又は後天的に有することで病気を発症するものがある。したがって、当該遺伝子変異を検出することで遺伝子疾患又は遺伝性疾患の診断すること、又は診断に寄与することができる。
【0025】
このような遺伝子変異がサイレント変異を含むか否かは、公知のデータベースを使用することで特定することができる。例えば、癌に関連する遺伝子変異については、癌における体細胞変異のカタログである(COSMIC:The Catalogue Of Somatic Mutations In Cancer)を利用することで、当該遺伝子変異にサイレント変異があるか判断することができ、或いはサイレント変異を有する癌に関連する遺伝子変異を同定することができる。
【0026】
一例として、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL: diffuse large B-cell lymphoma)に関連するCD79B遺伝子における変異、悪性黒色腫や肺癌に関連するBRAF遺伝子における変異、膵管内乳頭粘液性腫瘍に関連するGNAS遺伝子における変異等を挙げることができる。
【0027】
具体的には、CD79B遺伝子においては、N末端から196番目に位置するチロシンについて遺伝子変異が知られており、当該チロシンをコードするコドン(TAC)に塩基置換が生じる結果、異なるアミノ酸となるミスセンス変異、停止コドンとなるナンセンス変異及びコードするアミノ酸はチロシンのままとなるサイレント変異の3種類の遺伝子変異が含まれる。
【0028】
ここでCD79B遺伝子における上記ミスセンス変異は、CD79Bをコードする領域の5’末端から589番目のチミンがシトシンに置換する変異(当該変異を589T>Cと記述する。以下、A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミンとして、同様に記載する)、589T>A、589T>G、590A>C、590A>G及び590A>Tである。また、CD79B遺伝子における上記ナンセンス変異は、591C>G及び591C>Aである。さらに、CD79B遺伝子におけるサイレント変異は591C>Tである。
【0029】
これらCD79B遺伝子における196番目のチミンに対する変異を表2にまとめて示す。なお、表2において、野生型の配列について種類の欄でWとし、同欄のM1~M6がミスセンス変異であり、M7及びM8がナンセンス変異であり、M9がサイレント変異である。
【0030】
【0031】
また、具体的には、BRAF遺伝子においては、N末端から600番目に位置するバリンについて遺伝子変異が知られており、当該バリンをコードするコトン(GTG)に塩基置換が生じる結果、異なるアミノ酸となるミスセンス変異及びコードするアミノ酸はバリンのままとなるサイレント変異の2種類の遺伝子変異が含まれる。
【0032】
ここでBRAF遺伝子における上記ミスセンス変異としては、1799T>A、1799T>G、1799T>C、1798G>A及び1798G>C等を挙げることができる。また、BRAF遺伝子におけるサイレント変異としては1800G>A及び1800G>Tを挙げることができる。
【0033】
具体的には、GNAS遺伝子においては、N末端から844番目に位置するアルギニンについて遺伝子変異が知られており、当該アルギニンをコードするコトン(CGT)に塩基置換が生じる結果、異なるアミノ酸となるミスセンス変異及びコードするアミノ酸はアルギニンのままとなるサイレント変異の2種類の遺伝子変異が含まれる。
【0034】
本発明に係る遺伝子変異の検出方法は、これらCD79B遺伝子に含まれる上記遺伝子変異、BRAF遺伝子に含まれる上記遺伝子変異及びGNAS遺伝子に含まれる上記遺伝子変異に限定されるものではなく、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異に広く適用することができる。
【0035】
また、本発明に係る遺伝子の検査方法では、検査対象の遺伝子変異において、所定のアミノ酸に対するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が検出対象となる。言い換えると、検査対象の遺伝子変異において、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じた塩基の変異(例えば、置換変異)のうち、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を検出対象とする。特に、本発明に係る遺伝子の検査方法では、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じた塩基の変異(例えば、置換変異)のうち、サイレント変異を検出した場合に野生型と判定することに特徴がある。
【0036】
例えば、検査対象の遺伝子変異において、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のうち、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換と同じ位置に塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を検出対象とすることができる。具体的には、上述したCD79B遺伝子における遺伝子変異では、サイレント変異である591C>Tと同じ位置である、591C>G及び591C>Aのナンセンス変異(表2中、M7及びM8)を検出対象とすることができる。
【0037】
また、例えば、検査対象の遺伝子変異において、所定のアミノ酸をコードするコドンに生じるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異のうち、当該アミノ酸についてサイレント変異となる塩基置換が生じたコドンに塩基置換を有するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を検出対象とすることができる。具体的には、上述したCD79B遺伝子における遺伝子変異では、サイレント変異である591C>Tが含まれるコドンである、589T>C、589T>A、589T>G、590A>C、590A>G及び590A>Tからなる6種のミスセンス変異(表2中、M1~M6)と591C>G及び591C>Aからなる2種のナンセンス変異(表2中、M7及びM8)から選ばれる1以上の変異を検出対象とすることができる。なお、検出対象のミスセンス変異及びナンセンス変異は、589T>C、589T>A、589T>G、590A>C、590A>G及び590A>Tのミスセンス変異と591C>G及び591C>Aのナンセンス変異との全てとしても良い(表2中M1~M8)。
【0038】
本発明に係る遺伝子変異の検出方法では、これら検査対象の遺伝子変異におけるサイレント変異と、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とをプローブを用いて検出する。すなわち、検査対象の遺伝子変異を含む核酸領域を増幅し、得られた核酸断片とプローブとのハイブリダズに基づいてサイレント変異、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異の存在を確認する。なお、これらサイレント変異、ミスセンス変異及びナンセンス変異のいずれも存在しないことを確認した場合、増幅断片に含まれる遺伝子変異は野生型であると同定する。
【0039】
ここで、検査対象の遺伝子変異においてミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を検出するためのプローブを第1のプローブと称し、同遺伝子変異におけるサイレント変異を検出するためのプローブを第2のプローブと称する。なお、同遺伝子変異における野生型を検出するためのプローブを野生型プローブと称する。これら第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブは、検査対象の遺伝子変異におけるミスセンス変異及び/又はナンセンス変異の塩基配列、同遺伝子変異におけるサイレント変異の塩基配列、野生型の塩基配列に基づいて適宜設計することができる。
【0040】
これらプローブの塩基長としては、特に限定しないが、例えば10~30塩基長とすることができ、15~25塩基長とすることが好ましい。また、プローブは、好ましくは核酸であり、より好ましくはDNAである。DNAには二本鎖も一本鎖も含まれるが、好ましくは一本鎖DNAである。プローブは、例えば、核酸合成装置によって化学的に合成することで取得することができる。核酸合成装置としては、DNAシンセサイザー、全自動核酸合成装置、核酸自動合成装置等と呼ばれる装置を使用することができる。
【0041】
上述のように設計したプローブは、その5’末端を担体上に固定化することにより、マイクロアレイ(一例としてDNAチップ)の形態で用いるのが好ましい。このとき、マイクロアレイは、検査対象の遺伝子変異について、第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブを有する。なお、マイクロアレイは、複数種類の遺伝子変異についてそれぞれ第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブを有するものであってもよい。マイクロアレイは、上述した第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブを担体上に固定することで作製することができる。
【0042】
担体の材料としては、当技術分野で公知のものを使用でき、特に制限されない。例えば、白金、白金黒、金、パラジウム、ロジウム、銀、水銀、タングステンおよびそれらの化合物などの貴金属、およびグラファイト、カーボンファイバーに代表される炭素などの導電体材料;単結晶シリコン、アモルファスシリコン、炭化ケイ素、酸化ケイ素、窒化ケイ素などに代表されるシリコン材料、SOI(シリコン・オン・インシュレータ)などに代表されるこれらシリコン材料の複合素材;ガラス、石英ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラスなどの無機材料;ポリエチレン、エチレン、ポリプロビレン、環状ポリオレフィン、ポリイソブチレン、ポリエチレンテレフタレート、不飽和ポリエステル、含フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセタール、アクリル樹脂、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、アセタール樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド、フェノール樹脂、ユリア樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、スチレン・アクリロニトリル共重合体、アクリロニトリル・ブタジエンスチレン共重合体、ポリフェニレンオキサイドおよびポリスルホンなどの有機材料等が挙げられる。担体の形状も特に制限されないが、好ましくは平板状である。
【0043】
担体として、好ましくは表面にカーボン層と化学修飾基とを有する担体を用いる。表面にカーボン層と化学修飾基とを有する担体には、基板の表面にカーボン層と化学修飾基とを有するもの、およびカーボン層からなる基板の表面に化学修飾基を有するものが包含される。基板の材料としては、当技術分野で公知のものを使用でき、特に制限されず、上述の担体材料として挙げたものと同様のものを使用できる。
【0044】
マイクロアレイにおいては、微細な平板状の構造を有する担体が好適に用いられる。形状は、長方形、正方形および丸形など限定されないが、通常、1~75mm四方のもの、好ましくは1~10mm四方のもの、より好ましくは3~5mm四方のものを用いる。微細な平板状の構造の担体を製造しやすいことから、シリコン材料や樹脂材料からなる基板を用いるのが好ましく、特に単結晶シリコンからなる基板の表面にカーボン層および化学修飾基を有する担体がより好ましい。単結晶シリコンには、部分部分でごくわずかに結晶軸の向きが変わっているものや(モザイク結晶と称される場合もある)、原子的尺度での乱れ(格子欠陥)が含まれているものも包含される。
【0045】
基板上に形成させるカーボン層としては、特に制限されないが、合成ダイヤモンド、高圧合成ダイヤモンド、天然ダイヤモンド、軟ダイヤモンド(例えば、ダイヤモンドライクカーボン)、アモルファスカーボン、炭素系物質(例えば、グラファイト、フラーレン、カーボンナノチューブ)のいずれか、それらの混合物、またはそれらを積層させたものを用いることが好ましい。また、炭化ハフニウム、炭化ニオブ、炭化珪素、炭化タンタル、炭化トリウム、炭化チタン、炭化ウラン、炭化タングステン、炭化ジルコニウム、炭化モリブデン、炭化クロム、炭化バナジウム等の炭化物を用いてもよい。ここで、軟ダイヤモンドとは、いわゆるダイヤモンドライクカーボン(DLC:Diamond Like Carbon)等の、ダイヤモンドとカーボンとの混合体である不完全ダイヤモンド構造体を総称し、その混合割合は、特に限定されない。カーボン層は、化学的安定性に優れておりその後の化学修飾基の導入や分析対象物質との結合における反応に耐えることができる点、分析対象物質と静電結合によって結合するためその結合が柔軟性を持っている点、UV吸収がないため検出系UVに対して透明性である点、およびエレクトロブロッティングの際に通電可能な点において有利である。また、分析対象物質との結合反応において、非特異的吸着が少ない点においても有利である。前記のとおり基板自体がカーボン層からなる担体を用いてもよい。
【0046】
カーボン層の形成は公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザ蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。
【0047】
高周波プラズマCVD法では、高周波によって電極間に生じるグロー放電により原料ガス(メタン)を分解し、基板上にカーボン層を合成する。イオン化蒸着法では、タングステンフィラメントで生成される熱電子を利用して、原料ガス(ベンゼン)を分解・イオン化し、バイアス電圧によって基板上にカーボン層を形成する。水素ガス1~99体積%と残りメタンガス99~1体積%からなる混合ガス中で、イオン化蒸着法によりカーボン層を形成してもよい。
【0048】
アーク式蒸着法では、固体のグラファイト材料(陰極蒸発源)と真空容器(陽極)の間に直流電圧を印加することにより真空中でアーク放電を起こして陰極から炭素原子のプラズマを発生させ蒸発源よりもさらに負のバイアス電圧を基板に印加することにより基板に向かってプラズマ中の炭素イオンを加速しカーボン層を形成することができる。
【0049】
レーザ蒸着法では、例えばNd:YAGレーザ(パルス発振)光をグラファイトのターゲット板に照射して溶融させ、ガラス基板上に炭素原子を堆積させることによりカーボン層を形成することができる。
【0050】
基板の表面にカーボン層を形成する場合、カーボン層の厚さは、通常、単分子層~100μm程度であり、薄すぎると下地基板の表面が局部的に露出する可能性があり、逆に厚くなると生産性が悪くなるので、好ましくは2nm~1μm、より好ましくは5nm~500nmである。
【0051】
カーボン層が形成された基板の表面に化学修飾基を導入することにより、プローブを担体に強固に固定化できる。導入する化学修飾基は、当業者であれば適宜選択することができ、特に制限されないが、例えば、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、ホルミル基、ヒドロキシル基および活性エステル基が挙げられる。
【0052】
アミノ基の導入は、例えば、カーボン層をアンモニアガス中で紫外線照射することによりまたはプラズマ処理することにより実施できる。または、カーボン層を塩素ガス中で紫外線を照射して塩素化し、さらにアンモニアガス中で紫外線照射することにより実施できる。または、メチレンジアミン、エチレンジアミンで等の多価アミン類ガス中を、塩素化したカーボン層と反応させることによって実施することもできる。
【0053】
カルボキシル基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に適当な化合物を反応させることにより実施できる。カルボキシル基を導入するために用いられる化合物としては、例えば、式:X-R1-COOH(式中、Xはハロゲン原子、R1は炭素数10~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるハロカルボン酸、例えばクロロ酢酸、フルオロ酢酸、ブロモ酢酸、ヨード酢酸、2-クロロプロピオン酸、3-クロロプロピオン酸、3-クロロアクリル酸、4-クロロ安息香酸;式:HOOC-R2-COOH(式中、R2は単結合または炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるジカルボン酸、例えばシュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸;ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、トリメリット酸、ブタンテトラカルボン酸などの多価カルボン酸;式:R3-CO-R4-COOH(式中、R3は水素原子または炭素数1~12の2価の炭化水素基、R4は炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す)で示されるケト酸またはアルデヒド酸;式:X-OC-R5-COOH(式中、Xはハロゲン原子、R5は単結合または炭素数1~12の2価の炭化水素基を表す。)で示されるジカルボン酸のモノハライド、例えばコハク酸モノクロリド、マロン酸モノクロリド;無水フタル酸、無水コハク酸、無水シュウ酸、無水マレイン酸、無水ブタンテトラカルボン酸などの酸無水物が挙げられる。
【0054】
エポキシ基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に適当な多価エポキシ化合物を反応させることによって実施できる。あるいは、カーボン層が含有する炭素=炭素2重結合に有機過酸を反応させることにより得ることができる。有機過酸としては、過酢酸、過安息香酸、ジペルオキシフタル酸、過ギ酸、トリフルオロ過酢酸などが挙げられる。
【0055】
ホルミル基の導入は、例えば、前記のようにアミノ化したカーボン層に、グルタルアルデヒドを反応させることにより実施できる。
【0056】
ヒドロキシル基の導入は、例えば、前記のように塩素化したカーボン層に、水を反応させることにより実施できる。
【0057】
活性エステル基は、エステル基のアルコール側に酸性度の高い電子求引性基を有して求核反応を活性化するエステル群、すなわち反応活性の高いエステル基を意味する。エステル基のアルコール側に、電子求引性の基を有し、アルキルエステルよりも活性化されたエステル基である。活性エステル基は、アミノ基、チオール基、水酸基等の基に対する反応性を有する。さらに具体的には、フェノールエステル類、チオフェノールエステル類、N-ヒドロキシアミンエステル類、シアノメチルエステル、複素環ヒドロキシ化合物のエステル類等がアルキルエステル等に比べてはるかに高い活性を有する活性エステル基として知られている。より具体的には、活性エステル基としては、たとえばp-ニトロフェニル基、N-ヒドロキシスクシンイミド基、コハク酸イミド基、フタル酸イミド基、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボキシイミド基等が挙げられ、特に、N-ヒドロキシスクシンイミド基が好ましく用いられる。
【0058】
活性エステル基の導入は、例えば、前記のように導入したカルボキシル基を、シアナミドやカルボジイミド(例えば、1-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]-3-エチルカルボジイミド)などの脱水縮合剤とN-ヒドロキシスクシンイミドなどの化合物で活性エステル化することにより実施できる。この処理により、アミド結合を介して炭化水素基の末端に、N-ヒドロキシスクシンイミド基等の活性エステル基が結合した基を形成することができる(特開2001-139532)。
【0059】
プローブを、スポッティング用バッファーに溶解してスポッティング用溶液を調製し、これを96穴もしくは384穴プラスチックプレートに分注し、分注した溶液をスポッター装置等によって担体上にスポッティングすることにより、プローブが担体に固定化されたマイクロアレイを製造することができる。または、スポッティング溶液をマイクロピペッターにて手動でスポッティングしてもよい。
【0060】
スポッティング後、プローブが担体に結合する反応を進行させるため、インキュベーションを行うことが好ましい。インキュベーションは、通常-20~100℃、好ましくは0~90℃の温度で、通常0.5~16時間、好ましくは1~2時間にわたって行う。インキュベーションは、高湿度の雰囲気下、例えば、湿度50~90%の条件で行うのが望ましい。インキュベーションに続き、担体に結合していないDNAを除去するため、洗浄液(例えば、50mM TBS/0.05% Tween20、2×SSC/0.2%SDS溶液、超純水など)を用いて洗浄を行うことが好ましい。
【0061】
以上のように構成されたマイクロアレイを用いることで、例えば診断対象者における遺伝子変異について、ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を有するか、野生型であるかを判定することができる。
【0062】
具体的に遺伝子変異について検査する際には、診断対象者由来の試料からDNAを抽出する工程と、抽出したDNAを鋳型とし、検査対象の遺伝子変異を含む領域を増幅する工程と、上述したマイクロアレイを用いて、増幅された核酸断片と第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブとのハイブリダイズする工程と、第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブからのシグナルを検出する工程とを含む。
【0063】
診断対象者は通常ヒトであり、人種等は特に限定されないが、特に、黄色人種、好適には東アジア人種、特に好適には日本人とする。また、診断対象者としては、検査対象の遺伝子変異と関連する疾患が疑われる患者とすることができる。
【0064】
診断対象者由来の試料は特に制限されない。例えば、血液関連試料(血液、血清、血漿など)、リンパ液、糞便、がん細胞、組織または臓器の破砕物および抽出物などが挙げられる。
【0065】
まず、診断対象者から採取した試料からDNAを抽出する。抽出手段としては、特に限定されない。例えばフェノール/クロロホルム、エタノール、水酸化ナトリウム、CTABなどを用いたDNA抽出法を用いることができる。
【0066】
次に、得られたDNAを鋳型として用いて増幅反応を行い、検査対象の遺伝子変異を含む領域を増幅する。増幅反応としては、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)法等を適用することができる。増幅反応においては、増幅後の領域を識別できるように標識を付加することが望ましい。このとき、増幅された核酸を標識する方法としては、特に限定されないが、例えば増幅反応に使用するプライマーを予め標識しておく方法を使用してもよいし、増幅反応に標識ヌクレオチドを基質として使用する方法を使用してもよい。標識物質としては、特に限定されないが、放射性同位元素や蛍光色素、あるいはジゴキシゲニン(DIG)やビオチンなどの有機化合物などを使用することができる。
【0067】
またこの反応系は、核酸増幅・標識に必要な緩衝剤、耐熱性DNAポリメラーゼ、増幅領域に特異的なプライマー、標識ヌクレオチド三リン酸(具体的には蛍光標識等を付加したヌクレオチド三リン酸)、ヌクレオチド三リン酸および塩化マグネシウム等を含む反応系である。
【0068】
また、プライマーにより増幅される核酸断片は、設計したプローブに対応する領域を含んでいれば特に限定されず、例えば1kbp以下が好ましく、800bp以下がより好ましくは、500bp以下が更に好ましく、350bp以下が特に好ましい。
【0069】
上記のようにして得られた増幅核酸と、担体に固定されたプローブとのハイブリダイゼーション反応を行い、第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブに対する増幅核酸のハイブリダイズを検出することで診断対象者における上記遺伝子変異を検査することができる。すなわち、第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブに対して増幅核酸がハイブリダイズしたことを例えば標識を検出することにより測定できる。特に、本発明では、第2のプローブにより上記遺伝子変異がサイレント変異であると検出した場合、当該遺伝子変異について野生型であると判定する。
【0070】
標識からのシグナルは、例えば、蛍光標識を用いた場合は、蛍光スキャナを用いて蛍光シグナル検出し、これを画像解析ソフトによって解析することによりシグナル強度を数値化することができる。ハイブリダイゼーション反応は、好ましくはストリンジェントな条件下で実施する。ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、47~52℃(具体的には51.5℃)で15~90分間(具体的には30分間)ハイブリダイズ反応させた後、0.1×SSC/0.1% SDS、25℃の条件で30回洗浄、その後、1×SSC、25℃の条件で80回洗浄する条件をさす。なお、プローブの鎖長が短い場合にはハイブリダイズ温度をこれより低くすることがより好ましく、鎖長が長い場合にはハイブリダイズ温度をこれより高くとすることがより好ましい。塩濃度が高くなると特異性を有するハイブリダイズ温度は高くなり、逆に塩濃度が低くなると特異性を有するハイブリダイズ温度は低くなることはいうまでもない。
【0071】
また、上述した遺伝子変異について第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブを備えるマイクロアレイを使用した場合、これら第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブからのシグナル強度を用いて上記遺伝子変異を検査することができる。具体的には、第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブにおけるシグナル強度をそれぞれ測定し、第1のプローブ又は第2のプローブに由来するシグナ強度を評価するための判定値を算出する。判定値の算出例としては、例えば、式1:[第1のプローブ由来のシグナル強度]/([野生型プローブ由来のシグナル強度]+[第1のプローブ由来シグナル強度])を使用して、第1のプローブに対応するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を評価し、式2:[第2のプローブ由来のシグナル強度]/([野生型プローブ由来のシグナル強度]+[第2のプローブ由来シグナル強度])を使用して、第2のプローブに対応するサイレント変異を評価する方法が挙げられる。
【0072】
そして、上記式1にて算出される判定値と予め定めた閾値(カットオフ値)とを比較し、判定値が閾値を上回る場合には増幅核酸に上記遺伝子変異について第1のプローブに対応するミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が含まれると判断し、判定値が閾値を下回る場合には増幅核酸に当該ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が含まれないと判断する。また上記式2にて算出される判定値と予め定めた閾値(カットオフ値)とを比較し、判定値が閾値を上回る場合には増幅核酸に上記遺伝子変異について第2のプローブに対応するサイレント変異が含まれると判断し、判定値が閾値を下回る場合には増幅核酸に当該サイレント変異が含まれないと判断する。
【0073】
そして、上記式2に基づいてサイレント変異が含まれると判断した場合、検査対象の遺伝子変異は野生型であると判断する。また、上記式1に基づいてミスセンス変異及び/又はナンセンス変異が含まれず、且つ、上記式2に基づいてサイレント変異が含まれないと判断した場合にも、検査対象の遺伝子変異は野生型であると判断する。
【0074】
ここで、閾値としては、特に限定されないが、例えば、遺伝子変異が野生型であることが確定している検体を用いて上記式1又は式2により算出された判定値に基づいて規定することができる。より具体的には、遺伝子変異が野生型であることが確定している複数の検体を用いて複数の判定値を算出し、その平均値+3σ(σ:標準偏差)の値を閾値とすることができる。なお、平均値+2σや平均値+σの値を閾値とすることもできる。
【0075】
以上のように、所定の遺伝子変異を検査するための第1のプローブ、第2のプローブ及び野生型プローブを備えるマイクロアレイを利用することで、当該遺伝子変異がミスセンス変異及び/又はナンセンス変異の変異型であるか野生型であるかを高精度に同定することができる。例えば、CD79B遺伝子における表2に示したM1~M8の変異型(M1~M6がミスセンス変異、M7及びM8がナンセンス変異)を検出するとともに、M9である場合に野生型であると判定することで、CD79B遺伝子の上記遺伝子変異が関連するびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL: diffuse large B-cell lymphoma)を高精度に診断することができる。
【0076】
なお、特に限定されるものではないが、CD79B遺伝子における表2に示した野生型、M1~M8の変異型及びM9のサイレント変異を検出するために設計した野生型プローブ、第1のプローブ及び第2のプローブを表3にまとめた。なお、表3に記載したプローブ塩基配列において、N末端から196番目のアミノ酸をコードするコドンに対応する部分に下線を付した。
【0077】
【0078】
表2に示した野生型プローブ、第1のプローブ(M1~M8)及び第2のプローブ(M8)を使用し、[第2のプローブ由来のシグナル強度]/([野生型プローブ由来のシグナル強度]+[第2のプローブ由来シグナル強度])が閾値を超えた場合に、N末端から196番目のアミノ酸をコードするコドンに対してサイレント変異が存在するとして、野生型と判断することができる。これにより、CD79B遺伝子における上記遺伝子変異がミスセンス変異及び/又はナンセンス変異を有する場合を高精度に同定することができる、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL: diffuse large B-cell lymphoma)を高精度に診断することができる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
<配列設計>
本実施例では、MYD88遺伝子における遺伝子変異及びCD79B遺伝子における遺伝子変異について、当該遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセット、当該プライマーセットで増幅された核酸断片に含まれる野生型又は変異型を検出するためのプローブ、及びMYD88遺伝子の遺伝子変異並びにCD79B遺伝子の遺伝子変異を野生型に対応するブロッキング核酸を設計した。
【0081】
本実施例で設計したMYD88遺伝子の遺伝子変異に対応するプローブを表4に示す。なお、表4の「野生型(W)/変異型(M)」欄は、野生型に対応するプローブにWを記載し、変異型に対応するプローブにMを記載した。
【0082】
【0083】
本実施例で設計したCD79B遺伝子の遺伝子変異に対応するプローブを表5及び6に示す。なお、表5及び6の「野生型(W)/変異型(M)」欄は、野生型に対応するプローブにWを記載し、変異型に対応するプローブにM1~M9を記載した。M1~M9の表記は表3に準じている。
【0084】
【0085】
【0086】
また、本実施例で設計したMYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセットを表7に示す。
【0087】
【0088】
さらに、本実施例で設計したCD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセットを表8に示す。
【0089】
【0090】
さらにまた、本実施例で設計したMYD88遺伝子の遺伝子変異における野生型に対応するブロッキング核酸を表9に示す。
【0091】
【0092】
さらにまた、本実施例で設計したCD79B遺伝子の遺伝子変異における野生型に対応するブロッキング核酸を表10に示す。
【0093】
【0094】
<最適な変異型ブローブの検討>
表4~6に記載したプローブについて、変異100%モデル検体又は変異5%モデル検体を用いて蛍光強度を測定した。具体的には上記の各種プローブを固定化したDNAチップを、遺伝子解析装置BIOSHOT HT-32(東洋鋼鈑製)にセットしてモデル検体とハイブリダイズ反応を実施した。DNAチップを固定したDNAチップニードル、更に、DNAチップのハイブリダイズ反応後、余分な試薬を洗浄するための洗浄液(0.1×SSC/0.1%SDS溶液、室温)、リンス液(1×SSC溶液、室温)、蛍光検出用の検出液(1×SSC溶液、室温)をBIOSHOT HT-32内にセットし、運転を開始した。
【0095】
自動運転により、指定のPCRチューブ内の反応液が51.5℃に加熱された状態で、DNAチップニードルが挿入され、ハイブリダイズ反応を30分間実行した。ハイブリダイズ反応後に、DNAチップニードルを洗浄液槽内に素早く浸漬し、DNAチップが洗浄液水面に出入りするように30回撹拌した。洗浄後のDNAチップニードルはリンス液槽内に浸漬され、DNAチップがリンス液水面を出入りするように80回撹拌した。
【0096】
リンス後のDNAチップニードルを検出液槽にゆっくりと浸漬し、640nmの単波長レーザーの照射によって、CCDカメラに2秒間励起光を取り込んだ。そして、測定した蛍光強度値から下記式に従って判定値を算出した。[判定値]=[変異型プローブの蛍光強度]/([野生型プローブ蛍光強度]+[変異型プローブの蛍光強度])
なお、変異100%モデル検体は、検出対象の遺伝子変異において変異型と野生型との割合が100:0となっているサンプルを意味する。また、変異5%モデル検体は、検出対象の遺伝子変異において変異型と野生型との割合が5:95となっているサンプルを意味する。
【0097】
変異100%モデル検体を用いたときの蛍光強度値を測定した結果を
図1に示し、変異5%モデル検体を用いたときの蛍光強度値を測定した結果を
図2に示し、
図2に示した結果から判定値を測定した結果を
図3に示した。なお、
図1~3には、比較のため、検出対象の遺伝子変異において変異型と野生型との割合が0:100となっている野生型サンプルを使用して各プローブからの蛍光強度値を算出した結果も併せて示している。
【0098】
図1に示した蛍光強度値から変異型プローブ及び野生型プローブの特異性を確認した。その結果、供試した全ての変異型プローブ及び野生型プローブにおいて優れた蛍光強度値が得られることが判った。また、供試した全ての変異型プローブ及び野生型プローブについて、交差反応は特異的蛍光強度値の約1/2以下に抑えられており、目的とする遺伝子変異(変異型、野生型)を区別可能であると判断できた。
【0099】
また、
図1に示した結果から、CD79B遺伝子の遺伝子変異のうちM9で示すサイレント変異591C>Tについては、M8プローブ(CD79B_M8_v3-2)において強い蛍光強度値(47125)を検出しており、サイレント変異であるM9について変異型プローブを用いて検出を企図しなければ、M9のサイレント変異を有するサンプルを誤ってM8変異と同定する可能性がある。よって、CD79B遺伝子の遺伝子変異を同定するに際してサイレント変異であるM9に対応する変異型プローブを用いて当該サイレント変異を確実に同定することで、誤判定を防止することができる。また、このとき、サイレント変異を同定した場合には「野生型」と判定する。これにより、CD79B遺伝子の遺伝子変異が変異型であるか野生型であるかを精緻に同定することができ、CD79B遺伝子の遺伝子変異に関連する疾患について非常に有効な情報を提供できる。
【0100】
一方、
図2には、変異割合の低いサンプルを使用したときの変異型プローブ及び野生型プローブにおける蛍光強度値を示している。変異割合の低いサンプルであっても所望の値以上の蛍光強度値を得ることによって、目的とする遺伝子変異を高精度に検出することができる。例えば、蛍光強度値を10000以上が好ましいとすると、
図2に示した結果からはCD79B_M8_v3-3及びCD79B_M8_v4-3については、十分な蛍光強度値が得られていないことが判る。
【0101】
また、
図3には、
図2に示した蛍光強度値から上記式に従って算出した判定値を示している。判定値を算出する式からも理解できるように、判定値の値が高い方が変異型プローブ及び野生型プローブによる分離能に優れることを示している。また、野生型サンプルを使用したときに変異型プローブについて算出される判定値は低い方が分離能に優れると言える。例えば、野生型サンプルを使用したときに変異型プローブについて算出される判定値が0.05以下であることを基準とすると、
図3に示した結果からはCD79B_M4_v3-2、CD79B_M4_v4-4及びCD79B_M6-v4-3については十分な分離能を有しないことがわかる。
【0102】
上述した結果を総合的に考慮した結果、MYD88遺伝子の遺伝子変異については、変異型プローブとしてMYD88_M_v2-1を採用することが好ましいことが判明した。また、CD79B遺伝子の遺伝子変異(M1~M9の9種類)については、CD79B_M1_v2-2、CD79B_M2_v3-1、CD79B_M3-v2-2、CD79B_M4_v4-3、CD79B_M5_v5-3、CD79B_M6_v2-2、CD79B_M7_v2-1、CD79B_M8_v3-2及びCD79B_M9-1を採用することが好ましいことが判明した。
【0103】
<最適な野生型ブローブの検討>
先ず、MYD88遺伝子の遺伝子変異において野生型を検出する野生型プローブを検討した。供試した野生型サンプル及び変異5%モデル検体を使用したときの野生型プローブ及び変異型プローブ(v2-1)からの蛍光強度値及び判定値を算出した。また、野生型サンプル及び変異5%モデル検体に代えてゲノムDNA(gDNA-1)を用いて同様に蛍光強度値及び判定値を算出した。
【0104】
結果を
図4に示した。野生型プローブを選定するにあたり、ゲノムDNAを用いたときの蛍光強度値が高い方が良く、分離能が高く(すなわち、変異型判定値と野生型判定値の差が大)、且つ野生型サンプルを用いたときの蛍光強度値から上記式で算出された判定値が低いことが野生型プローブに求められる条件とした。具体的には、ゲノムDNAを用いたときに野生型プローブからの蛍光強度値が10000以上であり、供試した野生型プローブのなかで分離能が最も高く(変異型判定値と野生型判定値の差が最大)、野生型サンプルを用いたときの判定値が0.05以下という基準を設け、これらを総合的に評価した。その結果、分離能が最も高かったv2-1を最適な野生型プローブとして選定することができた。
【0105】
次に、CD79B遺伝子の遺伝子変異において、野生型を検出する野生型プローブを検討した。検討の方法及び評価基準は、上述したMYD88遺伝子の遺伝子変異における野生型プローブを選定する方法に準じた。なお、変異型プローブとしては、上記で選定されたCD79B_M1_v2-2、CD79B_M2_v3-1、CD79B_M3-v2-2、CD79B_M4_v4-3、CD79B_M5_v5-3、CD79B_M6_v2-2、CD79B_M7_v2-1、CD79B_M8_v3-2及びCD79B_M9-1を使用した。
【0106】
蛍光強度値を測定した結果を
図5に示し、蛍光強度値から判定値を算出した結果を
図6に示した。
図5及び6から判るように、ゲノムDNAを用いたときの蛍光強度値が高く、分離能が高く、且つ野生型サンプルを用いたときの判定値が低いことを総合的に考慮して、v3-1を最適な野生型プローブとして選定することができた。
【0107】
<選定した変異型プローブ及び野生型プローブの性能評価>
MYD88遺伝子の遺伝子変異について選定された変異型プローブ(MYD88_M_v2-1)及び野生型プローブ(MYD88_W_v2-1)、並びにCD79B遺伝子の遺伝子変異について選定された変異型プローブ(CD79B_M1_v2-2、CD79B_M2_v3-1、CD79B_M3-v2-2、CD79B_M4_v4-3、CD79B_M5_v5-3、CD79B_M6_v2-2、CD79B_M7_v2-1、CD79B_M8_v3-2及びCD79B_M9-1)及び野生型プローブ(CD79B_W_v3-1)を用いて、ゲノムDNAにおける同遺伝子変異を同定した。なお、ゲノムDNAとしては、3種類:gDNA-1、gDNA-2及びgDNA-3を使用した。gDNA-1は健常者由来のゲノムDNAである。gDNA-2は非ホジキンリンパ腫患者由来のゲノムDNAである。gDNA-3はリンパ形質細胞性リンパ腫由来のゲノムDNAである。
【0108】
これら変異型プローブ及び野生型プローブを用いて、各遺伝子変異を同定した結果を
図7に示した。
図7に示すように、gDNA-1については、MYD88遺伝子の遺伝子変異が変異型ではなく、且つCD79B遺伝子の遺伝子変異が変異型でないと同定した。また、gDNA-2については、MYD88遺伝子の遺伝子変異が変異型(L265P)であり、且つCD79B遺伝子の遺伝子変異が変異型(Y196D、M3)であると同定した。また、gDNA-3については、MYD88遺伝子の遺伝子変異が変異型(L265P)であり、且つCD79B遺伝子の遺伝子変異が変異型でないと同定した。
【0109】
図7に示した変異型プローブ及び野生型プローブを用いたときの結果を検証するため、供試した3種類のゲノムDNA(gDNA-1、gDNA-2及びgDNA-3)について、MYD88遺伝子の遺伝子変異及びCD79B遺伝子の遺伝子変異をダイレクトシーケンス法によって確認した。その結果、gDNA-1におけるMYD88遺伝子の遺伝子変異及びCD79B遺伝子の遺伝子変異はともに野生型であることが確認できた。また、gDNA-1におけるMYD88遺伝子の遺伝子変異はL265Pの変異型であり、CD79B遺伝子の遺伝子変異はY196Dの変異型(M3)であることが確認できた。さらに、gDNA-3におけるMYD88遺伝子の遺伝子変異はL265Pの変異型であり、CD79B遺伝子の遺伝子変異が野生型であることが確認できた。
【0110】
上述のように選定された変異型プローブ及び野生型プローブを用いた各遺伝子変異の同定結果は、ダイレクトシーケンス法により確認した結果と完全に一致した。このことから、上述のように選定された変異型プローブ及び野生型プローブは、実際に使用される場面でも高精度に各遺伝子変異を正確に検出できることが示された。
【0111】
<プライマーセットの設計>
表7及び8に示したMYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセット及びCD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するためのプライマーセットについて、
図8に示した7種類の組み合わせ([1]~[7])を供試し、目的とする核酸断片の増幅量及び非特異的核酸増幅の増幅量に基づいて最適なプライマーセットを選定した。
【0112】
先ず、鋳型として野生型モデル検体又はゲノムDNA(gDNA)を用いて反応液を調製した。調製したPCR反応液を用いてPCRのサーマルサイクルを95℃で5分間の後、95℃で30秒、所定のアニール温度(例えば59℃)で30秒及び72℃で45秒を1サイクルとした。その後、72℃で10分間とし、最終的に4℃を維持した。なお、アニール温度は、56℃、58℃、60℃、62℃又は64℃とした。
【0113】
核酸増幅量とアニール温度との関係を
図9に示した。
図9から判るように、MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域及びCD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を、野生型モデル検体及びゲノムDNAのいずれも同様に増幅できる(マルチプレックス増幅できる)には、[5]、[6]及び[7]の組み合わせであった。
【0114】
また、[5]、[6]及び[7]の組み合わせで実施したPCR後の反応液に含まれる核酸断片を電気泳動で確認した結果を
図10に示した。
図10に示すように、[7]の組み合わせを用いた場合には、目的とする核酸断片以外の非特異的な増幅による核酸断片を複数確認できた。この結果からは、[5]及び[6]の組み合わせの方が、[7]の組み合わせよりも優れることが分かった。
【0115】
次に、鋳型として変異5%モデル検体又は健常者由来のゲノムDNA(gDNA-1)を用いて反応液を調製した。反応液を用いて同様にPCRを実施し、増幅断片に基づく蛍光強度を測定した。結果を
図11に示した。
図11に示すように、[5]の組み合わせを用いた場合、MYD88遺伝子の遺伝子変異における変異型に対応する変異型プローブからの蛍光強度が、他の組み合わせと比較して低いことが判った。
【0116】
そして、[6]と[7]の組み合わせについて、標識したプライマーと非標識プライマーの混合比を変えたときに、蛍光強度値にどのような変化があるかを検討した。結果を
図12に示した。
図12に示すように、[6]の組み合わせの場合、標識プライマーの混合比が高くなるにつれて蛍光強度が高くなっており、標識プライマーの比率に応じた蛍光強度値が得られた。これに対して、[7]の組み合わせの場合、標識プライマーの比率と蛍光強度値の変化の傾向は一致していなかった。これは、[7]の組み合わせを使用した場合に観察された非特異的増幅によるものと考えられた。これらの結果から、[6]の組み合わせによって、MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域とCD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域とをマルチプレックス増幅することが好ましいことが明らかとなった。
【0117】
<プライマー比率(標識 vs 非標識)の検討>
MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセット、CD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセットのそれぞれにおいて、標識プライマーと非標識プライマーとの比率を変え、蛍光強度値がどのように変動するか検討し、標識プライマーと非標識プライマーの最適な比率を検討した。なお、本例では、CD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセットにおいては、フォワードプライマーが標識プライマー(CD79B_Fw-4)であり、リバースプライマーが非標識プライマー(CD79B_Rv-4)である。また、MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセットにおいては、フォワードプライマーが非標識プライマー(MYD88_Fw-5-3)であり、リバースプライマーが標識プライマー(MYD88_Rv-5)である。
【0118】
本例では、
図13に示すように、PCRの反応液に含まれる標識プライマー(CD79B_Fw-4、MYD88_Rv-5)と非標識プライマー(CD79B_Rv-4、MYD88_Fw-5-3)の終濃度を調整し、同様にPCRを実施した。なお、鋳型としては、変異5%モデル検体及びゲノムDNAを使用した。MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセットを使用したときの結果を
図14に示し、CD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅するプライマーセットを使用したときの結果を
図15に示した。
【0119】
図14から判るように、MYD88遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅する標識プライマーの終濃度が、非標識プライマーと比較して2倍(すなわち標識プライマー:非標識プライマー=20:10)から6倍の範囲で優れた蛍光強度値が達成され、特に、3倍~5倍の範囲で更に優れた蛍光強度値が達成され、4倍のときに最も優れた蛍光強度値が達成できた。
【0120】
また、
図15から判るように、CD79B遺伝子の遺伝子変異を含む領域を増幅する標識プライマーの終濃度が、非標識プライマーと比較して5倍~10倍の範囲で優れた蛍光強度値が達成され、特に、6倍~7倍の範囲で更に優れた蛍光強度値が達成され、7倍のときに最も優れた蛍光強度値が達成できた。
【0121】
<最適なブロッキング核酸の検討>
表9に示したMYD88遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸、表10に示したCD79B遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸について、ブロッキング核酸としての機能に基づいて最適なブロッキング核酸を選定した。ブロッキング核酸は、遺伝子変異を含む領域を増幅した核酸断片のうち野生型の核酸断片に特異的にハイブリダイズし、野生型の核酸断片が変異型プローブに非特異的にハイブリダイズすることを防止する機能を有する。したがって、最適なブロッキング核酸を選定するにあたり、ブロッキング核酸の存在下で野生型の核酸断片と変異型プローブの非特異的なハイブリダイズを、変異型プローブにおける蛍光強度に基づいて判断することができる。また、ブロッキング核酸の存在下で変異型の核酸断片と変異型プローブの特異的なハイブリダイズをブロッキング核酸が阻害しないか、変異型プローブにおける蛍光強度に基づいて判断することができる。
【0122】
表9に示したMYD88遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸について、ブロッキング核酸の存在下(125nM又は500nM)で野生型モデル検体と変異型プローブ(MYD88_M_v2-1)とのハイブリダイズを行い、変異型プローブにおける蛍光強度を測定し、また、ブロッキング核酸の存在下で変異100%モデル検体と変異型プローブ(MYD88_M_v2-1)とのハイブリダイズを行い、変異型プローブにおける蛍光強度を測定した。結果を
図16に示した。
【0123】
図16から判るように、供試した全てのブロッキング核酸において野生型モデル検体と変異型プローブとの非特異的なハイブリダイズは抑制できたが、ブロッキング核酸のうちv1とv2-1については、変異100%モデル検体と変異型プローブとの特異的なハイブリダイズを阻害することが明らかとなった。そこで、変異5%モデル検体を用いて、v2-2及びv2-3のいずれがより優れたブロッキング核酸として機能するか検証した。
【0124】
すなわち、v2-2又はv2-3の存在下(125nM又は500nM)で、変異5%モデル検体と野生型プローブ(MYD88_W_v2-1)及び変異型プローブ(MYD88_M_v2-1)とのハイブリダイズを行い、野生型プローブ及び変異型プローブにおける蛍光強度を測定した。また、測定した蛍光強度値から、上記式に基づいて判定値を算出した。蛍光強度を測定した結果を
図17に示し、判定値を算出した結果を
図18に示した。
【0125】
図17及び18から判るように、v2-2を使用した場合は、v2-3を使用した場合と比較して野生型プローブの蛍光強度が低く、v2-3と比較してブロッキング核酸としての機能に優れることが明らかとなった。この結果から、MYD88遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸としては、表9に示したもののうちv2-2を最適なブロッキング核酸として選定した。また、これらの結果から、MYD88遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸を使用しない場合(すなわち0nMの場合)であっても、野生型モデル検体を用いたときの判定値と変異5%モデル検体を用いたときの判定値とが十分に分離していることが判った。以上の結果から、MYD88遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸の濃度は、0~500nMとすることが好ましいことが判った。
【0126】
次に、表10に示したCD79B遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸について、ブロッキング核酸の存在下で野生型モデル検体又は変異5%モデル検体と、野生型プローブ(CD79B_W_v3-1)及び変異型プローブ(CD79B_M1_v2-2、CD79B_M2_v3-1、CD79B_M3-v2-2、CD79B_M4_v4-3、CD79B_M5_v5-3、CD79B_M6_v2-2、CD79B_M7_v2-1、CD79B_M8_v3-2及びCD79B_M9-2)とのハイブリダイズを行い、野生型プローブ及び変異型プローブからの蛍光強度を測定し、上記式に従って判定値を算出した。結果を
図19に示した。
【0127】
図19に示すように、野生型モデル検体を使用した場合に、全ての変異型プローブにおける判定値が0.05以下であるものは、v4-1及びv4-2のブロッキング核酸を使用した場合のみであった。v4-1及びv4-2のブロッキング核酸について、野生型モデル検体又は変異5%モデル検体を使用して算出した各変異プローブにおける判定値及び蛍光強度値を、それぞれ
図20及び21に示した。
図20及び21から判るように、v4-1及びv4-2について判定値を比較したところ両者ともほぼ同等であったが、v4-1及びv4-2について蛍光強度値を比較したところv4-2が高い値を示すことがわかった。この結果から、CD79B遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸としては、表10に示したもののうちv4-2を最適なブロッキング核酸として選定した。
【0128】
<ブロッキング核酸濃度の検討>
CD79B遺伝子の遺伝子変異に関するブロッキング核酸として選定したv4-2について、各種濃度のブロッキング核酸の存在下で野生型モデル検体又は変異5%モデル検体と、野生型プローブ(CD79B_W_v3-1)及び変異型プローブ(CD79B_M1_v2-2、CD79B_M2_v3-1、CD79B_M3-v2-2、CD79B_M4_v4-3、CD79B_M5_v5-3、CD79B_M6_v2-2、CD79B_M7_v2-1、CD79B_M8_v3-2及びCD79B_M9-2)とのハイブリダイズを行い、野生型プローブ及び変異型プローブからの蛍光強度を測定し、上記式に従って判定値を算出した。結果を
図22に示した。
【0129】
図22に示すように、ブロッキング核酸の濃度を125nMとした場合、野生型モデル検体を用いたときの判定値が0.05を超える変異型プローブが複数あった。この結果から、ブロッキング核酸の濃度は125nMよりも高いほうが好ましいことが示された。また、ブロッキング核酸の濃度を500nM、750nM或いは1000nMとし、変異5%モデル検体を用いたときの各変異型プローブからの蛍光強度を測定した結果を
図23に示した。この結果から、ブロッキング核酸の濃度が1000nMの場合、濃度が500nMや750nMの場合と比較して、蛍光強度値が低いことが判った。これらの結果から、ブロッキング核酸の濃度を500nM又は750nMとすることが好ましいことが示唆された。
【0130】
以上の結果を確認するため、ブロッキング核酸の濃度を500nM又は750nMとした場合における、野生型モデル検体又は変異5%モデル検体を用いたときの各変異型プローブの判定値を算出した。その結果を
図24に示した。
図24から判るように、ブロッキング核酸の濃度を500nM又は750nMとしたいずれの場合でも、野生型モデル検体を用いたときの判定値と変異5%モデル検体を用いたときの判定値とが十分に分離しており、野生型と各変異型とを正確に検出できることが判った。とくに、ブロッキング核酸の濃度を750nMとした場合には、同濃度を500nMとした場合と比較して、野生型モデル検体を用いたときの判定値と変異5%モデル検体を用いたときの判定値とがより大きく分離していた。
【0131】
以上の結果から、ブロッキング核酸の濃度は125nM~1000nMの範囲とすることができ、500~750nMとすることが好ましいことが判った。一例として、ブロッキング核酸の濃度は、750nMとすることが最も好ましいことが判った。
【要約】
【課題】ミスセンス変異及び/又はナンセンス変異とサイレント変異とを含む遺伝子変異について高精度に分析する。
【解決手段】遺伝子変異におけるミスセンス変異又はナンセンス変異に対応する第1のプローブ、上記遺伝子変異におけるサイレント変異に対応する第2のプローブ、野生型に対応する野生型プローブからシグナルを検出し、上記第2のプローブからのシグナルを上記遺伝子変異における野生型と判定する。
【選択図】なし
【配列表】