(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-16
(45)【発行日】2025-06-24
(54)【発明の名称】炭素繊維束、プリプレグおよび炭素繊維強化複合材料
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20250617BHJP
C08J 5/24 20060101ALI20250617BHJP
【FI】
D01F9/22
C08J5/24
(21)【出願番号】P 2024506621
(86)(22)【出願日】2024-01-30
(86)【国際出願番号】 JP2024002785
(87)【国際公開番号】W WO2024195301
(87)【国際公開日】2024-09-26
【審査請求日】2025-01-24
(31)【優先権主張番号】P 2023044879
(32)【優先日】2023-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】四方 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】沖嶋 勇紀
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 潤
【審査官】澤村 茂実
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-141761(JP,A)
【文献】国際公開第2021/044935(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/203088(WO,A1)
【文献】特開2018-141251(JP,A)
【文献】特開2019-218677(JP,A)
【文献】特開2023-146344(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/12-9/32
C08J 5/04-5/10,5/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストランド引張強度が4.5GPa以上6.5GPa以下であり、ストランド引張弾性率が400GPa以上であり、結晶子サイズが4.0nm以上4.7nm以下であり、単繊維直径が5.2μm以上6.2μm以下であり、実質的に無撚りである炭素繊維束。
【請求項2】
巻き出し毛羽数が0.3個/m以下である請求項1に記載の炭素繊維束。
【請求項3】
解舒毛羽数が6個/100m以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項4】
密度が1.84g/cm
3以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項5】
単繊維直径が5.5μm以上6.2μm以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項6】
ストランド引張強度が4.8GPa以上6.5GPa以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項7】
ストランド引張強度が5.0GPa以上6.5GPa以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項8】
ストランド引張強度が5.5GPa以上6.5GPa以下である請求項1または2に記載の炭素繊維束。
【請求項9】
請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、プリプレグ毛羽欠点数が7個/100m
2以下であるプリプレグ。
【請求項10】
請求項1または2に記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.0GPa以上であるプリプレグ。
【請求項11】
請求項1または2に記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.8GPa以上5.5GPa以下であるプリプレグ。
【請求項12】
請求項1または2に記載の炭素繊維束と、マトリックス樹脂とを含む炭素繊維強化複合材料。
【請求項13】
請求項1または2に記載の炭素繊維束と、マトリックス樹脂とを含み、
コンポジット0°圧縮強度が1200MPa以上1350MPa以下、かつ、コンポジット0°引張弾性率が245GPa以上270GPa以下である炭素繊維強化複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途およびその他一般産業用途に好適に用いられる炭素繊維束、その炭素繊維束を用いて得られたプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束は、きわめて高い比強度、比弾性率から繊維強化複合材料の強化繊維として様々な産業分野で近年盛んに利用されている。特に軽量化が重視される分野において、従来の金属材料から炭素繊維複合材料への置き換えが加速している。なかでもスポーツ用途ではゴルフシャフトや釣り竿、自転車のほかにラケットなどでその軽量化が求められており、その用途はますます拡大している。
【0003】
スポーツ用途での軽量化では、樹脂含浸ストランド引張弾性率(以下、単にストランド弾性率ということもある)を中心として、炭素繊維束の更なる機械的特性の向上、さらには、炭素繊維強化複合材料としての引張・圧縮強度の向上など幅広い物性バランスに優れることが求められている。最も広く利用されているポリアクリロニトリル系炭素繊維束は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を200~300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化繊維束へ転換する耐炎化工程、最高温度500~1,000℃の不活性雰囲気下で予備炭素化する予備炭素化工程、最高温度1,200~3,000℃の不活性雰囲気下で炭素化する炭素化工程を経て工業的に製造される。炭素繊維束のストランド弾性率は、炭素化工程における最高温度を高くするほど、高くできることが知られている。しかしながら、炭素化工程の最高温度を上げて得られるストランド弾性率の高い炭素繊維束は、結晶子サイズが大きくなって炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が低下することが一般的には言われており(特許文献1)、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度とストランド弾性率は一般にトレードオフの関係にある。そのため、結晶子サイズを高めずにストランド弾性率を向上させる検討が行われてきた。例えば、炭素繊維束の結晶子サイズを低減する技術として、炭素繊維の表面にイオンを注入して炭素繊維表層部の結晶性を低下させて、単繊維の圧縮強度を向上させる技術が提案されている(特許文献1)。また、炭素繊維束の結晶子サイズを高めずにストランド弾性率を向上させる技術として、炭素化工程での延伸比を高めることが知られており、プロセス性を低下させずに炭素化工程での延伸比を高めるために、前駆体繊維束に交絡や撚りをかけて炭素化工程での延伸性を向上させる技術が提案されている(特許文献2~6)。また、延伸に頼らずに炭素繊維強化複合材料の圧縮強度を向上させるために、耐炎化構造を制御して炭素繊維束の単糸圧縮強度を向上させる技術が提案されている(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平3-180514号公報
【文献】特開2014-141761号公報
【文献】特開2014-159665号公報
【文献】国際公開第2019/244830号
【文献】国際公開第2008/047745号
【文献】特開2008-308776号公報
【文献】特開2015-10290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のように炭素繊維にイオンを注入することで、結晶子サイズは低下し、ループ法により測定したみかけ圧縮強度が最大10.0GPaと大きくなったものの、ストランド引張弾性率(以下、単にストランド弾性率ということもある)とのバランスという観点では満足できるものではなかった。また、特許文献2~6のように交絡や撚りをかけることで炭素化工程において高い張力をかけても破断しないようになり、ストランド弾性率が向上したものの、単繊維圧縮強度やプリプレグ加工時の毛羽欠点数の少なさを満足できるものではなかった。また、特許文献7の技術によれば、耐炎化構造を制御して単繊維圧縮強度を高めることができるが、ストランド弾性率のレベルが低く、特許文献7の技術をベースに、単に炭素化工程の最高温度を高めた場合、単繊維圧縮強度の低下が大きく、樹脂含浸ストランド引張強度とストランド弾性率、及び単繊維圧縮強度を高いレベルで同時に発現できるものではなかった。本発明は、かかる課題を解決すべく、品位が良好で優れたストランド強度とストランド弾性率および圧縮強度を同時に発現する炭素繊維束を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、炭素繊維前駆体繊維の繊度を増加させて生産性を上げつつ、予備炭素化工程の延伸制御と炭素化工程の延伸および昇温速度と最高温度の制御により、炭素繊維の単繊維直径の増加と結晶子サイズの縮小をし、従前の炭素繊維束では達し得なかった水準まで力学特性向上と品位維持を両立する炭素繊維束を得る方法を見出し、本発明に至った。
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明の炭素繊維束は、次の特徴を有するものである。
(1)ストランド引張強度が4.5GPa以上6.5GPa以下であり、ストランド引張弾性率が400GPa以上であり、結晶子サイズが4.0nm以上4.7nm以下であり、単繊維直径が5.2μm以上6.2μm以下であり、実質的に無撚りである炭素繊維束。
(2)巻き出し毛羽数が0.3個/m以下である(1)に記載の炭素繊維束。
(3)解舒毛羽数が6個/100m以下である(1)または(2)に記載の炭素繊維束。
(4)密度が1.84g/cm3以下である(1)~(3)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(5)単繊維直径が5.5μm以上6.2μm以下である(1)~(4)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(6)ストランド引張強度が4.8GPa以上6.5GPa以下である(1)または(2)に記載の炭素繊維束。
(7)ストランド引張強度が5.0GPa以上6.5GPa以下である(1)または(2)に記載の炭素繊維束。
(8)ストランド引張強度が5.5GPa以上6.5GPa以下である(1)または(2)に記載の炭素繊維束。
(9)(1)~(8)のいずれかに記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、プリプレグ毛羽欠点数が7個/100m2以下であるプリプレグ。
(10)(1)~(9)のいずれかに記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.0GPa以上であるプリプレグ。
(11)(1)~(10)のいずれかに記載の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグであって、熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.8GPa以上5.5GPa以下であるプリプレグ。
(12)(1)~(11)のいずれかに記載の炭素繊維束と、マトリックス樹脂とを含む炭素繊維強化複合材料。
(13)(1)~(12)のいずれかに記載の炭素繊維束と、マトリックス樹脂とを含み、
コンポジット0°圧縮強度が1200MPa以上1350MPa以下、かつ、コンポジット0°引張弾性率が245GPa以上270GPa以下である炭素繊維強化複合材料。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、良好な品位を維持したまま、炭素繊維束のストランド強度とストランド弾性率、および圧縮強度を同時に発現するという効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張強度が4.5GPa以上6.5GPa以下である。炭素繊維束のストランド引張強度が4.5GPa以上であると、本発明の炭素繊維束の高い単繊維圧縮強度とのバランスが良くなって炭素繊維強化複合材料にしたときの圧縮強度を十分に保ちやすい。ストランド引張強度は高いに越したことはないが、生産性の観点から、6.5GPa以下である。ストランド強度は実施例の項で記載するストランド引張試験で評価した値である。ストランド引張強度を上記の範囲内にするには、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、温度制御しつつ耐炎化し、その耐炎化繊維束を温度制御と延伸比制御しつつ予備炭素化、炭素化することが重要である。
【0010】
また、かかるストランド強度は、好ましくは4.8GPa以上6.5GPa以下である。4.8GPa以上であれば、コンポジットの引張強度がより向上する。かかるストランド強度は、主に炭素化最高温度と炭素化工程の延伸比を制御することで調整できる。
【0011】
そして、かかるストランド強度は、より好ましくは5.0GPa以上6.5GPa以下である。5.0GPa以上であれば、コンポジットの引張強度がさらに向上する。かかるストランド強度は、主に炭素化最高温度と炭素化工程の昇温速度と炭素化工程の延伸比を制御することで調整できる。
【0012】
さらに、かかるストランド強度は、特に好ましくは5.5GPa以上6.5GPa以下である。5.5GPa以上であれば、コンポジットの引張強度が特に向上する。かかるストランド強度は、炭素化工程の制御とともに、主に耐炎化繊維束の密度を基準にして耐炎化糸の構造を、第1・第2耐炎化工程後の各耐炎化繊維束の赤外スペクトルにおけるピーク比から特定の範囲になるように耐炎化温度と処理時間を制御することで調整できる。かかる条件の制御については製造方法において詳述する。さらに好ましくは5.8GPa以上である。
【0013】
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張弾性率が400GPa以上であり、好ましくは420GPa以上であり、より好ましくは430GPa以上であり、特に好ましくは440GPa以上である。ストランド弾性率が400GPa以上であれば炭素繊維強化複合材料の引張弾性率を高めるために好ましい。また、ストランド弾性率は高いほど好ましいが、圧縮強度の観点から好ましくは500GPaが上限となるように調整する。通常、ストランド引張試験でのストランド弾性率が高まると単繊維圧縮強度が低下するが、本発明ではこの前提でも両立が可能である。ストランド弾性率を上記の範囲内にするには、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の配向度を高める、後述する予備炭素化処理工程や炭素化工程での延伸比と炭素化工程の最高温度を高めつつ制御することなどが必要である。
【0014】
本発明の炭素繊維束は、結晶子サイズが4.0nm以上であり、好ましくは4.1nm以上であり、より好ましくは4.2nm以上である。結晶子サイズが4.0nm未満である場合、弾性率を満足させるには炭素化工程で高延伸して配向度を上げる必要があり品位が悪化することがある。結晶子サイズが4.0nm以上であれば、炭素繊維束の圧縮強度とストランド引張試験でのストランド弾性率、そして炭素繊維の毛羽品位を同時に満足させることができる。また、結晶子サイズはあまり大きすぎると単繊維圧縮強度が低下することがあるため、4.7nm以下であり、好ましくは4.5nm以下であり、さらに好ましくは4.4nm以下となるように調整する。つまり、結晶子サイズは4.0nm以上4.7nm以下であり、4.1nm以上4.5nm以下が好ましく、4.2nm以上4.4nm以下がより好ましい。
【0015】
一般に、炭素繊維の結晶子サイズが高まるほど単繊維圧縮強度は低下する傾向にあるが、本発明の炭素繊維束は結晶子サイズと単繊維圧縮強度の双方が高いことを示している。本発明における結晶子サイズは実施例の項で記載する広角X線回折法により評価することができる。結晶子サイズを上記の範囲に条件を制御するには炭素化工程の最高温度を高める、炭素化工程の延伸比を高めることなどが必要である。
【0016】
本発明の炭素繊維束の単繊維直径は、5.2μm以上である。炭素繊維束の単繊維直径は実施例の項で記載する方法で評価する。単繊維の断面形状が真円でない場合、円相当直径で代用する。円相当直径は単繊維の実測の断面積と等しい断面積を有する真円の直径のことを指す。
【0017】
プリプレグを製造するときに、含浸性は単繊維直径に依存するため、単繊維直径が大きいことで複合材料を効率良く製造することができる。また、ストランド強度と単繊維断面積から単繊維あたりの破断荷重が決まるため、単繊維直径は単繊維あたりの破断荷重に影響する。また、単繊維直径が大きいほど工程中での擦過による毛羽立ちが少なくなる傾向があるので品位に影響する。
【0018】
単繊維直径が5.2μm以上あれば、炭素繊維束を生産する際や炭素繊維複合材料とする際の品位が良好となりやすい。単繊維直径は5.3μm以上であることが好ましく、5.5μm以上がより好ましい。単繊維直径が大きくなりすぎると焼成工程において、単繊維内で反応が不均一となり、ストランド強度やストランド弾性率が低下することがある。そのため、6.2μm以下になるように調整する。つまり、単繊維直径は5.2μm以上6.2μm以下であり、5.3μm以上6.2μm以下が好ましく、5.5μm以上6.2μm以下がより好ましい。
【0019】
単繊維直径は炭素繊維前駆体繊維束の紡糸時の口金からの吐出量や各工程中の延伸比などの制御により調整できる。
【0020】
本発明の炭素繊維束は、実質的に無撚りである。炭素繊維束が実質的に無撚りであるとは、撚りが全くないか、たとえ撚りがあったとしても、1mあたり0.5ターン以下であることを意味する。炭素繊維束が無撚りの場合は、炭素繊維強化複合材料用の強化繊維として用いる場合に炭素繊維束の拡がり性に優れ、炭素繊維強化複合材料の物性や品位に優れることが多い。
【0021】
本発明において、炭素繊維束の密度は1.84g/cm3以下であることが好ましい。密度が低いほど、比強度、比弾性率が向上するため、炭素繊維複合材料を効率的に作製できる。密度が1.84g/cm3以下であれば、炭素繊維複合材料を作製するのに効率的になりやすい。より好ましくは1.83g/cm3以下であり、さらに好ましくは、1.82g/cm3以下である。
【0022】
本発明の炭素繊維束は炭素繊維束の巻き出し毛羽数が好ましくは0.3個/m以下であり、より好ましくは0.2個/m以下であり、さらに好ましくは0.1個/m以下である。炭素繊維束の巻き出し毛羽数が大きくなった場合、炭素繊維強化複合材料の高次加工性を低下させ、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が低下することがある。炭素繊維の巻き出し毛羽数が0.3個/m以下であれば、かかる炭素繊維強化複合材料の高次加工性や圧縮強度は満足できる数値に保持できる傾向にある。
【0023】
巻き出し毛羽数は実施例の項で記載する方法で測定する。炭素繊維束1mあたりに存在する巻き出し毛羽数を上記の範囲に調整するには、後述する予備炭素化工程での延伸比を制御しつつ、炭素化工程での延伸比と炭素化温度を制御することが必要である。
【0024】
本発明の炭素繊維束は、炭素繊維束の解舒毛羽数が好ましくは6個/100m以下であり、より好ましくは5個/100m以下であり、さらに好ましくは4個/100m以下である。炭素繊維束の解舒毛羽数が大きくなった場合、炭素繊維強化複合材料の高次加工性を低下させることや、また、炭素繊維強化複合材料にしたときに、圧縮応力により繊維破断している箇所が破壊起点となって、炭素繊維強化複合材料の圧縮強度が低下することがある。炭素繊維束の解舒毛羽数が6個/100m以下であれば、かかる炭素繊維強化複合材料の高次加工性や圧縮強度は満足できる数値に保持できる傾向にある。
【0025】
解舒毛羽数は実施例の項で記載する方法で測定する。炭素繊維束100mあたりの解舒毛羽数を上記の範囲に調整するには、後述する予備炭素化工程の延伸比を制御しつつ、炭素化工程での延伸比と炭素化温度を制御することが必要である。
【0026】
本発明のプリプレグは、上記の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグである。プリプレグとしては、プリプレグ毛羽欠点数が好ましくは7個/100m2以下であり、より好ましくは3個/100m2以下であり、さらに好ましくは1個/100m2以下である。プリプレグ毛羽欠点数が大きくなった場合、炭素繊維強化複合材料にしたときに、繊維破断している箇所が破壊起点となって、炭素繊維強化複合材料の引張強度や圧縮強度が低下することがある。炭素繊維束のプリプレグ毛羽欠点数が7個/100m2以下であれば、かかる炭素繊維強化複合材料の高次加工性や引張強度、圧縮強度は満足できる数値に保持できる傾向にある。
【0027】
プリプレグ毛羽欠点数は実施例の項で記載する方法で測定する。プリプレグ100m2あたりのプリプレグ毛羽欠点数を上記の範囲に調整するには、後述する予備炭素化工程の延伸比を制御しつつ、炭素化工程での延伸比と炭素化温度を制御することが必要である。
【0028】
本発明のプリプレグは、上記の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグである。熱硬化性樹脂としては、硬化物の弾性率が、好ましくは3.0GPa以上であり、より好ましくは3.2GPa以上であり、さらに好ましくは3.8GPa以上であるものが好ましい。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が高いと、得られる炭素繊維強化複合材料中の炭素繊維束の単繊維圧縮強度を十分に発現させることができ、炭素繊維強化複合材料全体の圧縮強度を高めることができる。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率が3.0GPa以上であれば炭素繊維強化複合材料の圧縮強度の値を満足できる。熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率は高い方が好ましいが、7.0GPa、より好ましくは6.7GPa、さらに好ましくは5.5GPaもあれば十分である。熱硬化性樹脂の種類は特に限定されず、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、フェノール樹脂、ベンゾオキサジン樹脂、ビスマレイミド樹脂、シアネートエステル樹脂、ポリイミド樹脂等が挙げられる。中でも、硬化前の状態における取扱い性および硬化性に優れる観点からエポキシ樹脂が好ましい。
【0029】
エポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールS型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、フルオレン骨格を有するエポキシ樹脂、フェノール化合物とジシクロペンタジエンの共重合体を原料とするエポキシ樹脂、ジグリシジルレゾルシノール、テトラキス(グリシジルオキシフェニル)エタン、トリス(グリシジルオキシフェニル)メタンのようなグリシジルエーテル型エポキシ樹脂、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン、トリグリシジルアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、テトラグリシジルキシレンジアミンのようなグリシジルアミン型エポキシ樹脂が挙げられる。エポキシ樹脂としては、これらを単独で用いても、複数種類を組み合わせてもよい。
【0030】
エポキシ樹脂の硬化剤としては、エポキシ樹脂を硬化させるものであれば特に限定はなく、芳香族アミン、脂環式アミンなどのアミン類、酸無水物類、ポリアミノアミド類、有機酸ヒドラジド類、イソシアネート類等が挙げられる。アミン硬化剤は、得られる樹脂硬化物の力学特性や耐熱性に優れることから好ましい。アミン硬化剤としては、芳香族アミンであるジアミノジフェニルスルホン、ジアミノジフェニルメタンや、脂肪族アミンであるジシアンジアミドまたはその誘導体、ヒドラジド化合物等を用いることができる。
【0031】
また、硬化剤は、硬化促進剤と組み合わせて用いてもよい。組み合わせる硬化促進剤としては、ウレア類、イミダゾール類、ルイス酸触媒などが挙げられる。中でも、保存安定性と触媒能力のバランスから、ウレア化合物が好ましく用いられる。かかるウレア化合物としては、例えば、N,N-ジメチル-N’-(3,4-ジクロロフェニル)ウレア、トルエンビス(ジメチルウレア)、4,4’-メチレンビス(フェニルジメチルウレア)、3-フェニル-1,1-ジメチルウレアなどを使用することができる。
【0032】
プリプレグは炭素繊維束と熱硬化性樹脂を含むシート状の中間基材である。そのようなプリプレグは、熱硬化性樹脂を炭素繊維束に含浸させて得ることができる。含浸させる方法としては、ウェット法とホットメルト法(ドライ法)等を挙げることができる。
【0033】
ウェット法は、メチルエチルケトン、メタノール等の溶媒に熱硬化性樹脂を溶解させた溶液に炭素繊維束を浸漬した後、炭素繊維束を引き上げ、オーブン等を用いて炭素繊維束から溶媒を蒸発させ、エポキシ樹脂組成物を炭素繊維束に含浸させる方法である。ホットメルト法は、加熱により低粘度化した熱硬化性樹脂を直接炭素繊維束に含浸させる方法、または離型紙等の上に熱硬化性樹脂をコーティングしたフィルムを作製しておき、次いで炭素繊維束の両側または片側から前記フィルムを重ね、加熱加圧することにより炭素繊維束に樹脂を含浸させる方法である。ここで、炭素繊維束は1本のみを用いてもよいし、複数本の炭素繊維束を引き揃えて用いてもよい。
【0034】
本発明の炭素繊維強化複合材料は、上記の炭素繊維束とマトリックス樹脂とを含む複合材料である。マトリックス樹脂としては熱硬化性樹脂の硬化物または熱可塑性樹脂、あるいはそれらの混合物を用いることができる。熱硬化性樹脂を用いる場合、上記したプリプレグを経由して作製してもよい。その場合、先述のように硬化物の弾性率が3.0GPa以上である熱硬化性樹脂を用いることが炭素繊維強化複合材料の圧縮強度を高める観点から好ましい。熱硬化性樹脂の種類は特に限定されず、上記したものの中から適宜組み合わせて用いることができる。
【0035】
本発明の炭素繊維複合材料は、上記の炭素繊維束が熱硬化性樹脂に含浸されてなるプリプレグを用いて製造した炭素繊維複合材料であり、コンポジット0°圧縮強度が好ましくは1200MPa以上、より好ましくは1220MPa以上、さらに好ましくは1240MPa以上、コンポジット0°引張弾性率が好ましくは245GPa以上、より好ましくは250GPa以上、さらに好ましくは255GPa以上である。炭素繊維複合材料のコンポジット0°圧縮強度とコンポジット0°引張弾性率が高いと、得られる炭素繊維複合材料で製造する成形体が、より軽量かつ物性が高いものとすることができる。コンポジット0°圧縮強度が1200MPa以上、かつコンポジット0°引張弾性率が245GPa以上であれば炭素繊維複合材料による軽量化と物性向上に満足できる。コンポジット0°圧縮強度は高い方が好ましいが、1350MPa、より好ましくは1330MPa、さらに好ましくは1310MPaもあれば十分である。また、コンポジット0°弾性率も高い方が好ましいが、270GPa、より好ましくは265GPa、さらに好ましくは260GPaもあれば十分である。
【0036】
次に、本発明の炭素繊維束を製造する製造方法について述べる。
【0037】
炭素繊維束の製造に際し、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得る。ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の製造に供する原料としてはポリアクリロニトリル共重合体を用いることが好ましい。なお、本発明の炭素繊維束を製造する製造方法においてポリアクリロニトリル共重合体とは、少なくともアクリロニトリルが共重合体の主構成成分となっているものを言う。主構成成分とは、通常、重合体の90~100質量%を占める構成成分のことを言う。共重合成分として使用可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、カルボン酸基またはアミド基を1種以上含有する単量体が好ましく用いられる。例えば、カルボン酸基を含有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらのアルカリ金属塩、およびアンモニウム塩等が挙げられる。また、アミド基を含有する単量体としては、アクリルアミド等が挙げられる。
【0038】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル共重合体の製造方法としては、既知の重合方法の中から選択することができる。
【0039】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を製造するにあたり、製糸方法は乾湿式紡糸法および湿式紡糸法のいずれを用いてもよいが、得られる炭素繊維束のストランド強度に有利な乾湿式紡糸法を用いるのが好ましい。製糸工程は、紡糸口金から凝固浴に紡糸原液を吐出させて紡糸する紡糸工程と、該紡糸工程で得られた繊維を水浴中で洗浄する水洗工程と、該水洗工程で得られた繊維束を水浴中で延伸する水浴延伸工程と、該水浴延伸工程で得られた繊維束を乾燥熱処理する乾燥熱処理工程からなり、必要に応じて、該乾燥熱処理工程で得られた繊維束をスチーム延伸するスチーム延伸工程を含む。なお、各工程の順序を適宜入れ替えることも可能である。
【0040】
紡糸原液は、前記したポリアクリロニトリル共重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの有機溶媒や、硝酸、塩化亜鉛、ロダンソーダなどの水溶液といったポリアクリロニトリル共重合体が可溶な溶媒に溶解したものである。
【0041】
前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル共重合体を溶解せず、かつ紡糸溶液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。
【0042】
前記水洗工程における水洗浴としては、温度が30~98℃の複数段からなる水洗浴を用いることが好ましい。また、水浴延伸工程における延伸倍率は、2~6倍であることが好ましい。
【0043】
水浴延伸工程の後、単繊維同士の融着を防止する目的から、繊維束にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0044】
乾燥熱処理工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度は100~200℃が例示される。
【0045】
前記した水洗工程、水浴延伸工程、油剤付与工程、乾燥熱処理工程の後、必要に応じ、スチーム延伸を行うことにより、本発明の炭素繊維束を得るのに好適なポリアクリロニトリル系前駆体繊維束が得られる。スチーム延伸は、加圧スチーム中において、延伸倍率は2~6倍であることが好ましい。
【0046】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の単繊維繊度は、炭素繊維束のストランド強度を高める観点から0.4~1.5dtexが好ましく、0.5~1.4dtexがより好ましく、0.6~1.3dtexがさらに好ましい。
【0047】
炭素繊維束を製造する方法において、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化工程、予備炭素化工程、および炭素化工程に供することにより、炭素繊維束を得る。
【0048】
本発明の炭素繊維束を製造する製造方法において、耐炎化工程とは、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、酸素を含む雰囲気下で200~300℃で熱処理することを言う。耐炎化工程の処理時間は、好ましくは10~100分の範囲で適宜選択することができるが、得られる炭素繊維束のストランド引張試験におけるストランド引張強度を向上させる目的から、得られる耐炎化繊維の比重が好ましくは1.30~1.36、より好ましくは1.31~1.35の範囲となるように耐炎化工程の処理時間を設定する。より好ましい耐炎化の処理時間は、耐炎化温度に依存する。耐炎化繊維の比重が1.30以上あれば炭素繊維束のストランド弾性率等の物性が十分発現でき、比重が1.36以下であればストランド引張強度を高めることができる。耐炎化繊維の比重は耐炎化の処理時間と耐炎化温度により制御する。
【0049】
本発明の炭素繊維束の製造方法において、炭素繊維束のストランド引張試験におけるストランド引張強度を高めるためには、特にポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化工程に供する際に、得られた耐炎化繊維束が、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1のピーク強度の比が0.70~0.75の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるように条件を制御することが好ましい。
赤外スペクトルにおける1453cm-1のピークはアルケン由来のピークであり、耐炎化の進行とともに減少していく。1370cm-1のピークと1254cm-1のピークは耐炎化構造に由来するピークであり、耐炎化反応の進行とともに増加していく。さらに、1370cm-1のピーク強度に対する1254cm-1のピーク強度の比が0.50~0.65となるように耐炎化条件を設定することが好ましい。かかるピーク強度比は耐炎化の進行とともに減少していき、特に初期の減少が大きいが、耐炎化条件次第では、時間を増やしてもかかるピーク強度比が0.65以下とならないこともある。
【0050】
この2つのピーク強度比を目的の範囲内で両立させるためには、基本的には、前駆体繊維束を構成するポリアクリロニトリル系重合体に含まれる共重合成分の量が少ないこと、前駆体繊維束の結晶配向度が高いこと、前駆体繊維束の単繊維繊度を小さくすること、および耐炎化温度を後半に高くすることに主に注目して条件設定すればよい。ポリアクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維束を、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1のピーク強度の比が0.98~1.10の範囲となるまで8~25分間耐炎化し(第1耐炎化工程)、続いて、第1耐炎化工程よりも高い温度で、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1453cm-1のピーク強度の比が0.70~0.75の範囲、かつ、赤外スペクトルにおける1370cm-1のピーク強度に対する1,254cm-1ピーク強度の比が0.50~0.65の範囲となるまで5~20分間耐炎化(第2耐炎化工程)することが好ましい。第2耐炎化工程の耐炎化時間を短くするためには耐炎化温度を高く調整すればよいが、適切な耐炎化温度は前駆体繊維束の特性に依存する。耐炎化温度を好ましくは260~290℃になるようにすることが、上述の赤外スペクトルのピーク強度の比の範囲に調整するために好ましい。耐炎化温度は一定である必要はなく、多段階の温度設定でも構わない。得られる炭素繊維束のストランド強度を高めるためには、耐炎化温度は高く、耐炎化時間を短くすることが好ましい。第1耐炎化工程は、耐炎化時間が好ましくは10~25分で、上述の範囲となるような耐炎化温度で耐炎化することが好ましい。
【0051】
ここで述べる耐炎化時間とは耐炎化炉内に繊維が滞留している時間を意味し、耐炎化繊維束とは、耐炎化工程後、予備炭素化工程前の繊維束を意味する。また、ここで述べるピーク強度とは、耐炎化繊維束を少量サンプリングして赤外スペクトルを測定して得られたスペクトルをベースライン補正した後の各波長における吸光度のことであり、特にピーク分割などは行わない。また、試料の濃度は0.67質量%となるようにKBrで希釈して測定する。このように、耐炎化条件設定を変更するたびに赤外スペクトルを測定して、条件検討すればよい。耐炎化繊維束の赤外スペクトルのピーク強度比を適切な範囲となるよう条件を制御することで、得られる炭素繊維束のストランド強度を調整することができる。
【0052】
本発明において、耐炎化工程とは、前駆体繊維束を酸素含有雰囲気で200~300℃で熱処理することを言う。耐炎化工程のトータルの処理時間は、好ましくは15~40分の範囲で適宜選択することができる。また、得られる炭素繊維束のストランド強度を向上させる目的から、得られる耐炎化繊維の比重が好ましくは1.28~1.32となるように耐炎化の処理時間を設定する。より好ましい耐炎化工程の処理時間は耐炎化温度に依存する。耐炎化繊維束の比重は1.28以上になければ炭素繊維束のストランド強度が低下することがある。耐炎化繊維束の比重が1.32以下であればストランド強度を高めることができる。耐炎化繊維束の比重は耐炎化工程の処理時間と耐炎化温度を制御することにより調整する。また、第1耐炎化工程から第2耐炎化工程に切り替えるタイミングは、繊維束の比重を好ましくは1.21~1.23の範囲とする。この際も前記赤外スペクトル強度比の範囲を満たすことを優先して耐炎化工程の条件を制御する。これらの耐炎化の処理時間や耐炎化温度の好ましい範囲は前駆体繊維束の特性やポリアクリロニトリル系重合体の共重合組成によって変化する。
【0053】
耐炎化工程で得られた繊維束を予備炭素化する予備炭素化工程においては、得られた耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中、最高温度500~1,000℃において熱処理する。予備炭素化温度の最高温度が500℃以上であれば、続く炭素化工程で予備炭素化繊維束が熱分解により破断することなく炭素化することができる。予備炭素化温度の最高温度の上限は特にないが、続く炭素化工程での炭素化温度以下とするために1,000℃以下であることが好ましい。また予備炭素化工程での延伸比は1.020~1.090とすることが好ましい。より好ましくは1.030~1.050である。一般に予備炭素化工程での延伸比が高いほど炭素繊維のストランド強度やストランド弾性率が向上するが、毛羽が発生しやすくなる。1.020以上であれば炭素繊維束のストランド強度やストランド弾性率を高めるために十分な延伸比である。
【0054】
予備炭素化された繊維束を炭素化する炭素化工程においては、得られた予備炭素化された繊維束を不活性雰囲気中、最高温度が好ましくは2,300~2,500℃、より好ましくは2,310~2,400℃、さらに好ましくは2,330~2,380℃において熱処理を行う。
【0055】
一般に炭素化工程の最高温度が高いほど結晶子サイズが大きくなって配向が揃うためストランド弾性率が向上し、炭素繊維束の単繊維圧縮強度が低下する。炭素化温度が2,300℃であれば炭素化が十分進行して結晶子サイズを高めるために十分な温度であり、2,500℃以下であれば炭素繊維束の単繊維圧縮強度を維持するのに十分な温度である。
【0056】
また、本発明の炭素繊維束を製造する製造方法においては炭素化工程の炭素化温度1,000℃~2,400℃の範囲における昇温速度(℃/分)を250~500℃/分に制御することが好ましい。炭素化工程の昇温速度が250~500℃/分であると、炭素化工程における構造形成を制御しやすくなるため、糸束に均一に張力をかけることができ、品位を損なうことなく炭素化工程で延伸しやすくなる。ここで昇温速度(℃/分)とは、式{炭素化炉内の最高到達温度(℃)-炭素化炉の入口温度(℃)}/処理時間(分)で定義することができる。
【0057】
炭素化工程の昇温速度は、好ましくは250~500℃/分であり、より好ましくは300~400℃/分である。炭素化工程の昇温速度が250℃/分よりも小さいと、生産性を高めることが困難になる。炭素化工程の昇温速度が500℃/分よりも大きいと、糸束への熱処理が不均一になり、結果として繊維糸束内の張力分布が発生するため、品位が低下しやすくなり品質と品位の両立が困難になる。
【0058】
また、本発明の炭素繊維束を製造する製造方法においては炭素化工程の最高温度での処理時間は120~300秒に制御することが好ましい。炭素化工程の最高温度での処理時間が120~300秒であると、炭素化工程における結晶子構造形成を制御しやすくなるため、品位を損なうことなく弾性率を向上させることができる。炭素化工程の最高温度での処理時間は、好ましくは150秒~280秒であり、より好ましくは180~250秒である。炭素化工程の最高温度での処理時間が120秒よりも小さいと、結晶子サイズ成長が不十分となり品質が困難になる。炭素化工程の最高温度での処理時間が300秒よりも大きいと、結晶子サイズ成長が過大となりやすく、品質と品位の両立が困難になる。
【0059】
そして、予備炭素化した繊維束の炭素化工程での延伸比は0.940~0.995とすることが好ましい。より好ましくは0.945~0.980である。一般に炭素化工程での延伸比が高いほど炭素繊維のストランド強度やストランド弾性率が向上するが、毛羽が発生しやすくなる。0.940以上であれば炭素繊維束のストランド強度やストランド弾性率を高めるために十分な温度である。炭素化工程での昇温速度と合わせて制御することでストランド強度やストランド弾性率を高めることと炭素繊維束の品位の両立を達成することができる。
【0060】
以上のようにして得られた炭素繊維束は、酸化処理が施されることが好ましく、酸素含有官能基が導入される。本発明の炭素繊維束を製造する製造方法において表面処理には、気相酸化、液相酸化および液相電解酸化が用いられるが、生産性が高く、均一処理ができるという観点から、液相電解酸化が好ましく用いられる。本発明の炭素繊維束を製造する製造方法において、液相電解酸化の方法については特に制約はなく、公知の方法で行えばよい。
【0061】
かかる電解処理の後、得られた炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理をすることが好ましい。サイジング剤には、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。耐擦過性と樹脂の含浸性を両立する上で、サイジング剤を含む炭素繊維束全体を100質量%としたとき、サイジング剤の付着量は0.5~2.0質量%とすることが好ましい。
【実施例】
【0062】
本発明の評価において用いられる各種物性値の測定方法は、次のとおりである。
【0063】
<炭素繊維束のストランド引張試験>
炭素繊維束のストランド引張弾性率、ストランド引張強度は、JIS R7608(2008)「ストランド試験法」に従って求めた。ストランドの測定本数は7本とし、測定結果の算術平均値をその炭素繊維束のストランド引張試験でのストランド強度、ストランド弾性率および初期弾性率とした。このとき、ストランド弾性率は歪み範囲0.1~0.6%の範囲で測定した。また、ストランド引張試験での初期弾性率はストランドを引張試験で得たS-S曲線を、歪みをx、応力をy(GPa)として、0≦y≦3の範囲で2次関数y=ax2+bx+cでフィッティングしたときの1次の項の係数bとした。ひずみは伸び計を用いて測定した。次のとおりに試験片を作製した。試験片は、次の樹脂組成物を炭素繊維束に含浸し、130℃の温度で35分間熱処理の硬化条件により作製した。
【0064】
[樹脂組成物]
・3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシ-シクロヘキサン-カルボキシレート(100質量部)
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3質量部)
・アセトン(4質量部)。
【0065】
上記の3,4-エポキシシクロヘキシルメチル-3,4-エポキシ-シクロヘキサン-カルボキシレートとして、セロキサイドP2021P((株)ダイセル製)を用いた。
【0066】
<結晶子サイズ>
測定に供する炭素繊維束を引き揃え、コロジオン・アルコール溶液を用いて固めることにより、長さ4cm、1辺の長さが1mmの四角柱の測定試料を用意した。用意された測定試料について、広角X線回折装置を用いて、次の条件により測定を行った。
・X線源:CuKα線(管電圧40kV、管電流30mA)
・検出器:ゴニオメーター+モノクロメーター+シンチレーションカウンター
・走査範囲:2θ=10~40°
・走査モード:ステップスキャン、ステップ単位0.01°、スキャン速度1°/min。
【0067】
得られた回折パターンにおいて、2θ=25~26°付近に現れるピークについて、ガウシアンにてピークフィッティングを行った。半値全幅を求め、この値から、次のシェラー(Scherrer)の式により結晶子サイズを算出した。
【0068】
結晶子サイズ(nm)=Kλ/β0cosθB
ただし、
K:1.00、λ:0.15418nm(X線の波長)
β0:(βE2-β1
2)1/2
βE:見かけの半値全幅(測定値)rad、β1:1.046×10-2rad
θB:Braggの回折角
である。この測定を1水準につき10回測定を行い、得られた値の平均値を結晶子サイズとした。広角X線回折装置として、XRD-6100((株)島津製作所製)を用いた。
【0069】
<炭素繊維束の単繊維直径>
測定する多数本の炭素フィラメントからなる炭素繊維束について、単位長さ当たりの質量Af(g/m)および密度Bf(g/cm3)を求めた。測定する炭素繊維束のフィラメント数をCfとし、炭素繊維の断面を真円と仮定した炭素繊維の単繊維直径(μm)を、下記式で算出を行った。
炭素繊維の単繊維直径(μm)=((Af/Bf/Cf)/π)(1/2)×2×103。
【0070】
<赤外スペクトルの強度比>
測定に供する耐炎化繊維は、凍結粉砕後に2mgを精秤して採取し、それをKBr300mgと良く混合して、成形用治具に入れ、プレス機を用いて40MPaで2分間加圧することで測定用錠剤を作製した。この錠剤をフーリエ変換赤外分光光度計にセットし、1000~2000cm-1の範囲でスペクトルを測定した。なお、バックグラウンド補正は、1700~2000cm-1の範囲における最小値が0になるように、その最小値を各強度から差し引くことで行った。なお、後述の実施例および比較例では、上記フーリエ変換赤外分光光度計として、パーキンエルマー製Paragon1000を用いた。
【0071】
<耐炎化糸繊維束および炭素繊維束の密度測定>
耐炎化糸繊維束および炭素繊維束の密度Bf(g/cm3)はo-ジクロロベンゼンを比重液として用いたアルキメデス法により算出する。試料数は3で測定を行った。
【0072】
<サイジング剤の付着量>
2.0±0.5gのサイジング剤を塗布した炭素繊維束を秤量(W1)(少数第4位まで読み取り)した後、50ミリリットル/分の窒素気流中、450℃の温度に設定した電気炉(容量120cm3)に15分間放置し、サイジング剤を完全に熱分解させた。そして、20リットル/分の乾燥窒素気流中の容器に移し、15分間冷却した後の炭素繊維束を秤量(W2)(少数第4位まで読み取り)して、W1-W2により加熱減量を求めた。この加熱減量を、サイジング剤を塗布した炭素繊維束を100質量%としたときの質量%に換算した値(小数点第3位を四捨五入)を、付着したサイジング剤の付着量(質量%)とした。測定は2回行い、その平均値をサイジング剤の付着量とした。
【0073】
<巻き出し毛羽数>
炭素繊維束のボビンをクリールに設置し、張力1.6mN/dtex下、2m/分のローラーで引き取ってワインダーで巻き取った。このとき、クリールとローラーの間に発生する以下の定義の毛羽を5分間カウントし、以下の式で巻き出し毛羽数を算出した。巻き出し毛羽数の測定ボビン数は10本とし、測定結果の算術平均値を巻き出し毛羽数とした。
巻き出し毛羽:破断した炭素繊維単糸が炭素繊維束から5mm以上露出したものを毛羽と呼び、該毛羽が試長10mm以内に2本以下で存在するもの。
【0074】
<解舒毛羽数>
炭素繊維束のボビンをクリールに設置し、張力1.6mN/dtex下、2m/分のローラーで引き取ってワインダーで巻き取った。このとき、クリールとローラーの間に発生する以下の定義の集合毛羽と毛玉を50分間カウントし、以下の式で解舒毛羽数を算出した。解舒毛羽数の測定ボビン数は10本とし、測定結果の算術平均値を解舒毛羽数とした。
解舒毛羽数(個/100m)=毛羽カウント数(集合毛羽+毛玉)(個)/測定長(m)×100
集合毛羽:破断した炭素繊維単糸が炭素繊維束から5mm以上露出したものを毛羽と呼び、該毛羽が試長
10mm以内に3本以上存在するもの
毛玉:破断した炭素繊維単糸が炭素繊維束から露出し絡まって直径5mm以上の固まりになっているもの。
ここで毛玉の直径とは、毛玉の端から端の中で最も長くなる線分の長さである。
【0075】
<炭素繊維の単繊維圧縮強度測定試験>
単繊維コンポジットの圧縮フラグメンテーション法による単繊維圧縮強度の測定は、次の(A)~(E)の手順で行った。
【0076】
(A)樹脂の調製
ビスフェノールA型エポキシ樹脂化合物“エポトート(登録商標)”YD-128(新日鐵化学(株)製)190質量部とジエチレントリアミン(和光純薬工業(株)製)20.7質量部を容器に入れてスパチュラでかき混ぜ、自動真空脱泡装置を用いて脱泡した。
【0077】
(B)炭素繊維単繊維のサンプリングとモールドへの固定
20cm程度の長さの炭素繊維束をほぼ4等分し、4つの束から順番に単繊維をサンプリングした。このとき、束全体からできるだけまんべんなくサンプリングした。次に、穴あき台紙の両端に両面テープを貼り、サンプリングした単繊維に一定張力を与えた状態で穴あき台紙に単繊維を固定した。次に、ポリエステルフィルム“ルミラー(登録商標)”(東レ(株)製)を貼り付けたガラス板を用意して、試験片の厚さを調整するための2mm厚のスペーサーをフィルム上に固定した。そのスペーサー上に単繊維を固定した穴あき台紙を置き、さらにその上に、同様にフィルムを貼り付けたガラス板をフィルムが貼り付いた面を下向きにセットした。このときに繊維の埋め込み深さを制御するために、厚み70μm程度のテープをフィルムの両端に貼り付けた。
【0078】
(C)樹脂の注型から硬化まで
上記(B)の手順のモールド内(スペーサーとフィルムに囲まれた空間)に上記(A)の手順で調製した樹脂を流し込んだ。樹脂を流し込んだモールドを、あらかじめ50℃に昇温させたオーブンを用いて5時間加熱後、降温速度2.5℃/分で30℃の温度まで降温した。その後、脱型、カットをして2cm×7.5cm×0.2cmの試験片を得た。このとき、試験片幅の中央0.5cm幅内に単繊維が位置するように試験片をカットした。
【0079】
(D)繊維埋め込み深さ測定
上記(C)の手順で得られた試験片に対して、レーザーラマン分光光度計(日本分光 NRS-3200)のレーザーと532nmノッチフィルターを用いて繊維の埋め込み深さ測定を行った。まず、単繊維表面にレーザーを当て、レーザーのビーム径が最も小さくなるようにステージ高さを調整し、そのときの高さをA(μm)とした。次に試験片表面にレーザーを当て、レーザーのビーム径が最も小さくなるようにステージ高さを調整し、そのときの高さをB(μm)とした。繊維の埋め込み深さd(μm)は上記レーザーを使用して測定した樹脂の屈折率1.732を用いて、以下の式(1)で計算した。
d = (A-B)×1.732 ・・・(1)。
【0080】
(E)4点曲げ試験
上記(C)の手順で得られた試験片に対して、外側圧子50mm間隔、内側圧子20mm間隔の治具を用いて4点曲げで圧縮歪みをかけた。ステップワイズに0.1%毎に歪みを与え、偏光顕微鏡により試験片を観察し、試験片長手方向の中心部5mmの破断数を測定した。測定した破断数の2倍値を繊維破断数(個/10mm)とし、試験数30の平均繊維破断数が1個/10mmを超えた圧縮歪みと初期弾性率から計算した圧縮応力を単繊維圧縮強度とした。また、試験片の中心から幅方向に約5mm離れた位置に貼り付けた歪みゲージを用いて単繊維コンポジット歪みε(%)を測定した。最終的な炭素繊維単繊維の圧縮歪みεcは、歪みゲージのゲージファクターκ、上記(D)の手順で測定した繊維埋め込み深さd(μm)、残留歪み0.14(%)を考慮して以下の式(2)で計算した。
εc = ε×(2/κ)×(1-d/1,000)-0.14 ・・・(2)。
【0081】
測定した単繊維圧縮強度は、以下の指標で評価をした。
S:3.1GPa以上
A:3.0GPa以上、3.1GPa未満
B:2.9GPa以上、3.0GPa未満
C:2.9GPa未満。
【0082】
<プリプレグの品位 プリプレグ毛羽欠点数>
プリプレグを長手方向に50m観察し、100m2当たりの個数に換算して以下の指標でプリプレグ欠点数(個/100m2)を評価した。プリプレグ毛羽欠点とは、直径10mm以上の毛羽玉である。ここで毛羽玉の直径とは、毛羽玉の端から端の中で最も長くなる線分の長さである。
S:3個/100m2以下
A:3個/100m2を超え、7個/m2以下
B:7個/100m2を超え、30個/m2以下
C:30個/100m2を超える。
【0083】
<熱硬化性樹脂の硬化物の弾性率測定>
熱硬化性樹脂の樹脂成分をニーダー中に加え、混練しつつ、150℃まで昇温し、同温で1時間混練した。その後、混練しつつ60℃まで降温させた。その後、硬化剤および硬化促進剤を加えてさらに混練することで未硬化の熱硬化性樹脂を得た。この未硬化の熱硬化性樹脂を真空中で脱泡した後、2mm厚の“テフロン(登録商標)”製スペーサーにより厚みが2mmになるように設定したモールド中で、130℃の温度で2時間硬化させ、厚さ2mmの熱硬化性樹脂の硬化物を得た。この硬化物から幅10mm、長さ60mmの試験片を切り出し、スパン間長さを32mm、クロスヘッドスピードを2.5mm/分とし、JIS-K7171(1994)に従って、3点曲げを実施し、弾性率を測定した。サンプル数n=5として、その平均値を樹脂硬化物の弾性率とした。
【0084】
<炭素繊維強化複合材料の0°圧縮強度測定と炭素繊維強化複合材料の0°引張弾性率測定>
硬化剤および硬化促進剤を除く熱硬化性樹脂の原料樹脂をニーダーで混合し、1時間攪拌して樹脂組成物を得た。次に、得られた樹脂組成物を、シリコーンが塗布されている離型紙のシリコーン面に、塗布することにより樹脂フィルムを得た。得られた樹脂フィルムを、約2.7mの円周を有し、温度60~70℃に温調された鋼製ドラムの表面に、樹脂組成物の表面を外側にして、巻き付けた。次いで、鋼製ドラムに巻き付けられている樹脂組成物の表面に、クリールから巻き出した炭素繊維束をトラバースを介して配列した。さらにその上を前記樹脂フィルムで、樹脂組成物の面を炭素繊維束側にして覆い、外側の樹脂フィルムの面に別途用意されたロールを接触回転させながら加圧し、樹脂を繊維束内に含浸せしめ、幅300mm、長さ2.7mの一方向プリプレグを作製した。ここで、プリプレグの繊維目付は、ドラムの回転数とトラバースの送り速度を調整することによって、190~200g/m2に調整した。得られたプリプレグの複数枚を、繊維方向を一方向に揃えて積層し、温度130℃、加圧0.3MPaで2時間処理し、樹脂を硬化させ、厚さが1mmの積層板(繊維強化複合材料)を得た。かかる積層板から、厚さ1±0.1mm、幅12.7±0.13mm、長さ80±0.013mm、ゲージ部の長さ5±0.13mmの試験片を切り出した。なお、試験片の両端(両端から各37.5mmずつ)は、補強板を接着剤等で固着させてゲージ部長さ5±0.13mmとした。ASTM D695(1996)に準拠し、歪み速度1.27mm/分の条件で、試験片数について圧縮強度を測定し、得られた圧縮強度を繊維体積分率60%に換算した。n=6で測定して、その平均値を本発明における炭素繊維強化複合材料の0°圧縮強度とした。また、JIS K7017(1999)に記載してあるとおり、一方向強化材を幅12.7mm、長さ230mmにカットし、両端に1.2mm、長さ50mmのガラス繊維強化プラスチック製のタブを接着し試験片を得た。このようにして得られた試験片について、インストロン社製万能試験機を用いてクロスヘッドスピード1.27mm/分で引張試験を行い、0°引張弾性率測定し、得られた引張弾性率を繊維体積分率60%に換算した。n=6で測定して、その平均値を本発明における炭素繊維強化複合材料の0°引張弾性率とした。
【0085】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【0086】
(実施例1)
イタコン酸を共重合したポリアクリロニトリル共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒として溶液重合法により重合させ、ポリアクリロニトリル共重合体を製造した。製造されたポリアクリロニトリル共重合体に得られた紡糸溶液を、紡糸口金から一旦空気中に吐出し、約4mmの空間を通過させた後、3℃にコントロールした35質量%ジメチルスホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により凝固糸条とした。この凝固糸条を、常法により水洗した後、2槽の温水浴中で、3.5倍の延伸を行った。続いて、この水浴延伸後の繊維束に対して、アミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、160℃の加熱ローラーを用いて、乾燥緻密化処理を行い、2糸条を合糸し、単繊維本数12,000本としてから、加圧スチーム中で3.7倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を13倍とし、その後交絡処理を行って、結晶配向度93%、単繊維繊度0.75dtex、単繊維本数12,000本のポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。次に、第1耐炎化工程を耐炎化温度240℃、第2耐炎化工程を244℃の条件を用いて耐炎化糸の密度が1.30g/cm3になる様に耐炎化時間を調整して、空気雰囲気のオーブン中でポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を延伸比1で延伸しながら耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。ここで、「第1炉」において耐炎化する工程が第1耐炎化工程に該当し、「第2炉」において耐炎化する工程が第2耐炎化工程に該当する。なお、本発明において第1耐炎化工程および第2耐炎化工程を行う耐炎化炉数に制限は無い。第1耐炎化工程後の繊維の赤外スペクトルにおける1,370cm-1のピーク強度に対する1,453cm-1のピーク強度の比は、0.68であった。第2耐炎化工程後の繊維の赤外スペクトルにおける1,370cm-1のピーク強度に対する1,453cm-1のピーク強度の比は0.49、1,370cm-1のピーク強度に対する1,254cm-1のピーク強度の比は0.55であった。得られた耐炎化繊維束を、温度300~800℃の窒素雰囲気中において、予備炭素化繊維束を得た。得られた予備炭素化繊維束を、窒素雰囲気中において、最高温度、昇温速度、延伸比を制御して炭素化処理を行った。耐炎化条件、予備炭素化条件および炭素化条件は表1にまとめた。
【0087】
【0088】
【0089】
得られた炭素繊維束に表面処理およびサイジング剤塗布処理を行って最終的な炭素繊維束とした。サイジングの付着量は1.2質量%となるように調整した。こうして得られた炭素繊維束は単繊維直径5.3μm、密度1.82g/cm3、結晶子サイズ4.2nmとなり、ストランド引張強度は4.8GPa、ストランド引張弾性率は438GPa、単繊維圧縮強度は3.0GPaであり、力学物性が高いことがわかった。また、巻き出し毛羽数は0.5個/m、解舒毛羽数は10.0個/100m、プリプレグ毛羽欠点数は28個/100m2であり十分に品位が高いことがわかった。以上の結果を表2にまとめた。
【0090】
【0091】
【0092】
(実施例2)
炭素化工程における昇温速度、最高温度での処理時間と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0093】
(実施例3)
予備炭素化工程における延伸比と、炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が十分に高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0094】
(実施例4)
予備炭素化工程における延伸比と、炭素化工程における昇温速度、最高温度での処理時間と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が非常に高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0095】
(実施例5)
予備炭素化工程における延伸比と、炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が非常に高く、力学物性が非常に高い炭素繊維束が得られた。
【0096】
(実施例6)
予備炭素化工程における延伸比と、炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が十分に高く、力学物性が十分に高い炭素繊維束が得られた。
【0097】
(実施例7)
予備炭素化工程における延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が十分に高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0098】
(実施例8)
耐炎化工程における耐炎化処理は、表1に示す耐炎化構造になるように耐炎化温度と耐炎化時間を制御し、予備炭素化工程における延伸比を表1に示すように変更し、炭素化工程における延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0099】
(実施例9)
耐炎化工程における耐炎化処理は、表1に示す耐炎化構造になるように耐炎化温度と耐炎化時間を制御し、予備炭素化工程における延伸比を表1に示すように変更し、炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0100】
(実施例10)
耐炎化工程における耐炎化処理は、表1に示す耐炎化構造になるように耐炎化温度と耐炎化時間を制御し、予備炭素化工程における延伸比を表1に示すように変更し、炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、品位が高く、力学物性が高い炭素繊維束が得られた。
【0101】
(実施例11)
実施例4で得られた炭素繊維束を用いて、以下に示す樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作製を行い、0°引張弾性率測定を行ったところ、259GPa、0°圧縮強度測定を行ったところ、1240MPaであった。こうして得られた炭素繊維強化複合材料の物性を表3に示す。なお、同樹脂組成からなる樹脂硬化物の弾性率を測定したところ、その弾性率は4.4GPaであった。
【0102】
樹脂組成物:
・液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER(登録商標)”828:三菱ケミカル(株)製):20質量部
・トリグリシジル-m-アミノフェノール(“アラルダイト(登録商標)”MY0600:ハンツマン・アドバンズド・マテリアルズ(株)製):50質量部
・フェノールノボラック型エポキシ(“jER(登録商標)”154:三菱ケミカル(株)製):30質量部
硬化剤:
・ジシアンジアミド(三菱ケミカル(株)製):6質量部
硬化促進剤:
・3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチルウレア(保土ヶ谷化学工業(株)製)):3質量部。
【0103】
(比較例1)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、力学物性は高いが単繊維直径が小さく品位が不十分であった。
【0104】
(比較例2)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における最高温度、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、力学物性は高いが密度が高く、結晶子サイズが大きくストランド強度と単繊維圧縮強度が不十分であり、品位も不十分であった。
【0105】
(比較例3)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、力学物性は高いが単繊維直径が小さく、品位も不十分であった。
【0106】
(比較例4)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間、昇温速度と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、品位は非常に高いが、炭素化最高温度が低いため、ストランド弾性率が不十分であった。
【0107】
(比較例5)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における昇温速度と最高温度での処理時間を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、炭素化昇温速度が高いため、力学物性と品位が不十分であった。
【0108】
(比較例6)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における最高温度、最高温度での処理時間と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、炭素化温度が低く炭素化工程の延伸比が高いため、力学特性は高いが、品位が不十分であった。
【0109】
(比較例7)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における最高温度、昇温速度、最高温度での処理時間と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、炭素化温度が低く炭素化工程の延伸比が高いため、力学物性と品位が不十分であった。
【0110】
(比較例8)
予備炭素化工程における延伸比と炭素化工程における最高温度、昇温速度、最高温度での処理時間と延伸比を表1に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得て、各種評価を行った。結果は表2にまとめた通りであり、得られた炭素繊維束は、炭素化温度が低く炭素化工程の延伸比が高いため、力学物性と品位が不十分であった。
【0111】
(比較例9)
炭素繊維束“トレカ(登録商標)”M46J(ストランド弾性率:434GPa(東レ(株)製))を用いて、以下に示す樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作製を行い、0°引張弾性率測定を行ったところ、256GPa、0°圧縮強度測定を行ったところ、1060MPaであり、実施例10の複合材料の0°引張弾性率と同程度の値となったが、0°圧縮強度は低かった。
なお、同樹脂組成からなる樹脂硬化物の弾性率を測定したところ、その弾性率は3.3GPaであった。
【0112】
(比較例10)
炭素繊維束“トレカ(登録商標)”M40S(ストランド弾性率:380GPa(東レ(株)製))を用いて、以下に示す樹脂組成でプリプレグおよび炭素繊維強化複合材料の作製を行い、0°引張弾性率測定を行ったところ、223GPa、0°圧縮強度測定を行ったところ、1240MPaであり、実施例11の複合材料の0°圧縮強度と同程度の値となったが、0°引張弾性率は低かった。なお、同樹脂組成からなる樹脂硬化物の弾性率を測定したところ、その弾性率は3.3GPaであった。
【0113】
樹脂組成物:
・液状ビスフェノールA ジグリシジルエーテル樹脂(“jER(登録商標)”1001:三菱ケミカル(株)製):20質量部:30質量部
・液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER(登録商標)”828:三菱ケミカル(株)製):30質量部
・フェノールノボラックポリグリシジルエーテル樹脂(“EPICLON”(登録商標)N740(DIC(株)製):27質量
・ポリビニルホルマール樹脂(“ビニレック(登録商標)”PVF-K、JNC(株)製):5質量部
硬化剤:
・ジシアンジアミド(三菱ケミカル(株)製):6質量部
硬化促進剤:
・3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチルウレア(保土ヶ谷化学工業(株)製)):3質量部。
【0114】