(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-18
(45)【発行日】2025-06-26
(54)【発明の名称】模擬動物器官の製造方法、模擬動物器官キットの製造方法、医療器具評価キットの製造方法
(51)【国際特許分類】
G09B 23/28 20060101AFI20250619BHJP
【FI】
G09B23/28
(21)【出願番号】P 2022569393
(86)(22)【出願日】2020-12-16
(86)【国際出願番号】 JP2020046952
(87)【国際公開番号】W WO2022130533
(87)【国際公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】519288582
【氏名又は名称】KOTOBUKI Medical株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112689
【氏名又は名称】佐原 雅史
(74)【代理人】
【識別番号】100128934
【氏名又は名称】横田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】高山 成一郎
(72)【発明者】
【氏名】森本 岳
【審査官】赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/010190(WO,A1)
【文献】特開2018-049156(JP,A)
【文献】特開2007-316434(JP,A)
【文献】特開2008-197483(JP,A)
【文献】特開2019-217770(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0086955(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/28-23/34
A61B 90/00-90/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分となるマンナンと、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、
前記成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、
を有し、
前記成形工程及び前記凍結工程を経ると、自ずと、前記変色剤となるマイクロカプセルの一部が前記繊維構造又は前記メッシュ構造に埋め込まれており、該マイクロカプセルの残部が前記繊維構造又は前記メッシュ構造の表面から露出する状態になっており、
前記変色剤の粒径は、2.0μm以下であることを特徴とする模擬動物器官の製造方法。
【請求項2】
主成分となるマンナンと、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、
前記成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、
を有し、
前記成形工程及び前記凍結工程を経ると、自ずと、該繊維構造又は前記メッシュ構造の周囲において、前記変色剤となるマイクロカプセルを房状に凝集させる状態になっており、
前記変色剤の粒径は、2.0μm以下であることを特徴とする模擬動物器官の製造方法。
【請求項3】
主成分となるマンナンと、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、
前記成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、
を有し、
前記成形工程及び前記凍結工程を経ると、自ずと、該繊維構造又は前記メッシュ構造の表面にポケット状の凹部を形成し、当該凹部内に前記変色剤となるマイクロカプセルを凝集させる状態になっており、
前記変色剤の粒径は、2.0μm以下であることを特徴とする模擬動物器官の製造方法。
【請求項4】
前記変色剤は、温度上昇時に第1温度を超えることで第1色相への変色が開始し、且つ、第1色相状態における温度降下時において前記第1温度よりも低い第2温度を下回ることで第2色相への変色が開始する特性を有することを特徴とする、
請求項1~3のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項5】
前記凍結工程後に、前記成形体を前記第1温度よりも高い温度に加熱して、前記変色剤を第1色相状態とする加熱工程と、
前記加熱工程後において、前記成形体を前記第2温度よりも低い温度に冷却して、前記変色剤を第2色相状態とする冷却工程と、
を有することを特徴とする、
請求項4に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項6】
前記加熱工程では、前記成形体を75度以上に加熱し、
前記冷却工程では、前記成形体を-5度未満に冷却し、
前記変色剤の前記第1温度は、30℃より高く且つ75度未満に設定され、
前記変色剤の前記第2温度は、20℃より低く且つ-5度以上に設定されることを特徴とする、
請求項5に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項7】
前記第1色相は、白色又は透明色であり、前記第2色相は、赤色、ピンク色、茶色又は褐色であることを特徴とする、
請求項4~6のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項8】
前記成形工程における前記成形体は、前記変色剤を1.0重量%以上含むことを特徴とする、
請求項1~7のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項9】
前記凍結工程後の最終製品段階において、前記成形体の含水率が95%以下となることを特徴とする、
請求項1~8のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項10】
前記凍結工程後の最終製品段階において、前記成形体の含水率が80%以上となることを特徴とする、
請求項1~9のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項11】
前記凍結工程後において、前記成形体の圧縮弾性率が0.015N/mm2以下となることを特徴とする、
請求項1~10のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項12】
前記凍結工程後において、前記成形体の圧縮弾性率が0.011N/mm2以下となることを特徴とする、
請求項11に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項13】
前記成形工程では、前記水に電解質を混ぜることを特徴とする、
請求項1~12のいずれか一項に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項14】
前記成形工程における前記成形体は、前記電解質を1.0重量%以下で含むことを特徴とする、
請求項13に記載の模擬動物器官の製造方法。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか一項に記載の製造方法によって製造され、シート状に形成される模擬動物器官と、
樹脂又は金属で形成される立体形状の臓器モデルと、を備え、
前記臓器モデルの壁面の一部に、前記模擬動物器官が固定されることを特徴とする、
模擬動物器官キット
の製造方法。
【請求項16】
模擬動物器官によって構成される第1面と、
前記第1面に対して直交する方向に設けられ、熱によって変色する特性を有する第2面と、
前記第1面に対して直交する方向に設けられ、且つ、前記第2面に対して間隔を有し、熱によって変色する特性を有する第3面と、
を有し、
前記模擬動物器官は、
主成分となるマンナンと、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、前記成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、によって製造されることを特徴とする、
医療器具評価キット
の製造方法。
【請求項17】
前記変色剤は、温度上昇時において第1温度によって第1色相への変色が開始し、且つ、第1色相状態における温度降下時において前記第1温度よりも低い第2温度によって第2色相への変色が開始する特性を有しており、
更に前記模擬動物器官は、
前記成形体を前記第1温度よりも高い温度に加熱して、前記変色剤を第1色相状態とする加熱工程と、
前記加熱工程後において、前記成形体を前記第2温度よりも低い温度に冷却して、前記変色剤を第2色相状態とする冷却工程と、
、によって製造されることを特徴とする、
請求項1
6に記載の医療器具評価キット
の製造方法。
【請求項18】
前記第2面及び前記第3面は、紙又は樹脂フィルムで構成されることを特徴とする、
請求項1
6又は1
7に記載の医療器具評価キット
の製造方法。
【請求項19】
前記第2面及び前記第3面は、前記模擬動物器官で構成されることを特徴とする、
請求項1
6又は1
7に記載の医療器具評価キット
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人等の動物に対する手術の練習や、その他の目的で活用可能な模擬動物器官に関する。
【背景技術】
【0002】
人間を含む動物に等に対して、外科手術が広く行われている。例えば、臓器から腫瘍等を摘出する手術、臓器の一部を切除する手術、臓器を移植する手術、臓器を縫合する手術などが知られている。
【0003】
この種の外科手術は、メス(電気メスを含む)による切開作業や、縫合又は吻合等における運針作業において、外科医師に相応のテクニックが求められるとこから、実際に手術を行う前に、これらの手技の練習を行うのが通常である。
【0004】
従来、医学教育実習や手術手技訓練等のために生体モデル(模擬動物器官)が用いられている。これらの模擬動物器官は、一般的に、シリコーン樹脂製やポリウレタン製となるが、その他にも、ポリマー樹脂を用いた生体モデルも提案されている(特許4126374号参照)。また、本出願人は、模擬動物器官の材料としてマンナンを用いた生体モデルを提案している(国際公開WO2017/010190)。
【0005】
また、従来のポリマー樹脂を用いた生体モデルにおいて、高周波メス等を利用した焼灼部位を確認する為に、マイクロカプセル顔料を成形物中に含有させることで、焼灼部位の加温を色変化で確認する技術が提案されている(特開2018-49166)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特開2018-49166に開示されるように、合成樹脂にマイクロカプセル顔料を含有させた生体モデルの場合、手技練習の為に高周波メス等で生体モデルを焼灼すると、有害性物質や悪臭が発生する場合があり、医療機関(特に手術室内)で使用することが難しいという問題がある。また、合成樹脂の場合、高周波メスで素材自身が溶けてしまうことから、焼灼時の熱が、生体モデルの周囲に伝播していく熱拡散状態を、色の変化によって高精度に再現することが難しいという問題がある。
【0007】
また、医療現場では、練習目的で使用された後の模擬動物器官が大量に廃棄されることになるが、シリコーン樹脂やポリマー樹脂等の化学成分材料の場合、処分時に環境に悪影響を及ぼしやすいという問題があった。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、実際の動物の器官に近い状態で、教育実習や手術の練習を行う際に、熱の影響を目視で確認することが可能な模擬動物器官を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成する本発明は、主成分となるマンナンと、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、前記成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、を有することを特徴とする模擬動物器官の製造方法である。
【0010】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程では、該繊維構造又は前記メッシュ構造によって前記変色剤が担持された状態とすることを特徴とする。
【0011】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記変色剤の粒径は、5.0μm以下であることを特徴とする。
【0012】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記変色剤の粒径は、2.0μm以下であることを特徴とする。
【0013】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記変色剤は、温度上昇時に第1温度を超えることで第1色相への変色が開始し、且つ、第1色相状態における温度降下時において前記第1温度よりも低い第2温度を下回ることで第2色相への変色が開始する特性を有することを特徴とする。
【0014】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程後に、前記成形体を前記第1温度よりも高い温度に加熱して、前記変色剤を第1色相状態とする加熱工程と、前記加熱工程後において、前記成形体を前記第2温度よりも低い温度に冷却して、前記変色剤を第2色相状態とする冷却工程と、を有することを特徴とする。
【0015】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記加熱工程では、前記成形体を75度以上に加熱し、前記冷却工程では、前記成形体を-5度未満に冷却し、前記変色剤の前記第1温度は、30℃より高く且つ75度未満に設定され、前記変色剤の前記第2温度は、20℃より低く且つ-5度以上に設定されることを特徴とする。
【0016】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記第1色相は、白色又は透明色であり、前記第2色相は、赤色、ピンク色、茶色又は褐色であることを特徴とする。
【0017】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記成形工程における前記成形体は、前記変色剤を1.0重量%以上含むことを特徴とする。
【0018】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程後の最終製品段階において、前記成形体の含水率が95%以下となることを特徴とする。
【0019】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程後の最終製品段階において、前記成形体の含水率が80%以上となることを特徴とする。
【0020】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程後において、前記成形体の圧縮弾性率が0.015N/mm2以下となることを特徴とする。
【0021】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記凍結工程後において、前記成形体の圧縮弾性率が0.011N/mm2以下となることを特徴とする。
【0022】
上記目的を達成する本発明は、マンナンを主成分とする原材料と、水と、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程を備え、前記変色剤は、温度上昇時において第1温度によって第1色相への変色が開始し、且つ、第1色相状態における温度降下時において前記第1温度よりも低い第2温度によって第2色相への変色が開始する特性を有しており、前記成形体を前記第1温度よりも高い温度に加熱して、前記変色剤を第1色相状態とする加熱工程と、前記加熱工程後において、前記成形体を前記第2温度よりも低い温度に冷却して、前記変色剤を第2色相状態とする冷却工程と、を有することを特徴とする模擬動物器官の製造方法である。
【0023】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記成形工程では、前記水に電解質を混ぜることを特徴とする。
【0024】
上記模擬動物器官の製造方法に関連して、前記成形工程における前記成形体は、前記電解質を1.0重量%以下で含むことを特徴とする。
【0025】
上記目的を達成する本発明は、上記のいずれかの製造方法によって製造されることを特徴とする模擬動物器官である。
【0026】
上記目的を達成する本発明は、シート状に形成される上記の模擬動物器官と、樹脂又は金属で形成される立体形状の臓器モデルと、を備え、前記臓器モデルの壁面の一部に、前記模擬動物器官が固定されることを特徴とする、模擬動物器官キットである。
【0027】
上記目的を達成する本発明は、上記の模擬動物器官によって構成される第1面と、前記第1面に対して直交する方向に設けられ、熱によって変色する特性を有する第2面と、前記第1面に対して直交する方向に設けられ、且つ、前記第2面に対して間隔を有し、熱によって変色する特性を有する第3面と、を有することを特徴とする、医療器具評価キットである。
【0028】
上記医療器具評価キットに関連して、前記第2面及び前記第3面は、紙又は樹脂フィルムで構成されることを特徴とする。
【0029】
上記医療器具評価キットに関連して、前記第2面及び前記第2面は、請求の範囲13に記載の模擬動物器官で構成されることを特徴とする。
【0030】
上記目的を達成する本発明は、主成分とするマンナンと、電解質と、水と、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、を含有しており、前記マンナンの繊維構造又はメッシュ構造に、前記変色剤を担持されていることを特徴とする模擬動物器官である。
【0031】
上記模擬動物器官に関連して、前記変色剤は、前記マンナンの繊維構造又はメッシュ構造に沿って房状に担持されることを特徴とする。
【0032】
上記模擬動物器官に関連して、前記マンナンの繊維構造又はメッシュ構造によって凹部が形成されており、前記変色剤が前記凹部に収容されることを特徴とする。
【0033】
上記模擬動物器官に関連して、含水率が95%以下且つ80%以上となることを特徴とする。
【0034】
上記模擬動物器官に関連して、圧縮弾性率が0.015N/mm2以下となることを特徴とする。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、変色状態によって加熱影響を評価可能で、なおかつ、実際の動物の器官に極めて近い状態の模擬動物器官を得ることができるという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る模擬動物器官の製造工程を示すフロー図である。
【
図3】同模擬動物器官において(A)電気メスで切開する状態を示す平面図、(B)鉗子で内部の肉をつまんでいる状態を示す平面図、(C)切開部分を縫合する状態を示す平面図である。
【
図4】(A)は積層態様の同模擬動物器官を示す断面図、(B)乃至(D)は同模擬動物器官の他の構成例を示す断面図である。
【
図5】(A)及び(B)は実施例に係る同模擬動物器官のドリップを示す写真であり、(C)は変色剤のみを撮影した写真である。
【
図6】(A)及び(B)は実施例に係る同模擬動物器官の顕微鏡写真である。
【
図7】実施例に係る同模擬動物器官の顕微鏡写真である。
【
図8】(A)及び(B)は実施例に係る同模擬動物器官の顕微鏡写真である。
【
図9】(A)及び(B)は実施例に係る同模擬動物器官の顕微鏡写真である。
【
図10】本発明の第2の実施形態に係る模擬動物器官キットを示す正面図である。
【
図11】本発明の第3の実施形態に係る医療器具評価キットを分解図である。
【
図12】(A)は同医療器具評価キットの斜視図であり、(B)は同医療器具評価キットの評価態様を示す斜視図である。
【
図13】同医療器具評価キットの変形例の斜視図である。
【
図14】同医療器具評価キットの変形例の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態を、添付図面を参照して説明する。
【0038】
図1には、本発明の第1の実施形態に係る模擬動物器官の製造工程が示されている。
【0039】
<混練・糊化工程(S110)>
混練・糊化工程S110では、まず、主成分となるマンナンと、電解質と、増粘剤と、温度に依存して変色するマイクロカプセル状の変色剤と、水を混ぜて混練して原液を得る。マンナンは、マンノースをおもな構成単位とする多糖類であり、例えば、グルコマンナン、ガラクトマンナン、コンニャク粉(グルコマンナンの一種)などを用いることができる。グルコマンナンは、グルコースとマンノースがおよそ2:3~1:2の割合で重合したものである。ガラクトマンナンは、マンノースとガラクトースが重合したものである。
【0040】
電解質は、水に溶けると電気を通す物質のことであり、具体的には、水中で電気を帯びたイオンとなって電気を通す性質を発揮する。電解質のイオンは、例えば、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、塩化物イオン、リン酸イオン、炭酸水素イオンが存在するが、他のイオン物質であっても良い。本実施形態では、電解質として塩化ナトリウム(食塩)を採用する。即ち、電解質水溶液として生理食塩水を用いる。
【0041】
増粘剤は、原液の粘性を高めたり、とろみを付けたりする物質のことであり、コンニャク糊の安定性を高めて、その分離を防止することができる。増粘剤には、動物性のもの(ゼラチン等)と植物性のもの(多糖類やセルロースの化学的誘導体等)とがある。具体的な増粘剤の例として、ペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、プロピレングリコール、カルボキシメチルセルロース、でん粉、結晶セルロース、トレハロース、デキストリンなどが代表的であり、これらを単品又は混合して用いることができる。例えば、デキストリンとでん粉と増粘多糖類を混合したものを用いることができる。
【0042】
マイクロカプセル状の変色剤は、日常生活環境温度(常温)より高い第1温度(昇温時変色開始温度)を超えると変色を開始して次第に第1色相となる。更に、この第1温度よりも高い第1固定温度(昇温時固定温度)を超えると、この第1色相が固定される。なお、この第1温度は、例えば30℃~40℃の範囲内であり、第1固定温度は、例えば30℃~80℃の範囲内に設定され、望ましくは50℃以上に設定され、また望ましくは7℃未満に設定される。第1色相は、後述する第2色相と異なれば良いが、例えば、白色又は透明色(無色)とすることが好ましい。
【0043】
更にこの変色剤は、日常生活環境温度(常温)より低い第2温度(降温時変色開始温度)を下回ると変色を開始して次第に第2色相となる。更に、この第2温度よりも低い第2準備完了温度(降温時準備完了温度)を超えると、全体が第2色相となって、次の昇温時における第1色相への発色準備が完了する。なお、この第2温度は例えば-5~20度の範囲内であり、より望ましくは0℃~10℃の範囲内である。また、第2準備完了温度は例えば-5℃~-20℃の範囲内に設定される。第2色相は、臓器に近似する赤色、ピンク色、茶色又は褐色のいずれかにとすることが好ましい。なお、この発色剤には耐熱温度が存在する。この耐熱温度は第1固定温度よりも高く、例えば100℃以上となる。
【0044】
この変色剤は粒径が5.0μm以下となるものを含むことが好ましく、更に望ましくは2.0μm以下を含む。従って、変色剤を選定する際には、メディアン径が5.0μm以下となるものが好ましく、更に望ましくはメディアン径が2.0μm以下とする。詳細は後述するが、小さい粒径である程、マンナンの繊維構造又はメッシュ構造によって担持されやすく、また、房状に凝集しやすい。結果、製造過程中の変色剤の流出や、実際の使用中において水分漏出に伴う変色剤の流出を抑制できる。
【0045】
マンナンと、電解質と、増粘剤と、変色剤と、水の混合比率は、例えば8:2:3:1:340である。具体的には、電解質と水を混ぜた電解液水溶液に対して、マンナンと増粘剤と変色剤を徐々に加えながら撹拌する。マンナン、電解質、増粘剤及び水の総重量と、変色剤の重量の混合比率は例えば99:1となる。このようにして作製される原液全体における電解質(塩化ナトリウム)の含有比率は1.0重量%以下が好ましく、より好ましくは0.7重量%以下とし、0.01重量%以上とする。また、原液全体における増粘剤の重量含有比率は、5.0重量%以下が好ましく、より好ましくは、3.0重量%以下とし、0.5重量%以上とする。原液全体における変色剤の重量含有比率は0.5重量%以上が好ましく、より好ましくは1.0重量%以上とする。このように作成される原液をしばらく放置する。
【0046】
その後、更に水酸化カルシウムや炭酸カルシウム等のアルカリ物質を加えて原液を更に撹拌することで糊化させる。これにより、いわゆるコンニャク糊を得ることができる。
【0047】
<成形工程(S120)>
成形工程S120では、コンニャク糊を、目的とする動物器官と同じ形状に成形する。例えば臓器の場合、臓器の形状を模した型枠にコンニャク糊を流し込んで立体的に成形する。皮膚の場合、プレート状の型枠にコンニャク湖を流し込んでシート状に成形する。血管の場合は、丸孔又は環状孔からコンニャク糊を連続的に押出成型して、紐状又は管状に成形しても良い。勿論、押出成型ではなく、型枠によって血管、腸管、食道、肺、舌等を成型しても良い。この結果、コンニャク糊が所望の形状に成形された成形体を得ることができる。
【0048】
<凍結工程(S130)>
凍結工程S130では、成形体を0℃より低い低温環境に一定時間維持する。これにより、成形体が繊維構造又はメッシュ構造に変化し、この繊維構造又はメッシュ構造に変色剤が担持された状態となる。つまり、解凍後においても、繊維構造又はメッシュ構造の内部及び周囲に変色剤が強く保持される結果、水分側(ドリップ側)への変色剤の流出が抑制される。なお、繊維構造又はメッシュ構造は、成形体の引張強度や、引き裂き強さを高めることにつながる。例えば、臓器に対する手技を練習する場合、電気メスで臓器を切開し、切開部内に鉗子を挿入して臓器内部をつまむ場合がある。鉗子で臓器内部をつまみながら更に奥側を切開し、又は、臓器内部を鉗子で引っ張りながら剥離や摘出手術を行う必要があるからである。そこで、凍結工程によって、成形体の内部の引張強度、引き裂き強度を高めることによって、そのような手技の練習を行う環境を提供する。
【0049】
凍結工程S130では、成形体の少なくとも一部を凍結させる。凍結させると、繊維構造又はメッシュ構造が進展して、コンニャク糊の互いの結合状態が強くなり、鉗子でつまんでも、成形体が潰れたり、千切れたりする状況を適度に低減させることができ、実際の臓器に極めて近い内部状態となる。効率的に凍結させるためには、例えばマイナス10℃以下の環境に維持することが好ましく、より望ましくは、マイナス20℃以下に維持する。例えば、マイナス27℃程度で30分~数時間に亘って維持することができる。増粘剤を混ぜる場合、例えば、マイナス5℃以下~マイナス15℃以上の間に維持することが好ましい。適度な繊維化が進展し、電気メスによる切断時の水分漏出量を抑制しつつも、適切な強度を確保できる。例えば、マイナス8℃程度で10時間に亘って維持する。なお、マイナス15℃未満(例えばマイナス20℃)で冷凍すると、繊維化が進展しすぎる場合があり、保水力が低下して、電気メスによる切断時の水分漏出量がかえって増えてしまう場合が有る。
【0050】
また、この凍結工程S130では、成形体の外表面側を凍結させながらも、中心は非凍結状態にすることも好ましい。このようにすると、表面側の引張強度が強く、中心側に向かって徐々にやわらかくなる模造動物臓器を得ることができる。また、凍結部分の間と非凍結部分の特性値の違いにより、境界を形成することが可能となり、その境界に沿って剥離手技を練習することが可能となる。実際の臓器も、そのような構造が多々あるため、練習に極めて好ましい態様となる。
【0051】
なお、解凍後は成形体からドリップが生じ得る。この解凍後にあえて成形体からドリップを生じさせた状態で、最終的な含水率を80%~95%とすることが好ましい。
【0052】
<乾燥工程(S140)>
乾燥工程S140では、成形体の水分を蒸発させて乾燥させる。本乾燥工程S140は、成形体の外表面近傍を乾燥させれば十分であり、これにより、外表面のみの引張強度を高めることが可能となる。臓器の種類によっては、表皮(又は外袋)が存在していた方が実践に近い場合があり、この乾燥工程S140によって表皮を模擬的に形成することができる。なお、表皮が不要の場合は、この乾燥工程S140を省略することができる。
【0053】
一方、乾燥工程S140で成形体を乾燥させすぎると、いわゆるジャーキーのような状態となり、引張強度が強くなりすぎて、実際の生体の再現性が悪くなる可能性がある。また成形体の内部まで乾燥させることが難しい。仮に内部深くまで乾燥させようとすると、表面が乾燥しすぎてしまう。従って、臓器の再現には、適度な強度を生み出す凍結工程S130が優先され、それに対して乾燥工程S140を組み合わせることで、成形体内部の引張強度と、外表面の引張強度を適切に制御することが好ましい。この際、乾燥工程S140は凍結工程S130の後に行うことが好ましいが、再現する臓器の目的に応じて、凍結工程S130よりも乾燥工程S140を先に実行した方が良い場合もある。
【0054】
なお、いわゆる真空凍結乾燥によって、凍結工程S130と乾燥工程S140を同時に行うことも可能である。
【0055】
例えば、乾燥工程S140よりも凍結工程S130を先に行うと、外表面と内部の双方が、少し網目状(繊維状)に変化し、全体的に引張強度を高めることができる。後の乾燥工程S140によって外表面の硬さが増大するが、網目状の組成は特に変化しない。
【0056】
一方、凍結工程S130よりも乾燥工程S140を先に行うと、外表面を滑らか(密状態)となり、この外表面の強度を局所的に増大させることができる。後の凍結工程S130によって、内部のみが少し網目状となり、内部の引張強度を高めることができる。従って、例えば凍結工程S130よりも乾燥工程S140を先に行うことで制作した臓器は、外表面から注射針によって内部に液体を注入するような練習をおこなっても、その液体が外表面から漏れ出しにくいという利点がある。
【0057】
<パッケージング工程(S145)>
パッケージング工程S145では、成形体を強アルカリ液に浸漬した状態で所望の容器又は袋に収容する。例えば、真空包装機を利用して、樹脂製の袋内を真空にした状態で成形体を収容して熱シールすることが好ましい。包装用袋としては、例えば、外面がナイロンで内面がポリエチレンの複合フィルム材を用いることが好ましく、耐熱性、熱シール性、酸素非透過性を両立できる。レトルト対応の包装を採用することも望ましい。なお、パッケージング工程(S145)を、後述する保存工程(S160)で実施することもできる。
【0058】
<加熱工程(S150)>
加熱工程S150では、パッケージングされた成形体を、変色剤の第1温度を超えるまで加熱する。より望ましくは第1固定温度を超えるまで加熱する。この加熱工程S150によって、一旦、変色剤を第1色相に変色させる。また、この加熱工程S150によって成形体の弾力性を高めることができる。このように、加熱工程S150によって、一旦、変色剤の変色を開始又は固定化することで、変色剤が均質に分散しているか否かについて、目視確認できるようにする。具体的には、50度以上に加熱することが好ましく、より望ましくは60度以上とする。例えば、第1固定温度以上となる沸騰した湯に成形体を入れて、数十分加熱すれば良い。なお、臓器の種類によっては、弾力性が要求されない場合があり、その場合は加熱時間を短くするか、常温以上の温度の範囲内で加熱温度を下げるか、或いは加熱工程S150を省略することができる。ただし、この加熱工程S150は、殺菌工程を兼ねることができるので、殺菌温度(例えば75度)以上の加熱を必要に応じて行うことが好ましい。勿論、加熱殺菌以外の手法で殺菌することもできる。
【0059】
この加熱工程S150は、凍結工程S130及び乾燥工程S140よりも後に行うことが好ましい。先に加熱工程S150を行って弾力を持たせてしまうと、その後に凍結工程S130又は乾燥工程S140を行っても、目的とする引張強度が得られにくいからである。以上の工程を経て、模擬動物器官10が完成する
【0060】
<再冷却工程(S155)>
冷却工程S155では、加熱工程S150で加熱した成形体を、変色剤の第2温度より低い低温環境に一定時間維持する。これにより、加熱工程S150で第1色相に変色した変色剤を、第2色相状態に戻す。なお、好ましくは5℃以下に冷却し、更に望ましくは0℃以下に冷却する。特に好ましくは-5℃以下として、この冷却工程S155で成形体を再凍結させることも好ましい。本実施形態では、例えば、成形体を-10℃以下の状態で1時間以上保持する。
【0061】
<保存工程(S160)>
【0062】
保存工程S160では、上記の複数の工程が終了した模擬動物器官10を保存する。このタイミングで、パッケージング工程(S145)を実行しても良い。これにより、数か月から数年の常温又は冷蔵保存を実現する。
【0063】
なお、保存工程(S160)又はパッケージング工程(S145)の直前状態において、この模擬動物器官10の含水率を95%以下とすることが好ましい。これにより電気メスによる切断時の水分漏出量を抑制できる。一方、模擬動物器官10の含水率を80%以上とすることが好ましい。含水率が80%以下になると、手技練習時に人間の臓器との差異が大きくなり、違和感が生じやすい。望ましくは、含水率を94%以下とする。なお、この含水率は、(最終製品重量-原料重量)/(最終製品重量)という関係式で算出できる。
【0064】
更に、保存工程(S160)又はパッケージング工程(S145)の直前状態において、この模擬動物器官10の圧縮(引張)弾性率を0.015N/mm2以下に設定することが好ましい。更に望ましくは、圧縮(引張)弾性率を0.011N/mm2以下に設定する。このように、低い弾性率に設定することで、鉗子でつまむ際に適度な伸縮感が得られる。なお、この圧縮(引張)弾性率は、0.001N/mm2以上に設定することが好ましい。
【0065】
以上の通り、上記製造工程では、模擬動物器官10の含水率を低く調整しつつも、弾性率を低くして柔軟性・伸縮性の高い状態を確保している。しかも、その内部の繊維に沿って変色剤が担持されているため、模擬動物器官10を伸縮させた場合に、変色剤がこれに追従するようになっている。
【0066】
図2に上記工程で製造された模擬動物器官10を示す。この模擬動物器官10は、実際の内臓等の臓器の再現性が高い。具体的には以下の利点を有する。
【0067】
(1)温度変化の管理
本模擬動物器官10は、未使用状態で第2色相に一時固定される変色剤を含む。従って、例えば
図3(A)に示すように、電気メス40による手技を練習する際に、電気メスによる模擬動物器官10の熱損傷具合も、第1色相(例えば白色)への変色状態によって目視で確認できる。また、カテーテルアブレーション等の手技練習において、模擬動物器官10の熱焼灼具合も、第1色相への変色状態によって目視確認できる。更に、電気メスやカテーテルによって生成される熱が、模擬動物器官10中又は空気中を伝搬し、切断部位以外の範囲まで影響を及ぼしているか否かについても、その変色状態によって目視確認できる。
【0068】
(2)通電性
本模擬動物器官10は、通電性を有する。従って、
図3(A)に示すように、電気メス40による手技を練習することが可能となり、電気メスによる模擬動物器官10の切断具合も、実際の臓器と極めて近い感触を得ることができる。特に本模擬動物器官には電解質が含まれているので、その通電性を一層高めることができる。従って、例えば、対極板を利用したモノポーラ式の電気メスによる手技の際に、模擬動物器官の切れ具合を安定させることが可能となる。特に原液における電解質(塩化ナトリウム)の含有比率は1.0重量%以下が好ましく、より好ましくは0.7重量%以下とし、0.01重量%以上としていることから、実際の動物器官に近い切れ味を創出できる。なお、電解質の含有比率が高すぎると、電気メス装置から異常警報(アラーム)が発する場合が有る。
【0069】
(3)保存性
本模擬動物器官10は長期保存が可能となる。パッケージ未開封であれば常温で1年以上、開封後であっても数日間の保存が可能となる。
【0070】
(4)廃棄性
本模擬動物器官10は、自然由来成分(食品)を主成分としているので、生ごみ同様に簡単に廃棄することが可能となる。また、廃棄後の処分時(例えば焼却や埋め立て時)に環境を破壊するような物質が生じない。
【0071】
(5)安価・衛生的
本模擬動物器官10は、極めて安価に量産することができる。結果、頻繁に交換(廃棄)することが可能となり、結果として、常に衛生的な環境で手技の練習が可能となる。
【0072】
(6)鉗子活用
本模擬動物器官10は、内部も適度な引っ張り強さを有する。従って、
図3(B)に示すように、切開後の臓器内部の肉を鉗子50でつまんで保持したり、引っ張ったりする手技の練習を行うことができる。なお、製造時に凍結工程S130を省略すると、内部がやわらかい状態となり、鉗子50でつまむと同時に材料が千切れてしまう。
【0073】
(7)縫合特性
図3(C)に示すように、本模擬動物器官10は、切開した部分を、手術用針90及び手術用糸92を利用して縫合することができる。縫合練習を行う際は、凍結工程S130又は乾燥工程S140によって表面の引張強度を高めておくことが好ましい。
【0074】
(8)超音波検査
本模擬動物器官10は、エコー(超音波検査装置)検査でも、実際の臓器と近い出力状態を得ることができる。従って、エコーの練習に用いることもでき、また、エコーと外科手術を組み合わせた一連の練習も、単一の模擬動物器官10で行うこともできる。各種画像診断機器(レントゲン、CT、MRI等)においても同様である。
【0075】
(9)ドリップ抑制
本模擬動物器官10には増粘剤が含まれているので、水分を保持することができる。結果、電気メスで切断する場合に、切断と同時に生じる水分漏出量を抑制する(適切に管理する)ことができる。これも、実際の動物器官に近い切れ味を創出することにつながる。また、変色剤は、マンナンの繊維構造又はメッシュ構造側に担持されているので、増粘剤で保持される水分側の変色剤の含有量を抑制できる。結果、電気メスで切断する際に漏出する水分と共に変色剤が流出することが抑制され、水分ではなく、マンナンの繊維構造又はメッシュ構造に対する熱影響を正しく評価できる。なお、増粘剤が少なすぎる場合(又は含有しない場合)は、切断時の水分漏出用が多くなりすぎて、その水分によって電気メス装置から異常警報(アラーム)が発する場合が有る。なお、本模擬動物器官10は、増粘剤を混ぜた状態で凍結工程S130を実施しているので、適切な強度とドリップ抑制を両立させることが可能となっている。
【0076】
なお、上記第1実施形態では、単一の原液又は単一の成形工程S120で製造する場合を例示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、複数種類の原液を用意し、それを型枠に別々に流し込み、多層状態を形成することができる。
図4(A)に示すように、平板上の型枠60に、複数種類の原液70A、70B、70Cを積層することにより、その後の凍結工程S130、乾燥工程S140、加熱工程S150で異なる特性を生じるようにすれば、多層構造の模擬動物器官10を得ることができる。また、第一原液70Aを積層後に凍結工程S130、乾燥工程S140、加熱工程S150を適宜選択して行い、次に第二原液70Bを積層して凍結工程S130、乾燥工程S140、加熱工程S150を適宜選択して行い、最後に第三原液70Cを積層して、凍結工程S130、乾燥工程S140、加熱工程S150を適宜選択して行うことも好ましい。このように複数工程化すると、第一~第三原液70A、70B、70Cの組成が同じであっても、その後の凍結工程S130、乾燥工程S140、加熱工程S150に時間差が生じるので、積層間で異なる特性を生じさせることができる。
【0077】
また、
図4(B)に示すように、型枠を利用して袋状の第一模擬動物器官10Aを形成した後、更にその内部に原料を流し込んで、内部に第二模擬動物器官10Bを形成し、全体として一体化した模擬動物器官10を作製することもできる。これとは反対に、
図4(C)に示すように、型枠を利用して塊状の第一模擬動物器官10Aを形成した後、更に、特に図示しない型枠を用いて、その周囲に原料を流し込んで第二模擬動物器官10Bを形成し、一体化した模擬動物器官10を作製しても良い。この際、例えば点線に示すように、内部に腫瘍等を模擬的に作成した異物10Cを埋め込むようにして、模擬動物器官10を製造することもできる。このようにすると、腫瘍等を取り出す手技の練習を行ったり、異物を検知するためのエコー検査の練習を行ったりすることが可能となる。
【0078】
図4(D)に示すように、本第1実施形態の製造方法又はその他の製造方法により、(異物にもなり得る)血管を模した紐状又は管状の模擬血管Kを形成し、この模擬血管Kを模擬動物器官10の内部に埋め込むこともできる。このようにすると、模擬動物器官10を気メス等によって切開し、内部の血管Kを取り出したり、内部で血管Kを吻合(血管同士をつなげる)したりする手技を練習することもできる。
【0079】
<実施例>
【0080】
本第1実施形態の製造方法に沿って模擬動物器官1を作製した。具体的には、混練・糊化工程(S110)で、マンナン、電解質、増粘剤、変色剤、水を混練して原液を得た。なお、変色剤は、粒径(メディアン径)が0.9~1.3μmであって、第1色相は白色、第2色相は茶となるものを採用した。変色剤の温度条件は、第1温度が60℃、第1固定温度が95℃、第2温度が0℃、第2準備完了温度が-18℃となる材料、具体的にはNCC社のMemory Type thermochromic material を用いた。なお、混練前の変色剤は第2色相状態とした。その後、原液に炭酸カルシウムを加えて更に撹拌して糊化させた。成形工程(S120)では、糊化させた原液をシート状に成形した。次に、凍結工程(S130)において成形体を凍結状態で保管した。凍結完了後の含水率が80%~95%となっていることを確認し、パッケージング工程(S145)で包装してから、加熱工程(S150)において成形体を室温で10時間保管した。次いで再冷却工程(S155)で、成形体を-18℃で24時間保持して変色剤を第2色相(茶)に固定してから、常温に戻すことで、模擬動物器官1を完成させた。
【0081】
(検証1)
【0082】
検証として、成形工程(S120)の後であって、凍結工程(S130)を行う前に、成形体を圧縮してドリップを絞り出して、その色を確認した。結果、
図5(A)のように赤色のドリップD1が流出した。次に、同一成形体について、凍結工程(S130)を行ってから、成形体を圧縮してドリップを絞り出して、その色を確認した。結果、
図5(B)のように透明または淡い黄色のドリップD2が流出した。つまり、成形工程(S120)の後であっても、凍結工程(S130)前では、成形体による変色剤の保持力が弱いため、外力を加えて成形体を圧縮すると、変色剤の一部が水分と一緒に流出し易いことが確認された。一方、凍結工程(S130)を行うと、大半の変色剤が成形体に担持されることになり、外力を加えて成形体を圧縮しても、変色剤の流出が顕著に抑制されることが確認された。つまり、成形体による変色体の保持力又は保持率(保持量)が、凍結工程(S130)によって増加していることが明らかとなった。なお、
図5(C)には、混練前の変色剤Gのみを直接撮影した写真を示す。
【0083】
(検証2)
【0084】
次に、完成した模擬動物器官1についてその組織状態を観察した。具体的には、模擬動物器官1を液体窒素にて凍結してから、フリーズドライで乾燥させて観察用サンプルを作製し、卓上顕微鏡で確認した。なお、フリーズドライ装置はEYELA社製のFDU-1200を用い、乾燥条件として、温度マイナス45℃、圧力20Paに設定して20時間処理した。卓上顕微鏡は、日立ハイテクノロジーズ社製のTM-1000を用い、観察条件として、加速電圧15000V、放出電流53.3mA、真空度15.0kV、作動距離5.56mmに設定した。
【0085】
図6(A)及び(B)の観察結果では、凍結工程(S130)によって生成される繊維構造又はメッシュ構造に、マイクロカプセル状の変色剤Rが保持されている状態が確認された。特に
図6(B)から判るように、粒子直径が2.0μm以下の変色剤Rが、繊維構造又はメッシュ構造内に担持されている状態が確認された。
図7に示す観察結果のとおり、繊維構造又はメッシュ構造に、マイクロカプセル状の変色剤R(単体)の50%以上が取り込まれている(埋め込まれている)状態となっており、変色剤Rの一部が繊維構造又はメッシュ構造の表面から露出している状態が確認された。この担持態様によって、変色剤Rの保持力が高まっており、且つ、変色態様が、外部から視認しやすい状態であることを意味している。
【0086】
また
図8(A)及び(B)の観察結果に示すように、凍結工程(S130)によって生成される繊維構造又はメッシュ構造に対して、その繊維に沿いながら、マイクロカプセル状の変色剤Rが房状(クラスター状)に保持されていることが確認された。特に
図8(B)から判るように、粒子直径が2.0μm以下の変色剤Rが凝集した状態で、繊維構造又はメッシュ構造内に担持されている状態が確認された。これらの変色剤Rの房は、0.3μm以下の繊維径又は膜厚となる繊維構造又はメッシュ構造Tによって担持されていることが確認された。
【0087】
更に
図9(A)及び(B)に示すように、凍結工程(S130)によって生成される繊維構造又はメッシュ構造にはポケット状の凹部Pが形成されており、その凹部P内に、マイクロカプセル状の変色剤Rが房状(クラスター状)に収容されていることが確認された。つまり、繊維構造又はメッシュ構造が、変色剤Rを収容する容器として機能していることが確認された。
【0088】
以上の通り、本実施形態の模擬動物器官1によれば、主成分となるマンナンの繊維構造又はメッシュ構造によって、変色剤Rが確実に担持されていることから、長期保存や輸送中に外力や振動が作用しても、変色剤Rの流出が抑制される。とりわけ、繊維構造又はメッシュ構造によって、変色剤Rを房状に担持させたり、変色剤Rを凹部P内に多量に保持させたりできるので、変色時の視認性を高めることが出来る。
【0089】
(検証3)
【0090】
次に、完成した模擬動物器官1について弾性率を測定した。具体的には、株式会社島津製作所製の小型卓上圧縮・引張試験器(EZ-SX)を用い、模擬動物器官1を直径10mm×長さ10mmの円柱形状に加工して試験片とし、速度10mm/分で圧縮する際の応力をロードセルで測定して、10%変形時の弾性率を算出した。試験片は3個作成し、測定結果は0.01303N/mm2、0.00849N/mm2、0.1076N/mm2となった。ちなみに、同一手法において一般的な食用こんにゃくを測定したところ、0.0160N/mm2となった。
【0091】
次に、本模擬動物器官10の使用方法に関する応用例を示す。
【0092】
図10に示すように、本発明の第2実施形態に係る模擬動物器官キット300は、第1実施形態の模擬動物器官10と、樹脂又は金属で形成される立体形状の臓器モデル310を備える。模擬動物器官10は、ここではシート状に成形されている。臓器モデル310は、ここではプラスチック、シリコ-ン又はゴムを素材とする心臓の臓器モデル310となる。この臓器モデル310の壁面の一部には開口310Aが形成されており、この開口310Aを覆うようにして、模擬動物器官10が臓器モデル310に固定される。結果、臓器モデル310の壁面の一部が、模擬動物器官10によって置換される。なお、本実施形態では、固定ピン又は固定ねじ320によって、模擬動物器官10が臓器モデル310に固定される場合を例示しているが、クリップや他の保持構造によって、開口310Aに模擬動物器官10を配置しても良い。
【0093】
例えば、この模擬動物器官キット300を用いて、医療機器となるアブレーション装置900の心房細動カテーテルアブレーションの手技練習を行う場合、対極板902を模擬動物器官10の外側に接触配置し、電極カテーテル901を静脈又は動脈経由で臓器モデル310内に挿入する。電極カテーテル901の先端電極を、臓器モデル310の開口310Aを介して模擬動物器官10の内側に接触させてから、高周波電流を流すことで、その接触部分を電気的に焼く。結果、模擬動物器官10の変色剤が第1色相に変色するので、その焼灼範囲を目視確認できる。
【0094】
なお、ここでは心臓の臓器モデル310を例示したが、本発明はこれに限定されず、胃、食道、肺、肝臓、腎臓、大腸、小腸等の他の臓器の立体モデルであっても良い。また、ここではシート状の模擬動物器官10を例示したが、管状やその他の形状であっても良い。
【0095】
図11に示すように、本発明の第3実施形態に係る医療器具評価キット400は、第1実施形態の模擬動物器官10と、紙又は樹脂フィルムで構成される変色シート410と、基台450と、固定治具470を備える。模擬動物器官10は帯状に成形される。
【0096】
変色シート410は、V字状に折り曲げることで一対の対向面(第2面412、第3面413)が構成される。この対向面(第2面412、第3面413)は熱によって変色する。この変色シート410は、V字形状の頂点から両端に向かって伸びるスリット410Aが形成されており、このスリット410Aに模擬動物器官10が挿入される。対向面(第2面412、第3面413)の変色感度は、模擬動物器官10よりも高く設定されることが好ましい。即ち、模擬動物器官10の第1温度(昇温時変色開始温度)よりも低い温度で変色が開始され、第1固定温度よりも低い温度で変色が固定されることが好ましい。
【0097】
基台450は、直方体形状の台座となっており、その上面となる載置面452に模擬動物器官10が配置される。模擬動物器官10の帯長さは、載置面452よりも長尺となることから、模擬動物器官10の両端は、載置面452からはみ出して基台450の側面の下側に向かって屈曲する。載置面452には凹部454が形成されており、凹部454の一部が基台450の側面に開放される。結果、凹部454を利用して、模擬動物器官10の裏側に医療機器を挿入可能となっている。基台450において、凹部454の一部が開放される側面には、医療機器を保持するための保持部458が凸設される。凹部455の平面視するとV字形状となっており、その対向する一対の内壁456によって、V字形状の変色シート410が保持される。基台450の裏面には、溝460が形成されており、固定治具470を保持する。
【0098】
固定治具470は、例えばゴム状の伸縮材の両端に一対のクリップが配置される構造となる。伸縮材を基台450の溝460に沿わせながら、その両端のクリップによって、載置面452に載置される模擬動物器官10の両端を保持する。結果、
図12(A)に示すように、基台450に巻き付くようにして、模擬動物器官10が載置面452に固定される。なお、V字形状の変色シート410は、基台450の凹部454の側面から、凹部454内に進入させる。結果、スリット410Aに模擬動物器官10が挿入された状態で、変色シート410が凹部454に固定される。
【0099】
以上の手順で組み上げられる医療器具評価キット400は、模擬動物器官10で構成される第1面411と、この第1面411に対して直交する方向に設けられて熱で変色する第2面412と、同第1面411に対して直交する方向に設けられて第2面412に対して間隔を有し、熱で変色する第3面413を備える。第1面411、第2面412、第3面413によって取り囲まれる空間が熱評価空間となる。この熱評価空間は、第1面411を境にして、面に直交する上下双方向に延びる三角柱状の空間となる。
【0100】
図12(B)に、この医療器具評価キット400を用いて、医療機器となるバイポーラタイプの電気メス910の熱評価を行う態様を示す。電気メス910を、保持部458に保持された状態で、その先端の攝子状電極で、模擬動物器官10の第1面411を挟み込むことで、第1面411を切断する。この際、攝子状電極の昇温、模擬動物器官10の昇温、模擬動物器官10から生じる水蒸気等により、熱評価空間に温度上昇が生じ、その熱が、第2面412及び第3面413にも伝達して変色させる。結果、第1面411に加えて、その周囲の第2面412及び第3面413に対する熱影響を目視によって確認できる。一般的に電気メス910の場合、手術時の切断部(ここでは第1面411)への熱影響は当然に許容されるが、切断部と無関係となる周囲にまで熱影響を及ぼすことは好ましくない。この医療器具評価キット410を用いることで、第2面412及び第3面413への熱影響が小さい電気メス910は熱影響の観点で高性能であると評価でき、一方で、第2面412及び第3面413への熱影響が大きい電気メス910は熱影響の観点で低性能であると評価できる。
【0101】
なお、この医療器具評価キット400では、熱評価空間として三角柱状の空間となる場合を例示したが、本発明はこれに限定されず、四角柱、六角柱等の多角柱空間、円柱空間(部分円弧となる部分円柱空間を含む)、球状空間、円錐や多角錐等の他の形状を採用しても良い。また、この熱評価空間は、上面が開放されている場合を示したが、上面を閉じるようにしても良い。
【0102】
図13に、第3実施形態の変形例に係る医療器具評価キット400を示す。この医療器具評価キット400では、基台450の載置面452に対して、保持具となる4本の保持棒460が立設される。この保持棒460を取り囲むようにして、第1実施形態に相当する帯状の第1模擬動物器官11が巻き付けられて、その両端がクリップ472によって挟持される。結果、第1模擬動物器官11により、平面視すると方形状となる包囲状態の壁面が形成される。
【0103】
一方、基台450の載置面452には、既に述べたように、固定治具470によって帯状の第2模擬動物器官12が固定される。この第2模擬動物器官12は、第1模擬動物器官11によって取り囲まれる範囲の底面を構成するようになっている。
【0104】
図14に示すように、第1模擬動物器官11の周壁の一つを第1面411と定義すると、同じ第1模擬動物器官11の残りの3つの周壁によって、この第1面411に直交して互いに対向する第2面412及び第3面413と、第1面411に対向する第4面414が形成される。更に、第2模擬動物器官12によって、第1面411から第4面414の全てに直交する第5面415が形成される。この5つの面によって立方体状(四角柱状)の評価空間が確保される。
【0105】
この医療器具評価キット400では、電気メス910の先端の攝子状電極で、第1模擬動物器官11の第1面411を挟み込むことで、第1面411を切断する。この際、攝子状電極の昇温、第1模擬動物器官11の昇温、第1模擬動物器官11から生じる水蒸気等により、熱評価空間に温度上昇が生じ、その熱が、第2面412~第4面414、並びに、第2模擬動物器官12の第5面415に伝達して変色させる。結果、第1面411に加えて、その周囲の熱影響を目視によって確認できる。
【0106】
なお、上記実施形態では、模擬動物器官に電解質と増粘剤の双方が含有される場合を例示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、電気メスを用いた切断時の安定性を高めるためには、電解質のみを含有させて通電性を高めても良い。同様に、電気メスを用いた切断時の水分ドリップを抑制するためには、増粘剤のみを含有させても良い。 上記実施形態は、主として動物の内蔵を製造する場合を例示したが、本発明はこれに限定されず、皮膚、腕、口、鼻、耳、脚、指等の器官を製造することも可能である。
【0107】
また、上記実施形態では、マイクロカプセル状の変色剤が、日常生活環境温度(常温)より高い第1温度(昇温時変色開始温度)を超えると変色を開始して次第に第1色相となり、更に、この第1温度よりも高い第1固定温度(昇温時固定温度)を超えると、この第1色相が固定される場合を例示したが、その反対も可能である。具体的には、日常生活環境温度(常温)より低い第1温度(降温時変色開始温度)を下回ると変色を開始して次第に第1色相となり、更に、この第1温度よりも低い第1固定温度(降温時固定温度)を下回ると、この第1色相が固定されるようにする。同時に変色剤は、日常生活環境温度(常温)より高い第2温度(昇温時変色開始温度)を超えると変色を開始して次第に第2色相となり、第2温度よりも高い第2準備完了温度(昇温時準備完了温度)を超えると、全体が第2色相となって、次の降温時における第1色相への発色準備が完了する。このような、降温感応型の変色剤を用いれば、例えば、心房細動に対する冷凍アブレーション手技の練習やシミュレーションを実現できる。
【0108】
尚、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0109】
更に、上記全ての発明及び実施形態に関して、変色体を省略した場合であっても、通常の医療手技の練習に利用することが可能な模擬動物器官を得ることが出来ることは言うまでもない。
【0110】
つまり、主成分となるマンナンと、水と、を混ぜて糊化し、成形して成形体を得る成形工程と、成形体を凍結させることで繊維構造又はメッシュ構造とする凍結工程と、を有することを特徴とする模擬動物器官の製造方法によって、非変色タイプの模擬動物器官を得ることが出来る。この際、上記実施例と同様に、最終製品段階において、成形体の含水率が95%以下となることを特徴とすることが好ましく、更に望ましくは、成形体の含水率が80%以上となることを特徴とできる。また更に、凍結工程後において、成形体の圧縮弾性率が0.015N/mm2以下となることを特徴としても良く、更に望ましくは、成形体の圧縮弾性率が0.011N/mm2以下となるようにする。