(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-19
(45)【発行日】2025-06-27
(54)【発明の名称】タンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20250620BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20250620BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20250620BHJP
B09B 3/65 20220101ALN20250620BHJP
【FI】
C12N1/00 S ZNA
C12N1/20 A
C12P19/04 C
B09B3/65
(21)【出願番号】P 2022004500
(22)【出願日】2022-01-14
【審査請求日】2023-09-15
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-03556
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-03557
(73)【特許権者】
【識別番号】501174550
【氏名又は名称】国立研究開発法人国際農林水産業研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(72)【発明者】
【氏名】小杉 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】鵜家 綾香
(72)【発明者】
【氏名】山下 雅治
(72)【発明者】
【氏名】北野 三香子
(72)【発明者】
【氏名】石井 浩介
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-514246(JP,A)
【文献】特開2019-162036(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2021/0277374(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0218351(US,A1)
【文献】MUSLIM S.N. et al.,A Novel Culture Medium Using Lettuce Plant (Lactuca Sativa) For Detection of Pullulanase Production by Paenibacillus Macerans Isolated from Agricultural Wastes,Journal of Physics:Cnference Series,2021年03月01日,Vol.1818, No.012034,pp.1-11,DOI 10.1088/1742-6596/1818/1/012034
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/
C12P 19/
C08B
B09B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans)I-6株(NITE P-03556)又はパエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans)I-7株(NITE P-03557)を用いて、タンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法。
【請求項2】
前記タンパク質を含むセルロース系繊維物が麦粕である、請求項1記載のタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法。
【請求項3】
前記I-6株及びI-7株は遺伝子組換えされている、請求項1又は2に記載のタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法。
【請求項4】
パエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans)I-6株(受託番号NITE P-03556
)。
【請求項5】
パエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans)I-7株(受託番号NITE P-03557
)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いてタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サトウキビ、トウモロコシ、廃木材等のセルロース系繊維物は、セルロース系繊維を分解した後、エタノールに変換され、新たな燃料用エネルギーとして活用されているだけでなく、糖化の原料としても活用されている。セルロース系繊維の分解には化学的分解法及び酵素分解法がある。
化学的分解法は、アルカリ又は酸を利用してセルロース系繊維を分解するものであり、古くより酸分解がよく用いられている。酸分解には濃硫酸糖化法と希硫酸二段糖化法とがある。
【0003】
酵素分解法は、セルロース分解酵素(主にセルラーゼ)やセルロース分解酵素を生産する微生物によりセルロース分解を行うものである(特許文献1)。酵素による分解は、酸分解に比べ廃液回収や処理の負担が軽く、耐薬設備等の設備コストを低減できること、過分解が起こらずに糖の収率が高い等の利点がある。
また、本発明者らは先に、β-グルコシダーゼの存在下でクロストリジウム属微生物を培養して、セルロース系バイオマスをワンステップで糖化するBSES法を提案している(特許文献2参照)。
【0004】
また一方、セルロース系繊維を含む廃材の中には再利用可能な成分を多く含むものもあるが、セルロースを分解して再利用する以外の用途に重点がおかれているものも数多くある。例えば、ビール、ウイスキー醸造の廃材である麦粕は、タンパク質を含むため、家畜(特に牛)の飼料として利用されており、セルロース系繊維を再利用する必要性は少なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2017/221765公報
【文献】WO2013/137151公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】醸造協会誌・第90巻第2号(1995)ページ93-100
【文献】Lane, D. J., et al., “In Stackebrandt, E. and Goodfellow, M. (eds.), Nucleic acid techniques in bacterial systematics”, 16S/23S rRNA sequencing. p115-175, John Wiley & Sons, New York, 1991.
【文献】Takai, K. and Horikoshi, K., “Rapid detection and quantification of members of archaeal community by quantitative PCR using fluorogenic probes”, Appl. Environ. Microbiol., 66, p5066-5072, 2000.
【文献】Yokota et al., Int J Syst Evol Microbiol. 2016 Aug;66(8):3088-3094. doi: 10.1099/ijsem.0.001151.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、近年の酪農と肉牛肥育の衰退、安価な輸入飼料により、最近では麦粕を飼料として利用する機会は減少している。一方、2030年までの実質二酸化炭素排出0%を目標に、二酸化炭素排出削減努力が行なわれている。ところが、ビール、ウイスキー醸造では、既に省エネ化が進んでおり、これ以上の二酸化炭素の排出削減に目処を立てるのが極めて難しい状況にある。そこで注目されるのが、飼料としての利用機会が減少している麦粕の再活用である。排出される麦粕をバイオ燃料に転換出来れば、二酸化炭素排出削減が可能になる。
【0008】
本発明者らは、微生物を用いた麦粕の分解方法を検討していたところ、これまでセルロース分解に有用とされていた微生物では麦粕のセルロース繊維が効率よく分解されないという問題に遭遇した。
【0009】
ビールの主原料である麦は、通常麦芽の酵素で分解され、デンプンが液化し水溶液となる。そして水溶性物質を麦芽の穀皮で濾過をすると透明な濾液となり、これを麦汁と呼び、一方、濾材となった穀皮を主とする不溶性残渣を麦粕と呼んでいる。麦芽に含まれるデンプンはほぼ全量麦汁となるが、一方、麦粕中には高分子タンパク質と食物繊維、脂質が残存することになる。粕に残る成分は、タンパク質が24~28%、脂質8~11%、食物繊維55~61%、糖質1~3%、灰分3~5%との報告がある(非特許文献1)。
【0010】
つまり、麦粕の植物繊維以外で最も多い成分はタンパク質であり、それは、繊維の内側表面のアリューロン層にタンパク質が多く含まれる。従って、このタンパク質を破壊、分解しない限り植物繊維分解も効率的にできないことが推察された。実際、セルロース高分解菌と言われるクロストリジウム・サーモセラムでは、麦粕は全く分解できなかった。これはアリューロン層に含まれるタンパク質が邪魔をしてセルラーゼやヘミセルラーゼなど繊維分解酵素の分解を妨げているからと考えられた。
【0011】
従って、麦粕を分解する微生物に求められる能力は、タンパク質分解酵素を生産しながら、セルラーゼやヘミセルラーゼを生産することである。ところが、これまで知られている繊維分解微生物の多くは、繊維分解酵素を生産したとしても、タンパク質分解酵素を生産できないか、又は活性が低いなどの繊維分解酵素を分解しないような特徴を持つものが多い。また一方では、繊維分解酵素であるセルラーゼやヘミセルラーゼなどもタンパク質であることから、微生物がタンパク質分解酵素を生産するのであれば、繊維分解酵素をも分解してしまうことも考えられる。
【0012】
従って、麦粕のような植物繊維中にタンパク質を含むセルロース系繊維物を微生物で分解するためには、タンパク質分解酵素を生産しながら、そのタンパク質分解酵素耐性の持つ繊維分解酵素を生産できるような新しい微生物が必要である。
そこで、本発明者らが麦粕分解に適した微生物の探索を行った結果、パエニバシラス(Paenibacillus)属微生物、又はパエニバシラス(Paenibacillus)属微生物を含んだ微生物叢が麦粕のタンパク質層やセルロース繊維を分解することを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、微生物によりタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法である。ここで、タンパク質を含むセルロース系繊維物は、前記アルコールや飲料製造工場や醸造所で排出される麦粕が好適であり、微生物とは、麦粕分解活性を有する微生物であって、パエニバシラス(Paenibacillus)属微生物が好ましい。具体的には、パエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans又はP. maceransとも呼ぶ。)のI-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)、又は前記微生物種を含んだ微生物叢を用いることである。
本発明においては、パエニバシラス・マセランス(Paenibacillus macerans)の遺伝子配列を有する遺伝子組換え微生物種又は、パエニバシラス・マセランスI-6株(NITE P-03556)又はパエニバシラス・マセランスI-7株(NITE P-03557)の遺伝子配列を有する遺伝子組換え微生物種を用いてもよい。
本発明は、さらに、パエニバシラス・マセランスの遺伝子配列を含む遺伝子組換体であるか、又はパエニバシラス・マセランスI-6株(NITE P-03556)及びパエニバシラス・マセランスI-7株(NITE P-03557)から得られたDNA配列又は上記I-6株及びI-7株由来の自己複製型プラスミドDNA配列(NITE P-03555)を含む遺伝子組換体を開示する。この自己複製型プラスミドDNAは、P. macerans属微生物を含め他の微生物への形質転換用プラスミドとして宿主の形質転換に使用され、得られた形質転換体を麦粕の分解に用いることができる。
本発明では、さらに、前記パエニバシラス・マセランス、又はパエニバシラス・マセランスI-6株(NITE P-03556)及びパエニバシラス・マセランスI-7株(NITE P-03557)の麦粕分解に必要な遺伝子を選択、抽出し、他の微生物種へ遺伝子組換え等の技術により導入した微生物種を用いて麦粕を分解することを明らかにした。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法を用いることにより、タンパク質を含むセルロース系繊維物を微生物だけで分解することが可能であるため、環境に配慮した処理を行うことができる。また、タンパク質とセルロース系繊維物を一段階で分解することができるので、複雑な処理工程を必要としない。さらに、嫌気性条件下、微生物で処理を行うため、タンパク質を含むセルロース系繊維物中に含まれる有機物が発酵されて二酸化炭素を排出することも少ない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】基準株としてP. macerans株(DSM 24)、分離したP. macerans (I-6株)、P. macerans (I-7株)、さらに試験対象としてクロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)、P. curdlanolyticus、P. cisolokensis (DSM 101873)、遺伝子組換体としてクロラムフェニコール耐性付与P. macerans I-7株(RI-7株)による麦粕の分解効率を示す図である。
【
図2】クロラムフェニコールを含むプレートにおいて、(A)P. macerans I-7株(NITE P-03557)と、(B)プラスミドpNW33Nで形質転換したクロラムフェニコール耐性付与P. macerans I-7株の生育の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解する方法は、セルラーゼ活性とタンパク質分解活性とを示す微生物を用いて、代表的タンパク質を含むセルロース系繊維物である麦粕を分解する方法であり、例えば、セルラーゼ活性とタンパク質分解活性を示す微生物は、パエニバシラス(Paenibacillus)属の微生物が好ましい。
【0017】
セルラーゼとタンパク質分解酵素を分泌可能なパエニバシラス(Paenibacillus)属の微生物としては、P. macerans, P. thermophilus, P. oralis, P. timonensis, P. barengoltzii, P. phoenicis, P. yonginensis P. konsidensis, P. curdlanolyticus, P. sanguinis, P. barengoltziiが好ましい。より好ましくは、P.macerans やP. thermophilus(同属同種に再編:Hisami Kobayashi et-al. Reclassification of Paenibacillus thermophilus Zhou et al. 2013 as a later heterotypic synonym of Paenibacillus macerans (Schardinger 1905) Ash et al. 1994. Int J Syst Evol Microbiol. 2019 Feb;69(2):417-421. doi: 10.1099/ijsem.0.003160. Epub 2018 Dec 12.)を挙げることができる。後述する実施例にも示したが、これらの微生物は混合状態で分解を行っている場合もある。従って前記微生物での単独培養、又は前記微生物を含み、かつ他の微生物種も含む微生物叢を用いることもできる。
【0018】
なお、パエニバシラス(Paenibacillus)属の微生物は、農薬としての用途、植物の栄養素を土壌中で作り出すこと、植物繊維を分解することが知られているが、タンパク質を含むようなセルロース系繊維物を分解することは知られていない。タンパク質を含むセルロース系繊維物としては、麦粕以外にも大豆粕、茶粕、甲殻類の殻、加工魚肉、茶葉、コーヒー粕、微生物ペレットなどがある。
【0019】
また、本発明はI-6株(NITE P-03556)及びI-7株のDNAを提供する。このDNAは、その全部あるいは一部を用い、従来公知の入手可能なプラスミドと組み合わせて形質転換用プラスミドを構築して、P. macerans属微生物を含め他の微生物を形質転換することができる。
【0020】
入手可能な公知のプラスミドとしては、例えば大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396又はpTrc99AなどのColE系プラスミド、pACYC177又はpACYC184などのp15A系プラスミド、pMW118、pMW119、pMW218又はpMW219などのpSC101系プラスミド等)、アグロバクテリウム由来のプラスミド(例えばpBI101等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)などが挙げられる。
【0021】
本発明に係る形質転換用プラスミドは、さらに複製開始点や自律複製配列を含むことができる。これらを含むことで宿主細胞に導入された後に安定的に複製することができる。また、本発明に係る形質転換用プラスミドは、選抜マーカーを含むことができる。選抜マーカーとしては特に限定されず、例えば薬剤耐性マーカー遺伝子を挙げることができる。例えば、アンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、カナマイシンに対する耐性をコードする遺伝子である。さらに、栄養要求性マーカー遺伝子も選択マーカーとして挙げることができる。選択マーカーは、細菌株において欠失している必須栄養要求遺伝子をコードする栄養要求性マーカーである。これら選抜マーカーを含むことで、形質転換補助用プラスミドが導入された宿主細胞を効率的に選択することができる。また遺伝子を高発現させるため、プロモーター配列を含ませても良い。
プロモーターとして適しているのは、当業者に既知のすべてのプロモーター、例えば、構成性プロモーター(例えば、GAPDHプロモーター)、又は例えば、誘導性プロモーター(例えば、Lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、λPLプロモーター、araプロモーター、cumateプロモーター、tetプロモーター、又はそれらに由来する配列)である。
構築されたプラスミドを宿主細胞に導入する方法としては、塩化カルシウム法又は塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、エレクトロポレーション法、エレクトロインジェクション法、PEGなどの化学的な処理による方法、遺伝子銃などを用いる方法などが挙げられる。
【0022】
I-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)のDNAとは、具体的には、pI6ORI(NITE-P03555)である。pI6ORIの配列もしくは、配列の一部を含むプラスミドを使い、Paenibacillus属以外の微生物を形質転換することで、タンパク質を含むセルロース系繊維物の分解をすることができる。
Paenibacillus属以外の微生物としては、例えば、嫌気性微生物であるクロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum)、クロストリジウム・ステコラリウム(Clostridium stercorarium)、クロストリジウム・サーモラクティカム(Clostridium thermolacticum)、カルディセルロシルプター・サッカロリティカス(Caldicellulosiruptor saccharolyticus)、カルディセルロシルプター・ベシー(Caldicellulosiruptor bescii)、カルディセルロシルプター・オブシヂアンシス(Caldicellulosiruptor obsidiansis)、サーモアナエロバクター・セルロリティクス(Thermoanaerobacter cellulolyticus)、アナエロセーラム・サーモフィリム(Anaerocellum thermophilum)、スピロチャタ・サーモフィラ(Spirochaeta thermophila)、サーモトガ・マリティマ(Thermotoga maritima)、サーモトガ・ネアポリタナ(Thermotoga neapolitana)、フェルビドバクテリウム・リパリウム(Fervidobacterium riparium)、フェルビドバクテリウム・イスランディカム(Fervidobacterium islandicum)、ハービボラックス・サクシノコラ(Herbivorax saccincola)、好気性微生物であるジオバチルス・ステアロサーモフィリス(Geobacillus stearothermophilus)などのGeobacillus 属、サーマス・サーモフィリス(Thermus thermophilus)などサーマス属やサーモトガ・マリチア(Thermotoga maritima)などのサーモトガ属やカピリバクテリウム・サーモキチニコラ(Capillibacterium thermochitinicola)を挙げることができる。
さらに前記Paenibacillus属微生物、好ましくはI-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)と上記遺伝子組換体微生物種、又は前記DNA配列を用いて形質転換した遺伝子組換体Paenibacillus属微生物と上記遺伝子組換体微生物種を共培養し、微生物叢をタンパク質を含むセルロース系繊維物の分解に用いても構わない。
以下に、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の方法で用いられる微生物は、上述したマーカー、プロモーター、宿主に限定されないことは明らかである。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
(麦粕を分解する微生物株の単離と同定)
発明者らが保存している土壌サンプルを用い、麦粕を分解できる微生物のスクリーニングを以下の方法で行った。
まず、中温帯(37~45℃)と高温度帯(50~60℃)の培養条件で、麦粕と水だけで良好な増殖を示し、培養前の麦粕の乾燥重量と、培養後の麦粕の乾燥重量の差分が大きいものを選抜し、さらに嫌気性条件で集積培養を5回以上繰り返して選抜を行った。
その結果、高温度帯のサンプルからは候補を見つけられなかったが、45℃にて良好な増殖と乾燥重量差の大きい培養物を得た。
微生物単離を行う前に、微生物叢に関して知見を得るために、次世代シーケンスを用いて16SrRNA配列を解析するメタゲノム解析を行ったところ、表1に示すように、培養物中には数種類の菌が存在していることが分かった。
【0024】
【0025】
微生物叢から見た場合、中でもPaenibacillus maceransが約65%を占め、Clostridium属が約30%、他にPaenibacillus属が約9%の微生物も混在していた。
これらの結果から、Paenibacillus maceransを中心として、Clostridium属やPaenibacillus属微生物の他の種が共存していても良好な麦粕分解能を示すことが明らかとなった。
分解の主役となるPaenibacillus maceransを分離するために、嫌気性条件下において麦粕アルカリ処理後の上澄み液を培地として用い、ロールチューブ法によりコロニーの単離を行った。各コロニーを形成した微生物に対して、前述した麦粕と水だけで培養を行ったところ、麦粕を効率的に分解するPaenibacillus macerans I-6株(NITE P-03556)及び Paenibacillus macerans I-7株(NITE P-03557)を単離した。
【0026】
さらに、単離株の特徴を16SrRNAシーケンスによる系統樹解析により調べた。PCRテンプレートとして使用するゲノムDNAは、NucleoSpin(登録商標)MicrobialDNAキット(タカラバイオ)を使用して各微生物から調製した。16SrRNA遺伝子のPCR増幅は以下のPCR法により行った。
【0027】
(ゲノムDNAの抽出)
I-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)の分類学上の性質を明らかにするために、16SrRNA及びrpoB遺伝子の塩基配列解析を行った。rpoB遺伝子(RNAポリメラーゼBサブユニット遺伝子(rpoB)は細菌分類において、16SrRNA遺伝子以外で指標とされる遺伝子配列になるため、より確実に細菌同定が可能である。
【0028】
I-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)のゲノムDNAは、以下の手順により抽出した。
まず、前記バイオマス繊維物を炭素源として含む培地を用いて、それぞれI-6株(NITE P-03556)及びI-7株(NITE P-03557)を4日間培養した。得られた培養物を4℃にて10,000回転で5分間、遠心分離して、それぞれのバイオマスで培養した菌体を回収した。次いで、得られた菌体を、最終濃度0.5%となるように10%SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)と、最終濃度5μg/mLとになるようにプロテナーゼK(1mg/mL)溶液を加え、37℃で1時間反応させた。次いで、最終濃度1%となるように10%臭化セチルトリメチルアンモニウム-0.7M塩化ナトリウム溶液を加え、65℃で10分間反応させた。
【0029】
反応後の培養液と等量のクロロフォルム-イソアミルアルコール溶液を加え、よく攪拌し、15,000回転、5分間遠心分離を行い、水層を得た。得られた水層に再度、フェノール-クロロフォルム-イソアミルアルコール混合液を水層と等量加えて攪拌し、15,000回転、5分間遠心分離を行い、水層を得た。
次いで、得られた水層に対し、0.6倍容量のイソプロパノールを加えゲノムDNAを析出させ、遠心分離を行ってゲノムDNAを調製した。次いで、調製したゲノムDNAを70%エタノールで洗浄し、乾燥した。
【0030】
(ゲノムDNAの増幅)
16SrRNA増幅用PCRプライマーは、27Fオリゴヌクレオチドプライマー(5’-AGAGTTTGATCCTGGCTCAG-3’:配列番号1)、及び1492Rオリゴヌクレオチドプライマー(5’-GGCTACCTTGTTACGACTT-3’:配列番号2)を用いた。
菌種のさらなる確認のため、16SrRNA以外にもrpoB遺伝子のシークエンスを利用した比較を行った。
rpoB遺伝子増幅用PCRプライマーは、rpoB-1698Fオリゴヌクレオチドプライマー(5-AACATCGGTTTGATCAAC-3:配列番号3)、及びrpoB-2041Rオリゴヌクレオチドプライマー (5-CGTTGCATGTTGGTACCCAT-3:配列番号4)を用いた。
PCRは、ExTaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)により、16SrRNA遺伝子の増幅を行った。PCRの条件は98℃で1分間、55℃で1分間、72℃で2分間を30サイクルの条件において増幅を行った。得られたPCR産物は、0.8%アガロースゲル電気泳動で増幅されたバンドを確認後、QIAGEN PCR精製キット(QIAGEN社製)を用いて、増幅されたPCR産物を精製した。
【0031】
(塩基配列解析及び相同性検索)
塩基配列解析及び相同性検索については、非特許文献1及び2に記載された手法に基づき、GenBank/EMBL/DDBJのデータベースを用いて、BLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi)により実施した。
得られたP. macerans I-6株(NITE P-03556)及び P. macerans I-7株(NITE P-03557)の16SrRNAシーケンスをそれぞれ配列番号5、配列番号6に示す。またP. macerans I-6株(NITE P-03556)及び P. macerans I-7株(NITE P-03557)のrpoB遺伝子シーケンスをそれぞれ配列番号7と配列番号8に示す。
【0032】
(実施例2)
(Paenibacillus属微生物による麦粕分解能)
実施例1で使用した麦粕の成分を分析したところ、粗タンパク質23.4%、粗脂肪13.3%、ヘミセルロース33.6%、セルロース20%、リグニン5.2%、灰分4.4%と、一般的なセルロースバイオマスとは全く異なる成分、成分比とは異なることが判明した。このことから、Paenibacillus属微生物がタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解可能かについて検討を加えた。
【0033】
比較対照として、ドイツ微生物細胞培養コレクション(DSMZ)から取得したP. macerans株(DSM 24)、セルロース・ヘミセルロース高分解菌Clostridium thermocellumやP. curdlanolyticus、及びP. cisolokensis (DSM 101873)(共に非特許文献4)を用いて、Paenibacillus属微生物がタンパク質を含むセルロース系繊維物を分解できるかを確認した。
NaOHによるアルカリ処理した4%(w/v)麦粕と滅菌蒸留水を用い、P. macerans株(DSM 24)及び、Clostridium thermocellum(DSM 1313), P. curdlanolyticus, P. cisolokensis (DSM 101873)とともに麦粕分解能を比較した。嫌気培養にするために上層を窒素ガスで置換し、ゴム栓とアルミキャップにて栓をした。
麦粕の分解測定は、前記微生物を1%(v/v)シリンジにて接種し、P. macerans株(DSM 24)及びP. curdlanolyticusは37℃で培養し、P. macerans I-6株及びI-7株は45℃で培養、またP. cisolokensis (DSM 101873)は50℃にて培養、Clostridium thermocellumは60℃にて培養を行った。5日間後、残った麦粕を乾燥させ、初発の麦粕の重量の差し引きにより割合を求めた。
バイオマス分解率(%)={(分解前のバイオマス乾燥重量[g/mL])-(分解後の培養液中に含まれた残渣の乾燥重量[g/mL])×100}/分解前のバイオマス乾燥重量[g/mL]
結果を
図1に示す。なお、この試験は5回の反復試験から分解率の分布を示したものである。
図1中のRI-7は、後述する実施例4及び5の遺伝子組換えI-7が示す麦粕分解能である(実施例5を参照)。
【0034】
タイプストレインであるP. macerans (DSM 24)、P. curdlanolyticus、 P. cisolokensis (DSM 101873)も麦粕は分解できるが非常に低い糖化率である。一方、分離したP. macerans I-6株やP. macerans I-7株は、他のタイプストレインに比較し、約4倍程度分解率が高いことがわかる。セルロース・ヘミセルロース分解菌であるClostridium thermocellumは、逆に全く分解できない。従って、セルロース分解酵素やヘミセルロース分解酵素を有していても、麦粕分解にはほとんど役に立たないことが分かる。
【0035】
(実施例3)
(Paenibacillus maceransのプロテアーゼ活性とキシラナーゼ活性)
実施例2の結果より、P. maceransI-6とP. maceransI-7は、セルロースやヘミセルロース分解活性のみならず、恐らく麦粕表面をコーティングしているタンパク質を効果的に分解し繊維質を露出させることで分解を促進している可能性が示唆されている。
そこで、プロテアーゼ活性があるかどうかを確認した。
実施例2と同様に、アルカリ処理した麦粕を用い、プロテアーゼ活性と、セルラーゼ活性、キシラナーゼ活性とについて、P. macerans株タイプストレイン(DSM 24)とI-6株、I-7株の菌体外酵素活性を比較した。
【0036】
(プロテアーゼ活性測定)
微生物の培養後の溶液に対し、1%カゼイン基質溶液を加え、恒温水槽(ヤマト科学社製)にて37℃又は45℃、5分間をプレインキュベーションする。その後、培養液を加え、37℃又は45℃、30分間インキュベーションする。30分後、トリクロロ酢酸(TCA)試薬を加え酵素反応を停止させる。さらに37℃で30分間インキュベーションした後、遠心分離して上清を得る。
炭酸ナトリウム試液を加えて攪拌する。フォーリン試液を加えて攪拌し、恒温水槽にて37℃、30分間インキュベートする。発色した溶液は分光光度計(島津製作所社製)にて吸光度660nmで測定した。酵素活性1Uは、1分間に1μmolのアミノ酸(チロシン)を遊離する酵素量と定義し、酵素1mgあたりの酵素活性(U/mg)を算出した(表2)。
なお、酵素のタンパク質濃度の測定は、Pierce BCA Protein Assay Kit (Thermo Fisher製)を用いて行った。タンパク質濃度定量用の標準物質としては、濃度既知のウシ血清アルブミン(Thermo Fisher製)を使用した。
【0037】
(セルラーゼ活性及びキシラナーゼ活性測定)
セルロースやキシラン基質に対するDSM 24とI-6株とI-7株の酵素活性を調べた。50mMの酢酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に上記で得た培養液及び1%カルボキシメチルセルロース及びキシラン基質を加え、45℃で30分間保温した後、遊離した還元糖濃度をソモギネルソン法によって定量した。酵素活性1Uは、1分間に1μmolの還元糖を遊離する酵素量と定義し、酵素1mgあたりの酵素活性(U/mg)を算出した(表2)。
なお、酵素のタンパク質濃度の測定は、Pierce BCA Protein Assay Kit (Thermo Fisher製)を用いて行った。タンパク質濃度定量用の標準物質としては、濃度既知のウシ血清アルブミン(Thermo Fisher製)を使用した。
比較結果を表2に示す。
【0038】
【0039】
表2の結果から、P. macerans DSM 24は、プロテアーゼ活性、セルラーゼ及びキシラナーゼ活性を有しているが、P. macerans I-6株又はI-7株の方が、約3倍高いプロテアーゼ活性、セルラーゼ活性を有することがわかる。キシラナーゼ活性に関してそれほど違いは無かった。これらの結果から、プロテアーゼ活性が麦粕分解に効果を示している可能性が示唆された。
【0040】
(実施例4)
(クロラムフェニコール抗生物質耐性P. macerans I-6株とI-7株の作出)
P. macerans I-6株とP. macerans I-7株の遺伝子組換体作出の可能性を確認するために、市販のプラスミドベクターを用いて、P. macerans I-6株とI-7株のクロラムフェニコール抗生物質耐性株を作出した。
【0041】
DSM 220培地で好気的に培養を行い、600nmの波長で0.5付近の濁度まで培養を行ったP. maceransI-6株とI-7株を遠心分離により集菌し、10%シュークロース、1mM塩化マグネシウムを含む緩衝液により2回洗浄した。洗浄したP. maceransI-6株とI-7株菌体は最終的に300倍程度、前記緩衝液に懸濁し、プラスミドベクターとしてpNW33N(Bacillus Genetic Stock Center)を用い前記エレクトロポレーション法により形質転換に用いた。
エレクトロポレーション後、P. maceransI-6株とI-7株はDSM 220液体培地中にて3時間ほど45℃にて後培養を行い、クロラムフェニコール40μg/mL濃度を含むDSM 220プレート培地に塗抹して形質転換体の出現を観察した。
【0042】
45℃にて2日間培養した後、出現したコロニーを確認した。pNW33Nが含まれるP. macerans I-6株とI-7株はクロラムフェニコール耐性としてコロニーを形成し、形質転換を行っていないP. macerans I-6株とI-7株はクロラムフェニコールプレートに生育出来なかった。
結果を
図2に示す。
図2(B)に示すpNW33Nが組み込まれたP. macerans I-7株のプレートでは、コロニーが現れているが、
図2(A)に示すpNW33Nを含まないI-7株のプレートにはコロニーが形成されていないことが分かる。このことから、P. macerans I-6株とI-7株に関し、プラスミドを用いた遺伝子組換体を容易に取得できることが理解できる。
【0043】
(実施例5)
クロラムフェニコール耐性となった遺伝子組換体P. macerans(RI-7株)に対して麦粕糖化実験を行った。実施例2と同様に、前処理をした麦粕と、クロラムフェニコール40μg/mL濃度とを含む培地にRI-7株を同様に接種した。
クロラムフェニコールが含まれる麦粕培養液でも、遺伝子組換体でないI-7株と同等の糖化率を示した(
図1を参照)。この結果から遺伝子組換体においても糖化効率を維持し麦粕を糖化出来ることが明らかとなった。
なお、前記した各実施例においては、pNW33Nプラスミドベクターを用いたが、pI6ORI(NITE-P03555)として寄託されている配列を用いて形質転換することもできる。
pI6ORI(NITE-P03555)の遺伝子配列を配列番号9に示す。
【受託番号】
【0044】
NITE P-03555
【0045】
NITE P-03556
【0046】
NITE P-03557
【0047】
配列表フリーテキスト
【配列表】