(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-23
(45)【発行日】2025-07-01
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250624BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20250624BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250624BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20250624BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/14
C22C38/58
C21D8/02 B
(21)【出願番号】P 2024558072
(86)(22)【出願日】2024-06-11
(86)【国際出願番号】 JP2024021239
(87)【国際公開番号】W WO2025004797
(87)【国際公開日】2025-01-02
【審査請求日】2024-09-30
(31)【優先権主張番号】P 2023104776
(32)【優先日】2023-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】矢野 智久
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】橘 俊一
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/097589(WO,A1)
【文献】特開2009-074111(JP,A)
【文献】国際公開第2013/150687(WO,A1)
【文献】特開2015-183273(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.020~0.080%、
Si:0.02~0.09%、
Mn:1.00~2.50%、
P:0.020%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.010~0.100%、
Nb:0.005~0.040%、
Ti:0.010~0.030%、
B:0.0001~0.0020%、
N:0.0010~0.0100%、および
O:0.0100%以下
を含有し、かつ、式(1)で定義されるCeqが0.350~0.450%であり、
TiとNの質量%比(Ti/N)が2.00以上4.50以下であり、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
板厚1/2位置において、面積率で、ベイナイト相:80%以上とその他残部組織からなる組織であり、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径:30μm以下である鋼組織を有し、
板厚が50mm以上であり、
板厚1/2位置における降伏強度が460MPa以上であり、
室温で5~10%歪を付与した後に200~250℃で1~2時間保持する歪時効処理を施した後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs)がvTrs≦-40℃であり、
溶接入熱を500kJ/cmとして作製した溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーが平均53J以上である鋼板。
Ceq=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 ・・・式(1)
ここで、式(1)におけるC、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0(零)とする。
【請求項2】
前記成分組成に加えて、質量%で、以下のA群、B群およびC群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する、請求項1に記載の鋼板。
A群:Cu:1.00%以下、Ni:2.00%以下、Cr:1.00%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
B群:Mo:0.30%以下、V:0.30%以下、W:0.30%以下、Co:0.30%以下、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、およびREM(希土類金属):0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:Sn:0.20%以下、As:0.10%以下、Bi:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
【請求項3】
請求項1または2に記載の鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼素材を、950~1150℃の加熱温度に加熱し、
次いで、板厚1/2位置における圧延開始温度:(Ar
3点+200)℃以上であり、
板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率:15.0%以上、かつ、1パスあたりの圧下率の平均値:5.0%以上であり、
板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるときの累積圧下率:50.0%以上であり、
さらに、板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar
3点+100)℃以上となる条件で圧延を実施し、
次いで、板厚1/2位置における冷却開始温度:(Ar
3点+100)℃以上であり、
かつ、板厚1/2位置における温度が700~500℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.0℃/s以上であり、
かつ、板厚1/2位置における冷却停止温度:500℃以下となる条件で冷却を施す、鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記冷却では、さらに、板厚1/2位置における温度が700~600℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.5℃/s以上である、請求項3に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板、特に、大入熱溶接に適用可能な鋼板、およびその製造方法に関する。具体的には、大入熱溶接後の溶接熱影響部(以下、熱影響部のことをHAZと記載する)において優れた靱性を有する鋼板に関する。また、本発明の鋼板は、船舶、海洋構造物、低温貯蔵タンク、建築・土木構造物等の大型構造物に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
船舶、海洋構造物、建築、鋼管等の分野で使用される鋼構造物は、溶接接合により所望の形状の構造物に仕上げられるのが一般的である。したがって、これらの構造物は、安全性を確保するという観点から、使用される鋼材の強度、靱性の確保に加えて、溶接部の靱性にも優れていることが要請されている。
【0003】
さらに、近年では、船舶や鋼構造物はますます大型化し、使用される鋼材も高強度化や厚肉化が積極的に進められている。それに伴い、溶接施工には、サブマージアーク溶接やエレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接などの高能率で大入熱の溶接方法が適用されるようになってきており、大入熱溶接によって溶接施工した場合においても、溶接部の靱性に優れる鋼材が必要となってきている。
【0004】
しかしながら、上述した鋼材、特に高強度鋼板、あるいは厚鋼板においては、母材の機械的特性(特にシャルピー靭性)とHAZのシャルピー靭性の両立が困難である、という事例がしばしば散見される。厚鋼板母材のシャルピー靭性は一般的に鋼板の強度、板厚の増加とともに低下する傾向があるため、例えば特許文献1および特許文献2に記載のように、制御圧延や制御冷却方法で解決しようとする技術が開示されている。また、特許文献3には、直接焼入れ-焼き戻し技術を適用するなどの方策により、鋼板の結晶組織を微細化させて母材のシャルピー靭性を確保する技術が開示されている。
【0005】
一方、大入熱溶接により形成されるHAZでは上述した各種制御圧延・冷却プロセスによる結晶粒微細化効果が消失してしまうために、製造工程依存のない、化学成分調整によりHAZのシャルピー靭性の確保を図る必要がある。中でも広く知られている対策として、溶接中の高温域で比較的安定なTiNを鋼中に微細分散させることによりオーステナイト粒の粗大化を抑制する技術や、特許文献4に記載された技術のように、より高温で安定なTi酸化物を分散させる技術等が開示されている。
【0006】
特許文献5には、鋼中に適量のBを添加することによりHAZのシャルピー靭性の低下を防ぐ方法が開示されている。Bは窒化物形成元素であり、かつ、特に高温域での拡散速度が速く、シャルピー靭性に悪影響をおよぼす固溶Nを溶接時の冷却中に窒化物として固定するため、HAZの高靱性化を達成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭57-134518号公報
【文献】特開昭59-83722号公報
【文献】特開昭63-223125号公報
【文献】特開昭57-051243号公報
【文献】特開2005-2476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、オーステナイトの微細化のためにTiNを活用する上記技術は、大入熱溶接を実施した際に、溶接熱影響部がTiNの溶解温度域まで加熱されるため、TiNが分解してオーステナイト粒粗大化抑制効果が消失したり、TiNの分解によって生成した固溶Tiおよび固溶Nによって鋼の地組織が脆化したりして、溶接熱影響部の靱性が著しく低下するという問題を抱えている。また、Ti酸化物を活用する技術は、所定の酸化物を微細に、且つ鋼板に均一に分散させることが困難であるという課題もある。
また、上記技術では母材の板厚1/2位置での強度、および歪時効処理後の板厚1/2位置でのシャルピー靭性を所望の値にすることが困難である。
このように、従来の技術では、大入熱溶接を施した際に生じるHAZのシャルピー靭性に優れ、かつ、母材の板厚1/2位置の強度および歪時効処理後のシャルピー靭性に優れた鋼板の技術としては、まだ十分であるとは言えなかった。
そこで、本発明は、上記実情に鑑み、特に、大入熱溶接を施した際に生じるHAZのシャルピー靭性に優れ、かつ、母材の板厚1/2位置の強度および歪時効処理後のシャルピー靭性に優れた鋼板、およびかかる鋼板の製造方法を提供することを目的とするものである。
ここで、大入熱溶接を施した際に生じるHAZのシャルピー靭性(HAZ靭性)に優れるとは、得られた鋼板を用い、溶接入熱500kJ/cmで作製した溶接継手において、平均で、vE-40℃≧53Jであることを指す。
また、母材の板厚1/2位置の強度に優れるとは、板厚1/2位置において、JIS Z 2241(2022)の規定に準拠して引張試験を行い、降伏強度(YS)が460MPa以上であることを指す。
また、母材において歪時効処理後のシャルピー靭性(母材靭性)に優れるとは、JIS Z 2242(2023)の規定に準拠して、室温で5~10%歪を付与した後に200~250℃で1~2時間保持する歪時効処理を施した後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs)がvTrs≦-40℃であることを指す。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、母材の強度を確保しつつ優れた靭性(母材靭性)を有し、大入熱溶接部のHAZ靭性に優れた鋼板、および当該鋼板を安定して得る製造方法について、鋭意研究を重ねた。その結果、以下の知見を得た。
具体的には、鋼板中のC、Si、Mn、Al、Nb、Ti、B、N、Oを所定の範囲の量に制御することにより、HAZの島状マルテンサイト(MA)の生成を効果的に抑制でき、靭性の低下を阻止することができることを知見した。
また、板厚1/2位置における降伏強度:460MPa以上を達成するためには、炭素当量(Ceq)を0.350%以上に制御することが有効であり、これにより板厚1/2位置の鋼組織を全面的にベイナイトとすることで強度が向上し、高強度を達成する。
また、上記鋼板の板厚1/2位置において、歪時効処理後に母材の優れた靭性(母材靭性)を達成するためには、板厚1/2位置における鋼組織について、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイトの結晶粒径が平均30μm以下となるように制御することが有効である。これにより、粒径微細化効果により靭性が向上し、最も特性の低くなる板厚1/2位置における歪時効処理後のシャルピー破面遷移温度がvTrs≦-40℃を達成する。
【0010】
そして、上記の母材靭性を得るためには、鋳造工程で鋼素材を950~1150℃に加熱することが有効である。これにより、オーステナイト粒径を微細化し最終的なベイナイトの結晶粒の平均粒径を微細にすることができる。また、熱間圧延工程において、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率:15.0%以上かつ圧下率/パスの平均値:5.0%以上とし、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50.0%以上に制御することが有効である。これにより、板厚1/2位置に十分な圧延応力を付与することができ、板厚1/2位置における鋼組織について、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイトの結晶粒径が平均30μm以下となるように制御でき、優れた靭性を達成する。
また、板厚1/2位置における降伏強度:460MPa以上の強度を得るためには、熱間圧延工程において、板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar3点+100)℃以上となるように制御する。この制御によって、板厚1/2位置でのB窒化物の析出を可能な限り低減し、加速冷却時までに固溶Bを残存させて焼入れ性を高めることができる。これにより、HAZ靭性に悪影響を及ぼす多量の合金元素を含有させることなく所望の強度を達成することができる。
【0011】
本発明は、上記した知見に、さらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は次のとおりである。
[1]質量%で、
C:0.020~0.080%、
Si:0.02~0.09%、
Mn:1.00~2.50%、
P:0.020%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.010~0.100%、
Nb:0.005~0.040%、
Ti:0.010~0.030%、
B:0.0001~0.0020%、
N:0.0010~0.0100%、および
O:0.0100%以下
を含有し、かつ、式(1)で定義されるCeqが0.350~0.450%であり、
TiとNの質量%比(Ti/N)が2.00以上4.50以下であり、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
板厚1/2位置において、面積率で、ベイナイト相:80%以上とその他残部組織からなる組織であり、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径:30μm以下である鋼組織を有し、
板厚が50mm以上であり、
板厚1/2位置における降伏強度が460MPa以上であり、
室温で5~10%歪を付与した後に200~250℃で1~2時間保持する歪時効処理を施した後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs)がvTrs≦-40℃であり、
溶接入熱を500kJ/cmとして作製した溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーが平均53J以上である鋼板。
Ceq=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 ・・・式(1)
ここで、式(1)におけるC、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0(零)とする。
[2]前記成分組成に加えて、質量%で、以下のA群、B群およびC群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する、前記[1]に記載の鋼板。
A群:Cu:1.00%以下、Ni:2.00%以下、Cr:1.00%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
B群:Mo:0.30%以下、V:0.30%以下、W:0.30%以下、Co:0.30%以下、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、およびREM(希土類金属):0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
C群:Sn:0.20%以下、As:0.10%以下、Bi:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
[3]前記[1]または[2]に記載の鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼素材を、950~1150℃の加熱温度に加熱し、
次いで、板厚1/2位置における圧延開始温度:(Ar3点+200)℃以上であり、
板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率:15.0%以上、かつ、1パスあたりの圧下率の平均値:5.0%以上であり、
板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるときの累積圧下率:50.0%以上であり、
さらに、板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar3点+100)℃以上となる条件で圧延を実施し、
次いで、板厚1/2位置における冷却開始温度:(Ar3点+100)℃以上であり、
かつ、板厚1/2位置における温度が700~500℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.0℃/s以上であり、
かつ、板厚1/2位置における冷却停止温度:500℃以下となる条件で冷却を施す、鋼板の製造方法。
[4]前記冷却では、さらに、板厚1/2位置における温度が700~600℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.5℃/s以上である、前記[3]に記載の鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、鋼組織はベイナイト主体組織であり、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイトの結晶粒の平均粒径が30μm以下である。これにより、従来母材の靭性低下が課題となっていた歪時効処理後であっても優れた靭性(母材靭性)を有する。また、成分組成を一定内に制御することにより、大入熱溶接後の継手のHAZにおける優れた靱性(HAZ靭性)を有する。また、本発明によれば、炭素当量(Ceq)を0.350%以上に制御すること等により母材の板厚1/2位置の強度に優れる。
また、本発明の製造方法によれば、上記の特性を備える鋼板を、特定の成分組成条件下、圧延条件を最適化することで製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
本発明の鋼板は、質量%で、C:0.020~0.080%、Si:0.02~0.09%、Mn:1.00~2.50%、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Al:0.010~0.100%、Nb:0.005~0.040%、Ti:0.010~0.030%、B:0.0001~0.0020%、N:0.0010~0.0100%、およびO:0.0100%以下を含有し、かつ、式(1)で定義されるCeqが0.350~0.450%であり、TiとNの質量%比(Ti/N)が2.00以上4.50以下であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、板厚1/2位置において、面積率で、ベイナイト相:80%以上とその他残部組織からなる組織であり、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径:30μm以下である鋼組織を有し、板厚が50mm以上であり、板厚1/2位置における降伏強度が460MPa以上であり、室温で5~10%歪を付与した後に200~250℃で1~2時間保持する歪時効処理を施した後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs)がvTrs≦-40℃であり、溶接入熱を500kJ/cmとして作製した溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーが平均53J以上である。
Ceq=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 ・・・式(1)
ここで、式(1)におけるC、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0(零)とする。
【0014】
まず、本発明において鋼板の成分組成を限定した理由について説明する。本明細書において、成分組成に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0015】
C:0.020~0.080%
Cは、鋼の焼入れ性を増加させる作用を有する元素であり、所望の強度を達成するために必要である。本発明では、前記効果を得るために、C含有量を0.020%以上とする。
一方、C含有量が0.080%を超えると、破壊起点となるMA(Martensite-Austenite constituent:島状マルテンサイト)の生成量が増加し母材の靭性が低下する。加えて、溶接熱影響部では大入熱溶接に起因してオーステナイトが粗大化して変態したり、MAが生成したりすることにより、HAZ靭性が大幅に低下する。このため、C含有量は、0.020~0.080%の範囲とする。なお、下限について好ましいC含有量は0.025%以上であり、0.030%以上とすることがより好ましい。上限について好ましいC含有量は0.075%以下であり、0.070%以下とすることがより好ましい。
【0016】
Si:0.02~0.09%
Siは、粗大な炭化物の生成を抑制しHAZの靭性を高める作用を有する元素であり、所望のHAZ靭性値を達成するために必要である。また、母材の強度確保および脱酸にも必要な成分である。本発明では、前記効果を得るために、Si含有量を0.02%以上とする。
一方、Si含有量が0.09%を超えると鋼の表面性状を損なうばかりか、大入熱溶接に起因してMAが生成することにより、HAZの靭性が大幅に低下する。このため、Si含有量は、0.02~0.09%の範囲とする。なお、下限について好ましいSi含有量は0.03%以上であり、上限について好ましいSi含有量は0.07%以下である。
【0017】
Mn:1.00~2.50%
Mnは、鋼の焼入れ性を増加させ粗大な炭化物の生成を抑制し、母材強度の確保に寄与し、HAZの靭性を高める作用を有する元素であり、所望のHAZ靭性値を達成するために必要である。前記効果を得るためには、Mn含有量を1.00%以上とする。
一方、Mn含有量が多いと、強度が過剰に上がるため、母材の靭性が低下することに加え、HAZの靭性が低下する。これらの観点から、Mn含有量は2.50%以下とする。なお、下限について好ましいMn含有量は1.40%以上であり、上限について好ましいMn含有量は2.30%以下である。
【0018】
P:0.020%以下、S:0.010%以下
P、Sは、鋼中の不可避的不純物である。これらの含有量が多くなると母材の靭性が低下する。板厚が50mm以上の厚鋼板において、良好な靭性を保つためには、P含有量は0.020%以下、S含有量は0.010%以下に抑制する。なお、P含有量は、0.015%以下が好ましく、0.010%以下がより好ましい。S含有量は、0.007%以下が好ましく、0.004%以下がより好ましい。
なお、P含有量およびS含有量の下限は特に限定しない。ただし、PおよびSの過度の低減は製造コストの増加を招くため、P含有量およびS含有量は、それぞれ、好ましくはP:0.001%以上、S:0.0005%以上とする。より好ましくはP:0.003%以上、S:0.0010%以上とする。
【0019】
Al:0.010~0.100%
Alは、脱酸剤として作用し、酸化物系介在物を減らしHAZの靭性を向上させる効果がある元素である。その効果を得るために、Al含有量を0.010%以上にする必要がある。
一方、Al含有量が0.100%を超えると、かえって酸化物系介在物が増加して清浄度が低下し、HAZの靭性が低下する。このため、Al含有量は、0.010~0.100%の範囲とする。なお、下限について好ましいAl含有量は、0.020%以上である。上限について好ましいAl含有量は0.070%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0020】
Nb:0.005~0.040%
Nbは、鋼の焼入れ性を高める元素であり、母材の強度および靭性を向上させる効果も有する。前記効果を得るために、Nb含有量を0.005%以上とする。なお、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましく、0.015%以上とすることがより好ましい。
一方、Nb含有量が0.040%を超えると、強度が過剰に上がるため、母材の靭性が低下することに加え、溶接熱影響部においてもMAが生成しHAZ靭性を低下させる。そのため、Nb含有量の上限は、0.040%とする。HAZの靭性向上の観点からは、Nb含有量を、0.035%以下とすることが好ましく、0.030%以下とすることがより好ましい。
【0021】
Ti:0.010~0.030%
Tiは、鋼の凝固時にTiNとなって析出し、HAZでのオーステナイトの粗粒化を抑制したりフェライト変態核となったりすることでHAZの高靱性化に寄与する元素である。TiNを必要量確保して良好なHAZ靭性を得るために、Tiを0.010%以上含有させる。なお、Ti含有量は0.012%以上とすることがより好ましく、0.014%以上とすることが更に好ましい。
一方、0.030%を超えてTiを含有すると、TiNが多量に生成したりTiN粒子の粗大化の問題が起こり、期待する効果が得られなくなる。そのため、却ってHAZの靱性を低下させる。また、固溶Tiが増加することにより過度に焼入れ性が上がり、強度が過剰に上がるため、靭性が低下する。よって、Ti含有量は0.030%以下とする。なお、Ti含有量の上限は、0.025%とすることが好ましい。また、靭性向上の観点から、0.020%以下とすることがより好ましい。
【0022】
B:0.0001~0.0020%
Bは、微量の添加でも焼入れ性を著しく向上させる作用を有する元素である。したがって、鋼板(母材)の強度を向上させることができる。また、HAZにおいて焼入れ性の向上に寄与することで、粗大なフェライト組織の生成および成長を抑制するとともに、Nと結合して析出物を形成することで変態核としてはたらき、組織の微細化に寄与することで、HAZ靭性も向上させることができる。前記効果を得るために、B含有量を0.0001%以上とする。
一方、B含有量が0.0020%を超えると、粗大なFe-B系の炭化物が生成するおそれがある。かかる粗大なFe-B系の炭化物は、破壊の起点となってHAZ靭性が著しく低下する。また、母材靭性が低下する場合もある。そのため、B含有量は0.0020%以下とする。なお、B含有量は、0.0018%以下とすることがより好ましく、0.0015%以下とすることがより好ましく、0.0012%以下とすることがさらに好ましい。
【0023】
N:0.0010~0.0100%
Nは、鋼中のAlと結合し、圧延加工時の結晶粒径を調整し、鋼を強化する。この効果を得るためにはN含有量を0.0010%以上にする必要がある。また、N含有量が0.0010%未満であると、HAZ靭性が低下する。
一方、N含有量が0.0100%を超えると母材の靭性およびHAZ靭性が低下する。このため、N含有量は0.0010~0.0100%の範囲とする。なお、下限について好ましいN含有量は、0.0020%以上であり、上限について好ましいN含有量は0.0070%以下である。
【0024】
O:0.0100%以下
O(酸素)は不可避的不純物として含有される元素であるが、特に低減すべき元素であるため、その含有量を規定する。Oは、酸化物を形成し、脆性破壊の発生起点となり、母材の靭性およびHAZ靭性を低下させるといった悪影響を及ぼす。そのため、O含有量を0.0100%以下に制限する。O含有量は、0.0050%以下とすることが好ましく、0.0040%以下とすることがより好ましい。
一方、O含有量の下限は特に限定されず、0.0000%であってもよいが、通常、Oは不純物として鋼中に不可避的に含有される。また、Oを過剰に低減することは精錬コストの高騰を招くため、コストの観点からは、O含有量を0.0010%以上とすることが好ましく、0.0020%以上とすることがより好ましい。
【0025】
また、本発明では、各元素を上記範囲内とし、かつ式(1)で定義されるCeq(炭素当量)(%)が以下の範囲を満足するように含有する。
Ceq=C+Mn/6+Cu/15+Ni/15+Cr/5+Mo/5+V/5 ・・・式(1)
ここで、式(1)におけるC、Mn、Cu、Ni、Cr、MoおよびVは各元素の含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0(零)とする。
【0026】
Ceq:0.350~0.450%
鋼板の焼入性を向上させ、強度を上昇させるために、式(1)で表すCeqの値を0.350%以上に調整する。これにより鋼板の焼入れ性が上昇し、冷却速度が他の位置よりも低くなる板厚1/2位置であっても鋼組織が全面的にベイナイトとなり、強度向上効果を得られる。
一方、Ceqの値が0.450%を超えると、焼入れ性が過剰となり地の組織の強度が過度に上昇し、かつ脆性破壊起点となるMA(島状マルテンサイト)の生成量が増加し、母材靭性およびHAZ靭性を低下させる。このためCeqは0.450%以下とする。Ceqの値は、好ましくは0.370%以上とし、好ましくは0.435%以下とする。
【0027】
Ti/N:2.00以上4.50以下
Ti/Nが2.00未満では、TiNとならない固溶Nが増加し、HAZ靭性を低下させる。そのため、Ti/Nは2.00以上とする。Ti/Nは2.10以上とすることが好ましく、2.20以上とすることがより好ましい。また、Ti/Nが4.50を超えると、TiNが粗大化し、HAZ靭性を低下させる。そのため、Ti/Nの上限は、4.50とする。また、HAZ靭性向上の観点から、Ti/Nは4.40以下とすることが好ましく、4.30以下とすることがより好ましい。なお、Ti/Nにおいて各元素は鋼中の含有量(質量%)とする。
【0028】
以上を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなるのが本発明の鋼板の基本の成分組成であり、
この基本の成分組成を有し、かつ、上記の式(1)で表すCeqの値を0.350%以上、0.450%以下とすることで、本発明の鋼板は目的とする特性を得られる。
その他、不可避的不純物としては、Zn、PbおよびSb等が挙げられる。
【0029】
本発明では、さらに特性を向上させるため、基本の成分組成に加えて、必要に応じて後述のA群、B群およびC群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有することが可能である。なお、Cu、Ni、Cr、Mo、V、W、Co、Ca、Mg、REM、Sn、As、Biの各成分は必要に応じて含有できるので、これらの成分は0%であってもよい。
【0030】
A群:Cu:1.00%以下、Ni:2.00%以下、およびCr:1.00%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
【0031】
Cu:1.00%以下
Cuは、鋼の焼入れ性を高める元素である。Cuは、圧延後の強度向上に寄与する。これとともに、靭性、高温強度、あるいは耐候性などの機能向上のためにCuを含有させることができる。Cuによる上記の効果を得るためには、Cu含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
一方、Cu含有量が1.00%を超えると、溶接性の劣化、靭性の低下、合金コストの上昇を招く。そのため、Cuを含有する場合には、Cu含有量は1.00%以下とし、0.80%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、0.05%以上とすることがより好ましい。
【0032】
Ni:2.00%以下
Niは、鋼の焼入れ性を高める元素である。Niは、圧延後の強度向上に寄与する。これとともに、靭性、高温強度、あるいは耐候性などの機能向上のためにNiを含有させることができる。Niによる上記の効果を得るためには、Ni含有量を0.05%以上とするのが好ましい。
一方、Ni含有量が2.00%を超えると、溶接性の劣化、靭性の低下、合金コストの上昇を招く。そのため、Niを含有する場合には、Ni含有量を2.00%以下とし、1.80%以下とすることが好ましい。Ni含有量は、0.20%以上とすることがより好ましい。
【0033】
Cr:1.00%以下
Crは、鋼の焼入れ性を高める元素である。Crは、圧延後の強度向上に寄与する。これとともに、靭性、高温強度、あるいは耐候性などの機能向上のためにCrを含有させることができる。Crによる上記の効果を得るには、Cr含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
一方、Cr含有量が1.00%を超えると、溶接性の劣化、靭性の低下、合金コストの上昇を招く。そのため、Crを含有する場合には、Cr含有量を1.00%以下とし、0.50%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、0.05%以上とすることがより好ましい。
【0034】
B群:Mo:0.30%以下、V:0.30%以下、W:0.30%以下、Co:0.30%以下、Ca:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、およびREM:0.0200%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
【0035】
Mo:0.30%以下
Moは、鋼の焼入れ性を高める元素である。Moは、圧延後の強度向上に寄与する。これとともに、靭性、高温強度、あるいは耐候性などの機能向上のためにMoを含有させることができる。Moによる上記の効果を得るには、Mo含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
一方、Mo含有量が0.30%を超えると、溶接性の劣化、靭性の低下、合金コストの上昇を招く。そのため、Moを含有する場合には、Mo含有量を0.30%以下とし、0.20%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、0.03%以上とすることがより好ましい。
【0036】
V:0.30%以下
Vは、V(CN)として析出する析出強化によって、鋼の強度を向上させる元素である。この効果は、V含有量を0.01%以上にすることにより発揮される。よって、V含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
一方、V含有量が0.30%を超えると、靭性が低下する場合がある。そのため、Vを含有する場合には、V含有量を0.30%以下とし、0.20%以下とすることが好ましい。V含有量は、0.03%以上とすることがより好ましい。
【0037】
W:0.30%以下
Wは、鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るためにはW含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、W含有量が0.30%を超えると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。そのため、Wを含有する場合には、W含有量を0.30%以下とし、0.20%以下とすることが好ましい。W含有量は、0.03%以上とすることがより好ましい。
【0038】
Co:0.30%以下
Coは、鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るためにはCo含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Co含有量が0.30%を超えると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。そのため、Coを含有する場合には、Co含有量を0.30%以下とし、0.20%以下とすることが好ましい。Co含有量は、0.03%以上とすることがより好ましい。
【0039】
Ca:0.0100%以下
Caは、溶接熱影響部の組織を微細化し、靭性を向上させる。この効果を得るために、Caを含有する場合には、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0020%以上とすることがより好ましい。
一方、Ca含有量が0.0100%を超えると、粗大な介在物を形成し、靭性を低下させる。そのため、Caを含有する場合には、Ca含有量を0.0100%以下とし、0.0050%以下とすることが好ましい。
【0040】
Mg:0.0100%以下
Mgは、Caと同様、溶接熱影響部の組織を微細化し、靭性を向上させる。この効果を得るために、Mgを含有する場合には、Mg含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0020%以上とすることがより好ましい。
一方、Mg含有量が0.0100%を超えると、粗大な介在物を形成し、靭性を低下させる。そのため、Mgを含有する場合には、Mg含有量を0.0100%以下とし、0.0050%以下とすることが好ましい。
【0041】
REM:0.0200%以下
REMは、Caと同様、溶接熱影響部の組織を微細化し、靭性を向上させる。この効果を得るために、REMを含有する場合には、REM含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0015%以上とすることがより好ましい。
一方、REM含有量が0.0200%を超えると、粗大な介在物を形成し、靭性を低下させる。そのため、REMを含有する場合には、REM含有量を0.0200%以下とし、0.0100%以下とすることが好ましい。
ここで、REMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)と原子番号39番のイットリウム(Y)、および原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までのランタノイドの元素のことを指す。REM含有量とは、上述のREMから選択された1種または2種以上の元素の総含有量である。
【0042】
C群:Sn:0.20%以下、As:0.10%以下、Bi:0.20%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
【0043】
Sn:0.20%以下
Snは、鋼板の強度を向上させる作用を有する元素である。この効果を得るためにはSn含有量を0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすることがより好ましい。
一方、Sn含有量が0.20%を超えると、溶接性の劣化や合金コストの上昇を招く。そのため、Snを含有する場合には、Sn含有量を0.20%以下とし、0.10%以下とすることが好ましい。
【0044】
As:0.10%以下
Asは、溶接熱影響部の組織を微細化し、HAZ靭性を向上させる。この効果を得るためにはAs含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。
一方、As含有量が0.10%を超えると、粗大な介在物を形成し、HAZ靭性を低下させる。そのため、Asを含有する場合には、As含有量を0.10%以下とし、0.05%以下とすることが好ましい。
【0045】
Bi:0.20%以下
Biは、溶接熱影響部の組織を微細化し、HAZ靭性を向上させる。この効果を得るためにはBi含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。
一方、Bi含有量が0.20%を超えると、粗大な介在物を形成し、HAZ靭性を低下させる。そのため、Biを含有する場合には、Bi含有量を0.20%以下とし、0.10%以下とすることが好ましい。
【0046】
<板厚1/2位置の鋼組織>
本発明では、板厚1/2位置における鋼組織は、面積率で、ベイナイト相:80%以上を含む組織であり、かつ、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径:30μm以下とする。
【0047】
[板厚1/2位置におけるベイナイト相の面積率:80%以上]
本発明の鋼板は、板厚1/2位置におけるベイナイト相の面積率が80%以上である必要がある。ベイナイト相の面積分率が80%未満の場合、硬質な組織の分率が低下し、強度が低下する。したがって、板厚1/2位置におけるベイナイト相の面積率を80%以上とする。強度をさらに高めるためには、上記の面積率は、85%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましい。ベイナイト相の面積率は100%であってもよい。
ベイナイト相以外の残部としては、フェライトが、面積率で20%以下含まれていてよく、15%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。残部は0%であってもよい。
【0048】
[板厚1/2位置において隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径:30μm以下]
本発明の鋼板は、板厚1/2位置において隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径が30μm以下である必要がある。この平均粒径が30μm超えの場合、粒径粗大化に伴い結晶粒の劈開破面の破面単位が大きくなるため、靭性が低下する。したがって、板厚1/2位置において隣接する結晶粒との方位差が15°以上の粒界に囲まれたベイナイト相の結晶粒の平均粒径を30μm以下とする。靭性をさらに高めるためには、上記の平均粒径は、25μm以下とすることが好ましく、20μm以下とすることがより好ましい。
なお、上記の平均粒径の下限は特に規定しないが、圧延能率の観点から、上記の平均粒径は5μm以上とすることが好ましく、10μm以上とすることがより好ましい。
【0049】
<板厚>
板厚:50mm以上
本発明の鋼板の板厚は、鋼板を大型の鋼構造物に用いた際、剛性を確保するため、50mm以上とする。板厚は、60mm以上であることが好ましく、65mm以上であることがより好ましい。また、板厚は、製造能率の観点から、100mm以下であることが好ましく、90mm以下であることがより好ましい。
【0050】
<強度>
板厚1/2位置における降伏強度:460MPa以上
本発明の鋼板は、板厚1/2位置から採取したΦ14mmのJIS 14A号引張試験片を用いて測定した降伏強度が460MPa以上である。本発明の鋼板の用途は特に限定されないが、例えば、コンテナ船及びバルクキャリアー等の船舶は、この曲げ応力に耐え得る高強度かつ厚肉な鋼板母材を使用することが常であり、降伏強度が460MPa未満の場合には、使用に適さない。よって、本発明の鋼板は、板厚1/2位置における降伏強度を460MPa以上とする。上限値は特に限定されないが、板厚1/2位置における降伏強度を550MPa以下としてよい。
【0051】
<母材靭性:歪時効処理後のシャルピー破面遷移温度>
板厚1/2位置におけるvTrs:-40℃以下
加工性を保ちつつ船体の脆性破壊耐性を確保するために、歪時効処理後の鋼板の板厚1/2位置におけるvTrsを-40℃以下とする必要がある。vTrsが-40℃よりも高い場合には加工を施した船体部位が脆性破壊する可能性が高くなる。そのため、本発明の鋼板は、歪時効処理後の鋼板の板厚1/2位置におけるvTrsを-40℃以下とする。さらに脆性破壊耐性を高めるためには、vTrsを-45℃以下とすることが好ましく、vTrsを-50℃以下とすることがより好ましい。なお、vTrsの下限は特に規定しないが、圧延能率の観点から、上記vTrsは-80℃以上とすることが好ましく、-70℃以上とすることがより好ましい。
vTrsは歪時効処理後の鋼板の板厚1/2位置からJIS 4号の衝撃試験片を採取し、JIS Z 2242(2023)の規定に準拠してシャルピー試験を実施することで評価できる。
【0052】
<HAZ靭性>
溶接入熱500kJ/cmで溶接して得られる溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギー:平均53J以上
溶接熱影響部の脆性破壊耐性を確保するためには、溶接入熱500kJ/cmで溶接して得られる溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーを平均53J以上とする必要がある。HAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーは平均を64J以上とすることが好ましく、75J以上とすることがより好ましい。
HAZ靭性は、大入熱溶接により得られた継手から試験片を採取することで評価できる。
【0053】
以上説明したように、上記の成分組成の調整や鋼板1/2位置の鋼組織の微細化による靭性の向上により、板厚50mm以上で高強度かつ大入熱溶接後の継手において優れた靭性を有する鋼板を得られる。
【0054】
次に、本発明における鋼板の製造方法について説明する。
【0055】
本発明の鋼板は、上述の成分組成を有する鋼素材に対し、以下に説明する特定の条件で加熱、熱間圧延および冷却を行うことによって、製造される。
本発明の鋼板の製造方法では、前述した成分組成を有する鋼素材を、950~1150℃の加熱温度に加熱し、次いで、板厚1/2位置における圧延開始温度:(Ar3点+200)℃以上、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率:15.0%以上、かつ1パスあたりの圧下率の平均値:5.0%以上とし、板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるときの累積圧下率:50.0%以上、および板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar3点+100)℃以上となる条件で圧延(熱間圧延)を実施し、次いで、板厚1/2位置における冷却開始温度:(Ar3点+100)℃以上、かつ、板厚1/2位置における温度が700~500℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.0℃/s以上、かつ、板厚1/2位置における冷却停止温度:500℃以下となる条件で冷却を施す。
【0056】
以下に、各工程について詳細に説明する。各工程における温度は、別段の記載がない限り、鋼素材および熱延板の板厚中心部(板厚1/2位置)、板幅方向中心における温度を指すものとする。例えば、鋼板断面内の温度分布を伝熱解析により計算し、その結果を鋼板の表面温度によって補正することで求めることができる。
【0057】
<加熱工程>
まず、上述の成分組成を有する鋼素材を、950~1150℃の加熱温度に加熱する。
[鋼素材の加熱温度:950~1150℃]
鋼素材の加熱温度が950℃未満では、加熱温度が低すぎて変形抵抗が高くなり、熱間圧延機への負荷が増大する。そのため、後に続く熱間圧延工程の実施が困難になる。また、鋼素材の加熱温度が950℃未満では、添加元素が十分に溶解せず、強度が低下する。よって、鋼素材の加熱温度を950℃以上とする。
一方、鋼素材の加熱温度が1150℃を超える高温では、オーステナイト粒が粗大化し、その結果、靭性が低下する。さらに、酸化が著しくなって酸化ロスが増大し、歩留りが低下するおそれがある。このような理由から、鋼素材の加熱温度を1150℃以下とする。なお、鋼素材の加熱温度は、1000℃以上が好ましく、1030℃以上がより好ましい。上記の加熱温度は、1130℃以下が好ましく、1100℃以下がより好ましい。
【0058】
<熱間圧延工程>
次いで、加熱工程で加熱された鋼素材に、板厚1/2位置における圧延開始温度:(Ar3点+200)℃以上、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率:15.0%以上、かつ、1パスあたりの圧下率の平均値:5.0%以上であり、板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるときの累積圧下率:50.0%以上、および板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar3点+100)℃以上となる条件で、圧延(熱間圧延)を施す。
【0059】
[圧延開始温度:(Ar3点+200)℃以上]
上述の加熱工程で加熱された鋼素材の熱間圧延に際し、熱間圧延を開始するときの板厚1/2位置における温度が(Ar3点+200)℃未満では、熱間圧延工程終了後の熱延板において再結晶が十分に起こらない。そのため、オーステナイト粒径が小さくならず、靭性が低下する。そのため、圧延開始温度は(Ar3点+200)℃以上とする。後述の未再結晶領域において熱間圧延を行う時間を確保する観点からは、圧延開始温度は(Ar3点+210)℃以上とすることが好ましく、(Ar3点+220)℃以上とすることがより好ましい。上限値は特に限定されないが、圧延開始温度は(Ar3点+280)℃以下とすることが好ましい。
【0060】
なお、Ar3点(℃)は、以下の式(2)にしたがって求めることができる。
Ar3点(℃)=910-273×C-74×Mn-57×Ni-16×Cr-9×Mo-5×Cu ・・・式(2)
ここで、式(2)中、各元素記号は該元素の鋼中含有量(質量%)を表し、含有されない元素については0質量%とする。
【0061】
[オーステナイト再結晶温度域での累積圧下率:15.0%以上]
板厚1/2位置の温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの累積圧下率を15.0%以上とする熱間圧延を行う。この温度域での累積圧下率が15.0%未満であると、オーステナイトの細粒化が不十分であり、靭性が向上せず、その結果、歪時効処理後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs):-40℃以下が達成されない。この温度域での累積圧下率は、好ましくは20.0%以上であり、より好ましくは25.0%以上である。
この温度域での累積圧下率の上限は特に限定されないが、上記のオーステナイト細粒化の効果が飽和するため、この温度域での累積圧下率は70.0%以下とすることが好ましく、65.0%以下とすることがより好ましい。
なお、ここでの累積圧下率は、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるパス内において、「[100×(第1パス前(直前)の板厚(mm)-最終パス後(直後)の板厚)(mm))]/第1パス前(直前)の板厚(mm)」である。
また、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるときとは、各パスにおいて、圧延開始前(圧延開始直前)において、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域にあればよい。
【0062】
[オーステナイト再結晶温度域での1パスあたりの圧下率(圧下率/パス)の平均値:5.0%以上]
板厚中心部(板厚1/2位置)の温度がオーステナイト再結晶温度域であるときの圧延の1パスあたりの圧下率(圧下率/パス)の平均値を5.0%以上とする熱間圧延を行う。この温度域での圧下率/パスの平均値が5.0%未満であると、オーステナイトの細粒化が不十分であり、靭性が向上せず、その結果、歪時効処理後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs):-40℃以下が達成されない。この温度域での圧下率/パスの平均値は、好ましくは5.5%以上であり、より好ましくは6.0%以上である。
この温度域での圧下率/パスの平均値の上限は特に限定されないが、製造能率の観点から、7.0%以下とすることが好ましく、6.5%以下とすることがより好ましい。
なお、ここで、圧下率/パスの平均値は、板厚1/2位置における温度がオーステナイト再結晶温度域であるパス内において、各パスにおける圧下率の平均値である。
また、各パスにおける圧下率について、第Nパスの圧下率は、「100×[(第(N-1)パス後、かつ第Nパス前の板厚)(mm)-(第Nパス後、かつ第(N+1)パス前の板厚)(mm)]/(第(N-1)パス後、かつ第Nパス前の板厚)(mm)」である。
【0063】
[オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率:50.0%以上]
さらに、板厚1/2位置の温度がオーステナイト未再結晶温度域にあるときの累積圧下率を50.0%以上とする熱間圧延を行う。この温度域での累積圧下率を50.0%以上とすることにより、オーステナイトに対して十分加工歪を付与することができ、ベイナイト変態時に核生成サイトが増加し粒径が微細化し板厚1/2位置の靭性を向上させることができる。
一方、この温度域での累積圧下率が50.0%未満であると、オーステナイトが圧延方向に十分延伸せずにベイナイト変態時の核生成サイトが減少し、これにより、粗大なベイナイトが生成して粒径微細化ができなくなる。その結果、歪時効処理後の鋼板の母材の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度(vTrs):-40℃以下が達成されない。
したがって、この温度域での累積圧下率は、50.0%以上とする。該累積圧下率は、好ましくは55.0%以上であり、より好ましくは60.0%以上である。
この温度域での累積圧下率の上限は特に限定されない。圧延能率を阻害しない観点から、この温度域での累積圧下率は75.0%以下であることが好ましく、70.0%以下とすることがより好ましい。
なお、ここでの累積圧下率は、板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるパス内において、「[100×(第1パス前(直前)の板厚(mm)-最終パス後(直後)の板厚)(mm))]/第1パス前(直前)の板厚(mm)」である。
また、板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域であるときとは、各パスにおいて、圧延開始前(圧延開始直前)において、板厚1/2位置における温度がオーステナイト未再結晶温度域にあればよい。
【0064】
[板厚1/2位置における圧延終了温度:(Ar3点+100)℃以上]
熱間圧延工程は、板厚1/2位置における圧延終了温度が(Ar3点+100)℃以上で終了する必要がある。熱間圧延において鋼板の温度が(Ar3点+100)℃未満となると、B窒化物が析出し、焼入れ性を高めるのに必要な固溶Bが加速冷却時に不足し強度が低下する。更に、低温ほど変形抵抗が増加するため、熱間圧延機への負荷が大きくなるといった問題が生じる。なお、上記圧延終了温度は、後工程の冷却開始温度をAr3点(℃)以上とする観点から、(Ar3点+110)℃以上であることが好ましい。
上記圧延終了温度の上限は特に限定されないが、圧延能率の観点から、圧延終了温度は(Ar3点+150)℃以下とすることが好ましく、(Ar3点+130)℃以下とすることがより好ましい。
【0065】
<冷却工程>
次いで、熱間圧延工程で熱間圧延された熱延板に、板厚1/2位置における冷却開始温度:(Ar3点+100)℃以上、板厚1/2位置における温度が700~500℃の温度域であるときの平均冷却速度:5.0℃/s以上、かつ、板厚1/2位置における冷却停止温度:500℃以下となる条件で冷却を施す。
【0066】
[冷却開始温度:(Ar3点+100)℃以上]
上述の熱間圧延工程を経て得られた熱延板に対し、板厚1/2位置における温度として(Ar3点+100)℃以上の温度で冷却を開始する必要がある。冷却開始温度が(Ar3点+100)℃を下回るとB窒化物が析出し焼入れ性を高めるのに必要な固溶Bが加速冷却時に不足し強度が低下する。そのため、上記冷却開始温度は(Ar3点+100)℃以上とする。冷却開始温度は(Ar3点+110)℃以上とすることが好ましく、また(Ar3点+130)℃以下とすることが好ましい。
【0067】
[700~500℃の温度域での平均冷却速度:5.0℃/s以上]
板厚1/2位置の温度が700~500℃のときの平均冷却速度が5.0℃/s未満であると、徐冷により鋼中に多量のフェライトが生成するため、ベイナイト相の面積率を高めることができない。その結果、強度が低下する。
この平均冷却速度を規定する温度範囲は、大部分のオーステナイト組織の変態が起こり、鋼板の特性に大きく寄与する効果を得るという観点から、700~500℃の温度域とする。
すなわち、本発明では、板厚1/2位置が700~500℃の温度域であるときの平均冷却速度を5.0℃/s以上とする。これにより、ベイナイトの分率を向上させる効果を得られ、強度が向上する。この温度域での平均冷却速度は、好ましくは5.5℃/s以上とする。
なお、該平均冷却速度の上限は特に限定されないが、過度の急冷による冷却コストの増大を回避する観点から、該平均冷却速度は、20℃/s以下とすることが好ましく、10℃/s以下とすることがより好ましい。
【0068】
上記の700~500℃の温度域の範囲外の平均冷却速度は、ベイナイト生成に大きく影響を与えないため特に規定しないが、製造能率の観点から、0.5~1.0℃/sとすることが好ましい。
【0069】
ここで、700~500℃の温度域での平均冷却速度は、「(700(℃)-500(℃))/700℃から500℃までの冷却時間(s)」である。
【0070】
[700~600℃の温度域での平均冷却速度:5.5℃/s以上](好適条件)
板厚1/2位置の温度が700~600℃のときの平均冷却速度を5.5℃/s以上とすることで、未再結晶域での強圧下に伴う変形帯導入により高温域でのフェライト変態が促進された場合でも、鋼中のフェライト生成量増加を抑制し、より強度を向上させることができるので好ましい。この温度域での平均冷却速度は、6.0℃/s以上であることがより好ましい。
【0071】
ここで、700~600℃の温度域での平均冷却速度は、「(700(℃)-600(℃))/700℃から600℃までの冷却時間(s)」である。
【0072】
[冷却停止温度:500℃以下]
冷却は、板厚1/2位置における温度が500℃以下になるまで行う必要がある。冷却停止温度が500℃を超えると、鋼中に多量のフェライトが生成するため、ベイナイト相の面積率を高めることができない。その結果、強度が低下する。冷却停止温度は、好ましくは450℃以下であり、より好ましくは400℃以下である。
一方、冷却停止温度の下限は限定されないが、冷却停止温度が低すぎると鋼板の平坦度が低下する。そのため、冷却停止温度は、好ましくは250℃以上であり、より好ましくは300℃以上である。
【実施例】
【0073】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。なお、以下の実施例は本発明の好適な一例を示すものであり、本発明はこの実施例に限定されない。
【0074】
表1-1、表1-2に供試鋼の成分を示し、表2-1、表2-2に製造条件を示した。表1-1、表1-2に示す各成分組成の溶鋼(鋼記号:A~CJ)を転炉で溶製し、連続鋳造法で鋼素材とした。その後、表2-1、表2-2に示す製造条件で加熱、熱間圧延、および冷却をこの順に行い、板厚が50~100mmの鋼板(製造No.:1~97)を製造した。なお、表1中の空欄は、意図的に元素を添加しないことを表しており、元素を含有しない(0%)場合だけでなく、元素を不可避的に含有する場合も含むが、その場合好適な下限値を超えることはない。
なお、鋼BM、鋼CGのB量:「-」についても、上記空欄と同様に、意図的に添加しておらず、元素を含有しない(0%)場合だけでなく、本発明で規定するB量の下限値(0.0001質量%)未満で不可避的に含有していてもよい。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
得られた各鋼板について、以下に説明する方法で、(1)母材の強度、(2)母材の靭性、(3)HAZ靭性、(4)母材の鋼組織を評価した。
【0080】
(1)母材の強度
得られた鋼板の板厚1/2位置より、試験片の長手軸の方向が圧延方向と垂直かつ板幅方向と平行となるように、Φ14のJIS 14A号試験片を採取し、JIS Z 2241(2022)の規定に準拠して引張試験を行い、降伏強度(YS)を測定した。
ここでは、降伏強度が460MPa以上の実施例を高強度であると評価した。
【0081】
(2)母材の靭性
靭性の評価は、歪時効処理後の板厚1/2位置のシャルピー破面遷移温度で行った。
得られた鋼板の板厚1/2位置より、試験片の長手軸の方向が圧延方向と平行となるようにJIS4号衝撃試験片を採取し、板幅方向に平行な向きに切欠を加工し、JIS Z 2242(2023)の規定に準拠して0℃~-80℃の範囲でシャルピー試験を実施し、各試験温度におけるシャルピー破面率を測定し、シャルピー破面遷移温度(vTrs)を求めた。なお、1試験温度につき3本試験し、3本の脆性破面率の平均値からvTrsを計算した。
ここでは、vTrs≦-40℃の実施例をシャルピー靭性(母材の靭性)に優れると評価した。
【0082】
(3)HAZ靭性
鋼板から採取した継手用試験板に、開先角度:20°、開先ギャップ:10mmとなるV開先加工を施し、市販の低温用鋼用溶接ワイヤを使用して、電流:398A、電圧:44V、溶接速度:21mm/min、溶接入熱500kJ/cmのエレクトロガス溶接(EGW)により継手を作製し、得られた継手の表面から深さ1mmの位置を試験片表層とし、融合部(FL)上で溶接金属と母材が50%ずつとなる位置に切欠を付与し、NK U4号衝撃試験片を採取した。採取した衝撃試験片について、試験温度-40℃でシャルピー衝撃試験を実施した。上記の継手用試験板から採取した衝撃試験片3本について、同一条件で実施して得られた吸収エネルギーの平均値vE-40℃(単位:J)を、HAZの靭性とした。ここでは、平均でvE-40℃≧53Jの実施例をHAZ靭性に優れると評価した。
【0083】
(4)母材の鋼組織
[鋼組織]
板厚1/2位置の鋼組織は、次の通り観察した。
圧延方向と垂直な面が観察面となるように、鋼板の幅中央かつ板厚1/2位置から試料を採取した。試料の寸法は板厚方向に20mm、圧延方向と平行な方向に10mm、かつ板幅方向に1mmとした。この試料の圧延方向に垂直な面を鏡面研磨した後、ナイタール腐食により現出させた金属組織の光学顕微鏡写真を撮影した。撮影部は板厚1/2位置で倍率は200倍、撮影範囲は250μm×300μmとした。得られた写真から白い塊状として現出した組織をフェライト、残部をベイナイト相として画像解析によって面積率を計算することによりベイナイト相の面積率を評価した。
[ベイナイト相の結晶粒の平均粒径]
圧延方向と垂直な面が観察面となるように、鋼板の幅中央かつ板厚1/2位置から試料を採取した。試料の寸法は板厚方向に20mm、圧延方向と平行な方向に10mm、かつ圧延方向と垂直な方向に1mmとした。この試料の圧延方向に垂直な面を鏡面研磨した後、板厚1/2位置について下記の条件でEBSP解析を行った。得られた結晶方位マップより、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた組織の円相当直径を求め、下記の解析領域における円相当直径の平均値を平均有効結晶粒径とした。
(EBSP条件)
・加速電圧:20KV、照射電流:50nA
・ビーム径:50nm
・解析領域:板厚1/2位置の1mm×1mm領域
・ステップサイズ:0.4μm
【0084】
表3-1、表3-2にこれらの試験結果を示した。
【0085】
【0086】
【0087】
本発明例(製造No.1、12~54、96、97)の場合、成分組成および製造条件が本発明範囲内であり、かつ上述の板厚1/2位置の鋼組織も得られていた。これにより、板厚1/2位置における降伏強度が460MPa以上、歪時効処理後の板厚1/2位置におけるシャルピー破面遷移温度が-40℃以下、溶接入熱が500kJ/cmの大入熱溶接で得られた溶接継手において溶接部のHAZにおける-40℃シャルピー吸収エネルギーが平均53J以上となる鋼板が得られた。
【0088】
一方、比較例(製造No.2~11、55~95)の場合、成分組成および製造条件のいずれか1つ以上で本発明範囲外となり、所望の成分組成および/または板厚1/2位置における所望の鋼組織を得られず、母材の強度、母材の靭性、HAZ靭性の少なくともいずれかにおいて目標の値にすることができなかった。