(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-23
(45)【発行日】2025-07-01
(54)【発明の名称】シール面の加工方法および工作機械
(51)【国際特許分類】
B24B 7/00 20060101AFI20250624BHJP
B24B 41/047 20060101ALI20250624BHJP
【FI】
B24B7/00 Z
B24B41/047
(21)【出願番号】P 2023088863
(22)【出願日】2023-05-30
【審査請求日】2023-05-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000154990
【氏名又は名称】株式会社牧野フライス製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100160705
【氏名又は名称】伊藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】菅崎 尊暁
(72)【発明者】
【氏名】中村 風人
(72)【発明者】
【氏名】神山 茜菜
【審査官】山内 康明
(56)【参考文献】
【文献】特許第4149603(JP,B2)
【文献】特許第6178747(JP,B2)
【文献】特開2023-123192(JP,A)
【文献】特許第3334817(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 7/00
B24B 41/047
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の主軸に取りつけられた軸付研磨工具により、前記工作機械のテーブルに載置されたワークのシール面を研磨するシール面の加工方法において、
前記軸付研磨工具の先端面を前記ワークに接触させつつ、該軸付研磨工具を閉ループに沿って前記ワークに対して前記工作機械の前記主軸と前記テーブルとを相対移動させる直線送り軸と回転送り軸の一方または双方を用いて相対的に公転運動させ、
前記軸付研磨工具が1周の公転運動する間、該軸付研磨工具を前記公転運動に対して周角を360°としたときに、±180°以内で360と公約数を持たない値の位相差で前記公転運動と同一の方向に前記工作機械の前記主軸を用いて自転運動させることを特徴としたシール面の加工方法。
【請求項2】
前記位相差は、±60°より小さな値である請求項1に記載の加工方法。
【請求項3】
前記シール面は、シール部材を収容する溝の底面および該底面に対面する表面に形成される請求項1に記載の加工方法。
【請求項4】
軸付研磨工具によりワークのシール面を研磨するシール面の加工装置において、
前記軸付研磨工具
を取り付け
た主軸と、
前記ワークが取り付けられるテーブルと、
前
記主軸を前記テーブルに対して相対移動させる
直線送り軸と回転送り軸の一方または双方を有する送り軸装置と、
前
記主軸の回転および前記送り軸装置を制御する制御装置とを具備し、
前記制御装置が、
前記軸付研磨工具の先端面を前記ワークに接触させつつ、該軸付研磨工具を閉ループに沿って前記ワークに対して
前記直線送り軸と前記回転送り軸の一方または双方を用いて相対的に公転運動させ、
前記軸付研磨工具が1周の公転運動する間、該軸付研磨工具を前記公転運動に対して周角を360°としたときに、±180°以内で360と公約数を持たない値の位相差で前記公転運動と同一の方向に自転運動させることを特徴としたシール面の
工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸付研磨工具によりワークのシール面を研磨するシール面の加工方法および工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
接合面に気密性を要求される2つの部材、例えば半導体製造装置、PVD(物理気相成長:Physical Vapor Deposition)装置、CVD(化学気相堆積: Chemical Vapor Deposition)装置等で用いられる真空チャンバと、該真空チャンバに真空を適用する配管とを接合させる際、2つの部材の間の接合面は一般的に研磨加工される。しかし、砥石などの研磨工具を用いることで、上記接合面には必然的に研磨砥粒の移動方向に沿ってカッターマークや砥面マークと呼称される条痕が形成されてしまう。この条痕は通常μmオーダであり、Oリングやガスケットのようなシール部材で完全に埋めることは困難である。このため、接合面の内部と外部を連通させるような方向(以下リーク方向)にカッターマークが存在すると、このカッターマークにより漏れが生じる。また、真空チャンバ装置は組立後にリークが発見された場合、大規模な分解と再組立が必要となるため、組立前にシール面のカッターマークが同心円状になっているか目視検査を行い、必要があれば手作業により磨き作業を行っている。
【0003】
そこで、特許文献1には、接合面に対して平行な回転軸線まわりに回転する研磨工具を、該研磨工具の回転軸線の方向が相対送りの方向に対して垂直になるようにしつつ、研磨工具を接合面の輪郭形状に沿って移動させることにより、リーク方向にカッターマークが生じないように接合面を研磨加工する加工方法および加工装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の加工方法および加工装置では、専用の研磨工具が必要になり、加工コストが増大する問題がある。更に、特許文献1の研磨工具は、研磨ベルトを2つのプーリの間で走行させるベルト研磨工具であるので、Oリングを収容する狭い溝や、小径のシール面を研磨することができない問題がある。
【0006】
本発明は、こうした従来技術の問題を解決することを技術課題としており、安価な汎用工具を用いて、リーク方向にカッターマークが生じないように研磨すること、および狭い溝の底面や小径のシール面に、リーク方向にカッターマークが生じないように研磨することが可能なシール面の加工方法および工作機械を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の目的を達成するために、工作機械の主軸に取りつけられた軸付研磨工具により、前記工作機械のテーブルに載置されたワークのシール面を研磨するシール面の加工方法において、前記軸付研磨工具の先端面を前記ワークに接触させつつ、該軸付研磨工具を閉ループに沿って前記ワークに対して前記工作機械の前記主軸と前記テーブルとを相対移動させる直線送り軸と回転送り軸の一方または双方を用いて相対的に公転運動させ、前記軸付研磨工具が1周の公転運動する間、該軸付研磨工具を前記公転運動に対して周角を360°としたときに、±180°以内で360と公約数を持たない値の位相差で前記公転運動と同一の方向に前記工作機械の前記主軸を用いて自転運動させるようにしたシール面の加工方法が提供される。
【0008】
更に、本発明によれば、軸付研磨工具によりワークのシール面を研磨するシール面の加工装置において、前記軸付研磨工具を取り付けた主軸と、前記ワークが取り付けられるテーブルと、前記主軸を前記テーブルに対して相対移動させる直線送り軸と回転送り軸の一方または双方を有する送り軸装置と、前記主軸の回転および前記送り軸装置を制御する制御装置とを具備し、
前記制御装置が、前記軸付研磨工具の先端面を前記ワークに接触させつつ、該軸付研磨工具を閉ループに沿って前記ワークに対して前記直線送り軸と前記回転送り軸の一方または双方を用いて相対的に公転運動させ、前記軸付研磨工具が1周の公転運動する間、該軸付研磨工具を前記公転運動に対して周角を360°としたときに、±180°以内で360と公約数を持たない値の位相差で前記公転運動と同一の方向に自転運動させるシール面の工作機械が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、公転運動に対して±180°以内の位相差を以て自転運動させるようにしたので、安価な軸付研磨工具を用いても、リーク方向にカッターマークが形成されず、かつ均一で良好なシール面を研磨加工することが可能になる。また、例として細い軸付研磨工具を用いることにより、Oリングを収容する溝のような狭いシール面でも加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明を適用可能な工作機械の一例を示す側面図である。
【
図5】本発明の加工方法により加工されるワークの一例として、真空チャンバおよび真空チャンバに接合されるフランジを備えた管路を示す断面図である。
【
図7】
図5の真空チャンバの側面の一部を示す部分平面図である。
【
図8】公転運動と自転運動との間の位相差を説明するための略図である。
【
図9】公転運動と自転運動との間の位相差を説明するための略図である。
【
図10】位相差を23°として軸付ブラシ工具で研磨したシール面を撮影した写真画像である。
【
図11】位相差を0°として軸付ブラシ工具で研磨したシール面を撮影した写真画像である。
【
図12】主軸112を高速回転させて軸付ブラシ工具で研磨したシール面を撮影した写真画像である。
【
図13】位相差を180°として公転運動を1周行った場合の、研磨作用点の軌跡を示す略図である。
【
図14】長円形の閉ループに沿って軸付研磨工具を公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示す略図である。
【
図15】楕円形の閉ループに沿って軸付研磨工具を公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示す略図である。
【
図16】略矩形(角丸四角形)の閉ループに沿って軸付研磨工具を公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示す略図である。
【
図17】本発明を適用可能な工作機械の他の例を示す側面図である。
【
図18】
図17の工作機械の制御装置を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して、本発明の好ましい実施形態を説明する。
図1は、本発明を適用可能な工作機械の一例を示す略示側面図である。
図1において、工作機械100は立形マシニングセンタである。本実施形態では、工作機械100は直交3軸(X軸、Y軸、Z軸)の送り軸を有する3軸加工機である。
【0012】
工作機械100は、工場等の床面に固定される基台としてのベッド102を備えている。ベッド102の上面の後端側にはコラム104が立設されている。コラム104の前面には、Xスライダ106が、水平な左右方向であるX軸方向(
図1では紙面に垂直な方向)に往復動可能に取り付けられている。
【0013】
コラム104には、Xスライダ106を往復駆動するX軸送り装置として、X軸方向に延設されたボールねじ(図示せず)と、該ボールねじの一端に連結されたX軸サーボモータMxが設けられており、Xスライダ106には、前記ボールねじに係合するナット(図示せず)が取り付けられている。また、X軸送り装置の位置を検知するために、コラム104には、X軸デジタルスケール(図示せず)が設けられている。
【0014】
Xスライダ106の前面には、主軸頭114が、鉛直方向であるZ軸方向に往復動可能に配設されている。主軸頭114を往復駆動するZ軸送り装置として、Xスライダ106には、Z軸方向に延設されたボールねじ(図示せず)と、該ボールねじの一端に連結されたZ軸サーボモータMzが設けられており、主軸頭114には、前記ボールねじに係合するナット(図示せず)が取り付けられている。また、Z軸送り装置の位置を検知するために、Xスライダ106には、Z軸デジタルスケール(図示せず)が設けられている。
【0015】
主軸頭114は、主軸112を鉛直方向に伸びる回転軸線Osを中心として回転可能に支持する。主軸頭114は、主軸112を回転駆動するための主軸サーボモータMsと、回転軸線Os周りの主軸112の回転位置および回転速度を検知するためのロータリエンコーダ(図示せず)を備えている。
【0016】
主軸112の先端部には工具Tが着脱可能に装着される。
図1では、工具Tは、工具ホルダ116を介して主軸112の先端部に装着されている。工作機械100は、複数の工具Tを格納した工具マガジン(図示せず)と、該工具マガジンと主軸112との間で工具Tを交換する自動工具交換装置(図示せず)を備えることができる。
【0017】
ベッド102の前端側(
図1では左側)には、テーブル108が配設されている。テーブル108は、主軸112に対面する上面に加工すべきワークWを固定するようになっている。テーブル108は、X軸に垂直な水平前後方向であるY軸方向に移動可能なYスライダ110に搭載されている。Yスライダ110を往復駆動するY軸送り装置として、ベッド102には、Y軸方向に延設されたボールねじ(図示せず)と、該ボールねじの一端に連結されたY軸サーボモータMyが設けられており、Yスライダ110には、前記ボールねじに係合するナット(図示せず)が取り付けられている。また、Y軸送り装置の位置を検知するために、ベッド102には、Y軸デジタルスケール(図示せず)が設けられている。
【0018】
主軸112の先端部には、工具Tとして、エンドミルやドリルのような回転切削工具(図示せず)を装着することができるが、本発明では、特に、工具Tとして軸付研磨工具が用いられる。軸付研磨工具は、中心軸線に沿って延びる軸部と、軸部の一端に設けられた研磨作用部とを備えている。
【0019】
図3を参照すると、本発明で用いる軸付研磨工具の一例として、軸付ブラシ工具が示されている。軸付ブラシ工具300は、中心軸線Otに沿って延びる軸部302と、軸部302の先端部に設けられた研磨作用部として、中心軸線Otに略平行に延びる多数のブラシ304とを備えている。ブラシ304は、全体として概ね円柱形状を呈するように、軸部302の先端に設けられた保持部306に保持されている。ブラシ304は、各ブラシ304の先端が中心軸線Otに垂直な平面Pe内に配置されるように、保持部306から同一の長さを以て突出しており、集合体としてのブラシ304の先端が軸付ブラシ工具300の先端面を形成する。また、本例では、各ブラシ304の先端が、軸付研磨工具の研磨作用点を提供する。ここで、ブラシ304の素材は砥粒入りナイロン、セラミックス製ワイヤ、金属製ワイヤ、自然毛などを用いることができる。
【0020】
図4を参照すると、軸付研磨工具の他の例として、軸付砥石が示されている。軸付砥石310は、中心軸線Otに沿って延びる軸部312と、軸部312の先端に設けられた研磨作用部としての研磨砥石314とを備えている。研磨砥石314は、成形剤により砥粒を結合し、円柱状に成形することによって形成することができる。研磨砥石314は、中心軸線Otに対して垂直な先端面を有している。つまり、研磨砥石314の端面の砥粒が、中心軸線Otに垂直な平面Pe内に配置され。軸付研磨工具の研磨作用点を提供するようになっている。
【0021】
次に、本発明によって加工すべきワークWについて説明する。
図5~
図7を参照すると、本発明によって加工すべきワークWの一例として、例えば半導体製造装置、PVD装置、CVD装置等で用いられる真空チャンバと、該真空チャンバに真空を適用する配管との間の接合部が示されている。
【0022】
図5~
図7において、側壁220に管路208がフランジ200によって接合されている。側壁220は、真空チャンバを形成する側壁の1つとすることができる。側壁220には、ポート穴222が形成されている。ポート穴222は、軸線Oを中心とする円形または円筒状の穴とすることができる。側壁220には、内ねじが形成された複数のボルト穴224が形成されている。本実施形態では、4つのボルト穴224が軸線Oを中心として等角度間隔に配置されている。
【0023】
管路208はフランジ200によって側壁220に接合される。フランジ200には、中心開口部202と、複数の通し穴210が形成されている。本実施形態では、軸線Oを中心とする円形の中心開口部202と、軸線Oを中心として等角度間隔に配置された4つの通し穴210が形成されている。管路208は、中心開口部202と同軸となるように、フランジ200に溶接のような公知の接合方法で接合されている。4つの通し穴210にボルト212を通して、該ボルト212をボルト穴224に螺合することによって、フランジ200は側壁220に結合される。フランジ200が側壁220に結合されると、管路208、中心開口部202およびポート穴222は、共通の軸線Oに関して同軸となる。
【0024】
フランジ200において、側壁220に対面、接触する表面には、シール部材を受容する溝204が形成されている。本実施形態では、軸線Oを中心とする円形の溝204が形成されており、該溝204内にシール部材としてのОリング206が収容される。フランジ200が側壁220に結合されると、溝204内のОリング206は、溝204の底面204aおよび側壁220において底面204aに対面する表面部分220aに接触する。従って、真空チャンバ内の真空度を高く維持するためには、Oリング206と、底面204aおよび表面部分220aとの間からの漏洩を防止する必要がある。そのために、シール部材が接触するシール面、本実施形態では底面204aおよび表面部分220aが、後述するように軸付研磨工具Tにより研磨加工される。
【0025】
図1を参照すると、工作機械100は、更に、工作機械100を制御する制御装置10を備えている。制御装置10は、X軸、Y軸およびZ軸の直交3軸の送り装置の各々のサーボモータMx、My、Mzおよび主軸112のサーボモータMsを制御するNC装置および工作機械100の工具マガジン(図示せず)や、自動工具交換装置(図示せず)、加工液供給装置(図示せず)、オイルエア供給装置(図示せず)、圧縮空気供給装置(図示せず)のような工作機械の付属機器を制御する機械制御装置を含むことができる。
【0026】
図2を参照すると、制御装置10は、数値制御部12および自転制御部14を主要な構成要素として具備している。数値制御部12は、一般的なNC装置により構成することができる。自転制御部14は、CPU(中央演算素子)、RAM(ランダムアクセスメモリ)やROM(リードオンリーメモリ)のようなメモリ装置、HDD(ハードディスクドライブ)やSSD(ソリッドステートドライブ)のような記憶デバイス、出入力ポート、および、これらを相互接続する双方向バスを含むコンピュータおよび関連するソフトウェアから構成することができる。自転制御部14は、NC装置または機械制御装置の一部としてソフトウェア的に構成することができる。
【0027】
数値制御部12は、作業者により入力された、あるいはCAM(図示せず)から受け取ったNCプログラム22およびX軸、Y軸、Z軸のデジタルスケールおよび主軸サーボモータMsのロータリエンコーダが検知した座標値に基づいて、X軸、Y軸、Z軸の送り装置および主軸112の各サーボモータ26(Mx、My、Mz、Ms)を制御して、テーブル108と主軸頭114とを相対移動させて、工具TによりワークWを加工する。
【0028】
自転制御部14は、工具位置演算部16、位相差記憶部18および主軸回転角度演算部20を含む。工具位置演算部16は、工具Tの現在の位置座標を数値制御部12から受け取る。工具Tの現在の位置座標は、NCプログラムに従い数値制御部12内で生成される位置指令とすることができる。或いは、工具Tの現在の位置座標は、X軸、Y軸、Z軸のデジタルスケールの読みに基づいて生成してもよい。
【0029】
次いで、工具位置演算部16は、工具Tの位置座標を加工するシール面の閉ループ形状の軸線Oに関する極座標に変換し、工具Tの軸線O周りの公転角度θを演算する。極座標は、本発明では、加工すべきシール面は平面であるので、該シール面を含む軸線Oに垂直な平面と、軸線Oとの交点を極とし、1つの動径座標と、1つの角度座標とを含む。工具Tの軸線O周りの公転角度θは、こうして得られた極座標の1つの角度座標によって与えられる。
【0030】
位相差記憶部18は、オペレータが位相差入力部24から入力した位相差Δφ(
図9)を記憶する。位相差入力部24は、例えば工作機械100の操作盤(図示せず)に設けられているタッチパネル(図示せず)や、キーボード(図示せず)とすることができる。位相差は、工具Tの公転角度(公転運動の回転角)θと自転角度(自転運動の回転角)φ(
図6、7)の差分である。なお、本発明では、公転運動は、加工すべきシール面204a、220aの中心である軸線O周りの工具TのワークWに対する相対的な回転であり、X軸とY軸の同時2軸制御で生成し、自転運動は、主軸112の回転軸線Os周りの回転である。
【0031】
主軸回転角度演算部20は、工具位置演算部16から受け取った工具Tの現在の公転角度θ、および、位相差記憶部18から受け取った位相差Δφに基づき、主軸112の自転角度φを以下の式に従い演算する。主軸回転角度演算部20が演算した主軸112の自転角度φは、主軸112のサーボモータMsのための位置指令として、数値制御部12に入力される。
φ=θ-Δφ×N×θ/360…(1)
ここで、
φ:主軸の自転角度(度)
θ:工具の公転角度(度)
Δφ:位相差(度)
N:工具Tの公転回数
である。
【0032】
なお、式(1)において、-Δφは、公転運動に比べて自転運動が遅れるように位相差が設定されることを意味している。公転運動に比べて自転運動が遅れるようにすることによって、加工中に発生する加工屑が排出され易くなる。
【0033】
主軸112の自転角度を矢印で示した
図8、9を参照すると、Δφ=0°のとき、つまり、公転運動と自転運動との間に位相差がない(主軸112の自転角度φが工具Tの公転角度θに等しい)場合、工具Tが、回転位置T0(θ=0°)から軸線O周りに反時計回りの方向に回転位置T1(θ=90°)、T2(θ=180°)、T3(θ=270°)を経て回転位置T0(θ=360°=0°)へ戻ると、
図8に示すように、主軸112は元の自転角度(φ=0°)に戻ることが理解されよう。
【0034】
これに対して、公転運動と自転運動との間に位相差Δφを設けると、工具Tが、回転位置T0(θ=0°)から軸線O周りに反時計回りの方向に回転位置T1(θ=90°)、T2(θ=180°)、T3(θ=270°)を経て回転位置T0(θ=360°=0°)へ戻ると、
図9に示すように、工具Tの自転角度はφ=360°-Δφになっていることが理解されよう。工具Tが軸線O周りに2周したときには、φ=360°-(2×Δφ)となる。工具Tが軸線O周りにN回公転したとき、主軸112の自転角度はφ=360°-(N×Δφ)となる。
【0035】
次に、
図10~
図12を参照して、本実施形態の効果を説明する。
図10~
図12は、側壁220のような平坦な表面を、軸付ブラシ工具300で研磨したシール面を撮影した写真画像であり、
図10は位相差Δφ=23°、
図11はΔφ=0°、
図12は、主軸112を概ね数百rpmにて高速回転させた場合のシール面を示している。
【0036】
本実施形態によれば、
図10に示すように、軸付ブラシ工具300のブラシ304の先端、または、軸付砥石310の研磨砥石314の先端面の砥粒が、側壁220の表面部分220aを研磨することにより形成されるカッターマークが、空気が漏れる方向であるリーク方向、つまり概ね半径方向に形成されず、同心円方向にもムラのない均一で良好なシール面が得られる。
【0037】
これに対して、位相差を与えない場合、つまりΔφ=0°の場合は、
図11に示すように、リーク方向にカッターマークは形成されないが、同心円方向のムラが大きく、均一な粗さの良好なシール面を得ることができず、また、主軸112を概ね数百rpmにて高速回転させて、研磨すると、
図12に示すように、リーク方向に多数のカッターマークが形成され、良好なシール面を得ることができない。
【0038】
なお、既述の実施形態では、位相差Δφは、回転位置T0(θ=360°=0°)へ戻ったときに、つまり工具Tが公転一周したときに、自転角度が、公転開始時の自転角度から小さくなるように設定されているが、位相差Δφは工具Tが公転一周したときに、自転角度が大きくなるように設定してもよい。つまり、式(1)では、Δφはマイナスの値でもよい。
【0039】
既述の実施形態では、位相差はΔφ=23°であったが、本発明はこれに限定されず、他の値の位相差、-180°≦Δφ≦180°を設定してもよい。
図13は位相差を180°として公転運動を1周行った場合の、研磨作用点の軌跡を示す。この場合、軌跡は一点鎖線で示されるシール領域の外縁の内接点から、内縁の内接点まで全通する。そのため、位相差をこれ以上にするとリーク方向へのカッターマークとなるので位相差の上限は±180°とする。位相差が、公転一周の回転角度である360°と公約数を持つと、研磨されたシール面に形成されるカッターマークは周期性を有する(特定の部分が他の部分よりも強く研磨される)こととなるので、位相差Δφは360と公約数を持たないことが望ましい。また、発明者らの実験によれば、±60°よりも大きな位相差を設定すると、研磨されたシール面に綾目模様のカッターマークが形成されることがある。これは同心円状のカッターマークが求められる真空機器のシール面においては好ましくなく、実際の性能以前に目視検査にて不可とされる。そのため、位相差は、-60°≦Δφ≦60°で設定することが好ましい。既述の実施形態で示したΔφ=±23°は、好ましい値の1つである。Δφ=±17°、±19°、±31°、±35°、±41°等もまた好ましい結果が得られる。なお公転の回転回数は、位相差の累計が少なくとも360°を超えるまで行うことが望ましい。これは砥粒が研磨開始点まで戻ることにより、ムラのない研磨面を得るためである。例えば位相差Δφ=23°とする既述の実施形態であれば、位相差の累計が368°となる16回転を最低回数となる。
【0040】
ここで、本発明における自転と公転に与える位相差について特に説明を行う。工具がシール面の輪郭形状に沿って1周、すなわち360°の公転運動を行う間に、主軸112により工具Tに高速回転、例えば100回転、すなわち36000°の自転を与えて加工を行ったとしても、自転と公転に位相差を与えて加工を行った、と見なすことができる。しかし、この場合は前記
図12の通りリーク方向への多数のカッターマークが生じ、良好なシール面は得られない。本発明の意図は、自転と公転に最大で±180°の範囲内で位相差を与えることにより、軸付ブラシ工具300あるいは軸付砥石310の先端面の砥粒の軌跡が渦巻き状となるようにすることであり、前述のような高速回転を行うこととは本質的に異なることに留意されたい。
【0041】
更に、既述の実施形態では、工具Tは、円形の閉ループに沿って公転運動しているが、本発明はこれに限定されず、他の形状の閉ループに沿って工具Tを公転運動させてもよい。
図14は、工具Tを等しい長さの2本の平行線分と2つの半円を組み合わせた長円形状の閉ループに沿って公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示し、
図15は、楕円形の閉ループに沿って公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示し、
図16は、4本の同じ長さの線分と、該線分を繋ぐ4つの四分円とを組み合わせた略矩形(角丸四角形)の閉ループに沿って公転運動させた場合の研磨作用点の軌跡を示している。このように、本加工方法は、輪郭形状が閉ループの任意の形状のシール面に適用できる。
【0042】
更に、既述の実施形態では溝204の幅と等しい直径の軸付研磨工具を用い底面204aおよび表面部分220aの研磨を行っているが、より細い研磨工具を用い、公転半径を変えて複数回の研磨を行うことにより所定の幅の研磨を行ってもよい。
【0043】
また、図示を省略するが、円の一部と直線部からなる閉ループであれば、円形部分においてのみ公転運動を行うこともできる。すなわち、既述の円形の閉ループに沿った加工を分割して行い、それらを直線運動にて接続してもよい。
【0044】
図14~
図16では、各閉ループは中心を有する(対称軸が2つある)形状であるので、該中心を極として工具Tの公転角度θを決定することができる。閉ループが、対称軸を1つしか持たない、例えば卵形またはオーバル形状、或いは、対称軸を持たない形状である場合には、当該形状の重心を極として工具Tの公転角度θを定義することができる。
【0045】
更に、既述の実施形態では、工具Tは、主軸112をX軸およびY軸の2つの直線送り装置により、テーブル108に対して円形の閉ループに沿って公転運動させているが、本発明はこれに限定されず、テーブル108を回転させることによって、工具TをワークWに対して円形の閉ループに沿って公転運動させるようにしてもよい。あるいは主軸を工具ごと公転させる機構を特別に設けて、それを用いてもよい。
図17に本発明を適用可能な工作機械の他の例を示す。
図17では、
図1と同様の構成要素には同じ参照番号が付されており、以下では、重複する説明を省略する。
【0046】
図1に示した工作機械100では、テーブル108は、Yスライダ110上に設けられた回転しないテーブルであったが、
図17に示す工作機械150は、Yスライダ110上に設けられた回転テーブル152を備えている。つまり、工作機械150は、4軸の加工機である。回転テーブル152は、鉛直方向に延びる旋回軸線Oc周りに回転可能に設けられており、内部に回転テーブル152を回転駆動するC軸サーボモータMcを備えている。C軸サーボモータMcはロータリエンコーダを備えることができる。
【0047】
図18に工作機械150の制御装置50を示す。制御装置50は、
図2に示した制御装置10と概ね同一の構成を有しており、
図18では、
図2と同様の構成要素には同じ参照番号が付されており、以下では、重複する説明を省略する。
【0048】
図18の制御装置50の自転制御部52は、位相差記憶部18と主軸回転角度演算部54とを備えている。回転テーブル152を備えた工作機械150では、回転テーブル152の回転角度がNCプログラムに記述されているので、制御装置50の主軸回転角度演算部54は、回転テーブル152の回転角度を工具Tの公転角度θとして数値制御部12から受け取り、それと位相差記憶部18から受け取った位相差Δφとに基づいて、主軸112の自転角度φを上記式(1)に従い演算する。主軸回転角度演算部54が演算した主軸112の自転角度φは、主軸112のサーボモータMsのための位置指令として、数値制御部12に入力される。数値制御部12は、NCプログラム22およびX軸、Y軸、Z軸のデジタルスケールおよびC軸サーボモータMcのロータリエンコーダが検知した座標値に基づいて、X軸、Y軸、Z軸の送り装置、回転テーブル152および主軸112の各サーボモータ56(Mx、My、Mz、Mc、Ms)を制御する。
【0049】
工具Tに公転運動を与える構成は、他に、主軸頭がX,Y,Zの3軸方向に送り運動するタイプ、テーブルがX,Yの2軸方向に送り運動するタイプでもよい。また、X,Y,Z軸の送り軸とは別に、主軸112が工具Tごと公転する機構を特別に設けるタイプでもよい。
【符号の説明】
【0050】
10 制御装置
12 数値制御部
14 自転制御部
16 工具位置演算部
18 位相差記憶部
20 主軸回転角度演算部
100 工作機械
108 テーブル
112 主軸
220a シール面
300 軸付ブラシ工具
310 軸付砥石