(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-25
(45)【発行日】2025-07-03
(54)【発明の名称】STAT3のリン酸化抑制剤、自己免疫疾患及びコロナウイルス感染症の予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/22 20060101AFI20250626BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20250626BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20250626BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20250626BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20250626BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20250626BHJP
【FI】
A61K38/22 ZNA
A61P31/14
A61P31/16
A61P37/06
A61P43/00 111
C07K14/47
(21)【出願番号】P 2022533676
(86)(22)【出願日】2021-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2021007780
(87)【国際公開番号】W WO2022004054
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2024-02-16
(31)【優先権主張番号】P 2020112680
(32)【優先日】2020-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大河内 眞也
(72)【発明者】
【氏名】兼平 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】岡田 克典
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 一
【審査官】原口 美和
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/008681(WO,A1)
【文献】特表2016-520583(JP,A)
【文献】WU, Y. et al.,Upregulation of stanniocalcin‐1 inhibits the development of osteoarthritis by inhibiting survival a,Journal of Cellular Biochemistry,2019年,Vol. 120,pp. 9768-9780,DOI: 10.1002/jcb.28257
【文献】Innovative Medicine,2015年,pp. 131-147,DOI: 10.1007/978-4-431-55651-0_11
【文献】Cytokine: X,2020年05月14日,Vol. 2, No. 2, 100029,pp. 1-7,DOI: 10.1016/j.cytox.2020.100029
【文献】HUANG, L. et al.,Stanniocalcin-1 inhibits thrombin-induced signaling and protects from bleomycin-induced lung injury,SCIENTIFIC REPORTS,2015年,Vol. 5,article number 18117, pp. 1-13
【文献】ZHAO, J. et al.,Stanniocalcin 2 Ameliorates Hepatosteatosis Through Activation of STAT3 Signaling,Frontiers in Physiology,2018年,Vol. 9, Article 873,pp. 1-8
【文献】BONFANTE, S. et al., Stanniocalcin 1 Inhibits the Inflammatory Response in Microglia and Protects Against Sepsis-Associa,Neurotoxicity Research,2020年10月06日,Vol. 39,pp. 119-132
【文献】ウイルス,Vol. 69, No. 1,2019年,pp. 61-72,<URL: http://jsv.umin.jp/journal/v69-1pdf/virus69-1_061-072.pdf>
【文献】Free Radical Biology and Medicine,2014年,Vol. 71,pp. 321-331,DOI: 10.1016/j.freeradbiomed.2014.03.034
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/22
A61P 31/14
A61P 43/00
A61P 31/16
A61P 37/06
C07K 14/47
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スタニオカルシン1を有効成分として含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防又は治療剤。
【請求項2】
スタニオカルシン1を有効成分として含有する、ACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤。
【請求項3】
吸入剤である、請求項
1に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防又は治療剤、
又は請求項
2に記載のACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は、2020年6月30日に出願された、日本国特許出願第2020-112680号明細書(その開示全体が参照により本明細書中に援用される)に基づく優先権を主張する。本発明は、自己免疫疾患及びコロナウイルス感染症の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸器領域においては、間葉系幹細胞(MSCs:Mesenchymal Stem Cells)の肺障害・線維化抑制作用や抗炎症作用が注目されている(非特許文献3)。また、TNF-αやIL-1β、CCL2、IL-6などの炎症性サイトカインは、サイトカインストームにおける重要な因子である。特にIL-6/JAK/STAT伝達経路などを介してIL-6が誘導される仕組みはIL-6 amplifier (IL-6 AMP)と呼ばれ、関節リウマチなどに代表される自己免疫疾患、COVID-19等の重症化の原因と考えられているサイトカインストームの主要機序となる(非特許文献4)。
【0003】
自己免疫疾患は、免疫系が自分自身の正常な細胞及び/又は組織に対して過剰に反応し攻撃してしまうことにより症状を起こす、免疫寛容の破綻による疾患の総称である。自己免疫疾患に分類される疾患は多数あり、またその中には難病に指定されるものもあるため、その治療方法の開発が望まれている。
【0004】
また、コロナウイルスは、いわゆる風邪の症状を起こすウイルスとして知られているが、突然変異により感染力、毒性が高い株が発生することがあり問題となっている。特に、現在、かかる突然変異株である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV2)の感染症であるCoronavirus disease 2019(Covid-19)、いわゆる新型コロナウイルス感染症が世界中に広まっており、多くの死者もでているため、その治療法の開発が急がれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hoffmann et al. Cell 181, 1-10 (2020)
【文献】東京大学ウエブサイト「新型コロナウイルスの感染阻止が期待される国内既存薬剤の同定」:https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/content/000002328.pdf
【文献】Clin Med Insights Circ Respir Pulm Med. 2015; 9: 91-6
【文献】Immunity. 2020; 52: 731-33.
【文献】Mol Immunol 2007 2497
【文献】ウイルス第69巻 第1号,pp.61-72,2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決すべき課題は、STAT3のリン酸化及びIL6AMPの新規抑制剤を提供することにある。また、本発明は、STAT3のリン酸化の抑制により処置し得る疾患の、新たな予防又は治療剤を提供することも課題とする。例えば、本発明が解決すべきさらなる課題は、これまで自己免疫疾患の治療効果について知られていなかった物質を有効成分とする新規の自己免疫疾患予防又は治療剤を提供することにある。さらに、これまでコロナウイルス感染症の治療効果について知られていなかった物質を有効成分とする新規のコロナウイルス感染症予防又は治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる状況の下、本発明者らは数千種類の化合物について検討した結果、スタニオカルシン1(STC1)が、IL-6/JAK/STAT伝達経路の下流にあるSTAT3のリン酸化を抑制することを見出した。さらに、本発明者らは、STAT3のリン酸化抑制に関連し、STC1を用いることで下記の知見を得た。具体的には、本発明者らは、STC1が、エピジェネティックに抗炎症因子SOCS1の発現を誘導することも見出した。その上、本発明者らは、STC1が、細胞表面にある、コロナウイルスのsタンパク質の受容体及びウイルス外膜と細胞膜との融合に重要な因子の発現を抑制することにより、コロナウイルスの細胞への感染を抑制することも見出した。本発明は、これらの新規の知見に基づくものである。
【0009】
従って、本発明は、以下の項を提供する:
項1.スタニオカルシン1(STC1)を有効成分として含有する、STAT3のリン酸化抑制剤。
【0010】
項2.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、JAKの発現又はリン酸化抑制剤。
【0011】
項3.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、自己免疫疾患の予防又は治療剤。
【0012】
項4.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、インフルエンザウイルス感染症の予防又は治療剤。
【0013】
項5.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、コロナウイルス感染症の予防又は治療剤。
【0014】
項6.前記コロナウイルスがACE2に結合し得るSタンパク質を有する、項5に記載のコロナウイルス感染症の予防又は治療剤。
【0015】
項7.前記コロナウイルスが、SARS関連コロナウイルスである、項5又は6に記載のコロナウイルス感染症の予防又は治療剤。
【0016】
項8.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、ACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤。
【0017】
項9.スタニオカルシン1を有効成分として含有する、IL6AMPの抑制剤。
【0018】
項10.吸入剤である、項1に記載のSTAT3のリン酸化抑制剤、項2に記載のJAKの発現又はリン酸化抑制剤、項3に記載の自己免疫疾患の予防又は治療剤、項4に記載のインフルエンザウイルス感染症の予防又は治療剤、項5~7のいずれか一項に記載のコロナウイルス感染症の予防もしくは治療剤、項8に記載のACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤又は項9に記載のIL6AMPの抑制剤。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、STAT3のリン酸化及びIL6AMPの新規抑制剤を提供することができる。また、本発明は、STAT3のリン酸化の抑制により処置し得る疾患の、新たな予防又は治療剤を提供する。例えば、本発明は、これまで自己免疫疾患の治療効果について知られていなかった物質を有効成分とする新規の自己免疫疾患予防又は治療剤を提供する。さらに、これまでコロナウイルス感染症の治療効果について知られていなかった物質であるSTC1を有効成分として用いることによって、新規のコロナウイルス感染症の予防又は治療剤を提供することができる。具体的には、本発明によればACE2及びTMPRSS2の発現抑制を介してコロナウイルスの感染を抑制することができるため、コロナウイルスの感染症の予防及び治療に有用である。また、本発明者らはすでに、STC1が肺線維化を有意に抑制することを見出している(特許文献1)。従って、本発明によれば、コロナウイルス感染症の予防又は治療だけでなく、コロナウイルス感染症が重症化した場合も肺線維化を予防すること、肺線維化が生じてしまった場合もその治療、進行抑制効果が期待できるためさらに有用である。また、肺線維症を抑制し得る薬剤が必ずしもコロナウイルス感染症の予防又は治療を奏するとは限らないため本発明のかかる効果は予想外のものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】実施例におけるマウスのブレオマイシン(BLM)経気道投与肺障害モデルの概要を示す。
【
図2】実施例1におけるWestern Blotting及び定量的PCRの結果を示す。
【
図3】STC1がミトコンドリアのTCAサイクルおよびその周辺代謝に及ぼす影響についての概要を示す。
【
図4】実施例2におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図5】実施例2における半定量的メチル化特異的PCRの結果を示す。
【
図6】実施例2におけるSMAD7タンパクのアセチル化の程度の測定結果を示す。
【
図7】実施例3におけるヘマトキシリンエオジン染色の結果を示す。
【
図8】登録番号NP_003146.1として登録されているヒトSTC1のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【
図9】実施例4-1)におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図10】実施例4-2)におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図11】実施例4-3)におけるWestern Blotting(A)、半定量的PCR(B)、半定量的メチル化特異的PCRの結果を示す。
【
図12】実施例4-4)におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図13】実施例4-5)における免疫沈降の結果を示す。
【
図14】実施例4-6)におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図15】実施例4-7)におけるWestern Blottingの結果を示す。
【
図16】実施例4-8)における動物実験の結果を示す。
【
図17】実施例において、明らかにした知見の概念図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
STAT3のリン酸化抑制剤
本発明は、スタニオカルシン1を有効成分として含有する、STAT3のリン酸化抑制剤を提供する。STAT3(signal transducer and activator of transcription 3)は、STATタンパク質ファミリーに属するタンパク質であり、IL-6/JAK/STAT伝達経路等においてリン酸化され、活性化することが知られている。典型的には、STAT3としては、アミノ酸配列がNCBI accession No.NP_001356441.1登録されているもの等が挙げられる。
本発明の有効成分であるSTC1は、特許文献1等に記載されている公知の成分であり、2量体糖蛋白質ホルモンである。本発明において、STC1としては、動物細胞又は組織等から得られる天然のSTC1分子であってもよく、天然のSTC1と同一のアミノ酸配列を有する組換え型STC1、遺伝子工学技術により改変されたSTC1遺伝子に基づいて産生される組換え型STC1、合成されたSTC1であってもよい。また、本発明において、STC1としては、STC1の活性フラグメントなどの機能的等価物等であってもよい。従って、本発明において、用語「スタニオカルシン1」(STC1)は、そうでないことを明示しない限り、これらの種々のSTC1を包含する意味で用いられる。
【0022】
また、本発明において使用されるSTC1としては、ヒト由来のアミノ酸配列を有するもの又はヒト由来のアミノ酸配列に基づいて機能を損なうことなく改変されたもの(例えば、1個又は数個(例えば、2個、2~3個、2~4個、2~5個)のアミノ酸が、欠失、追加及び/又は置換したもの)が好ましい。ヒトSTC1のアミノ酸配列及び塩基配列は公知であり、登録番号NP#003146.1、NM#003155.2として登録されている。例えば、登録番号NP_003146.1として登録されているヒトSTC1のアミノ酸配列を配列番号1に示す。また、多くのヒト以外の動物由来のSTC1についても、アミノ酸配列及び塩基配列が知られている。これらはいずれも、ヒトのSTC1に対して高い相同性を有することが知られている(表1)。
【0023】
【0024】
従って、本発明の一実施形態において、使用可能なSTC1としては、ヒトSTC1のアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは94%以上の相同性を有するものが挙げられる。典型的には、ヒトSTC1配列(例えば293細胞由来のヒトSTC1配列)と100%一致するアミノ酸配列を有する、天然又はリコンビナントSTC1(rSTC1)を用いることがさらに好ましい。本発明においては、これらのSTC1を1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
本発明の有効成分であるSTC1及びその塩は、水和物又は溶媒和物の形で存在することもあるので、これらの水和物及び溶媒和物もまた本発明の有効成分である化合物に包含される。
【0026】
溶媒和物を形成する溶媒としては、エタノール、プロパノール等のアルコール、酢酸等の有機酸、酢酸エチル等のエステル類、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル類、アセトン等のケトン類、DMSO等が例示される。これらの溶媒は、1種単独で、又は2種以上を混合溶媒として用いることができる。
【0027】
本発明においては、本発明の有効成分であるSTC1そのものをSTAT3のリン酸化抑制剤として用いても、薬学的に許容される各種担体(例えば、等張化剤、キレート剤、安定化剤、pH調節剤、防腐剤、抗酸化剤、溶解補助剤、粘稠化剤等)と組み合わせた医薬組成物として用いてもよい。
【0028】
等張化剤としては、例えば、グルコース、トレハロース、ラクトース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、ソルビトール等の糖類、グリセリン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等の無機塩類等が挙げられる。これらの等張化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0029】
キレート剤としては、例えば、エデト酸二ナトリウム、エデト酸カルシウム二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、エデト酸四ナトリウム、エデト酸カルシウム等のエデト酸塩類、エチレンジアミン四酢酸塩、ニトリロ三酢酸又はその塩、ヘキサメタリン酸ソーダ、クエン酸等が挙げられる。これらのキレート剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
安定化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられる。
【0031】
pH調節剤としては、例えば、塩酸、炭酸、酢酸、クエン酸等の酸が挙げられ、さらに水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物、炭酸ナトリウム等のアルカリ金属炭酸塩又は炭酸水素塩、酢酸ナトリウム等のアルカリ金属酢酸塩、クエン酸ナトリウム等のアルカリ金属クエン酸塩、トロメタモール等の塩基等が挙げられる。これらのpH調節剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0032】
防腐剤としては、例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸ブチル等のパラオキシ安息香酸エステル、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム等の第4級アンモニウム塩、アルキルポリアミノエチルグリシン、クロロブタノール、ポリクォード、ポリヘキサメチレンビグアニド、クロルヘキシジン等が挙げられる。これらの防腐剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0033】
抗酸化剤としては、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、濃縮混合トコフェロール等が挙げられる。これらの抗酸化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0034】
溶解補助剤としては、例えば、安息香酸ナトリウム、グリセリン、D-ソルビトール、ブドウ糖、プロピレングリコール、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、D-マンニトール等が挙げられる。これらの溶解補助剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0035】
粘稠化剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、メチルセルロース、エチルセルロース、カルメロースナトリウム、キサンタンガム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等が挙げられる。これらの粘稠化剤は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0036】
医薬組成物の実施形態において、組成物中のSTC1の含有量は特に限定されず、例えば、90質量%以上、70質量%以上、50質量%以上、30質量%以上、10質量%以上、5質量%以上、1質量%以上等の条件から適宜設定できる。
【0037】
製剤形態は、特に限定されず、例えば錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口投与剤;注射剤(静脈注射、筋肉注射、局所注射等)、含嗽剤、点滴剤、外用剤(軟膏、クリーム、貼付薬、吸入薬)、座剤等の非経口投与剤等の各種製剤形態を挙げることができる。上記製剤形態のうち、好ましいものとしては、外用剤等が挙げられ、なかでも吸入薬(経気道投与薬)が挙げられる。
【0038】
本発明において、STC1の投与量は、投与経路、患者の年齢、体重、症状等によって異なり一概に規定できないが、成人に対する1日投与量が通常、約5000mg以下、好ましくは約1000mg以下になる量とすればよい。STC1の投与量の下限も特に限定されず、例えば、STC1の投与量として、成人に対する1日投与量が通常、0.1mg以上、好ましくは0.5mg以上の範囲で適宜設定できる。1日1回投与する場合は、1製剤中にこの量が含まれていればよく、1日3回投与する場合は、1製剤中にこの3分の1量が含まれていればよい。
【0039】
本発明のSTAT3のリン酸化抑制剤は、哺乳動物等の患者に投与される。哺乳動物としては、ヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ネコ、イヌ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ等が挙げられる。
【0040】
自己免疫疾患の予防又は治療剤
本発明は、スタニオカルシン1を有効成分として含有する、自己免疫疾患の予防又は治療剤を提供する。IL6などのサイトカインがレセプターに結合するとJAKおよびSTATのリン酸化が誘導され、急性期タンパクなどの転写が誘導される(非特許文献5)。SOCSはJAKのリン酸化を抑制することにより、間接的にSTATのリン酸化も抑制する。IL6/JAK/STAT経路は、関節リウマチ等、自己免疫疾患の発症に関わる重要な経路と考えられ、創薬のターゲットとなっている。ここで、前述のように、本発明者らは、今回、STC1が、IL-6/JAK/STAT伝達経路の下流にあるSTAT3のリン酸化を抑制することを見出した。本発明はこれらの新たな知見に基づくものである。本発明の有効成分であるSTC1、その水和物及び溶媒和物をも用い得ること等については前述の通りである。
【0041】
本発明における対象疾患に関し、自己免疫疾患としては、関節リウマチ、キャッスルマン氏病、クローン病、ウエゲナー肉芽腫症、サルコイドーシス、アトピー性皮膚炎、慢性膿皮症、乾癬、肺炎を伴う高IgE症候群等が挙げられる。
【0042】
本発明においては、本発明の有効成分であるSTC1そのものを自己免疫疾患の予防又は治療剤として用いても、薬学的に許容される各種担体と組み合わせた医薬組成物として用いてもよい。担体としてはSTAT3のリン酸化抑制剤に関して前述したものを、前述した量で同様に使用することができる。
【0043】
また、上記医薬組成物は、STC1以外に、自己免疫疾患の予防又は治療作用を有するとされている化合物をさらに含んでいてもよい。自己免疫疾患の予防又は治療作用を有することが知られている化合物としては、例えば、コルチコステロイド(プレドニゾロン等)、JAK阻害薬(トファシチニブ等)、カルシニューリン阻害薬(シクロスポリン・タクロリムス等)、DNA合成阻害薬(シクロフォスファミド等)、mTOR阻害薬(シロリムス等)、IMDH阻害薬(ミコファノ-ル酸モフェチル等)、抗体製剤 (トシリズマブ、リツキシマブ等)等が挙げられる。これらの化合物は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。医薬組成物の実施形態における組成物中のSTC1の含有量、製剤形態、投与量、投与対象となる患者等についてもSTAT3のリン酸化抑制剤に関して前述したものを同様である。
【0044】
コロナウイルス感染症の予防又は治療剤
本発明は、STC1を含有する、コロナウイルス感染症の予防又は治療剤を提供する。本発明の有効成分であるSTC1、その水和物及び溶媒和物をも用い得ること等については前述の通りである。
【0045】
本発明における対象疾患に関し、コロナウイルスとは、コロナウイルス科(Coronaviridae)に属するウイルスを意図する。コロナウイルスとしては、アルファコロナウイルス属、ベータコロナウイルス属等が挙げられ、好ましくはベータコロナウイルス属等が挙げられる。アルファコロナウイルス属としては、ドゥヴィナコウイルス亜属(例えば、HCoV-229E、等)、セトラコウイルス亜属(例えば、HCoV-NL63等)等が挙げられる。ベータコロナウイルス属としては、エンベコウイルス亜属(例えば、HCoV-OC43、HCoV-HKU1等)、サルベコウイルス亜属、メルベコウイルス亜属(例えば、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)等)等が挙げられ、好ましくは、サルベコウイルス亜属等が挙げられる。サルベコウイルス亜属等としては、重症急性呼吸器症候群関連コロナウイルス(SARSr-CoV)等が挙げられる。SARSr-CoVとしては、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV2)等が挙げられる。
【0046】
SARS-CoV2等のコロナウイルスの場合はそのエンベロープ上にSpikeタンパク質(Sタンパク質)を有し、当該Sタンパク質が細胞膜の受容体(ACE2)に結合し、その後、タンパク質分解酵素であるTransmembrane protease, serine 2(TMPRSS2)によるタンパク質分解を受け、Sタンパク質が活性化されることがウイルス外膜と細胞膜との融合には重要であることが知られており、SARS-CoV-2の感染にはACE2とTMPRSS2が気道細胞において必須であると考えられている(非特許文献1、非特許文献2)。本発明者らは、肺障害によってACE2及びTMPRSS2の発現が亢進するところ、本発明の予防又は治療剤の有効成分であるSTC1を用いることにより、当該肺障害の際のACE2及びTMPRSS2の発現亢進を抑制することを見出した。従って、コロナウイルス感染症の予防又は治療剤は、Sタンパク質を有するコロナウイルス、典型的にはACE2に結合し得るSタンパク質を有するコロナウイルスに対して特に有効である。
【0047】
本発明においては、本発明の有効成分であるSTC1そのものをコロナウイルス感染症の予防又は治療剤として用いても、薬学的に許容される各種担体と組み合わせた医薬組成物として用いてもよい。担体としてはSTAT3のリン酸化抑制剤に関して前述したものを同様に使用することができる。
【0048】
また、上記医薬組成物は、STC1以外に、コロナウイルス感染症の予防又は治療作用を有するとされている化合物をさらに含んでいてもよい。コロナウイルス感染症の予防又は治療作用を有することが知られている化合物としては、例えば、ファビピラビル、レムデシビル、イベルメクチン、シクレソニド、トシリズマブ、カモスタット、ナファモスタットが挙げられる。これらの化合物は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。医薬組成物の実施形態における組成物中のSTC1の含有量、製剤形態、投与量、投与対象となる患者等についてもSTAT3のリン酸化抑制剤に関して前述したものを同様である。
【0049】
本発明のコロナウイルス感染症の予防又は治療剤の有効成分であるSTC1は、少なくともACE2及びTMPRSS2の発現抑制をすることによりコロナウイルス感染症を予防、治療及び/又は緩和する。従って、本発明は、STC1を含む、ACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤も提供する。また、本発明者らは、STC1が肺線維化を有意に抑制することを見出し、STC1を有効成分として含有する肺線維症の予防、治療及び/又は進行抑制用医薬組成物は特許となっている(特許文献1)。しかし、コロナウイルス感染症が重篤化すると肺線維化が生じることはあるものの、肺の線維化は多種多様な要因により生じ得ることが知られており、コロナウイルス感染症はそれらのうちの1つに過ぎず、肺線維化を治療し得る化合物がコロナウイルスの感染自体を抑えるとは限らないことは明らかである。また、ACE2及びTMPRSS2の発現とSTC1との関係についてはこれまで報告は一切ない。従って、本発明におけるSTC1によるACE2及びTMPRSS2の発現抑制効果及びコロナウイルス感染症の予防又は治療効果は従来技術から予想し得ないものである。また、TMPRSS2はインフルエンザ(A型、B型)、その他の呼吸器関連ウイルス等の感染にも重要な役割を果たしていることが報告されている(非特許文献6)。従って、本発明のACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤は、呼吸器関連ウイルス(例えば、コロナウイルス、インフルエンザウイルス)等の予防又は治療剤として使用することもできる。尚、ACE2及びTMPRSS2の発現抑制剤、呼吸器関連ウイルスの予防又は治療剤の有効成分、製剤形態、投与量等は、コロナウイルス感染症の予防又は治療剤と同様である。
IL-6 AMPの抑制剤
ACE2にSARS-CoV2が結合すると、本来ACE2に結合して分解されるはずのアンギオテンシン2が、AT1Rというレセプターを通してTNFα、IL6などを誘導する。その結果、STAT3が活性化され、IL6の合成がさらに亢進する。これはIL6自身がIL6を増幅するので、IL6アンプ(AMP)と呼ばれており、COVID19の劇症化に関わると考えられている。また、自然免疫にウイルスが認識され、NfkBが活性化する経路も、IL6AMPに相加的に働くと考えられている。前述したように、本発明の有効成分であるSTC1は、IL-6/JAK/STAT伝達経路を阻害することによりIL-6 AMPを抑制する。従って、本発明は、STC1を含む、IL-6 AMPの抑制剤も提供する。尚、IL-6 AMPの抑制剤の有効成分、製剤形態、投与量等は、前記と同様である。
【0050】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0051】
本実施例においては、ヒトリコンビナント(r)STC1は、BioVender社により製造された。具体的には、293細胞にTAG構造を付加したヒト由来STC1遺伝子を導入し、TAG配列を用いてrSTC1を分離した。以下の実施例において、上記ヒトリコンビナント(r)STC1を単にSTC1と示すことがある。
【0052】
実施例1
ブレオマイシン肺障害モデルにおいてSTC1経気道投与はACE2とTMPRSS2の発現を抑制
本実施例においては、マウスのブレオマイシン(BLM)経気道投与肺障害モデルを用いた(
図1)。具体的には、Day0に、1群6匹ずつのC57BL6/Jマウス(雌、8週齢)に対し、麻酔薬(塩酸ケタミン300μg+キシラジン160ngを100μLの生理食塩水に希釈したもの)を腹腔内に投与することにより麻酔した。その後、頚部を切開し気管を露出させ、23Gのサーフロー針の外套を気管に挿入した。さらに、各群のマウス気管内にサーフロー外套から以下の薬剤をそれぞれ投与した。
(i)Saline群(コントロール):生理食塩水50μL
(ii)BLM群:ブレオマイシン含有生理食塩水50μL(ブレオマイシン濃度0.4mg/ml)
(iii)BLM+STC1群:ブレオマイシン含有生理食塩水50μL(ブレオマイシン濃度0.4mg/mL)
Day1に、上記と同様にして、マウスを麻酔し、各群のマウス気管内にサーフロー外套から以下の薬剤をそれぞれ投与した。
(i)Saline群(コントロール):生理食塩水50μL
(ii)BLM群:生理食塩水50μL
(iii)BLM+STC1群:STC1含有生理食塩水50μL(STC1濃度40μg/mL)
Day3に各群3匹ずつのマウスに対し、上記と同様の麻酔を施した後、頸動脈を切断することによりマウスを安楽死させ、その後肺を摘出した。さらに、Day14に各群3匹ずつのマウスに対し、上記と同様の麻酔を施した後、頸動脈を切断することによりマウスを安楽死させ、その後肺を摘出した。
摘出した肺に対し、Western Blottingを行った。抗体はSantaCruz社の抗ACE2抗体(E-11,2E2)、抗TMPRSS2抗体(H8)を使用した。各群のwestern blottingの結果を
図2Aに示す。
図2Aに示すように、ブレオマイシン肺障害により誘導されたACE2及びTMPRSS2の上昇はSTC1により強力に抑制された。
【0053】
また定量的PCRをApplied Biosystem社のABI7500RealTimePCRsystemを用いて行った。結果を
図2Bに示す。
図2Bに示すように、肺障害によってACE2及びTMPRSS2の発現は亢進した(Saline群とBleo群との対比)。そして、
図2BにおけるBleo群とBleo+STC1群との対比から明らかなように、STC1の経気道投与は、肺障害時のACE2及びTMPRSS2の発現上昇を抑制した。
前述のように、コロナウイルスの感染には気道細胞におけるACE2とTMPRSS2の存在が必須であるため、上記の結果からSTC1は、コロナウイルス感染の予防及び治療に有効であると考えられる。また、上記のように肺障害によってACE2及びTMPRSS2の発現が亢進したことから、肺障害によりACE2及びTMPRSS2の発現が更新し、それによりACE2及びTMPRSS2を介してコロナウイルスが細胞内に入り込みやすくなり、さらにコロナウイルス感染症が重症化するという悪循環が生じてしまうことが考えられる。本発明によれば、ACE2及びTMPRSS2発現抑制により、上記悪循環が進むことを抑制できるため有用である。
【0054】
実施例2
メタボローム解析によるSTC1の代謝変容効果の調査
SMAD2,3,7に対するSTC1の影響について
STC1がミトコンドリアのTCAサイクルおよびその周辺代謝に及ぼす影響を
図3に示す。
【0055】
STC1がTGFβ/SMADシグナル伝達系に及ぼす影響についてwestern Blottingと定量的PCRで解析した。具体的には、リコンビナントSTC1(50ng/ml)添加した細胞培養液もしくは添加しない細胞培養液の中で、ヒト肺胞上皮細胞株A549,H1299、ヒト線維芽細胞株MRC5,HFL1を24時間培養した。抗体は、サンタクルーズ社の抗SMAD7抗体(B8)とCell Signaling Technology社のPhospho-Smad Andibody Sampler Kitを使用した。定量的PCRは、Applied Biosystem社のABI7500RealTimePCRsystemを用いた。結果を
図4A~Dに示す。
【0056】
図4に示すように、STC1は肺障害や肺線維化に必要なSMAD2/3のリン酸化を抑制した。この効果は、抑制性SMADであるSMAD7をSTC1が誘導したことによるものであった。TGFbetaの過剰かつ持続的分泌は、SMAD2/3活性化を介して慢性的な抗酸化ストレスや炎症性サイトカインを惹起する。これらはCOVID19等のコロナウイルス感染症重症化(肺障害等)に関与するサイトカインストームに関わる。従って、上記結果から、STC1によるSMAD2/3のリン酸化抑制によって、炎症性サイトカインの持続分泌を抑制することにより、コロナ感染症や重症肺炎の肺障害を回避し得るものと考えられる。
STC1がSMAD7遺伝子のプロモーター領域のメチル化に及ぼす影響を
図5に示す。STC1がSMAD7遺伝子のプロモーター領域のメチル化に及ぼす影響については定量的メチル化特異的PCR(qMSP)で解析した。具体的には、各細胞から抽出したゲノミックDNAをバイサルファイト処理(Fujifilm-Wako、EpiSight
TM Bisulfite Conversion Kit Ver.2)し、メチル化特異的PCR用のポリメラーゼ(Takara Episcope MSP kit)とABI7500RealTimePCRsystemを用いて行った。
図5に示すように、STC1はSMAD7の脱メチル化も誘導した。
STC1がSMAD7タンパクのアセチル化に及ぼす影響を
図6に示す。STC1がマウスの肺のSMAD7に及ぼす影響については、マウスの摘出肺に対する蛍光免疫染色にて解析した。具体的には、実施例1で使用した肺を薄切し、プレパラートに固着させ、SMAD7抗体(SantaCruz社B8)、抗アセチル化リジン抗体(Cell Signaling Technology社(Ac-K-103)、核染色(DACO社DAPI)にMolecular Device社のAlexa-488抗体、Alexa594抗体を組み合わせて、位相差顕微鏡を用いることにより検討した。
結果を
図6に示す。
図6に示すようにSTC1はSMAD7リジン基のアセチル化も誘導した。SMAD7はアセチル化されることにより、安定して発現できる。すなわちSTC1はSMAD7のエピジェネティックな調整を通してSMAD7の発現を増強させていることが明らかとなった。
【0057】
実施例3
また実施例1で得られた各群のマウスから摘出した肺標本を用いてヘマトキシリンエオジン染色を行った。結果を
図7に示す。
図7に示すようにSTC1はブレオマイシンによる肺の炎症、線維化を抑制した。
【0058】
実施例4
STAT3リン酸化、IL-6AMP等に対するSTC1の影響の評価 <方法>
・細胞実験
ヒト由来単球細胞THP1細胞は、10%ウシ胎仔血清(ニチレイ)および1%ペ二リシンストレプトマイシン(Sigma)含有RPMI培地(Sigma)で24時間培養したあと、ホルポール12-ミリスタート13アセタート(PMA)10uM添加することによりマクロファージに分化させた。PMAを加えてから24時間後に、ヒトリコンビナントIL6を添加しない群、IL6を10ng/ml添加する群、IL6を50ng/ml添加する群の3群を用意し、さらにそれらにSTC1を50ng/ml添加しない群、添加する群を用意、即ち3×2の6群を用意した。それらの条件で24時間培養後、ウエスタンブロット、免疫沈降、PCR、メチル化特異的PCR、siRNAを用いた特異的遺伝子転写の抑制を行った。
・動物実験
本実施例においては、マウスのブレオマイシン(BLM)経気道投与肺障害モデルを用いた。
具体的には、実施例1に記載の方法に従い、ブレオマイシン(BLM)経気道投与肺障害モデルマウスを用意し、Day3及びDay14に各群3匹ずつのマウスから肺を摘出した。
・ウエスタンブロットの方法
RIPAバッファーによるTHP1細胞全抽出液もしくはマウス摘出肺抽出液とSDS-PAGEゲルによる電気泳動後、細胞もしくは組織由来タンパクをPVDFメンブレンに転写し、1次抗体およびHRP結合2次抗体でインキュベートした後、発色基質で発色させ、ケミルミノメーターでタンパクの発現を測定した。
ウエスタンブロットに用いた一次抗体は以下の通り。
抗STAT3抗体(セルシグナリングテクノロジー社(CST),12640)、抗pSTAT3抗体(CST,9145)、抗SOCS1抗体(CST,3950)、抗IL6抗体(CST,12153)、抗JAK1抗体(CST,3344)、抗pJAK1抗体(CST,74129)抗体、抗Ubiquitin抗体(CST,58395)、抗ACE2抗体(サンタクルーズ社(SC),390851)、抗TMPRSS2抗体(SC,515727)、抗βACTIN抗体(R&D,MAB8929)。2次抗体はそれぞれの動物種に適合したHRP結合抗体を用いた。
・免疫沈降の方法
Protein A/G plus agarose (SC,2003)と、抗JAK1抗体(SC,1677)を結合させた後に、RIPAバッファーによるTHP1細胞全抽出液もしくはマウス摘出肺抽出液を加えることにより、これら抽出液のJAK1およびJAK1に結合するタンパクを回収した。還元液とともに煮沸することにより、JAK1タンパクとJAK1に結合するタンパクを分離した。
・半定量的PCR
THP1細胞およびマウス肺組織より、RNeasy mini kit (QIAGEN)を用いてmRNAを分離後、high capacity cdna kit (applied biosystems)にてmRNAから逆転写したcDNAを作成した。プライマーは、primer blast (NCBI)を用いて設計し、SYBR Green PCR Master MixおよびABI7500リアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems)を用いて半定量的PCRを行った。
・メチル化特異的PCR
Methyl Primer Expressソフトウエア (Applied Biosystems)を用いてSOCS1遺伝子のプロモーター領域のメチル化および脱メチル化プライマーを設計した。THP1細胞からDNeasy Blood & Tissue Kit (QIAGEN)を用いて抽出したゲノミックDNAをバイサルファイト処理(Fujifilm-Wako、EpiSightTM Bisulfite Conversion Kit Ver.2)し、メチル化特異的PCR用のポリメラーゼ(Takara Episcope MSP kit)とABI7500RealTimePCRsystemを用いて行った。
・siRNA
SOCS1特異的siRNAおよびコントロールsiRNAはPredesigned siRNA(Ambion)を用いた。トランスフェクション試薬はLipofectamine RNAiMAX (Invitrogen)を用いた。
【0059】
<結果>
(THP1細胞データ)
1)STC1はTHP1細胞におけるIL6誘導性のSTAT3リン酸化を強力に抑制する
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液におけるSTAT3及びリン酸化STAT3の有無をウエスタンブロットで測定した結果を
図9に示す。
図9に示すように、STC1はIL6が誘導するSTAT3リン酸化を抑制した。
すなわちSTC1はIL6誘導性のSTAT3リン酸化を抑制することにより、サイトカイン症候群および様々な自己免疫性疾患の治療に役立つ。
【0060】
2)STC1はTHP1細胞におけるIL6誘導性のIL6産生増強(IL6アンプ)を抑制する
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液におけるIL6の有無をウエスタンブロットで測定した結果を
図10に示す。
図10に示すようにSTC1はIL6が誘導するIL6産生増強(IL6アンプ)を抑制した。
すなわちSTC1はIL6誘導性のIL6増幅(IL6アンプ)を抑制することにより、サイトカイン症候群および様々な自己免疫性疾患の治療に役立つ。
【0061】
3)STC1はTHP1細胞においてSOCS1を誘導する
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液におけるSOCS1のウエスタンブロット(
図11A)、細胞全抽出液mRNAを用いたSOCS1mRNAの半定量的PCR法(
図11B)、細胞全抽出液DNAを用いたSOCS1遺伝子プロモーター領域のメチル化の程度を、メチル化特異的PCR法で測定した結果(
図11C)を示す。
図11Aに示すように、STC1はSOCS1タンパクの産生を増強した。また、
図11Bに示すように、STC1はSOCS1のmRNA産生を増強した。
図11Cに示すように、STC1はSOCS1遺伝子プロモーター領域のメチル化を抑制した。
図11A―Cの結果は、いずれもSTC1によるSOCS1タンパクの産生亢進を意味する。
すなわち、STC1はJAKを抑制する作用を持つSOCS1を誘導することにより、サイトカイン症候群および様々な自己免疫性疾患の治療に役立つ。
【0062】
4)STC1はTHP1細胞におけるJAK1の発現およびリン酸化を抑制する
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液におけるJAK1及びJAK1リン酸化の有無をウエスタンブロットで測定した結果を
図12に示す。
図12に示すように、STC1はJAK1の発現およびリン酸化を抑制した。
【0063】
5)STC1はIL6の存在下では、THP1細胞におけるSOCS1とJAK1の結合を促進し、JAK1のユビキチン化を促進する(免疫沈降)
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液を免疫沈降した結果を
図13に示す。免疫沈降はTHP1全細胞溶解物を使用し、JAK抗体とA/Gアガロースゲルを用いて、JAK1とJAK1結合タンパク質を回収し、還元剤を加え煮沸後にウエスタンブロットを行った。
図13に示すように、IL6存在下ではJAK1に結合するSOCS1は減少するが、STC1が存在するとJAK1に結合するSOCS1が増加する。それに従ってJAK1のユビキチン化も促進することが明らかとなった。すなわちSTC1はJAK1とSOCS1の結合を促進し、JAK1のユビキチン化(JAK1の分解)を亢進させる。
【0064】
6)STC1はTHP1細胞においてIL6が誘導するACE2,TMPRSS2の発現を抑制する。
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)の細胞全抽出液をウエスタンブロットした結果を
図14に示す。
図14に示すように、STC1はACE2とTMPRSS2の発現を抑制した。従って、STC1はACE2とTMPRSS2の発現を抑制することによりSARS-CoV2の細胞への感染機会を減少させる可能性がある。
【0065】
7)STC1はSOCS1依存性にACE2,TMPRSS2の発現を抑制する。
上記方法に従いIL6(10ng/ml)、IL6(50ng/ml)及び/又はSTC1(50ng/ml)を添加したTHP1細胞ならびにこれらを添加していないTHP1細胞(コントロール)において、siRNAを用いて、SOCS1を抑制した場合のウエスタンブロットの結果を
図15に示す。siCTRはコントロール群であり、SOCS1が正常と同じ場合の挙動を示す。
図15に示すように、STC1がTHP1細胞に誘導するACE2,TMPRSS2誘導抑制効果はsiRNAを用いてSOCS1をノックダウンすると消失した。このことは、STC1によるACE2,TMPRSS2抑制作用はSOCS1依存性であることを示す。
(動物モデル:マウス・ブレオマイシン経気道投与モデル、肺に炎症が起きている状態)
【0066】
8)STC1はブレオマイシン経気道投与によりマウス肺で誘導されるJAK1の発現誘導、JAK1のリン酸化、ACE2,TMPRSS2発現上昇を抑制する。
上記方法に従い動物(C57BL6マウス)に生理食塩水もしくはブレオマイシンを溶解した生理食塩水を経気管投与し、ブレオマイシンを溶解した生理食塩水を経気管投与群においては、翌日に生理食塩水もしくはSTC1溶解生理食塩水液を経気管投与し、3日後・14日後に肺組織を回収しウエスタンブロットした結果を
図16に示す。
図16に示すように、STC1はブレオマイシン惹起された炎症によるJAK1のリン酸化、STAT3のリン酸化、ACE2の発現上昇、TMPRSS2の発現上昇を抑制した。従って、STC1の経気道投与は、JAK/STAT3経路を抑制すると同時にACE2,TMPRSS2の発現を抑制する。即ち、COVID19おいてサイトカイン放出症候群を抑制し、ACE2、TMPRSS2の発現を抑制することにより、COVID19の感染および重症化を抑制する可能性がある。
図17に今回明らかにしたSTC1の作用機序をまとめる。
【配列表】