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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】エレベーターの制御装置
(51)【国際特許分類】
   B66B 1/34 20060101AFI20250701BHJP
   G05B 11/36 20060101ALI20250701BHJP
   G05B 13/02 20060101ALI20250701BHJP
【FI】
B66B1/34 B
G05B11/36 G
G05B11/36 507G
G05B13/02 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2024148421
(22)【出願日】2024-08-30
【審査請求日】2024-08-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236056
【氏名又は名称】三菱電機ビルソリューションズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 哲也
(72)【発明者】
【氏名】大塚 康司
【審査官】太田 義典
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/100632(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/113769(WO,A1)
【文献】特開2003-128352(JP,A)
【文献】国際公開第2009/060519(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B66B 1/00- 1/52
G05B 1/00- 7/04
G05B 11/00-13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、
前記巻上機に流れる実電流値が前記電流指令値となるように前記巻上機を制御する電流制御部と、
前記実電流値又は前記電流指令値を含む電流値と、前記かごに作用するかご荷重とを用いて、前記巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、
前記電流値と、前記かごの加速度又は減速度と、前記トルク定数とを用いて、前記エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、
前記イナーシャと前記トルク定数とを用いて、前記速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備え、
前記トルク定数同定部は、
前記エレベーターの上昇運転において前記かごが前記昇降路の基準位置を等速度で通過するときの前記電流値と、前記エレベーターの下降運転において前記かごが前記基準位置を等速度で通過するときの前記電流値と、前記かご荷重と、を用いて、前記トルク定数を同定する
ように構成されるエレベーターの制御装置。
【請求項2】
前記基準位置は、前記昇降路の昇降行程の中間位置である請求項に記載のエレベーターの制御装置。
【請求項3】
エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、
前記巻上機に流れる実電流値が前記電流指令値となるように前記巻上機を制御する電流制御部と、
前記実電流値又は前記電流指令値を含む電流値と、前記かごに作用するかご荷重とを用いて、前記巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、
前記電流値と、前記かごの加速度又は減速度と、前記トルク定数とを用いて、前記エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、
前記イナーシャと前記トルク定数とを用いて、前記速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備え、
前記イナーシャ同定部は、
前記昇降路の第一位置において、前記かごが上昇方向に加速運転しているときの前記電流値及び前記加速度である第一電流値及び第一加速度を取得し、
前記昇降路の第二位置において、前記かごが上昇方向に減速運転しているときの前記電流値及び前記減速度である第二電流値及び第二減速度を取得し、
前記第一電流値と、前記第一加速度と、前記第二電流値と、前記第二減速度と、前記トルク定数と、を用いて、第一イナーシャ同定値を算出し、
前記昇降路の第三位置において、前記かごが下降方向に加速運転しているときの前記電流値及び前記加速度である第三電流値及び第三加速度を取得し、
前記昇降路の第四位置において、前記かごが下降方向に減速運転しているときの前記電流値及び前記減速度である第四電流値及び第四減速度を取得し、
前記第三電流値と、前記第三加速度と、前記第四電流値と、前記第四減速度と、前記トルク定数と、を用いて、第二イナーシャ同定値を算出し、
前記第一イナーシャ同定値と前記第二イナーシャ同定値とに基づいて、前記イナーシャを同定する
ように構成されるエレベーターの制御装置。
【請求項4】
前記イナーシャ同定部は、
前記第一イナーシャ同定値と前記第二イナーシャ同定値の平均値を前記イナーシャとして同定する請求項に記載のエレベーターの制御装置。
【請求項5】
前記第一位置は前記第四位置と同位置であり、
前記第二位置は前記第三位置と同位置である
請求項に記載のエレベーターの制御装置。
【請求項6】
前記第一加速度は前記第三加速度と同値であり、
前記第二減速度は前記第四減速度と同値である
請求項に記載のエレベーターの制御装置。
【請求項7】
エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、
前記巻上機に流れる実電流値が前記電流指令値となるように前記巻上機を制御する電流制御部と、
前記実電流値又は前記電流指令値を含む電流値と、前記かごに作用するかご荷重とを用いて、前記巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、
前記電流値と、前記かごの加速度又は減速度と、前記トルク定数とを用いて、前記エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、
前記イナーシャと前記トルク定数とを用いて、前記速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備え、
前記イナーシャ同定部は、異なる複数の前記かご荷重のそれぞれにおいて前記イナーシャの同定を行うように構成され、
前記ゲイン更新部は、
同定したそれぞれの前記イナーシャを線形補間することで前記かご荷重ごとの前記イナーシャを算出し、前記ゲインを前記かご荷重ごとに更新する
ように構成されるエレベーターの制御装置。
【請求項8】
エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、
前記巻上機に流れる実電流値が前記電流指令値となるように前記巻上機を制御する電流制御部と、
前記実電流値又は前記電流指令値を含む電流値と、前記かごに作用するかご荷重とを用いて、前記巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、
前記電流値と、前記かごの加速度又は減速度と、前記トルク定数とを用いて、前記エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、
前記イナーシャと前記トルク定数とを用いて、前記速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備え、
前記イナーシャ同定部は、前記かご荷重がゼロのときに前記イナーシャを同定するように構成され、
前記ゲイン更新部は、前記かご荷重がゼロのときに同定した前記イナーシャに前記かご荷重に応じたイナーシャ補正値を加算したイナーシャを用いて、前記かご荷重に応じた前記ゲインを更新する
ように構成されるエレベーターの制御装置。
【請求項9】
前記エレベーターの据付時において、
前記トルク定数同定部は前記トルク定数を同定し、前記イナーシャ同定部は前記イナーシャを同定する
ように構成される請求項1から請求項の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エレベーターの制御装置の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、サーボモータを含む機械系の位置及び速度を制御するサーボ装置に関する技術が開示されている。この技術のサーボ装置は、機械系の慣性項、粘性項、クーロン摩擦、定常外乱力、サーボモータのトルク定数を推定し、推定されたパラメータの数値を基に制御系のパラメータを変更することとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-65608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
イナーシャ及びトルク定数などの推定パラメータは、それぞれ互いに関連している。このため、特許文献1に記載の技術において、それぞれのパラメータを正確に推定することを考えた場合、それぞれのパラメータの同定のために異なる運転条件が必要となり、パラメータの同定負担が増加するという課題がある。
【0005】
本開示は、上述のような課題を解決するためになされたもので、エレベーターの特殊な運転条件を必要とせずに、エレベーターのイナーシャ及びトルク定数を同定し、巻上機の制御に用いられる制御ゲインを適正化する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のエレベーターの制御装置は、エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、巻上機に流れる実電流値が電流指令値となるように巻上機を制御する電流制御部と、実電流値又は電流指令値を含む電流値と、かごに作用するかご荷重とを用いて、巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、電流値と、かごの加速度又は減速度と、トルク定数とを用いて、エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、イナーシャとトルク定数とを用いて、速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備えるものである。
このようなエレベーターの制御装置において、トルク定数同定部は、エレベーターの上昇運転においてかごが昇降路の基準位置を等速度で通過するときの電流値と、エレベーターの下降運転においてかごが基準位置を等速度で通過するときの電流値と、かご荷重と、を用いて、トルク定数を同定するように構成される。
或いは、イナーシャ同定部は、昇降路の第一位置において、かごが上昇方向に加速運転しているときの電流値及び加速度である第一電流値及び第一加速度を取得し、昇降路の第二位置において、かごが上昇方向に減速運転しているときの電流値及び減速度である第二電流値及び第二減速度を取得し、第一電流値と、第一加速度と、第二電流値と、第二減速度と、トルク定数と、を用いて、第一イナーシャ同定値を算出し、昇降路の第三位置において、かごが下降方向に加速運転しているときの電流値及び加速度である第三電流値及び第三加速度を取得し、昇降路の第四位置において、かごが下降方向に減速運転しているときの電流値及び減速度である第四電流値及び第四減速度を取得し、第三電流値と、第三加速度と、第四電流値と、第四減速度と、トルク定数と、を用いて、第二イナーシャ同定値を算出し、第一イナーシャ同定値と第二イナーシャ同定値とに基づいて、イナーシャを同定するように構成される。
或いは、イナーシャ同定部は、異なる複数のかご荷重のそれぞれにおいてイナーシャの同定を行うように構成され、ゲイン更新部は、同定したそれぞれのイナーシャを線形補間することでかご荷重ごとのイナーシャを算出し、ゲインをかご荷重ごとに更新するように構成される。
或いは、イナーシャ同定部は、かご荷重がゼロのときにイナーシャを同定するように構成され、ゲイン更新部は、かご荷重がゼロのときに同定したイナーシャにかご荷重に応じたイナーシャ補正値を加算したイナーシャを用いて、かご荷重に応じたゲインを更新するように構成される。
【発明の効果】
【0007】
本開示の技術によれば、エレベーターの特殊な運転条件を必要とせずにエレベーターのイナーシャ及びトルク定数を同定し、巻上機の制御に用いられる制御ゲインを適正化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施の形態1のエレベーターの構成図である。
図2】トルク定数同定処理及びイナーシャ同定処理を行う際に実行されるエレベーターの運転について説明するための図である。
図3】実施の形態1の制御装置によって実行される処理のルーチンを示すフローチャートである。
図4】制御装置のハードウェア資源の例を示す図である。
図5】制御装置のハードウェア資源の他の例を示す図である。
図6】かご荷重WとイナーシャJとの関係を示す図である。
図7】実施の形態2の制御装置において実行されるルーチンのフローチャートである。
図8】実施の形態3の制御装置において実行されるルーチンのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して実施の形態について説明する。なお、各図において共通する要素には、同一の符号を付して、重複する説明を省略する。
【0010】
実施の形態1.
1-1.実施の形態1におけるエレベーターの構成
図1は、実施の形態1のエレベーターの構成図である。実施の形態1のエレベーター100は、複数の階床を有する建物などからなる施設に設置されている。施設において、エレベーター100の昇降路が設けられる。昇降路は、複数の階床にわたる上下方向に長い空間である。
【0011】
エレベーター100は、その主要な構成として、巻上機1と、回転センサ4と、主ロープ5と、かご6と、釣合い錘7と、秤装置8と、電流センサ9と、制御装置10と、を備える。
【0012】
巻上機1は、例えば昇降路の上部に設置される。巻上機1は、電動機3と、電動機3の軸に取り付けられた綱車2と、を備える。電動機3は、かご6を昇降運動させる動力源であり、永久磁石同期機又は誘導電動機などが用いられる。
【0013】
回転センサ4は電動機3に設置され、電動機3の回転角θを検出する。回転センサ4は、例えば、光学式のエンコーダ或いはレゾルバなどが例示される。回転センサ4で検出された電動機3の回転角θは制御装置10へ入力されて、電動機3の速度制御及び電流制御に使用される。
【0014】
巻上機1の綱車2には主ロープ5が巻き掛けられている。主ロープ5の一端には、かご6が接続されている。主ロープ5の他端には、釣合い錘7が接続されている。かご6及び釣合い錘7は、主ロープ5により昇降路内につるべ式に吊り下げられている。かご6及び釣合い錘7は、巻上機1の綱車2を回転させることにより昇降路内を昇降する。
【0015】
なお、釣合い錘7の重量は、「カウンタ率γ」と呼ばれるかご6の定格容量CPに対する重量割合に基づき調整される。例えば、カウンタ率γが50%に設定される場合、釣合い錘7の重量は、定格容量CPの50%の重量にかご6の質量を加算した値に調整される。
【0016】
秤装置8は、かご6に作用する荷重を検出する。秤装置8は、かご6に取り付けられていてもよいし、主ロープ5の端末に取り付けられていてもよい。秤装置8は、かご6に作用する荷重を検出することができれば、設置位置及び形式に限定はない。また、図1では、1:1ローピングのエレベーターを図示したが、2:1ローピング又はその他のローピングであってもよい。
【0017】
電流センサ9は、電動機3に流れる電流を検出する。なお、電流センサ9により検出される電流値は、電動機3のUVW相電流である。
【0018】
制御装置10は、プロセッサがプログラムを実行することにより実現される機能として、速度検出部12と、速度制御部14と、電流制御部16と、トルク定数同定部18と、イナーシャ同定部20と、ゲイン更新部22と、を備える。
【0019】
速度検出部12は、回転センサ4によって検出された電動機3の回転角θから電動機3の回転速度ωを演算するための機能ブロックである。速度検出部12によって演算された回転速度ωは、速度制御部14に送られる。
【0020】
速度制御部14は、電動機3の回転速度を制御して電流指令値I*を決定するための機能ブロックである。典型的には、速度制御部14は、例えばPID制御で構成される。速度制御部14は、速度指令値ω*と、速度検出部12によって演算された回転速度ωが一致するように電流指令値I*を計算する。速度制御部14の制御ゲイン、例えばPID制御ゲインは、後述するゲイン更新部22によって更新される。
【0021】
電流制御部16は、電動機3に印加する電圧指令値V*を計算するための機能ブロックである。典型的には、電流制御部16は、例えばPID制御で構成される。電流制御部16は、速度制御部14によって計算された電流指令値I*に、電流センサ9によって検出された実際の実電流値Iが追従するように電圧指令値V*を計算する。
【0022】
なお、電動機3の電流制御では、dq軸座標系が用いられることが一般的である。このとき、速度制御部14の出力である電流指令値I*はq軸電流の指令値であり、電流制御部16の出力である電圧指令値V*はq軸電圧の指令値である。一方、d軸は本開示に関係しないため、図1では省略している。電動機3が永久磁石同期電動機の場合にはd軸電流の指令値は0に設定されるが、弱め界磁制御などによりd軸電流の指令値が0に設定されない場合もある。電動機3が誘導電動機の場合には、励磁電流として一定のd軸電流が指令される。これらd軸電流指令値に従ったd軸電圧もq軸電圧と合わせて電動機3の相電圧に変換され、電動機3に印加される。また、電流センサ9により検出される電流値は、電動機3のUVW相電流であり、これを回転センサ4により検出された電動機3の回転位相を用いてdq軸電流に座標変換して電流制御部16の電流制御に使用する。
【0023】
トルク定数同定部18は、電動機3のトルク定数Ktを同定するための機能ブロックである。典型的には、トルク定数同定部18は、速度制御部14によって計算される電流指令値I*と、回転センサ4によって検出される電動機3の回転角θと、秤装置8によって検出されるかご6のかご荷重Wと、を用いてトルク定数Ktを同定する。この処理は、以下「トルク定数同定処理」と呼ばれる。ここで、トルク定数は、電動機3のq軸電流値IとトルクTの関係を示す比例定数であり、次式(1)の関係がある。トルク指令値T*と電流指令値I*の関係式は、式(1)のq軸電流値Iを電流指令値I*に置き換えた次式(2)となる。トルク定数同定処理については詳細を後述する。
【0024】
T=Kt×I ・・・(1)
T*=Kt×I* ・・・(2)
【0025】
イナーシャ同定部20は、エレベーターのイナーシャJを同定するための機能ブロックである。ここでのイナーシャJは、電動機3から見たシステム全体のイナーシャを示している。つまり、イナーシャJは、電動機3が制御すべきイナーシャである。イナーシャ同定部20は、トルク定数同定部18において同定されるトルク定数Ktと、速度制御部14によって計算される電流指令値I*と、回転センサ4によって検出される電動機3の回転角θと、を用いてイナーシャJを同定する。この処理は、以下「イナーシャ同定処理」と呼ばれる。イナーシャ同定処理については詳細を後述する。
【0026】
ゲイン更新部22は、速度制御部14のゲインを更新するための機能ブロックである。典型的には、ゲイン更新部22は、トルク定数同定部18において同定されたトルク定数Ktと、イナーシャ同定部20において同定されるイナーシャJと、秤装置8によって検出されるかご6のかご荷重Wと、を用いて速度制御部14のゲインを演算して更新する。この処理は、以下「ゲイン更新処理」と呼ばれる。ゲイン更新処理については詳細を後述する。
【0027】
1-2.トルク定数同定処理の概要
次に、トルク定数同定部18において行われるトルク定数同定処理の概要について説明する。なお、以下の説明では、昇降路の上下方向の中間位置から最上階までの範囲を「上側領域」と称し、中間位置から最下階までの範囲を「下側領域」と称する。エレベーターの上昇運転において、下側領域を加速中に電動機3に作用するトルクTuaは次式(3)で表される。
【0028】
Tua=Ju×aua+Uc-Ur-L ・・・(3)
【0029】
式(3)において、Juは上昇運転中のエレベーターのイナーシャを示し、auaは上昇運転中のエレベーターの加速度を示し、Ucはかご6と釣合い錘7との重量差により電動機3に作用するトルクを示し、Urは、かご6と綱車2との間の主ロープ5の重量と釣合い錘7と綱車2との間の主ロープ5の重量とのロープ重量差により電動機3に作用するトルクを示し、Lはエレベーターの走行ロスのトルクを示している。イナーシャJuは、以下「第一イナーシャ同定値」とも呼ばれる。なお、Ucはかご6の荷重によって符号が変化する。例えば、カウンタ率が50%の場合、かご6の荷重が定格容量の50%を超えると、釣合い錘7の重量よりもかご6の重量が大きくなるため、符号が変化する。また、Urはかご6の位置によって符号が変化する。例えば、かご6が下側領域に位置するときはかご6側の主ロープ5が釣合い錘7側の主ロープ5よりも長いが、かご6が上側領域に位置するときは釣合い錘7側の主ロープ5がかご6側の主ロープ5よりも長くなる。このため、かご6が昇降路の中間位置を跨いで下側領域から上側領域へと移動すると、Urの符号が変化する。
【0030】
上昇運転中において、エレベーターが一定の等速度で走行し、加減速していないときに電動機3に作用するトルクTumは、(3)式から加速度の項を無視した次式(4)で表される。
【0031】
Tum=Uc-Ur-L ・・・(4)
【0032】
エレベーターの上昇運転において、上側領域を減速中に電動機3に作用するトルクTudは次式(5)で表される。
【0033】
Tud=Ju×aud+Uc+Ur-L ・・・(5)
【0034】
式(5)において、audは上昇運転中の減速度を示している。なお、式(5)では、式(3)に比べてロープ重量差によるトルクUrの符号が変化している。これは、かご6が昇降路の中間位置を跨いで下側領域から上側領域へと移動しているためである。
【0035】
次に、エレベーターの下降運転において、上側領域を加速中に電動機3に作用するトルクTdaは次式(6)で表される。
【0036】
Tda=Jd×ada+Uc+Ur+L ・・・(6)
【0037】
式(6)において、Jdは下降運転中のエレベーターのイナーシャを示し、adaは下降運転中のエレベーターの加速度を示している。イナーシャJdは、以下「第二イナーシャ同定値」とも呼ばれる。
【0038】
エレベーターの下降運転中において、エレベーターが一定の速度で走行し、加減速していないときに電動機3に作用するトルクTdmは、(6)式から加速度の項を無視した次式(7)で表される。
【0039】
Tdm=Uc+Ur+L ・・・(7)
【0040】
エレベーターの下降運転において、下側領域を減速中に電動機3に作用するトルクTddは次式(8)で表される。なお、式(8)において、addは下降運転中のエレベーターの減速度を示している。
【0041】
Tdd=Jd×add+Uc-Ur+L ・・・(8)
【0042】
ここで、エレベーターの昇降行程の基準位置としての中間位置にかご6が位置する場合、かご6側の主ロープ5の重量と釣合い錘7側の主ロープ5の重量とが等しくなるため、主ロープ5の重量差により発生するトルクUrはゼロと見なすことができる。また、上昇運転時の走行ロスのトルクLは、下降運転時の走行ロスのトルクLと同じ大きさであると考えることができる。したがって、式(4)と式(7)の和を求めると、走行ロスによるトルクLが打ち消されて次式(9)となる。
【0043】
Tum+Tdm=2Uc ・・・(9)
【0044】
トルクTと電流値Iとの関係はT=Kt×Iで表されるから、上昇運転において昇降行程の中間位置を走行するときのトルクTum及び下降運転において昇降行程の中間位置を走行するときのトルクTdmは、次式(9)及び(10)で表される。
【0045】
Tum=Kt×Ium ・・・(9)
Tdm=Kt×Idm ・・・(10)
【0046】
ここでの電流値Ium及びIdmは、上昇運転及び下降運転において等速度で昇降行程の中間位置を走行するときに速度制御部14において演算される電流指令値I*を用いることができる。或いは、電流値Ium及びIdmは、上昇運転及び下降運転において等速度で昇降行程の中間位置を走行するときに電流センサ9によって検出される電流値Iでもよい。かご6の昇降路内の位置は、例えば電動機3の回転センサ4によって検出される回転角θを用いて検出することができる。なお、かご6の昇降路内の位置の検出手段は上記に限らず、昇降路内におけるかご6の位置を検出できればどのような構成でもよい。式(9)及び(10)から、トルク定数Ktは次式(11)で求めることができる。
【0047】
Kt=2Uc/(Ium+Idm) ・・・(11)
【0048】
かご6に荷重が作用していないときは、かご6と釣合い錘7の重量差によるトルクUcは、かご6の定格容量CP、カウンタ率γ、綱車2の半径r、及び重力加速度gを用いた次式(12)により計算することができる。また、かご6に荷重Wが作用しているときには、秤装置8によって検出されるかご荷重Wを用いた次式(13)によりトルクUcを計算することができる。
【0049】
Uc=CP×γ×g×r ・・・(12)
Uc=(CP×γ+W)×g×r ・・・(13)
【0050】
以上のように、トルク定数同定部18は、式(12)又は(13)を用いて演算されたトルクUcと、上昇運転及び下降運転において等速度で昇降行程の中間位置を走行するときに取得された電流値Ium及びIdmとを、式(11)に代入することにより、トルク定数Ktを同定することができる。
【0051】
1-3.イナーシャ同定処理の概要
次に、イナーシャ同定部20において行われるイナーシャ同定処理の概要について説明する。下側領域の第一位置P1におけるロープ重量差によるトルクUrをUr1とし、上側領域の第二位置P2におけるロープ重量差によるトルクUrをUr2とすると、エレベーターの上昇運転において、昇降行程の第一位置P1を加速中のトルクTua及び昇降行程の第二位置P2を減速中のトルクTudは、式(3)及び(5)から次式(14)及び(15)となる。なお、式(14)及び(15)において、加速度auaは「第一加速度」とも呼ばれ、減速度audは「第二減速度」とも呼ばれる。
【0052】
Tua=Ju×aua+Uc-Ur1-L ・・・(14)
Tud=Ju×aud+Uc+Ur2-L ・・・(15)
【0053】
第一位置P1及び第二位置P2においてかご6の乗員数に変化がない場合、かご6と釣合い錘7の重量差によるトルクUcは、第一位置P1及び第二位置P2において同値であると考えることができる。また、第一位置P1及び第二位置P2において走行ロスによるトルクLが同値であるとすると、式(14)及び(15)から、第一イナーシャ同定値Juは次式(16)となる。
【0054】
Ju=(Tua-Tud+Ur1+Ur2)/(aua-aud) ・・・(16)
【0055】
同様に、上側領域の第三位置P3におけるロープ重量差によるトルクUrをUr3とし、下側領域の第四位置P4におけるロープ重量差によるトルクUrをUr4とすると、エレベーターの下降運転において、第三位置P3を加速中のトルクTda及び第四位置P4を減速中のトルクTddは、式(6)及び(8)から次式(17)及び(18)となる。なお、式(17)及び(18)において、加速度adaは「第三加速度」とも呼ばれ、減速度addは「第四減速度」とも呼ばれる。
【0056】
Tda=Jd×ada+Uc+Ur3+L ・・・(17)
Tdd=Jd×add+Uc-Ur4+L ・・・(18)
【0057】
ここで、第一位置P1と第四位置P4、及び第二位置P2と第三位置P3を同位置とした場合、Ur1とUr4、及びUr2とUr3がそれぞれ同値となるため、式(17)及び(18)から、第二イナーシャ同定値Jdは次式(19)となる。
【0058】
Jd=(Tda-Tdd-Ur1-Ur2)/(ada-add) ・・・(19)
【0059】
ここで、上昇運転時の第一加速度auaと下降運転時の第三加速度ada、及び上昇運転時の第二減速度audと下降運転時の第四減速度addが同じになるようにエレベーターを動作させた場合、第一イナーシャ同定値Juと第二イナーシャ同定値Jdとの和は、次式(20)で表される。
【0060】
Ju+Jd=((Tua-Tud)+(Tda-Tdd))/(aua-aud) ・・・(20)
【0061】
第一イナーシャ同定値Juと第二イナーシャ同定値Jdの平均値を最終的なイナーシャJの同定値とし、式(20)において各トルク値を電流値に置き換えると次式(21)となる。なお、式(21)において、電流値Iua,Iud,Ida,Iddは、それぞれ「第一電流値」,「第二電流値」,「第三電流値」,「第四電流値」とも呼ばれる。
【0062】
J=(Ju+Jd)/2=Kt((Iua-Iud)+(Ida-Idd))/(aua-aud)/2 ・・・(21)
【0063】
以上のように、イナーシャ同定部20は、トルク定数同定部18によって同定されたトルク定数Kt、及び上述した加減速度aua,audによる特定運転時に取得した電流値Iua,Iud,Ida,Iddを式(21)に代入することにより、イナーシャJを同定することができる。
【0064】
1-4.ゲイン更新処理の概要
ゲイン更新部22は、トルク定数同定部18において同定されたトルク定数Ktとイナーシャ同定部20において同定されたイナーシャJを用いて、速度制御部14で用いるゲインを更新する。速度制御部14による電動機3の速度制御は、例えばPI制御で構成される。このとき、PゲインKPとIゲインKIは、次式(22)及び(23)のように設計される。
【0065】
KP = ωc×J/Kt ・・・(22)
KI = KP×ωc/5 ・・・(23)
【0066】
式(22)及び(23)において、ωcは速度制御部14の制御帯域である。式(22)及び(23)のように、速度制御部14のPIゲインは、イナーシャJとトルク定数Ktによって決定される。速度制御部14に設定されるイナーシャおよびトルク定数と、実際の値とがずれていると、制御誤差の発生及び制御系の発振などの不具合が発生するおそれがある。したがって、同定したトルク定数KtとイナーシャJを用いて速度制御部14のゲインを適正化することで、安定した制御を実施することができる。なお、速度制御部14による速度制御はPI制御に限らず、例えばPID制御又は2自由度制御などの種々の制御方式で構成することができる。このような他の制御方式のゲイン更新に対しても、同定したイナーシャJとトルク定数Ktを使用することができる。
【0067】
1-5.実施の形態1における制御装置において実行される具体的処理
図2は、トルク定数同定処理及びイナーシャ同定処理を行う際に実行されるエレベーターの運転について説明するための図である。また、図3は、実施の形態1の制御装置によって実行される処理のルーチンを示すフローチャートである。以下、図2も参照しながら、制御装置において実行される具体的処理について説明する。
【0068】
ステップS100において、エレベーターの上昇運転が開始される。上昇運転は、加速運転と、定速運転と、減速運転と、を含む。通常、エレベーターの乗り心地を良くするためにジャークが設けられており、一定の加速度になるまで数秒を要する。上昇方向の加速運転において、電動機3は、一定の第一加速度auaになった後、定格速度に達するまで第一加速度auaでの加速を継続する。定格速度に達すると、上昇運転は定速運転に移行する。定速運転において、電動機3は、定格速度での運転を継続する。そして、目標の階床に近づくと、上昇運転は減速運転に移行する。減速運転においても、加速運転と同様にジャークが設けられており、一定の減速度になるまで数秒の時間を要する。減速運転において、電動機3は、一定の第二減速度audになった後、速度がゼロに達するまで第二減速度audでの減速を継続する。
【0069】
ステップS100の上昇運転が行われている期間において、ステップS102からステップS106の処理が順に実行される。典型的には、ステップS102では、一定の第一加速度auaによる加速運転中の第一位置P1において、第一電流値Iuaが取得される。ここでは、回転センサ4によって検出される電動機3の回転角θから演算されるかご位置が第一位置P1に達したときの電流指令値I*が第一電流値Iuaとして取得される。
【0070】
ステップS104では、定速運転中の基準位置において、電流値Iumが取得される。ここでの基準位置は、エレベーターの昇降行程の中間位置である。ここでは、電動機3の回転角θから演算されるかご位置が中間位置に達したときの電流指令値I*が電流値Iumとして取得される。
【0071】
ステップS106では、一定の第二減速度audによる減速運転中の第二位置P2において、第二電流値Iudが取得される。ここでは、回転センサ4によって検出される電動機3の回転角θから演算されるかご位置が第二位置P2に達したときの電流指令値I*が第二電流値Iudとして取得される。
【0072】
エレベーターの上昇運転が終了すると、処理はステップS108に進む。ステップS108において、エレベーターの下降運転が開始される。下降運転は、上昇運転と同様に、加速運転と、定速運転と、減速運転と、を含む。下降方向に加速運転しているときの第三加速度adaは、上昇方向に加速運転しているときの第一加速度auaと等しい。また、下降方向に減速運転しているときの第四減速度addは、上昇方向に減速運転しているときの第二減速度audと等しい。また、下降方向の加速運転及び減速運転においても、エレベーターの乗り心地を良くするためのジャークが設けられている。
【0073】
ステップS108の下降運転が行われている期間において、ステップS110からステップS114の処理が順に実行される。典型的には、一定の第三加速度adaによる加速運転中の第三位置P3においてステップS110の処理が実行されて、第三電流値Idaが取得される。ここでは、電動機3の回転角θから演算されるかご位置が第三位置P3に達したときの電流指令値I*が第三電流値Idaとして取得される。なお、ここでの第三位置P3は、第二位置P2と同位置である。
【0074】
定速運転中の基準位置においてステップS112の処理が実行されて、電流値Idmが取得される。ここでは、電動機3の回転角θから演算されるかご位置が基準位置である中間位置に達したときの電流指令値I*が電流値Idmとして取得される。
【0075】
一定の第四減速度addによる減速運転中の第四位置P4において、ステップS114の処理が実行されて、第四電流値Iddが取得される。ここでは、回転センサ4によって検出される電動機3の回転角θから演算されるかご位置が第四位置P4に達したときの電流指令値I*が第四電流値Iddとして取得される。なお、ここでの第四位置P4は、第一位置P1と同位置である。
【0076】
ステップS114の処理が完了すると、処理はステップS116のトルク定数同定処理に進む。ここでは、トルク定数同定部18は、ステップS104において取得された電流値Iumと、ステップS112において取得された電流値Idmと、を式(11)に代入することによってトルク定数Ktを同定する。なお、トルクUcは、秤装置8によって検出されるかご荷重Wを式(13)に代入することにより演算される。
【0077】
ステップS116の処理が完了すると、処理はステップS118のイナーシャ同定処理に進む。ここでは、イナーシャ同定部20は、ステップS102において取得された電流値Iua、ステップS106において取得された電流値Iud、ステップS110において取得された電流値Ida、ステップS114において取得された電流値Idd、及びステップS114において同定されたトルク定数Ktを式(21)に代入することにより、イナーシャJを同定する。
【0078】
ステップS118の処理が完了すると、処理はステップS120のゲイン更新処理に進む。ここでは、ゲイン更新部22は、ステップS116において同定されたトルク定数Kt、及びステップS118において同定されたイナーシャJを式(22)及び(23)に代入することにより、PゲインKP及びIゲインKIを更新する。
【0079】
以上の説明から明らかなように、実施の形態1のエレベーターの制御装置10によれば、エレベーター100の特殊な運転条件を必要とせずに、上昇運転と下降運転とを1回ずつ実施することでエレベーター100のイナーシャJ及びトルク定数Ktを同定することができる。これにより、巻上機1の制御に用いられる制御ゲインを適正化することができるので、制御性能を一定に保つことが可能となる。
【0080】
なお、トルク定数及びイナーシャは、電動機3とエレベーターの固有の値であり変化するものではない。このため、トルク定数の同定とイナーシャの同定は、エレベーターの据付時に一度実施すればよい。また、保守点検時などに実施するようにしてもよい。このことは、後述する他の実施の形態においても同様である。
【0081】
1-6.変形例
実施の形態1のエレベーター100は、以下のように変形した態様を採用してもよい。
【0082】
1-6-1.制御装置10のハードウェア資源
【0083】
図4は、制御装置10のハードウェア資源の例を示す図である。制御装置10は、ハードウェア資源として、プロセッサ102とメモリ104とを含む処理回路106を備える。処理回路106に複数のプロセッサ102が含まれても良い。処理回路106に複数のメモリ104が含まれても良い。
【0084】
本実施の形態において、速度検出部12、速度制御部14、電流制御部16、トルク定数同定部18、イナーシャ同定部20、及びゲイン更新部22は、制御装置10が有する機能を示す。これらの機能は、プログラムとして記述されたソフトウェア、ファームウェア、又はソフトウェアとファームウェアとの組み合わせによって実現できる。当該プログラムは、メモリ104に記憶される。或いは、当該プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されていてもよい。制御装置10は、メモリ104に記憶されたプログラムをプロセッサ102(コンピュータ)によって実行することにより、これらの機能を実現する。
【0085】
プロセッサ102は、CPU(Central Processing Unit)、中央処理装置、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、或いはDSPともいわれる。メモリ104として、半導体メモリ、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、コンパクトディスク、ミニディスク、或いはDVDを採用しても良い。採用可能な半導体メモリには、RAM、ROM、フラッシュメモリ、EPROM、及びEEPROM等が含まれる。
【0086】
図5は、制御装置10のハードウェア資源の他の例を示す図である。図5に示す例では、制御装置10は、プロセッサ102、メモリ104、及び専用ハードウェア108を含む処理回路106を備える。図5は、制御装置10が有する機能の一部を専用ハードウェア108によって実現する例を示す。制御装置10が有する機能の全部を専用ハードウェア108によって実現しても良い。専用ハードウェア108として、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC、FPGA、又はこれらの組み合わせを採用できる。なお、上述した制御装置10のハードウェア資源についての変形例は、後述する他の実施の形態の制御装置10にも適用することができる。
【0087】
1-6-2.トルク定数同定処理
トルク定数同定処理に利用する電流値Ium及びIdmを取得する基準位置は、トルクUr及び-Urが互いにゼロとなる昇降行程の中間位置に近い位置である方が好ましいが、必ずしも中間位置である必要はなく、中間位置の近郷の位置でもよい。また、電流値Ium及びIdmを取得する基準位置は、中間位置を挟んで対称な位置でもよい。この場合、トルク定数同定部18は、例えば、上昇運転による定速運転中において中間位置から-hとなる位置で電流値Iumを取得し、下降運転による定速運転中において中間位置から+hとなる位置で電流値Idmを取得すればよい。
【0088】
1-6-3.イナーシャ同定処理
イナーシャ同定処理において、第一位置は第四位置に近い位置であるほど好ましいが、必ずしも同位置である必要はなく、例えば第四位置の近傍の位置でもよい。同様に、第二位置は第三位置と同位置であることが好ましいが、必ずしも同位置である必要はなく、例えば第三位置の近傍の位置でもよい。
【0089】
上昇運転時の加速度auaは下降運転時の加速度adaに近い値であるほど好ましいが、必ずしも同値である必要はなく、例えば加速度adaの近傍値でもよい。同様に、上昇運転時の減速度audは下降運転時の減速度addに近い値であるほど好ましいが、必ずしも同値である必要はなく、例えば減速度addの近傍値でもよい。
【0090】
実施の形態2.
2-1.実施の形態2におけるエレベーターの特徴
上述した実施の形態1のエレベーターでは、かご6への荷重付加によるイナーシャJの変化を考慮していない。これに対して、実施の形態2のエレベーターでは、かご荷重に応じたイナーシャJを算出し、かご荷重に応じて制御ゲインを適正化する制御に特徴を有している。
【0091】
図6は、かご荷重WとイナーシャJとの関係を示す図である。この図に示す例では、異なる3種の荷重条件において同定したイナーシャJを図示している。荷重条件が異なる複数のイナーシャJがある場合、それらを線形補完することによってかご荷重Wに応じたイナーシャJを同定することができる。なお、イナーシャの線形補間を行う場合は、少なくとも2つの異なる荷重条件に対応するイナーシャJの同定値があればよい。また、補完手法は線形補間に限らず、任意の関数による補間でもよい。かご荷重Wに応じたイナーシャJは次式(24)の関係式で表される。
【0092】
J = A×W+B ・・・(24)
【0093】
式(24)に示す関係式の係数A及びBは、異なる荷重条件で同定したイナーシャJを用いて求めることができる。図6に示す例では、第一荷重条件において同定されたイナーシャJ1、第二荷重条件において同定されたイナーシャJ2、及び第三荷重条件において同定されたイナーシャJ3、の3点を取得し、かご荷重Wの一次関数としてモデル化し、係数AとBを求める構成としている。なお、線形補間の手法は上記に限らず、より多くの荷重条件でイナーシャを同定し、例えば最小二乗法などによって線形補間してもよい。また、2つの荷重条件でイナーシャを同定して係数AとBを求めてもよい。
【0094】
ゲイン更新部22は、係数A及びBを演算して記憶している。ゲイン更新部22は、式(24)に示す関係式に従い、かご荷重Wに応じたイナーシャJを演算し、演算したイナーシャJを用いて速度制御部14のゲインを更新する。このような制御によれば、かご6の荷重条件が変化した場合であっても、常に同じ制御性能で電動機3の速度制御を実施できるようになる。なお、かご6の荷重に応じたイナーシャの算出および速度制御ゲインの更新は、エレベーターが階床に着床し、乗客の乗降が終了して走行を開始する前に実施される。
【0095】
2-2.実施の形態2における制御装置において実行される具体的処理
図7は、実施の形態2の制御装置において実行されるルーチンのフローチャートである。なお、図7に示すルーチンでは、異なる3つの荷重条件においてイナーシャを同定する場合を例に説明するが、荷重条件の数は少なくとも2つあれば数に限定はない。なお、荷重条件の数を増やすほどイナーシャの同定精度は向上するが、イナーシャの同定に要する時間が長くなる。このため、これらのトレードオフを考慮した上で、荷重条件の数を決定すればよい。
【0096】
図7に示すルーチンのステップS200では、かご荷重WがW1である第一荷重条件においてエレベーターの上昇運転及び下降運転が実行される。ここでは、第一荷重条件において図3に示すルーチンのステップS100からステップS114の処理と同様の処理が実行される。
【0097】
次のステップS202では、トルク定数同定部18においてトルク定数Ktが同定される。ここでは、図3に示すルーチンのステップS116と同様の処理が実行される。
【0098】
次のステップS204では、イナーシャ同定部20においてイナーシャJ1が同定される。ここでは、第一荷重条件において図3に示すルーチンのステップS118と同様の処理が実行される。
【0099】
次のステップS206では、かご荷重WがW1と異なるW2である第二荷重条件においてエレベーターの上昇運転及び下降運転が実行される。ここでは、第二荷重条件において図3に示すルーチンのステップS100からステップS114の処理と同様の処理が実行される。
【0100】
次のステップS208では、イナーシャ同定部20においてイナーシャJ2が同定される。ここでは、第二荷重条件において図3に示すルーチンのステップS118と同様の処理が実行される。
【0101】
次のステップS210では、かご荷重WがW1及びW2と異なるW3である第三荷重条件においてエレベーターの上昇運転及び下降運転が実行される。ここでは、第二荷重条件において図3に示すルーチンのステップS100からステップS114の処理と同様の処理が実行される。
【0102】
次のステップS212では、イナーシャ同定部20においてイナーシャJ3が同定される。ここでは、第三荷重条件において図3に示すルーチンのステップS118と同様の処理が実行される。
【0103】
次のステップS214では、ゲイン更新部22においてかご荷重WとイナーシャJの関係式が算出される。ここでは、イナーシャJ1,J2,J3を線形補完することによって式(24)の係数A及びBが演算される。
【0104】
以上の説明から明らかなように、実施の形態2のエレベーターの制御装置10によれば、エレベーター100のかご荷重に応じて同定されたイナーシャJを用いて速度制御部14のゲインが更新される。これにより、かご荷重に応じて制御ゲインを適正化することができるので、かご荷重が変化したとしても制御性能を一定に保つことが可能となる。
【0105】
実施の形態3.
3-1.実施の形態3におけるエレベーターの制御装置の特徴
実施の形態3のエレベーターの制御装置は、かご荷重がゼロの状態で同定した基準イナーシャに対して、秤装置8で検出したかご荷重W分に相当するイナーシャ補正値を加算することで、かご6の荷重に応じたイナーシャを算出する制御に特徴を有している。
【0106】
かご荷重がゼロのときの基準イナーシャをJ0、かご荷重Wによるイナーシャ増分をイナーシャ補正値JWとすると、全体のイナーシャJは次式(25)で表すことができる。
【0107】
J = J0+JW ・・・(25)
【0108】
ここで、例えばエレベーター100が1:1ローピングの場合、JWは、綱車2の半径をrとかご荷重Wを用いた次式(26)によって計算することができる。
【0109】
JW=W×r^2 ・・・(26)
【0110】
したがって、かご荷重がゼロのときの基準イナーシャJ0を同定し、秤装置8によってかご荷重Wを計測すれば、式(25)及び(26)を用いてかご荷重に応じたイナーシャJを算出することができる。
【0111】
2-2.実施の形態3における制御装置において実行される具体的処理
図8は、実施の形態3の制御装置において実行されるルーチンのフローチャートである。図8に示すルーチンのステップS300では、かご荷重がゼロのときの基準イナーシャJ0が取得される。ここでは、かご荷重がゼロの状態において図3に示すルーチンの処理を実行することによって同定された基準イナーシャJ0が取得される。
【0112】
ステップS302において、エレベーター100が階床に着床して乗客の乗降が終了し、走行する前のタイミングにおいて、秤装置8によりかご荷重Wが検出される。次のステップS304では、ゲイン更新部22において、検出されたかご荷重Wを用いて、式(25)及び(26)によりイナーシャJが計算される。そして、ステップS306では、ゲイン更新部22において、ステップS304において計算されたイナーシャJを速度制御ゲインが更新される。本ルーチンにおけるゲインの更新が終了すると、エレベーター100の走行が行われる。
【0113】
以上の説明から明らかなように、実施の形態3のエレベーターの制御装置10によれば、かご荷重がゼロの状態で同定された基準イナーシャJ0と、エレベーター100の実際の運転時に検出されたかご荷重Wを用いてイナーシャJが計算される。これにより、速度制御部14において利用するゲインをかご荷重に応じて適切に更新することができる。また、イナーシャの同定は、かご荷重がゼロの状態でのみ実施すればよく、同定処理のための運転を簡素化することができる。
【0114】
4.その他
以上、好ましい実施の形態等について詳説したが、本開示は上述した実施の形態等に制限されることはなく、特許請求の範囲に記載された範囲を逸脱することなく、上述した実施の形態等に種々の変形及び置換を加えることができる。
【0115】
以下、本開示の諸態様を付記としてまとめて記載する。
【0116】
(付記1)
エレベーターの昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、
前記巻上機に流れる実電流値が前記電流指令値となるように前記巻上機を制御する電流制御部と、
前記実電流値又は前記電流指令値を含む電流値と、前記かごに作用するかご荷重とを用いて、前記巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、
前記電流値と、前記かごの加速度又は減速度と、前記トルク定数とを用いて、前記エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、
前記イナーシャと前記トルク定数とを用いて、前記速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、
を備えるエレベーターの制御装置。
(付記2)
前記トルク定数同定部は、
前記エレベーターの上昇運転において前記かごが前記昇降路の基準位置を等速度で通過するときの前記電流値と、前記エレベーターの下降運転において前記かごが前記基準位置を等速度で通過するときの前記電流値と、前記かご荷重と、を用いて、前記トルク定数を同定する
ように構成される付記1に記載のエレベーターの制御装置。
(付記3)
前記基準位置は、前記昇降路の昇降行程の中間位置である付記2に記載のエレベーターの制御装置。
(付記4)
前記イナーシャ同定部は、
前記昇降路の第一位置において、前記かごが上昇方向に加速運転しているときの前記電流値及び前記加速度である第一電流値及び第一加速度を取得し、
前記昇降路の第二位置において、前記かごが上昇方向に減速運転しているときの前記電流値及び前記減速度である第二電流値及び第二減速度を取得し、
前記第一電流値と、前記第一加速度と、前記第二電流値と、前記第二減速度と、前記トルク定数と、を用いて、第一イナーシャ同定値を算出し、
前記昇降路の第三位置において、前記かごが下降方向に加速運転しているときの前記電流値及び前記加速度である第三電流値及び第三加速度を取得し、
前記昇降路の第四位置において、前記かごが下降方向に減速運転しているときの前記電流値及び前記減速度である第四電流値及び第四減速度を取得し、
前記第三電流値と、前記第三加速度と、前記第四電流値と、前記第四減速度と、前記トルク定数と、を用いて、第二イナーシャ同定値を算出し、
前記第一イナーシャ同定値と前記第二イナーシャ同定値とに基づいて、前記イナーシャを同定する
ように構成される付記1から付記3の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
(付記5)
前記イナーシャ同定部は、
前記第一イナーシャ同定値と前記第二イナーシャ同定値の平均値を前記イナーシャとして同定する付記4に記載のエレベーターの制御装置。
(付記6)
前記第一位置は前記第四位置と同位置であり、
前記第二位置は前記第三位置と同位置である
付記4又は付記5に記載のエレベーターの制御装置。
(付記7)
前記第一加速度は前記第三加速度と同値であり、
前記第二減速度は前記第四減速度と同値である
付記4から付記6の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
(付記8)
前記イナーシャ同定部は、異なる複数の前記かご荷重のそれぞれにおいて前記イナーシャの同定を行うように構成され、
前記ゲイン更新部は、
同定したそれぞれの前記イナーシャを線形補間することで前記かご荷重ごとの前記イナーシャを算出し、前記ゲインを前記かご荷重ごとに更新する
ように構成される付記1から付記7の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
(付記9)
前記イナーシャ同定部は、前記かご荷重がゼロのときに前記イナーシャを同定するように構成され、
前記ゲイン更新部は、前記かご荷重がゼロのときに同定した前記イナーシャに前記かご荷重に応じたイナーシャ補正値を加算したイナーシャを用いて、前記かご荷重に応じた前記ゲインを更新する
ように構成される付記1から付記8の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
(付記10)
前記エレベーターの据付時において、
前記トルク定数同定部は前記トルク定数を同定し、前記イナーシャ同定部は前記イナーシャを同定する
ように構成される付記1から付記9の何れか1項に記載のエレベーターの制御装置。
【符号の説明】
【0117】
1 巻上機、 2 綱車、 3 電動機、 4 回転センサ、 5 主ロープ、 6 かご、 7 釣合い錘、 8 秤装置、 9 電流センサ、 10 制御装置、 12 速度検出部、 14 速度制御部、 16 電流制御部、 18 トルク定数同定部、 20 イナーシャ同定部、 22 ゲイン更新部、 100 エレベーター、 102 プロセッサ、 104 メモリ、 106 処理回路、 108 専用ハードウェア
【要約】
【課題】エレベーターの特殊な運転条件を必要とせずに、エレベーターのイナーシャ及びトルク定数を同定し、巻上機の制御に用いられる制御ゲインを適正化する。
【解決手段】エレベーターの制御装置は、昇降路を走行するかごの速度が速度指令値となるように巻上機に流れる電流の電流指令値を計算する速度制御部と、巻上機に流れる実電流値が電流指令値となるように巻上機を制御する電流制御部と、実電流値又は電流指令値を含む電流値と、かごに作用するかご荷重とを用いて、巻上機のトルク定数を同定するトルク定数同定部と、電流値と、かごの加速度又は減速度と、トルク定数とを用いて、エレベーターのイナーシャを同定するイナーシャ同定部と、イナーシャとトルク定数とを用いて、速度制御部の計算で用いるゲインを更新するゲイン更新部と、を備える。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8