IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-鋼板、部材およびそれらの製造方法 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】鋼板、部材およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250701BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20250701BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20250701BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20250701BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 H
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024547725
(86)(22)【出願日】2024-03-21
(86)【国際出願番号】 JP2024011163
(87)【国際公開番号】W WO2024203779
(87)【国際公開日】2024-10-03
【審査請求日】2024-08-13
(31)【優先権主張番号】P 2023058449
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】知場 三周
(72)【発明者】
【氏名】木村 英之
(72)【発明者】
【氏名】松井 洋一郎
(72)【発明者】
【氏名】野口 琴未
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-083403(JP,A)
【文献】特表2019-502819(JP,A)
【文献】特開2015-113505(JP,A)
【文献】特表2019-531408(JP,A)
【文献】国際公開第2022/138396(WO,A1)
【文献】国際公開第2023/053908(WO,A1)
【文献】国際公開第2023/053909(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05~0.25%、
Si:0.30~1.50%、
Mn:1.5~4.5%、
P:0.005~0.050%、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.332%以下、
N:0.015%未満を含有し、
以下の式(1)を満たし、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成と、
ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下であり、
上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトとの合計面積率:20%以上80%以下であり、
残留オーステナイトの体積率:5%以上20%以下であり、
焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)であり、
残部組織の面積率:5%以下である鋼組織と、
を有し、
鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満足する、鋼板。
[Si]/[Mn]≦0.35 ・・・式(1)
[Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(1)において、[Si]はSi含有量(質量%)であり、[Mn]はMn含有量(質量%)であり、
式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記成分組成として、さらに、質量%で、
Ti:0.1%以下、
B:0.001%以下、
Cu:1%以下、
Ni:1%以下、
Cr:1%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下、
Nb:0.1%以下、
Mg:0.0050%以下、
Ca:0.0050%以下、
Sn:0.1%以下、
Sb:0.1%以下、
REM:0.0050%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の鋼板を用いてなる部材。
【請求項4】
請求項1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、
前記焼鈍は、
前記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、前記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、
前記均熱温度から350~550℃の第一冷却停止温度までの温度範囲を第一平均冷却速度:2~50℃/sとして前記第一冷却停止温度まで冷却する第一冷却工程と、
前記第一冷却停止温度で冷却を停止した後に、350~550℃の温度範囲で10~60s滞留させた後、
100~300℃の第二冷却停止温度まで第二平均冷却速度:2~50℃/sで冷却を行う第二冷却工程と、
前記第二冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持する再加熱保持工程と、
を含む、ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下であり、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトとの合計面積率:20%以上80%以下であり、残留オーステナイトの体積率:5%以上20%以下であり、焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)であり、残部組織の面積率:5%以下である鋼組織と、を有し、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満足する、鋼板の製造方法
Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・(3)
ここで、式(3)において、tは前記均熱温度における保持時間(s)、Tdpは前記露点(℃)を示す。
【請求項5】
請求項1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、
前記焼鈍は、
前記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、前記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、
前記均熱温度から100~300℃の冷却停止温度まで平均冷却速度:2~50℃/sとして前記冷却停止温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持する再加熱保持工程と、
を含む、ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下であり、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトとの合計面積率:20%以上80%以下であり、残留オーステナイトの体積率:5%以上20%以下であり、焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)であり、残部組織の面積率:5%以下である鋼組織と、を有し、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満足する、鋼板の製造方法
Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・(3)
ここで、式(3)において、tは前記均熱温度における保持時間(s)、Tdpは前記露点(℃)を示す。
【請求項6】
請求項1または2に記載の鋼板に、成形加工、接合加工の少なくとも一方を施して部材とする工程を含む、部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、家電等においてプレス成形工程を経て使用される複雑な形状を有するプレス成形品用に好適で、かつ化成処理性に優れた鋼板、部材およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的なCO排出規制の高まりを背景に、自動車用鋼板の高強度化による車体重量の軽量化が一段と要求され、ボディやシート部品に対しても既存の440MPa級の冷延鋼板から590MPa級以上の高強度鋼板の適用が進められている。一般的に、鋼板を高強度化すると、延性や伸びフランジ性等のプレス成形性が低下し、プレス成形時の割れが生じやすくなり、形状の自由度が低下するため、単純な形状の部品への適用に限定される。したがって、高強度鋼板を複雑形状部品へ適用するためには成形性を維持あるいは向上させながら鋼板の高強度化を進めることが重要となる。
【0003】
このような背景から、鋼板の延性を向上させる技術として、鋼板のミクロ組織中に残留オーステナイト(残留γ)を分散させたTRIP鋼が開発されている。TRIP鋼の製造には均熱保持後、ベイナイト変態温度域での等温保持を行うオーステンパー処理と、冷却過程で一度マルテンサイト変態開始温度(Ms点)~マルテンサイト変態完了温度(Mf点)の間の温度域まで冷却し、その後、再加熱保持して残留オーステナイトを安定化させる、所謂、Q&P;Quenching & Partitioning(焼入れとマルテンサイトからオーステナイトへの炭素の分配)という熱処理プロセスが用いられる。いずれの熱処理プロセスにおいても、ミクロ組織中に残留γを形成させるため、炭化物析出を抑制し得るSiが多量に添加されている。また、Q&Pでは、冷却過程において一部の組織をマルテンサイト変態させ、その後の再加熱保持によりマルテンサイト組織が焼戻されることで組織中の異相間硬度差を減少させ、延性のみならず、穴広げ性も向上する熱処理プロセスである。
例えば、特許文献1では、Siを0.6~2.5%含有する冷延鋼板を750℃以上の第一均熱温度で保持後、150~350℃の温度域の冷却停止温度まで冷却した後、350~500℃の温度域まで再加熱することで、残留オーステナイトを体積分率で5~15%を確保し、980MPa以上のTSと伸びが17%である延性を両立し、かつ穴広げ率が50%である優れた穴広げ性を有する鋼板およびその製造方法を開示している。
【0004】
一方、Si含有量の増加に伴い、焼鈍後の鋼板表面にSiが濃化し、Si系酸化物が形成されることで化成処理性は劣化することが知られている。この課題に対して、例えば、特許文献2では、鋼板表面にSiが濃化しないようにNiを添加して、化成処理性を改善させる方法が開示されている。
また、特許文献3ではSiとともに表面に濃化するMnの含有量について、Si/Mn比が0.40以下となるように適切に制御することで、表面にMn-Si複合酸化物を形成させて化成処理性を改善させる方法が開示されている。
また、特許文献4では、焼鈍後の酸洗またはブラシ処理によりSi系酸化物を直接除去することで化成処理性を改善する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5821911号公報
【文献】特許第2951480号公報
【文献】特許第3889768号公報
【文献】特開2003-201538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように高強度鋼板の延性改善にはSi添加が有効であるものの、Siを積極的に活用して高加工性を確保する場合において、Si含有量と鋼板の化成処理性とはトレードオフの関係となる。特許文献2、特許文献4で開示された方法は、Si含有量の高い鋼において化成処理性を改善する方法として有効であるが、含有させる合金元素や焼鈍条件等を調整した他の技術の確立も希求されていた。
また、特許文献3で開示されている方法においても、必ずしも良好な化成処理性が確保されないことが発明者らの検討で明らかとなった。
このように、優れた延性および化成処理性を有しつつ、さらには穴広げ性を有する高強度の鋼板の技術としては、新たな技術の確立が求められていた。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は優れた延性、穴広げ性および化成処理性を具備し、引張強度が780MPa以上である鋼板、部材およびそれらの製造方法を提供することにある。
【0008】
ここで、引張強度は、JIS Z2241(2011)に準拠して得られる引張強度(TS)のことを指す。
【0009】
また、延性に優れるとは、JIS Z2241(2011)に準拠して得られる全伸びELが以下の(A)~(C)のいずれかを満たすことを指す。
(A)TS:780MPa以上980MPa未満の場合、EL:16.0%以上、
(B)TS:980MPa以上1180MPa未満の場合、EL:14.0%以上、
(C)TS:1180MPa以上の場合、EL:12.0%以上
【0010】
また、穴広げ性に優れるとは、実用上必要な穴広げ性を担保するため、JFST1001の規定に準拠した穴広げ試験により得られる穴広げ率λ(%)(={(d-d)/d}×100)がいずれのTSレベルにおいても45%以上であることを指す。
【0011】
また、化成処理性に優れるとは、脱脂(処理温度;40℃、処理時間;120秒、スプレー脱脂、脱脂剤;日本パーカライジング社製FC-E2011)、表面調整(pH9.5、処理温度;室温、処理時間;20秒、表面調整剤;日本パーカライジング社製PL-X)を行い、その後にリン酸亜鉛化成処理液を用いて化成処理(化成処理液の温度;35℃、処理時間;120秒、化成処理液;日本パーカライジング社製パルボンドPB-L3065)を行い、地鉄が露出する領域が全領域に対して10%未満であることを指す。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するため、780MPa以上の引張強度を有する種々の薄鋼板について、延性および化成処理性に及ぼす鋼成分、熱処理条件およびミクロ組織について鋭意検討した。その結果、質量%で、C:0.05~0.25%、Si:0.30~1.50%、Mn:1.5~4.5%、P:0.005~0.050%、S:0.01%以下、sol.Al:1.0%未満、N:0.015%未満を含有し、以下の式(1)を満たし、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成とし、ポリゴナルフェライトの面積率を10%以上70%以下とし、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトとの合計の面積率を20%以上80%以下とし、残留オーステナイト(残留γ)の体積率を5%以上20%以下とし、焼入れマルテンサイトの面積率を13%以下(0%を含む)とし、さらに残部組織からなる鋼組織とした上で、鋼板表面から板厚方向にグロー放電分析法で測定したPの発光強度を分析した時、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満たすように、局所的にPが濃化した鋼組織とすることで、優れた延性、穴広げ性および化成処理性を具備する高強度冷延鋼板が得られることを知見した。
[Si]/[Mn]≦0.35 ・・・式(1)
[Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(1)において、[Si]はSi含有量(質量%)であり、[Mn]はMn含有量(質量%)であり、
式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
【0013】
本発明は、上記知見に基づきなされたもので、その要旨は以下の通りである。
[1]質量%で、
C:0.05~0.25%、
Si:0.30~1.50%、
Mn:1.5~4.5%、
P:0.005~0.050%、
S:0.01%以下、
sol.Al:1.0%未満、
N:0.015%未満を含有し、
以下の式(1)を満たし、
残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成と、
ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下であり、
上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトとの合計面積率:20%以上80%以下であり、
残留オーステナイトの体積率:5%以上20%以下であり、
焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)である鋼組織と、
を有し、
鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満足する、鋼板。
[Si]/[Mn]≦0.35 ・・・式(1)
[Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(1)において、[Si]はSi含有量(質量%)であり、[Mn]はMn含有量(質量%)であり、
式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
[2]前記成分組成として、さらに、質量%で、
Ti:0.1%以下、
B:0.001%以下、
Cu:1%以下、
Ni:1%以下、
Cr:1%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下、
Nb:0.1%以下、
Mg:0.0050%以下、
Ca:0.0050%以下、
Sn:0.1%以下、
Sb:0.1%以下、
REM:0.0050%以下、
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、前記[1]に記載の鋼板。
[3]前記[1]または[2]に記載の鋼板を用いてなる部材。
[4]前記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、
前記焼鈍は、
前記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、前記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、
前記均熱温度から350~550℃の第一冷却停止温度までの温度範囲を第一平均冷却速度:2~50℃/sとして前記第一冷却停止温度まで冷却する第一冷却工程と、
前記第一冷却停止温度で冷却を停止した後に、350~550℃の温度範囲で10~60s滞留させた後、
100~300℃の第二冷却停止温度まで第二平均冷却速度:2~50℃/sで冷却を行う第二冷却工程と、
前記第二冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持する再加熱保持工程と、
を含む、鋼板の製造方法。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・(3)
ここで、tは前記均熱温度における保持時間(s)、Tdpは前記露点(℃)を示す。
[5]前記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、
前記焼鈍は、
前記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、前記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、
前記均熱温度から100~300℃の冷却停止温度まで平均冷却速度:2~50℃/sとして前記冷却停止温度まで冷却する冷却工程と、
前記冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持する再加熱保持工程と、
を含む、鋼板の製造方法。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・(3)
ここで、tは前記均熱温度における保持時間(s)、Tdpは前記露点(℃)を示す。
[6]前記[1]または[2]に記載の鋼板に、成形加工、接合加工の少なくとも一方を施して部材とする工程を含む、部材の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、引張強度TSが780MPa以上の高強度で、優れた延性、穴広げ性および化成処理性を具備した鋼板および部材が得られる。
本発明の鋼板を自動車車体の骨格部材に適用する場合、複雑形状の難成形性部材を冷間プレス加工により製造できるため、自動車の車体軽量化に大きく貢献できる。高価な合金元素や焼鈍後の後処理による化成処理性の改善が不要で、材料コストを低減することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明のPの最大濃度[Pm]を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0017】
(鋼板)
本発明の鋼板は、質量で、C:0.05~0.25%、Si:0.30~1.50%、Mn:1.5~4.5%、P:0.005~0.050%、S:0.01%以下、sol.Al:1.0%未満、N:0.015%未満を含有し、以下の式(1)を満たし、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成と、ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下であり、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトの合計面積率:20%以上80%以下であり、残留オーステナイトの体積率:5%以上20%以下であり、焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)である鋼組織と、を有し、表面から板厚方向にグロー放電分析法で測定したPの発光強度を分析した時、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、以下の式(2)を満足する、引張強度TSが780MPa以上の高強度であり、延性、穴広げ性および化成処理性に優れる鋼板である。
[Si]/[Mn]≦0.35 ・・・式(1)
[Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
ここで、式(1)において、[Si]はSi含有量(質量%)であり、[Mn]はMn含有量(質量%)であり、
式(2)において、[P]はP含有量(質量%)である。
【0018】
以下、成分組成、鋼組織の順で本発明の鋼板を説明する。まず、本発明の成分組成の限定理由を説明する。なお、以下の説明において、鋼の成分を示す%は、特に説明の無い限り、すべて質量%である。
【0019】
<C:0.05~0.25%>
Cは、変態強化により所定の強度を確保した上で、所定量の残留オーステナイト(以下、残留γとも記す。)を確保して延性を向上させる観点から含有する。C含有量が0.05%未満では、これらの効果が十分に確保できない。
一方、C含有量の上限は、プレス成形性において重要な穴広げ性や、自動車部材に成形後、車体に組み込む際のスポット溶接あるいはレーザー溶接時に重要な溶接性等の懸念から、0.25%とする。
このため、C含有量は0.05~0.25%とする。C含有量は、好ましくは0.08%以上であり、より好ましくは0.10%以上である。また、C含有量は、好ましくは0.22%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0020】
<Si:0.30~1.50%>
Siは、フェライトを強化して強度を上昇させる観点、およびマルテンサイトやベイナイト中の炭化物生成を抑制し、所定量の残留γを確保して延性を向上させる観点から含有する。Si含有量が0.30%未満ではこれらの効果が十分に確保できない。
一方、Si含有量が1.50%を超えると、本発明で規定する製造方法であっても良好な化成処理性を確保することができない。
このため、Si含有量は0.30~1.50%とする。Si含有量は、好ましくは0.35%以上、より好ましくは0.40%以上である。また、Si含有量は、好ましくは1.20%以下、より好ましくは1.00%以下である。
【0021】
<Mn:1.5~4.5%>
Mnは、鋼板の焼入れ性を向上させ、変態強化による高強度化を促進する観点、およびSiと同様にベイナイト中の炭化物の生成を抑制し、延性に寄与する残留オーステナイトの形成を促進させて延性を向上させる観点から含有する。これらの効果を得るために、Mn含有量は1.5%以上必要となる。
一方、Mn含有量が4.5%を超えると、ベイナイト変態が著しく遅延し、所定量の残留オーステナイトを確保できず、延性が低下する。また、Mn含有量が4.5%を超えると、マルテンサイト変態開始温度の低温化により、粗大な焼入れマルテンサイトの生成を抑制することは難しくなり、伸びフランジ成形性(穴広げ性)が劣化する。
このため、Mn含有量は1.5%以上4.5%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.8%以上であり、より好ましく2.0%以上である。また、Mn含有量は、好ましくは3.5%以下であり、より好ましくは3.0%以下である。
【0022】
<P:0.005~0.050%>
Pは、鋼を強化する元素である。また、P含有量を適切に制御することで、焼鈍後の鋼板表面にPの表面濃化部を生じさせ、もって化成処理性を改善することができる元素であり、この観点から、P含有量は0.005%以上とする。
一方、Pは、その含有量が多いとスポット溶接性を劣化させる。この観点から、P含有量は0.050%以下とする。
従って、P含有量は0.005~0.050%とする。P含有量は、好ましくは0.007%以上であり、より好ましくは0.009%以上である。また、P含有量は、好ましくは0.040%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。
【0023】
<S:0.01%以下>
Sは、熱間圧延でのスケール剥離性を改善する効果、焼鈍時の窒化を抑制する効果があるが、スポット溶接性、曲げ性、穴広げ性に対して悪影響をもたらす元素である。これらの悪影響を低減するために、少なくともS含有量は0.01%以下とし、0.0050%以下とすることが好ましい。
なお、Sを含まなくてもよいが、0.0001%未満に低減するには多大なコストがかかるため、S含有量は製造コストの観点から0.0001%以上とすることが好ましい。S含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。
【0024】
<sol.Al:1.0%未満>
Alは、脱酸のため、あるいは残留γを得る目的で含有する。sol.Alの下限は特に規定しないが、安定して脱酸を行うために、sol.Al含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、sol.Al含有量が1.0%以上となると、Al系の粗大介在物が多量に増加し、伸びフランジ成形性(穴広げ性)が低下する。また、Alは鋼板の化成処理性を劣化させる元素であり、sol.Al含有量が1.0%以上となると、本発明においても良好な化成処理性が確保できない。このため、sol.Al含有量は1.0%未満とする。sol.Al含有量は、好ましくは0.80%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0025】
<N:0.015%未満>
Nは、鋼中でBN、AlN、TiN等の窒化物を形成する元素であり、伸びフランジ成形性(穴広げ性)を低下させるので、その含有量を制限する必要がある。したがって、N含有量は、0.015%未満とする。N含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.006%以下である。
なお、Nを含まなくてもよいが、0.0001%未満に低減するには多大なコストがかかるため、N含有量は製造コストの点から0.0001%以上であることが好ましい。N含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.001%以上である。
【0026】
<[Si]/[Mn]≦0.35・・・式(1)>
式(1)において、[Si]はSi含有量(質量%)であり、[Mn]はMn含有量(質量%)である。
[Si]/[Mn](Si/Mn比)は、焼鈍時に形成する表面酸化物のSiとMnの成分比を決定するものである。本発明で規定する製造条件の範囲においては、[Si]/[Mn]が0.35超となると良好な化成処理性が確保されない。このため、[Si]/[Mn]は0.35以下とする。[Si]/[Mn]は好ましくは0.32以下であり、より好ましくは0.30以下である。また、下限は特に限定されないが、[Si]/[Mn]は好ましくは0.10以上であり、より好ましくは0.15以上である。
【0027】
本発明における鋼板の成分組成は、上記の成分元素を基本成分として含有し、残部は鉄(Fe)及び不可避的不純物を含む。なお、本発明における鋼板の成分組成は、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。
【0028】
本発明の鋼板の成分組成は、上記成分に加えて、以下から選んだ1種または2種以上を任意元素(選択元素)として適宜含有することができる。
Ti:0.1%以下、B:0.001%以下、Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下、Mo:0.5%以下、V:0.5%以下、Nb:0.1%以下、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0050%以下、Sn:0.1%以下、Sb:0.1%以下、REM:0.0050%以下
【0029】
<Ti:0.1%以下>
Tiは鋼中のNをTiNとして固定し、熱間延性を向上させる効果やBの焼入れ性向上効果を生じさせる作用がある。また、TiCの析出により組織を微細化する効果がある。これらの効果を得るためにTi含有量を0.002%以上にすることが望ましい。Nを十分固定する観点からはTi含有量は0.008%以上とすることがさらに好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.010%以上である。
一方、Ti含有量が0.1%を超えると圧延負荷の増大、析出強化量の増加による延性の低下を招くので、Tiを含有する場合、Ti含有量は0.1%以下とする。好ましくは、Ti含有量は、0.05%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。
【0030】
<B:0.001%以下>
Bは、鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、所定の面積率の焼戻しマルテンサイトおよび/またはベイナイトを生成させやすい利点を有する。従って、B含有量を0.0005%以上にすることが好ましい。
一方、B含有量が0.001%を超えると、焼鈍時に酸化物への濃化が生じ、酸化物の粗大化を助長し、化成処理性が劣化する。したがって、Bを含有する場合、B含有量は0.001%以下とする。
【0031】
<Cu:1%以下>
Cuは、自動車の使用環境での耐食性を向上させる。また、Cuの腐食生成物が鋼板表面を被覆して鋼板への水素侵入を抑制する効果がある。Cuは、スクラップを原料として活用するときに混入する元素であり、Cuの混入を許容することでリサイクル資材を原料資材として活用でき、製造コストを低減することができる。このような観点から、Cuは0.005%以上含有させることが好ましく、さらに耐遅れ破壊特性向上の観点からは、Cuは0.05%以上含有させることがより好ましい。Cu含有量は、さらに好ましくは0.10%以上である。より好ましくは、Cu含有量は、0.25%以上であり、さらにより好ましくは、0.50%以上である。
しかしながら、Cu含有量が多くなりすぎると表面欠陥の発生を招来するので、Cuを含有する場合、Cu含有量は1%以下とする。
【0032】
<Ni:1%以下>
Niも、Cuと同様、耐食性を向上させる作用のある元素である。また、Niは、Cuを含有させる場合に生じやすい、表面欠陥の発生を抑制する作用がある。このため、Niは0.01%以上含有させることが望ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.04%以上であり、さらに好ましくは0.06%以上である。
しかしながら、Ni含有量が多くなりすぎると、加熱炉内でのスケール生成が不均一になり、却って表面欠陥を発生させる原因になる。また、コスト増も招く。このため、Niを含有する場合、Ni含有量は1%以下とする。好ましくは、Ni含有量は、0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。
【0033】
<Cr:1%以下>
Crは、鋼の焼入れ性を向上させる効果、マルテンサイトや上部/下部ベイナイト中の炭化物生成を抑制する効果から含有することができる。このような効果を得るには、Cr含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.06%以上である。
しかしながら、Crを過剰に含有すると耐孔食性が劣化するため、Crを含有する場合、Cr含有量は1%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.3%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。
【0034】
<Mo:0.5%以下>
Moは、鋼の焼入れ性を向上させる効果、マルテンサイトや上部/下部ベイナイト中の炭化物生成を抑制する効果から含有することができる。このような効果を得るには、Mo含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.06%以上である。より好ましくは、Mo含有量は、0.1%以上であり、さらにより好ましくは、0.2%以上である。
しかしながら、Moは冷延鋼板の化成処理性を著しく劣化させるため、Moを含有する場合、Mo含有量は0.5%以下とする。
【0035】
<V:0.5%以下>
Vは、鋼の焼入れ性を向上させる効果、マルテンサイトや上部/下部ベイナイト中の炭化物生成を抑制する効果、組織を微細化する効果、炭化物を析出させ耐遅れ破壊特性を改善する効果から含有することができる。これらの効果を得るためには、V含有量は0.003%以上とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、さらに好ましくは0.010%以上である。さらにより好ましくは、V含有量は、0.020%以上であり、0.050%以上であることがより一層好ましい。
しかしながら、Vを多量に含有すると鋳造性が著しく劣化するため、Vを含有する場合、V含有量は0.5%以下とする。好ましくは、V含有量は、0.3%以下であり、より好ましくは0.2%以下である。V含有量は、好ましくは0.2%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。
【0036】
<Nb:0.1%以下>
Nbは、鋼組織を微細化し高強度化する効果、細粒化を通じてベイナイト変態を促進する効果、曲げ性を改善する効果、耐遅れ破壊特性を向上させる効果から含有することができる。これらの効果を得るためには、Nb含有量は0.010%以上とすることが好ましい。Nb含有量は、好ましくは0.015%以上であり、より好ましくは0.020%以上である。
しかしながら、Nbを多量に含有すると析出強化が強くなりすぎ延性が低下する。また、圧延荷重の増大、鋳造性の劣化を招く。このため、Nbを含有する場合、Nb含有量は0.1%以下とする。好ましくは、Nb含有量は、0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0037】
<Mg:0.0050%以下>
Mgは、MgOとしてOを固定し、曲げ性などの成形性の改善に寄与する。このため、Mg含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。Mg含有量は、好ましくは0.0010%以上であり、より好ましくは0.0015%以上である。
一方、Mgを多量に添加すると表面品質や曲げ性が劣化するので、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.0050%以下とする。好ましくは、Mg含有量は0.0040%以下である。
【0038】
<Ca:0.0050%以下>
Caは、SをCaSとして固定し、曲げ性の改善や耐遅れ破壊特性の改善に寄与する。このため、Ca含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。
一方、Caは多量に添加すると表面品質や曲げ性を劣化させるので、Caを含有する場合、Ca含有量は0.0050%以下とする。好ましくは、Ca含有量は0.0040%以下である。
【0039】
<Sn:0.1%以下>
Snは、鋼板表層部の酸化や窒化を抑制し、それによるCやBの表層における含有量の低減を抑制する。この効果で、鋼板表層部のフェライト生成を抑制し、高強度化するとともに、耐疲労特性が改善する。このような観点から、Sn含有量は0.003%以上とすることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.015%以上である。Sn含有量は、好ましくは0.020%以上であり、より好ましくは0.030%以上である。
一方、Sn含有量が0.1%を超えると、鋳造性が劣化する。また、旧γ粒界にSnが偏析して、耐遅れ破壊特性が劣化する。そのため、Snを含有する場合、Sn含有量は0.1%以下とする。
【0040】
<Sb:0.1%以下>
Sbは、鋼板表層部の酸化や窒化を抑制し、それによるCやBの表層における含有量の低減を抑制する。この効果で、鋼板表層部のフェライト生成を抑制し、高強度化するとともに、耐疲労特性が改善する。このような観点から、Sb含有量は0.002%以上とすることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.004%以上であり、さらに好ましくは0.006%以上である。より好ましくは、Sb含有量は、0.008%以上であり、さらにより好ましくは、0.010%以上である。Sb含有量は、好ましくは0.015%以上であり、より好ましくは0.030%以上である。
一方、Sb含有量が0.1%を超えると、鋳造性が劣化し、また、旧γ粒界に偏析して、耐遅れ破壊特性が劣化する。そのため、Sbを含有する場合、Sb含有量は0.1%以下とする。
【0041】
<REM:0.0050%以下>
REMは、硫化物の形状を球状化することで、伸びフランジ成形性に及ぼす硫化物の悪影響を抑制し、伸びフランジ成形性を改善する元素である。これらの効果を得るために、REM含有量を0.0005%以上にすることが好ましい。REM含有量は、より好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0020%以上である。
一方、REM含有量が0.0050%を超えると、伸びフランジ成形性の改善効果が飽和するため、REMを含有する場合、REM含有量は0.0050%以下とする。
なお、本発明でいうREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)と原子番号39番のイットリウム(Y)、および原子番号57番のランタン(La)から71番のルテチウム(Lu)までのランタノイドの元素のことを指す。本発明におけるREM濃度とは、上述のREMから選択された1種または2種以上の元素の総含有量である。
【0042】
上記任意成分を下限値未満で含む場合、下限値未満で含まれる任意元素は本発明の効果を害さない。そこで、上記任意元素を下限値未満で含む場合、上記任意元素は、不可避的不純物として含まれるとする。
【0043】
次に、本発明が対象とする鋼板(材質安定性に優れた冷延鋼板)の機械的特性について説明する。
【0044】
本発明の鋼板は、引張強度(TS)は780MPa以上とする。引張強度の上限は特に限定されないが、他の特性との両立の観点から、引張強度は1300MPa以下であることが好ましい。
【0045】
本発明の鋼板では、優れた延性として、全伸びELは、TS:780MPa以上980MPa未満の場合、EL:16.0%以上、TS:980MPa以上1180MPa未満の場合、EL:14.0%以上、TS:1180MPa以上の場合、EL:12.0%以上を確保する。また、穴広げ性として、穴広げ率λを45%以上確保する。これにより、プレス成形の安定性は格段に向上する。
【0046】
引張特性の評価はJIS5号引張試験片を板幅中央位置から採取し、引張試験(JIS Z2241(2011)に準拠)をN=3で実施する。各評価については、3点の平均値に基づいて行う。引張強度が780MPa以上である鋼板を高強度鋼板とする。全伸びELはTS:780MPa以上980MPa未満の場合、16.0%以上、TS:980MPa以上1180MPa未満の場合、14.0%以上、TS:1180MPa以上の場合、12.0%以上を延性に優れる鋼板とする。また、穴広げ性はJFST1001の規定に準拠した穴広げ試験により得られる穴広げ率λ(%)(={(d-d)/d}×100)が45%以上であることを本発明の必須条件とする。
【0047】
次に、本発明の鋼板の鋼組織について、説明する。
【0048】
<ポリゴナルフェライトの面積率:10%以上70%以下>
高い延性を確保する観点から、ポリゴナルフェライトは面積率で10%以上とし、より高い延性を得るためには好ましくは20%以上とする。
一方、ポリゴナルフェライトが70%を超えると所望の強度が得られなくなる場合があるため、ポリゴナルフェライトは面積率で70%以下とし、好ましくは65%以下とし、より好ましくは60%とする。
【0049】
<上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトの合計の面積率:20%以上80%以下>
所望の強度を得るために、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトの合計の面積率は20%以上とし、より高強度を得るため、好ましくは25%以上とする。
一方、上部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトと下部ベイナイトの合計の面積率が80%を超えると、過度な高強度化により延性が低下するため、その面積率は80%以下とする。より好ましくは75%以下、さらに好ましくは70%以下とする。
【0050】
<残留オーステナイト(残留γ)の体積率:5%以上20%以下>
残留オーステナイトの体積率が5%を下回ると所望の延性を確保できなくなる場合がある。また、残留オーステナイトの体積率が5%を下回ると所望の強度を確保できなくなる場合がある。また、残留オーステナイトの体積率が5%を下回ると所望の穴広げ性を確保できなくなる場合がある。
延性の観点から残留オーステナイトの体積率は5%以上とし、好ましくは7%以上である。
一方、残留オーステナイトが20%を超えると、伸びフランジ成形性(穴広げ性)が低下するため、残留オーステナイトは20%以下とする。好ましくは、15%以下であり、より好ましくは13%以下である。
【0051】
<焼入れマルテンサイトの面積率:13%以下(0%を含む)>
硬質な焼入れマルテンサイト組織はλを低下させるため、その面積率を抑制する必要がある。実用上必要なλを得るために、焼入れマルテンサイトの面積率を13%以下とする。より安定的にλを得るために、焼入れマルテンサイトの面積率は、好ましくは11%以下、より好ましくは9%以下である。焼入れマルテンサイトの面積率は、0%であってもよく、5%以上であってもよい。
【0052】
<残部組織>
鋼組織については、上記以外については、残部組織からなる。残部組織の面積率は5%以下とすることが好ましい。残部組織は、未再結晶フェライト、炭化物、パーライトとしてよい。これらの組織は、後述のようにSEM観察で判定すればよい。
【0053】
<鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上でかつ、式(2)を満足>
[Pm]/[P]≧1.5 ・・・式(2)
式(2)において、[P]([Pi]と表記することもできる。)はP含有量(質量%)である。
化成処理性に及ぼす種々の元素、その表面濃化量、および焼鈍時に形成する酸化物種を鋭意検討した結果、酸化物の形成が認められない製造条件においても化成処理性が十分に確保できないことが明らかとなった。化成処理性が確保された鋼板について、表層近傍のPの最大濃度を後述の方法で定量評価した結果、表面から板厚方向にGDS(グロー放電分析法)で測定したPの発光強度を分析した時、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]が0.025mass%以上であり、かつ、式(2)を満足する鋼組織とすることで良好な化成処理性が確保されることを知見した。
詳細なメカニズムは不明であるが、表層のPの最大濃度が鋼成分に対して局所的に高くなることが重要であり、また、このPの最大濃度が十分でないと、化成処理後の化成結晶の形状が鱗片状であったことから、Pの局所的な表面濃化は化成処理性に悪影響を及ぼす表面のSi系酸化物、Si-Mn系酸化物の形成を抑制する効果を有すると考えられる。
[Pm]は、好ましくは0.030mass%以上であり、より好ましくは0.035mass%以上である。また、上限は特に限定されないが、[Pm]は、好ましくは0.100mass%以下であり、より好ましくは0.090mass%以下である。
[Pm]/[Pi]は、好ましくは1.7以上であり、より好ましくは1.9以上である。また、上限は特に限定されないが、[Pm]/[Pi]は、好ましくは10.0以下であり、より好ましくは9.0以下である。
【0054】
次に鋼組織の測定方法について説明する。
ポリゴナルフェライト、上部ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイト、焼入れマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)の面積率の測定は、圧延方向と平行な板厚断面を切り出し、鏡面研磨した後、1vol%ナイタールにて腐食し、1/4厚み位置で、SEMで5000倍にて25μm×20μmの範囲を10視野観察し、撮影した組織写真を画像解析で定量化する。
ポリゴナルフェライトは内部に殆ど炭化物を伴わず、比較的等軸なフェライトを対象とする。SEMでは最も黒色に見える領域である。
上部ベイナイトは、内部にSEMでは白色に見える炭化物または残留オーステナイトの生成を伴うフェライト組織である。なお上部ベイナイトとポリゴナルフェライトの識別が難しい場合は、アスペクト比≦2.0の形態のフェライトの領域をポリゴナルフェライトとし、アスペクト比>2.0の領域を上部ベイナイトに分類し面積率を算出する。ここで、アスペクト比は、粒子長さが最も長くなる長軸長さaを求め、それに垂直な方向で最も粒子を長く横切るときの粒子長さを短軸長さbとし、a/bをアスペクト比とする。
焼戻しマルテンサイトおよび下部ベイナイトは、SEMでは内部にラス状の下部組織と炭化物の析出を伴う領域である。
焼入れマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)は、SEMでは内部に下部組織が見えずに白く見える塊状の領域である。
残部組織は、未再結晶フェライト、炭化物およびパーライトのうちの少なくとも1つを含む組織のことであり、それぞれSEMにより、未再結晶フェライトは圧延加工により導入された変形組織を含む黒色のコントラストのフェライトとして、炭化物、パーライトは白いコントラストで確認することができる組織である。炭化物は粒子径が1μm以下の組織であり、また、パーライトはラメラー(層)状の組織であることから区別することが可能である。
【0055】
残留オーステナイトの体積率は、表層から1/4厚み位置を化学研磨し、X線回折にて求める。入射X線にはCo-Kα線源を用い、フェライトの(200)、(211)、(220)面とオーステナイトの(200)、(220)、(311)面の強度比から残留オーステナイトの体積率を計算する。ここで、残留オーステナイトはランダムに分布しているので、X線回折で求めた残留オーステナイトの体積率は、残留オーステナイトの面積率とすることができる。
【0056】
鋼板表面のPの表面濃化部の表面濃化量はGDS(島津製作所製)を使用して、Arガス圧力:600Pa、高周波出力:35W、測定時間間隔:0.1s、測定時間:150sの条件で、深さ方向(板厚方向)へのスパッタリング分析を行い、Pの表面濃化量を測定し、事前に求めた検量線により、鋼板表面から板厚方向1μm以内のPの最大濃度[Pm]を求める。なお、この測定条件においては表面からの測定位置d(μm)はスパッタ時間tsを用いてd=ts/1.7(μm)の式で得られる。
本発明では、図1に示すように、上記の150sの測定時間の中で、最も高いPの強度値を検量線によりmass%に換算した値を最大濃度([Pm])とする。
このmass%への換算方法としては、既知のP量を有する標準材を用い、同条件で測定して得られるデータにおいて、GDSで得られるP元素の強度(Intensity)とP量の相関を決定し、これにより測定した実施例のPの強度を濃度に換算する。
図1中、Piは、鋼板中のP含有量(質量%)である。
【0057】
(鋼板の製造方法)
次に、本発明の鋼板の製造方法について説明する。
<第一実施形態>
本発明の第一実施形態の鋼板の製造方法は、前述した成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、上記焼鈍は、上記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、上記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、上記均熱温度から350~550℃の第一冷却停止温度までの温度範囲を第一平均冷却速度:2~50℃/sとして第一冷却停止温度まで冷却する第一冷却工程と、第一冷却停止温度で冷却を停止した後に、350~550℃の温度範囲で10~60s滞留させた後、100~300℃の第二冷却停止温度まで第二平均冷却速度:2~50℃/sで冷却を行う第二冷却工程と、第二冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60~3000s保持する再加熱保持工程と、を含む、鋼板の製造方法である。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・式(3)
ここで、tは上記均熱温度における保持時間(均熱保持時間)(s)、Tdpは露点(℃)を示す。
【0058】
<熱間圧延>
鋼スラブを熱間圧延する方法には、スラブを加熱後圧延する方法、連続鋳造後のスラブを加熱することなく直接圧延する方法、連続鋳造後のスラブに短時間加熱処理を施して圧延する方法などがある。熱間圧延は、常法にしたがって実施すればよく、例えば、スラブ加熱温度は1100℃以上とすればよい。また、スラブ加熱温度は1300℃以下とすればよい。また、均熱温度は20min以上とすればよい。また、均熱温度は300min以下とすればよい。また、仕上圧延温度はAr3変態点以上とすればよい。また、仕上圧延温度はAr3変態点+200℃以下とすればよい。また、巻取温度は400℃以上とすればよい。また、巻取温度は720℃以下とすればよい。巻取温度は、板厚変動を抑制し高い強度を安定して確保する観点からは、制御することが好ましい。具体的には、巻取温度は、430℃以上することが好ましい。また、巻取温度は530℃以下とすることが好ましい。
なお、Ar3変態点は鋼板の成分と下記の経験式(A)から算出することができる。
r3点(℃)=910-310×[C]-80×[Mn]-20×[Cu]-15×[Cr]-55×[Ni]-80×[Mo] ・・・式(A)
(上記式中、[M]は、鋼スラブ中の元素Mの含有量(質量%)であり、含有しない元素の値は零(0)とする。)
【0059】
<酸洗>
酸洗は常法に従って行えばよい。
【0060】
<冷間圧延>
冷間圧延は常法に従って行えばよく、圧延率(累積圧延率)を30%以上とすればよい。また、圧延率(累積圧延率)は85%以下とすればよい。圧延率は、高い強度を安定して確保し、異方性を小さくする観点から制御することが好ましい。具体的には圧延率は35%以上とすることが好ましい。なお、圧延荷重が高い場合は、450~730℃でCAL(連続焼鈍ライン)またはBAF(箱焼鈍炉)にて軟質化の焼鈍処理をすることが可能である。
【0061】
<焼鈍>
常法に従って製造した冷延鋼板(冷間圧延鋼板)について、以下の条件で焼鈍を行う。焼鈍設備は特に限定されないが、生産性、および所望の加熱速度および冷却速度を確保するという観点から、連続焼鈍ライン(CAL)で実施することが好ましい。
【0062】
[均熱保持工程:露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、Tc以上の均熱温度に加熱し、均熱温度において30~500s保持]
露点は、焼鈍中の鋼板表面における酸化物形成に影響し、露点が-40℃超となると、鋼板表面に形成する酸化物量が過度に増加するため、化成処理性を劣化させる。このため、露点は-40℃以下とする。
下限は特に限定されないが、露点は、-70℃以上とすることが好ましく、-60℃以上とすることがより好ましい。
【0063】
本発明で得られる鋼板は軟質なフェライト組織を含み、もって延性を改善している。このため、均熱温度はフェライトが形成されるAc1点+20℃以上Ac3点以下とする。
【0064】
さらに、均熱温度をTc(℃)以上とすることで、鋼板表面に形成されるPの表面濃化部におけるPの表面濃化量を本発明で規定する量を確保することができる。Tcは式(3)において露点と均熱保持時間から算出される
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・式(3)
ここで、tは均熱温度における保持時間(s)、Tdpは露点(℃)を示す。
均熱温度がTc未満では所定のPの表面濃化量を確保できず、化成処理性が劣化する。このため、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、均熱温度は、Ac1点+20℃以上Ac3点以下で、かつTc(℃)以上とする。
【0065】
また、上記均熱温度で保持する時間(均熱保持時間)が30秒未満であると、上記均熱温度におけるオーステナイトの形成が十分に行われず、ポリゴナルフェライトが多くなり、所望の上部ベイナイト、焼戻しマルテンサイトおよび下部ベイナイトの合計面積率が得られずに、所望の強度が得られない場合があり、また、残留オーステナイトを十分に得ることができず、所望の延性が確保されない場合もある。
一方、上記均熱温度で保持する時間(均熱保持時間)が500秒超えであると、組織の粗大化が顕著に生じるため、所望の強度を確保できない。
よって、上記焼鈍温度で保持する時間(均熱時間)は、30~500秒とする。
均熱温度で保持する時間(均熱時間)は、好ましくは、60秒以上であり、より好ましくは100秒以上である。また、均熱温度で保持する時間(均熱時間)は、好ましくは、400秒以下であり、より好ましくは300秒以下である。
【0066】
なお、前記Ac1およびAc3は、以下の式(4)および式(5)の経験式から得られるAc1およびAc3を用いればよい。
c1=723+22×[C]-18×[Si]+17×[Cr]+4.5×[Mo]+16×[V] ・・・式(4)
c3=910-203×([C])1/2+44.7×[Si]-30×[Mn]+700×[P]+400×[sol.Al]-20×[Cu]+31.5×[Mo]+104×[V]+400×[Ti] ・・・式(5)
ここで、[M]は各元素の質量%である。
【0067】
[第一冷却工程:均熱温度から350~550℃の第一冷却停止温度までの温度範囲を第一平均冷却速度:2~50℃/sとして第一冷却停止温度まで冷却]
c1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、Tc以上である均熱温度での保持後(上記均熱保持工程後)、上記均熱温度から350~550℃の第一冷却停止温度までの温度範囲を第一平均冷却速度2~50℃/sで冷却する。
2℃/sを下回ると冷却中のフェライト変態が過度に進み、所望のポリゴナルフェライト量が得られないため、第一平均冷却速度は2℃/s以上とする。第一平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以上である。
一方、第一平均冷却速度が大きくなりすぎると、板形状が悪化するので、50℃/s以下とする。第一平均冷却速度は、好ましくは40℃/s以下であり、より好ましくは30℃/s未満である。
ここで、第一平均冷却速度とは、「(均熱温度(℃)-第一冷却停止温度(℃))/均熱温度から第一冷却停止温度までの冷却時間(秒)」である。
【0068】
[第二冷却工程(1):第一冷却停止温度で冷却を停止した後に、350~550℃の滞留温度で10s以上60s以下滞留]
上記の第一冷却停止温度以下、かつ350℃から550℃までの温度範囲(滞留温度)において、上部ベイナイトを形成させることで、当該温度で10s以上60s以下の滞留を行わない製造方法と比較して、多量の残留γを得ることができ、これにより延性の改善が可能となる。本発明の開示では、第二冷却工程(1):350~550℃の滞留温度での10s以上60s以下の滞留は所望の特性を考慮し、実施の有無を決定すればよい。
ベイナイト変態は潜伏期間があり、所望の量のベイナイトを得るためには、当該温度に一定時間滞留させなければならない。滞留開始温度(=第一冷却停止温度)と滞留終了温度を含む滞留温度域が350~550℃の範囲から外れる場合、および/または滞留させる時間(以下、滞留時間とも記す)が10s未満であると所望の量のベイナイトが得られず、残留オーステナイトの形成が抑制され、所望の延性が得られない場合がある。
一方、滞留時間が60sを超えると、ベイナイトから塊状の未変態γへのCの濃化が進行し、塊状組織の残存量の増加を招き、λの低下が懸念される。したがって、滞留時間は10s以上60s以下とする。この滞留時間は、好ましくは20s以上である。また、この滞留時間は、好ましくは50s以下である。
【0069】
[第二冷却工程(2):100~300℃の第二冷却停止温度まで第二平均冷却速度:2~50℃/sで冷却]
上記滞留後、過度にベイナイト変態が進行しないように速やかに冷却する必要がある。上記滞留終了温度から100℃以上300℃以下の第二冷却停止温度までの温度範囲の平均冷却速度(第二平均冷却速度)が2℃/s未満の場合、ベイナイト変態が過度に進行することで、残留オーステナイトが過度に増加し、また、所望する焼入れマルテンサイトの量が確保されず、強度低下を招く場合がある。第二平均冷却速度が2℃/s未満の場合、所望の延性や穴広げ性が得られない場合もある。
よって、滞留終了温度から100℃以上300℃以下の第二冷却停止温度までの温度範囲の第二平均冷却速度を2℃/s以上とする。第二平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以上であり、より好ましくは8℃/s以上とする。
この温度範囲の冷却速度が大きくなりすぎると、板形状が劣化するので、この温度範囲の冷却速度(第二平均冷却速度)は50℃/s以下とする。好ましくは40℃/s以下である。
第二冷却停止温度が300℃を超えると焼戻しマルテンサイトあるいは下部ベイナイトが所定の面積率にならず、焼鈍後の焼入れマルテンサイトの面積率が増加することで、穴広げ性が劣化する。
このため、第二冷却停止温度は300℃以下とする。第二冷却停止温度は、好ましくは280℃以下である。
一方、第二冷却停止温度が100℃未満となると、マルテンサイト変態が過度に生じるため、残留γを所定量得ることができない場合があること等から、延性を劣化させる。このため、第二冷却停止温度は100℃以上とする。第二冷却停止温度は、好ましくは220℃以上である。
ここで、第二平均冷却速度とは、「滞留終了温度(℃)-第二冷却停止温度(℃)/滞留終了温度から第二冷却停止温度までの冷却時間(秒)」である。
【0070】
[再加熱保持工程:第二冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持]
第二冷却工程後、マルテンサイトからオーステナイトへのC分配を促進するため、第二冷却停止温度から、第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで鋼板を加熱する。
再加熱温度が第二冷却停止温度+50℃未満の場合、マルテンサイトからオーステナイトへのC分配の効果が得られず、所望の体積率の残留オーステナイトが得られない。また、再加熱温度が450℃超では、過度にマルテンサイトの焼き戻しが生じ、所望のTSが得られない場合がある。また、オーステナイトの分解反応が生じることで、所望の体積率の残留オーステナイトが得られない。このため、再加熱温度は第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下とする。
また、平均加熱速度が2.0℃/s未満であると、炭素分配よりも炭化物析出が促進される結果、所望の体積率の残留オーステナイトが得られない。
よって、平均加熱速度は2.0℃/s以上とする。平均加熱速度は、好ましくは、4.0℃/s以上であり、より好ましくは、6.0℃/s以上である。また、平均加熱速度は、好ましくは、50.0℃/s以下であり、より好ましくは、35.0℃/s以下である。
【0071】
第二冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度での保持では形成したマルテンサイトの焼戻し処理による強度調整と残留γへのC濃化を促進する観点から実施する。上記再加熱温度での保持時間が60s未満では、焼戻しが不十分で強度の高いマルテンサイトが形成され、また、ベイナイト変態が十分に生じず、残留γへのC濃化が抑制されるため、残留γが減少するとともに、焼き入れマルテンサイトが増加することで、所望の延性、穴広げ性あるいはそのいずれもが確保されない場合がある。
一方、上記再加熱温度での保持時間が3000s超となると、残留オーステナイトの分解反応が生じ、所望の体積率の残留オーステナイトが得られず、延性を確保することができない。
従って、上記再加熱温度での保持時間は60s以上3000s以下とする。上記再加熱温度での保持時間は、好ましくは100s以上であり、より好ましくは150s以上である。上記再加熱温度での保持時間は、好ましくは2500s以下であり、より好ましくは2000s以下である。
【0072】
<第二実施形態>
本発明の第二実施形態の鋼板の製造方法は、前述した成分組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延、酸洗および冷間圧延を施した後、得られた冷延鋼板に対して、焼鈍を行う鋼板の製造方法であり、上記焼鈍は、上記冷延鋼板に対して、露点が-40℃以下の炉内雰囲気において、Ac1点+20℃以上Ac3点以下であり、かつ、式(3)で算出されるTc以上の均熱温度に加熱し、前記均熱温度において30~500s保持する均熱保持工程と、上記均熱温度から100~300℃の冷却停止温度までの温度範囲を平均冷却速度:2~50℃/sとして上記冷却停止温度まで冷却する冷却工程と、上記冷却停止温度から平均加熱速度:2.0℃/s以上で冷却停止温度+50℃以上450℃以下の再加熱温度まで加熱し、60s以上3000s以下保持する再加熱保持工程と、を含む、鋼板の製造方法である。
Tc(℃)=663-1.2×exp(20/t)×Tdp ・・・式(3)
ここで、tは均熱温度における保持時間(s)、Tdpは露点(℃)を示す。
【0073】
第二実施形態において、熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍の均熱保持工程における処理は第一実施形態と同様の条件で行うことができる。
また、第二実施形態では、第一実施形態の焼鈍における第一冷却工程における処理を省略することができる。
また、第二実施形態では、焼鈍における冷却工程が、第一実施形態の焼鈍における第二冷却工程に対応するが、本実施形態の冷却工程では、第一実施形態の第二冷却工程における滞留処理(350~550℃の温度範囲で10~60sの滞留)を省略することができる。
また、第二実施形態の焼鈍における再加熱保持工程は、第一実施形態の焼鈍における再加熱保持工程と比し、第二冷却停止温度を冷却停止温度としている点以外は、実質的に同様の条件とすることができる。
以下、本実施形態では、焼鈍における冷却工程について主に説明する。
【0074】
[冷却工程:均熱温度から100~300℃の冷却停止温度まで平均冷却速度:2~50℃/sで冷却]
上記均熱保持工程における処理後、過度にベイナイト変態が進行しないように速やかに冷却する必要がある。上記均熱温度から100℃以上300℃以下の冷却停止温度までの温度範囲の平均冷却速度が2℃/s未満の場合、フェライト変態が過度に進行して、所望するフェライトの量が確保されず、強度低下を招く場合がある。また、平均冷却速度が2℃/s未満の場合、過度なフェライト変態により所望の残留γが確保されず、延性が得られない場合がある。
よって、均熱温度から100℃以上300℃以下の冷却停止温度までの温度範囲の平均冷却速度を2℃/s以上とする。平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以上であり、より好ましくは8℃/s以上とする。
この温度範囲の冷却速度が大きくなりすぎると、板形状が劣化するので、この温度範囲の冷却速度(平均冷却速度)は50℃/s以下とする。好ましくは40℃/s以下である。
冷却停止温度が300℃を超えると焼戻しマルテンサイトあるいは下部ベイナイトが所定の面積率にならず、焼鈍後の焼入れマルテンサイトの面積率が増加することで、残留γが確保できず、延性が劣化する場合がある。
また、冷却停止温度が300℃超の場合、所望の穴広げ性が得られない場合がある。このため、冷却停止温度は300℃以下とする。冷却停止温度は、好ましくは280℃以下である。
一方、冷却停止温度が100℃未満となると、マルテンサイト変態が過度に生じるため、残留オーステナイトを所定量得ることができず、延性を劣化させる場合がある。このため、冷却停止温度は100℃以上とする。冷却停止温度は、好ましくは120℃以上である。
ここで、平均冷却速度とは、「均熱温度(℃)-冷却停止温度(℃)/均熱温度から冷却停止温度までの冷却時間(秒)」である。
【0075】
[板厚]
以上のようにして得られた本発明の鋼板は、板厚は0.5mm以上とすることが好ましい。また、板厚は3.0mm以下とすることが好ましい。
【0076】
(部材および部材の製造方法)
次に、本発明の部材およびその製造方法について説明する。
【0077】
本発明の部材は、本発明の鋼板に対して、成形加工、接合加工の少なくとも一方を施してなるものである。また、本発明の部材の製造方法は、本発明の鋼板に対して、成形加工、接合加工の少なくとも一方を施して部材とする工程を含む。
【0078】
本発明の鋼板は、引張強さが780MPa以上であり、優れた延性、穴広げ性および化成処理性を有している。そのため、本発明の鋼板を用いて得た部材も引張強さが780MPa以上であり、優れた延性、穴広げ性および化成処理性を有する。また、本発明の部材を用いれば、軽量化が可能である。したがって、本発明の部材は、例えば、車体骨格部品に好適に用いることができる。
【0079】
成形加工は、プレス加工等の一般的な加工方法を制限なく用いることができる。また、接合加工は、スポット溶接、アーク溶接等の一般的な溶接や、リベット接合、かしめ接合等を制限なく用いることができる。
【実施例
【0080】
<実施例1>
表1に示す成分組成を有する連続鋳造により製造したスラブを1200℃に加熱し、均熱時間は200minとし、仕上げ圧延温度は860℃以上とし、巻取り温度を550℃とする熱間圧延工程後、50%の圧延率で冷間圧延して製造した板厚1.4mmの冷延鋼板を、表2に示す焼鈍条件で処理し、本発明の鋼板と比較例の鋼板とを製造した。
【0081】
【表1】
【0082】
鋼組織の測定は、以下の方法で行った。測定結果は表3に示す。
ポリゴナルフェライト、上部ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、下部ベイナイト、焼入れマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)の面積率の測定は、圧延方向と平行な板厚断面を切り出し、鏡面研磨した後、1vol%ナイタールにて腐食し、1/4厚み位置で、SEMで5000倍にて25μm×20μmの範囲を10視野観察し、撮影した組織写真を画像解析で定量化した。
ポリゴナルフェライトは内部に殆ど炭化物を伴わず、比較的等軸なフェライトを対象とする。SEMでは最も黒色に見える領域である。
上部ベイナイトは、内部にSEMでは白色に見える炭化物または残留オーステナイトの生成を伴うフェライト組織である。なお上部ベイナイトとポリゴナルフェライトの識別が難しい場合は、アスペクト比≦2.0の形態のフェライトの領域をポリゴナルフェライトとし、アスペクト比>2.0の領域を上部ベイナイトに分類し面積率を算出した。ここで、アスペクト比は、粒子長さが最も長くなる長軸長さaを求め、それに垂直な方向で最も粒子を長く横切るときの粒子長さを短軸長さbとし、a/bをアスペクト比とした。
焼戻しマルテンサイトおよび下部ベイナイトは、SEMでは内部にラス状の下部組織と炭化物の析出を伴う領域である。
焼入れマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)は、SEMでは内部に下部組織が見えずに白く見える塊状の領域である。
残部組織は、炭化物および/またはパーライト組織のことであり、SEMでは白いコントラストで確認することができる組織である。炭化物は粒子径が1μm以下の組織であり、また、パーライトはラメラ―(層)状の組織であることから区別することが可能である。
【0083】
残留オーステナイトの体積率は、表層から1/4厚み位置を化学研磨し、X線回折にて求める。入射X線にはCo-Kα線源を用い、フェライトの(200)、(211)、(220)面とオーステナイトの(200)、(220)、(311)面の強度比から残留オーステナイトの体積率を計算した。
【0084】
得られた鋼板より、JIS5号引張試験片を採取し、引張試験(JIS Z2241(2011)に準拠)をN=3で実施した。各評価については、3点の平均値に基づいて行った。引張強度が780MPa以上である鋼板を強度に優れると判断した。全伸びELはTS:780MPa以上980MPa未満の場合、EL:16.0%以上、TS:980MPa以上1180MPa未満の場合、EL:14.0%以上、TS:1180MPa以上の場合、EL:12.0%以上を延性に優れると判断した。
また、JFST1001の規定に準拠した穴広げ試験をN=3で実施し、穴広げ率λ(%)(={(d-d)/d}×100)の平均を算出し、45%以上を穴広げ性に優れると判断した。
測定結果を表3に示す。
【0085】
焼鈍後の鋼板に対して、鋼板表面のPの表面濃化部の表面濃化量はGDS(島津製作所製)を使用して、Arガス圧力:600Pa、高周波出力:35W、測定時間間隔:0.1s、測定時間:150sの条件で、深さ方向へのスパッタリング分析を行い、表層近傍(鋼板表面から板厚方向1μm以内)のPの最大濃度を測定した。本測定では、0.005~0.020質量%の種々のP含有量を有する標準材によりPの検量線を求めた。
【0086】
焼鈍後の鋼板に対して、脱脂、表面調整を行い、その後にリン酸亜鉛化成処理液を用いて化成処理を行った。具体的には、脱脂工程:処理温度;40℃、処理時間;120秒、スプレー脱脂、表面調整工程:pH9.5、処理温度;室温、処理時間;20秒、化成処理工程:化成処理液の温度;35℃、処理時間;120秒で化成処理を行った。なお、脱脂工程、表面調整工程、化成処理工程夫々における、処理剤として、順に、日本パーカライジング社製の脱脂剤:FC-E2011、表面調整剤:PL-X、及び化成処理液:パルボンドPB-L3065を用いた。倍率:1000倍にて5視野(50000μm以上の領域)でSEM観察することで表面化成組織を観察し、地鉄が露出する領域が全領域に対して10%未満であるものを〇、10%以上であるものを×として評価した。その結果を表3に示す。
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
表2、3に示す本発明例は、強度、延性、穴広げ性および化成処理性に優れているのに対して、比較例はいずれかが劣っていた。
【0090】
<実施例2>
表1に示す成分組成を有する連続鋳造により製造したスラブを1200℃に加熱し、均熱時間は200minとし、仕上げ圧延温度は860℃以上とし、巻取り温度を550℃とする熱間圧延工程後、50%の圧延率で冷間圧延して製造した板厚1.4mmの冷延鋼板を、表4に示す焼鈍条件で処理し、本発明の鋼板と比較例の鋼板とを製造した。実施例1と同様の評価を実施した。その結果を表5に示す。
【0091】
【表4】
【0092】
【表5】
【0093】
表4、5に示す本発明例は、強度、延性、穴広げ性および化成処理性に優れているのに対して、比較例はいずれかが劣っていた。
【0094】
また、本発明例の鋼板を用いて、成形加工を施して得た部材、接合加工を施して得た部材は、本発明例の鋼板が強度、延性、穴広げ性および化成処理性に優れていることから、本発明例の鋼板と同様に、強度、延性、穴広げ性および化成処理性に優れていることがわかった。
図1