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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20250701BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20250701BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20250701BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20250701BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C14/06 P
C23C14/06 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024558268
(86)(22)【出願日】2024-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2024010809
【審査請求日】2025-03-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】月原 望
(72)【発明者】
【氏名】福井 治世
【審査官】戸塚 優
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-344148(JP,A)
【文献】特開2017-080879(JP,A)
【文献】特開2018-094669(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B27/14
B23B51/00
B23C 5/16
B23P15/28
C23C14/00-14/58
C23C16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、
前記a、前記b、前記cおよび前記dは、
0.50≦a≦0.75、
0.10≦b≦0.25、
0.005≦c≦0.20、
0.005≦d<0.10、および、
a+b+c+d<1を満たす、切削工具。
【請求項2】
前記cおよび前記dは、c/d≧1の関係を満たす、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記第一層の厚みは、0.5μm以上10μm以下である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、前記基材と、前記第一層との間に設けられた第二層を更に含み、
前記第二層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第一化合物からなる、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項5】
前記被膜は、前記第一層の前記基材と反対側に設けられた第三層を更に含み、
前記第三層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第二化合物からなる、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項6】
前記被膜の厚みは、0.5μm以上12μm以下である、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項7】
前記基材は、超硬合金、サーメット、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、高速度鋼、または、セラミックスからなる、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、基材と、該基材上に配置された被膜と、を備える切削工具が、切削加工に用いられている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2003-71611号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の切削工具は、基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、
前記a、前記b、前記cおよび前記dは、
0.50≦a≦0.75、
0.10≦b≦0.25、
0.005≦c≦0.20、
0.005≦d<0.10、および、
a+b+c+d<1を満たす、切削工具である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、実施形態1に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
図2図2は、実施形態1に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
図3図3は、実施形態1に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
図4図4は、実施形態1に係る切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
図5図5は、切削工具の一態様を例示する斜視図である。
図6図6は、実施例で用いられたカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な断面図である。
図7図7は、図6に示されるカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、被削材が多様化しており、特に航空機や医療の分野では、難削材と呼ばれるニッケル基合金の切削が増えている。切削工具を用いてニッケル基合金の連続加工を行うと、刃先温度が高温になり、切削工具の寿命が短くなってしまう。従って、特に、ニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することのできる切削工具が求められている。
【0007】
そこで、本開示は、特に、ニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することのできる切削工具を提供することを目的とする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示によれば、特に、ニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することのできる切削工具を提供することが可能である。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、第一層を含み、
前記第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、
前記a、前記b、前記cおよび前記dは、
0.50≦a≦0.75、
0.10≦b≦0.25、
0.005≦c≦0.20、
0.005≦d<0.10、および、
a+b+c+d<1を満たす、切削工具である。
【0010】
本開示によれば、特に、ニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することのできる切削工具を提供することが可能である。
【0011】
(2)上記(1)において、前記cおよび前記dは、c/d≧1の関係を満たしてもよい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0012】
(3)上記(1)または(2)において、第一層の厚みは、0.5μm以上10μm以下でもよい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0013】
(4)上記(1)から(3)のいずれかにおいて、前記被膜は、前記基材と、前記第一層との間に設けられた第二層を更に含み、
前記第二層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第一化合物からなってもよい。
【0014】
これによると、工具寿命が更に向上する。
【0015】
(5)上記(1)から(4)のいずれかにおいて、前記被膜は、前記第一層の前記基材と反対側に設けられた第三層を更に含み、
前記第三層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウムおよび珪素からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第二化合物からなってもよい。
【0016】
これによると、工具寿命が更に向上する。
【0017】
(6)上記(1)から(5)のいずれかにおいて、前記被膜の厚みは、0.5μm以上12μm以下でもよい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0018】
(7)上記(1)から(6)のいずれかにおいて、前記基材は、超硬合金、サーメット、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、高速度鋼、または、セラミックスからなってもよい。これによると、工具寿命が更に向上する。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0020】
本開示において「A~B」という形式の表記は、A以上B以下を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0021】
本開示において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。
【0022】
本開示において、数値範囲下限及び上限として、それぞれ1つ以上の数値が記載されている場合は、下限に記載されている任意の1つの数値と、上限に記載されている任意の1つの数値との組み合わせも開示されているものとする。
【0023】
[実施形態1:切削工具]
図1図4に示されるように、本開示の一実施形態(以下、「実施形態1」とも記す。)に係る切削工具1は、
基材2と、基材2上に設けられた被膜3と、を備える切削工具1であって、
被膜3は、第一層13を含み、
第一層13は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、
a、b、cおよびdは、
0.50≦a≦0.75、
0.10≦b≦0.25、
0.005≦c≦0.20、
0.005≦d<0.10、および、
a+b+c+d<1を満たす、切削工具1である。
【0024】
実施形態1の切削工具は、特にニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することができる。この理由は以下の通りと推察される。
【0025】
第一層に含まれるアルミニウム(Al)は、第一層の高温硬さを向上させる。上記aが0.50以上であることにより、第一層の高温硬さおよび耐熱性が向上する。上記aが0.75以下であることにより、六方晶の生成が抑制され、第一層の高温硬さの低下が抑制される。
【0026】
第一層に含まれるチタン(Ti)は、第一層の高温強度を向上させる。上記bが0.10以上であることにより、高温強度の向上効果を十分に得られる。上記bが0.25以下であることにより、第一層のアルミニウム含有量を十分に確保できるため、第一層の高温硬さが向上する。
【0027】
第一層にクロム(Cr)およびアルミニウムが含まれることにより、第一層の耐熱性および高温耐酸化性が向上する。
【0028】
第一層に含まれる珪素(Si)は、第一層の耐酸化性および耐熱性を向上させる。上記cが0.005以上であることにより、第一層の耐酸化性が向上する。また、第一層の結晶粒が微細化し、第一層の硬度が向上する。上記cが0.20以下であることにより、第一層の靱性の低下が抑制され、チッピングの発生が抑制される。
【0029】
第一層に含まれる銅(Cu)は、ニッケル基合金の成分であるニッケルやクロム(ニッケル基合金がニッケルクロム合金の場合)に対して溶解度が低い。このため、銅を含む第一層は、切削時に、ニッケル基合金からなる被削材に凝着しにくい。
【0030】
一方、銅は窒化物を形成しないため、窒化物からなる被膜の結晶格子を乱し、被膜の硬度を低下させる傾向がある。第一層に銅および珪素を添加することにより、第一層の硬度を向上させることができる。これは、本発明者等が鋭意検討の結果、見出した知見である。
【0031】
上記の通り、実施形態1の第一層は、アルミニウムによる優れた高温硬さおよび耐熱性、チタンによる優れた高温強度、クロムおよび珪素による優れた耐酸化性および耐熱性、銅による優れた耐凝着性、並びに、銅および珪素の添加による高い硬度を備えることができ、切削時に刃先が高温となりやすいニッケル基合金の連続加工においても、長い工具寿命を有することができる。
【0032】
<切削工具>
図1図4に示されるように、実施形態1に係る切削工具1は、基材2と、基材2上に設けられた被膜3と、を備える。被膜3は、基材2の全面を被覆してもよい。また、基材2の一部が被膜3で被覆されていなかったり、被膜3の構成が部分的に異なっていたりしても本実施形態の範囲を逸脱するものではない。被膜3は、基材2の少なくとも切削に関与する部分を被覆してもよい。本開示において、基材2の切削に関与する部分とは、基材2の大きさや形状にもよるが、基材2において、その刃先稜線と、該刃先稜線から基材2側へ、該刃先稜線の接線の垂線に沿う距離が、例えば、5mm、3mm、2mm、1mm、0.5mmのいずれかである仮想の面と、に囲まれる領域を意味する。
【0033】
本実施形態の切削工具1は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ等の切削工具1として好適に使用することができる。
【0034】
図5は、切削工具の一態様を例示する斜視図である。切削工具1は、刃先交換型切削チップとして用いられる。切削工具1は、すくい面21と、逃げ面22と、すくい面21と逃げ面22とが交差する刃先稜線23とを有する。
【0035】
<基材>
基材としては、従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、基材は、超硬合金(WC基超硬合金、WCおよびCoを含む超硬合金、WCおよびCoにTi、Ta、Nb等の炭窒化物を添加した超硬合金等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム等)、立方晶型窒化硼素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかからなってもよい。
【0036】
基材は、特にWC基超硬合金またはサーメット(特にTiCN基サーメット)であってもよい。WC基超硬合金またはサーメットは、特に高温における硬度と強度とのバランスに優れるため、切削工具の基材として用いた場合に、切削工具の長寿命化に寄与することができる。
【0037】
<被膜>
≪被膜の構成≫
実施形態1の被膜は、第一層を含む。被膜は、基材を被覆することにより、切削工具の耐摩耗性および耐チッピング性等の諸特性を向上させ、切削工具の長寿命化をもたらす作用を有する。なお、被膜は、第一層に加えて、他の層を含むことができる。他の層としては、図2図4に示されるように、基材2と、第一層13との間に設けられた第二層14、および、第一層13の基材2と反対側に設けられた第三層16等が挙げられる。
【0038】
≪被膜の厚み≫
被膜の厚みは、0.4μm以上20μm以下でもよく、0.5μm以上12μm以下でもよく、1μm以上10μm以下でもよく、または、2μm以上8μm以下でもよい。被膜の厚みが0.5μm以上であると、切削工具の寿命をより長くすることができる。一方、被膜の全体の厚みが12μm以下であると、切削初期において被膜でのチッピングが生じにくく、切削工具の寿命をより長くすることができる。
【0039】
被膜の厚みは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて被膜の断面を観察することにより測定される。具体的な測定方法は以下の通りである。切削工具を被膜の主面の法線に沿う方向に切断し、断面サンプルを準備する。断面サンプルをSEMで観察する。観察倍率は5000~10000倍とし、測定視野を100~500μmとする。1視野において、被膜の3箇所の厚み幅を測定し、3箇所の厚み幅の平均値を算出する。該平均値が、被膜の厚みに該当する。後述の各層の厚みについても、特に記載のない限り同様の方法で測定される。
【0040】
≪被膜の結晶構造≫
被膜の結晶構造は、立方晶型でもよい。被膜の結晶構造が立方晶型であると、被膜の硬度が向上する。被膜中の各層(第一層、第三層、第二層等)のそれぞれの結晶構造が立方晶型でもよい。被膜および被膜中の各層の結晶構造は、当該分野で公知のX線回折装置により解析することができる。
【0041】
≪被膜の硬度≫
被膜の硬度は、30GPa以上50GPa以下でもよく、または、35GPa以上45GPa以下でもよい。これによると、被膜は十分な硬度を有する。被膜の硬度の測定は、ナノインデンター法(測定装置:エリオニクス社製ENT-1100a)により測定される。具体的には、ISO14577に準拠した方法で行い、測定荷重は10mN(1gf)とし、被膜の表面において10箇所の硬度を測定し、10箇所の硬度の平均値を算出する。該平均値が被膜の硬度に該当する。
【0042】
<第一層>
≪第一層の組成≫
第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、a、b、cおよびdは、0.50≦a≦0.75、0.10≦b≦0.25、0.005≦c≦0.20、0.005≦d<0.10、および、a+b+c+d<1を満たす。
【0043】
aは、0.500以上0.750以下でもよく、0.550以上0.700以下でもよく、または、0.600以上0.650以下でもよい。
【0044】
bは、0.100以上0.250以下でもよく、0.100以上0.200以下でもよく、または、0.120以上0.180以下でもよい。
【0045】
cは、0.005以上0.200以下でもよく、0.010以上0.150以下でもよく、または、0.050以上0.100以下でもよい。
【0046】
dは、0.005以上0.100以下でもよく、0.010以上0.090以下でもよく、または、0.030以上0.080以下でもよい。
【0047】
a+b+c+dは、1未満であり、0.950以下でもよく、0.910以下でもよく、または、0.890以下でもよい。
【0048】
c/dは、1以上でもよく、1超でもよく、1以上20以下でもよく、1.2以上10以下でもよく、1.25以上5以下でもよく、または、2以上4以下でもよい。c/dが1以上であると、膜硬度が向上し、工具寿命が向上する。
【0049】
本開示において、「第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなる」とは、本開示の効果を損なわない限り、第一層はAlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNに加えて、不可避不純物を含むことができることを意味する。不可避的不純物としては、例えば、酸素および炭素が挙げられる。第一層における不可避不純物全体の含有率は、0原子%より大きく、1原子%未満であってもよい。本開示において「原子%」とは、層を構成する原子の総原子数に対する原子数の割合(%)のことを意味する。
【0050】
a、b、c、dおよび第一層の不可避不純物の含有率は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、被膜の断面を元素分析することにより測定される。具体的な測定方法は以下の通りである。切削工具を被膜の主面の法線に沿う方向に切断し、被膜の断面を含む薄片サンプルを準備する。TEMに付属のEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、薄片サンプルに対して電子線を照射し、その際に発生する特性X線のエネルギーと発生回数を計測し、第一層の元素分析を行う。第一層中に互いに重複しない5箇所の測定領域を任意に設定し、5箇所で元素分析を行う。5箇所の平均組成を求める。該平均組成が第一層の組成に該当する。後述の第二層および第三層の組成も、同様の方法で測定される。測定箇所を任意に選択しても、測定結果にばらつきがないことが確認されている。
【0051】
本開示では、第一層の組成AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNにおいて、Al、Ti、Cr、SiおよびCuの原子数の合計AM1に対するNの原子数AN1の比AN1/AM1は、0.8以上1.2以下である。比AN1/AM1は、ラザフォード後方散乱(RBS)法により測定できる。上記比AN1/AM1が前記の範囲であれば、本開示の効果が損なわれないことが確認されている。
【0052】
<第一層の厚み>
第一層の厚みは、0.4μm以上12μm以下でもよく、0.5μm以上10μm以下でもよく、1μm以上8μm以下でもよく、または2μm以上5μm以下でもよい。第一層の厚みが0.5μm以上であると、耐摩耗性が優れ、切削工具の寿命をより長くすることができる。一方、第一層の厚みが10μm以下であると、切削初期において被膜でのチッピングが生じにくく、切削工具の寿命をより長くすることができる。
【0053】
<第二層>
図2および図4に示されるように、被膜3は、基材2と、第一層13との間に設けられた第二層14を更に含むことができる。第二層14は、基材の直上に設けられていてもよい。
【0054】
第二層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウム(Al)および珪素(Si)からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)および硼素(B)からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第一化合物からなることができる。周期表4族元素としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等が挙げられる。周期表5族元素としては、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)等が挙げられる。周期表6族元素としては、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)等が挙げられる。第二層は、基材と被膜との密着性を高めることができ、工具寿命が向上する。本開示の効果を損なわない限りにおいて、第二層は第1群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、第一化合物に加えて、不可避不純物を含むことができる。
【0055】
第二層は、Cr、Al、TiおよびSiからなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第一化合物からなることができる。
【0056】
第一化合物としては、例えば、TiWCN、TiN、TiAlN、TiAlON、Al、TiAlSiN、TiCrSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrO、AlCrON、AlCrSiN、AlCrBN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、AlCrTaN、AlVN、AlTiVN、TiB、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、TiAlWN、AlCrMoCN、TiCN、TiCON、ZrNおよびZrCNが挙げられる。
【0057】
第二層の厚みは、本実施形態の効果を損なわない範囲において、特に制限はないが、例えば、0.1μm以上2μm以下とすることができる。
【0058】
<第三層>
図3および図4に示されるように、被膜3は、第一層13の基材2と反対側に設けられた第三層16を更に含むことができる。第三層16は、第一層13の直上に設けられていてもよい。第一層13と、第三層16との間に他の層が設けられていてもよい。第三層16は、最外層であってもよい。
【0059】
第三層は、周期表4族元素、5族元素、6族元素、アルミニウム(Al)および珪素(Si)からなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)および硼素(B)からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第二化合物からなることができる。第三層は、被膜の摩擦係数を低下させ、切削工具の長寿命化を図ることができる。本開示の効果を損なわない限りにおいて、第三層は第1群より選ばれる少なくとも1種の元素、または、上記第二化合物に加えて、不純物を含むことができる。
【0060】
第三層は、Cr、Al、TiおよびSiからなる第1群より選ばれる少なくとも1種の元素からなる、または、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる第2群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる第二化合物からなることができる。
【0061】
第二化合物としては、例えば、AlTiBN、TiAlN、TiAlON、Al、TiAlSiN、TiCrSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrO、AlCrON、AlCrSiN、AlCrBN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、TiSiN、AlCrTaN、AlVN、AlTiVN、TiB、TiCrHfN、CrSiWN、TiAlCN、TiSiCN、AlZrON、AlCrCN、AlHfN、CrSiBON、TiAlWN、AlCrMoCN、TiCN、TiCON、ZrNおよびZrCNが挙げられる。
【0062】
第三層の厚みは、0.1μm以上2μm以下でもよい。第三層の厚みが0.1μm以上であると、第三層による潤滑性の付与効果が得られやすい。第三層の厚みの上限は特に限定されないが、2μmを超えると、上述の潤滑性の付与効果を更に向上することができない傾向にある。よって、コスト面を考慮すると、第三層の厚みは2μm以下でもよい。
【0063】
<中間層>
被膜は、第三層と第一層との間、または第一層と第二層との間に設けられた中間層を含むことができる。中間層としては、例えばTiAlCeN、AlTiN、AlTiBN、AlTiSiN、AlTiYN、AlTiLaN、等が挙げられる。中間層の厚みは、0.1μm以上2μm以下でもよく、0.3μm以上1.5μm以下でもよく、0.4μm以上1.0μm以下でもよい。
【0064】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
実施形態2では、実施形態1の切削工具の製造方法について説明する。該製造方法は、基材を準備する第1工程と、基材上に被膜を形成する第2工程とを備える。第2工程は、第一層を形成する工程を含む。各工程の詳細について、以下に説明する。
【0065】
<第1工程>
第1工程では、基材を準備する。基材は、実施形態1に記載の基材を用いることができる。基材として従来公知のものであればいずれも準備可能である。
【0066】
<第2工程>
第2工程では、基材上に被膜を形成する。第2工程は、第一層を形成する工程を含む。
【0067】
第一層を形成する工程では、物理蒸着(Physical Vapor Deposition;PVD)法を用いて、第一層を形成する。第一層を含む被膜の耐摩耗性を向上させるためには、結晶性の高い化合物からなる層を形成することで効果が高い。本発明者らは、第一層の形成方法として種々の方法を検討した結果、物理的蒸着法を用いると効果が高いことを見出した。
【0068】
PVD法としては、カソードアークイオンプレーティング法、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法、および、HiPIMS法からなる群より選択される少なくとも1種を用いることができる。特に、原料元素のイオン化率の高いカソードアークイオンプレーティング法を用いてもよい。カソードアークイオンプレーティング法を用いた場合には、第一層を形成する前に、基材の表面に対して金属のイオンボンバードメント処理が可能となるため、基材と、第一層を含む被膜との密着性が格段に向上する。
【0069】
カソードアークイオンプレーティング法は、例えば、装置内に基材を設置するとともにカソードとしてターゲットを設置した後に、ターゲットに高電圧を印加してアーク放電を生じさせることによってターゲットを構成する原子をイオン化して蒸発させて、基材上に物質を堆積させることにより行なうことができる。
【0070】
<その他の工程>
第2工程は、第一層を形成する工程に加えて、表面研削、ショットブラストなどの表面処理工程を含むことができる。また、第2工程は、第二層、第三層および中間層等の他の層を形成する工程を含むことができる。他の層は、従来公知の化学気相蒸着法や物理的蒸着法により形成することができる。一つの物理的蒸着装置内において、他の層を、第一層と連続的に形成できるという観点から、他の層は物理的蒸着法により形成してもよい。
【実施例
【0071】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0072】
≪切削工具の作製≫
図6は、本実施例で用いたカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な断面図であり、図7は、図6の装置の模式的な上面図である。
【0073】
図6および図7の装置において、チャンバ101内に、被膜3の金属原料となる合金製ターゲットである第一層用のカソード106、107と、基材を設置するための回転式の基材ホルダ104とが取り付けられている。カソード106、107の組成は、下記表1に記載の組成が得られるように調整してある。
【0074】
第二層または第三層が形成される試料の装置では、チャンバ101内に、さらに、第二層用のカソード、または、第三層用のカソード(図示せず)も取り付けられている。第二層用のカソードおよび第三層用のカソードの組成は、下記表2に記載の組成が得られるように調整してある。
【0075】
カソード106にはアーク電源108が取り付けられ、カソード107にはアーク電源109が取り付けられている。また、基材ホルダ104には、バイアス電源110が取り付けられている。また、チャンバ101内には、ガス105が導入されるガス導入口が設けられるとともにチャンバ101内の圧力を調節するためにガス排出口103が設けられており、ガス排出口103から真空ポンプによりチャンバ101内のガスを吸引できる構造となっている。
【0076】
基材ホルダ104に、基材としてグレードがJIS規格K20の超硬合金であって、形状がJIS規格のCNMG120416のチップを装着した。
【0077】
次に、真空ポンプによりチャンバ101内を減圧するとともに、基材を回転させながら装置内に設置されたヒータにより温度を500℃に加熱し、チャンバ101内の圧力が1.0×10-4Paとなるまで真空引きを行なった。次に、ガス導入口からアルゴンガスを導入してチャンバ101内の圧力を2.0Paに保持し、バイアス電源110の電圧を徐々に上げながら-1000Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、チャンバ101内からアルゴンガスを排気することによって基材を洗浄した(アルゴンボンバード処理)。以上によって、各試料の切削工具の基材を準備した。
【0078】
次に、基材を中央で回転させた状態で、反応ガスとして窒素を導入しながら、基材の温度を550℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源110の電圧を-50V~-300Vの範囲のある一定値に維持したまま、カソード106、107にそれぞれ150Aのアーク電流を供給することによって、カソード106、107から金属イオンを発生させて、基材上に下記表1に示される組成を有する第一層を形成した。
【0079】
第二層が形成されている場合、基材上に第二層を形成した後に、第二層上に第一層を形成した。第二層は以下の手順で形成した。基材温度を550℃および装置内のガス圧を4.0Paに設定した。反応ガスとしては窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。その後、カソード電極に150Aのアーク電流を供給した。アーク電流の供給でアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによって、第二層を形成した。
【0080】
第三層が形成されている場合、第一層上に第三層を形成した。第三層は以下の手順で形成した。基材温度を550℃および装置内のガス圧を4.0Paに設定した。反応ガスとしては窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを導入した。その後、カソード電極に150Aのアーク電流を供給した。アーク電流の供給でアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させることによって、第三層を形成した。
【0081】
以上により、各試料の切削工具が作製された。
【0082】
【表1】
【0083】
【表2】
【0084】
≪評価≫
<第一層の組成の測定>
各試料の切削工具について、第一層の組成を実施形態1に記載の方法により測定した。第一層のAlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNにおける、a、b、cおよびdの値を表1に示す。さらに、a+b+c+d、および、c/dを表1に示す。
【0085】
<第二層の組成および第三層の組成の測定>
各試料の切削工具について、第二層および第三層の組成を実施形態1に記載の方法により測定した。結果を表2に記す。表2に「-」と記載されている場合は、該当する層が存在しないことを意味する。
【0086】
<第一層の厚み、第二層の厚み、および第三層の厚みの測定>
各試料の切削工具について、第一層の厚み、第二層の厚み、および第三層の厚みを実施形態1に記載の方法により測定した。結果を表1~表2に記す。
【0087】
<被膜の結晶構造>
各試料の切削工具について、被膜の結晶構造を実施形態1に記載の方法により解析した。試料1~試料21において、結晶構造は、立方晶型であった。
【0088】
<被膜の硬度>
各試料の切削工具について、被膜の硬度を実施形態1に記載の方法により解析した。試料1~試料21において、被膜の硬度は30GPa以上50GPa以下であった。
【0089】
<切削試験>
各試料の切削条件で連続旋削試験を実行し、刃先の摩耗幅または欠損幅が100μmになるまでの切削距離を測定した。結果を表2に記す。切削距離が長いことは、工具寿命が長いことを示す。
≪切削条件≫
被削材:インコネル718
切削速度Vc:50m/min
送り量f:0.25mm/rev
切り込みap:1.5mm
・切削油:有り
上記切削条件は、ニッケル基合金の連続加工に該当する。
【0090】
試料1~試料21の切削工具は実施例に該当し、試料1-1~試料1-11の切削工具は比較例に該当する。試料1~試料21の切削工具は、試料1-1~試料1-11の切削工具に比べて、ニッケル基合金の連続加工において、長い工具寿命を有することが確認された。
【0091】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0092】
1 切削工具、2 基材、3 被膜、13 第一層、14 第二層、16 第三層、21 すくい面、22 逃げ面、23 刃先稜線、101 チャンバ、103 ガス排出口、104 基材ホルダ、105 ガス、106,107 カソード、108,109 アーク電源、110 バイアス電源。
【要約】
基材と、前記基材上に設けられた被膜と、を備える切削工具であって、前記被膜は、第一層を含み、前記第一層は、AlTiCr(1-a-b-c-d)SiCuNからなり、前記a、前記b、前記cおよび前記dは、0.50≦a≦0.75、0.10≦b≦0.25、0.005≦c≦0.20、0.005≦d<0.10、および、a+b+c+d<1を満たす、切削工具である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7