(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】無段変速機の異常検知装置
(51)【国際特許分類】
F16H 61/12 20100101AFI20250701BHJP
F16H 61/662 20060101ALI20250701BHJP
F16H 59/74 20060101ALI20250701BHJP
F16H 59/38 20060101ALI20250701BHJP
F16H 59/26 20060101ALI20250701BHJP
【FI】
F16H61/12
F16H61/662
F16H59/74
F16H59/38
F16H59/26
(21)【出願番号】P 2021152199
(22)【出願日】2021-09-17
【審査請求日】2024-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100122770
【氏名又は名称】上田 和弘
(72)【発明者】
【氏名】青山 望
(72)【発明者】
【氏名】高橋 慶考
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-116740(JP,A)
【文献】米国特許第06533702(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 59/00-61/12
F16H 61/16-61/24
F16H 61/66-61/70
F16H 63/40-63/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プライマリプーリに供給されるオイルの油圧値であるプライマリ圧を検出するプライマリ圧センサと、
セカンダリプーリに供給されるオイルの油圧値であるセカンダリ圧を検出するセカンダリ圧センサと、
前記プライマリプーリの回転数であるプライマリ回転数を検出するプライマリ回転数センサと、
前記セカンダリプーリの回転数であるセカンダリ回転数を検出するセカンダリ回転数センサと、
前記プライマリプーリに供給するオイルの油圧及び前記セカンダリプーリに供給するオイルの油圧それぞれを調節して変速比を制御するコントロールユニットと、を備え、
前記コントロールユニットは、
所定の診断条件が成立し、かつ、前記プライマリ圧を用いたフィードバック制御を停止している場合に、
前記プライマリ回転数と前記セカンダリ回転数との比から求めた変速比と、前記プライマリプーリへの入力トルクと前記セカンダリ圧とに基づいてクランプ力比を求め、該クランプ力比及び前記セカンダリ圧に基づいて、前記プライマリ圧センサの特性異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値を設定し、
前記プライマリ圧が、前記診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である場合には、前記プライマリ圧センサが正常であると判定し、前記プライマリ圧が、前記診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である場合には、前記プライマリ圧センサが特性異常であると判定することを特徴とする無段変速機の異常検知装置。
【請求項2】
前記コントロールユニットは、
前記変速比とバリエータにより伝達可能なトルクと入力トルクとの比であるトルク比と前記クランプ力比の上限値との関係を定めたクランプ力比上限値マップ、及び、前記変速比と前記トルク比と前記クランプ力比の下限値との関係を定めたクランプ力比下限値マップを予め記憶しており、
前記変速比と前記トルク比とを用いて前記クランプ力比上限値マップ、前記クランプ力比下限値マップそれぞれを検索して、前記クランプ力比の上限値及び前記クランプ力比の下限値を取得し、
前記クランプ力比の上限値及び前記クランプ力比の下限値それぞれと前記セカンダリ圧とに基づいて、前記診断用プライマリ圧の上限値及び下限値それぞれを設定することを特徴とする請求項1に記載の無段変速機の異常検知装置。
【請求項3】
前記コントロールユニットは、次式(1)に基づいて前記診断用プライマリ圧の上限値を設定し、次式(2)に基づいて前記診断用プライマリ圧の下限値を設定することを特徴とする請求項2に記載の無段変速機の異常検知装置。
診断用プライマリ圧上限値={クランプ力比上限値マップ(変速比、トルク比)検索値×(セカンダリ圧×セカンダリシリンダ受圧面積)}/プライマリシリンダ受圧面積 ・・・(1)
診断用プライマリ圧下限値={クランプ力比下限値マップ(変速比、トルク比)検索値×(セカンダリ圧×セカンダリシリンダ受圧面積)}/プライマリシリンダ受圧面積 ・・・(2)
【請求項4】
前記コントロールユニットは、前記セカンダリ圧センサの検出バラツキを考慮して、前記診断用プライマリ圧の上限値及び下限値それぞれを設定することを特徴とする請求項3に記載の無段変速機の異常検知装置。
【請求項5】
前記コントロールユニットは、前記セカンダリ圧の変化、前記変速比の変化、及び、入力トルクの変化それぞれが所定範囲内である場合に、前記所定の診断条件が成立したと判断することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の無段変速機の異常検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機の異常検知装置に関し、特に、無段変速機を構成するプライマリプーリに供給されるオイルの油圧値を検出するプライマリ圧センサの特性異常を検知する無段変速機の異常検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両の自動変速機として、変速比を無段階に変更でき、変速ショックがなく、かつ燃費を改善することができるチェーン式やベルト式などの無段変速機(CVT)が広く実用化されている。チェーン式などの無段変速機は、入力軸に設けられるプライマリプーリ(ドライブプーリ)と、出力軸に設けられるセカンダリプーリ(ドリブンプーリ)と、これらのプーリに掛け渡されるチェーンなどの動力伝達要素とを有しており、エンジンで発生されたエンジントルクがチェーンなどの動力伝達要素を介してプライマリプーリからセカンダリプーリへ伝達される。また、無段変速機は、それぞれのプーリの溝幅を変化させて動力伝達要素の巻き掛け径を変化させることによって、変速比を無段階に変化させている。
【0003】
ここで、プライマリプーリ及びセカンダリプーリそれぞれに付与されるクランプ力(プーリ側圧)は、プライマリプーリに供給するオイルの油圧及びセカンダリプーリに供給するオイルの油圧それぞれを調節することにより制御される。その際に、コントロールユニットでは、運転状態に基づいて求められた目標油圧と、油圧センサにより検出された実油圧とが一致するようにフィードバック(F/B)制御が行われる。
【0004】
また、フィードバック制御を適切に行うために、プライマリプーリに供給されるオイルの油圧値であるプライマリ圧を検出するプライマリ圧センサ、及び、セカンダリプーリに供給されるオイルの油圧値であるセカンダリ圧を検出するセカンダリ圧センサの異常、例えば、オープンモードでの異常(断線異常)、ショートモードでの異常(短絡異常)、貼り付き異常(一定値を出力し続ける異常)などを検知する異常検知(故障診断)が行われている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
さらに、例えば、セカンダリ圧センサが、実際のセカンダリ圧(実セカンダリ圧)よりも低い値、又は、実際のセカンダリ圧(実セカンダリ圧)よりも高い値を出力するといったセンサ特性が異常であることを検知する方法が提案されている。
【0006】
より具体的には、このような特性異常の検知方法(診断方法)として、例えば、油圧フィードバック制御が停止されるイグニッションオフ時(エンジン停止時)に実油圧が0MPaになることを利用し、その時にセンサ値が0MPa付近にあるか否か(適切な範囲の電圧値等を出力しているか否か)に基づいて、センサの特性が異常であるか否かを判定(検知)する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、プライマリ圧を調節する油圧回路の構成によっては、例えば、イグニッションオフ後(エンジン停止後)にライン圧が低下すると、プライマリ圧を下げるダウンシフトバルブを作動させるための油圧が足りなくなり、該ダウンシフトバルブを指示通りに作動させることができなくなり、プライマリ圧を0MPaまで低下させることができないことがある。このように、例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧をゼロにできない油圧回路の場合、上述した異常検知方法では、プライマリ圧センサの特性(合理性)異常を検知することができないという問題があった。
【0009】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、プライマリ圧を調節する油圧回路の構成にかかわらず(例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧がゼロにならない油圧回路であっても)、プライマリ圧センサの特性異常を検知することが可能な無段変速機の異常検知装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る無段変速機の異常検知装置は、プライマリプーリに供給されるオイルの油圧値であるプライマリ圧を検出するプライマリ圧センサと、セカンダリプーリに供給されるオイルの油圧値であるセカンダリ圧を検出するセカンダリ圧センサと、プライマリプーリの回転数であるプライマリ回転数を検出するプライマリ回転数センサと、セカンダリプーリの回転数であるセカンダリ回転数を検出するセカンダリ回転数センサと、プライマリプーリに供給するオイルの油圧及びセカンダリプーリに供給するオイルの油圧それぞれを調節して変速比を制御するコントロールユニットとを備え、コントロールユニットが、所定の診断条件が成立し、かつ、プライマリ圧を用いたフィードバック制御を停止している場合に、プライマリ回転数とセカンダリ回転数との比から求めた変速比と、プライマリプーリへの入力トルクとセカンダリ圧とに基づいてクランプ力比を求め、該クランプ力比及びセカンダリ圧に基づいて、プライマリ圧センサの特性異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値を設定し、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である場合には、プライマリ圧センサが正常であると判定し、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である場合には、プライマリ圧センサが特性異常であると判定することを特徴とする。
【0011】
本発明に係る無段変速機の異常検知装置によれば、所定の診断条件が成立し、かつ、プライマリ圧を用いたフィードバック制御が停止されている場合に、プライマリ回転数とセカンダリ回転数との比から求めた変速比と、プライマリプーリへの入力トルクとセカンダリ圧とに基づいてクランプ力比が求められ、該クランプ力比及びセカンダリ圧に基づいて、プライマリ圧センサの特性異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値(すなわち、プライマリ圧の適切な範囲)が設定される。そして、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である場合(適切な範囲内にある場合)には、プライマリ圧センサが正常であると判定され、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である場合(適切な範囲内にない場合)には、プライマリ圧センサが特性異常であると判定される。そのため、例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧がゼロにならない油圧回路であっても、プライマリ圧センサの特性(合理性)異常を検知することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、プライマリ圧を調節する油圧回路の構成にかかわらず(例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧がゼロにならない油圧回路であっても)、プライマリ圧センサの特性(合理性)異常を検知することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係る無段変速機の異常検知装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】プライマリ圧を調節する油圧回路の一例を示す図である。
【
図3】クランプ力比上限値マップの一例を示す図である。
【
図4】無段変速機の異常検知装置による特性異常検知処理の処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図中、同一又は相当部分には同一符号を用いることとする。また、各図において、同一要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0015】
まず、
図1及び
図2を併せて用いて、実施形態に係る無段変速機の異常検知装置1の構成について説明する。
図1は、無段変速機の異常検知装置1、及び、該無段変速機の異常検知装置1が適用された無段変速機30等の構成を示すブロック図である。
図2は、プライマリ圧を調節する油圧回路80の一例を示す図である。
【0016】
エンジン10は、どのような形式のものでもよいが、例えば水平対向型の筒内噴射式4気筒ガソリンエンジンである。エンジン10では、エアクリーナ(図示省略)から吸入された空気が、吸気管に設けられた電子制御式スロットルバルブ(以下、単に「スロットルバルブ」ともいう)13により絞られ、インテークマニホールドを通り、エンジン10に形成された各気筒に吸入される。ここで、エアクリーナから吸入された空気の量はエアフローメータ61により検出される。さらに、スロットルバルブ13には、該スロットルバルブ13の開度を検出するスロットル開度センサ14が配設されている。各気筒には、燃料を噴射するインジェクタが取り付けられている。また、各気筒には混合気に点火する点火プラグ、及び該点火プラグに高電圧を印加するイグナイタ内蔵型コイルが取り付けられている。エンジン10の各気筒では、吸入された空気とインジェクタによって噴射された燃料との混合気が点火プラグにより点火されて燃焼する。燃焼後の排気ガスは排気管を通して排出される。
【0017】
上述したエアフローメータ61、スロットル開度センサ14に加え、エンジン10のカムシャフト近傍には、エンジン10の気筒判別を行うためのカム角センサが取り付けられている。また、エンジン10のクランクシャフト近傍には、クランクシャフトの位置を検出するクランク角センサが取り付けられている。これらのセンサは、後述するエンジン・コントロールユニット(以下「ECU」という)60に接続されている。また、ECU60には、アクセルペダルの踏み込み量すなわちアクセルペダルの操作量を検出するアクセルペダルセンサ62、及び、エンジン10の冷却水の温度を検出する水温センサ等の各種センサも接続されている。
【0018】
エンジン10の出力軸15には、クラッチ機能とトルク増幅機能を持つトルクコンバータ20を介して、エンジン10からの駆動力を変換して出力する無段変速機30が接続されている。
【0019】
トルクコンバータ20は、主として、ポンプインペラ21、タービンランナ22、及びステータ23から構成されている。出力軸15に接続されたポンプインペラ21がオイルの流れを生み出し、ポンプインペラ21に対向して配置されたタービンランナ22がオイルを介してエンジン10の動力を受けて出力軸を駆動する。両者の間に位置するステータ23は、タービンランナ22からの排出流(戻り)を整流し、ポンプインペラ21に還元することでトルク増幅作用を発生させる。
【0020】
また、トルクコンバータ20は、入力と出力とを直結状態にするロックアップクラッチ24を有している。トルクコンバータ20は、ロックアップクラッチ24が締結されていないとき(非ロックアップ状態のとき)はエンジン10の駆動力をトルク増幅して無段変速機30に伝達し、ロックアップクラッチ24が締結されているとき(ロックアップ時)はエンジン10の駆動力を無段変速機30に直接伝達する。トルクコンバータ20を構成するタービンランナ22の回転数(タービン回転数)は、タービン回転数センサ56により検出される。検出されたタービン回転数は、後述するトランスミッション・コントロールユニット(以下「TCU」という)40に出力される。
【0021】
無段変速機30は、リダクションギヤ31(又は前後進切替機構)を介してトルクコンバータ20の出力軸25と接続されるプライマリ軸32と、該プライマリ軸32と平行に配設されたセカンダリ軸37とを有している。
【0022】
プライマリ軸32には、プライマリプーリ34が設けられている。プライマリプーリ34は、プライマリ軸32に接合された固定シーブ34aと、該固定シーブ34aに対向して、プライマリ軸32の軸方向に摺動自在に装着された可動シーブ34bとを有し、それぞれのシーブ34a,34bのコーン面間隔、すなわちプーリ溝幅を変更できるように構成されている。一方、セカンダリ軸37には、セカンダリプーリ35が設けられている。セカンダリプーリ35は、セカンダリ軸37に接合された固定シーブ35aと、該固定シーブ35aに対向して、セカンダリ軸37の軸方向に摺動自在に装着された可動シーブ35bとを有し、プーリ溝幅を変更できるように構成されている。
【0023】
プライマリプーリ34とセカンダリプーリ35との間には駆動力を伝達するチェーン36が掛け渡されている。プライマリプーリ34及びセカンダリプーリ35の溝幅を変化させて、各プーリ34,35に対するチェーン36の巻き掛け径の比率(プーリ比)を変化させることにより、変速比が無段階に変更される。これら、プライマリプーリ34、セカンダリプーリ35及びチェーン36からなる動力伝達機構をバリエータと呼ぶ。ここで、チェーン36のプライマリプーリ34に対する巻き掛け径をRpとし、セカンダリプーリ35に対する巻き掛け径をRsとすると、変速比iは、i=Rs/Rpで表される。また、プライマリプーリ34の回転数をNpとし、セカンダリプーリ35の回転数をNsとすると、変速比iは、i=Np/Nsで表される。
【0024】
ここで、ライマリプーリ34(可動シーブ34b)には油圧室(油圧シリンダ室)34cが形成されている。一方、セカンダリプーリ35(可動シーブ35b)には油圧室(油圧シリンダ室)35cが形成されている。プライマリプーリ34、セカンダリプーリ35それぞれの溝幅は、プライマリプーリ34の油圧室34cに導入されるプライマリ圧と、セカンダリプーリ35の油圧室35cに導入されるセカンダリ圧とを調節することにより設定・変更される。なお、ここで、「プライマリプーリ34のクランプ力Fp=プライマリ圧Pp×油圧室34cの受圧面積」であり、「セカンダリプーリ35のクランプ力Fs=セカンダリ圧Ps×油圧室35cの受圧面積」である。また、プライマリプーリクランプ力Fpとセカンダリプーリクランプ力Fsとの比(Fp/Fs)をクランプ力比という。
【0025】
無段変速機30を変速させるための油圧、すなわち、上述したプライマリ圧及びセカンダリ圧は、バルブボディ(コントロールバルブ)50によって調圧される。バルブボディ50は、複数のスプールバルブと該スプールバルブを動かすソレノイドバルブ(電磁弁)を用いてバルブボディ50内に形成された油路を開閉することで、オイルポンプから吐出された油圧を調整して、プライマリプーリ34の油圧室34c及びセカンダリプーリ35の油圧室35cに供給する。また、バルブボディ50では、チェーン36のスリップ(滑り)を生じない適切なクランプ力(プーリ側圧)を発生させるようにしている。ここで、セカンダリプーリ35の油圧室35cに供給されるセカンダリ圧は、チェーン36に要求される伝達トルクに応じて調整される。また、プライマリプーリ34の油圧室34cに供給されるプライマリ圧は、目標変速比などに応じた値に調整される。なお、バルブボディ50は、例えば、車両の前進/後進を切り替える前後進切替機構等にも油圧を供給する。
【0026】
ここで、車両のフロアやセンターコンソール等には、運転者による、自動変速モード(「D」レンジ)と手動変速モード(「M」レンジ)とを択一的に切り替える操作を受付けるシフトレバー(セレクトレバー)51が設けられている。シフトレバー51には、シフトレバー51と連動して動くように接続され、該シフトレバー51の選択位置を検出するレンジスイッチ59が取り付けられている。レンジスイッチ59は、TCU40に接続されており、検出されたシフトレバー51の選択位置が、TCU40に読み込まれる。なお、シフトレバー51では、「D」レンジ、「M」レンジの他、パーキング「P」レンジ、リバース「R」レンジ、ニュートラル「N」レンジを選択的に切り替えることができる。
【0027】
シフトレバー51には、該シフトレバー51がMレンジ側に位置するとき、すなわち手動変速モードが選択されたときにオンになり、シフトレバー51がDレンジ側に位置するとき、すなわち自動変速モードが選択されたときにオフになるMレンジスイッチ52が組み込まれている。Mレンジスイッチ52もTCU40に接続されている。
【0028】
一方、ステアリングホイール53の後側には、手動変速モード時に、運転者による変速操作(変速要求)を受付けるためのプラス(+)パドルスイッチ54及びマイナス(-)パドルスイッチ55が設けられている(以下、プラスパドルスイッチ54及びマイナスパドルスイッチ55を総称して「パドルスイッチ54,55」ということもある)。プラスパドルスイッチ54は手動でアップシフトする際に用いられ、マイナスパドルスイッチ55は手動でダウンシフトする際に用いられる。
【0029】
プラスパドルスイッチ54及びマイナスパドルスイッチ55は、TCU40に接続されており、パドルスイッチ54,55から出力されたスイッチ信号はTCU40に読み込まれる。また、TCU40には、プライマリプーリ34の回転数を検出するプライマリ回転数センサ57や、セカンダリプーリ35の回転数を検出するセカンダリ回転数センサ58が接続されている。さらに、TCU40には、プライマリプーリ34に供給されるオイルの圧力(油圧)を検出するプライマリ圧センサ71や、セカンダリプーリ35に供給されるオイルの圧力(油圧)を検出するセカンダリ圧センサ72なども接続されている。
【0030】
上述したように、無段変速機30は、シフトレバー51を操作することにより選択的に切り替えることができる2つの変速モード、すなわち、自動変速モード、手動変速モードを備えている。自動変速モードは、シフトレバー51をDレンジに操作することにより選択され、車両の走行状態に応じて変速比を自動的に変更するモードである。手動変速モードは、シフトレバー51をMレンジに操作することにより選択され、運転者の変速操作(パドルスイッチ54,55の操作)に従って変速比を切り替えるモードである。
【0031】
無段変速機30のクランプ力制御や変速制御は、TCU40によって実行される。すなわち、TCU40は、上述したバルブボディ50を構成するソレノイドバルブ(電磁弁)の駆動を制御することにより、プライマリプーリ34の油圧室34c及びセカンダリプーリ35の油圧室35cに供給する油圧を調節して、無段変速機30のクランプ力や変速比を変更する。すなわち、TCU40は、特許請求の範囲に記載のコントロールユニットとして機能する。
【0032】
ここで、バルブボディ50内に構成される、プライマリ圧を調節(アップシフト/ダウンシフト)する油圧回路80を
図2に示す。
【0033】
アップシフトソレノイド81は、TCU40から印加されるデューティ比に応じて、ライン圧から作られたパイロット圧を調圧してアップシフト制御圧を生成する。生成されたアップシフト制御圧は、アップシフト制御圧油路91を介して、アップシフトバルブ83に供給される。なお、アップシフトソレノイド81としては、例えば、デューティ比に応じて開度が調節されるデューティソレノイドが好適に用いられる。アップシフトソレノイド81は、TCU40によって制御される。
【0034】
アップシフトバルブ83は、ライン圧油路90、アップシフト制御圧油路91、及び、プライマリ圧油路93と接続されている。アップシフトバルブ83は、その内部に、スプール83aを軸方向に摺動自在に収容している。スプール83aの端部にはスプリング83bが配設されており、アップシフトソレノイド81により生成されたアップシフト制御圧による押力(アップシフト制御圧×受圧面積)と、スプリング83bのバネ力(付勢力)とのバランスに応じてスプール83aが軸方向に駆動されることにより、アップシフト時に、アップシフト制御圧に応じてライン圧が調圧されてアップシフト油圧が生成される。生成されたアップシフト油圧は、プライマリ圧油路93を介して、プライマリプーリ34(油圧室34c)に供給される。その結果、変速比がアップシフトされる。
【0035】
一方、ダウンシフトソレノイド82は、TCU40から印加されるデューティ比に応じて、ライン圧から作られたパイロット圧を調圧してダウンシフト制御圧を生成する。生成されたダウンシフト制御圧は、ダウンシフト制御圧油路92を介して、ダウンシフトバルブ84に供給される。なお、ダウンシフトソレノイド82としては、例えば、デューティ比に応じて開度が調節されるデューティソレノイドが好適に用いられる。ダウンシフトソレノイド82は、TCU40によって制御される。
【0036】
ダウンシフトバルブ84は、プライマリ圧油路93、ダウンシフト制御圧油路92、及び、ドレン油路94と接続されている。ダウンシフトバルブ84は、ダウンシフト時に、ダウンシフト制御圧に応じて、プライマリプーリ34(油圧室34c)からドレン油路94を介してオイルを排出する。その結果、変速比がダウンシフトされる。なお、ここで、油圧回路80では、イグニッションオフ後(エンジン停止後)にライン圧が低下すると、プライマリ圧を下げるダウンシフトバルブ84を作動させるための油圧が足りなくなり、該ダウンシフトバルブ84を指示通りに作動させることができなくなり、プライマリ圧を0MPaまで低下させることができない。
【0037】
図1に戻り、TCU40には、CAN(Controller Area Network)100を介して、エンジン10を総合的に制御するECU60等と相互に通信可能に接続されている。
【0038】
TCU40、及び、ECU60は、それぞれ、演算を行うマイクロプロセッサ、該マイクロプロセッサに各処理を実行させるためのプログラム等を記憶するEEPROM、演算結果などの各種データを記憶するRAM、バッテリによってその記憶内容が保持されるバックアップRAM、及び、入出力I/F等を有して構成されている。
【0039】
ECU60では、カム角センサの出力から気筒が判別され、クランク角センサの出力によって検出されたクランクシャフトの回転位置の変化からエンジン回転数が求められる。また、ECU60では、上述した各種センサから入力される検出信号に基づいて、吸入空気量、アクセルペダル操作量、混合気の空燃比、及び、水温等の各種情報が取得される。さらに、ECU60では、例えば、エンジン回転数及び吸入空気量に基づいて、エンジン10のエンジントルクが算出される。ここで、エンジン10のエンジントルクは、例えば、エンジン回転数と吸入空気量とエンジントルクとの関係を定めたマップ(エンジントルクマップ)を予め記憶しておき、該エンジントルクマップを検索することにより求めることができる。そして、ECU60は、取得したこれらの各種情報に基づいて、燃料噴射量や点火時期、並びに各種デバイスを制御することによりエンジン10を総合的に制御する。ECU60は、CAN100を介して、エンジン回転数、アクセルペダル操作量、及び、エンジントルク等の情報をTCU40に送信する。
【0040】
TCU40は、ECU60から送信されるエンジン回転数、アクセルペダル操作量、及び、エンジントルク(すなわちバリエータ入力トルク)等の各種情報を受信する。また、TCU40は、例えば、車輪速センサによって検出された車速情報等もCAN100を通して受信する。
【0041】
そして、TCU40は、上述した各種センサ等から取得した各種情報に基づいて、変速マップに従い、アップシフトソレノイド81、ダウンシフトソレノイド82を駆動する。それにより、車両の運転状態(例えばアクセルペダル操作量及び車速等)に応じて自動で変速比が無段階に変速される。なお、変速マップはTCU40内のEEPROMなどに格納されている。また、TCU40は、ECU60からCAN100を介して受信されたエンジン10のエンジントルクに基づいて、セカンダリプーリ35のクランプ力(プーリ側圧)を調節する。
【0042】
特に、TCU40は、プライマリ圧を調節する油圧回路の構成にかかわらず(例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧がゼロにならない油圧回路80であっても)、プライマリ圧センサ71の特性(合理性)異常を検知する機能を有している。TCU40では、EEPROMに記憶されているプログラムがマイクロプロセッサによって実行されることにより、当該機能が実現される。
【0043】
TCU40は、所定の診断条件が成立し、かつ、プライマリ圧を用いたフィードバック制御を停止している場合に、プライマリ回転数とセカンダリ回転数との比から求めた変速比と、バリエータにより伝達可能なトルク(バリエータの変速比とバリエータのクランプ力(セカンダリプーリ圧)とで決まる)とバリエータ入力トルクとの比であるトルク比とに基づいて、プライマリプーリ34のクランプ力とセカンダリプーリ35のクランプ力との比であるクランプ力比を求め、該クランプ力比及びセカンダリ圧に基づいて、プライマリ圧センサ71の特性(合理性)異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値を設定する。
【0044】
そして、TCU40は、プライマリ圧が診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である状態が所定時間(例えば1秒)以上経過した場合には、プライマリ圧センサ71が正常であると判定する。一方、TCU40は、プライマリ圧が診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である状態が所定時間(例えば1秒)以上経過した場合には、プライマリ圧センサ71が特性異常であると判定する。
【0045】
その際に、TCU40は、例えば、車速が所定値(例えば10km/h)以上であり、目標セカンダリ圧の変化(変化速度、変化量)、目標変速比の変化(変化速度、変化量)、及び、入力トルク(アクセルペダル操作量)の変化(変化速度、変化量)それぞれが所定範囲内である状態が所定時間(例えば1秒)以上経過した場合(すなわち、略一定で安定している場合)に、所定の診断条件が成立したと判断する。なお、所定の診断条件として、例えば、診断を停止する故障(異常)が発生していないことや、目標セカンダリ圧と実セカンダリ圧の乖離が所定値以下であること、目標変速比と実変速比の乖離が所定値以下であること、実ライン圧が所定値以下であること、エンジン水温が所定値以上であること、Dレンジ(前進走行レンジ)であること、実変速比が所定範囲内であること等を加えてもよい。
【0046】
より詳細には、TCU40は、EEPROM等に、変速比とバリエータにより伝達可能なトルクとバリエータ入力トルクとの比であるトルク比とクランプ力比の上限値との関係を定めたクランプ力比上限値マップを予め記憶しており、変速比とトルク比とを用いてクランプ力比上限値マップを検索して、クランプ力比の上限値を取得する。そして、TCU40は、クランプ力比の上限値とセカンダリ圧とに基づいて、診断用プライマリ圧の上限値を設定する。
【0047】
同様に、TCU40は、EEPROM等に、変速比とトルク比とクランプ力比の下限値との関係を定めたクランプ力比下限値マップを予め記憶しており、変速比とトルク比とを用いてクランプ力比下限値マップを検索して、クランプ力比のクランプ力比の下限値を取得する。そして、TCU40は、クランプ力比の下限値とセカンダリ圧とに基づいて、診断用プライマリ圧の下限値を設定する。
【0048】
ここで、クランプ力比上限値マップの一例を
図3に示す。
図3において、横軸はトルク比であり、縦軸は実変速比である。クランプ力比上限値マップでは、トルク比と変速比との組み合わせ(格子点)毎にクランプ力比の上限値(ばらつき分(上限)を加味した値)が与えられている。なお、クランプ力比上限値マップでは、トルク比が大きくなるほどクランプ力比の上限値が大きくなるように、また、変速比が小さくなるほどクランプ力比の上限値が大きくなるように設定されている。なお、クランプ力比下限値マップは、ばらつき分(下限)を加味した値がセットされている以外は、クランプ力比上限値マップと同様であるので、ここでは詳細な説明を省略する。
【0049】
また、より具体的には、TCU40は、次式(1)に基づいて診断用プライマリ圧の上限値を設定する。
診断用プライマリ圧上限値={クランプ力比上限値マップ(変速比、トルク比)検索値×(セカンダリ圧×セカンダリシリンダ受圧面積)}/プライマリシリンダ受圧面積 ・・・(1)
なお、セカンダリシリンダ受圧面積、プライマリシリンダ受圧面積は、設計諸元等に基づいたデータが予めメモリ等に記憶されている。
【0050】
同様に、TCU40は、次式(2)に基づいて診断用プライマリ圧の下限値を設定する。
診断用プライマリ圧下限値={クランプ力比下限値マップ(変速比、トルク比)検索値×(セカンダリ圧×セカンダリシリンダ受圧面積)}/プライマリシリンダ受圧面積 ・・・(2)
【0051】
なお、その際に、TCU40は、セカンダリ圧センサ72の検出バラツキを考慮して、診断用プライマリ圧の上限値及び下限値それぞれを設定することが好ましい。
【0052】
次に、
図4を参照しつつ、無段変速機の異常検知装置1の動作について説明する。
図4は、無段変速機の異常検知装置1による特性異常検知処理の処理手順を示すフローチャートである。本処理は、TCU40において、所定時間毎(例えば10ms毎)に繰り返して実行される。
【0053】
ステップS100では、プライマリ回転数、セカンダリ回転数、プライマリ圧、及び、セカンダリ圧等が読み込まれる。続いて、ステップS102では、所定の診断条件(プライマリ圧を用いたフィードバック制御が停止されていることを含む)が成立したか否かについての判断が行われる。ここで、所定の診断条件が成立していない場合には、本処理から一旦抜ける。一方、所定の診断条件が成立した場合には、ステップS104に処理が移行する。なお、所定の診断条件については、上述したとおりであるので、ここでは詳細な説明を省略する。
【0054】
ステップS104では、プライマリ圧センサ71の特性(合理性)異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値が設定される。なお、診断用プライマリ圧の上限値及び下限値の設定の仕方については、上述したとおりであるので、ここでは詳細な説明を省略する。
【0055】
次に、ステップS106では、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上であるか否かについての判断が行われる。ここで、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である場合には、ステップS108において、プライマリ圧センサ71が正常であると判定され、その後、本処理から一旦抜ける。一方、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である場合には、ステップS110において、プライマリ圧センサ71が特性異常であると判定され、その後、本処理から一旦抜ける。
【0056】
以上、詳細に説明したように、本実施形態によれば、所定の診断条件が成立し、かつ、プライマリ圧を用いたフィードバック制御が停止されている場合に、プライマリ回転数とセカンダリ回転数との比から求めた変速比と、プライマリプーリ34への入力トルクとセカンダリ圧とに基づいてクランプ力比が求められ、該クランプ力比及びセカンダリ圧に基づいて、プライマリ圧センサ71の特性異常を診断するための診断用プライマリ圧の上限値及び下限値(すなわち、プライマリ圧の適切な範囲)が設定される。そして、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値未満かつ下限値以上である場合(適切な範囲内にある場合)には、プライマリ圧センサ71が正常であると判定され、プライマリ圧が、診断用プライマリ圧の上限値以上又は下限値未満である場合(適切な範囲内にない場合)には、プライマリ圧センサ71が特性異常であると判定される。そのため、例えば、イグニッションオフ時(エンジン停止時)にプライマリ圧がゼロにならない油圧回路80であっても、プライマリ圧センサ71の特性(合理性)異常を検知することができる。その結果、本実施形態によれば、プライマリ圧を調節する油圧回路の構成にかかわらず、プライマリ圧センサ71の特性(合理性)異常を検知することが可能となる。
【0057】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく種々の変形が可能である。例えば、本発明に係る無段変速機の異常検知装置1が適用される油圧回路は、
図3に示したもの(油圧回路80)には限られない。
【0058】
また、上記実施形態では、本発明をチェーン式の無段変速機30に適用したが、チェーン式の無段変速機30に代えて、例えば、ベルト式の無段変速機等にも適用することができる。
【0059】
さらに、システム構成は、上記実施形態には限られない。例えば、上記実施形態では、エンジン10を制御するECU60と、無段変速機30を制御するTCU40とを別々のハードウェアで構成したが、一体のハードウェアで構成してもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 無段変速機の異常検知装置
10 エンジン
20 トルクコンバータ
30 無段変速機
34 プライマリプーリ
35 セカンダリプーリ
36 チェーン
40 TCU
50 バルブボディ(コントロールバルブ)
57 プライマリ回転数センサ
58 セカンダリ回転数センサ
60 ECU
61 エアフローメータ
62 アクセルペダルセンサ
71 プライマリ圧センサ
72 セカンダリ圧センサ
80 油圧回路
81 アップシフトソレノイド
82 ダウンシフトソレノイド
83 アップシフトバルブ
84 ダウンシフトバルブ
100 CAN