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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-30
(45)【発行日】2025-07-08
(54)【発明の名称】アルミニウム合金展伸材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22F 1/043 20060101AFI20250701BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20250701BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20250701BHJP
【FI】
C22F1/043
C22C21/02
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2025056291
(22)【出願日】2025-03-28
【審査請求日】2025-03-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】秋 徹志
(72)【発明者】
【氏名】東 友東
(72)【発明者】
【氏名】鶴野 招弘
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-256095(JP,A)
【文献】特開2024-062045(JP,A)
【文献】特表2023-524614(JP,A)
【文献】特開平11-323471(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/04- 1/057
C22C 21/00-21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金部を有するアルミニウム合金展伸材の製造方法であって、
アルミニウム合金屑を含有するアルミニウム合金部用鋳塊を鋳造する鋳造工程と、
前記アルミニウム合金部用鋳塊を展伸する展伸工程と、
前記展伸工程の後に最終焼鈍を実施する最終焼鈍工程と、を有し、
前記アルミニウム合金部用鋳塊は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して、
Si:1.0質量%以上7.5質量%以下、
Fe:0.15質量%以上0.8質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下、を含有し、
Cu:0.5質量%以下、
Mg:2.0質量%以下、
Zn:0.7質量%以下、であり、
残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対する前記Siの含有量を質量%で[Si]、前記アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対する前記Mgの含有量を質量%で[Mg]とするとき、
下記式(1)により算出される値αが0以上であるとともに、下記式(2)により算出される値βが7.5以下であり、
前記アルミニウム合金屑は、
Si:0.50質量%以上及びZn:0.10質量%以上を含有する、自動車用熱交換器のスクラップ、
Mn:0.5質量%以上及びMg:0.8質量%以上を含有する、アルミニウム缶のスクラップ、
Si:0.20質量%以上、Fe:0.35質量%以上及びMg:0.2質量%以上を含有する、サッシスクラップ、並びに、
Si:4.00質量%以上を含有する、鋳物スクラップ、
から選択された少なくとも1種を含み、
前記スクラップの合計量は、前記アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して、50質量%以上であり、
前記最終焼鈍工程における最終焼鈍温度を265℃以上とすることを特徴とする、アルミニウム合金展伸材の製造方法。
式(1):α=[Si]-2×[Mg]
式(2):β=[Si]+2.25×[Mg]
【請求項2】
前記アルミニウム合金屑は、前記自動車用熱交換器のスクラップ、前記アルミニウム缶のスクラップ、前記サッシスクラップ、及び前記鋳物スクラップから選択された2種以上を含むことを特徴とする、請求項に記載のアルミニウム合金展伸材の製造方法。
【請求項3】
前記最終焼鈍工程における最終焼鈍温度を320℃以下とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金展伸材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金展伸材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、社会全体として、カーボンニュートラルの達成が課題になっており、上記課題を解決するための種々の方法が検討されている。例えば、資源枯渇の観点から、様々なもののリサイクルが進み、多量に消費されている金属のリサイクルが以前から行われている。例えば、アルミニウムは、新地金製造時に多量の電力を消費し、COを排出する。したがって、リサイクルにより新地金使用量を削減することで、アルミニウム合金材の製造時のCO排出量を大幅に削減することができる。しかし、リサイクルに使用する屑の不純物の影響で、鋳物材に比べて展伸材へのリサイクル適用には様々な課題がある。
特許文献1には、アルミニウム合金鋳物屑に、サッシ屑やアルミ缶屑(UBC:Used Beverage Can)又は地金を加えて、溶解して不純物を希釈し、必要に応じて、成分調整を行う、自動車部材用アルミニウム合金の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-293363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に記載の製造方法を使用した場合であっても、成分調整を行った後の合金中のSi含有量を、例えば4.85質量%以下とする必要がある。また、鋳物部品屑や自動車鋳物屑の使用率を高くすると、不純物の含有量が増加し、得られるアルミニウム合金材の伸びや曲げ性が著しく低下する。
【0005】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであって、様々な種類のアルミニウム合金屑を用いて、伸びや強度などの機械的特性が優れ、特に高い成型性を有するアルミニウム合金展伸材を高リサイクル率で製造することができる、アルミニウム合金展伸材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的は、本発明に係る下記[1]のアルミニウム合金展伸材の製造方法により達成される。
【0007】
[1] アルミニウム合金部を有するアルミニウム合金展伸材の製造方法であって、
アルミニウム合金屑を含有するアルミニウム合金部用鋳塊を鋳造する鋳造工程と、
前記アルミニウム合金部用鋳塊を展伸する展伸工程と、
前記展伸工程の後に最終焼鈍を実施する最終焼鈍工程と、を有し、
前記アルミニウム合金部用鋳塊は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して、
Si:1.0質量%以上7.5質量%以下、
Fe:0.15質量%以上0.8質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下、を含有し、
Cu:0.5質量%以下、
Mg:2.0質量%以下、
Zn:0.7質量%以下、であり、
残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対する前記Siの含有量を質量%で[Si]、前記アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対する前記Mgの含有量を質量%で[Mg]とするとき、
下記式(1)により算出される値αが0以上であるとともに、下記式(2)により算出される値βが7.5以下であり、
前記最終焼鈍工程における最終焼鈍温度を265℃以上とすることを特徴とする、アルミニウム合金展伸材の製造方法。
式(1):α=[Si]-2×[Mg]
式(2):β=[Si]+2.25×[Mg]
【0008】
また、本発明のアルミニウム合金展伸材の製造方法は、下記[2]~[4]であることが好ましい。
【0009】
[2] 前記最終焼鈍工程における最終焼鈍温度を320℃以下とすることを特徴とする、[1]に記載のアルミニウム合金展伸材の製造方法。
【0010】
[3] 前記アルミニウム合金屑は、
Si:0.50質量%以上及びZn:0.10質量%以上を含有する、自動車用熱交換器のスクラップ、
Mn:0.5質量%以上及びMg:0.8質量%以上を含有する、アルミニウム缶のスクラップ、
Si:0.20質量%以上、Fe:0.35質量%以上及びMg:0.2質量%以上を含有する、サッシスクラップ、並びに、
Si:4.00質量%以上を含有する、鋳物スクラップ、
から選択された少なくとも1種を含み、
前記スクラップの合計量は、前記アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して、50質量%以上であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載のアルミニウム合金展伸材の製造方法。
【0011】
[4] 前記アルミニウム合金屑は、前記自動車用熱交換器のスクラップ、前記アルミニウム缶のスクラップ、前記サッシスクラップ、及び前記鋳物スクラップから選択された2種以上を含むことを特徴とする、[3]に記載のアルミニウム合金展伸材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法によれば、様々な種類のアルミニウム合金屑を用いて、伸びや強度などの機械的特性が優れ、特に高い成型性を有するアルミニウム合金展伸材を高リサイクル率で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の第1実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。
図2図2は、本発明の第2実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。
図3図3は、本発明の第3実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。
図4図4は、本発明の第4実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。
図5図5は、本発明の各実施形態に係る製造方法により製造されるアルミニウム合金展伸材の形状例を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
アルミニウム合金屑は今後の需要拡大によって市場からの入手が困難になると予想される。そこで本願発明者らは、特定の合金屑に限定せず、多様な合金屑の配合が可能となるアルミニウム合金展伸材の製造方法について鋭意検討を行った。また、Si及びMgの含有量や、これらの比率等がアルミニウム合金材の成形性に大きく影響を与える。そこで、本願発明者らは、各成分の含有量の好適な範囲、及びSi含有量とMg含有量との好適なバランスを有するアルミニウム合金展伸材の製造方法を見出した。
【0015】
以下、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法について説明する。なお、本明細書において、「アルミニウム合金展伸材」を、単に「展伸材」ということがある。
【0016】
[アルミニウム合金展伸材の製造方法]
本実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法は、アルミニウム合金部を有するアルミニウム合金展伸材の製造方法であり、鋳造工程と、展伸工程と、最終焼鈍工程と、を有する。アルミニウム合金部を有するアルミニウム合金展伸材の製造方法について、以下に詳細に説明する。
【0017】
〔鋳造工程〕
鋳造工程は、アルミニウム合金屑を含有するアルミニウム合金部用鋳塊を鋳造する工程である。より具体的には、後述する化学組成となるように、種々のアルミニウム合金屑を使用し、必要に応じて調整用の地金を添加した材料合金を溶解して、得られた溶湯から、特定の合金組成を有するアルミニウム合金部用鋳塊を作製する。アルミニウム合金を溶解、鋳造する方法は、特に限定されず、常法あるいは公知の方法を用いればよい。アルミニウム合金部用鋳塊に含有される化学成分及びその含有量の限定理由について、以下に具体的に説明する。
【0018】
<アルミニウム合金部用鋳塊>
(Si:1.0質量%以上7.5質量%以下)
Siは、再結晶核となり得るサイズのSiの化合物やSi粒を生成しやすい元素である。一方、Siの含有量が過剰となるとSiの化合物やSi粒が更に粗大化し易くなり、伸びが低下して成形性の低下につながる。なお、Siは、種々のアルミニウム合金屑に含有されている元素である。本実施形態においては、Siの含有量を用いた特定の式により算出される値、及び最終焼鈍温度を適切な範囲に規定しているため、高いリサイクル率であっても、伸びや強度などの機械的特性が良好となり、アルミニウム合金部の成形性を向上させることができる。
【0019】
アルミニウム合金用鋳塊部中のSi含有量が1.0質量%未満であると、再結晶核となる化合物が不足して所望の伸びを得ることが困難になる。また、アルミニウム合金部用鋳塊中のSi含有量が1.0質量%未満であると、高Si含有量のアルミニウム合金屑の使用量を低減する必要があり、リサイクル率を向上させることができない。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のSi含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して1.0質量%以上とし、1.5質量%以上であることが好ましく、2.0質量%以上であることがより好ましい。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のSi含有量が7.5質量%を超えると、巨大なSiの化合物やSi粒が形成され易くなり、伸びが低下して成形性の低下につながる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のSi含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して7.5質量%以下とし、6.0質量%以下であることが好ましく、5.0質量%以下であることがより好ましい。
【0020】
(Fe:0.15質量%以上0.8質量%以下)
Feは、再結晶核となり得るサイズの金属間化合物を形成しやすい元素である。したがって、Fe含有量が0.15質量%未満であると、再結晶核となる化合物が不足して所望の伸びを得ることが困難になる。また、アルミニウム合金屑中には、一般的にFeが含まれているため、アルミニウム合金部用鋳塊中のFe含有量を0.15質量%未満とするためには、高純度のアルミニウム地金を使用する必要があり、製造コストが高くなる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のFe含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して0.15質量%以上とし、0.2質量%以上とすることが好ましく、0.25質量%以上とすることがより好ましい。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のFe含有量が0.8質量%を超えると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成され易くなり、伸びが低下して成形性の低下につながる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のFe含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.8質量%以下とし、0.75質量%以下であることが好ましく、0.7質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
(Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下)
Mnは、アルミニウム合金部の強度を向上させる効果を有する元素である。アルミニウム合金部用鋳塊中のMn含有量が0.3質量%未満であると、強度を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対するMn含有量は0.3質量%以上とし、0.4質量%以上であることが好ましく、0.5質量%以上であることがより好ましい。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のMn含有量が1.0質量%を超えると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成され易くなり、伸びが低下して成形性の低下につながる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のMn含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して1.0質量%以下とし、0.95質量%以下であることが好ましく、0.9質量%以下であることがより好ましい。
【0022】
(Cu:0.5質量%以下)
Cuは、展伸材の強度及び成形性に影響を与える元素である。アルミニウム合金屑中には、一般的にCuが含まれるが、本実施形態において、アルミニウム合金部用鋳塊中に含有されるCuは0質量%でもよい。ただし、強度の向上を目的としてアルミニウム合金部にCuを含有させる場合に、アルミニウム合金部用鋳塊中のCu含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.1質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましい。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のCu含有量が0.5質量%を超えると、伸びが低下して成形性の低下につながる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のCu含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.5質量%以下とし、0.45質量%以下であることが好ましく、0.4質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
(Mg:2.0質量%以下)
Mgは、展伸材の強度および成形性に影響を与える元素である。本実施形態において、アルミニウム合金部用鋳塊中に含有されるMgは0質量%でもよい。ただし、強度の向上を目的としてアルミニウム合金部にMgを含有させる場合に、アルミニウム合金部用鋳塊中のMg含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.1質量%以上であることが好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましい。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のMg含有量が2.0質量%を超えると、巨大なMgの化合物が生成されやすくなるために、伸びが低下して成形性の低下につながる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のMg含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して2.0質量%以下とし、1.5質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
(Zn:0.7質量%以下)
本実施形態において、アルミニウム合金部用鋳塊中に含有されるZnは0質量%でもよい。ただし、アルミニウム合金屑中には、一般的にZnが含まれるため、アルミニウム合金部用鋳塊中のZn含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.1質量%以上となると考えられる。一方、アルミニウム合金部用鋳塊中のZn含有量が0.7質量%を超えると、MgZnなどの析出物の増加により伸びが低下して成形性の低下につながる可能性がある。また、アルミニウム合金部用鋳塊中のZn含有量が0.7質量%を超えると、孔食電位が卑になり、腐食速度が大きくなる。したがって、アルミニウム合金部用鋳塊中のZn含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.7質量%以下とし、0.65質量%以下であることが好ましく、0.6質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
(その他の元素)
本実施形態に係るアルミニウム合金展伸材において、アルミニウム合金部用鋳塊中のAl、Si、Fe、Mn、Cu、Mg及びZnの合計は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して98.5質量%以上であることが好ましく、99質量%以上であることがより好ましく、99.5質量%以上であることがさらに好ましい。
なお、上記元素の他の元素としては、Cr、Zr、Ni、Sn、Sr、Sb及びCa等が挙げられる。これらの元素は、アルミニウム合金屑に含有されている可能性がある元素であるため、これらの合金屑を用いて得られるアルミニウム合金部用鋳塊中にも含有される可能性がある。本実施形態において、アルミニウム合金部用鋳塊中のCr、Zr、Ni、Sn、Pb、Sr、Sb及びCaの含有量は特に限定されないが、例えば、Cr含有量は0.1質量%以下であることが好ましく、Zr含有量は0.1質量%以下であることが好ましく、Ni含有量は0.2質量%以下であることが好ましく、Sn含有量は0.1質量%以下であることが好ましく、Sr含有量は0.18質量%以下であることが好ましく、Sb含有量は0.5質量%以下であることが好ましく、Ca含有量は0.1質量%以下であることが好ましい。
【0026】
(残部:Al及び不可避的不純物)
本実施形態におけるアルミニウム合金部用鋳塊の残部は、Al及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Na等が挙げられる。なお、アルミニウム合金部用鋳塊中のNa含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して0.002質量%以下であることが好ましい。また、アルミニウム合金部用鋳塊中のAl含有量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して80質量%以上であることが好ましく、アルミニウム合金部用鋳塊中の不可避的不純物の合計量は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対して、0.15質量%以下とすることが好ましい。
【0027】
次に、アルミニウム合金部用鋳塊におけるSi含有量とMg含有量とを用いた式について説明する。
【0028】
(式(1)により算出される値α:0以上)
Si含有量に対して、Mg含有量が増加しすぎると、固溶強化又は析出効果の影響により強度が高くなって伸びが低下する。本実施形態においては、Si含有量及びMg含有量の成形性への影響を下記式(1)により表している。すなわち、下記式(1)により算出される値αが0よりも小さい値になると、伸びが低下してアルミニウム合金部の成形性が悪くなる。したがって、上記値αは0以上とし、0.5以上であることが好ましく、0.75以上であることがより好ましい。
【0029】
式(1):α=[Si]-2×[Mg]
【0030】
(式(2)により算出される値β:7.5以下)
Si含有量とMg含有量がいずれも高い値になると、巨大なMgSiの析出物が増加し、その析出物の影響で伸びが低下してしまう。本実施形態においては、析出物が与える影響を下記式(2)により表している。すなわち、下記式(2)により算出される値βが7.5を超えると、アルミニウム合金部の伸びが低下する。したがって、上記値βは、7.5以下とし、7.0以下であることが好ましく、6.5以下であることがより好ましい。
【0031】
式(2):β=[Si]+2.25×[Mg]
【0032】
ただし、上記式(1)及び式(2)において、[Si]は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対するSiの含有量を質量%で表した値であり、[Mg]は、アルミニウム合金部用鋳塊全質量に対するMgの含有量を質量%で表した値である。
【0033】
なお、本実施形態におけるアルミニウム合金部は、種々のアルミニウム合金屑から高いリサイクル率で製造でき、優れた機械的性能が得られるように、アルミニウム合金部用鋳塊中の各成分の含有量や式により得られる値、最終焼鈍温度の下限値を調整したものである。リサイクル率とは、得られるアルミニウム合金部の全質量に対する、使用したアルミニウム合金屑の質量の割合を百分率で表した値である。リサイクル率が50%以上であれば、十分な量のアルミニウム合金屑を使用してアルミニウム合金部を得ることができ、製造コストの低減とCO排出量の削減とを、十分に達成することができる。したがって、高いリサイクル率とは、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、75%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることが特に好ましい。
【0034】
<アルミニウム合金屑>
本実施形態に係る展伸材の製造方法において、アルミニウム合金部用鋳塊を鋳造する際に使用するアルミニウム合金屑については、特定の合金屑に限定せず、多様な合金屑の配合を使用することができる。具体的に、アルミニウム合金屑は、以下の(A)~(D)に記載の種々のスクラップから選択された少なくとも1種を含むことが好ましく、2種以上を含むことがより好ましい。
【0035】
(A)自動車用熱交換器のスクラップ
自動車用熱交換器のスクラップとしては、市中の自動車に備えられた熱交換器を採取したスクラップと、自動車用熱交換器を製造する際の端材であるスクラップとを含む。したがって、この自動車用熱交換器のスクラップは、ろう材、心材及び犠牲陽極材を含む。自動車用熱交換器のスクラップとしては、例えば、Si:0.50質量%以上及びZn:0.10質量%以上を含有するものを使用することができる。
【0036】
(B)アルミニウム缶のスクラップ(UBC:Used Beverage Can)
アルミニウム缶のスクラップとしては、アルミニウム缶胴のスクラップと、アルミニウム缶蓋のスクラップとを含む。アルミニウム缶胴のスクラップと、アルミニウム缶蓋のスクラップとでは、含有される成分及びその含有量が異なり、例えば、アルミニウム缶胴のみが集められたスクラップや、アルミニウム缶蓋のみが集められたスクラップ、これらが混在したスクラップが存在する。本実施形態においては、これらをすべてまとめて、アルミニウム缶のスクラップとして示す。アルミニウム缶のスクラップとしては、例えば、Mn:0.5質量%以上、Mg:0.8質量%以上を含有するものを使用することができる。
【0037】
(C)サッシスクラップ
サッシスクラップとは、アルミニウム合金製の窓枠のスクラップである。サッシスクラップとしては、例えば、Si:0.20質量%以上、Fe:0.35質量%以上及びMg:0.2質量%以上を含有するものを使用することができる。
【0038】
(D)鋳物スクラップ
鋳物スクラップとは、JIS H 5202に規定されたAC4C材を用いた部材のスクラップや、JIS H 5302に規定されたADC12材を用いた部材のスクラップ等を含む。鋳物スクラップとしては、いずれもSi:4.00質量%以上を含有するものを使用することができる。
【0039】
本実施形態においては、上記(A)~(D)に記載のスクラップの合計量が、アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して、50質量%以上であることが好ましい。すなわち、本実施形態に係る展伸材の製造方法によると、アルミニウム合金部用鋳塊に対する、上記(A)~(D)に記載のスクラップの合計量が高い場合であっても、伸びや強度などの機械的特性が優れ、高い成型性を有するアルミニウム合金展伸材を得ることができる。上記(A)~(D)に記載のスクラップの合計量は、アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して、60質量%以上であることがより好ましく、75質量%以上であることがさらに好ましい。
【0040】
本実施形態においては、アルミニウム合金部用鋳塊の原料として、上記(A)~(D)に記載のスクラップの他に、他のアルミニウム合金屑や地金を使用することができる。他のアルミニウム合金屑としては、自動車用熱交換器以外の自動車に含まれるアルミニウム合金屑や、家庭用電化製品に含まれるアルミニウム合金屑等が挙げられる。
【0041】
本実施形態に係る製造方法によると、上記アルミニウム合金屑から高いリサイクル率で製造でき、優れた機械的性能を有するアルミニウム合金部を得ることができる。リサイクル率とは、得られるアルミニウム合金部の全質量に対する、使用したアルミニウム合金屑の質量の割合を百分率で表した値である。本実施形態においては、上記(A)~(D)に記載のスクラップの合計量が、アルミニウム合金部用鋳塊の全質量に対して、50質量%以上であると、リサイクル率も50%以上となる。このため、十分な量のアルミニウム合金屑を使用してアルミニウム合金部を得ることができ、製造コストの低減とCO排出量の削減とを、十分に達成することができる。リサイクル率は、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、75%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることが特に好ましい。
【0042】
〔均質化熱処理工程〕
次に、得られたアルミニウム合金部用鋳塊に、均質化熱処理を施す。均質化熱処理の条件は特に限定されないが、例えば、450℃~620℃とすることが好ましい。
【0043】
〔展伸工程〕
展伸工程は、上記アルミニウム合金部用鋳塊を展伸する工程である。展伸工程としては、例えば、熱間圧延工程や冷間圧延工程が挙げられる。それぞれの工程について、以下に説明する。
【0044】
<熱間圧延>
均質化熱処理後のアルミニウム合金材に対して、熱間圧延を行う。熱間圧延の開始温度及び終了温度は、特に限定されないが、例えば、開始温度は440℃~610℃、終了温度は440℃~610℃とすることが好ましい。
【0045】
<冷間圧延>
熱間圧延終了後のアルミニウム合金材に対して、冷間圧延を行う。冷間圧延時の加工率は特に限定されないが、例えば、50%以上98%以下とすることが好ましい。
【0046】
〔最終焼鈍工程〕
最終焼鈍工程は、上記展伸工程の後に最終焼鈍を実施する工程である。最終焼鈍工程における温度が265℃未満であると、伸びが低下する。したがって、最終焼鈍温度は265℃以上とし、280℃以上とすることが好ましく、290℃以上とすることがより好ましく、300℃以上とすることがさらに好ましい。一方、最終焼鈍温度の上限は特に限定されないが、例えば、330℃以下にすると、伸びを向上させることができる。したがって、最終焼鈍温度は330℃以下とすることが好ましく、320℃以下とすることがより好ましい。
最終焼鈍温度における保持時間は特に限定されず、例えば、1時間以上5時間以下とすることができる。また、最終焼鈍後の冷却速度についても特に限定されない。さらに、最終焼鈍処理は、バッチ焼鈍炉で行っても連続焼鈍炉で行ってもよいが、連続焼鈍炉を用いることが好ましい。
【0047】
本実施形態に係る製造方法により得られるアルミニウム合金展伸材は、一部のみがアルミニウム合金部により構成されていてもよいし、全てがアルミニウム合金部により構成されていてもよい。アルミニウム合金展伸材の一部がアルミニウム合金部により構成された例としては、クラッド材が挙げられる。具体的に、アルミニウム合金展伸材(クラッド材)としては、アルミニウム合金部により構成される心材と、この心材の表面の少なくとも一部に積層された皮材と、を有するものを挙げることができる。皮材としては、例えば後述する犠牲陽極材が挙げられる。クラッド材の形態としては、心材の表面の一部のみに皮材が積層されていてもよいし、一方の面又は両方の面の全面に皮材が積層されていてもよい。また、押出により得られるクラッド材でもよく、例えば、中空の押出材の内面及び外面の少なくとも一方の面に、又は中実の押出材の外面に、皮材が積層されていてもよい。
【0048】
次に、アルミニウム合金展伸材がクラッド材である場合における、アルミニウム合金展伸材の製造方法について、第1実施形態~第4実施形態を例に挙げて、詳細に説明する。
【0049】
[第1実施形態]
図1は、本発明の第1実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。図1を参照して、第1実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法について説明する。
【0050】
〔アルミニウム合金部用鋳塊の製造〕
<溶解・鋳造工程>
(アルミニウム合金部用原料の溶解工程S11)
まず、アルミニウム合金部用原料の溶解工程S11において、上記(A)~(D)に記載のスクラップのうち、少なくとも1種のスクラップ(特定のスクラップ)と、必要に応じて他のアルミニウム合金屑や、新地金、調整用の地金とを溶解する。
【0051】
(アルミニウム合金部用鋳塊の鋳造工程S12)
次に、アルミニウム合金部用鋳塊を鋳造する。具体的には、上記アルミニウム合金部用原料を溶解した溶湯を鋳型に流し込み、冷却することによりアルミニウム合金部用鋳塊を得る。なお、本実施形態において、アルミニウム合金部用鋳塊の組成は上述のとおりである。
【0052】
<均質化処理工程>
(アルミニウム合金部用鋳塊の均質化処理工程S13)
その後、アルミニウム合金部用鋳塊の均質化処理を実施し、均質化処理後のアルミニウム合金部用鋳塊(アルミニウム合金部用均質化処理材)を得る。
【0053】
〔皮材用鋳塊の製造〕
<皮材用鋳塊鋳造工程>
(皮材用鋳造原料の溶解工程S21)
上記アルミニウム合金部用鋳塊の製造工程とは別に、皮材用鋳塊を製造する。まず、皮材用鋳造原料の溶解工程S21において、皮材用鋳造原料を溶解する。皮材用鋳造原料の組成については特に限定されないが、皮材として、例えば犠牲陽極材を作製する場合は、後述する犠牲陽極材の材料を採用することができる。
【0054】
(皮材用鋳塊の鋳造工程S22)
次に、皮材用鋳塊を鋳造する。具体的には、皮材用鋳造原料を溶解した溶湯を鋳型に流し込み、冷却することにより皮材用鋳塊を得る。
【0055】
<均質化処理工程>
(皮材用鋳塊の均質化処理工程S23)
その後、皮材用鋳塊の均質化処理を実施し、均質化処理後の皮材用鋳塊(皮材用均質化処理材)を得る。
【0056】
〔展伸工程〕
(組み合わせ工程S31)
組み合わせ工程S31において、均質化処理後のアルミニウム合金部用鋳塊と、均質化処理後の皮材用鋳塊とを組み合わせて、組み合わせ材を作製する。組み合わせる方法としては、例えば、アルミニウム合金部用鋳塊の一方の主面の一部又は全面に皮材用鋳塊を重ね合わせてもよいし、両方の主面の一部又は全面に皮材用鋳塊を重ね合わせてもよい。
【0057】
(組み合わせ材の展伸工程S32)
その後、上記組み合わせ工程S31において作製された組み合わせ材を展伸する。
【0058】
(最終焼鈍工程S33)
その後、展伸された組み合わせ材に対して、265℃以上の温度で最終焼鈍を実施する。これにより、アルミニウム合金部からなる心材と、心材の表面の少なくとも一部に組み合わされた皮材と、を含むクラッド材からなるアルミニウム合金展伸材を製造することができる。
【0059】
[第2実施形態]
図2は、本発明の第2実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。図2を参照して、第2実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法について説明する。
【0060】
〔アルミニウム合金部用鋳塊の製造〕
アルミニウム合金部用原料の溶解工程S11、アルミニウム合金部用鋳塊の鋳造工程S12及びアルミニウム合金部用鋳塊の均質化処理工程S13については、上記第1実施形態と同様であるため、第2実施形態においては説明を省略する。
【0061】
〔展伸工程〕
(心素材作製工程S14)
上記均質化処理工程S13後のアルミニウム合金部用鋳塊を展伸し、心素材を作製する。
【0062】
〔皮材用鋳塊の製造〕
皮材用鋳造原料の溶解工程S21、皮材用鋳塊の鋳造工程S22及び皮材用鋳塊の均質化処理工程S23については、上記第1実施形態と同様であるため、第2実施形態においては説明を省略する。
【0063】
(皮素材作製工程S24)
上記均質化処理工程S23後の皮材用鋳塊をスライス又は展伸することにより、皮素材を製造する。なお、第2実施形態において、皮材用鋳塊を製造する皮材用鋳造原料の溶解工程S21、皮材用鋳塊の鋳造工程S22、皮材用鋳塊の均質化処理工程S23、及び皮素材作製工程S24は、アルミニウム合金部用鋳塊の製造の前に実施しても、後に実施してもよく、予め製造された皮材用鋳塊や、皮素材を利用してもよい。また、皮素材作製工程において、所望の厚さの皮素材を作製する方法として、鋳塊をスライス切断する方法や、展伸する方法のいずれか一方又は両方を採用することができる。
【0064】
(組み合わせ工程S41)
組み合わせ工程S41において、上記心素材作製工程S14により作製された心素材と、上記皮素材作製工程S24により作製された皮素材と、を組み合わせて、組み合わせ材を作製する。組み合わせる方法は、上記第1実施形態と同様である。
【0065】
(組み合わせ材の展伸工程S42)
その後、上記組み合わせ工程S41において作製された組み合わせ材を展伸する。
【0066】
(最終焼鈍工程S43)
その後、展伸された組み合わせ材に対して、265℃以上の温度で最終焼鈍を実施する。これにより、アルミニウム合金部からなる心材と、心材の表面の少なくとも一部に組み合わされた皮材と、を含むクラッド材からなるアルミニウム合金展伸材を製造することができる。
【0067】
[第3実施形態]
図3は、本発明の第3実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。図3を参照して、第3実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法について説明する。
【0068】
〔アルミニウム合金部用鋳塊の製造〕
アルミニウム合金部用原料の溶解工程S11、アルミニウム合金部用鋳塊の鋳造工程S12及びアルミニウム合金部用鋳塊の均質化処理工程S13については、上記第1実施形態と同様であるため、第3実施形態においては説明を省略する。
【0069】
〔皮材用鋳塊の製造〕
皮材用鋳造原料の溶解工程S21、皮材用鋳塊の鋳造工程S22、皮材用鋳塊の均質化処理工程S23及び皮素材作製工程S24については、上記第2実施形態と同様であるため、第3実施形態においては説明を省略する。
【0070】
〔展伸工程〕
(組み合わせ工程S51)
組み合わせ工程S51において、上記均質化処理後のアルミニウム合金部用鋳塊と、上記皮素材作製工程S24により作製された皮素材と、を組み合わせて、組み合わせ材を作製する。組み合わせる方法は、上記第1実施形態と同様である。
【0071】
(組み合わせ材の展伸工程S52)
その後、上記組み合わせ工程S51において作製された組み合わせ材を展伸する。
【0072】
(最終焼鈍工程S53)
その後、展伸された組み合わせ材に対して、265℃以上の温度で最終焼鈍を実施する。これにより、アルミニウム合金部からなる心材と、心材の表面の少なくとも一部に組み合わされた皮材と、を含むクラッド材からなるアルミニウム合金展伸材を製造することができる。
【0073】
[第4実施形態]
図4は、本発明の第4実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法を示すフローチャートである。図4を参照して、第4実施形態に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法について説明する。
【0074】
〔アルミニウム合金部用鋳塊の製造〕
アルミニウム合金部用原料の溶解工程S11、アルミニウム合金部用鋳塊の鋳造工程S12、アルミニウム合金部用鋳塊の均質化処理工程S13及び心素材作製工程S14については、上記第2実施形態と同様であるため、第4実施形態においては説明を省略する。
【0075】
〔皮材用鋳塊の製造〕
皮材用鋳造原料の溶解工程S21、皮材用鋳塊の鋳造工程S22及び皮材用鋳塊の均質化処理工程S23については、上記第1実施形態と同様であるため、第4実施形態においては説明を省略する。
【0076】
(組み合わせ工程S61)
組み合わせ工程S61において、上記心素材作製工程S14後の心素材と、上記均質化処理工程S23後の皮材用鋳塊と、を組み合わせて、組み合わせ材を作製する。組み合わせる方法は、上記第1実施形態と同様である。
【0077】
(組み合わせ材の展伸工程S62)
その後、上記組み合わせ工程S61において作製された組み合わせ材を展伸する。
【0078】
(最終焼鈍工程S63)
その後、展伸された組み合わせ材に対して、265℃以上の温度で最終焼鈍を実施する。これにより、アルミニウム合金部からなる心材と、心材の表面の少なくとも一部に組み合わされた皮材と、を含むクラッド材からなるアルミニウム合金展伸材を製造することができる。
【0079】
本発明において、アルミニウム合金部用鋳塊及び皮材用鋳塊の鋳造や均質化処理の条件については特に限定されず、一般的な条件を適用することができる。また、展伸の方法としては、例えば、圧延を使用することができ、その条件等も適宜設定することができる。
【0080】
図5は、本発明の各実施形態に係る製造方法により製造されるアルミニウム合金展伸材の形状例を示す模式的断面図である。図5に示すアルミニウム合金展伸材5は、押出により得られるクラッド材であり、例えば、中空の心材6の内面に内面皮材7が積層されているとともに、外面に外面皮材8が積層されたクラッド材である。なお、内面及び外面の一方の面のみに、皮材が積層されていてもよいし、中実の押出材の外面に、皮材が積層されていてもよい。
【0081】
上記皮材としては、犠牲陽極材の他に、特定の機能を有する機能性合金材を採用することができる。機能性合金材の機能及び組成は限定されない。皮材用鋳造原料の一例として、犠牲陽極材に含まれる成分及びその含有量の数値限定理由について、以下に説明する。
【0082】
<犠牲陽極材>
(Zn:0.50質量%以上6.00質量%以下)
犠牲陽極材中のZnは、母材の電位を卑にし、心材に対して犠牲防食効果を高めることで、孔食や隙間腐食を防止する効果を有する元素である。犠牲陽極材中のZn含有量が0.50質量%以上であれば、十分な犠牲防食効果を得ることができる。したがって、犠牲陽極材中のZn含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.50質量%以上とすることが好ましく、0.60質量%以上とすることがより好ましく、0.70質量%以上とすることがさらに好ましい。また、犠牲陽極材中のZn含有量が6.00質量%以下であると、犠牲陽極材の自己腐食性が増加し過ぎることを防止することができ、アルミニウム合金展伸材の耐食性の低下を抑制できる。したがって、犠牲陽極材中のZn含有量は、犠牲陽極材全質量に対して6.00質量%以下とすることが好ましく、5.70質量%以下とすることがより好ましく、5.50質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0083】
(Si:0.05質量%以上1.50質量%以下)
犠牲陽極材中のSiは、犠牲陽極材の強度を向上させる効果を有する元素である。犠牲陽極材中のSi含有量が0.05質量%以上であれば、強度を向上させる効果を得ることができる。したがって、犠牲陽極材中のSi含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.05質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上とすることがより好ましく、0.15質量%以上とすることがさらに好ましい。また、犠牲陽極材中のSi含有量が1.50質量%以下であると、Si系の化合物やSi粒の生成を抑制し、耐食性の低下を防止することができる。したがって、犠牲陽極材中のSi含有量は、犠牲陽極材全質量に対して1.50質量%以下とすることが好ましく、1.45質量%以下とすることがより好ましく、1.40質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0084】
(Fe:0.05質量%以上2.00質量%以下)
犠牲陽極材中のFeは、Si、MnとともにAl-Fe-Mn-Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させる効果を有する元素である。犠牲陽極材中のFe含有量が0.05質量%以上であれば、強度を向上させる効果を得ることができる。したがって、犠牲陽極材中のFe含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.05質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上とすることがより好ましく、0.12質量%以上とすることがさらに好ましい。また、犠牲陽極材中のFe含有量が2.00質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のFe含有量は、犠牲陽極材全質量に対して2.00質量%以下とすることが好ましく、1.80質量%以下とすることがより好ましく、1.60質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0085】
(Mg:3.00質量%以下)
犠牲陽極材中のMgは、MgSiを析出させることにより、犠牲陽極材自身の強度を向上させる効果を有する元素である。ただし、本実施形態においては、犠牲陽極材中のMg含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のMg含有量が3.00質量%以下であると、熱間クラッド圧延時に容易に圧着させることができる。したがって、犠牲陽極材中のMg含有量は、犠牲陽極材全質量に対して3.00質量%以下とすることが好ましく、2.80質量%以下とすることがより好ましく、2.60質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0086】
(Mn:1.80質量%以下)
犠牲陽極材中のMnは、母材に固溶することや、SiとともにAl-Mn-Si系の金属間化合物を形成することによって、強度を向上させる効果を有する元素である。ただし、本実施形態においては、犠牲陽極材中のMn含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のMn含有量が1.80質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のMn含有量は、犠牲陽極材全質量に対して1.80質量%以下とすることが好ましく、1.60質量%以下とすることがより好ましく、1.40質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0087】
(Cu:0.50質量%以下)
犠牲陽極材中のCu含有量が0.50質量%以下であると、犠牲陽極材の孔食電位が貴化することを防止し、犠牲防食の効果を十分に得ることができる。したがって、犠牲陽極材中のCu含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.50質量%以下とすることが好ましく、0.40質量%以下とすることがより好ましく、0.30質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0088】
(Cr:0.30質量%以下)
犠牲陽極材中のCrは、固溶強化により強度を向上させる効果を有する元素であるが、本実施形態においては、犠牲陽極材中のCr含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のCr含有量が0.30質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のCr含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0089】
(Ti:0.30質量%以下)
犠牲陽極材中のTiは、固溶強化により強度を向上させる効果を有する元素であるが、本実施形態においては、犠牲陽極材中のTi含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のTi含有量が0.30質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のTi含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0090】
(Zr:0.30質量%以下)
犠牲陽極材中のZrは、固溶強化により強度を向上させる効果を有する元素であるが、本実施形態においては、犠牲陽極材中のZr含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のZr含有量が0.30質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のZr含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0091】
(V:0.30質量%以下)
犠牲陽極材中のVは、固溶強化により強度を向上させる効果を有する元素であるが、本実施形態においては、犠牲陽極材中のV含有量は、0質量%であってもよい。また、犠牲陽極材中のV含有量が0.30質量%以下であると、鋳造時に巨大金属間化合物が形成されることを防止することができ、塑性加工性の低下を抑制することができる。したがって、犠牲陽極材中のV含有量は、犠牲陽極材全質量に対して0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.10質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0092】
(残部:Al及び不可避的不純物)
アルミニウム合金展伸材に含まれる犠牲陽極材の残部は、Al及び不可避的不純物である。なお、不可避的不純物としては、Ca、Be、Sb、希土類元素、Li等が挙げられる。詳細には、Ca:0.05質量%以下、Be:0.01質量%以下、その他の元素:0.01質量%未満の範囲で含有されていてもよい。また、犠牲陽極材中の不可避的不純物の合計量は、犠牲陽極材全質量に対して0.05質量%以下であることが好ましい。
【実施例
【0093】
以下に実施例を挙げて本実施形態を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0094】
<アルミニウム合金展伸材の製造>
下記表1に示すアルミニウム合金部用原料を使用したものと仮定して、これらの原料を730℃の温度で溶解させた。その後、これを700℃の温度で鋳造することにより、厚さが50mm、幅が145mm、長さが250mmであるアルミニウム合金部用鋳塊を製造した。アルミニウム缶のスクラップについては、缶蓋と缶胴とが混在しているものとし、下記表2に示すように、缶蓋と缶胴との質量比率を25:75として、アルミニウム缶のスクラップの組成を算出した。アルミニウム合金部用鋳塊を製造する際に使用した各原料の比率、及びリサイクル率を下記表3に示す。なお、表1及び表2に示す成分の残部は、Al及び不可避的不純物である。また、表3においては、アルミニウム合金部用鋳塊中の各原料の他に、成分調整用の地金を5%使用したものとして、リサイクル率を算出している。したがって、新地金を全く使用していない原料の場合に、リサイクル率は95%となる。
【0095】
次に、得られたアルミニウム合金部用鋳塊に対して、450℃~620℃の範囲の適切な温度で4時間の均質化処理を実施し、均質化処理材を得た。その後、均質化処理材に対して、熱間圧延を実施した。熱間圧延工程においては、不均一層を除いて、高さを45mm、幅を145mm、長さを100mmとした均質化処理材に対して、厚さが2.5mm、長さが約1.8mとなるまで熱間圧延した。熱間圧延の開始温度は440℃~610℃の範囲の適切な温度とした。すなわち、均質化処理後の均質化処理材を炉から取り出し、440℃~610℃の範囲の適切な温度まで徐冷した後に熱間圧延を開始した。
【0096】
その後、熱間圧延を施したアルミニウム合金板に対して、冷間圧延を実施した。冷間圧延工程においては、厚さが2.5mm、長さが約1.8mとした熱間圧延後のアルミニウム合金板に対して、厚さが0.15mmとなるまで冷間圧延した。その後、冷間圧延を施したアルミニウム合金板に対して、連続焼鈍炉にて最終焼鈍処理を行った。この最終焼鈍処理の温度は、240℃~400℃とし、1時間~5時間保持した。これにより、アルミニウム合金部からなる上記サイズの圧延材(アルミニウム合金展伸材)を得た。使用した原料No.、アルミニウム合金展伸材を構成するアルミニウム合金部用鋳塊中の各成分の含有量、及び式(1)、(2)により算出される値α、βを下記表4及び5に示す。なお、表1に示すアルミニウム合金部用鋳塊の各成分の残部は、Al及び不可避的不純物である。
【0097】
<アルミニウム合金展伸材の評価>
(機械的特性の評価)
JIS Z 2241:2023の「金属材料引張試験方法」に準拠して、得られたアルミニウム合金展伸材から、附属書Bに記載の13B号試験片を採取し、10~35℃の範囲における引張試験を実施し、引張強さ、破断後伸びを測定した。測定結果を下記表4及び5に併せて示す。
なお、評価基準としては、引張強さが120MPa以上、かつ伸びが14%以上であったものを、機械的特性が良好であると判断した。なお、アルミニウム合金展伸材が優れた伸びを有していると、高い成形性を得ることできる。具体的には、伸びが14%以上であるものについて、特に成形性が優れていると判断した。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
【表5】
【0103】
<アルミニウム合金展伸材の評価結果>
上記表1に示すように、発明例No.1~16は、アルミニウム合金展伸材(アルミニウム合金部用鋳塊)に含有される成分の含有量、式により算出される値及び最終焼鈍温度が、本発明で規定する範囲内であり、伸びと強度などの機械的特性が向上した。なお、発明例No.5~7は、アルミニウム合金部用鋳塊中の各成分の含有量は同一であり、最終焼鈍温度のみを変化させたものである。これらの発明例のうち、特に、発明例No.5~6は、最終焼鈍温度が本発明で規定するより好ましい範囲内であるため、伸びがより一層向上した。
【0104】
比較例No.1及び比較例No.2は、式(1)より算出される値αが、本発明で規定する範囲より小さくなり、固溶量及び微細な析出物が増加したため、強度が増加し伸びが低下した。
【0105】
比較例No.3は、Si含有量が本発明で規定する下限値未満であったため、伸びが小さくなった。比較例No.4及び比較例No.5は、式(2)により算出される値βが、本発明で規定する上限値より大きくなったため、伸び低下の要因となる巨大なMgSiが増加し、伸びが小さくなった。
【0106】
比較例No.6は、Fe含有量が本発明で規定する下限値未満であり、比較例No.7は、Fe含有量及びMn含有量が本発明で規定する上限値を超えていた。また、比較例No.8は、Cu含有量が本発明で規定する上限値を超えていた。比較例No.9は、Mn含有量が本発明で規定する上限値を超えていた。さらに、比較例No.10は、Zn含有量が本発明で規定する上限値を超えていた。したがって、比較例No.6~10はいずれも、発明例と比較して、伸びが小さくなった。
【0107】
比較例No.11は、自動車用熱交換器のスクラップを100%の配合率で使用した例であり、Mn含有量が本発明で規定する上限値を超えていたため、伸びが小さくなった。
【0108】
比較例No.12は、アルミニウム缶のスクラップ(UBC:Used Beverage Can)を100%の配合率で使用した例であり、Si含有量が本発明で規定する下限値未満であるとともに、式(1)より算出される値αが、本発明で規定する下限値未満であったため、伸びが小さくなった。
【0109】
比較例No.13は、サッシスクラップを100%の配合率で使用した例であり、Si含有量及びMn含有量が本発明で規定する下限値未満であるとともに、式(1)により算出される値αが、本発明で規定する下限値未満であったため、引張強さが低くなった。
【0110】
比較例No.14は、JIS H 5202:2010に規定されている合金記号AC4C材を100%の配合率で使用した例であり、Mn含有量が本発明で規定する下限値未満であるとともに、式(2)により算出される値βが本発明で規定する範囲の上限値を超えていたため、引張強さが低くなった。
【0111】
比較例No.15及び16は、最終焼鈍工程における最終焼鈍温度が本発明で規定する下限値未満であったため、伸びが小さくなった。
【0112】
これらの結果で示されるように、本発明に係るアルミニウム合金展伸材の製造方法は、様々な種類のアルミニウム屑を高いリサイクル率で配合可能であって、各成分の含有量、特定の成分から算出される値α、値β、及び最終焼鈍温度が、適切に制御されているため、伸びや強度などの機械的特性が優れ、特に伸びが優れていることから高い成型性を得ることができた。
【0113】
5 アルミニウム合金展伸材
6 心材
7 内面皮材
8 外面皮材
【要約】
【課題】様々な種類のアルミニウム合金屑を用いて、伸びや強度などの機械的特性が優れたアルミニウム合金展伸材を高リサイクル率で製造することができる、アルミニウム合金展伸材の製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金展伸材の製造方法は、アルミニウム合金部用鋳塊の鋳造工程S12と、展伸工程S32と、最終焼鈍工程S33と、を有する。アルミニウム合金部用鋳塊は、Si:1.0質量%以上7.5質量%以下を含有し、Fe、Mnの含有量が制御されているとともに、Cu、Mg、Znの含有量の上限値が規制されている。上記Si、上記Mgの含有量を質量%でそれぞれ[Si]、[Mg]とするとき、式(1):α=[Si]-2×[Mg]により算出される値αが0以上であり、式(2):β=[Si]+2.25×[Mg]により算出される値βが7.5以下であり、最終焼鈍工程における最終焼鈍温度を265℃以上とする。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5