(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-04
(45)【発行日】2025-07-14
(54)【発明の名称】バイオチップの製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20250707BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20250707BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20250707BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20250707BHJP
C12Q 1/6837 20180101ALN20250707BHJP
【FI】
G01N33/543 511D
G01N33/543 501M
G01N33/53 M
G01N37/00 102
C12N15/09 200
C12Q1/6837 Z
(21)【出願番号】P 2021507701
(86)(22)【出願日】2021-02-10
(86)【国際出願番号】 JP2021004917
(87)【国際公開番号】W WO2021162028
(87)【国際公開日】2021-08-19
【審査請求日】2023-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2020023116
(32)【優先日】2020-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】薙野 邦久
(72)【発明者】
【氏名】瀧井 有樹
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/147004(WO,A1)
【文献】特開2001-139532(JP,A)
【文献】特開2014-068651(JP,A)
【文献】特表2016-534723(JP,A)
【文献】特開2007-132912(JP,A)
【文献】特開2010-081879(JP,A)
【文献】特表2008-526249(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 35/00-37/00
G01N 1/00- 1/44
C12N 15/09
C12Q 1/6837
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸が基板表面に固定化されたバイオチップの製造方法であって、
核酸およびカルボジイミドの誘導体である縮合剤を含む溶液を基板表面へ塗布する工程A、および
前記工程Aで塗布された前記溶液に含まれる前記核酸を基板表面に結合させる工程B、を含み、
前記工程Aにおける前記溶液中の縮合剤の濃度が30mM以上80mM以下であり、
当該工程A中、基板が設置された空間の湿度が60%RH以上70%RH以下である、
バイオチップの製造方法。
【請求項2】
カルボジイミドの誘導体が1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドである、請求項1に記載のバイオチップの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象物質と選択的に結合する物質(本明細書において「選択結合性物質」という。)が基板表面に固定化されたバイオチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオチップは、測定対象物質と選択的な結合をする核酸、タンパク質などの選択結合性物質を基板(以下「担体」と言う場合もある。)の表面に高密度に固定化させたものであって、当該選択的結合されたものを蛍光などにより測定対象物質を検出し、また、その強度変化やパターンから分子識別や診断を行うことができるものである。多種類の選択結合性物質を高密度(通常30個以上/平方ミリメーター)に固定化させることで、微量な検体でも、一度に多くの情報を得られることが最大の利点である。
【0003】
バイオチップを製造する方法としては、フォトリソグラフィを用いて基板表面上で選択結合性物質であるオリゴヌクレオチドを合成するAffymetrix法や、予め準備した選択結合性物質を含む溶液(以下「スポット溶液」という。)を基板上に塗布して選択結合性物質を固定化するStanford法が知られている。Stanford法においてスポット溶液を塗布する方法としては、金属製のピンを用いて溶液を点着(スポット)する方法、ディスペンサやインクジェットを用いて基板上に溶液を吐出する方法が挙げられる。
【0004】
検体に含まれるタンパク質や核酸の量を測定する場合において、その測定再現性はバイオチップにとって重要な性能である。即ち、同一の検体を複数のバイオチップに反応させた場合は、同一の選択結合性物質が固定化された領域からは、バイオチップの個体が異なったとしても、同一の検出強度(通常は蛍光強度)が得られることが必要である。
【0005】
バイオチップが開発された当初、選択結合性物質であるDNAの基板表面への固定化は、ポリ-L-リジンでコートされた基板上に静電相互作用により非共有結合的にされていたが、現在は、測定再現性の観点から、より安定な共有結合による固定化が一般的である。
【0006】
特許文献1および特許文献2には、共有結合により選択結合性物質を基板表面に固定化する方法が記載されている。具体的には、その表面にあらかじめカルボキシル基を生成させた基板を用い、選択結合性物質であるアミノ化オリゴDNAおよび縮合剤を含むスポット溶液を基板表面にスポットし、基板上のカルボキシル基と選択結合性物質のアミノ基とを縮合反応させてアミド結合を形成することにより、選択結合性物質が基板上に共有結合により固定化される。このように縮合剤を含むスポット溶液を用いる方法は、特許文献3に記載された、あらかじめ基板上においてカルボキシル基を活性エステル化させた基板を用い、縮合剤を含まないスポット溶液を塗布して選択結合性物質を固定化する方法と比較して、あらかじめ基板を活性化させる必要がなく、活性化させた基板の保存中の劣化の影響も受けないというメリットが存在する。
【0007】
また、選択結合性物質の固定化時に、一定の湿度にコントロールすることが重要であることは、特許文献4、5に開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2006-208012号公報
【文献】特開2011-200230号公報
【文献】特開2001-139532号公報
【文献】特開2005-17155号公報
【文献】特開2003-98172号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
先に述べたとおり、バイオチップは、その測定再現性が優れたものでなければならない。測定再現性を上げるためには、基板が担持できる最大密度で選択結合性物質を固定化することが重要である。また、バイオチップの製造工程において、スポット溶液は高密度に基板表面に塗布されるために、隣接する固定化領域(スポット)に塗布されたスポット溶液による汚染(混入、コンタミネーションともいう。)をおこすおそれがある。コンタミネーションが生じたバイオチップは、通常、検査工程で除外されるので、バイオチップの製造効率(歩留まり)を低下させる一因となる。
【0010】
先に述べた測定再現性の性能を維持しつつ、コンタミネーションの抑制した歩留まりが良い製造方法を確立することは二律背反の関係であることが多く、その技術の確立が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討した結果、上記の縮合剤を含むスポット溶液を用いて選択結合性物質を基板表面に固定化するバイオチップの製造において、従来用いられている縮合剤の濃度を単に適用した場合は、バイオチップの測定再現性と隣接スポットとのコンタミネーションの抑制の両立が極めて困難であり、量産化は不可能であることを見いだした。そして、スポット溶液に含まれる縮合剤の濃度を大幅に変更し、かつ、選択結合性物質の塗布時の湿度を適切に設定することで、これら2つの課題が解決できることを見いだし、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、以下(1)~(6)を提供する。
(1)選択結合性物質が基板表面に固定化されたバイオチップの製造方法であって、
選択結合性物質および縮合剤を含む溶液を基板表面へ塗布する工程A、および
選択結合性物質を基板表面に結合させる工程B、を含み、
前記工程Aにおける前記溶液中の縮合剤の濃度が30mM以上80mM以下であり、
当該工程A中、基板が設置された空間の湿度が60%RH以上である、
バイオチップの製造方法。
(2)工程Aにおいて、前記空間の湿度が70%RH以下である、(1)に記載のバイオチップの製造方法。
(3)縮合剤が水溶性である、(1)または(2)に記載のバイオチップの製造方法。
(4)縮合剤がカルボジイミドの誘導体である、(1)から(3)のいずれかに記載のバイオチップの製造方法。
(5)カルボジイミドの誘導体が1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドである、(4)に記載のバイオチップの製造方法。
(6)選択結合性物質が核酸である、(1)から(5)のいずれかに記載のバイオチップの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
縮合剤を含むスポット溶液を用いて縮合反応により選択結合性物質を基板表面に固定化するバイオチップの製造において、本発明の方法を用いれば、測定再現性に優れたバイオチップを隣接スポットとのコンタミネーションを抑制して、歩留まり良く高い生産性で製造可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】加湿ユニットを有するスポット検査装置の一構成例を示す図である。
【
図2】実施例で使用した分析チップ基板10の基板表面を示す図である。
【
図3】実施例で使用した分析チップ基板10の、
図2のA-A線位置における断面図である。
【
図4】実施例2で得られた、ハイブリダイゼーション後の2枚のチップにおける全スポットシグナル強度の散布図(左図は湿度50%RHの場合、右図は湿度70%RHの場合)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、選択結合性物質が基板表面に固定化されたバイオチップの製造方法であって、次の工程Aおよび工程Bを含む。
選択結合性物質、縮合剤を含む溶液を基板表面へ塗布する工程A。
選択結合性物質を基板表面に結合させる工程B。
【0016】
以下、上記工程ごとに、本発明の製造方法を説明する。
【0017】
本発明の工程Aは、選択結合性物質、縮合剤を含む溶液(スポット溶液)をバイオチップの基板表面へ塗布する工程である。
【0018】
本発明で使用するバイオチップの基板の材質は、選択結合性物質を縮合反応によって固定化可能なものであれば特に限定されない。例えば、樹脂、ガラス、金属、シリコンウェハのいずれであってもよいが、表面処理の容易性、量産性の観点から樹脂が好ましい。
【0019】
基板の材質となる樹脂としては、例えば、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステル、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリエステル等が挙げられ、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸エステルが好ましい。このうち、ポリメタクリル酸エステルとしては、例えば、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリエチルメタクリレート(PEMA)またはポリプロピルメタクリレート等のポリメタクリル酸アルキル(PAMA)が挙げられるが、好ましくはPMMAである。
【0020】
また、樹脂としては、公知の共重合体も用いることができる。例えば、アクリロニトリル・スチレン共重合体(AS樹脂)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS樹脂)、アクリロニトリル・エチレン-プロピレン-ジエン・スチレン共重合体(AES樹脂)、ポリメタクリル酸エステルを含む共重合体としては、メタクリル酸メチル・アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(MABS樹脂)、メタクリル酸メチル・ブタジエン・スチレン共重合体(MBS樹脂)、メタクリル酸メチル・スチレン共重合体(MS樹脂)等が挙げられる。
【0021】
基板の形状は、特に限定されないが、市販のスライドガラスと同等の大きさの平坦な基板が好ましく用いられる。また、検出時の検出感度を向上させる目的で、基板の表面上に凹凸構造を有する基板(例えば特開2004-264289号公報参照)を用いることが好ましい。凹凸構造を有する基板を用いる場合には、選択結合性物質を基板上の凸部上面に正確に固定化する必要がある。また、検出感度を向上させる目的で、観察時において基板からの光の反射を抑制するために、基板の表面が、黒色等、光を吸収する色や素材であることが好ましい。
【0022】
基板を凹凸構造として、凸部上面に選択結合性物質を固定化する場合は、塗布後のスポット溶液を凸部(
図3中の参照番号13)上面に局在化させることが可能である。この理由は凸部のエッジ部分(
図3中の参照番号14)で、スポット溶液の広がりを制限できるためである。他方、一般的な平坦な基板では、
図3中の参照番号14に相当する部分が無いのでスポット溶液が基板上で広がる場合がある。このため、凹凸構造を持つ基板の凸部上面に固定化する場合は、平坦な基板にスポットする場合と比較して、隣接するスポットとの選択結合性物質のコンタミネーションを低減、即ち歩留まりを増加できることがあり、より好ましく用いることができる。
【0023】
本発明の方法では、選択結合性物質を基板の表面に縮合反応により固定化することから、基板表面には縮合反応が可能な官能基、例えば、アミノ基、ヒドロキシ基、チオール基(スルファニル基)、カルボキシル基を有することが好ましく、なかでもカルボキシル基を有することがより好ましい。基板表面に官能基を導入する方法としては、ガラス製基板を用いる場合には、これらの官能基を有するシランカップリング剤(例えば、3-アミノプロピルトリエトキシシラン)を用いてシランカップリングにより導入する方法を用いることができる。このようにアミノ基を導入した場合は、無水コハク酸などを反応させることにより、カルボキシル基を基板表面上に導入することが可能である。樹脂製基板を用いる場合には、これらの官能基を有する高分子を基板表面に塗布しても良いし、ポリメタクリ酸メチル(PMMA)などのアクリル樹脂製の基板を用いる場合には、アルカリ加水分解反応により基板表面のエステル基を加水分解することでカルボキシル基を生成してもよい。
【0024】
本発明の方法において基板に固定化する選択結合性物質は、測定対象物質と直接的または間接的に、選択的に結合し得る物質を意味し、その代表的な例として、核酸、タンパク質、糖類および他の抗原性化合物を挙げることができる。核酸としては、DNAやRNAのほか、PNAでもよい。特定の塩基配列を有する一本鎖核酸は、当該塩基配列またはその一部と相補的な塩基配列を有する一本鎖核酸と選択的にハイブリダイズして結合するので、選択結合性物質に該当する。また、タンパク質としては、抗体、FabフラグメントやF(ab’)2フラグメント等の抗体の抗原結合性断片、種々の抗原を挙げることができる。抗体やその抗原結合性断片は、対応する抗原と選択的に結合し、抗原は対応する抗体と選択的に結合するので、選択結合性物質に該当する。糖類としては、多糖類が好ましく、種々の抗原を挙げることができる。また、タンパク質や糖類以外の抗原性を有する物質を固定化することもできる。本発明に用いる選択結合性物質は、市販のものでもよく、また、生細胞等から得られたものでもよい。選択結合性物質として、特に好ましいものは、核酸である。核酸の中でも、オリゴ核酸と呼ばれる、長さが10塩基から100塩基までの核酸は、合成機で容易に人工的に合成が可能であり、また、核酸末端のアミノ基修飾が容易であるため、基板表面への固定化が容易となることから好ましい。また、ハイブリダイゼーションの安定性という観点から20~100塩基長であることがより好ましい。核酸の末端には縮合反応が可能な官能基、すなわちアミノ基、ヒドロキシ基、チオール基、カルボキシル基が存在することが好ましいが、特にアミノ基が好ましい。核酸の末端にこれらの官能基を結合する方法は周知であり、例えば、核酸の末端にアミノ基を結合することは、アミノ基を含有するアミダイト試薬を結合することにより行うことができる(参考文献:国際公開2013/024694号)。
【0025】
本発明の方法において、選択結合物質は縮合剤を用いた縮合反応により基板表面に固定化される。縮合剤は、選択結合性物質を、基板上に存在する官能基と縮合反応させることによりアミド結合またはエステル結合を形成する試薬である。安定性の面から、選択結合性物質は、アミド結合により基板表面に結合されることが好ましい。
【0026】
本発明の方法では、縮合剤は、選択結合性物質と共に、スポット溶液中に添加して用いられる。そのため、縮合剤は水溶性であることが好ましい。水溶性の縮合剤としては、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)や4-(4,6-ジメトキシ-1、3、5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド(DMT-MM)などが挙げられる。
【0027】
縮合剤は、その分子構造の違いにより、カルボジイミド誘導体、ウロニウム誘導体、ホスホニウム誘導体などが挙げられるが、汎用性の高いカルボジイミド誘導体が好ましい。カルボジイミド誘導体体としては、EDCやN、N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)が挙げられるが、前述の水溶性の観点からEDCが特に好ましい。EDCは、塩酸塩であってもよいし、塩フリー体であってもよい。
【0028】
本発明の工程Aで使用するスポット溶液中の縮合剤の濃度は、選択結合性物質の縮合反応を十分に進行させるために、30mM以上であることが必要であり、40mM以上であることが好ましい。また、縮合剤の濃度は、高濃度であると、基板上で隣接するスポットにおける選択結合性物質とのコンタミネーションが頻発し、分析チップの製造において歩留まりが低下することが顕著であるために、80mM以下であることが必要であり、60mM以下であることが好ましい。すなわち、スポット溶液中の縮合剤の濃度は、30mM以上80mM以下であることが必要である。特に、40mM以上60mM以下であることが好ましい。
【0029】
本発明の工程Aで使用されるスポット溶液には、選択結合性物質および縮合剤と共に塩が含まれていることが好ましい。これは、スポット後にスポット液が所定の位置に塗布できたか否か、さらには隣の選択結合性物質を塗布した領域とつながってしまうような不良が生じていないかを、基板上のスポット位置で析出した当該塩の結晶をカメラなどで観察することにより検査が可能になるためである。
【0030】
ここで、塩とは、酸と塩基との反応によって生じる化合物であり,塩基の陽性成分(カチオン)と酸の陰性成分(アニオン)とからなるものである。塩を構成するカチオンとしては、ナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオンなどが挙げられる。塩を構成するアニオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、フッ化物イオン、ヨウ化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、亜酸イオン、酢酸イオン、リン酸イオン、過塩素酸イオンなどが挙げられる。本発明で使用される塩は、これらのカチオンおよびアニオンの組み合わせであり、具体的には、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、過塩素酸マグネシウム、硝酸マグネシウム、亜硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウムが好ましく、塩化ナトリウムがより好ましい。
【0031】
スポット溶液に含まれる塩の濃度は、低すぎる場合には十分量の塩が析出しないため、10mM以上であることが好ましく、40mM以上であることがより好ましく、80mM以上であることがさらに好ましい。また、濃度が高すぎる場合には選択結合性物質の固定化反応を阻害する可能性があるので、500mM以下であることが好ましく、120mM以下であることがより好ましい。スポット溶液中の塩の濃度の範囲は、10mM以上500mM以下が好ましく、40mM以上120mM以下がより好ましく、80mM以上120mM以下がさらに好ましい。
【0032】
スポット溶液中の選択結合性物質の濃度は、測定対象物質の検出が可能となる量であれば特に限定されず、適宜設定することが可能である。例えば、選択結合性物質が核酸の場合、スポット溶液中の核酸濃度は、通常、5μM~100μM程度、好ましくは、10μM~30μM程度である。
【0033】
選択結合性物質、縮合剤および塩を含むスポット溶液は、水溶液であることが好ましい。また、スポット溶液には、選択結合性物質、塩および縮合剤以外に、有機溶剤や界面活性剤、pH調製用の緩衝剤など他の物質を含んでいてもよい。
【0034】
工程Aにおいて、スポット溶液を基板表面への塗布する方法は特に限定されないが、例えば、ピンを用いてスポット溶液を点着する方法、ディスペンサやインクジェットを用いて基板上にスポット溶液を吐出する方法を用いることができる。具体的には、ピンを用いて点着する方法は、ピンの先端にスポット液を付着させ、付着したスポット液を基板に接触させて塗布する。
【0035】
スポット溶液を基板表面に塗布する工程Aにおいて、基板が設置された空間の湿度は、作製されたバイオチップの性能を大きく左右する。この工程A中、基板が設置された空間の湿度は60%RH以上に維持することが必要である。これより湿度が低い場合、作製されたバイオチップの測定再現性が低下する。湿度の上限については、歩留まりの観点から70%RH以下であることが好ましい。この湿度を超えると、隣接する選択性結合物質の固定化領域(スポット)とのコンタミネーションが生じる頻度が高まり、製造における歩留まりが下がる傾向がある。
【0036】
塗布時の基板表面付近の湿度を測定する方法は、特に限定されるものではないが、塗布が行われる基板付近に電気式湿度計のセンサーを配置することで測定可能である。具体的には、抵抗変化型湿度センサーや静電容量変化型湿度センサーを用いることができる。これらのセンサーとしては、データロガーへの接続が可能で小型のものが市販されている。
【0037】
基板の設置空間における湿度の調整は、公知のエアコンディショナーや、加湿器を組み合わせることにより実現可能である。基板表面付近を効率的に湿度調整するためには、基板を設置する装置全体をカバーで覆い、その中に加湿機能(例えば、
図1に示すような、水をくぐらせた空気を担体に吹き付ける加湿ユニット130)、または、加湿および除湿機能があるエアコンディショナーにて調製、管理された湿度の空気を送り込む方法、等が挙げられるが、これらの方法に限定されない。通常、湿度の調整に伴い空気の流れが生じるために、設置空間の湿度と基板表面における湿度は同一となる。
【0038】
ここで、
図1に示す加湿ユニット130の例は、ボトル131と、ウォーターバス132と、エアーポンプ133と、送気チューブ134と、加湿チューブ135と、温度計136とを有する。ボトル131は、水131aと、エアーストーン131bとを収容し、ウォーターバス132によってボトル131内の水131aの温度が調整される。エアーポンプ133から送気チューブ134を経て水131a内に空気が送り込まれ、放出される空気はエアーストーン131bに取り込まれ、微小な泡が排出される。この泡が加湿された空気としてボトル131内を上昇し、加湿チューブ135に流れ込み、分析チップ1の各凹凸部11(凸部13)に供給される。
【0039】
エアーポンプ133と送気チューブ134との間には、エアーポンプ133から出力される気体の流量を計測する流量計133aと、エアーポンプ133から出力される気体の流量を調整する流量調整弁133bとが設けられる。また、温度計136によって水131aの温度を確認できる。
【0040】
本発明の工程Aの後に、選択結合性物質を基板表面に結合させる工程Bが設けられる。この工程は、縮合剤を用いて、選択結合性物質を、基板表面に存在する官能基と縮合反応することにより行われ、縮合反応が進行する通常の条件で行うことができる。例えば、縮合反応の温度は、縮合反応が促進される30℃以上が好ましく、湿度は、塗布したスポット溶液の蒸発を防ぐために80%RH以上であることが好ましく、反応時間は1時間以上が好ましい。一方、縮合反応の温度は、高すぎると、選択結合性物質が変化したり、縮合反応に支障がでる場合があるので、60℃以下が好ましい。また、縮合反応時間の上限は特にないが、長すぎても意味がないので、通常は48時間以下、好ましくは24時間以下である。具体的には、スポット溶液を塗布した基板を少量の水を入れたプラスチック容器に入れ、37℃で、12時間静置することで、選択結合性物質を基板表面へ結合することができる。従来の方法では、この固定化工程で、隣の選択性結合物質の固定化領域とのコンタミネーションが生じ易かった。
【0041】
本発明の製造方法においては、選択結合性物質を基板表面に結合させる工程Bの後に、析出した塩を、画像検出ユニットを用いて検出する工程を設けることが好ましい。本工程において、析出した塩の検出には、通常の光学顕微鏡やデジタル顕微鏡を用いてもよいし、マイクロアレイの分析に使用するレーザースキャナや、
図1に示すようなスポット検査装置を用いてもよい。
【0042】
図1に示すスポット検査装置100は、バイオチップ1の画像を取得する画像取得ユニット110と、画像取得ユニット110が取得した画像を解析する解析ユニット120とを備える。スポット検査装置100は、図示しない制御部の制御のもとで各部が駆動する。
【0043】
バイオチップ1は、基板10上のスポット箇所11にスポット溶液が塗布されている。
【0044】
画像取得ユニット110は、光源部111と、光源用電源112と、鏡筒113と、撮像部114とを有する。
【0045】
光源部111は、LEDや、レーザー光源、ハロゲンランプ等を用いて構成される。光源部111は、光源用電源112から供給される電力によって照明光を発する。光源部111が出射した照明光は、鏡筒113に入射する。
【0046】
鏡筒113は、対物レンズ、リレーレンズ等が設けられ、光源部111から供給される照明光を分析チップ1に向けて出射するとともに、分析チップ1からの光を取り込んで、撮像部114に導光する。
【0047】
撮像部114は、鏡筒113に導光された光を受光して、電気信号に変換する。撮像部114は、変換した電気信号を、解析ユニット120に出力する。撮像部114は、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサ、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサ、光電子増倍管(photomultiplier tube:PMT)等を用いて構成される。
【0048】
解析ユニット120は、撮像部114が生成した電気信号に基づいて、分析チップ1の画像を生成したり、この画像を二値化して、スポットにおけるスポット液の塗布状況を判定したりする。解析ユニット120は、CPU(Central Processing Unit)等の汎用プロセッサ、GPU(Graphics Processing Unit)等の専用プロセッサ、FPGA(field-programmable gate array)等のプログラマブルロジックデバイスや、ディスプレイ、入力手段(例えばキーボード)等を用いて構成される。
【0049】
スポットの良否は、得られた基板の画像データの解析または目視により、スポット箇所における析出した塩の有無を指標に判定することができる。
【0050】
画像データの解析は、基板画像を二値化することにより行うことができる。例えば、基板画像の輝度に対し、予め設定されている第1の閾値を境界として二値化した二値化画像を生成する。この二値化画像には、塩が析出している箇所に白色、塩が析出してない箇所に黒色が割り当てられる。二値化画像をもとに、スポットを数値化する。各スポットの領域をそれぞれ抽出し、各スポットにおける白色が割り当てられた画素の数(白ピクセル数)をそれぞれ計数する。その後、計数された白ピクセル数と、予め設定されている第2の閾値とに基づいて、各スポットの良否判定を行う。例えば、
図2の各例に示すように、白ピクセル数が閾値以上であれば、スポット液が適切に塗布された良スポット(OK)であると判定する。一方、
図3の各例に示すように、白ピクセル数が閾値未満であれば、スポット液が適切に塗布されていない不良スポット(NG)であると判定する。
【0051】
作製したバイオチップ上に十分量の選択結合物質が固定化されたか否かについては、既知の方法で検査すればよい。選択結合性物質として核酸を用いた場合には、例えば、特開2006-234712号公報に記載のターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ(TdT)を用いて選択結合性物質の固定化量を評価する方法が挙げられる。TdTを用いた方法では、TdTと蛍光色素を標識したヌクレオチドを含む溶液を、バイオチップ上に滴下することで、固定化された核酸の末端に蛍光色素が導入され、洗浄後、レーザースキャナを用いて蛍光強度を測定することで、選択結合性物質の固定化量を評価することができる。
【実施例】
【0052】
実施例1
(1)基板の作製
図2、
図3に示すような、ポリメチルメタクリレート(PMMA)製の基板10(75mm×25mm×1mm)を作製した。基板10の基板表面には、170μmのピッチで直径100μmの円錐台形状の凸部13を100個(10×10)単位で設けた32個(4×8)の凸部群12によって構成するスポット領域11を4区分設けた(すなわち、基板上に合計12800個の凸部を設けた。)。
【0053】
この基板を、10Nの水酸化ナトリウム水溶液に70℃で15時間浸漬した。次いで、純水、0.1N HCl水溶液、純水の順で洗浄した。このようにして、基板表面のPMMAの側鎖を加水分解して、カルボキシル基を生成した。
【0054】
(2)スポット溶液の塗布(工程A)
選択結合物質として、公的なデータベースである「miRbase release 22」に対応したヒトマイクロRNAのDNAプローブ3000種を合成して用意した。本プローブは、5’末端がアミノ化されている。
【0055】
スポット溶液は、上記3000種のDNAプローブ、縮合剤として1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)および塩として塩化ナトリウムを用いて、表1に示すように、EDCの濃度を変えた組成1~5の水溶液として調製した。なお、組成1~5のいずれのスポット溶液においても、塩化ナトリウム濃度:100mM、DNAプローブ濃度:20μMと固定した。
【0056】
調製したスポット溶液を、基板上の凸部表面にピン方式のスポッターを用いて塗布(スポット)した。この塗布工程中、基板を設置した空間の温度は18℃、湿度は70%RHに維持した。温湿度の調整は、精密空調機(株式会社アピステ、PAU-A1400S-HC)を温度18℃、湿度70%RHに設定して用い、スポッター溶液の塗布が行われる空間に精密空調機から送風される空気を導くことにより行った。さらに、スポッター内のスポット液の塗布が実施される場所の近傍(距離として5cm以内)に温湿度センサー(日置電気株式会社 Z2000)を配置し、塗布工程中の温湿度のモニターを実施した。
【0057】
以上のようにして、20枚の基板にプローブ溶液を塗布した。
【0058】
(3)プローブDNAの固定化(工程B)
上記(2)でプローブ溶液がスポットされた基板を、密閉したプラスチック容器入れて、温度37℃、湿度100%の条件で20時間インキュベートして縮合反応を行い、プローブDNAを基板表面に固定化した。
【0059】
(4)スポット溶液の乾燥、塩の析出
上記(3)の固定化後、密閉したプラスチック容器から基板をとりだし、温度21℃、湿度45%の雰囲気下で30分間静置し、基板表面上のスポット溶液を乾燥させ、塩を析出させた。
【0060】
(5)スポットの検出、スポットの良否判定
上記(4)でスポット溶液を乾燥させた基板に青色LED照明を照射し、テレセントリックレンズ(光学倍率2倍、WD66.7)を装着したCMOSカメラ(解像度2M、2048×1088pixel)にて基板表面の画像を取得した。この画像を用いて、目視で、隣接するスポットとのコンタミネーションが生じていないかの判定を実施した。全基板20枚のうちのコンタミネーションが発生なかった基板の枚数の割合を「コンタミネーション非発生率」(%)として算出し、その結果を表2に示した。
【0061】
(6)プローブDNA固定化量の評価
(5)のスポット良否判定で合格となったチップの内、1枚を使用して、ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ(TdT,タカラバイオ社製)10Uを、Cy3標識dUTPヌクレオチド(GEヘルスケア社製)を1μMとなるように溶解した添付のバッファー(TdT Buffer)250μLに添加し、反応溶液とした。反応溶液50μLを基板へ滴下し、その上にカバーガラスをかぶせ、プラスチック容器の中に入れ、温度35℃、湿度100%の条件で1時間インキュベートした。インキュベート後、カバーガラスを剥離後に洗浄、乾燥した。「“3D Gene”(登録商標)Scanar」(東レ株式会社)に反応した基板をセットし、励起光532nm、レーザー出力100%、PMT30に設定した状態で測定を行い、すべてのスポットのシグナル強度を求めた。そのシグナル強度の平均値を表1に示した。
【0062】
ここで、すべてのスポットでシグナル強度が15,000以上の場合を「プローブ固定化良」(十分量のプローブDNAが固定化されている条件)と、シグナル強度が15,000を下回る場合を「プローブ固定化不良」(プローブDNAの固定化量が不十分な条件)と、それぞれ判定した。
【0063】
【0064】
表1のとおり、EDC濃度が10mMの場合(組成1)、「固定化不良」であったのに対し、EDC濃度が30mM以上(組成2~5)の場合、「プローブ固定化良」であった。一方で、EDC濃度が80mMを超えると「コンタミネーション非発生率」が極端に下がり(即ち、歩留まりが極端に下がり)、量産には適していないことが分かった。
【0065】
(7)ハイブリダイゼーションでの再現性評価
組成2~4のスポット溶液を用いて作製した各基板に、そのスポット領域11を覆うように、ビーズを挿入するための挿入孔を設けたカバーを貼り付け、カバーの挿入孔から攪拌用のセラミック製ビーズをチップ内に封入し、「ハイブリダイゼーション用チップ」をそれぞれ2枚得た。
【0066】
市販のヒトProstate Total RNAを用いて、「3D-Gene miRNA Labeling kit」(東レ株式会社)の取扱説明書に準じて、蛍光色素でRNAを蛍光標識した。この標識産物を、各「ハイブリダイゼーション用チップ」上の1つのスポット領域11にアプライした。その後、「ハイブリダイゼーション用チップ」を振盪してビーズによって標識産物を攪拌しながら、32℃で16時間ハイブリダイゼーション反応を実施した。
【0067】
ハイブリダイゼーション反応後に、カバーを剥奪し、チップを洗浄した。「“3D Gene”(登録商標)Scanar」(東レ株式会社)に反応した基板をセットし、励起光635nm、レーザー出力100%、PMT35に設定した状態で蛍光強度の測定を行い、すべてのスポットのシグナル強度を求めた。2枚のチップの測定結果について散布図を描画し、その相関係数(R)の2乗値(R2)を求めた(表1)。
【0068】
組成2~4のいずれの組成のスポット溶液を用いた場合でも相関係数の2乗値(R2)は0.994を超えており、2回の測定の再現性に特に問題は認められなかった。
【0069】
実施例2
実施例1(2)の工程Aにおいて、スポット液の組成を組成3(EDC濃度60mM)とし、スポット溶液を基板に塗布する際の湿度を、50%RH、60%RH、70%RH(実施例1と同じ)、72.5%RHの4条件としたこと以外は、実施例1と同様にして、各基板にプローブDNAを固定化して(工程B)チップを作製し、ハイブリダイゼーション反応後にスポットの検出を行い、コンタミネーション非発生率(%)の算出、プローブ固定化の良/不良の判定、2回の測定の再現性を示す相関係数の2乗値(R2)の算出を行った。その結果を、表2に示した。
【0070】
【0071】
図4に、塗布時湿度が50%RHの場合(左図)および70%RHの場合(右図)の散布図を示した。塗布時湿度が70%RHの場合と比較し、50%RHの場合、散布図が乱れており、相関係数の2乗値(R
2)が低下し、再現性が低下していた。すなわち、湿度が60%RH未満の場合、スポットのシグナル強度の平均値では差がないが、個別のスポットにおいて固定化されたプローブDNA量がばらついていることを示している。このような結果が生じる理由は、湿度条件の違いにより、スポット溶液を塗布する工程Aの間において、基板上にスポットされた溶液の蒸発(乾燥)の程度に差異が生じること(工程Aの終了時、湿度が50%RHの場合は溶液が蒸発して乾燥していたのに対し、湿度70%RHの場合は溶液状態で残存していた。)に起因するものと推察された。
【0072】
実施例3
図2の凹凸構造がない基板(ただし基板の材料は実施例1と同様)を作製した。スポット溶液の組成は表1の組成3として、塗布工程中、基板を設置した空間の温度は18℃、湿度は70%RHに維持し、実施例1と同様にして、各基板にプローブDNAを固定化して(工程B)チップを作製し、ハイブリダイゼーション反応後にスポットの検出を行い、コンタミネーション非発生率(%)の算出、プローブ固定化の良/不良の判定、2回の測定の再現性を示す相関係数の2乗値(R
2)の算出を行った。
【0073】
プローブDNA固定化量の評価では、16000の強度平均値であり、相関係数の2乗値は0.9941と実施例1、2の同条件の結果と同等であった。コンタミネーションの非発生率は80%であった。
【符号の説明】
【0074】
1 バイオチップ
10 基板
11 スポット領域
12 凸部群
13 凸部
100 スポット検査装置
110 画像取得ユニット
111 光源部
112 光源用電源
113 鏡筒
114 撮像部
120 解析ユニット
130 加湿ユニット
131 ボトル
131a 水
131b エアーストーン
132 ウォーターバス
133 エアーポンプ
134 送気チューブ
135 加湿チューブ
136 温度計