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特許7707890磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物
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  • 特許-磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-07
(45)【発行日】2025-07-15
(54)【発明の名称】磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/28 20060101AFI20250708BHJP
   H01F 1/24 20060101ALI20250708BHJP
   C08K 9/04 20060101ALI20250708BHJP
   C08L 83/04 20060101ALI20250708BHJP
【FI】
H01F1/28
H01F1/24
C08K9/04
C08L83/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021205745
(22)【出願日】2021-12-20
(65)【公開番号】P2023091161
(43)【公開日】2023-06-30
【審査請求日】2024-09-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】市川 祐永
(72)【発明者】
【氏名】瀧口 宏志
【審査官】後藤 嘉宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-179338(JP,A)
【文献】特開平5-25316(JP,A)
【文献】特開2008-282929(JP,A)
【文献】特開2000-44583(JP,A)
【文献】国際公開第2009/142047(WO,A1)
【文献】特開2006-128521(JP,A)
【文献】特開平5-43696(JP,A)
【文献】特開2019-151822(JP,A)
【文献】特開2020-56909(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/28
H01F 1/24
C08K 9/04
C08L 83/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
保磁力が11[Oe](875[A/m])以下の磁性金属粒子と、
前記磁性金属粒子の表面に設けられ、分岐型シリコーン化合物で構成されるシランカップリング剤に由来する化合物を含む被覆膜と、
を有することを特徴とする磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【請求項2】
前記磁性金属粒子と前記被覆膜との間に位置し、酸化ケイ素を含むシリカ膜をさらに有する請求項1に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【請求項3】
前記シリカ膜の平均厚さは、1nm以上500nm以下である請求項2に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【請求項4】
前記磁性金属粒子の平均粒径は、0.5μm以上100μm以下である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【請求項5】
前記分岐型シリコーン化合物は、下記式(1)で表される化合物である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【化1】
[式中、RおよびRは、互いに同一または異なる炭素数1以上8以下のアルキル基であり、Rは下記一般式(2)
【化2】
(RおよびRは、互いに同一または異なる炭素数1以上8以下のアルキル基であり、rおよびsは、これらの合計が1以上1000以下となる正の整数である。)
で表される基であり、Rは、下記一般式(3)
【化3】
(Rは、互いに独立して、炭素数1以上5以下のアルキル基を示す。)
で表される基であり、nおよびmは、これらの合計が0以上1000以下となる整数であり、pおよびqは、それぞれ1以上1000以下の整数である。]
【請求項6】
前記分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量は、150以上1800以下である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末と、
マトリックス樹脂と、
を有することを特徴とする磁気粘弾性エラストマー組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、マトリックス樹脂と磁性粉とを含む磁気粘弾性エラストマー組成物が開示されている。このうち、磁性粉には、平均粒子径2~10μmの軟磁性金属粉が用いられる。また、磁性粉の表面は、アルコキシシランにより表面処理されている。
【0003】
このような磁気粘弾性エラストマー組成物によれば、磁場を印加したときの貯蔵弾性率の変化が大きくなる。これにより、磁気粘弾性エラストマー組成物を振動吸収装置に用いた場合の制振効果が高められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-179338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の磁気粘弾性エラストマー組成物では、磁場を印加したとき、磁性粉が磁化する。そして、磁気粘弾性エラストマー組成物は、その用途を踏まえると、磁場が印加されたときに磁性を帯び、磁場が印加されていない場合には、実質的に磁性を帯びていない状態となることが望ましい。ところが、特許文献1に記載の磁気粘弾性エラストマー組成物では、磁場を印加し、その後、磁場の印加を停止しても、磁性を帯びていない状態になりにくい。このため、特許文献1に記載の磁気粘弾性エラストマー組成物では、磁場の印加の前後で、弾性率の変化幅が十分でないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の適用例に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末は、
保磁力が11[Oe](875[A/m])以下の磁性金属粒子と、
前記磁性金属粒子の表面に設けられ、分岐型シリコーン化合物で構成されるシランカップリング剤に由来する化合物を含む被覆膜と、
を有することを特徴とする。
【0007】
本発明の適用例に係る磁気粘弾性エラストマー組成物は、
本発明の適用例に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末と、
マトリックス樹脂と、
を有することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物を模式的に示す断面図である。
図2図1に示す磁性粉末(実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末)の粒子を模式的に示す断面図である。
図3図1に示す磁気粘弾性エラストマー組成物の部分拡大図である。
図4】磁気粘弾性エラストマー組成物の貯蔵弾性率を測定する粘弾性測定装置を示す部分断面図である。
図5】試料について貯蔵弾性率を測定するとき、試料に加えたせん断歪みγ、および、測定したせん断応力τ、の時間変化の例を示すグラフである。
図6】磁気粘弾性エラストマー組成物について測定された顕微鏡画像の一例である。
図7図6に示す4×4の各セルについて求めた個数Nnmの一覧表である。
図8】磁気粘弾性エラストマー組成物の製造方法の一例を説明するための工程図である。
図9】横軸を印加した磁場の強さとし、縦軸を磁気粘弾性エラストマー組成物の貯蔵弾性率G’としたとき、実施例1、2および比較例1で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物についての測定結果をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物の好適な実施形態を添付図面に基づいて詳細に説明する。
【0010】
まず、実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物について説明する。
図1は、実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物1を模式的に示す断面図である。図1に示す磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁性粉末2と、マトリックス樹脂3と、を有する。磁性粉末2は、マトリックス樹脂3に分散している。
【0011】
磁性粉末2は、実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末である。
図2は、図1に示す磁性粉末2(実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末)の粒子を模式的に示す断面図である。
【0012】
図2に示す磁性粉末2(実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末)は、磁性金属粒子21と、被覆膜23と、を有する。磁性金属粒子21は、保磁力が11[Oe](875[A/m])以下であり、軟磁性金属材料で構成されている。被覆膜23は、磁性金属粒子21の表面に設けられ、分岐型シリコーン化合物で構成されるシランカップリング剤に由来する化合物を含む。
【0013】
このような構成の粒子を有する磁性粉末2は、後に詳述するが、磁場を印加する前後における弾性率の変化幅が大きい磁気粘弾性エラストマー組成物1の実現に寄与する。また、磁性粉末2では、被覆膜23により、粒子同士の凝集が抑制されている。さらに、被覆膜23が分岐型シリコーン化合物で構成されているシランカップリング剤に由来した有機化合物24を含有している。この有機化合物24の分子構造は、分岐型の構造を含むため、磁性粉末2の粒子表面から突出するような分子鎖を有し、マトリックス樹脂3に対して絡みやすくなっている。これにより、マトリックス樹脂3に対して磁性粉末2が固定されやすく、磁性粉末2の分散性が高められている。
【0014】
また、図2に示す磁性粉末2は、さらにシリカ膜22を有する。シリカ膜22は、磁性金属粒子21と被覆膜23との間に設けられ、酸化ケイ素を含む被膜である。
以下、磁気粘弾性エラストマー組成物1について、さらに詳述する。
【0015】
1.磁性粉末
磁性粉末2の各粒子は、前述したように、磁性金属粒子21と、その表面に設けられたシリカ膜22および被覆膜23と、を有する。
【0016】
1.1.磁性金属粒子
磁性金属粒子21の保磁力は、前述したように、11[Oe](875[A/m])以下である。このような低保磁力の磁性金属粒子21は、残留磁化が小さいため、磁場が印加されていないときにはほとんど磁化しない一方、磁場の印加に伴って磁化するため、磁場の変化に対する磁化の追従性が高い。このため、磁性金属粒子21を有する磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場の変化に対する応答性に優れる。また、このような低保磁力の磁性金属粒子21は、磁場が印加されていないときに凝集しにくいため、磁場の変化に対して位置の追従性に優れ、かつ、マトリックス樹脂3に対して高濃度でかつ均一に分散可能である。このため、磁性金属粒子21を有する磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場を印加する前後での弾性率の変化幅が大きいものとなる。
【0017】
このような磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場の変化に伴う弾性率の大きな変化を利用した様々な応用が可能である。例えば、減衰力を調整可能なダンパーに、磁気粘弾性エラストマー組成物1を用いることができる。磁場を印加する前後での弾性率の変化幅が大きい磁気粘弾性エラストマー組成物1は、ダンパーとして用いられた場合、減衰力の調整幅を広げることに寄与する。したがって、減衰力の強弱の切り替えが可能な、ダイナミックレンジが広いダンパーを実現することができる。
【0018】
磁性金属粒子21の保磁力は、好ましくは5[Oe](398[A/m])以下とされ、より好ましくは3[Oe](239[A/m])以下とされる。
なお、磁性金属粒子21の保磁力は、例えば、振動試料型磁力計(VSM)を用いて測定される。
【0019】
磁性金属粒子21の構成材料としては、例えば、Fe基金属材料、Ni基金属材料、Co基金属材料等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の複合材料が用いられる。また、これらの金属系磁性材料と、酸化物系磁性材料と、の複合材料であってもよい。このうち、磁性金属粒子21の構成材料には、飽和磁化の大きいFe基金属材料が好ましく用いられる。
【0020】
Fe基金属材料は、Feを主成分とする金属材料である。主成分とは、Fe基金属材料においてFeの含有率が原子数比で50%以上であることをいう。このようなFe基金属材料は、フェライト等に比べて飽和磁化が大きく、靭性や強度も高い。このため、Fe基金属材料は、磁性金属粒子21の構成材料として有用である。
【0021】
Fe基金属材料は、Feの他に、NiまたはCoのように単独で強磁性を示す元素を含んでいてもよく、目標とする特性に応じて、Cr、Nb、Cu、Al、Mn、Mo、Si、Sn、B、C、P、TiおよびZrからなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてもよい。また、Fe基金属材料には、実施形態の効果を損なわない範囲で、不可避的不純物が含まれていてもよい。
【0022】
不可避的不純物とは、原料や製造時に意図せずに混入する不純物である。不可避的不純物としては、例えば、O、N、S、Na、Mg、K等が挙げられる。
【0023】
このようなFe基金属材料としては、特に限定されないが、例えば、純鉄、カルボニル鉄の他、センダストのようなFe-Si-Al系合金、Fe-Ni系、Fe-Co系、Fe-Ni-Co系、Fe-Si-B系、Fe-Si-B-C系、Fe-Si-B-Cr-C系、Fe-Si-Cr系、Fe-B系、Fe-P-C系、Fe-Co-Si-B系、Fe-Si-B-Nb系、Fe-Si-B-Nb-Cu系、Fe-Zr-B系、Fe-Cr系、Fe-Cr-Al系のようなFe基合金材料等が挙げられる。
【0024】
また、磁性金属粒子21の構成材料は、アモルファス金属材料であってもよいし、結晶金属材料であってもよいし、微結晶(ナノ結晶)金属材料であってもよい。このうち、アモルファス金属材料または微結晶金属材料が好ましく用いられる。なお、微結晶金属材料とは結晶粒径が100nm以下の微結晶(ナノ結晶)が存在する金属材料のことをいう。これらは、例えば金属酸化物等に比べて靭性および強度が高いため、磁性金属粒子21の摩耗や欠損等を効果的に抑制することができる。
【0025】
アモルファス金属材料としては、例えば、Fe-Si-B系、Fe-Si-B-C系、Fe-Si-B-Cr-C系、Fe-Si-Cr系、Fe-B系、Fe-B-C系、Fe-P-C系、Fe-Co-Si-B系、Fe-Si-B-Nb系、Fe-Zr-Bのような2元系または多元系のFe基アモルファス合金、Ni-Si-B系、Ni-P-B系のようなNi基アモルファス合金、Co-Si-B系のようなCo基アモルファス合金等が挙げられる。
【0026】
微結晶金属材料としては、例えば、Fe-Si-B-Nb-Cu系、Fe-Zr-B系、Fe-Hf-B系、Fe-Nb-B系、Fe-Zr-B-Co系、Fe-Hf-B-Co系、Fe-Nb-B-Co系、Fe-Si-B-P-Cu系のようなFe基ナノ結晶合金等が挙げられる。
【0027】
磁性金属粒子21は、いかなる方法で製造された粒子であってもよい。製造方法の例としては、例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、回転水流アトマイズ法等の各種アトマイズ法の他、粉砕法、カルボニル法等が挙げられる。このうち、アトマイズ法によれば、粒子形状がより真球に近い磁性金属粒子21が得られる。このような磁性金属粒子21は、より凝集しにくいものとなる。
【0028】
磁性金属粒子21の平均粒径は、0.5μm以上100μm以下であるのが好ましく、1.0μm以上50μm以下であるのがより好ましく、1.0μm以上20μm以下であるのがさらに好ましい。磁性金属粒子21の平均粒径が前記範囲内であれば、磁性金属粒子21の凝集を抑制しつつ、磁性金属粒子21の質量を十分に小さくすることができるので、自重によってマトリックス樹脂3中で磁性金属粒子21が沈降するのを抑制することができる。
【0029】
なお、磁性金属粒子21の平均粒径が前記下限値を下回ると、磁性金属粒子21の構成材料によっては、磁性粉末2に凝集が発生しやすくなるおそれがある。一方、磁性金属粒子21の平均粒径が前記上限値を上回ると、磁性金属粒子21の構成材料によっては、マトリックス樹脂3中で磁性金属粒子21が沈降し、偏在するおそれがある。
【0030】
磁性金属粒子21の平均粒径は、レーザー回折法により取得された体積基準の粒度分布において、小径側から累積50%となるときの粒径D50として求められる。
【0031】
1.2.シリカ膜
シリカ膜22は、磁性金属粒子21の表面に設けられている被膜である。シリカ膜22は、磁性金属粒子21と被覆膜23との間に介在し、磁性金属粒子21に対する被覆膜23の密着性を高める。また、シリカ膜22が、磁性金属粒子21を保護することにより、磁性金属粒子21の耐吸湿性および防錆性を高めることができる。
【0032】
シリカ膜22の構成材料は、酸化ケイ素を含む材料であればよい。酸化ケイ素には、SiO、SiO、Si、SiO、SiO、または、これらのうちの2種以上の混合物が挙げられる。具体的な材料としては、例えば、シリカ、ケイ素含有ガラス、珪藻土等が挙げられる。
【0033】
シリカ膜22の平均厚さは、1nm以上500nm以下であるのが好ましく、3nm以上300nm以下であるのがより好ましく、20nm以上100nm以下であるのがさらに好ましい。シリカ膜22の平均厚さが前記範囲内であれば、被覆膜23の密着性を高めるという効果を確保しつつ、シリカ膜22が必要以上に厚くなるのを避けることができる。これにより、磁性粉末2の凝集を抑制しつつ、磁性粉末2の磁気特性の低下を抑制することができる。
【0034】
シリカ膜22の平均厚さは、磁性粉末2の粒子の断面を電子顕微鏡で観察し、10か所以上のシリカ膜22の膜厚を平均した値である。
【0035】
シリカ膜22の成膜方法は、特に限定されないが、例えば、ストーバー法を含むゾルゲル法のような湿式成膜法、ALD(Atomic Layer Deposition)、CVD(Chemical Vapor Deposition)、イオンプレーティングのような気相成膜法等が挙げられる。このうち、ゾルゲル法、特ストーバー法によれば、低コストでムラなくシリカ膜22を形成することができるので、有用である。
【0036】
ストーバー法は、シリコンアルコキシドの加水分解により、シリカ膜22を形成する手法である。シリコンアルコキシドとしては、例えば、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC)が好ましく用いられる。
【0037】
なお、シリカ膜22は、必要に応じて設けられればよく、省略されていてもよい。また、シリカ膜22に代えて、各種セラミックス材料で構成された被膜が設けられていてもよい。セラミックス材料としては、例えば、Al、Ti、V、Nb、Cr、Mn、SnおよびZrからなる群から選ばれた1種以上の元素を含む酸化物系セラミックス材料が好ましく用いられる。このような元素を含む酸化物は、磁性金属粒子21の対吸湿性および防錆性を向上させることができる。さらに、この被膜は、複数のセラミックス材料、例えば、シリカとAl、Ti、V、Nb、Cr、Mn、SnおよびZrからなる群から選ばれた1種以上の元素を含む酸化物との複合材料で構成されていてもよい。
【0038】
以上のように、磁性粉末2(実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末)は、磁性金属粒子21と被覆膜23との間に位置し、酸化ケイ素を含むシリカ膜22をさらに有する。
【0039】
このような構成によれば、磁性金属粒子21に対する被覆膜23の密着性を高めることができる。これにより、磁性粉末2の分散性をより高めることができる。また、シリカ膜22が、磁性金属粒子21を保護することにより、磁性金属粒子21の耐吸湿性および防錆性を高めることができる。これにより、磁性金属粒子21の磁気特性を長期にわたって安定化させることができる。
【0040】
1.3.被覆膜
被覆膜23は、シリカ膜22を介して磁性金属粒子21の表面を被覆する。これにより、マトリックス樹脂3中における磁性粉末2の分散性を高めることができる。
【0041】
被覆膜23の構成材料は、分岐型シリコーン化合物を含むシランカップリング剤に由来する有機化合物24を含む。シランカップリング剤は、有機反応性基および加水分解性基を有する有機ケイ素化合物である。シランカップリング剤を用いることにより、シリカ膜22の表面に有機反応性基を配置することができる。このような被覆膜23を設けることにより、磁性粉末2の粒子同士の凝集を抑制することができる。これにより、磁場の変化に対して位置の追従性に優れ、かつ、マトリックス樹脂3に対して高濃度でかつ均一に分散可能な磁性粉末2を実現することができる。
【0042】
また、分岐型シリコーン化合物は、分岐した分子鎖を有しているため、分子構造が嵩高いという特徴を有する。このため、分岐型シリコーン化合物に由来する有機化合物24は、分岐した部位がマトリックス樹脂3と絡み合うことで、マトリックス樹脂3の分子鎖に対して磁性粉末2が分散、保持されやすくなる。これにより、磁性粉末2が自重等で偏在することが抑制され、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性が高められている。
【0043】
さらに、被覆膜23は、磁性粉末2の耐湿性、防錆性等を高めることにも寄与する。耐湿性や防錆性が高められることにより、磁性粉末2の吸湿や発錆による劣化を抑制することができる。
【0044】
分岐型シリコーン化合物は、シリコーン主鎖と、シリコーン主鎖から分岐した側鎖と、を有する化合物であれば、特に限定されない。
【0045】
例えば、分岐型シリコーン化合物として、下記式(1)で表される化合物が好ましく用いられる。
【0046】
【化1】
[式中、RおよびRは、互いに同一または異なる炭素数1以上8以下のアルキル基であり、Rは下記一般式(2)
【0047】
【化2】
(RおよびRは、互いに同一または異なる炭素数1以上8以下のアルキル基であり、rおよびsは、これらの合計が1以上1000以下となる正の整数である。)
で表される基であり、Rは、下記一般式(3)
【0048】
【化3】
(Rは、互いに独立して、炭素数1以上5以下のアルキル基を示す。)
で表される基であり、nおよびmは、これらの合計が0以上1000以下となる整数であり、pおよびqは、それぞれ1以上1000以下の整数である。]
なお、一般式(1)ないし(3)には、一般式(1)ないし(3)に示された構造の化合物や官能基だけでなく、その構造異性体や立体異性体も含まれる。
【0049】
このような分岐型シリコーン化合物は、特に嵩高い分子構造を有しているため、磁性粉末2の粒子の表面近傍におけるシリコーンの濃度をより高めることができる。これにより、磁性粉末2の粒子の表面に分子鎖を高密度に配置することができる。その結果、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性を特に高めることができる。また、シリコーン主鎖から分岐する側鎖、特に上記一般式(2)で表される側鎖は、疎水性に富んでいるため、磁性粉末2とマトリックス樹脂3との親和性が高くなる。これにより、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性をさらに高めることができる。
【0050】
なお、一般式(1)において、nおよびmの合計は、好ましくは0以上500以下である。また、一般式(1)において、pおよびqは、それぞれ好ましくは1以上500以下である。さらに、一般式(2)において、rおよびsの合計は、好ましくは1以上500以下である。
【0051】
一般式(1)で表される分岐型シリコーン化合物の具体例としては、トリエトキシシリルエチルポリジメチルシロキシエチルジメチコン、トリエトキシシリルエチルポリジメチルシロキシエチルヘキシルジメチコン等が挙げられる。
この他の分岐型シリコーン化合物の具体例としては、アクリレーツ/アクリル酸トリデシル/メタクリル酸トリエトキシシリルプロピル/メタクリル酸ジメチコン)コポリマー)、トリエトキシカプリリルシラン等が挙げられる。
【0052】
分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量は、特に限定されないが、150以上1800以下であるのが好ましく、300以上1200以下であるのがより好ましく、450以上900以下であるのがさらに好ましい。分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量が前記範囲内であれば、被覆膜23が磁性金属粒子21の表面をより均一に被覆するとともに、側鎖に必要かつ十分な長さが確保される。これにより、磁性粉末2が有する分岐型シリコーン化合物とマトリックス樹脂3とが絡み合いやすくなるとともに、分岐型シリコーン化合物が嵩高くなりすぎるのを抑制して、分岐型シリコーン化合物の分子鎖がマトリックス樹脂3の分子鎖同士の隙間に入りやすくなる。その結果、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性を確保することができる。
【0053】
なお、分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量が前記下限値を下回ると、分岐型シリコーン化合物とマトリックス樹脂3との絡み合いが減少し、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性が低下するおそれがある。一方、分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量が前記上限値を上回ると、分岐型シリコーン化合物の分子構造が嵩高くなりすぎて、分岐型シリコーン化合物の分子鎖がマトリックス樹脂3の分子鎖同士の隙間に侵入しにくくなり、マトリックス樹脂3に対して磁性粉末2が固定されにくくなるおそれがある。
【0054】
なお、分岐型シリコーン化合物の重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定することができる。
【0055】
また、上記の磁性粉末2の含有量は、磁気粘弾性エラストマー組成物1の体積を100体積部としたとき、5体積部以上80体積部以下であるのが好ましく、10体積部以上70体積部以下であるのがより好ましく、20体積部以上60体積部以下であるのがさらに好ましい。これにより、磁気粘弾性エラストマー組成物1に磁場が印加されたとき、貯蔵弾性率の変化幅が十分に大きくなる。
【0056】
2.マトリックス樹脂
マトリックス樹脂3は、磁性粉末2を分散させるマトリックスとなる高分子材料である。したがって、マトリックス樹脂3は、例えば三次元網目構造をなすポリマー鎖を含んでいる。そして、このポリマー鎖に磁性粉末2の被覆膜23が有する分子鎖が絡み合うことにより、マトリックス樹脂3に対して磁性粉末2が保持される。これにより、磁性粉末2の分散性を確保することができる。
【0057】
図3は、図1に示す磁気粘弾性エラストマー組成物1の部分拡大図である。図3に示す磁気粘弾性エラストマー組成物1は、マトリックス樹脂3が含むポリマー鎖31と、ポリマー鎖31同士の間に設けられている磁性粉末2と、を有する。
【0058】
ポリマー鎖31は、図3に示すように、互いに架橋し、三次元網目構造をなしている。磁性粉末2が有する被覆膜23は、嵩高い分岐型シリコーン化合物に由来する有機化合物24を含む。有機化合物24は、図2に示すように、表面から立ち上がるように伸びる側鎖を有するため、図3に示すように、ポリマー鎖31と絡み合う確率が高くなる。これにより、磁性粉末2がポリマー鎖31に保持されやすくなり、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性が高くなる。
【0059】
マトリックス樹脂3としては、例えば、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂、光硬化性樹脂、エラストマー、ゴム、ゲル等が挙げられる。そして、マトリックス樹脂3は、いわゆるエラストマーやゴムのように、ゴム弾性を有しているのが好ましい。ゴム弾性とは、力を加えて引き伸ばすと大きく伸び、その力を除くと元の長さ程度まで戻る性質をいう。マトリックス樹脂3がこのようなゴム弾性を有していることにより、磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場の印加に応じて様々な粘弾性を示すことができる。これにより、例えば減衰力調整ダンパーのような応用が可能になる。
【0060】
マトリックス樹脂3として用いられるエラストマーとしては、例えば、スチレン系熱可塑性エラストマー(TPE)、オレフィン系TPE、塩化ビニル系TPE、ウレタン系TPE、エステル系TPE、アミド系TPE、塩素化ポエチレン系TPE、Syn-1,2-ポリブタジエン系TPE、Trans-1,4-ポリイソプレン系TPE、フッ素系TPE等の各種熱可塑性エラストマーが挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。なお、上記「系」とは、ホモポリマーまたは共重合体であることを指す。
【0061】
マトリックス樹脂3として用いられるゴムとしては、例えば、天然ゴム、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、1,2-ポリブタジエン(1,2-BR)、スチレンーブタジエン(SBR)、クロロプレンゴム(CR)、二トリルゴム(NBR)、ブチルゴム(IIR)、エチレンープロピレンゴム(EPM、EPDM)、クロロスルホン化プリエチレン(CSM)、アクリルゴム(ACM、ANM)、エピクロルヒドリンゴム(CO、ECO)、多硫化ゴム(T)、シリコーンゴム、フッ素ゴム(FKM)、ウレタンゴム(U)等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0062】
また、マトリックス樹脂3には、以下のような増粘剤が添加されていてもよい。これにより、マトリックス樹脂3がゲル化し、いわゆるエラストマーゲルと呼ばれる状態になる。増粘剤としては、例えば、アラビアゴム、トラガカント、ガラクタン、キャロブガム、グアーガム、カラヤガム、カラギーナン、ペクチン、寒天、クインスシード、デンプン、アルゲコロイド、トラントガム、ローカストビーンガムのような植物系高分子、キサンタンガム、デキストラン、サクシノグルカン、プルランのような微生物系高分子、コラーゲン、カゼイン、アルブミン、ゼラチンのような動物系高分子、カルボキシメチルデンプン、メチルヒドロキシプロピルデンプンのようなデンプン系高分子、メチルセルロース、エチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ニトロセルロース、セルロース硫酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、カチオン化セルロース、セルロース末ようなのセルロース系高分子、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸プロピレングリコールエステルのようなアルギン酸系高分子、ポリビニルメチルエーテル、カルボキシビニルポリマーのようなビニル系高分子、ポリオキシエチレン系高分子、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン共重合体系高分子、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリエチルアクリレート、ポリアクリルアミド、アクリロイルジメチルタウリン塩コポリマーのようなアクリル系高分子、ポリエチレンイミン、カチオンポリマーのような合成水溶性高分子、ベントナイト、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、サポナイト、ヘクトライト、無水ケイ酸のような無機系水溶性高分子等が挙げられる。
【0063】
3.液状成分
磁気粘弾性エラストマー組成物1は、必要に応じて、液状成分を含んでいてもよい。液状成分としては、常温で液体である成分であれば特に限定されないが、例えば、油剤、水系溶媒等が挙げられる。
【0064】
油剤としては、例えば、オレフィン油、パラフィン油、ナフテン油、鉱物油、食用油、シリコーン油、フッ素油のような非水系油等が挙げられる。水系溶媒としては、例えば、水、水溶液等が挙げられる。
【0065】
このような液体は、マトリックス樹脂3に含浸して膨潤させる。これにより、磁気粘弾性エラストマー組成物1の弾性率を低下させることができる。つまり、磁気粘弾性エラストマー組成物1の弾性率を調整することができる。
【0066】
液体成分には、特にシリコーン油が好ましく用いられる。シリコーン油は、磁性粉末2との親和性が高いため、マトリックス樹脂3にシリコーン油を含浸しても、磁性粉末2の分散状態を劣化させにくい。
【0067】
シリコーン油としては、例えば、ジメチルシリコーンオイル、メチルハイドロジェンシリコーンオイル、メチルフェニルシリコーンオイル、環状ジメチルシリコーンオイル、ジメチルポリシロキサンオイル等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0068】
液体成分の含有量は、特に限定されないが、マトリックス樹脂3の含有量を100質量部としたとき、5質量部以上700質量部以下であるのが好ましく、50質量部以上500質量部以下であるのがより好ましく、100質量部以上400質量部以下であるのがさらに好ましい。これにより、油剤や水系溶媒の染み出しを抑制しつつ、磁気粘弾性エラストマー組成物1の弾性率を適度な範囲で調整することができる。
【0069】
4.添加剤
磁気粘弾性エラストマー組成物1は、任意の添加剤を含有していてもよい。添加剤としては、例えば、スリップ剤、アンチブロッキング剤、熱安定剤、酸化防止剤、光安定剤、紫外線吸収剤、結晶核剤、ブロッキング防止剤、離型剤、滑剤、着色剤、顔料、無機充填剤、有機充填剤、発泡剤、難燃剤、老化防止剤、帯電防止剤、抗菌剤、粘着付与剤等が挙げられる。
【0070】
添加剤の含有量は、マトリックス樹脂3の含有量を100質量部としたとき、20質量部以下であるのが好ましく、0.1質量部以上10質量部以下であるのがより好ましい。
【0071】
5.実施形態が奏する効果
以上のように、実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物1は、実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー用金属粉末である磁性粉末2と、マトリックス樹脂3と、を有する。
【0072】
このような構成によれば、磁性粉末2がもたらす作用、具体的には、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性に優れているという作用により、磁場を印加する前後での弾性率の変化幅が大きい磁気粘弾性エラストマー組成物1を実現することができる。
【0073】
なお、磁気粘弾性エラストマー組成物1の弾性率とは、貯蔵弾性率G’のことであり、例えば、アントンパール社製、粘弾性測定装置MCR102および磁場印加装置MRD70を用いて測定される。
【0074】
図4は、磁気粘弾性エラストマー組成物1の弾性率を測定する粘弾性測定装置9を示す部分断面図である。
図4に示す粘弾性測定装置9は、非磁性ローター91と、基台92と、非磁性プレート93と、ホール素子94と、ヨーク95と、コイル96と、を備える。非磁性ローター91と非磁性プレート93との間に磁気粘弾性エラストマー組成物1の試料90を挟み、非磁性ローター91を回転しつつ、せん断力を測定する。これにより、貯蔵弾性率G’を測定する。また、ヨーク95から基台92に向けて磁場を印加することにより、試料90に磁場を印加した状態で、貯蔵弾性率G’を測定することができる。
【0075】
以下、測定手順を説明する。まず、磁気粘弾性エラストマー組成物1から、直径20mm、厚さ1.5mmの円盤状の試料90を切り出す。切り出した試料90を非磁性ローター91と非磁性プレート93との間に挟む。
【0076】
次に、非磁性ローター91を試料90に向けて押し下げ、試料90に1Nの荷重を加える。
次に、試料90に正弦波状のせん断歪みを加え、非磁性ローター91を振動回動させる。最大せん断歪みは0.1%、周波数は1Hz、試料90の温度は25℃とする。
次に、正弦波状のせん断歪みに対応する正弦波状のせん断応力を測定する。
【0077】
図5は、試料について貯蔵弾性率を測定するとき、試料に加えたせん断歪みγ、および、測定したせん断応力τ、の時間変化の例を示すグラフである。せん断歪みγの変化曲線およびせん断応力τの変化曲線は、図5に示すように、それぞれ正弦波状の曲線となる。最大せん断歪みを+γmaxとし、最小せん断歪みを-γmaxとする。また、最大せん断応力を+τmaxとし、最小せん断応力を-τmaxとする。また、せん断歪みγの変化曲線とせん断応力τの変化曲線との位相差をδとする。
【0078】
次に、最大せん断歪みを+γmaxおよび最大せん断応力を+τmaxから複素弾性率Gの絶対値を求める。複素弾性率の絶対値|G|は、|G|=+τmax/+γmaxで求められる。
【0079】
次に、位相差δおよび複素弾性率Gから貯蔵弾性率G’を求める。複素弾性率Gと貯蔵弾性率G’との関係は、損失弾性率G”を用いると、G=G’+iG”(iは虚数単位)で表される。すなわち、複素弾性率Gの実部である貯蔵弾性率G’は、G’=|G|cosδで求められる。
【0080】
なお、磁場を印加した状態における貯蔵弾性率G’は、ヨーク95から試料90に磁場を印加した状態で測定した値である。印加した磁場の強さは、ホール素子94により測定する。
以上のようにして、磁場を印加していないとき、および、磁場を印加しているときの貯蔵弾性率G’を測定することができる。
【0081】
実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場を印加していないときの貯蔵弾性率を1としたとき、0.2Tの磁束密度で磁場を印加したときの貯蔵弾性率が好ましくは30以上、より好ましくは40以上500以下になる。このような磁気粘弾性エラストマー組成物1は、磁場を印加する前後での貯蔵弾性率の変化幅が十分に大きい。このため、かかる磁気粘弾性エラストマー組成物1は、減衰力可変ダンバーをはじめとする様々な用途に適用可能である。
【0082】
また、磁気粘弾性エラストマー組成物1は、上述したように、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性に優れている。この分散性は、以下の方法で定量的に測定することができる。
【0083】
まず、磁気粘弾性エラストマー組成物1を光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡により撮像する。
次に、得られた顕微鏡画像に二値化処理を施す。この二値化処理では、磁性粉末2に相当する粒子像が白色、その他の部位に相当する像が黒色になるようにする。図6は、磁気粘弾性エラストマー組成物1について測定された顕微鏡画像の一例である。図6に示す顕微鏡画像は、1辺が180μmの正方形をなす画像である。図6では、白色をなす粒子像が、黒色をなすマトリックス中に分布している様子がわかる。
【0084】
次に、二値化処理を施した顕微鏡画像をn×mのセルに分割する。このとき、1つのセルに20個以上の粒子像が含まれるように、分割数n、mや顕微鏡画像の撮像倍率を調整する。図6では、一例として、4×4のセルに分割している。
【0085】
次に、各セルにおける粒子像の面積の割合である面積割合Pnmを求める。この面積割合Pnmは、各セルの面積において粒子像の全面積が占める割合である。なお、面積割合Pnmの代わりに、各セルにおける粒子像の個数Nnmを求めるようにしてもよい。
【0086】
次に、全セルにおいて、面積割合Pnmの平均値Paveおよび標準偏差σを求める。または、個数Nnmの平均値Naveおよび標準偏差σを求める。続いて、相対標準偏差σ/Paveまたは相対標準偏差σ/Naveを求める。
【0087】
図7は、図6に示す4×4の各セルについて求めた個数Nnmの一覧表である。図7に示すように、個数Nnmを用いることで、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性を定量的に評価することができる。
【0088】
本実施形態に係る磁気粘弾性エラストマー組成物1は、上記のようにして求めた相対標準偏差σ/Paveまたは相対標準偏差σ/Naveが、0.50以下であるのが好ましく、0.40以下であるのがより好ましく、0.30以下であるのがさらに好ましい。相対標準偏差が前記範囲内であることにより、マトリックス樹脂3における磁性粉末2の分散性が特に良好になる。これにより、磁気粘弾性エラストマー組成物1では、磁場の変化に対して磁性粉末2の位置の追従性が優れる。つまり、磁場が印加されたとき、均一に分散した磁性粉末2が、速やかにかつ良好に整列する。その結果、磁場を印加する前後での貯蔵弾性率の変化幅をより大きくすることができる。
【0089】
磁気粘弾性エラストマー組成物1の用途としては、例えば、緩衝部、動力伝達部、姿勢制御部、クラッチ、ダンパー、ショックアブソーバー、制振装置、組み立てロボットの筋肉部分、液体流量制御用バルブ、触覚呈示装置、音響装置、医療・福祉用ロボットハンド、介護ハンド等が挙げられる。
【0090】
6.磁気粘弾性エラストマー組成物の製造方法
次に、磁気粘弾性エラストマー組成物の製造方法の一例について説明する。
【0091】
図8は、磁気粘弾性エラストマー組成物の製造方法の一例を説明するための工程図である。図8に示す製造方法は、シランカップリング剤処理工程S102と、液体成分添加工程S104と、樹脂前駆体添加工程S106と、撹拌工程S108と、硬化工程S110と、を有する。以下、各工程について順次説明する。
【0092】
6.1.シランカップリング剤処理工程
シランカップリング剤処理工程S102では、磁性金属粒子21の表面にシリカ膜22を形成する。
【0093】
次に、シリカ膜22を形成した磁性金属粒子21に対し、シランカップリング剤処理を行う。磁性金属粒子21とシランカップリング剤を反応器内に入れ、加熱する方法、磁性金属粒子21にシランカップリング剤を噴霧する方法、シランカップリング剤を含む溶液に磁性金属粒子21を入れ、乾燥させる方法等により、シリカ膜22の表面に被覆膜23を形成することができる。これにより、磁性粉末2が得られる。
【0094】
なお、被覆膜23の形成後、必要に応じて、得られた被覆膜23に熱処理を行ってもよい。熱処理の条件は、例えば温度が60℃以上120℃以下で、時間が10分以上24時間以下とされる。これにより、被覆膜23に残留した水和物を除去したり、未反応のシランカップリング剤を除去したり、被覆膜23の密着性を高めたりすることができる。
【0095】
6.2.液体成分添加工程
液体成分添加工程S104では、磁性粉末2と、液体成分と、を混合する。これにより、スラリーを調製する。なお、本工程の順序は、樹脂前駆体添加工程S106と逆であってもよい。また、液体成分を添加しない場合、本工程は省略される。
【0096】
6.3.樹脂前駆体添加工程
樹脂前駆体添加工程S106では、スラリーに樹脂前駆体を添加する。樹脂前駆体は、マトリックス樹脂3の前駆体である。
【0097】
6.4.撹拌工程
撹拌工程S108では、スラリーと樹脂前駆体との混合物を撹拌する。これにより、混合物を均一化する。撹拌には、薬さじ等を用いた撹拌、ボルテックスミキサー等の撹拌機を用いた撹拌等が挙げられる。
【0098】
6.5.硬化工程
硬化工程S110では、撹拌した混合物に硬化処理を施す。これにより、樹脂前駆体が硬化し、磁気粘弾性エラストマー組成物1が得られる。硬化処理は、樹脂前駆体の種類に応じて選択されるが、熱硬化処理、光硬化処理等である。
【0099】
なお、撹拌工程S108および硬化工程S110は、互いに時間的に重なっていてもよい。例えば、混合物を撹拌しながら熱や光を付与することにより、樹脂前駆体に硬化処理を施してもよい。
【0100】
以上、本発明の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物について、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0101】
例えば、本発明の磁気粘弾性エラストマー用金属粉末および磁気粘弾性エラストマー組成物は、前記実施形態に任意の成分が付加されたものであってもよい。
【実施例
【0102】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
7.磁気粘弾性エラストマー組成物の作製
7.1.実施例1
まず、磁性粉末として、被覆膜を形成したカルボニル鉄粉を用意した。カルボニル鉄粉の保磁力、平均粒径および磁性粉末の質量分率は、表1に示す通りである。被覆膜の形成には、シランカップリング剤として、分岐型シリコーン(1)、重量平均分子量868、を用いた。
【0103】
次に、磁性粉末と、液体成分であるシリコーンオイルと、を混合し、スラリーを調製した。シリコーンオイルには、ジメチルポリシロキサンオイルを使用した。
次に、スラリーに樹脂前駆体を添加した。樹脂前駆体には、付加硬化型のシリコーンゴムの前駆体を用いた。なお、磁性粉末、樹脂前駆体および液体成分の混合比は、24質量%、19質量%および57質量%とした。
【0104】
次に、スラリーと樹脂前駆体との混合物を10分間撹拌した。その後、撹拌した混合物をオーブンに入れ、90℃で2時間加熱した。これにより、樹脂前駆体に硬化反応を生じさせ、磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0105】
7.2.実施例2
カルボニル鉄粉と被覆膜との間にシリカ膜を設けた以外は、実施例1と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。なお、シリカ膜の形成には、ストーバー法を用いた。また、シリカ膜の平均厚さは、30nmであった。
【0106】
7.3.実施例3
液体成分であるシリコーンオイルの添加を省略した以外は、実施例1と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0107】
7.4.実施例4、5
まず、磁性粉末として、被覆膜およびシリカ膜を形成したアモルファス金属粉を用いた以外は、実施例1と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。なお、アモルファス金属粉の保磁力、平均粒径および磁性粉末の質量分率は、表2に示す通りである。
【0108】
7.5.実施例6
液体成分であるシリコーンオイルの添加を省略した以外は、実施例4と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0109】
7.6.実施例7~9
シランカップリング剤として、分岐型シリコーン(2)~(4)を用いた以外は、実施例4と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。なお、アモルファス金属粉の保磁力、平均粒径および磁性粉末の質量分率は、表2に示す通りである。
【0110】
7.7.実施例10、11
磁性粉末の質量分率を表2に示すように変更した以外は、実施例4と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0111】
7.8.比較例1
被覆膜の形成を省略した以外は、実施例1と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0112】
7.9.比較例2
被覆膜の形成を省略した以外は、実施例2と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0113】
7.10.比較例3
液体成分であるシリコーンオイルの添加を省略した以外は、比較例2と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0114】
7.11.比較例4
シランカップリング剤として、直鎖型シリコーン化合物を用いた以外は、実施例2と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0115】
7.12.比較例5
シランカップリング剤として、直鎖型シリコーン化合物を用いた以外は、実施例3と同様にして磁気粘弾性エラストマー組成物を得た。
【0116】
なお、前述した分岐型シリコーン(1)~(4)および直鎖型シリコーンとは、以下の化合物のことをいう。
・分岐型シリコーン(1):トリエトキシシリルエチルポリジメチルシロキシエチルヘキシルジメチコン
・分岐型シリコーン(2):トリエトキシシリルエチルポリジメチルシロキシエチルジメチコン
・分岐型シリコーン(3):(アクリレーツ/アクリル酸トリデシル/メタクリル酸トリエトキシシリルプロピル/メタクリル酸ジメチコン)コポリマー
・分岐型シリコーン(4):トリエトキシカプリリルシラン
・直鎖型シリコーン :グリシドキシオクチルトリメトキシシラン
【0117】
8.磁気粘弾性エラストマー組成物の評価
8.1.磁場印加時の貯蔵弾性率の測定
実施例1、2および比較例1で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物について、貯蔵弾性率を測定した。なお、貯蔵弾性率の測定は、磁気粘弾性エラストマー組成物に対して磁場を印加しながら行った。そして、印加した磁場の強さ(磁束密度)と、測定された貯蔵弾性率G’と、の関係を図9に示す。図9は、横軸を印加した磁場の強さとし、縦軸を磁気粘弾性エラストマー組成物の貯蔵弾性率G’としたとき、実施例1、2および比較例1で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物についての測定結果をプロットしたグラフである。
【0118】
図9に示すように、磁気粘弾性エラストマー組成物に印加する磁場を増していくと、貯蔵弾性率G’は徐々に上昇することが認められた。したがって、磁気粘弾性エラストマー組成物では、印加する磁場の強さによって、貯蔵弾性率G’を調整することができることがわかった。
【0119】
また、実施例1、2で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物では、比較例1で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物に比べて、貯蔵弾性率G’が上昇する傾きが大きかった。したがって、本発明によれば、磁場を印加する前後での貯蔵弾性率の変化幅が大きい磁気粘弾性エラストマー組成物を実現し得ることがわかった。
【0120】
8.2.磁場無印加時に対する磁場印加時の貯蔵弾性率比の算出
図9に示すグラフから、磁場無印加時、0.1T印加持、0.2T印加時、および、0.5T印加時の貯蔵弾性率G’を抜き出した。なお、磁場無印加時とは、磁気粘弾性エラストマー組成物に磁場を印加していない状態を指す。0.1T印加時とは、磁気粘弾性エラストマー組成物に0.1Tの磁束密度で磁場を印加した状態を指す。0.2T印加時とは、磁気粘弾性エラストマー組成物に0.2Tの磁束密度で磁場を印加した状態を指す。0.5T印加時とは、磁気粘弾性エラストマー組成物に0.5Tの磁束密度で磁場を印加した状態を指す。
【0121】
次に、磁場無印加時の貯蔵弾性率G’を1としたとき、磁場印加時の貯蔵弾性率G’の比を算出した。実施例3についても同様に算出した。算出した比を、貯蔵弾性率比として表1に示す。
【0122】
また、比較例6で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物について、磁場無印加時の貯蔵弾性率G’を「F」としたとき、実施例4~11で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物について、磁場印加時の貯蔵弾性率G’を「A~E」の5段階で相対評価した。評価結果を表2に示す。なお、「A~E」という階級は、F<E<D<C<B<Aという大小関係を持つ。
【0123】
8.3.分散性の評価
各実施例および各比較例で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物について、前述した方法により、磁気粉末の分散性を定量化した。なお、分散性の定量化には、相対標準偏差σ/Naveを用いた。そして、算出した相対標準偏差σ/Naveを以下の評価基準に照らして、分散性を評価した。
【0124】
A:分散性が特に良好(相対標準偏差が0.30以下)
B:分散性が良好(相対標準偏差が0.30超0.40以下)
C:分散性がやや良好(相対標準偏差が0.40超0.50以下)
D:分散性がやや不良(相対標準偏差が0.50超0.60以下)
E:分散性が不良(相対標準偏差が0.60超0.70以下)
F:分散性が特に不良(相対標準偏差が0.70超)
評価結果を表1および表2に示す。
【0125】
【表1】
【0126】
【表2】
【0127】
表1および表2から明らかなように、各実施例で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物は、各比較例で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物に比べて、磁場無印加時に対する磁場印加時の貯蔵弾性率比が高かった。また、各実施例で得られた磁気粘弾性エラストマー組成物では、磁性粉末の分散性も良好であった。したがって、本発明によれば、磁性金属粒子の分散性に優れ、磁場を印加する前後での弾性率の変化幅が大きい磁気粘弾性エラストマー組成物を実現可能であることが認められた。
【符号の説明】
【0128】
1…磁気粘弾性エラストマー組成物、2…磁性粉末、3…マトリックス樹脂、9…粘弾性測定装置、21…磁性金属粒子、22…シリカ膜、23…被覆膜、24…有機化合物、31…ポリマー鎖、90…試料、91…非磁性ローター、92…基台、93…非磁性プレート、94…ホール素子、95…ヨーク、96…コイル、S102…シランカップリング剤処理工程、S104…液体成分添加工程、S106…樹脂前駆体添加工程、S108…撹拌工程、S110…硬化工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9