(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-07
(45)【発行日】2025-07-15
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接方法および溶接部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/24 20060101AFI20250708BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20250708BHJP
【FI】
B23K11/24 315
B23K11/24 338
B23K11/11 540
(21)【出願番号】P 2023207288
(22)【出願日】2023-12-07
【審査請求日】2024-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2022198913
(32)【優先日】2022-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】谷口 公一
(72)【発明者】
【氏名】宗村 尚晃
(72)【発明者】
【氏名】澤西 央海
(72)【発明者】
【氏名】田近 久和
(72)【発明者】
【氏名】梅田 侑暉
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-112773(JP,A)
【文献】再公表特許第2015/190082(JP,A1)
【文献】再公表特許第2016/174842(JP,A1)
【文献】特開2009-208128(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0223938(US,A1)
【文献】特開2000-005882(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/24
B23K 11/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法であって、
溶接前の加圧工程において、前記金属板から前記電極への加圧力が検出された時点から、前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tを計測し、
計測された前記時間Tに基づいて
単位体積当たりの狙い累積発熱量を設定し、前記狙い累積発熱量に従って通電量を制御して、前記接合対象の被溶接材を
適応制御溶接によって接合
し、
本溶接に先立って、外乱のない条件下で、複数枚の金属板を重ね合わせた試験用の被溶接材を一対の電極によって挟み、前記金属板から前記電極への加圧力が検出された時点から、前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tsを計測し、前記時間TおよびTsに基づいて、前記狙い累積発熱量を設定し、
単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線から外れた場合には、前記瞬時発熱量と前記時間変化曲線との差分を残りの通電時間内で補償すべく、本溶接での単位体積当たりの累積発熱量が前記狙い累積発熱量と一致するように通電量を制御することを特徴とする抵抗スポット溶接方法。
【請求項2】
前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点とは、前記金属板の形状の変化が、前記複数枚の金属板の厚み全体に対して3%以下および0.1mm以下のいずれか小さい方となった時点である
、請求項1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項3】
本溶接に先立ってテスト溶接を行い、
前記テスト溶接では、定電流制御により通電し
て所定のナゲット径のナゲットを形成する場合の前記一対の電極間の電気特性から算出される単位体積当たりの累積発熱量を求め、
前記本溶接の通電では、前記テスト溶接において求めた前記単位体積当たりの累積発熱量を
前記狙い累積発熱量に設定し、該狙い累積発熱量に従って通電量を制御する、請求項1または2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の抵抗スポット溶接方法により、複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を接合して溶接部材を得る、溶接部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接方法および溶接部材の製造方法に関する。
【0002】
一般に、重ね合わせた金属板、例えば鋼板同士の接合には、重ね抵抗溶接法の一種である抵抗スポット溶接法が用いられている。この溶接法は、重ね合わせた2枚以上の金属板を挟んでその上下から一対の電極で加圧しつつ、上下電極間に高電流の溶接電流を短時間通電して接合する方法であり、高電流の溶接電流を流すことによって発生する抵抗発熱を利用して、点状の溶接部が得られる。この点状の溶接部は「ナゲット」と呼ばれ、重ね合わせた金属板に電流を流した際に金属板の接触箇所にて両金属板が溶融し、凝固した部分である。このナゲットにより、金属板同士が点状に接合される。
【0003】
良好な溶接部品質を得るためには、ナゲットの径を適正な範囲に調整することが重要である。ナゲット径は、溶接電流、通電時間、電極形状および加圧力等の溶接条件によって定まる。従って、適切なナゲット径を得るためには、被溶接材の材質、板厚および重ね枚数等の被溶接材の条件に応じて、上記の溶接条件を適正に設定する必要がある。
【0004】
例えば、自動車の製造に際しては、一台当たり数千点ものスポット溶接が施されており、また次々と流れてくる被溶接材(ワーク)を溶接する必要がある。この時、各溶接箇所における被溶接材の材質、板厚および重ね枚数等の被溶接材の状態が同一であれば、溶接電流、通電時間および加圧力等の溶接条件も同一の条件で同一のナゲット径を得ることができる。
【0005】
しかしながら、連続した溶接では、電極の被溶接材への接触面が次第に摩耗して接触面積が初期状態よりも次第に広くなる。このように電極の接触面積が広くなった状態で、初期状態と同じ値の溶接電流を流すと、被溶接材中の電流密度が低下し、溶接部の温度上昇が低くなるため、ナゲット径は小さくなる。このため、数百~数千点の溶接毎に、電極の研磨または交換を行い、電極の先端径が拡大しすぎないようにしている。
【0006】
その他、予め定めた回数の溶接を行うと溶接電流値を増加させて、電極の摩耗に伴う電流密度の低下を補償する機能(ステッパー機能)を備えた抵抗溶接装置が、従来から使用されている。このステッパー機能を使用するには、上述した溶接電流変化パターンを予め適正に設定しておく必要がある。
【0007】
しかしながら、このために、数多くの溶接条件および被溶接材条件に対応した溶接電流変化パターンを、試験等によって導き出すには、多くの時間とコストが必要になる。また、実際の施工においては、電極摩耗の進行状態にはバラツキがあるため、予め定めた溶接電流変化パターンが常に適正であるとはいえない。
【0008】
さらに、溶接に際して外乱が存在する場合、例えば、溶接する点の近くにすでに溶接した点(既溶接点)がある場合や、被溶接材の表面凹凸が大きく溶接する点の近くに被溶接材の接触点が存在する場合には、溶接時に既溶接点および接触点に電流が分流する。このような状態では、所定の条件で溶接しても、電極直下の溶接したい位置における電流密度は低下するため、やはり必要な径のナゲットは得られなくなる。この発熱量不足を補償し、必要な径のナゲットを得るには、予め高い溶接電流を設定することが必要となる。
【0009】
また、表面凹凸や部材の形状などにより溶接する点の周囲が強く拘束されている場合や、溶接点周囲の金属板間に異物が挟まっていたりする場合には、金属板間の隙間(以下、「板隙」とも言う。)が大きくなることで金属板同士の接触径が狭まり、散りが発生しやすくなることもある。
【0010】
このような溶接不安定性を解決するために、いわゆる適応制御溶接が提案されている。適応制御溶接では、前述した電極の損耗や外乱による溶接現象の変化を、溶接中の電流、電圧、抵抗や発熱量の変化を電気的信号として直接計測あるいは算出し、その値に基づいて溶接電流や電圧などの入力パラメータを制御する。
【0011】
特許文献1には、溶接電流およびチップ間電圧を検出し、熱伝導計算により溶接部のシミュレーションを行い、溶接中における溶接部のナゲットの形成状態を推定することによって、良好な溶接を行おうとする抵抗溶接機の溶接条件制御方法が記載されている。
【0012】
特許文献2には、被溶接物の板厚と通電時間とから、その被溶接物を良好に溶接することができる単位体積当たりの累積発熱量を計算し、計算された単位体積・単位時間当たりの発熱量を発生させる溶接電流または電圧に調整する処理を行う溶接システムを用いることにより、被溶接物の種類や電極の摩耗状態によらず良好な溶接を行おうとする抵抗溶接システムが記載されている。
【0013】
特許文献3には、溶接パターンを電極直下に通電経路を確保するためのステップと、引き続く所定径のナゲットを形成するためのステップの2段とし、テスト溶接にて定電流制御により通電して適正なナゲットを形成する場合の電極間の電気特性から算出される、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化および単位体積当たりの累積発熱量をそれぞれ目標値として記憶させたうえで、本溶接の累積発熱量がテスト溶接で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御することで、一定以上のナゲット径を得ることができる抵抗スポット溶接方法が記載されている。
【0014】
特許文献4には、テスト溶接にて累積発熱量を記憶させる場合に、外乱のある状態を模擬して記憶させたうえで、本溶接の累積発熱量がテスト溶接で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御することによって、一定以上のナゲット径を得ることができる抵抗スポット溶接方法が記載されている。
【0015】
特許文献5には、本溶接の通電開始前に、初期設定加圧力に到達するまで加圧し、本溶接時にも同様に加圧力を計測し、その加圧開始時点から初期設定加圧力に到達する前に得られる加圧力指標のパラメータを用いて通電時の加圧力を設定することによって、安定して所望のナゲット径を得ることのできる抵抗スポット溶接方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【文献】特開平10-94883号公報
【文献】特開平11-33743号公報
【文献】国際公開第2015/049998号
【文献】特開2019-34341号公報
【文献】国際公開第2020/095847号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、熱伝導モデル(熱伝導シミュレーション)等に基づいてナゲットの温度を推定するため、複雑な計算処理が必要であり、溶接制御装置の構成が複雑になるだけでなく、溶接制御装置自体が高価になるという問題があった。
【0018】
また、特許文献2に記載の技術では、累積発熱量を目標値に制御することによって、電極が一定量摩耗していたとしても良好な溶接を行うことができるものと考えられる。しかしながら、設定した被溶接材条件と実際の被溶接材条件が大きく異なる場合、例えば、被溶接材となる金属板間に大きな隙間が存在している場合などには、最終的な累積発熱量を目標値に合わることができても、発熱の形態、つまり溶接部の温度分布の時間変化が目標とする良好な溶接部が得られる熱量パターンから外れ、必要とするナゲット径が得られなかったり、散りが発生したりする。
【0019】
さらに、特許文献3および4に記載の技術では、累積発熱量を外乱有無によらず記憶させておくものであるが、未知の外乱に対しては溶接性が不安定になるという課題があった。
【0020】
さらにまた、特許文献5に記載の技術では、板隙による加圧時間の増加のみを扱っているが、板隙に打角が複合する場合など、複数の外乱による変動に対しての最適解と言えない場合がある、という課題があった。
【0021】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、外乱が存在する場合にも、所望とするナゲット径のナゲットを安定して形成することができる抵抗スポット溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
さて、上記課題を解決し、外乱が存在する場合にも、所望とするナゲット径のナゲットを安定して形成することができる条件設定方法について、発明者らは鋭意実験的検討を行い、以下の知見を得た。
【0023】
(1)板隙が大きい場合、通電開始時点では被溶接材を構成する金属板(以下、単に「金属板」ともいう)間の接触面積が小さいため、抵抗が高く検出されるほか、散りが発生しやすくなる。また、板隙が大きい場合に金属板を過度に加圧すると、金属板が大きく反る。その結果、金属板と電極の接触面積が過度に増大してその領域の接触抵抗が下がり、板組の電気特性が顕著に変化するほか、電極への抜熱も助長され、ナゲット径やナゲット厚さが小さくなる。
(2) このような板隙の影響を緩和するためには、板隙の大きさに応じて通電時の加圧力を設定し、通電時、特には通電開始時点で、金属板間の接触状態に応じた累積発熱量を与えることが有効である。
(3) 板隙の影響は、加圧を開始してから、所定の設定加圧力(初期設定加圧力)に到達するまでの電極位置の指標となるパラメータに反映される。例えば、金属板間に隙間がない場合と、金属板間に隙間がある場合に、それぞれ同じ条件で金属板を加圧していくと、いずれの場合も板同士が接触した後は同様の加圧力変化となる。
(4) この時、板隙がある場合には加圧力が金属板に直接伝わらないため、板隙が消失するまでは加圧力の増加速度は、設定よりも遅くなる。
(5) しかしながら、加圧力パラメータのみに頼る場合、金属板の振動などによりばらつきが大きくなり、正確な板隙変動を捉えることができない場合があった。
【0024】
そこで、発明者らは上記の知見を基に、板隙の大きさに応じて通電時の累積発熱量を設定する方法について、さらに検討を重ね、以下の知見を得た。
(6) 板隙状態を正確に判定するには、加圧力に加えて1つ以上のパラメータを用いる必要がある。このパラメータとして、金属板の形状の変化を捉える外部的なセンサを用いて、これによる測定形状を加えることにより高精度化できる。
(7) この機構として、金属板同士が接触した時点で形状変化は極小化するため、形状変化を捉えることが合理的と考えられるからである。
(8) よって、金属板と電極との接触は加圧力パラメータで検出し、形状パラメータは、外部的な形状変化を捉え、初めて計測加圧力が検出された時点から、形状変化が極小化するまでの時間Tを計測しておくことにより、従来難しかった板隙の検出を高精度に行うことができる。そして、この検出に基づいて狙い累積発熱量を設定することによって、板隙の影響によらず、散りの発生なしに、安定して所望のナゲット径のナゲットを得ることが可能となる。その結果、電極近傍の形状変化を捉えることによって、より精緻に外乱存在時の加圧状態および接触状態を計測できることを見出した。
【0025】
具体的には複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法であって、溶接前の加圧工程において、金属板から電極への加圧力が検出された時点から、金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点、すなわち極小化までの時間Tを計測し、計測された時間Tに基づいて狙い累積発熱量を設定し、上記狙い累積発熱量に従って通電量を制御することにより、外乱が存在する場合にも、所望とするナゲット径のナゲットを安定して形成することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0026】
すなわち、上記課題を解決する本発明は、以下の通りである。
[1]複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法であって、
溶接前の加圧工程において、前記金属板から前記電極への加圧力が検出された時点から、前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tを計測し、
計測された前記時間Tに基づいて狙い累積発熱量を設定し、前記狙い累積発熱量に従って通電量を制御して、前記接合対象の被溶接材を接合することを特徴とする抵抗スポット溶接方法。
【0027】
[2]前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点とは、前記金属板の形状の変化が、前記複数枚の金属板の厚み全体に対して3%以下および0.1mm以下のいずれか小さい方となった時点である、前記[1]に記載の抵抗スポット溶接方法。なお、ここでいう「金属板の形状の変化」とは、前記複数枚の金属板の最表面と再裏面との距離と、前記複数枚の金属板の厚み全体との差分をいう。
【0028】
[3]本溶接に先立って、外乱のない条件下で、複数枚の金属板を重ね合わせた試験用の被溶接材を一対の電極によって挟み、前記金属板から前記電極への加圧力が検出された時点から、前記金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tsを計測し、前記時間TおよびTsに基づいて、前記狙い累積発熱量を設定する、前記[1]または[2]に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0029】
[4]本溶接に先立ってテスト溶接を行い、
前記テスト溶接では、定電流制御により通電して前記所定のナゲット径のナゲットを形成する場合の前記一対の電極間の電気特性から算出される単位体積当たりの累積発熱量を求め、
前記本溶接の通電では、前記テスト溶接において求めた前記単位体積当たりの累積発熱量を狙い累積発熱量に設定し、該狙い累積発熱量に従って通電量を制御する、前記[1]ないし[3]のいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0030】
[5]前記[1]ないし[4]のいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法により、複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を接合して溶接部材を得る、溶接部材の製造方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、外乱が存在する場合にも、所望とするナゲット径のナゲットを安定して形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】抵抗スポット溶接方法の概要を説明する図である。
【
図2】加圧を開始してから初期設定加圧力に到達するまでの電極間距離Lを示す図であり、(a)は金属板間に隙間がない場合、(b)は金属板間に隙間がある場合に対するものである。
【
図3】(a)時間と形状変化、および(b)時間と計測加圧力との関係を示す図である。
【
図4】金属板間の接触を検出する機構を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。本発明による抵抗スポット溶接方法は、
図1に示すように、複数枚の金属板1、2を重ね合わせた被溶接材3を、一対の電極4、5で挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法である。上記通電によって発生する抵抗発熱により、点状の溶接部6が形成される。この点状の溶接部6は「ナゲット」と呼ばれ、重ね合わせた金属板1、2に溶接電流を流した際に、金属板1、2の接触箇所で両金属板1、2が溶融して凝固した部分であり、これにより金属板1、2同士が点状に接合される。
【0034】
本発明による抵抗スポット溶接方法においては、溶接前の加圧工程において、金属板から電極への加圧力が検出された時点から、金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tを計測し、計測された時間Tに基づいて狙い累積発熱量を設定し、上記狙い累積発熱量に従って通電量を制御して、接合対象の被溶接材を接合する。
【0035】
上述のように、板隙などの外乱の影響を緩和するには、外乱の大きさに合わせて目標とする狙い累積発熱量を設定することが有効である。また、外乱の影響は、加圧を開始してから終了するまでの電極位置(電極移動量)の指標となるパラメータに反映される。よって、この外乱の影響を精緻に検出することが、外乱によらず安定したナゲット径のナゲットを得るために必要な要件となる。
【0036】
例えば、
図2(a)に示すように金属板1、2間に隙間がない場合と、
図2(b)に示すように金属板1、2間に隙間がある場合とで、それぞれ同じ条件で金属板1、2を加圧していくと、加圧を開始してから初期設定加圧力に到達するまでの電極4、5の移動量(すなわち、電極間距離)Lがそれぞれ異なるものとなる。
【0037】
すなわち、金属板1、2間に隙間がない場合、電極4、5による加圧開始後、比較的少ない電極4、5の移動量で初期設定加圧力に到達する。一方、金属板1、2間に隙間がある場合、加圧の初期段階では金属板1、2を変形させて金属板1、2間を接触させることになる。そのため、加圧の増加速度は接触前後で異なり、また初期設定加圧力に到達するまでの電極4、5の移動量が多くなる。
【0038】
しかしながら、上記電極間距離(電極の移動量)を正確に検出することが困難な場合がある。特に、金属板1、2同士が接触した時点では、衝撃が発生するために、加圧力の計測における誤差が生じうる。また、金属板1、2の塑性変形も計測位置誤差の原因となる。これに対して、金属板1、2間の接触時点に比べて、電極4、5と金属板1、2との接触は、電極4、5への加圧力がゼロから有意値に切り替わるタイミングであるため、検出がしやすい。
【0039】
図3は、時間と金属板1、2の形状変化および電極4、5の計測加圧力との関係を示しており、(a)は時間と金属板1、2の形状変化との関係、(b)は時間と電極4、5の計測加圧力との関係をそれぞれ示している。なお、
図3(a)の「形状変化」は、形状測定機の測定部の位置を示しており、測定部の位置の変化は、金属板1、2の形状の変化を示している。
図3(a)に示すように、電極4、5が金属板1、2に接触する以前(時間0以前)では金属板1、2の形状変化はないが、電極4、5が金属板1、2に接触して金属板1、2に加圧力が印加されると、金属板1、2の形状が変化する。そして、金属板1、2間の隙間がなくなると(時間T以降)、金属板1、2の形状変化がなくなる(すなわち、極小化される)。一方、
図3(b)に示すように、電極4、5が金属板1、2に接触すると(時間0以降)、加圧力がゼロから徐々に増加し、金属板1、2間の隙間がなくなると(時間T以降)、一定値となる。
【0040】
そこで、本発明では、
図4に示すように、形状測定機7によって溶接中に金属板1、2から電極4、5に伝わる加圧力、および金属板1、2の形状変化を計測できるように構成し、溶接前の加圧工程において、金属板1、2の形状変化を経時的に測定できるように構成しておき、金属板1、2から電極4、5への加圧力が検出された時点から、金属板1、2の形状変化が極小化した時点までの時間Tを計測することによって、正確な板隙距離(すなわち、隙間の大きさ)の計測を行う。
【0041】
上記電極位置の指標となるパラメータとしては、
・外部センサによって直接計測される電極変位量や電極変位速度、加圧力
・ガンや筐体のひずみによって間接的に計測される電極変位量や加圧力
・サーボ加圧機構の場合、その機構により検出される反力やサーボモータのトルク値や回転速度や回転数
・上記の変動時間
などが挙げられる。
【0042】
また、形状変化の測定となるパラメータとしては、
・接触式計測計
・レーザセンサなど非接触式計測器
のいずれを用いてもよく、
・特定位置の距離変動
・直線状あるいは曲線状上の形状の分布
・三次元的な面形状
のいずれを用いてもよい。これらのパラメータを用いて、板隙を検出することが望ましい。
【0043】
また、金属板1、2の形状変化が極小化したと判断する際のしきい値については、工業的に決定されるべきであるが、例えば金属板1、2の変形や応答制御を考慮して、総板厚の3%程度以下および0.1mm以下のいずれか小さい方となった場合に、金属板1、2の形状変化が極小化したと判断することが望ましい。上記「金属板1、2の形状変化」は、形状変化の計測の誤差を低減する点で、電極4、5の先端から100mm以下の距離範囲において計測することが好ましい。なお、ここでいう「金属板の形状変化」とは、前記複数枚の金属板の最表面と再裏面との距離と、前記複数枚の金属板の厚み全体との差分をいう。
【0044】
なお、本発明においては、金属板1、2と電極4、5とが接触した時点を計測する必要があるが、これを算出するために、3以上の方法を組み合わせてもよい。例えば、電極4、5の位置は電極センサおよび加圧力の両方の平均を用いて行い、金属板1、2と電極4、5とが接触した時点は金属板1、2の形状変化を用いて計測するなどである。
【0045】
このように、本発明においては、本溶接を行う際の狙い累積発熱量の設定方法に特徴を有するものであり、その他の構成は特に限定されない。
【0046】
本発明による抵抗スポット溶接方法において使用可能な溶接装置としては、上下一対の電極を備え、溶接中に加圧力および溶接電流をそれぞれ任意に制御可能であればよく、形式(定置式、ロボットガン等)、電極形状などは特に限定されない。
【0047】
接合対象である被溶接材を構成する複数枚の金属板1、2は、例えば鋼板とすることができる。鋼板は、表面処理されていない鋼板でもよい。また、鋼板は、めっきなどの表面処理が施された表面処理鋼板でもよく、複数枚の金属板1、2の2枚以上がめっき層を有する鋼板であってもよい。また、複数枚の鋼板の全てがめっき層を有する鋼板であってもよい。
【0048】
上記めっき層を有する鋼板としては、亜鉛系めっき鋼板を挙げることができる。亜鉛系めっき鋼板は、例えば溶融めっき法、電気めっき法、蒸着めっき法、溶射法などの各種方法により鋼板上に亜鉛系めっきを被覆した鋼板である。亜鉛系めっきとしては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融亜鉛-アルミニウム合金めっき、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、電気亜鉛めっき、電気亜鉛-ニッケル合金めっきなどを挙げることができるが、これらに限定されず、亜鉛を含む公知の亜鉛系めっきの全てが適用可能である。こうした亜鉛系めっき鋼板としては、合金化処理を施していない溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化処理を施した合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を挙げることができる。
【0049】
上記本発明において、本溶接に先立って、外乱のない条件下で、複数枚の金属板1、2を重ね合わせた試験用の被溶接材を一対の電極によって挟み、金属板1、2から電極への加圧力が検出された時点から、金属板1、2の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tsを計測し、時間TおよびTsに基づいて、狙い累積発熱量を設定することが好ましい。これにより、種々の外乱により測定時間が変動した場合にも溶接を安定させることができる。
【0050】
また、本発明において、本溶接に先立って、外乱のない条件下でテスト溶接を行い、テスト溶接では、定電流制御により通電して所定のナゲット径のナゲットを形成する場合の一対の電極間の電気特性から算出される単位体積当たりの累積発熱量を求め、本溶接の通電では、テスト溶接において求めた単位体積当たりの累積発熱量を狙い累積発熱量に設定し、該狙い累積発熱量に従って通電量を制御することが好ましい。これにより、発熱現象に基づいて制御することができ、溶接を安定化させることができる。
【0051】
ここで、発熱量の算出方法は特に限定されないが、特許文献2にその一例が開示されており、本発明においても、上記方法を採用することができる。特許文献2に記載された方法による単位体積・単位時間当たりの発熱量qおよび単位体積当たりの累積発熱量Qの算出要領は次のとおりである。
【0052】
すなわち、鋼板などの被溶接材の合計厚みをt、被溶接材の電気抵抗率をr、電極間電圧をV、溶接電流をIとし、電極と被溶接材とが接触する面積をSとする。この場合、溶接電流Iは、横断面積がSで、厚みtの柱状部分を通過して抵抗発熱を発生させる。この柱状部分における単位体積・単位時間当たりの発熱量qは、下記の式(1)で求められる。
q=(V・I)/(S・t) (1)
【0053】
また、上記柱状部分の電気抵抗Rは、下記の式(2)で求められる。
R=(r・t)/S (2)
【0054】
式(2)をSについて解き、これを(1)式に代入すると、発熱量qは下記の式(3)で与えられる。
q=(V・I・R)/(r・t2)=(V2)/(r・t2) (3)
【0055】
上記式(3)から明らかなように、単位体積・単位時間当たりの発熱量qは、電極間電圧Vと金属板の合計厚みtと金属板の電気抵抗率rとから算出でき、電極と金属板とが接触する面積Sによる影響を受けない。なお、式(3)は電極間電圧Vから発熱量qを計算しているが、電極間電流Iから発熱量qを計算することもでき、このときにも電極と金属板とが接触する面積Sを用いる必要がない。そして、単位体積・単位時間当たりの発熱量qを通電期間にわたって累積することによって、溶接時に加えられる単位体積当たりの累積発熱量Qが得られる。式(3)から明らかなように、この単位体積当たりの累積発熱量Qもまた、電極と金属板とが接触する面積Sを用いることなく算出することができる。
【0056】
本発明において設定する加圧力Pは、被溶接材3を構成する金属板1、2の材質や厚みなどに応じて、適宜、設定すればよい。例えば、被溶接材として、厚み:1.4mm、材質:表面にZnを含むめっきを施した270~2000MPa級鋼板を2枚重ねた板組を使用する場合、初期設定加圧力は1.0~7.0kNとすることが好ましい。また、被溶接材として、厚み:1.4mm、材質:表面にZnを含むめっきを施した270~2000MPa級鋼板を3枚重ねた板組を使用する場合、初期設定加圧力は2.0kN~10.0kNとすることが好ましい。
【0057】
本発明は適応制御溶接を行うものであるが、これは上記発熱量の目標値を基準として溶接を行い、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線に沿っている場合には、そのまま溶接を行って溶接を終了する。ただし、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線から外れた場合には、発熱量の差分を残りの通電時間内で補償すべく、本溶接での単位体積当たりの累積発熱量が目標値として設定した単位体積当たりの累積発熱量と一致するように通電量を制御する。
【0058】
本発明による抵抗スポット溶接方法によって形成されるナゲットの所望のナゲット径は、生産上必要となる以上の値であればよいが、板間を構成する2枚の板のうち、薄板側の板厚をt(mm)として、その板間のナゲット径が4√t(mm)以上の値が得られることを目標とすることが望ましい。
【0059】
(溶接部材の製造方法)
本発明による溶接部材の製造方法は、上述した本発明による抵抗スポット溶接方法により、複数枚の重ね合わせた被溶接材を接合することを特徴とする。
【0060】
上述のように、本発明による抵抗スポット溶接方法においては、溶接前の加圧工程において、金属板から電極への加圧力が検出された時点から、金属板の形状の変化が十分に小さくなった時点までの時間Tを計測し、計測された時間Tに基づいて狙い累積発熱量を設定し、上記狙い累積発熱量に従って通電量を制御する。これにより、外乱が存在する場合にも所望のナゲット径のナゲットを形成することができる。よって、本発明による抵抗スポット溶接方法により、複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を接合することにより、所望のナゲットのナゲット径を有する高い溶接強度の溶接部材を製造することができる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は実施例に限定されない。
【0062】
表1に示す金属板で構成された板組No.1~22について、板隙が無い場合、あるいは板隙が有る場合にて、表1に示す条件で本溶接を行い、溶接継手を作製した。得られた各溶接継手について、溶接部を切断し、断面をエッチングした後、光学顕微鏡により観察し、ナゲット径を測定した。測定したナゲット径、および測定したナゲット径の狙いナゲット径からの変動値について、以下のように評価した。その際、狙いナゲット径は板隙が無い場合を基準とし、板隙が0.1mm~3.0mmの範囲で設定し、それらの場合の変動を比較した。得られた評価結果を表1に示す。なお、表1におけるEsは、板隙がなかった場合の狙い累積発熱量、Eは、本発明により設定された狙い累積発熱量を示している。また、3枚の金属板で構成された板組No.9および10については、板隙は、金属板2と金属板3との間のみに設けた。
【0063】
【0064】
径判定:
○(合格):ナゲット径が狙いナゲット径より大きい。
×(不合格):ナゲット径が狙いナゲット径より小さい。
【0065】
径変動:
〇(合格):ナゲット径が狙いナゲット径より0.3×(板厚(mm))の平方根(mm)以下の変動である。
×(不合格):ナゲット径が狙いナゲット径より0.3×(板厚(mm))の平方根(mm)を超える変動である。なお、ここでいう(板厚)とは、板組のなかで最も薄い鋼板の板厚(mm)をいう。
【0066】
表1から明らかなように、発明例ではいずれも、板隙によらず、所定のナゲット径が得られているのみならず、変動値が小さかった。一方、従来例では、所定のナゲット径が得られたものの、変動値が大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明によれば、外乱が存在する場合にも、所望のナゲット径を有するナゲットを安定して形成することができる。
【符号の説明】
【0068】
1、2 金属板
3 被溶接材
4、5 電極
6 溶接部(ナゲット)
7 形状測定機