IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東芝三菱電機産業システム株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図1
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図2
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図3
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図4
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図5
  • 特許-圧延設備機器の劣化診断装置 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-07
(45)【発行日】2025-07-15
(54)【発明の名称】圧延設備機器の劣化診断装置
(51)【国際特許分類】
   B21B 38/00 20060101AFI20250708BHJP
   B21B 37/00 20060101ALI20250708BHJP
【FI】
B21B38/00 G
B21B37/00 300
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2024536161
(86)(22)【出願日】2023-07-18
(86)【国際出願番号】 JP2023026296
(87)【国際公開番号】W WO2025017838
(87)【国際公開日】2025-01-23
【審査請求日】2024-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】501137636
【氏名又は名称】株式会社TMEIC
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 亮
【審査官】飯田 義久
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-249003(JP,A)
【文献】特開平10-333743(JP,A)
【文献】特開昭63-60011(JP,A)
【文献】特開平11-129030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 38/00
B21B 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延ラインに設置される設備機器の劣化の有無を判定する圧延設備機器の劣化診断装置であって、
前記圧延ラインで圧延材を1回圧延する毎に、圧延中に前記設備機器に対して入出力される入出力データを取得する入出力データ取得部と、
前記入出力データ取得部で取得した前記入出力データから数理モデルを同定し、前記数理モデルのパラメータを得るモデル同定部と、
前記モデル同定部で得た前記パラメータから監視パラメータを計算する監視パラメータ計算部と、
前記監視パラメータ計算部で計算した前記監視パラメータを、前記圧延材の圧延条件で指定される区分別に収集する区分別監視パラメータ収集機能を有する監視パラメータ使用判定部と、
前記監視パラメータ使用判定部で得られた各区分の一定期間内の前記監視パラメータの集合の代表値を計算する代表値計算部と、
監視開始から指定した学習期間における前記代表値計算部で得られた前記代表値を区分毎に蓄積する記憶部と、
前記記憶部に蓄積した区分毎の前記代表値の集合から正常値の分布を示す分布パラメータを得る正常値分布パラメータ計算機能と、前記代表値計算部で学習期間後に得られた代表値と前記正常値分布パラメータ計算機能で得られた前記分布パラメータとを照合して区分毎に劣化の有無を判定する区分別劣化判定機能を有する劣化診断部と、
を備えた圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項2】
前記劣化診断部は、前記区分別劣化判定機能で得られた各区分の判定結果に基づいて、前記設備機器の劣化の有無を判定する総合劣化判定機能を有する、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項3】
前記総合劣化判定機能は、前記一定期間毎に、前記区分別劣化判定機能で劣化の有無を判定した区分数のうち、劣化有りと判定された区分数の割合を計算し、前記割合が閾値を超えた場合に前記設備機器は劣化有りと判定する請求項2に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項4】
前記モデル同定部は、前記数理モデルとして1次または2次のARXモデルを用い、前記数理モデルのパラメータをARXモデルの係数で与え、
前記監視パラメータ計算部は、前記監視パラメータを時定数または減衰係数とする、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項5】
前記入出力データ取得部で取得した入力データの標準偏差が閾値より小さい場合に、該当の前記圧延材の前記入出力データを使用不可と判定するデータ使用判定部をさらに備える、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項6】
前記入出力データ取得部で取得した入力データの平均値と出力データの平均値の偏差が閾値を上回った場合に、該当の前記圧延材の前記入出力データを使用不可と判定するデータ使用判定部をさらに備える請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項7】
前記監視パラメータ使用判定部は、前記区分別監視パラメータ収集機能により得られた前記各区分の一定期間内の監視パラメータの集合のうち、上下限値を前記各区分における一定期間内の監視パラメータの集合のうちのパーセンタイルから計算し、上下限値の範囲外となる監視パラメータを外れ値として除外する外れ値除外機能をさらに有する請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項8】
前記代表値計算部は、前記外れ値を除外した後の各区分の一定期間内の前記数理モデルのパラメータの集合の中央値または平均値を前記代表値として与えることを特徴とする請求項7に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項9】
前記代表値計算部は、前記計算した代表値を蓄積し、日毎にプロットし、線形近似もしくは多項式近似した線と設定した閾値の交点から閾値を超える日付を計算する劣化故障日推定機能を有する、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項10】
前記区分は、前記圧延材の鋼種、目標板厚、目標板幅、目標巻取温度、コイルボックスの使用有無および加熱炉別から選択される少なくとも1つ圧延条件で指定される、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項11】
前記正常値分布パラメータ計算機能は、前記分布パラメータとして、平均値と標準偏差を計算する、請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【請求項12】
前記区分別劣化判定機能は、HotellingのT法、またはShewhart管理図、またはその両方を使用する請求項1に記載の圧延設備機器の劣化診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧延ラインに設置される設備機器の劣化を診断する圧延設備機器の劣化診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数種の設備機器が配置される圧延ラインでは、設備機器の劣化(応答劣化)を早期に検知し、操業者に設備機器の保守・メンテナンスを促し、操業の安定化および品質向上を図ることが求められる。そのため、設備機器の運転データを収集・蓄積し、設備機器に生じる劣化の早期検知へ活用することがこれまで検討されてきた。
【0003】
例えば、下記特許文献1には、ロボット(設備機器)の状態を監視し、ロボットのメンテナンスを支援する状態異常判別装置が開示されている。このものでは、過去の正常時の時系列データ(サーボモータを流れる電流値を時系列に並べたデータ)と現在の時系列データとを直接比較して得た監視パラメータを、1日毎に集計して代表値を取得している。取得した代表値と、指定した学習期間の監視パラメータの分布とを比較することで、サーボモータとして構成されるアクチュエータの劣化を判定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2022/024946号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、圧延プロセスでは、設備機器と圧延材との間に相互干渉があり、設備機器が圧延材からの影響を受ける。例えば、設備機器が圧下装置(油圧シリンダ)である場合、圧下力に対して圧延材からの反力の影響を受ける。圧延プロセスでは、監視パラメータが、圧延条件(鋼種/板厚/板幅/目標温度等)の変化や、圧延条件が同じでも圧延状況(温度分布によって設定される圧延材の板速度や圧延荷重等)の変化に起因して変化する。このため、特許文献1記載の如く時系列データ同士を直接比較するだけでは、設備機器の劣化の有無を精度よく判定することは難しい。
【0006】
本開示は、上述のような課題を解決するためになされたものである。本開示は、設備機器と圧延材との間に圧延条件等によって変化する相互干渉がある場合でも、設備機器の劣化の有無を精度よく判定できる圧延設備機器の劣化診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の第1の観点は、圧延ラインに設置される設備機器の劣化の有無を判定する圧延設備機器の劣化診断装置に関連する。劣化診断装置は、データ取得部と、モデル同定部と、監視パラメータ計算部と、監視パラメータ使用判定部と、代表値計算部と、代表値記憶部と、劣化診断部と、を備える。入出力データ取得部は、圧延ラインで圧延材を1回圧延する毎に、圧延中に設備機器に対して入出力される入出力データを取得する。モデル同定部は、入出力データ取得部で取得した入出力データから数理モデルを同定し、数理モデルのパラメータを得る。監視パラメータ計算部は、モデル同定部で得たパラメータから監視パラメータを計算する。監視パラメータ使用判定部は、監視パラメータ計算部で計算した監視パラメータを、圧延材の圧延条件で指定される区分別に収集する区分別監視パラメータ収集機能を有する。代表値計算部は、監視パラメータ使用判定部で得られた各区分の一定期間内の監視パラメータの集合の代表値を計算する。代表値記憶部は、監視開始から指定した学習期間における代表値計算部で得られた代表値を区分毎に蓄積する。劣化診断部は、代表値記憶部に蓄積した区分毎の代表値の集合から正常値の分布を示す分布パラメータを計算する正常値分布パラメータ計算機能と、代表値計算部で学習期間後に得られた代表値と正常値分布パラメータ計算機能で得られた分布パラメータとを照合して区分毎に劣化の有無を判定する区分別劣化判定機能を有する。
【0008】
第2の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。劣化診断部は、区分別劣化判定機能で得られた各区分の判定結果に基づいて、設備機器の劣化の有無を判定する総合劣化判定機能を有する。
【0009】
第3の観点は、第2の観点に加えて、次の特徴を更に有する。総合劣化判定機能は、一定期間毎に、区分別劣化判定機能で劣化の有無を判定した区分数のうち、劣化有りと判定された区分数の割合を計算し、計算した割合が閾値を超えた場合に設備機器は劣化有りと判定する。
【0010】
第4の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。モデル同定部は、数理モデルとして1次または2次のARXモデルを用い、数理モデルのパラメータをARXモデルの係数で与える。監視パラメータ計算部は、監視パラメータを時定数または減衰係数とする。
【0011】
第5の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。劣化判定装置は、入出力データ取得部で取得した入力データの標準偏差が閾値より小さい場合に、該当の圧延材の入出力データを使用不可と判定するデータ使用判定部をさらに備える。
【0012】
第6の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。劣化判定装置は、入出力データ取得部で取得した入力データの平均値と出力データの平均値の偏差が閾値以上である場合に、該当の圧延材の入出力データを使用不可と判定するデータ使用判定部をさらに備える。
【0013】
第7の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。監視パラメータ使用判定部は、区分別監視パラメータ収集機能により得られた各区分の一定期間内の監視パラメータの集合のうち、上下限値を各区分における一定期間内の監視パラメータの集合のうちのパーセンタイルから計算し、上下限値の範囲外となる監視パラメータを外れ値として除外する外れ値除外機能をさらに有する。
【0014】
第8の観点は、第7の観点に加えて、次の特徴を更に有する。代表値計算部は、外れ値除外後の各区分の一定期間内の数理モデルのパラメータの集合の中央値または平均値を代表値として与える。
【0015】
第9の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。代表値計算部は、計算した代表値を蓄積し、日毎にプロットし、線形近似もしくは多項式近似した線と設定した閾値の交点から閾値を超える日付を計算する劣化故障日推定機能を有する。
【0016】
第10の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。区分は、圧延材の鋼種、目標板厚、目標板幅、目標巻取温度、コイルボックスの使用有無および加熱炉別から選択される少なくとも1つ圧延条件で指定される。
【0017】
第11の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。正常値分布パラメータ計算機能は、正常値の分布を示すパラメータを平均値と標準偏差で与える。
【0018】
第12の観点は、第1の観点に加えて、次の特徴を更に有する。区分別劣化判定機能は、HotellingのT法、またはShewhart管理図、またはその両方を使用する。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、一定期間内に得られる監視パラメータを圧延条件で指定される区分別に管理し、区分毎に設備機器の劣化の有無を判定することで、設備機器と圧延材との間に圧延条件により変化する相互干渉がある場合でも、設備機器の劣化の有無を精度よく判定できる圧延設備機器の劣化診断装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施の形態による圧延設備機器の劣化診断装置が適用される圧延ラインの構成を示す概略図である。
図2】実施の形態による圧延設備機器の劣化診断装置の構成を示す概略図である。
図3図2に示す入出力データ取得部で取得される入出力データである全長データを示す概略図である。
図4図2に示す監視パラメータ使用判定部が有する機能を示す概略図である。
図5図2に示す劣化診断部が有する機能を示す概略図である。
図6】圧延設備機器の劣化診断装置が有する処理回路のハードウェア構成例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本開示の実施の形態について説明する。各図において共通または対応する要素には、同一の符号を付して、説明を簡略化または省略する。
【0022】
図1は、実施の形態による圧延設備機器の劣化診断装置が適用される圧延ラインの構成を示す模式図である。図1に示す圧延ライン1は、鉄鋼又はその他の金属材を圧延材Mとし、圧延材Mを熱間で板状に圧延するものである。圧延ライン1には、主な設備として、加熱炉2と、エッジャ3と、粗圧延機4と、クロップシャー(図示省略)と、コイルボックス(図示省略)と、仕上圧延機5と、冷却装置6と、巻取機7が設置されている。
【0023】
加熱炉2は、圧延前の圧延材Mであるスラブを所定温度に加熱するように構成されている。エッジャ3は、圧延材Mを所定の板幅に成形するように構成されている。
【0024】
粗圧延機4は、少なくとも1基、通常1基~3基の圧延スタンド(以下「スタンド」ともいう)を有し、加熱炉2で加熱された圧延材Mを順方向(圧延ラインの上流側から下流側に向かう方向)、逆方向(圧延ラインの下流側から上流側に向かう方向)で複数パス圧延するように構成されている。なお、粗圧延機4の下流側にはクロップシャー(図示省略)が配置され、後述する形状検出器81で測定された形状に基づいて、上下の刃により圧延材Mの先端部または尾端部に存する形状不良部分を切断するように構成されている。また、粗圧延機4と仕上圧延機5との間にはコイルボックス(図示省略)が配置され、粗圧延された圧延材Mを一旦コイル状に巻きとるように構成されている。なお、圧延ライン1にコイルボックスを配置しなくてもよい。
【0025】
仕上圧延機5は、例えば、熱間タンデム圧延機である。仕上圧延機5は、圧延材Mの搬送方向に並設される複数(本実施の形態では7基)のスタンドF1~F7を有する。各スタンドF1~F7は、上下2本のワークロール51と、上下2本のバックアップロール52と、ロール回転用の電動機53を夫々備える。バックアップロール52には、例えば油圧シリンダ等の圧下装置54が設けられ、圧下装置54により上下のワークロール51間のロールギャップを調整可能に構成されている。各スタンドF1~F7の圧延荷重は、圧延荷重センサ55により計測される。圧延荷重センサ55は、例えばロードセルである。また、各圧延スタンドF1~F7のロールギャップは、図示省略するマグネスケール等のギャップセンサにより計測される。なお、隣り合うスタンド間にはルーパー(図示省略)が配置され、スタンド間の圧延材Mの張力を制御するように構成されている。
【0026】
冷却装置6は、冷却バンクにより圧延材Mに注水することで、圧延材Mを冷却可能に構成されている。冷却された圧延材Mは巻取機7でコイル状に巻き取られる。
【0027】
圧延ライン1の要所には各種計測器としての各種センサが設置されている。圧延ライン1の要所とは、例えば、加熱炉2の出側、粗圧延機の出側、仕上圧延機5の出側、および巻取機7の入側などである。各種センサは、仕上圧延機5のスタンドF1~F7の間にも設けられ得る。各種センサは、粗圧延機出側で圧延材Mの形状(板幅を含む)を測定可能な形状検出器81と、仕上圧延機5の上流側で圧延材Mの表面温度を計測する温度計82と、仕上圧延機5の出側で圧延材Mの実績板厚を計測する板厚計83と、各スタンドF1~F7での圧延荷重を計測する上記圧延荷重センサ55と、各スタンドF1~F7のロールギャップを計測する上記ギャップセンサと、を含む。各種センサは、圧延材Mと各設備機器の状態とを逐次的に計測している。
【0028】
圧延ライン1は、計算機を用いた制御システムにより運転(操業)されている。計算機は、ネットワークを介して互いに接続された上位計算機10とプロセス制御計算機11とを含む。プロセス制御計算機11には、ネットワークを介して、オペレータによる操作画面であるインターフェース画面12が接続されている。オペレータは、インターフェース画面12上で制御条件の入力操作などを行い得る。インターフェース画面12は、後述する画面表示装置DPを兼用することができる。
【0029】
プロセス制御計算機11は、一連の圧延プロセスにおける、制御対象の設定計算・制御を実行する。また、プロセス制御計算機11は、各スタンドF1~F7のロールギャップを補正する機能を更に有する。プロセス制御計算機11には、上位計算機10から、製品情報が入力される。製品情報は、加熱炉2により加熱された圧延材Mの目標板厚(製品板厚)・目標板幅等の目標情報(製品目標)や鋼種を含む。
【0030】
プロセス制御計算機11は、目標情報や、インターフェース画面12から与えられる制御条件等に基づき、各設備を適切に制御する。プロセス制御計算機11は、例えば、コントローラである。プロセス制御計算機11は、圧延ライン1の所定の位置に圧延材Mが搬送されると、目標情報を達成し得る各設備の設定を計算し、それらの設定値に基づき、例えば、各スタンドF1~F7の圧下装置54を構成する油圧シリンダのような各設備機器のアクチュエータや電動機(回転機)を操作する。
【0031】
図2は、圧延ライン1に設置される設備機器(以下「圧延設備機器」ともいう)の劣化を診断(判定)する劣化診断装置9の構成を示す概略図である。劣化診断装置9が対象とする圧延設備機器は、エッジャ3、粗圧延機4、仕上圧延機5に使用される油圧シリンダや、エッジャ3、粗圧延機4、仕上圧延機5、ルーパーに使用される電動機(回転機)等を含む。本実施の形態では、これらの圧延設備機器のうち、仕上圧延機5の圧下装置54である油圧シリンダを対象とする場合を例に説明する。
【0032】
劣化診断装置9は、入出力データ取得部91、データ前処理部92、データ使用判定部93、モデル同定部94、モデル使用判定部95、監視パラメータ計算部96、監視パラメータ使用判定部97、代表値計算部98、代表値記憶部99および劣化診断部100を有する。
【0033】
劣化診断装置9には、データ蓄積装置DBおよび画面表示装置DPが接続される。データ蓄積装置DBは、圧延プロセスで使用される、上述した各種センサおよびプロセス制御計算機(コントローラ)11等の機器から、多数の項目のデータが収集および蓄積される。データ蓄積装置DBは、例えば、データベースである。画面表示装置DPは、劣化診断装置9の出力である劣化診断結果(劣化判定結果)を表示するものである。なお、データ蓄積装置DBおよび画面表示装置DPは、劣化診断装置9の内部に設けられていてもよい。
【0034】
入出力データ取得部91は、データ蓄積装置DBに蓄積された多数の項目のデータから、対象設備機器に対する入力データおよび出力データ(以下「入出力データ」という)を抽出して取得するものである。本実施の形態では、入出力データは、各圧延材Mの圧延中の圧下装置(油圧シリンダ)54の位置に関する指令値(入力データ)と実績値(出力データ)のペアである。入出力データ取得部91は、図3に示すように、データ取得開始時刻(圧延材Mがスタンドに噛み込んだ時刻)からデータ取得終了時刻(圧延材Mがスタンドから抜けた時刻)までの圧下装置54の入出力データを抽出する。このように入出力データ取得部91で抽出された入出力データを「全長データ」と呼ぶこともある。
【0035】
データ前処理部92は、入出力データ取得部91で抽出された各設備機器の全長データに対して前処理を施す。具体的には、図3に示す全長データのうち、過渡状態である不安定な先端部および尾端部のデータを除外する。これにより、先端部および尾端部のデータが劣化診断に使用されることを防止することができる。先端部および尾端部のデータを除外した後の入力データをx、出力データをyとすると、入力データxおよび出力データyは、下式(1)および下式(2)により定義される。
【数1】
【数2】
ここで、nは、図3に示すデータ点数である。
【0036】
データ使用判定部93は、データ前処理部92によって前処理が施された入出力データが劣化判定に適した入力データであるか否かを判定する。データ使用判定部93は、例えば、データ前処理部92によって前処理が施された入力データxの変動が小さい場合、または、入力データxと出力データyとの間にオフセットがある場合には、当該圧延材Mの入出力データは劣化判定に適さないと判定し、当該圧延材Mの入出力データを診断対象から除外する。
【0037】
具体的には、先ず、入力データxの変動が小さい場合、即ち、入力データxの標準偏差σが所定の基準値である閾値θσxより小さい場合、該当の圧延材Mの入出力データを使用不可と判定し、当該圧延材Mの入出力データを診断対象から除外する。入出力データの変動が小さい場合、データ使用判定部93は、設備機器の動特性を的確に取得することができず、劣化度合の指標となる後述の監視パラメータの有意性を損なう可能性がある。
【数3】
【0038】
次に、入力データxと出力データyの間にオフセットがある場合、入力データxの平均値xaveと出力データyの平均値yaveの偏差が、所定の基準値である閾値θOFS以上である場合、データ使用判定部93は、該当の圧延材Mの入出力データを使用不可と判定し、当該圧延材Mの入出力データを診断対象から除外する。
【数4】
【0039】
モデル同定部94は、データ使用判定部93で除外しなかった圧延材Mの入出力データからARXモデルを同定する。ARXモデルの次数は、1次と2次を含み、診断対象の設備機器毎に選択可能である。事前に実験やシミュレーションにより、対象の設備機器に適したARXモデルの次数を決めておくことが好ましい。
【0040】
1次ARXモデルは、下式(5)で表される。
【数5】
ここで、a_は出力データのモデル係数、b_は入力データのモデル係数、mは任意のデータ点を示す。
【0041】
同定対象となるモデル係数a_,b_は、下式(6)により、出力データyとARXモデルの計算値の二乗誤差の総和が最小となるように決定される。
【数6】
【0042】
また、2次ARXモデルは、下式(7)で表される。
【数7】
ここで、a_,a_は出力データyのモデル係数、b_は入力データxのモデル係数、mは任意のデータ点を示す。
【0043】
同定対象となるモデル係数a_,a_,b_は、出力データとARXモデルの計算値の二乗誤差の総和が最小となるように決定される。
【数8】
【0044】
モデル使用判定部95は、モデル同定部94で得られたARXモデルの係数の符号から、応答劣化診断への使用可否を判定する。具体的には、1次ARXモデルでは式(9)、2次ARXモデルでは式(10)を満たす場合、後述する式(11)または(12)を用いて監視パラメータを計算することができないため、当該圧延材Mのモデル同定結果を診断対象から除外する。
【数9】
【数10】
【0045】
監視パラメータ計算部96では、モデル使用判定部95で除外されなかった圧延材Mのモデル係数を用いて、監視パラメータを計算する。監視パラメータとしては、1次ARXモデルでは時定数τ、2次ARXモデルでは減衰係数ζを採用する。
【0046】
1次ARXモデルの場合、下式(11)により、モデル係数a_を用いて時定数τを計算する。
【数11】
ここで、Tはサンプリングピッチを示す。
【0047】
2次ARXモデルの場合、モデル係数a_、a_を用いて減衰係数ζを計算する。まず、下式(12)により、a_を用いて減衰係数ζと固有角周波数ωの積を計算する。
【数12】
ここで、Tはサンプリングピッチを示す。
【0048】
次に、下式(14)により、積ζωを用いて固有角周波数ωを計算する。このとき、計算式は下式(13)による計算するθζを参照して切り替える。
【数13】
【数14】
【0049】
最後に、下式(15)により、固有角周波数ωを用いて減衰係数ζを計算する。
【数15】
【0050】
図4は、監視パラメータ使用判定部97が有する機能を示す概略図である。図4に示すフローを参照して、監視パラメータ使用判定部97の動作について説明する。監視パラメータ使用判定部97は、区分別監視パラメータ収集機能971と外れ値除外機能972を有する。
【0051】
区分別監視パラメータ収集機能971は、監視パラメータ計算部96で得られた監視パラメータを、圧延条件で指定される区分別(「層別区分別」ともいう)に、例えば1日毎に収集する。ここで、区分は、鋼種、目標板厚、目標板幅、目標巻取温度、コイルボックスの使用有無および加熱炉別等から選択される少なくとも1つの圧延条件で指定される。このように監視パラメータを圧延条件で指定される区分別に管理することで、監視パラメータが圧延材(材料)Mの影響を受けることを防止することができる。
【0052】
外れ値除外機能972は、区分別監視パラメータ収集機能971で収集された1日分の監視パラメータから外れ値となる監視パラメータを除外する。各区分別の1日分の監視パラメータxの集合のうち、下式(16)を満たさない監視パラメータxを外れ値とする。外れ値とは、突発的な値や、圧延ライン1のオペレータによる手動介入の影響を受けた値である。このような外れ値は劣化判定精度の低下を招来するため、外れ値除外機能972により除外される。
【数16】
【0053】
ここで、P75は1日分の監視パラメータの75パーセンタイル、P25は1日分の監視パラメータの25パーセンタイル、αは任意の倍率である。
【0054】
代表値計算部98は、監視パラメータ使用判定部97で除外されなかった各区分の一定期間内の監視パラメータの集合の代表値を計算する。具体的には、代表値計算部98は、各区分の一定期間の監視パラメータの集合の平均値または中央値を計算し、計算した平均値または中央値を代表値として与える。このとき、監視パラメータ使用判定部97にて外れ値を除外すると、1日の各区分の圧延材Mの圧延本数が少なくなる場合、監視パラメータの分布に偏りが生じ、誤って劣化と診断してしまう可能性がある。このような場合には、該当する日の代表値を計算しないようにしてもよい。また、得られた代表値を日毎にプロットし、線形近似または多項式近似した線と設定した閾値との交点から、閾値を超える日を計算し、劣化が起こる日を予測する劣化故障日推定機能を代表値計算部98に付加してもよい。
【0055】
代表部記憶部99は、監視開始日から予め指定した日数を学習期間として、代表値計算部98で得られた代表値を区分毎に蓄積する。このとき、蓄積した代表値の個数を区分毎にカウントし、指定した日数分の代表値が蓄積されるまでの期間を学習期間としてもよい。
【0056】
図5は、劣化診断部100が有する機能を示す概略図である。図5に示すフローを参照して、劣化診断部100の動作について説明する。
【0057】
劣化診断部100は、正常値分布パラメータ計算機能101、区分別劣化判定機能102および総合劣化判定機能103を有する。
【0058】
正常値分布パラメータ計算機能101は、代表部記憶部99に蓄積した各区分の学習期間(例えば、X月X日~Y月Y日)の日毎の代表値の集合を得る。正常値分布パラメータ計算機能101は、代表部記憶部99から得た各区分の学習期間の日毎の代表値の集合から、正常値の分布を示す分布パラメータとして、例えば、学習期間の日毎の代表値の平均値と標準偏差を計算する。
【0059】
区分別劣化判定機能102は、学習期間後に代表値計算部98で得られた代表値を正常値分布パラメータ計算機能101で得られた分布パラメータと照合(比較)して区分毎に劣化の有無を判定する。この種の判定方法は多数存在するが、区分別劣化判定機能102は、例えば、HotellingのT法、または、Shewhart管理図、または、その両方を利用して判定することができる。
【0060】
まず、HotellingのT法について説明する。母集団となる監視パラメータが正規分布に従うことを仮定し、j日目の代表値xrep(j)、学習期間の日毎の代表値の平均値xrep,ave、標準偏差σx_repを用いてj日目(例えば、Y月Z日)の異常度Hを計算する。
【数17】
【0061】
異常度Hに任意の閾値を設け、閾値を超えた場合に劣化と判定する。なお、異常度Hは自由度1のカイ二乗分布に従うことが理論的に証明されており、Hがある値をとる確率を求めることができる。例えば、H=3.84となる確率は約5%、H=6.63となる確率は約1%、H=10.8となる確率は約0.1%である。異常値Hと確率の関係を参考に、劣化と判定する閾値を設定できる。
【0062】
次に、Shewhart管理図による判定方法について説明する。学習期間の日毎の代表値の平均値xrep,aveを基準として正負方向に標準偏差σx_repの定数倍を閾値として、j日目(例えば、Y月Z日)の代表値xrep(j)が閾値の範囲外となった場合に劣化と判定する。
【0063】
区分別劣化判定機能102で利用される他の判定方法として、学習期間の日毎の代表値の平均値の定数倍を閾値として、代表値が閾値を超えた場合に劣化と判定する手法等が挙げられる。また、1つの判定方法に対し閾値を複数用意し、劣化度合を段階的に判定してもよい。
【0064】
総合劣化判定機能103は、区分別劣化判定機能102で得られた各区分の劣化診断結果(判定結果)から、設備機器の劣化の有無を総合判定(最終判定)する。具体的には、1日毎に、当該の日付において上記区分別劣化判定機能102で劣化の有無を判定した区分のうち、劣化と判定された区分数の割合を計算し、閾値を超えた場合にその機器について劣化と判定する。このように総合劣化判定機能103を持つことで、区分数が多い場合でも、精度よく劣化判定できる。
【0065】
なお、区分別劣化判定機能102による各区分の判定結果を均等な重み付けとして総合的に判定してもよいが、各区分の判定結果に異なる重み付けをして総合判定してもよい。例えば、圧延数の多い鋼種の区分の判定結果や、シビアに判定しないといけない鋼種の判定結果については重みを大きくして総合的に判定することもでき、これにより、より一層精度よく劣化判定できる。
【0066】
以上説明したように、本実施の形態によれば、データ監視パラメータ計算部96で得られる監視パラメータを、監視パラメータ使用判定部97にて一定期間毎に圧延条件で指定される区分別に管理し、劣化診断部100にて区分毎に設備機器の劣化の有無を判定する構成を採用した。これにより、設備機器と圧延材Mとの間に圧延条件等により変化する相互干渉がある場合でも、設備機器の劣化の有無を精度よく判定できる劣化診断装置9を提供することができる。さらに、総合劣化判定機能103にて各区分の判定結果を用いて総合判定することで、区分数が多い場合でも、精度よく判定することができる。また、データ使用判定部93で劣化判定に適した入出力データを選別し、外れ値除外機能972により各区分の監視パラメータの集合から外れ値を除外することで、より一層精度よく判定することができる。
【0067】
次に、上記劣化診断装置9の具体的構造について説明する。上記劣化診断装置9の具体的構造に限定はないが、一例として次のようなものであってもよい。図6は、劣化診断装置9が有する処理回路のハードウェア構成例を示す概念図である。劣化診断装置9を構成する各部および各機能は処理回路により実現される。例えば、処理回路は、少なくとも1つのプロセッサ90aと少なくとも1つのメモリ90bとを備える。例えば、処理回路は、少なくとも1つの専用のハードウェア90cを備える。具体例として、処理回路はパーソナルコンピュータ(PC)などである。
【0068】
処理回路がプロセッサ90aとメモリ90bとを備える場合、劣化診断装置9が有する各機能は、ソフトウェア、ファームウェア、又はソフトウェアとファームウェアとの組み合わせにより実現される。ソフトウェアおよびファームウェアの少なくとも一方は、プログラムとして記述される。ソフトウェアおよびファームウェアの少なくとも一方は、メモリ402に格納される。プロセッサ90aは、メモリ90bに記憶されたプログラムを読み出して実行することにより、各機能を実現する。プロセッサ401は、CPU(Central Processing Unit)、中央処理装置、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、DSPともいう。例えば、メモリ402は、RAM、ROM、フラッシュメモリ、EPROM、EEPROM等の、不揮発性又は揮発性の半導体メモリ、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、コンパクトディスク、ミニディスク、DVD等である。
【0069】
処理回路が専用のハードウェア90cを備える場合、処理回路は、例えば、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC、FPGA、又はこれらを組み合わせたものである。例えば、各機能は、それぞれ処理回路で実現される。例えば、各機能は、まとめて処理回路で実現される。また、各機能について、一部を専用のハードウェア90cで実現し、他部をソフトウェア又はファームウェアで実現してもよい。このように、処理回路は、ハードウェア90c、ソフトウェア、ファームウェア、又はこれらの組み合わせによって各機能を実現する。
【0070】
以上、本開示の実施の形態について説明したが、本開示は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。例えば、上記実施の形態では、対象制御機器として、仕上圧延機5の圧下装置54を構成する油圧シリンダを例に説明したが、これに限定されず、熱間圧延ラインに設置されるものであってもよい。
【0071】
また、上記実施の形態において各要素の個数、数量、量、範囲等の数に言及した場合、特に明示した場合や原理的に明らかにその数に特定される場合を除いて、その言及した数に本開示が限定されるものではない。また、上述した実施の形態において説明する構造等は、特に明示した場合や明らかに原理的にそれに特定される場合を除いて、この発明に必ずしも必須のものではない。
【符号の説明】
【0072】
1…圧延ライン、M…圧延材、5…仕上圧延機、F1~F6…圧延スタンド、54…圧下装置、9……劣化診断装置、91…入出力データ取得部、92…データ前処理部、93…データ使用判定部、94…モデル同定部、95…モデル使用判定部、96…監視パラメータ計算部、97…監視パラメータ使用判定部、971…区分別監視パラメータ収集機能、972…外れ値除外機能、98…代表値計算部、99…代表部記憶部、100…劣化診断部、101…正常値分布パラメータ計算機能、102…区分別劣化判定機能、103…総合劣化判定機能
図1
図2
図3
図4
図5
図6