(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-14
(45)【発行日】2025-07-23
(54)【発明の名称】量子化器、及び光送信機
(51)【国際特許分類】
H03M 1/08 20060101AFI20250715BHJP
H04B 10/516 20130101ALI20250715BHJP
【FI】
H03M1/08 A
H04B10/516
(21)【出願番号】P 2021200343
(22)【出願日】2021-12-09
【審査請求日】2024-08-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】黄 国秀
(72)【発明者】
【氏名】中島 久雄
【審査官】石田 昌敏
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-158220(JP,A)
【文献】特開平10-224791(JP,A)
【文献】特開2001-143384(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0330014(US,A1)
【文献】特開2011-234154(JP,A)
【文献】国際公開第1992/015153(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03M 1/00- 1/88
H04B 10/00-10/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のレートでサンプリングされたサンプル値の量子化レンジを超える部分をクリップするクリッパと、
クリップされたサンプル値に基づいて量子化レベルの候補を複数決定し、各候補に生じる雑音の中で低周波領域の雑音が最小となる最小雑音を、クリッピング前の前記サンプル値に加算した値を量子化値として出力するノイズシェイパと、
を有する量子化器。
【請求項2】
前記雑音は、クリッピングにより生じるクリッピング雑音と、量子化により生じる量子化雑音とを含む、
請求項1に記載の量子化器。
【請求項3】
前記雑音の低周波成分を取り出すフィルタ、
をさらに有する請求項1または2に記載の量子化器。
【請求項4】
前記フィルタは、
各候補の前記雑音に、1シンボル前の最小雑音を加算する加算器と、
今回の前記最小雑音を1シンボルサイクル遅延させる遅延器と、
前記遅延器で遅延された前記最小雑音に係数を乗算する乗算器と、
を含み、前記乗算器の出力が前記加算器の入力に接続されている、
請求項3に記載の量子化器。
【請求項5】
前記係数は、主信号のスペクトル形状または伝送路の透過特性に応じて、前記雑音のパワーを最小にする値に設定されている、
請求項4に記載の量子化器。
【請求項6】
前記加算器の出力の中から前記最小雑音を選択するセレクタ、
を有する請求項4または5に記載の量子化器。
【請求項7】
クリッピング前の前記サンプル値に前記最小雑音を加算する第2加算器、
を有する請求項1から6のいずれか1項に記載の量子化器。
【請求項8】
前記サンプル値を出力する信号処理器と、
請求項1から7のいずれか1項に記載の量子化器と、
前記量子化値をアナログ変換するデジタルアナログ変換器と、
前記デジタルアナログ変換器の出力に基づいて駆動される光変調器と、
を有する光送信機。
【請求項9】
前記クリッパに入力される前記サンプル値は、前記デジタルアナログ変換器の最大入力電圧範囲を超えるように振幅方向に引き延ばされている、
請求項8に記載の光送信機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、量子化器、及び光送信機に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、フレキシブルデータデータレートを実現するために、PCS(Probabilistic Constellation Shaping:確率的コンステレーション整形)を用いた多値変調方式や、大容量短距離通信用の超多値変調が実用化されつつある。送信される情報量、特にボーレートが増えると、光送信機のDAC(Digital-to-Analog Converter:デジタルアナログ変換器)のビット分解能への要求も高くなるが、DACのビット分解能には限界がある。むしろ、DACのビット分解能が低いほうが消費電力を抑制でき、設計が容易になる。
【0003】
デジタル信号処理とコヒーレント光伝送を組み合わせたデジタルコヒーレント方式の光通信では、デジタル化の過程で量子化雑音が発生する。量子化雑音はデジタル変換における誤差である。変調方式のレベルやボーレートが高くなっても、量子化雑音を低減して、低ビット分解能のDACにも対応できることが望ましい。
【0004】
図1は、一般的な量子化モデル1を示す。信号処理回路でサンプリングされたサンプル値X(n)は、量子化レンジの範囲内で、最も近い量子化レベルに切り上げ、または切り下げられる。量子化レベル間の距離Δは、量子化ステップサイズと呼ばれる。量子化前のサンプル値X(n)と、量子化後の値q(n)との誤差が、量子化雑音q
noiseとなる。量子化雑音は、周波数軸に対してフラットなホワイトノイズの特性を持つ。
【0005】
図2は、量子化モデル2を示す(たとえば、非特許文献2参照)。軟量子化(Soft Quantization:SQ)により、サンプリング出力x(n)に最も近い量子化レベル2と、その上下の量子化レベル1及び3を含めて、3つの候補c
i-1、c
i、c
i+1が決定される。パスメトリック計算により、3つの候補の各々について量子化誤差が計算される。硬量子化(Hard Quantization:HQ)により、N個のサンプリング出力にわたって平均二乗誤差が最も小さくなる候補が選択され、量子化値x
Q(n)が出力される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Yaron Yoffe, Eyal Wohlgemuth, Dann Sadot, Digitally Enhanced DAC : Low Resolution Digital Pre-Compensation for High Speed Optical Links, Optical Society of America, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
量子化雑音を抑制することができれば、変調方式のレベルやボーレートが高くなっても、ビット分解能が高くないDACで、誤差の少ないアナログ電圧信号を生成することができる。一つの側面で、本発明は量子化雑音を低減する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一実施形態では、量子化器は、
所定のレートでサンプリングされたサンプル値の量子化レンジを超える部分をクリップするクリッパと、
クリップされたサンプル値に基づいて量子化レベルの候補を複数決定し、各候補に生じる雑音の中で低周波領域の雑音が最小となる最小雑音をクリッピング前の前記サンプル値に加算した値を量子化値として出力するノイズシェイパと、
を有する。
【発明の効果】
【0009】
量子化雑音を低減する技術が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図3】実施形態の量子化器が適用される光送信機のブロック図である。
【
図4】量子化器と信号処理回路の基本構成を示す図である。
【
図7】3つの量子化レベル候補を用いる例を示す図である。
【
図8】量子化器の具体的な処理構成を示す図である。
【
図9】ノイズシェイパのフィルタ特性を示す図である。
【
図10】5つの量子化レベル候補の設定を示す図である。
【
図11】5つの量子化レベル候補を用いた量子化器の処理構成を示す図である。
【
図12】効果検証のためのシミュレーションモデルの模式図である。
【
図13】条件1でのOSNR耐性の比較結果を示す図である。
【
図14】条件2でのOSNR耐性の比較結果を示す図である。
【
図15】条件3でのOSNR耐性の比較結果を示す図である。
【
図16】最適タップ係数のクリッピング強さ及びDACサンプリングレートへの依存性を示す図である。
【
図17】最適タップ係数の選択方法のフローチャートである。
【
図18】ナイキストスペクトル情報を用いたタップ係数最適化のブロック図である。
【
図19】伝送路の透過特性情報を用いたタップ係数最適化のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下で、図面を参照して実施形態の構成と手法を説明する。以下の記載で、同じ構成要素に同じ符号を付けて、重複する説明を省略する場合がある。
【0012】
図3は、実施形態の量子化器100が適用される光送信機10のブロック図である。光送信機10は、信号処理器12、量子化器100、DAC14、光源(図中、「LD」と表記)16、及び光変調器17を有する。量子化器100は、信号処理器12とともにDSP(Digital Signal Processor:デジタル信号プロセッサ)15の集積回路基板に含められてもよいし、信号処理器12と別のASIC(Application Specific Integrated Circuit:特定用途向け集積回路)で実現されてもよい。
図3で、DSP15は送信側の処理を行うという意味で「Тx DSP」と表記されている。
【0013】
信号処理器12でサンプリングされたサンプル値X(n)は、量子化器100で量子化され、デジタルデータとしてDAC14に入力される。サンプル値X(n)は、サンプリング点での振幅を表す数値であるのに対し、量子化器100から出力されるデジタルデータは、「0」、「1」などの整数値を表す。DAC14は、入力されたデジタルデータをアナログ電圧信号に変換する。DAC14の出力に基づいて、変調器ドライバアンプ(図示を省略)で駆動信号が生成され、光変調器17の信号電極に入力される。
【0014】
光変調器17は、たとえば、DP-QPSK(Dual Polarization Quadrature Phase Shift Keying:偏波多重直交位相シフトキーイング)方式の変調器であり、X偏波とY偏波のそれぞれについて、MZ(Mach-Zehnder:MZ)干渉計で形成されたIQ変調器を有する。DAC14から4つのアナログ電圧信号が出力され、X偏波用のIアームとQアーム、及び、Y偏波用のIアームとQアームに駆動信号が入力される。
【0015】
光源16から出力された搬送波は、X偏波用とY偏波用に分岐され、対応するIQ変調器の各アームで屈折率変化に応じた位相変調を受ける。各アームを形成する子MZ干渉計と、子MZ干渉計を入れ子にした親MZ干渉計による干渉で、強度変調された光信号が光変調器17から出力される。
【0016】
図4は、量子化器100と信号処理器12の基本構成を示す。信号処理器12に、送信データ121が入力される。送信データは、たとえば、バイナリーのビット列である。送信データ121は、FEC(Forward Error Correction:前方誤り訂正)プリコーダ122で誤り訂正符号化処理を受け、コンステレーションマッパ123で、コンステレーション(IQ複素平面)上のシンボル点にマッピングされる。このとき、シンボル点の確率分布シェイピングが行われてもよい。
【0017】
アシスタント信号挿入器124は、シンボル点のそれぞれに既知のアシスタント信号を挿入する。アシスタント信号は、OSNR等の伝送路状況の推定に用いられる。プリエンファシス及びパルスシェイパ125で、信号減衰をあらかじめ補償するプリエンファシスと、パルス整形が、偏波ごとに行われる。
【0018】
リサンプラ126は、整形された波形を、所定のサンプリングレートでサンプリングする。リサンプラ126は、本来の信号の周波数よりも高いサンプリングレートでオーバーサンプリングして、サンプル値X(n)を信号処理器12から出力する。ここで、nは時間軸上の番号である。たとえば、60ギガボーのパルス列を2倍にオーバーサンプリングしたサンプル値X(n)が、量子化器100に入力される。
【0019】
量子化器100は、クリッパ101と、ノイズシェイパ103を有する。クリッパ101は、所定のレートでサンプリングされたサンプル値X(n)の、量子化レンジを超える部分をクリップする。ノイズシェイパ103は、クリッパ101でクリップされたサンプル値に基づいて量子化レベルの候補を複数決定し、各候補に生じる雑音の中で低周波領域の雑音が最小となる最小雑音をクリッピング前のサンプル値に加算した値を、量子化値として出力する。
【0020】
DAC14の最大入力電圧範囲を超える送信信号が発生した場合、量子化の段階で送信信号をクリッピングせざるを得ない場合がある。しかし、クリッピングによりDAC14の出力に歪が生じるため、一般的には、サンプル値X(n)がDAC14の最大入力電圧範囲内にあるように設定されている。
【0021】
実施形態では、量子化器100に入力されるサンプル値X(n)が、DAC14の最大入力電圧範囲、すなわち量子化器100の量子化レンジよりも大きくなるように、サンプル値X(n)を振幅方向に引き延ばす。サンプル値X(n)の引き延ばしは、量子化器100に入力される前に行ってもよいし、量子化器100の内部で行ってもよい。後者の場合、クリッパ101の内部に、入力されたサンプル波形を振幅方向に引き延ばすエクスパンダを備えていてもよい。
【0022】
クリッパ101は、入力されたサンプル値X(n)のうち、DAC14の最大入力電圧範囲、すなわち量子化レンジを超える部分をクリップする。クリッピング係数は、0.7(30%のクリッピング)、0.8(20%のクリッピング)など、適切な値に設定される。クリッピング後のデータをX'(n)とする。クリッピングにより、実際のサンプル値X(n)からの誤差、すなわちクリッピング雑音が発生する。
【0023】
ノイズシェイパ103は、クリッピング前のサンプル値X(n)を用いて、クリッピング後のデータX'(n)の雑音を整形する。クリッピング後のデータの雑音には、クリッピング雑音と、量子化雑音が含まれる。ノイズシェイパ103は、現在のシンボルのクリッピング後のデータX'(n)の対し、複数の量子化レベルの候補を抽出する。候補の数は、DAC14のビット分解能を考慮して、あらかじめ設定されている。それぞれの候補の量子化レベルと、クリッピング前のサンプル値X(n)との差分を計算する。この差分は、クリッピング雑音と量子化雑音を足し合わせた合計雑音である。
【0024】
ノイズシェイパ103は、低周波成分を取り出すフィルタ処理により、合計雑音から高周波成分を取り除き、低周波領域で合計雑音が最も小さくなる量子化レベルを選択する。これにより、DAC14のビット分解能に対応できるように、量子化雑音が低減される。クリッピングで、サンプル値X(n)の波形のピークが切り落とされるが、DAC14の入力電圧範囲内では分解能が高くなり、結果的に量子化雑音が低減される。切り落とされたピークはクリッピング雑音であり、量子化雑音に追加される。
【0025】
クリッピング後のデータX'(n)と、クリッピング前のサンプル値X(n)との差分で、クリッピング雑音と量子化雑音の合計が算出できる。クリッピング後のデータX'(n)の対し、抽出したDACの量子化レベルの候補を整形技術で選別することによって、DACの入力範囲以内のクリッピング雑音と量子化雑音の低周波成分を低減できる。高周波の雑音成分は拡大されるが、受信DSPのイコライザは理想フィルタなので、主信号スペクトルの外側の雑音はカットされる。したがって、信号スペクトルの中に含まれる雑音だけが残り、その雑音成分のみが主信号に影響を与える。以下で、量子化器100の具体的な動作と、より詳細な処理構成を述べる。
【0026】
図5は、量子化器100で行われる量子化プロセスのフローチャートである。まず、現在のシンボルのサンプル値X(n)を入力する(S11)。サンプル値X(n)は、信号処理器12によってリサンプリングされた振幅データである。次に、サンプル値X(n)をクリップして、クリッピング後のデータX'(n)を取得する(S12)。必要に応じて、クリッピング前にサンプル値X(n)の波形を振幅方向に引き延ばしてもよい。
【0027】
次に、クリッピング後のデータX'(n)を用いて、複数の量子化レベル候補を決定し(S13)、各候補の雑音Snoiseを計算する(S14)。雑音Snoiseは、クリッピングノイズcnoiseと、量子化ノイズqnoiseの合計値である。クリッピングノイズcnoiseは、入力されたサンプル値X(n)と、クリッピング後のデータX'(n)との差で表される。量子化ノイズqnoiseは、クリッピング後のデータX'(n)と、各候補の量子化レベルq'との差で表される。したがって、合計の雑音Snoiseは、X(n)-q'で表される。
cnoise=X(n)-X'(n)
qnoise=X'(n)-q'
Snoise=X(n)-q'
【0028】
複数の量子化レベル候補の中から、雑音Snoiseに含まれる低周波雑音LFnoiseの絶対値が最も小さい量子化レベルを選択する(S15)。選択された量子化レベルの雑音Snoise(すなわち、低周波領域での雑音が最も小さい雑音)を、クリッピング前のサンプル値X(n)に加算して(S16)、最終的な量子化結果として出力する(S17)。この出力がDAC14の入力に接続される。次の送信データ(サンプル値)があるか否かを判断し(S18)、送信データがある限り、ステップS12からS17を繰り返す。送信データの入力がない場合は(S18でNo)、処理を終了する。
【0029】
図6は、ステップS12のクリッピング処理の模式図である。量子化器100のクリッパ101でクリッピング処理を受けるサンプル値X(n)は、その振幅がDAC14の最大入力電圧範囲を超えるように、振幅方向に引き延ばされている。サンプル値X(n)の波形は、量子化器100の内部、または外部で、振幅方向に拡張される。サンプル値X(n)のうち、DAC14の最大入力電圧範囲を超える部分がクリップされ、DAC14の最大入力電圧範囲内にあるデータX'(n)が得られる。クリッピングで生じた誤差は、クリッピング雑音c
noiseとなる。
【0030】
図7は、ステップS13の量子化レベル候補決定の模式図である。クリッピング後のデータX'(n)に対して、量子化レベル候補が決定される。この例では、データX'(n)に最も近い量子化レベルQ(n)と、その上下の量子化レベルQ(n)+Δ、及び、Q(n)-Δが候補として用いられる。ここで、Δは量子化のステップサイズである。
【0031】
図8は、量子化器100の具体的な処理構成を示す。量子化器100に入力されたサンプル値X(n)のうち、所定レベルを超える部分が、クリッパ101によりクリップされる。ノイズシェイパ103は、クリッピング後のデータX'(n)に基づいて、量子化レベルの候補を複数、たとえば3つ、決定する。候補となる量子化レベルq'を、それぞれ
q'=Q(n)+Δ
q'=Q(n)
q'=Q(n)-Δ
とする。ここで、Q(n)は、X'(n)に最も近い量子化レベル、Δは量子化ステップサイズである。
【0032】
ノイズシェイパ103は、各候補の量子化レベルq'と、クリッピング前のサンプル値X(n)を減算器105に入力し、差分を各候補の雑音Snoiseとして算出する。各候補の雑音Snoiseにフィルタをかけることで、低周波雑音LFnoiseを取り出し、セレクタ104で、低周波雑音LFnoiseが最も小さくなる雑音Snoise(min|LFnoise|2)を選択する。この低周波領域での雑音が最小となるSnoise(min|LFnoise|2)を、便宜上、「最小雑音」と呼ぶ。
【0033】
フィルタ処理では、選択された最小雑音Snoise(min|LFnoise|2)を、遅延器107で1シンボルサイクル遅らせる。乗算器108で、1シンボル前の最小雑音Snoise(min|LFnoise|2)に、係数hを乗算し、現在の雑音Snoiseにフィードバックする。フィードバックされる1シンボル前の最小雑音Snoise(min|LFnoise|2)は、クリッピング雑音と量子化雑音を併せて、低周波領域での雑音が最小となるように整形されている。
【0034】
1シンボル前の最小雑音Snoise(min|LFnoise|2)は、加算器106で、現在の各候補の雑音Snoiseに加算される。これにより、各候補の雑音の高周波成分がキャンセルされ、低周波雑音LFnoiseが取り出される。セレクタ104は、現在の低周波雑音LFnoiseの中から最小の雑音を選択し、選択された最小雑音Snoise(min|LFnoise|2)を、後段の加算器109に供給するとともに、フィードバック処理を繰り返す。
【0035】
加算器106、遅延器107、及び乗算器108で形成されるフィードバック回路は、1タップフィルタ111を形成する。乗算器108に設定される係数hを、「タップ係数h」と呼んでもよい。1タップフィルタ111は、1シンボル前に整形された雑音を今回の雑音Snoiseに反映することで、高周波雑音をカットするローパスフィルタ、あるいはフィードバックイコライザとして機能する。
【0036】
セレクタ104で選択された今回の雑音Snoise(min|LFnoise|2)は、加算器109で、クリッピング前のサンプル値X(n)に加算される。この加算により、入力されたサンプル値X(n)は、低周波領域での雑音が最も小さい量子化レベルq'(min|LFnoise|2)に量子化されたことになる。
【0037】
量子化レベルq'(min|LFnoise|2)は、量子化器100の出力として、DAC14に供給される。低周波領域でサンプル値X(n)からの誤差が最小のデジタル信号がDAC14に入力されるので、DAC14のビット分解能がそれほど高くなくても、誤差の少ないアナログ電圧信号が生成される。
【0038】
量子化器100は、単純にサンプル値X(n)の振幅値に最も近い量子化レベルに量子化するのではなく、複数の量子化レベル候補の中から、クリッピング雑音と量子化雑音を含めて、雑音Snoiseの低周波成分が最小になる量子化レベルを選択する。したがって、量子化の精度を高める。
【0039】
図9は、ノイズシェイパ103のフィルタ特性を示す。
図9の(A)は、1タップフィルタ111の周波数特性である。
図9の(B)は、整形された雑音S
noise(min|LF
noise|
2)のスペクトル、(C)は整形された雑音S
noise(min|LF
noise|
2)を1タップフィードバック(等化)した後のフィルタ特性である。各図の横軸は周波数(GHz)、縦軸は利得(dB)である。
【0040】
図9の(A)で、一般量子化雑音aは、周波数軸に対してフラットなホワイトノイズの性質を持つ。タップ係数hを0.4、0.6、0.8、1.0と大きくすると、中心周波数(0GHz)から離れた高周波領域での減衰が大きくなり、ローパスフィルタの形状が急峻になる。
【0041】
図9の(B)で、整形された雑音S
noise(min|LF
noise|
2)は、低周波領域で小さく、高周波領域で大きくなる。タップ係数hが大きいほど、スペクトルが急峻になり、低周波領域での雑音が小さくなる。
【0042】
図9の(C)は、(B)のスペクトルを、(A)のフィルタ特性にフィードバックした後のスペクトル形状である。
図9の(C)のスペクトル形状は、(A)と比較して、周波数軸に対してフラットに近づき、ホワイトノイズの性質をもつ。しかし、タップ係数hが大きいほど、雑音レベルが小さくなり、主信号に対する影響が少ない。すなわち、SNRが改善される。ただし、タップ係数は単純に大きくすればよいのではなく、後述するように、クリッピングの程度、DAC14のサンプリングレート等によって、最適なタップ係数が変わり得る。
【0043】
図10は、5つの量子化レベル候補の設定を示す。
図11は、5つの量子化レベル候補を用いた量子化器100Aの処理構成を示す。量子化器100Aは、クリッパ101と、ノイズシェイパ103Aを有する。量子化レベルの候補の数が増えたことを除いて、量子化器100Aの処理構成は、
図8の量子化器100の処理構成と同じである。
【0044】
量子化器100Aに入力されたサンプル値X(n)のうち、所定レベル、たとえば、DAC14の最大入力電圧範囲を超える部分がクリッパ101によりクリッピングされる。サンプル値X(n)は、クリッパ101に入力される前、あるいは、クリッパ101の内部で、振幅方向に引き延ばされてもよい。
【0045】
ノイズシェイパ103Aは、クリッピング後のデータX'(n)に基づいて、量子化レベルの候補を決定する。候補となる量子化レベルq'を、それぞれ
q'=Q(n)+2Δ
q'=Q(n)+Δ
q'=Q(n)
q'=Q(n)-Δ
q'=Q(n)-2Δ
とする。
【0046】
各候補の量子化レベルq'と、クリッピング前のサンプル値X(n)を減算器105に入力し、差分を各候補の雑音Snoiseとして算出する。各候補の雑音Snoiseに1タップフィルタ111を適用することで、低周波雑音LFnoiseを取り出し、セレクタ104で、低周波雑音LFnoiseの絶対値が最も小さい雑音Snoise(min|LFnoise|2)を選択する。
【0047】
選択された最小の雑音Snoise(min|LFnoise|2)は、遅延器107で1シンボルサイクル遅延されるとともに、加算器109で、今回のサンプル値X(n)に加算される。この加算により、低周波領域での雑音が最小の量子化レベルq'(min|LFnoise|2)が選択されたことになる。DAC14のビット分解能が低くても、量子化された信号のスペクトル以内の雑音を低減できるので、誤差の少ないアナログ電圧信号が生成される。
【0048】
<効果検証>
図12は、効果検証のためのシミュレーションモデルの模式図である。送信DSP112で信号処理を行って、サンプル値X(n)を出力する。DAC量子化器110で、上述した量子化を行い、量子化されたデジタル値からアナログ電圧信号を生成して光変調器を駆動する。光変調器から出力される光信号に、OSNRに基づいて雑音を追加する。受信側で、光信号を電気信号に変換し、ADC量子化器210でアナログデジタル変換し、受信DSP212でデジタル信号処理する。受信側ADCのビット分解能を5ビットに固定する。この場合、電圧値は32段階で表現される。
【0049】
図13は、条件1でのOSNR耐性の比較結果を示す。条件1は、DACのビット分解能が3ビット、DACのサンプリング速度は2sps、主信号はナイキスト整形された16QAM信号、ロールオフ率は0.1である。横軸はOSNR(dB)、縦軸はQ値(dB)である。
【0050】
ラインAは、実施形態の量子化器100で30%のクリッピングを行ったときのOSNR耐性を示す。ラインBは、
図2の量子化モデル2に30%クリッピングを導入したときのOSNR耐性を示す。ラインCは、
図2の量子化モデル2のOSNR耐性を示す。
【0051】
量子化モデル2に30%クリッピングを適用することで、Q値が改善される。しかし、30%クリッピングを導入し、かつOSNRを高くしても、FECリミット(BER5.2e-5)を下回る。これに対し、実施形態の量子化器100で、量子化雑音だけではなく、クリッピング雑音の低周波領域の雑音量も最小にしたことで、低ビット分解能のDACを用いて、FECリミットを超えることができる。
【0052】
図14は、条件2でのOSNR耐性の比較結果を示す。条件2は、DACのビット分解能が2ビット、DACのサンプリング速度は2sps、主信号はナイキスト整形された16QAM信号、ロールオフ率は0.1である。条件1よりも、DACのビット分解能がさらに低い。
【0053】
ラインAは、実施形態の量子化器で30%のクリッピングを行ったときのOSNR耐性を示す。ラインCは、
図2の量子化モデル2のOSNR耐性を示す。FECリミットは、BER2.3e
-2である。実施形態の量子化器100を用いることで、量子化モデル2と比較して、Q値が3dB近く改善される。
【0054】
図15は、条件3でのOSNR耐性の比較結果を示す。条件3は、DACのビット分解能が3ビット、DACのサンプリング速度は2sps、主信号はナイキスト整形された64QAM信号、ロールオフ率は0.1である。条件1及び2と比較して、多値度の高い変調方式が採用されている。
【0055】
ラインAは、実施形態の量子化器で30%のクリッピングを行ったときのOSNR耐性を示す。ラインCは、
図2の量子化モデル2のOSNR耐性を示す。FECリミットは、BER2.3e
-2である。
【0056】
実施形態の量子化器で量子化雑音及びクリッピング雑音を低周波領域で最小化することで、変調多値度が高くなっても、FECリミットを超えることができる。量子化モデル2では、OSNRを高くしても、FECリミットを超えることができない。
【0057】
図13から
図15により、実施形態の量子化器100によるQ値の改善効果が確認される。また、ビット分解能が低いDACを用いても、要求される信号品質を維持できることがわかる。
【0058】
<タップ係数hの設定>
次に、タップ係数hの設定について説明する。タップ係数hの値によって、量子化雑音(クリッピング雑音を含む)を抑える効果が異なる。
図9を参照して説明したように、一般的には、タップ係数hが大きいほど、低周波領域での雑音は小さくなるが、雑音抑制の効果には限界がある。雑音抑制の限界値は、雑音のスペクトル形状やDACのスペックに依存する。
【0059】
図16は、最適タップ係数のクリッピング強さ及びDACサンプリングレートへの依存性を示す。横軸はタップ係数、縦軸はQ値改善効果(dB)を表す。
図16の(A)はクリッピングなし、(B)は20%クリッピング、(C)は30%クリッピングで、それぞれDACサンプリングレートを変えたときのQ値改善効果(dB)を示す。Q値の改善効果は、上述した
図13の条件2に基づいて計算している。
【0060】
図16の(A)でクリッピングを行わない場合、DACのサンプリング速度に依らず、タップ係数hを0.8に設定することで、1タップフィルタ111の雑音低減効果が最も大きくなる。
【0061】
図16の(B)の20%クリッピングの場合、DACのサンプリング速度が1.3spsと1.8spsのときは、タップ係数hを0.8に設定することで、雑音低減効果が大きく、Q値が改善される。DACのサンプリング速度が1.5spsのときは、タップ係数hは0.4から0.9の間の任意の値をとり得る。
【0062】
図16の(C)の30%クリッピングの場合、DACのサンプリング速度が1.8spsのときは、タップ係数hを0.8に設定することで、最大のQ値改善効果が得られる。DACのサンプリング速度が1.5spsのときは、タップ係数hを0.5に設定することで、最大のQ値改善効果が得られる。DACのサンプリング速度が1.3spsのときは、タップ係数hは0.3から0.6の間の任意の値をとり得る。
【0063】
実施形態の量子化器100(または100A)を用いる場合、クリッパ101に設定されるクリッピングの強さと、DAC14のサンプリングレートを考慮して、ノイズシェイパ103の1タップフィルタ111のタップ係数hを最適化することができる。
【0064】
図17は、最適タップ係数の選択方法のフローチャートである。光送信機10の実サービスに先立って、量子化器100の1タップフィルタ111に設定されるタップ係数hを最適化する。タップ係数hの値を、最小値から最大値(h=1.0)まで振って、信号スペクトルの形状に基づいて主信号に含まれる雑音量を確認し、雑音量が最小になるタップ係数の値を選択する。この処理は、量子化器100で行われる。
【0065】
まず、量子化器100の1タップフィルタ111に、タップ係数hを設定する(S21)。処理開始の直後は、初期値として、タップ係数hを振る範囲の最小値または最大値を設定してもよい。そのタップ係数hで、整形された雑音、すなわち低周波雑音が最小化された雑音Snoise(min|LFnoise|2)を決定する(S22)。
【0066】
信号のスペクトル形状を用意して(S23)、整形された雑音Snoise(min|LFnoise|2)に信号スペクトル形状を乗算する(S24)。これにより、信号スペクトル以内の成分、すなわち雑音成分が分かる。雑音成分のパワーを算出して、量子化器100の内部または外部のメモリに保存する(S25)。タップ係数hに設定すべき他の値がある場合は(S26でYES)、タップ係数hの値を更新し(S27)、ステップS21からS25を繰り返す。他の係数値がない場合は(S26でYES)、雑音が最小パワーのタップ係数hopを選択して(S28)、処理を終了する。
【0067】
これにより、量子化器100の1タップフィルタ111に最適なタップ係数hを設定することができる。
【0068】
図18は、ナイキストスペクトル情報を用いたタップ係数最適化のブロック図である。主信号がナイキストパルスである場合、
図17のS24のスペクトル形状として、ナイキスト整形されたスペクトルを用いてもよい。この場合、信号処理器12Aは、ナイキストパルスを生成する。
【0069】
PRBS(Pseudo-Random Binary Sequence:疑似ランダムビット列)ジェネレータ221は、疑似ランダムビット列を生成する。FECプリコーダ122は、ビット列に前方誤り訂正符号を付加する。コンステレーションマッパ123は、誤り訂正符号が付加されたビット列を、コンステレーション上のシンボル点にマッピングする。アシスタント信号挿入器124は、シンボル点のそれぞれに、既知のアシスタント信号を挿入する。
【0070】
プリエンファシス及びナイキストシェイパ225は、偏波ごとに、プリエンファシスとナイキスト整形を行う。リサンプラ226は、ナイキスト整形されたバルスを、AWG(Arbitrary Waveform Generator:任意波形生成器)、すなわちPRBSジェネレータと整合するようにリサンプリングする。リサンプリングされたサンプル値X(n)は、量子化器100に入力される。
【0071】
量子化器100は、光送信機10の実サービスに先立って、
図17の処理を行い、1タップフィルタ111に設定するタップ係数hを最適化する。量子化器100で、タップ係数hに順次、係数値を設定し、低周波雑音が最小になるように整形された雑音S
noise(min|LF
noise|
2)に、ナイキストパルスのスペクトル形状を乗算して、雑音成分のパワーを算出する。全係数値の中で、雑音パワーが最小になる係数値を、タップ係数hとして選択する。1タップフィルタ111で最適なタップ係数hを用いることで、量子化の精度が向上する。
【0072】
図19は、伝送路の透過特性情報を用いたタップ係数最適化のブロック図である。伝送路の帯域制限より早いスピードで信号を送信する場合に、信号スペクトルを伝送路の透過特性に基づいて整形する際に、
図17のS24のスペクトル情報として、伝送路の透過スペクトルを用いることができる。信号処理器12Bは、THP(Tomlinson-Harashima Precoding)処理を行う。THPは、伝送路の符号間干渉を送信側で補償する波形等化技術である。
【0073】
FECプリコーダ122は、送信データ121に前方誤り訂正処理を施す。コンステレーションマッパ123は、誤り訂正処理されたデータを、コンステレーション上のシンボル点にマッピングする。アシスタント信号挿入器124は、シンボル点のそれぞれに、既知のアシスタント信号を挿入する。THP回路234は、伝送路の符号間干渉をあらかじめ補償する。たとえば、各シンボル点のデータ符号化技術によって、信号スペクトルを伝送路の透過特性に基づいて整形する。
【0074】
プリエンファシス及びパルスシェイパ125は、偏波ごとに、プリエンファシスとパルス整形を行う。リサンプラ226は、THP補償とパルス整形を受けたバルスを、AWGと整合するようにリサンプリングする。リサンプリングされたサンプル値X(n)は、量子化器100に入力される。
【0075】
量子化器100は、光送信機10の実サービスに先立って、
図17の処理を行い、1タップフィルタ111に設定するタップ係数hを最適化する。量子化器100で、タップ係数hに順次、係数値を設定し、低周波雑音が最小になるように整形された雑音S
noise(min|LF
noise|
2)に、伝送路の透過特性を乗算して、雑音成分のパワーを算出する。全係数値の中で、雑音パワーが最小になる係数値を、タップ係数hとして選択する。
【0076】
図18及び
図19の構成により、実際に用いられるナイキストパルスや伝送路の特性に応じた最適なタップ係数hを量子化器100に設定することができる。その結果、低周波雑音の低減効果を向上して、光変調器17を駆動するアナログ駆動信号の精度を上げ、送信信号のQ値を向上することができる。
【0077】
以上、特定の構成例に基づいて実施形態を説明してきたが、本発明は上述した構成例に限定されない。たとえば、量子化レベルの候補数は、DAC14のビット分解能に応じて2以上の適切な数にしてもよい。クリッピングする割合は、DAC14の最大入力電圧範囲を考慮して10%、20%など、適切に設定することができる。
【符号の説明】
【0078】
10 光送信機
12、12A、12B 信号処理器
14 DAC
15 DSP
16 光源
17 光変調器
100、100A 量子化器
101 クリッパ
103 ノイズシェイパ
104 セレクタ
105 減算器
106、109 加算器
107 遅延器
108 乗算器
111 1タップフィルタ(フィルタ)