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特許7716076血管内穿孔によるくも膜下出血モデルの血腫を可視化する方法
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  • 特許-血管内穿孔によるくも膜下出血モデルの血腫を可視化する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-23
(45)【発行日】2025-07-31
(54)【発明の名称】血管内穿孔によるくも膜下出血モデルの血腫を可視化する方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 6/50 20240101AFI20250724BHJP
【FI】
A61B6/50 500B
A61B6/50 511G
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021016882
(22)【出願日】2021-02-04
(65)【公開番号】P2022119624
(43)【公開日】2022-08-17
【審査請求日】2024-01-09
(73)【特許権者】
【識別番号】506087705
【氏名又は名称】学校法人産業医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】宮岡 亮
(72)【発明者】
【氏名】山本 淳考
【審査官】遠藤 直恵
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-160978(JP,A)
【文献】特開2020-124598(JP,A)
【文献】特表2015-528441(JP,A)
【文献】特表2010-529205(JP,A)
【文献】実開昭54-113378(JP,U)
【文献】Jun CAI et al.,“A Novel Intravital Method to Evaluate Cerebral Vasospasm in Rat Models of Subarachnoid Hemorrhage: A Study with Synchrotron Radiation Angiography”,PLoS ONE,2012年03月12日,Vol. 7, No. 3,p.e33366,DOI: 10.1371/journal.pone.0033366
【文献】Vanessa Weyer et al,,Longitudinal imaging and evaluation of SAH-associated cerebral large artery vasospasm in mice using micro-CT and angiography,Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism,米国,Sage Journals,2019年10月11日,Vol. 40(11),2265-2277
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 6/00-6/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
くも膜下出血モデル非ヒト哺乳動物の作成方法であって、以下:
(A)翼突口蓋動脈から挿入された穿刺用器具を用いてウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、及び
(B)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、外頸動脈を通じて内頸動脈に造影剤を持続投与する工程
を含み、それにより前記出血の誘導直後からコンピュータ断層撮影により血腫の可視化が可能となる、該モデル非ヒト哺乳動物の作成方法。
【請求項2】
前記ウィリス動脈輪の穿刺部位が、内頸動脈から前大脳動脈である、請求項1に記載の作成方法。
【請求項3】
前記造影剤の持続投与が前記穿刺前から穿刺後3分までの間行われる、請求項1又は2に記載の作成方法。
【請求項4】
くも膜下出血モデル非ヒト哺乳動物における、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法であって、以下:
(a)翼突口蓋動脈から挿入された穿刺用器具を用いてウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、外頸動脈を通じて内頸動脈に造影剤を持続投与する工程、及び
(c)前記くも膜下出血モデル非ヒト哺乳動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程
を含む、可視化方法。
【請求項5】
前記コンピュータ断層撮影(CT)が、マイクロCTである、請求項4に記載の可視化方法。
【請求項6】
くも膜下出血モデル非ヒト哺乳動物における、くも膜下出血の重症度の評価方法であって、以下:
(a)翼突口蓋動脈から挿入された穿刺用器具を用いてウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、外頸動脈を通じて内頸動脈に造影剤を持続投与する工程、
(c)前記くも膜下出血モデル非ヒト哺乳動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程、及び
(d)前記撮像に基づいて、前記くも膜下出血モデル動物のくも膜下出血の重症度を評価する工程
を含む、評価方法。
【請求項7】
前記前記コンピュータ断層撮影(CT)が、マイクロCTである、請求項6に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、くも膜下出血モデル動物の作成方法、及び対象(ヒトを除く)における、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
動脈瘤性くも膜下出血は、世界中で毎年60万人以上の患者に影響を及ぼしている脳卒中症例の約5%を占める。未だ生命予後のみならず機能予後の悪い疾患であり、遅発性脳虚血(delayed cerebral ischemia: DCI)や早期脳損傷(early brain injury: EBI)に対する治療戦略の確立のため、現在も盛んに基礎研究が行われている。上記基礎研究においては、げっ歯類のくも膜下出血(subarachnoid hemorrhage: SAH)モデル等が用いられ、該げっ歯類SAHモデルの作成法として、自己血注入法、脳槽内静脈開放法、ウィリス動脈輪の血管内穿孔(endovascular perforation: EP)法等の方法が報告されている。その中で、EP法は、近年、とくにEBIの病態究明を目指す研究においてげっ歯類SAHモデルで頻用される重要な手法となった。1995年にEP法によるSAHモデルが初めて報告されたが、遅発性脳血管攣縮、神経学的機能障害、脳浮腫形成、及び高い死亡率などの脳動脈瘤破裂後の臨床的な病態をよく模倣しているモデルとして、高く評価されている(非特許文献1)。
【0003】
一方で、該モデルには、当初よりSAH誘導の成功率や重症度においてばらつきが大きく、施設間での実験手法や結果の違いなどに多くの批判があり、プロトコルの洗練と標準化を目的とした研究も盛んであった。最も問題となるのが重症度のばらつきであり、該モデルを用いて介入実験を行う際には群間の重症度をなるべく均一にする必要があり、現時点では厳格なランダム化と盲検的プロトコルを前提として、摘出脳の肉眼所見に基づいて後方視的に重症度を評価した上でサンプルを分配する手法が用いられている。これは、データ解析時にサンプルサイズの調整を行うため、その除外基準が曖昧であることなどバイアスを回避しがたい側面が指摘されている。さらに、血腫が脳底槽に残存している期間内(概ね3日以内)に動物を屠殺する必要があるために追跡期間の制約があり、長期的な予後の比較検討は不可能である。
【0004】
臨床と同じようにSAHの誘導時に血腫を可視化し、重症度を評価することができれば、バイアスの軽減に寄与し、長期予後の観察も可能となるはずである。EP法によるSAHモデル動物において、CTおよびMRIで重症度を推測する方法が近年報告されているが(非特許文献2, 3)、即時的かつ血腫量を忠実に反映しうる可視化手段は報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sugawara T, Ayer R, Jadhav V, et al. A new grading system evaluating bleeding scale in filament perforation subarachnoid hemorrhage rat model. J Neurosci Methods 2008;167:327-334.
【文献】Weyer V, Maros ME, Kronfeld A, et al. Longitudinal imaging and evaluation of SAH-associated cerebral large artery vasospasm in mice using micro-CT and angiography. J Cereb Blood Flow Metab 40: 2265-2277, 2020
【文献】Shishido H, Egashira Y, Okubo S, et al. A magnetic resonance imaging grading system for subarachnoid hemorrhage severity in a rat model. J Neurosci Methods 243: 115-119, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、EP法によるSAHモデル動物において即時的にSAH誘導の成功と重症度を確度よく評価することができ、介入実験前にサンプルの均一化が可能となるように生きたまま血腫を可視化し得るSAHモデル動物及びその作成方法、該SAHモデル動物におけるくも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法、並びにその結果に基づく該モデル動物におけるくも膜下出血の重症度の評価方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、血腫を可視化する手段として、動物実験において近年急速に普及しているコンピュータ断層撮影(マイクロCT)に着目した。しかし、軟部組織の異なる組織タイプ間では密度とX線吸収にほとんど差がないため、頭蓋内構造物の描出にはX線吸収造影剤の使用が必要である。血腫はくも膜下腔に漏出した造影剤を画像化したものであるので、出血の重症度とくも膜下腔に漏出した造影剤の量との間に高い相関を持たせるためには、血中の造影剤濃度と穿刺部の脳潅流圧を一定に保つために、内頸動脈の順行性の血流を妨げないようにすることが重要であるが、従来のEP法では、外頸動脈から穿刺用の器具を挿入しているため、造影剤の投与に必要なカテーテルを挿入するための別ルートが確保できなかった。そこで、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、内頸動脈の分枝である翼突口蓋動脈(Pterygopalatine artery: PPA)から穿刺用の器具を挿入することにより、外頸動脈を造影剤投与のためのカテーテルを挿入ルートとして確保し、SAH誘導前から自然止血に至るまでの間造影剤を持続注入することで、総頸動脈から内頸動脈への血流を遮断することなく、造影剤の血管外漏出を可能とした。上記の手法により作成したSAHモデル動物について、マイクロCTを用いてSAH誘導直後に血腫を可視化し、重症度を評価したところ、摘出脳のSAHグレード評価と高い相関を認めた。本発明者らは、これらの知見に基づいて、EP法によるSAHモデル動物において、造影剤の持続注入とマイクロCTを組み合わせることにより、即時的にSAH誘導の成功と重症度を確度よく評価することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下に関する。
[項1]
くも膜下出血モデル動物の作成方法であって、以下:
(A)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、及び
(B)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程
を含み、それにより前記出血の誘導直後からコンピュータ断層撮影により血腫の可視化が可能となる、該モデル動物の作成方法。
[項2]
前記穿刺のための器具が翼突口蓋動脈から挿入され、前記造影剤が外頸動脈から内頸動脈内に投与される、項1に記載の方法。
[項3]
前記ウィリス動脈輪の穿刺部位が、内頸動脈から前大脳動脈である、項1又は2に記載の作成方法。
[項4]
前記造影剤の持続投与が前記穿刺前から穿刺後3分までの間行われる、項1~3のいずれか一項に記載の作成方法。
[項5]
くも膜下出血モデル動物における、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法であって、以下:
(a)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程、及び
(c)前記くも膜下出血モデル動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程
を含む、可視化方法。
[項6]
前記穿刺のための器具が翼突口蓋動脈から挿入され、前記造影剤が外頸動脈から内頸動脈内に投与される、項5に記載の可視化方法。
[項7]
前記CTが、マイクロCTである、項5又は6に記載の可視化方法。
[項8]
くも膜下出血モデル動物における、くも膜下出血の重症度の評価方法であって、以下:
(a)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程、
(c)前記くも膜下出血モデル動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程、及び
(d)前記撮像に基づいて、前記くも膜下出血モデル動物のくも膜下出血の重症度を評価する工程
を含む、評価方法。
[項9]
前記穿刺のための器具が翼突口蓋動脈から挿入され、前記造影剤が外頸動脈から内頸動脈内に投与される、項8に記載の評価方法。
[項10]
前記CTが、マイクロCTである、項8又は9に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、くも膜下出血モデル動物の作成方法を提供することができる。また、本発明によれば、くも膜下出血モデル動物における、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法、及びくも膜下出血モデル動物における、くも膜下出血の重症度の評価方法等を提供することができる。本発明の作成方法は、SAHの分布(くも膜下腔で血腫分布や血腫量)の可視化や、SAHの重症度の評価に適した、くも膜下出血モデル動物を作成することができる。本発明の可視化方法及び重症度の評価方法は、即時的にSAHの血腫分布や血腫量を詳細に可視化することができ、該可視化方法により得られる結果は、肉眼的なSAHのグレーディング(grading)と相関があり、可視化に際して動物を屠殺する必要がないため、SAHの可視化・重症度評価の方法として特に優れている。本発明の評価方法を用いることで、くも膜下出血動物モデルを用いて介入実験を行う前に群間の重症度を均一にすることが可能となる。さらに、可視化に際して動物を屠殺する必要がないため、長期予後の観察も可能となる。
また、くも膜下腔の出血の診断をある程度行い得ると考えられるMRI等であっても、血腫分布や血腫量などの即時的かつ定量的な評価は極めて困難である点や、本発明の方法で使用するマイクロCTと比して非常に高価であり、維持費も遥かに高額である点等を考慮すれば、既存の方法と比して本発明の方法は、極めて優れたくも膜下出血の可視化・評価方法であると言える。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、従来のEP法(A)と本発明の作成方法(B)とのSAHモデル動物の作成手技の比較を示す図である。図中、ICAは内頸動脈、ECAは外頸動脈、PPAは翼突口蓋動脈、CCAは総頸動脈を示す。
図2図2は、マイクロCTを用い、造影剤でSAHを可視化するためのEP法によるSAH誘導の手法を示す図である。(A)造影剤の動脈内への持続的注入によるSAH誘導のスキームである。(B)24ゲージカテーテル(矢印)でECAにカニューレを挿入し、PPAを介してワイヤー付きチューブ(矢じり)を導入した後の手術像である。一時的に閉塞するための全ての血管用clipが取り外され、順行性の血流が再開されたことを条件として、チューブを、ICAを通って進めた。(c)マイクロCTによるイメージングの実験的な設定である。ベンチレーター(矢印)及び吸入麻酔薬(矢じり)を用いて全身麻酔を継続し、体動アーチファクトを低減した。
図3図3は、CTの結果とSAHの重症度との相関を示す図である。上部パネルは、写真におけるSAHのグレード:偽手術(Sham (A))、軽度(Mild (B))、中度(Moderate (C))及び重度(Severe (D))を示す。左下部パネルは、正中線における矢状断(sagittal)CTの画像を示し、右下部パネルは、基底部における軸位断(axial)CTの画像を示す。CTの画像は、造影剤でのマイクロCTによって、誘導後、速やかにSAHの程度を描出し得たことを示す。偽手術のCT画像(Aの下部パネル)は、造影剤の注入は、頭蓋内の構造自体の描出に何ら影響を及ぼさないことを示す。
図4図4は、SAHの重症度を描出するCT画像を示す。(A)写真及びCT画像における、大脳基底槽(basal cistern)の6つのセグメントへの分割を示す。左がSAHの写真であり、右がSAHのCT画像である。SAHをこれらのセグメントそれぞれについて評価して、後述する0~3のスコアを割り当てた。SAHグレーディングは、写真において、大脳基底槽を6つのセグメントに分割することで評価し、そしてcSAHスコアは、軸位断及び矢状断CTにおける同じセグメントにより評価した。(B)各セグメントにおけるcSAHスコアとSAHグレードとの間の相関を示す。6つのセグメントのうち、4つのセグメントにおいて、cSAHスコアとSAHグレードとの間に顕著な相関があった。(c)全体における、cSAHスコアとSAHグレードとの間の相関を示す。SAHグレードとcSAHスコアとの間の顕著な線形相関があった。
図5図5は、CT画像と病理学的知見の比較を示す図である。(A)SAHの分布をCTの画像において描出し得たことを示す。画像を、EPモデルにおける脳の同じスライスの写真(左)、マイクロCT(中央)、H&E(ヘマトキシリン・エオジン)染色(右)としてそれぞれ得た。(B)脳内出血(intracerebral hemorrhage: ICH)を、CT画像において描出し得たことを示す。矢印は、CT画像でICHが疑われた所見を示す。病変に相当する部分において、ICHの形成がH&E染色標本にて観察された。スケールバーは2 mm(白色バー)、及び500μm(黒色バー)をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.本発明のくも膜下出血モデル動物の作成方法
本発明は、以下:
くも膜下出血モデル動物の作成方法であって、以下:
(A)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、及び
(B)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程
を含み、それにより前記出血の誘導直後からコンピュータ断層撮影により血腫の可視化が可能となる、該モデル動物の作成方法
を提供する。
【0012】
本発明の作成方法に供される動物としては、例えば、哺乳類が挙げられる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、カニクイザル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0013】
本発明の作成方法の工程(A)では、本発明の作成方法に供される動物のくも膜下腔に動脈穿孔による出血を誘導でき、且つウィリス動脈輪(特に、内頸動脈)の順行性の血流を保持し得る限り、ウィリス動脈輪への穿刺(あるいは穿孔)方法は特に限定されない。具体的には、例えばナイロン糸を用いたフィラメント法やwire/tubing テクニックが挙げられる。該穿刺(あるいは穿孔)は、麻酔(例:イソフルラン、セボフルラン、塩酸ケタミン、プロポフォール等)下で行ってもよく、麻酔は、自体公知の方法により、例えば、吸入、注射等で行い得る。麻酔は、本発明の作成方法の全工程に亘って継続的に行ってもよく、適宜、中止、あるいは中断してもよい。
【0014】
前記いずれかの穿刺用器具をウィリス動脈輪内へ送達させるための該器具の挿入ルートとしては、総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流が維持され、かつ造影剤の持続投与のための別のカテーテル挿入ルート(例、外頸動脈)が確保されている限り特に制限はなく、例えば内頸動脈のいずれかの分枝が挙げられるが、好ましくは、翼突口蓋動脈(PPA)である。
【0015】
本発明の作成方法の工程(A)において穿刺(あるいは穿孔)する部位は、ウィリス動脈輪、好ましくは、ウィリス動脈輪内の内頸動脈から前大脳動脈にかけて、具体的には、内頸動脈先端部から前大脳動脈起始部にかけて、より好ましくは、前大脳動脈起始部周囲である。穿刺用の器具は、内頸動脈の血流を妨げないように、穿刺後速やかにウィリス動脈輪から前記挿入ルート(好ましくは、PPA)の起始部まで引き戻すことが望ましい。
【0016】
本発明の作成方法の工程(B)では、少なくとも前記工程(A)における穿刺による出血開始から自然止血に至るまでの間、ウィリス動脈輪内に所望する量の造影剤を持続投与でき、且つ上記工程(A)における穿刺部位を流れる血液中に含まれる造影剤の濃度を当該期間中一定にできる限り、造影剤の持続投与方法は、特に限定されないが、例えば、シリンジポンプ等を用いて、該持続投与を行い得る。
【0017】
本発明の作成方法の工程(B)において造影剤を投与する方法としては、例えば、外頸動脈に挿入したカテーテルを用いた内頸動脈内投与が挙げられる。この場合、カテーテル先端は、内頸動脈の血流を妨げないように、外頸動脈分岐部よりも内頸動脈側に突出しない程度に挿入・固定することが望ましい。
【0018】
造影剤としては、後述するコンピュータ断層撮影(CT)により、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量を撮像し得る限り、特に限定されないが、例えば、ヨウ素化合物(例:ヨードカルボン酸などの有機ヨウ素酸、ヨードホルム、トリヨードフェノール、テトラヨードエチレン、イオヘキソールなど)等が挙げられる。好ましい造影剤としては、神経障害を発生しないことが証明され、人体の髄腔内投与が可能なイオヘキソール(300mg/ml)等が挙げられる。造影剤の濃度は、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量を可視化し得る限り特に限定されず、頭部CTの画像診断に通常使用される濃度範囲内で適宜選択することができる。例えば、100mg/ml~300mg/ml、好ましくは200mg/ml~300mg/mlを挙げることができる。
【0019】
造影剤は、少なくとも工程(A)における穿刺による出血開始から自然止血に至るまでの間、穿刺部を流れる血液中に含まれる該造影剤の濃度を一定に維持することができ、且つ後述するCTにより、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量を撮像できるよう、穿刺前から自然止血が完了するまで一定量を一定速度で持続投与する必要がある。例えば、造影剤の投与は、工程(A)におけるウィリス動脈輪への穿刺の際に既に血中造影剤濃度が一定に保持されているように、穿刺の前、具体的には、穿刺の1~5分前より投与を開始する必要がある。また、造影剤の投与は、ウィリス動脈輪への穿刺後、自然止血が完了するまでの期間を考慮すると、例えば、穿刺後1~10分間、好ましくは、穿刺後3分間程度まで継続する。
【0020】
本発明の作成方法の工程(b)では、上述したような期間、造影剤が内頸動脈内に持続的に投与(即ち、持続投与)される。造影剤の投与量、投与速度は特に限定されないが、例えば、造影剤溶液として、0.5ml~0.8ml、好ましくは0.6ml~0.7mlの量を、6ml/h~10ml/h、好ましくは7ml/h~9ml/hの速度で投与することができる。
【0021】
本発明はまた、上記の方法により作成される、SAHの誘導直後から即時的かつ生きた状態で血腫(例、血腫分布、血腫慮)をCTにより可視化し得る、EP法によるSAHモデル動物を提供する。該SAHモデル動物は、内頸動脈の順行性の血流が遮断されることなく、穿刺用器具とは別ルートで造影剤が持続投与されているので、穿刺の瞬間から自然止血に至るまでの間、内頚動脈内の血中造影剤濃度と脳灌流圧が一定に維持されているので、出血の重症度とクモ膜下腔に漏出する造影剤の量とが高い相関を示し、事後的に摘出脳におけるSAHグレード評価を行うことなく、モデル動物の重症度を評価することができる。
【0022】
2.本発明のくも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法
本発明は、以下:
くも膜下出血モデル動物における、くも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法であって、以下:
(a)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程、及び
(c)前記くも膜下出血モデル動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程
を含む、可視化方法
を提供する。
【0023】
本発明のくも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法に関して、該可視化方法の工程(a)及び(b)は、上述の「1.本発明のくも膜下出血モデル動物の作成方法」の内容を全て援用するものとする。
【0024】
本発明の可視化方法の工程(c)では、くも膜下出血モデル動物の頭部のくも膜下腔での血腫分布、及び血腫量を、少なくとも従来の6分割法を用いた肉眼的なくも膜下出血の重症度評価(SAH grading)と同程度の評価が可能な程度に描出できれば、特にコンピュータ断層撮影(CT)の設定等に関しては限定されず、自体公知の方法により設定してもよい。また、コンピュータ断層撮影(CT)については、分解能の観点から、マイクロCTを用いることが好ましい。工程(c)において撮像した頭部CT画像に基づいて、自体公知の方法により、上記血腫分布、及び血腫量を決定し得る。
【0025】
3.本発明のくも膜下出血モデル動物におけるくも膜下出血の重症度の評価方法
本発明は、以下:
くも膜下出血モデル動物における、くも膜下出血の重症度の評価方法であって、以下:
(a)ウィリス動脈輪に穿刺し、くも膜下腔に出血を誘導する工程、
(b)総頸動脈から内頸動脈への順行性の血流を維持しつつ、少なくとも前記穿刺から止血までの間、ウィリス動脈輪内に造影剤を持続投与する工程、
(c)前記くも膜下出血モデル動物の頭部をコンピュータ断層撮影(CT)により撮像する工程、及び
(d)前記撮像に基づいて、前記くも膜下出血モデル動物のくも膜下出血の重症度を評価する工程
を含む、評価方法
を提供する。
【0026】
本発明のくも膜下出血モデル動物におけるくも膜下出血の重症度の評価方法に関して、該評価方法の工程(a)~(c)は、上述の「1.本発明のくも膜下出血モデル動物の作成方法」及び「2.本発明のくも膜下腔での血腫分布、及び血腫量の可視化方法」の内容を全て援用するものとする。
【0027】
本発明の評価方法の工程(d)では、工程(c)において撮像した頭部CT画像に基づいて、前記くも膜下出血モデル動物のくも膜下出血の重症度を適切に評価することができれば、評価方法については特に限定されない。評価方法としては、例えば、自体公知のSAH grading system (Sugawara et al. 2008)分類等に基づいてCT画像の重症度評価を行ってもよく、あるいは、例えば、血腫分布、血腫量等についてSAHの評価基準を独自に設定した上で、該評価を行ってもよい。例えば、本発明者らが提案するcSAH scoring system 分類であれば、工程(c)において撮像した頭部CT画像に基づいて、表1のようにSAHを分類し得る。
【0028】
【表1】
【0029】
本発明の評価方法を行う際、時相の異なる出血(たとえば、遅発性の再破裂)の可能性を考慮する場合、例えば、SAHの発症から24時間時点での神経行動試験等を実験前スクリーニング検査として用いて、可視化した血腫量から予想される神経症状と著しく乖離している症例は、サンプルから除外する等のスクリーニングをさらに行ってもよい。
【0030】
本発明の評価方法は、くも膜下出血モデル動物のSAHの重症度を即時的に評価し得るため、例えば、介入実験のためのモデル動物のサンプル分けにおいて、サンプル間で重症度を均一にするために該評価方法の結果を用いることができる。したがって、本発明はまた、当該評価方法を用いて、重症度が均一化されたくも膜下出血モデル動物の集団を提供する。当該集団は、介入実験のためのSAHモデル動物の母集団として有用である。
【実施例
【0031】
マイクロCTシステム
実施例中の全ての撮像を、Cosmo Scan GX(リガク社)を用いて行った。スキャニングを、SAHの誘導後、速やかに行った。マイクロCTのデータを、X線管電圧50kVp及び160μA(CT取得用)で取得した。高分解能CT取得のために、公称分解能を90μm、曝露時間を4分で行った。
【0032】
実験動物
実験動物として、16週齢のオスのSprague-Dawley(SD)ラット(日本SLC株式会社)(体重295~340g)を用いた。実験動物は、CTによる撮像の間、常に麻酔し、該動物の行動と脱出を制御した。上記動物実験の全ては、産業医科大学の施設内動物管理使用委員会(IACUC)によって承認されている。本実験において、麻酔は通常、挿管されたチューブを通して、イソフルランを吸入する動物で適用される。造影剤(イオヘキソール 300 mg/ml)の持続注入は、24ゲージのカテーテルを同側の外頸動脈から挿入し、機械式シリンジポンプに接続する事で適用される。
【0033】
EP法SAHモデルの作成と内頚動脈内造影剤投与
Endovascular perforation(EP)法SAHラットモデルを、マイクロチューブとタングステンワイヤーを用いて、自体公知の方法をベースに、アレンジを加えて作成した。具体的には、該ラットに穿刺する際に必要となるマイクロチューブとタングステンワイヤーを従来の方法のような外頸動脈からではなく、Pterygopalatine artery(PPA)から挿入することで、造影剤の投与に必要となるカテーテルを外頸動脈から挿入することが可能となり(図1)、動脈穿刺と内頸動脈内持続注入を併用することで、造影剤の血管外漏出を生じさせ、SAHの分布を間接的に描出した。
【0034】
簡潔に説明すると、以下のように作成した(図2も参照)。
(1)3%イソフルランにて全身麻酔を導入し、16Gカテーテルを挿管し、1~3%でイソフルラン吸入麻酔を維持、継続した。ベンチレーターを用いて強制換気を開始した。
(2)頸部正中切開にて頸動脈三角より左総頸動脈(CCA)及び内頸(ICA)、外頸動脈(ECA)を露出し、周囲組織から剥離しECAを確保した。
(3)左ICAの遠位部でPterygopalatine artery(PPA)を確保し、8-0 絹糸をICAとの分岐部に置き、CCAおよびICAのPPA分岐部以遠を血管用clipで一時遮断した後にPPAの遠位側を結紮切離した。
(4)PPAの断端よりポリテトラフルオロエチレン(PTFE)チューブ(Braintree Scientific, SUBL-120, I.D.:0.006 inch; O.D.: 0.012 inch)及びタングステンワイヤー(Scientific Instruments Services, Inc., catalog number W91, Diameter: 0.076mm; length: 47mm)を挿入後、分岐部を8-0 絹糸で結紮し、チューブを挿入部に固定した。
(5)左ICAとCCAの遮断を解除し、順行性の血流を再開した(遮断時間は概ね、1~2分以内)。引き続いて、ECA分岐部を血管用clipで一時遮断した。
(6)左ECAより24Gカテーテルを挿入、8-0 絹糸2本で結紮固定した後に遮断を開放し、イオヘキソール(300 mg/ml)を、シリンジポンプを用いて8 ml/hで持続注入を開始した。
(7)マイクロチューブを先行してICA遠位側に進め、PPA分岐部から18 mm挿入し、続いてタングステンを進めた。
(8)タングステンワイヤーを、チューブ先端から1.5 mm逸脱するように進めて穿刺し、その後直ちにマイクロチューブの先端がPPAの分岐部近傍まで引き戻し順行性の血流を妨げないようにした。
(9)穿刺から3分後に、造影剤の持続投与を終了した。出血を予防するために、再びICAを血管用clipで一時遮断し、マイクロチューブと24GカテーテルをPPAとECAからそれぞれ抜去し、断端を結紮した後、遮断を解除した。
(10)イソフルランによる吸入麻酔と強制換気を継続し、30分以内に人工呼吸器装着下にマイクロCTを撮影した。
(11)麻酔を段階的に終了し、自発呼吸が安定した後、人工呼吸器を終了した。抜管し、創部を縫合閉鎖して手術を終了した。
【0035】
CTイメージングの画像解析
CTイメージングの描出能を、撮影後に速やかに摘出した脳の肉眼所見と比較し、評価を行った。SAHグレーディングで評価される6セグメント(bil. ICA terminal、bil. IC-Pcom分岐部、BA pons、BA medullary portion周囲)の血腫厚について、CT画像所見とSAHグレーディングとの相関性を評価した。
各セグメントには、以下の表1のように、セグメント内のくも膜下血栓の量に応じて、0~3のCTグレードを割り当てた。
【0036】
【表2】
【0037】
病理学的評価
SAHグレーディングを肉眼的に評価した後に、10%中性緩衝ホルマリン液で固定した脳を用いて病理学的に評価を行った。パラフィンに包埋し、切片にしてH&Eにて評価を行った。脳底部からの肉眼的観察では評価が困難な部位、特に脳室内やinterhemispheric fissure内を含めたくも膜下腔の血腫の分布と脳内出血の形成の有無についてCT所見との相関性を評価した。
【0038】
データ解析
単純な回帰分析とランクテストによるスピアマンの相関係数を実行して、SAHグレードとCTグレードの間、及び各研究者のCTグレードの間の相関を評価した。データを、平均±標準誤差(SEM)で示す。様々な群間の統計的差異を、Holm-Sidak事後分析を使用した一元配置分散分析で評価した。2群間の比較には、対応のないt検定(unpaired t test)を使用した。P <0.05の値は、統計的に有意であると見なされる。r> 0.4の値は有意な相関と見なされ、r> 0.7は強い相関と見なされる。統計分析は、StatViewバージョン5.0 for Windowsを用いて行った。
【0039】
結果1(マイクロCTによる誘導直後のSAHの可視化(即時性))
SAHの誘導直後に撮像した頭部CT画像と摘出脳の写真の比較を示す(図3)。経動脈的な造影剤の持続投与により、EP法によるSAHの血腫分布を誘導直後に可視化することに成功した。SAH誘導の成功を直後に確認できるとともに、血腫分布から、血腫量及び穿刺部位も推察し得た(図4)。
【0040】
結果2(マイクロCTを用いた出血スケールの評価:SAHグレーディングとの比較(描出能))
CTイメージング軸位断および矢状断での血腫分布の可視化(前述の表1)により、従来の6分割法を用いたSAHグレーディング(表2)と同程度の重症度分類が可能であった。マイクロCTによるグレーディングと摘出脳のSAHグレーディングの比較を示す(図3及び4)。該結果から理解されるように、相関性が示された(P= 0.0109, r= 0.657)。
【0041】
結果3(SAHの分布と脳内出血の合併(診断能))
マイクロCTにて、造影剤の分布は脳底槽に留まらず、半球間裂、脳室内、後頭蓋窩に広く分布していることが観察された。摘出脳の組織切片にて、くも膜下腔の血腫分布を診断したところ、画像所見との一致が確認できた(図5A)。また、脳実質内に造影剤の貯留が観察され、脳内出血と診断できる症例を複数に認めた(n=3)。CT画像にて脳内血腫と診断された症例では、病理診断でも脳内血腫であることが確認された(図5B)。脳内血腫の合併のみならず従来のSAHグレーディングでは評価されていなかった脳室内、半球間裂内、後頭蓋窩にSAHが広範囲に分布する症例があり、また症例により血腫量に大きなばらつきがあることが示唆された。
【0042】
留意点
上記実施例において重要な点は、血中に含まれる造影剤濃度と穿刺部の脳潅流圧を一定に保つために、ICAの順行性の血流を妨げないようにすることであり、ECAに挿入したカテーテル先端は、ECA分岐部よりICA側には突出しない程度に挿入し固定する必要がある。また、穿刺の際は、マイクロチューブとタングステンワイヤーを速やかに挿入し、穿刺した直後に先端がPPA起始部に来るまで引き戻しておく必要がある。
【0043】
従来のSAHグレーディングとマイクロCTによる新たな重症度の評価
上記実施例にて行った手法による描出能を、SAHグレーディングと比較することにより検証したところ、画像所見と肉眼的所見の相関性を確認することができた。そのため、SAHの重症度を忠実に再現することができる本法を用いて、SAHモデル作成時に即時的に誘導の成功と重症度を評価することにより、介入実験前にサンプル間の均一化が図れるようになる。現在、広く用いられている肉眼的なSAHグレーディングをCTイメージングによって代替することで、後方視的な重症度評価は不要となり、長期予後の観察も可能となることは画期的であり、今後のSAH研究の発展に貢献できると考えられる。
【0044】
CTイメージングの定量的、定性的な診断能力(病理学的所見との比較)
上記実施例において、実際にSAHモデルを作成し可視化すると、重症度のみならず、くも膜下腔内の血腫分布にも症例毎のばらつきがあり、また一部にはこれまで評価が難しかった小さい脳内血腫の合併が生じうることも分かった。
脳内血腫形成例では、当然ながら麻痺などの局所巣症状が出現してしまい、機能予後は必然的に不良となるため、実験サンプルから除外することが望ましい。これまでは、脳血流をレーザードップラーで確認し、頭蓋内圧をモニタリングしながら、間接的にSAHの誘導に成功したかどうかを判断し、2回目の穿刺をするかどうかを検討する場合もあったが、該手法では脳実質方向に穿刺しICHのみを生じた場合と、脳血管未穿孔の場合の鑑別が困難であり、従来法では問題がある例があることが明らかとなった。
本実施例での病理学的所見との比較では、本法は非常に小さい脳内出血の診断や少量のくも膜下出血の描出も可能であり、これまで脳底部の観察のみでは評価できなかった脳室内や半球間裂に分布する血腫の描出にも有用であった。出血状況の全貌を詳細に、かつ即時的に確認できるようになり、出血パターンと治療効果との関連について今後のSAH研究が飛躍的に進むと考えられ、また、脳内血腫を生じにくく、均一な重症度のSAHを誘導しやすい穿刺方法の確立への一助にもなりうる。
【0045】
造影剤の影響に関する検討
本実施例に用いたイオヘキソール(300 mg/ml)は、臨床において脳脊髄造影検査でも使用されるため、神経機能に影響する可能性はないはずである。しかしながら、万が一を考え、髄腔内への造影剤の漏出が脳損傷、神経症状に与える影響について造影剤の脳槽内注入にて検討を行ったところ、神経等に対する影響は全く認められなかった(図5)。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の作成方法は、SAHの分布(くも膜下腔で血腫分布や血腫量)の可視化や、SAHの重症度の評価に適した、くも膜下出血モデル動物を作成することができるため有用である。また、本発明の可視化方法は、即時的にSAHの血腫分布や血腫量を詳細に可視化することができ、該可視化方法により得られる結果は、肉眼的なSAHのグレーディング(grading)と相関があり描出能に優れ、可視化に際して動物を屠殺する必要がないため有用である。さらに、本発明の評価方法を用いることで、介入実験前にSAH重症度を評価することが可能となり、バイアスを回避することができるようになるため有用である。
図1
図2
図3
図4
図5