(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-07-28
(45)【発行日】2025-08-05
(54)【発明の名称】種実類ペーストを含有する水中油型乳化物
(51)【国際特許分類】
A23D 7/00 20060101AFI20250729BHJP
A23D 7/005 20060101ALI20250729BHJP
A23L 9/20 20160101ALI20250729BHJP
A23L 25/00 20160101ALN20250729BHJP
【FI】
A23D7/00 508
A23D7/005
A23L9/20
A23L25/00
(21)【出願番号】P 2021054766
(22)【出願日】2021-03-29
【審査請求日】2023-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】前川 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】井上 悠
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-034486(JP,A)
【文献】特開昭62-022562(JP,A)
【文献】特開平04-248954(JP,A)
【文献】七訂日本食品標準成分表,本表編,2016年,p.42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23D 7/00-7/05
A23L 25/00-25/10
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
種実類ペーストを1~10重量%、
及び、種実類ペーストと同一の種実類由来の種実類油を含有し、
種実類ペースト由来油脂及び種実類油の合計が総油分中の50~100重量%であり、
かつ、乳化剤としてレシチン類のみを含有し、
レシチン類を対油分0.5~2.5重量%含有し、うちリゾレシチンの割合が20~100重量%であり、
乳成分を含有しない、水中油型乳化物。
【請求項2】
セルラーゼによる酵素処理工程を含む、請求項1に記載の水中油型乳化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアーモンド等の種実類ペーストを含有する水中油型乳化物に関する。
【背景技術】
【0002】
環境や資源保護、健康への配慮などを背景とし、動物性食品、乳製品を植物性素材で代替した商品へのニーズが増加している。例えば牛乳に替わるものとしては、大豆、オーツ、アーモンドなどを原料とする植物ミルク、植物性ミルクとも呼ばれる製品群が存在する。
【0003】
洋菓子分野においては風味付与、食感改質、色調改質などの目的で生クリームが広く使用されている。代表的な用途としてはチョコレートに生クリームを練り込んだ生チョコ類が挙げられる。生クリームは乳タンパクのカゼインにより乳化された水中油型乳化物であり、その多くは油分が約30~47重量%である。植物性ミルクの多くは油分が10重量%以下と低く、生クリーム使用の際に求められる効果を十分得ることができない場合がある。乳製品不使用の植物性クリームを製造するためにはカゼインの機能を補う技術が必要となる。
【0004】
植物性素材の中でもアーモンドに代表される種実類は洋菓子の分野において広く使用される、市場ニーズが高い素材である。中でも種実類ペーストは風味付与に効果的であるが、そのままでは粘度が高く使用出来る範囲が限られる場合があり、低粘度な液状で作業がしやすく均一な混和が容易な水中油型乳化物が求められている。しかし、既存の植物性ミルクでは種実類の含有量が低く、風味付与の効果が弱い場合がある。種実類の自然な風味を付与するためにはペースト形態の原材料、すなわち種実類ペーストを一定量以上配合することが望ましいが、単に配合しただけでは水中油型乳化物の粘度が高くなってしまう場合がある。さらに、種実類に豊富に含まれる液体油成分や繊維質は乳化安定性を阻害する方向に作用する場合があり、一定量以上の種実類ペーストを含有しながら、乳化の安定した水中油型乳化物を製造することは困難であった。
【0005】
また、近年は製品の原材料表示にも消費者の関心が高くなっており、使用原材料の種類は極力少なく簡潔で、かつ分かりやすい原材料名であることを求める「クリーンラベル」の要望も増加している。
【0006】
特許文献1は皮付きアーモンド破砕品を含む飲料、食品及び調味料に関する発明であり、特定粒径のアーモンドペーストが香味良好である旨が記載されているが、油分10~50重量%の水中油型乳化物への配合やその具体的な製造方法に関する開示はない。
【0007】
特許文献2はアーモンドペーストの粒度を80~400メッシュとすることで混合乳化時の粘度上昇を抑制する起泡性水中油型乳化脂の製造法であるが、実施例にはカゼインナトリウムが含まれ、乳製品不使用での製造方法を開示するものではない。
【0008】
特許文献3は植物性素材のみを使用した起泡性水中油型乳化物に関する発明であり、乳化力を有する植物性蛋白である大豆蛋白の部分分解物を配合している。
しかし、近年は植物性食品志向の中でもニーズの細分化やアレルギー対応など、大豆や豆類原料によらない手段が求められる場面も存在する。
【0009】
このように、ますます多様化する消費者ニーズに対応可能な、種実類ペーストを配合した植物性クリームの提供が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2020-80672号公報
【文献】特開昭62-22562号公報
【文献】特開2020-115854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はアーモンドなどの種実類ペーストを配合し、風味良好かつ乳化安定性良好な植物性の水中油型乳化物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らはまず、総油分10~50重量%の植物性クリームにおいて、種実類のペースト及び、同一の種実類から抽出された油脂を配合することで、原材料表記に統一感のある製品設計を着想した。
さらに、特にチョコレート練り込み用途に用いた場合の原材料表記を簡潔にするため、乳化剤はレシチン類のみとする検討を行った。
そして、これらの配合における乳化安定性の課題は、親水性の高いリゾレシチンを一定量以上配合することで解決可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち本発明は
(1)種実類ペーストを1~10重量%含有し、総油分10~50重量%である水中油型乳化物。
(2)種実類ペーストと同一の種実類由来の種実類油を含有し、かつ種実類ペースト由来油脂及び種実類油の合計が総油分中の50~100重量%である、(1)に記載の水中油型乳化物。
(3)レシチン類を対油分0.5~2.5重量%含有し、うちリゾレシチンの割合が20~100重量%である、(1)または(2)に記載の水中油型乳化物。
(4)乳成分を含有しない、(1)ないし(3)いずれか1項に記載の水中油型乳化物。
(5)セルラーゼによる酵素処理工程を含む、(1)ないし(4)いずれか1項に記載の水中油型乳化物の製造方法、である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、種実類の自然な風味を有し、製菓材料として好適な油分を有する植物性クリームを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0016】
(種実類ペースト)
本発明の水中油型乳化物は、種実類ペーストを1~10重量%含有する。好ましくは2~9重量%、より好ましくは2~8重量%である。
これより少ないと種実類に由来する自然な風味が得られにくい場合があり、これより多いと乳化が不安定になったり、経時での増粘が発生したりする場合がある。
種実類としてはアーモンド、カシューナッツ、クルミ、マカダミアナッツ、マロン、ピーナッツ、ピスタチオ、ゴマなどが例示でき、これらを磨砕しペースト状としたものが使用できる。特にアーモンドを原料としたアーモンドペーストが好適である。
【0017】
(種実類油)
本発明においては種実類から抽出された油脂を「種実類油」と称する。種実類油としてはアーモンドオイル、カシューナッツオイル、マカダミアナッツオイル、ピーナッツオイル、ピスタチオオイル、ゴマ油などが例示できる。
本発明の水中油型乳化物は、種実類ペーストと同一の種実類由来の種実類油を油脂原材料として配合することが好ましい。かつ、種実類ペーストに含まれる(ペースト由来の)油脂分と、配合する種実類油の合計が、総油分中の50~100重量%となるように配合することが好ましい。より好ましくは60~100重量%、さらに好ましくは70~100重量%である。
種実類ペーストと種実類油の選択についてさらに具体的に説明する。アーモンドペーストを配合する場合はアーモンドオイルを配合する。同様にカシューナッツペーストとカシューナッツオイル、マカダミアナッツペーストとマカダミアナッツオイル、ピーナッツペーストとピーナッツオイル、ピスタチオペーストとピスタチオオイル、セサミペーストとゴマ油などの組み合わせが例示できる。
【0018】
本発明の水中油型乳化物には種実類油以外の油脂を配合してもよく、例えば大豆油、菜種油、キャノーラ油、サフラワー油、ひまわり油、米糠油、コーン油、綿実油、落花生油、カポック油、オリーブ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油等の植物油脂、さらにはこれらの硬化、分別、エステル交換等の加工を施したもの、いずれも使用できる。これらのうち1種又は2種以上を調合して使用することもできる。
本発明の水中油型乳化物中の油脂含量(総油分)は、種実類ペースト由来を含む合計が10~50重量%、好ましくは20~45重量%である。これより少ないと製菓材料として求められる物性や風味が十分に得られない場合がある。これより多いと、乳化安定性が低下する場合がある。
【0019】
(レシチン類)
本発明の水中油型乳化物はレシチン類を、油分合計に対して(対油分)0.5~2.5重量%含有することが好ましい。より好ましくは0.7~2重量部、さらに好ましくは0.9~1.8重量部である。
レシチン類とは大豆、ひまわり、卵黄などから抽出して得られる、レシチンを主成分とするリン脂質を指し、機能性改質を行った分別レシチン、酵素分解レシチン(リゾレシチン)、水素添加レシチンを含む。
【0020】
(リゾレシチン)
本発明の水中油型乳化物はリゾレシチンを、レシチン類の合計量のうち20~100重量%がリゾレシチンとなるように配合することが望ましい。すなわち、油分合計に対する配合量としては0.1~2.5重量%である。
リゾレシチンのより好ましい配合量は対油分0.2~2重量%、さらに好ましくは0.3~1.8重量%である。含有量がこれ未満では本発明の効果が得られにくい場合がある。
本発明に用いるリゾレシチンは、ホスフォリパーゼなどによりレシチンを加水分解し親水性を高めた酵素分解レシチンを指し、大豆、ひまわり、卵黄リゾレシチンいずれも使用できるが、大豆由来を用いることが好ましい。
【0021】
リゾレシチンの量は「リゾレシチン」として市販されている製品や製剤を使用する場合は、使用量にリゾ化率を掛け合わせ算出することができる。リゾ化率が不明な原材料、例えば各種の市販卵黄加工品等を用いることもできる。その場合は分析によってレシチン及びリゾレシチンの量を算出し、前述の最適範囲となるように配合すればよい。分析方法は公知の方法を用いればよく、例えば、T.L. MOUNTS AND A.M. NASH「HPLC ANALYSIS OF PHOSPHOLIPIDS IN CRUDE OIL FOR EVALUATION OF SOYBEAN DETERIORATION」(JAOCS、 VOL.67、NO.11、P.757-759、1990)を参照することができる。
【0022】
(その他乳化剤)
本発明の水中油型乳化物にはレシチン類の他、一般に用いられる乳化剤を本発明の効果を阻害しない範囲でいずれも使用できる。具体的にはグリセリン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリソルベート等の乳化剤が例示でき、これらの1種または2種以上を適宜選択使用することができる。
クリーンラベルの観点から、本発明ではレシチン類のみを使用することが好ましい。
【0023】
(セルラーゼ)
本発明においては製造工程中にセルラーゼによる酵素処理を行うことで、水中油型乳化物の過度の増粘を抑制することができる。
酵素反応は通常の水中油型乳化物の製造工程中に同時進行するため、別途工程を付加する必要はない場合が多いが、反応条件の目安としては50~70℃で20分間以上が例示できる。
セルラーゼとしては市販の製剤を用いることができ、添加量はその活性や純度により適宜調整すればよいが、例えば水中油型乳化物中0.01~1重量%が例示できる。
【0024】
(乳成分)
本発明の方法によれば乳製品、すなわち乳成分であるカゼインを含有せずに物性良好な水中油型乳化物が得られるため、植物性食品のニーズにも合致したクリームを提供することができる。
さらに本発明の方法では、乳化力を有する豆類蛋白及びそれらの分解物、部分分解物をいずれも配合せず、また物性安定の目的で一般に使用される増粘多糖類、ゲル化剤、pH調整剤等を配合せずに製造することができるため、アレルギーやクリーンラベルといった植物性食品のカテゴリー内での多様化や、細分化するニーズにも幅広く対応することができる。
【0025】
(その他原材料、製造方法)
本発明の水中油型乳化物には上記以外にも本発明の効果を妨げない範囲で、香料、増粘多糖類、ゲル化剤、塩類、pH調整剤、糖類などを適宜配合してもよい。水中油型乳化物の製造方法も常法によればよい。まず、油脂を融解し、ここに油溶性の原材料、具体的には例えば油溶性乳化剤を溶解し、油相を調製する。別途、水溶性の原材料を水に溶解し水相を調製、ホモゲナイザー等で攪拌、油相を添加し水中油型乳化物とし、更に高圧ホモゲナイザーにより乳化する。必要に応じ殺菌工程を加えることもできる。
【実施例】
【0026】
以下に実施例および比較例を記載し、本発明をより詳細に説明する。なお、文中「%」及び「部」は特に断りのない限り重量基準を意味する。
【0027】
(水中油型乳化物の製造)
表1、表2の配合に従い、油脂を加温融解し、ここに油溶性成分を加えて混合溶解し油相とした。別途、温水に水溶性成分(アーモンドペースト含む)を溶解し水相を調整した。乳化タンクにて油相、水相を調合し、予備乳化、均質化の後、超高温滅菌装置により殺菌処理を行い、直ちに冷却し水中油型乳化物を得た。
【0028】
表中原材料はそれぞれ以下を用いた。
アーモンドオイル:アーモンド油、サミット製油株式会社製
アーモンドペースト:脱皮アーモンドペースト、東海ナッツ株式会社製、油分56.1%
レシチン:SLP-ペースト、辻製油株式会社製(大豆由来)
リゾレシチン製剤:サンレシチンS、太陽化学株式会社製(大豆由来、リゾレシチン55%以上)
セルラーゼ:セルラーゼA「アマノ」3、天野エンザイム製
なお、リゾレシチン製剤中のリゾレシチン量(含有量55%での計算値)は表中に付記した。
また配合は種実類ペースト、油脂類、及び水の合計を100%とし、レシチン、リゾレシチン、及びセルラーゼをここに加配した。
【0029】
【0030】
【0031】
(評価)
得られた水中油型乳化物について以下の測定を行い、合否を判定した。
【0032】
(粘度)(単位:cP)
測定条件:品温5℃
測定機器:BM形粘度計(東機産業株式会社製「VISCOMETER TV-10」)
ローターNo.2、3
3cP以上1000cP以下を合格とした。
【0033】
(乳化安定性)
水中油型乳化物を100ml容ビーカーに50g採り、20℃で2時間保持、セラミックボールを加えた後、横型シェーカーを用いて振動させ、ボテ(著しい粘度上昇、固化)の発生時間を計測した。7分以上を合格とした。
【0034】
結果を表3に示した。アーモンドペースト及びアーモンド油を配合する系において、リゾレシチンが20%以上となるようにレシチン類を配合することで、乳化の安定した水中油型乳化物が得られた。
【0035】