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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-08-08
(45)【発行日】2025-08-19
(54)【発明の名称】擁壁の補強工法
(51)【国際特許分類】
   E02D 29/02 20060101AFI20250812BHJP
【FI】
E02D29/02 308
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2025092360
(22)【出願日】2025-06-03
【審査請求日】2025-06-03
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】524426751
【氏名又は名称】株式会社トーラス
(74)【代理人】
【識別番号】110003085
【氏名又は名称】弁理士法人森特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】茂▲崎▼ 隆一
【審査官】松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-036636(JP,A)
【文献】特開2017-110414(JP,A)
【文献】特開2015-040463(JP,A)
【文献】特開2021-070972(JP,A)
【文献】特開2024-005847(JP,A)
【文献】特許第6054334(JP,B2)
【文献】特開2010-216227(JP,A)
【文献】特開平11-190026(JP,A)
【文献】実開昭57-159977(JP,U)
【文献】特開2000-355949(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 29/02
E02D 37/00
E02D 17/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
積み重ねる対象物が石又は間知ブロックである擁壁の補強工法であって、
前記対象物の目地の深さ方向に空間がある状態で、補強材である網目状繊維シートを、横方向に延在する前記目地に沿って設置し、かつ前記補強材を縦方向に延在する前記目地に沿って設置する補強材設置工程と、
前記補強材上の前記空間に充填剤を充填して、前記補強材を前記充填剤と一体化させる充填剤注入工程とを備え、
既設の擁壁及び新設の擁壁の両方に対応可能であることを特徴とする擁壁の補強工法。
【請求項2】
前記補強材の上から補強用棒材を打ち込み、前記補強用棒材を地中に埋設させる追加補強工程を備えた請求項1に記載の擁壁の補強工法。
【請求項3】
前記補強材の上部において、前記補強材を後方に延長させ、前記延長させた前記補強材を地中に埋設させて、地中に埋設させた杭状の支持体に接続する追加補強工程を備えた請求項1に記載の擁壁の補強工法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積み重ねる対象物が石又は間知ブロックである擁壁の補強工法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物等の地盤を支える壁として擁壁が知られている。擁壁は、高低差のある傾斜地等で土が崩れるのを防ぐために設置する壁状の構造物である。擁壁の一例として、ブロック擁壁や石積み擁壁がある。これらの擁壁は、間知ブロックや石といった対象物を積み上げて作る擁壁である。
【0003】
災害の事前対策として、擁壁上の建築物等だけでなく、擁壁自体の対策も必要になる。擁壁の点検により、耐震に懸念が生じた場合、擁壁を新たに作り替えることは、費用、隣地境界、狭小地等の制約により、現実的でない場合が多い。この点、既設の擁壁を残したまま、擁壁を補強する各種工法が実施されている。
【0004】
例えば、特許文献1に記載の擁壁の補強方法は、石積みなどの施工済みの擁壁を既設の状態で補強可能であり、既設の擁壁の隙間に充填材を注入する際に、擁壁を貫通する狭い貫通孔を形成して、その貫通孔に有孔管を挿入し、該有孔管を通して充填材を注入することにより、擁壁の背面の空洞部にまで十分に充填材が充填されるようにしたというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6054334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の擁壁の補強方法は、既設の擁壁を残したまま、擁壁を補強する工法ではあるが、少ない工程で確実に擁壁を補強できるようにすることを目的としたものであり、補強効果を高めることを直接的な目的としたものではなかった。地震や集中豪雨により、擁壁に大きな負荷が加わった場合を考慮すると、補強効果を直接的な目的とし、より一層の補強効果を発揮できる擁壁の補強工法が望まれる。
【0007】
本発明は、前記のような背景に鑑み、作業負担や費用を大幅に増加させることなく、より一層の補強効果を発揮できる擁壁の補強工法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明の擁壁の補強工法は、積み重ねる対象物が石又は間知ブロックである擁壁の補強工法であって、前記対象物の目地の深さ方向に空間がある状態で、補強材である網目状繊維シート又は繊維ロープを、横方向に延在する前記目地に沿って設置し、かつ前記補強材を縦方向に延在する前記目地に沿って設置する補強材設置工程と、前記補強材上の前記空間に充填剤を充填して、前記補強材を前記充填剤と一体化させる充填剤注入工程とを備え、既設の擁壁及び新設の擁壁の両方に対応可能であることを特徴とする。
【0009】
前記本発明の擁壁の補強工法においては、前記補強材の上から補強用棒材を打ち込み、前記補強用棒材を地中に埋設させる追加補強工程を備えたことが好ましい。
【0010】
また、前記補強材の上部において、前記補強材を後方に延長させ、前記延長させた前記補強材を地中に埋設させて支持体に接続する追加補強工程を備えたことが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、隣接する石間における充填剤の亀裂が生じにくくなることにより、擁壁全体が補強され、地震や集中豪雨等による土圧の上昇による擁壁の崩落の抑制に有利になる。具体的には、補強材が目地に沿って、横方向及び縦方向の両方向に設置されるので、補強材が擁壁全体を包み込むようになる。したがって、補強材の無い構成と比べると、擁壁全体において、地震や集中豪雨等による応力等(土圧・水圧・曲げ応力・せん断応力・転倒モーメント)に対する耐力・強度が高まる。また、補強材である網目状繊維シート又は繊維ロープは、繊維素材で形成されているため、耐腐食性に優れており、強度と耐久性にも優れており、かつ充填剤と一体化し易く補強材として適していることに加え、安価であり、軽量で柔軟性があるだけでなく、設置時には大きな負荷を加える必要がなく、施工が容易になり、作業負担や費用を大幅に増加させることがない。さらに、補強材は、充填剤内に埋設されるので、擁壁の美観が損なわれることがない。
【0012】
追加補強工程を備えた構成によれば、追加補強に用いる部材は、外部に露出しないので、擁壁の美観を損なうことなく、擁壁の補強効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る擁壁の補強工法の施工対象の一例に係る擁壁の正面図。
図2図1に示した擁壁の縦断面図。
図3】本発明の一実施形態に係る擁壁の補強工法のフローチャート。
図4図2に示した擁壁のB部の拡大図。
図5】本発明の一実施形態において、目地斫り工程実施後の擁壁の要部を示した縦断面図。
図6】本発明の一実施形態において、先行注入工程後における擁壁の要部を示した縦断面図。
図7】本発明の一実施形態において、補強材設置工程後における擁壁の要部を示した縦断面図。
図8】本発明の一実施形態において、補強材設置工程後における擁壁の要部の正面図
図9】本発明の一実施形態に係る網目状繊維シートの拡大図。
図10】本発明の一実施形態において、仕上注入工程後における擁壁の要部を示した縦断面図。
図11】本発明の一実施形態において、施工完了後における擁壁の要部の正面図。
図12】本発明の一実施形態に係る擁壁の補強工法の補強効果を説明するための擁壁の縦断面図。
図13】本発明の一実施形態に係る網目状繊維シートの別の例を示す図。
図14】本発明の一実施形態に係る繊維ロープを示す図。
図15】本発明の一実施形態において、追加補強工程後における擁壁の要部の正面図。
図16】本発明の一実施形態において、追加補強工程後における擁壁の縦断面図。
図17】本発明の一実施形態において、別の追加補強工程後における擁壁の縦断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。図1は擁壁1の正面図であり、図2は擁壁1の縦断面図である。図1に示した擁壁1は、石積み擁壁であり、石2を積み上げて作られている。擁壁1は、道路等に沿って、長距離に亘って連続的に設置されるのが通常であるが、図1は便宜のため、長さ方向(矢印a方向)においては一部を示している。図2は、石積み擁壁の縦断面の典型例を示したものであり、石2の形状や個数は、図1の構成とは必ずしも一致しない。
【0015】
以下の実施形態における擁壁1は、石と石の間にモルタル等を流して石同士を接合して積み上げる練積みで施工した擁壁であるが、本発明は石と石の間にモルタル等を流さない空積みで施工した擁壁にも適用可能である。本発明を空積みで施工した擁壁に適用する場合は、後述する目地斫り(はつり)工程(図3のステップ100)は不要であるので、先行注入工程(図3のステップ104)から開始すればよい。
【0016】
また、以下の実施形態における擁壁1は、石2と石2を積み上げて作られているが、本発明は間知ブロックを積み上げて作られている擁壁にも適用可能である。
【0017】
図2において、平坦地7に隣接して傾斜地8が形成されており、傾斜地8に擁壁1が設置されている。隣接する石2の胴部の間と石2の裏側には裏込め石5が詰められている。図1において、石2と石2の間に設けられた隙間が目地3である。図2に示したように、目地3には充填剤(モルタル)4が充填されている。図1及び図2に示した擁壁1は既設の擁壁である。
【0018】
以下、本発明に係る擁壁の補強工法について、図3のフローチャートに沿って説明する。図4図2に示した擁壁のB部の拡大図である(図5図7図10についても同じ。)。図4は補強工法を施工前の擁壁1の要部を示している。施工対象の擁壁1は、施工前においては、目地3に充填された充填剤4は経年劣化している。施工開始時には、目地斫り工程を実施する(図3のステップ100)。「斫り」とは、石2を削ったり、壊すことである。本実施形態においては、各石2の目地3における4面の胴に斫りを実施する。斫りにより、各石2の4面の胴の一部が除去されるともに、目地3における既存の充填剤4が除去される。本実施形態における斫りは、既存の充填剤4の除去が主目的であるため、斫り後においても、各石2の基本形状は維持されたままである。
【0019】
斫りは、タガネやハンマーなどの手動工具を使ってもよいが、通常は電動チッパーやエアチッパーなどの工具が使われる。図5は、目地斫り工程実施後の擁壁1の要部を示している。本図の状態では、斫りにより、既存の充填剤4(図4)は除去されている。
【0020】
目地斫り工程後は、異物除去工程を実施する(図3のステップ101)。この工程においては、目地3における土、根等の異物を鎌で掻き出した後、エアブロワ等で除去する。異物除去工程後は、下地処置のために、目地洗浄工程(図3のステップ102)及び吸水調整剤塗布工程(図3のステップ103)を実施する。目地洗浄工程においては、高圧洗浄機等を使用して目地3を洗浄して目地3の土等を洗い流す。吸水調整剤塗布工程においては、噴霧器を使用して、目地3近傍の石2に吸水調整剤を塗布する。吸水調整剤の塗布により、後に充填する充填剤6(図10)と下地との接着性能が向上する。
【0021】
吸水調整剤塗布工程後は、充填剤注入工程である先行注入工程を実施する(図3のステップ104)。先行注入は、例えば注入ポンプから供給される充填剤をノズルから吐出させて行う。図6は、先行注入工程後における擁壁1の要部を示している。先行注入により、石2の裏側と目地3に充填剤6が充填されている。ただし、目地3の深さ方向においては、充填剤6が充填されていない空間を残している(図6のc部)。c部の寸法は例えば200mm程度である。充填剤6は、例えばモルタルでもよく、樹脂モルタルでもよい(後述する仕上注入工程における充填剤6についても同じ。)
【0022】
先行注入工程後は、補強材設置工程を実施する(図3のステップ105)。図7は、補強材設置工程後における擁壁1の要部を示している。図8は、補強材設置工程後における擁壁1の要部の正面図である(図7のC矢視図)。図7に示したように、充填剤6の表面に補強材である網目状繊維シート10が設置されている。網目状繊維シート10のシート厚は1~3mm程度であるが、図示の便宜のため、図7では誇張して図示している(図10図12図16図17においても同じ。)
【0023】
図8において、帯状の長尺物である網目状繊維シート10が、横方向(矢印a方向)及び縦方向(矢印b方向)の両方向に設置されている。横方向においては、それぞれ1本の帯状の網目状繊維シート10が横方向に延在する目地3に沿って設置されている。同様に縦方向においては、それぞれ1本の帯状の網目状繊維シート10が縦方向に延在する目地3に沿って設置されている。網目状繊維シート10の設置の際には、網目状繊維シート10の浮き上がり防止のために、U字釘等を打ち付けてもよい。
【0024】
網目状繊維シート10の幅は、目地3の幅に合わせたものを用いればよく、例えば30~40mmである。網目状繊維シート10の長さは、特に制限はなく、ロール状の網目状繊維シート10から適宜必要寸法だけカットして用いればよい。また、1本の帯状の網目状繊維シート10は、複数の帯状の網目状繊維シート10を結んで繋いだものであってもよい。
【0025】
図9は網目状繊維シート10の拡大図を示しており、図8のD部の拡大図に相当する。網目状繊維シート10は、細長の繊維素材10aで形成されており、細長の繊維素材10aを交差させて全体として網目状の帯状部材が形成されている。網目状繊維シート10は、繊維素材10aで形成されているため、耐腐食性に優れており、強度と耐久性にも優れており、補強材として適している。また、網目状繊維シート10は、網目状であることにより、充填剤と一体化し易く、この点においても補強材として適している。
【0026】
さらに、繊維素材10aで形成された網目状繊維シート10は安価であり、軽量で柔軟性があるだけでなく、設置時には大きな負荷を加える必要がなく、施工が容易になる。また、網目状繊維シート10同士を結んで連結できるため、この点においても施工が容易になる。すなわち、本発明に係る補強工法は、作業負担や費用を大幅に増加させることなく、より一層の補強効果を発揮することができる。
【0027】
網目状繊維シート10は補強材であることから、強度が高いことが望ましく、引張強度は、750MPa以上が好ましく、800MPa以上がより好ましい。
【0028】
補強材設置工程後は、充填剤注入工程である仕上注入工程を実施する(図3のステップ106)。図10は、仕上注入工程後における擁壁1の要部を示している。仕上注入は先行注入と同様に目地3に充填剤6を充填する工程であるが、仕上注入により、網目状繊維シート10を充填剤6と一体化させる。仕上注入は、例えば注入ポンプから供給される充填剤6をノズルから吐出させて行う。図10に示したように、仕上注入により、網目状繊維シート10は充填剤6に埋設される。仕上注入により、網目状繊維シート10は充填剤6に埋設しているため、目地3を正面側から見ると、網目状繊維シート10は見えず、充填剤6が露出していることになる。
【0029】
仕上注入工程後は、表面仕上工程を実施する(図3のステップ107)。表面表面仕上工程においては、充填剤6の表面をコテにて平滑に均した後、充填剤6が硬化する前に、刷毛を引いて充填剤6の表面を仕上げる。
【0030】
表面仕上工程後は、表面洗浄工程を実施する(図3のステップ108)。表面洗浄工程では、高圧洗浄により石積み表面の汚れを除去する。以上の工程を経て擁壁1の補強が完了する。図11は、施工完了後における擁壁1の要部の正面図である(図10のC矢視図)。本図に示したように、目地3には充填剤6が充填されており、図10に示したように、網目状繊維シート10は充填剤6内に埋設しているため、網目状繊維シート10は、擁壁1の表面には露出していない。
【0031】
以下、図12を参照しながら本発明による補強効果について説明する。図12(a)は、図10のE部の拡大図である。図12(b)は、比較例に係る拡大図であり、図12(a)の構成から網目状繊維シート10を省いた構成である。図12(a)、(b)において、上から1段目の石を石2cといい、上から2段目の石を石2dという。
【0032】
図12(a)において、石2cに、石2cが傾斜地8から剥離する方向(矢印H方向)に力が作用したとする。この場合、石2cと石2dとの間の目地3における充填剤6には、石2c側においては矢印H方向に力F2が作用し、石2d側においては矢印H方向と反対方向に力F2が作用する。すなわち、充填剤6にはせん断力が作用し、このせん断力は充填剤6を上下に分断させる亀裂を生じさせるように作用する。
【0033】
図12(b)は、比較例において、図12(a)と同様の力が作用したときの状態を示している。図12(b)においては、石2cが矢印H方向にはみ出すとともに、充填剤6に亀裂が生じている。この点、本実施形態においては、図12(a)に示したように、充填剤6の前後を分断するように、充填剤6中に網目状繊維シート10が埋設している。また、前記のとおり、網目状繊維シート10は、網目状であることにより、充填剤と一体化し易く、網目状繊維シート10と充填剤6の接着力は高まっている。このため、本実施形態においては、網目状繊維シート10による補強効果により、図12(b)に示したような充填剤6の亀裂は生じにくくなっている。
【0034】
図12では、上下に隣接する石2cと石2dの間の充填剤6について、図12(a)に示した本実施形態においては、亀裂が生じにくい点について説明したが、この点は左右に隣接する石2間の充填剤6についても同様である。具体的には、左右に隣接する石2間の断面形状(図11のFF線における断面形状)についても、充填剤6の断面形状は図12(a)と同様である。このため、石2がはみ出す方向に力が作用したときは、図12(a)と同様に、左右に隣接する石2間の充填剤6には、せん断力(F1、F1)が作用するが、充填剤6内部の網目状繊維シート10による補強効果により充填剤6の亀裂は生じにくくなる。
【0035】
図12(a)に示したせん断力(F2、F2)は、前後方向に作用しているが、せん断力が上下方向に作用した場合も、同様に網目状繊維シート10による補強効果が得られる。図11において、横方向に隣接する石を石2a、石2bという。不同沈下等により、石2aに、石2aを下方向に押し下げる方向(矢印G方向)に力が作用したとする。この場合、石2aと石2bとの間の目地3における充填剤6には、石2a側においては矢印G方向に力F1が作用し、石2b側においては矢印G方向と反対方向に力F1が作用する。すなわち、充填剤6にはせん断力(F1、F1)が作用するが、充填剤6内部の網目状繊維シート10による補強効果により充填剤6の亀裂は生じにくくなる。
【0036】
以上の補強効果の説明は、隣接する石2間に着目した説明であったが、隣接する石2間における充填剤6の亀裂が生じにくくなることにより、擁壁全体が補強され、地震や集中豪雨等による土圧の上昇による擁壁の崩落の抑制に有利になる。具体的には、前記のとおり、図8において、網目状繊維シート10は、目地3に沿って、横方向(矢印a方向)及び縦方向(矢印b方向)の両方向に設置されている。このため、網目状繊維シート10が擁壁全体を包み込むようになる。したがって、網目状繊維シート10の無い構成と比べると、擁壁全体において、地震や集中豪雨等による応力等(土圧・水圧・曲げ応力・せん断応力・転倒モーメント)に対する耐力・強度が高まる。このことにより、図11において、縦方向において多数の石2で形成される面部分(d部)が崩落するのを抑制でき、横方向においても多数の石2で形成される面部分(e部)が崩落するのを抑制できる。
【0037】
以下、補強材についてより具体的に説明する。前記実施形態においては、補強材として網目状繊維シート10を用いた例を説明し、図9に形状の一例を示した。網目状繊維シートは、図9に示したものに限らず、細長の繊維素材を交差させて全体として網目状の帯状部材が形成されているものであればよい。図13(a)に示した網目状繊維シート11は、細長の繊維素材11aが網目状繊維シート11の長手方向に対して傾斜しており、繊維素材11a同士の交差部はX字状になっている。
【0038】
網目状繊維シートを構成する細長の繊維素材は、1本の繊維素材でもよいが、繊維素材同士を撚ったものであってもよい。図13(b)に示した網目状繊維シート12は、網目を形成している点は、図9及び図13(a)に示したものと同じであるが、繊維素材12aの構成が異なっている。図13(c)は、図13(b)のI部の拡大図を示している。図13(c)に示したように、繊維素材12aは、繊維素材同士を撚って形成されている。この構成によれば、網目状繊維シート12の強度が高まり、充填剤とより一体化し易くなる。
【0039】
前記実施形態では、補強材が網目状繊維シートの例で説明したが、これに限るものではなく、繊維ロープであってもよい。図14に示した繊維ロープ13は、細長の繊維素材13aを撚って形成したものである。繊維ロープ13は、網目状繊維シートと同様に、安価であり、耐腐食性に優れており、強度と耐久性にも優れており、補強材として適している。また、繊維ロープ13は表面に凹凸が形成されるため、充填剤と一体化し易く、この点においても補強材として適している。さらに、繊維ロープ13は、網目状繊維シートと同様に、軽量で柔軟性があるだけでなく、設置時には大きな負荷を加える必要がなく、施工が容易になる。
【0040】
以下、追加補強工程に係る実施形態について説明する。図15及び図16は、前記実施形態に、アンカー(補強用棒材)20の打ち込みを追加した実施形態である。図15は、図8と同様に、網目状繊維シート10の設置工程後における擁壁1の要部の正面図である(図7のC矢視図)。図16は、擁壁1を、網目状繊維シート10に沿って断面したときの縦断面図である。
【0041】
図15に示したように、網目状繊維シート10の上からアンカー20が打ち込まれている。より具体的には、図16に示したように、アンカー20は、棒材21にフランジ22が追加されたものである。棒材21は、網目状繊維シート10を貫通して傾斜地8の地中に埋設し、フランジ22が網目状繊維シート10を抑えている。アンカー20のフランジ22側は、充填剤6内に埋設している。この構成によれば、アンカー20は外部に露出しないので、擁壁1の美観を損なうことなく、擁壁1の補強効果を高めることができる。
【0042】
図17は、別の追加補強工程を施工したときに、擁壁1を網目状繊維シート10に沿って断面したときの縦断面図である。図17に示したように、網目状繊維シート10の上部において、延長部14によって、網目状繊維シート10は上部から後方に延長させている。延長部14は、目地3に設置した網目状繊維シート10に、新たに維網目状繊維シート10や繊維ロープ等を継ぎ足したものでもよい。延長部14は、地中に埋設させた支持体50に接続されている。支持体50は、例えば鋼管杭、アンカー、矢板等である。
【0043】
延長部14は傾斜地8の上部に埋設させるので、施工後の擁壁1に対しても、追加設置が容易である。また、支持体50は傾斜地8の地表から打ち込めばよいので、延長部14と同様に、施工後の擁壁1に対しても、追加設置が容易である。図17の実施形態は、長部14及び支持体50は、外部に露出しないので、図16の実施形態と同様に、擁壁1の美観を損なうことなく、擁壁1の補強効果を高めることができる。
【0044】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、前記実施形態は一例であり、適宜変更したものであってもよい。例えば、前記実施形態は、既設の擁壁に対して施工する補強方法であったが、新規に擁壁を施工する際に、補強材設置工程(図3のステップ105)。を実施してもよい。すなわち、本発明は既設の擁壁及び新設の擁壁の両方に対応可能である。
【0045】
また、前記実施形態においては、先行注入工程(図3のステップ104)と仕上注入工程(図3のステップ106)の2つの充填剤注入工程を実施する例で説明したが、練積みで施行された擁壁のように、モルタルやコンクリートを流しながら接合して積み上げる工法で施行された擁壁については、先行注入工程を省いてもよい。
【0046】
さらに、目地洗浄工程(図3のステップ102)の後に、排水部材設置工程を追加してもよい。排水部材設置工程においては、石2と石2の間に、所定間隔で排水部材を挿入する。排水部材はパイプでもよく、透水性部材を防水シートで被覆したものであってもよい。
【符号の説明】
【0047】
1 擁壁
2,2a,2b,2c,2d 石
3 目地
4,6 充填剤
5 裏込め石
7 平坦地
8 傾斜地
10,11,12 網目状繊維シート
13 繊維ロープ
10a,11a,12a,13a 繊維素材
14 延長部
20 アンカー(補強用棒材)
50 支持体
【要約】
【課題】作業負担や費用を大幅に増加させることなく、より一層の補強効果を発揮できる擁壁の補強工法を提供する。
【解決手段】積み重ねる対象物2である石又は間知ブロックを積み重ねて形成した擁壁1の補強工法であって、対象物2の目地3の深さ方向に空間がある状態で、補強材10である網目状繊維シート又は繊維ロープを、横方向に延在する目地3に沿って設置し、かつ補強材10を縦方向に延在する目地3に沿って設置する補強材設置工程と、補強材10上の空間に充填剤6を充填して、補強材10を充填剤6と一体化させる充填剤注入工程とを備え、既設の擁壁及び新設の擁壁の両方に対応可能である。
【選択図】図10
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