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  • 特許-無方向性電磁鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-17
(45)【発行日】2025-09-26
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20250918BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20250918BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250918BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20250918BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20250918BHJP
【FI】
C23C22/00 B
C21D9/46 501B
C22C38/00 303U
C22C38/06
H01F1/147 183
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2023545690
(86)(22)【出願日】2022-09-02
(86)【国際出願番号】 JP2022033073
(87)【国際公開番号】W WO2023033136
(87)【国際公開日】2023-03-09
【審査請求日】2024-01-30
(31)【優先権主張番号】P 2021142954
(32)【優先日】2021-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】福地 美菜子
(72)【発明者】
【氏名】名取 義顕
(72)【発明者】
【氏名】藤井 浩康
(72)【発明者】
【氏名】高谷 真介
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-177183(JP,A)
【文献】中国特許第103469187(CN,B)
【文献】特開2012-177177(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C22/00
C21D9/46
C22C38/00,38/06
H01F1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂と、
亜硝酸塩とを含有し、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%であり、リンの含有量が、H PO 換算において、35質量%以上である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記リン酸金属塩は、
リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、および、リン酸Moからなる群から選択される1種以上である、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記有機樹脂は、
エポキシ樹脂、アクリル樹脂、および、メラミン樹脂からなる群から選択される1種以上である、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
無方向性電磁鋼板であって、
前記亜硝酸塩は、
亜硝酸リチウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、および、亜硝酸アンモニウムからなる群から選択される1種以上である、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記絶縁被膜は、
前記リン酸金属塩100質量部に対し、
前記有機樹脂を3~50質量部含有する、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項6】
前記母材鋼板は、質量%で、
Si:2.5~4.5%、
Al:0.1~1.5%、
Mn:0.2~4.0%を含有する、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
リン酸金属塩と、有機樹脂と、亜硝酸塩とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度:200~450℃、露点:-30~30℃、熱処理時間:10~120秒間、の条件で加熱して、窒素含有量が0.05~5.00質量%の絶縁被膜を形成する工程とを備える、
無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は、オーディオ機器等の小型家電の駆動用モータ、ハイブリッドカーおよび電気自動車の駆動用モータ用の鉄芯(モータコア(ロータコア、ステータコア))に利用されている。
【0003】
無方向性電磁鋼板の表面には絶縁被膜が形成されている。絶縁被膜は例えば、ステータコアとして積層された電磁鋼板同士の絶縁性を担保する。つまり、絶縁被膜には、優れた絶縁性が求められる。絶縁被膜にはさらに、鋼板に対する密着性が求められる。そのため、絶縁被膜には、絶縁性とともに、密着性が求められる。
【0004】
絶縁性および密着性に優れる無方向性電磁鋼板の絶縁被膜が例えば、国際公開第2016/136515号(特許文献1)、特開2017-141480号公報(特許文献2)、および、特開2013-249486号公報(特許文献3)に提案されている。
【0005】
特許文献1に開示された電磁鋼板は、リン酸金属塩100質量部、および、平均粒径が0.05~0.50μmの有機樹脂1~50質量部から構成されるバインダーと、前記バインダーの固形分100質量部に対する含有量が0.1~10.0質量部である炭素数2~50のカルボン酸系化合物と、を含み、前記有機樹脂は、アクリル樹脂、エポキシ樹脂およびポリエステル樹脂から選択される1種以上である、絶縁被膜を鋼板表面に有する。この絶縁被膜は、クロム化合物を含有しない場合であっても、絶縁性に加えて、密着性、耐蝕性、外観および打ち抜き後の端面防錆性に優れる、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示された電磁鋼板は、表面に、主成分であるリン酸金属塩100質量部と、平均粒径が0.05~0.50μmであって、反応性乳化剤を利用したアクリル樹脂1~50質量部と、多価アルコール0.5~10質量部と、から構成された絶縁被膜を有し、前記リン酸金属塩の金属元素は、少なくとも2価の金属元素と3価の金属元素とが混在しており、前記2価の金属元素の混合比は、前記リン酸金属塩の金属元素の全体質量に対して、30~80質量%である。この絶縁被膜は、薄く塗布して占積率を向上させたとしても、均一性が良好であり、絶縁性に問題が無く、かつ、電着塗装やモールド時の樹脂に対する密着性に優れる、と特許文献2には記載されている。
【0007】
特許文献3に開示された電磁鋼板の絶縁皮膜形成用処理液は、水性媒体中に、Alおよび/またはMgを主成分とする多価金属の第一リン酸塩と、硝酸および多価金属硝酸塩から選ばれた硝酸化合物と、ホスホン酸化合物およびピロリン酸から選ばれたキレート剤と、を含有することを特徴とする。この処理液から得られる絶縁被膜は、製造直後の白化、保管時の白化、および、ブルーイング処理後の密着性が改善される、と特許文献3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2016/136515号
【文献】特開2017-141480号公報
【文献】特開2013-249486号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、無方向性電磁鋼板を用いたステータコアの製造方法は次のとおりである。無方向性電磁鋼板を所定形状に打抜き加工する。打抜き加工後の鋼板(コアブランク)を積層して固着し、積層鉄心を製造する。ステータコアのスロットにコイルを配置する。打抜き加工の際、打抜かれた無方向性電磁鋼板には加工歪が付与され、磁気特性が劣化する。そのため、加工歪を除去するために歪取焼鈍が実施されることがある。歪取焼鈍は700℃以上の高温である。歪取焼鈍時に加熱された絶縁被膜は、加熱による分解物を生成する場合がある。
【0010】
上述のとおり、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜には、歪取焼鈍後であっても、優れた密着性が求められる。歪取焼鈍後の密着性が低い場合、鋼板から剥離した被膜片が、ステータコアと、ロータコアとの間に入り込んで、ステータコアおよびロータコアの回転を阻害する。場合によっては、ロータコアが破損するおそれがある。
【0011】
本発明の目的は、歪取焼鈍後の密着性に優れる絶縁被膜を備えた無方向性電磁鋼板、および、歪取焼鈍後の密着性に優れる絶縁被膜を備えた無方向性電磁鋼板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の無方向性電磁鋼板は、
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂と、
亜硝酸塩とを含有し、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である。
【0013】
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、
リン酸金属塩と、有機樹脂と、亜硝酸塩とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度:200~450℃、露点:-30~30℃、熱処理時間:10~120秒間、の条件で加熱して、窒素含有量が0.05~5.00質量%の絶縁被膜を形成する工程とを備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明の無方向性電磁鋼板は、歪取焼鈍後の密着性に優れる絶縁被膜を備える。本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、歪取焼鈍後の密着性に優れる絶縁被膜を備える無方向性電磁鋼板を製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の板厚方向に平行な断面図である。
図2図2は、図1中の絶縁被膜20を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜における、歪取焼鈍後の密着性について調査および検討を行った。
【0017】
本発明者らははじめに、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜の密着性を高める手段を検討した。上述の特許文献1および特許文献2には、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜であれば密着性に優れることが記載されている。そこで本発明者らは、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜の密着性をさらに高める手段を検討した。
【0018】
無方向性電磁鋼板の絶縁被膜は、次のとおりに製造される。リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する表面処理剤を母材鋼板の上に塗布する。次に、表面処理剤が塗布された母材鋼板を加熱して、絶縁被膜を形成する。絶縁被膜を形成するために、表面処理剤が塗布された母材鋼板を加熱する工程を焼付工程という。
【0019】
本発明者らの検討の結果、上述のリン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜の場合、焼付工程時に粗大な気泡が生ずる場合があることが分かった。粗大な気泡を含む絶縁被膜は、粗大な気泡の表面において絶縁被膜が薄い。薄い部分の絶縁被膜の強度は低い。歪取焼鈍によって高温に曝されると、有機樹脂の熱膨張等により絶縁被膜中に応力が生じる。歪取焼鈍時の応力によって、薄い部分の絶縁被膜が剥離する。一部が剥離した絶縁被膜は強度が低く、密着性が低下する。本発明者らは、以上のメカニズムにより、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜の歪取焼鈍後の密着性が低下する場合があると考えた。
【0020】
そこで本発明者らは、焼付工程時の粗大な気泡を抑制すれば、絶縁被膜の歪取焼鈍後の密着性が高まると考えた。本発明者らが鋭意検討を行った結果、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜にさらに、亜硝酸塩を含有させることが有効であることが分かった。この理由は定かではないが、以下のとおり考えられる。
【0021】
亜硝酸塩は加熱により熱分解し、NまたはOを含むガスを発生する。表面処理剤に亜硝酸塩が含有されれば、焼付工程時に、亜硝酸塩が一部分解してガスを発生する。ガスは、微細な気泡として、絶縁被膜に含まれる。少量のガスを均一に発生させることにより、焼付工程時のガスの集中を抑制する。その結果、粗大な気泡を抑制できる。
【0022】
一方、亜硝酸塩を、有機樹脂を含む絶縁被膜中に添加した場合、有機樹脂が劣化する懸念がある。有機樹脂が劣化すれば、歪取焼鈍後の絶縁被膜の密着性が低下する。そのため、従来の検討では、有機樹脂を含む絶縁被膜への亜硝酸塩の添加は避けられてきた。
【0023】
しかしながら、本発明者らの検討の結果、絶縁被膜中の窒素含有量で0.05~5.00質量%の亜硝酸塩であれば、有機樹脂の劣化を抑制しつつ、焼付工程時に微細なガスを発生できることが分かった。つまり、窒素含有量で0.05~5.00質量%の亜硝酸塩であれば、歪取焼鈍後の絶縁被膜の密着性を高められることが、本発明者らの検討により初めて判明した。
【0024】
本実施形態の無方向性電磁鋼板は上述の技術思想に基づいて完成したものであり、その要旨は次のとおりである。
【0025】
[1]
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂と、
亜硝酸塩とを含有し、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である、
無方向性電磁鋼板。
【0026】
[2]
前記リン酸金属塩は、
リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、および、リン酸Moからなる群から選択される1種以上である、
[1]に記載の無方向性電磁鋼板。
【0027】
[3]
前記有機樹脂は、
エポキシ樹脂、アクリル樹脂、および、メラミン樹脂からなる群から選択される1種以上である、
[1]または[2]に記載の無方向性電磁鋼板。
【0028】
[4]
前記亜硝酸塩は、
亜硝酸リチウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、および、亜硝酸アンモニウムからなる群から選択される1種以上である、
[1]~[3]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【0029】
[5]
前記絶縁被膜は、
前記リン酸金属塩100質量部に対し、
前記有機樹脂を3~50質量部含有する、
[1]~[4]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【0030】
[6]
前記母材鋼板は、質量%で、
Si:2.5~4.5%、
Al:0.1~1.5%、
Mn:0.2~4.0%を含有する、
[1]~[5]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【0031】
また、上述の無方向性電磁鋼板は、例えば次の製造方法で製造できる。
【0032】
[7]
[1]~[6]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
リン酸金属塩と、有機樹脂と、亜硝酸塩とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度:200~450℃、露点:-30~30℃、熱処理時間:10~120秒間、の条件で加熱して、窒素含有量が0.05~5.00質量%の絶縁被膜を形成する工程とを備える、
無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0033】
以下、本実施形態の無方向性電磁鋼板について、詳細に説明する。
【0034】
[無方向性電磁鋼板の構成]
図1は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の板厚方向に平行な断面図である。図1を参照して、無方向性電磁鋼板1は、母材鋼板10と、絶縁被膜20とを備える。絶縁被膜20は、母材鋼板10の表面に形成されている。図1では、絶縁被膜20は、母材鋼板10の上表面および下表面にそれぞれ形成されている。しかしながら、絶縁被膜20は、母材鋼板10のいずれか一方の表面のみに形成されていてもよい。以下、母材鋼板10および絶縁被膜20について説明する。
【0035】
[母材鋼板10]
母材鋼板10は、無方向性電磁鋼板1として用いられる公知の鋼板から適宜選択することができる。つまり、母材鋼板10は、無方向性電磁鋼板1の用途の公知の鋼板であれば、特に限定されない。なお、方向性電磁鋼か、無方向性電磁鋼板1かは、鋼板の磁束密度を測定することにより判別可能である。磁束密度は、周知のテスラメーターによって測定可能である。
【0036】
母材鋼板10の化学組成は、絶縁被膜中の窒素含有量に直接関連しない。そのため、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板1においては、母材鋼板10の化学組成については特に制限されない。ただし、母材鋼板10の化学組成は、基本元素を含有し、必要に応じて任意元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものであることが好ましい。母材鋼板10の化学組成は例えば、次の元素を含有する。以下、特に断りがない限り、「%」は質量%を意味する。
【0037】
[基本元素]
母材鋼板10の化学組成は、基本元素として、Si、AlおよびMnを含有することが好ましい。以下、これらの元素について説明する。
【0038】
Si:2.5~4.5%
珪素(Si)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Siはさらに、鋼の強度を高める。Si含有量が2.5%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が4.5%を超えれば、鋼の加工性が低下する。したがって、Si含有量は2.5~4.5%である。Si含有量の好ましい下限は2.6%であり、さらに好ましくは2.7%である。Si含有量の好ましい上限は4.3%であり、さらに好ましくは4.2%である。
【0039】
Al:0.1~1.5%
アルミニウム(Al)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Al含有量が0.1%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が1.5%を超えれば、飽和磁束密度が低下する。したがって、Al含有量は0.1~1.5%である。Al含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.2%である。Al含有量の好ましい上限は1.4%であり、さらに好ましくは1.3%である。
【0040】
Mn:0.2~4.0%
マンガン(Mn)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Mnはさらに、磁気特性に対して好ましくない{111}<112>集合組織の生成を抑制する。Mn含有量が0.2%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が4.0%を超えれば、集合組織が変化して、ヒステリシス損が劣化する。したがって、Mn含有量は0.2~4.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%であり、さらに好ましくは、0.4%である。Mn含有量の好ましい上限は3.8%であり、さらに好ましくは3.6%である。
【0041】
本実施形態では、母材鋼板10の化学組成は、不純物を含有する。ここで、不純物とは、母材鋼板10を工業的に生産するときに、原料として鉱石もしくはスクラップから、または、製造環境等から混入する元素を意味する。不純物は例えば、C、P、S、N等の元素である。
【0042】
母材鋼板10の化学組成は、周知の化学分析法により測定できる。例えば、母材鋼板10の化学組成は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。
【0043】
[絶縁被膜20]
絶縁被膜20は、上述のとおり、母材鋼板10の表面に形成されている。無方向性電磁鋼板1は、コアブランクに加工された後、積層されてモータコアを形成する。絶縁被膜20は、積層後の鋼板間(コアブランク間)の渦電流を低減する。その結果、モータコアの渦電流損を低減できる。
【0044】
図2は、図1中の絶縁被膜20の拡大した断面図である。図2を参照して、絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と有機樹脂202とを含有する。なお、絶縁被膜20はクロム酸化物を含有しない。以下、リン酸金属塩201、有機樹脂202、および、亜硝酸塩について説明する。
【0045】
[リン酸金属塩201]
リン酸金属塩201は、絶縁被膜20のバインダーとして機能する。リン酸金属塩201は、リン酸および金属イオンを含有する水溶液(絶縁被膜溶液)を乾燥させて得られる固形分である。リン酸の種類は特に限定されず、公知のリン酸を使用できる。好ましいリン酸はオルトリン酸、メタリン酸、および、ポリリン酸からなる群から選択される1種以上である。
【0046】
金属イオンは、絶縁被膜20の耐蝕性および密着性に作用する。金属イオンの種類は特に限定されない。金属イオンは例えば、Li、Al、Zn、Mg、Ca、Sr、Ti、Co、MnおよびNiからなる群から選択される1種以上である。
【0047】
好ましくは、リン酸金属塩201は、リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、および、リン酸Moからなる群から選択される1種以上を含有する。リン酸Znは絶縁被膜20の耐蝕性を有効に高める。リン酸Mnは、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸Alは母材鋼板10に対する絶縁被膜20の密着性を高め、さらに、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸Moは、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸金属塩はさらに、AlおよびZnに加えて、AlおよびZn以外の上述の他の金属元素をさらに含有してもよい。
【0048】
[リン酸金属塩の含有量]
リン酸金属塩201の含有量については特に制限はない。好ましくは、絶縁被膜20中における、リン酸金属塩201の含有量は、質量%で、50%以上である。リン酸金属塩201の含有量が50%以上であれば、バインダーとしての機能が十分に確保できる。リン酸金属塩201の含有量は、より好ましくは、60%以上である。なお、リン酸金属塩201の含有量の実質的な上限は95%である。
【0049】
さらに、好ましくは、絶縁被膜20中における、リンの含有量は、HPO換算において、質量%で、35%以上であり、より好ましくは40%以上であり、さらに好ましくは45%以上であり、さらに好ましくは50%以上である。
【0050】
リン酸金属塩201およびリンの含有量の含有量は、走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析法(SEM-EDS)により、Pおよび金属元素の含有量を測定することにより求めることが可能である。PはHPOのリン酸として換算し、その含有量を算出する。また、リン酸金属塩は、M(HPO(ここで、Mは金属元素、xは金属元素の価数)として算出し、算出された金属元素とリン酸の合計をリン酸金属塩の含有量とする。
【0051】
[有機樹脂202]
図2を参照して、有機樹脂202は、バインダーとして機能するリン酸金属塩201中に分散して含有される。有機樹脂202は、リン酸金属塩201が粗大に成長するのを抑制し、リン酸金属塩201の多結晶化を促進する。有機樹脂202により、緻密な絶縁被膜20が形成される。
【0052】
有機樹脂202は、特に限定されず、公知の有機樹脂を用いることができる。好ましい有機樹脂202は、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、シリコン樹脂、ポリプロピレン樹脂、および、ポリエチレン樹脂からなる群から選択される1種以上である。より好ましくは、有機樹脂202は、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、および、メラミン樹脂からなる群から選択される1種以上である。
【0053】
好ましくは、有機樹脂202は、エポキシ樹脂である。エポキシ樹脂は、絶縁性および耐蝕性に優れる。エポキシ樹脂の種類は特に限定されない。エポキシ樹脂は例えば、ビスフェノールA、F、B型、脂環型、グリシジルエーテル型、グリシジルエステル型、ビフェニル型、ナフタレン型、フェノールノボラック型、オルソクレゾールノボラック型、テトラフェニロールエタン型、トリスヒドロキシンフェニルメタン型からなる群から選択される1種以上である。
【0054】
より具体的には、エポキシ樹脂は例えば、ビスフェノールA-ジグリシジルエーテル、ビスフェノールA-ジグリシジルエーテルのカプロラクトン開環付加物、ビスフェノールF-ジグリシジルエーテル、ビスフェノールS-ジグリシジルエーテル、ノボラックグリシジルエーテル、ダイマー酸グリシジルエーテル、グリシジルエーテルの誘導体、ヘキサヒドロフタル酸ポリグリシジルエステル、ダイマー酸グリジスルエステル、グルシジルエステルの誘導体、からなる群から選択される1種以上である。
【0055】
[絶縁被膜20中のリン酸金属塩201および有機樹脂202の測定方法]
絶縁被膜20中のリン酸金属塩201および有機樹脂202は次の方法で測定できる。絶縁被膜20が形成された無方向性電磁鋼板1を加熱したときのガス発生挙動を、熱分解-ガスクロマトグラフ/質量分析(Pyrolysis-Gas Chromatograph/Mass Spectrometry、Py-GC/MS)法(以下、「GC/MS法」という。)を用いて分析することにより、有機樹脂202の有無、および、有機樹脂202の種類を特定する。上述のGC/MS法とフーリエ変換赤外分光法(FT-IR)を併用して、有機樹脂を特定してもよい。
【0056】
さらに、絶縁被膜20に対してエネルギー分散型X線分光分析(EDS)またはICP-AESによる化学分析を実施し、P、および、金属元素(Zn、Al等)が検出されれば、絶縁被膜20中にリン酸金属塩が含まれると判断する。
【0057】
[有機樹脂の含有量]
好ましくは、絶縁被膜20は、リン酸金属塩201の100質量部に対して、有機樹脂202を3~50質量部含有する。有機樹脂202の含有量が3質量部以上であれば、リン酸金属塩201の粗大化を十分に抑制できる。この場合、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性がより安定して高まる。一方、有機樹脂202の含有量が50質量部以下であれば、絶縁被膜中に有機樹脂の過剰な含有が抑制される。この場合、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性がより安定して高まる。したがって、表面処理剤中の有機樹脂の含有量は好ましくは、リン酸金属塩100質量部に対して、3~50質量部である。
【0058】
有機樹脂202の含有量の下限は、より好ましくは、リン酸金属塩201の100質量部に対して、5質量部であり、さらに好ましくは10質量部であり、さらに好ましくは15質量部であり、さらに好ましくは20質量部である。有機樹脂202の含有量の上限は、より好ましくは、リン酸金属塩201の100質量部に対して、45質量部であり、さらに好ましくは40質量部であり、さらに好ましくは35質量部であり、さらに好ましくは30質量部である。なお、絶縁被膜20中の有機樹脂202の含有量は、リン酸金属塩201の含有量よりも少ない。
【0059】
有機樹脂202の含有量は、次の方法で特定が可能である。はじめに、FT-IRおよび/またはGC/MS法により、有機樹脂202の種類を特定する。特定された有機樹脂202の化学構造から、有機樹脂202の炭素含有量を算出する。次に、絶縁被膜20の表面を、SEM-EDSを用いて測定する。測定箇所は、絶縁被膜20の表面の任意の複数個所とする。
【0060】
元素分析により、炭素(C)の濃度を特定する。複数の測定個所の炭素濃度の算術平均値を、絶縁被膜20の炭素濃度とする。続いて、アルカリ溶液を用いて母材鋼板10から剥離した絶縁被膜20の重量を求める。絶縁被膜20の重量と、絶縁被膜20の炭素濃度とから、絶縁被膜20中の炭素含有量の絶対値を算出する。絶縁被膜20中の炭素含有量の絶対値と、有機樹脂202の炭素含有量とから、絶縁被膜20中の有機樹脂202の含有量を算出することが可能である。
【0061】
[亜硝酸塩]
絶縁被膜20は、亜硝酸塩を含有する。亜硝酸塩は、亜硝酸イオン(NO )をアニオンとして含む塩である。亜硝酸塩は、焼付工程時に少量のガスを生じる。少量のガスが均一に発生することにより、焼付工程時のガスの集中が抑制される。その結果、粗大な気泡が抑制され、絶縁被膜20の密着性が高まると考えられる。
【0062】
亜硝酸塩は例えば、亜硝酸リチウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、亜硝酸アンモニウム、亜硝酸マグネシウム、亜硝酸ストロンチウム、亜硝酸バリウム、亜硝酸セシウム、亜硝酸銀、亜硝酸ニッケル、亜硝酸亜鉛、二亜硝酸鉛(II)、二亜硝酸銅(II)、および、亜硝酸コバルト(II)からなる群から選択される1種以上である。好ましくは、亜硝酸塩は、亜硝酸リチウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸ナトリウム、および、亜硝酸アンモニウムからなる群から選択される1種以上である。
【0063】
なお、亜硝酸塩は硝酸塩とは化学的に全く異なるものである。本発明者らの検討の結果、硝酸塩では粗大な気泡の抑制効果は得られないことが分かった。そのため、本実施形態においては、亜硝酸塩を用いることとしている。
【0064】
[亜硝酸塩の特定方法]
絶縁被膜20中の亜硝酸塩は、次の方法で特定できる。絶縁被膜20の一部を採取し、乳鉢で粉砕する。粉砕された絶縁被膜20が含まれる乳鉢に、蒸留水を加えて、懸濁物を得る。懸濁物にアルサニル酸を加えて、アルサニル酸と懸濁物中の亜硝酸塩とを反応させる。これにより、ジアゾニウム化合物を合成する。懸濁物にさらに、ナフチルエチレンジアミンを加えて、ナフチルエチレンジアミンとジアゾニウム化合物とを反応させる。これにより、アゾ色素を合成する。アゾ色素が合成されれば、懸濁物が着色する。懸濁物の着色を比色計で確認する(比色法)。これにより、懸濁物中にアゾ色素が合成されたことを特定する。以上の方法で、絶縁被膜中に亜硝酸塩が含有されていることを特定する。
【0065】
[亜硝酸塩の含有量]
絶縁被膜20は、亜硝酸塩を含む。しかしながら、絶縁被膜20中の亜硝酸塩の含有量を定量することはかなり困難である。一方で、亜硝酸塩の含有量は、絶縁被膜20中の窒素含有量で代替することが可能である。そこで、本開示においては、亜硝酸塩の含有量を、絶縁被膜20中の窒素含有量で代替する。
【0066】
[絶縁被膜20中の窒素含有量]
リン酸金属塩201と、有機樹脂202とを含有する、本実施形態の絶縁被膜20においては、窒素含有量が0.05質量%未満の場合、亜硝酸塩の含有量が少なすぎる。そのため、焼付工程時に十分量の微細ガスを発生できず、絶縁被膜20の歪取焼鈍後の密着性を高められない。一方、リン酸金属塩201と、有機樹脂202とを含有する、本実施形態の絶縁被膜20においては、窒素含有量が5.00質量%超の場合、亜硝酸塩の含有量が多すぎる。そのため、焼付工程時に過剰なガスが発生し、絶縁被膜20の歪取焼鈍後の密着性を高められない。したがって、絶縁被膜20中の窒素含有量は0.05~5.00質量%である。絶縁被膜20中の窒素含有量の下限は、好ましくは0.10質量%であり、より好ましくは0.15質量%である。絶縁被膜20中の窒素含有量の下限は、さらに好ましくは0.50質量%であり、さらに好ましくは1.00質量%である。絶縁被膜20中の窒素含有量の上限は、好ましくは4.80質量%であり、より好ましくは4.50質量%であり、さらに好ましくは4.00質量%であり、さらに好ましくは3.00質量%である。
【0067】
[絶縁被膜20中の窒素含有量の測定方法]
絶縁被膜20中の窒素含有量は次の方法で測定する。絶縁被膜20が形成された無方向性電磁鋼板1に対して、EDSを用いて、絶縁被膜20の各元素含有量を測定する。分析は、無方向性電磁鋼板1(絶縁被膜20)の任意の5か所の表面に対して行う。分析結果から、鉄(Fe)のピーク強度を除いて、残りの元素のピークの合計を100質量%として窒素含有量(質量%)を求める。
【0068】
絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と、有機樹脂202と、亜硝酸塩とからなる絶縁被膜20であってもよい。絶縁被膜20はさらに、その他の成分を含有してもよい。つまり、絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と、有機樹脂202と、亜硝酸塩と、その他の成分とからなる絶縁被膜20であってもよい。
【0069】
[その他の成分]
絶縁被膜20は、その他の成分を含有してもよい。その他の成分とは例えば、水溶性有機化合物である。水溶性有機化合物とは例えば、界面活性剤、乳化剤、消泡剤、および、レベリング剤からなる群から選択される1種以上である。その他の成分の含有量は、リン酸金属塩201の100質量部に対して、5.0質量部以下である。その他の成分の含有量の上限は、好ましくは、リン酸金属塩201の100質量部に対して、5.0質量部未満であり、より好ましくは4.5質量部であり、さらに好ましくは4.0質量部であり、さらに好ましくは3.5質量部であり、さらに好ましくは3.0質量部である。その他の成分の含有量の下限は0%であってもよい。その他の成分の含有量の下限は例えば、0.1%である。
【0070】
なお、水溶性有機化合物の含有量については、上述したGC-MS法を用いて測定することが可能である。より具体的には、絶縁被膜中に含まれる水溶性有機化合物を、分析装置内で有機物が燃焼・昇華する800℃で熱分解することで、水溶性有機化合物の含有量を測定する。
【0071】
[絶縁被膜20の好ましい膜厚]
絶縁被膜20の膜厚は特に限定されない。絶縁被膜20の好ましい膜厚は、0.20~1.60μmである。膜厚が0.20~1.60μmであれば、絶縁被膜20はさらに優れた絶縁性を示す。しかしながら、絶縁被膜20の膜厚が0.20~1.60μm以外であっても、絶縁被膜20は歪取焼鈍後の優れた密着性を示す。
【0072】
以上のとおり、本実施形態の無方向性電磁鋼板1は、母材鋼板10と、母材鋼板10の表面に形成されている絶縁被膜20とを備える。絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と、有機樹脂202と、亜硝酸塩とを含有する。絶縁被膜20中の窒素含有量は0.05~5.00質量%である。そのため、絶縁被膜20は、歪取焼鈍後の優れた密着性を示す。
【0073】
[製造方法]
本実施形態の無方向性電磁鋼板1の製造方法の一例を説明する。以降に説明する製造方法は、無方向性電磁鋼板1を製造するための一例である。したがって、無方向性電磁鋼板1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、無方向性電磁鋼板1の製造方法の好適な一例である。
【0074】
本実施形態の無方向性電磁鋼板1の製造方法の一例は、リン酸金属塩と、有機樹脂と、亜硝酸塩とを含有する表面処理剤を母材鋼板10の表面に塗布する工程(塗布工程)と、表面処理剤が塗布された母材鋼板10を加熱して、絶縁被膜20を形成する工程(焼付工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0075】
[塗布工程]
塗布工程では、母材鋼板10の表面に表面処理剤を塗布する。塗布方法は特に限定されない。公知の塗布方法を適用できる。塗布方法は例えば、ロールコータ方式、スプレー方式、ディップ方式等である。
【0076】
[表面処理剤について]
表面処理剤は、リン酸金属塩と、有機樹脂と、亜硝酸塩とを含有する。ここで、表面処理剤におけるリン酸金属塩、有機樹脂および亜硝酸塩は、上述したリン酸金属塩201、有機樹脂202および亜硝酸塩を用いる。リン酸金属塩溶液を調製する際には、オルトリン酸等の各種のリン酸に対し、金属イオンの酸化物、炭酸塩、および、水酸化物の少なくとも何れかを混合することが好ましい。
【0077】
[表面処理剤中の有機樹脂の含有量について]
表面処理剤中の有機樹脂の含有量は、上述した絶縁被膜20中の有機樹脂202の含有量と同じであってもよい。つまり、表面処理剤中の有機樹脂の含有量は好ましくは、リン酸金属塩の100質量部に対して、3~50質量部である。
【0078】
表面処理剤中の有機樹脂の含有量の下限は、より好ましくは、リン酸金属塩の100質量部に対して、5質量部であり、さらに好ましくは10質量部であり、さらに好ましくは15質量部であり、さらに好ましくは20質量部である。有機樹脂の含有量の上限は、より好ましくは、リン酸金属塩の100質量部に対して、45質量部であり、さらに好ましくは40質量部であり、さらに好ましくは35質量部であり、さらに好ましくは30質量部である。なお、表面処理剤中の有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩の含有量よりも少ない。
【0079】
[表面処理剤中の亜硝酸塩の含有量について]
好ましくは、表面処理剤中の亜硝酸塩の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、2~80質量部である。
【0080】
亜硝酸塩の含有量の下限は、より好ましくは、リン酸金属塩100質量部に対して、3質量部であり、さらに好ましくは5質量部であり、さらに好ましくは8質量部であり、さらに好ましくは10質量部であり、さらに好ましくは15質量部である。亜硝酸塩の含有量の上限は、より好ましくは、リン酸金属塩100質量部に対して、70質量部であり、さらに好ましくは60質量部であり、さらに好ましくは50質量部であり、さらに好ましくは40質量部であり、さらに好ましくは30質量部である。
【0081】
[硬化剤について]
表面処理剤は、リン酸金属塩および有機樹脂に加え、硬化剤を含有してもよい。硬化剤は、有機樹脂を硬化する。硬化剤は例えば、ポリアミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、メチロール基含有初期縮合物からなる群から選択される1種以上を使用できる。
【0082】
ポリアミン系硬化剤は例えば、脂肪族ポリアミン、脂環族ポリアミン、芳香族ポリアミン、ポリアミドポリアミン、および、変性ポリアミンからなる群から選択される1種以上である。
【0083】
酸無水物系硬化剤は例えば、1官能性酸無水物(無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、無水メチルナジック酸、無水クロレンディック酸等)、2官能性酸無水物(無水ピロメリット酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸無水物、エチレングリコールビス(アンヒドロトリメート)、メチルシクロヘキセンテトラカルボン酸無水物等)、および、遊離酸酸無水物(無水トリメリット酸、ポリアゼライン酸無水物等)からなる群から選択される1種以上である。
【0084】
メチロール基含有初期縮合物は例えば、ノボラック型またはレゾール型フェノール樹脂、ユリア樹脂、および、メラミン樹脂からなる群から選択される1種以上である。
【0085】
含有する場合、表面処理剤中の硬化剤の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、0~50.0質量部である。硬化剤を表面処理剤に含有する場合、硬化剤は有機樹脂の硬化を促進する。硬化剤の含有量が50.0質量部以下であれば、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性がより安定的に高まる。したがって、硬化剤を含有する場合、表面処理剤中の硬化剤の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、0~50.0質量部とする。
【0086】
硬化剤の含有量の好ましい下限は、リン酸金属塩100質量部に対して0.5質量部であり、さらに好ましくは1.0質量部であり、さらに好ましくは2.0質量部である。硬化剤の含有量の上限は、リン酸金属塩100質量部に対して45.0質量部であり、さらに好ましくは40.0質量部であり、さらに好ましくは35.0質量部である。
【0087】
なお、表面処理剤中の有機樹脂および硬化剤が、後述する焼付工程を経て、最終的に絶縁被膜20中において有機樹脂202となる。そのため、表面処理剤中の有機樹脂および硬化剤の合計含有量は、好ましくは、リン酸金属塩100質量部に対して、0~50.0質量部である。
【0088】
[焼付工程]
焼付工程では、表面処理剤が塗布された母材鋼板10を加熱して、絶縁被膜20を形成する。焼付の条件は、熱処理温度:200~450℃、露点:-30~30℃、熱処理時間:10~120秒間である。
【0089】
熱処理温度:200~450℃
熱処理温度が200℃未満では、リン酸金属塩の脱水反応が十分に進行しない。そのため、絶縁被膜20が適切に製膜できない。一方、熱処理温度が450℃超では、有機樹脂が熱分解する。そのため、絶縁被膜20が適切に製膜できない。したがって、熱処理温度は200~450℃である。熱処理温度の好ましい下限は250℃であり、より好ましくは280℃であり、さらに好ましくは300℃である。熱処理温度の好ましい上限は430℃であり、より好ましくは400℃であり、さらに好ましくは380℃であり、さらに好ましくは350℃であり、さらに好ましくは320℃である。
【0090】
露点:-30~30℃
露点が-30℃未満では、突沸によるボイド発生の危険性がある。一方、露点が30℃超では、水分の蒸発に時間がかかり、リン酸金属塩の結晶化の進行が遅れるおそれがある。したがって、露点は-30~30℃である。露点の好ましい下限は-15℃であり、より好ましくは-10℃である。露点の好ましい上限は20℃である。
【0091】
熱処理時間:10~120秒
熱処理時間が10秒未満では、リン酸金属塩が十分に結晶化しない。そのため、絶縁被膜20が適切に製膜できない。一方、熱処理時間が120秒超では、過剰な加熱により有機樹脂が融解する。熱処理時間が120秒超ではさらに、有機樹脂が熱分解して絶縁被膜20が発粉するおそれがある。したがって、熱処理時間は10~120秒である。熱処理時間の好ましい下限は15秒であり、より好ましくは20秒であり、さらに好ましくは25秒であり、さらに好ましくは30秒である。熱処理時間の好ましい上限は100秒であり、より好ましくは90秒であり、さらに好ましくは80秒であり、さらに好ましくは70秒であり、さらに好ましくは60秒である。
【0092】
例えば、表面処理剤中に、リン酸金属塩、有機樹脂、および、リン酸金属塩100質量部に対して5~80質量部の亜硝酸塩を含有させる。この表面処理剤を上述の焼付条件の範囲内で適宜調整して熱処理することによって、窒素含有量が0.05~5.00質量%の絶縁被膜20が形成できる。焼付工程における条件を適切に制御することによって、亜硝酸塩に含まれる窒素の揮発を抑制し、窒素含有量を上記範囲内に制御することが可能となる。
【0093】
以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板1が製造される。
【実施例
【0094】
実施例により本実施形態の無方向性電磁鋼板の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の無方向性電磁鋼板はこの一条件例に限定されない。
【0095】
板厚が0.25mmの母材鋼板(無方向性電磁鋼板)を準備した。母材鋼板は、質量%で、Si:3.1%、Al:0.6%、Mn:0.2%を含有し、残部がFeおよび不純物だった。準備した母材鋼板に対して、塗布工程を実施した。具体的には、母材鋼板の表面に、表1に示す組成の表面処理剤をゴムロール方式の塗布装置で塗布した。
【0096】
【表1】
【0097】
表1中の「リン酸金属塩(100質量部)」欄には、表面処理剤に含有されるリン酸金属塩の種類、および、リン酸金属塩中の質量比を示す。例えば、試験番号1では、リン酸金属塩はリン酸Alからなる。試験番号3では、リン酸金属塩はリン酸Alとリン酸Mgとが質量比で5:5の割合で含有されている。試験番号4では、リン酸金属塩はリン酸Alとリン酸Moとが質量比で6:4の割合で含有されている。
【0098】
表1中の「亜硝酸塩」欄の「種類」A~Eは次のとおりである。
A:亜硝酸リチウム(LiNO
B:亜硝酸ナトリウム(NaNO
C:亜硝酸カルシウム(Ca(NO
D:亜硝酸カリウム(KNO
E:亜硝酸アンモニウム(NHNO
【0099】
表1中の「亜硝酸塩」欄の「配合量」には、リン酸金属塩を100質量部としたときの亜硝酸塩の質量部を示す。「-」と記載されている表面処理剤には、亜硝酸塩が含有されなかったことを示す。
【0100】
表1中の「有機樹脂」欄の「種類」のa~cは次のとおりである。
a:エポキシ当量が5000のビスフェノールA型エポキシ樹脂をメタクリル酸、アクリル酸エチルを用いて変性してアクリル変性エポキシ樹脂とし、さらに、ジメチルエタノールアミンを反応させてエマルジョン化した、アミン系化合物含有エポキシ樹脂エマルジョン
b:フェノールノボラック型エポキシ樹脂を、エチレンプロピレンブロックコポリマー、および、ノニルフェニルエーテルエチレンオキサイドを用いて変性し、自己乳化型としたエポキシ樹脂
c:エポキシ当量が300のビスフェノールA型エポキシ樹脂を、乳化剤を用いて強制撹拌してエマルジョン化した、エポキシ樹脂エマルジョン
【0101】
表1中の「有機樹脂」欄の「配合量」には、リン酸金属塩を100質量部としたときの有機樹脂の質量部を示す。
【0102】
各番号の表面処理剤を、塗布量が0.8g/mになるように母材鋼板の表面に塗布した。表面処理剤が塗布された母材鋼板に対して、焼付処理を実施した。各試験番号の熱処理温度は300℃、露点は30℃、熱処理時間は60秒であった。以上の工程により、母材鋼板の表面に絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板を製造した。
【0103】
【表2】
【0104】
[評価試験1]
製造された無方向性電磁鋼板に対して、リン酸金属塩およびリンの含有量の測定試験、EDSによる窒素含有量の測定試験、絶縁性評価試験、耐蝕性評価試験、溶出性評価試験、GC/MS法による含有物特定試験、および、亜硝酸塩の特定試験を実施した。
【0105】
[リン酸金属塩およびリンの含有量の測定試験]
SEM-EDSにより、Pおよび金属元素の含有量を測定した。そして、PはHPOのリン酸として換算し、その含有量を算出した。また、リン酸金属塩は、M(HPO(ここで、Mは金属元素、xは金属元素の価数)として算出し、算出された金属元素とリン酸の合計をリン酸金属塩の含有量とした。
【0106】
[EDSによる窒素含有量の測定試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板の絶縁被膜中の窒素含有量を次の方法で測定した。絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板に対して、エネルギー分散型X線分析装置を用いて、絶縁被膜の各元素含有量を測定した。分析は、無方向性電磁鋼板(絶縁被膜)の任意の5か所の表面に対して行った。分析結果から、鉄(Fe)のピーク強度は除いて、残りの元素のピークの合計を100質量%として窒素含有量(質量%)を求めた。結果を表2の「歪取焼鈍前特性 [N]濃度(%)」欄に示す。
【0107】
[絶縁性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、絶縁性を評価した。JIS
C2550-4:2019に準拠して、各試験番号の無方向性電磁鋼板の層間抵抗を測定した。得られた層間抵抗値に基づいて、絶縁性を次のとおりに評価した。
【0108】
A:層間抵抗が30Ω・cm/枚以上
B:層間抵抗が10Ω・cm/枚以上30Ω・cm/枚未満
C:層間抵抗が3Ω・cm/枚以上10Ω・cm/枚未満
D:層間抵抗が3Ω・cm/枚未満
得られた絶縁性評価を表2の「歪取焼鈍前特性 絶縁性」欄に示す。評価Aおよび評価Bを合格とした。
【0109】
[耐蝕性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、耐蝕性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。JIS Z2371:2015に記載の塩水噴霧試験に準拠して、35℃の雰囲気中で5%NaCl水溶液を7時間、鋼板サンプルに自然降下させた。その後、鋼板サンプルの表面のうち、錆が発生した領域の面積率(以下、「発錆面積率」という。)を求めた。求めた発錆面積に応じて、次の10点評価により、耐蝕性を評価した。
【0110】
10:発錆面積率が0%
9:発錆面積率が0.10%以下
8:発錆面積率が0.10%超0.25%以下
7:発錆面積率が0.25%超0.50%以下
6:発錆面積率が0.50%超1.00%以下
5:発錆面積率が1.00%超2.50%以下
4:発錆面積率が2.50%超5.00%以下
3:発錆面積率が5.00%超10.00%以下
2:発錆面積率が10.00%超25.00%以下
1:発錆面積率が25.00%超50.00%以下
得られた耐蝕性を表2の「歪取焼鈍前特性 耐蝕性」欄に示す。評点が5点以上を合格とした。
【0111】
[耐溶出性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、耐溶出性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。沸騰させた純水中で鋼板サンプルを10分間煮沸した。煮沸後の純水(溶液)中に溶出したリン酸の量を測定した。具体的には、煮沸後の純水(溶液)を冷却した。溶液を純水で希釈して、ICP-AESにより、溶液中のリン酸濃度を測定した。希釈率から、リン酸の溶出量(mg/m)を求めた。結果を表2の「歪取焼鈍前特性 溶出性」欄に示す。リン酸の溶出量が140mg/m未満であれば、合格(耐溶出性に優れる)とした。
【0112】
[GC/MSによる含有物特定試験]
各試験番号の絶縁被膜中の有機樹脂を次の方法で特定した。絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板を加熱したときのガス発生挙動を、GC/MS法を用いて分析することにより、有機樹脂の有無、および、有機樹脂の種類を特定した。その結果、いずれの試験番号の絶縁被膜にも、エポキシ樹脂が含有されていることが確認された。
【0113】
[亜硝酸塩の特定試験]
各試験番号の絶縁被膜中の亜硝酸塩を次の方法で特定した。絶縁被膜の一部を採取し、乳鉢で粉砕した。粉砕された絶縁被膜が含まれる乳鉢に、蒸留水を加えて、懸濁物を得た。懸濁物にアルサニル酸を加えて、アルサニル酸と懸濁物中の亜硝酸塩とを反応させた。これにより、ジアゾニウム化合物を合成した。さらに、懸濁物にナフチルエチレンジアミンを加えて、ナフチルエチレンジアミンとジアゾニウム化合物とを反応させた。これにより、アゾ色素を合成した。アゾ色素が合成されたことを、懸濁物の着色を比色計により確認することで特定した(比色法)。以上の方法で、懸濁物中に亜硝酸塩が含有されていることを特定した。その結果、試験番号1~9の絶縁被膜には、亜硝酸塩が含有されていることが確認された。
【0114】
[評価試験2]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、密着性評価試験を実施した。
【0115】
[密着性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、密着性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。鋼板サンプルに対して歪取焼鈍を実施した。歪取焼鈍では、窒素気流中で、焼鈍温度を800℃とし、焼鈍時間を2時間とした。歪取焼鈍後の鋼板サンプルの絶縁被膜上に粘着テープを貼付した。粘着テープを貼付した鋼板サンプルを、直径10mmの金属棒に巻き付けた。その後、金属棒から鋼板サンプルを離した。つまり、鋼板サンプルに直径10mmの曲げを付与した。その後、鋼板サンプルから粘着テープを引き剥がし、母材鋼板から剥がれずに残存した絶縁被膜の割合(面積率)を測定した。得られた面積率に基づいて、密着性を次のとおり評価した。
【0116】
A:残存した絶縁被膜の面積率が100%であった。つまり、絶縁被膜が剥がれなかった
B:残存した絶縁被膜の面積率が90%以上100%未満であった
C:残存した絶縁被膜の面積率が50%以上90%未満であった
D:残存した絶縁被膜の面積率が25以上50%未満であった
E:残存した絶縁被膜の面積率が25%未満であった
得られた密着性評価を表2の「歪取焼鈍後特定 密着性」欄に示す。評価A、および、評価Bを合格とした。
【0117】
[評価結果]
評価結果を表2に示す。表2を参照して、試験番号1~7の無方向性電磁鋼板の絶縁被膜はリン酸金属塩、有機樹脂、および、亜硝酸塩を含んでいた。さらに、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%であった。その結果、試験番号1~7の絶縁被膜は、歪取焼鈍後に優れた密着性を示した。
【0118】
一方、試験番号8では、亜硝酸塩の含有量が低すぎた。そのため、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05質量%未満であった。その結果、試験番号8の絶縁被膜は、歪取焼鈍後の密着性を高められなかった。
【0119】
試験番号9の絶縁被膜は、亜硝酸塩の含有量が多すぎた。そのため、絶縁被膜中の窒素含有量が5.00質量%を超えた。その結果、試験番号9の絶縁被膜は、歪取焼鈍後の密着性を高められなかった。
【0120】
試験番号10の絶縁被膜は、亜硝酸塩を含有しなかった。その結果、試験番号10の絶縁被膜は、歪取焼鈍後の密着性を高められなかった。
【0121】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0122】
1 無方向性電磁鋼板
10 母材鋼板
20 絶縁被膜
201 リン酸金属塩
202 有機樹脂
図1
図2