(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-17
(45)【発行日】2025-09-26
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250918BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250918BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250918BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/60
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2025526713
(86)(22)【出願日】2023-12-05
(86)【国際出願番号】 JP2023043526
【審査請求日】2025-05-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】匹田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅人
(72)【発明者】
【氏名】秋月 誠
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/035848(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/213179(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/076384(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0259483(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/02
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板であって、
化学組成は、質量%で、
C:0.50~0.90%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.20~1.30%、
P:0.100%以下、
S:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Cr:0.01~1.20%、
N:0.0150%以下、
Mo:0~0.500%、
Ni:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
V:0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Ti:0~0.150%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
ミクロ組織において、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率が95%以上であり、
前記フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmであり、
前記セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]
θが2.00%未満であり、前記セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]
θが1.00%以下であり、
前記セメンタイト粒子の平均粒子径は1.50μm以下であり、
前記セメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下の前記セメンタイト粒子を球状セメンタイト粒子と定義したとき、前記セメンタイト粒子の総数に対する、前記球状セメンタイト粒子の総数の比である球状化率が85%以上である、
鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼板であって、
前記化学組成は、
Mo:0.001~0.500%、
Ni:0.001~1.000%、
B:0.0001~0.0100%、
V:0.001~0.500%、
Nb:0.001~0.500%、及び、
Ti:0.001~0.150%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼板に関し、さらに詳しくは、自動車部品に代表される機械部品の素材として利用可能な鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
C含有量が0.15%以上の鋼板は、自動車部品に代表される機械部品の素材として利用される。鋼板を素材としてこれらの機械部品を製造する方法は次のとおりである。鋼板に対して冷間加工を実施して、機械部品の形状に成形する。冷間加工後の鋼板に対して、焼入れ及び焼戻しを実施する。以上の製造工程により、高強度の機械部品を製造する。焼入れ後の機械部品で高い強度を得るために、鋼板を素材とする機械部品の製造工程中の焼入れ時には、鋼板に優れた焼入れ性が求められる。さらに、鋼板は焼入れ前には冷間加工される。そのため、鋼板には、上述の優れた焼入れ性だけでなく、優れた冷間加工性も求められる。
【0003】
機械部品の素材として利用される場合の焼入れ時での優れた焼入れ性と、優れた冷間加工性とを有する鋼板が、特許文献1及び特許文献2に提案されている。
【0004】
特許文献1に開示された鋼板は、質量%で、C:0.20~0.40%、Si:0.10%以下、Mn:0.50%以下、P:0.03%以下、S:0.010%以下、sol.Al:0.10%以下、N:0.0050%以下、B:0.0005~0.0050%を含有し、さらにSb、Sn、Bi、Ge、Te、Seのうち1種以上を合計で0.002~0.030%含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。この鋼板では、B含有量に占める固溶B量の割合が70%以上である。さらに、ミクロ組織は、フェライト及びセメンタイトからなる。さらに、フェライト粒内のセメンタイト密度が0.08個/μm2以下である。特許文献1では、フェライト粒内のセメンタイト密度を低く抑えることにより、全伸びを高めることができる、と記載されている。
【0005】
特許文献2に開示された鋼板は、質量%で、C:0.10%以上0.33%以下、Si:0.01%以上0.50%以下、Mn:0.40%以上1.25%以下、P:0.03%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.10%以下、N:0.01%以下、及び、Cr:0.50%以上1.50%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有する。ミクロ組織全体に対してフェライト及び炭化物が占める体積割合が90%以上であり、かつミクロ組織全体に対して初析フェライトが占める体積割合が20%以上80%以下である。炭化物中のMn濃度が0.10質量%以上0.50質量%以下であり、かつ、炭化物の総数に対して、粒径が1μm以上の炭化物の数が占める割合が30%以上60%以下である。特許文献2では、炭化物中のMn濃度を低減することにより、焼入れ時において炭化物が溶解しやすくなり、その結果、焼入れ性が高まる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/146173号
【文献】国際公開第2020/175665号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、機械部品のうち、バネやワッシャー等は、高い強度が要求される。強度を高めるには、素材となる鋼板の焼入れ性のさらなる向上が求められる。鋼板中のCは、鋼板の焼入れ性を高める有効な元素である。そこで、これらの機械部品用途の鋼板として、C含有量を0.50%以上に高めた鋼板が用いられる。このようなC含有量が高い鋼板においても、焼入れ性だけでなく、冷間加工性も求められる。
【0008】
本開示の目的は、優れた焼入れ性及び優れた冷間加工性を有する鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示による鋼板は、次の構成を有する。
【0010】
鋼板であって、
化学組成は、質量%で、
C:0.50~0.90%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.20~1.30%、
P:0.100%以下、
S:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Cr:0.01~1.20%、
N:0.0150%以下、
Mo:0~0.500%、
Ni:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
V:0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Ti:0~0.150%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
ミクロ組織において、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率が95%以上であり、
前記フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmであり、
前記セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、前記セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]θが1.00%以下であり、
前記セメンタイト粒子の平均粒子径は1.50μm以下であり、
前記セメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下の前記セメンタイト粒子を球状セメンタイト粒子と定義したとき、前記セメンタイト粒子の総数に対する、前記球状セメンタイト粒子の総数の比である球状化率が85%以上である、
鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本開示による鋼板は、優れた焼入れ性及び優れた冷間加工性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、優れた焼入れ性及び優れた冷間加工性を有する鋼板について、検討を行った。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0013】
まず本発明者らは、C含有量が0.50%以上の鋼板における焼入れ性及び冷間加工性の向上について、化学組成の観点から検討した。その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.50~0.90%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.20~1.30%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Al:0.100%以下、Cr:0.01~1.20%、N:0.0150%以下、Mo:0~0.500%、Ni:0~1.000%、B:0~0.0100%、V:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Ti:0~0.150%、及び、残部:Fe及び不純物からなる化学組成であれば、焼入れ性の向上と冷間加工性の向上とを両立できると考えた。そこで、本発明者らはさらに、上述の化学組成を有する鋼板に対して、ミクロ組織の観点から、焼入れ性の向上と冷間加工性の向上とを両立可能な手段について検討した。
【0014】
本発明者らはまず、鋼板のミクロ組織において、焼入れ性の向上に寄与する手段について検討を行った。上述の化学組成を有する鋼板のミクロ組織は、実質的にフェライトとセメンタイト粒子とからなる組織である。鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ時において、鋼板の焼入れ性を高めるためには、焼入れ時に鋼板中のセメンタイト粒子が固溶しやすい方が好ましい。焼入れ時のセメンタイト粒子の固溶性を高めるには、セメンタイト粒子の粒子径が小さい方が好ましい。上述の化学組成を有する鋼板の場合、セメンタイト粒子の平均粒子径を1.50μm以下にすることが有効である。
【0015】
また、本発明者らの検討の結果、セメンタイト粒子中のMn濃度は、焼入れ時のセメンタイト粒子の固溶には影響がないことが判明した。一方で、焼入れ時のセメンタイト粒子の固溶には、セメンタイト粒子中のCr濃度及びMo濃度が大きく影響することを、本発明者らは見出した。具体的には、セメンタイト粒子中のCr濃度及びMo濃度が高ければ、焼入れ時において、セメンタイト粒子が固溶しにくくなる。
【0016】
以上の知見に基づいてさらに検討を行った。その結果、本発明者らは、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、Mo濃度[Mo]θが1.00%以下であれば、焼入れ時にセメンタイト粒子が固溶しやすくなり、鋼板の焼入れ性が高められることを見出した。
【0017】
本発明者らはさらに、鋼板のミクロ組織において、冷間加工性の向上に寄与する手段についても検討を行った。鋼板の冷間加工性を高めるためには、セメンタイト粒子の球状化率を高め、かつ、フェライトの平均粒径を粗大にすることが有効である。そこで、本実施形態の鋼板では、セメンタイト粒子の球状化率を85%以上とし、フェライトの平均粒径を5.0μm以上とする。なお、フェライトの平均粒径が小さい方が、鋼板中のフェライト粒界面積が大きくなる。そのため、粒界拡散により、焼入れ時にセメンタイト粒子の溶解が速くなる。そのため、フェライトの平均粒径は20.0μm以下とする。
【0018】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鋼板は、次の構成を有する。
【0019】
[1]
鋼板であって、
化学組成は、質量%で、
C:0.50~0.90%、
Si:0.01~0.50%、
Mn:0.20~1.30%、
P:0.100%以下、
S:0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Cr:0.01~1.20%、
N:0.0150%以下、
Mo:0~0.500%、
Ni:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
V:0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Ti:0~0.150%、及び、
残部:Fe及び不純物、からなり、
ミクロ組織において、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率が95%以上であり、
前記フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmであり、
前記セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、前記セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]θが1.00%以下であり、
前記セメンタイト粒子の平均粒子径は1.50μm以下であり、
前記セメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下の前記セメンタイト粒子を球状セメンタイト粒子と定義したとき、前記セメンタイト粒子の総数に対する、前記球状セメンタイト粒子の総数の比である球状化率が85%以上である、
鋼板。
【0020】
[2]
[1]に記載の鋼板であって、
前記化学組成は、
Mo:0.001~0.500%、
Ni:0.001~1.000%、
B:0.0001~0.0100%、
V:0.001~0.500%、
Nb:0.001~0.500%、及び、
Ti:0.001~0.150%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼板。
【0021】
以下、本実施形態の鋼板について詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0022】
[本実施形態の鋼板の特徴]
本実施形態の鋼板は、次の特徴1~特徴6を満たす。
(特徴1)
化学組成が、質量%で、C:0.50~0.90%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.20~1.30%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Al:0.100%以下、Cr:0.01~1.20%、N:0.0150%以下、Mo:0~0.500%、Ni:0~1.000%、B:0~0.0100%、V:0~0.500%、Nb:0~0.500%、Ti:0~0.150%、及び、残部:Fe及び不純物からなる。
(特徴2)
ミクロ組織において、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率が95%以上である。
(特徴3)
フェライトの平均粒径が5.0~20.0μmである。
(特徴4)
セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]θが1.00%以下である。
(特徴5)
セメンタイト粒子の平均粒子径が1.50μm以下である。
(特徴6)
セメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下のセメンタイト粒子を球状セメンタイト粒子と定義したとき、セメンタイト粒子の総数に対する、球状セメンタイト粒子の総数の比である球状化率が85%以上である。
以下、特徴1~特徴6について説明する。
【0023】
[(特徴1)化学組成について]
本実施形態の鋼板の化学組成は、次の元素を含有する。
【0024】
C:0.50~0.90%
炭素(C)は、鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。C含有量が0.50%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、C含有量が0.90%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、C含有量は0.50~0.90%である。
C含有量の好ましい下限は0.52%であり、さらに好ましくは0.55%であり、さらに好ましくは0.60%である。
C含有量の好ましい上限は0.88%であり、さらに好ましくは0.85%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0025】
Si:0.01~0.50%
シリコン(Si)は、鋼板の製造工程中の製鋼段階において、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼戻しを実施した場合に、鋼板の焼戻し軟化抵抗を高める。Si含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Si含有量が0.50%を超えれば、固溶強化により鋼板の強度が過剰に高くなる。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、Si含有量は0.01~0.50%である。
Si含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Si含有量の好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.44%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0026】
Mn:0.20~1.30%
マンガン(Mn)は、鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。Mn含有量が0.20%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mn含有量が1.30%を超えれば、固溶強化により鋼板の強度が過剰に高くなる。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、Mn含有量は0.20~1.30%である。
Mn含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%である。
Mn含有量の好ましい上限は1.25%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.15%である。
【0027】
P:0.100%以下
燐(P)は不純物である。P含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の靱性が低下する。
したがって、P含有量は0.100%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
P含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0028】
S:0.100%以下
硫黄(S)は不純物である。S含有量が0.100%を超えれば、Sは硫化物を過剰に多く形成する。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、S含有量は0.100%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
S含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0029】
Al:0.100%以下
アルミニウム(Al)は不純物である。Alは、Nと結合してAlNを形成する。AlNは、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒を微細化する。オーステナイト粒の微細化は、鋼板の焼入れ性を低下させる。そのため、Al含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒が過剰に微細化する。その結果、鋼板の焼入れ性が顕著に低下する。
したがって、Al含有量は0.100%以下である。
Al含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Al含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、Al含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.050%である。
本実施形態の鋼板の化学組成において、Al含有量は、酸可溶Al(sol.Al)含有量を意味する。
【0030】
Cr:0.01~1.20%
クロム(Cr)は、鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。Cr含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Cr含有量が1.20%を超えれば、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが過剰に高まる。そのため、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解しない。この場合、鋼板の焼入れ性がかえって低下する。その結果、鋼板を素材として製造された機械部品において、十分な強度が得られない。
したがって、Cr含有量は0.01~1.20%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.13%であり、さらに好ましくは0.18%である。
Cr含有量の好ましい上限は1.15%であり、さらに好ましくは1.10%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0031】
N:0.0150%以下
窒素(N)は不純物である。Nは、Alと結合してAlNを形成する。AlNは、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒を微細化する。オーステナイト粒の微細化は、鋼板の焼入れ性を低下させる。そのため、N含有量が0.0150%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒が過剰に微細化する。その結果、鋼板の焼入れ性が顕著に低下する。
したがって、N含有量は0.0150%以下である。
N含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、N含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、N含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
N含有量の好ましい上限は0.0140%であり、さらに好ましくは0.0130%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
【0032】
本実施形態による鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0033】
上記不純物として、次の含有量の元素が含まれてもよい。
Cu:0~0.15%、W:0~0.15%、Ta:0~0.15%、Sn:0~0.050%、Sb:0~0.050%、Co:0~0.050%、As:0~0.050%、Mg:0~0.050%、Y:0~0.050%、Zr:0~0.050%、La:0~0.050%、Ce:0~0.050%、Ca:0~0.050%。
【0034】
[任意元素(Optional Elements)]
本実施形態の鋼板の化学組成はさらに、
Mo:0~0.500%、
Ni:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
V:0~0.500%、
Nb:0~0.500%、及び、
Ti:0~0.150%、
からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。
以下、これらの任意元素について説明する。
【0035】
[第1群:Mo、Ni及びBについて]
本実施形態による鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Mo、Ni及びBからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Mo、Ni及びBは、鋼板の焼入れ性を高める。
【0036】
Mo:0~0.500%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。
Moが含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。Moはさらに、鋼板を素材として機械部品を製造する工程で焼戻しを実施した場合に、鋼板の焼戻し軟化抵抗を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Mo含有量が0.500%を超えれば、セメンタイト粒子中のMo濃度[Mo]θが過剰に高まる。そのため、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解しない。この場合、鋼板の焼入れ性がかえって低下する。その結果、鋼板を素材として製造された機械部品において、十分な強度が得られない。
したがって、Mo含有量は0~0.500%である。
Mo含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Mo含有量の好ましい上限は0.450%であり、さらに好ましくは0.400%であり、さらに好ましくは0.350%であり、さらに好ましくは0.300%である。
【0037】
Ni:0~1.000%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。
Niが含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。Niはさらに、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼戻しを実施した場合に、鋼板の焼戻し軟化抵抗を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ni含有量が1.000%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の強度が過剰に高くなる。そのため、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、Ni含有量は0~1.000%である。
Ni含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.950%であり、さらに好ましくは0.900%であり、さらに好ましくは0.800%であり、さらに好ましくは0.700%であり、さらに好ましくは0.600%である。
【0038】
B:0~0.0100%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。
Bが含有される場合、つまり、B含有量が0%超である場合、Bは鋼板の焼入れ性を高める。その結果、鋼板を素材として機械部品を製造する工程において焼入れを実施することにより、機械部品の強度が高まる。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、B含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、B化合物が生成する。この場合、焼入れ性向上効果が十分に得られない。さらに、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、B含有量は0~0.0100%である。
B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
B含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0039】
[第2群:V、Nb及びTiについて]
本実施形態による鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、V、Nb及びTiからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、V、Nb及びTiは炭化物を形成する。これらの炭化物は、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。そのため、機械部品の靭性が向上する。
【0040】
V:0~0.500%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。
Vが含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、Vは炭化物を形成し、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。そのため、機械部品の靭性が向上する。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、V含有量が0.500%を超えれば、Vは、炭化物を過剰に形成して、鋼板を析出強化する。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、V含有量は0~0.500%である。
V含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
V含有量の好ましい上限は0.480%であり、さらに好ましくは0.450%であり、さらに好ましくは0.400%である。
【0041】
Nb:0~0.500%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。
Nbが含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超である場合、Nbは炭化物を形成し、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。そのため、機械部品の靭性が向上する。また、NbはNと結合して、固溶Bが窒化物を形成するのを抑制する。これにより、固溶Bによる鋼板の焼入れ性が高まる。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Nb含有量が0.500%を超えれば、Nbは、炭化物を過剰に形成して、鋼板を析出強化する。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、Nb含有量は0~0.500%である。
Nb含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.480%であり、さらに好ましくは0.450%であり、さらに好ましくは0.400%であり、さらに好ましくは0.350%であり、さらに好ましくは0.300%である。
【0042】
Ti:0~0.150%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。
Tiが含有される場合、つまり、Ti含有量が0%超である場合、Tiは炭化物を形成し、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。そのため、機械部品の靭性が向上する。また、TiはNと結合して、固溶Bが窒化物を形成するのを抑制する。これにより、固溶Bによる鋼板の焼入れ性が高まる。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ti含有量が0.150%を超えれば、Tiは、炭化物を過剰に形成して、鋼板を析出強化する。そのため、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼板の冷間加工性が低下する。
したがって、Ti含有量は0~0.150%である。
Ti含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.145%であり、さらに好ましくは0.130%であり、さらに好ましくは0.120%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0043】
[(特徴2)ミクロ組織について]
本実施形態の鋼板のミクロ組織において、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率は95%以上である。つまり、本実施形態の鋼板のミクロ組織は、実質的にフェライト及びセメンタイト粒子からなる。
【0044】
ミクロ組織において、フェライト及びセメンタイト粒子以外の組織は例えば、セメンタイト粒子以外の他の析出物、介在物、ベイナイト、マルテンサイト、及び、パーライトからなる群から選択される1種以上である。
【0045】
好ましくは、ミクロ組織におけるフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率は96%以上であり、さらに好ましくは97%以上であり、さらに好ましくは98%以上であり、さらに好ましくは99%以上である。ミクロ組織は、フェライト及びセメンタイト粒子からなる組織であってもよい。
【0046】
フェライト及びセメンタイト粒子の総面積率が95%以上であれば、特徴1、特徴3~特徴6を満たすことを前提として、十分な焼入れ性と、十分な冷間加工性とが得られる。
【0047】
[ミクロ組織中のフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率の測定方法]
ミクロ組織中のフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率は、次の方法で測定できる。
鋼板の板幅中央部から、鋼板の圧延方向(L方向)に15mm×板幅方向に10mm×板厚の試験片を採取する。ここで、圧延方向は、鋼板の表面に形成されるロール目を観察することにより特定できる。ロール目とは、圧延を実施する場合に圧延ロールの方向に沿って鋼板の表面に形成される細い筋目である。この場合、ロール目が延びた方向を圧延方向と特定する。
【0048】
試験片の表面のうち、圧延方向に平行な断面(圧延方向に15mm×板厚の表面)を観察面と定義する。試験片の観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨された観察面に対して、3%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)を用いてエッチングを行う。エッチングされた観察面のうち、任意の5箇所の観察視野を1000倍の走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で二次電子像を観察する。各観察視野は100μm×120μmの矩形とする。
【0049】
観察視野において、フェライト及びセメンタイト粒子は、他の組織(ベイナイト、マルテンサイト、パーライト、セメンタイト粒子以外の他の析出物、及び、介在物等)とは異なるコントラスト及び異なる形態を示す。具体的には、ナイタール腐食液で観察面を腐食した場合、粒状の明度が高い領域をセメンタイト粒子と特定できる。ラメラ組織の領域をパーライトと特定できる。パーライトよりも明度が低い領域であって、サブ組織が確認されない領域を、フェライトと特定できる。フェライトよりも明度が高く、かつ、パーライトよりも明度が低い領域であって、サブ組織が観察される領域をベイナイト及びマルテンサイトと特定できる。したがって、コントラスト及び形態に基づいて、観察視野内でのフェライトとセメンタイト粒子とを特定する。
【0050】
5箇所の観察視野でのフェライトの総面積及びセメンタイト粒子の総面積と、5箇所の観察視野の総面積とに基づいて、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率(%)を求める。
【0051】
[(特徴3)フェライトの平均粒径について]
本実施形態の鋼板ではさらに、フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmである。
フェライトの平均粒径が5.0μm未満であれば、鋼板の冷間加工性が低下する。一方、フェライトの平均粒径が20.0μmを超えれば、粒界面積が少なくなり、粒界拡散によるセメンタイト粒子の溶解促進効果が得られなくなる。この場合、鋼板を素材として機械部品を製造する場合の焼入れ工程において、十分な焼入れ性が得られない。そのため、鋼板を素材として製造された機械部品の強度が低下する。
したがって、フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmである。
【0052】
フェライトの平均粒径の好ましい下限は5.2μmであり、さらに好ましくは5.5μmであり、さらに好ましくは5.7μmであり、さらに好ましくは6.0μmであり、さらに好ましくは6.5μmである。
フェライトの平均粒径の好ましい上限は19.5μmであり、さらに好ましくは19.0μmであり、さらに好ましくは18.5μmであり、さらに好ましくは18.0μmである。
【0053】
[フェライトの平均粒径の測定方法]
フェライトの平均粒径は、次の方法で測定できる。
鋼板の板幅中央部から、鋼板の圧延方向に15mm×板幅方向に10mm×板厚の試験片を採取する。試験片の表面のうち、圧延方向に平行な断面(圧延方向に15mm×板厚の表面)を観察面と定義する。試験片の観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨された観察面に対して、5%ナイタール腐食液を用いてエッチングを行う。エッチングされた観察面において、次の方法でフェライトの平均粒径を求める。JIS G 0551:2020に準拠して、切断法によりフェライトの結晶粒度番号を求める。このとき、1本の線分で切断されるフェライト結晶粒の数が、1視野で少なくとも10個以上になるように、光学顕微鏡の倍率を選定する。倍率を選定後、5視野について、切断長さを求める。5視野の切断長さの算術平均値から、フェライトの結晶粒度番号を求める。得られた結晶粒度番号から、フェライトの平均粒径(μm)を求める。
【0054】
[(特徴4)セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θについて]
本実施形態の鋼板では、セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]θが1.00%以下である。
【0055】
鋼板のセメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θが高い場合、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解しない。この場合、鋼板の焼入れ性が低下する。その結果、鋼板を素材として製造された機械部品において、十分な強度が得られない。
【0056】
鋼板のセメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、セメンタイト粒子中のMo濃度[Mo]θが1.00%以下である場合、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θが十分に低い。そのため、上述の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解し、鋼板の焼入れ性が高まる。
【0057】
セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θの好ましい上限は1.90%であり、さらに好ましくは1.80%であり、さらに好ましくは1.70%である。
セメンタイト粒子中のMo濃度[Mo]θの好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%である。
【0058】
セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θの下限は特に限定されない。Cr濃度[Cr]θの最も好ましい下限は0%であるが、0.01%以上、又は、0.10%以上残存する場合もあり得る。
セメンタイト粒子中のMo濃度[Mo]θの下限は特に限定されない。Mo濃度[Mo]θの最も好ましい下限は0%であるが、0.01%以上、又は、0.03%以上残存する場合もあり得る。
【0059】
[セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θの測定方法]
セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θは、次の方法で測定できる。
鋼板の板幅中央部から、試験片を採取する。試験片のサイズは10mm×10mm×板厚とする。
【0060】
試験片に対して、10%AA系溶液(10体積%のアセチルアセトンと、1質量%の塩化テトラメチルアンモニウムを含有するメタノール溶液とを含有する溶液)を用いて、定電流電解を実施する。
【0061】
具体的には、上述の10%AA系溶液を準備する。そして、10%AA系溶液を用いて、常温にて、電流密度を20mA/cm2に保持して、試験片を定電流電解する。定電流電解後、10%AA系溶液から試験片を取り出す。取り出された試験片をアルコール溶液に浸漬する。アルコール溶液に浸漬した試験片に対して、超音波洗浄を実施する。
【0062】
定電流電解に用いた10%AA系溶液、及び、その後の超音波洗浄に用いたアルコール溶液を、メッシュサイズ0.2μmのフィルターで吸引ろ過して残渣を抽出する。
【0063】
抽出された残渣に対して化学元素分析を実施する。具体的には、残渣を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-OES)を用いた化学元素分析を実施して、残渣中のCr質量と、残渣中のMo質量とを得る。得られた残渣中のCr質量と、残渣中のMo質量と、残渣の総質量とに基づいて、残渣中のCr濃度(質量%)及び残渣中のMo濃度(質量%)を求める。
【0064】
得られた残渣は実質的にセメンタイト粒子からなる。つまり、残渣中のセメンタイト粒子以外の粒子(介在物及びセメンタイト粒子以外の他の析出物)は無視できるほど少ない。そのため、残渣中のCr濃度及びMo濃度を、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θとみなす。
【0065】
[(特徴5)セメンタイト粒子の平均粒子径]
本実施形態の鋼板において、セメンタイト粒子の平均粒子径は1.50μm以下である。
上述のとおり、セメンタイト粒子が大きければ、鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解しない。この場合、鋼板の焼入れ性が低下する。その結果、鋼板を素材として製造された機械部品において、十分な強度が得られない。
【0066】
セメンタイト粒子の平均粒子径が1.50μm以下であれば、セメンタイト粒子が十分に小さい。そのため、上述の焼入れ工程での加熱時において、セメンタイト粒子が十分に溶解し、鋼板の焼入れ性が高まる。
【0067】
セメンタイト粒子の平均粒子径の好ましい上限は1.45μmであり、さらに好ましくは1.40μmであり、さらに好ましくは1.35μmであり、さらに好ましくは1.30μmである。
焼入れ性の向上には、セメンタイト粒子の平均粒子径は小さい方が好ましい。しかしながら、セメンタイト粒子の平均粒子径が小さすぎれば、鋼板の硬さが高くなりすぎる。この場合、鋼板の冷間加工性が低下する。したがって、セメンタイト粒子の平均粒子径の好ましい下限は0.05μmであり、さらに好ましくは0.10μmであり、さらに好ましくは0.15μmであり、さらに好ましくは0.20μmである。
【0068】
[セメンタイト粒子の平均粒子径の測定方法]
セメンタイト粒子の平均粒子径は、次の方法で求めることができる。
鋼板の板幅中央部から、鋼板の圧延方向に15mm×板幅方向に10mm×板厚の試験片を採取する。試験片の表面のうち、圧延方向に平行な断面(圧延方向に15mm×板厚の表面)を観察面と定義する。
【0069】
観察面に対して、ピクラール液を用いてエッチングを行う。エッチングされた観察面のうち、表面から板厚/4深さ位置の任意の5箇所の観察視野で、二次電子像を撮影する。具体的には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて5箇所の観察視野を2000倍の倍率で観察し、上述の二次電子像を撮影する。各観察視野は50μm×60μmの矩形とする。
【0070】
各二次電子像において、コントラストに基づいて、セメンタイト粒子を特定する。特定された各セメンタイト粒子の面積を求め、面積に基づいて、各セメンタイト粒子の円相当径を求める。求めた円相当径を、当該セメンタイト粒子の粒子径とする。なお、粒子径は、周知の画像処理ソフトウェアを用いて求める。5箇所の観察視野で得られたセメンタイト粒子の粒子径の算術平均値を、セメンタイト粒子の平均粒子径(μm)とする。
【0071】
[(特徴6)球状化率について]
本実施形態の鋼板において、複数のセメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下のセメンタイト粒子を球状セメンタイト粒子と定義する。複数のセメンタイト粒子の総数に対する、球状セメンタイト粒子の総数の比である球状化率は85%以上である。
【0072】
球状化率が85%以上であれば、特徴1~特徴5を満たすことを前提として、鋼板において、顕著に優れた冷間加工性が得られる。したがって、本実施形態の鋼板では、球状化率は85%以上である。
球状化率は高い方が好ましい。球状化率の好ましい下限は87%であり、さらに好ましくは89%であり、さらに好ましくは91%であり、さらに好ましくは95%である。
【0073】
[球状化率の測定方法]
球状化率は次の方法で測定できる。
上述の[セメンタイト粒子の平均粒子径の測定方法]により5箇所の観察視野で特定された複数のセメンタイト粒子の各々に対して、アスペクト比を求める。具体的には、セメンタイト粒子の輪郭線を2本の平行な線分で挟んだ場合に得られる最大の間隔を長径と定義する。さらに、長径と平行な2本の線分で、当該セメンタイト粒子の輪郭線を挟んだときの2本の線分の間隔(つまり、長径と垂直な方向の幅)を、短径と定義する。
【0074】
得られた長径及び短径に基づいて、各セメンタイト粒子のアスペクト比(=長径/短径)を求める。5箇所の観察視野中の全てのセメンタイト粒子のうち、アスペクト比が3.0以下のセメンタイト粒子を、「球状セメンタイト粒子」として特定する。複数のセメンタイト粒子の総数に対する、球状セメンタイト粒子の総数の比を、球状化率(%)と定義する。
【0075】
[本実施形態の鋼板の効果]
以上の特徴1~特徴6を満たす本実施形態の鋼板は、当該鋼板を素材として機械部品を製造する工程中の焼入れ時において、十分な焼入れ性が得られる。さらに、本実施形態の鋼板では、十分な冷間加工性が得られる。
【0076】
[焼入れ性について]
本実施形態の鋼板において、十分な焼入れ性が得られるとは、次の評価を意味する。
【0077】
[焼入れ性評価方法]
(Ac1変態点測定)
本実施形態の鋼板の板幅中央部から、試験片を採取する。フォーマスター試験機を用いて、加熱時の熱膨張係数を測定する。得られた熱膨張係数から、Ac1変態点を求める。
【0078】
(最高焼入れ硬さ測定)
鋼板の板幅中央部から、板状試験片を採取する。板状試験片の形状は、鋼板の圧延方向(L方向)に15mm×板幅方向(W方向)に30mm×板厚とする。
ソルトバスを用いて板状試験片を1000℃で20分加熱する。その後、ソルトバスから取り出した板状試験片を水槽内の水に浸漬して焼入れする。焼入れ後の板状試験片をW方向に2等分となるように切断する。切断面を鏡面研磨する。研磨後の切断面の板厚方向(T方向)中央部の任意の3箇所で、JIS Z2244:2009に準拠したビッカース硬さ試験を実施する。このとき、試験力を98Nとする。得られたビッカース硬さの算術平均値を、最高焼入れ硬さHD0(HV)と定義する。
【0079】
(焼入れ性評価)
鋼板の板幅中央部から、板状試験片を採取する。板状試験片の形状は、鋼板の圧延方向(L方向)に15mm×板幅方向(W方向)に30mm×板厚とする。
Ac1変態点+80℃のソルトバス内に板状試験片を10分間浸漬する。その後、ソルトバスから取り出した板状試験片を水槽内の水に浸漬して焼入れする。焼入れ後の板状試験片をW方向に2等分となるように切断する。切断面を鏡面研磨する。研磨後の切断面の板厚方向(T方向)中央部の任意の3箇所で、JIS Z2244:2009に準拠したビッカース硬さ試験を実施する。このとき、試験力を98Nとする。得られたビッカース硬さの算術平均値を、焼入れ硬さHD1(HV)と定義する。
得られた焼入れ硬さHD1が、最高焼入れ硬さHD0の95%以上である場合、当該鋼板において、十分な焼入れ性が得られると判断する。
【0080】
[冷間加工性について]
本実施形態の鋼板において、冷間加工性は例えば、次の方法で評価できる。
【0081】
[冷間加工性評価方法]
鋼板の板幅中央部から、JIS Z2241:2011に規定されたJIS5号板状試験片を採取する。板状試験片の平行部の長手方向中央部に、Vノッチの深さ方向が平行部の幅方向に平行になるようにVノッチを形成する。Vノッチの開き角を45°、Vノッチの深さを2mmとする。標点間距離はVノッチを含む10mmとする。板状試験片の長手方向は、鋼板の圧延方向(L方向)とする。
【0082】
板状試験片を用いて、常温、大気中において破断伸び試験を実施する。破断後の突合せ伸びを測定し、得られた突合せ伸び(%)を、切欠き伸び(%)と定義する。本実施形態の鋼板は、特徴1~特徴6のいずれかを満たさない鋼板と比較して、切り欠き伸びが大きくなる。例えば、上記板状試験片の板厚が2mmである場合、本実施形態の鋼板では、切欠き伸びが5.0%以上となり、かつ、-33×当該鋼板のC含有量(%)+32.5%以上となる。
【0083】
[鋼板の用途]
本実施形態の鋼板は、自動車部品に代表される機械部品の素材に適する。機械部品は例えば、自動車のバネ、ワッシャー等である。なお、本実施形態の鋼板は、優れた焼入れ性及び優れた冷間加工性が求められる機械部品以外の他の用途に用いてもよい。
【0084】
[鋼板の製造方法]
本実施形態の鋼板の製造方法の一例を説明する。以降に説明する鋼板の製造方法は、本実施形態の鋼板を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する鋼板は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態の鋼板の製造方法の好ましい一例である。
【0085】
本実施形態の鋼板の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)素材準備工程
(工程2)熱間圧延工程
(工程3)冷間圧延工程
(工程4)冷延板焼鈍工程
なお、本実施形態では、熱間圧延工程後であって、冷間圧延工程前に、焼鈍工程を実施しない。
【0086】
上記工程1~工程4での主な製造条件は、次のとおりである。
(条件1)工程2での巻取温度CT :400~600℃
(条件2)工程3での冷延率CR :35超~60%
(条件3)工程4での焼鈍温度T1 :550~720℃
(条件4)工程4での保持時間t1 :25超~80時間
【0087】
以下、各工程について説明する。
【0088】
[(工程1)素材準備工程]
素材準備工程では、特徴1を満たす素材を準備する。素材は例えば、次の方法により製造される。化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である溶鋼を製造する。上記溶鋼を用いて、鋳造法により素材(スラブ又はインゴット)を製造する。例えば、上記溶鋼を用いて周知の連続鋳造法によりスラブを製造する。又は、上記溶鋼を用いて周知の造塊法によりインゴットを製造する。
【0089】
[(工程2)熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、準備された素材(スラブ又はインゴット)に対して熱間圧延を実施して、熱延鋼板を製造する。熱間圧延工程は、素材を粗圧延して粗バー(中間鋼板)を製造する粗圧延工程と、粗バーを仕上げ圧延して熱延鋼板を製造する仕上げ圧延工程とを含む。
【0090】
粗圧延工程では、素材(スラブ又はインゴット)を加熱炉で加熱する。加熱された素材を、粗圧延機を用いて圧延し、粗バーを製造する。粗圧延工程での素材の加熱温度は、例えば、1100~1300℃である。加熱炉での素材の在炉時間は30分以上であり、好ましくは、60分以上である。在炉時間の上限は特に限定されないが、例えば300分である。
【0091】
仕上げ圧延工程では、仕上げ圧延機を用いて、粗バーをさらに圧延(仕上げ圧延)し、熱延鋼板を製造する。仕上げ圧延機は、一列に配列された複数のスタンドを含む。各スタンドは、一対のワークロールを備える。仕上げ圧延機の複数のスタンドのうち、最後に鋼板を圧下するスタンドの出側での鋼板の表面温度を、仕上げ圧延温度(℃)と定義する。本実施形態では、仕上げ圧延温度は830~950℃である。また、仕上げ圧延機内の一列に配列された複数のスタンドのうち、最後尾で鋼板に圧下を加えたスタンドでの圧下率を、最終パスの圧下率(%)と定義する。本実施形態では、最終パスの圧下率は5~30%である。仕上げ圧延後の熱延鋼板を巻き取り、コイル状にする。巻取温度CTについては後述する。コイル状にした熱延鋼板を常温まで冷却する。
【0092】
[(工程3)冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、熱間圧延工程後の熱延鋼板に対して、冷間圧延を実施する。冷間圧延は、冷間圧延機を用いて実施する。冷間圧延機は、例えば、1台の圧延スタンドからなるリバース式の圧延機であって、当該圧延スタンドは、一対のワークロールを含む。
【0093】
冷間圧延工程では、上述のリバース式の圧延機を用いて冷間圧延を実施して、冷延鋼板を製造する。冷間圧延工程での冷延率CRについては後述する。
【0094】
本実施形態では、熱間圧延工程後の熱延鋼板に対して、焼鈍処理を実施することなく、冷間圧延工程を実施する。つまり、熱間圧延工程後であって冷間圧延工程前に、熱延板焼鈍工程を実施しない。本製造方法では、熱間圧延工程及び冷間圧延工程で鋼板中に歪を蓄積して、冷間圧延工程後に焼鈍工程を実施する。これにより、適切なサイズのフェライト粒径と、適切なサイズのセメンタイト粒子と、セメンタイト粒子中の適切な濃度のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θとが得られる。
【0095】
[(工程4)冷延板焼鈍工程]
冷延板焼鈍工程では、冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、焼鈍処理を実施する。焼鈍工程では、焼鈍温度T1及び焼鈍温度T1での保持時間t1を調整して、フェライトの再結晶及びセメンタイト粒子の析出度合いを調整する。
【0096】
[条件1~条件4について]
上述の工程1~工程4において、次の条件1~条件4を満たす。
(条件1)工程2での巻取温度CT :400~600℃
(条件2)工程3での冷延率CR :35超~60%
(条件3)工程4での焼鈍温度T1 :550~720℃
(条件4)工程4での保持時間t1 :25超~80時間
以下、各条件について説明する。
【0097】
[(条件1)巻取温度CTについて]
熱間圧延工程において、巻取温度CTは、セメンタイト粒子の球状化率及びセメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ、Mo濃度[Mo]θに影響する。巻取温度CTが600℃以下であれば、熱延鋼板に生成するセメンタイト粒子が十分に均一に分布する。さらに、熱延鋼板で付与された歪が適切に維持される。この場合、冷間圧延工程後に焼鈍工程を施すことによりセメンタイト粒子の球状化率が高まる。さらに、生成したセメンタイト粒子中のCr及びMoの濃化を抑制でき、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%未満となり、Mo濃度[Mo]θが1.00%以下となる。したがって、巻取温度CTは600℃以下にするのが好ましい。
【0098】
一方、巻取温度CTの下限は特に限定されない。しかしながら、設備制約上、巻取温度CTの好ましい下限は400℃である。
【0099】
巻取温度CTが400~600℃であれば、他の条件を満たすことを前提として、特徴1~特徴6を満たす鋼板を製造できる。
【0100】
[(条件2)冷延率CRについて]
冷間圧延工程において、冷延率CRは次の式で定義される。
冷延率CR(%)=(1-(冷間圧延工程後の冷延鋼板の板厚/冷間圧延工程前の熱延鋼板の板厚))×100
【0101】
冷延率CRが35%超であれば、鋼板に十分な歪が導入される。この場合、次工程の焼鈍工程において、セメンタイト粒子の球状化が促進され、球状化率が85%以上となる。一方、冷延率CRが60%を超えれば、鋼板に導入される歪が過剰になる。この場合、フェライトが過剰に微細化され、フェライトの平均粒径が5.0μm未満になる。冷延率CRが60%を超えればさらに、パーライトのラメラ組織が分断される。この場合、セメンタイト粒子の球状化が促進される。その結果、セメンタイト粒子にCr及びMoが濃化してしまい、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%以上となったり、Mo濃度[Mo]θが1.00%を超えたりする。
【0102】
冷延率CRが35超~60%であれば、他の条件を満たすことを前提として、特徴1~特徴6を満たす鋼板を製造できる。
【0103】
[(条件3)焼鈍温度T1について]
冷延板焼鈍工程において、焼鈍温度T1は、鋼板のセメンタイト粒子の球状化率を調整する。焼鈍温度T1が550℃未満であれば、セメンタイトの球状化が不十分となり、セメンタイト粒子の球状化率が85%未満となる。
【0104】
一方、焼鈍温度T1が720℃を超えれば、焼鈍温度が高すぎる。この場合、セメンタイト粒子の球状化が不十分となり、セメンタイト粒子の球状化率が85%未満となる。さらに、ミクロ組織中のフェライトとセメンタイト粒子との総面積率が95%未満となる。
【0105】
焼鈍温度T1が550~720℃であれば、他の条件を満たすことを前提として、特徴1~特徴6を満たす鋼板を製造できる。
【0106】
[(条件4)焼鈍温度T1での保持時間t1について]
冷延板焼鈍工程において、焼鈍温度T1での保持時間t1は、鋼板のフェライトのサイズ、セメンタイト粒子のサイズ、及び、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θに影響する。具体的には、保持時間t1が25時間以下であれば、セメンタイト粒子が十分に球状化しない。
【0107】
一方、保持時間t1が80時間を超えれば、保持時間が長すぎるため、フェライト及びセメンタイト粒子が粗大化する。その結果、フェライトの平均粒径が20.0μmを超え、セメンタイト粒子の平均粒子径が1.50μmを超える。さらに、セメンタイト粒子にCr及びMoが濃化してしまい、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%以上となったり、Mo濃度[Mo]θが1.00%を超えたりする。
【0108】
保持時間t1が25超~80時間であれば、他の条件を満たすことを前提として、特徴1~特徴6を満たす鋼板を製造できる。
【0109】
以上の製造工程により、特徴1~特徴6を満たす鋼板を製造できる。
【0110】
以下、実施例により本実施形態の鋼板の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の鋼板の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の鋼板はこの一条件例に限定されない。
【実施例1】
【0111】
表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する鋼板を製造した。
【0112】
【0113】
【0114】
具体的には、溶鋼を連続鋳造してスラブを製造した。スラブに対して熱間圧延工程を実施した。具体的には、スラブを1100~1250℃で240分加熱した。加熱後のスラブを粗圧延機で圧延して粗バーを製造した。さらに、仕上げ圧延機を用いて粗バーを圧延し、熱延鋼板を製造した。各試験番号の仕上げ圧延温度は830~950℃であった。最終パスの圧下率は5~30%であった。仕上げ圧延後の熱延鋼板を巻き取り、コイル状にした。コイル状にした熱延鋼板を常温まで放冷した。各試験番号の熱間圧延工程での巻取温度CTは表2に示すとおりであった。
【0115】
【0116】
試験番号1~48については、熱間圧延工程後の熱延鋼板に対して、熱延板焼鈍工程を実施せずに、冷間圧延工程を実施した。冷間圧延工程での冷延率CRは表2に示すとおりであった。冷間圧延後の冷延鋼板に対して、冷延板焼鈍工程を実施した。焼鈍温度T1及び保持時間t1は、表2に示すとおりであった。冷延板焼鈍工程では、保持時間t1経過後、鋼板を炉冷した。試験番号49については、熱間圧延工程後であって、冷間圧延工程前に熱延板焼鈍工程を実施した。焼鈍温度及び焼鈍温度での保持時間は表2に示すとおりであった。以上の製造工程により、鋼板を製造した。
【0117】
[評価試験]
製造された各試験番号の鋼板に対して、以下の試験を実施した。
(試験1)フェライト及びセメンタイト粒子の総面積率測定試験
(試験2)フェライト平均粒径測定試験
(試験3)セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θの測定試験
(試験4)セメンタイト粒子の平均粒子径測定試験
(試験5)セメンタイト粒子の球状化率の測定試験
(試験6)焼入れ性評価試験
(試験7)冷間加工性評価試験
以下、試験1~試験7について説明する。
【0118】
[(試験1)フェライト及びセメンタイト粒子の総面積率測定試験]
上述の[ミクロ組織中のフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率を求めた。その結果、表3に示すとおり、試験番号46以外の他の試験番号のフェライト及びセメンタイト粒子の総面積率はいずれも95%以上であった。
【0119】
【0120】
[(試験2)フェライト平均粒径測定試験]
上述の[フェライトの平均粒径の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板のフェライトの平均粒径を求めた。求めた結果を表3に示す。
【0121】
[(試験3)セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θの測定試験]
上述の[セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板のセメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θを求めた。得られたCr濃度[Cr]θ及びMo濃度[Mo]θを表3に示す。
【0122】
[(試験4)セメンタイト粒子の平均粒子径測定試験]
上述の[セメンタイト粒子の平均粒子径の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板のセメンタイト粒子の平均粒子径を求めた。得られたセメンタイト粒子の平均粒子径を表3に示す。
【0123】
[(試験5)セメンタイト粒子の球状化率の測定試験]
上述の[球状化率の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板のセメンタイト粒子の球状化率を求めた。得られた球状化率を表3に示す。
【0124】
[(試験6)焼入れ性評価試験]
上述の[焼入れ性評価方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板の、焼入れ時における焼入れ性を評価した。表3中の「焼入れ硬さ下限」は最高焼入れ硬さHD0×0.95の値を示す。焼入れ硬さHD1が、焼入れ硬さ下限以上であれば、十分な焼入れ性が得られたと判断した(表3中の「焼入れ性判定」で「E(Excellent)」で表示)。一方、焼入れ硬さHD1が、焼入れ硬さ下限未満であれば、十分な焼入れ性が得られなかったと判断した(表3中の「焼入れ性判定」で「NA(Not Allowed)」で表示)。さらに、焼入れ硬さHD1が600HV未満である場合、十分な部品強度を満たさないと判断した。
【0125】
[(試験7)冷間加工性評価試験]
上述の[冷間加工性評価方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼板の冷間加工性を評価した。板状試験片の厚さは2mmであった。得られた切欠き伸びを表3に示す。得られた切欠き伸びが5.0%以上であり、かつ、切欠き伸び目標(-33×当該鋼板のC含有量(%)+32.5%)以上である場合、鋼板において十分な冷間加工性が得られたと判断した(表3中の「冷間加工性判定」で「E(Excellent)」で表示)。一方、得られた切欠き伸びが5.0%未満であり、又は、切欠き伸び目標(-33×当該鋼板のC含有量(%)+32.5%)未満である場合、鋼板において十分な冷間加工性が得られなかったと判断した(表3中の「冷間加工性判定」で「NA(Not Allowed)」で表示)。
【0126】
[評価結果]
表1-1、表1-2、表2及び表3を参照して、試験番号1~35では、化学組成が適切であり、かつ、製造条件の条件1~条件4を満たした。そのため、これらの試験番号の鋼板は、特徴1~特徴6を満たした。その結果、十分な焼入れ性が得られ、かつ、十分な冷間加工性が得られた。
【0127】
一方、試験番号36では、C含有量が高すぎた。そのため、切欠き伸びが5.0%未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0128】
試験番号37では、Si含有量が高すぎた。そのため、切欠き伸びが切欠き伸び目標未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0129】
試験番号38では、Mn含有量が低すぎた。そのため、焼入れ硬さHD1が600HV未満であり、十分な部品強度を満たせないと判断した。さらに、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0130】
試験番号39では、Mn含有量が高すぎた。そのため、切欠き伸びが切欠き伸び目標未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0131】
試験番号40では、Cr含有量が高すぎた。そのため、セメンタイト粒子中の質量%でのCr濃度[Cr]θが2.00%以上であった。そのため、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0132】
試験番号41では、Mo含有量が高すぎた。そのため、セメンタイト粒子中の質量%でのMo濃度[Mo]θが1.00%を超えた。そのため、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0133】
試験番号42では、化学組成は適切であったものの、巻取温度CTが高過ぎた。そのため、セメンタイト粒子の球状化率が低すぎた。その結果、十分な冷間加工性が得られなかった。さらに、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%以上であった。その結果、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0134】
試験番号43では、化学組成は適切であったものの、冷延率CRが低すぎた。そのため、セメンタイト粒子の球状化率が低すぎた。その結果、切欠き伸びが5.0%未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0135】
試験番号44では、化学組成は適切であったものの、冷延率CRが高すぎた。そのため、フェライトの平均粒径が5.0μm未満であった。その結果、十分な冷間加工性が得られなかった。さらに、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが高すぎた。その結果、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0136】
試験番号45では、化学組成は適切であったものの、冷延板焼鈍工程での焼鈍温度T1が低すぎた。そのため、さらに、セメンタイト粒子の球状化率が85%未満と低かった。その結果、切欠き伸びが5.0%未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0137】
試験番号46では、化学組成は適切であったものの、冷延板焼鈍工程での焼鈍温度T1が高すぎた。そのため、パーライトが析出し、フェライト及びセメンタイト粒子の総面積率が95%未満であった。さらに、セメンタイト粒子の球状化率が低かった。その結果、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0138】
試験番号47では、化学組成は適切であったものの、冷延板焼鈍工程での保持時間t1が短すぎた。そのため、セメンタイト粒子の球状化率が85%未満と低かった。その結果、切欠き伸びが5.0%未満であり、十分な冷間加工性が得られなかった。
【0139】
試験番号48では、化学組成は適切であったものの、冷延板焼鈍工程での保持時間t1が長すぎた。そのため、フェライト及びセメンタイト粒子が粗大であった。さらに、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが高すぎた。その結果、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0140】
試験番号49では、熱間圧延工程後であって冷間圧延工程前に焼鈍を実施した。そのため、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが高すぎた。その結果、十分な焼入れ性が得られなかった。
【0141】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【要約】
優れた焼入れ性及び優れた冷間加工性を有する鋼板を提供する。本開示による鋼板は、質量%で、C:0.50~0.90%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.20~1.30%、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Al:0.100%以下、Cr:0.01~1.20%、N:0.0150%以下、及び、残部:Fe及び不純物からなり、フェライトと、セメンタイト粒子との総面積率が95%以上であり、フェライトの平均粒径は5.0~20.0μmであり、セメンタイト粒子中のCr濃度[Cr]θが2.00%未満であり、Mo濃度[Mo]θが1.00%以下であり、セメンタイト粒子の平均粒子径は1.50μm以下であり、セメンタイト粒子の球状化率が85%以上である。