(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-18
(45)【発行日】2025-09-29
(54)【発明の名称】ワイヤソー及びそれを用いたワーク加工方法
(51)【国際特許分類】
B24B 49/14 20060101AFI20250919BHJP
B24B 27/06 20060101ALI20250919BHJP
B24B 49/04 20060101ALI20250919BHJP
B28D 5/04 20060101ALI20250919BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20250919BHJP
【FI】
B24B49/14
B24B27/06 E
B24B49/04 Z
B28D5/04 C
H01L21/304 611W
(21)【出願番号】P 2021188549
(22)【出願日】2021-11-19
【審査請求日】2024-09-25
(73)【特許権者】
【識別番号】391003668
【氏名又は名称】トーヨーエイテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高田 昌明
(72)【発明者】
【氏名】大矢 純
(72)【発明者】
【氏名】村上 博紀
(72)【発明者】
【氏名】福万 勝
【審査官】山村 和人
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-103683(JP,A)
【文献】特開平11-058365(JP,A)
【文献】特開2000-141220(JP,A)
【文献】特開平10-143217(JP,A)
【文献】特開平10-138091(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 27/06
B28D 5/04
H01L 21/304
B24B 49/04
B24B 49/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転駆動される複数のワイヤガイドと、
前記ワイヤガイド間に巻回されてワイヤ列を形成するワイヤと、
前記ワイヤの軸方向と直交する方向へワークを移動可能に保持し、前記ワイヤ列へ前記ワークを押し当てるワーク保持部材と、
前記ワーク保持部材を支持する支持フレームと、
前記ワイヤガイドの、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定するワイヤガイド変位測定装置と、
前記支持フレームの内部に形成された温調水通路へ供給される温調水を制御する温調水制御装置と、
予め記憶された前記ワイヤガイドの停止から再起動までのインターバル時間と前記ワイヤガイドの変位量との関係、及び、加工が実施される際の前記インターバル時間に基づいて、前記ワイヤガイドの変位量を予測演算し、前記予測演算に基づいて、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位が所定の範囲内に収まるように前記支持フレームの変位指数を決定する演算部と、を備え、
前記温調水制御装置が、
前記変位指数に基づいて温調水を制御することにより、前記支持フレームを、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向へ弾性変形させて、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位を抑制するように構成されていることを特徴とするワイヤソー。
【請求項2】
回転駆動される複数のワイヤガイドと、前記ワイヤガイド間に巻回されてワイヤ列を形成するワイヤと、保持したワークを前記ワイヤ列へ押し当てるワーク保持部材と、前記ワーク保持部材を支持する支持フレームと、前記ワイヤガイドの、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定するワイヤガイド変位測定装置と、前記支持フレームの内部に形成された温調水通路へ供給する温調水を制御する温調水制御装置と、
予め記憶された前記ワイヤガイドの停止から再起動までのインターバル時間と前記ワイヤガイドの変位量との関係、及び、加工が実施される際の前記インターバル時間に基づいて、前記ワイヤガイドの変位量を予測演算し、前記予測演算に基づいて、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位が所定の範囲内に収まるように前記支持フレームの変位指数を決定する演算部と、を備えるワイヤソーを準備し、
前記変位指数に基づいて、前記温調水制御装置が温調水を制御し、
前記温調水の制御により、前記支持フレームが、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向へ弾性変形して、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位を抑制することを特徴とするワーク加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤソー及びそれを用いたワーク加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンインゴット等の被加工物(以下、ワークと称する)を、スライス状に切断加工する手段として、ワイヤソーが知られている。ワイヤソーは、一方側のボビンから繰り出されたワイヤが、複数のワイヤガイドの周囲に巻回されてワイヤ列を形成し、他方側のボビンに巻き取られる。ワイヤは高速駆動され、ワイヤ列においてワークを複数枚の工作物へ切断する。
【0003】
工作物として、半導体基板の材料となるウエハ等を切り出す場合は、厚さ、ソリ(平坦度)、粗さ、ナノトポグラフィー等の品質指標があり、高精度な加工が求められる。しかしながら、加工中の回転熱によって、ワイヤガイドが回転軸方向へ熱膨張することにより、ワイヤガイドとワークとの間に相対的な変位差が生じ、切り出されたウエハにソリが生じてしまうという問題があった。
【0004】
従来、このような問題を解決するために、ワイヤガイドの回転駆動の暖機運転を行う方法がある。暖機運転によって予めワイヤガイドを変位させることで、加工開始時から一定時間経過後までのワイヤガイドの変位を小さくし、工作物のソリを抑制することができる。
【0005】
また、ワイヤソーにより切り出される工作物の形状を制御する方法として、特許文献1には、ガイドローラの中心軸が軸受部を介して本体フレームに支持されたワイヤソーにおいて、その軸受部に摩擦熱を吸収するための冷却水を供給し、軸受部の温度ひいてはローラ支持軸の熱変位量を制御することにより、メインローラの位置制御及びワークの切断位置の制御をするワイヤソーが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
暖機運転を行う方法は、暖機運転の時間を長くすれば、ソリの小さい工作物が得られるが、切断完了までの時間が長くなり、加工効率が悪い。暖機運転の時間を短くすれば、切断完了までの時間が短くできるが、ソリの大きい工作物が得られるという課題がある。
【0008】
また、特許文献1のように、軸受部の熱変形量を制御する方法は、軸受部のみならず軸受部を支持するフレームも熱変形してしまうと、加工精度が安定しないおそれがある。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ワイヤガイドとワークの相対変位を抑制し、加工精度及び加工効率の優れたワイヤソー及びそれを用いたワーク加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、この発明では、ワイヤガイドの変位に合わせて、ワークを支持する支持フレームを変位させるようにした。
【0011】
具体的には、第1の発明では、
回転駆動される複数のワイヤガイドと、
前記ワイヤガイド間に巻回されてワイヤ列を形成するワイヤと、
前記ワイヤの軸方向と直交する方向へワークを移動可能に保持し、前記ワイヤ列へ前記ワークを押し当てるワーク保持部材と、
前記ワーク保持部材を支持する支持フレームと、
前記ワイヤガイドの、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定するワイヤガイド変位測定装置と、
前記支持フレームの内部に形成された温調水通路へ供給される温調水を制御する温調水制御装置と、を備え、
前記温調水制御装置が、前記ワイヤガイド変位測定装置が測定した前記ワイヤガイドの変位量に基づいて温調水を制御することにより、前記支持フレームを、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向へ弾性変形させて、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位を抑制するように構成されていることを特徴とする。
【0012】
上記の構成によると、ワイヤガイドの変位量に基づいて支持フレームを変位させることで、ワイヤガイドとワークとの相対変位を小さくして加工を行うことができるため、暖機運転の時間を短くしても、ソリの小さい工作物を得ることが可能であり、加工精度及び加工効率に優れる。
【0013】
第2の発明では、第1の発明において、
前記温調水制御装置が、前記ワイヤガイドの停止から再起動までのインターバル時間に応じて、温調水を制御するように構成されていることを特徴とする。
【0014】
上記の構成によると、インターバル時間に応じてワイヤガイドの変位量を調整できるため、インターバル時間の長さに関わらず、工作物のソリを小さくすることができる。
【0015】
第3の発明では、第2の発明において、
前記温調水制御装置が、前記インターバル時間が短い場合に、それよりも長い場合に比べて、前記支持フレームの変位量が小さくなるように温調水を制御するように構成されていることを特徴とする。
【0016】
ワイヤガイドが停止された後、ワイヤガイドの回転熱が減少しきらないうちに再起動されるような、ワイヤガイドの停止から再起動までのインターバル時間が短い場合は、それよりもインターバル時間が長い場合と比較して、加工中のワイヤガイドの変位量が小さい。そのため、支持フレームの変位量を常に一定にしてしまうと、支持フレームを変位させ過ぎて、かえって工作物にソリを生じさせてしまうことになる。上記の構成によると、インターバル時間に関わらず、安定して優れた加工精度を保つことができる。
【0017】
第4の発明では、第2又は第3の発明において、
予め記憶された前記インターバル時間と前記ワイヤガイドの変位量との関係、及び、加工が実施される際の前記インターバル時間に基づいて、前記ワイヤガイドの変位量を予測演算し、前記予測演算に基づいて、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位が所定の範囲内に収まるように前記支持フレームの変位指数を決定する演算部を備え、
前記温調水制御装置は、前記変位指数に基づいて温調水を制御するように構成されていることを特徴とする。
【0018】
上記の構成によると、予め記憶された情報を基に、加工が実施される際のインターバル時間の長さから支持フレームを変位させることができるため、加工を実施する際に都度設定する必要がなく、加工精度及び加工効率に優れる。
【0019】
第5の発明は、ワイヤソーのワーク加工方法であって、
回転駆動される複数のワイヤガイドと、前記ワイヤガイド間に巻回されてワイヤ列を形成するワイヤと、保持したワークを前記ワイヤ列へ押し当てるワーク保持部材と、前記ワーク保持部材を支持する支持フレームと、前記ワイヤガイドの、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定するワイヤガイド変位測定装置と、前記支持フレームの内部に形成された温調水通路へ供給する温調水を制御する温調水制御装置と、を備えるワイヤソーを準備し、
前記ワイヤガイド変位測定装置が測定した前記ワイヤガイドの変位量に基づいて、前記温調水制御装置が温調水を制御し、
前記温調水の制御により、前記支持フレームが、前記ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向へ弾性変形して、前記ワーク保持部材と前記ワイヤガイドとの相対変位を抑制することを特徴とする。
【0020】
上記の構成によると、ワイヤガイドの変位量に基づいて支持フレームを変位させることで、ワイヤガイドとワークとの相対変位を小さくして加工を行うことができるため、暖機運転の時間を短くしても、ソリの小さい工作物を得ることが可能であり、加工精度及び加工効率に優れる。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように、ワイヤガイドの変位に合わせてフレームを変位させることにより、加工精度及び加工効率に優れたワイヤソー及びそれを用いたワーク加工方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の実施形態に係るワイヤソーの構成を示す概略図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るワイヤソーの概略正面図である。
【
図3】ワイヤガイドの変位と工作物のソリとの関係を示す図である。
【
図4】支持フレームの変位と工作物のソリとの関係を示す図である。
【
図5】支持フレームの変位と工作物のソリとの関係を示す図である。
【
図6】支持フレームの変位と工作物のソリとの関係を示す図である。
【
図7】支持フレームの変位指数と支持フレームの温度との関係を示す表である。
【
図8】支持フレームの変位指数と支持フレームの温度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は、本発明の実施形態に係るワイヤソー1を側面視するとともに、その構成を示した概略図であり、
図2は、概略正面図である。このワイヤソー1は、例えば半導体装置や太陽電池等の製造に用いられるシリコンインゴット等の被加工物(以下、ワークWという)を、複数箇所で同時に切断し、薄板状ウエハ等の工作物を得るために使用される。
【0025】
ワイヤソー1には、新線ボビン2、ワイヤ3、巻き取りボビン4、ワイヤガイド5、ワークWを保持するワーク保持部材6、ワイヤガイド変位測定装置7、温調水制御装置8、演算部9等が備えられている。
【0026】
新線ボビン2から巻き出されたワイヤ3は、複数のワイヤプーリ10に案内されてワイヤガイド5へ延び、複数のワイヤガイド5間に巻回されてワイヤ列を形成し、さらに複数のワイヤプーリ10に案内されて巻き取りボビン4に巻き取られる。新線ボビン2及び巻き取りボビン4と、ワイヤガイド5との間にはそれぞれ、ワイヤ張力付与装置11が設けられ、ワイヤ3の張力を調整している。新線ボビン2及び巻き取りボビン4はそれぞれ、図示しない駆動モータによって回転駆動され、巻き出し及び巻き取りが交互に同期して行われる。
【0027】
ワイヤガイド5,5は、前後方向に延びる回転軸を有し、左右に間隔をあけて互いに略平行である。ワイヤガイド5は、図示しないワイヤガイド駆動モータによって回転駆動される。ワイヤガイド5,5間にはワイヤ3が巻回され、ワイヤガイド5の回転軸が延びる方向と平行な方向が、ワイヤ列のワイヤ並び方向となっている。ワイヤ3は、ワイヤガイド5の回転軸と略直交する方向に高速走行可能である。平行に並べられた一対のワイヤガイド5,5間に螺旋状に巻回されたワイヤ3を走行させながら、ワイヤ列にワークWを押し当てて、ワークWを切断加工するように構成されている。
【0028】
ワイヤガイド5の回転軸は、軸心がワイヤガイド5の後方に立設するコラム20と、ワイヤガイドの前方に立設する支持壁23に支持されている。回転軸は、この両持ち支持される軸心に対して回転する外筒が取り付けられて構成されている。回転軸の外筒、又は、回転軸の外筒及び軸心は、回転熱又は軸心内部の温調水によって回転軸方向に膨張及び収縮する。コラム20の下端には、ワイヤガイド5の下方に位置するベース21が設けられている。コラム20の上端部には、前方に向かって支持フレーム22が延びている。
【0029】
支持フレーム22は、上下方向に延びるワーク保持部材6を支持している。また、支持フレーム22の内部には、少なくとも前後方向に温調水通路30が形成されている。支持フレーム22は、温調水通路30へ供給される温調水の温度によって弾性変形する。温調水通路30へ供給される温調水は、温調水制御装置8によって制御される。
【0030】
温調水制御装置8は、後述するワイヤガイド変位測定装置7が測定したワイヤガイド5の変位量に基づいて、温調水を制御することにより、支持フレーム22を、ワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向、すなわち、本実施形態では前後方向へ弾性変形させて、ワーク保持部材6とワイヤガイド5との相対変位を抑制するように構成されている。
【0031】
温調水制御装置8は、ワイヤガイド5の回転停止から再起動までのインターバル時間に応じて、温調水を制御するように構成されていてもよい。例えば、温調水制御装置8は、上記インターバル時間が短い場合に、それよりも長い場合に比べて、支持フレーム22の変形量が小さくなるように温調水を制御するように構成されていてもよい。
【0032】
ワーク保持部材6は、ワイヤガイド5,5間の上方に位置し、支持フレーム22の内部からワイヤガイド5へ向かって延びている。ワーク保持部材6の下端部には、例えば半導体インゴット等のワークWが着脱可能に取り付けられる。ワーク保持部材6は、図示しない駆動モータによって、ワイヤ3の軸方向と直交する方向、すなわち、本実施形態では上下方向へワークWを移動させ、ワイヤ列へワークWを押し当てる。ワーク保持部材6は、支持フレーム22の弾性変形に伴い、前後方向に位置変位する。
【0033】
ワイヤガイド5,5の上方には、ワイヤ3へ砥粒を含んだスラリを供給する加工液供給部(図示省略)や、外周に砥粒を保持させたワイヤ3に対して加工液を供給する加工液供給部(図示省略)を備えてもよい。砥粒の付着したワイヤ3を高速走行させながら、ワーク保持部材6を下降させることにより、ワイヤガイド5,5間においてワークWが切断される。
【0034】
ベース21の前側端部には、支持壁23が立設している。支持壁23は、ワイヤガイド5の前側端部から間隔をあけて前側に配置されている。支持壁23は、ワイヤガイド5と対向する位置に、ワイヤガイド5のワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定するワイヤガイド変位測定装置7を有する。ワイヤガイド変位測定装置7は、演算部9を介して温調水制御装置8に接続されている。
【0035】
演算部9は、ワイヤガイド変位測定装置7が測定したワイヤガイド5の変位量のデータに基づいて、ワーク保持部材6とワイヤガイド5との相対変位が、所定の範囲内に収まるように支持フレーム22の変位指数を決定する。ワイヤガイド変位測定装置7の測定により得られたデータは、演算部9において処理され、演算部9が決定した変位指数が温調水制御装置8に送信される。温調水制御装置8は、上記変位指数に基づいて温調水を制御するように構成されていてもよい。
【0036】
また、演算部9は、予め記憶されたワイヤガイド5の回転停止から再起動までのインターバル時間とワイヤガイド5の変位量との関係、及び、加工が実施される際のインターバル時間に基づいて、ワイヤガイド5の変位量を予測演算し、予測演算に基づいて、ワーク保持部材6とワイヤガイド5との相対変位が所定の範囲内に収まるように支持フレーム22の変位指数を決定するように構成してもよい。
【0037】
次に、このワイヤソー1の作用、ワイヤガイド5の変位と工作物のソリの関係、及び、支持フレーム22を変位させた場合の工作物のソリの状態について説明する。
【0038】
ワイヤソー1の起動によりワイヤガイド5が起動され、ワイヤガイド5、新線ボビン2及び巻き取りボビン4の回転とともにワイヤ3が軸方向に駆動される。また、ワーク保持部材6が駆動されて、ゆっくりと降下する。ワーク保持部材6に保持されているワークWは、ワイヤ列へ押し付けられ、複数本のワイヤ3によって複数枚の工作物へと切り出される。加工中、ワイヤガイド5の回転軸の外筒、又は、回転軸の外筒及び軸心が、回転熱によって回転軸方向に膨張することにより、ワイヤガイド5が回転軸方向に膨張する。
【0039】
図3は、ワイヤガイドの温度変位と工作物のソリとの関係を示す図である。縦軸はワイヤガイドの温度変位及び切り出した工作物のソリの大きさを示し、横軸は加工時間を示す。また、横軸に記載された「起動」及び「停止」の表記は、ワイヤガイドの回転の起動と停止を示す。
【0040】
ワイヤガイドの回転が起動されると、ワイヤガイドの温度は徐々に上昇するが、起動後一定時間経過すると、回転熱が安定し、温度T1が保持される。ワイヤガイドが回転停止すると、ワイヤガイドの温度は起動時の温度0へと下降する。なお、ワイヤガイド5のワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量も、ワイヤガイド5の温度変位と同様の傾向を示す。支持フレームを変位させない場合、ワークはこのようなワイヤガイド5の温度変位に影響を受け、ワークから切り出した工作物は、ワイヤガイド5の起動直後の部分、すなわち、切り始めの部分にソリY1が生じてしまう。
【0041】
また、ワイヤガイドの回転起動と停止を繰り返して、連続して切断加工を繰り返し行う場合、回転停止から起動までのインターバル時間の長さによって、工作物のソリの状態が変化する。
【0042】
例えば、
図3に示すように、1回目のワイヤガイドの停止後の2回目の起動のように、ワイヤガイドの温度変位量がT1から0に戻るまでの時間よりも、インターバル時間X1の方が長い場合、2回目の起動後のワイヤガイドの温度は、1回目の起動後と同様に温度は0からT1まで上昇する。1回目の起動時と2回目の起動時とを比較して、ワイヤガイドの温度変位量は同程度である。しかしながら、2回目の停止後の、3回目の起動のように、停止後にワイヤガイドの温度変位量がT1から0に戻るまでの時間よりも、インターバル時間X2の方が短い場合、ワイヤガイドの温度変位が0に戻る前に再起動されることになる。この場合、ワイヤガイドが温度T1まで上昇する温度変位量は、1回目及び2回目の変位量よりも小さい。このような3回目の加工で切り出された工作物のソリは、1回目及び2回目の加工で切り出された工作物のソリよりも小さくなる。
【0043】
本実施形態のワイヤソーによれば、温調水の制御により、ワイヤガイドの変位量に基づいて支持フレームを変位させることで、ワイヤガイドとワークとの相対変位を抑制し、インターバル時間に関わらず工作物のソリを安定して小さくすることができる。
【0044】
加工中、ワイヤガイド5がその回転熱によって回転軸方向に熱膨張すると、ワイヤガイド5の前側端部とワイヤガイド変位測定装置7との相対距離が小さくなる。ワイヤガイド変位測定装置7は、加工中、ワイヤガイド5のワイヤ列のワイヤ並び方向と平行な方向への変位量を測定し、得られたデータを演算部9へ送信する。
【0045】
演算部9では、ワイヤガイド変位測定装置7が測定したワイヤガイド5の変位量に基づいて、支持フレーム22の変位指数を決定する。温調水制御装置8は、上記変位指数に基づいて温調水を制御することで、支持フレーム22を変位させる。
【0046】
例えば、ワイヤガイド5が熱膨張により回転軸方向に延伸すると、演算部9は、支持フレーム22の温度を高めるような変位指数を送信する。温調水制御装置8は、演算部9から受信した変位指数に従って、その変位指数に対応する温度へ温調水を上昇させる。温調水通路30を流れる温調水の温度が上昇すると、支持フレーム22は、熱膨張により前側へ延伸するように弾性変形する。このような支持フレームの弾性変形に伴い、支持フレームに配置されたワーク保持部材6も前側へ位置変位する。その結果、ワイヤガイド5とワーク保持部材6の相対変位が抑制され、切り出した工作物のソリを抑制することができる。
【0047】
図4は、ワイヤガイドの変位量に基づいて支持フレームを変位させた場合の、支持フレームの変位量と工作物のソリとの関係を示す図である。なお、
図4から
図6について、縦軸は支持フレームの温度変位及び切り出した工作物のソリの大きさを示し、横軸は加工時間を示す。また、横軸に記載された「起動」及び「停止」の表記は、ワイヤガイドの回転の起動と停止を示す。
【0048】
上記のように、支持フレームを弾性変形させることで、ワーク保持部材とワイヤガイドとの相対変位が所定の範囲内に収まり、
図4に示すように、工作物のソリY2を、支持フレームを変位させないで加工を行った場合の工作物のソリY1と比較して小さくすることができる。
【0049】
図4では、1回目から3回目までの加工において、支持フレーム22を繰り返し同程度の変位量Z1で変位させている。1回目の停止から2回目の起動のように、ワイヤガイドの回転停止後に、ワイヤガイドの温度変位量が0に戻るまでの時間よりも、インターバル時間X1の方が長い場合は問題ない。しかしながら、ワイヤガイドの回転停止後に、ワイヤガイドの温度変位が0に戻るまでの時間よりもインターバル時間X2が短い場合は、ワイヤガイドの変位量よりも支持フレームの変位量の方が大きくなってしまい、工作物に反対方向のソリY4を生じさせてしまう。
【0050】
図5は、ワイヤガイドの変位量に基づいて支持フレームを変位させた場合の支持フレームの変位量と工作物のソリとの関係を示す図であり、
図4に示した場合よりも、支持フレームの変位量Z2を大きくした場合を示す。このように、支持フレームに付与する温度変位量を大きくした場合、工作物のソリY3は、
図4の工作物のソリY2と比較してさらに小さくすることができる。
【0051】
しかしながら、支持フレームの温度変位量を大きくすると、回転停止後にワイヤガイドの温度変位が0に戻るまでの時間よりもインターバル時間X2の方が短い場合に、ワイヤガイドの変位量よりも支持フレームの変位量の方がさらに大きくなり、工作物の反対方向のソリY5が
図4の工作物のソリY4よりも大きくなってしまう。
【0052】
このような問題を解消するため、本実施形態のワイヤソーは、予め記憶されたワイヤガイドの回転停止から再起動までのインターバル時間とワイヤガイドの変位量との関係、及び、加工が実施される際のインターバル時間に基づいて、ワイヤガイド5の変位量を予測演算し、予測演算に基づいて、ワーク保持部材6とワイヤガイド5との相対変位が所定の範囲内に収まるように支持フレーム22の変位指数を決定する演算部9を備え、温調水制御装置8が、ワイヤガイド5の停止から再起動までのインターバル時間に応じて、温調水を制御するように構成されていることが望ましい。
【0053】
図6は、ワイヤガイドの回転停止から再起動までのインターバル時間に基づいて、支持フレームの変位量を変化させた場合の、支持フレームの変位量と工作物のソリとの関係を示す。
【0054】
ワイヤガイドの回転停止後に、ワイヤガイドの温度変位量が0に戻るまでの時間よりも、インターバル時間X1の方が長い場合、支持フレームに変位量Z2が付与されることにより、工作物のソリの大きさがY3に抑制される。ワイヤガイドの回転停止後に、ワイヤガイドの温度変位が0に戻るまでの時間よりもインターバル時間X2が短い場合は、支持フレームに変位量Z2よりも小さい変位量Z3が付与されることにより、工作物のソリの大きさはY3に抑制される。
【0055】
インターバル時間X2が短かった場合、温調水制御装置が、それよりも長いインターバル時間X1に比べて、支持フレームの変位量が小さくなるように温調水を制御することで、インターバル時間に関わらず工作物のソリを小さく略一定に保ち、加工精度及び加工効率に優れたワイヤソー及びそれを用いたワーク加工方法を提供することが可能となる。
【0056】
図7は、支持フレームの温度とそれに対応する支持フレームの変位指数を表した表であり、これをグラフに示したものが
図8である。
【0057】
演算部9には、例えば
図7及び
図8のような、支持フレームの温度と変位指数の関係が記憶され、さらに、演算部9は、予め記憶されたワイヤガイドの回転停止から再起動までのインターバル時間とワイヤガイドの変位量との関係、及び、加工が実施される際のインターバル時間に基づいて、ワイヤガイド5の変位量を予測演算する。
【0058】
なお、以上の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物や用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【符号の説明】
【0059】
1 ワイヤソー
2 新線ボビン
3 ワイヤ
4 巻き取りボビン
5 ワイヤガイド
6 ワーク保持部材
7 ワイヤガイド変位測定装置
8 温調水制御装置
9 演算部
10 ワイヤプーリ
11 ワイヤ張力付与装置
20 コラム
21 ベース
22 支持フレーム
23 支持壁
W ワーク