(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-19
(45)【発行日】2025-09-30
(54)【発明の名称】Pdの分離方法
(51)【国際特許分類】
C22B 11/00 20060101AFI20250922BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20250922BHJP
C22B 3/22 20060101ALI20250922BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20250922BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B7/00 Z
C22B3/22
C22B3/44 101Z
(21)【出願番号】P 2022059185
(22)【出願日】2022-03-31
【審査請求日】2024-06-18
(73)【特許権者】
【識別番号】593053335
【氏名又は名称】リファインホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100196276
【氏名又は名称】中島 雄樹
(72)【発明者】
【氏名】岩船 光紘
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴寛
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 敬弘
(72)【発明者】
【氏名】竹山 友潔
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇夫
【審査官】有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-032025(JP,A)
【文献】特公昭48-028529(JP,B1)
【文献】特開2005-324078(JP,A)
【文献】特開2001-097985(JP,A)
【文献】特開2015-052164(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108285978(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水含有量が10質量%未満である有機溶媒を主とする有機系排液を被処理液として、当該被処理液中に含まれる無機成分の中からPdを選択的に分離する方法であって、
前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸またはその誘導体を添加し、
前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて、50~100℃の範囲の温度に加温
して析出物を生成
する際、系内にモル比にて二酸化炭素を水素の発生量以上に発生させ、
生成した析出物を固液分離する、
ことを含むことを特徴とするPdの分離方法。
【請求項2】
前記被処理液に含まれるPdが0.01質量%以下である場合には、前記被処理液にギ酸を添加するに先立ち、前記被処理液を蒸留により濃縮処理するものである請求項1に記載のPdの分離方法。
【請求項3】
前記濃縮処理により得られる濃縮被処理液に含まれるPdが0.03~0.1質量%とされるものである請求項2に記載のPdの分離方法。
【請求項4】
前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて、50~100℃の範囲の温度に加温して、攪拌しながら1時間以上処理することで、析出物を生成するものである請求項1~3のいずれか1つに記載のPdの分離方法。
【請求項5】
加温する温度を50~70℃の範囲のものとするものである請求項1~4のいずれか1つに記載のPdの分離方法。
【請求項6】
前記被処理液にギ酸またはその誘導体を添加した後、前記被処理液を蒸留処理することにより、被処理液を濃縮すると共に析出物を生成するものである請求項1に記載のPdの分離方法。
【請求項7】
被処理液としての有機系廃液が中性ないし酸性のものである請求項1~
6のいずれか1つに記載のPdの分離方法。
【請求項8】
被処理液としての有機系廃液が塩基性のものであり、前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸またはその誘導体を添加するのに加えて、任意の酸を添加することで、被処理液を少なくとも加温処理する際には、中性ないし酸性とするものである請求項1~
7のいずれか1つに記載のPdの分離方法。
【請求項9】
析出物を固液分離した後、水で洗浄して回収することで、回収率が被処理液中に含まれていたPdの90%以上であり、かつ回収し乾燥させた固体のPd純度が90%以上となるものである請求項1~
8のいずれかに記載のPdの分離方法。
【請求項10】
析出物を固液分離した後、水、炭素数1~4の低級アルコールおよびアセトンからなる群から選択されてなる少なくとも1つの洗浄液を用いて析出物を洗浄するものである請求項1~
9のいずれかに記載のPdの分離方法。
【請求項11】
前記被処理液中には、Pd錯体を溶解する有機溶媒が少なくとも含まれているものである請求項1~
10のいずれかに記載のPdの分離方法。
【請求項12】
前記被処理液中には、ケトン系有機溶媒、アルコール系有機溶媒、エステル系有機溶媒、エーテル系有機溶媒、アミン系有機溶媒、アルコキシシラン系有機溶媒、芳香族炭化水素系有機溶媒、脂肪族炭化水素系有機溶媒、および高極性有機溶媒からなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒を含むものである請求項1~
11のいずれかに記載のPdの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pd(パラジウム)の分離方法に関する。詳しく述べると本発明は、有機系排液中に錯体として溶解しているPdを分離回収して、精製するPdの分離方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、工業的に触媒製造や切削工程等で使用され排出される排液、排水にPdやその他の貴金属等の価値のある金属成分が含まれている場合、この排水、排液から貴金属分を回収するのが一般的である。排水・排液からPdやその他の貴金属等の価値のある特定の金属分を回収する方法としては、沈殿分離法、電解析出法、溶媒抽出法、吸着法等の方法が開発されている。
【0003】
また排液が有機溶媒を含む有機系の排液である場合には、焼成時に燃焼熱が発生するので、低いエネルギーで焼却できるため排液を焼成して金属分を回収することも行われている。しかしその燃焼熱ゆえに少量づつしか燃焼炉に供給できず、効率よい処理ができないという問題点があった。
【0004】
例えば、特許文献1においては、Pdを含む水溶液からPdを回収する方法として、吸着剤により吸着させた後に、還元剤で吸着剤から脱離してPdを回収する方法が開示されている。
【0005】
また特許文献2においては、無電解メッキの触媒排液等の排液中に含まれるPd等の白金族金属の回収方法として、当該触媒排液に、水素化ホウ素ナトリウム水溶液などの還元剤を添加することにより白金族金属の粒子を形成させて、これを分離回収することが開示されている。
【0006】
特許文献3においては、Pd含有水溶液からのPdの回収方法として、(1)硫酸塩、チオ硫酸塩、亜ジチオン酸塩、ジチオン酸塩、亜硫酸塩、及び亜硫酸水素塩から選択される少なくとも一種以上の塩である無機硫黄酸化物を含むパラジウム含有水溶液のpHを0以上2以下に調整する工程、
(2)前記パラジウム含有水溶液に水素化ホウ素ナトリウムなどの還元剤を添加して、パラジウムを還元する工程、
(3)前記パラジウム含有水溶液に陽イオン界面活性剤を添加し、還元したパラジウムを凝集沈殿させて、パラジウムを回収する工程
を有することからなる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-122397号
【文献】特開2001-32025号
【文献】特開2014-19921号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、排水・排液からPdやその他の貴金属等の価値のある特定の金属分を回収する方法としては、種々の方法が開発されているが、これらのうち溶媒抽出法が経済性及び操作性の点から広く採用されている。溶媒抽出法は金属イオンが溶解した水相と金属イオン抽出剤が溶解した有機相を液-液接触させることにより金属イオンを有機相側に抽出する抽出工程と、有機相側に抽出された金属イオンと逆抽出剤が溶解した水相とを接触させることにより金属イオンを水相側に逆抽出して濃縮する逆抽出工程からなる。
【0009】
しかし、被処理液が有機溶媒を含む有機系の液である場合には、Pd(金属)イオン抽出剤は有機系廃液と混和してしまい活用できない。このような課題を解決する方法としては、金属イオンの吸着量が大きい吸着剤を用いる方法や、特許文献2および3に示されるような水素化ホウ素ナトリウムなどの還元剤で特定の金属を沈降分離させる方法が知られているが、吸着剤を用いた方法では、金属イオンを回収時に吸着剤や分離剤由来の成分(S成分、N成分)が混入し、回収時に貴金属単体での純度が低下する要因となることや、脱離剤を用いるため廃液量が増加する課題がある。沈降分離方法は、貴金属を回収する際に、添加剤由来の金属が不純分として混入することや、還元剤を用いる方法では、還元反応により貴金属と同量以上の水素が発生することもあり安全性の面と不純分の混入の面で課題がある。
【0010】
このような課題があることと、有機系廃液である場合、焼却する際に有機溶媒による燃焼熱が発生し、低いエネルギーで焼却できることから、第三成分の添加なしに、焼成して金属成分を回収する方法が広く採用される。しかし、焼成による金属成分の回収方法は、焼成時の有機溶媒による燃焼熱により少量づつしか燃焼炉に供給できず、効率よい処理ができないという問題点、さらには有機系廃液を焼却するため大量の二酸化炭素が発生し環境の面でもカーボンニュートラルの観点からも問題点があった。
【0011】
上記したように、Pdを含有する有機系排液を焼成する際に、有機溶媒による燃焼熱が発生し少量づつしか処理できないという問題点から、本発明者らは、焼成処理に先立ち排液を蒸留により濃縮することで処理効率を高めることを検討した。しかし、蒸留処理において目的の貴金属以外の固形分析出による固着のトラブルや、水素が発生するなどの安全性の観点からも問題があり、蒸留では例えば5倍程度濃縮以上は困難であるとの結論に至った。従って、このような蒸留による濃縮処理では、処理効率を十分に高めることは難しい。
【0012】
また、Pdを含有する有機系排液の濃縮液に対して特許文献2および3において開示される水素化ホウ素ナトリウムなどの還元剤を使用したところ、濃縮液中に含まれるPdの大部分を沈降させることはできたが、濃縮液中に含まれるPd以外の多くの不揮発分も同時に沈降させてしまい、最終的に得られる固形分中のPd化合物の組成が例えば50質量%未満とかなり低いものとなり、純度の高いPdの回収とはならなかった。さらに、還元剤を添加することにより、Pdと同量以上の水素発生も確認され、安全性の面からも好ましくなかった。
【0013】
上記したように従来のPdの回収技術においては、処理対象となる排液が有機系排液となると、当該排液中に含まれるPdを効率よく高純度で回収することは困難であった。また、これらの従来のPdの回収技術における課題を踏まえて、本発明者らが事前に検討した方法によっても十分な処理効率および回収Pdの純度の向上は未だ満足のいくところとはならなかった。
【0014】
従って、本発明は、新規なPd(パラジウム)の分離方法を提供することを課題とする。本発明はまた、有機系排液中に錯体として含まれるPdを簡便な処理で効率よく高純度で分離回収することのできるPdの分離方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決してなるPdの分離方法を提供する上で鋭意研究を重ねた結果、Pdを含む有機系排液を前記したように蒸留により許容される範囲で濃縮処理を行った後、還元剤としてギ酸を所定量添加し、所定の温度条件下で還元処理することで、驚くべきことに、有機系排液中に含まれる無機成分の中からPd成分を選択的に析出させることができ、かつ水素の発生量が少ないことを見出し本発明に到達したものである。
【0016】
すなわち、上記課題を解決する本発明は、水含有量が10質量%未満である有機溶媒を主とする有機系排液を被処理液として、当該被処理液中に含まれる無機成分の中からPdを選択的に分離する方法であって、
前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸またはその誘導体を添加し、
前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて、50~100℃の範囲の温度に加温することで、析出物を生成し、
生成した析出物を固液分離すること、固液分離した後に洗浄液で洗浄する
ことを含むことを特徴とする。
【0017】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液に含まれるPdが0.01質量%以下である場合には、前記被処理液にギ酸またはその誘導体を添加するに先立ち、前記被処理液を蒸留により濃縮処理するものであることが示される。
【0018】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記濃縮処理により得られる濃縮被処理液に含まれるPdが0.03~0.1質量%とされるものであることが示される。
【0019】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて、50~100℃の範囲の温度に加温して、攪拌しながら1時間以上処理することで、析出物を生成するものであることが示される。
【0020】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、加温する温度を50~70℃の範囲のものとするものであることが示される。
【0021】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて、加温して析出物を生成する際、系内にモル比にて二酸化炭素を水素の発生量以上に発生させるものであることが示される。
【0022】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液にギ酸またはその誘導体を添加した後、前記被処理液を蒸留処理することにより、被処理液を濃縮すると共に析出物を生成するものであることが示される。
【0023】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、被処理液としての有機系廃液が塩基性のものであり、前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸またはその誘導体を添加するのに加えて、任意の酸を添加することで、被処理液を少なくとも加温処理する際には、中性ないし酸性とするものであることが示される。
【0024】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、析出物を固液分離した後、水で洗浄して回収することで、回収率が被処理液中に含まれていたPdの90%以上であり、かつ回収し乾燥させた固体のPd純度が90%以上となるものであることが示される。
【0025】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、析出物を固液分離した後、水、炭素数1~4の低級アルコールおよびアセトンからなる群から選択されてなる少なくとも1つの洗浄液を用いて析出物を洗浄するものであることが示される。
【0026】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液中には、Pd錯体を溶解する有機溶媒が少なくとも含まれているものであることが示される。
【0027】
本発明に係るPdの分離方法の一実施形態においては、前記被処理液中には、ケトン系有機溶媒、アルコール系有機溶媒、エステル系有機溶媒、エーテル系有機溶媒、アミン系有機溶媒、アルコキシシラン系有機溶媒、芳香族炭化水素系有機溶媒、脂肪族炭化水素系有機溶媒、および高極性有機溶媒からなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒を含むものであることが示される。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係るPdの分離方法は、有機系排液中に錯体として溶解したPdを簡便な処理で効率よく高純度で分離回収することができかつ、水素の発生量を抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施形態に基づいてより詳細に説明する。
【0030】
(Pdを含む有機系排液)
本発明に係るPdの分離方法において、処理対象となる被処理液としての「Pdを含む有機系排液」としての、組成としては、(a)回収しようとするPd成分を含むものであること、また(b)その液相の主成分が有機溶媒であり、水含有量が10質量%未満であるという点を除き、特に限定されるものではない。
【0031】
なお、上記のように(a)という点に加えて、(b)という点を被処理液の条件とするのは、例えば、水含有量が10質量%以上のものであると、本発明に係る分離方法を適用できないことはないが、主に次のような理由による。すなわち、有機溶剤に溶解しているPd錯体は、Pd錯体に配位する配位子が疎水性であるために有機溶媒に溶解する。このため水分が多いと錯体は、加熱により中途半端に加水分解し、一部沈殿するため、錯体としては不安定となる。一方、水が少ないと濃縮しても沈殿が起きず、パラジウムが錯体として溶解し続けられるので、水が少ないことが好ましい。なお、被処理液の水含有量としては、特に5質量%未満、さらには1質量%未満程度といったものが処理を行う上でより好ましい。
【0032】
特に限定されるものではないが、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」として、実際に提供されるものとしては、その排液中に含まれる目的物であるPd成分は、0.01質量%未満、より代表的には0.005~0.01質量%、さらに代表的には0.006~0.01質量%程度であるものが多い。このように被処理液に含まれるPd成分が0.01質量%未満である場合には、後述するように最初に蒸留による被処理液の濃縮処理を行うことが望ましい。このような低いPd成分含有量の有機系排液の例としては、例えば、触媒製造工程からの排液、切削工程等で使用され排出される排液等が挙げられるが、もちろんこれらに何ら限定されるものではない。
【0033】
一方、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」として、目的物であるPd成分は、0.01質量%以上のものである場合には、必ずしも蒸留による濃縮処理を最初に行わなくても良い。
【0034】
また、特に限定されるわけではないが、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」中には、一般に、無機成分としてPd以外の無機物、特に限定されるものではないが、例えば、Na、P、Cu、Zn、Mg、Fe、Al、Si等といった成分が含まれている場合が多い。これらのPd以外の無機物の含有量は、特に限定されるものではないが、例えば、0.001~0.5質量%、より代表的には0.001~0.2質量%、さらに代表的には0.001~0.1質量%程度である。
【0035】
さらに、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」に含まれる有機溶媒としても、有機系排液全体組成として、Pdが錯体、化合物等を形成して排液の液相中に存在した状態である限り、特に限定されるものではなく、また、本発明に係るPdの分離方法は、含有される有機溶媒の種類にはあまり影響されることなく適用可能なものではあるが、代表的には例えば、ケトン系有機溶媒、アルコール系有機溶媒、エステル系有機溶媒、エーテル系溶媒、アミン系有機溶媒、アルコキシシラン系有機溶媒、芳香族炭化水素系有機溶媒、脂肪族炭化水素系有機溶媒および高極性有機溶媒等が1種または2種以上含まれ得る。
【0036】
ケトン系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。アルコール系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等が挙げられる。エステル系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、酢酸エチル、酢酸イソプロピル、酢酸イソブチル等が挙げられる。エーテル系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、ジエチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、メチルターシャリーブチルエーテル(MTBE)等が挙げられる。アミン系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、メチルアミン、エチルアミン、エチレンジアミン、ピリジン等が挙げられる。アルコキシシラン系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、メチルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、テトラエトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、トリメチルエトキシシラン等が挙げられる。芳香族炭化水素系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等が挙げられる。脂肪族炭化水素系有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、n-ヘキサン、イソヘキサン、シクロヘキサン、n-オクタン、イソオクタン、デカン、ドデカン等が挙げられる。高極性有機溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルアセトアミド(DMA)、ジメチルホルムアミド(DMF)などが挙げられる。
【0037】
被処理液としての「Pdを含む有機系排液」として、実際に提供されるものに含まれる有機溶媒としては、上記したような有機溶媒群のうちの1種のみであるものよりも、2種またはそれ以上の複数種を含む複雑な組成のものが多く、特に限定されるものではないが、代表的には例えば、アルコール系溶媒(メタノール、エタノール、イソプロパノール)やケトン系溶媒(アセトン)等の親水性有機溶媒と(n-ヘキサン、トルエン、テトラヒドロフラン等の疎水性有機溶媒との混合物に、含有量10質量%未満、特に1質量%未満の少量の水が含まれるような組成がある。
【0038】
さらに、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」のpHとしては、特に限定されるものではなく、酸性、中性および塩基性のいずれのものであっても、本発明に係るPdの分離方法により処理することが可能である。しかし、被処理液が塩基性(pH>7.0)であると、本発明に係るPdの分離方法においては後述するように還元剤としてギ酸を使用するが、このギ酸が被処理液の塩基により消費されてしまいPdの析出を阻害してしまう可能性が考えられる。
【0039】
このため、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」が塩基性である場合には、後述するように前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸またはその誘導体を還元剤として添加することに加えて、必要に応じて、任意の量の酸を被処理液に添加して、被処理液を中性~酸性(pH≦7.0)とする処理を行うことができる。なお、この中性ないし酸性化処理に用いる酸としては、特に限定されず任意のものであって良い。なお還元剤として添加するギ酸も、当該中性ないし酸性化処理のための酸として使用することができ、この場合前記被処理液に含有されるPdに対して10当量以上のギ酸の還元剤としての使用量に加えて、中性ないし酸性化処理のための使用量を追加すれば良い。この中性ないし酸性化処理に用いる酸としては、ギ酸以外に、例えば、酢酸、シュウ酸等の有機酸や塩酸、リン酸などの無機酸等を使用することが可能であるが、もちろん、これらの列挙した酸に限定されるものではない。
【0040】
また、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」に対して、その中性ないし酸性化処理に用いる酸を添加する時期としては、特に限定されるものではないが、還元剤としてのギ酸が塩基によって消費されるのを防ぐ上から、少なくとも還元剤としてのギ酸の添加と同時あるいはギ酸の添加よりも前に、塩基性の被処理液に対して添加することが望ましい。
【0041】
一方、被処理液としての「Pdを含む有機系排液」がもともと中性ないし酸性である場合には、このような酸の添加による中性ないし酸性化処理は特に必要ではない。
【0042】
(濃縮処理)
本発明に係るPdの分離方法は、以下に詳述するように被処理液に対してギ酸を添加し加熱処理してPdを選択的に析出させることを必須条件とするものであるが、前記被処理液に含まれるPdが0.01質量%以下である場合には、前記被処理液にギ酸を添加するに先立ち、前記被処理液を蒸留により濃縮処理することが好ましい。
【0043】
前記被処理液に含まれるPdが0.01質量%以下である場合には、排液を蒸留によりある程度濃縮することで処理効率が高められるためである。なお、被処理液が0.01質量%以下のPdしか含んでないため、濃縮を可能な限りした方が良いが、濃縮し過ぎると、不揮発分の溶解度を超えて析出する可能性が発生するため、濃縮限界が存在する。このように不揮発分の非選択的な析出が生じると目的物であるPd純度の高い選択的な回収が困難となるためである。また、過度の濃縮処理は、例えば、処理中に水素が発生するなどといった安全性の観点からも問題が生じる虞れがある。
【0044】
従って、被処理液のこのような蒸留による濃縮処理は、これにより得られる濃縮被処理液に含まれるPdが0.03~0.1質量%、より好ましくは0.04~0.1質量%程度となるように行うことが望ましい。また濃縮比としては、容積比で、例えば3~10倍濃縮、より好ましくは4~10倍濃縮程度となるように行うことが望ましい。
【0045】
また、濃縮処理は蒸留によって行われるため、Pdの含有量が上記したように高まると共に、被処理液中に含まれる有機溶媒の組成も変動する可能性があり、例えば、有機溶媒としてアセトン等の低沸点化合物と、高極性有機溶媒等の比較的高沸点の化合物との双方を含むような組成であった場合、濃縮処理によって、低沸点化合物の割合が低減し、比較的高沸点の化合物の割合が増えたような組成に変わる。このように濃縮処理によって得られる濃縮被処理液の組成において比較的高沸点の化合物の割合が増えることによって、後述するようなギ酸またはその誘導体の添加によるPdの選択的な析出反応がより良好に進行する傾向があるため、この点からも濃縮処理を行うことが望ましい。
【0046】
なお、蒸留における濃縮処理の方法としては、特に限定されないが、例えば、蒸留釜、コンデンサー、留出液タンクからなるバッチ式の蒸留装置にて、原料となるPdを含有した有機排液を仕込み、圧力は例えば101kPa下、スチームにより蒸留釜を例えば100℃に加熱することで、有機排液中の低沸分を蒸発させ、蒸発した液はコンデンサーにより冷却され液となり、留出液タンクに入る。このような装置にて、蒸留釜内に仕込んだ有機排液量例えば1000kgの液を、圧力を例えば101kPa下、スチームにより蒸留釜を例えば100℃に加熱し、800kg留出させることで、5倍に濃縮した液が得られる。
【0047】
(選択的析出処理)
しかして、本発明に係るPdの分離方法においては、被処理液に対して、当該被処理液に含有されるPdに対して10当量以上となる量にてギ酸またはその誘導体を添加し、前記被処理液にギ酸が混合されている状態にて、所定の温度に加温することで、析出物を生成する。
【0048】
このように本発明においては、錯体として被処理溶液中に存在するPdを選択的に析出するために還元剤としてギ酸またはその誘導体を用いる。被処理溶液である排液が有機溶媒を主とするものである場合に、従来水系の排液中で還元剤として用いることが知られる多くの化合物は有機溶媒への溶解性の問題から使用が限られてしまうこと、また還元剤としての強さも問題があり、還元剤として強いものを使用すると、大量の水素が発生、発熱も生じるので危険である。一方で、ギ酸は反応性の観点とPdを選択的に抽出する点かつ水素の発生量が少なく、不活性ガスである二酸化炭素を大量に発生する点から好ましい。ギ酸を還元剤として用いた場合に、被処理液中に含まれている様々な無機物のうちPdが選択的に析出物として析出する作用機序については、必ずしも明らかではないが、有機系排液中にPdが錯体として存在する場合、Pdは配位子がついた状態で存在し、配位子によりPdの排液中への溶解性が決まるが、上記したような所定量以上でのギ酸の添加は、被処理液中に種々含まれる無機成分のうちPdの錯体の安定性に大きな影響を与えて、析出をもたらすものと考えられる。
【0049】
本発明において、ギ酸またはその誘導体の添加量としては、当該被処理液に含有されるPdに対して10当量以上となる量にて添加される。すなわち、Pdを選択的に析出させる上でギ酸を使用することに加えて、Pdに対して10当量以上という比較的多くの量を添加することが効率的にPdを析出する上で重要な条件となる。Pdに対して10当量未満であると、被処理液中に含まれるPdの析出量が十分満足のできる程度にまで至らない可能性が高いためである。ギ酸の添加量として、より好ましくは、当該被処理液に含有されるPdに対して10~100当量、さらに好ましくは10~20当量とすることが望ましい。
【0050】
また、ギ酸またはその誘導体の添加量が多いほど、析出物の粒径が大きくなる傾向が見られるため、析出後の固液分離の上の操作を容易とする観点においても、本発明において規定するようなPdに対して10当量以上という比較的多くの量を添加することが望ましい。
【0051】
なお、本発明において使用されるギ酸としては、その純度等は特に限定されるものではなく、上記所定の当量となるものであれば、例えば、95質量%以上、より好ましくは99質量%以上程度の純度のものであっても使用は可能である。また、本発明において使用され得るギ酸の誘導体としては、Pdの析出に関してギ酸とほぼ同様な作用を示すものであれば特に限定されないが、例えば、ギ酸塩、ギ酸エステルなどを用いることができる。ギ酸塩としては、特に限定されないが、例えば、ギ酸ナトリウム、ギ酸カリウム等を、またギ酸エステルとしては、特に限定されないが、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ギ酸アミル等のギ酸と炭素数1~10程度のアルキルとのエステル等を例示できる。また、本発明において、還元剤として使用されるギ酸またはその誘導体としては、1種のみを使用することに限られず、2種またはそれ以上の組み合わせで用いることも可能である。例えば、ギ酸とギ酸塩を組み合わせて用いる、あるいはギ酸とギ酸エステルを組み合わせて用いることができる。
【0052】
さらに本発明においては、前記したように還元剤として所定量のギ酸またはその誘導体を添加し、前記被処理液にギ酸またはその誘導体が混合されている状態にて所定の温度にて加温処理する。その温度条件としては、雰囲気圧力条件によっても左右されるが、常圧付近(1013hPa±100hPa)条件下においては、例えば50~100℃の範囲、好ましくは50~70℃、さらに好ましくは60~70℃の温度に加温処理することが望ましい。50~100℃の範囲の温度に保持することで、析出反応が促進され、室温(25℃+2℃)では、70当量のギ酸を添加して析出が始まるのに10日以上も要するといった状態と比較して、数時間単位の処理時間にて効率良く析出物を析出させることができるものとなる。また極端に高温すぎる温度を用いた場合には、例えば、低沸点成分を含む被処理液で、さらにギ酸が揮発、熱分解し、水素発生するため安全面で好ましくないこととなる虞れがあるが、上記所定の温度範囲であれば、このようなことが生じることもない。なお、加温処理を50~70℃の温度で行うと、ギ酸またはその誘導体の揮発、熱分解による水素発生が著しく抑制されるため、処理条件として特に望ましいものとなる。
加温処理の温度条件として、加圧下、例えば1013~5000hPaにおいては、常圧付近におけるより高い温度条件、例えば、50~150℃、より好ましくは80~120℃といった温度条件を採択できる。しかし、加圧容器等の加圧のための設備を必要とすることから、コスト的、安全面などからの問題を生じる虞れがあるため、加熱処理は上記したような常圧付近において行うことが望ましい。
【0053】
また、本発明に係るPdの分離方法の一実施形態として、上述したように前記被処理液に含まれるPdが0.01質量%以下であり、蒸留による濃縮処理を行う場合には、当該濃縮処理に先立ち、被処理液に還元剤してのギ酸を添加しておき、蒸留処理によって、被処理液を濃縮すると共に析出物を生成させる態様とすることも可能である。但し、上記したように高温により析出を行うと、析出の際の水素発生量が多くなる懸念があるため、望ましくは、一旦蒸留による濃縮処理を行った後に、還元剤としてのギ酸またはその誘導体を添加し、別途上記所定の温度、好ましくは50~70℃の比較的低温にて加温処理を行って、Pdを析出させることが好ましい。
【0054】
(固液分離)
本発明に係るPdの分離方法においては、上記したように選択的析出処理を施した結果、析出が生じた被処理溶液中から、析出物を固液分離により回収する。固液分離の方法としては、特に限定されるものではなく、通常行われるようなフィルター、濾紙等を用いた濾過、遠心分離等のいずれの方法によっても実施することは可能であるが、析出物が比較的大きな粒度を有するものとして得られること、特にギ酸の添加量を多くすればその粒度が大きくなる傾向があるため、操作面から容易であるフィルター、濾紙を用いた濾過による分離操作によっても、良好な分離が可能である。
【0055】
そして、このように固液分離により得られた析出物は、必要により、付着した被処理液残渣、可溶性物質を除去するために、洗浄処理を施される。洗浄処理としては、例えば、水、特に純水による洗浄操作によって行うことが好ましいが、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール等の炭素数1~4の低級アルコールや、その他のアセトン、ジエチルエーテル、クロロホルム、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、ヘキサン、ベンゼン等の低沸性有機溶媒を用いて洗浄することも可能である。なお、このような低沸性有機溶媒で洗浄処理と、水、特に純粋による洗浄処理を組み合わせて行うことももちろん可能である。
【0056】
(分離物質)
本発明においては、以上のような操作によって、有機系排液中に錯体として含まれるPdを簡便な処理で効率よく分離回収できる。代表的には例えば、水洗浄処理後において、回収し乾燥させた固体(分離物)のPd純度が90%以上となり、また被処理液からのPdの回収率を90%以上とすることができる。また、本発明においては、焼却無しで純度の高いパラジウムを得られることから、有機成分を焼却する際に発生する大量の二酸化炭素の発生なく、分離操作としての対環境性の観点からも良好なものである。
【実施例】
【0057】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。
【0058】
実施例1
(被処理液)
この実施例において用いられた有機系排液は、触媒製造工程より提供されたものであった。この有機系排液の組成を、以下の条件にてガスクロマトグラフィーにより測定した。
装置:GC-2014(島津製作所社製)
検出器:水素炎イオン検出器
カラム:G-100(内径:1.2mm、長さ:40m、膜厚:3.0μm)
カラム昇温条件:80℃→10℃/min昇温→240℃(44分ホールド)
注入口条件:250℃、キャリアガス流量:15ml/min
得られた結果は、表1に示す通りのものであった。なお、固形分濃度は、有機排液をシャーレに一部サンプルとして採取して、140℃のホットプレートにて12h静置後に、シャーレ上に残った固形分量を採取したサンプル量で割った値である。
【0059】
表1に示すように、この有機系排液の組成において、有機溶媒としてはアセトンが主要な成分であり、不揮発分は0.76質量%であった。またさらに不揮発分測定後の固形分を坩堝に移したのち、電気炉にて1000℃、1時間焼成後に得られた残渣を王水により溶解させ、溶解液をICP発光分光分析装置(スペクトロ社製、ARCOS:MV130・FHM22)により分析したところ、この有機系排液中にPdは錯体として溶解しており、Pdとしては0.008質量%程度含まれていることが確認された。
【0060】
(濃縮被処理液)
被処理液におけるPd含有量が0.01質量%以下であったので、前記被処理液を蒸留により濃縮処理にかけた。なお、蒸留条件としては、バッチ蒸留釜にて被処理液を仕込み、スチームを加熱源として、バッチ釜内圧力101KPa、とし、約5倍に濃縮した。
このようにして得られた濃縮被処理液についても、その組成を上記と同様にして分析した。得られた結果を表1に示す。
【0061】
表1に示すように、濃縮被処理液の組成においては、有機溶媒としてはDMIが主要な成分となり、不揮発分は4.71質量%であった。なお、このような5倍濃縮を行った状態では、特に処理液中に錯体等として含まれる無機成分が析出、沈降するというようなことは生じず、均一な液相状態を呈していた。なお、得られた濃縮被処理液のpHを(HORIBA社製、D-75)により測定したところ、pH8.7であった。
【表1】
【0062】
濃縮被処理液に含まれるPd濃度は、坩堝に一部サンプルとして濃縮被処理液を採取して、約1000℃、1時間焼成後に得られた残渣を、得られた残渣を王水により溶解させ、溶解液を上記と同じICP発光分光分析装置にて分析することで、Pdとしては0.032質量%含まれていることを確認した。
【0063】
さらに、濃縮被処理液に含まれる無機成分の組成を調べるために、濃縮被処理液を坩堝に入れて約1000℃にて焼成し、得られた残渣の組成(固形分組成)を蛍光X線分析(株式会社リガク製、ZSX PrimusIV)により分析した。得られた結果を表2に示す。
【0064】
【表2】
なお、表2に示す元素のうち、Al、Siは焼成時に使用した坩堝成分でコンタミネーションであると考えられた。またO、Cは蛍光X線分析の際に、セルロースに残渣を加えて錠剤を作って分析していることから多くでている。これらの点から、濃縮被処理液には、Pdに対して、Pが2.89倍量、Naが7.81倍量、Caが0.05倍量、Mgが0.03倍量、Feが0.08倍量、Sが0.16倍量等も含まれていることが確認できた。
【0065】
(選択的析出処理)
上記のようにして調製された濃縮被処理液699.9gに対して、当該濃縮被処理液に含有されるPdに対して約100当量となる量12.74gにてギ酸を添加し、前記被処理液にギ酸が混合されている状態にて、70℃の温度に加温して2時間保持し、析出物を生成した。
【0066】
析出した析出物をろ紙(No.5C)で回収後に、乾燥機にて110℃にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を蛍光X線分析(株式会社リガク製、ZSX PrimusIV)により分析した。得られた結果を表3に示す。
また、ろ紙で回収後に、純水で析出物を十分に洗浄後に、110℃にて乾燥機にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を同様に蛍光X線分析により分析した。得られた結果を表4に示す。
【0067】
【0068】
【0069】
前述したと同様に、表3、4に示す元素のうち、Al、Siは焼成時に使用した坩堝成分でコンタミネーションであると考えられ、O、Cは蛍光X線分析の際に、残渣にセルロースを混ぜて錠剤を作って分析していることから多くでている。この点から、分析時に混入したと思われるO、Cの成分をゼロとして焼成を仮定した際の組成で析出物の構成を見ると、析出物としてはPdが選択的に析出されていることが明らかであり、またろ過後に水洗処理を行うと、得られる析出物における組成が無機成分としてPdが95%以上となり、被処理液からのPdの回収率が90%以上となることが示された。
【0070】
実施例2、参考例1~3
使用する還元剤の量による影響を検討するために、実施例1において還元剤としてのギ酸の添加量を、1当量(参考例1)、2当量(参考例2)、5当量(参考例3)または10当量(実施例2)に変更する以外は、実施例1と同様にしてPdの分離操作を行った。評価方法としては、所定時間が経過し析出物が沈降後の上澄みを、一部サンプリングしPdの量を分析することで、Pdの分離に効果があるか評価した。分析方法は、各サンプリングした液を、るつぼにて1000℃で焼成し、焼成後の液を王水で溶解し、王水の希釈液をICP(スペクトロ社製、ACROS:MV130・FHM22)で分析することで、上澄み液のPd量を定量した。
【0071】
分離操作の条件および得られた結果を表5および6に示す。なお、表6において、還元剤使用時の固形分分離性、Pd沈降率、Pd純度の評価をそれぞれ4段階評価し、◎、〇、△、×で表しているが、これらの評価基準は次の通りである。
【0072】
固形分分離性
× スラリー状、油状
△ 平均粒子径1μm未満
〇 平均粒子径1μm~5μm未満
◎ 平均粒子径5μm以上
【0073】
Pd沈降率
× 30%未満
△ 30%~60%未満
〇 60%~90%未満
◎ 90%以上
【0074】
Pd純度(無機成分比)
× 70%未満
△ 70%~80%未満
〇 80%~90%未満
◎ 90%以上
【0075】
表5、6に示すように、添加するギ酸の量が増加するにつれてPdの沈降率が高くなり、また得られる析出物の粒度が大きくなる傾向が見られたが、添加量が10当量未満では、沈降率が50%以下と回収効率が十分でないことが判った。
【0076】
比較例1~4
使用する還元剤の種類による影響を検討するために、また、実施例1において使用したギ酸に代えてNaBH4を沈降剤として用い、その添加量を、Pdに対して1,5,10,20当量(比較例1~4)とする以外は、実施例1と同様にしてPdの分離操作を行った。NaBH4の添加系においては、それぞれ所定量のNaBH4を添加した時点での上澄みのPd量の確認を行った。NaBH4は室温でPdに対して1当量添加した時点で液が黒色に懸濁することが確認された。分離操作の条件および得られた結果を同様に表5、6に示す。
さらに、Pdに対してNaBH4を20当量添加したもの(比較例4)については、析出した析出物をろ紙(No.5C)で回収後に、乾燥機にて110℃にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を蛍光X線分析(株式会社リガク製、ZSX PrimusIV)により分析した。得られた結果を表7に示す。
また、ろ紙で回収後に、メタノールで析出物を十分に洗浄後に、110℃にて乾燥機にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を同様に蛍光X線分析により分析した。得られた結果を表8に示す。
【0077】
表5、6に示すようにNaBH4の添加系においてもその添加量が増えるに従い、沈降量が外観上増え、粒子径が大きくなる傾向がみられた。また、NaBH4添加後の上澄み液のPd分析では、Pdに対して5当量添加した時点で、Pdの沈降率が90%となりそれ以降の添加ではPd沈降率が横ばいとなった。このように少量の添加においても高い析出作用が観察される一方で、析出物の組成を調べた結果は、表7に示すように、NaBH4を用いた場合の析出物組成は、有機物成分(C,O)を除いて、多い順にNa成分が21.2%で主成分、Cl成分(7.01%)、Pd成分(1.73%)となった。さらにメタノールで沈降物を洗浄することで、表8に示すように、得られる沈降物の重量が洗浄前と比較して84.3wt%程度減り、Pdが27.7%と主成分になったが、無機成分としてはNa,Cl成分をPdの半分量程度含み、またその他の金属成分も多く含む結果となった。
【0078】
比較例5~9
使用する還元剤の種類による影響を検討するために、また、実施例1において使用したギ酸に代えてブチルアルデヒド(比較例5)、ベンズアルデヒド(比較例6)、シュウ酸水溶液(比較例7)、チオ硫酸ナトリウム水溶液(比較例8)またはホスフィン酸ナトリウム水溶液(比較例9)を沈降剤として用い、その添加量を、Pdに対して表5にそれぞれ示す当量とする以外は、実施例1と同様にしてPdの分離操作を行った。分離操作の条件および得られた結果を同様に表5、6に示す。
【0079】
表5、6に示すようにブチルアルデヒド(比較例5)、ベンズアルデヒド(比較例6)、シュウ酸水溶液(比較例7)の添加系においては、Pdに対して比較的多い当量を添加しても沈降量が少なく、析出沈降によるPd回収が困難となる結果であった。チオ硫酸ナトリウム水溶液(比較例8)およびホスフィン酸ナトリウム水溶液(比較例9)においては、沈降量は多かった。
特に沈降量の多かったホスフィン酸ナトリウム水溶液(比較例9)についての析出物について、実施例1におけると同様に、析出した析出物をろ紙(No.5C)で回収後に、乾燥機にて110℃にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を蛍光X線分析(株式会社リガク製、ZSX PrimusIV)により分析した。得られた結果を表9に示す。
また、ろ紙で回収後に、純水で析出物を十分に洗浄後に、110℃にて乾燥機にて乾燥し、12時間乾燥後の固形分を同様に蛍光X線分析により分析した。得られた結果を表10に示す。表9および10に示す結果から明らかなように、ホスフィン酸ナトリウム水溶液を用いた場合には、ギ酸に比べて洗浄後のPd純度や分離性は低いものであった。
また、ホスフィン酸ナトリウムはガス発生の確認試験で水素が多く発生した。
【0080】
【0081】
【0082】
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
実施例3および比較例10
還元剤として、本発明に係るギ酸と、前記比較例9に示すように沈降量としては比較的良好な結果を示したホスフィン酸ナトリウム沈降法に関して、ガス発生確認試験を実施し、反応中に発生するガスの種類、量を確認した。方法としては、マントルヒーターに四つ口フラスコを設置し、濃縮液原料200g仕込み、攪拌子を入れ、攪拌した状態で、還元剤としてギ酸の場合はPdに76当量となる量(3.2g)、ホスフィン酸ナトリウムの場合はPdに対して21当量となる量(2.1g)加えた。還元剤を加えた後に、ジムロート冷却管を設置、冷却水を流し、加熱時の液が冷却し戻る状態(全還流状態)とし、ガスサンプリングバッグをジムロート冷却管間の出口に設置し、70℃に加熱し2時間ガス採取をした。さらに70℃で2時間加熱後は系内を100Torr(13332.2Pa)にダイアフラムポンプにて減圧した。減圧にした際の系内ガスをダイアフラムポンプ出口に設置したガスサンプリングバッグにて捕集した。採取したガスは、一部ガスクロマトグラフィー(TCD)にて分析し組成を求めた。なお、ガスクロマトグラフィーにおける条件は次の通りであった。
装置:GC-2014(島津製作所社製)
検出器:熱伝導度検出器
SHIN CARBON ST
温度条件:40℃(12分ホールド)→10℃/min昇温→200℃(42分ホールド)
注入口条件:200℃、キャリアガス流量:45ml/min
【0087】
ガスクロマトグラフィーで分析した後に、200mlシリンジでガスサンプリングバッグ内の気体を抜き取り、サンプリングバッグ内の気体量を測定した。得られた結果を表11に示す。
【0088】
実施例4
さらに還元剤として、本発明に係るギ酸を用いる場合において、加熱温度を変えてガス発生確認試験を実施し、反応中に発生するガスの種類、量を確認した。方法としては、上記実施例3の場合と同様の装置構成を用いて、濃縮液原料200gに対して、還元剤としてギ酸の場合はPdに15当量となる量(0.5g)を加え、全還流状態で、80℃に加熱し6時間ガス採取をした。加熱後は系内を100Torr(13332.2Pa)にダイアフラムポンプにて減圧した。減圧にした際の系内ガスをダイアフラムポンプ出口に設置したガスサンプリングバッグにて捕集し、実施例3と同様に一部ガスクロマトグラフィー(TCD)にて分析し組成を求めた。得られた結果を表11に示す。
【0089】
【0090】
結果としては、同じ70℃で加熱した場合、ホスフィン酸ナトリウム使用時(比較例10)は、水素が25.1ml発生し、Pdに対しては1.2当量となる量の水素発生量で、若干量多い結果であったので、他物質も還元されたものと推定された。一方ギ酸使用時(実施例3)は、水素が9.44ml、二酸化炭素が44.31ml発生し、水素の発生量はPdに対して0.5当量、二酸化炭素はPdに対して2.2当量発生する結果であった。水素発生量が少ないのは、還元反応においてギ酸が消費される際に、ヒドリド錯体を経由して反応しているためであり、水素発生しない機構で還元反応が進むことで、本発明では、水素の発生量を抑えた安全性の高い還元反応となっている。ホスフィン酸ナトリウムと比較して、ギ酸を用いた場合は水素の発生量が少ないことと、二酸化炭素が水素に対して4.7倍量発生する結果であったことから、不活性ガスである二酸化炭素で水素は希釈されるため、ホスフィン酸ナトリウムを用いた場合と比較すると、ギ酸を還元剤として用いる本発明に係る処理は、より安全側であることが確認できた。
【0091】
また、ギ酸を用いた場合に、加熱処理温度を上げ、処理時間を長くした場合(実施例4)、80℃時では水素が30.68ml(Pdに対して1.37当量)、二酸化炭素が54.03ml(Pdに対して2.40当量)発生した。各ガス発生量を実施例3(加熱温度70℃)の場合と比較すると、二酸化炭素は1.1倍程度であまり増加せず、水素は3倍程度増える結果となった。実施例4では実施例3と比較してギ酸の投入量が少ないにも関わらず水素発生量が多い結果となったため、加熱温度条件としては50~100℃の範囲内であっても、実施例3におけるような70℃以下、すなわち50~70℃の範囲が安全性の上でより好ましい条件であると考えられた。
【0092】
参考例4
実施例1において、還元剤としてのギ酸の添加後の処理温度を室温(25℃)に変更する以外は実施例1と同様にして、被処理溶液中のPdの析出処理を行ったが、この温度条件下では、72当量と比較的多量のギ酸を添加しているにもかかわらず、析出が短時間では生じず、約10日前後経ってはじめて沈殿が生じる結果となった。
【0093】
実施例5
被処理液のpHによるPdの析出に対する影響を調べるため、上記実施例1~4の場合(pH8.7)とは異なる条件下においてPdの析出処理を行った。上記実施例1~4において用いた濃縮被処理液に対し、NaOHがPdに対して234当量となるように添加し、塩基が過剰量存在している条件の塩基性濃縮被処理液を調製した。この塩基性濃縮被処理液のpHは12.0であった。この塩基性濃縮被処理液に対して、ギ酸をPdに対して102当量添加し、前記被処理液にギ酸が混合されている状態にて、70℃の温度に加温して2時間保持し、析出物を生成した。組成としては、実施例1で用いたと同様の濃縮被処理液11.5gに、NaOH0.38g、ギ酸0.19gを加えたものであった。その結果、黒色の沈殿物が生じPd沈降率は良好ではあったが、沈降物の粒子が細かく、固形分離性という観点からは少し低い評価のものとなった。なお、2時間加熱後のPHは7.3となっていた。この結果より塩基性条件下とすることで、ギ酸塩が生じ、ギ酸塩もアルデヒド基をもつことより還元作用により、Pdの沈降は促進されたが、塩基性条件下では、沈降物の粒子が安定したため、粒子が成長せず、粒子径が細かくなったと考えられた。逆に酸性条件下では、粒子が不安定となり、他粒子との分子間相互作用により粒子が成長(凝集)したと考えられる。このことから、被処理液が塩基性条件である場合、Pdに対して10当量以上となる量のギ酸またはギ酸誘導体を添加することに加えて、任意の量の酸(ギ酸でも可)を添加することで、被処理液のpHを中性ないし酸性のものとして処理を行うことが好ましいと考えられた。