(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-09-24
(45)【発行日】2025-10-02
(54)【発明の名称】触媒層形成用転写膜の評価方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20250925BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20250925BHJP
【FI】
H01M4/86 Z
H01M4/88 K
(21)【出願番号】P 2024008891
(22)【出願日】2024-01-24
【審査請求日】2024-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【氏名又は名称】星野 寛明
(72)【発明者】
【氏名】黒須 文美
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-118181(JP,A)
【文献】特開2020-173905(JP,A)
【文献】特表2023-511038(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の上に積層され、転写によって燃料電池の触媒層を形成する触媒層形成用転写膜の評価方法であって、
SAICAS法により、切削刃を移動させながら水平力を測定し、
前記切削刃を前記触媒層形成用転写膜に挿入してから前記触媒層形成用転写膜が破断するまでの間の水平力の最大値を得て、前記水平力の最大値に基づいて前記触媒層形成用転写膜の転写時のハンドリング性を評価する、触媒層形成用転写膜の評価方法。
【請求項2】
前記転写時のハンドリング性は、前記燃料電池の電解質膜に前記触媒層形成用転写膜を転写させた直後の触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を含む、請求項1に記載の触媒層形成用転写膜の評価方法。
【請求項3】
さらに、前記転写時のハンドリング性は、前記触媒層形成用転写膜にねじり外力を付加したときの前記触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を含む、請求項2に記載の触媒層形成用転写膜の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒層形成用転写膜の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、より多くの人々が手ごろで信頼でき、持続可能かつ先進的なエネルギーへのアクセスを確保できるようにするため、エネルギーの効率化に貢献する燃料電池に関する研究開発が行われている。燃料電池は、一般に、電解質膜を介して対向配置されたアノード側触媒層とカソード側触媒層とを含む電極構造体(MEA)を有する。電極構造体を製造する方法として、電解質膜に触媒層形成用の転写膜を転写することが行われている。触媒層の転写不良を回避するため、触媒層形成用転写膜の状態で転写不良の発生を評価できる評価方法が検討されている。例えば、SAICAS法により、切削刃が転写膜と転写膜の基材との界面に到達した時の垂直力と水平力とを測定し、得られた垂直力の値を水平力の値で除した商により、転写不良の発生の有無を予測する評価方法が検討されている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃料電池に関する技術では、生産性の向上が課題の一つである。よって、種々の触媒層形成用転写膜を用いた場合でも触媒層の転写不良の発生を精度よく評価できる評価方法が望まれている。しかしながら、SAICAS法を用いた従来の評価方法は、切削刃が触媒層形成用転写膜と基材との界面に到達した時の垂直力と水平力とを測定しているため、切削刃が界面に到達する間に触媒層形成用転写膜が破断するような場合には適用できない。
【0005】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、破断しやすい触媒層形成用転写膜に対して、触媒層の転写不良の発生などの転写時のハンドリング性を精度よく評価できる触媒層形成用転写膜の評価方法を提供することを目的とする。そして、延いてはエネルギー効率の改善に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、SAICAS法により、切削刃を移動させながら測定した水平力のデータの中から、測定切削刃を触媒層形成用転写膜に挿入してから触媒層形成用転写膜が破断するまでの間の水平力の最大値を用いて、転写時のハンドリング性を評価することによって、上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
(1)基材の上に積層され、転写によって燃料電池の触媒層を形成する触媒層形成用転写膜の評価方法であって、SAICAS法により、切削刃を移動させながら水平力を測定し、前記切削刃を前記触媒層形成用転写膜に挿入してから前記触媒層形成用転写膜が破断するまでの間の水平力の最大値を得て、前記水平力の最大値に基づいて前記触媒層形成用転写膜の転写時のハンドリング性を評価する、触媒層形成用転写膜の評価方法。
【0008】
(1)の触媒層形成用転写膜の評価方法によれば、切削刃を移動させながら測定した水平力のデータの中から、切削刃を触媒層形成用転写膜に挿入してから触媒層形成用転写膜が破断するまでの間の水平力の最大値を用いるので、触媒層形成用転写膜が破断しやすくても転写時のハンドリング性を精度よく予測することができる。
【0009】
(2)前記転写時のハンドリング性は、前記燃料電池の電解質膜に前記触媒層形成用転写膜を転写させた直後の前記触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を含む、(1)に記載の触媒層形成用転写膜の評価方法。
【0010】
(2)の触媒層形成用転写膜の評価方法によれば、上記の水平力から、燃料電池の電解質膜に触媒層形成用転写膜を転写させた直後の触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を予測することができる。
【0011】
(3)さらに、前記転写時のハンドリング性は、前記触媒層形成用転写膜にねじり外力を付加したときの前記触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を含む、(2)に記載の触媒層形成用転写膜の評価方法。
【0012】
(3)の触媒層形成用転写膜の評価方法によれば、上記の水平力から、前記触媒層形成用転写膜にねじり外力を付加したときの触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を予測することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば破断しやすい触媒層形成用転写膜に対して、触媒層の転写不良の発生などの転写時のハンドリング性を精度よく評価できる触媒層形成用転写膜の評価方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態に係る触媒層形成用転写膜の評価方法において、評価対象である触媒層形成用転写膜を有する転写材の一例の断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る触媒層形成用転写膜の評価方法において、触媒層形成用転写膜が破断した状態を示す断面図である。
【
図3】実施例1で測定した触媒層形成用転写膜の水平力のデータを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態に係る触媒層形成用転写膜の評価方法を、添付図面を参照しながら説明する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明を例示するものであって、本発明は以下に限定されるものではない。
【0016】
図1は、本発明の一実施形態に係る触媒層形成用転写膜の評価方法において、評価対象である触媒層形成用転写膜を有する転写材の一例の断面図である。
【0017】
図1に示すように、転写材10は、触媒層形成用転写膜11と基材12とを積層した積層体である。触媒層形成用転写膜11の剥離強度は、0.01N/cm以上0.2N/cm以下の範囲内にあってもよい。
【0018】
基材12は、触媒層形成用転写膜11を支持する部材である。基材12としては特に制限はなく、従来の転写材で利用されている基材を用いることができる。触媒層形成用転写膜11は、燃料電池の電解質膜の表面に転写され、燃料電池の触媒層を形成するものである。触媒層は、カソード側触媒層であってもよいし、アノード側触媒層であってもよい。触媒層形成用転写膜11は、SAICAS法で用いられる切削刃が基材12と触媒層形成用転写膜11との界面に到達する前に、切削刃によって破断するものである。触媒層形成用転写膜11としては特に制限はなく、従来の燃料電池の触媒層で利用されているものを用いることができる。
【0019】
本実施形態の触媒層形成用転写膜の評価方法では、SAICAS法により、切削刃を移動させながら水平力を測定する。そして測定した水平力のデータの中から、測定切削刃を触媒層形成用転写膜に挿入してから触媒層形成用転写膜が破断するまでの間の水平力の最大値を得る。
【0020】
図2は、触媒層形成用転写膜が破断した状態を示す断面図である。
図2に示すように、SAICAS(Surface And Interfacial Cutting Analysis System:表面・界面切削解析システム)法では、先端21が尖った切削刃20を、触媒層形成用転写膜11の表面から挿入して、斜め下方(
図2の矢印方向)に一定の速度で移動させる。水平力は、切削刃20に対して触媒層形成用転写膜11の水平方向に付与される力である。本実施形態では、触媒層形成用転写膜11と切削刃20が基材12との界面に到達する前に、触媒層形成用転写膜11に破断部15が生成する。触媒層形成用転写膜11に破断部15が生成したことは、例えば水平力の測定後に、触媒層形成用転写膜11の断面を観察することによって確認することができる。
【0021】
図3は、後述の実施例1で測定した触媒層形成用転写膜の水平力のデータを示すグラフである。
図3のグラフにおいて、横軸は切削刃20を挿入してからの時間であり、縦軸は水平力である。
図3のグラフから、水平力は、時間の経過、すなわち切削刃20の挿入深さが深くなるにともなって増加し、その後急激に低下することがわかる。水平力が急激に低下した時点は、触媒層形成用転写膜11が破断したときである。水平力の最大値は、通常、触媒層形成用転写膜11が破断する直前の水平力である。
【0022】
本実施形態の触媒層形成用転写膜の評価方法では、水平力の最大値に基づいて触媒層形成用転写膜11の転写時のハンドリング性を評価する。評価基準は、触媒層形成用転写膜11とそれが転写される電解質膜との親和性などの要因によって変動するため、一律に定めることはできないが、通常、水平力の最大値が0.2N以上である場合を合格とすることができる。
【0023】
以上のような構成とされた本実施形態の触媒層形成用転写膜の評価方法によれば、切削刃20を移動させながら測定した水平力のデータの中から、切削刃20を触媒層形成用転写膜11に挿入してから触媒層形成用転写膜11が破断するまでの間の水平力の最大値を用いるので、触媒層形成用転写膜11が破断しやすくても、電解質膜への転写不良の発生などのハンドリング性を精度よく予測することができる。例えば、上記の水平力から、燃料電池の電解質膜に触媒層形成用転写膜を転写させた直後の触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を予測することができる。さらに、上記の水平力から、触媒層形成用転写膜にねじり外力を付加したときの触媒層形成用転写膜の剥がれ及び切れ目の有無を予測することができる。
【実施例】
【0024】
[実施例1]
試料1~4の転写材を用意した。転写材は、触媒層形成用転写膜と基材とを積層した積層体である。
【0025】
各試料の触媒層形成用転写膜について、SAICAS法により水平力を測定した。その結果を
図3に、最大水平力を下記の表1に示す。水平力の測定は、SAICAS(DN-GS型、ダイプラ・ウインテス株式会社製)を用いて行った。切削刃は、刃幅:1mm、すくい角度:20度、逃げ角度:10度、材質:ボラゾンのセラミック刃を用いた。測定条件は、測定モード:定速度モード、垂直速度:0.5μm/sec、水平速度:5μm/secとした。なお、水平力測定後の触媒層形成用転写膜の断面を、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察した結果、試料1~4の全ての触媒層形成用転写膜は破断していた。
【0026】
各試料の触媒層形成用転写膜について、剥離強度を測定した。その結果を、下記の表1に示す。剥離強度の測定は、90度ピール強度試験により行った。転写材を長さ100mm、幅20mmとなるように切断して、剥離強度測定用試料を作製した。剥離強度測定用試料の触媒層形成用転写膜が下側に、基材が上側となるように、両面テープ(5000NS-25、日東電工株式会社製)を用いて試験装置テーブルに張り合わせた。触媒層形成用転写膜の基材を300mm/minの速度で引き剥がして、90度ピール強度を測定した。剥離した基材の表面を観察したところ、試料1~4のいずれの基材についても触媒層形成用転写膜は付着していなかった。よって、90度ピール強度試験による触媒層形成用転写膜の剥離モードは、界面剥離であることが確認された。
【0027】
各試料の転写時のハンドリング性を以下の方法により評価した。その結果を、下記の表1に示す。
【0028】
(転写時のハンドリング性の評価)
電解質膜の表面に、試料の触媒層形成用転写膜を重ね合わせ、得られた積層体を、クッション材を介してプレス装置に配置し、温度:136℃、加圧力:30kgf/cm2、加圧時間:5secの条件で平プレスして、触媒層形成用転写膜を電解質膜に圧着させた後、試料の基材を剥がし取って、電解質膜の表面に触媒層形成用転写膜を転写した電解質膜-触媒層形成用転写膜積層体を得た。
【0029】
転写直後の触媒層形成用転写膜の表面を目視で観察し、剥がれ及び1mm以上の切れ目の有無を確認した。その結果、100cm2当たりの剥がれ及び切れ目の数が1個以下を5点、2個以上5個以下を3点、6個以上を0点とした。そのスコアを表1に示す。
【0030】
電解質膜-触媒層形成用転写膜積層体を半径80mmのロールに抱き角90度の条件で搬送して、触媒層形成用転写膜にねじり外力を付加した。ねじり外力を付加した触媒層形成用転写膜の剥がれ及び1mm以上の切れ目の有無を確認した。その結果、100cm2当たりの剥がれ及び切れ目の数が1個以下を5点、2個以上5個以下を3点、6個以上を0点とした。そのスコアを表1に示す。
【0031】
転写直後の触媒層形成用転写膜のスコアとねじり外力を付加した触媒層積層体のスコアの合計を求めた。そのスコア合計点数が8点以上をAとし、5点以上6点以下をBとし、3点以下をCとした。その結果を表1に示す。
【0032】
【0033】
表1の結果から、SAICAS法によって測定された水平力の最大値と、転写時のハンドリング性とは高い相関関係にあることが分かる。
【符号の説明】
【0034】
10 転写材
11 触媒層形成用転写膜
12 基材
15 破断部
20 切削刃
21 先端