IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

<>
  • -船舶制御システム及び船舶 図1
  • -船舶制御システム及び船舶 図2
  • -船舶制御システム及び船舶 図3
  • -船舶制御システム及び船舶 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-10-01
(45)【発行日】2025-10-09
(54)【発明の名称】船舶制御システム及び船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 25/04 20060101AFI20251002BHJP
   B63H 25/42 20060101ALI20251002BHJP
   B63H 21/21 20060101ALI20251002BHJP
   B63B 79/10 20200101ALI20251002BHJP
   B63B 49/00 20060101ALI20251002BHJP
   B63B 79/40 20200101ALI20251002BHJP
【FI】
B63H25/04 H
B63H25/42 E
B63H25/42 A
B63H21/21
B63B79/10
B63B49/00 Z
B63B79/40
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021163890
(22)【出願日】2021-10-05
(65)【公開番号】P2022066156
(43)【公開日】2022-04-28
【審査請求日】2024-08-13
(31)【優先権主張番号】P 2020174434
(32)【優先日】2020-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 栄治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 寿恭
(72)【発明者】
【氏名】中川 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】豊田 裕司
(72)【発明者】
【氏名】田口 敏彰
【審査官】福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-110749(JP,A)
【文献】特開2010-058741(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0060077(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0247518(US,A1)
【文献】特開2005-319967(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63H 25/04
B63H 25/42
B63H 21/21
B63B 79/10
B63B 49/00
B63B 79/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力が制限されたとき、出力が制限された推進装置がいずれであるか及び出力が制限された推進装置の上限出力を含む出力制限情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記出力制限情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力が制限されていない推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに、出力が制限された推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する一部出力制限操舵制御を実行する処理装置を備えている、船舶制御システム。
【請求項2】
前記処理装置は、前記一部出力制限操舵制御を実行するにあたり、出力が制限された推進装置を停止させない範囲で、出力が制限された推進装置の出力の大きさを決定する、請求項1に記載の船舶制御システム。
【請求項3】
前記処理装置が前記一部出力制限操舵制御を実行するか否かを選択可能な設定装置をさらに備えている、請求項1又は2に記載の船舶制御システム。
【請求項4】
前記設定装置は、前記船舶上に位置するとともに、前記船舶上以外の位置に位置している、請求項3に記載の船舶制御システム。
【請求項5】
前記処理装置が前記一部出力制限操舵制御を実行しているか否かを表示する監視装置をさらに備えている、請求項1乃至4のうちいずれか一の項に記載の船舶制御システム。
【請求項6】
前記複数の推進装置を備え、
請求項1乃至5のうちいずれか一の項に記載の船舶制御システムによって制御される、船舶。
【請求項7】
前記複数の推進装置は、船体の右側部分に設置された推進装置と船体の左側部分に設置された推進装置の2つの推進装置によって構成されている、請求項6に記載の船舶。
【請求項8】
船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になったとき、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置がいずれであるか及び出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の発生方向を含む方向設定不能情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記方向設定不能情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力の発生方向の設定が可能な推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の大きさを決定する一部方向設定不能操舵制御を実行する処理装置を備えている、船舶制御システム。
【請求項9】
前記処理装置は、前記一部方向設定不能操舵制御を実行するにあたり、所定の条件が満たされた場合には出力の発生方向の設定が不能である推進装置を停止させない範囲で出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の大きさを決定する、請求項8に記載の船舶制御システム。
【請求項10】
前記処理装置が前記一部方向設定不能操舵制御を実行するか否かを選択可能な設定装置をさらに備えている、請求項8又は9に記載の船舶制御システム。
【請求項11】
前記設定装置は、前記船舶上に位置するとともに、前記船舶上以外の位置に位置している、請求項10に記載の船舶制御システム。
【請求項12】
前記処理装置が前記一部方向設定不能操舵制御を実行しているか否かを表示する監視装置をさらに備えている、請求項8乃至11のうちいずれか一の項に記載の船舶制御システム。
【請求項13】
前記複数の推進装置を備え、
請求項8乃至12のうちいずれか一の項に記載の船舶制御システムによって制御される、船舶。
【請求項14】
前記複数の推進装置は、船体の右側部分に設置された推進装置と船体の左側部分に設置された推進装置の2つの推進装置によって構成されている、請求項13に記載の船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、船舶制御システム及び船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶には複数の推進装置を備えるものがある(例えば、特許文献1参照)。推進装置を複数備えた船舶では、操舵装置(操舵レバー等)を用いて船体の操船方向を指定すると、指定した操船方向に船体が移動するよう各推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向が自動で決定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-131178号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような船舶では、各推進装置が正常であることを前提として設計されているため、一部の推進装置に異常が発生した場合、指定した操船方向に船体を移動させることができない場合がある。これを踏まえ、本開示は、複数の推進装置のうちの一部の推進装置に異常が発生したとしても、通常時と同じように、操舵装置が指定した操船方向に船体が移動するよう船舶を制御する船舶制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様に係る船舶制御システムは、船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力が制限されたとき、出力が制限された推進装置がいずれであるか及び出力が制限された推進装置の上限出力を含む出力制限情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記出力制限情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力が制限されていない推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに、出力が制限された推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する一部出力制限操舵制御を実行する処理装置を備えている。
【0006】
本開示の他の態様に係る船舶制御システムは、船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になったとき、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置がいずれであるか及び出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の発生方向を含む方向設定不能情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記方向設定不能情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力の発生方向の設定が可能な推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の大きさを決定する一部方向設定不能操舵制御を実行する処理装置を備えている。
【発明の効果】
【0007】
上記の構成によれば、複数の推進装置のうちの一部の推進装置に異常が発生したとしても、通常時と同じように、操舵装置が指定した操船方向に船体が移動するよう船舶を制御する船舶制御システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、船舶の平面図である。
図2図2は、船舶及び船舶制御システムのブロック図である。
図3図3は、正常操舵制御及び一部出力制限操舵制御の一例を示した表である。
図4図4は、正常操舵制御及び一部方向設定不能操舵制御の一例を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<船舶>
はじめに本実施形態に係る船舶100について説明する。図1は、船舶100の平面図である。図1の紙面上方、下方、右方、左方が、それぞれ船体101の前方、後方、右方、左方に相当する。船体101の前方部分が船首であり、船体101の後方部分が船尾である。また、図2は、船舶100及び船舶制御システム200のブロック図である。図1及び図2に示すように、本実施形態に係る船舶100は、第1推進装置10と、第2推進装置20と、操舵装置30と、を備えている。
【0010】
第1推進装置10は、船体101の右側後方部分に配置されている。本実施形態の第1推進装置10はいわゆる旋回式アジマススラスタである。推力発生部11はプロペラ12を有しており、推力発生部11は旋回軸13を中心に水平方向に旋回する。これにより、第1推進装置10は、任意の方向に任意の大きさの出力(推力)を発生させることができる。なお、第1推進装置10は、旋回式アジマススラスタでなく、ラインシャフトプロペラとラダーで構成されていてもよい。
【0011】
第2推進装置20は、船体101の左側後方部分に設置されている。第2推進装置20は設置位置を除き、第1推進装置10と同じ構成である。本実施形態の第2推進装置20はいわゆる旋回式アジマススラスタである。推力発生部21はプロペラ22を有しており、推力発生部21は旋回軸23を中心に水平方向に旋回する。これにより、第2推進装置20は、任意の方向に任意の大きさの出力(推力)を発生させることができる。なお、第2推進装置20は、旋回式アジマススラスタでなく、ラインシャフトプロペラとラダーで構成されていてもよい。
【0012】
操舵装置30は、船体101の操船方向及び移動速度の増減を指定する装置である。本実施形態の操舵装置30は、一例として、図外の操舵レバーを有しており、操舵レバーを倒す方向によって船体101の操船方向を指定することができ、倒す角度によって船体101の移動速度の増減を指定することができる。船体101の操船方向には、「前進」及び「後進」の他、船首を右に向ける「右回頭」、船首を左に向ける「左回頭」、その場で右回りに回転する「その場回頭(右回り)」、その場で左回りに回転する「その場回頭(左回り)」が含まれる。なお、操舵装置30は、操舵レバーに代えて、船体101の操船方向及び移動速度の増減を指定することが可能な操舵レバー以外のスラスタ操作部を有していてもよい。
【0013】
<船舶制御システム>
次に、本実施形態に係る船舶制御システム200について説明する。船舶制御システム200は、船舶100を制御するシステムである。図2に示すように、船舶制御システム200は、処理装置40と、設定装置50と、監視装置60と、記憶装置70と、を備えている。
【0014】
処理装置40は、操舵装置30で指定した船体101の操船方向及び移動速度の増減を含む指令情報を操舵装置30から取得することができる。処理装置40は、操舵装置30から取得した指令情報に基づいて、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する。本実施形態の処理装置40は、後述する「正常操舵制御」、「一部出力制限操舵制御」又は「一部方向設定不能操舵制御」を実行することにより、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する。
【0015】
また、処理装置40は、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定した後、決定した出力の大きさ及び出力の発生方向に応じた制御信号を各推進装置10、20に送信する。これにより、各推進装置10、20が処理装置40によって決定された大きさ及び方向に出力を発生するように、各推進装置10、20の回転速度、翼角度、及び、旋回角度が設定される。また、処理装置40は、各推進装置10、20の実際の回転速度、翼角度、及び、旋回角度(実旋回角度)を各推進装置10、20から取得することができる。
【0016】
なお、処理装置40は、船舶100上に位置していてもよく、陸上に位置していてもよく、船舶100とは別の船舶(支援船等)上に位置していてもよい。例えば、処理装置40は、陸上のサーバーであって、船舶100上の機器とインターネット回線を利用して情報をやり取りできるように構成されていてもよい。この場合、処理装置40は、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定した後、決定した各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向に関する情報を例えば船舶100上に位置する図外の制御装置に送信し、制御装置が各推進装置10、20に制御信号を送信してもよい。つまり、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向の決定は処理装置40が行い、各推進装置10、20への制御信号の送信は処理装置40以外の装置が行ってもよい。
【0017】
設定装置50は、種々の設定を行う装置である。本実施形態の設定装置50は、処理装置40が「一部出力制限操舵制御」を実行するか否かを選択できるとともに、処理装置40が「一部方向設定不能操舵制御」を実行するか否かを選択することができる。設定装置50は、船舶100上に位置し、乗船者によって操作されてもよい。また、設定装置50は、陸上に位置し又は船舶100とは別の船舶上に位置し、船舶100の乗船者以外の者によって操作されてもよい。さらに、設定装置50は、複数箇所に位置していてもよい。例えば、設定装置50は、船舶100上に位置するとともに、陸上又は船舶100とは別の船舶上(すなわち、船舶100上以外の位置)に位置していてもよい。この場合、船舶100の乗船者と船舶100の乗船者以外の者のいずれによっても設定装置50の操作が可能である。なお、処理装置40と設定装置50が互いに異なる位置に位置している場合は、設定装置50はインターネット回線を介して処理装置40に情報を送信してもよい。
【0018】
監視装置60は、処理装置40による制御状況を監視する装置である。監視装置60は、処理装置40から種々の情報を取得してディスプレイに表示することができる。本実施形態では、処理装置40が「一部出力制限操舵制御」を実行しているか否かを表示することができるとともに、処理装置40が「一部方向設定不能操舵制御」を実行しているか否かを表示することができる。また、本実施形態の監視装置60は、船舶100上に位置していてもよく、陸上に位置してもよく、上記の船舶100とは別の船舶上に位置していてもよい。処理装置40と監視装置60が互いに異なる位置に位置している場合は、監視装置60はインターネット回線を介して処理装置40から情報を取得してもよい。また、監視装置60と設定装置50が同じ位置しに位置している場合は、監視装置60は設定装置50と一体に形成されていてもよい。
【0019】
記憶装置70は、種々の情報を記憶する装置である。記憶装置70は、船舶100の運転データ及び処理装置40が実行した制御データの他、後述する出力制限情報及び方向設定不能情報等を記憶する。記憶装置70は、処理装置40を介して情報を取得するとともに、記憶した情報を処理装置40に送信する。記憶装置70は、船舶100上に位置していてもよく、陸上に位置していてもよく、船舶100とは別の船舶上に位置していてもよい。処理装置40と記憶装置70が互いに異なる位置に位置している場合は、記憶装置70はインターネット回線を介して処理装置40と情報をやり取りしてもよい。
【0020】
<正常操舵制御>
次に、処理装置40が実行する正常操舵制御、一部出力制限操舵制御、及び、一部方向設定不能操舵制御について説明する。はじめに、正常操舵制御について説明する。正常操舵制御は、各推進装置10、20に異常がない場合に行われる制御である。正常操舵制御が開始されると、処理装置40は操舵装置30から指令情報を取得する。前述のとおり、指令情報には、操舵装置30で指定された船体101の操船方向及び移動速度の増減が含まれる。
【0021】
続いて、処理装置40は、取得した指令情報に基づいて、指定された移動速度で指定された操船方向に船体101が移動するように各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する。その後、処理装置40は、決定した出力の大きさ及び出力の発生方向に応じた制御信号を各推進装置10、20に送信する。これにより、各推進装置10、20の回転速度、翼角度、及び、旋回角度が設定される。
【0022】
図3は、正常操舵制御及び一部出力制限操舵制御の一例を示した図である。図3における正常操舵制御の欄には、正常操舵制御を実行した場合における、各操船方向に対応する各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向が示されている。図3において、出力の大きさは、各推進装置10、20を示す図の大きさで表している。また、出力の発生方向は、各推進装置10、20を示す図の傾きで表している。また、図3で示す例では、正常操舵制御時においては、各推進装置10、20は定常時の100%の出力に維持されるものとする。ただし、各推進装置10、20の出力は変動させてもよい。
【0023】
図3に示すように、本実施形態では正常操舵制御において、指令された操船方向が「前進」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向をいずれも後方に決定する。これにより、船体101は前進する。また、指令された操船方向が「後進」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向をいずれも前方に決定する。これにより、船体101は後進する。
【0024】
指定された操船方向が「左回頭」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を左斜め後方に決定する。各推進装置10、20は船体101の後方部分に配置されているため、各推進装置10、20が左斜め後方に出力を発生すれば、船体101は重心102を中心にしてわずかに左回りに回転しながら前進する。また、指定された操船方向が「右回頭」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を右斜め後方に決定する。これにより、船体101は重心102を中心にしてわずかに右回りに回転しながら前進する。
【0025】
指定された操船方向が「その場回頭(左回り)」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を左方に決定する。各推進装置10、20は船体101の後方部分に配置されているため、各推進装置10、20が左方に出力を発生すれば、船体101は重心102を中心にしてその場回頭(左回り)する。また、指定された操船方向が「その場回頭(右回り)」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を右方に決定する。これにより、船体101は重心102を中心にしてその場回頭(右回り)する。
【0026】
<一部出力制限操舵制御>
次に、一部出力制限操舵制御について説明する。一部出力制限操舵制御は、第1推進装置10及び第2推進装置20のうち、いずれか一方の出力が制限された場合に行われる。例えば、第1推進装置10において故障の予兆が検出された場合は、第1推進装置10の出力が制限され、第1推進装置10の上限出力が決定される。例えば、第1推進装置10のギア、軸受、プロペラ12が損傷した場合や、プロペラ12の翼角度を変更するための油圧機器などが故障した場合に、第1推進装置10の出力が制限される。
【0027】
一部出力制限操舵制御が開始されると、処理装置40は指令情報及び出力制限情報を取得する。前述したとおり、指令情報には、操舵装置30で指定された船体101の操船方向及び移動速度の増減が含まれる。一方、出力制限情報には、出力が制限された推進装置がいずれであるか及び出力が制限された推進装置の上限出力が含まれる。例えば、第1推進装置10の出力が定常出力の80%に制限された場合、処理装置40は、出力が制限された推進装置が第1推進装置10であること及び第1推進装置10の上限出力が定常出力の80%であることを含む出力制限情報を取得する。
【0028】
続いて、処理装置40は、取得した指令情報及び出力制限情報に基づいて、操舵装置30で指定した移動速度で指定した操船方向に船体101が移動するよう各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する。その後、処理装置40は、決定した出力の大きさ及び出力の発生方向に応じた制御信号を各推進装置10、20に送信する。これにより、各推進装置10、20の回転速度、翼角度、及び、旋回角度が設定される。
【0029】
図3における一部出力制限操舵制御の欄には、一部出力制限操舵制御を実行した場合における、各操船方向に対応する各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向の一例を示している。図3で示す例では、第1推進装置10の出力が制限されたものとする。また、一部出力制限操舵制御においては、第1推進装置10は上限出力(上記の例では定常出力の80%)に維持されるものとし、第2推進装置20は定常出力の100%の出力に維持されるものとする。ただし、各推進装置10、20の出力を変動させてもよい。
【0030】
図3に示すように、本実施形態では一部出力制限操舵制御において、指令された操船方向が「前進」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を後方に決定するのではなく、左斜め後方に決定する。第1推進装置10は、第2推進装置20よりも出力が小さいため、上記のように決定することにより、船体101は前進する。また、指令された操船方向が「後進」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を前方に決定するのではなく、右斜め前方に決定する。これにより、船体101は後進する。
【0031】
また、指定された操船方向が「左回頭」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を左斜め後方に決定する。ただし、正常操舵制御時よりも左寄り、つまり前後方向に延びる基準軸との相対角度が正常操舵制御時よりも大きい値に決定する。また、指定された操船方向が「右回頭」の場合は、処理装置40は各推進装置10、20の出力の発生方向を右斜め後方であって、正常操舵制御時よりも右寄りに決定する。
【0032】
指定された操船方向が「その場回頭(左回り)」の場合は、処理装置40は正常操舵制御時と同じように各推進装置10、20の出力の発生方向を左方に決定する。また、指定された操船方向が「その場回頭(右回り)」の場合は、処理装置40は正常操舵制御時と同じように各推進装置10、20の出力の発生方向を右方に決定する。
【0033】
本実施形態では、以上のように、一部出力制限操舵制御を実行することにより、一部の推進装置の出力が制限されたとしても、操舵装置30で指定した操船方向に船体101を推進させることができる。また、本実施形態の一部出力制限操舵制御では、出力が制限された推進装置を停止させることがないため、推進装置10、20全体における出力の低下を抑制することができる。
【0034】
<一部方向設定不能操舵制御>
次に、一部方向設定不能操舵制御について説明する。一部方向設定不能操舵制御は、第1推進装置10及び第2推進装置20のうち、いずれか一方の出力の発生方向の設定(本実施形態では旋回角度の設定)が不能になった場合に実行される。例えば、第1推進装置10において推力発生部11を旋回させる装置に異常が発生した場合、第1推進装置10の出力の発生方向の設定が不能になる可能性があり、出力の発生方向の設定が不能になった場合には一部方向設定不能操舵制御が行われる。なお、処理装置40は、第1推進装置10に旋回角度を変更する制御信号を送信したにもかかわらず、第1推進装置10から取得した実旋回角度に変化がなければ、第1推進装置10の出力の発生方向の設定が不能であると判断することができる。
【0035】
一部方向設定不能操舵制御が開始されると、処理装置40は指令情報及び方向設定不能情報を取得する。前述したとおり、指令情報には、操舵装置30で指定された船体101の操船方向及び移動速度の増減が含まれる。一方、方向設定不能情報は、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置がいずれであるか及び出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の発生方向を含む情報である。例えば、第1推進装置10の出力の発生方向が前方のときに第1推進装置10の出力の発生方向の設定が不能になった場合、処理装置40は、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置が第1推進装置10であること及び第1推進装置10の出力の発生方向が前方であることを含む方向設定不能情報を取得する。
【0036】
続いて、処理装置40は、取得した指令情報及び方向設定不能情報に基づいて、操舵装置30で指定した移動速度で指定した操船方向に船体101が移動するよう各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する。その後、処理装置40は、決定した出力の大きさ及び出力の発生方向に応じた制御信号を各推進装置10、20に送信する。これにより、各推進装置10、20の回転速度、翼角度、及び、旋回角度が設定される。
【0037】
図4は、正常操舵制御及び一部方向設定不能操舵制御の一例を示した図である。図4の正常操舵制御の欄は、図3の正常操舵制御の欄と同じである。一方、図4における一部方向設定不能操舵制御の欄には、一部方向設定不能操舵制御を実行した場合における、各操船方向に対応する各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を示している。なお、図4における出力の大きさ及び出力の発生方向の表示方法は図3と同じである。図4で示す例では、第1推進装置10の出力の発生方向が後方のときに、第1推進装置10の出力の発生方向の設定が不能になったものとする。また、一部方向設定不能操舵制御において、第1推進装置10は稼働時には定常出力の最大100%の出力を発生し、第2推進装置20もまた定常出力の最大100%の出力に維持されるものとする。
【0038】
図4に示すように、本実施形態では一部方向設定不能操舵制御において、指令された操船方向が「前進」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を稼働させるとともに、第2推進装置20の出力の発生方向を後方に決定する。また、指令された操船方向が「後進」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を停止させるとともに、第2推進装置20の出力の発生方向を右斜め前方に決定する。第1推進装置10が停止しているため、船体101の左側に配置された第2推進装置20が右斜め前方に出力を発生すれば、船体101を後進させることができる。
【0039】
指定された操船方向が「左回頭」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を稼働させるとともに、第2推進装置20の出力の発生方向を左方に決定する。第1推進装置10は出力の発生方向が後方であるため、このように決定すれば船体101は左回頭する。mた、指定された操船方向が「右回頭」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を停止させるとともに、第2推進装置20の出力の発生方向を後方に決定する。第1推進装置10は出力を発生しないため、このように決定すれば船体101は右回頭する。
【0040】
指定された操船方向が「その場回頭(左回り)」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を稼働させ、第2推進装置20の出力の発生方向を前方に決定する。第1推進装置10は出力の発生方向が後方であるため、このように決定すれば船体101はその場回頭(左回り)する。また、指定された操船方向が「その場回頭(右回り)」の場合は、処理装置40は第1推進装置10を停止させ、第2推進装置20の出力の発生方向を右方に決定する。第1推進装置10は出力を発生しないため、このように決定すれば船体101はその場回頭(右回り)する。
【0041】
以上のように、本実施形態では一部方向設定不能操舵制御を実行することにより、一部の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になったとしても、操舵装置30で指定した操船方向に船体101を推進させることができる。また、本実施形態の一部方向設定不能操舵制御では、所定の条件が満たされた場合には出力の発生方向の設定が不能になった推進装置を稼働させるため、推進装置10、20における出力の低下を抑制することができる。
【0042】
なお、本明細書で開示する要素の機能は、開示された機能を実行するよう構成またはプログラムされた汎用プロセッサ、専用プロセッサ、集積回路、ASIC(Application Specific Integrated Circuits)、従来の回路、および/または、それらの組み合わせ、を含む回路または処理回路を使用して実行できる。プロセッサは、トランジスタやその他の回路を含むため、処理回路または回路と見なされる。本開示において、回路、ユニット、または手段は、列挙された機能を実行するハードウエアであるか、または、列挙された機能を実行するようにプログラムされたハードウエアである。ハードウエアは、本明細書に開示されているハードウエアであってもよいし、あるいは、列挙された機能を実行するようにプログラムまたは構成されているその他の既知のハードウエアであってもよい。ハードウエアが回路の一種と考えられるプロセッサである場合、回路、手段、またはユニットはハードウエアとソフトウエアの組み合わせであり、ソフトウエアはハードウエアおよび/またはプロセッサの構成に使用される。
【0043】
<変形例>
上述した船舶100は、2つの推進装置10、20を備えているが、3つ以上の推進装置を備えていてもよい。ただし、船舶100が備える推進装置が2つである場合、一方の推進装置に異常が発生すると推進装置10、20全体としての出力が大きく低減する可能性が高い。そのため、推進装置が2つである場合は、推進装置を停止させない一部出力制限操舵制御、及び、条件によって出力の発生方向の設定が不能になった推進装置を稼働させる一部方向設定不能操舵制御は非常に有効である。
【0044】
なお、以上では一部出力制限操舵制御及び一部方向設定不能操舵制御における各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向の決定方法について説明したが、これらの決定はフィードバック制御によって行ってもよい。例えば、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定した結果、操舵装置30によって指定した船体101の操船方向及び移動速度が、実際の船体101の操船方向及び移動速度と異なる場合には、それらの差が小さくなるように、各推進装置10、20の出力の大きさ及び出力の発生方向を再度決定してもよい。
【0045】
<まとめ>
本開示の一態様に係る船舶制御システムは、船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力が制限されたとき、出力が制限された推進装置がいずれであるか及び出力が制限された推進装置の上限出力を含む出力制限情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記出力制限情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力が制限されていない推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに、出力が制限された推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定する一部出力制限操舵制御を実行する処理装置を備えている。
【0046】
この構成によれば、一部の推進装置の出力が制限されたとしても、制限された推進装置がいずれであるか及び出力が制限された推進装置の上限出力を含む出力制限情報に基づいて、各推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定することにより、操舵装置で指定した操船方向に船体を移動させることができる。よって、この構成によれば、一部の推進装置に異常が発生したとしても、通常時と同じように、指定した操船方向に船体を移動させることができる。
【0047】
上記の船舶制御システムにおいて、前記処理装置は、前記一部出力制限操舵制御を実行するにあたり、出力が制限された推進装置を停止させない範囲で、出力が制限された推進装置の出力の大きさを決定してもよい。
【0048】
この構成によれば、出力が制限された推進装置を停止させる場合に比べて、複数の推進装置全体における出力の低下を抑制することができる。
【0049】
上記の船舶制御システムは、前記処理装置が前記一部出力制限操舵制御を実行するか否かを選択可能な設定装置をさらに備えていてもよい。
【0050】
この構成によれば、一部出力制限操舵制御を実行するか否かを選択できるため、運転者による操舵の自由度が向上する。
【0051】
上記の船舶制御システムにおいて、前記設定装置は、前記船舶上に位置するとともに、前記船舶上以外の位置に位置していてもよい。
【0052】
この構成によれば、複数箇所から一部出力制限操舵制御を実行するか否かを選択できるため、利便性が向上する。
【0053】
上記の船舶制御システムは、前記処理装置が前記一部出力制限操舵制御を実行しているか否かを表示する監視装置をさらに備えていてもよい。
【0054】
この構成によれば、船舶の制御状況を把握することができる。
【0055】
本開示の一態様に係る船舶は、前記複数の推進装置を備え、上記の船舶制御システムによって制御される。
【0056】
この構成によれば、一部の推進装置に異常が発生したとしても、通常時と同じように、指定した操船方向に船体を移動させることができる。
【0057】
上記の船舶において、前記複数の推進装置は、船体の右側部分に設置された推進装置と船体の左側部分に設置された推進装置の2つの推進装置によって構成されていてもよい。
【0058】
前述した複数の推進装置が2つの推進装置によって構成されている場合、一方の推進装置の出力が制限されると、複数の推進装置全体における出力が大きく低減してしまうことから、推進装置を停止させない一部出力制限操舵制御は非常に有効である。
【0059】
本開示の他の態様に係る船舶制御システムは、船舶が備える複数の推進装置のうち一部の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になったとき、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置がいずれであるか及び出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の発生方向を含む方向設定不能情報と、操舵装置で指定した船体の操船方向を含む指令情報とを取得し、取得した前記方向設定不能情報及び前記指令情報に基づいて、前記操舵装置で指定した操船方向に船体が動くように、出力の発生方向の設定が可能な推進装置の出力の大きさ及び出力の発生方向を決定するとともに出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の大きさを決定する一部方向設定不能操舵制御を実行する処理装置を備えている。
【0060】
この構成によれば、一部の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になったとしても、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置がいずれであるか及び出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の発生方向を含む方向設定不能情報に基づいて、各推進装置の出力の大きさを決定することにより、操舵装置で指定した操船方向に船体を移動させることができる。よって、この構成によれば、一部の推進装置に異常が発生したとしても、指定した操船方向に船体を移動させることができる。
【0061】
上記の船舶制御システムにおいて、前記処理装置は、前記一部方向設定不能操舵制御を実行するにあたり、所定の条件が満たされた場合には出力の発生方向の設定が不能である推進装置を停止させない範囲で出力の発生方向の設定が不能になった推進装置の出力の大きさを決定してもよい。
【0062】
この構成によれば、出力の発生方向の設定が不能になった推進装置を常に停止させる場合に比べて、複数の推進装置全体における出力の低下を抑制することができる。
【0063】
上記の船舶制御システムは、前記処理装置が前記一部方向設定不能操舵制御を実行するか否かを選択可能な設定装置をさらに備えてもよい。
【0064】
この構成によれば、一部方向設定不能操舵制御を実行する否かを選択できるため、運転者による操舵の自由度が向上する。
【0065】
上記の船舶制御システムにおいて、前記設定装置は、前記船舶上に位置するとともに、前記船舶上以外の位置に位置していてもよい。
【0066】
この構成によれば、複数箇所から一部方向設定不能操舵制御を実行する否かを選択できるため、利便性が向上する。
【0067】
上記の船舶制御システムは、前記処理装置が前記一部方向設定不能操舵制御を実行しているか否かを表示する監視装置をさらに備えていてもよい。
【0068】
この構成によれば、船舶の制御状況を把握することができる。
【0069】
本開示の一態様に係る船舶は、前記複数の推進装置を備え、上記の船舶制御システムによって制御される。
【0070】
この構成によれば、一部の推進装置に異常が発生したとしても、指定した操船方向に船体を移動させることができる。
【0071】
上記の船舶において、前記複数の推進装置は、船体の右側部分に設置された推進装置と船体の左側部分に設置された推進装置の2つの推進装置によって構成されていてもよい。
【0072】
前述した複数の推進装置が2つの推進装置によって構成されている場合、一方の推進装置の出力の発生方向の設定が不能になると、舶用推進システム全体における出力が大きく低減してしまうことから、条件によって出力の発生方向の設定が不能になった推進装置を稼働させる一部方向設定不能操舵制御は非常に有効である。
【符号の説明】
【0073】
10 第1推進装置
20 第2推進装置
30 操舵装置
40 処理装置
50 設定装置
60 監視装置
70 記憶装置
100 船舶
101 船体
200 船舶制御システム

図1
図2
図3
図4