(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-11-17
(45)【発行日】2025-11-26
(54)【発明の名称】火入れ醤油
(51)【国際特許分類】
A23L 27/50 20160101AFI20251118BHJP
【FI】
A23L27/50 104
A23L27/50 E
A23L27/50 103
(21)【出願番号】P 2022510742
(86)(22)【出願日】2021-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2021012891
(87)【国際公開番号】W WO2021193925
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2023-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2020056774
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 直土
(72)【発明者】
【氏名】國武 友里
(72)【発明者】
【氏名】香村 彰利
(72)【発明者】
【氏名】花田 洋一
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-080494(JP,A)
【文献】China Brewing,2019年,Vol.38, No.6,pp.144-151
【文献】Flavor Chemistry of Ethnic Foods,Chapter 2,1999年,pp.5-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
30ppb以上、20,000ppb未満のフェネチルアセテート
及び20ppm以上の4-ヒドロキシ-2(又は5)-エチル-5(又は2)-メチル-3(2H)-フラノンを含み、かつ25℃にて1週間熟成した場合のフェネチルアセテートの減少率が5%以下である、火入れ醤油。
【請求項2】
100ppb以上、20,000ppb未満のフェネチルアセテートを含む、請求項1に記載の火入れ醤油。
【請求項3】
前記醤油は、本醸造醤油である、請求項1又は2に記載の火入れ醤油。
【請求項4】
醤油麹を醤油乳酸菌による乳酸発酵に供して得られる醤油諸味を、固液分離処理に供して、醤油諸味液汁を得る工程と、
醤油諸味液汁を醤油酵母による酵母発酵に供して、フェネチルアセテート含有醤油を得る工程と
、
フェネチルアセテート含有醤油の火入れ処理を、酵母発酵終了後30日を経過する前に行う工程と
を含む、
30ppb以上、20,000ppb未満のフェネチルアセテートを含むフェネチルアセテート含有醤油の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火入れ醤油に関する。
【背景技術】
【0002】
醤油は、本醸造方式の場合、加熱変性した大豆などのタンパク質原料及び加熱によりα化した小麦などのデンプン質原料の混合物に、麹菌を含む種麹を接種及び培養して製麹して醤油麹を得て、次いで得られた醤油麹を食塩水に仕込んで乳酸発酵及び熟成することにより醤油諸味を得て、次いで得られた醤油諸味を酵母発酵及び熟成することにより熟成諸味を得て、次いで得られた熟成諸味を圧搾処理やろ過処理に供することにより生醤油を得て、次いで得られた生醤油を火入れすることなどによって製造される。
【0003】
上記した従前の醤油の製造方法では、醤油麹から熟成諸味を得るまで連続して行われる。すなわち、醤油麹から乳酸発酵等により得た醤油諸味に、酵母を加えるなどして、酵母発酵等が行われる。また、酵母発酵は、醤油諸味に酵母を加えて、数週間~数ヶ月間程度おくことにより実施される。さらに、醤油諸味の熟成期間は通常3カ月以上に及ぶ。下記特許文献1には熟成期間を短縮する方法が記載されているが、それでも1カ月~2カ月を必要とする。
【0004】
従来、醤油はそれ自体を加熱調理に使うことはもちろん、だしや野菜・果実などと配合することで、つゆ・たれ・ポン酢などの醤油加工品としても用いられてきた。また、各種素材と配合したうえでレトルト殺菌をかけることで、惣菜の素などの調味料の原料としても用いられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記のように醤油を用いた場合、強い熱をかけることによる加熱劣化の問題や、一定の期間にわたって保存しておくことによる保香性、保存性について問題がある。また、これら公知の手法に加えて、加熱劣化を起こしにくく、保香性及び保存性に優れた醤油はこれまでにほとんど知られていない。
【0007】
そこで、本発明は、本醸造方式で製造可能であり、かつ醤油本来の風味に加えて、加熱劣化を起こしにくく、保香性及び保存性に優れた醤油を提供することを、本発明が解決しようとする課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、本醸造方式で得られる醤油の成分及び製造方法などを見直し、調味料として優れた醤油が得られないかと試行錯誤を繰り返した。そして、その過程において、特許文献1に記載の方法によって得られる醤油には、デカン酸エチル及びオクタン酸エチルに加えて、ごく僅かな量のフェネチルアセテートが含まれていることを見出した。フェネチルアセテートは、バラ様の香りがするものとして知られている。また、市販の醤油におけるフェネチルアセテートの含有量は検出下限未満である。
【0009】
そこで本発明者らは、フェネチルアセテートの量が多くなるような条件についてさらなる試行錯誤を繰り返したところ、酵母発酵の初期の段階でフェネチルアセテートの含有量が増えること、酵母発酵の期間が一定以上になるとフェネチルアセテートの含有量は減少することを見出した。
【0010】
これらの知見を基にして、フェネチルアセテートの含有量が十分な量に達した酵母発酵物を火入れしたところ、驚くべきことに、フェネチルアセテートの含有量を維持して保存できる火入れ醤油を製造することに成功した。
【0011】
そして、遂に、本発明者らは、所定量のフェネチルアセテートを含む火入れ醤油を創作することに成功した。本発明はこのような知見や成功例に基づいて完成するに至った発明である。
【0012】
したがって、本発明の各一態様によれば、以下のものが提供される:
[1]30ppb以上のフェネチルアセテートを含む、火入れ醤油。
[2]30ppb以上のフェネチルアセテートを含み、かつ25℃にて1週間熟成した場合のフェネチルアセテートの減少率が5%以下である、火入れ醤油。
[3]前記醤油は、本醸造醤油である、[1]又は[2]に記載の火入れ醤油。
[4]醤油麹を醤油乳酸菌による乳酸発酵に供して得られる醤油諸味を、固液分離処理に供して、醤油諸味液汁を得る工程と、
醤油諸味液汁を、火入れ処理又は酵素失活処理に供して、火入れ醤油諸味液汁を得る工程と、
火入れ醤油諸味液汁を、醤油酵母による酵母発酵に供して、フェネチルアセテート含有醤油を得る工程と
を含む、フェネチルアセテート含有醤油の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様の火入れ醤油によれば、含有するフェネチルアセテートにより食材及び調理物の風味をより良いものとすることができる。本発明の一態様の火入れ醤油は、本醸造方式で製造可能であることから、市販の醤油とともに、又は市販の醤油に代替して、工業的に製造が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、後述する実施例1に記載されているとおりの、例1で実施した液体発酵醤油の酵母発酵中におけるフェネチルアセテートの測定結果を表した図である。
【
図2】
図2は、後述する実施例1に記載されているとおりの、例2で実施した火入れの有無による試験群のサンプルについて、フェネチルアセテートの測定結果を表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の各態様の詳細について説明するが、本発明は、本項目の事項によってのみに限定されず、本発明の目的を達成する限りにおいて種々の態様をとり得る。
【0016】
本明細書における各用語は、別段の定めがない限り、当業者により通常用いられている意味で使用され、不当に限定的な意味を有するものとして解釈されるべきではない。また、本明細書においてなされている推測及び理論は、本発明者らのこれまでの知見及び経験によってなされたものであることから、本発明はこのような推測及び理論のみによって拘泥されるものではない。
【0017】
「含有量」は、濃度と同義であり、醤油の全体量に対する成分の量の割合を意味する。ただし、成分の含有量の総量は、100%を超えることはない。
「ppm」との用語は、通常知られている意味のとおりの単位であり、具体的には1ppmは1/106であり、1mg/L(w/v)である。
「ppb」との用語は、通常知られている意味のとおりの単位であり、具体的には1ppbは1/109であり、グラム換算では1ng/gである。
「及び/又は」との用語は、列記した複数の関連項目のいずれか1つ、又は2つ以上の任意の組み合わせ若しくは全ての組み合わせを意味する。
数値範囲の「~」は、その前後の数値を含む範囲であり、例えば、「0%~100%」は、0%以上であり、かつ、100%以下である範囲を意味する。「超過」及び「未満」は、その前の数値を含まずに、それぞれ下限及び上限を意味し、例えば、「1超過」は1より大きい数値であり、「100未満」は100より小さい数値を意味する。
「含む」は、含まれるものとして明示されている要素以外の要素を付加できることを意味する(「少なくとも含む」と同義である)が、「からなる」及び「から本質的になる」を包含する。すなわち、「含む」は、明示されている要素及び任意の1種若しくは2種以上の要素を含み、明示されている要素からなり、又は明示されている要素から本質的になることを意味し得る。要素としては、成分、工程、条件、パラメーターなどの制限事項などが挙げられる。
「風味」は、口に含んだ際に口腔内から鼻へ抜ける香り(レトロネーザル)、口に含んだ際に舌で感じる味(呈味)又はその両方を意味する。
【0018】
整数値の桁数と有効数字の桁数とは一致する。例えば、1の有効数字は1桁であり、10の有効数字は2桁である。また、小数値は小数点以降の桁数と有効数字の桁数は一致する。例えば、0.1の有効数字は1桁であり、0.10の有効数字は2桁である。
【0019】
本発明の一態様の火入れ醤油は、フェネチルアセテートの含有量が所定の量である、火入れ醤油である。本発明の一態様の火入れ醤油は、醤油本来の風味がありつつも、フェネチルアセテートの含有量が所定の量であることにより、従前の醤油よりも加熱劣化を起こしにくく、保香性及び保存性に優れたものとすることができる。フェネチルアセテートが有する、加熱劣化を起こしにくく、保香性及び保存性に優れ、結果として醤油自体の風味、及び/又は食材及び調理物の風味をより良いものとすることができる作用を「風味改善作用」とよぶ場合がある。
【0020】
醤油(しょうゆ、しょう油ともよぶ。)は、通常知られているとおりの調味料として用いられるものを意味する。醤油について、例えば、農林水産省告示「しょうゆ品質表示基準」及び「しょうゆの日本農林規格」に定義付けされている。
【0021】
フェネチルアセテートは、通常知られているとおりの、下記式(I)
【化1】
(I)
で示される構造からなる化合物である。
【0022】
本発明の一態様の火入れ醤油におけるフェネチルアセテートの含有量は、風味改善作用が認められる程度の量であり、具体的には、30ppb以上であり、優れた風味改善作用を奏するという観点から50ppb以上であることが好ましく、100ppb以上であることがより好ましい。ただし、フェネチルアセテートは、それ自体でバラの香りを有し、香りの閾値は約3,000ppbとされている。そこで、フェネチルアセテートの含有量が十分に多い場合、具体的には20,000ppb以上のフェネチルアセテートを含む場合、火入れ醤油に対して喫食時に所望としない花様の異質な香りを付与する可能性がある。そこで、フェネチルアセテートの含有量の上限は、20,000ppbよりも少ない量であることが好ましく、15,000ppb以下であることがより好ましく、10,000ppb以下であることがさらに好ましく、3,000ppb以下であることがなおさらに好ましい。
【0023】
上記のとおり、フェネチルアセテートの含有量は、30ppb以上であればよいが、より優れた風味改善作用を発揮するためには、好ましくは30ppb~20,000ppbであり、より好ましくは30ppb~15,000ppbであり、更に好ましくは30ppb~3,000ppbである。なお、「30ppb~3,000ppbのフェネチルアセテート」とは、例えば、火入れ醤油100mlに対して、3,000ng~300,000ng(=300μg)のフェネチルアセテートを意味する。
【0024】
本発明の一態様の火入れ醤油は、フェネチルアセテートの含有量が、上記した量であることにより、従前の醤油では得られない、風味改善作用を発揮する。一方で、フェネチルアセテートによる風味改善作用は、従前の醤油が本来的に含有する2-エチル-6-メチルピラジンによってマスキングされ得る。そこで、火入れ醤油における2-エチル-6-メチルピラジンの含有量は、例えば、フェネチルアセテートによる風味改善作用が抑制されない程度の量であることが挙げられ、好ましくは50ppb以下であり、より好ましくは20ppb以下であり、さらに好ましくは10ppb以下であり、なおさらに好ましくは5ppb以下である。火入れ醤油における2-エチル-6-メチルピラジンの含有量の下限は特に限定されず、検出下限未満、すなわち、実質的に0ppbであってもよい。
【0025】
本発明の一態様の火入れ醤油は、風味改善作用を有しつつも、醤油成分を含有することにより、HEMF(4-ヒドロキシ-2(又は5)-エチル-5(又は2)-メチル-3(2H)-フラノン)などによって醤油本来の風味がすることに特徴がある。そこで、火入れ醤油におけるHEMFの含有量は、20ppm以上であることが好ましく、30ppm以上であることがより好ましく、40ppm以上であることがさらに好ましい。HEMFの含有量の上限は、所望の醤油本来の風味に応じて適宜設定すればよく、典型的には200ppm程度である。
【0026】
本発明の一態様の火入れ醤油におけるフェネチルアセテート及びアルコールの含有量は、後述する実施例に記載の方法によって測定できる。2-エチル-6-メチルピラジン及びHEMFの含有量は、特許文献1に記載の方法によって測定できる。
【0027】
本発明の一態様の火入れ醤油の製造方法は、フェネチルアセテートの含有量が所定の量である火入れ醤油が得られる方法であれば特に限定されないが、本醸造方式で製造することが好ましい。この場合、通常の本醸造方式とは異なり、乳酸発酵によって得られる醤油諸味から不溶性固形分を除去したものを酵母発酵に用いる。
【0028】
火入れ醤油の製造方法の具体例としては、本醸造方式の醤油の製造方法によって得られる醤油諸味を得る工程と、得られる醤油諸味から不溶性固形分を除去して醤油諸味の液汁を得る工程と、醤油諸味の液汁を用いて酵母発酵して生醤油を得る工程と、得られる生醤油を火入れして火入れ醤油を得る工程とを含む方法などが挙げられる。火入れ醤油の製造方法の別の具体例としては、本醸造方式の醤油の製造方法によって得られる醤油諸味を得る工程と、得られる醤油諸味から不溶性固形分を除去して醤油諸味の液汁を得る工程と、醤油諸味の液汁を火入れして醤油諸味の火入れ液汁を得る工程と、醤油諸味の火入れ液汁を用いて酵母発酵して火入れ醤油を得る工程とを含む方法などが挙げられる。以下に、各工程の非限定的な具体例について説明する。
【0029】
醤油諸味を得る工程としては、蒸煮変性した大豆、炒熬割砕した麦などの混合物である醤油原料に種麹を接種し、20℃~40℃で、2日間~4日間程度で通風製麹して醤油麹を得て、次いで醤油麹を食塩濃度が20質量%~30質量%である食塩水に仕込み、さらに任意に醤油乳酸菌を加えたものを、20℃~40℃で適宜撹拌しながら10日間~200日間、乳酸発酵することにより醤油諸味を得る工程が挙げられる。
【0030】
醤油原料は特に限定されないが、例えば、丸大豆や脱脂加工大豆などの大豆、小麦、大麦、裸麦、はと麦などの麦、麦グルテン、米、トウモロコシなどが挙げられる。
【0031】
種麹は、通常醤油の製造の際に利用される麹菌であれば特に限定されないが、例えば、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(A.sojae)などが挙げられる。醤油乳酸菌は、通常醤油の製造の際に利用される醤油乳酸菌であれば特に限定されないが、例えば、テトラジェノコッカス・ハロフィルス(Tetragenococcus halophilus)などの耐塩性乳酸菌などが挙げられる。
【0032】
醤油諸味を得る工程において、醤油原料のうち、小麦や米等のデンプン質原料の量が少ないと、還元糖の含有量が少なくなり、酵母発酵を適切に実施し得る醤油諸味を得ることができない可能性がある。そこで、醤油原料のうち、小麦や米等のデンプン質原料の量は、還元糖の含有量が多い醤油諸味を得ることができる程度の量であることが好ましい。ただし、醤油諸味に還元糖成分、例えば、グルコース、フルクトース、マルトース、砂糖、みりんなどを添加することにより還元糖の含有量が多い醤油諸味を得る場合は、この限りではない。すなわち、醤油麹には、大豆などのタンパク質原料に種麹を接種して製麹することにより全窒素分の多い醤油麹を得た後に、還元糖成分を添加して調整した調整醤油麹が含まれる。なお、還元糖は、農林水産省告示「しょうゆの日本農林規格」でいうところの直接還元糖を意味する。
【0033】
醤油諸味の液汁を得る工程は、醤油諸味を、通常知られている固液分離処理又は固液分離処理及び除菌処理に供して、後段の酵母発酵によりフェネチルアセテートが生成される程度に不溶性固形分を除去して、醤油諸味の液汁を得る工程が挙げられる。
【0034】
固液分離処理及び除菌処理としては、珪藻土などのろ過材を用いたろ過処理、MF膜及びUF膜などの各種透過膜を用いた膜ろ過処理、ろ布を用いたプレス機を用いた圧搾ろ過処理、微生物が殺滅するまでの温度に上げる加温処理などが挙げられ、これらを単独で、又は組み合わせて、それぞれを1回又は複数回繰り返して実施することができる。後段の酵母発酵により、フェネチルアセテートが適切に合成されるために、醤油諸味の液汁は、不溶性固形分とともに、醤油乳酸菌の大部分が除去されたものであることが好ましい。醤油諸味の液汁における乳酸菌の含有量は特に限定されないが、例えば、1.0×108個/ml以下であることが好ましく、1.0×107個/ml以下であることがより好ましく、1.0×106個/ml以下であることがさらに好ましい。したがって、醤油諸味の液汁は、醤油諸味から不溶性固形分及び醤油乳酸菌を除いた液汁であることが好ましい。
【0035】
生醤油を得る工程は、醤油諸味の液汁を用いて、これまでに知られている本醸造方式の醤油の製造方法に採用されている酵母発酵を行って、生醤油を得る工程が挙げられる。醤油酵母としては、例えば、ジゴサッカロミセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)、ジゴサッカロミセス・バイリー(Z.bailii)、カンディダ・エトケルシー(Candida etchellsii)、カンディダ・ヴェルスティリス(C.versatilis)などの耐塩性酵母などが挙げられる。
【0036】
酵母発酵は、醤油酵母の種類及び量に適した条件下で、アルコール(エタノール)の生成量が最大量に達する程度までの期間で実施することができる。ただし、酵母発酵の期間が長過ぎると、酵母発酵によるフェネチルアセテートの生成量よりも、エステラーゼ等によるフェネチルアセテートの減少量の方が大きくなり、フェネチルアセテートの含有量が減少する場合がある。そこで、酵母発酵は、アルコール濃度が最大値に達する前でもあっても、フェネチルアセテートの含有量が減少する前に終了することが好ましい。酵母発酵の具体例としては、醤油酵母としてZygosaccharomyces rouxiiを用いる場合は、室温、好ましくは15℃~30℃で、5日間~60日間程度、好ましくは7日間~45日間程度で実施する形態が挙げられる。
【0037】
酵母発酵の終了後は熟成期間に入る。酵母発酵は、アルコール濃度が概ね最大値に達した時点で終了とする。より具体的には、直近10日間における平均アルコール生成速度が0.2%(v/v)以下となった時点で酵母発酵終了とすることが好ましいが、目標アルコール濃度をあらかじめ設定しておいてもよい。熟成期間中にフェネチルアセテートの含有量は減少していくので、熟成は好ましくは室温、好ましくは15℃~30℃で、30日間以内、より好ましくは20日間以内、さらに好ましくは10日間以内に終える条件が挙げられる。醤油の製造工程においては発酵熟成後の諸味を圧搾し生醤油を得て、生醤油の状態で長期保管されることが一般的であるが、本製法においては熟成と保管の区別なく、酵母発酵終了後からの熟成保管期間を上記条件内に終えることを実施形態とする。
【0038】
熟成の終了後は火入れ工程に入る。火入れ醤油を得る工程は、これまでに知られている本醸造方式の醤油の製造方法に採用されている火入れを行って、火入れ醤油を得る工程が挙げられる。火入れの条件は、得られる火入れ醤油を保存した場合にフェネチルアセテートの含有量が低減しない条件、すなわち、麹菌由来のエステラーゼが失活する条件であればよく、例えば、70℃~125℃、好ましくは70℃~90℃にて、1秒間~60分間、好ましくは約1分間~30分間の条件などが挙げられる。また、火入れ処理に代えて、麹菌由来のエステラーゼが失活する別の処理(酵素失活処理)を実施してもよい。そのような処理としては、例えば、麹菌由来のエステラーゼを除外する処理などが挙げられ、具体的にUF膜を利用した膜処理などが挙げられる。UF膜処理に供して得られる醤油は、火入れ処理に相当する処理に供して得られた醤油として火入れ醤油とよんでもよいし、UF膜処理醤油とよんでもよい。
【0039】
火入れする前の生醤油は、予め不溶性固形分が除かれた醤油諸味の液汁を用いて得られたものであることから、固形分が少ない酵母発酵物であり、それ自体を火入れしてもよい。また、生醤油中にある酵母、残渣などを除くために、火入れ前又は火入れ後に、圧搾、ろ過、オリ引きなどの通常の醤油の製造方法で用いられる酵母発酵の後段の固液分離処理を実施してもよい。
【0040】
後述する実施例に記載があるとおり、フェネチルアセテート量を減少させるエステラーゼ等は醤油麹に由来する可能性が高い。そこで、本発明の一態様の火入れ醤油は、生醤油を火入れしたものに加えて、醤油諸味又は醤油諸味の液汁を火入れして麹由来のエステラーゼを失活させ、次いで酵母発酵を行うことにより得られるものであってもよい。この場合、生醤油を得る工程に代えて、醤油諸味の液汁を火入れして醤油諸味の火入れ液汁を得る工程と、醤油諸味の火入れ液汁を用いて酵母発酵して火入れ醤油を得る工程とを実施する。この場合、醤油諸味の液汁を火入れすることにより、熟成期間中のフェネチルアセテートの減少を抑制することができることから、熟成期間は通常の本醸造方式の醤油の製造方法に採用されている熟成期間(例えば、10日間~100日間~1年間)を採用できる。火入れの条件は、上記した火入れの条件を適用できる。また、この場合に、酵母発酵後に得られる醤油は、30ppb以上のフェネチルアセテートを含み、かつ25℃にて1週間熟成した場合のフェネチルアセテートの減少率が5%以下である醤油であることが好ましい。
【0041】
本発明の一態様の火入れ醤油は、容器に詰めて密封した容器詰火入れ醤油とすることができる。容器は特に限定されないが、例えば、アルミなどの金属、紙、PET及びPTPなどのプラスチック、ガラスなどを素材とする、1層又は積層(ラミネート)のフィルム袋、レトルトパウチ、真空パック、アルミ容器、プラスチック容器、瓶、缶などの包装容器が挙げられる。容器詰火入れ醤油は、それ自体で独立して、流通におかれて市販され得るものである。
【0042】
本発明の一態様の火入れ醤油の具体例は、後述する実施例1の例1~2に記載の火入れ群などが挙げられるが、これに限定されない。なお、実施例1の例1に記載の試験液と同様の方法により製造した醤油は、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量が5ppb以下であり、かつHEMFの含有量が20ppm以上になる。
【0043】
本発明の一態様の火入れ醤油は、通常の火入れ醤油と同様に使用することができる。すなわち、本発明の一態様の火入れ醤油は、単独で、又は野菜成分、肉類、魚類、酵母エキス、肉エキス、果汁、香辛料、化学調味料、フレーバーに加えて、だし、酸味料、アミノ酸、核酸、有機酸、タンパク質加水分解物、糖、酒、みりん、アルコール、増粘剤、乳化剤、無機塩類などのその他の調味成分を混合して、若しくは組み合わせて、様々な食材の調理及び加工法に用いることができる。例えば、本発明の一態様の火入れ醤油は、日本食、欧米食、中華食などの各種の料理に使用することができ、具体的には揚げ物、焼肉、うどん、そば、ラーメン、ハンバーグ、ミートボール、筑前煮、肉じゃが、照り焼き、カレー、シチュー、ハヤシ、肉豆腐などに用いることができるが、これらに限定されない。
【0044】
本発明の一態様の火入れ醤油の非限定的な具体的態様として、例えば、フェネチルアセテートの含有量及び2-エチル-6-メチルピラジンの含有量がそれぞれ以下のとおりである火入れ醤油が挙げられる:
フェネチルアセテートの含有量:30ppb~20,000ppb
2-エチル-6-メチルピラジンの含有量:0ppbから20ppb未満
【0045】
本発明の一態様の火入れ醤油の非限定的な具体的態様として、例えば、フェネチルアセテートの含有量及びHEMFの含有量がそれぞれ以下のとおりである火入れ醤油が挙げられる:
フェネチルアセテートの含有量:30ppb~20,000ppb
HEMFの含有量:20ppm~200ppm
【0046】
本発明の一態様の火入れ醤油の非限定的な具体的態様として、例えば、フェネチルアセテートの含有量、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量及びHEMFの含有量がそれぞれ以下のとおりである火入れ醤油が挙げられる:
フェネチルアセテートの含有量:30ppb~20,000ppb、好ましくは30ppb~3,000ppb
2-エチル-6-メチルピラジンの含有量:0ppbから20ppb未満
HEMFの含有量:20ppm~200ppm
【0047】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の課題を解決し得る限り、本発明は種々の態様をとることができる。
【実施例1】
【0048】
例1 酵母発酵中のフェネチルアセテートの生成挙動評価
[1-1.評価の目的]
液体発酵醤油の酵母発酵中におけるフェネチルアセテートの生成挙動を評価した。以下、本発明の酵母発酵の方法を液体発酵とする。
【0049】
[1-2.試験液の調製]
以下に示す、液体発酵醤油の作製を通じて、試験液を調製した。
【0050】
蒸煮した丸大豆と割砕した焙煎小麦とを6:4の割合で混合した混合物に、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)の種麹を接種し、常法により43時間製麹して醤油麹を得た。
【0051】
得られた醤油麹100質量部を、116質量部の食塩水(食塩濃度25%(w/v))に仕込み、さらに醤油乳酸菌(Tetragenococcus halophilus)を加えたものを、常法に従って15℃~25℃で、適宜撹拌しながら20日間の乳酸発酵を行った。乳酸発酵終了後の醤油諸味を圧搾処理し、さらに得られた圧搾液を珪藻土によるろ過処理及びUF膜による膜ろ過処理をして、醤油諸味液汁として液体発酵元液を得た。
【0052】
液体発酵元液を250mL容デュラン瓶(N=2)に入れて、耐塩性の醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)を播種し、栓をして、25℃にて4週間、酵母発酵を行った。一方の試験群は80℃にて30分間の条件にて火入れし、他方の試験群は火入れをしなかった。その後、さらに同様にして8週間、酵母発酵を行った。隔週でサンプリングを行い、-20℃で保存し、酵母発酵から12週間後にサンプル中のアルコール、フェネチルアセテート、2-エチル-6-メチルピラジン及びHEMFを測定した。2-エチル-6-メチルピラジン及びHEMFは常法に従い測定した。
【0053】
[1-3.フェネチルアセテートの測定方法]
ヘッドスペース-固相マイクロ抽出(HS-SPME)法により、気相中の香気成分をファイバーに吸着させた。SPMEファイバーとしてDivinylbenzen/Carboxen/Polydimethylsiloxane(DVB/CAR/PDMS)ファイバー(75mm、DVB/CAR/PDMS、fused silica、24Ga;Merck社)を使用し、平衡条件を40℃、5分間とし、吸着条件を40℃、20分間の条件とした。
【0054】
捕集した香気成分をオートサンプラー「AOC5000」(島津製作所社製)にて、GC-MS「GCMS QP-2010 Ultra」(島津製作所社製)に導入して分析した。分析はn=4で実施した。GC/MSにおける条件は以下のとおりとした。
測定モード:Scan
カラム:DB WAX60×0.25mm、i.d.0.25μm(Agilent社)
キャリアガス:ヘリウム
線流速:40 cm/min
オーブン温度:40℃(hold 3分間)→5℃/分→110℃→10℃/分→240℃(hold 5分間)
イオン源温度:240℃
移送管温度:240℃
イオン化モード:EI
質量範囲:30m/z~250m/z
測定時間:2分~35分
フェネチルアセテートのターゲットイオン:104m/z
上記の通りにGC-MSにて、フェネチルアセテートのピーク面積を算出した。ピーク面積の補正は、分析対象サンプルを等量ずつ混合したクオリティコントロールを分析した結果から、LOWESS平滑化を用いて行った。
【0055】
[1-4.アルコールの定量方法]
アルコール(エタノール)は、常法に従って、下記の条件のGC-FIDにより測定した。
【0056】
<GC-FID分析条件>
測定装置:GC-2014AF(島津製作所社製)
カラム:porapack q(80-100mesh)(ジーエルサイエンス社製)
注入口温度:230℃
温度条件:155℃(7min)保持
キャリアガス:窒素
線流速:20mL/min
検出器温度:250℃
【0057】
[1-5.評価結果]
各サンプルのフェネチルアセテートの測定結果を
図1に示す。
図1に示すとおり、フェネチルアセテートの量は発酵開始後4週間までフェネチルアセテートの量は増えた。4週間後のフェネチルアセテートの含有量は229ppbであり、2-エチル-6-メチルピラジンの含有量は1.9ppbであり、HEMFの含有量は84ppmであり、アルコールの含有量は2.1%であった。
【0058】
その後、火入れをしなかった試験群ではフェネチルアセテートの含有量が顕著に減少した。一方、火入れをした試験群ではフェネチルアセテートの含有量の低減は抑えられたものの、増えもしなかった。なお、火入れをしなかった試験群における最終的なフェネチルアセテートの含有量は21.5ppbであった。
【0059】
以上の結果より、液体発酵元液を用いた酵母発酵では、フェネチルアセテートの含有量は、発酵開始後4週間は増加すること、発酵開始後4週間以降ではフェネチルアセテートに対する分解酵素による減少量が酵母発酵によるフェネチルアセテートの生成量を上回ること、発酵開始後4週間に火入れすることにより維持できることがわかった。また、このことより、フェネチルアセテートを高濃度で含む醤油を得るためには、酵母発酵期間を4週間程度にすることが好ましいことがわかった。
【0060】
例2 火入れのタイミングによるフェネチルアセテートの減少抑制評価
[2-1.評価の目的]
乳酸発酵後の液体発酵元液を火入れし、醤油麹及び乳酸菌由来のエステラーゼ等を失活させた後に酵母発酵を行うことによる、フェネチルアセテートの減少抑制を評価した。
【0061】
[2-2.評価方法]
上記1-2と同様にして、液体発酵元液を得た。
【0062】
得られた液体発酵元液を80℃にて30分間の条件にて火入れした後に200mL容デュラン瓶に入れて、耐塩性の醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)を播種し、栓をして、25℃にて4週間、酵母発酵を行った(火入れ群)。なお、火入れしないこと以外は同様にして酵母発酵を行ったものを未処理群とした。火入れ群及び未処理群のサンプルについて、フェネチルアセテートの含有量を測定した(分析はN=4)。
【0063】
[2-3.評価結果]
各サンプルのフェネチルアセテートの測定結果を
図2に示す。
【0064】
図2に示すとおり、未処理群に比べて、火入れ群のフェネチルアセテートの量は、10倍以上であった。この結果より、液体発酵醤油におけるエステラーゼ等は、醤油麹に由来する可能性が高いことがわかった。したがって、液体発酵元液の酵母発酵の前又は後のいずれでも、エステラーゼ等を失活させることにより、フェネチルアセテートの量が増加することがわかった。
【0065】
例3 麹由来酵素によるフェネチルアセテートの分解活性評価
[3-1.評価の目的]
液体発酵元液におけるフェネチルアセテートの分解活性について評価した。
【0066】
[3-2.評価方法]
100ml容メスフラスコに純度98%フェネチルアセテート(シグマアルドリッチ社製) 1gを入れ、95%エタノールでメスアップして、フェネチルアセテート原液を調製した(1g/100ml)。次いで、後述する各試験醤油に添加するフェネチルアセテート溶液を100μlに統一し、かつ各試験醤油に対するフェネチルアセテートの含有量が所定の濃度になるように、フェネチルアセテート原液を水で希釈して、各フェネチルアセテート溶液を調製した。
【0067】
フェネチルアセテート溶液を用いて、液体発酵元液にフェネチルアセテートの含有量が30ppbになるように添加した。液体発酵元液としては、種麹としてアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)の異なる2種の菌株(A株及びB株)を用いた。
【0068】
各群の液体発酵元液を2つに分けて、一方は80℃にて30分間の条件にて火入れした後、25℃にて24時間のインキュベート処理に供し(火入れ群)、他方は火入れをせずに、25℃にて24時間のインキュベート処理に供した(未処理群)。
【0069】
A株火入れ群、A株未処理群、B株火入れ群及びB株未処理群について、インキュベート処理後のフェネチルアセテートの含有量を測定した。
【0070】
[3-3.評価結果]
各試験群のフェネチルアセテートの測定結果及びインキュベート前のフェネチルアセテートの含有量(30ppb)を基準にして算出した分解率(減少率)の結果を表1に示す。
【0071】
【0072】
表1が示すとおり、A株群とB株群とでは、フェネチルアセテートの分解活性は異なっていたが、いずれにおいても40%以上のフェネチルアセテートを分解することがわかった。しかし、火入れすることにより、いずれの群においても、フェネチルアセテートの分解を抑制できることがわかった。
【0073】
これらの結果から、酵母発酵元液を火入れすることにより、25℃にて24時間保存した場合のフェネチルアセテートの減少率が30%以下である液体発酵元液及び火入れ醤油が得られることがわかった。
【0074】
例4 熟成期間中のフェネチルアセテートの分解活性評価
[4-1.評価の目的]
熟成期間中のフェネチルアセテートの分解活性について評価した。
【0075】
[4-2.評価方法]
液体発酵元液を250mL容デュラン瓶(N=2)に入れて、耐塩性の醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)を播種し、栓をして、25℃にて4週間、酵母発酵を行った。この時点におけるアルコールやフェネチルアセテート生成量の点から、酵母発酵期間が終了したものとみなし、続く期間を熟成期間として熟成期間開始後のフェネチルアセテート量を測定した。
【0076】
[4-3.評価結果]
一定の熟成期間経過後のフェネチルアセテートの測定結果を表2に示す。
【0077】
【0078】
表2が示すとおり、熟成期間開始後、醤油中のフェネチルアセテートの分解活性は減少傾向になるものの、1週間当たりの減少率は5%を下回らないことがわかった。なお、
図1に示す通り、火入れした後は、醤油中のフェネチルアセテートは減少しない。
【0079】
これらの結果から、25℃にて1週間熟成した場合のフェネチルアセテートの減少率が5%以下である火入れ醤油が得られることがわかった。
【実施例2】
【0080】
例1 醤油の風味への影響評価
[1-1.試験しょうゆの調製]
100ml容メスフラスコに純度98%フェネチルアセテート(シグマアルドリッチ社製) 1gを入れ、95%エタノールでメスアップして、フェネチルアセテート原液を調製した(1g/100ml)。次いで、後述する各試験醤油に添加するフェネチルアセテート溶液を100μlに統一し、かつ各試験醤油に対するフェネチルアセテートの含有量が所定の濃度になるように、フェネチルアセテート原液を水で希釈して、各フェネチルアセテート溶液を調製した。
【0081】
フェネチルアセテートの含有量が0ppb(無添加)、30ppb及び50ppbになるように、しょうゆ及び各フェネチルアセテート溶液を撹拌により混ぜ合わせて溶解し、各試験しょうゆ 100mlを調製した。なお、しょうゆはフェネチルアセテートが検出されなかった「キッコーマン 特選丸大豆しょうゆ」(キッコーマン社製)を用いた。
【0082】
調製した試験しょうゆについて、下記試験1~3の処理に供した。すなわち、試験1では、調製した試験しょうゆを、湯浴にて80℃に達温後に、氷中で急冷して約25℃に維持した。試験2では、恒温器において、60℃にて2日間保存した。試験3では、調製した試験しょうゆを、恒温器において、5℃にて2日間保存した。
【0083】
[1-2.官能評価方法]
各試験群の試験しょうゆについて、醤油の風味の感じ分けに秀でたパネル(A~Eの5名)に、約25℃の室温下で、試験しょうゆを匙にとって喫食させ、喫食時に口腔内から鼻へぬける加熱劣化臭、醤油香及びえぐ味の強度を評価した。
【0084】
「加熱劣化臭」は、口に含んだ際に感じる、高温で加熱された醤油独特の不快臭及びムレ臭(もわっと鼻が蒸れる感覚のある臭い)とした。「醤油香」は、口に含んだ際に、加熱処理に供していない火入れ醤油(すなわち、市販のしょうゆ)で感じる、醤油本来のさわやかでフルーティーな香りとした。「えぐ味」は、喫食した後に口中に残る収斂味様の風味とした。
【0085】
官能評価は、フェネチルアセテートを添加していない試験しょうゆを評価基準(「0」)として、各試験しょうゆの評価項目に対する強弱を以下の9段階で評価した。なお、官能試験を実施するにあたり、該パネルに対して、しょうゆの風味の討議並びに評価訓練を行った。具体的には、しょうゆの風味の特性に対しては、パネル間で討議して、摺り合わせを行うことで、各パネリストが共通認識を持つようにした。また、官能試験の妥当性を担保するために、幾つかの試験しょうゆを用いて、該パネルに評価訓練をさせ、各パネリストにおける評価の再現性を確認した。これらを行った後、該パネルを用いて、各試験しょうゆの風味の評価を行った。
-4:評価基準と比べて、非常に弱く感じる
-3:評価基準と比べて、かなり弱く感じる
-2:評価基準と比べて、弱く感じる
-1:評価基準と比べて、やや弱く感じる
0:評価基準と同程度に感じる
1:評価基準と比べて、やや強く感じる
2:評価基準と比べて、強く感じる
3:評価基準と比べて、かなり強く感じる
4:評価基準と比べて、非常に強く感じる
【0086】
[1-3.官能評価結果]
各試験しょうゆについて、評価項目「加熱劣化臭」、「醤油香」及び「えぐ味」の官能評価を実施した結果を表3A~表3Cに示す。
【0087】
【0088】
【0089】
【0090】
表3A~表3Cに示すように、試験しょうゆを加熱処理に供した試験1~2では、フェネチルアセテートを添加した試験しょうゆは、評価基準である、フェネチルアセテートを添加していない試験しょうゆに対して、醤油香が強く感じられるとともに、加熱劣化臭及びえぐ味は低減した。
【0091】
また、試験しょうゆを加熱処理に供せずに保存した試験3では、フェネチルアセテートを添加した試験しょうゆは、フェネチルアセテートを添加していない試験しょうゆに対して、醤油香が僅かに強く感じられるとともに、えぐ味は低減した。なお、この場合、いずれの試験しょうゆにおいても加熱劣化臭は感じられなかった。
【0092】
以上の結果より、フェネチルアセテートは、しょうゆの風味を向上する作用及びしょうゆの風味の劣化を抑制する作用を有することがわかった。
【0093】
例2 ぽん酢における果汁の香味への影響評価(1)
[2-1.試験ぽん酢の調製]
100ml容メスフラスコに純度98%フェネチルアセテート(シグマアルドリッチ社製) 1gを入れ、95%エタノールでメスアップして、フェネチルアセテート原液を調製した(1g/100ml)。次いで、後述する各試験ぽん酢に添加するフェネチルアセテート溶液を100μlに統一し、かつ各試験ぽん酢に対するフェネチルアセテートの含有量が所定の濃度になるように、フェネチルアセテート原液を水で希釈して、各フェネチルアセテート溶液を調製した。
【0094】
下記表4に示す配合量で、しょうゆ、ゆず果汁、酢、砂糖、グルタミン酸、水及び各フェネチルアセテート溶液をステンレス管に入れて、約40℃にて撹拌により混ぜ合わせて溶解し、各試験ぽん酢 100mlを調製した。なお、しょうゆはフェネチルアセテートが検出されなかった「キッコーマン 特選丸大豆しょうゆ」(キッコーマン社製)を用いた。ゆず果汁は、ストレート果汁の非加熱充填品であるものを用いた。また、フェネチルアセテートの濃度は、フェネチルアセテートが10ppbの場合は、試験ぽん酢 100mlに対して、フェネチルアセテートが1,000ngであることを意味する。
【0095】
調製した試験ぽん酢を、加熱前の試験ぽん酢として、それぞれ試験ぽん酢1-1~8-1とした。試験ぽん酢1-1~8-1を、湯浴にて80℃に達温後に、氷中で急冷して約25℃に維持したものを、加熱後の試験ぽん酢として、それぞれ試験ぽん酢1-2~8-2とした。
【0096】
【0097】
[2-2.官能評価方法]
試験ぽん酢1-1~8-1及び試験ぽん酢1-2~8-2について、果汁の風味及び香りの感じ分けに秀でたパネル(A~Cの3名)に、約25℃の室温下で、試験ぽん酢を匙にとって喫食させ、及び香りを嗅がせた。
【0098】
評価項目は、喫食時の「果汁の風味」、「酸味」及び「雑味」、並びに嗅いだ際の「フレッシュな柑橘の香り」とした。
【0099】
「果汁の風味」は、試験ぽん酢を喫食して口に含んだ際に感じる、果汁の風味とした。「酸味」は、試験ぽん酢を喫食して口に含んだ際に舌で感じる、酸っぱい味とした。「雑味」は、試験ぽん酢を喫食して口に含んだ際に舌で感じる、渋み及び苦み(ピール感)のいずれかの味とした。「フレッシュな柑橘の香り」は、試験ぽん酢を口に含まずに鼻だけで、比較的初期に感じる、柑橘類を搾ったときに生じる青臭い酸っぱい香りとした。
【0100】
官能評価は、フェネチルアセテートを添加していない加熱後の試験ぽん酢1-2を評価基準(「0」)として、各試験ぽん酢の評価項目に対する強弱を以下の9段階で評価した。なお、官能試験を実施するにあたり、該パネルに対して、果汁の風味及び香りの討議並びに評価訓練を行った。具体的には、果汁の風味及び香りの特性に対しては、パネル間で討議して、摺り合わせを行うことで、各パネリストが共通認識を持つようにした。また、官能試験の妥当性を担保するために、幾つかの試験ぽん酢を用いて、該パネルに評価訓練をさせ、各パネリストにおける評価の再現性を確認した。これらを行った後、該パネルを用いて、各試験ぽん酢について果汁の風味及び香りの評価を行った。
-4:評価基準と比べて、非常に弱く感じる
-3:評価基準と比べて、かなり弱く感じる
-2:評価基準と比べて、弱く感じる
-1:評価基準と比べて、やや弱く感じる
0:評価基準と同程度に感じる
1:評価基準と比べて、やや強く感じる
2:評価基準と比べて、強く感じる
3:評価基準と比べて、かなり強く感じる
4:評価基準と比べて、非常に強く感じる
【0101】
[2-3.官能評価結果]
各試験ぽん酢について、評価項目「果汁の風味」、「雑味」及び「フレッシュな柑橘の香り」の官能評価を実施した結果を表5A~表5Cに示す。なお、評価項目「酸味」については、試験ぽん酢の間で大きな差異は認められなかった。
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
表5A~表5Cに示すように、フェネチルアセテートを添加した加熱後の試験ぽん酢2-2~7-2は、評価基準である、フェネチルアセテートを添加していない加熱後の試験ぽん酢1-2に対して、果汁の風味及びフレッシュな柑橘の香りが強く感じられるとともに、雑味は低減した。また、フェネチルアセテートを添加していない試験ぽん酢1-1及び試験ぽん酢1-2の比較により、加熱により好ましい香味が損なわれることがわかった。これらの結果を総合すると、ぽん酢にフェネチルアセテートを添加することにより、果汁の加熱による香味の劣化を抑制することができることがわかった。
【0106】
また、加熱前の試験ぽん酢1-1~7-1の試験結果から、より多量のフェネチルアセテートを添加することにより、フェネチルアセテートを添加しないものと比べて香味が向上することがわかった。しかし、フェネチルアセテートの添加濃度が5,000ppbである試験ぽん酢8-1及び8-2は、フェネチルアセテートが有するバラの香りのためか、全体的に花様の香りがしたために、官能評価を実施することができなかった。なお、試験ぽん酢8-2を湯豆腐にかけて喫食したところ、やはり花様の香りが目立ち、違和感があり、ぽん酢として適していないことがわかった。
【0107】
以上の結果より、フェネチルアセテートは、果汁の香味を向上する作用及び果汁の加熱による香味の劣化を抑制する作用を有することがわかった。
【0108】
例3 ぽん酢における果汁の香味への影響評価(2)
[3-1.試験ぽん酢の調製]
下記表6に示す配合量にしたこと以外は、例2と同様にして、加熱後の試験ぽん酢9-1~13-1及び9-2~13-2を得た。各試験ぽん酢を100ml容透明瓶に充填し、試験ぽん酢9-1~13-1は5℃条件下にて、及び試験ぽん酢9-2~13-2は40℃条件下にて、15日間保存した。なお、各試験ぽん酢についてpHを測定したところ、全ての試験ぽん酢のpHは3.87~3.90の範囲内にあった。
【0109】
【0110】
[3-2.官能評価方法]
例2と同様にして、試験ぽん酢9-1~13-1及び試験ぽん酢9-2~13-2について、「果汁の風味」、「酸味」、「雑味」及び「フレッシュな柑橘の香り」について官能評価により試験した。ただし、評価基準は、フェネチルアセテートを添加していない、5℃保存品である試験ぽん酢9-1とした。
【0111】
[3-3.官能評価結果]
各試験ぽん酢について、評価項目「果汁の風味」、「雑味」及び「フレッシュな柑橘の香り」の官能評価を実施した結果を表7A~表7Cに示す。なお、評価項目「酸味」については、試験ぽん酢の間で大きな差異は認められなかった。
【0112】
【0113】
【0114】
【0115】
表7A~表7Cに示すように、フェネチルアセテートを添加していない40℃保存の試験ぽん酢9-2は好ましい香味(「果汁の風味」、「フレッシュな柑橘の香り」)が弱く、好ましくない風味(「雑味」)が強く感じられるものであった。しかし、試験ぽん酢10-2~13-2の結果が示すように、フェネチルアセテートの添加量に依存して好ましい香味が強く感じられ、好ましくない風味が低減する傾向にあった。また、5℃保存の試験ぽん酢を用いた試験結果からも、同様の傾向が得られた。
【0116】
以上の結果より、フェネチルアセテートを添加したぽん酢は、温度条件に依らずに、好ましい果汁の香味を有するものとして保存することができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明の一態様の火入れ醤油は、食材及び調理物の風味をより良いものとすることができ、さらに本醸造方式で製造可能であることから、市販の醤油とともに、又は市販の醤油に代替して、工業的に製造及び利用され得る。
【関連出願の相互参照】
【0118】
本出願は、2020年3月26日出願の日本特願2020-056774号の優先権を主張し、その全記載は、ここに開示として援用される。