(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2026-02-12
(45)【発行日】2026-02-20
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズの設計方法、眼鏡及び眼鏡の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20260213BHJP
【FI】
G02C7/06
(21)【出願番号】P 2024504374
(86)(22)【出願日】2022-12-21
(86)【国際出願番号】 JP2022047024
(87)【国際公開番号】W WO2023166822
(87)【国際公開日】2023-09-07
【審査請求日】2024-06-21
(31)【優先権主張番号】P 2022032222
(32)【優先日】2022-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】内谷 隆博
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祥平
【審査官】中村 説志
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-005081(JP,A)
【文献】特表2021-524051(JP,A)
【文献】特開2022-039960(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第114114711(CN,A)
【文献】特開2021-105692(JP,A)
【文献】特表2023-531255(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/02- 7/06
G02C13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させるベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に収束させない網膜上非収束領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、
前記網膜上非収束領域の少なくとも一部は、眼の球面収差によりもたらされる局所的な負の非点収差を該非点収差の分布の一部箇所にて相殺可能な緩衝領域であり、
前記緩衝領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状であ
り、
各円周上の網膜上非収束領域のうち、レンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が大きく、該直線に垂直な直線であってレンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が小さいという関係を有する両直線が存在する、眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記ファンクショナル領域の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の網膜上非収束領域はいずれも前記緩衝領域であり、
前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの緩衝領域の各々が分散して配置された、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記緩衝領域の分散は、2つの緩衝領域の中心を結ぶ線分の長さである第1間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の緩衝領域の中心と該線分との距離である第2間隔とが共に2mm未満である状態である、請求項2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記緩衝領域に備わった非点収差の絶対値は0.25~0.50Dである、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
前記網膜上非収束領域は、前記ベース領域から突出した形状を有する、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
前記網膜上非収束領域の、前記ベース領域からの突出距離は1.00μmより大きい、請求項5に記載の眼鏡レンズ。
【請求項7】
前記網膜上非収束領域は少なくとも網膜上非収束領域A1、B1を含み、
少なくとも前記網膜上非収束領域B1は緩衝領域であり、
平面視において、レンズ中心に近い前記網膜上非収束領域A1は、レンズ中心から離れた前記網膜上非収束領域B1に比べ、周方向に沿って長尺な形状である、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項8】
前記各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なることについての情報を呈示するマークが眼鏡レンズに設けられた、請求項
1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項9】
前記眼鏡レンズは、レンズ基材と、前記レンズ基材を覆うように設けられた積層膜とを備え、
前記レンズ基材は、
前記ベース領域の基となる基材第1屈折領域と、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域と、
を有し、
前記緩衝領域の基となる基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状である、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項10】
前記レンズ基材の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状であり、
前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの基材第2屈折領域の各々が分散して配置された、請求項
9に記載の眼鏡レンズ。
【請求項11】
前記第2屈折領域の分散は、2つの基材第2屈折領域の中心を結ぶ線分の長さである第3間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の基材第2屈折領域の中心と該線分との距離である第4間隔とが共に2mm未満である状態である、請求項
10に記載の眼鏡レンズ。
【請求項12】
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域は少なくとも基材第2屈折領域a1、b1を含み、
少なくとも前記基材第2屈折領域b1は前記緩衝領域の基であり、
平面視において、レンズ中心に近い前記基材第2屈折領域a1に比べ、レンズ中心から離れた前記基材第2屈折領域b1は、周方向に沿って長尺な形状である、請求項
9に記載の眼鏡レンズ。
【請求項13】
前記基材第2屈折領域は、前記基材第1屈折領域から突出した形状を有する、請求項
9に記載の眼鏡レンズ。
【請求項14】
前記基材第2屈折領域の、前記基材第1屈折領域からの突出距離は1.00μmより大きい、請求項
13に記載の眼鏡レンズ。
【請求項15】
前記積層膜のうち少なくとも一つの膜の厚さは前記基材第2屈折領域の周囲において偏在化しており、且つ、各円周上の各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なる、請求項
9に記載の眼鏡レンズ。
【請求項16】
環状の前記ファンクショナル領域によって包囲された中心側クリア領域を有する、請求項
9に記載の眼鏡レンズ。
【請求項17】
前記中心側クリア領域の中心は、レンズの幾何中心にある、請求項
16に記載の眼鏡レンズ。
【請求項18】
中心側クリア領域の中心は、レンズの幾何中心に対して、鼻側にシフトした位置にある、請求項1
6に記載の眼鏡レンズ。
【請求項19】
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させるベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に収束させない網膜上非収束領域と、
を有するファンクショナル領域を備える眼鏡レンズの製造方法であって、
前記網膜上非収束領域の少なくとも一部は、眼の球面収差によりもたらされる局所的な負の非点収差を該非点収差の分布の一部箇所にて相殺する緩衝領域であり、
前記眼鏡レンズは少なくともレンズ基材を備え、
前記レンズ基材は、
前記ベース領域の基となる基材第1屈折領域と、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域と、
を有し、
前記緩衝領域の基となる基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状となるようにモールドを旋盤加工する旋盤加工工程と、
旋盤加工後のモールドを用いて前記レンズ基材を成形する成形工程と、
を有し、
旋盤加工後のモールドを用いて得られた前記レンズ基材を覆うように積層膜を設ける積層工程を更に有し、
前記積層膜のうち少なくとも一つの膜をディップ法により形成することにより、該膜の厚さを、前記基材第2屈折領域の周囲において偏在化させ、且つ、各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なるようにする、眼鏡レンズの製造方法。
【請求項20】
前記レンズ基材の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状になるようにすべく、且つ、前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの基材第2屈折領域の各々が分散して配置されるようにすべく、モールドに対して前記旋盤加工工程を行う、請求項
19に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項21】
前記第2屈折領域の分散は、2つの基材第2屈折領域の中心を結ぶ線分の長さである第3間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の基材第2屈折領域の中心と該線分との距離である第4間隔とが共に2mm未満である状態である、請求項
20に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項22】
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域は少なくとも基材第2屈折領域a1、b1を含み、
少なくとも前記基材第2屈折領域b1は前記緩衝領域の基であり、
前記レンズ基材を成形すべくモールドを旋盤加工する際に、平面視において、レンズ中心に近い前記基材第2屈折領域a1に比べ、レンズ中心から離れた前記基材第2屈折領域b1は、周方向に沿って長尺な形状とすべく、モールドを旋盤加工する前記旋盤加工工程を行う、請求項
19又は
20に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項23】
基材第2屈折領域が基材第1屈折領域から突出した形状を有させるべく、前記旋盤加工工程では、モールドにおける基材第2屈折領域に対応する部分を、基材第1屈折領域に対応する部分よりも陥凹させる、請求項
19又は
20に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項24】
前記陥凹距離は1.00μmより大きい、請求項
23に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項25】
各円周上の網膜上非収束領域のうち、レンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が大きく、該直線に垂直な直線であってレンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が小さいという関係を有する両直線が存在するようにする、請求項
19に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項26】
前記各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なることについての情報を呈示するマークを眼鏡レンズに設けるマーク付与工程を更に有する、請求項
25に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【請求項27】
請求項1~
18のいずれか一つに記載の眼鏡レンズがフレームに嵌め入れられた、眼鏡。
【請求項28】
装用者の眼の球面収差の大きさに応じて請求項
8に記載の眼鏡レンズのマークを目印にして眼鏡レンズの向きを決定したうえで眼鏡レンズをフレームに枠入れする、眼鏡の製造方法。
【請求項29】
眼鏡レンズの装用者の裸眼時における、網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をVとし、
前記装用者が眼鏡レンズを装用した時の、網膜上非収束領域を通過して網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をV´とするとき、
Vに比べてV´が、より大きくなるように、請求項1~
18のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの枠入れ方向を決定する、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項30】
請求項
29に記載の設計方法によって決定された方位に従って、前記眼鏡レンズを枠入れすることを含む、眼鏡の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズの設計方法、眼鏡及び眼鏡の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近視等の屈折異常の進行を抑制する眼鏡レンズとして、レンズ上に処方屈折力よりプラスの屈折力を持つ複数の島状領域(別の言い方をすると「第2屈折領域」又は「微小凸部」)が形成されたものがある(例えば、特許文献1参照)。特許文献1では、処方屈折力をもたらす領域は第1屈折領域としている。この第1屈折領域のことをベース領域ともいう。
【0003】
この構成の眼鏡レンズによれば、物体側の面から入射し眼球側の面から出射する光束のうち、微小凸部以外を通過した光束では装用者の網膜上に焦点を結ぶが、微小凸部を通過した光束は網膜上よりも手前の位置で焦点を結ぶようになっており、これにより近視の進行が抑制されることになる。
【0004】
特許文献2の[0094]には、上記微小凸部を凹部に変更することにより、遠視進行抑制機能を奏する眼鏡レンズが得られることが記載されている。本明細書においては、上記近視進行抑制効果と遠視進行抑制効果(正確に言うと遠視軽減効果)とを総称する表現として屈折異常進行抑制又は軽減効果とも称する。以降は、近視進行抑制効果について例示する。
【0005】
特許文献3の20、21頁にて網膜周辺部の非対称性にあわせて、微小凸部の屈折度数および円柱度数を中心から周辺部にかけて円周方向により程度の異なる非対称に増減させることで、高い近視進行抑制効果を持つ眼鏡レンズが得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】米国出願公開第2017/0131567号
【文献】WO2020/067028号
【文献】WO2019/166653号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
人間の眼には球面収差が存在する。球面収差をもたらす要因は、角膜及び水晶体等様々であるが、説明の便宜上、以降は単に「眼の球面収差」と表現する。仮に、特許文献1に記載の微小凸部の表面形状が球面であったとしても、眼の球面収差のせいで焦点を結びにくい。この影響は、特許文献3では着目されていない網膜の中心近傍においても現れる。
【0008】
本発明の一実施例では、眼の球面収差が屈折異常進行抑制又は軽減効果に与える影響を低減可能な眼鏡レンズ及びその関連技術を提供する。
本発明の別の一実施例では、眼の球面収差の多寡にかかわらず同等の屈折異常進行抑制又は軽減効果を発揮可能な眼鏡レンズ及びその関連技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様は、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させるベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に収束させない網膜上非収束領域と、
を有するファンクショナル領域を備え、
前記網膜上非収束領域の少なくとも一部は、眼の球面収差によりもたらされる局所的な負の非点収差を該非点収差の分布の一部箇所にて相殺可能な緩衝領域であり、
前記緩衝領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状である、眼鏡レンズ。
【0010】
本発明の第2の態様は、
前記ファンクショナル領域の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の網膜上非収束領域はいずれも前記緩衝領域であり、
前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの緩衝領域の各々が分散して配置された、第1の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0011】
本発明の第3の態様は、
前記緩衝領域の分散は、2つの緩衝領域の中心を結ぶ線分の長さである第1間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の緩衝領域の中心と該線分との距離である第2間隔とが共に2mm未満である状態である、第2の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0012】
本発明の第4の態様は、
前記緩衝領域に備わった非点収差の絶対値は0.25~0.50Dである、第1~第3の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0013】
本発明の第5の態様は、
前記網膜上非収束領域は、前記ベース領域から突出した形状を有する、第1~第4の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0014】
本発明の第6の態様は、
前記網膜上非収束領域の、前記ベース領域からの突出距離は1.00μmより大きい、第5の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0015】
本発明の第7の態様は、
前記網膜上非収束領域は少なくとも網膜上非収束領域A1、B1を含み、
少なくとも前記網膜上非収束領域B1は緩衝領域であり、
平面視において、レンズ中心に近い前記網膜上非収束領域A1に比べ、レンズ中心から離れた前記網膜上非収束領域B1は、周方向に沿って長尺な形状である、第1~第6の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0016】
本発明の第8の態様は、
各円周上の網膜上非収束領域のうち、レンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が大きく、該直線に垂直な直線であってレンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が小さいという関係を有する両直線が存在する、第1~第7の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0017】
本発明の第9の態様は、
前記各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なることについての情報を呈示するマークが眼鏡レンズに設けられた、第8の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0018】
本発明の第10の態様は、
前記眼鏡レンズは、レンズ基材と、前記レンズ基材を覆うように設けられた積層膜とを備え、
前記レンズ基材は、
前記ベース領域の基となる基材第1屈折領域と、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域と、
を有し、
前記緩衝領域の基となる基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状である、第1~第9の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0019】
本発明の第11の態様は、
前記レンズ基材の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状であり、
前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの基材第2屈折領域の各々が分散して配置された、第10の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0020】
本発明の第12の態様は、
前記第2屈折領域の分散は、2つの基材第2屈折領域の中心を結ぶ線分の長さである第3間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の基材第2屈折領域の中心と該線分との距離である第4間隔とが共に2mm未満である状態である、第11の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0021】
本発明の第13の態様は、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域は少なくとも基材第2屈折領域a1、b1を含み、
少なくとも前記基材第2屈折領域b1は前記緩衝領域の基であり、
平面視において、レンズ中心に近い前記基材第2屈折領域a1に比べ、レンズ中心から離れた前記基材第2屈折領域b1は、周方向に沿って長尺な形状である、第10~第12の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0022】
本発明の第14の態様は、
前記基材第2屈折領域は、前記基材第1屈折領域から突出した形状を有する、第10~第13の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0023】
本発明の第15の態様は、
前記基材第2屈折領域の、前記基材第1屈折領域からの突出距離は1.00μmより大きい、第14の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0024】
本発明の第16の態様は、
前記積層膜のうち少なくとも一つの膜の厚さは前記基材第2屈折領域の周囲において偏在化しており、且つ、各円周上の各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なる、第10~第15の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0025】
本発明の第17の態様は、
環状の前記ファンクショナル領域によって包囲された中心側クリア領域を有する、第10~第15の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズである。
【0026】
本発明の第18の態様は、
前記中心側クリア領域の中心は、レンズの幾何中心にある、第17の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0027】
本発明の第19の態様は、
中心側クリア領域の中心は、レンズの幾何中心に対して、鼻側にシフトした位置にある、第17の態様に記載の眼鏡レンズである。
【0028】
本発明の第20の態様は、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させるベース領域と、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に収束させない網膜上非収束領域と、
を有するファンクショナル領域を備える眼鏡レンズの製造方法であって、
前記網膜上非収束領域の少なくとも一部は、眼の球面収差によりもたらされる局所的な負の非点収差を該非点収差の分布の一部箇所にて相殺する緩衝領域であり、
前記眼鏡レンズは少なくともレンズ基材を備え、
前記レンズ基材は、
前記ベース領域の基となる基材第1屈折領域と、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域と、
を有し、
前記緩衝領域の基となる基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状となるようにモールドを旋盤加工する旋盤加工工程と、
旋盤加工後のモールドを用いて前記レンズ基材を成形する成形工程と、
を有する、眼鏡レンズの製造方法である。
【0029】
本発明の第21の態様は、
前記レンズ基材の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状になるようにすべく、且つ、前記帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの基材第2屈折領域の各々が分散して配置されるようにすべく、モールドに対して前記旋盤加工工程を行う、第20の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0030】
本発明の第22の態様は、
前記第2屈折領域の分散は、2つの基材第2屈折領域の中心を結ぶ線分の長さである第3間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の基材第2屈折領域の中心と該線分との距離である第4間隔とが共に2mm未満である状態である、第21の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0031】
本発明の第23の態様は、
前記網膜上非収束領域の基となる基材第2屈折領域は少なくとも基材第2屈折領域a1、b1を含み、
少なくとも前記基材第2屈折領域b1は前記緩衝領域の基であり、
前記レンズ基材を成形すべくモールドを旋盤加工する際に、平面視において、レンズ中心に近い前記基材第2屈折領域a1に比べ、レンズ中心から離れた前記基材第2屈折領域b1は、周方向に沿って長尺な形状とすべく、モールドを旋盤加工する前記旋盤加工工程を行う、第20~第22の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0032】
本発明の第24の態様は、
基材第2屈折領域が基材第1屈折領域から突出した形状を有させるべく、前記旋盤加工工程では、モールドにおける基材第2屈折領域に対応する部分を、基材第1屈折領域に対応する部分よりも陥凹させる、第20~第23の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0033】
本発明の第25の態様は、
前記陥凹距離は1.00μmより大きい、第24の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0034】
本発明の第26の態様は、
旋盤加工後のモールドを用いて得られた前記レンズ基材を覆うように積層膜を設ける積層工程を更に有し、
前記積層膜のうち少なくとも一つの膜をディップ法により形成することにより、該膜の厚さを、前記基材第2屈折領域の周囲において偏在化させ、且つ、各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なるようにする、第20~第25の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0035】
本発明の第27の態様は、
各円周上の網膜上非収束領域のうち、レンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が大きく、該直線に垂直な直線であってレンズ中心を通過する直線上にある網膜上非収束領域の非点収差の絶対値が小さいという関係を有する両直線が存在するようにする、第26の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0036】
本発明の第28の態様は、
前記各々の前記緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なることについての情報を呈示するマークを眼鏡レンズに設けるマーク付与工程を更に有する、第27の態様に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
【0037】
本発明の第29の態様は、
第1~第19の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズがフレームに嵌め入れられた、眼鏡である。
【0038】
本発明の第30の態様は、
装用者の眼の球面収差の大きさに応じて第9の態様に記載の眼鏡レンズのマークを目印にして眼鏡レンズの向きを決定したうえで眼鏡レンズをフレームに枠入れする、眼鏡の製造方法である。
【0039】
本発明の第31の態様は、
眼鏡レンズの装用者の裸眼時における、網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をVとし、
前記装用者が眼鏡レンズを装用した時の、網膜上非収束領域を通過して網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をV´とするとき、
Vに比べてV´が、より大きくなるように、第1~第19の態様のいずれか一つに記載の眼鏡レンズの枠入れ方向を決定する、眼鏡レンズの設計方法である。
【0040】
本発明の第32の態様は、
第31の態様に記載の設計方法によって決定された方位に従って、前記眼鏡レンズを枠入れすることを含む、眼鏡の製造方法である。
【0041】
網膜上非収束領域の大きさに関しては以下の規定を満たすのが好ましい。
ベース領域に対する、網膜上非収束領域の相対度数に着目する。この相対度数の絶対値をL(単位:D)とする。網膜上非収束領域が周方向に長尺である場合、網膜上非収束領域3aの短辺の長さ(平面視における径方向の長さ)に対する長辺の長さ(平面視における周方向の長さ)の比Mが以下の数式を満たすようにすると、0.25~0.50Dの非点収差を付与できる。
0.25<L-L/M2<0.50
Lが3.00~5.00Dの場合が想定されやすく、その場合、Mは1.025~1.085程度となる。
【発明の効果】
【0042】
本発明の一実施例では、眼の球面収差が屈折異常進行抑制又は軽減効果に与える影響を低減可能となる。
本発明の別の一実施例では、眼の球面収差の多寡にかかわらず同等の屈折異常進行抑制又は軽減効果を発揮可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1A】
図1Aは、球面収差を有する典型的な眼の波面マップである。
【
図1C】
図1Cは、眼の中心を通過する水平断面(中心からの距離は符号H:横軸)における非点収差の絶対値(縦軸)の分布を示す図である。
【
図2A】
図2Aは、球面収差がゼロの瞳と無収差(球面)の第2屈折領域とを想定したときのグラフであって、縦軸をVSOTF(Visual Strehl ratio based on OTF)とし、横軸をデフォーカス量(単位:D(ディオプター)、ゼロは網膜位置)としたときのグラフである。
【
図2B】
図2Bは、
図2Aと同様のグラフであって、球面収差が絶対値0.080μmの瞳と無収差の第2屈折領域(球面形状)とを想定したときのグラフである。
【
図2C】
図2Cは、
図2Aと同様のグラフであって、球面収差が絶対値0.080μmの瞳と有収差の第2屈折領域とを想定したときのグラフである。
【
図3A】
図3Aは、
図2Cに係る眼鏡レンズ(右図)の大きさと瞳(左下図)の大きさとを対比した図であって、各第2屈折領域に備えさせた非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
【
図3B】
図3Bは、
図2Cに係る眼鏡レンズの説明図(左図)、及び、
図2Cに係る眼鏡レンズの各第2屈折領域に備えさせた非点収差(白抜き矢印)の軸方向と、眼の非点収差(ハッチ矢印)の軸方向とを示した拡大説明図(右図)である。
【
図4A】
図4Aは、本発明の一態様で定義した分散の要件を満たす第2屈折領域の配置を示す説明図である。
【
図4B】
図4Bは、本発明の一態様で定義した分散の要件を満たさない第2屈折領域の配置を示す説明図である。
【
図5A】
図5Aは、
図3Aの右図と同じ図であって、各第2屈折領域に備えさせた非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
【
図5B】
図5Bは、ディップ法を採用して成膜することにより各基材第2屈折領域に備わる非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
【
図5C】
図5Cは、
図5Aに係る眼鏡レンズに対してディップ法を採用して成膜することにより各第2屈折領域に備わる非点収差の軸方向を白抜き矢印で示し且つ非点収差量を白抜き矢印の長さで示した説明図である。
【
図6A】
図6Aは、
図3Aの右図と同じ図であって、眼鏡レンズの装用時に視線が頻繁に通過する位置を矢印で示した説明図である。
【
図6B】
図6Bは、
図5Cと同じ図であって、眼の球面収差が絶対値0.080μmの小児に対応すべく、視線が頻繁に通過する位置に、非点収差が最大となる緩衝領域が配置されるよう、眼鏡レンズの方位を決定した様子を示す説明図である。
【
図6C】
図6Cは、眼の球面収差がゼロの小児に対応すべく、視線が頻繁に通過する位置に、非点収差がゼロである第2屈折領域が配置されるよう、眼鏡レンズの方位を決定した様子を示す説明図である。
【
図7】
図7は、ファンクショナル領域と中心側クリア領域との境界の定義の一例を示す説明図であって、ファンクショナル領域と外側クリア領域との境界の定義の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施形態について述べる。以下における図面に基づく説明は例示であって、本発明は例示された態様に限定されるものではない。
【0045】
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。この関係は、眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、レンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0046】
本明細書では、眼鏡レンズを装用した状態での水平方向をX方向、天地(上下)方向をY方向、眼鏡レンズの厚さ方向であってX方向及びY方向に垂直な方向をZ方向とする。Z方向は眼鏡レンズの光軸方向でもある。原点はレンズ中心とする。なお、レンズ中心は、眼鏡レンズの光学中心または幾何中心を指す。本明細書では光学中心と幾何中心とが略一致する場合を例示する。
装用者に向かって右方(3時方向)を+X方向、左方(9時方向)を-X方向、上方(0時方向)を+Y方向、下方(6時方向)を-Y方向、物体側方向を-Z方向、その逆方向(奥側方向)を+Z方向とする。本明細書において、「平面視」とは-Z方向から+Z方向へと見たときの状態を指す。後掲のデフォーカスパワーもこのZ方向の符号を踏襲している。
本願各図では右眼用レンズを平面視した場合を例示しており、該右眼用レンズを装用した時の鼻側方向を+X方向、耳側方向を-X方向としている。
なお、眼球側の最表面のみにファンクショナル領域が設けられる場合は、-Z方向から+Z方向へと見たときの状態を平面視としても差し支えない。以降、眼鏡レンズにおけるアイポイント及び幾何中心等のような「位置」を論ずる際は、特記無い限り平面視での位置のことを指す。
【0047】
本明細書において「~」は所定の値以上且つ所定の値以下を指す。以降、符号を付すが、初出の項目だけ符号を付し、以降は省略する。
【0048】
<本発明に至るまでの知見>
本発明者は、眼の球面収差について検討した。
図1Aは、球面収差を有する典型的な眼の波面マップである。
図1Bは、
図1Aに対して負の局所的な非点収差をハッチ矢印で示した図である。
上下方向は天地方向であり、左右方向は水平方向である。波面マップの直径は4mmであり典型的な瞳孔径を想定している。マップ内の色が濃いほど波面が遅れていることを示す。マップ内の色が二次関数的に変化する箇所では、径方向に局所的な度数を有することを意味する。つまり、
図1Aに示す眼では、
図1Bのハッチ矢印が示すような負の局所的な非点収差を有する。
【0049】
なお、球面収差の値としては、本明細書では絶対値0.080μmを想定している。その理由は以下の通りである。
【0050】
小児の眼の球面収差についての報告が以下の文献(特にFigure 4)でなされている。
「Athaide HV, Campos M, Costa C. Study of ocular aberrations with age. Arq BrasOftalmol. 2009 Sep-Oct;72(5):617-21. doi: 10.1590/s0004-27492009000500003. PMID:20027396.」
上記文献によれば、小児の眼の球面収差は四分位範囲で-0.08~+0.12μmで分布している。上記文献での結果は散瞳径である瞳孔径6.5mmでの測定値であり、一般的な瞳孔径4mmに換算する必要がある。そして、瞳孔径と球面収差は大凡比例関係にある。そのため、瞳孔径4mmでは小児の眼の球面収差は四分位範囲で-0.05~+0.08μmと推測される。これは四分位範囲であり、+0.08μmよりも大きな球面収差をもつ小児及び-0.05μmよりも小さな球面収差をもつ小児は、四分位範囲の残り(即ち半分もの人数)に相当する。つまり、半分近くの小児は球面収差の絶対値が0.08μmを超える。
以上の理由により、球面収差の値としては、本明細書では絶対値0.080μmを想定している。
【0051】
図1Cは、眼の中心を通過する水平断面(中心からの距離は符号H:横軸)における非点収差の絶対値(縦軸)の分布を示す図である。
図1Cによれば、眼の外縁近傍では0.25~0.50D(単位:ディオプター)程度の非点収差が生じる。理論的には、上記第2屈折領域がこの程度の非点収差を相殺できれば、焦点を結びにくくなるという問題は解決できる。
【0052】
その一方、
図1Bに示すように、局所的な非点収差は眼の径方向に沿った軸方向を有している。つまり、局所的な非点収差は一律な軸方向を有するわけではない。本明細書における「軸方向」は、所定位置からの360°方位において最大屈折力となる方向又は最小屈折力となる方向を意味する。本明細書における「軸方向」は、正の非点収差を有する場合は屈折力が最大となる方向を指し、負の非点収差を有する場合は屈折力が最小となる方向を指す。但し、本明細書において、最大・最小いずれを指すかが重要ではない一部の定性的な議論においては非点収差の符合を省略する。また、非点収差が増大と記した場合は、非点収差量の絶対値が増大することを意味する。
【0053】
本発明者は、眼の局所的な非点収差を相殺する構成について検討した。その検討に先立ち種々の試験を行った。
【0054】
図2Aは、球面収差がゼロの瞳と無収差(球面)の第2屈折領域とを想定したときのグラフであって、縦軸をVSOTF(Visual Strehl ratio based on OTF)とし、横軸をデフォーカス量(単位:D(ディオプター)、ゼロは網膜位置)としたときのグラフである。
本明細書においては、横軸のデフォーカス量は、負だと網膜の手前側(視認する物体側)、正だと網膜の奥側を意味する。
【0055】
VSOTFは、網膜構造又は神経系に起因すると考えられるコントラスト感度特性を加味したスカラー量である。VSOTFは、眼の空間周波数ごとの感度特性を考慮して重みづけたOTFの実部の和である。具体的な数式を挙げると以下の通りである。
【数1】
分子のOTF:実際のレンズにおけるOTF(Optical Transfer Function)である。分母のOTFDL:レンズにおいて無収差と仮定したときのOTFである。
CSF:人の視覚の空間周波数に対するコントラスト感度関数(Contrast Sensitivity Function)である。CSFは、カットオフ周波数に対して十分低い低周波にて感度のピークを持つ。
【0056】
OTFとは、レンズ性能を評価する尺度のひとつであり、視認対象が有するコントラストを像面上でどれだけ忠実に再現できるかを空間周波数特性として表した複素数値による指標である。OTFの絶対値が大きいことはレンズを介して物体を見たときに装用者が認識するコントラストが高いことを、OTFの偏角が小さいことは像の位置ズレが小さいことを意味する。OTFの重み付け和であるVSOTFの値が大きいことは、像のボケや滲みが少なく、エネルギーの集中度が高いことを意味する。
【0057】
VSOTFに関しては、以下の文献「Thibos LN, Hong X, Bradley A, Applegate RA.Accuracy and precision of objective refraction from wavefront aberrations. J Vis. 2004 Apr 23;4(4):329-51.」に記載されており、ここでの説明は省略する。
【0058】
図2Bは、
図2Aと同様のグラフであって、球面収差が絶対値0.080μmの瞳と無収差の第2屈折領域(球面形状)とを想定したときのグラフである。
【0059】
図2Aが示すように、横軸(デフォーカス量)がゼロのときにコントラストが最大値になるのは第1屈折領域(ベース領域)による。そして、横軸(デフォーカス量)が-4.0D近傍でコントラストが極大となるのは第2屈折領域による。この極大コントラストをもたらす集光を眼鏡レンズの装用者が感知することで、眼球長の増加が抑制され、近視進行抑制につながる。第1屈折領域(ベース領域)は、処方屈折力を備える領域とすることができる。
【0060】
その一方、装用者が集光を感知するのはウェーバー・フェヒナーの法則に従えば相対的にである。重要なのは、極大コントラストの絶対値というよりも、第2屈折領域によるコントラストの極大値と、該最大値と該極大値との間の低コントラスト(極小値)との差である。図中矢印は該差を示し、該差のことを、以降、「コントラスト比」ともいう。
図2の各図中では、コントラスト比を極大値/極小値の値で表している。
【0061】
図2Bが示すように、眼の球面収差により、コントラスト比は
図2Aに比べて低下する。
【0062】
但し、
図1Bに示すように、局所的な非点収差は眼の径方向に沿った軸方向を有している。つまり、局所的な非点収差は一つの軸方向(例えば水平方向)を有するわけではない。仮に、第2屈折領域に一つの軸方向で非点収差を備えさせたとしても、眼の局所的な非点収差を全ては相殺できず、相殺できたとしても一部のみである。一具体例を挙げると、装用者に向かって右方向を軸方向とした非点収差を第2屈折領域に一律に備えさせたとしても、眼の局所的な非点収差のうち上下方向の軸方向のもののみを相殺するに過ぎない。
【0063】
その一方、本発明者は、眼の局所的な非点収差の分布の一部箇所における相殺の意義について検討を進めた。
【0064】
図2Cは、
図2Aと同様のグラフであって、球面収差が絶対値0.080μmの瞳と有収差の第2屈折領域とを想定したときのグラフである。詳しい試験条件は、後掲の実施例の項目で説明する。なお、
図2Cでは、有収差の第2屈折領域においては、負の非点収差が備わり且つ該非点収差の絶対値(以降、「非点収差量」ともいう。特記無い限り非点収差の符号は負である。)は0.40D、第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面を有し且つ平面視だと周方向に沿って長尺な楕円形状を設定している。
【0065】
図3Aは、
図2Cに係る眼鏡レンズ(右図)の大きさと瞳(左下図)の大きさとを対比した図であって、各第2屈折領域に備えさせた非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
本願の各説明図における眼鏡レンズ全体に対する第2屈折領域の寸法比は、必ずしも実際の寸法比ではなく、あくまで本発明の一態様の概要を示すための寸法比である。
図3Bは、
図2Cに係る眼鏡レンズの説明図(左図)、及び、
図2Cに係る眼鏡レンズの各第2屈折領域に備えさせた非点収差(白抜き矢印)の軸方向と、眼の非点収差(ハッチ矢印)の軸方向とを示した拡大説明図(右図)である。この拡大説明図では、上下の外縁近傍において局所的な非点収差が相殺される。
【0066】
眼の球面収差によりコントラスト比が低下するはずが、上記第2屈折領域により、
図2Cが示すように、
図2Aとそん色ないレベルにコントラスト比を維持できている。つまり、
図3Bの右図に示すように、眼の局所的な非点収差の分布の一部箇所における相殺により、上記コントラスト比の低下を抑制可能であることを知見した。
【0067】
本明細書における「相殺」は、上記第2屈折領域(以降、緩衝領域)により、眼の外縁近傍での負の非点収差の絶対値が、装用者の瞳孔内に光が入射する際には0.12D以下(好適には0.10D以下、更に好適には0.05D以下)となるまで減少することを指す。
【0068】
本明細書における「トーリック面」は、文字通りトーリック形状そのものを含むし、トーリック形状を非球面化した面(トーリックと非球面との複合面)も含む。本明細書における「トーリック面」は、中心からの距離によって曲率が変わる非球面で構成される。
【0069】
この知見に基づいて創出されたのが本発明の一態様である眼鏡レンズである。
【0070】
更に、この眼鏡レンズを製造するには、モールドを用いた成形を利用してレンズ基材を得るのが好ましい。そして、成形に用いるモールドに対して適切な制御による旋盤加工を行うことにより、本発明の一態様である眼鏡レンズの形状を理想的に実現できるという知見が本発明者により得られた。
【0071】
以上の知見に基づいて創出されたのが以下の本発明の一態様である。
【0072】
<眼鏡レンズ>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは以下の構成を有する。
「物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させるベース領域3bと、
物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させる一方、装用者の瞳孔内に入射させた光束を網膜上に収束させない網膜上非収束領域3aと、
を有するファンクショナル領域を備え、
網膜上非収束領域3aの少なくとも一部は、眼の球面収差によりもたらされる局所的な負の非点収差を該非点収差の分布の一部箇所にて相殺する緩衝領域であり、
緩衝領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状である、眼鏡レンズ。」
【0073】
上記知見として述べたように、眼の局所的な非点収差を全ては相殺できず、相殺できたとしても一部のみであったとしても、上記コントラスト比の低下を抑制可能となる。その結果、本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、眼の球面収差が屈折異常進行抑制又は軽減効果に与える影響を低減できる。
【0074】
本明細書においては、特記が無い限り、眼鏡レンズに係る「(表面)形状」は、レンズ基材に膜が形成されることにより眼鏡レンズが構成されている場合は該膜の表面の形状を指し、眼鏡レンズがレンズ基材そのものである場合は該レンズ基材の表面の形状を指す。
【0075】
ファンクショナル領域の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の網膜上非収束領域3aはいずれも緩衝領域としてもよい。例えば、
図3Aの破線の囲み内の網膜上非収束領域3aを緩衝領域としてもよい。つまり、
図3Aの破線の囲み内の網膜上非収束領域3aには、いずれも周方向を軸方向とした非点収差(量は0.25~0.50D)が備わってもよい。言い方を変えると、
図3Aの破線の囲みよりも上方にある網膜上非収束領域3aでは非点収差が備わっていない(即ち球面)又は備わっているとしても0.25D未満であってもよい。
【0076】
「レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲」には限定は無く、ファンクショナル領域においてレンズ中心に最も近い端から最も遠い端までであってもよい。
【0077】
また、一つの径だけではなく全ての径の所定範囲において帯状領域内の網膜上非収束領域3aはいずれも緩衝領域としてもよい。その一方、一部の径での帯状領域内では緩衝領域を無くしてもよい。後掲のディップ法を採用した成膜を行って得た眼鏡レンズはこの例に該当する。
【0078】
そのうえで、帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの緩衝領域の各々が分散して配置されてもよい。
【0079】
つまり、レンズ中心から延びる少なくとも一つの帯状領域に緩衝領域が集まりつつも各々が分散することにより、眼において局所的な負の非点収差が存在するどこかの箇所では該非点収差を相殺しやすくなる。
【0080】
上記分散は以下のように定義してもよい。
緩衝領域の分散は、2つの緩衝領域の中心を結ぶ線分の長さである第1間隔αと、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の緩衝領域の中心と該線分との距離である第2間隔βとが共に2mm未満である状態であってもよい。以下、各図に、該分散の要件を満たす場合と満たさない場合を例示する。
【0081】
図4Aは、本発明の一態様で定義した分散の要件を満たす第2屈折領域の配置を示す説明図である。
図4Bは、本発明の一態様で定義した分散の要件を満たさない第2屈折領域の配置を示す説明図である。
【0082】
網膜上非収束領域3aは、ベース領域3bから突出した形状を有してもよい。つまり、網膜上非収束領域3aは凸状領域であってもよい。その場合、網膜上非収束領域3aにより近視進行抑制効果が奏される。
【0083】
眼鏡レンズは、レンズ基材と、レンズ基材を覆うように設けられた積層膜とを備えてもよい。
レンズ基材は、
ベース領域3bの基となる基材第1屈折領域と、
網膜上非収束領域3aの基となる基材第2屈折領域と、
を有し、
緩衝領域の基となる基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状であってもよい。
【0084】
つまり、レンズ基材の段階で、ベース領域3b、網膜上非収束領域3a及び緩衝領域の基となる領域を形成しておいてもよい。
【0085】
レンズ基材を覆うように積層膜が設けられたとしてもレンズ基材の表面形状にある程度倣った最表面形状が得られ、その結果、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの構成を得ることも可能となる。そのため、基材第2屈折領域は、基材第1屈折領域から突出した形状を有してもよい。
【0086】
眼鏡レンズで定義した上記帯状領域及び上記分散の定義をレンズ基材に適用してもよい。具体的には以下の通りである。
【0087】
レンズ基材の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の所定範囲を円の中心が通過する直径4mmの円の集合体からなる帯状領域内の基材第2屈折領域の表面形状はいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状としてもよい。そのうえで、帯状領域内の任意の直径4mmの円内において、少なくとも3つの基材第2屈折領域の各々が分散して配置されてもよい。
【0088】
基材第2屈折領域の分散は、2つの基材第2屈折領域の中心を結ぶ線分の長さである第3間隔と、該線分から最も近く且つ該線分の法線上に中心が存在する別の基材第2屈折領域の中心と該線分との距離である第4間隔とが共に2mm未満である状態であってもよい。
【0089】
<眼鏡レンズの製造方法>
以下、本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法について説明しつつ、眼鏡レンズの好適例及び変形例について述べる。レンズ基材の素材等の細かい内容は後掲する。
【0090】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法では、
緩衝領域の基となるレンズ基材第2屈折領域の表面形状がいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状となるように、モールドを旋盤加工する旋盤加工工程と、
旋盤加工後のモールドを用いてレンズ基材を成形する成形工程と、
を有する。
【0091】
(1.モールドに対する旋盤加工工程)
本発明の一態様では、モールドを用いた射出成形によりレンズ基材を作製する。これまでに説明した表面形状を有するレンズ基材を得るためには、モールドでは該形状を反転させた表面形状となるよう加工する必要がある。一例としては、基材第2屈折領域が凸状領域である場合、モールドでは凹状領域を形成する必要がある。
【0092】
基材第2屈折領域がそれぞれ独立した多数の島状の領域として形成されるようにすべく、モールドに対して旋盤加工工程を行ってもよい。
【0093】
先にも述べたように、緩衝領域の基となる基材第2屈折領域(凸状領域)の表面形状がいずれも周方向に軸方向を有するトーリック面とする必要がある。そのため、モールドにもトーリック面の凹状領域を形成する必要がある。
【0094】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズの製造方法の大きな特徴の一つが、旋盤加工を使用して、基材第2屈折領域に対応する領域をモールドに形成することにある。
【0095】
本発明の一態様における旋盤加工では、モールドを高速で回転した状態でバイトと呼ばれる切削用工具をモールドに所定時間にて繰り返し接触させることにより所定の形状の彫り込みをモールドに対して行う。モールドにトーリック面の凹状領域を形成する場合、バイトの先端形状、モールドの回転速度、バイトの接触時間等により、モールドの凹状領域における径方向のカーブと周方向のカーブを任意に設定できる。これは、モールドの凹状領域のトーリック面がもたらす非点収差量を任意に設定できることを意味する。更に、旋盤加工のモールドの回転速度を上げることにより非点収差量を増加させることも可能である。
【0096】
いずれにせよ、この凹状領域により得られる基材第2屈折領域(凸状領域)がもたらす非点収差の軸方向(最大屈折力又は最小屈折力)は周方向となる。
【0097】
そして、上記のようにモールドにトーリック面の凹状領域を形成する際、旋盤加工を採用するため、該凹状領域は周方向(即ちモールドの回転方向)に沿って長尺に加工しやすい。周方向に長尺ということは、周方向を軸として負の非点収差が備わることを意味する。旋盤加工の回転中心から離れれば離れるほど(即ちモールドの外縁に近づけば近づくほど)、長尺に加工しやすくなる。これは、該凹状領域により得られる基材第2屈折領域(凸状領域)を長尺に作製しやすくなることを意味する。
【0098】
そして、上記のように非点収差量を任意に設定できることから、非点収差を付与しやすい形状ともいえる。また、周方向に長尺な形状となることにより、緩衝領域が平面視にて真円である場合に比べ、長尺な分、眼鏡レンズの段階における緩衝領域を通過した光が直径4mmの瞳内に入射しやすくなり、ひいては眼の非点収差を相殺する可能性が上がる。
【0099】
モールドには、同一形状の凹状領域を複数形成しても構わないし、全ての凹状領域を同一形状としても構わない。また、旋盤加工の上記特性を鑑み、モールドの外縁に近づけば近づくほど凹状領域を周方向に長尺にしても構わない。
図3Aの破線の囲みよりも上方にある網膜上非収束領域3aでは球面となるよう、モールドの回転中心近くの凹状領域を球面にしても構わない。
【0100】
なお、得られる網膜上非収束領域3aの大きさに関しては以下の規定を満たすのが好ましい。
ベース領域3bに対する、網膜上非収束領域3aの相対度数に着目する。この相対度数の絶対値をL(単位:D)とする。網膜上非収束領域3aが周方向に長尺である場合、網膜上非収束領域3aの短辺の長さ(平面視における径方向の長さ)に対する長辺の長さ(平面視における周方向の長さ)の比Mが以下の数式を満たすようにすると、0.25~0.50Dの非点収差を付与できる。
0.25<L-L/M2<0.50
Lが3.00~5.00Dの場合が想定されやすく、その場合、Mは1.025~1.085程度となる。
【0101】
(2.レンズ基材を成形する成形工程)
上記旋盤加工工程後のモールドを用いてレンズ基材を成形する。成形の手法には限定は無く射出成形を採用すればよい。
【0102】
得られたレンズ基材においては、以下の規定を満たすのも好ましい。
網膜上非収束領域3aの基となる基材第2屈折領域は少なくとも基材第2屈折領域a1、b1を含み、
少なくとも基材第2屈折領域b1は緩衝領域の基であり、
平面視において、レンズ中心に近い基材第2屈折領域a1に比べ、レンズ中心から離れた基材第2屈折領域b1は、周方向に沿って長尺な形状であってもよい。
上記規定は、眼鏡レンズ1だと、以下の内容になる。
「前記網膜上非収束領域3aは少なくとも網膜上非収束領域A1、B1を含み、
少なくとも前記網膜上非収束領域B1は緩衝領域であり、
平面視において、レンズ中心に近い前記網膜上非収束領域A1に比べ、レンズ中心から離れた前記網膜上非収束領域B1は、周方向に沿って長尺な形状である。」
【0103】
また、平面視において、レンズ中心から離れるほど、基材第2屈折領域は周方向に沿って長尺な形状となり、且つ、球面から離れたトーリック面になってもよい。
【0104】
(3.積層工程)
旋盤加工後のモールドを用いて得られたレンズ基材を覆うように積層膜を設ける積層工程を行ってもよい。
【0105】
積層膜の種類の例は後掲するが、各膜の作製方法としてどの方法を採用するかにより、眼鏡レンズの段階の緩衝領域に備わる非点収差量を、眼鏡レンズの周方向に並んで配置された緩衝領域ごとに変えることも可能となる。
【0106】
例えば、積層膜のうち少なくとも一つの膜(ここではハードコート膜を想定)を、所定の物性をもつディップ液を用いてディップ法により形成ことにより、該膜の厚さを、基材第2屈折領域の周囲において偏在化させ、且つ、各々の緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なるようにしてもよい。
【0107】
ディップ法については、WO2021/131457号公報の記載内容を全て参照可能である。
【0108】
該公報の
図7に示すように、レンズ基材の第2屈折領域(凸状領域)の中心が六方配置となっている場合、所定条件でディップ法を採用して成膜すると、レンズ基材の第2屈折領域(凸状領域)の中心から見たとき、ディップ法の引き上げ方向である0時方向からの時計回り回転角度90°(3時方向)及び270°(9時方向)(本明細書だと+X方向と-X方向、即ち水平方向、左右方向)が最大の膜厚となり、0時方向からの時計回り回転角度180°(6時方向)及び360°(0時方向)(本明細書だと-Y方向と+Y方向、即ち垂直方向、上下方向)が最小の膜厚となる。
【0109】
レンズ基材の第2屈折領域及びその周囲において最大膜厚箇所と最小膜厚箇所ができるということは、最終的に得られる眼鏡レンズの緩衝領域に備わる非点収差量が、レンズ基材の第2屈折領域に備わる非点収差量から変化することを意味する。しかも、ディップ法を採用する関係上、レンズ基材の全ての第2屈折領域に対し、一律な軸方向(この場合は水平方向)の一律な非点収差量の変化が加わることを意味する。
【0110】
図5Aは、
図3Aの右図と同じ図であって、各第2屈折領域に備えさせた非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
図5Bは、所定条件にてディップ法を採用して成膜することにより各基材第2屈折領域に備わる非点収差の軸方向を白抜き矢印で示した説明図である。
図5Cは、
図5Aに係る眼鏡レンズに対して上記のようにディップ法を採用して成膜することにより各第2屈折領域に備わる非点収差の軸方向を白抜き矢印で示し且つ非点収差量を白抜き矢印の長さで示した説明図である。
【0111】
図5Bに示すように、上記ディップ法を採用した時、各基材第2屈折領域の左右方向にて膜厚が最大となり、逆に引き上げ方向である上下方向に膜厚が最小となる。その結果、軸方向(最大屈折力の方向)が水平方向となる非点収差が各基材第2屈折領域に備わろうとする。
【0112】
そして、
図5Aに示すように、各基材第2屈折領域には周方向を軸方向とした非点収差が所定量備わっている。ディップ法を採用した成膜によりもたらされる非点収差と、既に各基材第2屈折領域に備わっていた非点収差とが合成される。その結果、
図5Cに示すような軸方向及び量の非点収差が備わった第2屈折領域(即ち球面収差解消可能領域)が得られる。
図5Cに示す構成は以下のように表現してもよい。
「各円周上の網膜上非収束領域3aのうち、レンズ中心を通過する直線(
図5Cだと上下線)上にある網膜上非収束領域3aの非点収差の絶対値が大きく、該直線に垂直な直線であってレンズ中心を通過する直線(
図5Cだと左右線)上にある網膜上非収束領域3aの非点収差の絶対値が小さいという関係を有する両直線が存在する。」
【0113】
具体的な数値を例示して説明すると、
図5Aにおいて全ての基材第2屈折領域に対して周方向に軸方向を有するトーリック面であり且つ平面視だと周方向に沿って長尺な形状とすることにより、円周方向を軸方向とした-0.20Dの非点収差を基材第2屈折領域に対して備えさせる。そして、
図5Bにおいてディップ法を採用した成膜により、左右方向を軸方向とした-0.20Dの非点収差が追加されるようにする。その結果、
図5Cに示すように、眼鏡レンズのレンズ中心から上下方向において非点収差量が最大となる第2屈折領域(即ち球面収差解消可能領域)が得られる。その一方、眼鏡レンズのレンズ中心から左右方向において非点収差量が最小(
図5Cではゼロ)となる第2屈折領域が得られる。その理由は、
図5Aに示すように眼鏡レンズのレンズ中心から左右方向にある基材第2屈折領域では円周方向は上下方向であり、且つ、
図5Bの左右方向の非点収差と相殺し合うためである。
なお、ここで言う非点収差量が最大、最小とは、所定の径において周方向に見たときの第2屈折領域の非点収差量が最大、最小であることを指す、或いは、上記帯状領域内の平均非点収差量が、レンズ中心からの全回転方向において、最大、最小であることを指す。
【0114】
この非点収差同士の相殺を実現すべく、旋盤加工工程で備わる非点収差と積層工程でのディップ法による成膜により備わる非点収差とを同量とするのが好ましい。具体的には、両非点収差の量の差が0.125D以下(好適には0.12D、0.06D以下)であるのが好ましい。
【0115】
ディップ法を採用した成膜により、
図5Cに示すように、高非点収差の球面収差解消可能領域と、低非点収差の球面収差解消可能領域と、非点収差がゼロの第2屈折領域とに、ファンクショナル領域を区分け可能である。
【0116】
この区分けは、レンズ中心から延びる2つの径で挟まれた扇状領域にて行ってもよい。
図5Cだと、少なくとも0時方向を挟んだレンズ中心からの時計回り回転角-15~+15°の範囲と、6時方向を挟んだ回転角165~195°の範囲が、高非点収差の球面収差解消可能領域であると設定してもよい。
その一方、少なくとも3時方向を挟んだレンズ中心からの時計回り回転角75~105°の範囲と、9時方向を挟んだ回転角255~285°の範囲が、非点収差がゼロの第2屈折領域であると設定してもよい。
いずれでもない扇状領域が低非点収差の球面収差解消可能領域であると設定してもよい。
網膜上非収束領域3aの非点収差の絶対値が大きい部分(
図5Cだと上下線)と小さい部分(
図5Cだと左右線)との間にある網膜上非収束領域3aの非点収差量には限定は無く、例えば絶対値が大きい部分から小さい部分へと周方向に沿って単調減少してもよいし、減少と増加とを繰り返しながら絶対値を小さくしていってもよい。
【0117】
図5Cに示す眼鏡レンズならば、本発明の課題を解決するのに加え、或いは本発明の課題の代わりに、眼の球面収差の多寡にかかわらず同等の屈折異常進行抑制又は軽減効果を発揮させるという課題を解決できる。以下、詳述する。
【0118】
図6Aは、
図3Aの右図と同じ図であって、眼鏡レンズの装用時に視線が頻繁に通過する位置を矢印で示した説明図である。
図6Bは、
図5Cと同じ図であって、眼の球面収差が絶対値0.080μmの小児に対応すべく、視線が頻繁に通過する位置に、非点収差が最大となる緩衝領域が配置されるよう、眼鏡レンズの方位を決定した様子を示す説明図である。
図6Cは、眼の球面収差がゼロの小児に対応すべく、視線が頻繁に通過する位置に、非点収差がゼロである第2屈折領域が配置されるよう、眼鏡レンズの方位を決定した様子を示す説明図である。
【0119】
眼の球面収差の多寡は装用者(主に小児)によって異なる。仮に、眼鏡レンズの全ての第2屈折領域に非点収差を備えさせた場合、眼の球面収差がゼロの小児がその眼鏡レンズを装用すると、不要な非点収差が小児に加わることになる。そのため、このような眼鏡レンズは、眼の球面収差が有る小児のみに割り当てられることになる。
【0120】
その一方、
図5Cに示す眼鏡レンズならば、径方向によっては非点収差がゼロの第2屈折領域も存在する。例えば、眼の球面収差がゼロの小児がその眼鏡レンズを装用する場合、非点収差がゼロの第2屈折領域が、視線が頻繁に通過する位置に配置されるようにする。この特徴を活かし、装用者の眼の球面収差の多寡に応じ、
図6B及び
図6Cに示すように、眼鏡レンズの方位を決定することにより、眼の球面収差の多寡にかかわらず同等の屈折異常進行抑制又は軽減効果を発揮可能となる。つまり、
図5Cに示すような非点収差を第2屈折領域(緩衝領域)が有する眼鏡レンズを一種類作ることにより、眼の球面収差の多寡にかかわらず装用者に眼鏡レンズを提供できる。眼鏡レンズに汎用性を持たせることができる。
【0121】
上段落に記載の課題を解決する際には、眼の球面収差がゼロの小児に対しては当然ながら球面収差は相殺しない。そのため、本明細書ではこのような第2屈折領域を緩衝領域と名付けているが、球面収差相殺可能領域と称しても構わない。
【0122】
上記眼鏡レンズの方位を決定するのに際し、各々の緩衝領域において周方向の位置に応じて非点収差の値が異なることについての情報を呈示するマークを眼鏡レンズに設けるマーク付与工程を更に有してもよい。該情報は、レンズ中心から見てどの径方向に、大きい非点収差の第2屈折領域(緩衝領域)が存在するのか、及び/又は、小さい(或いはゼロの)非点収差の第2屈折領域が存在するのかについての情報である。マークの種類及び大きさには限定は無く、この情報即ち方位が分かればよい。
【0123】
所定のフレーム形状に基づいて上記眼鏡レンズ1の周縁近傍をカットし、フレームに嵌め入れた眼鏡にも本発明の技術的思想が反映されている。特に、上記マークが付与された眼鏡レンズを取り扱う場合、装用者の眼の球面収差の大きさに応じて該眼鏡レンズの向きを決定したうえで眼鏡レンズをフレームに嵌め入れる眼鏡の製造方法にも本発明の技術的思想が反映されている。その際、上記マークは、レンズにおける、フレーム枠(以下、単にフレームともいう)の外側に相当する位置に配置されていれば、レンズとして使用される領域(フレーム内)に上記マークが入り込まずに済む。
【0124】
フレームの種類、形状等には限定は無く、フルリム、ハーフリム、アンダーリム、リムレスであってもよい。
【0125】
尚、人の網膜上部(すなわち、中心領域である黄斑部よりも上側)に入射する光の非点収差と、網膜下部(すなわち、黄斑部よりも下側)に入射する光の非点収差との差の絶対値が、より大きい人ほど近視進行が抑制される傾向があるという知見がある。
【0126】
この知見を考慮すると、裸眼時における、網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をVとし、眼鏡レンズ装用時に、網膜上非収束領域3aを通り、網膜上部に入射する光の非点収差と、網膜下部に入射する光の非点収差との差の絶対値をV´とするとき、Vに比べてV´が、より拡大・増強される方が、眼鏡レンズによる近視抑制効果が高まると期待される。
【0127】
そこで、レンズ上の位置に応じて異なる非点収差を有する上記実施形態のレンズをフレームに枠入れする際にも、上記のように、VよりV´がより大きくなるような方位に枠入れを行うことが好ましい。この特徴は、VよりV´がより大きくなるような方位に枠入れ方向を決定するという、眼鏡レンズの設計方法の発明の一態様でもあり、眼鏡の製造方法の発明の一態様でもある。
【0128】
更に、枠入れの際の補助となるように、上記方位を表示するための方位マークを、眼鏡レンズのいずれかの位置(フレーム枠外となる部分が好ましい)に設けても良い。
【0129】
枠入れ時には、上段落に記載の方位マークを参照して眼鏡を製造してもよい。その際、これまでに延べてきた眼鏡レンズの製法を適用してもよい。その場合、上記マーク付与工程で扱ったマークに該方位マークを含めてもよい。
【0130】
また、人の網膜上部と、網膜下部の非点収差の差異についての特性値については、装用者の眼の測定によって得ても良く、又は、予め統計的に、又は学術的に求めた数値を用いても良い。
【0131】
旋盤加工工程で使用したモールド及びその加工方法(製造方法)にも本発明の技術的思想が反映されている。なお、本発明の一態様の眼鏡レンズの製造方法において使用するモールドの素材には限定は無く、金属製のモールドでもよいし、ガラスモールドでもよい。
【0132】
積層工程ではディップ法を採用した場合を説明したが、ディップ法と共に又はディップ法に代わり、それ以外の手法を採用しても構わない。例えばスピンコート法を採用しても構わない。スピンコート法だと膜厚が均一になりやすくなり、基材第2屈折領域の形状を眼鏡レンズの最表面でも維持したい場合、有用である。また、真空蒸着法を採用した成膜だと、より膜厚が均一になりやすい。ディップ法を採用してハードコート膜を成膜し、そのハードコート膜の表面に、真空蒸着により反射防止膜を成膜してもよい。更に反射防止膜を覆うように保護膜(撥水性又は親水性の防汚膜、防曇膜等)を設けてもよいし、レンズ基材と該保護膜の間に任意の膜を製膜してもよい。
【0133】
ディップ法を採用する場合、引き上げ速度を上げることにより非点収差量を増加させることも可能である。
スピンコート法を採用する場合、通常では膜厚が均一になりやすい一方、回転速度を上げることにより非点収差量を多少増加させることも可能である。
【0134】
網膜上非収束領域3aの、ベース領域3bからの突出距離は1.00μmより大きくてもよい。また、基材第2屈折領域の、ベース領域3bからの突出距離は1.00μmより大きくてもよい。基材第2屈折領域がこの程度の大きさを有していれば、ディップ法を採用した成膜を行ったときに膜厚の偏在化を有効に生じさせられる。該突出距離の上限の一例は2.00μmである。なお、旋盤加工工程では、モールドにおける基材第2屈折領域に対応する部分を、基材第1屈折領域に対応する部分よりも陥凹させ、その陥凹距離は1.00μmより大きくしてもよく、上限の一例は2.00μmである。
【0135】
「ベース領域3bからの突出距離」のことを「サグ量」ともいう。サグ量は、網膜上非収束領域3aが無かった場合のベース領域3bの接平面からの網膜上非収束領域3aの最大距離(例えば該接平面から凸状領域頂点までの距離)を指す。
【0136】
これまでの説明は、軸上およびそれに近い光束における眼の球面収差の影響について論じてきた。一方で、軸外における光学度数・非点収差特性が軸上とは変化した光束であっても、眼球収差・特に球面収差によって、意図どおりの光学特性が得られないという知見が本発明者により得られている。より具体的には、セグメント作用により網膜からデフォーカスした地点に作られる集光のコントラストが非集光部対比に対して十分な強度を持たなくなるという課題が本発明者により知見された。本発明の一実施例では、該課題を製造上のコスト増加なしに解決するものである。
【0137】
ただし、眼への入射角度による非点収差の影響が少ない軸上光束の方が球面収差の影響およびその打消しが有意に働きやすい。よって、レンズの中心もしくは中心クリア領域近傍の網膜上非収束領域3aから十分な非点収差を与えるほうが、効果が現れやすい。
【0138】
<眼鏡レンズ1の一具体例(概要)>
本発明の一態様における眼鏡レンズ1の一具体例の概要について、以下に述べる。
【0139】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、中心側クリア領域とファンクショナル領域とを備える。
【0140】
中心側クリア領域は、レンズ中心及び/又はアイポイントを含む領域であって、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させる領域である。つまり、中心側クリア領域はベース領域3bからなる。中心側クリア領域は、幾何光学的な観点において装用者の処方屈折力を実現可能な平滑表面形状を有する部分であって、例えば可視光線波長域で透明の部分である。
【0141】
「アイポイント(EP)」は、例えば、眼鏡レンズを装用した際に、真正面に向いたときに視線が通る位置であり、以降、この例を挙げる。アイポイントは、装用者に近い物体を装用者が視認したときに(いわば近見時の)視線が通る位置即ち近見アイポイントであってもよい。本発明の一態様においては、フレームへの枠入れ加工前の眼鏡レンズの幾何中心はアイポイントと一致し、且つ、プリズム参照点とも一致し、且つ、レンズ中心とも一致する場合を例示する。以降、本発明の一態様の眼鏡レンズとして、フレームへの枠入れ加工前の眼鏡レンズを例示するが、本発明はこの態様に限定されない。
【0142】
アイポイントは、レンズ製造業者が発行するリマークチャート(Remark chart)又はセントレーションチャート(Centration chart)を参照することにより、位置の特定は可能となる。
【0143】
本発明の一態様の中心側クリア領域により処方度数(球面度数、乱視度数、乱視軸等)が実現できる。この球面度数は、正面視した時(物体との距離は無限遠~1m程度)に矯正されるべき度数(例えば遠用度数であり、以降、遠用度数を例示)であってもよいし、中間視(1m~40cm)又は近方視(40cm~10cm)したときに矯正されるべき度数であってもよい。
【0144】
また、中心側クリア領域には、屈折異常進行抑制又は軽減効果(即ち近視進行抑制効果又は遠視軽減効果)をもたらすことを意図した構成(例:網膜上非収束領域3aとなる、凸状領域3a及び/又は凹状領域、埋め込み構造等)は設けられていない。
【0145】
本発明の一態様の中心側クリア領域(及びファンクショナル領域内のベース領域3b、更には外側クリア領域)は、いわゆる単焦点レンズとしての機能を奏する。
【0146】
ちなみに、装用者情報の処方データは、眼鏡レンズのレンズ袋に記載されている。つまり、レンズ袋があれば、装用者情報の処方データに基づいた眼鏡レンズの物としての特定が可能である。そして、眼鏡レンズはレンズ袋とセットになっていることが通常である。そのため、レンズ袋が付属した眼鏡レンズも本発明の技術的思想が反映されているし、レンズ袋と眼鏡レンズとのセットについても同様である。
【0147】
ファンクショナル領域は、平面視において、中心側クリア領域と隣接し且つ中心側クリア領域を包囲する環状の領域である。ファンクショナル領域のうちベース領域3b以外の領域が網膜上非収束領域3aである。
【0148】
例えば、特許文献1の第2屈折領域のように凸状領域3aが島状に設けられる一方で、処方度数を実現する第1屈折領域(中心側クリア領域と同機能を奏するベース領域3b)が凸状領域の周囲に設けられる場合、ベース領域3bと凸状領域3aとを含む環状の領域をファンクショナル領域とみなす。
【0149】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、眼鏡レンズの外縁側にてファンクショナル領域と隣接し且つファンクショナル領域を包囲する環状の外側クリア領域を備える。外側クリア領域は、物体側の面から入射した光束を、眼球側の面から出射させ、装用者の瞳孔内に入射させ、網膜上に収束させる。つまり、ファンクショナル領域は、外側クリア領域と中心側クリア領域との間に存在する環状の領域となる。
【0150】
ファンクショナル領域3の形状には限定は無く、平面視で環状であってもよい。その環は内側(即ち中心側クリア領域2とファンクショナル領域3との境界)及び/又は外側(即ち外側クリア領域4とファンクショナル領域3との境界)において円形状、矩形状、楕円状等又はその組み合わせでも構わない。
【0151】
本発明の一態様に係る眼鏡レンズ1はフレームへの枠入れ加工後の眼鏡レンズ1であってもよく、該眼鏡レンズ1におけるファンクショナル領域3の一部が眼鏡レンズ1の外縁と接し、ファンクショナル領域3の他の部分は外側クリア領域4と接してもよい。また、外側クリア領域4の更に外縁側に網膜上非収束領域3aを設けることは妨げない。
【0152】
但し、周辺視野でも良好な視認性を得やすくすることを考慮すると、眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間には、近視進行抑制効果又は遠視軽減効果をもたらすことを意図した構成が設けられていないのが好ましい。つまり、眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間全体が外側クリア領域4であるのが好ましい。
【0153】
また、眼鏡レンズ1の中心側クリア領域を埋める形でファンクショナル領域をレンズ中心に向けて拡張しても構わない(例えば特許文献1の
図10)。但し、レンズ中心は視線が頻繁に通過することを考慮すると上記の本発明の一態様に係る眼鏡レンズのように中心側クリア領域を設けるのが好ましい。
【0154】
本発明の特徴的な一態様は、網膜上非収束領域3aが、眼鏡レンズ1全体のうちファンクショナル領域3内に集中的に設けられることである。言い方を変えると、ファンクショナル領域3の外縁側の外側クリア領域4(好適にはファンクショナル領域3の外縁と眼鏡レンズ1の外縁との間)には網膜上非収束領域3aは設けられないのが好ましい。
【0155】
中心側クリア領域2の大きさ及び形状には限定は無い。中心側クリア領域2の大きさの下限の一つの目安としては、レンズ中心(アイポイントEP)を中心とした直径5.00mmの円を包含可能な大きさであればよい。中心側クリア領域2の大きさの上限の一つの目安としては、レンズ中心を中心とした直径10.00mmの円内に収まる大きさであればよい。レンズ中心からの中心側クリア領域2の縁までの水平距離の最小値(クリア領域が平面視円状の場合は最小半径)が3.60mm以下であってもよい。中心側クリア領域2の面積は80mm2以下であってもよい。中心側クリア領域2の形状は、平面視で円形状、矩形状、楕円状等であってもよい。
【0156】
ファンクショナル領域3の大きさ及び形状には限定は無い。ファンクショナル領域3の大きさの下限の一つの目安としては、レンズ中心を中心とした直径15mmの円周を包含可能な大きさであればよい。ファンクショナル領域3の大きさの上限の一つの目安としては、レンズ中心を中心とした直径50.00mmの円周を包含可能な大きさであればよい。ファンクショナル領域3の形状は平面視で環状であり、その環は内側(即ち中心側クリア領域2とファンクショナル領域3との境界)及び/又は外側(即ち外側クリア領域4とファンクショナル領域3との境界)において円形状、矩形状、楕円状、多角形状等又はその組み合わせでも構わない。
【0157】
例えば、装用者が近方視するときには、輻湊により瞳孔間距離(PD)が小さくなる傾向がある。従って、その場合には、装用者の視線は、アイポイントよりもレンズ中央側(鼻側)の領域を通過することになる。
【0158】
そこで、この点を考慮し、中心側クリア領域2の配置を、レンズ1の中央(例えば幾何中心)より内側(装用時の鼻側)にずらして配置することも好ましい態様である。この場合、中心側クリア領域2の中心は、レンズ1の幾何中心(又はアイポイント)より鼻側にシフトした位置となる。本明細書における「中心」は、円又は楕円の場合はその中心であり、それ以外の形状は重心を指す。
【0159】
その場合には、上記実施形態により設計され、配置された複数の網膜上非収束領域3a(ひいてはファンクショナル領域3)も全体として、レンズ中心に対して鼻側にシフトし、レンズ1の領域内で非対称に配置されたものとなることも好ましい。
【0160】
図7は、ファンクショナル領域と中心側クリア領域との境界の定義の一例を示す説明図であって、ファンクショナル領域と外側クリア領域との境界の定義の一例を示す説明図である。
【0161】
ファンクショナル領域3の中心側の形状(即ち中心側クリア領域2の形状)の定義は以下の態様が好ましい。
【0162】
平面視において、前記ファンクショナル領域3内での前記網膜上非収束領域3aに対して前記中心側クリア領域2側で他の該網膜上非収束領域3aを含まずに外接可能な直径4mmの全ての円の集合体の包絡線EL2を前記ファンクショナル領域3と前記中心側クリア領域2との境界線と定義してもよい。本明細書では、これらの円の各々のことをクリア瞳孔円ともいう。クリア瞳孔円の集合体の包絡線ではなく「クリア瞳孔円の集合体」を中心側クリア領域2の形状としてもよい。
【0163】
ファンクショナル領域3の外縁側(即ち外側クリア領域4におけるファンクショナル領域3側の形状であり且つ両者の境界)の形状の定義は以下の態様が好ましい。
【0164】
平面視において、ファンクショナル領域3内での網膜上非収束領域3aに対して外側クリア領域4側で他の該網膜上非収束領域3aを含まずに外接可能な直径4mmの全ての円の集合体の包絡線EL1をファンクショナル領域3と外側クリア領域4との境界線としてもよい(ファンクショナル領域3の外縁側の定義)。以降、包絡線を例示するが、クリア瞳孔円の集合体の包絡線ではなく「クリア瞳孔円の集合体」を外側クリア領域4の形状としてもよい。つまり、外側クリア領域4は、アイポイントEPを含み且つクリア瞳孔円の集合体により構成されてもよい。そして、眼鏡レンズ1において、中心側クリア領域2と外側クリア領域4以外の領域をファンクショナル領域3と定義してもよい。
【0165】
一つの目安として、ファンクショナル領域3では、装用者の瞳孔内に入射させた光束の30%以上(或いは40%以上、50%以上、60%以上)は網膜上に収束させないと定義してもよい。該%の値が大きければ近視進行抑制効果又は遠視軽減効果も大きくなると期待される一方、視認性は低下する。該%の値は、近視進行抑制効果又は遠視軽減効果と視認性との兼ね合いで適宜決定すればよい。
【0166】
なお、ファンクショナル領域3において、網膜上非収束領域3aの平面視での面積が、ファンクショナル領域3全体の30%以上(或いは40%以上、50%以上、60%以上)と規定してもよい。上限は例えば70%としてもよい。
【0167】
ファンクショナル領域の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径の上記所定範囲には限定は無い。例えば、ファンクショナル領域全体(レンズ中心近傍領域からレンズ外縁近傍領域まで)を通過する直径4mmの円の集合体からなる全体帯状領域内の網膜上非収束領域3aはいずれも緩衝領域としてもよい。その一方、上記所定範囲の一部のみを該帯状領域としてもよい。該帯状領域は、該全体帯状領域の面積の30%以上(或いは40%以上、50%以上、60%以上)を占めてもよい。
【0168】
ファンクショナル領域の平面視において、レンズ中心から延びる少なくとも一つの径についてであるが、全ての径において上記規定を満たしてもよいし、上記ディップ法を採用して成膜した場合のように一部の径のみにおいて上記規定を満たしてもよい。
【0169】
<眼鏡レンズ1の一具体例(詳細)>
本発明の一態様における眼鏡レンズ1の一具体例の詳細について、以下に述べる。
【0170】
ファンクショナル領域3において、近視進行抑制効果又は遠視軽減効果を奏する構成(網膜上非収束領域3a)の一例がデフォーカス領域である。
【0171】
デフォーカス領域とは、幾何光学的な観点においてその領域の中の少なくとも一部がベース領域3bによる集光位置には集光させない領域である。デフォーカス領域とは、特許文献1の微小凸部に該当する部分である。本発明の一態様に係る眼鏡レンズ1は、特許文献1に記載の眼鏡レンズと同様、近視進行抑制レンズである。特許文献1の微小凸部と同様、本発明の一態様に係る複数のデフォーカス領域は、眼鏡レンズ1の物体側の面及び眼球側の面の少なくともいずれかに形成されればよい。本明細書においては、眼鏡レンズ1の物体側の面のみに複数のデフォーカス領域を設けた場合を主に例示する。以降、特記無い限り、デフォーカス領域は、レンズ外部に向かって突出する曲面形状である場合を例示する。
【0172】
複数のデフォーカス領域(ファンクショナル領域内の全デフォーカス領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましい。同じ周期であるパターンの一例としては平面視にて正三角形配置(デフォーカス領域の中心が正三角形ネットの頂点に配置、いわゆるハニカム構造)が挙げられる。好適には80%以上、より好適には90%以上、更に好適には95%以上である。以降、「ファンクショナル領域内の全デフォーカス領域の半分以上の数(又は80%以上の数)」の好適例は、上記と同様に好適な順に80%以上、90%以上、95%以上とし、繰り返しの記載を省略する。
【0173】
デフォーカス領域は球面形状、非球面形状、トーリック面形状又はそれらが混在した形状(例えば各デフォーカス領域の中心箇所が球面形状、中心箇所の外側の周辺箇所が非球面形状)であってもよい。少なくとも緩衝領域がトーリック面形状であればよい。
【0174】
デフォーカス領域(或いは凸状領域3a)の平面視の半径の1/3~2/3の部分に中心箇所と周辺箇所との境界を設けても構わない。但し、デフォーカス領域(或いは凸状領域3a)の少なくとも中心箇所は、レンズ外部に向かって突出する凸の曲面形状であるのが好ましい。また、複数のデフォーカス領域(ファンクショナル領域内の全デフォーカス領域)のうち半分以上の個数は平面視にて同じ周期で配置されるのが好ましいことに伴い、緩衝領域以外のデフォーカス領域は球面であるのが好ましい。もちろん、全てのデフォーカス領域が緩衝領域であってもよく、その場合、全てのデフォーカス領域はトーリック面形状となる。
【0175】
各々のデフォーカス領域は、例えば、以下のように構成される。デフォーカス領域の平面視での直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。それぞれ表面の面積では0.50~3.14mm2程度であってもよい。凸状領域3aの曲率半径は、50~250mm、好ましくは86mm程度の球面状である。
【0176】
各デフォーカス領域におけるデフォーカスパワーの具体的な数値に限定は無いが、例えば、眼鏡レンズ1上のデフォーカス領域がもたらすデフォーカスパワーの最小値は0.50~4.50Dの範囲内、最大値は3.00~10.00Dの範囲内であるのが好ましい。最大値と最小値の差は1.00~5.00Dの範囲内であるのが好ましい。
【0177】
「デフォーカスパワー」は、各デフォーカス領域の屈折力と、各デフォーカス領域以外の部分の屈折力との差を指す。別の言い方をすると、「デフォーカスパワー」とは、デフォーカス領域の所定箇所の最小屈折力と最大屈折力の平均値からベース部分の屈折力を差し引いた差分である。本明細書においては、デフォーカス領域が凸状領域3aである場合を例示している。
【0178】
本明細書における「屈折力」は、屈折力が最小となる方向の屈折力と、屈折力が最大となる方向(該方向に対して垂直方向)の屈折力との平均値である平均屈折力を指す。
【0179】
デフォーカス領域の配置の態様は、特に限定されるものではなく、例えば、デフォーカス領域の外部からの視認性、デフォーカス領域によるデザイン性付与、デフォーカス領域による屈折力調整等の観点から決定できる。なお、デフォーカス領域は網膜上非収束領域3aの一例であり、網膜上には光束を収束させない一方で網膜の手前側(-Z方向側)に光束を収束させる。
【0180】
眼鏡レンズ1の中心側クリア領域2の周囲に配置されたファンクショナル領域3において、周方向及び径方向に等間隔に、略円形状のデフォーカス領域が島状に(すなわち、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されてもよい。デフォーカス領域の平面視での配置の一例としては、各凸状領域3aの中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各デフォーカス領域の中心が配置:六方配置)する例が挙げられる。この場合、デフォーカス領域同士の間隔は1.0~2.0mmであってもよい。また、デフォーカス領域(ひいては網膜上非収束領域3a)の個数は10~200であってもよい。
【0181】
レンズ基材は、例えば、チオウレタン、アリル、アクリル、エピチオ等の熱硬化性樹脂材料によって形成されている。なお、レンズ基材を構成する樹脂材料としては、所望の屈折度が得られる他の樹脂材料を選択してもよい。また、樹脂材料ではなく、無機ガラス製のレンズ基材としてもよい。
【0182】
ハードコート膜は、例えば、熱可塑性樹脂又はUV硬化性樹脂を用いて形成されている。ハードコート膜は、ハードコート液にレンズ基材を浸漬させる方法や、スピンコート等を使用することにより、形成することができる。このようなハードコート膜の成膜によって、眼鏡レンズ1の耐久性向上が図れるようになる。
【0183】
反射防止膜は、例えば、ZrO2、MgF2、Al2O3等の反射防止剤を真空蒸着により成膜することにより、形成されている。このような反射防止膜の成膜によって、眼鏡レンズ1を透した像の視認性向上が図れるようになる。
【0184】
上述したように、レンズ基材の物体側の面には、複数のデフォーカス領域が形成されている。従って、その面をハードコート膜及び反射防止膜によって成膜すると、レンズ基材におけるデフォーカス領域に倣って、ハードコート膜及び反射防止膜によっても複数のデフォーカス領域が形成されることになる。
【0185】
積層工程により形成される被膜の膜厚は、例えば0.1~100μm(好ましくは0.5~5.0μm、更に好ましくは1.0~3.0μm)の範囲としてもよい。ただし、被膜の膜厚は、被膜に求められる機能に応じて決定されるものであり、例示した範囲に限定されるものではない。
【0186】
本発明の技術的範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【0187】
本発明の一態様では、レンズ基材の基材第2屈折領域に備わる非点収差とディップ法を採用した成膜により備わる非点収差とを合わせることにより
図5Cの非点収差分布を実現したが、実現手法はこれに限定されない。例えば、レンズ基材の基材第2屈折領域の表面形状を、
図5Cの非点収差分布をもたらすように設定する。具体的には、モールドの旋盤加工工程にて凹状領域をそのような形状に加工する。そして、レンズ基材に対する成膜は、膜厚が比較的均一になるスピンコート法或いは膜厚が均一になる真空蒸着法を採用してもよい。また、ディップ法も、引き上げ速度を下げることにより膜厚が比較的均一となる。
【実施例】
【0188】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0189】
<参照例1>
以下の眼鏡レンズ1を作製した。なお、眼鏡レンズ1はレンズ基材のみからなり、レンズ基材に対する他物質による積層は行っていない。処方屈折力としてS(球面屈折力)は0.00Dとし、C(乱視屈折力)は0.00Dとした。
・レンズ基材の平面視での直径:60.00mm
・レンズ基材の種類:PC(ポリカーボネート)
・レンズ基材の屈折率:1.589
上記の内容は、各具体例に共通の内容であるため、以降は記載を省略する。
【0190】
本例では、中心側クリア領域2の範囲を、レンズ中心から半径3.50mmの円の領域とし、ファンクショナル領域3の範囲を、レンズ中心から半径12.50mmの円内(但し中心側クリア領域2は除く)と設定した。なお、ファンクショナル領域3よりも眼鏡レンズ1の外縁側に外側クリア領域4を設けた。眼鏡レンズ1の外縁とファンクショナル領域3との間は全て外側クリア領域4とした(以降の各例でも同様)。
【0191】
そのうえで、本例では以下の構成を採用した。
・ファンクショナル領域3の構成:デフォーカス領域として凸状領域3aを離散配置。ファンクショナル領域3内において、凸状領域3a以外はベース領域3bである。
・凸状領域3aの形状:球面
・凸状領域3aの平面視での形状:正円
・凸状領域3aの屈折力:3.50D
・凸状領域3aの形成面:物体側の面
・凸状領域3aの平面視での配置:各凸状領域3aの中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各凸状領域3aの中心が配置)
・各凸状領域3a間のピッチ(凸状領域3aの中心間の距離):1.50mm
・装用者の瞳孔径:4.00mmと想定
・装用者の眼の球面収差の絶対値:ゼロと想定
【0192】
<比較例1>
本例では、参照例1から以下の点を変更した。
・装用者の眼の球面収差の絶対値:0.80μmと想定
【0193】
<実施例1>
本例では、比較例1から以下の点を変更した。
・凸状領域3aの形状:周方向に軸方向を有するトーリック面
・凸状領域3aの平面視での形状:周方向に沿って長尺な形状(長軸長さ:1.06mm、短軸長さ:1.00mm)
・凸状領域3aの平均屈折力:3.50D
・凸状領域3aがもたらす非点収差量:軸方向(最小屈折力)を周方向として-0.40D
【0194】
<結果>
本発明に至るまでの知見として述べた内容と重複するが、以下、記載する。
【0195】
比較例1に相当する
図2Bが示すように、眼の球面収差により、コントラスト比は、参照例1(眼の球面収差ゼロの場合)に相当する
図2Aに比べて低下する。
【0196】
その一方、実施例1に相当する
図2Cが示すように、緩衝領域である第2屈折領域により、
図2Aとそん色ないレベルにコントラスト比を維持できている。つまり、
図3Bの右図に示すように、眼の局所的な非点収差の分布の一部箇所における相殺により、上記コントラスト比の低下を抑制可能となる。
【符号の説明】
【0197】
1・・・眼鏡レンズ
2・・・中心側クリア領域
3・・・ファンクショナル領域
3a・・網膜上非収束領域(凸状領域)
3b・・ベース領域
4・・・外側クリア領域
P・・・眼の波面マップ
C1・・・(ファンクショナル領域と中心側クリア領域との境界を定義するための)クリア瞳孔円
C2・・・(ファンクショナル領域と外側クリア領域との境界を定義するための)クリア瞳孔円