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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2026-03-25
(45)【発行日】2026-04-02
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/00 20060101AFI20260326BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20260326BHJP
   F16J 9/00 20060101ALI20260326BHJP
   F16J 1/01 20060101ALI20260326BHJP
   C25D 11/04 20060101ALI20260326BHJP
   C25D 11/16 20060101ALI20260326BHJP
【FI】
F02F3/00 G
F02F3/00 N
F02F3/10 B
F16J9/00 A
F16J1/01
C25D11/04 101F
C25D11/04 302
C25D11/04 308
C25D11/16
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022084556
(22)【出願日】2022-05-24
(65)【公開番号】P2023172618
(43)【公開日】2023-12-06
【審査請求日】2025-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(74)【代理人】
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】藤田 昌弘
【審査官】吉村 俊厚
(56)【参考文献】
【文献】実開平06-014620(JP,U)
【文献】特開平01-100298(JP,A)
【文献】国際公開第2015/173172(WO,A1)
【文献】米国特許第04975243(US,A)
【文献】特開2006-083467(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113042983(CN,A)
【文献】特開2019-143222(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/00 - 3/28
F02F 5/00
B23K 26/00 - 26/70
C22C 5/00 - 45/10
C25D 11/00 - 11/38
F16J 1/00 - 1/24
7/00 - 10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として形成されたピストン素材について、その外周面の少なくともトップリング溝を形成する位置にレーザ光を照射する工程と、
前記レーザ光を照射したピストン素材の外周面に、切削によりトップリング溝を形成する工程と、
少なくとも前記トップリング溝の表面に陽極酸化皮膜を形成する工程と
を含み、前記レーザ光を照射する工程において、レーザ光の処理速度を2,000~10,000mm/minの範囲とし、且つ前記レーザ光の照射は前記ピストン素材の外周面を1周させるのみとする内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記レーザ光を照射する工程において、前記トップリング溝を形成する位置とともに、前記トップリング溝を形成する位置に隣接するトップランドとなる位置の一部およびセカンドランドとなる位置の一部にも前記レーザ光を照射し、
前記陽極酸化皮膜を形成する工程において、前記トップリング溝の表面とともに、前記トップリング溝の表面に隣接する前記トップランドのレーザ光照射部の一部の表面および前記セカンドランドのレーザ光照射部の一部の表面にも前記陽極酸化皮膜を形成する請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程において、交直重畳電解法により陽極酸化皮膜を形成する請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程において、前記陽極酸化皮膜の膜厚を5.0~25.0μmの範囲とする請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
前記陽極酸化皮膜を形成する工程において、前記トップランドのレーザ光照射部及び前記セカンドランドのレーザ光照射部にそれぞれ密封リングを配置して、前記トップランド側の密封リングと前記セカンドランド側の密封リングとの間に処理液を送り込む請求項2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項6】
トップリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、
5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金母材として備えるとともに、
前記トップリング溝の内表面に位置する、前記アルミニウム合金中のシリコンが前記母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層と、
前記シリコン分散層の表面に位置する陽極酸化皮膜と
を備え、前記内燃機関用ピストンの前記トップリング溝に隣接するトップランド及びセカンドランドは、いずれもその最表層が、前記トップリング溝から離れるにつれて、前記陽極酸化皮膜である領域、前記シリコン分散層である領域、前記母材である領域の順となっており、
前記陽極酸化皮膜のJIS B0671-2に準拠する表面粗さRpkが1.00μm以下であり、且つ前記陽極酸化皮膜のJIS B0601に準拠する表面粗さRaが1.00μm以下である内燃機関用ピストン。
【請求項7】
前記陽極酸化皮膜は、そのセルが、前記トップリング溝の内面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルが、ランダムな方向に枝分かれした状態で、前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している、請求項6に記載の内燃機関用ピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、トップリング溝の内面に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境規制対応に伴い、自動車用エンジン等の内燃機関の高効率化や高圧縮比化の要望や、過給エンジンの要望が高まってきており、内燃機関の最高燃焼圧力が上昇している。このような背景に伴って、内燃機関用ピストンのピストンリング溝(特に、トップリング溝)やランド部(特に、トップランド、セカンドランド)の温度が、従来の同排気量の内燃機関のものよりも高くなってきている。ピストンのトップリング溝には、耐摩耗性を付与するために陽極酸化皮膜が成膜される場合がある。これは、陽極酸化皮膜が、ピストンの母材であるアルミニウム合金に対して2倍以上の硬さを有しており、耐摩耗性に優れた特性を有するためである。
【0003】
このような陽極酸化皮膜としては、例えば、特許文献1に、トップリング溝の内面のうち、少なくともセカンドリング溝側の内面であって、トップリングが接する領域の内面に、陽極酸化皮膜を備え、この陽極酸化皮膜のJIS B0671-2に準拠する表面粗さRpkが1.00μm以下である内燃機関用ピストンが記載されており、このような表面粗さの陽極酸化皮膜によって、トップリングとの気密性を向上することができ、ブローバイガス流量および排出微粒子の粒子数を低減することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-204287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年採用が増加している高強度材と呼ばれる、高温域までの機械的特性(疲労強度、引っ張り強さなど)を向上させたアルミニウム合金においては、従来のJIS(日本工業規格)-AC8A(Al-Si-Cu-Ni-Mg系)合金を代表するアルミニウム合金よりも、銅(Cu)やニッケル(Ni)等の添加元素が多く含まれている場合がある。このような高強度材には、従来よりも粒状の粗大な初晶シリコン(Si)が多く析出しており(Si粒径が30~40μm程度)、このような粒状のSiは陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼし、凹凸の大きな皮膜が形成されやすい。本願発明者は、このような高強度材を用いた場合には、特許文献1に記載されている陽極酸化処理を行っても、陽極酸化皮膜の膜厚10μmのときに表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μmを超える皮膜となってしまうという新たな知見を得た。
【0006】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、高強度材をピストン母材に用いても、トップリング溝の内面に形成される陽極酸化皮膜とピストンリングとの良好なシール性を維持することができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、この製造方法は、5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として形成されたピストン素材について、その外周面の少なくともトップリング溝を形成する位置にレーザ光を照射する工程と、前記レーザ光を照射したピストン素材の外周面に、切削によりトップリング溝を形成する工程と、少なくとも前記トップリング溝の表面に陽極酸化皮膜を形成する工程とを含み、前記レーザ光を照射する工程において、レーザ光の処理速度を2,000~10,000mm/minの範囲とし、且つ前記レーザ光の照射は前記ピストン素材の外周面を1周させるのみとする。
【0008】
また、本発明は、別の態様として、トップリング溝を有する内燃機関用ピストンであって、5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として有するアルミニウム合金を母材として備えるとともに、前記トップリング溝の内表面に位置する、前記アルミニウム合金中のシリコンが前記母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層と、前記シリコン分散層の表面に位置する陽極酸化皮膜とを備え、前記内燃機関用ピストンの前記トップリング溝に隣接するトップランド及びセカンドランドは、いずれもその最表層が、前記トップリング溝から離れるにつれて、前記陽極酸化皮膜である領域、前記シリコン分散層である領域、前記母材である領域の順となっている。
【発明の効果】
【0009】
このように本発明によれば、CuやNiが従来よりも多く含まれるアルミニウム合金を母材としても、レーザ光照射によって母材よりもシリコンが微細に分散したシリコン分散層を形成し、このシリコン分散層にトップリング溝を形成し、このトップリング溝の内面を陽極酸化処理することで、表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下の陽極酸化皮膜が形成され、よって、ピストンリングとの良好なシール性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】従来のアルミニウム合金を内燃機関用ピストンの母材として用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
図2】本発明に係る内燃機関用ピストンの母材として使用されるアルミニウム合金(高強度材)を用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
図3】本発明に係る内燃機関用ピストンの一実施の形態を示す模式図および一部拡大図である。
図4】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態について、トップリング溝付近を模式的に説明するフロー図である。
図5】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法におけるレーザ光照射工程の一例を模式的に説明する斜視図である。
図6】比較例のレーザ光照射工程を説明する模式図である。
図7】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法における陽極酸化処理工程の一例を説明する模式図である。
図8】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法における陽極酸化処理工程の参考例を説明する模式図である。
図9】実施例3の再溶融急冷凝固部に形成した陽極酸化皮膜を示す光学顕微鏡写真である。
図10】実施例3の未処理部に形成した陽極酸化皮膜を示す光学顕微鏡写真である。
図11】実施例4の再溶融急冷凝固部に形成した陽極酸化皮膜を示す光学顕微鏡写真である。
図12】実施例4の未処理部に形成した陽極酸化皮膜を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0012】
本実施の形態に係る内燃機関用ピストンは、5.0~20.0質量%のシリコン(Si)、1.3質量%を超えて5.0質量%以下の銅(Cu)、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のニッケル(Ni)を含有するアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を母材として形成されており、そのトップリング溝の母材表面に、Siが母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層が形成されており、このシリコン分散層の表面に更に陽極酸化皮膜が形成されている。
【0013】
高強度材において、Siは、初晶シリコンや共晶シリコンとして晶出し、耐熱性及び耐摩耗性を改善する成分である。また、Siは熱膨張率を低下させる。Si含有量が5.0質量%以上であれば、熱膨張率が低く、耐摩耗性や高温域での強度を向上することができ、20.0質量%以下であれば、初晶シリコンが小さくなり、合金の伸びを良好にすることができる。Si含有量は、10.0~13.0質量%がより好ましい。
【0014】
Cuは、室温及び高温域における機械的強度及び耐摩耗性を改善する成分である。Cu含有量が1.3質量%超であれば、強度や耐摩耗性を改善する効果を発現することができ、5.0質量%以下であれば、合金の著しい伸び低下はなく、合金の比重が小さい。一方、5.0質量%を超えると、伸びが著しく低下し、合金の比重が大きくなる。Cu含有量は、2.5~5.0質量%がより好ましい。
【0015】
Niは、主に高温域での強度及び耐摩耗性を向上させ、熱膨張率を低下させる成分であり、Ni含有量が1.5質量%超であれば、その効果が好適に発現し、3.5質量%以下であれば、良好な伸びが得られる。
【0016】
また、本実施の形態では、母材に用いるアルミニウム合金は、上記したSi、Cu、及びNiに加えて、クロム(Cr)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、リン(P)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)からなる群より選択される少なくとも一以上の元素を含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる合金としてもよい。好ましくは、アルミニウム合金の母材は、上記したSi、Cu、Niの各含有量の範囲に加えて、0.05~0.15質量%のCr、0.05~0.20質量%のTi、0.05~0.30質量%のZr、0.10~0.31質量%のFe、0.05質量%以下のMn及び0.5~1.1質量%のMgを含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる。Si、Cu、Niについては既に説明したので、その他の各成分とその含有量等について説明する。
【0017】
Crは、主に合金中に晶出した金属間化合物、初晶シリコン、針状シリコン等の結晶粒の間にある結晶粒界を強化させ、高温域での強度を向上させる成分であり、Cr含有量が0.05質量%以上であれば、結晶粒界を好適に強化させて高温域での強度を向上させ、0.15質量%以下であれば、良好な靱性及び切削性が得られる。
【0018】
Tiは、主に結晶粒を微細化させて、耐熱性、鋳造性、強度を向上させる成分であり、Ti含有量が0.05~0.20質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Ti含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0019】
Zrは、主に合金中の結晶粒を微細化する効果を有し、耐熱性、鋳造性及び強度の向上に寄与する成分であり、Zr含有量が0.05~0.30質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Zr含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0020】
Feは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Fe含有量が0.10~0.31質量%の範囲であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。
【0021】
Mnは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Mn含有量が0.05質量%以下であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。Mn含有量の下限値は、全く含有しなくてもよく、又は不純物程度に極少量で含有していてもよく、例えば0.001質量%である。
【0022】
Mgは、主に強度及び靱性を向上させる成分であり、Mg含有量が0.5質量%以上であれば、強度を向上させる効果が発現し、1.1質量%以下であれば、良好な靱性が得られる。
【0023】
このような高強度材と呼ばれるアルミニウム合金を母材として用いてピストン素材を製造すると、従来から使用されているアルミニウム合金を用いて製造した場合よりも、その製造過程で粒状の粗大な初晶シリコンが多く析出してしまう。図1は、従来のアルミニウム合金(AC8AP)を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真であり、図2は、本発明で用いる高強度材のアルミニウム合金(AC8AR)を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真である。図1に示すように、従来のアルミニウム合金10は、マトリックス11中に粒状や針状の初晶シリコン12が多数析出しているが、図2に示すように、高強度材のアルミニウム合金20のマトリックス21中に析出している粒状の初晶シリコン22よりも顕著に小さいことがわかる。従来から、このような粒状の初晶シリコンは陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼし、凹凸の大きな皮膜が形成されやすいことが知られているが、高強度材の初晶シリコンの粒径は30~40μm程度と非常に大きく、交直重畳電解法を用いても、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μmを超え、ピストンリングとの良好なシール性を維持できないという問題がある。
【0024】
ここで、陽極酸化皮膜が形成されるトップリング溝について説明する。図3に示すように、本発明に係る内燃機関用ピストン30は、その外周面に、ピストン冠面31側から順に、ピストンリング溝として、トップリング溝33、セカンドリング溝35、オイルリング溝37の3つのリング溝が形成されている。トップリング溝33にはトップリング(図示省略)が嵌め込まれ、セカンドリング溝35にはセカンドリング(図示省略)、オイルリング溝37にはオイルリング(図示省略)が嵌め込まれる。また、ピストン30の外周面に沿って、ピストン冠面31とトップリング溝33との間をトップランド32と呼び、トップリング溝33とセカンドリング溝35との間をセカンドランド34と呼び、セカンドリング溝35とオイルリング溝37との間をサードランド36と呼び、オイルリング溝37以降をスカート部38と呼ぶ。
【0025】
トップリング等のリングは、例えば、高炭素鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼等により形成されている。内燃機関用ピストン30がシリンダボア(図示省略)内に挿入された状態では、各リングはその弾性力によってシリンダの内壁面に押し付けられた状態となり、トップリング等のリングは燃焼室の気密性を保持する機能を果たす。ピストンの圧縮工程及び膨張工程によりピストン冠面31側の燃焼室内が高圧となるため、特にトップリング溝33の内面がトップリングと強く密着し、トップリング溝33の内面に摩耗が発生し易い。したがって、トップリング溝33の内面には、陽極酸化皮膜(図示省略)が形成されており、トップリング溝33の内面の耐摩耗性を向上させている。
【0026】
本実施の形態では、このトップリング溝33の内面に、Siが母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層(図示省略)が形成されており、このシリコン分散層の表面に更に陽極酸化皮膜が形成されている。このようなトップリング溝33の母材表面にシリコン分散層を介して陽極酸化皮膜を形成する方法について、図4を参照して説明する。
【0027】
図4(a)は、内燃機関用ピストンを製造するにあたり、トップリング溝などのリング溝を形成する前のリング素材30aの状態のトップリング溝周辺を拡大して示している。リング素材30aは、上述した高強度材を用いて鋳造されたものである。ピストンの鋳造方法は、例えば、ピストン素材の形状の空洞を有した金型に、溶融させたアルミニウム合金(溶湯)を流し込んで鋳造を行う重力鋳造法など一般的な方法を用いることができる。リング素材30aは、一般的にピストン製造時に用いられる熱処理を行ってもよい。熱処理としては、T5処理、T6処理などがあり、T5処理は、鋳造後、人工時効硬化処理のみ行うもの(強度増大、寸法の安定化等が目的)、T6処理は、鋳造後、溶体化処理、人工時効硬化処理(強度・硬さの増大等が目的)を行うものである。
【0028】
そして、このリング素材30aの外周面39に対して、トップリング溝が形成される位置にレーザ光51を照射する工程を行う。レーザ光照射は、トップリング溝が形成される深さまで高強度材を再溶融するように行う。再溶融された高強度材は急冷凝固される。これにおり、リング素材30aのトップリング溝が形成される幅および深さよりも広い領域に、再溶融急冷凝固部40が形成される。すなわち、トップリング溝が形成される位置に隣接するトップランドとなる位置の一部およびセカンドランドとなる位置の一部にもレーザ光が照射され、再溶融急冷凝固部40が形成される。この再溶融急冷凝固部40では、母材の高強度材よりもシリコンが微細化し、均一に分散される。
【0029】
このレーザ光照射工程で用いるレーザとしては、TiGレーザや、YAGレーザ、COレーザなど様々な種類があるが、いずれのレーザも用いることができる。レーザ光照射前に、リング素材30a表面に付着している汚れなどが再溶融急冷凝固部40に入り込まないよう、薬剤による脱脂処理やレーザによる洗浄処理を行っておくことが好ましい。特に、洗浄と再溶融急冷凝固をレーザで行う場合は、1つのレーザ装置で出力条件を変えるだけで続けざまに処理を行うことができるため、より好ましい。
【0030】
レーザ光照射工程では、レーザ光照射によるクラックの発生を防ぐため、レーザ光の照射はピストン素材30aの外周面を1周させるのみとする。このとき、図5に示すように、レーザ装置50を固定してレーザ装置50からレーザ光51を照射させながら、ピストン素材30aを軸を中心に1回転させて、再溶融急冷凝固部40を形成してもよいし、逆に、図示省略するが、ピストン素材を固定して、レーザ装置からレーザ光を照射させながら、レーザ装置をピストン素材の周りを1回転させて、再溶融急冷凝固部を形成してもよい。装置の構造上、ピストン素材を回転させる仕組みの方が簡潔なため、図5に示す方法がより好ましい。
【0031】
レーザ光照射工程では、上記のようにレーザ光照射はピストン素材30aの外周面を1周させるのみとすることから、レーザ光の処理速度を2,000~10,000mm/minの範囲とする。レーザ光の処理速度を2,000mm/min以上とすることで、その後に形成される陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkをともに1.0μm以下にすることができる。
【0032】
なお、表面粗さRaは、JIS B0601で規格されているように、輪郭曲線の算術平均粗さを表すものである。表面粗さRpkは、粗さ曲線のコア部の上にある突出山部の平均高さの特性に関する指標であり、プラトー構造の表面の特性を評価できる。なお、「プラトー構造」とは、JIS-B0671で定義されており、プラトー部分(平坦部分)と谷部分とで表面が形成されている構造をいう。表面粗さRpkによって、陽極酸化皮膜の気密性を評価することができる。陽極酸化皮膜の表面粗さRpkを1.0μm以下とすることで、内燃機関で爆発燃焼した時、トップリングとの接触面積が多く、優れた気密性を発揮できるため、エンジン実働時のブローバイガスの通過を抑制することができる。また、表面粗さRaを1.0μm以下とすることで、陽極酸化皮膜の谷部分へのオイルの堆積を抑制できるため、オイル成分を含んだブローバイガスを抑制でき、粒子状物質数を抑制することができる。
【0033】
一方、処理速度が10,000mm/minを超えても、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さはほとんど変わらない上、処理速度が速いほど、より大きな出力が必要となり、設備コストや消費電力の増大を招くことから、処理速度は10,000mm/min以下が好ましい。
【0034】
レーザ光51の出力は、再溶融急冷凝固部40をトップリング溝の幅および深さよりも広い領域とする必要があることから、形成されるトップリング溝の幅および深さ、および上述の処理速度によって変わるものの、例えば、1~15kWとすることが好ましい。
【0035】
なお、図6に示すように、レーザ光の出力を低くして、レーザ光の照射をピストン素材30aの外周面を数周させて再溶融急冷凝固部41を形成すると、1周のみで形成する再溶融急冷凝固部40よりも狭い領域でトップリング溝33の幅および深さまで高強度材を処理できる。しかしながら、このようにレーザ光照射を数周させた場合には、再溶融急冷凝固部41にクラックが発生し易くなり、寸法精度の高いトップリング溝33を機械加工するのが困難になるとともに、ピストン自体の耐久性も低下してしまうという問題が生じる。
【0036】
次に、図4(b)に示すように、切削工程を行い、再溶融急冷凝固部40にトップリング溝33を作製する。トップリング溝33を作製する切削などの機械加工は、一般的なピストンのリング溝作製で行われる機械加工と同様に行うことができる。トップリング溝33の幅および深さも、一般的な内燃機関用ピストンのトップリング溝の寸法と同様である。トップリング溝33の内周面は、全て再溶融急冷凝固部40である。
【0037】
そして、図4(c)に示すように、陽極酸化処理工程を行い、トップリング溝33の内周面に陽極酸化皮膜60を形成する。陽極酸化皮膜60は、再溶融急冷凝固部40中のアルミニウムを酸化して形成される皮膜であり、非晶質の酸化アルミニウム(Al)を主成分とし、優れた耐摩耗性を有する。これにより、内燃機関用ピストン30のトップリング溝33の内周面は、母材である高強度材の上に、高強度材よりもシリコンが微細化され均一に分布するアルミニウム合金組成の再溶融急冷凝固部40(シリコン分散層ともいう)が形成され、さらにこのシリコン分散層40の上に陽極酸化皮膜60が形成された構造となる。
【0038】
なお、陽極酸化皮膜60は再溶融急冷凝固部40中のアルミニウムを酸化して形成されることから、陽極酸化処理後の陽極酸化皮膜60の表面は、処理前の再溶融急冷凝固部40の表面よりも、陽極酸化皮膜60の膜厚の1/2程度、上昇する。すなわち、陽極酸化処理後の再溶融急冷凝固部(シリコン分散層)40の表面(陽極酸化皮膜60との界面)は、陽極酸化皮膜60の膜厚の1/2程度、下降する。
【0039】
陽極酸化皮膜60のセルの状態は、電解条件により異なる様々な構造を有することができるが、セルがランダムな方向に枝分かれた状態で、皮膜内の初晶シリコンの周囲を包囲している構造が好ましい。このような構造は、交直重畳電解法により形成することができる。これによって、直流電解法で形成するよりも、厚い膜厚の皮膜を容易に得ることができる。
【0040】
陽極酸化皮膜60の膜厚は、エンジン運転時のピストンリングとの摩耗によって減少することも考慮すると、5μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましい。陽極酸化皮膜60の膜厚の上限は、生産性や処理コストを勘案すると、25μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましい。陽極酸化皮膜60は、トップリング溝33の内周面のみに留まらず、トップリング溝33に隣接するトップランド32及びセカンドランド34の一部に形成させてもよい。
【0041】
陽極酸化処理工程のより具体的な方法について、図7を参照して説明する。図7に示すように、先ず、トップリング溝33の外周面を囲むように陽極酸化処理装置70を配置する。陽極酸化処理装置70は、トップランド32及びセカンドランド34のそれぞれ再溶融急冷凝固部40の上に密封リング72を介して密着させる。トップリング溝33の内部、並びにトップランド32及びセカンドランド34の密封リング72までの部分に処理液73を送り込みながら、再溶融急冷凝固部40を陽極とし、陽極酸化処理装置70側の陰極電極71との間で通電することで、処理液73が送り込まれた部分の再溶融急冷凝固部40の表面に、陽極酸化皮膜60を形成することができる。
【0042】
これにより、トップランド32の最表層およびセカンドランド34の最表層は、それぞれトップリング溝33から離れるにつれて順に変化する3つの領域が形成される構成となる。すなわち、トップランド32及びセカンドランド34は、それぞれその最表層が、トップリング溝33から離れるにつれて、陽極酸化皮膜60である領域、再溶融急冷凝固部40(シリコン分散層)である領域、母材の高強度材20である領域の順となる。
【0043】
陽極酸化処理工程で用いる処理液としては、陽極酸化皮膜を形成する従来の電解処理液を広く採用でき、例えば、硫酸(HSO)、シュウ酸(H)、リン酸(HPO)、クロム酸(HCrO)等の酸性の処理液、水酸化ナトリウム(NaOH)、リン酸ナトリウム(NaPO)、フッ化ナトリウム(NaF)等の塩基性の処理液を使用でき、実用的な観点より硫酸が好ましい。陰極電極71は、チタン、カーボン、アルミニウム、ステンレス等を使用できる。なお、図7に示す密封リングに替えて、陽極酸化処理をしない部分をマスキングしてピストン全体を処理液に浸漬し、マスキング部分以外に陽極酸化皮膜を形成するという方法で陽極酸化処理を行うこともできるが、密封リングの方がマスキングよりも製造効率を高めることが可能であり、好ましい。
【0044】
なお、陽極酸化処理工程では、図8に示すように、トップランド32及びセカンドランド34の再溶融急冷凝固部40ではない部分(未処理部)の上に密封リング72を配置することも可能ではある。このように密封リング72を配置して陽極酸化処理を行うと、未処理部の高強度材20の部分も陽極酸化処理されることから、トップランド32の最表層およびセカンドランド34の最表層は、それぞれトップリング溝33から離れるにつれて、陽極酸化皮膜60である領域と、母材の高強度材20である領域との2つの領域が順に形成される構成となる。しかしながら、この場合、未処理部の高強度材20上に形成される陽極酸化皮膜は、上述した表面粗さが大きいというだけではなく、シリコンが微細化された再溶融急冷凝固部40に形成される陽極酸化皮膜と比べて、膜厚が例えば3倍ぐらい顕著に厚くなる。よって、上述した最表層が陽極酸化皮膜61である領域において、陽極酸化皮膜61の膜厚が異なる箇所が発生し、大きな段差が生じることとなる。このようなシリンダの内壁面側に突出した段差があると、ピストンがシリンダボア内で摺動運動するときの抵抗が大きくなるおそれがある。よって、密封リング72は、トップランド32及びセカンドランド34のそれぞれ再溶融急冷凝固部40の上に配置することが好ましい。
【0045】
以上のように、高強度材を用いてピストン素材を作製し、このピストン素材のトップリング溝が形成される位置に所定の条件でレーザ光を照射するレーザ光照射工程と、それにより形成された再溶融急冷凝固部にトップリング溝を作製する切削工程と、トップリング溝の内周面に陽極酸化皮膜を形成する陽極酸化処理工程を行うことで、トップリング溝に表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下の陽極酸化皮膜を形成することができ、よって、ピストンリングとの良好なシール性を維持することができる。
【実施例
【0046】
以下、本発明の実施例及び比較例について説明する。なお、本発明は、以下の実施例及び比較例によって限定されるものではない。
【0047】
[実施例1]
表1に示す組成を有するAl-Si-Cu-Ni系のアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を用いてピストン素材を作製した。そして、このピストン素材を軸を中心に1回転させながら外周部にレーザ光を照射して、トップリング溝が形成される位置及びその周辺を再溶融急冷凝固した。処理速度は、1,000~30,000mm/minとなるようピストンの回転速度を調整した。また、レーザ出力は、トップリング溝の深さまで高強度材が処理されるように、処理速度に合わせて1~15kWの範囲で調整した。
【0048】
【表1】
【0049】
レーザ光照射による再溶融急冷凝固をした後、機械加工によりピストン全体を加工してリング溝(幅1mm)を作製し、トップリング溝の表面並びにトップランド及びセカンドランドの再溶融急冷凝固部に陽極酸化処理を行った。陽極酸化処理は、濃度200g/Lの硫酸処理液を用いて、交直重畳電解法(周波数12kHz、正電圧35V、負電圧2V)にて約10μmの厚さの陽極酸化皮膜を形成し、内燃機関用ピストンを作製した。そして、陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkを、それぞれJIS B0601及びJIS B0671-2に準拠して表面粗さ計にて測定した。その結果を表2に示す。
【0050】
[比較例1]
レーザ光の照射を行わなかった点を除いて実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例1と同様にトップリング溝に形成した陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkを測定した。その結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
表2の比較例1に示すように、ピストン素材が高強度材の場合、レーザ光照射による再溶融急冷凝固処理を行わずに陽極酸化処理をすると、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さRaは1.2μm、表面粗さRpkは1.7μmとなり、ともに1.0μmを超える値となった。一方、再溶融急冷凝固処理をした後に陽極酸化処理をした実施例1では、表2に示すように、レーザ光照射の処理速度を速くすることで、陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkの値はともに小さくなっていき、処理速度が2,000mm/min以上のときに表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下となった。
【0053】
また、表2の処理速度9,000mm/min、10,000mm/min及び30,000mm/minの結果を比較すると、処理速度は大きく異なるものの、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さの変化量は小さかった。ピストン素材を1回転させる間にレーザ光照射によってトップリング溝が形成される深さまで高強度材を再溶融急冷凝固する必要があることから、処理速度が速いほど、より大きな出力が必要となり、設備コストや消費電力の増大を招く。よって、処理速度は10,000mm/min以下が好ましく、9,000mm/min以下がより好ましい。
【0054】
なお、ピストン素材を複数回転させながら、レーザ光が一部重複するようにピストン素材の外周面に照射して、トップリング溝が形成される幅および深さまで高強度材を処理した。これにより、レーザ光照射の出力を下げることができたものの、このような処理をした部分にクラックが発生していることが観察された。これは、レーザ光が照射されて再溶融急冷凝固された部分に、再び溶融、冷却が行われることに起因していると推測される。
【0055】
[実施例2]
再溶融急冷凝固処理における処理速度を9,000mm/minとし、陽極酸化処理での処理時間を変化させて膜厚が異なる陽極酸化皮膜を作製した点を除き、実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例1と同様にトップリング溝に形成した陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkを測定した。その結果を表3に示す。
【表3】
【0056】
表3に示すように、膜厚が7μm~20μmの3種類の陽極酸化皮膜を形成したが、この範囲の膜厚の陽極酸化皮膜では膜厚によらず表面粗さRa、表面粗さRpkはほぼ一定であることがわかった。一般的にシリコンを含むアルミニウム合金では、シリコンの影響で陽極酸化皮膜の表面粗さは膜厚に比例して大きくなるが、本発明ではシリコンが微細化されて均一に分布していることから、膜厚によらず表面粗さが低い皮膜を得ることができる。
【0057】
[実施例3]
陽極酸化処理時にトップランド及びセカンドランドの再溶融急冷凝固部以外の部分(未処理部)にも陽極酸化処理を行った点を除いて実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、再溶融急冷凝固部および未処理部にそれぞれ形成された陽極酸化皮膜の断面を観察するために、内燃機関用ピストンを切断し、光学顕微鏡にて断面を観察した。その断面画像を図9図10に示す。また、再溶融急冷凝固部および未処理部にそれぞれ形成された陽極酸化皮膜の膜厚を測定した。膜厚の測定は、切断したピストンを光学顕微鏡を用いて陽極酸化皮膜の断面を等間隔に10点測定し、得られた値の平均により算出した。
【0058】
図9が、再溶融急冷凝固部40に陽極酸化皮膜60aを形成した場合の断面画像であり、図10が、未処理部の母材である高強度材20に陽極酸化皮膜60bを形成した場合の断面画像である。なお、陽極酸化皮膜60a、bの上に見えるのは、光学顕微鏡で観察するために使用した埋込樹脂80であり、その境界を点線で示している。図9図10に示すように、高強度材20に所定の条件でレーザ光照射をした再溶融急冷凝固部40は、高強度材20よりもシリコンが微細化されて均一に分散していることが確認された。また、再溶融急冷凝固部40の陽極酸化皮膜60aに対する表面は、高強度材20の陽極酸化皮膜60bに対する表面よりも平らであることが確認された。更に、図9の再溶融急冷凝固部40に形成された陽極酸化皮膜60aの表面は、図10の高強度材20に形成された陽極酸化皮膜60bの表面よりも表面粗さが低いことは、これら断面画像からもわかる。
【0059】
膜厚は、再溶融急冷凝固部40に形成された陽極酸化皮膜60aが10μmであったのに対し、高強度材20に形成された陽極酸化皮膜60bが35μmであった。このように膜厚に3倍以上の差が生じたのは、上述のシリコンの微細化によって成膜速度が遅いことに起因するためである。よって、トップランドおよびセカンドランドにおいて再溶融急冷凝固部と未処理部の両方に陽極酸化処理を行うと、再溶融急冷凝固部と未処理部の境にて陽極酸化皮膜の膜厚差による大きな段差が生じてしまう。内燃機関用ピストンのように寸法が精細に設計されている部品ではこのような大きな段差があると、片当たりなどの不具合を引き起こす可能性が生じるため好ましくない。よって、未処理部に陽極酸化処理が行われないように、再溶融急冷凝固部のみに陽極酸化処理を行うことが好ましい。
【0060】
[実施例4]
陽極酸化処理を交直重畳電解法に替えて直流電解法(電流密度9A/dm)で行った点を除いて実施例3と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例3と同様に再溶融急冷凝固部および未処理部にそれぞれ形成された陽極酸化皮膜の断面観察および膜厚測定を行った。得られた断面画像を図11図12に示す。
【0061】
図11が、再溶融急冷凝固部40に直流電解法で陽極酸化皮膜60cを形成した場合の断面画像であり、図12が、未処理部の母材である高強度材20に直流電解法で陽極酸化皮膜60dを形成した場合の断面画像である。交直重畳電解法の図9図10と比較すると、交直重畳電解法でも直流電解法でも、未処理部の高強度材20に形成した場合よりも再溶融急冷凝固部40に形成した場合の方が陽極酸化皮膜60の表面粗さが低くなっていることが観察された。
【0062】
一方、膜厚は、再溶融急冷凝固部40に形成された陽極酸化皮膜60cが4μmであったのに対し、高強度材20に形成された陽極酸化皮膜60dが34μmであった。このように交直重畳電解法と直流電解法とで再溶融急冷凝固部40に形成された陽極酸化皮膜60a、60cの膜厚に2倍以上の差が生じたのは、再溶融急冷凝固部40では、微細化されたシリコンが均一に分布している状態になっているため、直流電解法では陽極酸化皮膜を構成するセルが直線的に成長するため、シリコンは小さいものの多数存在することから、セルの成長が阻害されてしまい、一方、交直重畳電解法では、セルがランダムな方向で成長するため、直流電解法よりもセルは成長しやすいものと推測される。内燃機関用ピストンへ施す陽極酸化皮膜の膜厚は、耐摩耗性の観点から5μm以上が好ましいため、膜厚を勘案すると、直流電解法よりも交直重畳電解法で陽極酸化処理をすることが好ましい。
【0063】
なお、成膜速度を速めるために、直流電解法で電解条件を高めると、陽極酸化処理時の発熱が大きくなり、陽極酸化皮膜の硬さが母材と同程度(約180HV)となったり、皮膜焼けと呼ばれる皮膜が絶縁破壊された状態になりやすくなるため、耐摩耗性の面で問題がある。一方、電解条件を高めても発熱が起こりにくい高周波(例えば10kHz以上)で処理を行う交直重畳電解法では、硬さの面でも耐摩耗性を満足する陽極酸化皮膜を形成することができる。
【符号の説明】
【0064】
10 従来のアルミニウム合金
11、21 マトリックス
12、22 初晶シリコン
20 高強度材
30 内燃機関用ピストン
31 ピストン冠面
32 トップランド
33 トップリング溝
34 セカンドランド
40 再溶融急冷凝固部(シリコン分散層)
50 レーザ装置
51 レーザ光
60 陽極酸化皮膜
70 陽極酸化処理装置
71 陰極電極
72 密封リング
73 処理液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12