(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-13
(54)【発明の名称】アルコール生成が抑制された組換え耐酸性酵母及びこれを用いた乳酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/19 20060101AFI20220105BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20220105BHJP
C12N 15/60 20060101ALI20220105BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20220105BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12N15/11 Z
C12N15/60
C12N9/88
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021520201
(86)(22)【出願日】2019-09-23
(85)【翻訳文提出日】2021-04-07
(86)【国際出願番号】 KR2019012326
(87)【国際公開番号】W WO2020075986
(87)【国際公開日】2020-04-16
(31)【優先権主張番号】10-2018-0119721
(32)【優先日】2018-10-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】514020459
【氏名又は名称】エスケー イノベーション カンパニー リミテッド
【氏名又は名称原語表記】SK INNOVATION CO., LTD.
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】チェ・ヨン パク
(72)【発明者】
【氏名】テ・ヨン リー
(72)【発明者】
【氏名】キ・スン リー
【テーマコード(参考)】
4B050
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD04
4B065AA72X
4B065AA72Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA05
4B065CA10
4B065CA60
(57)【要約】
本発明は、乳酸生成能が与えられ、ピルベートからアセトアルデヒドへの転換が抑制され、結果的にエタノール生産経路が抑制された、耐酸性酵母及びこれを用いた乳酸の製造方法に関する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐酸性酵母YBC菌株(KCTC13508BP)においてピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子が欠失又は弱化され、ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子が導入されている、乳酸生成能を有する組換え菌株。
【請求項2】
前記ピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子は、g3002遺伝子であることを特徴とする、請求項1に記載の組換え菌株。
【請求項3】
前記g3002遺伝子は、配列番号1又は配列番号2の塩基配列を有することを特徴とする、請求項2に記載の組換え菌株。
【請求項4】
アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子がさらに欠失されていることを特徴とする、請求項1に記載の組換え菌株。
【請求項5】
前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、g4423遺伝子であることを特徴とする、請求項4に記載の組換え菌株。
【請求項6】
前記ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、g3002遺伝子に代えて導入され、g3002遺伝子のプロモーターによって調節されることを特徴とする、請求項1に記載の組換え菌株。
【請求項7】
前記g3002遺伝子の欠失又は弱化によって、親菌株であるYBC菌株(KCTC13508BP)に比べてエタノール生成能が減少することを特徴とする、請求項1に記載の組換え菌株。
【請求項8】
次の段階を含む乳酸の製造方法;
(a)請求項1~7のいずれか一項に記載の組換え菌株を培養して乳酸を生成させる段階;及び
(b)前記生成された乳酸を収得する段階。
【請求項9】
ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項10】
配列番号1又は配列番号2で表示される塩基配列を有することを特徴とする、請求項9に記載の遺伝子。
【請求項11】
ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質。
【請求項12】
配列番号5又は配列番号6で表示される塩基配列を有するg3002遺伝子プロモーター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノール生産が抑制された耐酸性酵母を用いた乳酸の製造方法に関し、より詳細には、乳酸生成能が与えられ、ピルベートからアセトアルデヒドへの転換が抑制され、結果的にエタノール生産経路が抑制された耐酸性酵母及びこれを用いた乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PLA(Polylactic Acid)は、乳酸(lactic acid)をラクチド(lactide)に転換し、これを開環重合して作る生分解性ポリマーであり、その原料である乳酸発酵によって生産している。PLAは、使い捨て食品容器に広範囲に利用可能であり、単独或いは組成物や共重合体の形態で自動車産業を含む様々な産業的プラスチックとしても使用可能な強度を持っている。また、最近では3Dプリンティングにも用いられる代表的なポリマーであり、特に、3Dプリンタ使用時に有害ガス発生及び臭い発生が少ない、環境にやさしいポリマーである。このような生分解性ポリマーは、最近、全世界的な問題とされている廃プラスチック及び微細プラスチックにより環境破壊が加速化している現実を解決できる有望なポリマーで、先進各国が導入拡大を推進しており、PLAをより低コストで生産するために、単量体である乳酸の生産性を向上させる努力を続けている。
【0003】
伝統的な乳酸生産工程は、乳酸菌を用いて生産するが、乳酸菌によって生成される乳酸の蓄積によって酸による菌株死滅或いは成長止めが発生することを防止するために、様々な形態のCa塩/Mg塩又はアンモニアのような中和剤を用いて、pHを中性pHである6~8に合わせながら発酵を行う。発酵が終了すると微生物を分離するが、塩(salt)形態では水での分離及びラクチド転換が難しいため、硫酸を添加してラクテートを乳酸に転換させながらCa塩はCaSO4の形態で除去する。このような過程は、乳酸よりも多い量の副産物であるCaSO4を発生させ、工程経済性の低下を招く。
【0004】
一方、乳酸は、L型とD型の光学異性質体を有する。L型を主に生産する乳酸菌でも約5~10%のD型を共に生産する場合が多く、D型を主に生産する菌株の場合、D型及びL型を共に生産する形態と、D型及びエタノールを共に生産する形態で存在するなど、多くの多様性を有する微生物群がある(非特許文献1)。
【0005】
このような光学異性質体乳酸のうち、D型は、主に、医療用/薬物伝達用のみに用いられているが、PLAに適用時にD型ラクチドによる結晶化率が上がりながら熱的特性が良くなる現象が発見され、また、純粋L型ポリマーと純粋D型ポリマーを混合した加工条件によって構造的にステレオコンプレックス(Stereocomplex)PLAが形成される場合、耐熱性が既存のPLAはもとよりPE/PPよりも高くなる新しいポリマーが発見されるなど、D型による結晶化度増加及びこれを用いたPLA物性強化方法に対する研究及び商業化が急速に進行されており、PLAの適用分野が拡張されつつある。
【0006】
PLAは、発酵を用いて乳酸を生産した後、精製工程を経てラクチドに転換する工程が一般的である。ラクチド転換のためには、乳酸を水素化された形(Hydrogenated form)に転換する工程が必要であり、通常の中性発酵へのpHは6~7である点から、多量の硫酸を用いて酸性pHに転換する。この過程で多量の中和塩が発生し、このような中和塩を除去するための工程投資費及び中和塩の低い価値により、経済性が低下する。
【0007】
一方、自然系で乳酸を生産するラクトバチルス(Lactobacillus)の場合、商業的レベルに乳酸生産をするためには、多量の高価栄養分(nutrient)を培地として使用しなければならず、このような過量の栄養成分は、後段工程の重合(polymerization)工程或いはラクチドを中間体とする場合にはラクチド転換工程に大きな阻害を与え、高収率、高純度のポリマー又はその前駆体を得るためには、吸着、蒸留、イオン交換のような精製工程費用がかかり、同様に、高い生産費用の原因となる。このような問題を解決するための方法として、酵母(Yeast)を用いた研究が提示されている。酵母の場合、安価の栄養分を使用しても円滑に成長/発酵するものと知られており、酸性における耐性も高いと知られている。
【0008】
酸性においてよく育つ酵母(以下、耐酸性酵母)を用いて乳酸を生産する場合、発酵時に中和剤を用いて培地をpH6~7に保つ必要がないので、発酵工程が単純となり、且つ後で中和剤を除去する精製工程が不要である。また、酵母は、代謝に必要な多くの成分を自ら作るため、細菌、特に、ラクトバチルスに比べて比較的栄養レベルの低い培地でも培養可能であり、多くの後段の精製工程を省くことができ、生産単価を大幅に下げることができる。
【0009】
しかしながら、酵母を用いる乳酸生産技術には前提条件があるが、それは、商業化に適用するためには菌株発酵性能指標である収率、生産性、乳酸の濃度が、乳酸菌を用いた場合と類似なレベルに高く維持される必要があるということである。
【0010】
酵母を用いた耐酸性乳酸技術の開発が試みられているが、実際には、発酵中に中和反応を利用して、pHを乳酸のpKa値以上である3.7以上に維持しつつ発酵をしてこそ高性能の発酵能が得られる場合が多いため、実質的に耐酸性技術とは言い難く、工程における生産費節減の効果も得難い(非特許文献2)。
【0011】
したがって、工程費用が節減できる耐酸性酵母は、中和剤を使用しないか或いは最小量で使用しながらpHがpKa値以下の発酵液で発酵を終える必要があり、発酵の3代指標を乳酸菌と類似するレベルにしてこそ商業的適用の意味がある。
【0012】
一般の酵母は、グルコースを発酵するとエタノールを主生産物として代謝し、乳酸を生産する場合はごく稀である。また、高い耐酸性を持つ微生物から乳酸を生産する菌株を選択する確率が非常に低いため、本発明では、耐酸性に優れた酵母菌株を選別し、選別された菌株を遺伝工学的な方法で乳酸生産能を有するようにした。また、実際に選定された耐酸性菌株ライブラリーからはいずれもエタノールを生産する菌株が選定された。
【0013】
乳酸の生産代謝回路は、ピルベートで1段階反応によってなされ、この段階は、ラクテートデヒドロゲナーゼ酵素によって発生し、その後、輸送(transport)によって能動/拡散で細胞外に排出される。このような乳酸を主生産物として発酵するためには、乳酸生産能を導入すると同時に既存エタノール生産能を除去するための操作も伴われる必要がある。一般に、酵母では、ピルベートからエタノールに転換される2段階反応に進み、ピルベートからアセトアルデヒドに転換するPDC遺伝子を除去し、LDHを導入する方法が試みられている。
【0014】
しかしながら、サッカロミセスセレビシエのようなCrab-tree陽性酵母では、PDC(pyruvate decarboxylase)を完全に遮断すると、細胞の脂質合成に必要なサイトゾルの(Cytosolic)アセチル-CoAの供給が進行されないため成長が大きく阻害され、PDCを完全遮断しないと、LDHとピルベートという同一基質に対する競合のため、エタノール生産を完全に遮断できず、結果として、乳酸菌レベルの収率に上げることができないという問題がある。
【0015】
そこで、本発明者らは、耐酸性酵母において乳酸生産能を向上させるために鋭意努力した結果、前記耐酸性酵母でアルコールデヒドロゲナーゼ酵素を欠失しながらラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を導入して乳酸生成能を向上させた組換え菌株において、ピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子を欠失させ、ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子をさらに導入した組換え菌株を作製し、該組換え菌株を用いて乳酸を製造する場合、乳酸生成能が向上し、エタノール生成能が減少することを見出し、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Ellen I.Garvie,Microbiological Reviews,106-139,1980
【非特許文献2】Michael Sauer et al.,Biotechnology and Genetic Engineering Reviews,27:229-256,2010
【発明の概要】
【0017】
本発明の目的は、耐酸性酵母において乳酸生成能が増加しながらエタノール生成能が減少した組換え菌株を提供することにある。
【0018】
本発明の他の目的は、前記組換え耐酸性酵母を用いて乳酸を製造する方法を提供することにある。
【0019】
本発明のさらに他の目的は、前記耐酸性酵母由来のピルベートデカルボキシラーゼ活性を有する遺伝子を提供することにある。
【0020】
前記目的を達成するために、本発明は、耐酸性酵母YBC菌株(KCTC13508BP)において、ピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子が欠失又は弱化され、ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子が導入されている、乳酸生成能を有する組換え菌株を提供する。
【0021】
本発明はまた、(a)前記組換え菌株を培養して乳酸を生成させる段階;及び(b)前記生成された乳酸を収得する段階を含む乳酸の製造方法を提供する。
【0022】
本発明はまた、ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子を提供する。
【0023】
本発明はまた、ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質を提供する。
【0024】
本発明はまた、配列番号5又は配列番号6で表示される塩基配列を有するg3002遺伝子のプロモーターを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】YBC菌株から対象遺伝子を除去するためのカセット(cassette)構造に対する例を示す図であり、(a)及び(b)は、g4423を対象に対象遺伝子のORFを除去しながらLDHを導入するカセットに対して2種の選択マーカーを使用する場合を示し、(c)は、対象遺伝子を除去するためのカセットの一例を示す。
【0026】
【
図2】YBC菌株においてPDC遺伝子候補がノックアウトされた組換え菌株Δg460、Δg3002-1、Δg3002-2及びΔg6004菌株のPDC活性を確認した結果を示す図である。
【0027】
【
図3】YBC菌株においてPDC遺伝子候補がノックアウトされた組換え菌株Δg3002-1、Δg3002-2の成長、エタノール生産収率、糖消耗速度及びエタノール生産性を比較した図である。
【0028】
【
図4】YBC菌株においてPDC遺伝子候補がノックアウトされた組換え菌株Δg460、Δg3002-2及びΔg6004の成長曲線(A)及びエタノール生産能(B)を示す図である。
【0029】
【
図5】pH3フラスコ培養条件で組換え菌株YBC1、YBC2及びYBC3の乳酸生産収率(A)、エタノール生産収率(B)及び乳酸生産性(C)を示す図である。
【0030】
【
図6】pH4フラスコ培養条件で組換え菌株YBC1、YBC2及びYBC3の乳酸生産収率(A)、エタノール生産収率(B)及び乳酸生産性(C)を示す図である。
【0031】
【
図7】発酵器において組換え菌株YBC1及びYBC2のグルコース消費量(A)及び乳酸生産能(B)を示す図である。
【0032】
【
図8】発酵器において培養条件最適化後に組換え菌株YBC2のグルコース消費量及び乳酸生産能を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
別に断らない限り、本明細書で用いられる全ての技術的及び科学的用語は、本発明の属する技術の分野における熟練した専門家に通常理解されるのと同じ意味を有する。一般に、本明細書で用いられる命名法は、本技術分野によく知られており、通常用いられるものである。
【0034】
耐酸性酵母は、酸性pHにおいても糖を速い速度で消耗し、高い成長率を示し、発酵条件では、消耗した糖を代謝産物に転換する特徴を有する。本発明では、このような特徴を有する酵母を多くの酵母ライブラリーから選別し、選別された菌株は、乳酸濃度が40g/L~80g/Lである条件でも高い成長性及び糖消耗速度を示した。このような選別された菌株を対象にして、遺伝工学を用いた代謝回路調節を実施した。
【0035】
代謝回路調節方法について、前述したように、今まで、多くの研究者たちは、ピルベートから競合反応によって進行されるピルベートデカルボキシラーゼ(pyruvatae decarboxylase)酵素を除去してエタノールを減少させる研究を行っており、それについてCargill、Toyota、サムスンなどから多くの先行研究が発表されたことがあるが(US7534597、US7141410B2、US9353388B2、JP4692173B2、JP2001-204464A、JP4095889B2、KR1686900B1)、PDCの除去によるエタノール減少の効果は非常に直接的で且つ大きいが、酵母は、PDCを完全除去すると、脂肪酸生成が中断されて細胞の成長が阻害され、PDCが一部残ると、エタノール生成を完全に遮断することができない。このため、本発明者らは、LDHを強く発現させてピルベートからラクテートへの転換力を高める上に、ADHを欠失してエタノール生成能を80%遮断した菌株を開発した(韓国特許出願第2018-0044508号、韓国特許出願第2018-0044509号)。ここに、中間産物であるアセトアルデヒドの蓄積を防止するために、さらにPDC遺伝子を欠失し、ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子をさらに導入した組換え菌株を作製することにより、中間産物毒性は最小化しながらサイトゾルのアセチル-CoAの供給には影響を与えることなく、エタノール生成能をより減少させながら乳酸生産能はより向上させた菌株を開発した。
【0036】
本発明では、PDCは、解糖過程(glycolysis)後にエタノール生成においてADHと共に重要な役割を担う2つの遺伝子の一つであり、ADHと同じ程度に強く発現する遺伝子であるため、PDC遺伝子のプロモーターによって調節される前記組換え菌株においてLDHが強く発現し、また、PDC活性の減少によって、細胞内ピルベートプール(pool)が増加し、これによって乳酸生成が増加することを確認した。
【0037】
したがって、本発明は、一観点において、耐酸性酵母YBC菌株(KCTC13508BP)においてピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子が欠失又は弱化され、ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子が導入されている乳酸生成能を有する組換え菌株に関する。
【0038】
本発明において、前記ピルベートデカルボキシラーゼをコードする遺伝子は、g3002遺伝子であることを特徴とし得る。
【0039】
本発明では、YBC菌株において存在する12個PDC遺伝子候補のうち、YBC菌株から欠失した時、PDC活性が最も多く減少する遺伝子であるg3002遺伝子を主PDC遺伝子(main PDC遺伝子)として選別した。
【0040】
前記g3002遺伝子は、YBC菌株のゲノムにおいて異なる2ヶ所にORFが存在する非常に独特な構造の遺伝子で、ゲノムシーケンス上で、スキャフォールド27(Scaffold 27)の位置及びスキャフォールド72(Scaffold 72)の位置にあり、またゲノム上で前後のORFが異なる遺伝子であって、別個の独立した遺伝子である。前記2ヶ所のg3002遺伝子は、互いに98.46%の遺伝子レベルの相同性を有し、2ヶ所の遺伝子の前段部におけるプロモーター部分は互い異なる配列を有していることから、異なる機序で発現が調節されると推定され、前記2ヶ所の遺伝子のいずれか一方の遺伝子が主PDC遺伝子として作動すると推定された。
【0041】
このように非常に類似する2つの遺伝子が存在する理由は、S.cerevisiaeで知られたPDC1とPDC5間の相互補完機序と類似に、一方の遺伝子が消失されたり作動しないとき、これを補償(compensation)する遺伝子として作動するための進化の結果である可能性が非常に高い。本発明において、72スキャフォールドに位置しているg3002遺伝子を除去した場合、エタノール生産量及びグルコース消費量と成長など、全般的な表現型にも影響を及ぼすことが見られた。
【0042】
本発明の一様態では、YBC1菌株のスキャフォールド72に位置しているg3002遺伝子(以下、g3002-1遺伝子と称する。)を除去しながらLDH遺伝子を導入した組換え菌株YBC2と、組換え菌株YBC2からさらに、スキャフォールド27に位置しているg3002遺伝子(以下、g3002-2遺伝子と称する。)を除去しながらLDH遺伝子を導入した組換え菌株YBC3を作製し、これら組換え菌株を培養して、乳酸とエタノール生産能、及び乳酸生産性の向上を確認した。
【0043】
本発明において、前記g3002遺伝子は、YBC菌株(KCTC13508BP)のゲノムシーケンス上で、スキャフォールド27(g3002-2)位置及びスキャフォールド72(g3002-1)位置にある遺伝子であることを特徴とし、前記スキャフォールド72位置のg3002-1遺伝子が欠失又は弱化していることを特徴とし得る。
【0044】
本発明において、前記組換え菌株は、前記スキャフォールド72位置のg3002-1遺伝子及び前記スキャフォールド27位置のg3002-2遺伝子の一方だけが欠失されたり、両方とも欠失されていることを特徴とし得る。
【0045】
本発明において、前記g3002-1遺伝子は、配列番号3で表示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子であることを特徴とし、前記g3002-2遺伝子は、配列番号4で表示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子であることを特徴とし得る。
【0046】
本発明において、前記ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、g3002遺伝子に代えて導入され、g3002遺伝子のプロモーターによって調節されることを特徴とし得る。各g3002-1とg3002-2のプロモーター領域(region)の配列を、それぞれ配列番号5及び配列番号6に示した。
【0047】
本発明において、前記ラクテートデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、L.helveticus由来LDH遺伝子、R.oryzae由来LDH遺伝子、又はL.plantarum由来LDH遺伝子が好ましく、より好ましくは、L.plantarum由来LDH遺伝子が好ましい。
【0048】
本発明において、前記組換え菌株は、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子(ADH遺伝子)がさらに欠失されていることを特徴とし、前記アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、g4423遺伝子であることを特徴とし得る。
【0049】
本発明において、前記組換え菌株は、前記ADH遺伝子に代えてLDH遺伝子がさらに導入されていることを特徴とし得る。
【0050】
本発明において、前記g3002遺伝子の欠失又は弱化によって、親菌株であるYBC菌株(KCTC13508BP)に比べてエタノール生成能が減少することを特徴とし得る。
【0051】
したがって、本発明は、他の観点において、(a)前記組換え菌株を培養して乳酸を生成させる段階;及び(b)前記生成された乳酸を収得する段階を含む乳酸の製造方法に関する。
【0052】
本発明によって、ラクテート生産が大きく増加し、エタノール生産が大きく減少した優れた耐酸性菌株を確保することができる。
【0053】
さらに他の観点において、本発明は、ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードし、配列番号1又は配列番号2で表示される塩基配列と90%の相同性を有する遺伝子に関する。
【0054】
さらに他の観点において、本発明は、ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子に関する。
【0055】
本発明において、前記遺伝子は、配列番号1又は配列番号2で表示される塩基配列を有することを特徴とし得る。
【0056】
さらに他の観点において、本発明は、ピルベートデカルボキシラーゼ活性を有し、配列番号3又は配列番号4で表示されるアミノ酸配列を有するタンパク質に関する。
【0057】
さらに他の観点において、本発明は、配列番号5又は配列番号6で表示される塩基配列を有するg3002遺伝子のプロモーターに関する。
【0058】
本発明において、‘耐酸性酵母’とは、有機酸のpKa値未満のpHにおいて、培地に有機酸が含まれていない場合に比べて、培地に1M以上の有機酸(特に、乳酸)が含まれている場合、少なくとも10%のバイオマス消耗率(糖消耗率など)又は少なくとも10%の非生長率を維持できる酵母と定義する。より具体的に、本発明において、‘耐酸性酵母’とは、pH5以上の場合に比べて、pH2~4において少なくとも10%のバイオマス消耗率(糖消耗率など)又は少なくとも10%の非生長率を維持できる酵母と定義する。
【0059】
本発明に係る組換え酵母は、通常の方法によって前記遺伝子を宿主酵母の染色体(chromosome)上に挿入させたり、或いは前記遺伝子を含むベクターを宿主酵母に導入させることによって製造できる。
【0060】
前記宿主酵母は、DNAの導入効率が高く、導入されたDNAの発現効率が高い宿主細胞が通常用いられ、本発明の一実施例では耐酸性酵母を用いているが、これに限定されず、目的DNAが十分に発現するものであればいかなる種類の酵母も構わない。
【0061】
前記組換え酵母は、任意の形質転換(transformation)方法によって製造できる。“形質転換”とは、DNAを宿主に導入し、DNAが染色体の因子として又は染色体統合完成によって複製可能になることであり、外部のDNAを細胞内に導入して人為的に遺伝的な変化を起こす現象を意味し、通常の形質転換方法には電気穿孔法(electroporation)、酢酸リチウム-PEG法などがある。
【0062】
また、本発明において遺伝子を宿主微生物の染色体上に挿入する方法には、通常知られた任意の遺伝子操作方法を用いることができ、例えば、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクター、ヘルペスシンプレックスウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、レンチウイルスベクター、非ウイルス性ベクターなどを利用する方法がある。“ベクター”は、適当な宿主内でDNAを発現させ得る適当な調節配列に作動可能に連結されたDNA配列を含有するDNA製造物を意味する。ベクターは、プラスミド、ファージ粒子、又は簡単に潜在的ゲノム挿入物であり得る。適当な宿主に形質転換されると、ベクターは宿主ゲノムとは関係なく複製し機能してもよく、或いは、一部の場合にはゲノム自体に統合されてもよい。現在、プラスミドがベクターの最も一般に用いられる形態であり、また、線形化DNA(Linearized DNA)も酵母のゲノム集積(Integration)のために一般に使用する形態である。
【0063】
典型的なプラスミドベクターは、(a)宿主細胞当たりにプラスミドベクターを含むように複製が効率的に行われるようにする複製開始点、(b)プラスミドベクターで形質転換された宿主細胞を選抜可能にする抗生剤耐性遺伝子又は栄養要求マーカー遺伝子(auxotrophic marker gene)、及び(c)外来DNA切片を挿入可能にする制限酵素切断部位を含む構造を有する。適切な制限酵素切断部位が存在しなくても、通常の方法による合成オリゴヌクレオチドアダプター(oligonucleotide adaptor)又はリンカー(linker)を用いれば、ベクターと外来DNAを容易にライゲーション(ligation)することができ(Gibson assembly)、必要によっては、所望の全シーケンスを合成して使用する方法も通常用いられている。
【0064】
なお、前記遺伝子は、他の核酸配列と機能的関係で配置される時に“作動可能に連結(operably linked)”される。これは、適切な分子(例えば、転写活性化タンパク質)が調節配列に結合される時に遺伝子発現を可能にする方式で連結された遺伝子及び調節配列であり得る。例えば、前配列(pre-sequence)又は分泌リーダ(leader)に対するDNAは、ポリペプチドの分泌に参加する前タンパク質として発現する場合にポリペプチドに対するDNAに作動可能に連結され;プロモーター又はエンハンサーは、配列の転写に影響を及ぼす場合にコーディング配列に作動可能に連結されたり;又はリボソーム結合部位は、配列の転写に影響を及ぼす場合にコーディング配列に作動可能に連結されたり;又はリボソーム結合部位は、翻訳を容易にするように配置される場合にコーディング配列に作動可能に連結される。
【0065】
一般に、“作動可能に連結された”とは、連結されたDNA配列が接触し、また分泌リーダの場合、接触しリーディングフレーム内に存在することを意味する。しかし、エンハンサー(enhancer)は、接触する必要がない。これらの配列の連結は、便利な制限酵素部位においてライゲーション(連結)によって行われる。このような部位が存在しない場合、通常の方法による合成オリゴヌクレオチドアダプター(oligonucleotide adaptor)又はリンカー(linker)を用いる。
【0066】
勿論、全てのベクターが本発明のDNA配列を発現させる上で同等に機能を発揮するわけではなく、同様に、全ての宿主が同じ発現システムに対して同一に機能を発揮するわけではない。しかし、当業者であれば、過度な実験的負担無しで本発明の範囲から逸脱しない状態で、他の様々なベクター、発現調節配列及び宿主の中から適宜選択して適用することができる。例えば、ベクターを選択するに当たっては宿主を考慮しなければならないが、これは、ベクターがその宿主内で複製されなければならないためであり、ベクターの複製数、複製数を調節できる能力、及び当該ベクターによってコードされる他のタンパク質、例えば、抗生剤マーカーの発現も考慮される必要がある。
【0067】
本発明において、炭素源は、グルコース、キシロース、アラビノース、スクロース、フルクトース、セルロース、ガラクトース、グルコースオリゴマー及びグリセロールで構成された群から選ばれる一つ以上であることを特徴とし得るが、これに限定されない。
【0068】
本発明において、培養は、微生物、例えば大腸菌などがそれ以上働かないように(例えば、代謝体生産不可能)する条件で行われてよい。例えば、培養は、pH1.0~6.5、好ましくはpH1.0~6.0、より好ましくはpH2.6~4.0であることを特徴とし得るが、これに限定されない。
【実施例】
【0069】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。これらの実施例は単に本発明を例示するためのものであり、本発明の範囲がこれらの実施例によって制限されるものと解釈されないことは、当業界における通常の知識を有する者にとって明らかであろう。
【0070】
実施例1:YBC菌株においてピルベートデカルボキシラーゼ(PDC)をコードする遺伝子の発現率を確認して主発現遺伝子を確認
【0071】
本発明者らは、様々な酵母菌株に対するテストを通じて耐酸性を有する菌株群を選別したことがある(大韓民国特許公開第2017-0025315号)。前記選別された酵母菌に対して、乳酸を培養初期に培地に添加して微生物の成長及び糖消耗速度を確認しながら耐酸性に最も優れた菌株であるYBC菌株を選定し、韓国生命工学研究院生物資源センターにKCTC13508BPとして寄託したことがある。
【0072】
系統分析から、YBC菌株(KCTC13508BP)はS.cerevisiaeと類似な菌株であり、2倍体の遺伝子を有しており(Diploid)、Crab-tree陽性の特性を有していることを確認した。
【0073】
YBC菌株のゲノムにおいてPDCとアノテーション(annotation)される遺伝子は複数個で存在し、主要遺伝子を表1に示した。
【0074】
【0075】
ゲノムフルシーケンシングデータ(Genome Full sequencing Data)から、S.cerevisiae及びバイオインフォマティクス(Bioinformatics)情報を用いてYBC菌株のゲノムに存在するPDC遺伝子候補12種を選別し、それらを下記のように検討して主PDC候補を選別した。
【0076】
G2335:PDC2:PDCの助酵素の役割
【0077】
G1574:THI3:調節タンパク質
【0078】
G4072:フェニルピルビン酸デカルボキシラーゼ(Phehylpyruvate Decarboxylase)
【0079】
G4136:他のPDC候補遺伝子に付着している遺伝子であって、除外する
【0080】
G4822、g5809及びg3917は、追加ゲノムシーケンシングにおいてORFから除外する
【0081】
G5237は250bpであり、PDCの適正サイズを作ることができず、除外する
【0082】
G460、g2550、g3002及びg6004:主PDC候補として暫定決定する
【0083】
前記g3002遺伝子がアノテーションにおいてPDC1に最も近似するものと現れ、これを基準に類似性を比較した結果、表2に示すように、g460遺伝子、g3002遺伝子及びg6004遺伝子がS.cerevisiaeのPDC1遺伝子との類似性が最も高いことがわかり、まずこれをターゲットとして選定し、該ターゲット遺伝子をYBC菌株のゲノムから欠失させる遺伝子操作を行った。
【0084】
【0085】
【0086】
実施例2:YBC菌株からターゲットPDC遺伝子を除去してエタノール生成低下効果を確認
【0087】
実施例1で確認されたYBC菌株のターゲットPCD遺伝子をノックアウトさせた組換え菌株を作製し、PDC遺伝子除去が菌株の成長に及ぼす影響を確認した。
【0088】
g460遺伝子、g3002遺伝子及びg6004遺伝子及びそれらのUTRの情報に基づいて各遺伝子のORFが除去され、5’と3’UTR及び抗生剤マーカーがある
図1(c)と類似の遺伝子カセットを作製してドナー(Donor)DNAとして用いた。
【0089】
g460遺伝子の5’-UTR及び3’-UTRをそれぞれ配列番号7及び配列番号8に示し、g3002遺伝子の5’-UTRを配列番号5及び配列番号6に示し、3’-UTRを配列番号9及び配列番号10に示した。g6004遺伝子の5’-UTR及び3’-UTRをそれぞれ配列番号11及び配列番号12に示した。
【0090】
ドナーDNAの作製には、前述したように、制限酵素を用いたクローニング方法と、ギブソンアセンブリ(Gibson assembly)、遺伝子合成を用いた方法が用いられた。作製されたドナーDNAを導入し、マーカー遺伝子に対応するプレートで育ったコロニーに対して各遺伝子が除去されたことを確認するために、次のようなORF用プライマーを用いてPCRでORFが除去されたことを確認し、Δg460、Δg3002及びΔg6004菌株を得た。このとき、使用したプライマーにおいて、各遺伝子のORF insideは、各ORFの内部の配列を用いてORF存在の有無を確認することができ、ORF outsideは、各遺伝子のUTR部分を測定し、欠失(Deletion)以降のサイズ変化から、ORFが実際に除去されたことが確認できた。また、当該菌株がDiploidityを有していることを考慮して、対立遺伝子変異(Allele variation)のない箇所は、2個の対立遺伝子(Allele)を同時に確認することができ、場合によっては、対立遺伝子別に別個のプライマーを作製して使用した。
【0091】
g460 ORF inside-fwd:CCAGACAATTGGTTGATATCACC(配列番号13)
【0092】
g460 ORF inside(A1)-rev:GTAAAAAGGAACTTAGATGTCTCC(配列番号14)
【0093】
g460 ORF inside(A2)-rev:GTAAGAATGAACTTAGATGTCTCC(配列番号15)
【0094】
g460 ORF outside-fwd:TGAGGCAGAGTTCGAGAA(配列番号16)
【0095】
g460 ORF outside-rev:TAAAACACCCGCACACGA(配列番号17)
【0096】
g6004 ORF inside-fwd:CCAGGCAATTAGTTGATATCACT(配列番号18)
【0097】
g6004 ORF inside-rev:CATATCTTCGGACAGCTTAC(配列番号19)
【0098】
g6004 ORF outside-fwd:GTGCCCACATTAAAGTCT(配列番号20)
【0099】
g6004 ORF outside-rev:CCCGGTACACATTTCCTC(配列番号21)
【0100】
g3002 ORF inside-fwd:GAAGTCGAAGGTATGAGA(配列番号22)
【0101】
g3002 ORF inside-rev:ATAGAGAAGCTGGAACAG(配列番号23)
【0102】
g3002-1 ORF outside-fwd:GCAGGATATCAGTTGTTTG(配列番号24)
【0103】
g3002-1 ORF outside-rev:CAGAATCTTAGAAAGGAGG(配列番号25)
【0104】
g3002-2 ORF outside-fwd:ATGTTAAGCGACCTTTCG(配列番号26)
【0105】
g3002-2 ORF outside-rev:GTCGTGTCTAATGTTAGC(配列番号27)
【0106】
前記得られたΔg460、Δg3002及びΔ g6004菌株を用いてPDC活性を測定した。対象菌株のPDC活性は、よく知られた文献上の方法に基づいて測定した(T.C.Hoppner,H.W.Doelle,European Journal of Applied Microbiology and Biotechnology,17:152-157,1983)。
【0107】
活性測定に必要な溶液は、次のように準備した。
【0108】
1. 200mM Tris-HClバッファー、20% KOH溶液でpH6.0に調整する。
【0109】
2. 15mM TPP(Thiamine pyrophosphate)溶液を製造して1mlずつ分注し、-20℃で冷凍保管する。
【0110】
3. 100mM MgCl2二水和物(dihydrates)溶液を製造して4℃で冷蔵保管する。
【0111】
4. 1.0Mピルビン酸ナトリウム溶液を製造して1mlずつ分注し、-20℃で冷凍保管する。
【0112】
5. 4.0mM β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド二ナトリウム水和物(β-nicotinamide adenine dinucleotide disodium salt hydrate)98%以下の溶液を製造して遮光容器に1mlずつ分注し、-20℃で冷凍保管する。
【0113】
6. 200U/mlの濃度でアルコールデヒドロゲナーゼ(Alcohol dehydrogenase)溶液を製造して1mlずつ分注し、-20℃で冷凍保管する。
【0114】
タンパク質酵素液は、次のように準備した。
【0115】
1. 50mM Tris-HCl、pH6.5溶解バッファー(Lysis buffer)を製造して冷蔵保管
【0116】
1mM PMSF(100mM PMSF in isopropanol stockを使用直前に希釈して使用)投入
【0117】
2. YPD培地で酵母菌を培養して対数期(exponential phase)に進入した時、遠心分離して酵母菌体を回収
【0118】
3. 回収した酵母菌体を冷溶解バッファー(cold Lysis buffer)で洗浄し、同一溶液に再懸濁
【0119】
4. 酵母懸濁液5mlに冷蔵保管された酸洗浄ガラスビーズ(Acid washed glass beads)2.0gを投入
【0120】
5. 30秒間総5回ボルテックス(vortexing)を行い、毎ボルテックスの間に破砕液を1分間氷に保管して低温を維持
【0121】
ガラスビーズが除去された破砕液を取って超高速遠心分離(4℃、30分間、30,000g)して細胞破片を除去し、上澄液を酵素液として用いた。酵素液中の総タンパク質定量は、ウシ血清アルブミン溶液を標準溶液としてBCA法で定量した。透明平底96ウェルプレートにおいて、下表の上から下の順に試薬を投入し、総200μl体積で30℃で5分間反応し、15秒間隔で340nmで吸光度変化推移を観察した。
【0122】
【0123】
溶液1(Solution 1)は、PDCアッセイ以前に製造し、常温に維持しつつ下記の組成で混合して使用した。
【0124】
【0125】
PDC活性単位(PDC Activity Unit)の定義は、次の通りである。
【0126】
1単位のPDC活性は、1分間に1μmolのNADHを酸化させ得る酵素活性と定義する。
【0127】
-dA/dt=[Rate]experimental-[Rate]blank
【0128】
PDC(Unit/ml enzyme)={dA/dt×(Vtotal,ml)}/(6.22×Vsample,ml)
【0129】
この分析において、光路長(Light path length)が0.6cm(96ウェルプレート、0.2ml体積)であるので、
【0130】
PDC(Unit/ml enzyme)Activity=5.36×dA/dtと計算される。
【0131】
また、比PDC活性(specific PDC activity)は、Unit/mg proteinと定義され、測定された総タンパク質濃度を用いて求める。
【0132】
Unit/mg protein=(Unit/ml enzyme)/(mg protein/ml enzyme)
【0133】
このようなPDCの測定結果、
図2に示すように、Δg3002-1菌株においてPDC活性が最も多く減少することが見られ、Δg3002-2菌株においても活性が減少することが確認された。
【0134】
前記得られたΔg3002-1菌株とΔg3002-2菌株を、40g/Lのグルコース濃度を持つYP培地で150ml培養したが、30℃、200rpmで培養した。
【0135】
その結果、
図3に示すように、菌株成長においてΔg3002-2のノックアウト菌株と野生型YBC菌株を対比したとき、若干の性能減少しか見られず、大差はなかったが、特異にも、Δg3002-1の菌株は、成長速度、グルコース消費速度及びエタノール収率も有意に減少することが見られ、既存
S.cerevisiaeではPDC1が除去されてもPDC5による補償(compensation)効果によってその除去効果が表現型(phenotype)ではよく現れないのとは違い、補償(Compensation)遺伝子による補償作用が少ないと判断される。
【0136】
これに対比する実験として、前記得られたΔg460、Δg3002-2及びΔg6004菌株を、40g/Lのグルコース濃度を有するYP培地で150ml培養したが、30℃、200rpmで培養した。
【0137】
その結果、
図4のAに示すように、菌株成長において各PDCノックアウト菌株と野生型YBC菌株間に大差がなく、エタノール生産にも有意な差異がないことが分かった。
【0138】
このように各遺伝子が欠失された菌株の培養結果及び酵素活性分析結果から、YBC菌株においてg3002遺伝子が主PDC(main PDC)遺伝子であることを確認し、特に、g3002-1遺伝子が主な役割を担うことが確認された。
【0139】
実施例3:PDC遺伝子が除去されてLDHが導入された組換え菌株を用いた乳酸生産
【0140】
YBC菌株においてg3002-1遺伝子が主PDC遺伝子であることが確認されたが、乳酸生産のためにラクテートデヒドロゲナーゼ遺伝子(LDH遺伝子)を導入させる場合、LDHの発現強度は、遺伝子の前部にあるプロモーターから由来する特性であるので、ターゲット遺伝子のORFを除去しながらLDH遺伝子を導入し、LDH発現に対する影響を確認した。
【0141】
ただし、この時はターゲット遺伝子が除去されると同時にLDHが発現するので、この遺伝子の消失による影響が共に現れ、LDHだけの単独発現効果とは判断し難い。
【0142】
対象菌株は、野生型菌株ではなく、既存の野生型に主ADH(alcohol dehydrogenase)遺伝子を除去しながらLDH遺伝子を導入した菌株(YBC1)を対象にした。
【0143】
YBC菌株に導入するLDH遺伝子の候補遺伝子を文献に基づいて選別し(N.Ishida et.al.,Appl.Environ.Micobiol.,1964-1970,2005;M.Sauer et al.,Biotechnology and Genetic Engineering Reviews,27:1,229-256,2010)、最終的に配列番号4で表示される
L.plantarum由来LDH遺伝子を選択して導入した。前記YBC1菌株は、YBC菌株の主ADH遺伝子であるg4423遺伝子を除去し、該g4423位置にラクトバチルスプランタルム由来の配列番号28のLDH遺伝子を導入した菌株であり、g4423及びこれらのUTRの情報に基づいて各遺伝子のORFが除去され、5’と3’UTR及び抗生剤マーカーがある
図1の(a)及び(b)の遺伝子カセットを作製してドナーDNAとして用いた。g4423の各対立遺伝子に対して相応する5’UTRは配列番号29及び配列番号30に示し、3’UTRは配列番号31及び配列番号32に示した。ドナーDNAの作製には、前述したように、制限酵素を用いたクローニング方法と、ギブソンアセンブリ、遺伝子合成を用いた方法が用いられた。g4423のORF座に配列番号28のLDHを合成した後に導入してドナーDNAを作製し、これをYBCに導入して組換え菌株YBC1を作製した。
【0144】
なお、g3002遺伝子は、YBC菌株のゲノムにおいて異なる2ヶ所にORFが存在する非常に独特の構造の遺伝子であり、ゲノムシーケンシング結果において、スキャフォールド27及びスキャフォールド72位置にある遺伝子である。前記2ヶ所のg3002遺伝子は互いに98.46%の遺伝子レベルの相同性を有しているが、2ヶ所の遺伝子の前段部のプロモーター部分は、互いに極めて異なる配列を有しており、異なる機序で発現が調節されると推定され、前記2ヶ所の遺伝子の一方の遺伝子が主PDC遺伝子として働くと推定された。
【0145】
このように非常に類似する2つの遺伝子が存在する理由は、S.cerevisiaeで知られたPDC1とPDC5間の相互補完機序と類似に、一方の遺伝子が消失されたり作動しないとき、これを補償(compensation)する遺伝子として作動するための進化の結果である可能性が高いので、YBC1菌株のg3002-1遺伝子(スキャフォールド72に位置した遺伝子)を除去しながら配列番号4のLDH遺伝子を導入した組換え菌株YBC2と、組換え菌株YBC2からさらにg3002-2(スキャフォールド27に位置している遺伝子)遺伝子を除去しながらLDH遺伝子を導入した組換え菌株YBC3を作製し、これらの組換え菌株を培養し、乳酸とエタノール生産能及び乳酸生産性を確認した。
【0146】
特に、このようなg3002の遺伝子の置換を確認するために、前記のYBC1のg4423遺伝子(ADH)の座にLDHを導入する方法と類似にg3002-1及びg3002-2のUTRを用いて作製した。ただし、当該遺伝子の置換では過程の単純化のために対立遺伝子変異を考慮せず、一方の対立遺伝子を対象にしてドナーカセット(Donor cassette)を作製したが、対立遺伝子別の作製も可能である。また、遺伝子置換に使用するプライマーに対しても、前記の欠失菌株の作製に用いたプライマーの他、次のようにg3002-1及びg3002-2のUTRとLDHを共に確認できるプライマー対を個別に用いて遺伝子置換確認の正確度を上げた。
【0147】
g3002-1 UTR-LDH-fwd:GCAGGATATCAGTTGTTTG(配列番号33)
【0148】
g3002-1 UTR-LDH-rev:AATACCTTGTTGAGCCATAG(配列番号34)
【0149】
g3002-2 UTR-LDH-fwd:ATGTTAAGCGACCTTTCG(配列番号35)
【0150】
g3002-2 UTR-LDH-rev:ACCATCACCAACCAAAACAA(配列番号36)
【0151】
前記組換え菌株に対して接種ODは0.5、培地はYP培地(20g/Lペプトン、10g/L酵母エキス(Yeast extract))にグルコース6%を用いて100mlのフラスコ培養で30℃、175rpm条件で4時間培養後に、125rpm条件で培養した。
【0152】
その結果、
図5に示すように、YBC1菌株に比べてg3002遺伝子が欠失され、LDH遺伝子がさらに挿入されたYBC2及びYBC3菌株において乳酸生成量が増加することを確認し、エタノール生成量は、YBC2及びYBC3菌株においてYBC1菌株に比べて減少したことを確認した。乳酸の生産性(productivity)は、YBC2菌株において最も高いが、菌株間において大差はないことが確認された。
【0153】
なお、部分中和によってpHを調整した時の性能比較のために、既存の乳酸発酵で用いるCaCO3を少量添加した。添加量は、CaCO3をグルコース投入量の30%レベルに添加して最終pHが4のレベルとなるように調節したが、詳細な培養条件は、次の通りである。前記組換え菌株は、接種OD値は2、培地はYP培地(20g/Lペプトン、10g/L酵母エキス)にグルコース9%、CaCO3 3%を使用し、100mlのフラスコ培養で30℃、150rpmで培養した。
【0154】
その結果、
図6に示すように、YBC1菌株に比べてg3002遺伝子が欠失され、LDH遺伝子がさらに挿入されたYBC2及びYBC3菌株は、pH4条件でも乳酸生成量が増加することを確認し、エタノール生成量も、YBC2及びYBC3菌株においてYBC1菌株に比べて顕著に減少したことを確認した。また、接種OD及び部分中和の効果によって生産性(productivity)が
図5の結果に比べて
図6で増加したことが確認できた。
【0155】
PDCの場合、解糖過程(glycolysis)後にエタノール生成においてADHと共に重要な役割を果たす2つの遺伝子の一つで、ADHだけが強く発現する遺伝子であるため、PDC遺伝子のプロモーターによって調節されるYBC2菌株及びYBC3菌株においてLDHが強く発現すると判断され、また、PDC活性の減少によって、細胞内ピルベートプールが増加し、これによって乳酸生成が増加すると判断される。
【0156】
本実施例において注目すべき事実は、エタノール収率の減少対比乳酸収率の増加に関する点である。
図5のYBC1とYBC2を基準にすれば、エタノール収率は0.093g/gから0.075g/gへと0.018g/g減少した。エタノールと乳酸の分子量を考慮すれば、これは0.018*90/46=0.035の乳酸収率の増加につながると予想され、0.62g/gの収率増加が予想されたが、実際には0.67g/gの収率増加があり、これは、グリセロール及びアセテートのような他の副産物の収率減少が乳酸収率の増加に反映されたものであり、エタノール生成遮断の他、乳酸の追加発現によるNADHバランス回復とこれによるグリセロールの生産量減少及び乳酸生産フラックス(Flux)の強化による収率増加によるものと判断され、g3002のプロモーターがLDH遺伝子をよく発現させ、このことからLDH酵素が強化されたことが分かる。
【0157】
これに基づいて
図5の培養結果を判断すれば、g3002は乳酸生成能において大きな収率増加(pH調節無しで0.59g/L->0.67g/L)を確認し、PDC活性の減少とともにLDHの発現による収率増加及び性能増加があったことが分かる。
【0158】
実施例4:pH4で組換え菌株の乳酸生成能確認
【0159】
酸性条件での乳酸生成能を確認するために、培養液をpH4に調節した後、YBC1菌株及びYBC2菌株の発酵による乳酸生成能向上を確認した。
【0160】
YBC1菌株は、SH(Hestrin and Schramme)培地(グルコース120g/L、ペプトン5g/L、酵母エキス5g/L、クエン酸1.15g/L、K2HPO4 2.7g/L、MgSO4、7H2O 1g/L)を使用し、1L体積で発酵器で120g/Lの糖濃度で培養した。培養温度は30℃であり、0.2vvmで空気を供給しながらNaOHでpH4に調節し、350~450rpmレベルを維持した。
【0161】
YBC2菌株は、HS培地を用いて1L体積で発酵器で120g/Lの糖濃度で培養し、培養温度は30℃であり、0.1vvmで空気を供給しながら、CaCO3を3.6%投入してpH4に調節し、400rpmレベルを維持した。
【0162】
その結果、
図7に示すように、同一条件でYBC1菌株と比較したとき、YBC2菌株の乳酸生成能が大きく向上することが確認できた。
【0163】
実施例5:YBC2菌株の発酵性能最適化
【0164】
YBC2菌株の乳酸発酵性能を向上させるために、培養条件最適化を行った。
【0165】
培養最適化は、主に、初期OD及び酸素供給速度に対する条件変化を中心に行い、その中でも最も良好な性能の2つの結果を
図8に示した。
【0166】
図8のA条件は、YBC2菌株に対して、培地はYP培地(20g/Lペプトン、10g/L酵母エキス)であり、1L体積で発酵器で120g/Lの糖濃度で培養した。培養温度は30℃であり、0.025~0.05vvmで空気を供給しながらCaCO
3を3.6%を3回に分けて発酵時間5時間、13時間及び23時間に投入して、pH4に調節し、300~400rpmレベルを維持した。
【0167】
図8のB条件は、YBC2菌株に対して、培地はYP培地(20g/Lペプトン、10g/L酵母エキス)であり、1L体積で発酵器で120g/Lの糖濃度で培養した。培養温度は30℃であり、0.05vvmで空気を供給しながらCaCO
3を3.6%投入してpH4に調節し、400rpmを維持した。
【0168】
その結果、
図8及び表4に示すように、
図8のAの条件で培養した時に収率が最も高いことを確認したが、生産性及び乳酸濃度は、
図8のBの条件が最もよいことが確認された。
【0169】
【0170】
以上、本発明内容の特定の部分を詳細に記述したところ、当業界における通常の知識を有する者にとって、このような具体的技術は単に好ましい実施態様であり、これによって本発明の範囲が制限されない点は明らかであろう。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項とそれらの等価物によって定義されると言えよう。
【産業上の利用可能性】
【0171】
本発明に係る組換え耐酸性酵母は、エタノール生成を抑制して細胞内ピルベートプールが増加し、LDH酵素を強く発現して乳酸を高収率で生産することができる。
【0172】
以上、本発明内容の特定の部分を詳細に記述したところ、当業界における通常の知識を有する者にとって、このような具体的技術は単に好ましい実施態様であり、これによって本発明の範囲が制限されない点は明らかであろう。したがって、本発明の実質的な範囲は、添付の請求項とそれらの等価物によって定義されると言えよう。
【配列表】
【国際調査報告】