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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-20
(54)【発明の名称】触媒用カーボンナノ材料
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/88 20060101AFI20220113BHJP
   B01J 31/02 20060101ALI20220113BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20220113BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20220113BHJP
【FI】
H01M4/88 K
B01J31/02 102M
B01J37/08
H01M4/90 X
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021529140
(86)(22)【出願日】2019-11-22
(85)【翻訳文提出日】2021-06-15
(86)【国際出願番号】 EP2019082243
(87)【国際公開番号】W WO2020104663
(87)【国際公開日】2020-05-28
(31)【優先権主張番号】1819118.9
(32)【優先日】2018-11-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】515170540
【氏名又は名称】ユニバーシティ オブ タルトゥ
(74)【代理人】
【識別番号】100124349
【弁理士】
【氏名又は名称】米田 圭啓
(72)【発明者】
【氏名】クルーゼンベルグ,イバール
(72)【発明者】
【氏名】ボルベルツ,アレクサンドレス
(72)【発明者】
【氏名】シュリンズ,アイバルス
(72)【発明者】
【氏名】ドベレ,ガリーナ
【テーマコード(参考)】
4G169
5H018
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169BA08A
4G169BA08B
4G169BA29C
4G169BE16B
4G169BE18C
4G169BE20C
4G169BE38B
4G169CC32
4G169DA05
4G169EC05Y
4G169EC13Y
4G169EC27
4G169FB34
4G169FB64
4G169FC07
4G169FC09
5H018AS03
5H018BB01
5H018EE01
5H018EE05
5H018EE16
5H018HH08
(57)【要約】
触媒用カーボンナノ材料
触媒として用いられるカーボンナノ材料を製造する方法であって、以下の工程を含む方法。
(a) リグニン源となる前駆体を供給する。(b) アルカリ溶液の存在下、700℃~800℃の活性化温度に前記前駆体を加熱して活性化前駆体を製造する。(c) 前記活性化前駆体を窒素原子でドープするために、前記活性化前駆体を窒素原子源と反応させる。ここで、前記前駆体は、工程(b)において、少なくとも500℃/分の速度で前記活性化温度まで加熱される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒として用いられるカーボンナノ材料を製造する方法であって、以下の工程を含む方法。
(a) リグニン源となる前駆体を供給する。
(b) アルカリ溶液の存在下、700℃~800℃の活性化温度に前記前駆体を加熱して活性化前駆体を製造する。
(c) 前記活性化前駆体を窒素原子でドープするために、前記活性化前駆体を窒素原子源と反応させる。
ここで、前記前駆体は、工程(b)において、少なくとも500℃/分の速度で前記活性化温度まで加熱される。
【請求項2】
前記加熱速度は少なくとも1000℃/分である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記加熱速度は少なくとも4000℃/分である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
工程(c)が700~900℃の温度で行われる、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
以下の追加工程を含む、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
(d) 工程(c)にてドープされた前記前駆体を不活性雰囲気中で700~900℃の温度に加熱すること。
【請求項6】
工程(d)の前または間のいずれかにおいて、工程(c)にてドープされた前記前駆体を粉砕して、その表面積を増加させる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
工程(d)の前記加熱が、少なくとも500℃/分、任意に少なくとも1000℃/分、または少なくとも4000℃/分の速度で行われる、請求項5または6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
工程(d)の前記生成物が前記熱源から取り出され、不活性ガスの存在下で室温で冷却される、請求項5~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
工程(b)における前記アルカリ溶液が水酸化物溶液である、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
工程(c)における前記窒素原子源がジシアンジアミド(DCDA)である、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記リグニン源がオルダーのチャーまたは黒液である、先行する請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
先行する請求項のいずれかに記載の方法によって入手され得るカーボンナノ材料。
【請求項13】
請求項12に記載のカーボンナノ材料から形成された触媒を含む燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒として用いられるカーボンナノ材料の製造方法に関し、特に、オルダー木材チャー(alder wood char)などのリグニン源を活性化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、メタルフリーで安価な酸素還元反応(ORR)のためのバイオマス由来の電極触媒の開発が大きな関心を集めている。
【0003】
化石燃料の大量消費による汚染レベルが年々上昇していることから、電池、燃料電池、太陽光発電システムなどの様々な再生可能エネルギーの変換および貯蔵デバイスに関する研究の重要性が増している。燃料電池は、従来の電池技術と比較して、高効率で、グリッド非依存性(grid-independency)があり、動作時間も長いため、最も重要な技術の一つと考えられている。燃料電池技術の性能、効率および耐久性を向上させるために多くの研究開発が行われているが、大規模な商業化はまだ達成されていない。その障害の一つは、広く使用されている白金系触媒の価格が高いことである。また、これらの触媒は一酸化炭素による触媒毒も受ける。
したがって、同様の電気化学的活性と更に高い安定性を示す、より安価な白金フリーの触媒を見出すことが重要になってきた。
【0004】
燃料電池のカソードにおける酸素還元反応(ORR)は、O=O結合が強いため、非常に遅い速度で進行する。したがって、特にこの反応を高速化することに重点を置くことが重要である。
【0005】
木材系窒素ドープ炭素の良好なORR活性については、M.Borghei, J.Lehtonen, L.Liu, O.J.Rojas, Advanced Biomass-Derived Electrocatalates for the Oxygen Reduction Reaction, Adv. Mater. (2017) 1703691にて報告されている。それにもかかわらず、最終材料の予期しない不均一性がしばしば見られ、これがこのアプローチに関連する障害の一つである。
【0006】
低温燃料電池用木材系炭素触媒の開発方法については、“design and manufacturing of highly active wood-derived carbon materials for low temperature fuel cells” (Kruusenbergら)[https://www.ise-online.org/ise-conferences/annmeet/folder/22-topical-program-BoA.pdf, page 129]に開示されている。
【0007】
中国特許出願公開第109012590号明細書(華南理工大学)は、遷移金属塩とアルカリリグニンとを300℃で混合し、ジシアンジアミド窒素源を用いて600~1000℃で炭化してなる、燃料電池に有用なリグニン系遷移金属-窒素ドープ炭素材料を開示している。
【0008】
中国特許出願公開第106564874号明細書(寧波工程学院)は、リグニンを300~600℃に加熱し、700~1200℃で炭化した後、リグニンと窒素含有化合物(ジシアンジアミド)を混合してカーボンナノ材料を調製することを開示している。
【発明の概要】
【0009】
本発明の第1の態様によれば、触媒として用いられるカーボンナノ材料を製造する方法であって、以下の工程を含む方法が提供される。
(a) リグニン源となる前駆体(例えば、オルダーのチャーまたは黒液)を供給する。
(b) アルカリ溶液(水酸化物溶液など)の存在下、700℃~800℃の活性化温度に前記前駆体を加熱して活性化前駆体を製造する。
(c) 前記活性化前駆体を窒素原子でドープするために、前記活性化前駆体を窒素原子源と反応させる。
ここで、前駆体は、工程(b)において、少なくとも500℃/分の速度で前記活性化温度まで加熱される。
【0010】
予想外にも、工程(b)の前記前駆体を速い加熱速度で活性化温度まで加熱すると、電極特性、特に導電性が向上したカーボンナノ材料が得られることを発見した。
【0011】
好ましい実施形態では、加熱速度は少なくとも1000℃/分、最も好ましくは少なくとも4000℃/分である。例示的な速度は、室温から800℃に加熱するのに5~10秒(好ましくは1~3秒)である。
【0012】
工程(c)は700~900℃の温度で行われてもよい。窒素原子源はアンモニア源であってもよい。窒素原子源としてはジシアンジアミド(DCDA)が好ましい。
【0013】
この方法は、好ましくは、以下の追加工程を含む。
(d) 工程(c)にてドープされた前記前駆体を不活性雰囲気中、700~900℃の温度で加熱する。工程(c)にてドープされた前記前駆体は、工程(d)の前または最中に、その表面積を増加させるために粉砕される。
【0014】
加熱工程(d)は、工程(b)と同様の速度で行われてもよい。次いで、試料を熱源から取り出し、不活性ガスの存在下で(炉内ではなく) 室温で冷却してもよい。これは、炉の加熱および全工程に費やされる時間ならびにエネルギーを節約することによって、合成手順の全体的なコストを低減するのに役立つ。
【0015】
活性化工程においては界面活性剤としてポリビニルピロリドンを用いてもよい。これは、窒素原子源と混合する際に、前記加熱工程の前に炭素粒子を分散させるのに役立つ。しかしながら、任意の適切な界面活性剤を使用することができる。
【0016】
好ましい実施形態では、オルダーの木材チップが、触媒材料を製造するための生物学的廃棄物として使用される。高温でのNaOHによる化学的活性化法を採用し、引き続いて、窒素前駆体としてジシアンジアミド(DCDA)を用いて800℃で窒素をドーピングすることによって、活性化された高表面積炭素(AC)を得た。得られたNドープ炭素は、アルカリ性媒体中で市販のPt/C(20質量% Pt/C)と同程度であるという驚くべき高いORR電気触媒活性を示した。今回提案した合成方法は、燃料電池や金属空気電池のための次世代の触媒としてのN-ドープ炭素を低コストかつ高効率で調製するための、新規でシンプルかつグリーンな方法を提供するものである。
【0017】
本発明の第2の態様によれば、上記で定義した方法によって入手され得るカーボンナノ材料が提供される。
【0018】
本発明の第3の態様によれば、上記で定義したカーボンナノ材料から形成された触媒を含む燃料電池が提供される。
【0019】
次に、本発明の多数の好ましい実施形態を、図面を参照しながら、説明する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は木材由来の窒素ドープ炭素材料のTEM画像を示す。
図2図2はXPSのサーベイスペクトルであり、(a)は非結合C1スペクトルを、(b)は非結合N1スペクトルを示す。
図3図3はNドープされたオルダー木材チャー系触媒の励起波長532nmでのラマンスペクトルである。
図4図4はO2飽和0.1 M KOH中のNドープ木材系触媒で修飾したGC電極上の酸素還元のRDE分極曲線を示す(n = 10 mV s-1、w = (1) 360, (2) 610, (3) 960, (4) 1900, (5) 3100 および(6) 4600 rpm)。
図5図5はさまざまな電位における0.1 M KOH中のNドープ木材系電極上の酸素還元のK-Lプロットを示す。挿入図は検討した電位範囲におけるn値の変化を示している。
図6図6はN-ドープ木材系触媒で修飾されたGC電極の1000サイクルにおける安定性を示すグラフである(w = 960 rpm)。
図7図7は、GC電極および異なる触媒材料で修飾したGC電極においてO2飽和0.1 M KOH中での酸素還元のRDEボルタンメトリー曲線を示す(v = 10 mV s-1、w = 1900 rpm)。
図8図8は本発明による好ましい方法の工程を示すフローチャートである。
図9図9は本発明の最終製品の電極特性に対する活性化温度までの加熱速度の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本研究では、再生可能な生物資源である木材バイオマスから、安価で電気化学的に活性なナノカーボン材料を合成するための容易な方法を報告する。触媒のORR活性を0.1 M KOH溶液中で回転ディスク電極(RDE)法を用いて調べた。RDEはボルタンメトリー法であり、作用電極と参照電極間の電位を時間的に直線的に掃引しながら、作用電極の電流を測定する。電位掃引によるすべての生成物は、実験中は電極が常に回転しているため、電極から絶えず掃引される。これにより、触媒の触媒特性をより正確に調べることができる。
【0022】
透過型電子顕微鏡(TEM)、X線光電子分光法(XPS)およびラマン分光法を用いて、触媒の形態と組成に関するより多くの情報を得た。生成物は著しく低い窒素含有量(0.8%)であり、この材料はアルカリ性媒体中で市販のPt/C触媒と同様の低い開始電位と高い電流密度を有する顕著な電極触媒活性を示した。これらの結果は、木材バイオマスが、優れたORR活性を有する新規なカーボンナノ構造体に容易に変換でき、燃料電池や金属-空気電池に利用できる可能性があることを明確に示している。
【0023】
実験
Nドープ木材系触媒の調製
本発明の好ましい実施形態を示すフローチャートを図8に示す。この触媒材料を合成するために、前駆体材料としてオルダー材を使用した。
オルダー材チップをまず500℃で4時間炭化し、続いてより小さな(5μmまでの)粒子に粉砕した。木炭をベースにした活性炭(AC)が、アルゴン雰囲気下で、前駆体に対する活性化剤の比率K = 2および活性化温度700℃にて、NaOHを用いた化学的活性化法により得られた。活性化温度700℃には5~10秒で到達した。活性化の目的は、高い比表面積(SSA)を達成することである。活性化(アクティベーション)処理に続いて、ミキサー中にて10% HCl(塩酸)および水で洗浄し、活性炭を濾過した。活性炭は窒素ドーピングの前に105℃で乾燥した。
【0024】
炭素材/ジシアンジアミド(DCDA)の質量比が1:20となるようにジメチルホルムアミド(DMF)中のジシアンジアミド(DCDA)溶液を用いた活性化試料に窒素を導入した。その後、ロータリーエバポレータでDMFを除去した。ドーピングはアルゴン雰囲気中にて800℃で1時間行った。比表面積(m2/g)、全細孔容積(mm3/g)および平均細孔径(nm)をQuantachrome社製の Nova 4200e装置を用いて窒素吸着等温線から測定した。窒素含有量はVario Macro CHNSO装置を用いて評価した。触媒材料のBET(ブルナウア-エメット-テラ)表面積が非常に大きく (2435 m2 g-1)、平均細孔径が1.36 nmであることから、この材料が主に微細孔を有することが示されている。その後、ジルコニアビーズを用いてボールミルでこの材料を粉砕し、窒素気流中、800℃のチューブ炉中で二次熱分解を行った。BET表面積はほとんど変化しなかったが(二次熱分解後2245 m2 g-1)、全細孔容積(Vtotal)と平均細孔径(L)は増加した。BET測定結果を表1に示す。
【0025】
表1.二次熱分解前後の木材由来窒素ドープ炭素の物理的パラメータ
【表1】
【0026】
物理的特性
触媒粒子の形状とサイズは、EDAX分光器とr-TEM検出器を備えた透過型電子顕微鏡Tecnai G2 F20 X-TWINを用いて調べた。顕微鏡検査のために、10 mgの試料をまず1 mlのエタノール中で1時間超音波処理し、その後、連続炭素膜で被覆したCuグリッド上に堆積した。
X線光電子分光(XPS)分析には、単色Al Kα線(hν = 1486.6 eV)励起のThermo Scientific ESCALAB 250Xi分光器を用いた。半球型電子エネルギーアナライザにおける40 eVと20 eVのパスエネルギー値を用いて、それぞれサーベイと高分解能スペクトルの取得を行った。この系のエネルギースケールをAu 4f7/2, Ag 3d5/2およびCu 2p3/2ピーク位置に関して較正した。ピーク分離(peak deconvolution)および原子濃度計算処理のためにESCALAB 250Xi Avantageソフトウェアを使用した。すべてのスペクトルフィッティング処理は、本文中に別段の記載がない限り、対称ピークおよび70:30ガウス-ローレンツ関数比を用いて行った。
【0027】
ラマンスペクトルは、熱電冷却(-70℃)CCDカメラおよび顕微鏡を備えたinVia Raman(Renishaw、英国)分光計を用いて記録した。ラマンスペクトルは、LD励起固体(DPSS)レーザ(Renishaw、英国)からの532 nmの光で励起した。ラマンスペクトルの記録には、20x/0.40 NAの対物レンズと1800本/mmの回折格子を用いた。蓄積時間は40秒であった。試料の損傷を避けるために、試料へのレーザ出力を0.6 mWに制限した。ラマン周波数はポリスチレン標準を用いて較正した。バンドのパラメータは、GRAMS/A1 8.0(Thermo Scientific)ソフトウェアを用いて、実験スペクトルをガウス-ローレンツ型形状成分にフィッティングすることにより決定した。
【0028】
電極の調整と電気化学的特性評価
回転ディスク電極(RDE)測定を行うための基板材料として、0.2 cm2 の幾何学的(A)面積を持つガラス状炭素(GC)ディスク電極を用いた。電極は1μmおよび0.3μmの酸化アルミニウム(Al2O3, ビューラ社製)ペーストを用いて研磨した。研磨後、電極をイソプロパノール(Sigma-Aldrich)およびMilli-Q水で5分間超音波処理した。0.25%のAS-04 OH-アイオノマー(株式会社トクヤマ、日本)を使用してイソプロパノール中に4 mg mL-1の濃度の触媒インクを調製し、続いて1時間超音波処理を行った。先に調製した触媒インク20μlを滴下コーティングすることによって、電極を触媒材料で均一に被覆した。コーティング後、電極をオーブン中にて60℃で乾燥した。
【0029】
電気化学的測定はRDE法を用いて行った。Pine AFMSRCE(Pine,米国)回転子と速度制御ユニットをRDE測定に使用した。実験を制御するために使用したソフトウェアはNova 2.1.2 (Metrohm Autolab P.V.、オランダ)であり、電位はポテンシオスタット/ガルバノスタットAutolab PGSTAT 128 N(Metrohm Autolab P.V.、オランダ)を用いて印加した。
【0030】
全ての電気化学的試験は、カウンター電極(対極)としてPt箔、基準電極として飽和カロメル電極(SCE)を用いて三電極式セルで行った。この実験におけるすべての電位はSCE電極を基準とする。
【0031】
0.1 M KOH溶液中,室温(23±1℃)で電気化学的測定を行った。ORRを調べるために溶液をO2 (6.0)で飽和し、バックグラウンドを測定するために溶液をN2 (5.0)で飽和した。測定の間、溶液上では連続的なガスの流れが維持された。
【0032】
触媒材料の安定性を試験するために、走査速度100 mV s-1での1000電位サイクルとともにRDE法を適用した。安定性試験の間、回転数は960rpmに設定した。10 mV s-1の走査速度で100サイクルごとにリニアスイープボルタンモグラム(LSVs)を記録した。
【0033】
結果と考察
N-ドープ木材系触媒の物理的特性評価
調製したN-ドープ木材系触媒材料の微細構造をTEMで調べ、図1aおよびbに示す。図1bからわかるように、この材料はグラファイトの格子縞と、多孔質構造を持つ非晶質炭素の領域とから構成されている。層状触媒粒子の10倍の厚さは3.55 nmであるから、二つの層の間の層間間隔は0.35 nm以下である。通常、数層のグラフェンの層間間隔も0.35 nmであることから、この触媒材料がグラフェンに類似した構造であることを明確に示している。
【0034】
触媒の表面組成をXPSで調べた。XPSのサーベイスペクトルから、C1s、O1s、N1sのピークが検出された。C1sとN1sの高分解能XPSスペクトルをそれぞれ図2aと2bに示す。C1sのピークは、ほとんどがsp2混成炭素である。N1sのピーク強度は非常に低いが、これもデコンボリューションが可能である。電気化学的活性は、全窒素含有量よりもむしろ異なる窒素表面タイプに関連すると広く信じられているので、N1sピークをフィッティングし、4つのピークを同定することができる。N1(ピルジン-N 398.23eV)、N2(ピロリン-N 400.26eV)、N3(グラファイト-N 401.76eV)、N4(ピリジン-N-オキシド 404.16eV)である。この触媒材料の全窒素含有量はわずか1.84%であったが、窒素の大部分はピリジン型(43%)であった。第二の重要な窒素形態はグラファイト-Nであり、試料中の含有量は17%であった。
【0035】
ラマン分光法は、炭素系材料における炭素ネットワークの構造と無秩序性に関する豊富な情報を提供することができる。図3は、Nをドープしたオルダーウッドチャー系触媒材料の532nm励起ラマンスペクトルを400~3200 cm-1のスペクトル領域で示している。1345および1594 cm-1付近の二つの強いバンドは炭素ネットワークの特徴的なDおよびGモードに属する。E2g対称のGバンドは、sp2 混成における炭素原子ペアの面内相対運動に関連している。このモードは炭素系材料では常に許可される。A1g対称のDモードは芳香環の収縮振動に起因するもので、このモードの活性化には欠陥の存在が必要である。これらのバンドのパラメータは、900~1800 cm-1の周波数領域における4つのガウス-ローレンツ型成分によって実験的輪郭をフィッティングすることで推定した。半値全幅(FWHM)として求めたDおよびGバンドの幅は、それぞれ204および79 cm-1であった。このようにバンド幅が広く、DバンドとGバンドの相対強度比が高い(I(D)/I(G) ≒1)ことは、調べた材料の炭素ネットワークにかなりの無秩序性があることを示している。
【0036】
回転ディスク電極によるO2 還元の研究
先に調製したN-ドープ木材系炭素材料のORR活性を、RDE法を用いて0.1 M KOH溶液中のGC電極で調べた。
RDE実験の結果を図4に示す。触媒材料のORR活性を評価するためには開始電位(Eonset)は重要な基準であり、窒素をドープした木材系炭素ではSCEに対して約-0.09 Vである。図4から、回転速度を増加させても開始電位は変化せず、触媒が少なくとも短期的には安定であることがわかる。同様の傾向は、窒素をドープしたヒドロキシプロピルメチルセルロースを用いてアルカリ性媒体中でのORRを研究したHuらによって以前から観察されていた。C. Hu, Y. Zhou, R. Ma, Q. Liu, J. Wang, Reactive template synthesis of nitrogen-doped graphene-like carbon nanosheets derived from hydroxypropyl methylcellulose and dicyandiamide as efficient oxygen reduction electrocatalysts, J. Power Sources. 345 (2017) 120-130. 彼らの触媒の電極触媒活性は本研究で提示された触媒と類似していたが、Huらが使用した触媒担持量は本研究で使用したものよりも多かったことに留意することが重要である。
また、Hanらは、770 m2 g-1のBET表面積および4.4~6.7%の窒素含有量を有するN-ドープ中空コアのメソポーラスナノスフェアを合成したが、彼らの研究でも触媒の担持量が多かった。C. Han, S. Wang, J. Wang, M. Li, J. Deng, H. Li, Y. Wang, Controlled synthesis of sustainable N-doped hollow core-mesoporous shell carbonaceous nanospheres from biomass, Nano Res. 7 (2014) 1809-1819. 従って、今回の研究で示された電極触媒ORR活性は、従前に類似の触媒材料に対して示されたものに匹敵するか、それよりも高いことが明らかである。
【0037】
また、図4に示したO2 還元反応の分極データを用いて、Koutecky-Levich (K-L)プロットも作成した。これはK-L方程式を用いて行った。
【数1】
ここで、Iは実験的に測定された電流であってバックグラウンド電流を差し引いた電流、Ik および Id はそれぞれ反応限界電流および拡散限界電流、kはO2還元の電気化学速度定数、cb O2はバルク中の酸素濃度(1.2×10-6 mol cm-3)、Fはファラデー定数(96,485 C mol-1)、DO2は0.1 M KOH(1.9×10-5 cm2 s-1)中のO2の拡散係数、νは溶液の動粘度(0.01 cm2 s-1)、ωは電極の回転速度(rad s-1)である。
【0038】
図5は、0.1 M KOH中の異なる回転速度におけるORR分極曲線から得られたK-Lプロットを示す。線はほぼ直線的であり、外挿されたK-L線の切片はゼロに近いことから、調べた電位範囲では還元過程が拡散制限されていることを示している。O2 分子当たりの移動電子数 (n)もK-L方程式を用いてさまざまな電位で計算した(図5の挿入図)。nの値は全電位範囲において4に近い値を示した。通常、n値が4ということは酸素が直接水に還元されることを示すが、これが酸素の直接4電子還元であるか、HO2 -中間体(2 e- + 2 e- 還元)経路による還元であるかをK-L分析で決定することは不可能である。
【0039】
安定性もまた、燃料電池や金属空気電池の応用にとって重要な要素である。SCEに対して0Vから-1.2Vの間の1000電位サイクル中におけるNドープ木材系触媒の安定性試験結果を図6に示す。アルカリ性媒体中で1000回の電位サイクルを行っても、開始電位および半波電位はあまり変化しなかった。しかし、拡散電流値のわずかな変化が観察されたことから、これはおそらく、電極上の触媒の形態が変化したものの、活性部位には影響がなかったことを意味する。もう一つの可能性として、安定性試験中に少量の触媒材料が電極から剥離したことが考えられる。
【0040】
0.1 M KOH溶液中での酸素還元分極曲線の比較を図7に示す。比較のため、GC、Vulcan XC 72Rおよび市販の20% Pt/C触媒材料のRDE分極曲線が追加されている。Nドープ木材系触媒の開始電位および半波電位は、加工処理していないGCおよび最も一般的に使用されている触媒担体であるVulcan XC 72Rに比べて、はるかにポジティブを示している。20% Pt/Cに比べて開始電位のわずかなネガティブなシフトが観察可能であるが、同時に拡散限界電流密度は、市販の白金触媒と比較して、はるかに高い値に達している。
【0041】
更なる実験では、0.2 cm2 の幾何学的(A)面積を持つガラス状炭素(GC)ディスク電極を、回転ディスク電極(RDE)測定を行うための基板材料として使用した。この触媒に対して以下の異なる加熱速度の加熱処理を行うことによって、異なる6種類の触媒インクを調製した(図9参照)。
【0042】
1. 23℃から800℃まで1~3秒で加熱
2. 23℃から800℃まで5~10秒で加熱
3. 10℃/分のランプ速度で23℃から800℃まで加熱
4. 5℃/分のランプ速度で23℃から800℃まで加熱
5. 23℃から800℃まで5~10秒で加熱(2の追加例)
6. 40℃/分のランプ速度で23℃から800℃まで加熱
【0043】
結合剤として0.25%のAS-04 OH-アイオノマー(株式会社トクヤマ、日本)を使用して、イソプロパノール中に4 mg mL-1 の濃度の触媒インクを調製し、続いて1時間超音波処理を行った。先に調製した触媒インク20μlを滴下コーティングすることによって、電極を触媒材料で均一に被覆した。コーティング後、電極をオーブン中にて60℃で乾燥した。
【0044】
電気化学的測定はRDE法を用いて行った。ラジオメーターの回転子と速度制御ユニットをRDE測定に使用した。電位はポテンシオスタット/ガルバノスタットAutolab PGSTAT 128 N(Metrohm Autolab P.V.、オランダ)を用いて印加した。
【0045】
全ての電気化学的試験は、カウンター電極(対極)としてPt箔、基準電極として飽和カロメル電極(SCE)を用いて三電極式セルで行った。この実験におけるすべての電位はSCE電極を基準とする。
【0046】
0.1 M KOH溶液中,室温(23±1℃)で電気化学的測定を行った。酸素還元反応を調べるために溶液をO2 (6.0)で飽和した。
【0047】
図9に示したRDEの結果から、異なる加熱速度で熱分解された触媒材料の触媒特性を適切に比較することができる。このグラフは、各触媒材料を通過する電流を電位差の関数として示す。なお、グラフの軸が反転しているので、電圧が増加すると(X軸上を右から左に移動すると)、 電流が増加する(Y軸に沿って高から低に移動する)。試料1、2および5は、試料3、4および6よりも、顕著に高い電流を同じ電圧で通過させ、電極としての使用に更に適していることが分かる。
【0048】
合成されたN-ドープ木材由来炭素触媒に関する上記の電極触媒特性は、触媒の非常に高い比表面積および拡大した細孔容積と関連すると考えられ、この特性は二次熱分解中に増大する。またこの特性は、N-ドープ材料に含まれるピリジン系窒素の割合が高いことや、グラフェン層に積層欠陥がないことにも関連があると考えられる。これら特性のすべての相乗効果は、木材由来の新規電極触媒の優れたORR活性につながっていると考えられる。
全体として、本研究は、再生可能で生物学的な炭素資源である木材バイオマスを利用して、エネルギー貯蔵・変換用の高効率で安価な電気化学活性ナノ炭素材料を開発するための道を切り開くものである。
【0049】
要約すると、炭素源としてオルダー木材チップを用いて窒素ドープ木材由来炭素触媒が作製された。ガラス状炭素および最も一般的に使用されている市販の炭素XC 72Rと比較して、木材由来のN-ドープ炭素は著しく改善された電極触媒ORR活性を示す。アルカリ媒質中での-0.09 V 対SCEの開始電位と-0.16 V 対SCEの半波電位から、優れた安定性と共に、様々な異なる用途に利用でき、最先端の貴金属系触媒および優れた触媒担体に代わる有望な代替品として期待することができる。0.1 M KOH溶液中で市販の20% Pt/C触媒と同等のORR活性を示すことにより、木材由来触媒の優位性が実証される。アルカリ媒質中のこのような電極触媒活性は、N-ドープ炭素触媒における高い比表面積と細孔容積、ピリジン窒素の高含有量、および積層欠陥の低含有量の相乗効果によって説明できる。
そのため、本研究は、異なるエネルギー貯蔵と変換用途に向けた高活性多機能木材バイオマス系材料を設計するための容易な合成方法を提案することができる。
【0050】
記載された実施形態および従属請求項のすべての任意かつ好ましい特徴および変更は、本明細書で教示された本発明のすべての態様で利用可能である。さらに、従属請求項の個々の特徴だけでなく、記載された実施形態のすべての任意のおよび好ましい特徴ならびに変更は、互いに組み合わせ可能であり、交換可能である。
【0051】
本出願が優先権を主張する英国特許出願第1819118.9号および本出願に添付された要約書の開示内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
図1(a)】
図1(b)】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【国際調査報告】