(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-26
(54)【発明の名称】虚血傷害および虚血再灌流傷害の予防および/または治療のための方法および組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/02 20060101AFI20220119BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
A61K38/02
A61P9/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021531704
(86)(22)【出願日】2019-12-04
(85)【翻訳文提出日】2021-07-27
(86)【国際出願番号】 EP2019083597
(87)【国際公開番号】W WO2020115095
(87)【国際公開日】2020-06-11
(32)【優先日】2018-12-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521173041
【氏名又は名称】グリカルディアル ダイアグノスティクス エセ. エレ.
【氏名又は名称原語表記】GLYCARDIAL DIAGNOSTICS, S.L.
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】バディモン マエストロ、リナ
(72)【発明者】
【氏名】クベド ラフォルス、ジュディット
(72)【発明者】
【氏名】ビラウル ガルシア、ジェンマ
【テーマコード(参考)】
4C084
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084BA44
4C084CA18
4C084DC50
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZA361
(57)【要約】
本発明は、虚血傷害の予防におけるApoJ-Glycの使用、また虚血傷害の治療および虚血再灌流傷害の治療におけるApoJ-Glycおよび非Glyc Apo Jの両方の使用に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
虚血傷害の予防に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)。
【請求項2】
虚血傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)。
【請求項3】
虚血再灌流傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)であって、虚血発症後かつ再灌流前に投与されることを特徴とするApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJ。
【請求項4】
前記グリコシル化ApoJが、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基を含有するグリコシル化ApoJであるか、またはN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基およびシアル酸残基を含有するグリコシル化ApoJである、請求項1、2または3に記載の使用のためのグリコシル化ApoJ。
【請求項5】
前記グリコシル化ApoJが、ヒト血漿から精製することによって得られたものである、請求項1から4のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化ApoJ。
【請求項6】
前記虚血傷害または虚血再灌流傷害が、梗塞、アテローム性動脈硬化症、血栓症、血栓塞栓症、脂質塞栓症、出血、ステント、手術、血管形成術、術中バイパスの終了、臓器移植、完全虚血、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される状態に起因することを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)。
【請求項7】
前記虚血傷害または虚血再灌流傷害が、心臓、肝臓、腎臓、脳、腸、膵臓、肺、骨格筋およびこれらの組み合わせからなる群から選択される臓器または組織において生じることを特徴とする、請求項1から6のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)。
【請求項8】
前記虚血傷害または虚血再灌流傷害が、臓器機能障害、梗塞、炎症、酸化的損傷、ミトコンドリア膜電位損傷、アポトーシス、再灌流関連不整脈、心臓病の遷延(cardiac stunning)、心臓脂肪毒性、虚血による瘢痕形成、およびこれらの組み合わせを含む群から選択されることを特徴とする、請求項1から7のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)。
【請求項9】
前記虚血傷害または虚血再灌流傷害が、脳虚血または心虚血に起因することを特徴とする、請求項1から8のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJ。
【請求項10】
前記心虚血が、急性心筋梗塞(AMI)によって引き起こされることを特徴とする、請求項9に記載の使用のためのグリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJ。
【請求項11】
前記グリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJが、静脈内に投与されることを特徴とする、請求項1から10のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJ。
【請求項12】
前記グリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJが、単回用量として投与されることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載の使用のためのグリコシル化ApoJまたは非グリコシル化ApoJ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、概して、虚血傷害および虚血再灌流傷害の予防および/または治療のための方法および組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血時には、酸素利用率の低下により、心臓のエネルギー代謝に重大な変化が生じる。虚血は、ミトコンドリア傷害、活性酸素種(ROS)産生の増加、および酸化的DNA損傷を引き起こす。迅速な再灌流は虚血心を救済する最適な方法であるが、このプロセスは、心筋細胞損傷を引き起こして最終的には梗塞サイズを増大させる可能性のある、有害なシグナル伝達カスケードの活性化による細胞損傷と関連している。虚血時および再灌流時の酸素の供給と消費の不均衡により、遺伝子およびタンパク質の発現、ならびに様々なタンパク質の活性が協調的に変化し、心筋細胞の構造および機能の変容を引き起こす。
【0003】
ミトコンドリアは、電子伝達系を介した酸化的リン酸化によるATPの主要な供給源である。心臓はエネルギーを必要とするため、ミトコンドリアの役割は非常に重要であり、実際に、ミトコンドリアは心臓の総質量のほぼ3分の1を占めている。ミトコンドリアは、フリーラジカルおよびアポトーシス促進因子の強力な供給源であるのみならず、過剰な酸化ストレスによる有害な影響を軽減することもできるため、ミトコンドリアのホメオスタシスを正しく維持することは、細胞の生存に不可欠である。心筋虚血は、電子伝達系に影響を及ぼし、再灌流中の心筋細胞死の増加を引き起こす。虚血中の電子伝達を化学的に遮断すると、ミトコンドリア透過性遷移孔(MPTP)の開口が阻害され、再灌流中の心筋細胞損傷が減少することが実験的に示されている。虚血ポストコンディショニング(IPost-Co)は、長時間の虚血発作後の再灌流時に短時間の心筋虚血・再灌流を数回適用するものであり、内因性の生存促進シグナル伝達カスケードを活性化し、再灌流傷害を抑制して梗塞サイズを縮小することが明らかになっている。再灌流傷害サルベージキナーゼ(RISK)または生存者活性化因子増強(SAFE)の活性化など、IPost‐Co中の特定の保護経路における変化を支持するいくつかの研究がある。さらに、アリール炭化水素受容体(AhR)シグナル伝達経路の下方制御が、IPost‐Coによってもたらされる心保護効果に寄与すると考えられることが報告されている。虚血・直接再灌流傷害(IdR)に対する心保護を検証する臨床試験では、議論の余地のある結果が得られており(Cung TT,N.Engl.J.Med.2015;373:1021~31)、未だ解明されていないメカニズムを明らかにするため、さらなる研究の必要性が強調されている。
【0004】
虚血再灌流傷害を軽減または予防する有効な治療法は、なかなか確立されていない。このプロセスの病態生理の理解が進み、複数の薬剤の前臨床試験が奨励されているにもかかわらず、再灌流傷害を予防するための臨床試験のほとんどは期待外れに終わっている。したがって、現状を考慮すると、虚血再灌流によって引き起こされる損傷を予防するための戦略を開発する必要が依然としてある。
【発明の概要】
【0005】
第一の態様において、本発明は、虚血傷害の予防に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)に関する。
【0006】
第二の態様において、本発明は、虚血傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)に関する。
【0007】
第三の態様において、本発明は、虚血再灌流傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)に関し、該ApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJは、虚血発症後かつ再灌流前に投与されるものであることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】パイロット研究、虚血モデル、および虚血再灌流モデルに用いた実験計画の模式図である。これらの模式図は、心筋梗塞(MI)の動物モデルへの種々の介入を時系列で示している。AMI:急性心筋虚血、i.p.:腹腔内。
【
図2】左前下行動脈結紮による急性MIのマウスモデルにおける梗塞サイズに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIの5分前に投与(ビヒクルn=3、ApoJ-Glyc n=8、非Glyc ApoJ n=8)。
【
図3】血清中の総ApoJレベル(市販ELISAキット)を示す図である。MIのマウスモデルにおいて、虚血誘導の5分前にApoJを腹腔内投与すると、ApoJ循環レベルを有意に上昇させることができる。
【
図4】左前下行動脈結紮による45分間心筋虚血のマウスモデルにおける梗塞サイズに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJ投与の効果を示す図である。MI誘導の10分後に投与(ビヒクル、n=12;ApoJ-Glyc、n=12;非Glyc ApoJ、n=11)。結果は平均±SEMで表す。
【
図5】虚血再灌流マウスモデルにおける梗塞サイズに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJ投与の効果を示す図である。MI誘導の10分後に投与(ビヒクル、n=12;ApoJ-Glyc、n=12;非Glyc ApoJ、n=12)。動物には45分間虚血・2時間再灌流を行った。結果は平均±SEMで表す。
【
図6】虚血再灌流のラットモデルに用いた実験計画の模式図である。この模式図は、虚血誘導の10分後の心筋梗塞(MI)のラットモデルへの種々の介入を時系列で示している(45分間虚血後に24時間再灌流)。AMI:急性心筋虚血、i.v.:静脈内。
【
図7】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける梗塞サイズに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、虚血誘導の10分後にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJをi.v.投与すると、梗塞サイズ(梗塞サイズ(IS)対リスク領域(AAR)の比)が有意に縮小した(45分間虚血・24時間再灌流;ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=11、非Glyc ApoJ n=11)。
【
図8】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける機能パラメータに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、虚血誘導の10分後にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJを静脈内投与すると、左室収縮末期圧(LVESP)が有意に改善された(45分間虚血・24時間再灌流;ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=11、非Glyc ApoJ n=11)。
【
図9】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける機能パラメータに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、虚血誘導の10分後にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJをi.v.投与すると、左室弛緩が有意に改善された(45分間虚血・24時間再灌流;ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=11、非Glyc ApoJ n=11)。
【
図10】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける壊死バイオマーカーに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、虚血誘導の10分後にApoJ-Glycで治療したラットでは、心筋トロポニンIの血漿レベルが有意に低下した(45分間虚血・24時間再灌流;ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=11、非Glyc ApoJ n=11)。この効果は、非Glyc ApoJを投与した場合には認められなかった。
【
図11】虚血再灌流のラットモデルに用いた実験計画の模式図である。この模式図は、心筋梗塞(MI;45分間虚血後に24時間再灌流)のラットモデルにおける虚血誘導の10分前の種々の介入を時系列で示している。
【
図12】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける梗塞サイズに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、45分間虚血・24時間再灌流の10分前にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJをi.v.投与すると、梗塞サイズ(梗塞サイズ(IS)対リスク領域(AAR)の比)が有意に縮小した(ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=13、非Glyc ApoJ n=13)。
【
図13】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける機能パラメータに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、45分間虚血・24時間再灌流の10分前にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJをi.v.投与すると、左室収縮末期圧(LVESP)が有意に改善された(ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=13、非Glyc ApoJ n=13)。
【
図14】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける機能パラメータに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、45分間虚血・24時間再灌流の10分前にApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJをi.v.投与すると、左室弛緩が有意に改善された(ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=13、非Glyc ApoJ n=13)。
【
図15】左前下行動脈結紮による急性MIのラットモデルにおける壊死バイオマーカーに対するApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJの効果を示す図である。MIのラットモデルにおいて、45分間虚血・24時間再灌流の10分前にApoJ-Glycで治療したラットおよび非Glyc ApoJで治療したラットでは、心筋トロポニンIの血漿レベルに有意な変化は認められなかった(ビヒクルn=13、ApoJ-Glyc n=13、非Glyc ApoJ n=13)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者らは、グリコシル化アポリポタンパク質Jが、マウスにおいて虚血発症前に投与された場合に虚血傷害を予防できること(
図2)、グリコシル化ApoJおよび非グリコシル化ApoJの両方が、マウスにおいて虚血傷害後に投与された場合に梗塞領域を縮小できること(
図4)、ならびに、グリコシル化ApoJおよび非グリコシル化ApoJの両方が、マウスにおいて虚血傷害直後かつ再灌流前に投与された場合に梗塞領域を縮小できること(
図5)を認めた。
【0010】
虚血傷害の予防
第一の態様において、本発明は、虚血傷害の予防に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)に関する。
【0011】
用語「アポリポタンパク質J」または「ApoJ」とは、本明細書中で使用される場合、「クラステリン」、「テストステロン抑制前立腺メッセージ(testosterone-Repressed Prostate Message)」、「補体関連タンパク質SP-40,40」、「補体細胞溶解阻害剤」、「補体溶解阻害剤」、「硫酸化糖タンパク質」、「Ku70結合タンパク質」、「NA1/NA2」、「TRPM-2」、「KUB1」、「CLI」としても知られるポリペプチドをいう。ヒトApoJは、UniProtKB/Swiss-Protデータベースにアクセッション番号P10909で提供されているポリペプチドである(2018年9月12日のエントリーバージョン212)。
【0012】
用語「グリコシル化」とは、一般に、共有結合したオリゴ糖鎖を有する任意のタンパク質をいう。
【0013】
用語「グリコシル化ApoJ」または「GlcNAc残基を含有するApoJ」とは、本明細書中で使用される場合、少なくとも1つのグリカン鎖中に少なくとも1つのN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の繰り返しを含有する任意のApoJ分子をいうが、典型的には、ApoJは、各グリカン鎖中に少なくとも1つのN-アセチルグルコサミンを含有するものである。一実施形態において、グリコシル化ApoJは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基にN-グリカンを含有する。別の実施形態において、グリコシル化ApoJは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位に、すなわち、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各AsnにN-グリカンを含有する。別の実施形態において、グリコシル化ApoJは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、少なくとも5つ、少なくとも6つ、または少なくとも7つのAsn残基にN-グリカンを含有する。
【0014】
「GlcNAc残基を含有するApoJ」としては、高マンノースN-グリカンに、複合型N-グリカンに、またはハイブリッドオリゴ糖N-グリカンに、少なくとも1つのGlcNAc残基を含有するApoJ分子が挙げられる。N-グリカンのタイプに応じて、GlcNAcは、ポリペプチド鎖に直接結合している場合もあれば、N-グリカンの末端に存在する場合もある。
【0015】
用語「GlcNAc」または「N-アセチルグルコサミン」とは、グルコサミンを酢酸でアミド化することによって得られるグルコースの誘導体であって、以下の一般構造を有するものをいう:
【化1】
【0016】
一実施形態において、ApoJ含有GlcNAc残基は、2残基のGlcNAcを含有し、本明細書では(GlcNAc)2と呼ばれる。(GlcNAc)2残基を含有するApoJ分子としては、(GlcNAc)2が高マンノースN-グリカンに、複合型N-グリカンに、ハイブリッドオリゴ糖N-グリカンに、またはO-グリカンに存在する分子が挙げられる。N-グリカンのタイプに応じて、(GlcNAc)2は、ポリペプチド鎖に直接結合している場合もあれば、N-グリカンの末端に存在する場合もある。
【0017】
好ましい実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基」は、他のタイプのN-結合型またはO-結合型の炭水化物を実質的に含有しない。一実施形態において、「GlcNAc残基を含有するApoJ」は、N-結合型またはO-結合型のα-マンノース残基を含有しない。別の実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基」は、N-結合型またはO-結合型のα-グルコース残基を含有しない。さらに別の実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基」は、N-結合型またはO-結合型のα-マンノース残基、あるいはN-結合型またはO-結合型のα-グルコース残基を含有しない。
【0018】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基でグリコシル化された、単一型のグリコシル化ApoJ分子により実施される。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、グリコシル化ApoJ分子の組み合わせとして提供され、各分子は、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsnのN-グリコシル化部位のうち異なる部位でグリコシル化されていてもよい。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位で、すなわちNCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各Asnでグリコシル化された、単一型のグリコシル化ApoJである。
【0019】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、GlcNAc残基を含有する。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、GlcNAc残基およびシアル酸残基を含有する。
【0020】
用語「ApoJ含有GlcNAc残基およびシアル酸残基」とは、本明細書中で使用される場合、ApoJ分子のグリカン鎖に少なくとも1つのN-アセチルグルコサミンの繰り返しと、少なくとも1つのシアル酸残基の繰り返しを含有する、任意のApoJ分子をいう。
【0021】
用語「シアル酸」とは、本明細書中で使用される場合、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)として知られる単糖であって、以下の一般構造を有するものをいう:
【化2】
【0022】
一実施形態において、ApoJは、2つのGlcNAc残基および1つのシアル酸残基を含有する(以下、(GlcNAc)2-Neu5Acと呼ぶ)。別の実施形態において、GlcNAc残基とシアル酸残基は、1つ以上の単糖によって連結されている。
【0023】
好ましい実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基およびシアル酸残基」は、他のタイプのN-結合型またはO-結合型の炭水化物を実質的に含有しない。一実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基およびシアル酸残基」は、N-結合型またはO-結合型のα-マンノース残基を含有しない。別の実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基およびシアル酸残基」は、N-結合型またはO-結合型のα-グルコース残基を含有しない。さらに別の実施形態において、「ApoJ含有GlcNAc残基およびシアル酸残基」は、N-結合型またはO-結合型のα-マンノース残基、あるいはN-結合型またはO-結合型のα-グルコース残基を含有しない。
【0024】
好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycは、ヒト血漿から精製される。
【0025】
ヒト血漿からのApoJ-Glycの精製は、de Silvaら(J.Biol.Chem.,1990,265:24:14292~14297)、Kelsoら(Biochemistry,1994,33:832~839)またはCaleroら(Biochem.J.,1999,344:375~383)によって記載されている方法など、当該分野で公知の従来の方法を用いて実施され得る。一実施形態において、ApoJ-Glycは、抗ApoJ特異的抗体を用いた免疫親和性クロマトグラフィーによってヒト血漿から精製され得る。より好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、HPLC、好ましくは逆相HPLCによってさらに精製され得る。
【0026】
用語「予防」とは、本明細書中で使用される場合、疾患または状態が発症する前に、その発症または罹患を防ぐか、最小限に抑えるか、または妨げる能力に関するものである。
【0027】
「虚血」とは、本明細書中で使用される場合、組織または臓器への血液供給が制限されることにより、細胞代謝に必要な酸素およびグルコースが不足することに関するものである。虚血は一過性の場合もあれば永続的な場合もある。
【0028】
用語「虚血傷害」とは、本明細書中で使用される場合、細胞代謝に必要な酸素およびグルコースの不足による損傷に関するものである。
【0029】
好ましい実施形態において、虚血傷害は、梗塞、アテローム性動脈硬化症、血栓症、血栓塞栓症、脂質塞栓症、出血、ステント、手術、血管形成術、術中バイパスの終了、臓器移植、完全虚血、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される状態に起因する。
【0030】
「梗塞(Infarct)」または「梗塞(infarction)」とは、組織または臓器の動脈供給もしくは静脈排出の閉塞による無酸素状態によって生じる局所的な虚血性壊死の領域に関するものである。より詳細には、心筋梗塞(MI)は、一般に心臓発作として知られており、心臓の一部に血液が正常に流れなくなり、十分な酸素が供給されないために心筋が損傷する事象に関するものである。通常、梗塞は、白血球、コレステロールおよび脂肪の不安定な蓄積により、冠動脈の1つが閉塞した結果として生じる。重要な危険因子は、心血管疾患の既往、高齢、喫煙、高い血中LDLコレステロール値および中性脂肪値、低いHDLコレステロール値、糖尿病、高血圧、運動不足、肥満、慢性腎臓病、過度のアルコール摂取、ならびにコカインおよびアンフェタミンの使用である。対象が梗塞に罹患しているか否かを判定する方法は、当該分野で公知であり、心電図(ECG)による心臓の電気信号の追跡、ならびにクレアチンキナーゼ(CK-MB)およびトロポニンなどの心筋損傷に関連する物質についての血液サンプル検査が挙げられるが、これらに限定されない。ECG検査は、トレースの形状に基づいて2種類の心筋梗塞を鑑別するために用いられる。トレースの基線よりも高いST部分は、ST上昇型MI(STEMI)と呼ばれ、通常はより積極的な治療を必要とする。梗塞サイズを定量化する方法は当業者に公知であり、血清サンプル中のクレアチンキナーゼ(CK)-MBレベルなどの血清マーカーレベルの測定(Grande Pら、1982 Circulation 65:756~764)、トリフェニルテトラゾリウムクロリドによる組織染色(Fishbein MCら、1981 Am Heart J 101(5):593~600)、テクネチウム(Tc)-99mセスタミビ単一光子放射型コンピュータ断層撮影(SPECT)心筋灌流イメージング、および磁気共鳴が挙げられる。
【0031】
「アテローム性動脈硬化」とは、脂質を含有する、炎症細胞(主にマクロファージ細胞)および細胞片からなる動脈壁内のアテロームまたは蓄積物によって、二次的に生じる任意の動脈硬化に関するものである。カルシウムならびにコレステロールおよびトリグリセリドなどの脂肪質が蓄積される結果、動脈壁が厚くなる。動脈壁の弾力性が低下し、血流を阻害する。
【0032】
「血栓症」とは、血管内に血餅または血栓が形成され、循環系を通る血流が妨げられることに関するものである。
【0033】
「血栓塞栓症」とは、血管内に血餅(血栓)が形成され、それが剥がれて血流に運ばれ、別の血管を塞ぐことに関するものである。血餅は、肺(肺塞栓症)、脳(脳卒中)、消化管、腎臓、または脚の血管を塞ぐ場合がある。
【0034】
「脂質塞栓症」または「脂肪塞栓症」とは、長管骨などの重度外傷後に、肺実質および末梢循環にしばしば無症状で脂肪球が存在することをいう。
【0035】
「出血」とは、特に外科的に、失血するかまたは血液が流れるプロセスに関する。特に、内出血は、動脈または静脈に損傷があり、血液が循環系から漏れて体内に溜まった場合に生じる。内出血は、組織内、臓器内、または体腔内で生じる場合がある。
【0036】
「ステント」とは、疾患によって誘発される局所的な流路の狭窄を予防または阻止するために、体内の生来の管/導管に挿入されたチューブなどのディスポジティブ(dispositive)に関するものである。
【0037】
「手術」または「外科的治療」とは、ヒトまたは他の哺乳動物の体に対する、治癒または治療を目的とした、手または器具を用いた手の方法的行為を伴う任意の治療手技を意味する。
【0038】
「血管形成術」とは、狭窄または閉塞した動脈を機械的に拡張する技術に関するものであり、閉塞した動脈は、典型的にはアテローム性動脈硬化症の結果である。バルーンカテーテルとして知られる、ガイドワイヤーに取り付けられた空の潰れたバルーンを狭窄部位に挿入し、正常血圧の約75~500倍の水圧(6~20気圧)で一定サイズまで拡張させる。バルーンにより、動脈内の白血球/血餅プラーク沈着物および周囲の筋肉壁を強制的に拡張させ、血管を開いて血流を改善した後、バルーンを収縮させて引き抜く。血管を確実に開いたままにするために、バルーニング時にステントを挿入する場合としない場合がある。
【0039】
「バイパス術」とは、管状体の一部を迂回させる手術の一種に関するものであり、心肺バイパス、部分回腸バイパス術、回腸空腸(ileojunal)バイパス、胃バイパス、および冠動脈バイパス術などの血管バイパスが挙げられる。心肺バイパス(CBP)は、手術中の心臓および肺の機能を一時的に代行し、血液循環および体内酸素量を維持するものである。部分回腸バイパス術は、回腸を短くして小腸の全長を短くする外科手技である。回腸空腸バイパス術は、病的肥満の治療法として設計された手術である。血管バイパスは、体のある部位への血流が不十分であるか喪失している場合に行われる外科手技である。特に、冠動脈バイパス術は、冠動脈バイパス移植(CABG)術としても知られ、狭心症を軽減し、冠動脈疾患による死亡リスクを低下させるために行われる外科手技である。
【0040】
「移植」とは、細胞、組織または臓器をドナー対象からレシピエント対象へ、あるいは同一対象の体のある部分から別の部分へ移す外科手技を意味する。「ドナー対象」とは、輸血または臓器移植により、血液、細胞、組織、または臓器を別の対象に提供する対象である。ドナー対象は、ヒトまたは他の哺乳動物である。「レシピエント対象」とは、輸血または臓器移植により、別の対象から血液、細胞、組織、または臓器を受け取る対象である。レシピエント対象は、ヒトまたは他の哺乳動物である。移植組織としては、骨組織、腱、角膜組織、心臓弁、静脈および骨髄が挙げられるが、これらに限定されない。移植臓器としては、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓および腸が挙げられるが、これらに限定されない。ドナー対象およびレシピエント対象が同じ種の遺伝的に同一でないメンバーである移植の特定の外科手技は、同種移植として知られている。したがって、同種移植(アログラフト、同種間移植、またはホモグラフトとしても知られる)という用語は、レシピエントと同じ種の遺伝的に同一でないメンバーから提供される細胞、組織または臓器の移植に関するものである。用語「同種移植可能」とは、比較的頻繁にまたは日常的に移植される臓器もしくは組織をいう。同種移植可能な臓器の例としては、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓および腸が挙げられる。ドナー対象およびレシピエント対象が異なる種のメンバーである移植の特定の外科手技は、異種移植として知られている。したがって、異種移植(キセノグラフト、異種間移植、またはヘテログラフトとしても知られる)という用語は、ドナーおよびレシピエントが異なる種のメンバーである場合に、ドナーからレシピエントへ提供される細胞、組織または臓器の移植に関するものである。
【0041】
「完全虚血」とは、動脈および/または静脈の血液供給が閉塞される場合の虚血に関するものである。
【0042】
本発明によって予防される虚血傷害は、対象の任意の臓器または組織で生じ得る。臓器としては、脳、心臓、腎臓、肝臓、大腸、肺、膵臓、小腸、胃、筋肉、膀胱、脾臓、卵巣および精巣が挙げられるが、これらに限定されない。好ましい実施形態において、臓器は、心臓、肝臓、腎臓、脳、腸、膵臓、肺、骨格筋およびこれらの組み合わせからなる群から選択される。より好ましい実施形態において、臓器は心臓である。組織としては、神経組織、筋肉組織、皮膚組織および骨組織が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
好ましい実施形態において、虚血傷害は、臓器機能障害(虚血性臓器または任意の他の臓器における)、梗塞、炎症(損傷した臓器または組織における)、酸化的損傷、ミトコンドリア膜電位損傷、アポトーシス、再灌流関連不整脈、心臓病の遷延(cardiac stunning)、心臓脂肪毒性、虚血による瘢痕形成、およびこれらの組み合わせを含む群から選択される。
【0044】
「臓器機能障害」とは、本明細書中で使用される場合、特定の臓器がその期待される機能を果たさない状態に関するものである。臓器機能障害は、外部からの臨床的介入なしには正常なホメオスタシスを維持できない場合、臓器不全に進展する。臓器機能障害を判定する方法は、当業者に公知であり、これらとしては、モニター化(monitorization)ならびに逐次臓器不全評価(SOFA)スコア、多臓器機能障害(MOD)スコアおよびロジスティック臓器機能障害(LOD)スコアなどのスコアが挙げられるが、これらに限定されない。
【0045】
「梗塞」はすでに定義されているとおりである。
【0046】
「炎症」または「炎症反応」とは、炎症を起こしている組織に生じる一連の変化に関するものである。特に、炎症は、病原体、損傷細胞または刺激物などの有害な刺激に対する生物学的反応に関するものである。炎症を判定する方法は、当該分野で公知であり、赤血球沈降速度(ESR)の測定(ESRが高いほど炎症を示す)、C反応性タンパク質(CRP)の測定(CRPレベルが高いほど炎症を示す)、および白血球数(炎症があると増加する)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
「酸化的損傷」とは、酸素回復時に活性種の直接攻撃によって引き起こされ得る生体分子の損傷に関するものである。酸化的損傷には、脂質過酸化、酸化的DNA損傷およびタンパク質の酸化的損傷が含まれ得る。脂質過酸化を測定する方法としては、HPLCによるMDA(マロンジアルデヒド)-TBA(チオバルビツール酸)の測定、および質量分析によるイソプロスタン(多価不飽和脂肪酸の過酸化による特異的な最終産物)の定量が挙げられるが、これらに限定されない。DNA酸化的損傷を測定する方法としては、8-ヒドロキシ-2’-デオキシグアノシン(8OHdG)の測定が挙げられるが、これに限定されない。タンパク質の酸化的損傷を測定する方法としては、キヌレニン(トリプトファン由来)、ジチロシン(代謝的に安定であると考えられ、尿中で検出され得る)、バリンおよびロイシン水酸化物、L-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-DOPA)、オルトチロシン、2-オキソヒスチジン、グルタミン酸セミアルデヒドおよびアジピン酸セミアルデヒドなどの個々のアミノ酸の酸化生成物の定量、ならびにカルボニルアッセイ(タンパク質のカルボニル基の測定を含む)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0048】
「ミトコンドリア膜電位(Δψm)損傷」とは、ミトコンドリア内膜を横切るプロトン勾配の形での膜電位の変化に関するものである。ミトコンドリア膜電位損傷を評価する方法は、当業者に公知であり、JC1色素(Cell Technology社)などの膜電位をモニターするための蛍光プローブの使用ならびに緑色蛍光(485nmおよび535nm)および赤色蛍光(550nmおよび600nm)の定量を可能にする励起波長および発光波長での全蛍光の測定が挙げられる。任意の組織または臓器の長時間虚血は、ミトコンドリア膜電位損傷を誘発することが知られている。
【0049】
「アポトーシス」とは、選択的な細胞自殺を引き起こす生化学的事象の制御されたネットワークに関するものであり、例えば、デオキシリボ核酸(DNA)の断片化、クロマチンの凝縮(エンドヌクレアーゼ活性と関連している場合も関連していない場合もある)、染色体移動、細胞核の辺縁趨向、アポトーシス小体の形成、ミトコンドリア膨化、ミトコンドリアクリステの拡張、ミトコンドリア透過性遷移孔の開口、および/またはミトコンドリアプロトン勾配の消失など、容易に観察可能な形態学的および生化学的現象を特徴とする。細胞アポトーシスを判定する方法は、当業者に公知であり、DNA断片化を測定するアッセイ(細胞透過処理後の染色体DNAの染色など)、カスパーゼ3などのカスパーゼの活性化を測定するアッセイ(プロテアーゼ活性アッセイなど)、カスパーゼ切断産物を測定するアッセイ(PARPおよびサイトケラチン18分解の検出など)、クロマチンクロマトグラフィーを用いたアッセイ(染色体DNA染色など)、DNA鎖切断(ニック)およびDNA断片化(ねじれ型のDNA末端)を測定するアッセイ(ニックトランスレーションまたはISNTによる細胞の活性標識、および末端標識またはTUNELによる細胞の活性標識など)、アポトーシス細胞表面のホスファチジルセリンを検出するアッセイ(転位膜成分の検出など)、細胞膜損傷/漏出を測定するアッセイ(トリパンブルー排除アッセイおよびヨウ化プロピジウム排除アッセイなど)が挙げられるが、これらに限定されない。例示的なアッセイとしては、フローサイトメトリーによるアポトーシス細胞の散乱パラメータの分析、フローサイトメトリーによるDNA含有量の分析(ヨウ化プロピジウムなどの蛍光色素溶液中でのDNA染色など)、末端デオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼによるDNA鎖切断の蛍光色素標識またはTdTアッセイ、フローサイトメトリーによるアネキシンV結合の分析、およびTUNELアッセイが挙げられる。
【0050】
虚血傷害は、再灌流関連の不整脈を意味する場合もある。「不整脈」はまた、心臓リズム障害または不規則心拍としても知られており、心臓の電気的活動が正常よりも不規則であるか、速いかまたは遅い一群の状態に関するものである。不整脈の心拍は、速すぎる場合もあれば(頻脈、毎分100回を超える)、遅すぎる場合もあり(徐脈、毎分60回未満)、規則的な場合もあれば不規則な場合もある。状況によっては、不整脈が心停止を引き起こす場合がある。不整脈は、心臓の上方室(心房)で生じる場合もあれば、心臓の下方室(心室)で生じる場合もある。不整脈の判定は、当業者が心電図(ECG)を用いて行う。
【0051】
「心臓病の遷延(cardiac stunning)」は、急性虚血発作の後、血流がほぼ正常かまたは正常であるにもかかわらず生じる様々な機能障害レベルを意味する。短時間の虚血発作および再灌流の後、心筋細胞に不可逆的損傷の組織学的徴候がないにもかかわらず、機械的機能障害が長期にわたって続く場合があり、この現象が心筋スタンニングと呼ばれる。スタンニングには、虚血後の心室機能障害心筋(心筋スタンニング)に加えて、血管/微小血管/内皮の傷害(血管スタンニング)、虚血後の代謝機能障害(代謝スタンニング)、長期にわたる神経伝達の障害(神経/神経細胞スタンニング)、および電気生理学的変化(電気的スタンニング)の兆候が認められるなど、様々な側面がある。
【0052】
「心臓脂肪毒性」には、脂肪酸代謝の変化、心筋内脂質過負荷、および収縮機能障害などがある。脂質がどのように心機能障害を引き起こすのかは不明であるが、心筋内トリグリセリドの蓄積は、遺伝子発現の変化と関連している。具体的には、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)調節遺伝子の発現が増加する。PPARαは核内受容体であり、長鎖脂肪酸によって活性化されると、脂肪酸の取り込みおよび酸化を促進するタンパク質の発現を誘導する。PPARαを心臓特異的に過剰発現させると、高濃度の循環脂肪酸にさらされたマウスに心機能障害が生じる。圧負荷ラット心臓におけるPPARαの薬理学的活性化は、収縮機能障害を引き起こす。糖尿病および肥満の患者では、脂質過負荷組織において炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子α(TNF-α)の発現が増加し、インスリン抵抗性と正の相関を示す。TNF-αは心臓の収縮機能障害を直接引き起こす可能性があり、心不全の病理学的リモデリングに関与しているとされている。心筋細胞内に過剰な脂質が蓄積されると、毒性脂質中間体の産生を引き起こす場合があり、細胞死が誘導される可能性がある。
【0053】
「瘢痕」とは、創傷または損傷の治癒後に組織上に残された任意の跡に関するものである。特に、この用語は、虚血組織に残された跡に関するものである。本発明の文脈においては、瘢痕形成は虚血によるものである。
【0054】
虚血傷害は、例えば、自然現象(例えば、心筋梗塞後の血流回復)、外傷、あるいは血液供給が減少している組織または臓器に対して血流を回復させる1つ以上の外科手技または他の治療的介入など、多くの原因によって引き起こされ得る。このような外科手技としては、例えば、冠動脈バイパス、グラフト手術、冠動脈形成術、臓器移植手術など(例えば、心肺バイパス手術)が挙げられる。
【0055】
虚血発症前にApoJ-Glycを投与することによって、ならびに、虚血発症後であるが虚血による損傷が現れる前にApoJ-Glycを投与することによって、虚血傷害の予防が達成され得ることが理解されるであろう。好ましい実施形態において、ApoJは、虚血誘導の開始前に投与される。より好ましい実施形態において、ApoJは、虚血発症の少なくとも10分前、20分前、30分前、40分前、50分前、1時間前、2時間前、3時間前、4時間前、5時間前、6時間前、7時間前、8時間前、9時間前、10時間前、1日前、2日前、3日前、4日前、5日前、またはそれよりも前に投与される。
【0056】
一実施形態において、虚血傷害によって引き起こされる損傷は、脳虚血に起因する。別の実施形態において、大脳組織への損傷は、虚血性脳卒中によって引き起こされる。用語「虚血性脳卒中」とは、脳への血管の閉塞(脳への酸素の欠乏を生じる)によって引き起こされる脳機能の突然の喪失をいい、筋肉の制御不能、感覚または意識の減退または喪失、めまい、不明瞭発語など、脳の損傷の程度および重症度によって異なる症状を特徴とするもので、脳事故または脳血管事故とも呼ばれる。また、用語「脳虚血」(または「脳卒中」)とは、脳への血液供給の不足をいい、多くの場合、脳への酸素の欠乏を生じる。
【0057】
一実施形態において、虚血によって引き起こされる損傷は、心虚血に起因する。さらにより好ましい実施形態において、心虚血は、心筋虚血に起因する。
【0058】
用語「心筋虚血」とは、冠動脈硬化および/または心筋への酸素供給不足によって引き起こされる循環障害をいう。例えば、急性心筋梗塞は、心筋組織に対する不可逆的な虚血侵襲である。この侵襲は、冠循環における閉塞性(例えば、血栓性または塞栓性)イベントを引き起こし、心筋代謝要求が心筋組織への酸素供給を上回る環境を作り出す。
【0059】
特定の実施形態において、損傷は、微小血管狭心症によって引き起こされる。用語「微小血管狭心症」とは、本明細書中で使用される場合、心臓の小血管を通る血流が不十分なために生じる状態をいう。
【0060】
好ましい実施形態において、心虚血は、急性心筋梗塞に起因する。
【0061】
本明細書中で使用される「心筋梗塞」(MI)または「急性心筋梗塞」は、1本または数本の冠動脈またはその分枝の閉塞による心筋の一部の虚血性壊死である。心筋梗塞は、機能的心筋細胞の喪失を特徴とし、心筋組織が不可逆的に損傷される。冠動脈疾患が進行すると、心筋が梗塞を起こす。具体的な例としては、冠動脈内に存在するアテローム性プラークが潰瘍化または破裂して、その血管の急性閉塞を引き起こすと、梗塞が起こる。
【0062】
特定の実施形態において、虚血傷害は、冠動脈閉塞(心筋梗塞)に起因し、さらに血行再建および血液再灌流にも起因する。
【0063】
好ましい実施形態において、虚血傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycは、虚血前に投与される。虚血発症前の投与時間は、特に限定されない。好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、虚血の少なくとも1秒前、少なくとも5秒前、少なくとも10秒前、少なくとも15秒前、少なくとも30秒前、または少なくとも45秒前に、好ましくは虚血の少なくとも1分前、5分前、10分前、15分前、30分前、45分前に、あるいはさらには虚血の少なくとも1時間前、2時間前、または3時間前に、あるいはさらに前に投与される。
【0064】
好ましい実施形態において、虚血傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycは、治療有効量で投与される。
【0065】
用語「治療有効量」は、虚血傷害の予防におけるApoJ-Glycの使用に関連して本明細書中で使用される場合、疾患に由来する1つ以上の症状の明らかな予防、治癒、遅延、重症度の低下、または改善を達成するのに十分なApoJ-Glycの量に関するものであり、これは一般に、特に薬剤自体の特性および達成すべき治療効果によって決定される。また、治療を受ける対象、該対象が罹患している疾患の重症度、選択した剤形などにも依存する。このため、本発明に記載されている用量は、当業者にとっての指針としてのみ考慮されるべきであり、当業者は、前述の不確定要素に応じて用量を調整しなければならない。一実施形態において、有効量は、治療される疾患の1つ以上の症状を改善する。
【0066】
個々のニーズが異なるとしても、本発明による使用のための上記化合物の治療有効量に最適な範囲の決定は、当業者の日常的経験によるものである。一般に、有効な治療を提供するために必要な投薬量は、当業者によって調整され得、年齢、健康状態、適応度、性別、食事、体重、受容体の変化の程度、治療の頻度、損傷の性質および状態、障害または疾患の性質および程度、対象の医学的状態、投与経路、使用する特定の化合物の活性、有効性、薬物動態学的および毒性学的プロファイルなどの薬理学的考察、薬物送達系を使用するか否か、および上記化合物が薬物併用の一部として投与されるか否かに応じて変化する。対象の虚血傷害の予防において治療的に有効な本発明による使用のための化合物の量は、従来の臨床技術によって決定され得る(例えば、The Physician’s Desk Reference,Medical Economics Company,Inc.,Oradell,NJ,1995、およびDrug Facts and Comparisons,Inc.,St.Louis,MO,1993を参照のこと)。
【0067】
好ましい実施形態において、虚血傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycは、0.1mg/kg~1mg/kgの間の用量範囲で投与される。より好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.1~0.2mg/kg、0.2~0.3mg/kg、0.3~0.4mg/kg、0.4~0.5mg/kg、0.5~0.6mg/kg、0.6~0.7mg/kg、0.7~0.8mg/kg、0.8~0.9mg/kg、0.9~1mg/kgの間の用量範囲で投与される。さらにより好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.5mg/kgの用量で投与される。
【0068】
非限定的に、ApoJ-Glycの投与経路としては、特に、非侵襲的薬理学的投与経路、例えば経口、胃腸、鼻腔、または舌下経路など、および侵襲的投与経路、例えば非経口経路などが挙げられる。特定の実施形態において、ApoJ-Glycは、非経口経路(例えば、皮内、筋肉内、腹腔内、静脈内、皮下、髄腔内など)によって治療有効量で投与される。「非経口経路による投与」は、注射によって目的の化合物を投与することからなる投与経路と理解され、したがって注射器および針の使用を必要とする。針が到達する組織に応じて、筋肉内(化合物を筋肉組織に注射する)、静脈内(化合物を静脈に注射する)、皮下(皮膚の下に注射する)、および皮内(皮膚の層の間に注射する)など、様々な種類の非経口穿刺がある。髄腔内経路は、血液脳関門を十分に透過しない薬物を中枢神経系に投与するために用いられ、それにより上記薬物が脊髄周囲の空間(髄腔内空間)に投与される。好ましい実施形態において、投与は、皮内、筋肉内、腹腔内、静脈内、皮下、または髄腔内投与である。好ましい実施形態において、投与経路は静脈内である。
【0069】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、単回用量として投与される。本明細書中で使用される場合、「単回用量」とは、1回の投与で/一度に/単一経路で/単一接点で投与される、物理的に分離した単位であるApoJ-Glycの用量をいう。単回用量は、1日1回または数回投与してもよい。特定の実施形態において、単回用量は、1日1回投与される。別の実施形態において、単回用量は、1日2回投与される。例えば、単回用量を2つの用量に分割し、その分割用量の各半分を1日のうちの異なる時間に対象に投与してもよい。
【0070】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、虚血の少なくとも1秒前に、典型的には虚血の少なくとも15秒前、30秒前または45秒前に、好ましくは虚血の少なくとも1分前、5分前、10分前、15分前、30分前、45分前に、あるいはさらには虚血の少なくとも1時間前、2時間前または3時間前に、あるいはさらに前に投与される。
【0071】
虚血傷害の治療
第二の態様において、本発明は、虚血傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc ApoJ)に関する。
【0072】
用語「グリコシル化ApoJ」は、本発明の第一の態様に関して定義されており、本明細書において同様に使用される。
【0073】
用語「非グリコシル化ApoJ」とは、本明細書中で使用される場合、N-グリコシル化部位(NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているものとして定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目のアミノ酸)のいずれもグリコシル化されていないApoJをいう。
【0074】
用語「治療」とは、本明細書中で使用される場合、治療的手段および予防的手段の両方をいい、その目的は、虚血再灌流傷害などの望ましくない生理学的変化または障害を予防または緩徐化(軽減)することである。有益なまたは所望の臨床結果としては、検出可能であるか検出不可能であるかにかかわらず、症状の軽減、疾患の範囲の縮小、病状の安定化(すなわち悪化しないこと)、疾患進行の遅延または緩徐化、病状の改善または緩和、および寛解(部分寛解であるか完全寛解であるかにかかわらず)が挙げられるが、これらに限定されない。「治療」はまた、治療を受けない場合に予想される生存期間と比較して、生存期間の延長も意味する場合がある。治療を要する者としては、症状または障害を既に有する者だけでなく、症状または障害に罹患しやすい者、あるいは症状または障害を予防すべき者も挙げられる。
【0075】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基を含有するグリコシル化ApoJである。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基およびシアル酸残基を含有するグリコシル化ApoJである。
【0076】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基にN-グリカンを含有する。別の好ましい実施形態において、グリコシル化ApoJは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位に、すなわち、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各AsnにN-グリカンを含有する。別の実施形態において、グリコシル化ApoJは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、少なくとも5つ、少なくとも6つまたは少なくとも7つのAsn残基にN-グリカンを含有する。
【0077】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基でグリコシル化された、単一型のグリコシル化ApoJ分子である。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、グリコシル化ApoJ分子の組み合わせであり、各分子は、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される異なる部位でグリコシル化されていてもよい。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位で、すなわちNCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各Asnでグリコシル化された、単一型のApoJ-Glycである。
【0078】
好ましい実施形態において、本発明の本態様による使用のためのApoJ-Glycは、上述のようにヒト血漿から精製される。別の好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-非Glycは、N型グリコシル化に必要な機構を欠く生物において組換え的に生産された組換えApoJである。好ましい実施形態において、ApoJ-非Glycは、Dabbs and Wilson(Plos One,9(1):e86989.doi:10.1371/journal.pone.0086989)に記載されているような当該分野で周知の手順、またはRosano and Ceccarelli(Frontiers in Microbiology,2014,doi:10.3389/fmicb.2014.00172)に記載されているようなE.coliでの組換えタンパク質の発現に適した任意の他の方法を用いてE.coliで発現させて得られた組換え起源のものである。一実施形態において、ApoJ-非Glycを、この分子が封入体中に発現する条件下でE.coliに発現させ、その封入体を精製し、尿素などのカオトロピック剤および/またはDTTなどのジスルフィド基含有試薬の存在下でタンパク質を可溶化する。
【0079】
好ましい実施形態において、虚血傷害は、梗塞、アテローム性動脈硬化症、血栓症、血栓塞栓症、脂質塞栓症、出血、ステント、手術、血管形成術、術中バイパスの終了、臓器移植、完全虚血、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される状態に起因する。
【0080】
別の好ましい実施形態において、虚血傷害は、心臓、肝臓、腎臓、脳、腸、膵臓、肺、骨格筋およびこれらの組み合わせからなる群から選択される臓器または組織において生じる。
【0081】
別の好ましい実施形態において、虚血傷害は、臓器機能障害(虚血性臓器または任意の他の臓器における)、梗塞、炎症(損傷した臓器または組織における)、酸化的損傷、ミトコンドリア膜電位損傷、アポトーシス、再灌流関連不整脈、心臓病の遷延(cardiac stunning)、心臓脂肪毒性、虚血による瘢痕形成、およびこれらの組み合わせを含む群から選択される。
【0082】
好ましい実施形態において、虚血傷害によって引き起こされる損傷は、脳虚血に起因する。
【0083】
別の好ましい実施形態において、虚血によって引き起こされる損傷は、心虚血に起因する。さらにより好ましい実施形態において、心虚血は、心筋虚血または急性心筋虚血に起因する。
【0084】
好ましい実施形態において、虚血傷害の治療に使用するためのApoJ-Glycは、虚血中に投与される。別の実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycは、虚血発症後に投与される。
【0085】
より好ましくは、本発明による使用のためのApoJ-Glycは、広範に変化し得る期間に投与される。好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、虚血発症から少なくとも1秒後、少なくとも5秒後、少なくとも10秒後、少なくとも15秒後、少なくとも30秒後または少なくとも45秒後に、好ましくは虚血発症から少なくとも1分後、5分後、10分後、15分後、30分後、45分後に、あるいはさらには虚血発症から少なくとも1時間後、2時間後または3時間後に、あるいはさらに後に投与される。
【0086】
好ましい実施形態において、虚血傷害の治療に使用するためのApoJ-Glycは、治療有効量で投与される。
【0087】
一実施形態において、虚血傷害の治療に使用するためのApoJ-Glycおよび/または非Glyc-ApoJは、虚血中に投与される。好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycおよび/または非Glyc-ApoJは、虚血発症後に投与される。
【0088】
より好ましくは、本発明による使用のためのApoJ-Glycおよび/または非Glyc-ApoJは、広範に変化し得る期間に投与される。好ましい実施形態において、虚血の少なくとも1秒後、少なくとも5秒後、少なくとも10秒後、少なくとも15秒後、少なくとも30秒後または少なくとも45秒後に投与される。別の好ましい実施形態において、虚血の少なくとも1分後、5分後、10分後、15分後、30分後、45分後に、あるいはさらには虚血の少なくとも1時間後、2時間後または3時間後に、あるいはさらに後に投与される。
【0089】
好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycは、ヒト血漿から精製される。別の好ましい実施形態において、本発明による使用のための非Glyc-ApoJは、ヒト組換え体である。別の好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycはヒト血漿から精製され、かつ、非Glyc-ApoJはヒト組換え体である。
【0090】
好ましい実施形態において、虚血傷害の治療に使用するためのApoJ-Glycおよび/または非Glyc-ApoJは、0.1mg/kg~2mg/kgの間の用量範囲で投与される。より好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.1~0.2mg/kg、0.2~0.3mg/kg、0.3~0.4mg/kg、0.4~0.5mg/kg、0.5~0.6mg/kg、0.6~0.7mg/kg、0.7~0.8mg/kg、0.8~0.9mg/kg、0.9~1mg/kg、1~1.1mg/kg、1.1~1.2mg/kg、1.2~1.3mg/kg、1.3~1.4mg/kg、1.4~1.5mg/kgの間の用量範囲で投与される。さらなる好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.1~1.4mg/kg、0.2~1.3mg/kg、0.3~1.2mg/kg、0.4~1.1mg/kg、0.5~1mg/kg、0.6~0.9mg/kg、0.7~0.8mg/kgの間の用量範囲で投与される。さらにより好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.5mg/kgの用量で投与される。
【0091】
好ましい実施形態において、投与経路は静脈内である。
【0092】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、単回用量として投与される。本明細書中で使用される場合、「単回用量」とは、1回の投与で/一度に/単一経路で/単一接点で投与される、物理的に分離した単位であるApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJの用量をいう。単回用量は、1日1回または数回投与してもよい。特定の実施形態において、単回用量は、1日1回投与される。別の実施形態において、単回用量は、1日2回投与される。例えば、単回用量を2つの用量に分割し、その分割用量の各半分を1日のうちの異なる時間に対象に投与してもよい。
【0093】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、虚血の少なくとも1秒後に、典型的には虚血の少なくとも15秒後、30秒後または45秒後に、好ましくは虚血の少なくとも1分後、5分後、10分後、15分後、30分後、45分後に、あるいはさらには虚血の少なくとも1時間後、2時間後または3時間後に、あるいはさらに後に投与される。
【0094】
虚血傷害の予防に関して前述したすべての用語および実施形態は、本発明のこの態様にも同様に適用可能である。
【0095】
虚血再灌流傷害の治療
本発明者らはまた、マウスの虚血再灌流モデルにおいて、虚血後早期にグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)を投与すると、プラセボ群と比較して梗塞サイズが有意に縮小することを認めた。したがって、別の態様において本発明は、虚血再灌流傷害の治療に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)に関し、該ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、虚血発症後かつ再灌流前に投与される。
【0096】
虚血によって引き起こされる損傷を軽減することにより、本態様によるグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)の投与は、その後の再灌流によって引き起こされる損傷の軽減にもつながるという点で、さらに有利であることが理解されるであろう。これにより、再灌流に伴う損傷を予防する。したがって、別の態様において、本発明は、虚血再灌流傷害の予防に使用するためのグリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)に関し、該ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、虚血発症後かつ再灌流前に投与される。
【0097】
用語「再灌流」とは、本明細書中で使用される場合、虚血組織への血流の回復に関するものである。虚血組織への血液の再灌流は疑いの余地なく有益であるにもかかわらず、再灌流自体が、逆説的に組織を傷つける有害反応のカスケードを引き起こし得ることが知られている。
【0098】
本明細書中で使用される用語「虚血再灌流傷害」は、「虚血再灌流損傷」としても知られており、虚血期間後に臓器または組織に血液供給が回復する際に引き起こされる臓器または組織の損傷に関するものである。虚血期間中に血液からの酸素および栄養素が欠如すると、循環が回復しても正常機能の回復よりむしろ酸化ストレスの誘導による炎症および酸化的損傷が生じる状態になる。再灌流に伴う酸化ストレスは、影響を受けた組織または臓器に損傷を与える場合がある。虚血再灌流傷害は、虚血イベント中の酸素の枯渇と、その後の再灌流中の再酸素化およびそれに伴う活性酸素種の産生を、生化学的な特徴とする。
【0099】
虚血再灌流によって生じる傷害は、虚血時に蓄積される物質と再灌流時に送達される物質の間の相互作用の結果である。これらのイベントの礎石となるのが酸化ストレスであり、酸素ラジカルと内因性排除システムの間の不均衡と定義される。その結果、細胞傷害および細胞死が起こり、初期には局所性であるが、炎症反応が抑制されなければ、最終的には全身性となる。
【0100】
一実施形態において、グリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)および/または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)は、虚血発症後かつ再灌流前に投与される。
【0101】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基を含有するグリコシル化ApoJである。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基およびシアル酸残基を含有するグリコシル化ApoJである。
【0102】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基にN-グリカンを含有する。別の好ましい実施形態において、グリコシル化ApoJは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位に、すなわち、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各AsnにN-グリカンを含有する。別の実施形態において、グリコシル化ApoJは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される少なくとも1つ、少なくとも2つ、少なくとも3つ、少なくとも4つ、少なくとも5つ、少なくとも6つ、または少なくとも7つのAsn残基にN-グリカンを含有する。
【0103】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される単一のAsn残基でグリコシル化された、単一型のグリコシル化ApoJ分子である。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、グリコシル化ApoJ分子の組み合わせであり、各分子は、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目または374番目のAsn残基からなる群から選択される任意の可能な部位でグリコシル化されていてもよい。別の好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、ApoJ内のすべてのN-グリコシル化部位で、すなわち、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目の各Asnでグリコシル化された、単一型のグリコシル化ApoJである。
【0104】
非グリコシル化ApoJは、NCBIデータベースにアクセッション番号NP_001822.3で登録されているもの(2018年9月23日公開)として定義されるApoJプレプロタンパク質配列に関して、86番目、103番目、145番目、291番目、317番目、354番目および374番目のAsn残基のいずれにもN-グリカンを含有しない。
【0105】
好ましい実施形態において、本発明の本態様による使用のためのApoJ-Glycは、ヒト血漿から精製される。別の好ましい実施形態において、本発明の本態様による使用のための非グリコシル化ApoJは、ヒト組換え体である。
【0106】
好ましい実施形態において、虚血再灌流傷害は、梗塞、アテローム性動脈硬化症、血栓症、血栓塞栓症、脂質塞栓症、出血、ステント、手術、血管形成術、術中バイパスの終了、臓器移植、完全虚血、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される状態に起因する。
【0107】
別の好ましい実施形態において、虚血再灌流傷害は、心臓、肝臓、腎臓、脳、腸、膵臓、肺、骨格筋およびこれらの組み合わせからなる群から選択される臓器または組織において生じる。
【0108】
別の好ましい実施形態において、虚血再灌流傷害は、臓器機能障害、梗塞、炎症、酸化的損傷、ミトコンドリア膜電位損傷、アポトーシス、再灌流関連不整脈、心臓病の遷延(cardiac stunning)、心臓脂肪毒性、虚血による瘢痕形成、およびこれらの組み合わせを含む群から選択される。
【0109】
一実施形態において、虚血再灌流傷害によって引き起こされる損傷は、脳虚血に起因する。
【0110】
一実施形態において、虚血再灌流によって引き起こされる損傷は、心虚血に起因する。さらにより好ましい実施形態において、心虚血は、心筋虚血に起因する。
【0111】
好ましい実施形態において、心虚血は、急性心筋虚血に起因する。
【0112】
好ましい実施形態において、虚血再灌流傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、虚血発症後かつ再灌流前に投与される。
【0113】
虚血再灌流傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJの投与の時機は、再灌流の開始前に投与する限り特に限定はされない。好ましい実施形態において、ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、虚血の少なくとも1秒後、少なくとも5秒後、少なくとも10秒後、少なくとも15秒後、少なくとも30秒後、または少なくとも45秒後に投与される。別の好ましい実施形態において、虚血の少なくとも1分後、5分後、10分後、15分後、30分後、45分後に、あるいはさらには虚血の少なくとも1時間後、2時間後または3時間後に、あるいはさらに後に投与される。
【0114】
好ましい実施形態において、グリコシル化アポリポタンパク質J(ApoJ-Glyc)および/または非グリコシル化アポリポタンパク質J(非Glyc-ApoJ)は、治療有効量で投与される。
【0115】
好ましい実施形態において、虚血傷害の予防に使用するためのApoJ-Glycは、0.1mg/kg~1mg/kgの間の用量範囲で投与される。より好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.1~0.2mg/kg、0.2~0.3mg/kg、0.3~0.4mg/kg、0.4~0.5mg/kg、0.5~0.6mg/kg、0.6~0.7mg/kg、0.7~0.8mg/kg、0.8~0.9mg/kg、0.9~1mg/kgの間の用量範囲で投与される。さらにより好ましい実施形態において、ApoJ-Glycは、0.5mg/kgの用量で投与される。
【0116】
適切な投与経路は、本発明の第一および第二の態様に関して上記で定義されたものである。
【0117】
好ましい実施形態において、投与経路は静脈内である。
【0118】
好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycは、ヒト血漿から精製される。別の好ましい実施形態において、本発明による使用のための非Glyc-ApoJは、ヒト組換え体である。別の好ましい実施形態において、本発明による使用のためのApoJ-Glycはヒト血漿から精製され、かつ、非Glyc-ApoJはヒト組換え体である。
【0119】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、単回用量として投与される。本明細書中で使用される場合、「単回用量」とは、1回の投与で/一度に/単一経路/単一接点で投与される、物理的に分離した単位であるApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJの用量をいう。単回用量は、1日1回または数回投与してもよい。特定の実施形態において、単回用量は、1日1回投与される。別の実施形態において、単回用量は、1日2回投与される。例えば、単回用量を2つの用量に分割し、その分割用量の各半分を1日のうちの異なる時間に対象に投与してもよい。
【0120】
好ましい実施形態において、ApoJ-Glycまたは非Glyc-ApoJは、再灌流の少なくとも1秒前に、典型的には再灌流の少なくとも15秒前、30秒前または45秒前に、好ましくは再灌流の少なくとも1分前、5分前、10分前、15分前、30分前、45分前に、あるいはさらには再灌流の少なくとも1時間前、2時間前または3時間前に、あるいはさらに前に投与される。
【0121】
虚血傷害の予防に関して前述したすべての用語および実施形態は、本発明のこの態様にも同様に適用可能である。
【0122】
本発明を、下記の実施例を用いて以下に詳述するが、これらは単に例示的なものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0123】
材料および方法
齧歯類の福祉
マウスモデル:11週齢のC3H雄マウスをJanvier Labs(フランス)から入手した。動物を1週間順化させ、自由摂食で飼育した。動物飼育に関する適切な規則および手順に従い(Generalitat de Catalunya DOGC2073、1995)、動物実験倫理委員会の承認を得た。
【0124】
ラットモデル:成熟Sprague Dawleyラットを用いて、タンパク質(約250mg重量)を静脈内投与した。動物を標準手順に従って5日間順化させ、自由摂食で飼育した。動物実験倫理委員会の承認を得た後、動物飼育に関する適切な規則および手順に従った。
【0125】
齧歯類の麻酔
動物を、ケタミン-キシラジン(100mg/kgおよび10mg/kg;I.P.)および鎮痛剤として投与したブプレノルフィン(0.075mg/kg)で深く麻酔した。その後、動物に挿管し、20Gカニューレを用いてマウス人工呼吸器に接続した(Inspira asv、Harvard Apparatus)。さらに、各動物の心電図(ECG、齧歯類手術用モニター、Indus Instruments)を、胸部開胸後に、温度制御された手術台上で取得した。
【0126】
左冠動脈前下行枝の結紮による心筋虚血手術
第4肋間で左開胸を行い、顕微鏡下手術のために開創器で肋骨を分離した。心膜を開き、左前下行枝(LAD)を確認し、7-0絹縫合糸で結紮した。
【0127】
虚血のマウスモデル
マウスを45分間閉塞した。脱水を避けるために、動物の皮膚と小さなクランプで胸部を一時的に閉じた。虚血45分後、抗凝固剤としてEDTAを用いて血液抽出を行った。最後に動物を屠殺し、心臓を摘出してPBSに数分間浸漬し、肝臓を-80℃で凍結した。
【0128】
虚血再灌流のマウスモデル
虚血再灌流モデルでは、虚血45分後にLADを元に戻して血流を回復させた。2時間後、LADを再び結紮し、抗凝固剤としてEDTAを用いて血液を抽出した。その後、0.9%NaCl中の1%エバンスブルーを静脈内投与して(Sigma-Aldrich、米国)、リスク領域(AAR)を画定した。前述のように、動物を屠殺し、心臓を摘出してPBSに数分間浸漬し、肝臓を-80℃で凍結した。
【0129】
虚血再灌流のラットモデル
虚血再灌流モデルでは、虚血45分後にLADを元に戻して血流を回復させた。24時間後、LADを再び結紮し、抗凝固剤としてEDTAを用いて血液を抽出した。その後、0.9%NaCl中の1%エバンスブルーを静脈内投与して(Sigma-Aldrich、米国)、リスク領域(AAR)を画定した。前述のように、動物を屠殺し、心臓を摘出してPBSに数分間浸漬し、肝臓を-80℃で凍結した。
【0130】
製品投与
マウスでのパイロット研究では、ApoJ‐Glycまたは非Glyc ApoJ (3mg/kg、i.p.)をMI誘導の5分前に投与した。前臨床マウス研究では、虚血モデルおよび虚血再灌流モデルの両方に、6mg/kgの各治療をMI誘導の10分後にi.p.注射した。ラット研究では、0.75mg/kgを静脈内投与(i.v.)した。プラセボ群には同容量のビヒクル(PBS)を投与した(マウスではi.p.、ラットではi.v.)。
【0131】
梗塞領域の測定
パイロットマウス研究では、梗塞サイズの形態計測学的評価を、免疫組織化学解析によって行った。手技後、マウス心臓を固定液(4%パラホルムアルデヒド)に浸漬し、OCTコンパウンドに包埋し、心尖部から基部までの横断切片を作製した(200μm間隔で10μm厚さの切片)。切片をヘマトキシリンおよびエオジンで染色し、梗塞サイズの形態計測学的解析を、盲検化された熟練操作者が画像解析ソフトウェア(ImageJ、NIH)を用いて行った。梗塞サイズは、切片間の心筋梗塞領域の合計で計算し、総LV壁表面に対するパーセンテージとして表した。1切片あたり3回の測定を行った。
【0132】
前臨床のマウス研究およびラット研究では、手技後、心臓を-80℃で5分間凍結し、ブレードを用いて1mm厚の切片を得た。サンプルを、PBS中の1%TTC(テトラゾリウムクロリド、Sigma-Aldrich、米国)とともに37℃で15分間インキュベートした。染色後、サンプルの両側を撮影し、梗塞領域の定量を、盲検化された熟練操作者がImageJ(NIH、ベセスダ、メリーランド州、米国)を用いて行った。結果は全左心室面積に対する梗塞面積のパーセンテージとして表した。
【0133】
リスク領域(AAR)の判定
前臨床のマウス研究およびラット研究では、染色後、サンプルの両側を撮影し、梗塞領域(IS)の定量を、盲検化された熟練操作者がImageJ(NIH、ベセスダ、メリーランド州、米国)を用いて行った。結果は全左心室面積に対する梗塞面積のパーセンテージとして表した。結果は、左心室に対するリスク領域(AAR)のパーセンテージ、梗塞領域(IS)のパーセンテージ、および梗塞領域/リスク領域(IS/AAR)として表した。
【0134】
統計解析
データの正規性をシャピロウィルク検定で検定した。その後、ANOVAポストホック解析も実施した(ANOVA;StatView、SAS Institute)。
【実施例】
【0135】
実施例1:虚血マウスモデルにおいて、心筋梗塞前にApoJ-Glycを用いて治療すると、心筋傷害が軽減される:虚血性損傷に対する予防的役割の可能性。
パイロット研究では、MI誘導の5分前にApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJ(3mg/kg、i.p.)を投与した(
図1、上段)。虚血のマウスモデルにおいて、ApoJ-Glycを投与すると、プラセボ投与群と比較して梗塞サイズ(免疫組織化学的解析によって評価した左心室のパーセンテージ)が平均17%減少し、心臓の虚血性損傷を予防することができた。この効果は、非Glyc ApoJを投与した場合には認められなかった(
図2)。
【0136】
さらに、血清中の総ApoJレベルを市販のELISAキットを用いて分析したところ、ApoJ循環レベルが有意に上昇していた(
図3)。
【0137】
実施例2:虚血マウスモデルにおいて、虚血誘導後にApoJ‐Glycおよび非Glyc ApoJを用いて治療すると、虚血性心臓傷害が軽減される:虚血性損傷に対する治療的役割の可能性。
虚血モデル(
図1、中段)では、虚血誘導の10分後にApoJ‐Glycまたは非Glyc ApoJを投与した。虚血45分後、血液抽出を行い、動物を屠殺し、心臓を摘出し、-80℃で凍結した。
【0138】
左前下行動脈結紮による急性心筋梗塞のマウスモデルにおいて、ApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJのいずれか(6mg/kg、i.p.)を虚血後早期に投与すると、梗塞サイズが有意に縮小した(プラセボ群に対してそれぞれ15%および12%)(表1および
図4)。
【0139】
【0140】
実施例3:虚血再灌流マウスモデルにおいて、虚血誘導後にApoJ‐Glycおよび非Glyc ApoJを用いて治療すると、虚血性心臓傷害が軽減される:虚血再灌流損傷に対する治療的役割の可能性。
虚血再灌流モデル(
図1、下段)では、虚血45分後にLADを元に戻し、2時間の再灌流で血流を回復させた。この左前下行動脈結紮による45分間虚血・2時間再灌流のマウスモデルにおいて、虚血後早期(虚血誘導10分間)にApoJ‐Glycまたは非Glyc ApJのいずれかを投与すると、プラセボ群と比較して梗塞サイズが有意に縮小したことから、虚血性心臓損傷の効果的な治療、および再灌流によって引き起こされるさらなる損傷の予防がもたらされた。
【0141】
【0142】
実施例4:虚血再灌流ラットモデルにおいて、虚血誘導後にApoJ‐Glycおよび非Glyc ApoJを用いて治療すると、虚血性心臓傷害が軽減される:虚血再灌流損傷に対する治療的役割の可能性。
虚血再灌流モデル(
図6)では、虚血45分後にLADを元に戻し、24時間の再灌流で血流を回復させた。ApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJのいずれかを45分間虚血の後かつ24時間再灌流の前に投与すると、心臓の虚血性損傷が有意に軽減された。この効果は、梗塞サイズの縮小(梗塞サイズ(IS)対リスク領域(AAR)の比、
図7)、ならびに左室収縮末期圧の改善(LVESP、
図8)と共に左室弛緩の改善(
図9)によって証明された。血漿心筋トロポニンIレベルは、ApoJ-Glycを用いて治療したラットでは有意に低下したが、非GlycApoJを投与したラットでは低下しなかった(
図10)。
【0143】
実施例5:虚血再灌流ラットモデルにおいて、心筋梗塞前にApoJ‐Glycおよび非Glyc ApoJを用いて治療すると、心筋傷害が軽減される:虚血再灌流損傷に対する予防的役割の可能性。
虚血再灌流モデル(
図11)では、虚血45分後にLADを元に戻し、24時間の再灌流で血流を回復させた。ApoJ-Glycまたは非Glyc ApoJのいずれかを45分間虚血・24時間再灌流の前に投与すると、心臓の虚血性損傷が有意に予防された。この効果は、梗塞サイズの縮小(梗塞サイズ(IS)対リスク領域(AAR)の比、
図12)、ならびに左室収縮末期圧の改善(LVESP、
図13)と共に左室弛緩の改善(
図14)によって証明された。ApoJ-Glycおよび非Glyc ApoJのいずれを投与しても、血漿心筋トロポニンIレベルに有意な変化はなかった(
図15)。
【国際調査報告】