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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-02-16
(54)【発明の名称】スーパーオーステナイト系材料
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220208BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220208BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20220208BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/00 D
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021536112
(86)(22)【出願日】2019-12-19
(85)【翻訳文提出日】2021-08-16
(86)【国際出願番号】 EP2019086384
(87)【国際公開番号】W WO2020127788
(87)【国際公開日】2020-06-25
(31)【優先権主張番号】102018133255.6
(32)【優先日】2018-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521268451
【氏名又は名称】フェストアルピネ・ベーラー・エーデルシュタール・ゲー・エム・ベー・ハー・ウント・コー・カー・ゲー
【氏名又は名称原語表記】VOESTALPINE BOEHLER EDELSTAHL GMBH & CO KG
【住所又は居所原語表記】MARIAZELLER STR. 25, 8605 KAPFENBERG, AUSTRIA
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】フルッフ,ライナー
(72)【発明者】
【氏名】ケップリンガー,アンドレアス
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA09
4K032AA10
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA17
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA25
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
(57)【要約】
スーパーオーステナイト系材料であって、以下の成分(値はすべて重量%)を有する合金からなる、材料:元素 炭素(C)0.01~0.25;ケイ素(Si)<0.5;マンガン(Mn)3.0~8.0;リン(P)<0.05;硫黄(S)<0.005;鉄(Fe)残余;クロム(Cr)23.0~30.0;モリブデン(Mo)2.0~4.0;ニッケル(Ni)10.0~16.0;バナジウム(V)<0.5;タングステン(W)<0.5;銅(Cu)<0.5;コバルト(Co)<5.0;チタン(Ti)<0.1;アルミニウム(Al)<0.2;ニオブ(Nb)<0.1;ホウ素(B)<0.01;窒素(N)0.50~0.90。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の合金元素(値はすべて重量%)および不可避の不純物を有する合金からなるスーパーオーステナイト系材料。
元素
炭素(C) 0.01~0.25
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 3.0~8.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 23.0~30.0
モリブデン(Mo) 2.0~4.0
ニッケル(Ni) 10.0~16.0
バナジウム(V) <0.5
タングステン(W) <0.5
銅(Cu) <0.5
コバルト(Co) <5.0
チタン(Ti) <0.1
アルミニウム(Al) <0.2
ニオブ(Nb) <0.1
ホウ素(B) <0.01
窒素(N) 0.50~0.90
【請求項2】
前記合金は、以下の元素および不可避の不純物(値はすべて重量%)からなる請求項1に記載のスーパーオーステナイト系材料。
元素
炭素(C) 0.01~0.20
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 4.0~7.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 24.0~28.0
モリブデン(Mo) 2.5~3.5
ニッケル(Ni) 12.0~15.5
バナジウム(V) <0.3
タングステン(W) <0.1
銅(Cu) <0.15
コバルト(Co) <0.5
チタン(Ti) <0.05
アルミニウム(Al) <0.1
ニオブ(Nb) <0.025
ホウ素(B) <0.005
窒素(N) 0.52~0.80
【請求項3】
前記合金は、以下の元素および不可避の不純物(値はすべて重量%)からなる請求項1または2に記載のスーパーオーステナイト系材料。
元素
炭素(C) 0.01~0.1
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 5.0~6.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 26.0~28.0
モリブデン(Mo) 2.5~3.5
ニッケル(Ni) 13.0~15.0
バナジウム(V) 検出限界未満
タングステン(W) 検出限界未満
銅(Cu) 検出限界未満
コバルト(Co) 検出限界未満
チタン(Ti) 検出限界未満
アルミニウム(Al) <0.1
ニオブ(Nb) 検出限界未満
ホウ素(B) <0.005
窒素(N) 0.54~0.80
【請求項4】
溶融金属に二次冶金加工を施し、ブロック状に鋳造し、直後に熱間成形し、任意で冷間成形し、必要であれば、さらなる機械加工を施すことによって生産される請求項1~3の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項5】
降伏強度Rp0.2が500MPaを超え、好ましくは750MPaを超える請求項1~4の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項6】
室温における長手方向の切欠き棒衝撃値Aが300Jを超える請求項1~5の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項7】
冷間変形の後、完全にオーステナイト系の、すなわち、変形によって誘導されるマルテンサイトを含まない請求項1~6の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項8】
不純物としての硫黄が0.005重量%以下である請求項1~7の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項9】
不純物としてのリンが0.05重量%以下存在する請求項1~8の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項10】
マンガンの上限は6.0%、6.5%、7.0%、7.5%、または7.9%であり、下限は3.1%、3.5%、4.0%、4.5%、または5.0%である請求項1~9の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項11】
クロムの上限は28%、29%、または29.8%であり、下限は23.2%、24%、25%、または26%である請求項1~10の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項12】
モリブデンの上限は3.5%、3.6%、3.7%、3.8%、3.9%、または3.95%であり、下限は2.05%、2.1%、2.2%、2.3%、2.4%、または2.5%である請求項1~11の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項13】
ニッケルの上限は15%、15.5%、または15.8%であり、下限は10.2%、11%、12%、または13%である請求項1~12の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項14】
窒素の上限は0.80%、0.85%、または0.88%であり、下限は0.51%、0.52%、または0.55%である請求項1~13の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項15】
コバルトの存在量は、5%未満、1%未満、0.5%未満、0.4%未満、0.3%未満、0.2%未満、0.1%未満、または検出限界未満である請求項1~14の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項16】
銅の存在量は、0.3%未満、0.1%未満、または検出限界未満である請求項1~15の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項17】
タングステンの存在量は、0.5%未満、0.3%未満、0.2%未満、0.1%未満、または検出限界未満である請求項1~16の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料。
【請求項18】
請求項1~17の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法であって、
前記合金は、以下の元素および不可避の不純物(値はすべて重量%)からなり、
溶融し、その後、二次冶金加工を施し、結果としての合金をブロック状に鋳造し、固化させ、直後に加熱し、熱間成形し、生成物に対して、特に追加の冷間成形およびそれに続く機械加工を施す、スーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
元素
炭素(C) 0.01~0.25
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 3.0~8.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 23.0~30.0
モリブデン(Mo) 2.0~4.0
ニッケル(Ni) 10.0~16.0
バナジウム(V) <0.5
タングステン(W) <0.5
銅(Cu) <0.5
コバルト(Co) <5.0
チタン(Ti) <0.1
アルミニウム(Al) <0.2
ニオブ(Nb) <0.1
ホウ素(B) <0.01
窒素(N) 0.50~0.90
【請求項19】
前記合金は、以下の元素および不可避の不純物(値はすべて重量%)からなる、請求項18に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
元素
炭素(C) 0.01~0.20
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 4.0~7.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 24.0~28.0
モリブデン(Mo) 2.5~3.5
ニッケル(Ni) 12.0~15.5
バナジウム(V) <0.3
タングステン(W) <0.1
銅(Cu) <0.1
コバルト(Co) <0.5
チタン(Ti) <0.05
アルミニウム(Al) <0.1
ニオブ(Nb) <0.025
ホウ素(B) <0.005
窒素(N) 0.52~0.80
【請求項20】
前記合金は、以下の元素および不可避の不純物(値はすべて重量%)からなる、請求項18または19に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
元素
炭素(C) 0.01~0.10
ケイ素(Si) <0.5
マンガン(Mn) 5.0~6.0
リン(P) <0.05
硫黄(S) <0.005
鉄(Fe) 残余
クロム(Cr) 26.0~28.0
モリブデン(Mo) 2.5~3.5
ニッケル(Ni) 13.0~15.0
バナジウム(V) 検出限界未満
タングステン(W) 検出限界未満
銅(Cu) <0.1
コバルト(Co) 検出限界未満
チタン(Ti) 検出限界未満
アルミニウム(Al) <0.1
ニオブ(Nb) 検出限界未満
ホウ素(B) <0.005
窒素(N) 0.54~0.80
【請求項21】
熱間変形をいくつかのサブ工程によって行なう、請求項18~20の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
【請求項22】
熱間変形サブ工程どうしの間に、生成物を再加熱し、最後の熱間変形工程の後、溶体化焼鈍を必要に応じて行なう、請求項18~21の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
【請求項23】
最後の熱間変形工程および任意の溶体化焼鈍の後、冷間成形工程を実行することで、2000MPaを超える、特に2500MPaを超える引張強度Rmが得られ、特に、RmとKVとの積が100000Mpa Jを超えるようにする、請求項18~22の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料を生産するための方法。
【請求項24】
特に、測定器および/または時計および/またはネジ式アクスルおよび/またはアクスルドライブの筐体、
および/または、
化学工場の建設および/または海水浄水場および/または造船におけるポンプおよび/またはたわみ管および/またはワイヤーライン、
および/または、
ねじおよび/またはボルトおよび/または仕上げ工具における、硫酸による腐蝕を被る構成要素およびシステム構成要素のために特に請求項18~23の何れか一項に記載の方法によって生産される、請求項1~17の何れか一項に記載のスーパーオーステナイト系材料の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スーパーオーステナイト系材料と、それを生産するための方法と、に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の材料は、例えば、化学工場の建設、または油田もしくはガス田技術において使用されている。
【0003】
この種の材料の要件の1つは、腐蝕、特に、塩化物濃度の高い媒材における腐蝕に耐えられなければならないことである。
【0004】
この種の材料は、例えば、特許文献1(中国特許出願公開第107876562号明細書)、特許文献2(中国特許出願公開第104195446号明細書)、または特許文献3(独国特許発明第43 42 188号明細書)から公知である。
【0005】
特許文献4(欧州特許出願公開第1 069 202号明細書)には、高い降伏強度、強度、および靱性を有する、常磁性かつ耐蝕性のオーステナイト鋼が開示されている。このオーステナイト鋼は、特に塩化物濃度の高い媒材において耐蝕性を有するであろう。また、このオーステナイト鋼は、0.6重量%~1.4重量%の窒素および17~24重量%のクロムに加えて、マンガンおよび窒素を含有するであろう。
【0006】
特許文献5(国際公開第02/02837号)には、油田技術の分野において、塩化物濃度の高い媒材中で使用する、耐蝕性の材料が開示されている。この材料は、クロム-ニッケル-モリブデン系のスーパーオーステナイトであり、窒素濃度は比較的低いが、クロム濃度およびニッケル濃度は非常に高い。
【0007】
前述のクロム-マンガン-窒素鋼と比較して、このようなクロム-ニッケル-モリブデン鋼は、通常、より優れた腐食挙動を示す。
【0008】
全体として、クロム-マンガン-窒素鋼は、かなり安価な合金組成物であるが、それでもなお、強度、靱性、および耐蝕性が顕著である。上述のクロム-ニッケル-モリブデン鋼は、耐蝕性がクロム-マンガン-窒素鋼よりも著しく高いものの、ニッケル含有量が非常に高いため、コストがクロム-マンガン-窒素鋼よりも著しく高くなる。
【0009】
耐蝕性を示す特性値としては、特に、いわゆるPREN16値がある。また、習慣として、いわゆる耐孔食指数は、MARCによって定義する。スーパーオーステナイトは、PREN=%Cr+3.3×%Mo+16×%Nとした場合、PREN16がα>42であると特定される。
【0010】
この種の鋼の耐孔食を記述する公知のMARC式は、MARC=%Cr+3.3×%Mo+20×%N+20×%C-0.25×%Ni-0.5×%Mnである。
【0011】
潜水艦用の造船鋼として使用する、同等の鋼種も知られている。これらは、クロム-ニッケル-マンガン-窒素鋼であり、炭素を安定させるためにニオブをさらに混合しているが、これによって切欠き棒靱性が減少している。基本的に、これらの鋼は、マンガンの含有が少なく、その結果、耐蝕性が比較的良いが、ドリルカラーの鋼種のような強度はまだ実現できていない。
【0012】
公知のスーパーオーステナイトは、耐蝕性を高めるために、通常、4%を超える濃度のモリブデンを含有する。しかしながら、モリブデンによって偏析傾向が増すことで、(特にシグマ相またはカイ相が)析出しやすくなる。その結果、実際、このような合金には均質化アニーリングが必要となり、モリブデンの含有が6%を超える場合は、偏析を減少させるための再溶融が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】中国特許出願公開第107876562号明細書
【特許文献2】中国特許出願公開第104195446号明細書
【特許文献3】独国特許発明第43 42 188号明細書
【特許文献4】欧州特許出願公開第1 069 202号明細書
【特許文献5】国際公開第02/02837号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、スーパーオーステナイト系の、高強度を有する強靱な材料であって、比較的簡便かつ安価な方法で生産できる材料を生産することである。
【0015】
前記目的は、請求項1の特徴を有する材料によって達成される。有利な改変を、従属請求項に開示する。
【0016】
本発明の他の目的は、前記材料を生産するための方法を創出することである。
【0017】
前記目的は、請求項18の特徴によって達成される。有利な改変を、前記請求項の従属請求項に開示する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
以下の記載におけるパーセンテージの値は、すべてwt%(重量パーセント)の値である。
【0019】
本発明によると、前記材料は、測定装置産業、特に時計製造産業において、特に、高感度測定装置、および、ネジ式アクスルドライブ(screw-carrying axle drives)のための筐体、ポンプ、たわみ管、ワイヤーライン、化学工場の建設、ならびに海水浄水場における使用を意図する。前記材料は、任意の冷間成形の後であっても、完全にオーステナイト系の構造を有するであろう。ひずみ硬化後の降伏強度Rp0.2は、1000MPaを超えるであろう。
【0020】
本発明に係る合金は、具体的には、以下の元素を含む。
【0021】
【表1】
【0022】
このような合金は、様々な公知の鋼種のプラスの特性を、相乗的かつ驚くべきやり方で組み合わせている。
【0023】
基本的に、本発明に係る鋼は、無析出状態で存在すべきである。これは、物質が析出すると、靱性および耐蝕性にマイナスの効果があるからである。
【0024】
鋳造されたブロックに対して行われた熱間成形工程の後、降伏強度Rp0.2は450MPaを超え、500MPaを超える値とすることも容易である。また、20℃における切欠き棒衝撃値は350Jを超え、最高で440Jとなる。
【0025】
ひずみ硬化後、降伏強度Rp0.2は確実に1000MPaを超え、経験から、最高で1100MPaとなる。ひずみ硬化後、20℃における切欠き棒衝撃値は確実に80Jを超え、経験から、200Jが実現できる。
【0026】
切欠き棒衝撃値は、DIN EN ISO 148-1にしたがって測定した値である。
【0027】
この強度と靱性との顕著な組み合わせは、従来は実現できなかったものであり、予測されなかったものであるが、本発明に係る特別な合金化状態によって実現され、これによって前記相乗効果を発揮する。
【0028】
本発明によると、引張強度Rmと切欠き棒靱性KVとの積としては、100000MPa Jを超え、好ましくは200000MPa Jを超え、特に好ましくは300000MPa Jを超える値を実現することが可能である。
【0029】
本発明に係る合金では、まったく驚くべきことに、非常に高い窒素値が得られるが、これは、強度の点において極めて有効である。これらの窒素値は、驚くべきことに、技術文献において実現可能であるとして示される値よりも高い。経験的な方法では、本発明に係る合金における高窒素濃度は、まったく実現できなかった。
【0030】
それぞれの元素について、適宜に他の合金成分とともに、以下に詳細に記載する。合金の組成に関する表示はすべて重量パーセント(wt%)で表す。個々の合金元素の上限および下限は、請求項の範囲内で、互いに自由に組み合わせることができる。
【0031】
炭素は、本発明に係る合金鋼に、最高で0.25%の濃度まで存在させることができる。炭素は、オーステナイトの生成を促進し、高い機械的特性値を得るために有益な効果がある。カーバイドの析出を避ける観点から、炭素含有量は、0.01~0.20重量%、特に0.01~0.10重量%に設定すべきである。
【0032】
ケイ素は、最高で0.5重量%の濃度まで含まれ、主に鋼の脱酸素に役立つ。示されている上限によって、金属間相の形成を確実に避けることができる。ケイ素はフェライトの生成を促進するので、この観点からも、上限は安全な範囲(safety range)となるように選択してある。具体的には、ケイ素は、0.1~0.3重量%の濃度で含めることができる。
【0033】
マンガンは、3~8重量%の濃度で存在する。先行技術による材料と比較して、これは極めて低い値である。今日までは、窒素溶解度を高めるためには、19重量%を超える、好ましくは20重量%を超えるマンガン濃度が必要であると考えられてきた。しかしながら、本願の合金では、驚くべきことに、マンガン濃度が本発明のように低くても、専門家の間で一般に広く実現可能と考えられているレベルを超える窒素溶解度を実現できることがわかった。加えて、今日までは、耐蝕性を高めると、マンガン濃度はひどく高くなってしまうと考えられてきた。しかしながら、本発明によると、未解明の相乗効果により、本願の合金においては、そのようなマンガン濃度は明らかに不要であることがわかった。マンガンの下限は、3.0、3.5、4.0、4.5、または5.0%から選択することができる。マンガンの上限は、6.0、6.5、7.0、7.5、または8.0%から選択することができる。
【0034】
クロムは、耐蝕性をより高めるために、17重量%以上の濃度が必要であることがわかっている。本発明によると、クロムは、少なくとも23%、多くとも30%の濃度で存在する。今日までは、クロムの濃度が24%重量%よりも高いと、透磁率に不利な効果をもたらすと考えられてきた。というのも、クロムは、フェライトを安定化させる元素の1つだからである。対照的に、本発明に係る合金では、23%を超える非常に高いクロム濃度であっても、本願の合金の透磁率には悪影響を及ぼさず、その代わりに、知られているように、孔食および応力割れ腐蝕に対する耐性に、最も適切なように影響を与えることが明らかになった。クロムの下限は、23、24、25、または26%から選択することができる。クロムの上限は、28、29、または30%から選択することができる。
【0035】
モリブデンは、耐蝕性一般および特に耐孔食性に大いに寄与する元素であり、その効果は、ニッケルによって強化される。本発明では、2.0~4重量%のモリブデンを添加する。モリブデンの下限は、2.0、2.1、2.2、2.3、2.4、または2.5%から選択することができる。モリブデンの上限は、3.5、3.6、3.7、3.8、3.9、または4.0%から選択することができる。モリブデン濃度がより高くなると、偏析の発生を防ぐために、ESR処理が必須となる。再溶融処理は、とても複雑かつ高価である。この理由から、本発明においては、PESR/ESR経路は避けるべきである。
【0036】
本発明によると、タングステンは、0.5%未満の濃度で存在し、耐蝕性の向上に寄与する。タングステンの上限は、0.5、0.4、0.3、0.2、0.1%または検出限界未満(すなわち、合金に対する意図的な添加はなし)から選択することができる。
【0037】
本発明によると、ニッケルは、10~16%の濃度で存在し、塩化物を含有する媒材において高い応力割れ耐蝕性を発揮する。ニッケルの下限は、10、11、12、または13%から選択することができる。ニッケルの上限は、15、15.5、または16%から選択することができる。
【0038】
文献によると、合金に銅を添加すると、硫酸中での耐性の点で有利であることがわかっているが、本発明によると、銅が0.5%を超えると、窒化クロムの析出傾向が強まることがわかった。窒化クロムの析出傾向が強まると、腐蝕特性に対するマイナスの効果がある。本発明によると、銅の上限は0.5%未満、好ましくは0.15%未満、最も好ましくは検出限界未満に設定される。
【0039】
コバルトは、特にニッケルの代わりとして、最高で5重量%の濃度まで存在させることができる。コバルトの上限は、5、3、1、0.5、0.4、0.3、0.2、0.1%、または検出限界未満(すなわち、合金に対する意図的な添加はなし)から選択することができる。
【0040】
窒素は、高強度を担保するために、0.50~0.90重量%の濃度で含まれる。また、窒素は、耐蝕性に寄与し、オーステナイトの生成を強力に促進する。このため、0.50重量%を超える、特に0.52重量%を超える濃度が有益である。窒素を含有する析出物、特に窒化クロムを避けるために、窒素の上限は0.90重量%に設定されており、公知の合金とは対照的に、マンガン含有量は非常に少ないにもかかわらず、合金中の窒素濃度をこのように高めることができることがわかった。一方における高い窒素溶解度と、より高い窒素濃度、特に0.90%を超える窒素濃度に起因する不利な点と、のため、PESR経路の一部として圧力誘起によって窒素含有量が増加するのは、実は問題外である。また、前記経路は、本発明において、クロムおよび窒素によって補償される低いモリブデン含有量のおかげで、不要である。炭素に対する窒素の比率が15を超える場合、特に有利である。窒素の下限は、0.50、0.52、0.54、0.60、または0.65%から選択することができる。窒素の上限は、0.80、0.85、または0.90%から選択することができる。
【0041】
一般的な先行技術(V.G.GavriljukおよびH.Berns;「High Nitrogen Steels」、p.264、1999)によると、本願のように大気圧で溶融したCrNiMn(Mo)系オーステナイト鋼では、窒素濃度は0.2~0.5%となる。クロム-マンガン-モリブデン系オーステナイトのみ、窒素濃度は0.5~1%となる。
【0042】
本発明によると、それでもなお、窒素濃度を非常に高くすることができ、圧力誘起によって窒素含有量を増加させる必要はない。
【0043】
さらに、ホウ素、アルミニウム、および硫黄を追加の合金成分として含有することができるが、これは任意である。本願の合金鋼は、合金成分としてバナジウムおよびチタンを必ずしも含有しない。これらの元素は確かに窒素溶解度に関してプラスの働きをするものの、本発明における高い窒素溶解度は、それらがなくても実現することができる。
【0044】
本発明に係る合金には、ニオブを含有させるべきではない。これは、ニオブが析出を生じさせることで、靱性を減少させるからである。これまで、炭素との結合のためだけに使われてきたが、本発明に係る合金では、炭素との結合は必要ない。最高で0.1%の濃度のニオブは許容可能ではあるが、不可避の不純物の濃度を上回るべきではない。
【図面の簡単な説明】
【0045】
本発明を、以下の図面に基づき、例を用いて説明する。
【0046】
図1】合金元素を示す表である。
図2】生産経路およびその代替経路の非常に模式的な描写を示した図である。
図3】本発明の概念の範囲内の3つの異なる合金と、主流の合金の理論上の窒素溶解度と比較した、前記合金の窒素含有量の実測値と、を示す表である。
図4図3で言及する各例の機械特性を示す表である。
図5】本発明に係る合金およびその使用分野を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
各成分を大気条件下で溶融し、その後、二次冶金加工を施す。その後、ブロックを鋳造し、直後に熱間鍛造する。本発明を説明する文脈において、「直後に」は、エレクトロスラグ再溶融(ESR)や加圧式エレクトロスラグ再溶融(PESR)などの追加の再溶融プロセスが行なわれないことを意味する。
【0048】
本発明によると、以下の関係が成り立つと、有利である。
MARCopt:40<wt%Cr+3.3×wt%Mo+20×wt%C+20×wt%N-0.5×wt%Mn
【0049】
前記MARC式は、最適化された結果、通常のニッケル除去は、本発明に係るシステムには適用されず、40という制限が必要である、という点が見出された。
【0050】
その後、必要に応じて、冷間成形工程を行なう。冷間成形工程では、ひずみ硬化が起こる。続いて、機械加工、特に旋削、圧延、または剥離を行なう。
【0051】
図2に、本発明に係る合金組成物を生産するための実施可能な加工経路の例を示す。以下に、実施可能な経路の1つを例として説明する。真空誘導溶解ユニット(VID)において、溶融金属を溶融すると同時に二次冶金加工を施す。その後、溶融金属を複数の鋳塊鋳型に流し込み、鋳塊鋳型内で固化させてブロック状にする。その後、これらのブロックを、複数の工程で熱間成形する。例えば、ブロックを回転鍛造機で前鍛造し、マルチライン圧延機で最終寸法に加工する。要件によっては、さらに加熱処理工程を実行することもできる。
【0052】
強度をさらに増大させるために、線引によって冷間成形工程を実行することができる。
【0053】
本発明に係るスーパーオーステナイト系材料は、上述の(特に図2に示す)生産経路によってのみ生産することができるものではなく、本発明に係る合金の有利な特性は、粉末冶金法を用いた生産経路によっても実現することができる。
【0054】
図3に、本発明に係る合金組成物の3つの異なる変形例を、それぞれの窒素測定値とともに示す。前記変形例は、本発明に係る合金に関連して、本発明に係る方法によって生産されたものである。これらの非常に高い窒素濃度は、右側の各欄に示す、「On restricting aspects in the production of non-magnetic Cr-Mn-N-alloy steels」(Saller,2005)のStein,Satir,KowandarおよびMedovarによる窒素溶解度とは対照的である。Medovarは、温度ごとの欄を示す。しかしながら、前記高い窒素値が、理論的に予測される値をはるかに上回ることは明らかである。
【0055】
図4を参照すると、図3に示す3つの合金は、本発明に係る方法を用いて生産され、ひずみ硬化を経ている。
【0056】
ひずみ硬化後、3つの材料すべてにおいて、Rp0.2はおよそ1000MPaであり、それぞれの引張強度Rmは1100MPa~1250MPaであった。加えて、切欠き棒衝撃値は、270Jから300Jを超える(合金Cの329.5J)までという顕著な範囲にあった。
【0057】
よって、強度と靱性との顕著な組み合わせを実現することが可能であった。3つの例すべてにおいて、Rm×KVの積は300000MPa Jを超えていた。
【0058】
これは大変驚くべきことである。というのも、本発明に係る合金の場合、実は、窒素溶解度が高くなる見込みを妥当なものとするような経路が取られていないからである。特に、窒素溶解度に対して非常にプラスとなる影響があるマンガン含有量が、対応する公知の合金と比較して、大幅に少ないからである。
【0059】
したがって、本発明には、以下の利点がある。すなわち、耐蝕性が高く、ニッケル含有量の低い、オーステナイト系の、高強度の材料を生産でき、前記材料は、同時に、高い強度と常磁性の挙動とを示す。冷間成形の後であっても、完全にオーステナイト系の構造が存在し、これによって、安価なCrMnNi鋼がもつプラスの特性を、CrNiMo鋼がもつ顕著な技術的特性とうまく組み合わせることが可能となった。
【0060】
本発明の特別な特徴の1つは、以下のとおりである。すなわち、窒素含有量が高いため、他のスーパーオーステナイトよりもひずみ硬化率が高く、2500MPaという引張強度(R)が実現できるようになっている。よって、最後の生産工程として、線引方法(drawing procedure)または他の冷間成形プロセス、好ましくは変形率の高いプロセスによって高いひずみ硬化を実現することが可能となっている。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明に係る材料の典型的な適用分野は、造船(特に潜水艦の建造)、化学工場の建設、海水浄水場、製紙工業、ねじおよびボルト、たわみ管、いわゆるワイヤーライン、仕上げ工具(completion tools)、ばね、弁、連結物(umbilical)、アクスルドライブ、ならびにポンプである。なお、使用分野に応じて、合金をわずかに調整することができる。そのような調整を図5に示す。
【0062】
特に、非常に高い強度を必要とする、ねじおよびボルト、たわみ管、ワイヤーライン、連結物などの用途においては、上述したように、冷間変形によって強度をより一層高めることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】