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特表2022-514951酵素特性が改善したトリプシン変異体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-02-16
(54)【発明の名称】酵素特性が改善したトリプシン変異体
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/64 20060101AFI20220208BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 15/57 20060101ALI20220208BHJP
   C07K 1/00 20060101ALI20220208BHJP
【FI】
C12N9/64 Z ZNA
C12N15/10 200Z
C12N15/57
C07K1/00
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021536366
(86)(22)【出願日】2019-12-19
(85)【翻訳文提出日】2021-06-18
(86)【国際出願番号】 EP2019086425
(87)【国際公開番号】W WO2020127808
(87)【国際公開日】2020-06-25
(31)【優先権主張番号】18214031.9
(32)【優先日】2018-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】521269953
【氏名又は名称】バイオファーマ トランスレーションズインスティテュート デッサウ フォルシュングス ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】BIOPHARMA TRANSLATIONSINSTITUT DESSAU FORSCHUNGS GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100152489
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 美樹
(72)【発明者】
【氏名】ヴァルトナー、レネ
(72)【発明者】
【氏名】ベーメ、マルクス
(72)【発明者】
【氏名】ボルドゥサ、フランク
(72)【発明者】
【氏名】シモン、アンドレアス ハンス
(72)【発明者】
【氏名】リヒター、トーマス
【テーマコード(参考)】
4B050
4H045
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD11
4B050LL05
4H045AA20
4H045DA76
4H045FA51
(57)【要約】
本発明は酵素特性が改善したトリプシン変異体に関し、特に、求核性基質に対する親和性の増加をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置および/または加水分解活性の低下をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換を含む変異トリプシンに関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
求核性基質に対する親和性の増加をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置および/または加水分解活性の低下をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換を含む変異トリプシン。
【請求項2】
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、好ましくはさらにR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換
を含む、請求項1に記載の変異トリプシン。
【請求項3】
40位のアミノ酸が芳香族、好ましくはFまたはYである、請求項1または2に記載の変異トリプシン。
【請求項4】
55位のアミノ酸が低分子脂肪族極性アミノ酸、好ましくはA、V、S、またはTである、請求項1~3のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項5】
96位のアミノ酸が酸性極性アミノ酸、好ましくはEまたはPである、請求項1~4のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項6】
97位のアミノ酸が好ましくはH、D、またはFである、請求項1~5のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項7】
99位のアミノ酸が芳香族アミノ酸、好ましくはF、Y、WまたはMである、請求項1~6のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項8】
143位のアミノ酸が好ましくはV、D、EまたはTである、請求項1~7のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項9】
151位のアミノ酸が好ましくはD、A、T、またはYである、請求項1~8のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項10】
190位のアミノ酸が低分子脂肪族アミノ酸、好ましくはAまたはVである、請求項1~9のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項11】
192位のアミノ酸が低分子脂肪族または芳香族アミノ酸、好ましくはA、V、F、またはWである、請求項1~10のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項12】
214位のアミノ酸が低分子脂肪族アミノ酸、好ましくはGまたはAである、請求項1~11のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項13】
219位のアミノ酸が極性アミノ酸、好ましくはQまたはPである、請求項1~12のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項14】
221位のアミノ酸が極性アミノ酸、好ましくはQまたはTである、請求項1~13のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項15】
K60およびD189位の両方に追加のアミノ酸置換と、Y39またはY59位に少なくとももう1つのアミノ酸置換とを含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項16】
Y39位およびY59位が置換された、請求項15に記載の変異トリプシン。
【請求項17】
K60位がEまたはDで置換された、請求項15または16に記載の変異トリプシン。
【請求項18】
D189位がK、HまたはRで置換された、請求項15~17のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項19】
Y39位がK、HまたはRで置換された、請求項15~18のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項20】
Y59位がK、HまたはRで置換された、請求項15~19のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項21】
追加のアミノ酸置換K60E、D189K、N143H、およびE151Hをさらに含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項22】
K60およびD189位の両方に追加のアミノ酸置換と、N143位またはE151位にヒスチジンによる少なくとももう1つのアミノ酸置換とを含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項23】
K60がEまたはDで置換された、請求項22に記載の変異トリプシン。
【請求項24】
D189がK、HまたはRで置換された、請求項22に記載の変異トリプシン。
【請求項25】
追加のアミノ酸置換Y39H、Y59H、K60E、およびD189Kをさらに含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の変異トリプシン。
【請求項26】
第1酵素がトリプシン変異体A2C8であり、第2酵素がトリプシン変異体K7F11であるか、または第1酵素がトリプシン変異体A2C8であり、第2酵素がトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであるか、または第1酵素がトリプシリガーゼIIであり、第2酵素がトリプシン変異体A2C8であるか、または第1酵素がトリプシリガーゼIIであり、第2酵素がトリプシン変異体K7F11であるか、または第1酵素がトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであり、第2酵素がトリプシン変異体A2C8であるか、または第1酵素がトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであり、第2酵素がトリプシン変異体K7F11である
2つの異なる認識配列に対する直交二重修飾のための2つの異なるトリプシン酵素の使用。
【請求項27】
a)直交二重修飾のための基質を準備する工程、
b)第1認識配列を認識する第1トリプシン酵素を用いて基質を修飾する工程、
c)第2認識配列を認識する第2トリプシン酵素を用いて基質を修飾する工程
を含む、基質の直交二重修飾のための方法。
【請求項28】
第1または第2トリプシン酵素がトリプシリガーゼII、トリプシン変異体A2C8、トリプシン変異体K7F11、トリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dを含む群から選択される、請求項27に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵素特性が改善したトリプシン変異体に関する。
【背景技術】
【0002】
共有結合修飾を有するポリペプチド、および特異的共有結合修飾をポリペプチドに導入する方法を提供することに対する需要が高い。
概して位置特異的ではないかまたはポリペプチドの全体的な修飾をもたらす様々な純化学的な方法に加えて、ポリペプチドの部位特異的修飾のための分子生物学的および酵素的方法、または化学的および酵素的方法の組み合わせも存在する。
【0003】
ポリペプチドの部位特異的修飾は、対応するポリペプチドを遺伝子レベルにおいて事前に操作しなければ例外的な場合にのみ起こり得る。例えば、その後の酵素触媒修飾のための認識配列は遺伝子レベルでポリペプチド配列に組み込まれ、これは位置特異的修飾のために用いられ得る(導入された標識の位置は認識配列の位置によって決定される)。
【0004】
部位特異的な様式でのポリペプチドの単一修飾のほか、起源が1つだけの酵素を利用することによるこれらの直交二重修飾は、現在の技術を適用して達成することができない新規なものである。直交二重修飾の文脈において、「直交」という用語は、有意な交差反応性を伴わない同一起源の2つの異なる生体触媒を用いた2つの様々な認識配列に対するポリペプチドの修飾を指す。ポリペプチドを修飾するための酵素的方法は、部位指向変異誘発による対応する認識配列の導入後の特定のアミノ酸配列または官能基の認識などの酵素の固有特性を用いる。位置特異性はそれぞれの酵素の高い基質特異性によって生じる。このように修飾された各ポリペプチドが認識配列を1つしか有さないという事実は、コンセンサス配列内では通常1つのアミノ酸のみが修飾されるため、方法に位置および官能基選択的性質を付与する。
【0005】
タンパク質分解酵素はポリペプチドの修飾に有用な酵素となり得る。トリプシンは塩基性アミノ酸残基のカルボキシ末端を特異的に切断するセリンタンパク質分解酵素である。活性部位はSer195、Asp102およびHis57(触媒三残基)からなる。Ser195は切断される基質とアシル酵素中間体を形成するため、タンパク質分解酵素反応性に有意に関与する。このアシル酵素中間体は水(ペプチド加水分解)、アミン(ペプチドアミノ分解)、アルコールおよびチオール(ペプチド(チオ)エステル化)などの様々な求核剤によって攻撃され得る。よって、共有結合アシル酵素中間体を形成することにより、セリンタンパク質分解酵素であるトリプシンは速度論的に制御されたアシル転移についてのすべての要件を満たす。
【0006】
ペプチド切断とは対照的に、ペプチド結合リンケージは2基質反応である。アシル供与体は酵素のS結合部位において結合する一方で、アシル受容体はS’結合領域と相互作用する。
【0007】
安定したアミド結合を介したポリペプチドのC末端修飾はアミド基転移反応に基づくものである。標識されるポリペプチドのC末端領域はトリプシン変異体とアシル酵素中間体を形成し、次いでこれは標識されたアシル受容体によって求核的に攻撃され得る。
【0008】
特許文献1には、トリプシン変異体K60E/D189K/N143H/E151H(トリプシリガーゼI)が記載されており、これは、制限部位-Tyr-Arg-His-を有するペプチドのP2‘位において亜鉛イオンにより誘導されたヒスチジン側鎖を認識し、亜鉛の存在下でアミノ酸チロシンとアルギニンとの間の認識配列-YRH-を特異的に加水分解する。
【0009】
EP18205212では、K60およびD189位の両方におけるアミノ酸置換とY39またはY59位における少なくとももう1つのアミノ酸置換とを含むトリプシン変異体が記載されている。記載されている好ましいトリプシン変異体はY39H/Y59H/K60E/D189K(トリプシリガーゼII)である。EP18205212は、標的ポリペプチドと、Xaaが任意のアミノ酸である認識部位Tyr-Arg-Xaa-Hisを含む制限部位ペプチドとを含むポリペプチドの使用にさらに関連しており、EP18205212に記載のように、前記制限部位ペプチドは、変異トリプシンの基質としての前記標的ポリペプチドのC末端におけるアミノ酸Tyrによって標的ポリペプチドと重複する。さらに、C末端アミド基転移標的ポリペプチドを調製するための方法およびN末端アシル基転移標的ポリペプチドを調製するための方法が提供されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2006/015879A1号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
これらのトリプシン変異体に鑑み、アミド基転移反応の脱アシル化工程内で加水分解よりもペプチドアミノ分解を指向し、かつ金属イオンの影響を受けない、改善した合成特性を有する変異体を提供する必要性がある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、求核性基質に対する親和性の増加をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置および/または加水分解活性の低下をもたらす少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換を含むトリプシン変異体を見出した。
【0013】
好ましい実施形態では、トリプシン変異体は、H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、好ましくはさらにR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換を含むか;またはH40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも1つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも2つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換;または
H40、A55、S214、G219、A221を含むグループ1から選択される少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換、およびR96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192を含むグループ2のうちの少なくとも3つのアミノ酸位置におけるアミノ酸置換
のいずれかを含む。
【0014】
本発明は、2つの異なる認識配列に対する直交二重修飾のための2つの異なるトリプシン酵素の使用と、2つの異なるトリプシン変異体を用いた基質の直交二重修飾のための方法とにさらに言及している。
【0015】
好ましい実施形態では、2つの異なる認識配列に対する直交二重修飾のための2つの異なるトリプシン酵素の使用は、第1酵素としてトリプシン変異体A2C8および第2酵素としてトリプシン変異体K7F11を用いるか、または第1酵素はトリプシン変異体A2C8であり第2酵素はトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであるか、または第1酵素はトリプシリガーゼIIであり第2酵素はトリプシン変異体A2C8であるか、または第1酵素はトリプシリガーゼIIであり第2酵素はトリプシン変異体K7F11であるか、または第1酵素はトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであり第2酵素はトリプシン変異体A2C8であるか、または第1酵素はトリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dであり第2酵素はトリプシン変異体K7F11である。
【0016】
好ましい実施形態では、基質の直交二重修飾のための方法は、a)直交二重修飾のための基質を準備する工程、b)第1認識配列を認識する第1トリプシン変異体を用いて基質を修飾する工程、c)第2認識配列を認識する第2トリプシン変異体を用いて基質を修飾する工程を含む。好ましくは、第1または第2トリプシン変異体はトリプシリガーゼII、トリプシン変異体A2C8、トリプシン変異体K7F11、トリプシン変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dを含む群から選択される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】トリプシリガーゼIならびに改善した変異体2G10、1C11およびハイブリッド変異体によって触媒されるアミド基転移反応についての生成物形成の時間的経過。反応条件:15μM Bz-AAYRHAAG-OH(アシル供与体)、30μM H-RHAK-OH(アシル受容体)、0.5~2.1μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、0.1mM ZnCl2、100mM NaCl、10mM CaCl2、T=30℃。UPLC分析:Waters Acquity Ultra Performance LC、C18カラム、勾配5~40%アセトニトリル、4分、254nmで検出。
図2】トリプシリガーゼIIライブラリからのファージディスプレイ選択およびスクリーニングの際に同定された選ばれた変異体の基質特異性データ。100μMアシル供与体(Bz-PGGXaaXaaXaaXaaAG-OH);200μMアシル受容体(H-XaaXaaXaaAK(DNP)-OH);1~5μM酵素変異体;100mM HEPES pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl、0.1mM ZnCl、T=30℃。UPLC分析:Waters Acquity Ultra Performance LC、C18カラム、勾配5~60%アセトニトリル、5分、360nmで検出;(k_(cat,AL)^app):アミノ分解反応の見かけの回転率。Xaa位でのアシル供与体/アシル受容体ペアのアミノ酸のバリエーションはy軸に示されており、例えば、YRAHはアシル供与体Bz-PGGYRAHAG-OHに関連し、対応するアシル受容体はH-RAHAK(DNP)-OHである。
図3】変異体A2C8、A2C8_H39Y、A2C8_H59YおよびA2C8_H39Y/H59Yによって触媒されるアミド基転移反応についての生成物形成の時間的経過。反応条件:100μM Bz PGGYRKKAG-OH(アシル供与体)、200μM H-RKKAK-OH(アシル受容体)、1μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃。UPLC分析:Waters Acquity Ultra Performance LC、C18カラム、勾配5~40%アセトニトリル、4分、254nmで検出。
図4】トリプシリガーゼIIライブラリからのファージディスプレイ選択およびスクリーニングの際に同定された選ばれた変異体の基質特異性データ。100μMアシル供与体(Bz-PGGXaaXaaXaaXaaAG-OH);200μMアシル受容体(H-XaaXaaXaaAK(DNP)-OH);1~5μM酵素変異体;100mM HEPES pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl、0.1mM ZnCl、T=30℃;UPLC分析:Waters Acquity Ultra Performance LC、C18カラム、勾配5~60%アセトニトリル、5分、360nmで検出;(k_(cat,AL)^app):アミノ分解反応の見かけの回転率。Xaa位におけるアシル供与体/アシル受容体ペアのアミノ酸のバリエーションはy軸に示されており、例えば、YRAHはアシル供与体Bz-PGGYRAHAG-OHに関連し、対応するアシル受容体はH-RAHAK(DNP)-OHである。
図5】様々なペプチド基質に相関して変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dおよび野生型トリプシンによって触媒されるアミド基転移反応についての生成物形成の時間的経過。反応条件:100μMアシル供与体(Bz PGGXaaXaaXaaHAG-OH);200μMアシル受容体(H-XaaXaaXaaAK(DNP)-OH);10μMトリプシン変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dまたは2.5nMアニオン性ラットトリプシンII、100mM HEPES/NaOH pH7.8、0.1mM ZnCl、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃。UPLC分析:Waters Acquity Ultra Performance LC、C18カラム、勾配5~60%アセトニトリル、5分、360nmで検出。
図6】2つのトリプシリガーゼII変異体の基質特異性におけるバリエーションを利用することによるFabフラグメントの二重修飾。トラスツズマブのHER2特異的Fabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAH、重鎖(配列番号2)および抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAH、軽鎖(配列番号3))を用い、それぞれの認識配列を遺伝子導入した。A)配列RRKHを認識するトリプシリガーゼII変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dをカルボキシフルオレセイン(CF)含有求核剤の結合のための第1工程で用いた。B)第2工程では、YRAH配列を認識するトリプシリガーゼII変異体A2C8を、メルタンシン(DM1)に共有結合した求核剤による修飾のために用いた。LC-MSによる分析。第1および第2修飾工程のための修飾および非修飾Fabフラグメント種の量をそれぞれMSスペクトルAおよびBに示す。MSスペクトルA)ピーク1:抗Her2-Fab-LC_R-OH/HC_YRAH(Mcalc.=50116Da、Mfound=50118Da)、ピーク2:抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAH(Mcalc.=50666Da、Mfound=50666Da)、ピーク3:抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRAH(Mcalc.=51095Da、Mfound=51097Da)。MSスペクトルB)ピーク1:抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_Y-OH(Mcalc.=49417Da、Mfound=49417Da)、ピーク2:抗Her2-Fab-LC_R-OH/HC_YRKKAK(MCC-DM1)(Mcalc.=50006Da、Mfound=50000Da)、ピーク3:抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRKKAK(MCC-DM1)(Mcalc.=50555Da、Mfound=50556Da)、ピーク4:抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRKKAK(MCC-DM1)(Mcalc.=50985Da、Mfound=50987Da)、ピーク5:抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRAH(Mcalc.=51095Da、Mfound=51095Da)。反応条件第1工程:100μM Fab;2000μM RKHAK(CF)-OH;5μM K7F11_H39Y/H59Y/K189D;100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃、T=180分。反応条件第2工程:50μM Fab;1000μM RKKAK(MCC-DM1)-OH;5μM A2C8;100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃、T=40分。
【発明を実施するための形態】
【0018】
発明の理解を容易にするために、発明に関連して用いられる用語の簡単な説明を提供しておく。本開示はSchechter,J.およびBerger,A.、Biochem.Biophys.Res.Commun.27(1967)157-162の用語を用いて、ペプチド基質上の様々なアミノ酸残基および対応するタンパク質分解酵素の活性部位内の個々の結合部位の位置を記載している。
【0019】
上のSchechter,J.およびBerger,A.により提案された用語によれば、ペプチド基質のアミノ酸残基は「P」という文字によって指定される。切断されるペプチド結合(「切断部位」または「認識部位」)のN末端側の基質のアミノ酸はP...P、P、Pと指定され、切断部位から最も遠いアミノ酸残基がPとなる。切断部位のC末端側のペプチド基質のアミノ酸残基はP`、P`、P`、...P`と指定され、切断部位から最も遠いアミノ酸残基がP`となる。したがって、切断される結合(「切断部位」または「認識部位」)はP-P`結合である。
【0020】
エンドペプチダーゼ(例えばトリプシンのような)の基質のアミノ酸の一般式は次のとおりである:
-P-P-P-P`-P`-P`P
エンドペプチダーゼの基質結合部位の名称はペプチド基質のアミノ酸残基の名称と類似する。しかしながら、エンドペプチダーゼの結合サブ部位は「S」という文字で指定され、1を超えるアミノ酸残基を含み得る。切断部位のN末端部位のアミノ酸についての基質結合部位はS...、S、S、Sと標識付けされる。切断部位のカルボキシ側のアミノ酸についての基質結合サブ部位はS`、S`、S’、...S`と指定される。したがって、エンドペプチダーゼでは、S`サブ部位がペプチド基質のP`基および入ってくる求核剤と相互作用する。
【0021】
エンドペプチダーゼの基質結合部位を記載するための一般式は次のとおりである:
-S-S-S-S`-S`-S`-S
結合部位は、本発明に係るトリプシン変異体の場合はアミノ酸Tyrである、ペプチド基質のうちの末位から2番目のアミノ酸Pの側鎖に結合する。S`結合部位は本件ではArgであるP`の側鎖と相互作用する。同様に、S`結合部位はP’位においてXaa残基の側鎖と相互作用する。
【0022】
「変異体」という用語は未変性のポリペプチド配列とはある程度異なったアミノ酸配列を有するポリペプチドを指す。通常、変異体アミノ酸配列は対応する親トリプシン配列と少なくとも約80%の相同性を有することになり、好ましくは、そのような対応する親トリプシン配列と少なくとも約90%、より好ましくは少なくとも約95%の相同性になるであろう。アミノ酸配列変異体は未変性のアミノ酸配列のアミノ酸配列内の特定の位置において置換、欠失、および/または挿入を有する。好ましくは、配列相同性は少なくとも96%または97%であろう。
【0023】
「相同性」は、最も高いパーセント相同性を達成すべく、必要に応じて配列を整列させギャップを導入した後にアミノ酸配列変異体内の一致する残基のパーセンテージとして規定される。整列のための方法およびコンピュータプログラムは当技術分野においては周知である。そのようなコンピュータプログラムの1つはGenentech,Inc.が著した「Align2」であり、これは1991年12月10日にワシントンDC20559の米国著作権局にユーザー文書と共に提出された。
【0024】
変異トリプシン
本発明の第1の態様は、配列番号1において与えられたトリプシン配列の23、38、78、79、81、123、131、172、174、192、196および198位にそれぞれ対応するキモトリプシン命名法に係るH40、A55、R96、K97、L99、N143、E151、S190、Q192、S214、G219、A221を含む群から選択される少なくとも1つのアミノ酸位置においてアミノ酸置換を含む変異トリプシンを提供する。
【0025】
当業者であれば、例えば、Hartley,B.S.およびShotton,D.M.、The Enzymes,P.D.Boyer(ed.),Vol.3,(1971),pp.323-373に記載のいわゆるキモトリプシン命名法に馴染みがあり、位置がキモトリプシン命名法に従って付与された変異体トリプシンの位置を配列番号1のトリプシン配列のうちの対応位置と整列させることに問題はないであろう。
【0026】
好ましい実施形態では変異トリプシンは、K60およびD189位の両方に追加のアミノ酸置換と、Y39またはY59位に少なくとももう1つのアミノ酸置換とを含む。
キモトリプシン命名法に係る39位は配列番号1において付与されるラット(Rattus norvegicus)からの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の22位に対応する。
【0027】
キモトリプシン命名法に係る59位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の42位に対応する。
キモトリプシン命名法に係る60位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の43位に対応する。
【0028】
キモトリプシン命名法に係る189位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の171位に対応する。
当業者であればキモトリプシン命名法を参照して位置を表すことに慣れているため、以下では、具体的な配列位置、例えば、K60位または単に60位への言及はキモトリプシン命名法に係る位置にのみ基づいている。
【0029】
さらに好ましい実施形態では、変異トリプシンはキモトリプシン命名法に係るK60およびD189位の両方に追加のアミノ酸置換と、N143位またはE151位にヒスチジンによる少なくとももう1つのアミノ酸置換とを含み、これらは配列番号1において与えられる配列の43、171、123、および131位とそれぞれ対応する。
【0030】
キモトリプシン命名法に係る60位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の43位に対応する。
キモトリプシン命名法に係る143位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の123位に対応する。
【0031】
キモトリプシン命名法に係る151位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の131位に対応する。
キモトリプシン命名法に係る189位は配列番号1において付与されるラットからの成熟陰イオン性ラットトリプシンIIの配列の171位に対応する。
【0032】
トリプシン酵素における関連する変異部位を特定するためおよび改善した特性を有する変異体を提供するために、発明者らはトリプシン変異体K60E/N143H/E151H/D189K(トリプシリガーゼI)に基づく2つの独立した酵素ライブラリから開始した。
【0033】
ライブラリAの作製のために、アミノ酸のH40、A55、K97、L99、S190およびQ192位をランダム化し、ライブラリBについてはD95、R96、L99、S214、G219およびA221位をランダム化した。ファージディスプレイによる選択とそれに続くELISAベースのスクリーニングにより、合成可能性に関して最良の変異体としては、ライブラリAではトリプシリガーゼI変異体2G10およびライブラリBでは変異体1C11が得られた。
【0034】
これら2つの変異体の酵素的速度解析(表1および図1を参照されたい)は合成可能性の最適化には様々な原因があることを示した。変異体2G10(トリプシリガーゼI+H40P、A55S、K97D、L99F、S190S、Q192E)は、初期の酵素トリプシリガーゼIと比較して、求核性RH基質に対して非常に高い親和性を示し、これにより、水との競合において求核剤として優先的に組み込まれ、よって、望ましくない加水分解ではなくアミノ分解(=望ましい生成物形成)をもたらす。
【0035】
その逆は変異体1C11(トリプシリガーゼI+R96V、L99F、S214G、G219S、A221G)であり、これはトリプシリガーゼIと比較して20分の1に低下した加水分解活性を示し、これにより、アミノ分解と加水分解との関係はアミノ分解側に大きくシフトする。求核剤に対する親和性の改善はこの変異体については示すことができなかった。
【0036】
方法および材料
UPLC分析
ペプチドおよび反応の分析はRP-C18カラム(ACQUITY UPLC BEH 130、C18、1.7μm、2.1x100mm)を備えたWaters ACQUITY UPLCシステムを用いて0.5ml/分の流速で実施した。用いた移動相は、それぞれ、(A)0.05%TFAを含む水および(B)0.05%TFAを含むアセトニトリルである。分析には2つの方法を適用した:
方法I:5分間でBが5~40%になる線形勾配、254nmで検出。
【0037】
方法II:5分間でBが5~60%になる線形勾配、360nmで検出。
生成物および抽出物の量は積分したピーク面積から算出した。
質量分析法
質量分析(MS)法はWaters Micromass(登録商標)ZQ(商標)MS検出器に接続したWaters HPLCシステムを備えたLC-MSによって実施した。LC分離はRP-C8カラム(XBridge(商標)、C8、3.5μM、2.1x100mm)を用いて0.3ml/分の流速で実施した。用いた移動相は、それぞれ、(A)0.1%TFAを含む水および(B)0.1%TFAを含むアセトニトリルである。分離のために、10分間でBが5~95%になる線形勾配を適用し、220nmで検出した。
【0038】
トリプシン変異体の発現および精製
すべての記載したトリプシン変異体の組換え産生のために、対応する遺伝子を、AgeI/XhoI制限部位を用いてpPICZαA発現ベクターにサブクローニングした。ベクターをコードする遺伝子で大腸菌(E.coli)DH5αを形質転換し、続いて、25μg/mlゼオシンを含むLB低塩(5g/l酵母エキス;10g/lトリプトン;5g/l NaCl)寒天プレートに細胞を播種した。37℃で一晩培養後に単一のコロニーを選び、25μg/mlゼオシンを含む液体LB低塩培地に移した。連続的に振とうさせながら細胞を37℃で一晩培養した。5000xgで5分間の遠心分離により細胞を回収した後、標準的なプロトコルに従ってプラスミドを単離した。単離したプラスミドはSacI消化によって直線化した。続いて、ピキア・パストリス(P.pastoris)X-33細胞をエレクトロポレーションにより直線化プラスミドで形質転換し、100μg/mlゼオシンを含むYPDS(10g/l酵母エキス;20g/lペプトン;20g/lデキストロース;1Mソルビトール)寒天プレートに播種した。これらのプレートを30℃で3日間培養した。トリプシン変異体の発現のために、単一のコロニーを選び、2%デキストロースを含む緩衝化最小培地(100mMリン酸カリウムpH6.0;1.34%酵母ニトロゲンベース)に移した。30℃で48時間の培養および継続的な振とう後、4000xgで5分間細胞を回収した。その後、細胞ペレットを緩衝化最小培地に再懸濁し、1%(v/v)メタノールの添加によりタンパク質産生を誘導した一方で、トリプシン変異体は上清へ分泌させた。タンパク質の産生は1%(v/v)メタノールを毎日添加し継続的に振とうしながら30℃で5日間培養することによって実施した。5日後、5000xgで20分間遠心分離することにより細胞を上清から分離した。分泌したトリプシン変異体の単離のために、カチオン交換クロマトグラフィーとそれに続くサイズ排除クロマトグラフィーからなる2段階精製を実施した。AKTA FPLCを用いて、20ml HiPrep(商標)SP FFカラム(GE Healthcare)を10カラム容量の結合緩衝液(20mM酢酸ナトリウムpH4.0)で平衡化した。上清を1容量の結合緩衝液で希釈し、カラムに充填した。10カラム容量の結合緩衝液による洗浄工程後、タンパク質を溶出緩衝液(100mM HEPES/NaOH pH7.8、200mM NaCl、10mM CaCl)で溶出し、タンパク質含有フラクションを280nmにおける吸収によって検出した。プールしたタンパク質含有フラクションを、Amicon(登録商標)遠心フィルタ装置(NMWL:10kDa、ミリポア)を用いて約1mlの容量まで濃縮した。続いて、濃縮したタンパク質溶液を、緩衝液(100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl)で平衡化したHiLoad(商標)16/60Superdex(商標)75pgカラム(GE Healthcare)を用いたサイズ排除クロマトグラフィーによって精製した。単量体酵素種(約24kDa)の280nmにおける吸収ピークに関連するタンパク質含有フラクションはSDS-PAGEによって同定した。純度が90%を超えるフラクションをプールし、Amicon(登録商標)遠心フィルタ装置(NMWL:10kDa、ミリポア)で濃縮した。タンパク質濃度は280nmにおける吸収および変異体の対応する吸光係数によって決定した。トリプシン変異体の同一性(identity)はLC-MSによって確認した。
【0039】
Fabフラグメントの発現および精製
Her2特異的Fabフラグメント抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAHの組換え産生のために、対応する遺伝子配列(配列番号64)を標準的な方法によってpASK-IBA7Plus発現ベクターにサブクローニングした。大腸菌BL21(DE3)を発現プラスミドで形質転換し、100μg/mlアンピシリンを含むLB(5g/l酵母エキス;10g/lトリプトン;10g/l NaCl)寒天プレートに播種した。37℃で一晩培養後、単一のコロニーを選び、100μg/mlアンピシリンを含む液体LB培地に移した。Fabフラグメントの発現のために、継続的に振とうしながらこの前培養物を37℃で一晩培養し、その後100μg/mlアンピシリン(0.1のOD600nmから開始)を含むLB培地における主培養物の播種に用いた。培養物が0.8~1のOD600nmに達すると、0.2μg/mlアンヒドロテトラサイクリンの添加によってタンパク質産生を誘導した。継続的に振とうしながら30℃で4時間培養後、5000xgで20分間の遠心分離により細胞を回収した。ペレットを溶解緩衝液(20mMリン酸ナトリウムpH7.0、0.1mM AEBSF)に再懸濁した。超音波処理(8×10秒、30%振幅)によって細胞を破壊し、20000xgで35分間の超遠心分離により細胞片を除去した。Fabフラグメントの単離のために、Protein Gアフィニティークロマトグラフィーとそれに続くサイズ排除クロマトグラフィーからなる2段階精製を実施した。AKTA FPLCを用いて、1ml HiTrap(商標)Protein G HPカラム(GE Healthcare)を10カラム容量の結合緩衝液(20mMリン酸ナトリウムpH7.0)で平衡化した。カラムに上清を充填した後、10カラム容量の結合緩衝液を用いて洗浄工程を実施した。溶出は10カラム容量の溶出緩衝液(100グリシン/HCl pH2.7)を用いて実施し、収集したフラクションは直ちに20%(v/v)中和緩衝液(1M Tris pH9.0)で中和した。タンパク質含有フラクションは280nmにおける吸収によって検出した。プールしたタンパク質含有フラクションを、Amicon(登録商標)遠心フィルタ装置(NMWL:10kDa、ミリポア)を用いて約1mlの容量まで濃縮した。続いて、濃縮したタンパク質溶液を、緩衝液(100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaCl)で平衡化したHiLoad(商標)16/60Superdex(商標)75pgカラム(GE Healthcare)を用いたサイズ排除クロマトグラフィーによって精製した。単量体Fab種(約50kDa)の280nmにおける吸収ピークに関連するフラクションはSDS-PAGEによって同定した。純度が90%を超えるフラクションをプールし、Amicon(登録商標)遠心フィルタ装置(NMWL:10kDa、ミリポア)で濃縮した。最終的なタンパク質濃度は280nmにおける吸収および変異体の対応する吸光係数によって決定した。Fabフラグメントの同一性はLC-MSによって確認した。
【0040】
ペプチド合成
ペプチド合成用のすべての試薬および界面活性剤(detergent)はドイツのSigma Aldrich(登録商標)において市販の最も高品質なものを購入した。ペプチド合成用のすべてのアミノ酸および構成要素(Lys(Dnp)、Lys(ivDDE))はドイツのマルクトレドヴィッツにあるIRIS(登録商標)Biotech GmbHにて購入した。DM1は米国のサンディエゴにあるConcortis(登録商標)にて購入した。
【0041】
ペプチドはMerrifieldによって記載されているようにFmoc/保護基手法を用いた標準的な手順で合成した。最終的なペプチド配列によると第1アミノ酸はクロロトリチル樹脂にカップリングした。以下では、DMF中で20%ピペリジンを用いることによってFmoc切断を実施した。さらなるカップリングのために、アミノ酸は((1-[ビス(ジメチルアミノ)メチレン]-1H-1,2,3-トリアゾロ[4,5-b]ピリジニウム3-オキシドヘキサフルオロホスフェート)(HATU)を用いて活性化させた。樹脂からの最終的な切り出しおよび側鎖保護基の脱保護は95%TFA、2.5%トリイソプロピルシランおよび2.5%水を用いて行った。溶媒を蒸発させた後、油性の残部を水/ACNに溶解し、分取HPLC(Merck/Hitachi-HPLC、Vydac-C18、5~80%ACN、30/60分)で精製した。凍結乾燥後、ペプチドの生成物含有フラクションが結晶性の粉末として得られた。生成物の同一性および純度はHPLC(Waters、ACQUITY UPLC、BEH130)およびLC-MS(Waters、X-Bridge BEH300)によって実証された。すべてのペプチドの純度は98%を超えていた。
【0042】
メルタンシン(DM1)官能化ペプチドH-RKKAK(MCC-DM1)-OHを合成するために、構成要素Fmoc-Lys(ivDde)を用いた。RKKAK(ivDde)ペプチドの合成後、DMF中の2%ヒドラジンを用いて、完全に保護されたペプチドからリジンの保護基を除去した。その後、リジン側鎖を、DMF中の1.1当量の4-(N-マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボン酸スクシンイミジルで官能化した。最終工程では、RKKAK(MCC)は、緩衝化リン酸緩衝液/ACNシステム(pH7.4)を用いて、マイケル付加を介してメルタンシンにカップリングさせた。
【0043】
樹脂からの最終的な切り出しおよび側鎖保護基の脱保護やH-RKKAK(MCC-DM1)-Hの精製を上記のように行った。生成物は2つの種の異性体混合物として得られた。生成物の同一性および純度はUPLCおよびLC-MSによって実証された。H-RKKAK(MCC-DM1)-OHの純度は99%を超えていた。
【0044】
トリプシリガーゼIIおよび改善したトリプシリガーゼII変異体によって触媒されるモデルアミド基転移反応
モデルアミド基転移反応は、15~250μMアシル供与体、2当量の対応するアシル受容体、様々な濃度のトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、±0.1mM ZnCl、100mM NaCl、10mM CaClを含む溶液中において30℃で実施した。アシル供与体およびアシル受容体はP’~P’位に同一のアミノ酸、例えば、Bz-PGGYRAHAG+H-RAHAK-OHまたはBz-PGGYRKKAG+H-RKKAK-OHを有していた。バリエーションが示されている。アシル受容体は末端リジンの側鎖に2,4-ジニトロフェニル基(DNP)、例えば、H-RAHAK(DNP)-OHまたはH-RKKAK(DNP)-OHを有することがあった。反応は酵素の添加により開始した。生成物形成の時間的経過を記録するためおよび/または反応の速度論的評価のために、いくつかの一定分量の反応混合物を最大で4時間までの異なる時点で25%(v/v)酢酸でクエンチした。反応混合物の組成は、アシル受容体内の2,4-ジニトロフェニル基の非存在(方法I)または存在(方法II)に応じて、方法IまたはIIを用いたUPCLによって分析した(実施例1を参照されたい)。測定は2回実施し、誤差は5%未満であった。
【0045】
トリプシリガーゼIIおよび改善したトリプシリガーゼII変異体によって触媒される加水分解反応の回転率の決定
加水分解反応は様々な濃度のアシル供与体Bz-PGGYRAHAG-OH(トリプシリガーゼIIについては0~5000μM、変異体A2C8については0~1500μM)、2μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaCl、10mM CaClを含む溶液中において30℃で実施した。トリプシリガーゼIIの場合、反応は100μM ZnClの存在下で実施した。反応は酵素の添加により開始した。反応の速度論的評価のために、いくつかの一定分量の反応混合物を30分以内の異なる時点で25%(v/v)酢酸でクエンチした。方法Iを用いるUPCLによって反応混合物の組成を分析した(実施例1を参照されたい)。アシル供与体および加水分解生成物に存在するN末端ベンゾイル基(Bz-)のUV吸収が254nmにおいて検出された。加水分解反応の回転率(kcatHL)を決定するために、加水分解反応についての初期の回転率を対応するアシル供与体濃度に対してプロットし、ミカエリスメンテン式にフィッティングした。測定は2回実施し、誤差は5%未満であった。
【0046】
求核性ペプチドのK値の決定
トリプシリガーゼIIについては、求核性ペプチド(アシル受容体)のK値の測定は、その強い亜鉛イオン依存性により、亜鉛イオンの存在下または非存在下で実施した。変異体A2C8の場合、亜鉛イオンの非存在下で測定を実施した。トリプシリガーゼIIおよび変異体A2C8によるアミド基転移反応は、250μMのアシル供与体Bz-PGGYRAHAG-OH、様々な濃度のアシル受容体H-RAHAK(DNP)-OH(亜鉛イオンの非存在下ではトリプシリガーゼIIについては0~5000μM、亜鉛イオンの存在下ではトリプシリガーゼIIについては0~1500μM、変異体A2C8については0~1000μM)、0.2~1.5μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、±0.1mM ZnCl、100mM NaCl、10mM CaClを含む溶液中において30℃で実施した。反応は酵素の添加により開始した。反応の速度論的評価のために、いくつかの一定分量の反応混合物を30分以内の異なる時点で25%(v/v)酢酸でクエンチした。反応混合物の組成は方法IIを用いてUPCLによって分析した(実施例1を参照されたい)。アシル受容体およびアミノ分解生成物に存在する2,4-ジニトロフェニル基(DNP)のUV吸収が360nmにおいて検出された。求核性ペプチドのK値を決定するために、アミノ分解反応の初期の回転率を対応するアシル受容体濃度に対してプロットし、ミカエリスメンテン式にフィッティングした。測定は2回実施し、誤差は5%未満であった。
【0047】
Her2特異的Fabフラグメントの直交二重修飾
Her2特異的Fabフラグメントの二重修飾のために、2つの直交認識配列をそれぞれ重鎖および軽鎖の対応するC末端に結合させた。これは2つの異なる官能基の酵素媒介接合を可能にするために行われた。配列番号2に示されているように、軽鎖は短いペプチドスペーサー(LSPGG)によってC末端において伸長され、変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dの認識配列(RRKH)を含むアミノ酸配列RRKHAGが続いている。重鎖のC末端は短いペプチドスペーサー(ADKPGG)によって伸長され、アミノ酸配列YRAHAGが続き、これは、変異体A2C8の認識配列(YRAH)および任意の精製または検出目的のためのcMycタグ(EQKLISEEDL)を含む。2つの直交認識配列を含むHer2特異的Fabフラグメント(aHer2-Fab-LC_RRKH-HC_YRAH)の二重修飾は、第1工程で軽鎖に蛍光色素(5(6)-カルボキシフルオレセイン)を結合し、第2工程で重鎖に細胞毒性化合物メルタンシン(DM1)を結合する2段階修飾反応によって実施した(図6)。
【0048】
軽鎖の修飾のためのアミド基転移反応は100μM aHer2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAH、2000μM H-RKHAK(CF)-OH、5μM K7F11_H39Y/H59Y/K189D、100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaClを含む溶液中で実施した。酵素の添加により反応を開始し、30℃で180分間培養した。続いて、酵素および残るカルボキシフルオレセイン含有求核剤(H-RKHAK(CF)-OH)をProtein Gアフィニティークロマトグラフィーによって除去した。AKTA FPLCを用いて、1mlのHiTrap(商標)Protein G HPカラム(GE Healthcare)を10カラム容量の結合緩衝液(20mMリン酸ナトリウムpH7.0)で平衡化した。反応混合物を塗布した後、10カラム容量の結合緩衝液でカラムを洗浄した。続いて、結合したFabフラグメント種を10カラム容量の溶出緩衝液(100グリシン/HCl pH2.7)で溶出し、集めたフラクションを1/5容量の中和緩衝液(1M Tris pH9.0)で直ちに中和した。タンパク質含有フラクションをプールし、Amicon(登録商標)遠心フィルタ装置(NMWL:10kDa、ミリポア)を用いて緩衝液を100mM HEPES/NaOH pH7.8、100mM NaClに交換した。
【0049】
重鎖の第2修飾反応は、50μMの単一修飾aHer2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRAH、1000μM H-RKKAK(MCC-DM1)-OH、5μM A2C8、100mM HEPES/NaOH pH 7.8、100mM NaClを含む溶液中で実施した。酵素の添加により反応を開始し、30℃で40分間培養した。続いて、酵素および残るDM1含有求核剤(H-RKHAK(MCC-DM1)-OH)を上記のようにProtein Gアフィニティークロマトグラフィーによって除去した。第1および第2修飾工程毎の修飾および非修飾Fabフラグメント種の割合をLC-MSにより分析した(実施例1を参照されたい)。第1修飾工程後、Fabフラグメントの最大で90%までが軽鎖においてカルボキシフルオレセインのみで修飾されていた(抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRAH、図6スペクトルAピーク3、Mcalc.=51095Da、Mfound=51097Da)。さらに、未消費のFabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRAH、図6スペクトルAピーク2、Mcalc.=50666Da、Mfound=50666Da)および軽鎖において加水分解された認識配列を有するFabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_R-OH/HC_YRAH、図6スペクトルAピーク1、Mcalc.=50116Da、Mfound=50118Da)に対応する2つの微量な副生成物を特定することができた。重鎖における認識配列に対する修飾は観察されなかった。
【0050】
第2修飾工程後、Fabフラグメントの最大で75%までが軽鎖においてカルボキシフルオレセイン、重鎖においてDM1で二重修飾されており(抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRKKAK(MCC-DM1)、図6スペクトルBピーク4、Mcalc.=50985Da、Mfound=50987Da)、所望の構成を示していた。さらに、軽鎖においてカルボキシフルオレセイン、重鎖において全長認識配列を有する単一修飾Fabフラグメント(anti-Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_YRAH、図6スペクトルBピーク5、Mcalc.=51095Da、Mfound=51095Da)、重鎖においてDM1、軽鎖において全長認識配列を有する単一修飾Fabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_RRKH/HC_YRKKAK(MCC-DM1)、図6スペクトルBピーク3、Mcalc.=50555Da、Mfound=50556Da)、重鎖においてDM1、軽鎖において加水分解された認識配列を有する単一修飾Fabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_R-OH/HC_YRKKAK(MCC-DM1)、図6スペクトルBピーク2、Mcalc.=50006Da、Mfound=50000Da)、軽鎖においてカルボキシフルオレセイン、重鎖において加水分解された認識配列を有する単一修飾Fabフラグメント(抗Her2-Fab-LC_RRKHAK(CF)/HC_Y-OH、図6スペクトルBピーク1、Mcalc.=49417Da、Mfound=49417Da)に対応する4つの微量な副生成物が検出された。この場合も、変異体A2C8に関連し得る軽鎖のC末端における修飾は検出されなかった。
【実施例
【0051】
実施例1
生成物収率ならびにアミノ分解
【0052】
【数1】
【0053】
および加水分解
【0054】
【数2】
【0055】
の見かけの回転率の測定は次の条件でのモデルアミド基転移反応により実施した:250μM Bz-AAYRHAAG-OH(アシル供与体)、500μM H-RHAK-OH(アシル受容体)、5~10μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、0.1mM ZnCl、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃。アシル受容体についてのK値は、一定のアシル供与体濃度および様々なアシル受容体濃度でのアミノ分解の見かけの回転率の測定によって決定した。
【0056】
【表1】
【0057】
2G10は、未変性のトリプシリガーゼと比較して(222μM)、アシル受容体に対して親和性が増加しており(23μM)、1C11はアシル受容体に対して親和性が低下していた(>5000μM)。改善した変異体はいずれも加水分解活性に対するアミノ分解活性の比率が有意に増加している(2G10および1C11については6倍および13倍)。これは生成物収率の増加に反映される合成効率の改善と相関する。2G10については、加水分解対アミノ分解比の改善はペプチド求核剤に対する親和性がより良好な結果である。これは、アミド基転移反応の脱アシル化工程におけるアシル・酵素・中間体に対する求核攻撃をめぐる水分子とペプチドの間の直接的な競合を伴う。1C11については、加水分解対アミノ分解比の改善は加水分解活性が有意に低下した(37分の1)結果であり、アミノ分解活性は3分の1に下がっている。2G10および1C11の変異を1つの変異体(ハイブリッド)において組み合わせて、異なる改善様式による合成効率に相乗効果があるかどうかを確認した。
【0058】
実施例2
これらの酵素速度論的所見に基づいて、これらの2つの変異体2G10および1C11において同定された位置をハイブリッド変異体において組み合わせた。表2および図1に示されるように、変異体2G10および1C11において特定された位置の組み合わせにより生じるハイブリッド変異体は両方の正の効果のメリットがある。
【0059】
生成物収率ならびにアミノ分解
【0060】
【数3】
【0061】
および加水分解
【0062】
【数4】
【0063】
の見かけの回転率の測定は次の条件でのモデルアミド基転移反応により実施した:15μM Bz-AAYRHAAG-OH(アシル供与体)、30μM H-RHAK-OH(アシル受容体)、0.5~2.1μMトリプシン変異体、100mM HEPES/NaOH pH7.8、0.1mM ZnCl、100mM NaCl、10mM CaCl、T=30℃。
【0064】
【表2】
【0065】
ハイブリッド変異体は合成効率におけるさらなる改善を示し、これは、特に低基質濃度(15μM)での有意に良好な加水分解対アミノ分解比の結果として生成物収率の改善に反映される。これは、未変性のトリプシリガーゼIならびに改善した変異体2G10および1C11よりも良好な合成特性を示すトリプシン変異体を生じる相乗効果があるという結論をもたらす。認識配列を変更した新規なトリプシン変異体を生成するために、トリプシリガーゼIの合成効率を改善することが示されたアミノ酸位置を含む、トリプシリガーゼIIに基づく新規なトリプシンライブラリを設計した。このライブラリを、認識配列YRAHおよびYRKHを有する2つの異なる基質を用いた改善している可能性のあるアミド基転移酵素の濃縮のためにファージディスプレイを介した選択に供した。
【0066】
実施例3
これらの調査に基づいて、これら2つの変異体2G10および1C11の変異位置はトリプシン変異体Y39H/Y59H/K60E/D189K(トリプシリガーゼII)に基づく新規な酵素ライブラリにおいて組み合わされ、よってこのライブラリから得られる変異体が両方の正の効果のメリットを受け、したがって、さらに最適化されていることになる。これに応じて、40、55、96、97、143、151、190、192、214、219および221位はこのトリプシリガーゼIIライブラリではランダム化された一方で、変異L99FはトリプシリガーゼIライブラリAおよびBの両方に存在しているため固定化された。トリプシリガーゼIにおける143および151位は亜鉛複合体の形成に関与しているため、認識配列YRHに対するヒスチジン特異性を伝達する。トリプシリガーゼIIでは、このヒスチジン特異性は39および59位にシフトし、認識配列YRAHが生じる。よって、P’位特異性に関与する可能性のある143位および151位はトリプシリガーゼIIライブラリにおけるランダム化に利用可能である。基質/求核剤に対する親和性を高める所望の効果に加えて、これは亜鉛複合体の形成に依存しない可能性ももたらし得、これは組換えタンパク質の用途指向的な修飾に関して望ましいことになる。ファージディスプレイとELISAベースのスクリーニングとを用いて、表3および4に示すトリプシリガーゼII変異体が同定された。
【0067】
【表3】
【0068】
【表4】
【0069】
改善した生体触媒の同定のために、ファージディスプレイを介した4回目の選択の2つの変異体プールをELISAベースのハイスループットスクリーニングに供した。YRAH基質またはYRKH基質のいずれかで合成効率の増加を示す合計26個のトリプシン変異体を同定することができた。2つの認識配列を明確に区別する変異体は同定されなかった。
【0070】
実施例4
ファージディスプレイ選択を介して同定された最も有望な変異体を、図2に示すように、基質特異性に関するさらなる特性決定に供した。
【0071】
変異体A2C8およびK7F11はYRKK基質配列に対して最も高い活性を示した。P’位についての特異性において高フレキシビリティがすべての変異体で観察された。これは、最適化された変異体にとって亜鉛イオンは不要(redundant)であるという仮説をもたらす。さらに、変異体A2C8およびK7F11は、それらが認識配列の直交性ペアを有しているので、直交性の可能性がある生体触媒である。A2C8はLRKHをアシル供与体として受容するが、これはK7F11には当てはまらない。K7F11はWRAHをアシル供与体として受容するが、これはA2C8には当てはまらない。
【0072】
最も有望な変異体A2C8(トリプシリガーゼII+H40F、A55A、R96E、K97D、L99F、N143E、E151Y、S190V、Q192A、S214G、G219Q、A221T)およびK7F11(トリプシリガーゼII+H40Y、A55A、R96E、K97E、L99F、N143V、E151E、S190A、Q192V、S214G、G219P、A221Q)について、金属イオンの依存性および合成効率に関するさらなる調査を実施した。
【0073】
トリプシリガーゼII、A2C8およびK7F11によって触媒されるアミド基転移反応の亜鉛依存性に関する結果を表5に示す。トリプシリガーゼIIならびに変異体A2C8およびK7F11に対して行われた速度論的測定の結果を表6に示す。
【0074】
【表5】
【0075】
未変性のトリプシリガーゼIIは亜鉛イオンへの強い依存性を示す。亜鉛イオンの非存在下ではアミノ分解反応の見かけの回転率は12分の1に減少し、その結果、生成物収率は18%から4%に低下する。この理由は、中心原子としての亜鉛イオンと、トリプシリガーゼIIの人工ヒスチジン(H39およびH59)およびペプチド局在ヒスチジンの間の複合体形成がないために求核剤に対する親和性が低いからである。A2C8はYRAHおよびYRKH配列を有する2つの基質を用いた場合には亜鉛イオンへの依存性を示さない一方、アミノ分解反応の見かけの回転率は亜鉛イオンがないことによるメリットがある。これはYRKK基質について示されているようにP’位におけるヒスチジンの置換を可能にし、これはアミノ分解反応の回転率ならびに生成物収率に対して向上した効果をさらに有する。K7F11はYRAH基質についてのみわずかな亜鉛イオン依存性を示す。亜鉛イオンの非存在下ではアミノ分解反応の回転率は2分の1に低下し、その結果、生成物収率が43%から26%に低下する。この依存性は、亜鉛イオンの非存在下においてより良好な合成性能をもたらすリジンとのP’位におけるアラニンの置換によって無効化し得る。また、K7F11はP’ヒスチジンの置換を許容し、アミノ分解反応の見かけの回転率および生成物収率に対する効果の向上ももたらす。K7F11およびA2C8の亜鉛依存性の欠如は、トリプシリガーゼIIの人工ヒスチジンは、ランダム化された位置において新規に導入された変異によって獲得される良好な合成特性に影響を与えることなく野生型トリプシンにおいて見られる未変性のアミノ酸へと逆変異させ得るという仮説をもたらす。
【0076】
【表6】
【0077】
アミド基転移酵素としての変異体A2C8およびK7F11の適合性を未変性のトリプシリガーゼIIと比較してさらに調査した。したがって、触媒されたアミド基転移反応についての酵素パラメータを、好ましい認識モチーフ(recognition motive)を有するペプチド基質を用いたモデルアミド基転移反応によって決定した。さらに、モデルアミド基転移反応を高(250μM)および低(15μM)基質濃度で実施して、新規な生体触媒が、治療用タンパク質の修飾にとって重要な要件である、低基質濃度でも所望の反応を効率的に触媒できるかどうかを確認した。高い基質濃度では、未変性のトリプシリガーゼIIはわずか0.9という低い加水分解対アミノ分解比を示し、これは17%という中程度の生成物収率をもたらす。基質濃度を15μMまで低下させるとアミノ分解反応の見かけの回転率の有意な低下をもたらす一方で、脱アシル化工程は回転率が10倍高い加水分解反応が支配的になり、生成物収率が3%と低くなる。改善した生体触媒、特に変異体A2C8は合成効率の劇的な増加を示した。250μMの基質濃度では、A2C8は70という優れた加水分解対アミノ分解比を有し最終的には64.9%の生成物収率が得られ、これは、所与の反応条件(2倍過剰の求核剤)下で熱力学的に制限される理論的に到達可能な67%の収率とほぼ一致する。低基質濃度であっても、脱アシル化工程内ではアミノ分解反応が明らかに優勢であり、加水分解反応よりも7倍高い見かけの回転率を示す。46%の生成物収率に達しており、A2C8は未変性のトリプシリガーゼIIよりも14倍高い生成物収率を示す。求核性ペプチドに対する生体触媒の親和性を改善しかつ/またはその加水分解活性を減少させる変異を導入することによって、改善したアミド基転移活性が達成されると仮定した。したがって、未変性のトリプシリガーゼIIおよび変異体A2C8両方のパラメータを説明する対応する実験データを測定した。これらのデータの要約は表7に示されており、求核性ペプチドに対する酵素のK値および求核性ペプチドの非存在下での加水分解の回転率を含む。
【0078】
求核性ペプチドに対する改善した親和性に関する仮説が未変性のトリプシリガーゼIIに既に当てはまっているという1つ目の指標は、トリプシリガーゼIIによって触媒されるアミド基転移反応の亜鉛依存性の研究において観察された。トリプシリガーゼIIは、亜鉛イオンが存在しないとアミノ分解反応の見かけの回転率の有意な低下および、より重要なことに、生成物収率が4分の1まで顕著に低下するため、亜鉛イオンへの強い依存性を有することが示された。上記のように、求核性ペプチドに対する酵素親和性の低下理由は、亜鉛イオンによって媒介されるトリプシリガーゼII(H39およびH59)の人工ヒスチジンとP’位のペプチド局在ヒスチジンとの間の複合体形成の欠如である。
【0079】
トリプシリガーゼIIについての親和性に対するこの亜鉛依存性の影響は、亜鉛イオンの存在下または非存在下での求核性ペプチドに対するK値の測定によって確認された。亜鉛イオンの存在下では、求核性ペプチドに対するK値は143μMである。亜鉛イオンの非存在下では、求核性ペプチドに対するK値は1630μMまで11倍増加する。同一の基質および反応条件を用いると、変異体A2C8は亜鉛イオンの存在に関係なく59.7%の生成物収率に達する。この向上したアミド基転移反応についての重要な要素は、求核性ペプチドに対するさらに改善した酵素親和性に基づいている。亜鉛イオンの非存在下では、A2C8は求核性ペプチドに対するK値が17.6μMである。未変性のトリプシリガーゼIIと比較して、これは、亜鉛イオンの存在下または非存在下において求核性ペプチドに対する酵素親和性のそれぞれ8倍および92倍の改善に対応している。
【0080】
A2C8の向上したアミド基転移反応のさらなる重要な要素は、未変性のトリプシリガーゼIIと比較した、その低下した固有の加水分解活性による。求核性ペプチドの非存在下では、変異体A2C8は加水分解反応の回転率が86.6mkat/molである一方で、トリプシリガーゼIIの回転率は602.1mkat/molであると測定された。酵素の加水分解活性におけるこの7分の1の低下は、合成反応の生成物収率を決定する脱アシル化工程内で加水分解がアミノ分解と競合するので、重要なパラメータである。要約すると、我々は、A2C8の向上したアミド基転移挙動が、求核性ペプチドに対する酵素親和性の改善および固有の加水分解活性の低下の原因であることを示した。
【0081】
A2C8のこれらの2つの特徴は、我々の革新的アプローチにおいてトリプシリガーゼIIに導入された新規な変異に直接的に関連している。
【0082】
【表7】
【0083】
実施例5
革新的な選択によって導入されたA2C8およびK7F11の変異の活性化効果を実証すべく、次の工程において、トリプシリガーゼIIに由来する変異Y39H、Y59H、K60EおよびD189Kを野生型トリプシンに存在するアミノ酸残基へと徐々に逆変異させ、合成可能性を分析した。これらのデータは、トリプシリガーゼII(Y39H/Y59H/K60E/D189K)またはトリプシリガーゼI(K60E/N143H/E151H/D189K)に起因する変異がない場合であっても、本特許によって保護されるべき位置が野生型トリプシンにおいてアミド基転移活性を誘導するのに十分であることを示した。
【0084】
第1工程として、A2C8中の39および59位における人工ヒスチジンのチロシン(これらの位置において野生型トリプシンで見られ得る)への逆変異に対する影響をモデルアミド基転移反応によって調べた。39または59位に単一の逆変異を有する変異体(A2C8_H39YおよびA2C8_H59Y)ならびに39および59位の両方に変異を有する変異体(A2C8_H39Y/H59Y)を調査した(図3)。
【0085】
39または59位に単一の逆変異を有する変異体(A2C8_H39YおよびA2C8_H59Y)ならびに39および59位に変異を有する変異体(A2C8_H39Y/H59Y)は変異体A2C8と同等の合成挙動を示した(図3を参照されたい)。これは、39および59位における野生型変異はA2C8の合成効率に影響を与えるものではなく、ランダム化された位置において新たに導入された変異によってA2C8の良好な合成特性が得られたことを示しているという結論をもたらす。
【0086】
同定された変異が野生型タンパク質分解酵素トリプシンをアミド基転移酵素へ変換するのに十分であるかどうかをさらに調査するために、さらに189および60位における2つのトリプシリガーゼII関連変異を野生型アミノ酸まで逆変異させた。189および60位における逆変異は単一の逆変異(A2C8_H39Y/H59Y/E60KおよびA2C8_H39Y/H59Y/K189D)ならびに二重変異(A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189D)として変異体A2C8_H39Y/H59Yに導入した。第1工程では、189位がトリプシンのS特異性に影響を与えることが公知であり、60位がS’特異性に影響を与えることが公知であるため、すべての変異体について基質特異性を調査した(図4)。
【0087】
変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K内の60位における逆変異は基質のP’位におけるフレキシビリティを高め、メチオニンまたはアラニンの受容も可能にする。変異体A2C8_H39Y/H59Y/K189D内の189位における逆変異は基質のP位におけるフレキシビリティを高め、アルギニンの受容も可能にし、これは野生型トリプシンの特異性と相関する。4つすべての逆変異を有する変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dは基質のP’位におけるA2C8_H39Y/H59Y/E60KおよびP位のA2C8_H39Y/H59Y/K189Eのフレキシビリティを組み合わせた特異性プロファイルを示す。
【0088】
次いでアミノ分解反応についての見かけの回転率が最も高い3つの基質を変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dの合成挙動を調査するために用いた。図5に、様々なペプチド基質を用いた変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dによって触媒されるアミド基転移反応についての生成物形成の時間的経過を示す。
【0089】
図5に示すように、変異体A2C8_H39Y/H59Y/E60K/K189Dは認識配列YRRH、YMKHおよびRMKHを有する基質とのアミド基転移生成物の形成を効率的に触媒することが可能である。認識配列YRRHを有する基質で観察し得る最も高い生成物収率は38%であった。A2C8は同等の条件では59%の生成物収率に達する。野生型トリプシンについては生成物の形成はほとんど観察できなかった。これは、新規に導入した変異が野生型タンパク質分解酵素トリプシンをアミド基転移酵素に変換するのに十分であるという以前の仮説を裏付けている。
【0090】
これらの変異が求核性ペプチドに対する酵素親和性の改善および固有の加水分解活性の低下に関連しているため、求核性ペプチドに対する酵素親和性の改善に影響を及ぼしかつ/または固有の加水分解活性を低下させるアミノ酸交換の導入によってすべてのトリプシン種がアミド基転移酵素に概して変換され得ると結論付けることができた。
【0091】
実施例6
続いて、2つのトリプシリガーゼII変異体の基質特異性のバリエーションを利用してFabフラグメントの二重修飾を調査した。
【0092】
興味深いことに、変異体K7F11内の39、59、および189位におけるトリプシリガーゼII関連変異(変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dが得られる)の逆変異はP位において交互(alternated)の特異性を有するアミド基転移酵素をもたらす。
【0093】
K7F11_H39Y/H59Y/K189Dは認識配列RRKHに対して特異的活性が高い一方で、少なくともA2C8およびK7F11によって受容される芳香族または脂肪族置換はアミノ分解反応の見かけの回転率の有意な低下をもたらす。
【0094】
これは、変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dが、YRAHのようなA2C8関連認識配列の存在下であっても、認識配列RRKHを効率的に識別できることを意味する。
【0095】
2つの異なる修飾部位に対するタンパク質の直交二重修飾の可能性を実証すべく、Her2特異的Fabフラグメントの軽鎖のC末端にRRKHモチーフを、重鎖のC末端にYRAHモチーフを結合した(図6を参照されたい)。
【0096】
続いて、逐次的な二重修飾を実施した:
第1工程では、軽鎖を、変異体K7F11_H39Y/H59Y/K189Dによって触媒される、カルボキシフルオレセイン含有求核剤で修飾した。質量分析による解析によって軽鎖のC末端にほぼ集中して修飾があることが明らかになった。酵素と残りの求核剤(RKHAK(CF)-OH)をProtein Gアフィニティークロマトグラフィーで除去した。
【0097】
第2工程では、変異体A2C8によって触媒されたDM1含有求核剤で重鎖を修飾した。質量分析によって重鎖のC末端における集中的な修飾を確認することができた。二重標識されたFabフラグメントの収率は質量分析によって推定されるように約75%であった。
【0098】
直交二重修飾の文脈において、「直交」という用語は、有意な交差反応性を伴わない同一起源の2つの異なる生体触媒による2つの異なる認識配列に対するポリペプチドの修飾を指すが、認識配列のNおよびC末端局在化を含む以下の修飾手法が可能であった(表8を参照されたい)。
【0099】
【表8】
【0100】
関連するトリプシリガーゼ変異体またはライブラリについての最も重要な鍵となるデータを以下の表9にまとめる:
【0101】
【表9-1】
【0102】
【表9-2】
【0103】
【表9-3】
【0104】
以下の配列が本明細書に開示される:
【0105】
【表10】
【0106】
さらに以下のポリペプチドが開示される:
【0107】
【表11-1】
【0108】
【表11-2】
【0109】
【表11-3】
【0110】
【表11-4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
2022514951000001.app
【国際調査報告】