(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-03-18
(54)【発明の名称】老化を軽減するための標的としてのBAZ2B遺伝子の使用
(51)【国際特許分類】
A61K 48/00 20060101AFI20220311BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20220311BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20220311BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20220311BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220311BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220311BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20220311BHJP
A61K 31/713 20060101ALI20220311BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20220311BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20220311BHJP
【FI】
A61K48/00
C12N15/113 Z ZNA
C12Q1/6883 Z
C12Q1/04
A61K45/00
A61P43/00
A61K31/7105
A61K31/713
A61K39/395 N
A61K39/395 D
C07K14/47
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021544870
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(85)【翻訳文提出日】2021-07-30
(86)【国際出願番号】 CN2019129018
(87)【国際公開番号】W WO2020155977
(87)【国際公開日】2020-08-06
(31)【優先権主張番号】201910097509.5
(32)【優先日】2019-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】521339278
【氏名又は名称】中国科学院脳科学与智能技術卓越創新中心
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】蔡 時青
(72)【発明者】
【氏名】袁 潔
(72)【発明者】
【氏名】常 思源
(72)【発明者】
【氏名】劉 至洋
【テーマコード(参考)】
4B063
4C084
4C085
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QA19
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4B063QQ08
4B063QQ53
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4C086ZC52
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA50
(57)【要約】
老化を軽減するための標的としてのBAZ2B遺伝子の使用は提供される。BAZ2B遺伝子は、正常な老化および老化関連疾患の発症と進行において重要な調節的役割を果たしていること、並びにそのダウンレギュレーションは、老化を顕著に軽減し、老化過程における記憶力低下や行動機能低下などを改善できることは判明された。BAZ2Bは、老化および老化関連疾患の研究標的として、老化を抑制または遅延させるための薬物の開発、並びに老化および老化関連疾患の診断、予後評価のマーカーに利用することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための組成物の調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの使用。
【請求項2】
前記ダウンレギュレーターが下記のものからなる群から選ばれることを特徴とする、請求項1に記載の使用。
BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬;
BAZ2Bコーディング遺伝子の発現を特異的に妨害する干渉分子;
BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に阻害する低分子化合物;或いは
BAZ2Bタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンド。
【請求項3】
前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬であって、BAZ2Bコーディング遺伝子を認識して該遺伝子をノックアウトする遺伝子編集試薬、或いは前記遺伝子編集試薬を発現若しくは形成できる構築物である;好ましくは、該遺伝子編集試薬は、配列番号1、配列番号2からなる群から選ばれるsgRNAを含むことを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記干渉分子は、BAZ2Bコーディング遺伝子またはその転写物を阻害またはサイレンシングの標的とする低分子干渉RNA、アンチセンス核酸、マイクロRNA、dsRNA、或いは前記低分子干渉RNA、アンチセンス核酸、マイクロRNA、dsRNAを発現若しくは形成できる構築物である;好ましくは、該干渉分子は、配列番号3の配列を含むshRNAであることを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項5】
前記老化関連疾患は、記憶力低下、認知機能低下、行動機能低下、年齢依存性体重増加、ミトコンドリア機能低下、神経変性疾患を含むことを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項6】
前記組成物はさらに、
ミトコンドリア機能関連遺伝子の発現レベルの向上;
ニューロンのATPレベルの向上;
細胞の基礎酸素摂取量の向上;
細胞のFCCPに誘発される最大酸素摂取量の向上
に適用されることを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項7】
(1)候補物質でBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子が存在するシステムを処理することと、
(2)前記システム中のBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を検出することと、を含み、ただし、前記候補物質がBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を低下させることができると、該候補物質が老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質であることは判明される
ことを特徴とする、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質をスクリーニングする方法。
【請求項8】
工程(1)は、試験群において、候補物質をBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子が存在するシステムに加えることを含み;
工程(2)は、試験群のシステム中のBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を検出し、前記候補物質が添加されないBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現システムである対照群と比較することを含み;
試験群におけるBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性が対照群よりも統計的に低い場合、該候補物質が老化を改善するための潜在的な物質であることは判明される
ことを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターと、薬学的に許容される担体とを含む、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための医薬組成物。
【請求項10】
前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬であって、BAZ2Bコーディング遺伝子を認識して該遺伝子をノックアウトする遺伝子編集試薬、或いは前記遺伝子編集試薬を発現若しくは形成できる構築物である;好ましくは、該遺伝子編集試薬は、配列番号1、配列番号2からなる群から選ばれるsgRNAを含む;或いは
前記ダウンレギュレーターは、配列番号3の配列を含む干渉分子shRNAである
ことを特徴とする、請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
請求項9に記載の医薬組成物を含むことを特徴とする、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するためのキット。
【請求項12】
老化または老化関連疾患を診断または予後評価するための試薬またはキットの調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に認識する試薬の使用。
【請求項13】
前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に認識する試薬は、
BAZ2Bタンパク質のコーディング遺伝子を特異的に増幅するプライマー;
BAZ2Bタンパク質のコーディング遺伝子を特異的に認識するプローブ;或いは
BAZ2Bタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンド
からなる群から選ばれることを特徴とする、請求項12に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバイオ医薬分野に属し、より具体的には、本発明は老化を軽減するための標的としてのBAZ2B遺伝子の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、社会人口の高齢化はひどく進行しており、世界保健機関の報告によると、2050年までに開発途上国の人口の3分の1が60歳以上になるそうだ。老化の過程において、例えば認知能力と運動能力の低下や、睡眠とリズムの障害など、生物体のさまざまな生理学的機能は低下していく(Bishopら,2010;Satohら,2017);これは、高齢者の生活品質に影響をひどく及ぼし、社会にも莫大な負担をもたらす。また、老化は、アルツハイマー症などの神経変性疾患の最も主要な危険因子である(Lopez-Otinら,2013)。従って、正常な老化過程における行動低下のメカニズムを研究し、老化およびそれに関連する機能低下を軽減するための方法を見つけることは、切望されている。
【0003】
全ゲノム遺伝子発現研究の結果により、多くの遺伝子の発現レベルが脳の老化過程において著しく変化することは明らかになった。ただし、発現レベルがアップレギュレートされる遺伝子は主に、ストレス、抗酸化やDNA修復などの機能に関与する遺伝子である;発現レベルがアップレギュレートされる遺伝子は主に、シナプス可塑性、小胞輸送やミトコンドリア機能などの調節に関与する遺伝子である(Luら,2004)。老化過程における遺伝子発現レベルのこのような変化パターンは、さまざまな種で非常に保存的であり(Bishopら,2010;Yeomanら,2012)、且つそれらは老化過程における生物体の行動と認知機能の低下の潜在的な原因になる可能性があるが、老化過程における遺伝子発現レベルの変化のこのような調節メカニズムはまだ明確に研究されていない。
【0004】
環境要因は、正常および病理学的な脳の老化過程に大きく影響を与える。エピジェネティックな調節因子は、環境要因と細胞シグナル伝達経路を繋ぐ分子であり、多くの研究により、エピジェネティックな分子は、線虫やミツバチなどのモデル動物の寿命を調節できることが分かった(Dangら,2014;Greerら,2010;ImaiとGuarente,2014;Jinら,2011;Senら,2016)。老化過程において、DNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな修飾は著しく変化する(Akbarianら,2013;Delgado-MoralesとEsteller,2017)。脳の老化過程における遺伝子発現レベルの変化は、エピジェネティックな修飾の変化によって引き起こされる可能性があるが、その具体的な調節メカニズム、およびこれらの遺伝子の発現の変化が行動の低下を引き起こすメカニズムはまだ明らかではない。
【0005】
かくして、本分野において、老化メカニズムと密接に関連する遺伝子は、それを標的として老化を調節・軽減するために有用な薬物を見つけることを目的として、その同定が切望されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、老化を軽減するための標的としてのBAZ2B遺伝子の使用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一は、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための組成物の調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの使用を提供する。
【0008】
一つの好ましい例において、前記ダウンレギュレーターは、下記のものからなる群から選ばれる:
BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬;
BAZ2Bコーディング遺伝子の発現を特異的に妨害する干渉分子;
BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に阻害する低分子化合物;或いは
BAZ2Bタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンド。
【0009】
もう一つの好ましい例において、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬であって、BAZ2Bコーディング遺伝子を認識して該遺伝子をノックアウトする遺伝子編集試薬、或いは前記遺伝子編集試薬を発現若しくは形成できる構築物である;好ましくは、該遺伝子編集試薬は、配列番号1、配列番号2からなる群から選ばれるsgRNAを含む。
【0010】
もう一つの好ましい例において、前記干渉分子は、BAZ2Bコーディング遺伝子またはその転写物を阻害またはサイレンシングの標的とする低分子干渉RNA、アンチセンス核酸、マイクロRNA、dsRNA、或いは前記低分子干渉RNA、アンチセンス核酸、マイクロRNA、dsRNAを発現若しくは形成できる構築物である;好ましくは、該干渉分子は、配列番号3の配列を含むshRNAである。
【0011】
もう一つの好ましい例において、前記老化関連疾患は、記憶力低下、認知機能低下、行動機能低下、年齢依存性体重増加、ミトコンドリア機能低下、神経変性疾患(特に老化関連神経変性疾患)を含む;好ましくは、前記神経変性疾患はアルツハイマー病(AD)を含む。
【0012】
もう一つの好ましい例において、前記組成物はさらに、ミトコンドリア機能関連遺伝子の発現レベルの向上;ニューロンのATPレベルの向上;細胞の基礎酸素摂取量の向上;細胞のFCCPに誘発される最大酸素摂取量の向上に適用される。
【0013】
本発明のもう一つは、(1)候補物質でBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子が存在するシステムを処理することと、(2)前記システム中のBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性(BAZ2Bタンパク質の発現と活性、BAZ2Bコーディング遺伝子の転写、翻訳状況を含むが、それらに限定されない)を検出することと、を含み、ただし、前記候補物質がBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を低下させることができると、該候補物質が老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質であることは判明される、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質をスクリーニングする方法を提供する。
【0014】
一つの好ましい例において、工程(1)は、試験群において、候補物質をBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子が存在するシステムに加えることを含み;工程(2)は、試験群のシステム中のBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を検出し、前記候補物質が添加されないBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現システムである対照群と比較することを含み;試験群におけるBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性が対照群よりも統計的に低い場合、該候補物質が老化を改善するための潜在的な物質であることは判明される。
【0015】
もう一つの好ましい例において、前記システムは、細胞システム(例えばBAZ2Bを発現する細胞または細胞培養物)、細胞下システム、溶液システム、組織システム、器官システムまたは動物システムからなる群から選ばれる。
【0016】
もう一つの好ましい例において、前記の統計的に低いとは、有意に低いことを指すのが好ましく、例えば20%以上低く、好ましくは50%以上低く、より好ましくは80%以上低いことを指す。
【0017】
もう一つの好ましい例において、前記候補物質は、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子に対して設計される低分子化合物、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子が関与するシグナル伝達経路或いはその上流または下流のタンパク質に対して設計される干渉分子、核酸阻害物、結合分子(例えば抗体またはリガンド)などを含むが、それらに限定されない。
【0018】
もう一つの好ましい例において、前記方法はさらに、得られた潜在的な物質についてさらに細胞試験および/または動物試験を行うことで、候補物質から老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するために有用な物質をさらに選択・同定することを含む。
【0019】
本発明のもう一つは、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターと、薬学的に許容される担体とを含む、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための医薬組成物を提供する。
【0020】
もう一つの好ましい例において、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬であって、BAZ2Bコーディング遺伝子を認識して該遺伝子をノックアウトする遺伝子編集試薬、或いは前記遺伝子編集試薬を発現若しくは形成できる構築物である;より好ましくは、該遺伝子編集試薬は、配列番号1、配列番号2からなる群から選ばれるsgRNAを含む;或いは、前記ダウンレギュレーターは、配列番号3の配列を含む干渉分子shRNAである。
【0021】
本発明のもう一つは、前記医薬組成物を含む、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するためのキットを提供する。
【0022】
本発明のもう一つは、老化または老化関連疾患を診断または予後評価するための試薬またはキットの調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に認識する試薬の使用を提供する。
【0023】
一つの好ましい例において、前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子を特異的に認識する試薬は、BAZ2Bタンパク質のコーディング遺伝子を特異的に増幅するプライマー;BAZ2Bタンパク質のコーディング遺伝子を特異的に認識するプローブ;BAZ2Bタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンドからなる群から選ばれる。
本発明の他の面は、本文の開示内容により、当業者にとって自明である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】老化過程におけるBAZ2B発現レベルの変化およびそれとAD疾患進行との関係。A、BAZ2B発現量は老化過程において増加していく。左側の図のデータは、ヒト脳の遺伝子発現データベースGSE1572から由来し、右側の図は、データベースGSE44772から由来する。B、同年齢の健常な高齢者と比較して、AD患者の前頭前皮質におけるBAZ2B発現量は有意に増加し、データはデータベースGSE5281から由来する。C&D、BAZ2B発現量はブラークステージや前部皮質萎縮の程度などの遅発性AD疾患進行と有意な正の相関がある。有意性は***P<0.001(対応のないスチューデントのt検定(unpaired Student’s t-test))で示される。
【
図2】Baz2bのノックアウトはマウスの年齢依存性体重増加を遅らせることができる。A、Baz2bノックアウトヘテロ接合型、ホモ接合型および野生型マウスの、若齢および老齢段階の典型的な写真。B、Baz2bノックアウトヘテロ接合型、ホモ接合型および野生型マウスの、若齢(約2.5ヶ月)および老齢(約19ヶ月)段階の体重の統計的解析。有意性は*P<0.05(一元配置分散分析のダネットの検定(one-way ANOVA Dunnett’s test))で示される。
【
図3】Baz2bノックアウトは老齢マウスの空間学習・記憶機能を向上させることができる。A、バーンズ迷路実験による老齢マウス(18~24ヶ月)の空間学習・記憶機能の計測の概念図、赤色は標的穴である。B、各遺伝子型マウスが4日間の連続したトレーニングで標的穴を発見するのに必要な時間の統計的解析。C、各遺伝子型マウスが5日目の探索実験で標的穴を初めて発見するのに必要な時間の統計的解析。D、各遺伝子型マウスが5日目の探索実験で標的穴を探索する回数の統計的解析。有意性は*P<0.05(一元配置分散分析のダネットの検定(one-way ANOVA Dunnett’s test))で示される。
【
図4】Baz2bはマウスニューロンのミトコンドリア機能を調節する。A、クロマチン免疫沈降定量PCR法での計測によれば、Baz2bはミトコンドリア機能関連遺伝子のプロモーター領域に結合できる。実験では、Baz2b-Flagを過剰発現するHEK293T細胞が適用される。B、生体外で培養されるマウスの小脳ニューロンでBaz2bの発現を低下させることで、ミトコンドリア機能関連遺伝子の発現レベルを向上させることができる。C、Baz2b発現を低下させることで、マウスの小脳ニューロンのATPレベルを向上させることができる。D、Baz2b発現を低下させることで、マウスの小脳ニューロンの基礎酸素摂取量およびFCCPに誘発される最大酸素摂取量を向上させることができる。E、生体外で培養されるマウスの皮質ニューロンにおいてBaz2bを過剰発現させることで、ニューロンのATPレベルが低下する。F、生体外で培養されるマウスの皮質ニューロンにおいてBaz2bを過剰発現させることで、ニューロンの基礎酸素摂取量およびFCCPに誘発される最大酸素摂取量が低下する。有意性は*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001(スチューデントのt検定(Student’s t-test))で示される。
【発明を実施するための形態】
【0025】
具体的な実施形態
本発明者らは幅広く深く研究したところ、ジンクフィンガードメインタンパク質に隣接するブロモドメイン2b遺伝子(Bromodomain adjacent to zinc finger domain protein 2B、BAZ2B)は、正常な老化および老化関連疾患の発症と進行において重要な調節的役割を果たしていること、並びにBAZ2B遺伝子のダウンレギュレーションは、老化を顕著に軽減し、老化過程における記憶力低下と行動機能低下を改善できることを判明した。従って、BAZ2Bは、老化および老化関連疾患の研究標的として、老化を抑制または遅延させるための薬物の開発、並びに老化および老化関連疾患の診断、予後評価のマーカーに利用することができる。
【0026】
BAZ2Bタンパク質およびそのコーディング遺伝子
本分野において、現在、BAZ2Bタンパク質の具体的な機能はまだ明らかではない。BAZ2Bタンパク質には、DNA結合ドメインと、PHDジンクフィンガードメインと、アセチル化ヒストンに結合できるBROMOドメインとが含まれており、これらのドメインの機能により、BAZ2Bがエピジェネティックな調節的役割を果たしている可能性が示唆される。研究の報道によると、その相同タンパク質BAZ2Aは、DNAに結合して転写抑制の役割を果たすクロマチンリモデリング複合体の成分である。
【0027】
本発明において、用語の「BAZ2Bタンパク質」とは、配列番号4(ヒト)または配列番号5(マウス)に示される配列を有するタンパク質を指す(それらの遺伝子配列はそれぞれGenBank NM_013450(ヒト)、GenBank NM_001001182(マウス)である)。該用語はさらに、BAZ2Bタンパク質と同様な機能を有する配列の変異形式も含む。これらの変異形式は、若干(通常は1~50個、好ましくは1~30個、より好ましくは1~20個、最も好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~8個、1~5個)のアミノ酸の欠失、挿入および/または置換、並びにC末端および/またはN末端に1個または複数(通常は20個以内、好ましくは10個以内、より好ましくは5個以内)のアミノ酸の付加または欠失を含むが、それらに限定されない。例えば、本分野において、特性が接近するまたは類似するアミノ酸で置換する場合、普通はタンパク質の機能を変化させない。また、例えば、C末端および/またはN末端に1つまたは複数のアミノ酸を付加または欠失しても、普通はタンパク質の機能を変化させない。該用語はさらに、BAZ2Bタンパク質の活性フラグメントおよび活性誘導体も含む。
【0028】
BAZ2Bタンパク質またはその保存的変異タンパク質をコードするポリヌクレオチド配列(コーディング配列)も本発明に適用できる。用語の「コーディング遺伝子」は、前記タンパク質をコードするポリヌクレオチドであってもよいが、付加的なコーディングおよび/または非コーディング配列も含むポリヌクレオチドであってもよい。BAZ2Bタンパク質は哺乳動物において高度に保存的であり、そのマウス由来タンパク質とヒト由来タンパク質は配列相同性が高い。
【0029】
本発明者らは、ヒト脳の遺伝子発現データベースを解析することで、脳前部皮質におけるBAZ2B遺伝子の発現レベルが老化につれて向上していくことを見出した。さらに、同年齢のAD(アルツハイマー症)患者と健常な高齢者の前頭前皮質の遺伝子発現データベースを解析することで、BAZ2B遺伝子の発現量がAD患者においてさらに向上し、且つBAZ2Bの発現レベルがブラークステージや前部皮質萎縮の程度などの遅発性AD疾患進行と有意な正の相関があることを見出した。老化の過程において、野生型マウスの体重は年齢につれて増加していき、老齢段階のBaz2bノックアウトマウスの体重は野生型マウスよりも有意に低いが、若齢段階では、Baz2bノックアウトと野生型マウスの体重の差異はあまり無い;さらに、Baz2bをノックアウトすることで、高齢マウスの空間学習・記憶機能を有意に向上させることができる。メカニズムの研究により、Baz2bはミトコンドリア機能関連遺伝子のプロモーター領域に結合し、これらの遺伝子の発現を調節し、それによってニューロンのミトコンドリア機能を調節できることを見出した。これらの結果から判明されたように、Baz2bは正常および病理学的な脳の老化過程において重要な役割を果たしており、Baz2bは、生物の健康な老化を促進するために有用な薬物および手段を開発するための標的として適用できる。
【0030】
BAZ2Bダウンレギュレーターおよびその使用
本発明者らの上記新規発見に基づき、本発明は、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための医薬組成物の調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの使用を提供する。前記老化関連疾患は、記憶力低下、認知機能低下、行動機能低下、年齢依存性体重増加、ミトコンドリア機能低下、神経変性疾患(特に老化関連神経変性疾患)、糖尿病および癌などを含むが、それらに限定されない。
【0031】
本文に用いられるように、前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターは、抑制剤、拮抗剤、阻害剤、遮断剤などを含むが、これらの用語は交換可能に使用される。
【0032】
前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターとは、BAZ2Bタンパク質の活性を低下させ、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の安定性を低下させ、BAZ2Bタンパク質の発現をダウンレギュレートし、BAZ2Bタンパク質の有効時間を低減させ、或いはBAZ2B遺伝子の転写と翻訳を阻害することができる任意の物質を指し、これらの物質はいずれも、BAZ2Bのダウンレギュレーションに有用な物質として、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するために本発明に適用することができる。例えば、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2B遺伝子の発現を特異的に妨害する干渉RNA分子またはアンチセンスヌクレオチドや、BAZ2B遺伝子によってコードされるタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンドなどである。
【0033】
本発明の一つの選択肢として、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bを標的とする低分子化合物であってもよい。当業者は、本分野で常用のスクリーニング方法を利用して、このような低分子化合物をスクリーニングすることができる。
【0034】
本発明の一つの選択肢として、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2B特異的な干渉RNA分子(shRNA)であってもよいが、当業者が理解できるように、本発明で提供されるBAZ2B遺伝子配列に基づき、このような干渉RNA分子を調製・獲得することができる。干渉RNA分子の調製方法は特に制限がなく、化学合成法、インビトロ転写法などを含むが、それらに限定されない。前記干渉RNAは、適切なトランスフェクション試薬を利用して細胞に送達することも、本分野で既知のさまざまな技術を利用して細胞に送達することもできる。
【0035】
本発明の一つの好ましい形態として、CRISPR/Cas(例えばCas9)系を利用して標的化遺伝子編集を行うことで、標的疾患領域でBAZ2B遺伝子をノックアウトできる。BAZ2B遺伝子をノックアウトするための通常の方法は、sgRNAまたは前記sgRNAを形成できる核酸と、Cas9mRNAまたは前記Cas9mRNAを形成できる核酸とを、標的領域または標的細胞にコトランスフェクトすることである。標的部位を決定した後、既知の方法を利用して、sgRNAおよびCas9を細胞に導入させることができる。前記sgRNAを形成できる前記核酸は、核酸構築物または発現ベクターであり、或いは、前記Cas9mRNAを形成できる前記核酸は、核酸構築物または発現ベクターであり、これらの発現ベクターを細胞に導入することで、細胞内において活性的なsgRNAおよびCas9mRNAを形成する。特に好ましくは、前記遺伝子編集試薬は、配列番号1、配列番号2からなる群から選ばれるsgRNAであり、標的性に非常に優れ、実施例の検証によると、それは、老化に対する軽減作用が非常に顕著である。
【0036】
老化関連疾患の診断および予後評価における使用
本発明は、正常な老化およびAD疾患の発症と進行において重要な調節的役割を果たしていることを判明し、例えば実施例で証明されたように、BAZ2B発現量はブラークステージや前部皮質萎縮の程度などの遅発性AD疾患進行と有意な正の相関がある。
【0037】
本発明者らの上記新規発見に基づき、BAZ2Bは、老化関連疾患の診断および予後評価のマーカーとして、(i)老化関連疾患の分類、鑑別診断および/または感受性解析、(ii)関連ヒト集団の老化関連疾患の治療薬、薬物の治療効果、予後の評価、および適切な治療方法の選択に適用することができる。例えば、BAZ2B遺伝子発現に異常があるヒト集団を分離することで、的をより絞った治療を可能にできる。
【0038】
評価しようとするサンプル中のBAZ2Bの発現状況または活性状況を判断することで、該評価しようとするサンプルを提供した被験者の老化関連疾患の予後状況を予測し、適切な薬物を選択して治療を施すことができる。通常、BAZ2Bの閾値を指定することができ、BAZ2Bの発現状況が指定された閾値よりも高い場合、BAZ2B阻害レジメンを治療に使用することは考えられる。前記閾値は、当業者によって容易に決定することができ、例えば、BAZ2B異常発現の閾値は、健常者の細胞または組織におけるBAZ2Bの発現状況を、患者の細胞または組織におけるBAZ2Bの発現状況と比較することによって得ることができる。
【0039】
従って、本発明は、老化または老化関連疾患を診断または予後評価するための試薬またはキットの調製における、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の使用を提供する。
【0040】
本分野で既知のさまざまな技術を利用して、BAZ2B遺伝子の有無および発現状況を検出することができ、これらの技術はすべて本発明に含まれる。例えば、サザンブロッティング、ウエスタンブロッティング、DNA配列解析、PCRなどの既存の技術を利用することができ、これらの方法を組み合わせて利用することができる。
【0041】
本発明はさらに、分析物においてBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の有無および発現状況を検出するための試薬を提供する。好ましくは、遺伝子レベルで検出する場合、BAZ2Bを特異的に増幅するプライマー、またはBAZ2Bを特異的に認識するプローブを利用して、BAZ2B遺伝子の有無を決定できる;タンパク質レベルで検出する場合、BAZ2Bによってコードされるタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンドを利用して、BAZ2Bタンパク質の発現状況を決定できる。
【0042】
BAZ2B遺伝子に対する特異的なプローブの設計は、当業者に周知の技術であり、例えば、BAZ2B遺伝子における特定の部位と特異的に結合できるが、BAZ2B遺伝子以外の他の遺伝子と特異的に結合しないプローブであって、検出可能なシグナルが付されたプローブの調製が挙げられる。
【0043】
BAZ2Bタンパク質と特異的に結合する抗体を利用して分析物におけるBAZ2Bタンパク質の発現状況を検出する方法も、当業者に周知の技術である。
【0044】
本発明はさらに、分析物においてBAZ2Bタンパク質の有無および発現状況を検出するためのキットであって、BAZ2B遺伝子を特異的に増幅するプライマー、BAZ2B遺伝子を特異的に認識するプローブ、またはBAZ2B遺伝子によってコードされるタンパク質と特異的に結合する抗体またはリガンドを含むキットを提供する。
【0045】
また、前記キットはさらに、DNA抽出、PCR、ハイブリダイゼーション、発色などに必要な各種の試薬を含んでもよく、抽出溶液、増幅溶液、ハイブリダイゼーション溶液、酵素、対照溶液、発色溶液、洗浄液などを含むが、それらに限定されない。
また、前記キットはさらに、取扱説明書および/または核酸配列解析ソフトウェアなどを含んでもよい。
【0046】
薬物スクリーニング
BAZ2Bの過剰発現と老化および老化関連疾患との密接な関連性が知られると、BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子の発現または活性を阻害する物質をこの特徴に基づいてスクリーニングすることができる。前記の物質から、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するために本当に有用な薬物を見つけることができる。
【0047】
従って、本発明は、候補物質でBAZ2B発現システムを処理することと、前記システム中のBAZ2Bの発現または活性を検出することと、を含み、前記候補物質がBAZ2Bの発現または活性を阻害することができると、該候補物質が老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質であることは判明される、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質をスクリーニングする方法を提供する。前記BAZ2B発現システムは、細胞(または細胞培養物)システムであるのが好ましく、前記細胞は、BAZ2Bを内因的に発現する細胞であってもよいが、BAZ2Bを組換えで発現する細胞であってもよい。
【0048】
本発明の好ましい形態において、スクリーニングの時、BAZ2Bの発現または活性の変化をより容易に観察するために、前記候補物質が添加されないBAZ2B発現システムである対照群を設置することもできる。
【0049】
本発明の好ましい形態として、前記方法はさらに、得られた潜在的な物質についてさらに細胞試験および/または動物試験を行うことで、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するために本当に有用な物質をさらに選択・同定することを含む。
【0050】
一方、本発明はさらに、前記スクリーニング方法を利用して得られる、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための潜在的な物質を提供する。これらの初歩的にスクリーニングされた物質は、スクリーニングライブラリを構成することができるため、BAZ2Bの発現と活性を阻害し、それによって老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するために有用な物質を最終的にスクリーニングすることに寄与できる。
【0051】
医薬組成物
本発明はさらに、有効量(例えば0.000001~50wt%;好ましくは0.00001~20wt%;より好ましくは0.0001~10wt%)の前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターと、薬学的に許容される担体と、を含む医薬組成物を提供する。
【0052】
本発明の一つの好ましい形態として、有効量のBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターと、薬学的に許容される担体とを含む、老化を改善するまたは老化関連疾患を予防・治療するための組成物を提供する。好ましくは、前記ダウンレギュレーターは、BAZ2Bコーディング遺伝子を特異的にノックアウトする遺伝子編集試薬であって、BAZ2Bコーディング遺伝子を認識して該遺伝子をノックアウトする遺伝子編集試薬、或いは前記遺伝子編集試薬を発現若しくは形成できる構築物である。
【0053】
本文に用いられるように、前記「有効量」とは、ヒトおよび/または動物に機能や活性があり、且つヒトおよび/または動物にとって受けられる量である。前記「薬学的に許容される担体」とは、治療剤の投与のための担体で、各種の賦形剤と希釈剤を含む。この用語は、それ自身が必要な活性成分ではなく、且つ使用後過度の毒性がない薬剤担体を示す。適切な担体は本分野の当業者に良く知られている。組成物において、薬学的に許容される担体は液体、例えば水、塩水、緩衝液を含んでもよい。さらに、これらの担体には、充填剤、滑沢剤、流動化剤、湿潤剤や乳化剤、pH緩衝物質などの補助物質が存在してもよい。前記担体はさらに、細胞トランスフェクション試薬を含んでもよい。
【0054】
前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの使用が知られると、本分野で周知の複数の方法を利用して前記ダウンレギュレーターまたはそのコーディング遺伝子、或いはその医薬組成物を哺乳動物またはヒトに投与することができる。
【0055】
好ましくは、遺伝子治療の手段を採用してもよい。例えば、BAZ2Bのダウンレギュレーターを注射などの方法によって被験者に直接投与することができる;或いは、BAZ2Bのダウンレギュレーターを携える発現ユニット(発現ベクターやウイルスなど、またはsiRNA)を、所定の経路を介して標的に送達し、且つそれに活性化のダウンレギュレーション剤を発現させることができるが、具体的な状況は、前記ダウンレギュレーション剤のタイプに依存し、これらは全て当業者に良く知られている。
【0056】
本発明に係るBAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの有効量は、投与パターンや治療しようとする疾患の重篤度などによって異なる。好ましい有効量の選択は、各種の要因に基づいて(例えば臨床試験を通じて)当業者によって決定できる。前記要因は、前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターの生物学的利用能や代謝、半減期などの薬物動態パラメータ、患者の治療しようとする疾患の重篤度、患者の体重、患者の免疫状況、投与経路などを含むが、それらに限定されない。
【0057】
本発明はさらに、前記医薬組成物を含む、或いは前記BAZ2Bタンパク質またはそのコーディング遺伝子のダウンレギュレーターをそのまま含むキットを提供する。また、前記キットはさらに、キットにおける薬物の使用方法を説明する取扱説明書を含んでもよい。
【実施例】
【0058】
以下、具体的な実施例によって、さらに本発明を説明する。これらの実施例は本発明を説明するために用いるもので、本発明の範囲の制限にはならないと理解されるものである。以下の実施例に特に具体的な条件を説明しない実験方法は、例えばJ.サムブルックら著、分子クローニング:実験マニュアル、第三版、科学出版社、2002に記載される条件、或いはメーカーの薦めの条件で行われる。
【0059】
I.材料と方法
1、CRISPR/Cas9方法によるBaz2bノックアウトマウスの構築
マウスBaz2b遺伝子には14つの転写物があり、そのうちの4つの転写物はタンパク質をコードするものであり、それぞれ2つの長い転写物と2つの非常に短い転写物である。2つの長い転写物がコードするタンパク質は全く同様であり、開始コドンATGが位置するエクソン領域でsgRNAを設計した:
sgRNA1:ATCATCTTCTGCTCCTTCCGTGG(配列番号1);
sgRNA2:AGATGATGTTGGTGTAGTGGAGG(配列番号2);
前記sgRNAをHP180 Cass9プラスミドに構築し(2本は別々に該プラスミドに構築された)、インビトロでsgRNAとcas9 mRNAを転写し(2本は別々に転写され、1:1で混合された)、マウス受精卵に注射してF0世代のマウスを取得し、PCRを利用してF0世代のマウスの遺伝子型を決定し、そしてクロス交配によって遺伝子型ノックアウトホモ接合型マウスを取得した。
【0060】
2、クロマチン免疫沈降
Baz2b::3FLAGを安定して発現するHEK293T細胞をクロマチン免疫沈降実験に用いた。100mmシャーレに生い茂ったHEK293T細胞を収集し、1%ホルムアルデヒドで固定し、10mMのTris-HCl、pH8.0、200mMのNaCl、1mMのEDTA、0.5mMのEGTA、0.1%のデオキシコール酸ナトリウム、0.5%のN-ラウロイルサルコシン、0.2%のSDSおよびプロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche)を含む溶解液によって氷上で細胞を溶解し、次にbioruptor超音波ディスラプターを用いてゲノムDNAを破砕した。超音波処理後に遠心した上澄サンプルを、抗Flag(sigma F3165)抗体および対応する種のIgGおよびプロテインA/Gセファロースビーズで免疫沈降した。プロテイナーゼKで消化して脱架橋した後のDNAを、エタノール沈殿法によって抽出・精製し、qPCR検出に使用した。
【0061】
3、マウス初代ニューロンの培養
年齢がE13.5のC57マウスの皮質ニューロンを分離し、まずはマウス皮質組織を1×HBSS(Thermo 14175095)バッファーで解剖し、37℃で2mg/mlのパパイン(Worthington LS003119)で10分間消化した。消化液を取り除き、10%ウシ胎児血清と1%P/Sを含むDMEM培地を加えて消化反応を停止させ、ピペットで組織を軽くフリックして解離させ、単独の細胞にしてから、細胞懸濁液を40μmメッシュ篩でろ過し、1000rpmで5分間遠心した。PM培地(Neurobasal、2%B27サプリメント、1%Glutamax、1%ペニシリン-ストレプトマイシン、5%FBS)に再懸濁させ、細胞をカウントした後、所要の量の細胞を取り、細胞エレクトロポレーションにより相応の発現プラスミドを導入した。細胞核トランスフェクションの後、PDLとラミニンでコートされた培養プレートに適切な密度で接種して培養し、24時間後、培地の半分を無血清培地(Neurobasal、2%B27サプリメント、1%Glutamax、1%ペニシリン-ストレプトマイシン)に交換した。
【0062】
4、ATPレベルの検出
ATPレベルの検出には、毎回で約6×105個の初代培養マウスニューロンが必要であった。まず、付着した培養細胞を1×PBSで1回洗浄し、300μlの溶解液(10mMのTris、1mMのEDTA、0.5%Triton-X100)を加え、氷上で5分間溶解した。均一にフリックして1.5ml EPチューブに移し、4℃で10分間溶解し続け、2000gで4℃で10分間遠心した。上澄から75μlを取り出し、BCA法でタンパク質濃度を検出し、40μlを取り出して10倍に希釈し、CellTiter-Glo(Promega G7570)キットでATPレベルを検出した。タンパク質含有量に対するATP含有量の比率を利用して、異なる処理群の細胞のATPレベルを解析した。
【0063】
5、マウス行動実験
バーンズ迷路実験により、老齢マウスの空間学習・記憶機能を検出し、実験用のマウスの年齢は約24ヶ月であり、異なる遺伝子型のマウスは同腹仔の培養から得られた。まず、標的穴を発見するように、マウスを毎回15分間の間隔で、1日4回で、4日間連続してトレーニングした;5日目に、マウスの標的穴発見能力を計測することで、その空間学習・記憶機能を反映し、マウスが標的穴を初めて発見するのに必要な時間および標的穴を探索する回数を統計的に解析した。行動実験は二重盲検実験であり、実験動物倫理に準拠していた。
【0064】
II.実施例
実施例1、BAZ2B遺伝子の発現状況
BAZ2B遺伝子の発現範囲は非常に広く、骨髄、肺および脳などの組織に発現される。本発明者らは、ヒト脳の遺伝子発現データベースGSE1572とGSE44772を解析することで、脳前部皮質におけるBAZ2B遺伝子の発現レベルが年齢につれて向上していくことを見出した(
図1A)。
さらにAD患者と健常な高齢者の前頭前皮質における遺伝子発現データベースを解析することで、同年齢の健常な高齢者と比較して、BAZ2B遺伝子の発現量がAD患者において有意に向上したことを見出した(
図1B)。
AD疾患の進行過程におけるBAZ2B遺伝子の発現変化状況を解析することで、BAZ2B発現量がブラークステージや前部皮質萎縮の程度などの遅発性AD疾患進行と有意な正の相関があることを見出した(
図1C、D)。
これらの結果により、BAZ2Bが正常な老化およびAD疾患の発症と進行において重要な調節的役割を果たしていることが示唆された。それと共に、これらの結果により、BAZ2Bを標的として、老化または老化関連疾患について診断および予後評価できることも判明された。
【0065】
実施例2、Baz2bノックアウトは老化動物の学習機能を向上できる
本発明者らは動物の老化におけるBaz2b遺伝子の調節的役割を調査するために、CRISPR/Cas9方法を利用してBaz2bノックアウトマウスを構築した。
行動解析のために、Baz2bノックアウトヘテロ接合型マウスを繁殖させることで、同腹仔であるBaz2bノックアウトのヘテロ接合型、ホモ接合型および野生型マウスを得た。
Baz2bノックアウトのヘテロ接合型、ホモ接合型および野生型マウスの、年齢について老化していく過程における挙動を解析した。その結果、野生型マウスでは年齢依存性体重増加が見られ、若齢段階でBaz2bがノックアウトされたヘテロ接合型、ホモ接合型および野生型マウスの体重は大きく相違しなかったが(
図2A、B)、老齢段階でBaz2bがノックアウトされたマウスの体重は野生型マウスよりも有意に低かったことを見出した。
バーンズ迷路実験により、老齢マウスの空間学習・記憶機能を検出したところ、4日間の連続したトレーニングにおいて、Baz2bノックアウトマウスは野生型マウスと比較して、より短い時間で標的穴を発見した(
図3A、B)。5日目の探索実験で、Baz2bノックアウトマウスはより早く標的穴を発見し(
図3C)、且つ標的について探索した回数も多かった(
図3D)。
これらの結果により判明されたように、Baz2b遺伝子ノックアウトは、老齢マウスの空間学習・記憶機能を向上させることができる。
【0066】
実施例3、Baz2bが老化過程における行動低下を改善する機能を発揮するメカニズムの研究
次に、Baz2bが老化過程における行動低下を改善する機能を発揮する潜在的なメカニズムを研究する。
Baz2bタンパク質にDNA結合ドメインが含まれるため、本発明者らは、クロマチン免疫沈降定量PCR法によって、それがどの遺伝子に結合するかを検出した。結果に示されたように、Baz2bタンパク質はミトコンドリア機能関連遺伝子のプロモーター領域に結合できる(
図4A)。
マウスの小脳初代ニューロンにおいてshRNA(5’-GGCTCTTTCTCCAAGTTAA-3’(配列番号3))で処理した結果、Baz2b発現を低下させることで、ミトコンドリア機能関連遺伝子の発現レベルを向上できること(
図4B)、それによってニューロンのATPレベルを向上できること(
図4C)、並びに細胞の基礎酸素摂取量およびFCCPに誘発される最大酸素摂取量を向上できること(
図4D)を見出した。
Baz2b発現量は脳の老化過程において増加していくので、エレクトロポレーション法によりマウスの皮質初代ニューロンでBaz2bを過剰発現させることで、老化過程を模擬し、且つその作用を調査した。検出結果に示されたように、Baz2bの過剰発現は、マウスの皮質ニューロンのATPレベルおよび細胞の酸素摂取レベルを有意に低下させることができる(
図4E、F)。
これらの結果により、Baz2bタンパク質は、ミトコンドリア機能関連遺伝子に結合してそれらの発現を調節することにより、細胞のミトコンドリア機能を調節し、老化過程における行動低下を調節することが示唆された。
【0067】
実施例4、薬物のスクリーニング
設置:
試験群:小脳初代ニューロン細胞(Baz2bが内因的に発現された)、且つ候補物質を投与した;
対照群:小脳初代ニューロン細胞(Baz2bが内因的に発現された)、且つ候補物質を投与しなかった;
試験群と対照群におけるBaz2bの発現状況をそれぞれ検出し、比較した。試験群におけるBaz2bの発現が対照群よりも統計的に(例えば30%以上に)低ければ、該候補物質は老化を軽減するまたは老化関連疾患を予防・治療するために有用な試薬であることが示唆される。
【0068】
各文献がそれぞれ単独に引用されるように、本発明に係るすべての文献は本出願で参考として引用する。また、本発明の前記開示内容を読み終わった後、当業者は本発明に各種の変動や修正をすることができるが、それらの均等の様態も同様に本願の特許請求の範囲に含まれることは、理解されるべきである。
【0069】
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