(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-03-25
(54)【発明の名称】高分解能質量スペクトルの自己較正
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220317BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220317BHJP
【FI】
G01N27/62 D
H01J49/00 360
【審査請求】有
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021547091
(86)(22)【出願日】2020-03-02
(85)【翻訳文提出日】2021-08-11
(86)【国際出願番号】 GB2020050500
(87)【国際公開番号】W WO2020178569
(87)【国際公開日】2020-09-10
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】504142097
【氏名又は名称】マイクロマス ユーケー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100135703
【氏名又は名称】岡部 英隆
(74)【代理人】
【識別番号】100189544
【氏名又は名称】柏原 啓伸
(72)【発明者】
【氏名】コズロフ,ボリス
(72)【発明者】
【氏名】マカロフ,ヴァシリー
(72)【発明者】
【氏名】リチャードソン,キース
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA13
2G041FA06
2G041HA01
2G041LA05
2G041LA06
2G041LA10
(57)【要約】
質量分析計または質量スペクトルデータを自己較正する方法が開示されている。最初に観察される質量電荷比の少なくとも一部が、既知の正確な質量電荷比を有する可能なまたは予測された元素組成の参照セットと一致されるか、またはそれに対して一致される。次に、最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の一致を最適化するように較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意選択的に予備較正を用いて、高分解能質量スペクトルを自己較正する方法であって、
制限された質量範囲(1つまたは複数)にわたって、1つ以上の指定された規則と整合性のあるすべての可能な元素組成に対応する理論的な質量電荷比の包括的な参照セットを生成することと、
1つ以上の較正パラメータが調整されるときに、最大数の質量スペクトルピークが前記セットからの一部の元素組成に予想される精度でフィットされるように、前記質量スペクトルの予備質量電荷比を、元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、を含む、方法。
【請求項2】
前記質量スペクトルの質量電荷比を、元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させる前記ステップが、
前記質量スペクトルのすべての不正確な質量電荷値と、元素組成の前記参照セットの質量電荷値との間のすべての差異を見つけることと、
予想される質量精度に従って、見つかった差異をグループ化することと、
正しいグループを選択することと、
前記スペクトルの質量電荷比と、前記選択されたグループの元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の質量誤差を低減するように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記正しいグループの前記選択が、(i)前記グループ内のエンティティの最大数、および/または(ii)グループ内の元素組成の前記セットの天然存在量の比較、に基づく、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
質量分析計を自己較正する方法であって、
サンプルをイオン化して分析物イオンを生成することと、
前記分析物イオンの少なくとも一部を質量分析して、前記分析物イオンの最初に観察される質量電荷比を判定することと、
前記最初に観察される質量電荷比の少なくとも一部を、既知の正確な質量電荷比を有する可能なまたは予測された元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、
前記最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、前記参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の前記対応する既知の正確な質量電荷比との間の前記一致を最適化するように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を含む、方法。
【請求項5】
較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整する前記ステップが、前記最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、前記参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の前記対応する既知の正確な質量電荷比との間の質量誤差を低減するように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することをさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
可能なまたは予測される元素組成の前記参照セットが、(i)<100、(ii)100~200、(iii)200~300、(iv)300~400、および(v)400~500、からなる群から選択される最大質量または質量電荷比を有する、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
可能なまたは予測される元素組成の前記参照セットが、可能なまたは予測される有機分子の参照セットを含む、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
可能なまたは予測される有機分子の前記参照セットが、C
n1H
n2N
n3O
n4の形態の組成を有する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
n1≦n2≦2n1+2である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
n3+n4≦4Nであり、Nが、4、5、6、7、8、9、10、11、または12である、請求項7または8に記載の方法。
【請求項11】
1つ以上の較正パラメータを調整する前記ステップが、1つ以上の内因性または内部キャリブラントを前記サンプルに追加することを参照せずに行われる、請求項4~10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
1つ以上の較正パラメータを調整する前記ステップが、1つ以上の外因性または外部キャリブラントまたはロックマスを質量分析することを参照せずに行われる、請求項4~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
可能なまたは予測される元素組成の前記参照セットから、(i)少ない、もしくは比較的少ない存在量を有するもしくは有する可能性が高い、または(ii)前記サンプルに存在する可能性が比較的低いことのいずれかであると判定される1つ以上の元素組成を除去することをさらに含む、請求項1~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記サンプルを質量分析する前記ステップが、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用する多反射飛行時間型質量分析器を使用することを含む、請求項4~13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
質量分析の方法であって、請求項1~14のいずれかに記載の方法を含む、方法。
【請求項16】
質量分析計であって、
サンプルをイオン化して、分析物イオンを生成するためのイオン源と、
前記分析物イオンの少なくとも一部を質量分析して、前記分析物イオンの最初に観察される質量電荷比を判定するための質量分析器と、
制御システムであって、
(i)前記最初に観察される質量電荷比の少なくとも一部を、既知の正確な質量電荷比を有する可能なまたは予測された元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、
(ii)前記最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、前記参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の前記一致を最適化させるように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を行うように配置および適合されている、制御システムと、を備える、質量分析計。
【請求項17】
前記質量分析計が、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用する多反射飛行時間型質量分析器を備える、請求項16に記載の質量分析計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2019年3月1日に出願された英国特許出願第1902780.4号の優先権および利益を主張する。本出願の全内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、概して、質量分析計および質量分析の方法に関する。高分解能質量スペクトルデータを自己較正する方法、ならびに質量スペクトルデータを自己較正するように配置および適合された制御システムを有する質量分析計に関連する様々な実施形態が開示される。特に、質量分析計が、内因性または外因性(ロックマス(lock mass))キャリブラントを利用せずに自己較正され得る様々な実施形態が開示されている。
【背景技術】
【0003】
既知のイオンピーク(参照標準)からのデータを質量分析計で採用されている基礎となる走査法則(飛行時間関数など)にフィッティングすることにより、質量分析計の質量電荷比スケールを較正することが知られている。この較正は、未知の分析物の取得前、取得中、または取得後に実行することができる。
【0004】
サンプルのイオン化の前に、1つ以上の既知の参照標準を分析物サンプルに物理的に追加する内部較正方法を採用することが知られている。したがって、分析物サンプルと参照標準の両方の混合物が次にイオン化され、質量分析される。結果として、分析物イオンと参照イオンの両方が生成され、検出された既知の参照イオンに基づいて質量分析計の較正を調整することができる。
【0005】
しかしながら、1つ以上の既知の参照標準を分析物サンプルに追加するこの既知のアプローチは、参照標準がイオン化されると、飽和効果を最小限に抑えるか回避するために、未知の分析物イオンと同様の強度で参照イオンを生成するように参照標準が慎重に選択される必要があるため、問題になる可能性がある。
【0006】
イオン化の前に1つ以上の既知の参照標準をサンプルに追加するアプローチの別の欠点は、干渉効果を回避するために、結果として得られる参照イオンが、分析物イオンの質量電荷比とは十分に異なる質量電荷比を有する必要があることである。
【0007】
これらの理由から、内因性の較正方法はよく知られているが、最新の機器で実際に使用されることはほとんどない。
【0008】
質量分析計の較正の調整は、「ロックマス」の使用とも称される外部較正方法を使用してより一般的に達成される。外部較正方法は、定期的にイオン化されてから質量分析される別個の参照物質を有することを含み、質量分析計の較正は、較正ルーチンの調整後に参照物質が正しいまたは正確な質量電荷比を有すると判定されるように定期的に調整される。
【0009】
外部較正またはロックマスイオンの使用とは、質量分析計の質量電荷比較正が、所定のまたは定期的な較正時点で補正または調整される方法を指す。しかしながら、このアプローチは、較正時点間のシステムの安定性に依存する(または仮定する)ことが理解されよう。しかしながら、このアプローチは、質量分析計の構成要素に短期間の摂動が発生した場合に問題となる可能性がある。例えば、質量分析計は、較正時点間の電圧ドリフトなどの短期間の摂動を経験し得る。
【0010】
外部較正またはロックマス化も、参照標準またはロックマスイオンを生成するために別個の専用イオン化源が通常提供されるため、ロックマスを使用すると質量分析計全体のコストが増加するという問題がある。2つの別個のイオン化源(1つは、サンプルをイオン化するためのものであり、2つ目は、ロックマス物質をイオン化するためのものである)を提供する必要性は、質量分析計の全体的な複雑さを増大させ、かつ望ましくないことに機器の全体的なフットプリントを増大させることが理解されよう。
【0011】
外部較正またはロックマスを利用するアプローチでは、システムが分析物と参照標準とを一時的に切り替える必要があり、分析物データが失われる可能性がある。例えば、質量分析計の較正機能を定期的に補正または調整できるようにロックマスが定期的にイオン化される場合、これは、問題となる可能性があるサンプルからの分析物データの取得の対応する定期的な中断をもたらす可能性がある。
【0012】
既知の外部較正方法では、質量分析計が切り替えて、取得中に所定の時間に較正チェックを実行する場合があり、これは、対象分析物が溶出する時間と合致する場合がある。対象分析物は、例えば、イオン化源の上流に配置され得る液体クロマトグラフィ分離デバイスから溶出するか、そうでなければ出現し得る。機器が較正チェックの実行に切り替わると同時に対象分析物が溶出する場合、対象分析物の潜在的なイオンの少なくとも一部が生成または検出されないことが明らかであるため、質量分析計の較正を補正するための従来のアプローチは、分析物の信号を失う可能性がある。
【0013】
Ledmanら、J.Am.Soc.Mass Spectrom.、1997、8、pp.1158-1164(非特許文献1)は、質量分析計の外部キャリブラントとして一連の単一荷電水分子クラスタの方法を使用することを開示している。
【0014】
ISO13084:2018(非特許文献2)は、ポリカーボネートフィルムを使用した質量分析計の外部較正の方法を開示している。質量分析計の質量電荷比較正が、内部または内因性較正(イオン化の前にサンプルに追加された可能性がある)を参照せずに、また外部、外因性、またはロックマスイオンを参照せずに較正される自己較正の方法が知られている。自己較正のそのような既知の方法は、観察される可能性が高い質量スペクトルの態様に関する事前の知識または仮定のいくつかの要素を必要とする。
【0015】
例えば、低分解能の質量分析計の場合、自然数または整数のシーケンスによって質量電荷比のピークをフィットさせることが知られている。言い換えると、質量ピークは最も近い公称質量に割り当てられ、例えば、観察されるイオンピークは、質量電荷比121、122、123などに割り当てられ得る。
【0016】
しかしながら、そのようなアプローチは、同じ公称質量電荷比を有する異なる物質に関連する複数のイオンピークが観察される高分解能質量分析には不適であることが理解されよう。例えば、
図2を参照して以下に示し、詳細に説明するように、C
7H
7O
2、C
6H
7N
2O、C
7H
9NO、およびC
7H
11N
2はすべて、同じ公称質量電荷比123を有し、123.04~123.09の狭い範囲内で異なる正確な質量電荷比を有する。
【0017】
US2017/125222(Micromass)(特許文献1)は、既知の電荷状態との分子量の差異を使用して、質量スペクトルを自己較正する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】US2017/125222
【特許文献2】GB2536536A
【特許文献3】WO2006/130787A2
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Ledmanら、J.Am.Soc.Mass Spectrom.、1997、8、pp.1158-1164
【非特許文献2】ISO13084:2018
【非特許文献3】Wolskiら、BMC Bioinformatics、2005、6:203、pp.1-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
改善された質量分析計および質量分析法を提供することが望まれ、特に、高分解能質量スペクトルデータおよび質量分析計の較正を改善することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0021】
一態様によれば、予備較正を用いて任意選択的に得られる(任意選択的に高分解能)質量スペクトル(または質量スペクトルデータ)を自己較正する方法であって、
任意選択的に、制限された質量範囲(1つまたは複数)にわたって1つ以上の(指定されたまたは化学的)規則と整合性のあるすべての(または多数の)可能な元素組成に対応する理論的な質量電荷比の(包括的な)参照セットを生成することと、
1つ以上の較正パラメータが調整されるときに、最大数の質量スペクトルピークがセットからの一部の元素組成に予想される精度でフィットするように、質量スペクトルの予備質量電荷比を、元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、を含む、方法が提供される。
【0022】
質量スペクトルの質量電荷比を元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させるステップは、
質量スペクトルのすべての不正確な質量電荷値と元素組成の参照セットの質量電荷値との間のすべての差異を見つけることと、
予想される質量精度に従って、見つかった差異をグループ化することと、
正しいグループを選択することと、
スペクトルの質量電荷比と選択されたグループの元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の質量誤差を低減するように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を含み得る。
【0023】
正しいグループの選択は、(i)グループ内のエンティティの最大数および/または(ii)グループ内の元素組成のセットの天然存在量の比較、に基づき得る。
【0024】
この方法は、元素組成における相対ピーク強度および天然同位体存在量の相関によるm/zピークおよび元素組成を一致させることによる正しいグループの選択をさらに含み得る。
【0025】
この方法は、事前定義された関数とグループの較正曲線との間のフィット合致に基づいて正しいグループを選択することをさらに含み得る。
【0026】
高分解能質量スペクトルは、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(Encoded Frequent Pushing「EFP」)を利用する多反射飛行時間型質量分析計によって取得することができる。
【0027】
態様によれば、質量分析計を自己較正する方法であって、
サンプルをイオン化して分析物イオンを生成することと、
分析物イオンの少なくとも一部の質量分析を行って、分析物イオンの最初に観察される質量電荷比を判定することと、
最初に観察される質量電荷比の少なくとも一部を、既知の正確な質量電荷比を有する可能なまたは予測された元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、
最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の一致を最適化する(または質量誤差を低減する)ように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を含む、方法が提供される。
【0028】
様々な実施形態による方法は、質量分析計が様々なパラメータが変動するか、時間とともに変化し得る動作条件の下で動作し得るという事実にもかかわらず、質量分析計によって検出された分析物イオンの質量電荷比を、取得されたすべての質量スペクトルについて高い質量精度で判定することを可能にする。例えば、質量分析計は、電圧変動にさらされる可能性があり、質量分析計のイオン光学部品は、例えば、熱膨張効果のために、形状のわずかな変化を経験する可能性がある。また、質量分析計は、様々な出力のタイミングまたは周波数の変動を経験し得る。
【0029】
GB2536536A(マイクロマス(Micromass))(特許文献2)は、マトリックス成分と1つ以上の分析物を含むサンプルをクロマトグラフィで分離することを含む質量分析法を開示している。保持時間の関数としての物理化学的特性を含むマトリックスデータのライブラリが提供されている。保持時間の関数としての1つ以上の誤差値は、サンプルデータとマトリックスデータの比較に基づいて計算され、これらの誤差値を使用して、分析物の成分に関連するデータを補正することができる。Micromassは、較正に分析物イオンを使用することを開示しておらず、代わりに、既知の(または測定された)マトリックス材料の既知の(または測定された)特性に依存している。
【0030】
WO2006/130787A2(Cedars Sinai Medical Center)(特許文献3)は、安定したフィットが達成されるまで、ピークを繰り返し割り当て、較正パラメータを変更することにより、ペプチドの質量スペクトルを自己較正する方法を開示している。本明細書に開示されるような制限された質量範囲にわたる1つ以上の特定の規則と整合性のあるすべての元素組成に対応する質量電荷比の参照セットを生成することは開示されていない。
【0031】
Wolskiら、BMC Bioinformatics、2005、6:203、pp.1-17(非特許文献3)は、最小スパニングツリーアルゴリズムを使用してスペクトルを可能なピークリストに揃えることにより、質量スペクトルを自己較正する方法を開示している。本明細書に開示されるような制限された質量範囲にわたる1つ以上の特定の規則と整合性のあるすべての元素組成に対応する質量電荷比の参照セットを生成することは開示されていない。様々な実施形態による自己較正アプローチは、オンザフライで、または取得の過程で質量スペクトルデータに適用され得る。他の実施形態によれば、自己較正アプローチは、質量スペクトルデータを遡及的に較正するために、後処理方法で使用され得る。
【0032】
この方法は、適切な較正係数が使用されている場合、一致するすべてのピークの同時合致に依存するため、検出器の機能または空間電荷もしくはイメージ電荷の影響に起因するピーク位置の振幅依存性の偏差を伴わずに、内部的に整合性のある質量スペクトルとともに正常に使用され得る。
【0033】
様々な実施形態による方法は、多反射飛行時間機器および高分解能質量スペクトルデータ、特にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用する多反射飛行時間計器の自己較正において特に有用である。
【0034】
様々な実施形態によれば、(参照)元素式または元素組成の包括的なセットに関連する質量電荷比(m/z)値のアレイ、グリッド、セット、もしくはテーブルとの質量電荷比(m/z)値のフィッティングに関係する、または関連する質量分析データのデノボ較正の方法が開示される。
【0035】
この方法は、任意選択的に1つ以上の既知の化学的規則と整合性のあるすべての潜在的な元素組成の理論的または参照質量電荷比(m/z)値のアレイ、グリッド、テーブル、またはセットを作成することを含み得る。先験的に未知のイオン種の高分解能質量スペクトルまたは複数の質量スペクトルが得られ得る。次に、観察または実験の質量スペクトルにおけるイオンピークの正確な重心が、見つけられ得るまたは判定され得、正確に判定された質量電荷比を有する既知の元素組成とのイオンピークの重心間の一致が最適化され得る。特に、観察されるイオンピークと、潜在的なまたは予測される元素組成の既知の(正確な)質量電荷比との間の誤差間隔が判定され得、質量スペクトルまたは較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータは、誤差間隔を短縮し、実験的に観察される質量スペクトルデータと理論データまたは参照データとの間のより良好なフィットを達成するために、調整、補正、または最適化され得る。
【0036】
誤差間隔の低減は、ピーク質量と振幅の関数である一致の重みを考慮に入れることができる。
【0037】
既知の元素組成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットは、質量スペクトルにおける種の予備的な既知の特性を利用することによって、および/または分析物サンプルに関連する既知の情報に基づいて、希薄化、低減、またはそうでなければフィルタリングすることができる。例えば、分析されているサンプルは、無機サンプルではなく有機サンプルを含むことが既知であり得る。
【0038】
様々な実施形態によれば、存在量の低い同位体は、可能なまたは予測される元素組成の参照セットとして使用され得る元素組成の作成された潜在的な質量電荷比(m/z)値のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットから省略され得る。
【0039】
較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整するステップは、最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の質量誤差を低減するように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することをさらに含み得る。
【0040】
特に、様々な実施形態によれば、特に低質量範囲(<300Da)で観察される多くのイオンピークは、高レベルの信頼性で既知または参照元素組成に確信的に一致し得る。
【0041】
可能なまたは予測される元素組成の参照セットは、(i)<100、(ii)100~200、(iii)200~300、(iv)300~400、および(v)400~500、からなる群から選択される最大(または上限)質量または質量電荷比を有し得る。
【0042】
上記の範囲は、質量電荷比単位または質量単位(Da)を含み得る。様々な実施形態によれば、質量または質量電荷比の範囲が、潜在的な元素組成の数が限られている(かつ計算上より管理しやすい)低い質量または質量電荷比の範囲に制限される場合、観察されるイオンピークを特定し、そのようなイオンピークを予測されるまたは可能な参照元素組成に確実に一致させることの複雑さが著しく容易になることが理解されよう。
【0043】
可能なまたは予測される元素組成の参照セットは、可能なまたは予測される有機分子の参照セットを含み得る。
【0044】
様々な実施形態による自己較正の方法は、無機サンプルではなく有機サンプルを分析している質量分析計を自己較正しようとする際に特に有用である。有機サンプルでは、同じ公称質量電荷比を有するが、例えば、高分解能質量スペクトルデータにおいて0.01質量電荷比単位によってそれぞれから分離されている複数の異なる有機分子がしばしば存在することが理解されよう。
【0045】
可能なまたは予測される有機分子の参照セットが、Cn1Hn2Nn3On4の形態の組成を有し得る。
【0046】
有機分子は通常、化学式Cn1Hn2Nn3On4を有し、式中、n1、n2、n3、およびn4が、整数である分子を含むことが理解される。しかしながら、理論的に可能な有機分子を他の分子よりも観察される可能性が高い様々な化学的規則があることも理解される。
【0047】
自己較正ルーチンは、様々な化学的規則を考慮に入れることができ、観察されるイオンピークの参照組成への一致を助けるために、参照可能なまたは予測される元素組成のセットを減らすことができる。
【0048】
例えば、様々な実施形態によれば、(化学的)規則n1≦n2≦2n1+2を適用することができる。
【0049】
様々な実施形態によれば、(化学的)規則n3+n4≦4N(式中、Nは、4、5、6、7、8、9、10、11または12)を適用することができる。
【0050】
1つ以上の較正パラメータを調整するステップは、1つ以上の内因性または内部キャリブラントをサンプルに追加することを参照せずに行うことができる。
【0051】
1つ以上の較正パラメータを調整するステップは、1つ以上の外因性または外部キャリブラントまたはロックマスを質量分析することを参照せずに行うことができる。
【0052】
上で考察されるように、質量分析計を較正するための3つの主要な従来のアプローチがあることが理解されよう。第1に、イオン化の前にサンプルに内部キャリブラントを追加するアプローチがある。第2に、外部ロックマスを使用してサンプルを較正するアプローチがある。第3に、サンプルまたは結果として得られる質量スペクトルデータに関してある程度の事前知識または仮定が行われる自己較正のアプローチがある。
【0053】
様々な実施形態によるアプローチは、本質的に、少なくとも限定された程度にすでに較正され得る質量分析計の二次調整または補正に関係することを理解されたい。
【0054】
したがって、質量分析計の初期または一次較正は、内因性または外因性のいずれかのキャリブラントを使用して実行され得ることが企図される。しかしながら、機器が最初に較正されると、その後、機器の較正に対するその後の二次調整または補正は、様々な実施形態に従って開示される自己較正方法を利用して実行され得る。
【0055】
したがって、様々な実施形態による方法および装置を実装することの有益な効果は、機器を較正し続けるために定期的なロックマス較正ルーチンを実行する必要がないことであることが理解されるべきである。もう1つの重要な利点は、実験中のスペクトル間の構成ドリフトにもかかわらず、および調査スペクトルとMS-MSスペクトル間の取得の高速切り替えの場合に、すべての質量スペクトルの自己較正が可能であることである。
【0056】
様々な実施形態によるアプローチは、これが望まれるかまたは有益であるとみなされる場合、対象のサンプルの分析中のポイントで内因性または外因性の較正を実行する可能性を排除しない。しかしながら、内因性または外因性較正方法への依存を大幅に低減するか、完全に無効にすることができる。さらに、定期的な外部ロックマス較正チェック間の時間を大幅に増加させることができ、そのような定期的なチェックは、そのようなチェックが分析物サンプルデータの取得に干渉しないという高いレベルの信頼性があるときに実行することができる。
【0057】
方法は、可能なまたは予測される元素組成の参照セットから、(i)少ない、もしくは比較的少ない存在量を有するもしくは有する可能性が高いこと、または(ii)サンプルに存在する可能性が比較的低いことのいずれかであると判定される1つ以上の元素組成を除去することをさらに含み得る。
【0058】
例えば、300Daの質量または質量電荷比の限界の上限が、可能なまたは予測される元素組成の参照セットに課せられた場合でも、参照セット内には依然として多数(数千)の可能な元素組成が存在し得ることが理解されよう。しかしながら、いくつかのそのような元素組成が本質的に非常にまれであるか、または非常に低い存在量または強度でのみ観察される可能性が高い場合、そのような元素組成は、参照セットから除去またはそうでなければフィルタリングすることができる。
【0059】
例えば、可能なまたは予測される元素組成の参照セットは、2つ以上のグループに細分され得ることが企図される。第1のグループは、観察される可能性が高いもしくは極めて可能性が高い、および/または存在する場合は中程度もしくは高強度で観察される可能性が高い参照元素組成を含み得る。第2のグループは、極めて観察される可能性が低い、および/または存在する場合に非常に低い強度で観察される可能性が高い参照元素組成を含み得る。
【0060】
様々な実施形態によれば、システムは、特定の状況において、観察されるイオンピークを参照イオンピークに一致させることの複雑さを軽減するために、参照元素組成の第1のグループを使用することだけを選択し得る。他の状況では、システムは、第1のグループと第2のグループの両方を含み得、その結果、利用される参照セットにおいて、より多くの可能なまたは予測される元素組成が存在する。
【0061】
サンプルを質量分析するステップは、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用する多反射飛行時間型質量分析器を使用することを含み得る。
【0062】
様々な実施形態によるアプローチは、高分解能質量スペクトルデータ、特に高分解能飛行時間型質量分析器の較正機能を調整するために特に好適である。任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用し得る多反射飛行時間型質量分析計が知られており、非常に高解像度の質量スペクトルデータを生成する。したがって、様々な実施形態による方法は、そのような機器に特に好適である。
【0063】
別の態様によれば、上記の方法を含む質量分析の方法が提供される。
【0064】
別の態様によれば、
サンプルをイオン化して分析物イオンを生成するためのイオン源と、
分析物イオンの少なくとも一部を質量分析して、分析物イオンの最初に観察される質量電荷比を判定するための質量分析器と、
制御システムであって、
(i)最初に観察される質量電荷比の少なくとも一部を、既知の正確な質量電荷比を有する可能なまたは予測された元素組成の参照セットと一致させるか、またはそれに対して一致させることと、
(ii)最初に観察される質量電荷比のうちの1つ以上と、参照セット内に含まれる1つ以上の可能なまたは予測された元素組成の対応する既知の正確な質量電荷比との間の一致を最適化させる(または質量誤差を低減させる)ように、較正ルーチンの1つ以上の較正パラメータを調整することと、を行うように配置および適合されている、制御システムと、を備える、質量分析計が提供される。
【0065】
質量分析計は、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用する多反射飛行時間型質量分析器を利用することを含み得る。
【0066】
態様によれば、
(i)事前に既知の種を含まない少なくとも1つのピーク検出質量スペクトルを取得することと、
(ii)制限されたm/z範囲(1つまたは複数)にわたって指定された規則と整合性のあるすべての元素組成の理論的m/z値を生成することと、
(iii)理論上のm/z値と質量スペクトルのピークとの間の可能な一致を判定することと、
(iv)一致に基づいて一連の較正パラメータを調整することと、を含む質量分析データのデノボ較正の方法が提供される。
【0067】
分析機器、質量分析計、または質量分析計を較正するために使用できる一連の較正パラメータを調整するステップは、1つ以上の質量スペクトルのピークの既知の精度内で一致するピークの数などの一致から導出されるメトリックに基づいて最適化する較正パラメータを選択することを含み得る。
【0068】
代替的に、分析機器、質量分析計、または質量分析計を較正するために使用できる較正ルーチンの較正パラメータは、較正パラメータおよび可能な一致のセットが与えられた場合の質量スペクトルデータの可能性を最適化する較正パラメータを選択することによって調整することができる。
【0069】
他の実施形態によれば、分析機器、質量分析計、または質量分析計を較正するために使用できる較正ルーチンの較正パラメータは、較正パラメータおよび可能な一致のセットが与えられた場合の較正パラメータの事後確率を最適化する較正パラメータを選択することによって調整することができる。
【0070】
一致基準は、ピーク質量および振幅の関数であり得る。
【0071】
加重最小二乗法を使用してフィッティングすることができる。
【0072】
理論的または予測された質量電荷比(m/z)値、質量、または飛行時間のグリッド、セット、アレイ、またはテーブルは、質量スペクトル内の種の予備的な既知の特性を参照することにより、希薄化または低減することができる。
【0073】
様々な実施形態によれば、少量の同位体は、潜在的な質量電荷比(m/z)の作成されたグリッド、セット、アレイ、またはテーブル、質量または飛行時間の値の表から省略され得る。
【0074】
質量スペクトルまたは複数の質量スペクトルは、直交加速飛行時間型質量分析計を使用して生成され得る高分解能質量スペクトルデータまたは高分解能質量スペクトルまたは複数の質量スペクトルを含み得る。
【0075】
飛行時間分析機器、質量分析器、または質量分析計を較正するために使用できる較正式は、次の形態にすることができる。
m/z=a(t-t0)2(1)
式中、mは、イオンの質量、zは、電荷、tは、飛行時間、t0は、係数である。
【0076】
様々な実施形態によれば、較正式は、1つまたは2つの調整可能な係数を有し得る。
【0077】
質量分析計は、任意選択的にエンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)を利用し得る多反射飛行時間型質量分析器を利用することを含み得る。
【0078】
態様によれば、
質量分析計を使用してサンプルを質量分析し、分析物イオンの最初の質量電荷比を判定することと、
最初に限定された範囲内の質量電荷比を有する可能なまたは予測される元素組成のセット、グリッド、テーブルまたはアレイに対応する第1の質量電荷比と第2の予測された質量電荷比との間の可能な一致を判定することと、
質量分析計を自己較正するために、任意選択的に、判定された第1の質量電荷比と対応する第2の質量電荷比との間の質量誤差を低減することによって、第1および第2の質量電荷比の間の一致を最適化することと、を含む質量分析の方法が提供される。
【0079】
態様によれば、
サンプルを質量分析するための質量分析器と、
制御システムであって、
(i)分析物イオンの第1の質量電荷比を判定することと、
(ii)最初に限定された範囲内の質量電荷比を有する可能なまたは予測される元素組成のセット、グリッド、テーブルまたはアレイに対応する第1の質量電荷比と第2の予測された質量電荷比との間の可能な一致を判定することと、
(iii)質量分析計を自己較正するために、任意選択的に、判定された第1の質量電荷比と対応する第2の質量電荷比との間の質量誤差を低減することによって、第1および第2の質量電荷比の間の一致を最適化することと、を行うように配置および適合された制御システムと、を備える質量分析計が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0080】
以降に、様々な実施形態が、添付図面を参照しながら、例としてのみ説明されるであろう。
【0081】
【
図1】最先端の全質量自己較正アプローチの状態を図示している。
【
図2】各々が同じ公称質量電荷比(123)を有する複数のイオンピークを示し、下の図では、全高の垂直線が、一連の参照データを形成する可能な、または予測された元素組成を示し、実験的に観察されるイオンピークの重心も示されており、上側の質量スペクトルは、様々な実施形態による自己較正ルーチンの適用後に既知の元素組成に割り当てられた、または一致した観察される質量ピークを示す。
【
図3】観察されるイオンピークの質量電荷比(x軸、Da)と、様々な実施形態による補正前の、±10mDaの範囲にある参照元素組成のセットにある可能なまたは予測された元素組成のすべての質量電荷比との間のすべての偏差または質量シフト(y軸、Da)のプロットを示す。
【
図4】様々な実施形態による較正係数の補正または調整後の、観察されるイオンピーク(x軸、Da)の質量電荷比の関数としての可能な元素組成(y軸、Da)からのすべての偏差または質量シフトのプロットを示す。
【
図5】化学グループの既知の質量欠損に基づいて除外される偏差のグループの割り当ての例を示し、正しい割り当ては、グループ内の点の数を比較することによっても行うことができ、下の図は、ピークグリッド距離の密度を示しおり、強調表示された正方形は、さらにフィッティングするための割り当てを表す正しい最大値を示す。
【
図6】本発明の様々な実施形態による、質量分析計が、比較的低い質量または質量電荷比範囲(例えば、<300Da)における観察および参照イオンの一致に基づいて自己較正され得る方法を図示し、低質量範囲での自己較正の効果は、より高い質量または質量電荷比を有するイオンを較正するためにも、延長されたまたは拡張された効果を有し、特に、質量分析計が様々な実施形態に従って自己較正された場合、質量電荷比が785.842の二重に帯電したグルフィブリノペプチドイオン(EGVNDNEEGFFSAR++)が、正しい質量電荷比で正確に(つまり、0.1ppm未満の質量誤差で)観察される。
【発明を実施するための形態】
【0082】
質量較正または自己較正への従来のアプローチは、最初に
図1を参照して簡単に説明される。
【0083】
図1は、「全質量」較正として知られる質量較正への従来のアプローチを図示し、これは、イオンピークが最も近い全質量または公称質量単位に較正される。飛行時間の関数としての質量電荷比の非線形依存性に起因して、適切なフィットは、イオンピークへの全質量電荷値への正しい割り当てに対してのみ達成することができる。この方法の不正確さは、質量欠損、つまり、観察されるイオンの質量が全質量単位(または炭素の質量の1/12)に正確に比例していないことに起因する。
【0084】
比較のために、
図2に、質量電荷比m/z=123の全質量ピークの高分解能質量スペクトルフラグメントの例を示す。下の図では、全高垂直線が、
図1の整数グリッドに代わる、可能なピークの正確な位置の新しいグリッドの例を示している。
【0085】
次に、様々な実施形態は、より詳細に説明され、データの自己較正の方法、および高い分解能を有する質量分析器または質量分析計などの分析機器の方法に一般的に関する。
【0086】
以下でより詳細に考察されるように、様々な実施形態は、取得された質量スペクトルまたは複数の質量スペクトルの内部特性に基づく質量較正補正、ルーチンまたは機能の補正または調整に関する。特に、質量分析計または質量スペクトルデータを自己較正する改良された方法が開示されている。
【0087】
質量分析計または質量スペクトルデータを自己較正する方法は、質量分析計または質量スペクトルデータの質量誤差を大幅に低減することを可能にし、その結果、高い質量精度を有する質量スペクトルデータを得ることができる。
【0088】
様々な実施形態によるアプローチの重要な態様は、サンプルから観察される分析物イオンの正確な質量較正のための参照セットとして、任意選択的に低質量範囲の元素の可能な組み合わせまたは可能な元素組成のセットを生成することである。
【0089】
様々な実施形態による方法は、制限された低質量範囲内の元素組成の潜在的な数が比較的減少するか、または数が比較的少ないという事実に基づいている。
【0090】
様々な実施形態による方法が、観察され得る潜在的なイオンのセットの正確なまたは精密な質量を考慮に入れるため様々な実施形態による方法は、他の既知の技術と比較して達成されるべきより高い精度の質量較正を提供する。
【0091】
様々な実施形態による方法は、適度に良好な従来の質量較正ルーチンが初期にまたは最初に機器を質量較正するために使用される場合に特に効果的である。様々な実施形態によるアプローチは、最初に従来の方法で較正され、従来の質量較正ルーチンの有効性を超えて達成される測定中の質量較正および較正ドリフトの補正のなおさらなる改善を可能にする質量スペクトルデータに適用され得る。しかしながら、様々な実施形態による自己較正の方法が、従来の形式ですでに較正されている質量スペクトルデータに適用されることは必須ではない。したがって、多くの場合、様々な実施形態による自己較正の方法は、事前の較正が実行されていなくても、質量スペクトルデータを質量較正するために適用され得る。
【0092】
様々な実施形態による自己較正の方法は、既存の既知の較正ルーチンまたは方法に基づいて構築、拡張、またはそうでなければ改善することができる。例えば、既知の較正ルーチンを使用して観察されるイオンの元の精度は、±50ppmの範囲であり得る。様々な実施形態による自己較正の方法を使用して、質量スペクトルで利用可能な質量のみを使用し、内部または外部の参照質量を利用せずに、質量精度を<1ppmに補正またはさらに改善することができる。
【0093】
様々な実施形態によれば、低質量範囲(例えば、質量≦300Daを有するイオンに対応し得る)で観察されるイオンの測定された質量電荷比(m/z)値は、この制限された質量範囲で観察されると予想される可能な、または可能性が高いすべての元素組成のグリッド、アレイ、テーブルまたはセットと適合されるかまたはそれらに対して適合され得る。可能なまたは可能性が高い元素組成のセットは、それらの正確なまたは精密な既知の質量電荷比とともに、元素組成の参照セットを含み得る。
【0094】
すべての可能なまたは可能性が高い元素構成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットは、例えば、許可された元素の様々な組み合わせを制限し得る、および/または、例えば、そのような元素の可能なもしくは可能性が高い組み合わせのみを許可し得る規則と整合性のある形態で形成することができる。理論的には存在する可能性があるが、通常の状況では極めて観察される可能性が低いイオンは、自己較正の目的で使用される可能なまたは可能性が高い元素組成のグリッド、テーブル、アレイ、またはセットから除外することができる。したがって、極めて可能性が低い元素組成は、参照データセットから除外され得る。
【0095】
実際の実装形態では、実験的に測定されたピークの一部は、使用されている元素組成のセット、アレイ、テーブル、またはグリッドで考慮されていない元素組成を有し得る。元素のまれな同位体は省略することができる。
【0096】
様々な実施形態による方法は、(i)可能な元素組成または値のピークとグリッド、アレイ、テーブル、または設定値との間の合致を定量化する1つ以上の性能指数の最適化によって、グリッド、アレイ、テーブルまたは設定値とスペクトルピーク位置の一致するペアを見つけることと、(ii)次に、一致したペアを使用して、新しい較正係数を判定するか、較正曲線の既存の較正係数を調整することと、の2つのステップからなり得る。較正係数は、質量分析器で観察されるイオンの飛行時間を正確な質量電荷比にリンクする多項式較正曲線に関連し得ることが理解されよう。
【0097】
性能指数の定義は、適用方法の様々な段階で変化または変更し得る。性能指数の定義は、対応するピークの強度および/または対応するピークの質量電荷比に応じて、ペアごとに変化し得る。
【0098】
一例として、一致するペアを見つける第1のステップは、以下の手順に従うことによって実行され得る。まず、実験的に観察されるイオンピークからすべてのグリッド、アレイ、テーブル、または設定値までの距離は、機器の精度の既知の変動に応じて、広い許容誤差を利用して判定し得る。例えば、±50ppmの許容誤差が許容され得る。
【0099】
次に、距離の分布をプロットするか、そうでなければ計算して、これらの質量範囲の各々について、実験的に観察される値と理論上のグリッド、アレイ、テーブル、または設定値との間の最も可能性の高い距離との一致が判定され得る。
【0100】
図5からわかるように、距離の分布は、異なる母集団を有するグループまたはクラスタを形成する。
【0101】
分子量が近いまたは類似した別のグループによる元素の頻繁なグループの交換に起因して、偽のグループおよび距離分布のクラスタが形成され得る。特定の元素フラグメントを有する正しいグループから派生した偽のグループとは対照的に、すべてのバリエーションの存在に起因して、正しいグループは、好ましくは、より多く存在する。
【0102】
正しいグループの選択は、他のグループと比較して、まずグループ内のエンティティの最大数に基づき得る。
【0103】
場合によっては、偽のグループは、正しいグループと同じ数のエンティティを有し得る。例えば、ほとんどすべての有機分子は、1つの炭素および2つの水素原子を有する。元素組成のCH2のすべて正しい一致がNで置換されている場合、正しい距離から12.6mDaシフトした距離のグループが取得される。元のスペクトルに有機分子のピークのみを含有している場合、偽のグループは、同じ数の一致を有する。そのような場合、元素組成の化学的確率の比較に基づく追加の選択が適用され得る。CH2-N置換の場合、偽のグループのすべての元素組成は、少なくとも1つの窒素原子を有する。
【0104】
いくつかの実施形態では、正しいグループの選択は、付加的または代替的に、事前定義された関数とグループの較正曲線との間のフィット合致に基づいてグループを選択することに基づくことができる。いくつかの実施形態では、較正曲線は、Δm対mプロットまたはΔm/z対m/zプロットであり得る。一部の質量分析計では、正しいグループで線形フィットが得られる。偽のグループが選択された場合、フィットは、わずかに放物線状になる。したがって、放物線フィットが潜在的なグループに適用される場合、正しいグループは、2次導関数の絶対値が最小のグループとして識別され得る。
【0105】
他の機器は元々逸脱した較正曲線を有している可能性があり、したがって、他の実施形態では、正しいグループは、フィッティング曲線パラメータの既知の値を有するグループとして選択され得る。
【0106】
一致の正しいグループの選択に関連する他のアプローチは、比較的小さい分子量を有する選択された一致の同位体パターンの分析の既知の方法に基づき得る。次に、例えば、有機分子の場合、種内の炭素、酸素、および窒素原子の数は、2番目および他の同位体ピークのシフトと振幅から推定することができる。しかしながら、このアプローチはあまり好ましくない。
【0107】
誤った割り当てを回避するために、すべての(またはほぼすべての)可能なピーク値を可能な元素組成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットに含めることが望ましい。可能な元素組成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットにすべて(またはほぼすべて)の可能なピーク値を含めると、実験データとの正しいフィッティングの点で最適な値を有するであろう合理的なターゲット較正関数を構築、生成、または判定できる可能性が高くなる。従来の較正方法を使用した初期の予備較正は役立つ場合があるが、必須ではない。
【0108】
既知の広範囲の等圧質量シフトの追加チェックを適用して、偽の局所最適点を回避することができる。既知の誤った最適値は、質量欠陥の値と符号によって、対応する同位体の存在によって、または他の方法によって識別することができる。間違った最適値は、自己較正プロセスから除外され得る。
【0109】
次に、様々な実施形態による方法は、質量分析計の走査パラメータ(飛行時間、周波数、電圧、振幅、または他のパラメータなど)を用いて質量電荷比を接続する較正曲線、関数、多項式、またはルーチンの較正係数を調整することによって、判定された距離を最小化することを試みることができる。
【0110】
一実施形態によれば、較正係数は、多項式関数または方程式によって記述され得る較正曲線または関数に対応し得、ここで、較正曲線または関数は、検出された、またはそうでなければ実験的に観察されるイオンの質量電荷比を調整するために実験的に得られた質量スペクトルデータに適用され得る。
【0111】
観察される分析物イオンと最も可能性の高い距離付近のグリッドとの間の一致範囲は、距離分布の分散に応じて縮小またはそうでなければ低減され得る。これらの一致のみが、さらなる調整に使用される。
【0112】
観察される分析物イオンの質量電荷比を潜在的な元素組成にフィットさせる最適化プロセスの次の段階は、最小二乗法を利用することによって行うことができる。しかしながら、最適化プロセスが、異なる方法で、観察される分析物イオンの潜在的な元素組成に対する質量電荷比をフィットさせようとする可能性がある他の実施形態も企図される。例えば、最適化プロセスは、勾配法、シンプレックス法、またはターゲット関数の最大値を見つける代替方法に基づいて、観察される分析物イオンの質量電荷比を潜在的な元素組成にフィットさせ得る。
【0113】
正しいペアを見つけて距離を最小化しようとする2つの段階を組み合わせて、1つのステップで実行し得る。
【0114】
ターゲット関数は、フィットされたピークの数を最大化し、ピークとグリッド値との間の距離を最小化することに基づき得る。飛行時間型質量分析計のこのような関数の例は、次により与えられる:
【0115】
【数1】
式中、a
0およびt
0は、関数を最小化するために変更する較正係数、nは、ピークの数、A
nは、ピークの振幅、d(m
n)は、ピークと最も近い質量電荷比(m/z)値のグリッド、アレイ、またはセットとの差異である。
【0116】
方法をチェックするために、尿サンプルのLC-MS分析に関連した質量スペクトルに関して、限られた質量範囲内で一般式Cn1Hn2Nn3On4を有する有機分子のすべての可能な組み合わせのグリッドを検討した。溶出分析物イオンは、MSeに供され、得られた質量スペクトルは、自己較正された。
【0117】
潜在的な元素組成の数を低減するために、次の制限が適用され、つまり、最初にn1≦n2≦2n1+2、次に、n3≦4およびn4≦4。ピーク振幅は無視した。さらに、同位体ピークも無視した。
【0118】
図3は、様々な実施形態による自己較正補正の前に、参照セット内の最も近い可能な元素組成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセットに対する分析物イオンの観察されるピークシフトを示す。
【0119】
次に、質量スペクトルデータを処理して、様々な実施形態による形態で質量スペクトルデータを自己較正し、
図4は、様々な実施形態による補正後の参照データのグリッド、アレイ、テーブル、または設定点に対する結果として生じるイオンピークシフトを示す。特に、
図4から、質量電荷比の範囲60~220に多数のイオンが存在すると、ここでは質量誤差が<<1ppmであると推定し得る。
【0120】
したがって、様々な実施形態による自己較正アプローチは、質量精度の実質的な改善をもたらし、多くの観察されるイオンの質量誤差が<1ppmに減少し、これは、質量分析計の較正の調整または質量スペクトルデータの較正を調製する従来の方法と比較して有意な改善を表すことが明らかである。
【0121】
様々な実施形態によれば、サンプルの内因種は、実験の大部分に存在し得るか、代替的に、内因種が分離デバイスから溶出するか、または観察される分析物イオンが観察されるか、そうでなければ比較的短い時間期間にわたってまたはその間に質量分析されるために存在するように液体クロマトグラフィ(「LC」)カラムなどを使用するような分離技術に従って分離されるかのいずれかであり得る。
【0122】
様々な実施形態によれば、サンプルを分析するために使用され得る分析機器は、質量分析器または質量分析計を含み得る。機器は、例えば、イオン源の上流に配置され得るクロマトグラフィまたは他の分離デバイスをさらに含み得る。
【0123】
クロマトグラフィまたは他の分離デバイスは、液体クロマトグラフィまたはガスクロマトグラフィデバイスを備え得る。代替的に、分離デバイスは、(i)毛細管電気泳動(「CE」)分離デバイス、(ii)毛細管電気クロマトグラフィ(「CEC」)分離デバイス、(iii)実質的に剛性のセラミックベース多層マイクロ流体基板(「セラミックタイル」)分離デバイス、または(iv)超臨界流体クロマトグラフィ分離デバイスを備え得る。
【0124】
分析物イオンを生成するために使用することができるイオン源は、以下からなる群から選択され得る:(i)エレクトロスプレーイオン化(「ESI」)イオン源、(ii)大気圧光イオン化(「APPI」)イオン源、(iii)大気圧化学イオン化(「APCI」)イオン源、(iv)マトリックス支援レーザー脱離イオン化(「MALDI」)イオン源、(v)レーザー脱離イオン化(「LDI」)イオン源、(vi)大気圧イオン化(「API」)イオン源、(vii)シリコン(「DIOS」)イオン源での脱着イオン化、(viii)電子衝撃(「EI」)イオン源、(ix)化学イオン化(「CI」)イオン源、(x)フィールドイオン化(「FI」)イオン源、(xi)電界脱離(「FD」)イオン源、(xii)誘導結合プラズマ(「ICP」)イオン源、(xiii)高速原子衝撃(「FAB」)イオン源、(xiv)液体二次イオン質量分析(「LSIMS」)イオン源、(xv)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xvi)ニッケル63放射性イオン源、(xvii)大気圧マトリックス支援レーザー脱離イオン源、(xviii)サーモスプレーイオン源、(xix)大気サンプリンググロー放電イオン化(「ASGDI」)イオン源、(xx)グロー放電(「GD」)イオン源、(xxi)インパクターイオン源;(xxii)リアルタイムでの直接分析(「DART」)イオン源、(xxiii)レーザースプレーイオン化(「LSI」)イオン源、(xxiv)ソニックスプレーイオン化(「SSI」)イオン源、(xxv)マトリックス支援インレットイオン化(「MAII」)イオン源、(xxvi)溶媒支援インレットイオン化(「SAII」)イオン源、(xxvii)脱離エレクトロスプレーイオン化(「DESI」)イオン源、(xxviii)レーザーアブレーションエレクトロスプレーイオン化(「LAESI」)イオン源、(xxix)表面支援レーザー脱離イオン化(「SALDI」)イオン源、(xxx)低温プラズマ(「LTP」)イオン源。
【0125】
分析機器は、以下をさらに含み得る:(i)1つ以上のイオンガイド、(ii)1つ以上のイオン移動度分離装置および/または1つ以上のフィールド非対称イオン移動度分光計装置、および/または(iii)1つ以上のイオントラップまたは1つ以上のイオントラップ領域。
【0126】
イオン源によって生成されたイオンは、分析機器、質量分析器、または質量分析計内に任意選択的に位置する衝突、フラグメンテーション、または反応デバイスを使用してフラグメント化され得る。
【0127】
衝突、フラグメンテーションまたは反応デバイスは、任意の好適な衝突、フラグメンテーションまたは反応デバイスを含み得る。例えば、衝突、断片化または反応デバイスは、以下からなる群から選択され得る。(i)衝突誘導解離(「CID」)断片化デバイス、(ii)表面誘導解離(「SID」)フラグメンテーションデバイス、(iii)電子伝達解離(「ETD」)フラグメンテーションデバイス、(iv)Electron Capture Dissociation(“ECD”)フラグメンテーションデバイス、(v)電子衝突または衝撃解離フラグメンテーションデバイス、(vi)光誘起解離(「PID」)フラグメンテーションデバイス、(vii)レーザー誘起解離フラグメンテーションデバイス、(viii)赤外線放射誘起解離デバイス、(ix)紫外線誘起解離デバイス、(x)ノズル-スキマーインターフェースフラグメンテーションデバイス、(xi)インソースフラグメンテーションデバイス、(xii)ソース内の衝突誘起解離フラグメンテーションデバイス、(xiii)熱または温度源のフラグメンテーションデバイス、(xiv)電界誘起フラグメンテーションデバイス、(xv)磁場誘起フラグメンテーションデバイス、(xvi)酵素消化または酵素分解フラグメンテーションデバイス、(xvii)イオン-イオン反応フラグメンテーションデバイス、(xviii)イオン分子反応フラグメンテーションデバイス、(xix)イオン原子反応フラグメンテーションデバイス、(xx)イオン準安定イオン反応フラグメンテーションデバイス、(xxi)イオン準安定分子反応フラグメンテーションデバイス、(xxii)イオン準安定原子反応フラグメンテーションデバイス、(xxiii)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン-イオン反応デバイス、(xxiv)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン分子反応デバイス、(xxv)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン原子反応デバイス、(xxvi)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン準安定イオン反応デバイス、(xxvii)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン準安定分子反応デバイス、(xxviii)イオンを反応させて付加物または生成物イオンを形成するためのイオン準安定原子反応デバイス、(xxix)電子イオン化解離(「EID」)フラグメンテーションデバイス。
【0128】
次に、さらなる実験データについて説明する。
【0129】
例えば、液体クロマトグラフィ質量分析(「LC-MS」)実験が実行される場合、可能な元素のセットまたは可能性が高い元素組成は、Cn1Hn2Nn3On4の形態または式を有する有機分子のセットに対応するように配置され得、式中、n1、n2、n3、およびn4は、合理的なまたは可能性が高い値に対応する。CHNOシステムの分子では、元素の一部の組み合わせが他の組み合わせよりも発生する可能性が高いことが有機化学から理解される。
【0130】
参照データセットに含まれる可能性のある可能な元素組成のグリッド、アレイ、テーブル、またはセット内の値の数は、測定された質量電荷比(m/z)値の数を数桁超える可能性があり、したがって潜在的な元素組成の数は、様々な規則に従って減らすことができる。例えば、一実施形態によれば、Cn1Hn2Nn3On4の形態または式を有し、質量が<300Daの有機分子のおよそ3000の異なる組み合わせを含む参照データセットを初期に生成することができる。この潜在的な有機分子のセットは、観察される可能性が低い、または観察される場合に比較的低い強度しか有しない可能性が高い有機分子を除外するために、さらに低減または制限され得る。
【0131】
図3は、観察されるイオンピーク(x軸、Da)の質量電荷比の関数として、補正前の上記の元素組成のセットからの偏差または質量シフト(y軸、Da)のプロットを示す。
【0132】
図4は、観察されるイオンピーク(x軸、Da)の質量電荷比の関数として、補正後の元素組成のセットからの偏差または質量シフト(y軸、Da)のプロットを示す。
【0133】
補正は、較正関数(式1)の係数aおよびt0を調整して、鋭いゼロを中心とする質量シフト(正しい一致間の距離)の正しいグループの分布を得ることによって行われた。
【0134】
図5の上図は、正しい割り当てと、較正フィットの偽の最適値の割り当ての両方を示す。
図5の下の図は、ゼロを中心とする正しいピークを有するピーク-グリッド距離の結果として得られた密度を示す。
【0135】
図5の下の図に、さらにフィッティングするための割り当てを表す正しいグループを示す正方形が示されている。
【0136】
図6は、様々な実施形態による自己較正方法の有効性を図示している。
【0137】
特に、
図6は、低質量または質量電荷比の範囲(例えば、<300Da)で観察されるイオンを、同様の低質量制限を有する参照データと比較することにより、質量分析計を自己較正できることを図示する。
【0138】
低質量データを使用して質量分析計を自己較正する効果は、より広いまたはより高い質量範囲にわたって特に効果的であることが示されている。本質的に、自己較正法は、より高い質量または質量電荷比を有するイオンに対して精密な較正を延長するまたは拡張する効果を有する。
【0139】
較正がより高い質量にどのように拡張されるかを説明するために、質量電荷比785.842を有する2価のグルフィブリノペプチドイオン(EGVNDNEEGFFSAR++)が0.1ppmを超える精度で観察される。
【0140】
したがって、様々な実施形態によるアプローチが特に有益であり、当技術分野における重要な進歩を表すことは明らかである。
【0141】
様々な実施形態による一般的な自己較正方法に対して様々な改良を行うことができる。
【0142】
例えば、様々な実施形態によれば、観察される分析物イオンのピークは、観察される質量スペクトルデータまたは観察される質量スペクトルデータに関連する干渉フラグのうちの一部を歪め得る観察される分析物イオンの強度、飽和効果などの情報に基づいて自己較正の目的で利用される質量スペクトルまたは質量スペクトルデータセットから除外され得る。
【0143】
自己較正法は、予測された元素組成および/または観察される分析物イオンのいずれかの1つ以上の同位体パターンを考慮するように拡張することができる。同位体パターンまたは同位体比の検証は、正しい一致または一致の正しいグループの選択に使用され得る。
【0144】
上で考察されるように、可能な元素組成を制約し、観察されることが予想され、自己較正の目的で使用される可能な、可能性の高い、または潜在的な元素組成の数を低減するために、規則が参照され得る。使用され得る規則は、サンプルまたは実験装備の事前の知識がなくても適用できる一般的な規則であり得る。
【0145】
代替的に、使用することができる1つ以上の規則は、サンプル、特に分析されるサンプルが有機または無機物質の可能性が高いかどうかなどのサンプルタイプの知識を利用することができる。
【0146】
適用される可能性のある規則は、機器のセットアップが、液体クロマトグラフィまたはガスクロマトグラフィ分離デバイスなどの分離デバイスを利用することを含むという事実を考慮に入れることができる。
【0147】
液体クロマトグラフィ分離デバイスが使用されている、または使用される可能性が高いことが事前にわかっている場合、規則は、使用される、または使用される可能性が高い1つ以上の溶媒の性質を考慮に入れることができる。同様の方法で、規則は、使用される、または使用される可能性が高い溶媒勾配を考慮に入れることができる。例えば、溶媒勾配が液体クロマトグラフィ分離デバイスと組み合わせて使用されると仮定すると、特定の元素組成が特定の溶出時間でのみ観察される可能性が最も高い、またはそのような元素組成が特定の範囲内の保持時間を有する可能性が高いという予測が行われ得る。
【0148】
適用され得る規則は、観察されると予想され得る、塩などの不純物の可能性もまた考慮に入れ得る。例えば、塩などの不純物を含むと識別された分析物イオンは、自己較正の目的で使用される質量スペクトルデータから除外することができる。
【0149】
サンプルが生物学的サンプルに関連することが知られている、または予想される場合、サンプル中のペプチド、脂質などの予想される存在を説明することができる。
【0150】
PepLock(商標)などのデノボ較正の方法を使用して、妥当な初較正を取得することができ、その後、上で詳細に考察される方法で自己較正の方法を適用することにより、較正をさらに改善することができる。
【0151】
自己較正の方法は、実験の開始時に適用され得、その後に得られる質量スペクトルデータは、この初期較正に依存し得る。
【0152】
自己較正の方法が、上記の自己較正の方法によって判定されるように、後処理ステップにおいて実験データに遡及的に適用され得る他の実施形態もまた企図される。
【0153】
自己較正の方法が、実験的取得中に繰り返し適用または実行され得る、さらに別の実施形態が企図される。例えば、様々な実施形態による自己較正方法が、既存の較正または較正関数、多項式またはルーチン較正を更新、チェック、確認、再確認、または改善するために、実験、実験実行、または取得中に頻繁にまたは連続的にさえ使用され得る実施形態が企図される。
【0154】
自己較正は、すべての質量スペクトルに個別に適用することも、スペクトル間で延長することもできる。
【0155】
較正パラメータの延長は、様々な実施形態による自己較正方法に従って、1つ以上の較正の間に得られたスペクトルに適用または利用され得る。例えば、自己較正方法は、初期調査スペクトルまたは調査質量スペクトルデータに適用され得る。次に判定される較正パラメータは、較正パラメータの延長がMSまたはMS-MSスペクトルに適用され得るように、後続のMSまたはMS-MSデータにその後適用され得る。
【0156】
取得時間に近い自己較正スペクトルは、近い較正を有することが予想され得る。次のスペクトルの自己較正の開始として、前のスペクトルで見つかった較正を使用することが好ましい。較正パラメータの時系列の外れ値は、拒否または再検討され得る。
【0157】
自己較正法に従って潜在的な元素組成を参照して識別されたイオンピークは、較正、または同じもしくは後続の実験中の較正における将来またはその後の使用のために保存され得る。
【0158】
自己較正方法は、潜在的な複数の候補電荷状態を考慮に入れるためにさらに拡張され得る。考慮される潜在的または予想されるグリッド、アレイ、テーブル、または電荷状態のセットは、候補元素組成の元素組成に依存し得る。
【0159】
不確定さは、較正パラメータについて判定され得る。例えば、多項式較正関数が判定され得、判定された較正関数に対応する不確実性または1つ以上の誤差バーが判定され得る。
【0160】
自己較正の方法は、最初の一致に課せられる可能性のある制限された質量、質量電荷比、または飛行時間範囲内で特に効果的であることは明らかであろう。例えば、自己較正の方法は、質量が<300Daの観察される分析物イオンに対して実行され得る。
【0161】
次に、較正関数、多項式、またはルーチンを、より広い質量、質量電荷比、または飛行時間範囲に拡張し得る。例えば、較正または較正補正の外挿を適用して、最初に一致で使用された制限された質量、質量電荷比、または飛行時間範囲の外側またはそれを超えて較正を拡張することができる。初期質量、質量電荷比、または飛行時間範囲を超える較正関数の外挿は、1つ以上の既知のまたは以前に特徴付けられた機器の動作によって制約され得る。
【0162】
提案されたアプローチは、質量スペクトルの内部一貫性が良好なあらゆる種類の高分解能質量分析計で使用することができる。特に、上で考察される様々な実施形態による自己較正の方法は、エンコーディッドフリークェントプッシング(「EFP」)およびそのような機器から得られる結果として得られる質量スペクトルデータセットを任意選択的に利用することができる多反射飛行時間分析器に特に適用可能である。
【0163】
様々な実施形態による方法および装置は、分析機器、質量分析器または質量分析計が様々な浮動または変動パラメータを経験し得るという事実にもかかわらず、取得されたすべての質量スペクトルに対して高い質量精度を達成することを可能にする。例えば、上で考察されるように、分析機器、質量分析器、または質量分析計は、電圧、有効な形状、周波数、またはタイマ出力の変動を経験し得る。さらに、機器は、既知の外部標準化合物を導入せずにイオンを生成し得る。任意選択的に、機器は、外部または内部の参照または較正イオンを参照しない場合がある。
【0164】
様々な実施形態による方法は、取得されたすべてのスペクトル、調査スキャンなどの一部の段階中に取得されたデータ、または取得中に定期的に取得されたデータにオンザフライで適用することができる。代替的に、および/または付加的に、自己較正法は、事後的に適用され得る。
【0165】
様々な実施形態による自己較正方法は、検出器の機能、空間電荷、またはイメージ電荷の影響に起因するピーク位置の振幅依存性の偏差を伴わずに、内部的に整合性のある質量スペクトルとともに正常に使用され得る。
【0166】
本発明は、好ましい実施形態を参照して説明されてきたが、添付の特許請求の範囲に記載された本発明の範囲を逸脱することなく、形態および細部での様々な変更が行われ得ることは、当業者ならば理解されるであろう。
【国際調査報告】