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特表2022-526199ウイルス疾患の治療におけるRSK阻害剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-05-23
(54)【発明の名称】ウイルス疾患の治療におけるRSK阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20220516BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20220516BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20220516BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20220516BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/215 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/351 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/19 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/5365 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/4965 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 31/506 20060101ALI20220516BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220516BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220516BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20220516BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P31/12
A61P43/00 111
A61K31/713
A61K31/7105
A61K48/00
A61P31/14
A61P31/16
A61P43/00 121
A61K31/215
A61K31/351
A61K31/19
A61K31/5365
A61K31/4965
A61K31/506
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A61K39/395 D
A61K39/395 N
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022504335
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(85)【翻訳文提出日】2021-10-27
(86)【国際出願番号】 EP2020057621
(87)【国際公開番号】W WO2020188034
(87)【国際公開日】2020-09-24
(31)【優先権主張番号】LU101156
(32)【優先日】2019-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】LU
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】516343022
【氏名又は名称】アトリバ セラピューティクス ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】ルートヴィヒ シュテファン
(72)【発明者】
【氏名】プランツ オリバー
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C085
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB01
2G045DA13
2G045DA14
2G045DA36
2G045FA16
2G045FB02
2G045FB03
2G045FB07
4C084AA13
4C084AA17
4C084AA19
4C084AA20
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZB331
4C084ZB332
4C084ZC201
4C084ZC202
4C084ZC751
4C085AA32
4C085EE01
4C085EE03
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA07
4C086BC48
4C086CB22
4C086GA16
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA05
4C086ZB33
4C086ZC20
4C086ZC75
4C206AA01
4C206AA02
4C206GA02
4C206GA30
4C206HA31
4C206KA01
4C206KA14
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA04
4C206NA05
4C206ZB33
4C206ZC20
4C206ZC75
(57)【要約】
本発明は、1つまたは複数の有益な治療効果を示し得るRSK阻害剤に関する。本RSK阻害剤は、ウイルス感染症の予防および/または治療において使用することができる。単独でのまたは他の抗ウイルス阻害剤化合物との組み合わせでのRSK阻害剤は、ウイルス性疾患の治療において1つまたは複数の有益な治療効果を示し得る。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルス性疾患の予防および/または治療のための方法における使用のためのRSK阻害剤。
【請求項2】
BI-D1870、SL0101-1、LJH685、LJI308、BIX 02565、FMK、および選択的RSK1阻害剤、またはそれらの誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩からなる群より選択される、請求項1に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項3】
前記選択的RSK1阻害剤が、SEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に対応するRsk1 mRNAを選択的に標的とするsi-RNA、shRNA、もしくはmi-RNA、またはSEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に結合する抗体である、請求項2に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項4】
前記ウイルス性疾患が、マイナス鎖RNAウイルス、好ましくはインフルエンザウイルスによって引き起こされる感染症である、前記請求項のいずれか一項に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項5】
前記ウイルス性疾患が、プラス鎖RNAウイルス、好ましくは呼吸器感染症を引き起こすコロナウイルスによって引き起こされる感染症である、前記請求項のいずれか一項に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項6】
前記インフルエンザウイルスが、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩からなる群より選択されるノイラミダーゼ (neuramidase) 阻害剤、あるいはファビピラビル、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩の群より選択されるウイルスポリメラーゼ複合体の阻害剤に対して耐性である、請求項4に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項7】
前記インフルエンザウイルスが、H1N1型、H2N2型、H3N2型、H5N1型、H5N6型、H5N8型、H6N1型、H7N2型、H7N7型、H7N9型、H9N2型、H10N7型、N10N8型、もしく異なるA型インフルエンザウイルス、または山形型もしくはビクトリア型などのB型インフルエンザウイルスである、請求項4または6に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項8】
第2の抗ウイルス剤と組み合わせて投与される、前記請求項のいずれか一項に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項9】
前記第2の抗ウイルス剤が、ノイラミダーゼ阻害剤、ポリメラーゼ複合体阻害剤、エンドヌクレアーゼ阻害剤、ヘマグルチニン阻害剤、非構造タンパク質1阻害剤、核タンパク質阻害剤、およびMEK阻害剤からなる群より選択される、請求項8に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項10】
前記ノイラミニダーゼ阻害剤が、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩より選択される、請求項9に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項11】
前記ポリメラーゼ複合体阻害剤が、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、ファビピラビル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩である、請求項9に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項12】
前記MEK阻害剤が、CI-1040、PD-0184264、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、GSK-1120212、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、GDC-0973、TAK-733、PD98059、およびPD184352、またはそれらの薬学的に許容される塩からなる群より選択される、請求項9に記載の使用のためのRSK阻害剤。
【請求項13】
SEQ ID NO:1のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列を有するRSK1に結合し、かつSEQ ID NO:3のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列を有するRSK2、SEQ ID NO:5のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:6のヌクレオチド配列を有するRSK3、およびSEQ ID NO:7のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:8のヌクレオチド配列を有するRSK4に対する結合親和性を示さないか、または低い結合親和性を示す、選択的RSK1阻害剤またはその誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩。
【請求項14】
si-RNA、shRNA、mi-RNA、抗体、または低分子である、請求項13に記載の選択的RSK1阻害剤。
【請求項15】
請求項13または14に記載の選択的RSK1阻害剤を単独で、または第2の抗ウイルス剤との組み合わせで含む、ウイルス性疾患の予防および/または治療における使用のための薬学的組成物。
【請求項16】
特異的RSK1阻害剤を同定する方法であって、
(i) SEQ ID NO:1のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列を有するRSK1への結合について、潜在的阻害剤のライブラリをスクリーニングする段階;
(ii) 段階(i)においてRSK1と結合することが判明した阻害剤を選択して、それらを、SEQ ID NO:3のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列を有するRSK2、SEQ ID NO:5のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:6のヌクレオチド配列を有するRSK3、およびSEQ ID NO:7のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:8のヌクレオチド配列を有するRSK4への結合についてスクリーニングする段階;ならびに
(iii) RSK2、RSK3、またはRSK4に結合しない、段階(ii)からの阻害剤を、特異的RSK1阻害剤として選択する段階
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、1つまたは複数の有益な治療効果を示し得るRSK阻害剤に関する。RSK阻害剤は、ウイルス感染症の予防および/または治療において使用することができる。RSK阻害剤は、他の抗ウイルス化合物と組み合わせて、ウイルス性疾患の治療において1つまたは複数の有益な治療効果を示し得る。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
ウイルスによる感染症は、ヒトおよび動物の健康にとって甚大な脅威である。例えば、インフルエンザウイルスによる感染症は、今もなお人類の重大な流行病に属しており、毎年多数の死者を出している。
【0003】
特にRNAウイルスを制御する問題は、ウイルスポリメラーゼのエラー率の高さに起因するウイルスの適応性であり、これにより、適切なワクチンの生成および抗ウイルス物質の開発が困難になっている。さらに、ウイルスの機能に対する抗ウイルス剤を使用すると、遅かれ早かれ、変異に基づく耐性変種の選択につながることが判明している。一例は、ウイルスの膜貫通タンパク質に対する抗インフルエンザ物質アマンタジンおよびその誘導体である。適用後短期間で、ウイルスの耐性変種が生成される。他の例は、インフルエンザウイルスの表面タンパク質であるノイラミニダーゼを阻害するインフルエンザ感染症用の抗ウイルス剤、例えばオセルタミビルなどであり、この場合も過去に耐性変種が広く出現している。
【0004】
すべてのウイルスは、ゲノムが非常に小さく、したがって複製に必要な機能のコーディング能力が限られているため、その宿主細胞の機能に高度に依存している。このようなウイルスの複製に必要な細胞機能に影響を及ぼすことによって、感染細胞でのウイルスの複製に悪影響を及ぼすことが可能である。この場合、ウイルスが、選択圧から逃れるために、欠如している細胞機能を適応によって、特に変異によって置き換える可能性はない。このことは、細胞キナーゼおよびメチルトランスフェラーゼに対する比較的非特異的な阻害剤を用いたA型インフルエンザウイルスについて既に示されている可能性がある(Scholtissek and Muller, Arch Virol 119, 111-118, 1991)。
【0005】
他のウイルスと同様に、インフルエンザウイルスは感染細胞を捕らえて複製する。ウイルスのタンパク質は、それら自体とのみならず、細胞の構成成分とも相互作用する。したがって、このような構成要素を妨害することは、広範な抗ウイルスレベルで複製を阻害する可能性があるだけでなく、ウイルスが、失われた細胞機能を代替することができないために、耐性ウイルス変種の出現を減少させる可能性がある (Ludwig, 2003) (Ludwig, 2011)。
【0006】
インフルエンザウイルスの生活環において、ウイルスゲノムを含む新たに合成されたリボ核タンパク質複合体 (vRNP)は、ウイルスゲノムの複製が行われる核から細胞質に輸送されて、細胞膜に運ばれ、子孫ウイルスにパッケージングされ、感染細胞から放出されなければならない。RNPは、CRM1阻害剤であるレプトマイシンBによって細胞質内蓄積が阻止されるため、Crm1媒介性の核外輸送経路により核外に輸送される (Elton, 2001) (Watanabe, 2001)。vRNP核外輸送複合体の組織化は、今日まで完全には理解されていない。1つの推定モデルでは、核外輸送タンパク質 (NEP) がウイルスポリメラーゼ複合体と相互作用して、マトリックスタンパク質1に対する支持結合部位を形成すると仮定している。Crm1との相互作用は、NEPのN末端を介して行われる (Brunotte, 2014)。M1が存在しない場合にはvRNPの輸送は行われないが、NEPの量が大きく減少してもこの過程に影響を与えないことを考慮すると、RNPの輸送に対するM1およびNEPの正確な寄与は依然として理解しづらい (Wolstenholme, 1980) (Smith, 1985) (Martin, 1991) (Bui, 2000)。RNP輸送複合体は、高密度のクロマチンにおいて組み立てられて、細胞輸送機構に到達することが示された。この組み立ては、RCC1(Ranヌクレオチド交換因子)が配置された領域内で行われて、RNPと、再生されたCrm1-RanGTP複合体との直接的な相互作用が確実になる (Nemergut, 2001) (Chase, 2011)。
【0007】
さらに、ウイルスは、核外輸送の成功を確実にするために、Raf/MEK/ERKシグナル伝達経路を活性化させる必要がある (Pleschka, 2001) (Ludwig, 2004)。このシグナル伝達カスケードは、古典的なマイトジェン活性化プロテインキナーゼ (MAPK) カスケードのメンバーであり、増殖、分化、および細胞生存を調節している (Lewis, 1998) (Yoon, 2006)。インフルエンザウイルスの感染は、感染後のごく初期および後期の二相性様式で、この経路の活性化を誘発する。MEK特異的阻害剤は、両方の活性化相を抑制するのみならず、加えて、新たに合成されたRNPの核内保持に起因するウイルス力価の強力な低下をもたらす。これらの効果は、A型およびB型インフルエンザウイルスについて示されている (Pleschka, 2001) (Ludwig, 2004) (Haasbach, 2017)。アマンタジン処理とは対照的に、U0126などのMEK阻害剤の使用後に、エスケープ変異体は見出され得なかった (Ludwig, 2004)。加えて、オセルタミビル耐性インフルエンザ株でも、MEK阻害剤処理によって阻害することができる (Haasbach, 2017)。さらに、この経路を阻害することで、呼吸器多核体ウイルスによる感染後のウイルス力価が低下することが最近発表された (Preugschas, 2018)。これらの知見により、ウイルスが、失われた細胞機能を補うことができないことが示され、新規の抗ウイルス戦略が可能になる。今日まで、この経路がどのようにインフルエンザのRNP輸送を誘発するかの正確な機構は不明である。
【0008】
前述したように、インフルエンザウイルスは、細胞のRaf/MEK/ERKシグナル伝達経路を利用して、新たに合成されたゲノム(vRNPと称されるRNA-タンパク質複合体の形態)を感染細胞の核から輸送することを支援する。以前の研究において、Raf/MEK/ERK経路の中心的なキナーゼであるMEKの阻害剤は、副作用なしに、かつ耐性の発生を高度に遮断して、インビトロおよびインビボでウイルスの複製を阻止することが示された (WO 2014/056894)。
【0009】
しかしながら、活性化されたRaf/MEK/ERK経路とvRNP複合体の輸送との間の直接的な関連性は依然として不明であった。一般に、Raf/MEK/ERK経路は、がんにおけるその役割について研究されており、ERKおよびRSKがMEKの下流で作用することが公知である。しかしながら、先行技術では、Rskの阻害、特にRsk2ノックダウンが、ウイルス支持効果を発揮することが見出された (Kakugawa et al. (2009) J Virol.;83(6):2510-7)。
【0010】
それにもかかわらず、先行技術を考慮すると、ウイルス性疾患、特にインフルエンザウイルスによって引き起こされる疾患の治療において有効なさらなる化合物および組成物が必要であることは明らかである。
【発明の概要】
【0011】
本発明は、ウイルス性疾患の予防および/または治療のための方法における使用のためのRSK阻害剤に関する。具体的には、RSK阻害剤は、BI-D1870、SL0101-1、LJH685、LJI308、BIX 02565、FMK、および選択的RSK1阻害剤、またはそれらの誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩からなる群より選択され得る。選択的RSK1阻害剤は、SEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に対応するRsk1 mRNAを選択的に標的とするsi-RNA、shRNA、もしくはmi-RNA、またはSEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に結合する抗体であってよい。
【0012】
ウイルス性疾患は、プラス鎖またはマイナス鎖のRNAウイルスによって引き起こされる感染症であり得る。好ましい態様において、マイナス鎖RNAウイルスによって引き起こされるウイルス性疾患はインフルエンザウイルスであり、例えば、インフルエンザウイルスは、H1N1型、H2N2型、H3N2型、H5N1型、H5N6型、H5N8型、H6N1型、H7N2型、H7N7型、H7N9型、H9N2型、H10N7型、N10N8型、もしくはH5N1型のもの、もしくは異なるA型インフルエンザウイルス、または山形型もしくはビクトリア型などのB型インフルエンザウイルスである。いくつかの態様において、インフルエンザウイルスは、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩からなる群より選択されるノイラミダーゼ (neuramidase) 阻害剤、あるいはファビピラビル、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩の群より選択されるウイルスポリメラーゼ複合体の阻害剤に対して耐性である。
【0013】
別の好ましい態様において、プラス鎖RNAウイルスによって引き起こされるウイルス性疾患は、SARS、MERS、またはCovid-19などの呼吸器感染症を引き起こすコロナウイルスである。
【0014】
場合によっては、RSK阻害剤は、ノイラミダーゼ阻害剤、ポリメラーゼ複合体阻害剤、エンドヌクレアーゼ阻害剤、ヘマグルチニン阻害剤、非構造タンパク質1阻害剤、核タンパク質阻害剤、またはMEK阻害剤などの第2の抗ウイルス剤と組み合わせて投与される。
【0015】
ノイラミダーゼ阻害剤は、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。
【0016】
ポリメラーゼ複合体阻害剤は、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、ファビピラビル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。
【0017】
MEK阻害剤は、CI-1040、PD-0184264、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、GSK-1120212、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、GDC-0973、TAK-733、PD98059、もしくはPD184352、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。
【0018】
本発明はまた、SEQ ID NO:1のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列を有するRSK1に結合し、かつSEQ ID NO:3のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列を有するRSK2、SEQ ID NO:5のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:6のヌクレオチド配列を有するRSK3、およびSEQ ID NO:7のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:8のヌクレオチド配列を有するRSK4には結合親和性を示さないか、または低い結合親和性を示す選択的RSK1阻害剤、またはその誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩に関する。選択的RSK1阻害剤は、si-RNA、shRNA、mi-RNA、抗体、または低分子であってよい。RSK1阻害剤は、ウイルス性疾患の予防および/または治療のために、薬学的組成物中で単独でまたは上記で定義された第2の抗ウイルス剤と組み合わせて使用することができる。
【0019】
加えて、本発明は、以下の段階を含む、特異的RSK1阻害剤を同定する方法に関する:SEQ ID NO:1のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:2のヌクレオチド配列を有するRSK1への結合について、潜在的阻害剤のライブラリをスクリーニングする段階;RSK1と結合することが判明した阻害剤を選択して、それらを、SEQ ID NO:3のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:4のヌクレオチド配列を有するRSK2、SEQ ID NO:5のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:6のヌクレオチド配列を有するRSK3、およびSEQ ID NO:7のアミノ酸配列またはSEQ ID NO:8のヌクレオチド配列を有するRSK4への結合についてスクリーニングする段階;ならびにRSK2、RSK3、またはRSK4に結合しない、段階(ii)からの阻害剤を特異的RSK1阻害剤として選択する段階。
【発明を実施するための形態】
【0020】
定義
本明細書および以下の特許請求の範囲の全体を通して、本文がそれ以外であることを必要としている場合を除き、「含む (comprise)」という語ならびに「含む (comprises)」および「含む (comprising)」などの変化形は、記載される整数もしくは段階または整数もしくは段階の群を含めるが、他の任意の整数もしくは段階または整数もしくは段階の群を除外しないことを示唆していると理解される。本明細書で用いられる場合、「含む」という用語は、「含有する」という用語と置き換えることができ、または場合によっては本明細書で用いられる場合に「有する」という用語と置き換えることができる。
【0021】
本明細書で用いられる場合、「~からなる」は、特許請求の範囲の要素に明記されていないいかなる要素、段階、または成分も除外する。本明細書で用いられる場合、「~から本質的になる」は、特許請求の範囲の基本的かつ新規な特徴に実質的に影響を及ぼさない材料または段階を除外しない。本明細書における各々の例において、「含む」、「~から本質的になる」、および「~からなる」という用語はいずれも、他の2つの用語のいずれかと置き換えてもよい。
【0022】
本明細書で用いられる場合、複数の列挙された要素間の「および/または」という接続詞は、個々の選択肢および組み合わせた選択肢の両方を包含すると理解される。例えば、2つの要素が「および/または」によってつながっている場合、第1の選択肢は、第2の要素を伴わない第1の要素の適用性を指す。第2の選択肢は、第1の要素を伴わない第2の要素の適用性を指す。第3の選択肢は、第1および第2の要素の一緒の適用性を指す。これらの選択肢のうちのいずれか1つは、本明細書で用いられる「および/または」という用語の意味の範囲内にあり、したがって本用語の必要条件を満たすと理解される。選択肢のうちの2つ以上の同時の適用性もまた、本明細書で用いられる「および/または」という用語の意味の範囲内にあり、したがって本用語の必要条件を満たすと理解される。
【0023】
本明細書で用いられる場合、「RSK」という用語は、RSK1(SEQ ID NO:1および2)、RSK2(SEQ ID NO:3および4)、RSK3(SEQ ID NO:5および6)、ならびにRSK4(SEQ ID NO:7および8)と称される4つの異なるアイソフォームで存在するヒトRSK(p90リボソームS6キナーゼ)を指す。アミノ酸レベルでは図1およびヌクレオチドレベルでは図2のように示される4つのアイソフォームのアラインメントにより、これらの4つの形態は高度に保存されているが、多様性の特定の領域もまた有することが明らかになる。
【0024】
本明細書で用いられる場合、「RSK阻害剤」という用語は、RSKを阻害する作用物質を指す。この作用物質は、4つのRSKアイソフォームのすべてまたは少なくともRSK1のいずれかを阻害し得る。RSK阻害剤は、BI-D1870、SL0101-1、LJH685、LJI308、BIX 02565、FMK、および選択的RSK1阻害剤、またはそれらの誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩からなる群より選択され得る。選択的RSK1阻害剤は、SEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に対応するRsk1 mRNAを選択的に標的とするsi-RNA、shRNA、もしくはmi-RNA、またはSEQ ID NO:1のアミノ酸配列を有するRSK1の保存領域に結合する抗体であってよい。
【0025】
本明細書で用いられる場合、「薬学的に許容される塩、誘導体、または代謝物」という用語は、化合物の無機または有機酸付加塩を含む、活性化合物の比較的非毒性の有機または無機塩、ならびに命名された阻害剤と同様のRSK阻害剤としての機能を示す、特許請求されるRSK阻害剤の誘導体および代謝物を指す。
【0026】
したがって、「治療すること」または「治療」という用語は、ウイルス性疾患に罹患している対象に、そのような感染を伴う症状を寛解させるまたは改善する目的で、好ましくは医薬の形態でRSK阻害剤を投与することを含む。
【0027】
さらに、本明細書で用いられる「予防」という用語は、本明細書に記載される医学的状態を予防することを目的とする、任意の医療手順または公衆衛生手順を指す。本明細書で用いられる場合、「予防する」、「予防」、および「予防すること」という用語は、所与の状態、すなわち本明細書に記載されるウイルス性疾患を獲得または発症するリスクの低下を指す。「予防」とはまた、対象におけるウイルス性疾患の再発の減少または阻害を意味する。
【0028】
本発明で用いられる場合、「ウイルス性疾患」という用語は、ウイルスによって引き起こされる疾患、例えばプラスまたはマイナスRNA鎖ウイルスによって引き起こされる疾患を含む。例えば、インフルエンザウイルスはマイナスRNA鎖ウイルスであり;例えばA型およびB型インフルエンザウイルスがある。本発明によるインフルエンザウイルスもしくはインフルエンザウイルス株は、1つもしくは複数のノイラミニダーゼ阻害剤(例えば、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、もしくはペラミビル)に対する耐性を示すか、もしくは耐性を生じている可能性があり、または本発明によるインフルエンザウイルスもしくはインフルエンザウイルス株は、1つもしくは複数のノイラミニダーゼ阻害剤(例えば、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、もしくはペラミビル)に対する耐性を示さないか、もしくは耐性を生じていない可能性がある。インフルエンザウイルスは、A型インフルエンザウイルスまたはB型インフルエンザウイルスであってよく、好ましくは、A型インフルエンザウイルスは、H1N1、H2N2、H3N2、H5N1、H5N6、H5N8、H6N1、H7N2、H7N7、H7N9、H9N2、H10N7、N10N8、またはH5N1である。いくつかの態様において、インフルエンザウイルスは、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩からなる群より選択されるノイラミダーゼ阻害剤、あるいはファビピラビル、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩の群より選択されるウイルスポリメラーゼ複合体の阻害剤に対して耐性である。
【0029】
プラス鎖RNAウイルスは、例えば、SARS、MERS、またはCovid19などの呼吸器感染症を引き起こす、SARS-CoV、MERS-CoV、またはSARS-CoV-2などのコロナウイルスであってよい。
【0030】
本明細書で用いられる場合、「第2の抗ウイルス剤」という用語は、ノイラミダーゼ阻害剤、ポリメラーゼ複合体阻害剤、エンドヌクレアーゼ阻害剤、ヘマグルチニン阻害剤、核タンパク質阻害剤、およびMEK阻害剤からなる群より選択される公知の抗ウイルス剤を指す。
【0031】
「ノイラミニダーゼ阻害剤」は、インフルエンザウイルスを標的とする抗ウイルス薬であり、これは、ウイルスノイラミニダーゼタンパク質の機能を遮断し、それにより、新たに生成されたウイルスが、それが複製された元の細胞から出芽できないという理由で、ウイルスが感染宿主細胞から放出されるのを防ぐことによって、機能する。ノイラミニダーゼ阻害剤の薬学的に許容される塩もまた含まれる。好ましいノイラミニダーゼ阻害剤は、オセルタミビル、ザナミビル、ペラミビル、ラニナミビル、またはこれらの物質のいずれかの薬学的に許容される塩、例えば、セルタミビルリン酸塩、オセルタミビルカルボン酸塩などである。ノイラミニダーゼ阻害剤は、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。最も好ましいノイラミニダーゼ阻害剤は、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、オセルタミビル、またはペラミビルである。
【0032】
ウイルスポリメラーゼ複合体の構成成分であるPB1、PB2、PA、またはNPを妨げることによってポリメラーゼ活性またはエンドヌクレアーゼ活性を標的とする化合物は、例えば、NP遮断剤ヌクレオジンまたはポリメラーゼ阻害剤T-705(ファビピラビル)である。好ましい「ポリメラーゼ複合体阻害剤」は、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、ファビピラビル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩である。
【0033】
「MEK阻害剤」は、MEK(マイトジェン活性化プロテインキナーゼキナーゼ)を阻害することにより、細胞におけるまたは対象における分裂促進性シグナル伝達キナーゼカスケードRaf/MEK/ERKを阻害する。このシグナル伝達カスケードは、ウイルス複製を促進するために、多くのウイルス、特にインフルエンザウイルスによって乗っ取られる。それゆえ、ボトルネックMEKでのRaf/MEK/ERK経路の特異的遮断は、ウイルス、特にインフルエンザウイルスの増殖を損なう。加えて、MEK阻害剤は、ヒトにおいて低毒性を示し、有害な副作用をほとんど示さない。ウイルス耐性を誘導する傾向もない (Ludwig, 2009)。MEK阻害剤は、CI-1040、PD-0184264、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、GSK-1120212、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、GDC-0973、TAK-733、PD98059、もしくはPD184352、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。CI-1040またはPD-0184264との組み合わせは、1つの具体的な態様と見なされる。
【0034】
発明の詳細な説明
前述したように、ウイルス感染は、感染細胞内で種々のシグナル伝達過程の活性化を引き起こすことが公知である。これらの活性のうちのいくつかは、効率的なウイルス複製に必要である。ウイルス、特にA型インフルエンザウイルス (IAV) が細胞のシグナル伝達経路に依存していることから、ウイルス複製に不可欠である宿主因子を標的とすることによる新規な抗ウイルス戦略の機会がもたらされる。IAVが感染すると、新たに合成されたウイルスリボ核タンパク質 (vRNP) の効率的な核外輸送のために、Raf/MEK/ERKキナーゼカスケードが誘導され、この機構は特異的なMEK阻害剤で阻止することができる。このような抗ウイルス戦略によって、ウイルスの耐性を誘導する可能性が減少し、さらなる抗ウイルス治療のためのより大きな時間枠が可能になる。しかしながら、この細胞キナーゼカスケードがウイルスゲノムの核外輸送にどのように寄与しているのかの詳細な機構はいまだに謎である。この理由から、CI-1040などの特異的MEK阻害剤 (Haasbach et al., (2017) Antiviral. Res. 2017 142:178-184) またはBI-D1870などのRSK阻害剤を使用することにより、クロマチンにおけるvRNPとウイルスM1タンパク質との相互作用におけるRaf/MEK/ERK/RSKシグナル伝達経路の役割を、本発明において調べた。
【0035】
本発明は、ウイルス性疾患の予防または治療、特に細胞内および/または核内で複製するマイナス鎖RNAウイルスに対する予防および/または治療における使用のための物質を提供するという目的に基づいており、そのような物質は、ウイルスの機能に対して直接向けられたものではなく、細胞の酵素を選択的に阻害し、この選択的効果を介してウイルス複製を阻害するものである。
【0036】
本発明につながる研究では、MEKに対する特異的阻害剤 (CI-1040) およびRSKに対する特異的阻害剤 (BI-D1870)、ならびにERKおよびRSKに対するsiRNAを使用することにより、クロマチンにおけるvRNPとウイルスマトリックスタンパク質 (M1) との相互作用の観点から、RSKの分子作用様式を解析した。ウイルスタンパク質の核内分布への洞察を得るために、実施例から見られ得るように、クロマチン分画アッセイおよび確率的光学再構築顕微鏡法 (STORM) を使用した。ウイルスタンパク質におけるこの経路の推定リン酸化標的を解析するために、阻害剤処理後にvRNPを精製し、そのリン酸化パターンを質量分析によって解析した。
【0037】
この経路を阻害することで、vRNPの輸送が特異的に遮断され、RanBP1の輸送が妨げられないことによって例証されるように、他の細胞タンパク質のCRM1依存性の核外輸送は一般的に影響を受けないことが示され得た。これにより、vRNP内のウイルスタンパク質が、Raf/MEK/ERK経路を介して修飾され、核外輸送を促進する可能性があることが示される。感染させ阻害した細胞の核内におけるvRNP複合体の位置を調べたところ、クロマチンにおける保持が判明した。vRNP複合体の免疫精製により、キナーゼ阻害剤の存在下におけるM1タンパクへの結合能の低下が明らかになった。これらの結果は、正常な状態ではM1タンパク質のvRNPへの結合を誘導すると考えられる、ウイルス核タンパク質 (NP) 内の2つのセリン残基269および392のリン酸化が失われていることによって説明することができた。Raf/MEK/ERK経路の下流エフェクターであるキナーゼRSKが輸送増強機能のメディエーターであることがさらに示された。RSKを阻害すると、パンデミック2009豚インフルエンザH1N1、高病原性鳥インフルエンザウイルスH5N1およびH7N9、ならびにB型インフルエンザウイルスを含む、試験したすべてのインフルエンザウイルスについて、vRNPの核内保持に起因する力価の低下が生じた。
【0038】
これらの結果から、Raf/MEK/ERK経路がインフルエンザウイルスにより活性化されて、NPタンパク質をRSK依存的にリン酸化し、ウイルスM1タンパク質に対する相互作用部位を提供することにより、クロマチンにおいてvRNP核外輸送複合体をうまく組み立てることができることが示される。
【0039】
実施例1において、Raf/MEK/ERK経路が、核タンパク質内の特定のモチーフのリン酸化に依存していることが示された。生理的条件下では、Raf/MEK/ERKキナーゼカスケードは、細胞外のシグナルを細胞内に伝達して、増殖および分化のような細胞過程を促進する。このシグナルは、プロテインキナーゼの逐次的なリン酸化を介して伝達される (Yoon, 2006)。図3に示されるように、MEK阻害剤CI-1040によるこの経路の阻害後に、2つのセリン残基がリン酸化状態の低下を示したことが判明した。RNAが結合したvRNPの結晶構造から、2つのセリン残基269および392が互いに近接していることが明らかになった。図3Bからわかるように、NPタンパク質内の同定された領域(LILRGS269V、AIRTRS392G)は、セリン/スレオニンキナーゼERKのコンセンサス配列 (Pro-Xaa-Ser/Thr-Pro) との類似性を示さなかった (Gonzalez, 1991)。したがって、同定されたセリン残基がERKキナーゼによって直接リン酸化される可能性は低い。下流キナーゼである90 kDaリボソームS6キナーゼ (RSK) のコンセンサス配列(Arg/Lys-Xaa_Arg-Xaa-Xaa-Ser/Thr;Arg-Arg-Xaa-Ser/Thr)は、同定されたNP領域とより高い同一性を示した (Romeo, 2012)。
【0040】
実施例2において、RSK1がRaf/MEK/ERK経路とvRNP輸送との間をつなぐ役割を果たしていることが実証される。RSKがRaf/MEK/ERKシグナル伝達経路の活性化と新たに合成されたvRNPの核外輸送との間をつないでいるのかどうかという問題を明らかにするために、ウイルス生活環におけるその活性化を解析した。感染の後期には、ERKのみならず、RSKおよびその下流の標的であるGSK-3βもまたリン酸化され、活性化された(図4A)。この活性化は、RSK阻害剤BI-D1870とのインキュベーションによって阻止することができ、ウイルス誘導性のRSK活性化がRaf/MEK/ERK経路を介して行われることが示された(図4B)。加えて、CI-1040処理とBI-D1870およびCI-1040の併用処理との間で子孫ウイルスの力価に有意な差はなく、RSKがウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路によって直接活性化されることがさらに示された(図4J)。ウイルス感染後に特異的阻害剤BI-D1870でRSKを阻害すると、濃度依存的にGSK-3βのリン酸化が減少し、ウイルス生活環におけるRSK活性化に対するその阻害効果が確認された。さらに、RSKの阻害後にERKの活性化が増加することが判明し、これは、正常な状態では経路の過剰活性化を防ぐ負のフィードバックループの阻害によって説明することができる(図4K)。阻害剤BI-D1870の濃度を上昇させることで、vRNPの核外輸送に負の影響が生じた。
【0041】
加えて、RSK阻害剤のオフターゲット作用を排除するために、A549細胞にRSK1およびRSK2のノックダウンを導入し、ウイルス生活環への影響を解析した(図4)。RSK1ノックダウンにより、新たに合成されたvRNPが核内に保持されたのに対して、RSK2ノックダウンは核外輸送に影響を及ぼさなかった(図4 F~I)。複数回複製解析において、RSK1ノックダウンは、ウイルス力価の低下によって示される抗ウイルス効果を有した。しかしながら、RSK2ノックダウンは、図5に示されるように、ウイルス促進効果を有するようであった。ウイルス複製に対するRSK2ノックダウンのこの支持効果は、Kakugawa et al., 2009によって既に記載されていた。このことは、2つのRSKサブタイプRSK1およびRSK2が、インフルエンザウイルスの生活環の中で異なる役割を有することを指摘している。
【0042】
さらに、実施例3において、MEK阻害剤およびRSK阻害剤が、他のタンパク質の輸送を妨げることなく、vRNPの輸送を特異的に遮断することが示された。図6に示されるように、核外輸送経路を非常に特異的に遮断するレプトマイシンBとは異なり、RSK阻害剤およびMEK阻害剤は、核外輸送経路に一般的な影響を及ぼさず、vRNPの輸送に対してより特異的であることが判明した。
【0043】
最後に、実施例4において、RSK阻害剤BI-D1870が幅広い抗インフルエンザ活性を有することが判明した。ここでは、幅広い抗ウイルス活性を決定するために、豚由来のパンデミックウイルスおよび鳥インフルエンザウイルスを含む異なるA型インフルエンザ亜型、ならびにB型インフルエンザウイルス。試験したすべてのウイルスが、新たに合成されたvRNPの核内保持および子孫ウイルス力価のおよそ80~90%の低下を示した。これらの結果から、インフルエンザウイルスのRaf/MEK/ERK/RSK経路への依存性(図7)およびこのカスケードにおけるエフェクターとしてのRSKの役割が明らかになる。
【0044】
これらの実験から、キナーゼRsk、特にアイソフォームRsk1(SEQ ID NO:1および2)は、Raf/MEK/ERK経路の下流のメディエーターであり、vRNP複合体の主要な構成要素であるウイルス核タンパク質を直接リン酸化する可能性が最も高いと結論づけられた。この翻訳後修飾は、vRNPの輸送に必要であると考えられる。したがって、Rskの阻害剤は、ウイルスゲノムの核からの輸送を妨げることにより、ウイルスに対する抗ウイルス活性を有する。既存の文献では、Rskの阻害、特にRsk2ノックダウンは、ウイルス支持効果を発揮すると述べているため、これは予想外の発見である (Kakugawa et al.(2009) J Virol.;83(6):2510-7)。
【0045】
驚くべきことに、この目的は、本発明によるRSK阻害剤、特にRSK1阻害剤化合物を含む薬学的組成物によって達成できることが見出された。
【0046】
前述したように、ヒトRSK(p90リボソームS6キナーゼ)は、RSK1、RSK2、RSK3、およびRSK4と称される4つの異なるアイソフォームで存在する。アミノ酸レベルでは図1およびヌクレオチドレベルでは図2のように示される4つのアイソフォームのアラインメントにより、これらの4つの形態は高度に保存されているが、多様性の特定の領域もまた有することが明らかになる。RSKファミリーのメンバーは一般的にRas/MAPK経路の多機能エフェクターと見なされているが、個々のアイソフォームは重複する機能および特異的な機能の両方を持っているようである。RSK1およびRSK2は細胞の成長および増殖において役割を果たす一方で、RSK3およびRSK4は細胞周期の停止およびアポトーシスに関連づけられている。本発明において、RSK1の単独の阻害は抗ウイルス効果を有し、RSK2の単独の阻害はウイルス促進効果を有することが判明した。しかしながら、BI-D1870またはSL0101などの一般的なRSK阻害剤を用いた場合には、阻害は抗ウイルス効果を有し、したがって、RSK1のウイルス促進活性がRSK2の抗ウイルス効果よりも優勢であるようである。このことは、RSK2ではなくRSK1のみがvRNPの核外輸送に関与しているという実験的証拠と一致する。したがって、特異的なRSK1阻害剤および一般的なRSK阻害剤の両方が抗ウイルス効果を有する。
【0047】
これらの実験により、アイソフォームRSK1およびRSK2のウイルス生活環への異なる寄与が明らかになった。RSK2は抗ウイルス効果を有するのに対して、RSK1は明らかにウイルスを支持する働きをするようである。RSK1は、形質膜およびサイトゾルで活性化されると、核に移行する。RSK1がNPをリン酸化するキナーゼであるのならば、その細胞分布は、ウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路の活性化に応じて、ウイルス生活環中に変化するはずである。この仮説に取り組むため、実施例5に記載されるように、A549細胞を偽感染させるか、またはWSN/H1N1ウイルスに感染させ、NPおよびRSK1の局在性を免疫蛍光染色により解析した。予測通り、感染の後期の時点で、RSK1の核局在化の増加が見られ得る(図8 A)。3回の独立した実験の定量化により、9 h後(図8 B)、特にNP輸送が行われた時点で(図8 A、C)、RSK1の核内濃度が偽感染の35.58 % ± 0.59 %からウイルス感染の57.73 % ± 1.47 %へと有意に変化していたことが明らかになり、ウイルスがRSK1の核内輸送を誘導することが示された。
【0048】
RSK1がウイルス生活環中に核に入ることが確認された後、ウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路の活性化が、抗ウイルス性RSK2の核局在化を引き起こすかどうかという問題に取り組んだ。一般に、Raf/MEK/ERK経路の活性化は、RSK1およびRSK2の核内への移行をもたらす。そこで、実施例5に記載される実験と同じ実験を行ったが、実施例6に記載されるようにRSK2の局在性を解析した。RSK1とは対照的に、RSK2の細胞内分布の変化は、ウイルス感染中の時点に関わりなく、認められなかった(図9 A、B)。これらの結果から、ウイルスは、抗ウイルス作用性RSK2の細胞分布に影響を及ぼすことなく、ウイルス支持性RSK1の移行を特異的に誘導することが示される。
【0049】
RSK1の特異的な移行が発見された後、RSKの上流キナーゼであるERK1/2が、ウイルス経路の誘導によって核に入り得るかどうかという疑問が生じた。驚くべきことに、実施例7に記載されるように、ERK1/2の局在性への影響は、ウイルス感染後に、解析時点に関わりなく見られなかった(図10 A、B)。
【0050】
RSK2およびERK1/2の非特異的染色を排除するために、実施例8に記載されるように、Raf/MEK/ERK経路をTPAで刺激した。TPAと共にインキュベートすると、Raf/MEK/ERK経路が活性化され、刺激後数分以内にERK1/2およびRSKの核局在化が生じることが公知である。両キナーゼは、100 nM TPAとの1 hのインキュベーション後に核内で見出され、染色が特異的であることが確認された(図11 A、C)。定量化により、ERK1/2の核内蓄積は、非刺激試料では27.99 % ± 1.97 %であり、TPA刺激試料では48.02 % ± 2.25 %であることが明らかになった。RSK2キナーゼへの影響はERK1/2ほど顕著ではなく、非刺激試料では29.37 % ± 1.15 %であり、TPA刺激試料では34.89 % ± 0.67 %であった(図11 B、D)。
【0051】
まとめると、ウイルスの生活環において、RSK1は感染細胞の核に入り、十中八九はNPのリン酸化を介して、ウイルスを支持する働きをする。この移行は、Raf/MEK/ERK経路の活性化を介して行われる。加えて、ウイルスは、ERK1/2および抗ウイルス性RSK2の核局在化を妨げるようである。
【0052】
ウイルス粒子を直接標的とする抗ウイルス戦略の大きな問題は、耐性ウイルス変種の導入である。このような抗ウイルス薬への長期間の曝露は、薬剤感受性の低下につながる変異の出現を誘発する。抗ウイルス薬の1つのグループは、オセルタミビルのようなノイラミニダーゼ阻害剤によって表される。これは、感染細胞の表面に露出したノイラミニダーゼに結合し、結合ポケットを形成することにより活性部位の構造変化をもたらす。阻害効果は、ノイラミニダーゼ内の変異、例えば、H275Y、E119D、I223Rによって低下する。第2のグループは、バロキサビルのようなポリメラーゼ阻害剤である。このキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤は、PAサブユニットのキャップスナッチング過程を阻止する。バロキサビルマルボキシルに対する感受性の低下は、特にアミノ酸置換I38Tの後に起こり得る。
【0053】
ウイルス粒子を直接標的とする抗ウイルス薬(オセルタミビル、バロキサビル)、またはRaf/MEK/ERK/RSK経路の阻害を介して抗ウイルスの働きをする抗ウイルス薬(CI-1040、BI-D1870)が耐性ウイルス変種を誘導する能力を比較するため、実施例9に記載されるように、A549細胞を0.01のMOIを用いてWSN/H1N1ウイルスに感染させた。感染直後に、細胞を異なる阻害剤またはDMSOで処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルス力価を標準的なプラーク力価測定により決定した。次のラウンドでは、A549細胞を前のラウンドのウイルス上清 (MOI 0.01) に感染させ、p.i. 24 hの時点で力価を決定した。阻害効果を高め、変異の出現を誘発するために、阻害剤の濃度を増加させた。漸増濃度のCI-1040およびBI-D1870によって、ウイルス力価が低下した。DMSO対照と比較して、1μMの阻害剤濃度を用いた第1ラウンドでは、力価は、CI-1040またはBI-D1870のそれぞれについて64.75 % ± 0.32 %および35.08 % ± 3.20 %低下した。阻害剤の濃度を上げると、力価はラウンド4までさらに低下した。この時点では、両方の阻害剤を8μMの濃度で使用した。ラウンド5からラウンド12までは、CI-1040およびBI-D1870を10μMの濃度で使用した。ラウンド5からラウンド12では、CI-1040処理の平均力価は、DMSO対照と比較して8.45 % ±3.41 %と算出された。ラウンド5からラウンド12におけるBI-D1870処理の平均力価は、12.27 % ± 6.36 %と算出された。12ラウンド中のいずれの時点においても、ウイルス力価の一定の上昇もプラークの形態の変化も認められず、耐性導入変異が生じていないことが示された。完全な耐性は、5ラウンドのオセルタミビル処理後に見出された。この時点では、16μMの阻害剤濃度を使用した。ラウンド9において、力価は48.30 % ± 11.42 %まで低下し始めた。この効果は、プラークサイズの漸増的な減少を伴っていた。ラウンド1からラウンド9までのバロキサビル処理の平均力価は、8.08 % ± 4.10 %と算出された。ラウンド10では、平均力価が28.39 % ± 1.88 %となり、力価上昇の傾向が始まった。ラウンド12では、平均力価は46.94 % ± 1.03 %までさらに上昇した(図12)。
【0054】
これらの結果は、MEK阻害剤またはRSK阻害剤で長期間処理してもウイルスに耐性が導入されないという知見を裏付ける。
【0055】
本研究におけるこれらおよび以前の結果から、MEK阻害剤およびRSK阻害剤は、インフルエンザウイルス感染症などのウイルス感染症に対して適した薬物であることが示される。それらは、細胞毒性効果を示すことなく細胞によって十分に許容され、幅広い抗ウイルス活性を示し、耐性ウイルス変種の出現を促進しないようである。
【0056】
したがって、1つの局面において、本発明は、RSK阻害剤をそれを必要とする患者に投与する段階を含む、ウイルス性疾患の予防および/または治療のための方法を提供する。
【0057】
1つの局面において、本発明の方法は、マイナスRNA鎖ウイルスによって引き起こされる感染症であるウイルス性疾患の予防および/または治療のためのものである。より好ましくは、ウイルス性疾患は、インフルエンザウイルスによって引き起こされ、さらに好ましくは、A型またはB型インフルエンザウイルスによって引き起こされる。A型インフルエンザウイルスは、例えば、H1N1、H3N2、H5N1、H7N7、H7N9、またはH9N2である。
【0058】
別の局面において、本発明の方法は、例えば、SARS、MERS、またはCovid19などの呼吸器感染症を引き起こすSARS-CoV、MERS-CoV、またはSARS-CoV-2などのコロナウイルスのようなプラス鎖RNAウイルスによって引き起こされる感染症であるウイルス性疾患の予防および/または治療のためのものである。
【0059】
本発明のRSK阻害剤は、好ましくは、BI-D1870、SL0101、LJH685、LJI308、BIX 02565、FMK、および選択的RSK1阻害剤、またはそれらの誘導体、代謝物、もしくは薬学的に許容される塩より選択される。
【0060】
具体的には、BI-D1870は、インビトロおよびインビボにおけるp90リボソームS6キナーゼ (RSK) アイソフォームの強力でかつ特異的な阻害剤であることが公知であり、インビトロにおいてRSK1、RSK2、RSK3、およびRSK4を阻害する(IC50値はそれぞれ31 nM、24 nM、18 nM、および15 nM)。(GP Sapkota et al. BI-D1870 is a specific inhibitor of the p90 RSK (ribosomal S6 kinase) isoforms in vitro and in vivo. Biochem. J. 2007, 401, 29-38)。
【0061】
SL-0101は、p90リボソームS6キナーゼのN末端キナーゼドメインを標的とし、RSKキナーゼ活性を選択的、可逆的、かつATP競合的 (Ki = 1μM) 様式で阻害する(IC50 = 10μM ATPを伴って89 nM)、細胞透過性ケンフェロール(Cat.No.420345)配糖体である。SL-0101は、MCF-7の増殖を阻害するが、正常乳房細胞株MCF-10Aの増殖は阻害せず、RSK基質p140のPDB誘導性の細胞リン酸化を特異的に阻止するが、100μMほどの高濃度でさえもRSKまたはRSK上流キナーゼのリン酸化は阻止しないことが示された。
【0062】
上記の公知のRSK阻害剤はすべて、RSKの4つすべてのアイソフォームを阻害する。しかしながら、本発明の1つの目的は、RSK2、RSK3、またはRSK4に影響を及ぼさずにRSK1を遮断し得る特異的RSK1阻害剤を提供することである。RSK1阻害剤を同定する方法は、RSK1(SEQ ID NO:1および2)に結合するが、RSK2(SEQ ID NO:3および4)、RSK3(SEQ ID NO:5および6)、またはRSK4(SEQ ID NO:7および8)には結合しない物質のスクリーニングを行うことである。
【0063】
本発明の医学的使用において、RSK阻害剤は、経口的に、静脈内に、胸腔内に、筋肉内に、局所的に、または吸入によって投与することができる。好ましくは、RSK阻害剤は、対象または患者に経鼻吸入によってまたは経口的に投与される。
【0064】
本発明の対象または患者は、哺乳動物または鳥類である。適切な哺乳動物の例には、マウス、ラット、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌ、ネコ、ウマ、モルモット、イヌ、ハムスター、ミンク、アザラシ、クジラ、ラクダ、チンパンジー、アカゲザル、およびヒトが含まれるが、これらに限定されない。適切な鳥類の例には、数例を挙げれば、シチメンチョウ、ニワトリ、ガチョウ、アヒル、コガモ、マガモ、ムクドリ、オナガガモ、カモメ、ハクチョウ、ホロホロチョウ、またはミズドリが含まれるが、これらに限定されない。ヒト患者は、本発明の特定の態様である。
【0065】
RSK阻害剤を含む薬学的組成物は、経口投与可能な懸濁液または錠剤;点鼻スプレー、滅菌注射用調製物(静脈内、胸腔内、筋肉内)、例えば滅菌注射用水性もしくは油性懸濁液または坐剤の形態であってよい。懸濁剤として経口投与する場合、これらの組成物は、薬学的製剤の技術分野において利用可能な技法に従って調製され、嵩高性を付与するための結晶セルロース、懸濁剤としてのアルギン酸またはアルギン酸ナトリウム、増粘剤としてのメチルセルロース、および当技術分野において公知の甘味料/香味料を含有し得る。即放性錠剤として、これらの組成物は、結晶セルロース、第二リン酸カルシウム、デンプン、ステアリン酸マグネシウム、およびラクトース、ならびに/または当技術分野において公知の他の賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、希釈剤、および潤滑剤を含有し得る。注射用溶液または懸濁剤は、マンニトール、1,3-ブタンジオール、水、リンゲル液、もしくは等張塩化ナトリウム溶液などの、適切な非毒性で非経口的に許容される希釈剤もしくは溶媒、または合成モノグリセリドもしくはジグリセリドを含む滅菌の無刺激性の固定油、およびオレイン酸を含む脂肪酸などの、適切な分散剤もしくは湿潤剤および懸濁剤を用いて、公知の技術に従って製剤化することができる。
【0066】
本発明の治療法および医学的使用において、RSK阻害剤は、治療有効量で投与される。「治療有効量」は、当業者に明らかであるように、用いられる化合物の活性、患者の体内での活性化合物の安定性、緩和されるべき状態の重症度、治療を受ける患者の体重、投与経路、身体による化合物の吸収、分布、および排出の容易さ、治療を受けるべき患者の年齢および感受性、有害事象などを含むがこれらに限定されない要因によって変動し得る。投与量は、様々な要因の経時変化に応じて調整することができる。
【0067】
加えて、RSK阻害剤は、第2の抗ウイルス剤と共に投与することができる。第2の抗ウイルス剤は、RSK阻害剤の投与に前に、それと同時に、またはその後に投与することができる。加えて、RSK阻害剤および第2の抗ウイルス剤は、1つの剤形で、または2つの別々の剤形で投与することができる。RSK阻害剤を2つまたはそれ以上の抗ウイルス剤と共に投与することができることもまた企図される。
【0068】
第2の抗ウイルス剤は、任意の公知の抗ウイルス剤であってよい。第2の抗ウイルス剤は、ノイラミダーゼ阻害剤、ポリメラーゼ複合体阻害剤、エンドヌクレアーゼ阻害剤、ヘマグルチニン阻害剤、核タンパク質阻害剤、およびMEK阻害剤からなる群より選択され得る。
【0069】
好ましいノイラミダーゼ阻害剤は、オセルタミビル、オセルタミビルリン酸塩、ザナミビル、ペラミビル、もしくはラニナミビル、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。オセルタミビルとの組み合わせは、1つの具体的な態様と見なされる。
【0070】
好ましいポリメラーゼ複合体阻害剤は、バロキサビル、バロキサビルリン酸塩、バロキサビルマルボキシル、ファビピラビル、もしくはピモジビル、またはそれらの薬学的に許容される塩であってよい。
【0071】
好ましいMEK阻害剤は、CI-1040、PD-0184264、PLX-4032、AZD6244、AZD8330、AS-703026、GSK-1120212、RDEA-119、RO-5126766、RO-4987655、PD-0325901、GDC-0973、TAK-733、PD98059、もしくはPD184352、またはこれらの薬学的に許容される塩であってよい。CI-1040またはPD-0184264との組み合わせは、1つの具体的な態様と見なされる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
図1図1は、RSK1~4のアミノ酸レベルでのアラインメントを示す。
図2-1】図2は、RSK1~4のヌクレオチドレベルでのアラインメントを示す。
図2-2】図2-1の続きを示す。
図3-1】図3は、実施例1に記載される、Raf/MEK/ERKの活性化時にリン酸化される、NPの残基S269およびS392におけるリン酸化部位を示す(A、C)。加えて、(B)は、ERKとRSKのコンセンサス配列の比較を示す。図(D)は、実施例1に記載される、正荷電ヒスチジンを伴うM1タンパク質のRNA結合部位を示し、また図 (F) は、構成的な非リン酸化 (NP) 変異体 対 野生型 (wt) の増殖動態を示し、図(G)は、M1ヒスチジン変異体 対 野生型 (wt) の増殖動態を示す。
図3-2】図3-1の説明を参照。
図3-3】図3-1の説明を参照。
図4-1】図4(A~H)は、実施例2において実証される、RSK阻害時のM1-NP結合の減少、およびRSK阻害またはRSK1ノックダウン時の子孫vRNPの核内保持を示す。(I~P)は、実施例2に記載されるように、特異的RSK阻害剤BI-D1870およびSL0101-1がウイルスの増殖を阻害することを示す。
図4-2】図4-1の説明を参照。
図4-3】図4-1の説明を参照。
図4-4】図4-1の説明を参照。
図4-5】図4-1の説明を参照。
図4-6】図4-1の説明を参照。
図4-7】図4-1の説明を参照。
図5図5は、実施例2に記載されるように、BI-D1870処理により、子孫vRNPのクロマチン保持およびM1タンパク質との結合率の低下が生じることを示す。
図6-1】図6(A、B)は、経路の阻害がウイルスタンパク質の核外輸送に対して特異的に作用すること、具体的には、実施例3に記載されるように、Raf/MEK/ERK/RSK経路の阻害剤であるCI-1040およびBI-D1870が、耐性ウイルス変種を導入することなく、ウイルスタンパク質の核外輸送に対して特異的に作用することを示す。加えて、(C、D)は、漸増濃度で投与されたCI-1040、BI-D1870、オセルタミビル、およびバロキサビルの比較を示す。
図6-2】図6-1の説明を参照。
図6-3】図6-1の説明を参照。
図7図7は、RSK阻害による幅広い抗ウイルス効果(A~P)、ならびに異なるインフルエンザウイルスのNP領域の比較 (Q)、ならびにA型およびB型インフルエンザの結晶構造 (R) を示す。
図8A図8は、WSN/H1N1感染中のRSK1の核局在化を示す。(A) A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRSK1 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。
図8B】(B、C)(A) からのNPおよびRSK1の細胞局在の定量化。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびRSK1の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した(ns p>0.05;** p≦0.01)。
図8C図8Cの説明を参照。
図9A図9は、WSN/H1N1感染中にRSK2の細胞局在に変化がないことを示す。(A) A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRSK2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。
図9B】(B、C)(A) からのNPおよびRSK2の細胞局在の定量化。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびRSK2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した(ns p>0.05;** p≦0.05)。
図9C図9Bの説明を参照。
図10A図10は、WSN/H1N1感染中にERK1/2の細胞局在に変化がないことを示す。(A) A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびERK1/2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。
図10B】(B、C)(A) からのNPおよびERK1/2の細胞局在の定量化。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびERK1/2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した (ns p>0.05)。
図10C図10Bの説明を参照。
図11図11は、TPAによる刺激がRSK2およびERK1/2の核局在化をもたらすことを示す。(A、C)A549細胞をTPA (200 nM) で刺激した。溶媒DMSOを陰性対照とした。1 h後に細胞を固定し、RSK2またはERK1/2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。(B、D)(A、C)からのRSK2またはERK1/2の細胞局在の定量化。各試料の15枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、RSK2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した (** p≦0.01)。
図12図12は、MEK阻害剤またはRSK阻害剤であるCI-1040またはBI-D1870で長期間処理しても、WSN/H1N1に耐性が導入されないことを示す。(A) A549細胞をWSN/H1N1ウイルスに感染させ (MOI 0.01)、MEK阻害剤CI-1040、RSK阻害剤BI-D1870、ウイルスNA阻害剤オセルタミビル酸、またはポリメラーゼサブユニットPAのウイルスキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤であるバロキサビルマルボキシルで処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルス力価を標準的なプラーク力価測定により決定した。次のラウンドでは、新たなA549細胞を、回収した上清に感染させ (MOI 0.01)、漸増濃度の異なる阻害剤で処理した。濃度を一定にした際のラウンドを矢頭で示す。溶媒DMSO (1 %) を陰性対照とした。相対的なウイルス力価を示す。DMSO対照の力価を100%に任意設定した(破線で示される)。データは、2回の独立した実験の平均値±SDを表す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、二元配置ANOVAとその後のボンフェローニ事後検定により算出した (*** p≦0.001)。(B) 各ラウンドで使用した阻害剤の濃度の概要。ラウンド5(CI-1040、BI-D1870)またはラウンド6(オセルタミビル、バロキサビル)の時点で、濃度を一定のままにした。
【実施例
【0073】
実施例1:核タンパク質内の特定のモチーフのRaf/MEK/ERK経路依存性リン酸化
生理的条件下では、Raf/MEK/ERKキナーゼカスケードは、細胞外のシグナルを細胞内に伝達して、増殖および分化のような細胞過程を促進する。このシグナルは、プロテインキナーゼの逐次的なリン酸化を介して伝達される (Yoon, 2006)。ウイルスNPタンパク質内の推定リン酸化部位を解析するために、Strepタグ化PB2タンパク質を発現する組換えWSN/H1N1ウイルスをHEK293T細胞に感染させ (MOI 5)、p.i.(感染後)3 hの時点でDMSO (1%) またはCI-1040 (10μM) で処理した。p.i. 7 hの時点で、全タンパク質溶解物からvRNPを精製した。DMSO対照試料およびCI-1040試料のリン酸化パターンを、質量分析によって解析した。MEK阻害剤CI-1040によるこの経路の阻害後に、リン酸化状態が低下する2つのセリン残基を同定することができた。RNAが結合したvRNPの結晶構造から、2つのセリン残基269および392が、NPの核外輸送シグナル (NES) およびRNA結合溝の近傍で互いに近接していることが明らかになった。vRNAループ(球で表されるvRNA)が、両方のアミノ酸を取り囲んでいる。さらに、S269は核タンパク質のNES2内に位置し、S392はNES2およびNES3の近傍に位置している(図3A)。このループは、らせん状vRNP複合体の内側に向けられている(図3)。図3Cに示されるA型インフルエンザウイルス/Wilson-Smith(WSN)/1933 (H1N1) リボ核タンパク質のらせん状部分の低温電子再構築は、Protein Data Bank (PDB) ID 4BBL (Arranz et al., 2012) から入手した。NPタンパク質内の同定された領域(LILRGS269V、AIRTRS392G)は、ERK (Gonzalez et al., 1991) およびRSK (Romeo et al., 2012) のコンセンサス配列と、同定されたリン酸化モチーフとの比較を提供する図3Bに示されるように、セリン/スレオニンキナーゼERKのコンセンサス標的配列(Pro-Xaa-Ser/Thr-Pro)との類似性を示さなかった。したがって、同定されたセリン残基がキナーゼERKによって直接リン酸化される可能性は低い。下流キナーゼである90 kDaリボソームS6キナーゼ (RSK) のコンセンサス配列(Arg/Lys-Xaa_Arg-Xaa-Xaa-Ser/Thr;Arg-Arg-Xaa-Ser/Thr)は、同定されたNP領域とより高い同一性を示した (Romeo, 2012)。ウイルスの生活環に対するこれらの残基の重要性を調べるために、269位および392位においてリン酸化不可能なアミノ酸 (aa) を有するWSN変異体(S269A、S392A、S269A/S392A)を作製した。リン酸模倣変異体が救済され得ず、これらの位置における永続的な負電荷がウイルスによって許容されないことが考慮されるべきである。図3Dからわかるように、M1タンパク質のRNA結合部位は、同定されたvRNPループに匹敵する形状を示した。リン酸化セリン残基と相互作用すると考えられる正荷電ヒスチジン (H110) が下段に描写され、図3Eに示される。A型インフルエンザウイルス/Puerto Rico/8/1934 (H1N1) M1タンパク質N末端ドメインの結晶構造は、Protein Data Bank (PDB) ID 1EA3 (Arzt et al., 2001)から入手した。vRNAループとM1タンパク質のRNA結合部位の構造比較により、正荷電ヒスチジンを伴う匹敵する形状が明らかになった。本発明者らは、このヒスチジンがリン酸化セリン残基の負電荷と相互作用し得ると仮定した。中性電荷 (H110A) および負電荷 (H110D) を模倣するWSN変異体を作製し、その結果を図3Fおよび3Gに示すが、ここでは、構成的な非リン酸化WSN-NP変異体(S269A、S392A、S269A/S392A)およびWSN-M1変異体(H110D、H110A)の増殖動態が示される。ここでは、A549細胞に異なるWSNウイルス変異体または野生型ウイルスを感染させた (MOI 0.01)。p.i. 8h、24h、および32hの時点で、子孫ウイルスの力価を標準的なプラークアッセイにより決定した。データは、3回の独立した実験の平均値を表す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、二元配置ANOVAとその後のボンフェローニ事後検定により評価した。
【0074】
実施例2:Raf/MEK/ERK経路とvRNP輸送との間の橋渡しとしてのRSK1
RSKがRaf/MEK/ERKシグナル伝達経路の活性化と新たに合成されたvRNPの核外輸送との間をつないでいるのかどうかという問題を明らかにするために、ウイルス生活環におけるその活性化を解析した。この活性化は、MEK阻害剤CI-1040とのインキュベーションによって阻止することができ、ウイルス誘導性のRSK活性化がRaf/MEK/ERK経路を介して行われることが示された。具体的には、A549細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 5)。p.i. 7hおよび9hの時点で細胞を溶解し、細胞溶解物を、ERK1/2、RSK1、およびGSK-3βのリン酸化状態のウェスタンブロット解析に使用した。ウイルスの複製は、PB1、NP、およびM1のタンパク質発現により決定した。負荷対照としてチューブリンを検出した。2回の独立した実験のうちの1回の結果を図4Aに示す。感染の後期には、ERKのみならず、RSKおよびその下流の標的であるGSK-3βもまたリン酸化され、活性化された(図4A)。さらなる実験において、p.i. 3 hの時点で、細胞をDMSO (1%) または表示濃度のBI-D1870で処理した。p.i. 7hの時点で細胞を溶解し、細胞溶解物を、ERK1/2およびGSK-3βのリン酸化状態のウェスタンブロット解析に使用した。ウイルスの複製は、PB1、NP、およびM1のタンパク質発現により決定した。負荷対照としてチューブリンを検出した。3回の独立した実験のうちの1回の結果を図4Bに示す。
【0075】
さらなる実験において、p.i. 3 hの時点で、細胞をDMSO (1%)、CI-1040 (10μM)、またはBI-D1870 (15μM) で処理し、その結果を図4C、4D、および4Eに示す。p.i. 9hの時点で細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) および (C) PA (Alexa-561)、(D) M1 (Alexa-561)、または (E) NEP (Alexa-561) の局在性を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。(C、D)3回または (E) 2回の独立した実験の代表的な画像として、単一焦点面の落射蛍光顕微鏡写真を示し、スケールバーは20μMを表している。
【0076】
RSK阻害剤のオフターゲット作用を排除するためのさらなる実験として、A549細胞においてsiRNA媒介性ノックダウンによりRSK1およびRSK2を標的とし、図4Fに示されるようにウイルス生活環への影響を解析した。具体的には、A549細胞に、RSK1またはRSK2に対する表示濃度のsiRNAをトランスフェクトした。トランスフェクトしていない細胞および対照をトランスフェクトした細胞を、陰性対照とした。トランスフェクション後 (p.t.) 48 hの時点で、RSK1、RSK2、およびERK1/2の総タンパク質量をウェスタンブロット解析により決定した。負荷対照としてチューブリンを検出した。図4Gに示されるように、カバーグラス上のA549細胞を、100 nMのsiRNA濃度を用いてトランスフェクトした。p.t. 48 hの時点で、細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 5)。p.i. 9hの時点で細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびM1 (Alexa-561) の局在性を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。3回の独立した実験の代表的な画像として、20μmを表すスケールバーを用いて、単一焦点面の落射蛍光顕微鏡写真を示す。データから、RSK2のノックダウンではなくRSK1のノックダウンにより独占的に、感染細胞の核内にvRNPが保持されることが示される。
【0077】
さらに、図4Hに示されるように、100 nMのsiRNA濃度を用いて、RSK1またはRSK2ノックダウンをA549細胞に導入した。p.t. 48 hの時点で、細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 0.01)。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルスの力価を標準的なプラークアッセイにより決定した。対照siRNAの力価を100%に設定した。加えて、絶対的ウイルス力価をPFU/mlで示した。3回の独立した実験の平均値±SDを示す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、対応のある両側t検定によって解析した(* p≦0.05;** p≦0.01、*** p≦0.001)。核外輸送に対するノックダウンの効果と一致して、複数回複製解析において、RSK1ノックダウンは、ウイルス力価の低下によって示される抗ウイルス効果を有することが判明した。しかしながら、RSK2ノックダウンはわずかなウイルス促進効果を有するようであった。ウイルス複製に対するRSK2ノックダウンのこの支持効果は、Kakugawa et al., 2009によって既に記載されていた。このことは、2つのRSKサブタイプRSK1およびRSK2が、インフルエンザウイルスの生活環の中で異なる役割を有することを指摘している。
【0078】
さらなる実験において、A549細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 5)。p.i. 3 hの時点で、細胞をDMSO (1%) またはCI-1040 (10μM) で処理した。未処理の細胞を陰性対照とした。p.i. 7hおよび9hの時点で細胞を溶解し、細胞溶解物を、ERK1/2およびRSK1のリン酸化状態のウェスタンブロット解析に使用した。ウイルスの複製は、PB1、NP、およびM1のタンパク質発現により決定した。負荷対照としてチューブリンを検出した。3回の独立した実験のうちの1回の結果を図4Iに示す。さらに、RSKの阻害後にERKの活性化が増加することが判明し、これは、正常な状態では経路の過剰活性化を防ぐ負のフィードバックループの阻害によって説明することができる(図4I)。
【0079】
図4Jに示される別の実験において、A549細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 0.01)。感染後、細胞をBI-D1870 (10μM)、CI-1040 (10μM)、両阻害剤の組み合わせ(それぞれ10μM)、または溶媒対照DMSO(0.2%)で処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルスの力価を標準的なプラークアッセイにより解析した。データは、4回の独立した実験の平均値を表す。各実験は2つ組で実施した。統計的有意性は、二元配置ANOVAとその後のボンフェローニ事後検定により評価した(ns p>0.05;** p≦0.01、*** p≦0.001)。CI-1040処理とBI-D1870およびCI-1040の併用処理との間で、子孫ウイルスの力価に有意な差がないことが示され、MEKとRSKが同じ経路、すなわちウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路内で逐次的に活性化されることがさらに示された(図4 J)。
【0080】
ウイルス感染後に特異的阻害剤BI-D1870でRSKを阻害すると、濃度依存的にGSK-3βのリン酸化が減少し、ウイルス生活環におけるRSK活性化に対するその阻害効果が確認された。阻害剤BI-D1870の濃度を上昇させることで、vRNPの核外輸送に負の影響が生じた。RSK阻害剤の抗ウイルス効果を解析するため、BI-D1870およびSL0101-1を用いて、1.56μMから100μMまでの漸増濃度による24 hの処理後に、子孫ウイルスの力価を決定した(図4K、N)。いずれの阻害剤もウイルス力価を低下させたが、BI-D1870 (EC50=2.808μM) はSL0101-1 (EC50=10.54μM) よりもインフルエンザ感染に対してより高い有効性を示した(図4L、O)。具体的には、A549細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 0.01)。感染後、細胞を表示濃度のBI-D1870 (I) 、SL0101-1 (L)、またはDMSO (0.1%) で処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルスの力価を標準的なプラークアッセイにより解析した。DMSO処理細胞の力価を100%に設定した。データは、3回の独立した実験の平均値を表す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、一元配置ANOVAとその後のダネットの多重比較検定により評価した (*** p≦0.001)。結果を図4Kおよび4Nに示す。さらに、図4Lおよび4Oにおいて、(I、L)からの子孫ウイルス力価を用いてEC50値を算出した。最後に、図4Mおよび4Pにおいて、A549細胞を、表示濃度 (L) のBI-D1870で処理した。p.i. 24 hの時点で、細胞生存率および細胞膜の完全性をLDH細胞毒性アッセイで測定した。(E) と組み合わせたデータを用いて、CC50値を算出した。
【0081】
vRNP-M1相互作用への影響を明らかにするため、Strep-PB2-WSNウイルス感染およびRSK阻害後のクロマチン分画アッセイを行った。A549細胞にStrep-PB2-WSN/H1N1を感染させた (MOI 5)。感染後 (p.i.) 2.5 hの時点で、細胞をDMSO (1%) またはBI-D1870 (10μM) と共にインキュベートした。p.i. 7 hの時点で、細胞を分画し、分画された溶解物からPB2-Strep-タグによりvRNP複合体を精製した。Strep-PB2、PB1、PA、NP、およびM1のタンパク質量を、ウェスタンブロット解析により検証した。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。図5Aに示されるように、BI-D1870処理は、CI-1040阻害剤と匹敵する結果をもたらした。図5Bでは、図5Aからの分画された細胞溶解物の全タンパク質量を、ウェスタンブロットにより解析した。RSK阻害試料では、Strep-PB2-vRNPと共に精製されるM1の量が減少し、ch500高密度クロマチン画分内のタンパク質量がより多い(図5B)。加えて、図5Aからの全細胞溶解物のタンパク質量をウェスタンブロットにより解析した。ERKのリン酸化状態は、ERK特異的抗体を使用することにより解析した。GSK-3βのリン酸化状態は、ホスホ-GSKおよびGSK特異的抗体を使用することにより解析した。負荷対照としてラミンA/Cを検出した。図5Cのホスホ-ERKブロットにより、負のフィードバックループの阻害に起因するERK1/2のリン酸化状態の誘導が示される(図5C)。
【0082】
実施例3:MEK阻害剤およびRSK阻害剤による特異的なvRNP輸送の遮断
レプトマイシンBは、主要な細胞輸送因子Crm1をアルキル化して阻害することにより、活発な核外輸送経路を広範に遮断する。阻害された細胞は死滅するが、この過程は不可逆的である。細胞のCrm1輸送経路の対照として、Ran結合タンパク質RanBP1を用いた。23-kDaのRanBP1は、核内の核膜孔を通過して拡散するのに十分なほど小さい。RanBP1の核内濃度が高いと、細胞にとって毒性があることが示された。そのため、RanBP1は、Crm1経路により細胞質に永続的に輸送されて戻されなければならない。レプトマイシンBは、RanBP1の核内蓄積を引き起こし、Crm1輸送経路の一般的な遮断の対照として使用することができる (Plafker, 2000)。MEK阻害剤のCI-1040およびATR-002、ならびにRSK阻害剤のBI-D1870およびSL0101-1を用いて、Crm1経路へのそれらの影響を調べた。細胞にA型インフルエンザ/WSN (H1N1) ウイルスを感染させ、阻害剤で処理した。p.i. 9 hの時点で、免疫蛍光染色を行った。具体的には、A549細胞にWSN/H1N1を感染させた (MOI 5)。p.i. 3 hの時点で、細胞をMeOH (0.1%)、レプトマイシンB (LMB)(5 nM)、DMSO (1%)、CI-1040 (10μM)、またはBI-D1870 (15μM) で処理した。p.i. 9hの時点で細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRanBP1 (Alexa561) の細胞局在を、図6Aに示されるように落射蛍光顕微鏡により解析したが、この場合、核はDapiで染色し、破線の四角は拡大領域を表し、スケールバーは20μMを表す。定量的な解析により、試験したすべての阻害剤について、ウイルスのNPタンパク質の核内保持が明らかになった。図6Aの各物質についておよそ1000個の細胞を解析し、ImageJ「Intensity Ration Nuclei Cytoplasm Tool」を用いてタンパク質の局在性についてスコア化した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして図6Bに示す。図6Bに示されるように、レプトマイシンBおよび2種類のMEK阻害剤で、最も高い保持率が認められた。図6Bからわかるように、RanBP1の核内保持は、レプトマイシンBで処理した試料でのみ検出された。このことから、Raf/MEK/ERK/RSK経路の阻害は、Crm1の輸送経路に一般的な影響を及ぼさず、vRNPの輸送に対して特異的であることが示される。
【0083】
耐性の発生を調べるために、複数回継代実験を行った。図6Cおよび図6Dに示されるように、A549細胞をWSN/H1N1に感染させ (MOI 0.01)、図6Dに概説されるように、漸増濃度のCI-1040、BI-D1870、オセルタミビル、またはバロキサビルで処理した。p.i. 24 hの時点で上清を回収し、子孫ウイルス力価を標準的なプラーク力価測定により決定した。次のラウンドでは、新たなA549細胞を上清に感染させ (MOI 0.01)、漸増量の物質と共にインキュベートした。データは、2回の独立した実験の平均値±SDを表す。DMSO対照の力価を100%に設定した。各実験は3つ組で実施した。各物質をDMSOと比較するために、統計的有意性を、二元配置ANOVAとその後のボンフェローニ事後検定により解析した (*** p<0.001)。図6Cからわかるように、CI-1040およびBI-D1870で処理した感染細胞のウイルス力価は、漸増濃度の阻害剤と共に継代することで低下していき、その後の継代において力価は低レベルで留まり、耐性の発生に対する高い障壁が示された。これは、ウイルス力価が、継代3代目から既に始まって劇的に上昇したオセルタミビルとは明らかに対照的である。継代5代目以降、力価は対照レベルに戻り、完全に耐性のウイルス集団が示唆された。バロキサビルはオセルタミビルと同様の挙動を示さなかったが、この場合も同様に、継代6代目までは濃度の上昇に伴って力価が上昇し、これはCI-1040またはBI-D1870と比較して逆の傾向であり、薬物に対する感受性のわずかな低下が示されることに留意すべきである。要約すると、CI-1040およびBI-D1870は、耐性ウイルス変種を急速に誘導するオセルタミビルとは明らかに対照的に、耐性の発生に対する高い障壁を示す。
【0084】
加えて、図6Eおよび6Fにおいて、A549細胞をWSN/H1N1に感染させた (MOI 5)。p.i. 3 hの時点で、細胞をDMSO (1%)、ATR-002 (150μM)、またはSL0101-1 (100μM) で処理した。p.i. 9hの時点で細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRanBP1 (Alexa561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を表す。各物質についておよそ1000個の細胞を解析し、ImageJ「Intensity Ration Nuclei Cytoplasm Tool」を用いてタンパク質の局在性についてスコア化した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。スケールバー:20μM。定量的な解析により、ATR-002(MEK阻害剤PD-0184264)およびSL0101での、ウイルスNPタンパク質の核内保持が明らかになった。RanBP1の核内保持は、ATR-002およびSL0101では検出されなかった。このことから、Crm1媒介性の一般的な輸送ではなく、vRNP核外輸送の特異的阻害は、MEKおよびRSKの他の阻害剤を用いて再現することができ、阻害剤CI-1040またはBI-D1870に限定されないことが示される。
【0085】
実施例4:BI-D1870の幅広い抗インフルエンザ活性
インフルエンザウイルスの複製にはRaf/MEK/ERK/RSK経路が重要であるため、豚由来のH1N1パンデミックウイルス、季節性のH3N2ウイルス、異なる高病原性鳥インフルエンザウイルスを含む異なるA型インフルエンザ亜型、およびB型インフルエンザウイルスを用いて、幅広い抗ウイルス活性を決定した(図7)。具体的には、A549細胞(図7A~O)またはMDCKII細胞(図7P)を、ヒトIAV(A~H)(WSN/H1N1、PR8M/H1N1、pdm09Hamburg/H1N1、Panama/H3N2)、鳥類IAV(I~L)(KAN-1/H5N1、Anhui/H7N9)、IAV/SC35M/H7N7(M~N)、またはIBV(O~P)(B/Lee)に感染させた(免疫蛍光解析についてはMOI 5(A、C、E、G、I、K、M、O)、複数回複製解析についてはMOI 0.01(B、D、F、H、J、L、N、P))。p.i. 3 hの時点で、細胞をBI-D1870 (15μM) またはDMSO (0.1%) で処理した。(A、C、E、G、I、K、M)p.i. 9hまたは (O) p.i. 12hの時点で、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) の局在性を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。単一焦点面の落射蛍光顕微鏡写真を示す(B、D、F、H、J、L、N、P)。感染直後に、細胞をBI-D1870 (15μM) またはDMSO (0.1%) で処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルスの力価を標準的なプラークアッセイにより解析した。データは、3回の独立した実験の平均値を表す。DMSO対照の力価を100%に設定した。加えて、絶対的ウイルス力価をPFU/mlで示す。3回の独立した実験の平均値+SDを示す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、対応のある両側t検定によって解析した(* p≦0.05;** p≦0.01、*** p≦0.001)。スケールバー:20μm。図7Qにおいて、異なるウイルスの、S269およびS392を含むNP領域の配列比較を示し、これにより、NPのリン酸化部位がこれらすべてのウイルスの間で保存されていることが示される。配列はInfluenza Research Databaseから入手し、Jalviewを用いてアライメントした。図7Rにおいて、A型インフルエンザ/WSN (H1N1) およびB型インフルエンザ/LeeのNP領域の結晶構造により、類似の構造が明らかになった。B型インフルエンザのNPのS327およびS448は、A型インフルエンザに匹敵する残基を表している可能性がある。結晶構造は、Protein Data Bank(A型インフルエンザ/Wilson-Smith/1933 (H1N1) ID:4BBL;Arranz et al., 2012;B型インフルエンザ/HongKong/CUHK-24964/2004 ID;3TJ0;Ng et al., 2012)から入手した。図7からわかるように、試験したすべてのウイルスが、新たに合成されたvRNPの核内保持および子孫ウイルス力価のおよそ80~90%の低下を示した。これらの結果から、インフルエンザウイルスのRaf/MEK/ERK/RSK経路への依存性が明らかになる。
【0086】
実施例5:A型インフルエンザ感染後のRSK1の特異的な核局在化
これまでの実験から、アイソフォームRSK1およびRSK2のウイルス生活環への異なる寄与が明らかになった。RSK2は抗ウイルス効果を有するのに対して、RSK1は明らかにウイルスを支持する働きをするようである。RSK1は、形質膜およびサイトゾルで活性化されると、核に移行する。RSK1がNPをリン酸化するキナーゼであるのならば、その細胞分布は、ウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路の活性化に応じて、ウイルス生活環中に変化するはずである。この仮説に取り組むため、A549細胞を偽感染させるか、またはMOI 5を用いてWSN/H1N1ウイルスに感染させた。p.i. 3h、6h、および9hの時点で、NPおよびRSK1の局在性を免疫蛍光染色により解析した。具体的には、図8Aに示されるように、A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRSK1 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。図8BおよびCは、図8AからのNPおよびRSK1の細胞局在の定量化を示す。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびRSK1の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した(ns p>0.05;** p≦0.01)。予測通り、感染の後期の時点で、RSK1の核局在化の増加が図8Aにおいて見られ得る。3回の独立した実験の定量化により、9 h後(図8 B)、特にNP輸送が行われた時点で(図8 A、C)、RSK1の核内濃度が偽感染の35.58 % ± 0.59 %からウイルス感染の57.73 % ± 1.47 %へと有意に変化していたことが明らかになり、ウイルスがRSK1の核内輸送を誘導することが示された。
【0087】
実施例6:A型インフルエンザ感染後にRSK2の特異的な核局在化はない
RSK1がウイルス生活環中に核に入ることが確認された後、ウイルス誘導性のRaf/MEK/ERK経路の活性化が、抗ウイルス性RSK2の核局在化を引き起こすかどうかという問題に取り組んだ。一般に、Raf/MEK/ERK経路の活性化は、RSK1およびRSK2の核内への移行をもたらす。そこで、実施例5に記載される実験と同じ実験を行ったが、RSK2の局在性を解析した。具体的には、図9Aに示されるように、A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびRSK2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。図9B、Cは、図9AからのNPおよびRSK2の細胞局在の定量化を示す。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびRSK2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した(ns p>0.05;** p≦0.05)。
【0088】
RSK1とは対照的に、RSK2の細胞内分布の変化は、ウイルス感染中の時点に関わりなく、認められなかった(図9 A、B)。この結果から、ウイルスは、抗ウイルス作用性RSK2の細胞分布に影響を及ぼすことなく、ウイルス支持性RSK1の移行を特異的に誘導することが示される。
【0089】
実施例7:A型インフルエンザ感染後にERK1/2局在性への影響はない
RSK1の特異的な移行が発見された後、RSKの上流キナーゼであるERK1/2が、ウイルス経路の誘導によって核に入り得るかどうかという疑問が生じた。そこで、ERKを用いて、実施例5および6と同じ実験を繰り返した。具体的には、図10Aに示されるように、A549細胞をWSN/H1N1に感染させるか (MOI 5)、または偽感染させた。表示の時点の後、細胞を固定し、vRNP (NP-Alexa488) およびERK1/2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。図10B、Cは、図10AからのNPおよびERK1/2の細胞局在の定量化を示す。各試料の10枚の落射蛍光顕微鏡写真を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、NPおよびERK1/2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、各時点について別々に、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した (ns p>0.05)。驚くべきことに、ERK1/2の局在性への影響は、ウイルス感染後に、解析時点に関わりなく見られなかった(図10 A、B)。
【0090】
実施例8:TPAによる刺激はRSK2およびERK1/2の核局在化をもたらす
RSK2およびERK1/2の非特異的染色を排除するために、Raf/MEK/ERK経路をTPAで刺激した。TPAと共にインキュベートすると、Raf/MEK/ERK経路が活性化され、刺激後数分以内にERK1/2およびRSKの核局在化が生じることが公知である。図11A、Cに示されるように、A549細胞をTPA (200 nM) で刺激した。溶媒DMSOを陰性対照とした。1 h後に細胞を固定し、RSK2またはERK1/2 (Alexa-561) の細胞局在を落射蛍光顕微鏡により解析した。核はDapiで染色した。破線の四角は拡大領域を示す。単一焦点面の代表的な落射蛍光顕微鏡写真を示す。3回の独立した実験のうちの1回の結果を示す。スケールバーは50μmを表す。図11BおよびDに示されるように、各試料の15枚の落射蛍光顕微鏡写真からのRSK2またはERK1/2の細胞局在の定量化を、ImageJ「Intensity Ratio Nuclei Cytoplasm Tool」を用いて、RSK2の局在性について解析した。結果を、3回の独立した実験の平均値±SDとして示す。統計的有意性は、ウェルチの補正を伴う対応のないt検定により解析した (** p≦0.01)。両キナーゼは、100 nM TPAとの1 hのインキュベーション後に核内で見出され、染色が特異的であることが確認された(図11 A、C)。定量化により、ERK1/2の核内蓄積は、非刺激試料では27.99 % ± 1.97 %であり、TPA刺激試料では48.02 % ± 2.25 %であることが明らかになった。RSK2キナーゼへの影響はERK1/2ほど顕著ではなく、非刺激試料では29.37 % ± 1.15 %であり、TPA刺激試料では34.89 % ± 0.67 %であった(図11 B、D)。
【0091】
実施例9:MEK阻害剤またはRSK阻害剤であるCI-1040またはBI-D1870で長期間処理しても、WSN/H1N1に耐性は導入されない
ウイルス粒子を直接標的とする抗ウイルス薬(オセルタミビル、バロキサビル)、またはRaf/MEK/ERK/RSK経路の阻害を介して抗ウイルスの働きをする抗ウイルス薬(CI-1040、BI-D1870)が耐性ウイルス変種を誘導する能力を比較するため、A549細胞をWSN/H1N1ウイルスに感染させ (MOI 0.01)、MEK阻害剤CI-1040、RSK阻害剤BI-D1870、ウイルスNA阻害剤オセルタミビル酸、またはポリメラーゼサブユニットPAのウイルスキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤であるバロキサビルマルボキシルで処理した。p.i. 24 hの時点で、子孫ウイルス力価を標準的なプラーク力価測定により決定した。次のラウンドでは、新たなA549細胞を、回収した上清に感染させ (MOI 0.01)、漸増濃度の異なる阻害剤で処理した。濃度を一定にした際のラウンドを矢頭で示す。溶媒DMSO (1 %) を陰性対照とした。相対的なウイルス力価を示す。DMSO対照の力価を100%に任意設定した(破線で示される)。図12Aに示されるデータは、2回の独立した実験の平均値±SDを表す。各実験は3つ組で実施した。統計的有意性は、二元配置ANOVAとその後のボンフェローニ事後検定により算出した (*** p≦0.001)。阻害効果を高め、変異の出現を誘発するために、阻害剤の濃度を増加させた。漸増濃度のCI-1040およびBI-D1870によって、ウイルス力価が低下した。DMSO対照と比較して、1μMの阻害剤濃度を用いた第1ラウンドでは、力価は、CI-1040またはBI-D1870のそれぞれについて64.75 % ± 0.32 %および35.08 % ± 3.20 %低下した。阻害剤の濃度を上げると、力価はラウンド4までさらに低下した。この時点では、両方の阻害剤を8μMの濃度で使用した。ラウンド5からラウンド12までは、CI-1040およびBI-D1870を10μMの濃度で使用した。ラウンド5からラウンド12では、CI-1040処理の平均力価は、DMSO対照と比較して8.45 % ±3.41 %と算出された。ラウンド5からラウンド12におけるBI-D1870処理の平均力価は、12.27 % ± 6.36 %と算出された。12ラウンド中のいずれの時点においても、ウイルス力価の一定の上昇もプラークの形態の変化も認められず、耐性導入変異が生じていないことが示された。完全な耐性は、5ラウンドのオセルタミビル処理後に見出された。この時点では、16μMの阻害剤濃度を使用した。ラウンド9において、力価は48.30 % ± 11.42 %まで低下し始めた。この効果は、プラークサイズの漸増的な減少を伴っていた。ラウンド1からラウンド9までのバロキサビル処理の平均力価は、8.08 % ± 4.10 %と算出された。ラウンド10では、平均力価が28.39 % ± 1.88 %となり、力価上昇の傾向が始まった。ラウンド12では、平均力価は46.94 % ± 1.03 %までさらに上昇した(図12A)。図12Bは、各ラウンドで使用した阻害剤濃度の概要を示す。ラウンド5(CI-1040、BI-D1870)またはラウンド6(オセルタミビル、バロキサビル)の時点で、濃度を一定のままにした。
【0092】
参考文献
図1
図2-1】
図2-2】
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図4-4】
図4-5】
図4-6】
図4-7】
図5
図6-1】
図6-2】
図6-3】
図7
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図9C
図10A
図10B
図10C
図11
図12
【配列表】
2022526199000001.app
【国際調査報告】