(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-05-24
(54)【発明の名称】リポカリンムテインの吸入投与
(51)【国際特許分類】
A61K 38/16 20060101AFI20220517BHJP
A61K 9/72 20060101ALI20220517BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20220517BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20220517BHJP
A61P 11/06 20060101ALI20220517BHJP
A61P 11/02 20060101ALI20220517BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20220517BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220517BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20220517BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220517BHJP
A61P 7/06 20060101ALI20220517BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220517BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20220517BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20220517BHJP
A61P 17/04 20060101ALI20220517BHJP
A61K 47/22 20060101ALI20220517BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20220517BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20220517BHJP
A61K 38/00 20060101ALI20220517BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20220517BHJP
C07K 14/435 20060101ALN20220517BHJP
【FI】
A61K38/16 ZNA
A61K9/72
A61P11/00
A61P37/08
A61P11/06
A61P11/02
A61P27/02
A61P43/00 105
A61P31/04
A61P35/00
A61P7/06
A61P29/00
A61P9/00
A61P25/28
A61P17/04
A61K47/22
A61K9/14
A61K9/08
A61K38/00
C12N15/12
C07K14/435
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021557778
(86)(22)【出願日】2020-03-27
(85)【翻訳文提出日】2021-10-25
(86)【国際出願番号】 EP2020058637
(87)【国際公開番号】W WO2020201038
(87)【国際公開日】2020-10-08
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2019-04-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(32)【優先日】2019-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(32)【優先日】2019-11-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】509029645
【氏名又は名称】ピエリス ファーマシューティカルズ ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】マッシナー ガブリエレ
(72)【発明者】
【氏名】フィッツジェラルド メアリー
(72)【発明者】
【氏名】ムーサ アハメド
(72)【発明者】
【氏名】ヴェルク ヴァネッサ
(72)【発明者】
【氏名】アンダーソン ゲイリー
(72)【発明者】
【氏名】ライト クリスティーン
(72)【発明者】
【氏名】ジャカン トーマス
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076AA29
4C076AA93
4C076BB21
4C076CC15
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4C084BA01
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4C084MA05
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4C084NA05
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4C084ZA89
4C084ZB11
4C084ZB13
4C084ZB21
4C084ZB26
4C084ZB35
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
本発明は、対象へのリポカリンムテインの吸入投与に関し、該投与は、気道におけるリポカリンムテインへの局所曝露をもたらす。本発明はまた、リポカリンムテインへの全身曝露をもたらす、対象へのリポカリンムテインの吸入による投与にも関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象にリポカリンムテインを投与する方法であって、吸入によってリポカリンムテインを投与する段階を含み、該投与が、気道における該リポカリンムテインへの局所曝露をもたらす、方法。
【請求項2】
対象の治療法における使用のためのリポカリンムテインであって、該使用が、吸入によってリポカリンムテインを投与することを含み、該投与が、気道における該リポカリンムテインへの局所曝露をもたらす、使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項3】
リポカリンムテインの送達用量の約0.15%またはそれ未満が循環系に入る、請求項1または2記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項4】
リポカリンムテインの全身曝露が検出不可能である、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項5】
血液中への吸収によって全身曝露が定義される、請求項4記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項6】
リポカリンムテインの送達用量が、投与1回につき約0.1mg~約1000mg、または投与1回につき体重1kg当たり約0.05μg~約15mgである、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項7】
リポカリンムテインの送達用量が、投与1回につき約0.1mg~約5mg、または投与1回につき体重1kg当たり約0.05μg~約50μgである、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項8】
前記方法または使用が、気道の疾患を治療するためである、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項9】
気道の疾患が、アレルギー性炎症、アレルギー性喘息、鼻炎、結膜炎、肺線維症、嚢胞性線維症、慢性閉塞性肺疾患、肺胞タンパク症、成人呼吸窮迫症候群、または細菌感染症である、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項10】
対象にリポカリンムテインを投与する方法であって、吸入によってリポカリンムテインを投与する段階を含み、該投与が、該リポカリンムテインの全身曝露をもたらす、方法。
【請求項11】
対象の治療法における使用のためのリポカリンムテインであって、該使用が、吸入によってリポカリンムテインを投与することを含み、該投与が、該リポカリンムテインの全身曝露をもたらす、使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項12】
リポカリンムテインの送達用量の約0.3%もしくはそれより多く、約0.4%もしくはそれより多く、約0.5%もしくはそれより多く、約0.6%もしくはそれより多く、約0.7%もしくはそれより多く、約0.8%もしくはそれより多く、約0.9%もしくはそれより多く、約1%もしくはそれより多く、約2%もしくはそれより多く、約3%もしくはそれより多く、約4%もしくはそれより多く、約5%もしくはそれより多く、約6%もしくはそれより多く、約7%もしくはそれより多く、約8%もしくはそれより多く、約9%もしくはそれより多く、約10%もしくはそれより多く、約11%もしくはそれより多く、約12%もしくはそれより多く、約13%もしくはそれより多く、約14%もしくはそれより多く、または約15%もしくはそれより多くが循環系に入る、請求項10または11記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項13】
血漿中リポカリンムテインの最大濃度が、投与後約0.5時間~約10時間の時点で、好ましくは投与後約0.5時間~約4時間の時点で実現される、請求項10~12のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項14】
血漿中リポカリンムテインの最大濃度が、約1ng/mLもしくはそれより高く、好ましくは約1ng/mL~約2,000ng/mLである、請求項10~13のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項15】
リポカリンムテインが、投与1回につき約0.05mg~約1000mgまたは投与1回につき体重1kg当たり約0.1μg~約15mgの送達用量で投与される、請求項10~14のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項16】
リポカリンムテインが、投与1回につき約5mg~約1000mgまたは投与1回につき体重1kg当たり約0.1mg~約15mgの送達用量で投与される、請求項10~15のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項17】
リポカリンムテインの、ある期間にわたる血清中濃度の曲線下面積(AUC
inf)が、約10h*ng/mLもしくはそれより大きく、例えば約10h*ng/mL~約16,000h*ng/mLである、請求項10~16のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項18】
リポカリンムテインが、約2時間~約10時間の血清半減期(t
1/2)を有する、請求項10~17のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項19】
リポカリンムテインへの全身曝露が、同じまたは同程度の生体利用可能量のリポカリンムテインの全身投与と比べて改善された治療効果をもたらす、請求項10~18のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項20】
前記方法または使用が、気道の疾患を治療するためである、請求項10~19のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項21】
気道の疾患が、アレルギー性炎症、アレルギー性喘息、鼻炎、結膜炎、肺線維症、嚢胞性線維症、慢性閉塞性肺疾患、肺胞タンパク症、成人呼吸窮迫症候群、または細菌感染症である、請求項10~20のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項22】
前記方法または使用が、全身性疾患を治療するためである、請求項10~19のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項23】
前記方法または使用が、気道の疾患以外の、器官または組織を冒す疾患を治療するためである、請求項10~19のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項24】
前記方法または使用が、癌、貧血、疼痛性障害、炎症性疾患、心血管疾患、神経変性疾患、アレルギー性疾患、例えば、鼻炎、結膜炎、皮膚炎、もしくは食物アレルギー、または細菌感染症、例えば緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)感染症を治療するためである、請求項10~19、22、および23のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項25】
リポカリンムテインの効果の発現が、リポカリンムテインが皮下投与された場合の発現よりも速い、請求項10~24のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項26】
リポカリンムテインの効果の発現が、リポカリンムテインが全身投与された場合の発現とほぼ同じ速さであるかまたはそれよりも速い、請求項10~24のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項27】
FDKPと組み合わせたリポカリンムテインの効果の発現が、リポカリンムテインが吸入によって単独で投与された場合の発現とほぼ同じ速さであるかまたはそれよりも速い、請求項10~24のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項28】
投与が、1回、週に1回、週に2回、週に3回、週に4回、週に5回、週に6回、1日に1回、1日に2回である、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項29】
リポカリンムテインが噴霧形態で投与される、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項30】
リポカリンムテインが乾燥粉末として投与される、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項31】
リポカリンムテインが液状スプレーとして投与される、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項32】
リポカリンムテインがヒト対象に投与される、前記請求項のいずれか一項記載の、方法、または使用のためのリポカリンムテイン。
【請求項33】
リポカリンムテインがヒト涙液リポカリン(hTlc)またはヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(hNGAL)のムテインである、前記請求項のいずれか一項記載の方法、または使用のための組成物。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
I 背景
吸入による気道内薬物送達は、治療上の必要性およびエアロゾル化薬物が血液空気関門を通過する能力に応じて、局所作用および/または全身作用のために使用することができる。吸入された薬物は肺に送達され、肺は、優れた血管分布、極めて大きな溶質交換能力、および極めて薄い肺胞上皮を独特な特徴とし、これらの特徴はペプチドおよびタンパク質の経肺投与による全身送達を促進することができる(Agu et al., Respir Res, 2001(非特許文献1))。しかし、分子および投与経路に関係する難問がいくつか、当技術分野では依然として残っている。
【0002】
リポカリンは、大きさ、形状、および化学的特徴の点で多種多様な標的を収容することができるタンパク質スキャフォールドである(Skerra, Biochim Biophys Acta, 2000(非特許文献2))。リポカリンは、安定なβバレルスキャフォールド上に載った4本のループの可変領域から構成される高度に保存された全体的フォールディング構造を共通に有している(Skerra, FEBS J, 2008(非特許文献3))。近年、リポカリンファミリーのメンバーは、標的結合タンパク質として研究対象となっており、これは、通常、生命科学において非常に重要な役割であり、大部分は抗体(免疫グロブリン)によって占められてきた(WO 99/16873(特許文献1)、WO03/029463(特許文献2)、WO 03/029471(特許文献3)、Schlehuber and Skerra, Biophys Chem, 2002(非特許文献4)、Skerra, J Biotechnol, 2001(非特許文献5))。リポカリンムテインは、リポカリン構造をベースとする分子のクラスであり、柔軟性をさらに高め、それによって、選択された標的にそのようなムテインが結合するのを可能にするように結合部位を変異誘発することによって作製される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO 99/16873
【特許文献2】WO03/029463
【特許文献3】WO 03/029471
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Agu et al., Respir Res, 2001
【非特許文献2】Skerra, Biochim Biophys Acta, 2000
【非特許文献3】Skerra, FEBS J, 2008
【非特許文献4】Schlehuber and Skerra, Biophys Chem, 2002
【非特許文献5】Skerra, J Biotechnol, 2001
【発明の概要】
【0005】
現在のところ、抗体を吸入送達するための承認された系も、承認された吸入抗体治療薬もない。いくつかの吸入用低分子が承認されているものの、低いターゲティング親和性、オフターゲット結合、および他の器官への副作用を含む、いくつかの欠点がそれらにはある。タンパク質(例えば、抗体および抗体様分子)ならびにペプチドを含む、生物学的吸入治療薬は、代替物として役立って、ターゲティング結合能力および効力を高め、かつオフターゲット作用を減らすことができる。しかし、タンパク質およびペプチドの吸入投与は、送達器具に厳密な要件を課し、いくつかの障壁、特に気道上皮が、吸入されたタンパク質およびペプチドの吸収ならびに全体的沈着および局部的(例えば、遠位の肺)沈着を妨げる。したがって、抗体または抗体様治療薬などのタンパク質ベースの療法薬を吸入によって効率的に送達することが、当技術分野では依然として必要とされている。本出願の背景にある技術的課題は、前記必要を満たすことである。この技術的課題は、特許請求の範囲に反映され、明細書において説明され、実施例およびそれに続く図面に例示されている態様を提供することにより、解決される。
【0006】
II 定義
下記のリストは、本明細書の全体を通して使用される用語、語句、および略語を定義するものである。本明細書において列挙され定義される用語はすべて、あらゆる文法的語形を包含するものとする。
【0007】
本明細書において使用される場合、「検出可能な親和性」とは、最大で約10-5Mまたはそれ未満の親和性で、選択された標的に結合する能力を意味し、通常、親和性はKdまたはEC50に基づいて評価される(KdまたはEC50の値が小さいことは、結合活性が優れていることを反映している)。これより小さい親和性は、通常、ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)のような一般的方法で測定することがもはや不可能であり、したがって、それほど重要ではない。
【0008】
本明細書において使用される場合、選択された標的に対する本開示のタンパク質(例えば、リポカリンのムテイン)またはその融合ポリペプチドの「結合親和性」は、当業者に公知である多数の方法によって測定することができる(それによって、ムテイン-リガンド複合体のKd値を決定することができる)。このような方法には、蛍光滴定、競合ELISA、等温滴定熱量測定(ITC)のような熱量測定法、および表面プラズモン共鳴(SPR)が含まれるが、それらに限定されるわけではない。このような方法は当技術分野において十分に確立されており、その例もまた、下記に詳述する。
【0009】
各結合体とそのリガンドとの複合体形成が、各結合パートナーの濃度、競合物の存在、使用される緩衝液系のpHおよびイオン強度、ならびに解離定数Kdを測定するために使用される実験方法(例えば、ほんのいくつかの例を挙げると、蛍光滴定、競合ELISA、もしくは表面プラズモン共鳴)などの様々な多くの因子、またはさらに、実験データを評価するのに使用される数学アルゴリズムの影響を受けることも、留意されたい。
【0010】
したがって、Kd値(各結合体とその標的/リガンドとの間で形成された複合体の解離定数)は、所与のリガンドに対する特定のリポカリンムテインの親和性を測定するのに使用される方法および実験設定に応じて、一定の実験範囲内で変動し得ることもまた、当業者には明らかである。これは、例えば、Kd値が表面プラズモン共鳴(SPR)により測定されたか、競合ELISAにより測定されたか、または直接ELISAにより測定されたかによって、Kd測定値のわずかなずれまたは許容誤差範囲が存在し得ることを意味する。
【0011】
本明細書において使用される場合、「ムテイン」、「変異した」実体(タンパク質であるか核酸であるかを問わない)、または「変異体」とは、天然に存在する(野生型)核酸またはタンパク質の「参照」スキャフォールドと比べた、1つまたは複数のヌクレオチドまたはアミノ酸の交換、欠失、または挿入を意味する。「参照スキャフォールド」は、好ましくは、成熟ヒト涙液リポカリンまたは成熟ヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリンである。前記「参照スキャフォールド」には、本明細書において説明されるムテインおよびバリアントの断片も含まれる。
【0012】
本明細書において使用される場合、「涙液リポカリン」はヒト涙液リポカリン(hTlc)を意味し、さらに、成熟ヒト涙液リポカリンに関する。用語「成熟」は、タンパク質を特徴付けるために使用される場合、シグナルペプチドを本質的に含まないタンパク質を意味する。本開示の「成熟hTlc」とは、シグナルペプチドを含まない、成熟型のヒト涙液リポカリンを意味する。成熟hTlcは、SWISS-PROTデータバンクにアクセッション番号P31025で寄託された配列の残基19~176によって表され、そのアミノ酸をSEQ ID NO: 1に示している。
【0013】
本明細書において使用される場合、「リポカリン-2」または「好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン」とは、ヒトリポカリン-2(hLcn2)またはヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(hNGAL)を意味し、さらに、成熟hLcn2または成熟hNGALも意味する。用語「成熟」は、タンパク質を特徴付けるために使用される場合、シグナルペプチドを本質的に含まないタンパク質を意味する。本開示の「成熟hNGAL」とは、シグナルペプチドを含まない、成熟型のヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリンを意味する。成熟hNGALは、SWISS-PROTデータバンクにアクセッション番号P80188で寄託された配列の残基21~198によって表され、そのアミノ酸をSEQ ID NO: 2に示している。
【0014】
用語「断片」は、本開示のムテインに関連して本明細書において使用される場合、N末端および/またはC末端が切断されている、すなわち、N末端アミノ酸および/またはC末端アミノ酸の少なくとも1つを欠いている、完全長の成熟ヒト涙液リポカリン(hTlcもしくはhTLPC)または完全長の成熟ヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(hNGAL)などのムテインに由来するタンパク質またはペプチドに関する。このような断片は、最高2個、最高3個、最高4個、最高5個、最高10個、最高15個、最高20個、最高25個、または最高30個(間の数をすべて含む)の、N末端アミノ酸および/またはC末端アミノ酸を欠いている場合がある。例示的な例として、このような断片は、特にムテインがhTlcに由来している場合、1個、2個、3個、もしくは4個のN末端アミノ酸および/または1個もしくは2個のC末端アミノ酸を欠いている場合がある。この断片は好ましくは完全長リポカリン(ムテイン)の機能的断片である、すなわち、該断片は好ましくは、由来元である完全長リポカリン(ムテイン)の結合ポケットを含むことが、理解されよう。例示的な例として、このような機能的断片は、成熟hTlcの直鎖ポリペプチド配列に対応する、5~158位、1~156位、5~156位、5~153位、5~150位、9~148位、12~140位、20~135位、または26~133位のアミノ酸を少なくとも含んでよい。別の例示的な例として、このような機能的断片は、成熟hNGALの直鎖ポリペプチド配列に対応する、5~168位、8~160位、13~157位、15~150位、18~141位、20~134位、25~134位、または28~134位のアミノ酸を少なくとも含んでよい。このような断片は、成熟リポカリンの一次配列の少なくとも10個より多い、例えば、20個もしくは30個またはそれより多い連続したアミノ酸を含んでよく、通常、成熟リポカリンのイムノアッセイ法において検出可能である。断片は、タンパク質またはポリペプチドの天然配列と少なくとも約50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、92%、95%、または少なくとも約98%のアミノ酸配列同一性を有し得る。通常、用語「断片」は、本開示のリポカリンムテインの対応するタンパク質標的に関して本明細書において使用される場合、本開示によるムテインによって認識および/または結合される完全長リガンドの能力を保持している、N末端および/またはC末端が短くなっているタンパク質リガンドまたはペプチドリガンドに関する。
【0015】
本明細書において使用される場合、用語「バリアント」は、例えば、アミノ酸配列またはヌクレオチド配列に対する置換、欠失、挿入、および/または化学修飾による変異を含む、タンパク質またはポリペプチドの派生物に関する。いくつかの態様において、このような変異および/または化学修飾によって、タンパク質またはペプチドの機能性が低下することはない。このような置換は、保存的であることができる、すなわち、あるアミノ酸残基が、化学的に類似しているアミノ酸残基で置換される。保存的置換の例は、以下のグループのメンバー間の置換である:1)アラニン、セリン、トレオニン、およびバリン;2)アスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、およびアスパラギン、およびヒスチジン;3)アルギニン、リジン、グルタミン、アスパラギン、およびヒスチジン;4)イソロイシン、ロイシン、メチオニン、バリン、アラニン、フェニルアラニン、トレオニン、およびプロリン;ならびに5)イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファン。このようなバリアントには、1つまたは複数のアミノ酸が、それらの各々のD立体異性体によって、または天然に存在する20種のアミノ酸以外のアミノ酸、例えば、オルニチン、ヒドロキシプロリン、シトルリン、ホモセリン、ヒドロキシリジン、ノルバリンによって置換された、タンパク質またはポリペプチドが含まれる。このようなバリアントには、例えば、N末端またはC末端において、1つまたは複数のアミノ酸残基が付加されているか、または欠失している、タンパク質またはポリペプチドも含まれる。通常、バリアントは、天然配列のタンパク質またはポリペプチドと少なくとも約50%、60%、70%、75%、80%、85%、90%、92%、95%、または少なくとも約98%のアミノ酸配列同一性を有している。好ましくは、バリアントは、由来元であるタンパク質またはポリペプチドの生物活性を保持しており、例えば同じ標的に結合する。
【0016】
用語「変異誘発」は、本明細書において使用される場合、実験条件を選択して、成熟リポカリンの所与の配列位置に天然に存在するアミノ酸を、各天然ポリペプチド配列においてはこの特定の位置に存在しない少なくとも1つのアミノ酸で置換できるようにすることを意味する。用語「変異誘発」はまた、1つまたは複数のアミノ酸の欠失または挿入による、配列セグメントの長さの(さらなる)改変も含む。したがって、例えば、選択された配列位置の1つのアミノ酸が一続きの3つのランダムな変異によって置換されて、野生型タンパク質の各セグメントの長さと比べてアミノ酸残基が2つ挿入される結果になることは、本開示の範囲内である。このような挿入または欠失は、本開示の変異誘発に供され得るペプチドセグメントのいずれかに、互いに無関係に導入されてよい。本開示の1つの例示的な態様において、いくつかの変異の挿入が、選択されたリポカリンスキャフォールドのループAB中に導入され得る(参照によりその全体が本明細書に組み入れられる国際特許公報WO 2005/019256を参照されたい)。
【0017】
本明細書において使用される場合、用語「ランダム変異誘発」は、ある特定の配列位置に、前もって決定された変異(アミノ酸の変化)は1つも存在しないが、変異誘発の間に少なくとも2つのアミノ酸が規定の配列位置にある程度の確率で組み入れられ得ることを意味する。
【0018】
本明細書において使用される場合、用語「配列同一性」または「同一性」とは、類似性または関係の程度を示す、配列の性質を意味する。用語「配列同一性」または「同一性」は、本開示で使用される場合、―本開示のタンパク質またはポリペプチドの配列を問題の配列と(相同性)アライメントした後の―、これら2つの配列の長い方の残基数を基準とした、ペアをなす同一残基のパーセンテージを意味する。配列同一性は、同一アミノ酸残基の数を残基の総数で割り、その結果に100を掛けることによって計算される。
【0019】
本明細書において使用される場合、用語「配列相同性」または「相同性」は、その通常の意味を持ち、相同なアミノ酸には、本開示のタンパク質またはポリペプチド(例えば、本開示の任意の融合タンパク質またはリポカリンムテイン)の直鎖アミノ酸配列において等価な位置にある、同一アミノ酸ならびに保存的置換であるとみなされるアミノ酸が含まれる。
【0020】
当業者は、標準的パラメーターを用いて配列相同性または配列同一性を測定するために利用可能なコンピュータープログラム、例えばBLAST(Altschul et al., Nucleic Acids Res, 1997)、BLAST2(Altschul et al., J Mol Biol, 1990)、TBLASTN(Altschul et al., J Mol Biol, 1990)、FASTA(Pearson and Lipman, Proc Natl Acad Sci U S A, 1988)、Gap(Wisconsin GCG package、Accelerys Inc)、およびSmith-Waterman (Smith and Waterman, J Mol Biol, 1981)を認識するであろう。配列相同性または配列同一性のパーセンテージは、例えば、BLASTPプログラム、バージョン2.2.5、2002年11月16日(Altschul et al., Nucleic Acids Res, 1997)を用いて、本明細書において測定することができる。この態様において、相同性のパーセンテージは、ペアワイズ比較において参照として野生型タンパク質スキャフォールドを好ましくは用いる、プロペプチド配列を含むタンパク質またはポリペプチドの配列全体のアライメントに基づいている(マトリックス:BLOSUM62;ギャップコスト:11.1;カットオフ値10-3に設定)。これは、BLASTPプログラム出力で結果として示される「陽性」(相同なアミノ酸)の数を、アライメントのためにプログラムによって選択したアミノ酸の総数で割ったパーセンテージとして算出される。
【0021】
具体的には、リポカリン(ムテイン)のアミノ酸配列のアミノ酸残基が、野生型リポカリンのアミノ酸配列の特定の位置に対応する野生型リポカリンと異なるかどうかを判定するために、当業者は、当技術分野において周知の手段および方法、例えば、手作業によるアライメントあるいはBLAST 2.0(Basic Local Alignment Search Toolを意味する)もしくはClustalWまたは配列アライメントを作成するのに適している他の任意の適切なプログラムなどのコンピュータープログラムを使用することによるアライメントを用いることができる。したがって、野生型リポカリン配列は、「対象配列」または「参照配列」の役割を果たすことができ、一方、本明細書において説明する野生型リポカリンとは異なるリポカリンのアミノ酸配列は、「問合せ配列」の役割を果たす。用語「野生型配列」ならびに「参照配列」および「対象配列」は、本明細書において同義的に使用される。ヒト涙液リポカリンの好ましい野生型配列は、SEQ ID NO: 1に示している成熟ヒト涙液リポカリンの配列である。hNGALの好ましい野生型配列は、SEQ ID NO: 2に示している成熟hNGALの配列である。
【0022】
「ギャップ」とは、アミノ酸の付加または欠失の結果である、アライメント中の空白である。したがって、全く同じ配列の2つのコピーは100%の同一性を有するが、それほど高度に保存されておらず欠失、付加、または置換を有する配列は、それより程度の低い配列同一性を有し得る。当業者は、いくつかのコンピュータープログラム、例えば、BLAST(Altschul et al., Nucleic Acids Res, 1997)、BLAST2(Altschul et al., J Mol Biol, 1990)、TBLASTN(Altschul et al., J Mol Biol, 1990)、FASTA(Pearson and Lipman, Proc Natl Acad Sci U S A, 1988)、Gap(Wisconsin GCG package、Accelerys Inc)、およびSmith-Waterman(Smith and Waterman, J Mol Biol, 1981)が、標準的なパラメーターを用いて配列同一性を測定するために利用可能であることを認識するであろう。
【0023】
本明細書において使用される場合、用語「位置」は、本明細書において示すアミノ酸配列内のアミノ酸の位置または本明細書において示す核酸配列内のヌクレオチドの位置のいずれかを意味する。用語「対応する(correspond)」または「対応している(corresponding)」が1種または複数種のリポカリンムテインのアミノ酸配列位置との関連で本明細書において使用される場合、対応する位置は、先行するヌクレオチドまたはアミノ酸の数に基づいて決められるばかりではないことを理解すべきである。したがって、本開示による所与のアミノ酸の絶対位置は、(変異体または野生型)リポカリン中の別の場所でのアミノ酸の欠失または付加が原因で、対応する位置から変わり得る。同様に、本開示による所与のヌクレオチドの絶対位置は、ムテインまたは野生型リポカリンの、プロモーターおよび/もしくは他の任意の調節配列を含む5’-非翻訳領域(UTR)または遺伝子(エキソンおよびイントロンを含む)中の別の場所での欠失または付加的ヌクレオチドが原因で、対応する位置から変わり得る。
【0024】
本開示による「対応する位置」は、本開示に従うペアワイズ配列アラインメントまたは多重配列アラインメントにおいてそれが対応する配列位置にアラインする配列位置であってよい。本開示による「対応する位置」に関して、ヌクレオチドまたはアミノ酸の絶対位置は隣接ヌクレオチドまたは隣接アミノ酸とは異なる場合があるが、交換、欠失、または付加された可能性がある該隣接ヌクレオチドまたは該隣接アミノ酸が1つまたは複数の同じ「対応する位置」に含まれ得ることを好ましくは理解すべきである。
【0025】
さらに、本開示による参照配列に基づく、リポカリンムテイン中の対応する位置に関して、リポカリンムテインのヌクレオチドまたはアミノ酸の位置は、絶対位置番号が異なり得るとしても、参照リポカリン(野生型リポカリン)または別のリポカリンムテインの別の場所の位置に構造的に対応できることを、好ましくは理解すべきである。このことは、リポカリン間で高度に保存されている全体的フォールディングパターンの見地から、当業者によって理解される。
【0026】
本明細書において使用される場合、「抗体」には、全長抗体または任意の抗原結合断片(すなわち「抗原結合部分」)またはその単鎖が含まれる。全長抗体とは、ジスルフィド結合によって相互に連結されている少なくとも2本の重鎖(HC)および2本の軽鎖(LC)を含む糖タンパク質を意味する。各重鎖は、重鎖可変ドメイン(VHまたはHCVR)および重鎖定常領域(CH)から構成される。重鎖定常領域は、3種のドメイン、すなわちCH1、CH2、およびCH3から構成される。各軽鎖は、軽鎖可変ドメイン(VLまたはLCVR)および軽鎖定常領域(CL)から構成される。軽鎖定常領域は、1種のドメイン、すなわちCLから構成される。VH領域およびVL領域は、フレームワーク領域(FR)と呼ばれる相対的に保存度が高い領域がところどころに存在する、相補性決定領域(CDR)と呼ばれる超可変性の領域にさらに細分することができる。各VHおよびVLは、3つのCDRおよび4つのFRから構成され、アミノ末端からカルボキシ末端まで次の順序で配列されている:FR1、CDR1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、FR4。重鎖および軽鎖の可変領域は、抗原と相互作用する結合ドメインを含む。抗体の定常領域は、免疫系の様々な細胞(例えばエフェクター細胞)および古典的な補体系の第1成分(C1q)を含む、宿主組織または因子への、免疫グロブリンの結合を任意で媒介し得る。
【0027】
本明細書において使用される場合、抗体の「抗原結合断片」とは、ある抗原(例えばGPC3)に特異的に結合する能力を保持している、抗体の1つまたは複数の断片を意味する。完全長抗体の断片は、抗体の抗原結合機能を果たせることが示されている。抗体の「抗原結合断片」という用語に包含される結合断片の例には、(i)VHドメイン、VLドメイン、CLドメイン、およびCH1ドメインからなるFab断片;(ii)ヒンジ領域のジスルフィド架橋によって連結された2つのFab断片を含むF(ab′)2断片;(iii)VHドメイン、VLドメイン、CLドメイン、およびCH1ドメインならびにCH1ドメインとCH2ドメインの間の領域からなるFab′断片;(iv)VHドメインおよびCH1ドメインからなるFd断片;(v)抗体の1つのアームのVHドメインおよびVLドメインからなる単鎖Fv断片;(vi)VHドメインからなるdAb断片(Ward et al., Nature, 1989);ならびに(vii)単離された相補性決定領域(CDR)、または合成リンカーによって結合されていてもよい、2つもしくはそれより多い単離されたCDRの組合せ;(viii)同一のポリペプチド鎖中で短いリンカーを用いて連結されたVHおよびVLを含む「ダイアボディ」(例えば、特許文献EP 404,097;WO 93/11161;およびHolliger et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 1993を参照されたい);(ix)VHまたはVLのみを含み、場合によっては、2つまたはそれより多いVH領域が共有結合的に連結されている、「ドメイン抗体断片」が含まれる。
【0028】
抗体は、ポリクローナルもしくはモノクローナル;異種、同種、もしくは同系;またはそれらの改変型(例えば、ヒト化、キメラ、もしくは多重特異性)であってよい。抗体はまた、全面的にヒト由来であってもよい。
【0029】
「対象」は、脊椎動物、好ましくは哺乳動物、より好ましくはヒトである。用語「哺乳動物」は、哺乳動物として分類される任意の動物を意味するために本明細書において使用され、ごく少数の実例を挙げれば、ヒト、家畜および農場動物、ならびに動物園、競技用、またはペット用の動物、例えば、ヒツジ、イヌ、ウマ、ネコ、ウシ、ラット、ブタ、類人猿、例えばカニクイザルなどが、非限定的に含まれる。好ましくは、本明細書における「哺乳動物」は、ヒト、マウス、または非ヒト霊長類である。好ましくは、対象はヒトである。
【0030】
「有効量」とは、有益または望ましい結果をもたらすのに十分な量である。有効量は、1回または複数回の投与で投与することができる。
【0031】
「試料」は、任意の対象から採取された生物試料と定義される。生物試料には、血液、血清、尿、大便、精液、または組織が含まれるが、それらに限定されるわけではない。
【0032】
本明細書において使用される場合、「吸入投与」または「吸入による投与」は、通常は経口吸入または鼻吸入による、気道を介した物質の投与を意味する。物質は、気体、液体エアロゾル、細粉末、または液状スプレーの形態であってよい。吸入投与は、吸入器を用いて実施されてよい。
【0033】
「投与用量」は、対象に投与された化合物の用量に相当する。マイクロスプレイヤー装置を用いて物質を気管内投与するという文脈において、「投与用量」は、「送達用量」に相当する。
【0034】
特に吸入装置との関連での「計量用量」または「装置用量」は、装置に充填された物質の用量に関する。
【0035】
「送達用量」とは、対象に送達される物質の用量、すなわち、吸入装置を利用した場合に該装置から出てくる用量を意味する。例えば、最終的な全体積が噴霧されるわけではないため、意図的にネブライザーに過剰に詰めることがある。ネブライザーの場合、通例、送達用量は、表示用量の50%より少ない。表示用量とは、装置に充填される活性物質の総量である。表示用量は、装置用量または計量用量としても公知である。乾燥粉末吸入器の場合、通例、送達用量は計量用量の約85~90%である。当業者は、吸入装置から出てくる物質の量を測定することにより、送達用量を容易に測定することができる。例えば、実験で「送達用量」を測定するために使用される方法は、欧州薬局方9.0のセクション2.9.44において提供されている。
【0036】
本明細書において使用される場合、「局所曝露」または「局所投与」とは、局所投与された物質の実質的な部分が循環系に入らないことを意味する。好ましくは、循環系に入る物質の量は、定量限界(BLQ)より少ない。他の例では、循環系に入る物質の量は、測定可能ではあるが実質的とはみなされないであろう。物質の吸入投与という文脈において、「局所曝露」または「局所投与」は、その物質が呼吸器系に本質的にとどまることを意味し得る。いくつかの場合において、特に対象がヒトである場合、呼吸器系にとどまる物質の量の直接測定は測定することが困難であるため、「局所曝露」または「局所投与」の判定は、循環系に入る物質の量を測定することにより間接的に行うことが好ましい。
【0037】
本明細書において使用される場合、「全身曝露」とは、局所投与された物質の実質的な部分が循環系に入ること、かつ任意で、該物質が身体全体に影響を及ぼし得ることを意味する。全身曝露とは、循環系に入る物質の量が定量可能であることを意味し得る。全身曝露は、定量可能である、血流に入る物質の濃度と等しく扱ってよい。この曝露は、該物質の血液(血清、血漿、または全血)濃度を用いて表すことができ、該濃度は、ある期間にわたって測定し、曲線下面積(AUC)を含む一連のパラメーターを用いて記録することができる。物質への全身曝露はまた、バイオマーカーにも強い影響を与えることができ、バイオマーカーのレベルは、物質の濃度、したがって全身曝露に直接的に相関し得る。用語「定量可能」または「検出可能」は、全身曝露に関連して使用される場合、物質の血液(血清、血漿、もしくは全血)濃度または当技術分野で公知である1つもしくは複数の解析方法によって測定可能なバイオマーカーのレベルによって表される曝露に関係する。このような解析方法には、ELISA、競合ELISA、蛍光滴定、熱量測定法、質量分析法(MS)、およびクロマトグラフィー法、例えば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)が含まれるが、それらに限定されるわけではない。このような解析方法を用いて実施される測定は検出限界、例えば機器の検出限界、方法の検出限界、および定量限界を伴うこともまた、理解される。
【0038】
本明細書において使用される場合、薬物の「作用発現」または「作用の発現」とは、投与後に薬物の効果が顕著になるのにかかる時間の長さに関係する。いくつかの態様において、薬物の効果は、例えば最大治療効果の50%、60%、70%、80%、90%、または100%に達した場合、顕著であるとみなしてよい。いくつかの態様において、薬物の効果は、該薬物が投与される対象の症状が緩和される場合、顕著であるとみなしてよい。薬物の作用発現は、そのような薬物の任意の投与の終了時から、ベースラインと比べての該薬物の治療効果の変化が所望のレベル、例えば90%または最大レベルに到達するまでの時間を測定することにより、定量することができる。いくつかの特定の態様において、薬物の作用発現は、実施例4で説明するように、ベースラインと比べての頸動脈血管抵抗の低下率が50%、60%、70%、80%、90%、またはさらに高いパーセンテージを達成するまでの時間の長さとして、測定することができる。薬物の作用発現は、例えば、約1~5分、約1~25分、約5~25分、または約10~20分であってよい。
【0039】
用語「および/または」は、本明細書において使用される場合はいつでも、「および」、「または」、および「該用語によって連結される要素のすべてまたは他の任意の組合せ」の意味を含む。
【0040】
用語「約(about)」または「約(approximately)」は、本明細書において使用される場合、所与の値または範囲から20%以内、好ましくは10%以内、およびより好ましくは5%以内を意味する。しかし、この用語は、実際の値もまた含み、例えば「約20」は20を含む。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】実施例1で説明するような、SEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン、
図1A)およびSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン、
図1B)のマウスにおける薬物動態解析の結果を提供する。100μg/kgの用量で、試験用リポカリンムテインをマウスに気管内投与した。電気化学発光(ECL)に基づくアッセイ法を用いて、気管支肺胞洗浄液(BALF)、標準化肺ホモジネート、および血漿中の薬物レベルを検出した。リポカリンムテインは、これら3種の区画のそれぞれにおいて、異なる濃度を示し、類似したPKプロファイルを有する。
【
図2】実施例2で説明するような、100μg/マウスの用量でSEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン、
図2A)またはSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン、
図2B)を気管内投与されたマウスにおける薬物動態解析の結果を提供する。ECLに基づくアッセイ法を用いて、BALF、標準化肺ホモジネート、および血漿中の薬物レベルを検出した。リポカリンムテインは、これら3種の区画のそれぞれにおいて、類似したPKプロファイルを示す。どちらのリポカリンムテインも、3種の区画すべてにおいて濃度の時間依存的低下を示しているが、AUC
infに基づいて評価した曝露レベルはBALFの方が肺より高く、肺は血漿より高い。
【
図3】実施例3で説明するような、2mg/kgの用量でSEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン)またはSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン)を静脈内注射されたマウスにおける薬物動態解析の結果を提供する。ECLに基づくアッセイ法を用いて、血清中薬物レベルを検出した。2種のリポカリンムテインは、同様のPKプロファイルを示している。
【
図4】1mg/kgの用量での静脈内投与、5mg/kgの用量での皮下投与、5mg/kgの用量での気管内投与、またはフマリルジケトピペラジン(FDKP)と共に5mg/kgの用量での気管内投与の後の、例示的なリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)で処置したラットにおける、感覚神経を介した血管拡張の結果を提供する。実施例4で説明するように、対照として、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO:205)もまた、静脈内投与することによって試験した。リポカリンムテインで処置した動物では、神経刺激後のラット後肢の背内側皮膚における皮膚血流が未処置動物で認められるものから有意に減少しており、最も大幅な変化は参照抗CGRP抗体について観察されるものに匹敵することから、CGRPを妨害することによる血管収縮の亢進が示されている。気管内投与されたリポカリンムテインは、皮下投与されたリポカリンムテインよりも速い作用発現を示し、静脈内投与されたリポカリンムテインまたは参照抗体と比べて同程度またはさらに速い作用発現を示している。
【
図5A】実施例4で説明するような、2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg mg/kgの用量での気管内投与(
図5A)、または1mg/kg、2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg/kgの用量での静脈内投与(
図5B)の後の、例示的なリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)で処置したラットにおける、感覚神経を介した血管拡張の結果を提供する。対照として、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO: 205)もまた、静脈内投与することによって試験した。リポカリンムテインで処置した動物では、神経刺激後のラット後肢の背内側皮膚における皮膚血流が未処置動物で認められるものから有意に減少しており、CGRPを妨害することによる血管収縮の亢進が示されている。気管内投与されたリポカリンムテインSEQ ID NO: 47は、急速な作用発現(数分以内)および2時間の試験期間にわたって長続きする血管拡張阻害効力を示している。
【
図6】実施例4で説明するような、2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg mg/kgの用量での気管内投与(
図6A)、または1mg/kg、2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg/kgの用量での静脈内投与(
図6B)の後の、例示的なリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)で処置したラットにおける血漿リポカリンムテイン濃度を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0042】
IV 開示内容の詳細な説明
本発明は、吸入によって投与されたリポカリンムテインは、気道、特に肺における局所曝露をもたらすという驚くべき知見に基づいている。通常、吸入薬物は、全身送達(経口または注射)の場合に必要であるよりも少ない用量が可能になり、したがって、リスクの低いプロファイルを有し、有害作用が少なくそれほど重度ではない可能性がある(Bodier-Montagutelli et al., Expert Opin Drug Deliv, 2018)。吸入薬物の他の利点には、自己投与が容易であることおよび(注射と比べて)患者の服薬遵守が良いこと、ならびに作用機序が速いことが含まれる。いくつかの場合において、局所送達後の全身拡散もまた起こり、治療的利益をもたらす。本発明は、吸入によって投与されたリポカリンムテインは、全身曝露ももたらし得るという驚くべき知見にも基づいている。理論に拘束されることを望むものではないが、リポカリンムテインが体循環に入るかどうかまたは全身曝露を検出できるかどうかは、肺に投与または送達されるリポカリンムテインの用量に特に左右されると考えられている。
【0043】
本発明はまた、吸入によるリポカリンムテインの全身投与により、循環系へのリポカリンムテインの迅速な送達が可能になるという驚くべき知見にも基づいている。血漿中リポカリンムテインの最大濃度に、リポカリンムテインの投与から約0.1~約10時間後、好ましくは投与から約0.5時間~約5時間後、好ましくは投与から約1時間~約2時間後に到達できることが、驚くべきことに判明している。
【0044】
本発明はまた、リポカリンムテインの高レベルの全身曝露(送達用量に対するパーセンテージが1桁または2桁)は、そのようなリポカリンムテインの吸入投与により実現できるという驚くべき知見にも基づいている。WO 2013/087660では、マウスに気管内投与されたリポカリンムテインのわずか0.2%しか、投与から1時間後の血液中で検出されなかったという実験が開示されていることから、このような高レベルは、驚くべきものである。
【0045】
本発明はまた、リポカリンムテインの検出可能な全身曝露を伴わない肺への局所投与もまた、リポカリンムテインの用量に応じて実現可能であるという驚くべき知見にも基づいている。このことは、リポカリンムテインの治療効果が局所的に肺で実現されるべきであり、リポカリンムテインへの全身曝露が必要とされていないか、さらには望まれない場合に、特に有利である。
【0046】
したがって、本発明は、対象へのリポカリンムテインの投与の方法であって、吸入によってリポカリンムテインを投与する段階を含み、該投与が、気道におけるリポカリンムテインへの局所曝露をもたらす、方法に関する。
【0047】
本発明はまた、対象の治療法における使用のためのリポカリンムテインであって、該使用が、吸入によってリポカリンムテインを投与することを含み、該投与が、気道におけるリポカリンムテインへの局所曝露をもたらす、リポカリンムテインにも関する。
【0048】
本発明はまた、吸入投与向けの医薬を調製するためのリポカリンムテインの使用であって、吸入投与が、気道におけるリポカリンムテインへの局所曝露をもたらす、使用にも関する。
【0049】
本発明はまた、対象へのリポカリンムテインの投与の方法であって、吸入によってリポカリンムテインを投与する段階を含み、該投与が、リポカリンムテインへの全身曝露をもたらす、方法にも関する。
【0050】
本発明はまた、対象の治療法における使用のためのリポカリンムテインであって、該使用が、吸入によってリポカリンムテインを投与することを含み、該投与が、リポカリンムテインへの全身曝露をもたらす、リポカリンムテインにも関する。
【0051】
本発明はまた、吸入投与向けの医薬を調製するためのリポカリンムテインの使用であって、吸入投与が、リポカリンムテインへの全身曝露をもたらす、使用にも関する。
【0052】
A 本開示のリポカリンムテイン
本明細書において使用される場合、「リポカリン」は、複数の(好ましくは4つの)ループによって2つ1組で片端が連結されている複数の(好ましくは8本の)β鎖を含み、それによって結合ポケットを画定している、円柱状βプリーツシート超二次構造領域を有する、重量約18~20kDaの単量体タンパク質と定義される。リポカリンファミリーメンバー間で種々の異なる結合様式が生じ、各メンバーが、サイズ、形状、および化学的特徴が異なる標的を収容できるのは、他の点では柔軟性のないリポカリンスキャフォールドにおいて上記ループが多様であることによる(例えば、Skerra, Biochim Biophys Acta, 2000、Flower et al., Biochim Biophys Acta, 2000、Flower, Biochem J, 1996に総説がある)。実際、リポカリンファミリーのタンパク質は、広範なリガンドに結合するように自然に進化しており、それらが共有する全体的配列保存は異常に低レベルである(多くの場合、20%未満の配列同一性を有する)が、高度に保存された全体的フォールディングパターンは保持している。様々なリポカリンにおける位置間の対応は、当業者に周知である(例えば米国特許第7,250,297号を参照されたい)。
【0053】
上記のように、リポカリンは、その超二次構造、すなわち、4つのループによって2つ1組で片端が連結されている8本のβ鎖を含み、それによって結合ポケットを画定している円柱状βプリーツシート超二次構造領域に基づいて定義されるポリペプチドである。本開示は、本明細書において具体的に開示されるリポカリンムテインに限定されない。この点に関して、本開示は、4つのループによって2つ1組で片端が連結されている8本のβ鎖を含み、それによって結合ポケットを画定している円柱状βプリーツシート超二次構造領域を有するリポカリンムテインであって、該4つのループのうちの少なくとも3つのそれぞれについて少なくとも1つのアミノ酸が参照配列と比べて変異しており、該リポカリンは、検出可能な親和性でその標的に結合するのに有効である、リポカリンムテインに関する。
【0054】
本開示によるリポカリンムテインは、任意のリポカリンのムテインであってよい。そのムテインが使用され得る適切なリポカリン(「参照リポカリン」、「野生型リポカリン」、「参照タンパク質スキャフォールド」、または単に「スキャフォールド」と呼ばれることもある)の例には、涙液リポカリン(リポカリン-1、Tlc、またはフォンエブネル腺タンパク質)、レチノール結合タンパク質、好中球リポカリン型プロスタグランジンD-シンターゼ、β-ラクトグロブリン、ビリン結合タンパク質(BBP)、アポリポタンパク質D(APOD)、好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(NGAL)、α2-ミクログロブリン関連タンパク質(A2m)、24p3/ウテロカリン(24p3)、フォンエブネル腺タンパク質1(VEGP1)、フォンエブネル腺タンパク質2(VEGP2)、および主要アレルゲンCanf1(ALL-1)が含まれるが、それらに限定されるわけではない。関連する態様において、リポカリンムテインは、ヒト涙液リポカリン(hTlc)、ヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(hNGAL)、ヒトアポリポタンパク質D(hAPOD)、およびオオモンシロチョウ(Pieris brassicae)のビリン結合タンパク質からなるリポカリン群に由来する。
【0055】
本開示によるリポカリンムテインのアミノ酸配列は、別のリポカリンとの配列同一性と比べた場合(上記も参照されたい)、それが由来する参照(または野生型)リポカリン、例えばhTlcまたはhNGALと比べて、高い配列同一性を有し得る。この一般的な文脈において、本開示によるリポカリンムテインのアミノ酸配列は、対応する参照(野生型)リポカリンのアミノ酸配列と少なくとも実質的に同様であり、ただし、アミノ酸の付加または欠失の結果であるギャップ(本明細書において定義する)がアライメント中に存在し得ることを条件とする。本開示のリポカリンムテインの各配列は、対応する参照(野生型)リポカリンの配列に実質的に類似しており、いくつかの態様において、対応するリポカリンの配列に対して、少なくとも95%の同一性を含む、少なくとも60%、少なくとも65%、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも82%、少なくとも85%、少なくとも87%、少なくとも90%の同一性を有する。これに関して、本開示のリポカリンムテインは当然、選択された標的にリポカリンムテインが結合できるようにする、本明細書において説明する置換を含んでよい。
【0056】
典型的には、リポカリンムテインは、野生型リポカリンまたは参照リポカリン、例えばhTlcおよびhNGALのアミノ酸配列と比べて、1つまたは複数の変異アミノ酸残基を、リガンド結合ポケットを含みリガンド結合ポケットの入り口を定める、開放端の4つのループ中に含む(上記を参照されたい)。上記に説明したように、これらの領域は、所望の標的に対するリポカリンムテインの結合特異性を定めるにあたってきわめて重要である。いくつかの態様において、本開示のリポカリンムテインはまた、4つのループの外側に変異アミノ酸残基領域を含んでもよい。いくつかの態様において、本開示のリポカリンムテインは、リポカリンの閉端でβストランドを連結している3つのペプチドループ(BC、DE、およびFGと呼ばれる)のうちの1つまたは複数の中に1つまたは複数の変異アミノ酸残基を含んでよい。いくつかの態様において、涙液リポカリン、NGALリポカリン、またはそのホモログに由来するムテインは、N末端領域中ならびに/または天然リポカリン結合ポケットの向かい側に位置しているβバレル構造の端に並んでいる3つのペプチドループBC、DE、およびFG中の任意の配列位置に、1個、2個、3個、4個、またはそれより多い変異アミノ酸残基を有してよい。いくつかの態様において、涙液リポカリン、NGALリポカリン、またはそのホモログに由来するムテインは、涙液リポカリンの野生型配と比べて、βバレル構造の端に並んでいるペプチドループDE中に変異アミノ酸残基を1つも有していなくてよい。
【0057】
提供されるリポカリンムテインがその標的への結合能力を保持し、かつ/または参照(野生型)リポカリン、例えば、成熟hTlcまたは成熟hNGALのアミノ酸配列に対して少なくとも60%、例えば、少なくとも65%、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、またはそれより高い同一性である配列同一性を有しさえすれば、置換、欠失、および挿入を含む、任意のタイプおよび数の変異が想定される。いくつかの態様において、置換は、保存的置換である。いくつかの態様において、置換は、非保存的置換である。
【0058】
具体的には、リポカリンムテインのアミノ酸配列のアミノ酸残基が、参照(野生型)リポカリンのアミノ酸配列の特定の位置に対応する参照(野生型)リポカリンとは異なるかどうかを判定するために、当業者は、当技術分野において周知の手段および方法、例えば、手作業によるアライメントあるいはBLAST2.0(Basic Local Alignment Search Toolを意味する)もしくはClustalWまたは配列アライメントを作成するのに適している他の任意の適切なプログラムなどのコンピュータープログラムを使用することによるアライメントを用いることができる。したがって、参照(野生型)リポカリンのアミノ酸配列は、「対象配列」または「参照配列」の役割を果たすことができ、一方、リポカリンムテインのアミノ酸配列は、「問合せ配列」の役割を果たす(上記も参照されたい)。
【0059】
一般に、保存的置換は、以下の置換である。変異されるアミノ酸に基づいて列挙しており、保存的になるように起こすことができる1つまたは複数の置換をそれぞれの後に続けている:Ala→Ser、Thr、またはVal;Arg→Lys、Gln、Asn、またはHis;Asn→Gln、Glu、Asp、またはHis;Asp→Glu、Gln、Asn、またはHis;Gln→Asn、Asp、Glu、またはHis;Glu→Asp、Asn、Gln、またはHis;His→Arg、Lys、Asn、Gln、Asp、またはGlu;Ile→Thr、Leu、Met、Phe、Val、Trp、Tyr、Ala、またはPro;Leu→Thr、Ile、Val、Met、Ala、Phe、Pro、Tyr、またはTrp;Lys→Arg、His、Gln、またはAsn;Met→Thr、Leu、Tyr、Ile、Phe、Val、Ala、Pro、またはTrp;Phe→Thr、Met、Leu、Tyr、Ile、Pro、Trp、Val、またはAla;Ser→Thr、Ala、またはVal;Thr→Ser、Ala、Val、Ile、Met、Val、Phe、Pro、またはLeu;Trp→Tyr、Phe、Met、Ile、またはLeu;Tyr→Trp、Phe、Ile、Leu、またはMet;Val→Thr、Ile、Leu、Met、Phe、Ala、Ser、またはPro。他の置換もまた許容され、経験に基づいて、または他の公知の保存的置換もしくは非保存的置換を踏まえて、決定することができる。さらなる方針として、以下のグループはそれぞれ、互いにとっての保存的置換を定めるように典型的に選ぶことができるアミノ酸を含む:(a)アラニン(Ala)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、バリン(Val);(b)アスパラギン酸(Asp)、グルタミン酸(Glu)、グルタミン(Gln)、アスパラギン(Asn)、ヒスチジン(His);(c)アルギニン(Arg)、リジン(Lys)、グルタミン(Gln)、アスパラギン(Asn)、ヒスチジン(His);(d)イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、バリン(Val)、アラニン(Ala)、フェニルアラニン(Phe)、トレオニン(Thr)、プロリン(Pro);および(e)イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、フェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、トリプトファン(Trp)。
【0060】
このような置換によって生物活性が変化する場合は、以下のような、またはアミノ酸クラスに関してさらに後述するような、より大幅な変更を導入し、それらの産物を所望の特徴を求めてスクリーニングしてもよい。このようなより大幅な変更の例は、Ala→LeuまたはPhe;Arg→Glu;Asn→Ile、Val、またはTrp;Asp→Met;Cys→Pro;Gln→Phe;Glu→Arg;His→Gly;Ile→Lys、Glu、またはGln;Leu→LysまたはSer;Lys→Tyr;Met→Glu;Phe→Glu、Gln、またはAsp;Trp→Cys;Tyr→GluまたはAsp;Val→Lys、Arg、Hisである。
【0061】
いくつかの態様において、リポカリン(ムテイン)の物理学的特性および生物学的特性の大幅な改変は、(a)例えば、シート状もしくはらせん状の立体構造としての、置換領域のポリペプチド骨格の構造、(b)分子の標的部位における電荷もしくは疎水性、または(c)側鎖のかさ、を維持することに対する影響が顕著に異なる置換を選択することによって、達成される。
【0062】
天然に存在する残基は、共通の側鎖特性に基づいて、次のグループに分けられる:(1)疎水性:メチオニン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン;(2)中性で親水性:システイン、セリン、トレオニン、アスパラギン、グルタミン;(3)酸性:アスパラギン酸、グルタミン酸;(4)塩基性:ヒスチジン、リジン、アルギニン;(5)鎖の向きに影響する残基:グリシン、プロリン;および(6)芳香族:トリプトファン、チロシン、フェニルアラニン。いくつかの態様において、置換は、これらのクラスのうちの1つに属するメンバーを別のクラスと交換することを伴ってよい。
【0063】
非保存的置換は、これらのクラスのうちの1つに属するメンバーを別のクラスと交換することを伴う。各リポカリンの適切な立体構造を維持するのに関与していない任意のシステイン残基を、通常はセリンで置換して、分子の酸化安定性を向上させ、異常な架橋を防止することもできる。逆に、システイン結合をリポカリンに追加して安定性を向上させてもよい。
【0064】
各リポカリンの適切な立体構造を維持するのに関与していない任意のシステイン残基を、通常はセリンで置換して、分子の酸化安定性を向上させ、異常な架橋を防止することもできる。逆に、システイン結合をリポカリンに追加して安定性を向上させてもよい。
【0065】
いくつかの態様において、本明細書において開示されるリポカリンムテインは、成熟ヒト涙液リポカリン(hTlc)のムテインであってよいか、またはそれを含んでよい。成熟hTlcのムテインは、本明細書において「hTlcムテイン」と呼ばれ得る。いくつかの他の態様において、本明細書において開示されるリポカリンムテインは、成熟ヒト好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(hNGAL)のムテインである。成熟hNGALのムテインは、本明細書において「hNGALムテイン」と呼ばれ得る。
【0066】
上記の挿入を含む任意の変異は、確立されている標準的方法を用いて、核酸、例えばDNAレベルで、非常に容易に達成することができる。アミノ酸配列の変更の例示的な例は、挿入または欠失、ならびにアミノ酸置換である。さらに、単一のアミノ酸残基を置換する代わりに、リポカリン(ムテイン)の一次構造の1つまたは複数の連続的アミノ酸を挿入するかまたは欠失させることもまた、これらの欠失または挿入の結果、安定な折り畳まれた/機能的ムテインが得られる限りにおいて、可能である。
【0067】
アミノ酸配列の改変には、特定の制限酵素のための切断部位を組み入れることにより、変異したリポカリン遺伝子またはその一部分のサブクローニングを容易にするための、単一のアミノ酸位置を指定した変異誘発が含まれる。さらに、これらの変異は、所与の標的に対するリポカリンムテインの親和性をさらに向上させるために組み入れることもできる。さらに、変異は、必要に応じて、ムテインのいくつかの特徴を変えるため、例えば、フォールディング安定性、血清安定性、タンパク質耐性、もしくは水溶性を向上させるため、または凝集傾向を小さくするために、導入することもできる。例えば、天然に存在するシステイン残基を他のアミノ酸に変異させて、ジスルフィド架橋の形成を防ぐことができる。また、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ヒドロキシエチルデンプン(HES)、ビオチン、ペプチド、もしくはタンパク質などの他の化合物にコンジュゲートするため、または天然に存在しないジスルフィド結合を形成させるために、新しい反応性基を導入することを目的として、他のアミノ酸配列位置をシステインに故意に変異させることも可能である。生成されたチオール部分は、例えば、各リポカリンムテインの血清半減期を長くすることを目的としてムテインをPEG化またはHES化するために使用され得る。hTlcムテインのアミノ酸配列にシステイン残基を導入するためのこのような変異の実現可能な例には、置換Thr40→Cys、Glu73→Cys、Arg90→Cys、Asp95→Cys、およびGlu131→Cysが含まれる。同様に、ヒトNGALのムテインに関して、リポカリンムテインのアミノ酸配列へのシステイン残基の導入の実現可能な例には、ヒトNGALの野生型配列の配列位置14、21、60、84、88、116、141、145、143、146、または158に対応する配列位置のうちの少なくとも1つにおける、システイン(Cys)残基の導入が含まれる。前述のアミノ酸位置のいずれかの側面に生成されたチオール部分は、例えば、各リポカリンムテインの血清半減期を長くすることを目的としてムテインをPEG化またはHES化するのに使用され得る。
【0068】
別の態様において、本開示によるリポカリンムテインに上記の化合物のうちの1つをコンジュゲートするのに適切なアミノ酸側鎖を提供するために、人工アミノ酸が変異誘発によって導入されてもよい。一般に、このような人工アミノ酸は、反応性がより高くなるように、したがって、所望の化合物へのコンジュゲーションを促進するように、設計されている。人工tRNAを介して導入され得るそのような人工アミノ酸の1つの例は、パラ-アセチル-フェニルアラニンである。
【0069】
本明細書において開示されるムテインのいくつかの用途において、融合タンパク質の形態でそれらを使用することが有利である場合がある。いくつかの態様において、本開示のリポカリンムテインは、そのN末端またはそのC末端において、タンパク質、タンパク質ドメイン、またはペプチド、例えば、シグナル配列および/またはアフィニティータグに融合されている。
【0070】
StrepタグもしくはStrepタグII(Schmidt et al., J Mol Biol, 1996)、c-mycタグ、FLAGタグ、Hisタグ、もしくはHAタグなどのアフィニティータグ、またはグルタチオン-S-トランスフェラーゼなどのタンパク質は、組換えタンパク質の容易な検出および/または精製を可能にし、これらは適切な融合相手のさらなる例である。最後に、緑色蛍光タンパク質(GFP)または黄色蛍光タンパク質(YFP)などの発色特性または蛍光特性を有するタンパク質も、同様に本開示のリポカリンムテインにとって適切な融合相手である。
【0071】
一般に、化学反応、物理反応、光学的反応、または酵素反応において検出可能な化合物またはシグナルを直接的にまたは間接的に生成する任意の適切な化学物質または酵素で本開示のリポカリンムテインを標識することが可能である。物理反応および同時に光学的反応/マーカーの一例は、照射時の蛍光発光または放射性標識を用いる場合のX線放射である。アルカリホスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、およびβ-ガラクトシターゼは、発色性反応生成物の形成を触媒する酵素標識(同時に光学的標識)の例である。一般に、抗体に対して通常使用される標識すべて(もっぱら免疫グロブリンのFc部分の糖部分と共に使用されるものを除く)もまた、本開示のリポカリンムテインにコンジュゲートするために使用することができる。本開示のリポカリンムテインはまた、例えば、任意の適切な治療的に活性な作用物質を所与の細胞、組織、もしくは器官に狙いを定めて送達するため、または周囲の正常細胞に影響を及ぼさずに細胞(例えば腫瘍細胞)を選択的に標的とするために、そのような作用物質とコンジュゲートすることもできる。このような治療的に活性な作用物質の例には、放射性核種、毒素、有機低分子、および治療用ペプチド(例えば、細胞表面受容体のアゴニスト/アンタゴニストとして作用するペプチドまたは所与の細胞標的上のタンパク質結合部位を得るために競合するペプチド)が含まれる。しかしながら、本開示のリポカリンムテインはまた、アンチセンス核酸分子、低分子干渉RNA、マイクロRNA、またはリボザイムなどの治療的に活性な核酸とコンジュゲートすることもできる。このようなコンジュゲートは、当技術分野において周知の方法によって作製することができる。
【0072】
また、本開示は、本明細書において説明するリポカリンムテインを作製するための方法であって、ムテイン、ムテインの断片、またはムテインと別のポリペプチドとの融合タンパク質が、該ムテインをコードする核酸から出発して、遺伝子操作方法により作製される、方法にも関する。この方法は、インビボで実施することができ、例えば、リポカリンムテインを、細菌宿主生物または真核性宿主生物において産生させ、次いで、この宿主生物またはその培養物から単離することができる。また、例えば、インビトロの翻訳系を用いて、タンパク質をインビトロで作製することも可能である。
【0073】
インビボでリポカリンムテインを産生させる場合、そのようなムテインをコードする核酸は、(前の部分で既に概説したように)組換えDNA技術を用いて適切な細菌宿主生物または真核性宿主生物中に導入される。この目的のために、宿主細胞は最初に、確立された標準的方法を用いて、本明細書において説明するリポカリンムテインをコードする核酸分子を含むクローニングベクターで形質転換される。次いで、宿主細胞は、異種DNAの発現、したがって対応するポリペプチドの合成の発現を可能にする条件下で培養される。続いて、そのポリペプチドが、細胞または培養培地のいずれかから回収される。
【0074】
いくつかの態様において、本出願において開示するDNAのような核酸分子は、本開示の融合タンパク質の発現を可能にするように、本開示の別の核酸分子に「機能的に連結され」てよい。これに関して、機能的な連結とは、第1の核酸分子の配列エレメントおよび第2の核酸分子の配列エレメントが、単一のポリペプチドとしての融合タンパク質を発現することを可能にするように結合されている連結である。
【0075】
さらに、本開示のhTlcムテインについてのいくつかの態様において、Cys61とCys153の間に天然に存在するジスルフィド結合が除去されてもよい。したがって、そのようなムテインは、還元性の酸化還元環境を有する細胞区画、例えば、グラム陰性細菌の細胞質において作製され得る。
【0076】
本開示のリポカリンムテインが分子内ジスルフィドを含む場合、適切なシグナル配列を用いて、酸化性の酸化還元環境を有する細胞区画に新生ポリペプチドを向かわせることが好ましい場合がある。このような酸化性環境は、大腸菌(E. coli)のようなグラム陰性細菌の周辺質によって、グラム陽性細菌の細胞外環境において、または真核細胞の小胞体の内腔において提供され得、通常、構造的なジスルフィド結合の形成を促進する。
【0077】
しかし、宿主細胞、好ましくは大腸菌のサイトゾルにおいて本開示のムテインを作製することもまた可能である。この場合、ポリペプチドは、可溶性の折り畳まれた状態で直接的に獲得することができるか、または封入体の形態で回収され、続いてインビトロで再生することができる。別の選択肢は、酸化性の細胞内環境を有しており、したがって、サイトゾルでのジスルフィド結合形成を可能にし得る特定の宿主株を使用することである(Venturi et al., J Mol Biol, 2002)。
【0078】
しかし、本明細書において説明するリポカリンムテインは、必ずしも、遺伝子工学だけを用いて生成または作製しなくてもよい。もっと正確に言えば、このようなムテインは、メリフィールド固相ポリペプチド合成のような化学合成によって、またはインビトロの転写および翻訳によって得ることもできる。例えば、分子モデリングを用いて有望な変異を特定し、そのような変異を存続させるポリペプチドをインビトロで合成し、その標的に対する結合活性および他の望ましい特性(例えば安定性)について調査することが可能である。ポリペプチド/タンパク質を固相合成および/または溶相合成するための方法は、当技術分野において周知である(例えば、Bruckdorfer et al., Curr Pharm Biotechnol, 2004を参照されたい)。
【0079】
別の態様において、本開示のリポカリンムテインは、当業者に公知の十分に確立した方法を用いるインビトロの転写/翻訳によって作製され得る。
【0080】
熟練した研究者は、本開示によって企図されるが、そのタンパク質配列または核酸配列が本明細書において明確に開示されないリポカリンムテインを調製するのに有用な方法を認識するであろう。概要として、アミノ酸配列のこのような改変には、例えば、特定の制限酵素のための切断部位を組み入れることにより、変異したリポカリン遺伝子またはその一部分のサブクローニングを容易にするための、単一のアミノ酸位置を指定した変異誘発が含まれる。さらに、これらの変異は、その標的に対するリポカリンムテインの親和性をさらに向上させるために組み入れることもできる。さらに、変異は、必要に応じて、ムテインのいくつかの特徴を変えるため、例えば、フォールディング安定性、血清安定性、タンパク質耐性、もしくは水溶性を向上させるため、または凝集傾向を小さくするために、導入することもできる。例えば、天然に存在するシステイン残基を他のアミノ酸に変異させて、ジスルフィド架橋の形成を防ぐことができる。
【0081】
本明細書において開示するリポカリンムテインおよびその派生物は、抗体またはその断片と同様の多くの分野で使用することができる。例えば、リポカリンムテインは、酵素、抗体、放射性物質、または生化学的活性もしくは所定の結合特徴を有する他の任意の基で標識するために使用することができる。そうすることによって、それらの各標的またはそのコンジュゲートもしくは融合タンパク質を検出するか、またはそれらと接触させることができる。さらに、本開示のリポカリンムテインは、確立された解析方法(例えば、ELISAもしくはウェスタンブロット)を用いてまたは顕微鏡検査もしくは免役センサー法によって化学構造を検出するのに、役立つことができる。これに関して、検出シグナルは、適切なムテインコンジュゲートもしくは融合タンパク質を用いて直接的に、または結合したムテインを抗体を介して免疫化学的に検出することによって間接的に、生成させることができる。
【0082】
1 IL4-Rαに特異的なリポカリンムテイン
インターロイキン-4受容体α鎖(IL-4Rα)は、インターロイキン4およびインターロイキン13に結合してB細胞におけるIgE抗体産生を調節することができるI型膜貫通型タンパク質である。コードされたタンパク質はインターロイキン4に結合して、T細胞のうちではTh2細胞の分化を促進することもできる。
【0083】
IL-4受容体、特にヒトIL-4Rαに特異的なリポカリンムテインは、国際特許公報WO 2008/015239、WO 2011/154420、およびWO 2013/087660で開示されている。ヒトIL-4Rαに特異的なリポカリンムテインの吸入投与は、Bruns IB、Fitzgerald MF、Pardali K、Gardiner P、Keeling DJ、Axelsson LT、Jiang F、Lickliter J、Close DRによる、2019年5月17~22日のAmerican Thoracic Society Annual Congress(Dallas、TX、USA)において発表されたFirst-in-human data for the inhaled IL-4Rα antagonist AZD1402/PRS-060 reveals a promising clinical profile for the treatment of asthma、およびBruns IB、Fitzgerald MF、Pardali K、Gardiner P、Keeling DJ、Axelsson LT、Jiang F、Lickliter J、Close DRによる、2019年9月28日~10月2日のEuropean Respiratory Society International Congress(Madrid、Spain)において発表されたPhase 1 evaluation of the inhaled IL-4Rα antagonist AZD1402/PRS-060, a potent and selective blocker of the IL-4Rαによって報告されており、これらは参照により本明細書に組み入れられる。
【0084】
IL-4Rαに特異的な本開示のリポカリンムテインは、ヒト涙液リポカリンのムテインであってよい。成熟ヒト涙液リポカリン(SEQ ID NO: 1)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0085】
IL-4Rαに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 177~194からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアント、またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。IL-4Rαに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 177~194のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0086】
2 CGRPに特異的なリポカリンムテイン
カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)は、CGRPを含む神経細胞が血管と密接に関連している中枢神経系および末梢神経系の神経によって分泌される血管作動性神経ペプチドである。CGRPを介した血管拡張は、血漿の溢出および微小血管系の血管拡張をもたらす事象のカスケードの一環として、神経性炎症にも関連しており、片頭痛において認められる。
【0087】
CGRPに特異的なリポカリンムテインは、国際特許公報WO 2017/097946で開示されている。
【0088】
CGRPに特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0089】
CGRPに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 6~51および206~212からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。CGRPに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 6~51および206~212のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0090】
3 ヘプシジンに特異的なリポカリンムテイン
ヘプシジンは、20個または25個いずれかのアミノ酸からできている、2種の形態で典型的には存在するペプチドホルモンであり、鉄負荷および炎症に応答したいくつかの細胞によって発現および分泌される。ヘプシジンは、肝臓の肝細胞において主に産生され、鉄恒常性の調節において中心的役割を果たし、抗微生物ペプチドとして作用し、かつ大半の鉄欠乏性/過剰症候群の発症に直接的にまたは間接的に関与している。ヘプシジンの主な作用は、すべての鉄排出細胞において発現される鉄排出輸送体フェロポーチンを内在化し分解することである。ヘプシジンはフェロポーチンに直接的に結合する。したがって、ヘプシジンレベルが高いと、腸の鉄吸収ならびにマクロファージおよび肝細胞からの鉄放出が抑制され、一方、ヘプシジン濃度が低いと、これらの細胞からの鉄放出が加速される。
【0091】
ヘプシジンに特異的なリポカリンムテインは、国際特許公報WO2012/022742およびWO2013/087654で開示されている。
【0092】
ヘプシジンに特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、成熟hNGALの対応する配列位置に、下記のアミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0093】
ヘプシジンに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 52~65からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。ヘプシジンに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 52~65のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0094】
4 PCSK9に特異的なリポカリンムテイン
ヒトプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)は、主に腎臓、肝臓、および腸で発現される分泌タンパク質である。これは、阻害性プロドメイン(アミノ酸1~152;アミノ酸1~30にシグナル配列を含む)、セリンプロテアーゼドメイン(または触媒ドメイン;アミノ酸153~448)、およびシステイン残基に富んでいる210残基長のC末端ドメイン(またはシステイン/ヒスチジンに富むドメイン)(アミノ酸449~692)という3つのドメインを有している。PCSK9は、小胞体においてプロドメインと触媒ドメインとの間が自己触媒的に切断されるチモーゲンとして合成される。プロドメインは切断後も成熟タンパク質に結合したままであり、この複合体が分泌される。システインに富むドメインは、活性化されたプロテアーゼのフォールディングおよび調節に不可欠であると思われる、他のフューリン/ケキシン/サブチリシン様セリンプロテアーゼのP-(プロセシング)ドメインに類似した役割を果たす可能性がある。
【0095】
PCSK9は、セリンプロテアーゼのプロテイナーゼK分泌性サブチリシン様サブファミリーのメンバーであり(Naureckiene et al., Arch Biochem Biophys, 2003)、肝臓の低密度リポタンパク質受容体(LDL-R)の強力な負の調節因子として機能する。PCSK9は、血流中を循環する低密度リポタンパク質(LDL)粒子のレベルを制御することによって、コレステロール代謝において極めて重要な役割を果たす。PCSK9のレベルが上昇すると、肝臓中のLDL-Rレベルが低下し、その結果、血漿中の低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-c)のレベルが高くなり、冠動脈疾患に対する罹患性が高まることが示されている(Peterson et al., J Lipid Res, 2008)。
【0096】
PCSK9に特異的なリポカリンムテインは、国際特許公報WO2014/140210で開示されている。
【0097】
PCSK9に特異的な本開示のリポカリンムテインは、ヒト涙液リポカリンのムテインであってよい。成熟ヒト涙液リポカリン(SEQ ID NO: 1)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、成熟ヒト涙液リポカリンの対応する配列位置に、下記の残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0098】
PCSK9に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 66~91からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。PCSK9に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 66~91のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0099】
5 ピオベルジンおよびピオケリンに特異的なリポカリンムテイン
ピオベルジン(Pvd)は、ヒドロキサマート型およびカテコラート型のペプチド結合リガンドであり、ピオケリン(Pch)は、サリチラートおよび2つのシステイン分子の誘導体化コンジュゲートであり、フェノール、カルボキシラート、およびアミンのリガンド官能性を有する。PvdとPchのどちらも、緑膿菌(P. aeruginosa)の病原性への関与を示しており、相乗作用の徴候がいくらかある―緑膿菌は、分泌された鉄結合シデロフォアであるピオケリンおよびピオベルジンを用いることによって宿主環境から鉄を除去することができる。どちらのシデロフォアも作れない二重欠損変異体は、2種のシデロフォアのうちの1種だけが作れない単一欠損変異体のいずれかよりも病原性がはるかに弱まっている(Takase et al., Infect Immun, 2000)。さらに、ピオベルジンは、ピオベルジンそれ自体だけでなくいくつかの病原性因子の産生を制御するためのシグナル伝達分子としても作用する。一方、ピオケリンが、第二鉄に加えて、緑膿菌の病原性に関係する、第一鉄および亜鉛などの二価金属を獲得するための系の一部であり得ることが提唱されている(Visca et al., Appl Environ Microbiol, 1992)。
【0100】
ピオベルジンの3種の構造的に異なるタイプまたはグループが、いくつかの緑膿菌株から、すなわち緑膿菌ATCC 15692(G. et al., Liebigs Ann Chem, 1989)、緑膿菌ATCC 27853(Tappe et al., J Prakt Chem, 1993)、および天然分離株であるP. aeruginosa R (Gipp et al., Naturforsch, 1991)から同定されている。さらに、88種の臨床分離株および前述の2種の保存株を対象とする比較生物学的調査により、参照株の緑膿菌ATCC15692(I型PvdまたはPvd I)、緑膿菌ATCC27853(II型PvdまたはPvd II)、ならびに臨床分離株の緑膿菌Rおよび緑膿菌pa6(III型PvdまたはPvd III)に応じた、3種の異なる株特異的ピオベルジン媒介性鉄取込み系が明らかになった(Meyer et al., Microbiology, 1997, Cornelis et al., Infect Immun, 1989)。
【0101】
Pvd I型、Pvd II型、Pvd III型、およびPchに特異的なリポカリンムテインは、国際特許公報WO 2016/131804で開示されている。
【0102】
Pvd I型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0103】
Pvd II型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0104】
Pvd III型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0105】
Pchに特異的な本開示のリポカリンムテインは、hNGALのムテインであってよい。成熟hNGAL(SEQ ID NO: 2)の直鎖ポリペプチド配列と比べて、このようなムテインは、下記の変異アミノ酸残基のセットのうちの1つを含んでよい:
。
【0106】
Pvd I型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 115~131からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。Pvd I型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 115~131のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。Pvd II型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 132~150からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。Pvd II型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 132~150のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。Pvd III型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 151~166からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。Pvd III型に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 151~166のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。Pchに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 167~176からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。Pchに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 167~176のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0107】
6 他の標的に特異的なリポカリンムテイン
治療標的に特異的な他のリポカリンムテインが、当技術分野において説明されている。WO 2011/069992では、アミロイドβおよびフィブロネクチンのエクストラドメインBに特異的なリポカリンムテインを説明している。アミロイドβ(Aβ)は、アルツハイマー患者の脳中に見出されるアミロイド斑の主要成分として、アルツハイマー病に重大な関わりを持っているペプチドである。該ペプチドは、アミロイド前駆タンパク質(APP)に由来し、APPがβセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断されてAβを生じる。フィブロネクチン(FN)は、I型、II型、およびIII型の複数のドメインを含む、大型のモジュール式二量体糖タンパク質である。FNIII7ドメインとFNIII8ドメインの間に組み込まれているエクストラドメインB(ED-B)を含むアイソフォームのような、FNの選択的スプライシングバリアントは、組織特異的かつ発生段階依存的な様式で発現される(Zardi et al., EMBO J, 1987)。ED-Bは、創傷治癒および腫瘍性血管新生の進行中以外は、正常な成熟組織には存在しない。したがって、ED-Bを含むフィブロネクチンは、新血管新生を招き異所性血管形成を起こす多くの様々な腫瘍型において豊富に発現される。アミロイドβに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 195~199からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。アミロイドβに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 195~199のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。フィブロネクチンED-Bに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 200~203からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。フィブロネクチンED-Bに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 200~203のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0108】
WO 2014/076321およびWO 2015/177175では、インターロイキン-17A(IL-17AまたはIL-17)およびインターロイキン-23(IL-23)、特にインターロイキン23のp19サブユニット(IL-23p19)に特異的であるリポカリンムテインを説明している。
【0109】
ヒトIL-17A(CTLA-8、さらにIL-17と名付けられる、Swiss Prot Q16552)は、17,000ダルトンのMrを有する糖タンパク質である(Spriggs, J Clin Immunol, 1997)。IL-17Aは、ホモ二量体IL-17A/Aとして、またはホモログIL-17Fと複合してヘテロ二量体IL-17A/Fを形成したヘテロ二量体として、存在し得る。IL-17F(IL-24、ML-1)は、IL-17Aに対して55%のアミノ酸同一性を有する。IL-17AおよびIL-17Fはまた、受容体が同じ(IL-17RA)であり、該受容体は、血管内皮細胞、末梢T細胞、B細胞、線維芽細胞、肺細胞、骨髄単球細胞、および骨髄間質細胞を含む、多種多様な細胞の表面で発現される(Moseley et al., Cytokine Growth Factor Rev, 2003、Kawaguchi et al., J Allergy Clin Immunol, 2004、Kolls and Linden, Immunity, 2004)。IL-17Aは、Th17細胞によって主に発現され、関節リウマチ(RA)患者の滑液中に高レベルで存在し、初期のRA発症に関与していることが示されている。IL-17Aはまた、多発性硬化症(MS)患者の脳脊髄液中でも過剰発現されている。さらに、IL-17は、TNF-αおよびIL-1の誘導因子であり、後者は罹患患者の骨びらんおよび強い痛みを伴う転帰の主な原因である(Lubberts, Cytokine, 2008)。さらに、IL-17Aの不適切または過剰な産生は、他の様々な疾患および障害、例えば、変形性関節症、骨インプラントのゆるみ、急性移植拒絶(Van Kooten et al., J Am Soc Nephrol, 1998、Antonysamy et al., J Immunol, 1999)、敗血症、敗血性ショックまたはエンドトキシンショック、アレルギー、喘息(Molet et al., J Allergy Clin Immunol, 2001)、骨量減少、乾癬(Teunissen et al., J Invest Dermatol, 1998)、虚血、全身性硬化症(Kurasawa et al., Arthritis Rheum, 2000)、脳卒中、および他の炎症性障害の病理に関連付けられている。IL-17Aに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 99~104からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。IL-17Aに特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 99~104のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0110】
インターロイキン-23(IL-23としても公知)は、2つのサブユニット、すなわちp19およびp40から構成されるヘテロ二量体サイトカインである(Oppmann et al., Immunity, 2000)。p19(Swiss Prot Q9NPF7、本明細書において同義的に「IL-23p19」と呼ばれる)サブユニットは、IL-6、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、 およびIL-12のp35サブユニットに構造的に関係している。IL-23は、IL-23RおよびIL-12β1から構成されるヘテロ二量体受容体に結合することにより、シグナル伝達を媒介する。IL-12β1サブユニットは、IL-12受容体にも使われており、IL-12受容体はIL-12β1およびIL-12β2から構成されている。トランスジェニックp19マウスは、重大な全身炎症および好中球増加を示すことが最近発表されている(Wiekowski et al., J Immunol, 2001)。ヒトIL-23は、T細胞、特に記憶T細胞の増殖を促進することが報告されており、ThI 7細胞の分化および/または維持に寄与することができる(Frucht, Sci STKE, 2002)。IL-23p19に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 105~114からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。IL-23p19に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 105~114のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0111】
細胞障害性Tリンパ球関連タンパク質4(CTLA-4)は、免疫チェックポイントとして機能し免疫応答を下方調節する、タンパク質受容体である。CTLA-4は、調節性T細胞において構成的に発現されているが、通常のT細胞では活性化後に上方調節されるにすぎない。CTLA-4遮断は、腫瘍に対する免疫系寛容を阻害し、それによって癌患者に潜在的に有用な免疫療法戦略を提供する手段とみなされている。CTLA-4に特異的なリポカリンムテインは、WO 2006/056464 およびWO 2012/072806に開示されている。CTLA-4に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 92~98からなる群より選択されるアミノ酸配列またはその断片もしくはバリアントを含んでよい。CTLA-4に特異的な本開示のリポカリンムテインは、SEQ ID NO: 92~98のいずれか1つにおいて示されるアミノ酸配列に対して、少なくとも70%、少なくとも75%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも92%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、またはさらに高い配列同一性を有し得る。
【0112】
治療標的に特異的な他のリポカリンムテインは、例えば、以下で開示されている:WO 2009/095447は、c-Metに特異的なリポカリンムテインを開示しており;WO 2012/065978、WO 2013/174783、およびWO 2016/184875はグリピカン-3に特異的なリポカリンムテインを開示しており;WO 2017/009456およびWO 2018/134274は、Lag-3に特異的なリポカリンムテインを開示しており;WO 2016/177762およびWO 2018/087108は、CD137に特異的なリポカリンムテインを開示しており;WO 2016/120307はAng-2に特異的なリポカリンムテインを開示しており;WO 2008/015239はVEGFに特異的なリポカリンムテインを開示している。
【0113】
B 本開示のリポカリンムテインの投与
本開示のリポカリンムテインは、吸入によって投与されてよい。物質の吸入投与のための手段および装置は、当業者に公知であり、例えばWO 94/017784AおよびElphick et al. (2015)で開示されている。このような手段および装置には、ネブライザー、定量吸入器、粉末吸入器、および点鼻薬が含まれる。リポカリンムテインの吸入投与を行うために適する他の手段および装置もまた、当技術分野において公知である。ネブライザーは、溶液からエアロゾルを作製する際に有用であるのに対し、定量吸入器、乾燥粉末吸入器などは、小粒子エアロゾルを生成する際に有効である。
【0114】
ネブライザーは、肺内に吸入される噴霧の形態で医薬品を投与するために使用される薬物送達装置である。様々なタイプのネブライザーが当業者に公知であり、ジェットネブライザー、超音波ネブライザー、振動メッシュ技術、およびソフトミスト吸入器が含まれる。一部のネブライザーは、霧状にされた溶液の連続的な流入をもたらす、すなわち、対象がそれから吸入するか否かに関わらず、長期間にわたって連続的な噴霧化をもたらすが、他のネブライザーは、呼吸によって作動する、すなわち、対象がそれから吸入した場合にのみ、何らかの用量を得る。
【0115】
定量吸入器(MDI)は、エアロゾル化した液体薬剤の短時間の放出という形態で、特定の量の医薬品を肺に送達する器具である。一般に、このような定量吸入器は、次の3つの主要構成要素からなる:投与される製剤を含むキャニスター、作動するたびに定量の製剤が分配されることを可能にする計量弁、および患者が装置を操作することを可能にし、液状エアロゾルを患者の肺に導く作動装置(またはマウスピース)。
【0116】
乾燥粉末吸入器(DPI)は、乾燥粉末の形態で肺に医薬品を送達する器具である。乾燥粉末吸入器は、エアロゾルを用いる吸入器、例えば定量吸入器の代替物である。通常、医薬品は、手動で充填するためのカプセル中または吸入器の内部に配置された独自のブリスター包装中のいずれかに入れられている。
【0117】
点鼻薬は、鼻腔投与のために使用することができ、その際、薬物は鼻を通って吹き入れられる。点鼻薬は、医薬品の極めて速い吸収をもたらし得る。
【0118】
リポカリンムテインは、1回、2回、3回、4回、5回、週に1回、週に2回、週に3回、週に4回、週に5回、週に6回、1日に1回、または1日に2回、投与され得る。
【0119】
リポカリンムテインの吸入投与は、リポカリンムテインへの局所曝露、全身曝露、または局所曝露と全身曝露の両方をもたらし得る。リポカリンムテインの用量が、投与により局所曝露がもたらされるか全身曝露がもたらされるかに強く影響すると考えられている。一般に、低用量のリポカリンムテインは局所曝露をもたらす傾向があるのに対し、高用量は全身曝露をもたらす傾向があると考えられている。
【0120】
いくつかの態様において、局所曝露とは、リポカリンムテインの送達用量の約0.15%もしくはそれ未満、0.1%もしくはそれ未満、0.05%もしくはそれ未満、0.03%もしくはそれ未満、0.02%もしくはそれ未満、または0.01%もしくはそれ未満が循環系に入ることを意味する。いくつかの態様において、局所曝露とは、リポカリンムテインの全身曝露が検出不可能であることを意味する。好ましくは、リポカリンムテインの全身曝露は、血液、好ましくは血漿または血清において測定される。
【0121】
いくつかの態様において、局所曝露とは、送達されたリポカリンムテインの約20%もしくはそれより多く、約30%もしくはそれより多く、約40%もしくはそれより多く、約50%もしくはそれより多く、約60%もしくはそれより多く、約70%もしくはそれより多く、約80%もしくはそれより多く、または約90%もしくはそれより多くが、気道または肺に、例えば肺組織または上皮内層液にとどまることを意味する。
【0122】
局所曝露を実現するために、リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約0.05mg~約1000mg、好ましくは投与1回につき0.05mg~約5mg、好ましくは投与1回につき約0.1mg~約5mg、好ましくは投与1回につき約0.1mg~約2mgであってよい。リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき体重1kg当たり約0.05μg~約15mg、好ましくは投与1回につき体重1kg当たり約0.05μg~約100μg、好ましくは投与1回につき体重1kg当たり約0.05μg~約50μg、好ましくは投与1回につき体重1kg当たり約0.1μg~約50μgであってよい。通常、リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約10mgもしくはそれ未満、約9mgもしくはそれ未満、約8mgもしくはそれ未満、約7mgもしくはそれ未満、約6mgもしくはそれ未満、または約5mg、または約2mg、または約1mg、または約100μg、または約50μgもしくはそれ未満;あるいは投与1回につき体重1kg当たり約200μgもしくはそれ未満、約180μgもしくはそれ未満、約160μgもしくはそれ未満、約140μgもしくはそれ未満、約120μgもしくはそれ未満、約100μgもしくはそれ未満、約90μgもしくはそれ未満、約80μgもしくはそれ未満、約70μgもしくはそれ未満、約60μgもしくはそれ未満、約50μgもしくはそれ未満、約40μgもしくはそれ未満、約30μgもしくはそれ未満、約20μgもしくはそれ未満、または約10μgもしくはそれ未満であってよい。リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約0.05mgもしくはそれより多く、約0.1mgもしくはそれより多く、または約0.2mgもしくはそれより多く;あるいは投与1回につき体重1kg当たり約0.05μgまたはそれより多く、約0.1μgまたはそれより多く、約0.15μgまたはそれより多くであってよい。
【0123】
局所曝露は、リポカリンムテインが気道の疾患または障害の治療において使用される場合、望ましい場合がある。局所曝露には、リポカリンムテインが効果を現す場所でとどまるという利点がある。さらに、気道にとどまるリポカリンムテインのクリアランス速度は、全身に吸収されるリポカリンムテインよりも遅い可能性がある。
【0124】
いくつかの態様において、全身曝露は、リポカリンムテインの送達用量の約0.3%もしくはそれより多く、約0.4%もしくはそれより多く、約0.5%もしくはそれより多く、約0.6%もしくはそれより多く、約0.7%もしくはそれより多く、約0.8%もしくはそれより多く、約0.9%もしくはそれより多く、約1%もしくはそれより多く、約2%もしくはそれより多く、約3%もしくはそれより多く、約4%もしくはそれより多く、約5%もしくはそれより多く、約6%もしくはそれより多く、約7%もしくはそれより多く、約8%もしくはそれより多く、約9%もしくはそれより多く、約10%もしくはそれより多く、約11%もしくはそれより多く、約12%もしくはそれより多く、約13%もしくはそれより多く、約14%もしくはそれより多く、または約15%もしくはそれより多くが循環系に入ることを意味する。
【0125】
全身曝露を実現するために、リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約0.05mg~約1000mg、好ましくは投与1回につき5mg~約1000mg、好ましくは投与1回につき約6mg~約500mg、好ましくは投与1回につき約7mg~約300mg、好ましくは投与1回につき約7mg~約280mgであってよい。リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき体重1kg当たり約0.1μg~約15mg、好ましくは投与1回につき体重1kg当たり約0.05mg~約8mg、好ましくは投与1回につき体重1kg当たり約0.1mg~約4mgであってよい。通常、リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約4mgもしくはそれより多く、約5mgもしくはそれより多く、約6mgもしくはそれより多く、約7mgもしくはそれより多く、約8mgもしくはそれより多く、約9mgもしくはそれより多く、約10mgもしくはそれより多く、約15mgもしくはそれより多く、約20mgもしくはそれより多く、約25mgもしくはそれより多く、約30mgもしくはそれより多く、約50mgもしくはそれより多く、または約100mgもしくはそれより多く;あるいは投与1回につき体重1kg当たり約50μgまたはそれより多く、60μgまたはそれより多く、70μgまたはそれより多く、80μgまたはそれより多く、約90μgまたはそれより多く、約100μgまたはそれより多く、約120μgまたはそれより多く、約140μgまたはそれより多く、約160μgまたはそれより多く、約180μgまたはそれより多く、約200μgまたはそれより多く、約250μgまたはそれより多く、約300μgまたはそれより多く、約400μgまたはそれより多く、約500μgまたはそれより多くであってよい。リポカリンムテインの送達用量は、投与1回につき約400mgもしくはそれ未満、約300mgもしくはそれ未満、約200mgもしくはそれ未満、約150mgもしくはそれ未満、約120mgもしくはそれ未満、または約100mgもしくはそれ未満;あるいは投与1回につき体重1kg当たり約6mgもしくはそれ未満、約5mgもしくはそれ未満、約4mgもしくはそれ未満、約3mgもしくはそれ未満、約2.5mgもしくはそれ未満、または約2mgもしくはそれ未満であってよい。
【0126】
吸入投与後のリポカリンムテインの全身曝露は、急速な吸収を特徴とし得る。血漿中リポカリンムテインの最大濃度には、投与後約0.1時間~約10時間の時点で、好ましくは約0.5時間~約5時間後、好ましくは約1時間~約2時間後に到達し得る。血漿中リポカリンムテインの最大濃度(Cmax)は、約1ng/mLもしくはそれより高く、約3ng/mLもしくはそれより高く、約8ng/mLもしくはそれより高く、約10ng/mLもしくはそれより高く、約50ng/mLもしくはそれより高く、約100ng/mLもしくはそれより高く、約600ng/mLもしくはそれより高く、約1,000ng/mLもしくはそれより高く、約1,500ng/mLもしくはそれより高く、または約2,000ng/mL、例えば、約1ng/mL~約2,000ng/mL、約1ng/mL~約600ng/mL、もしくは約1ng/mL~約100ng/mLであってよい。リポカリンムテインの、ある期間にわたる血清中濃度の曲線下面積(AUCinf)は、約10h*ng/mLもしくはそれより大きく、約20h*ng/mLもしくはそれより大きく、約70h*ng/mLもしくはそれより大きく、約100h*ng/mLもしくはそれより大きく、約500h*ng/mLもしくはそれより大きく、約1,000h*ng/mLもしくはそれより大きく、約5,000h*ng/mLもしくはそれより大きく、約10,000h*ng/mLもしくはそれより大きく、または約16,000h*ng/mLもしくはそれより大きく、例えば、約10h*ng/mL~約16,000h*ng/mL、約10h*ng/mL~約5,000h*ng/mL、または20h*ng/mL~約5,000h*ng/mLであり得る。リポカリンムテインの血清半減期(t1/2)は、約2時間~約10時間、例えば、約5時間、約6時間、約7時間、約8時間、約9時間、または約10時間であり得る。
【0127】
全身曝露は、さもなければ気道にとどまる、すなわち極めて低レベル(または定量限界未満)で循環系に入る薬物を用いて相加効果および/または相乗効果を実現するために、望ましい場合がある。全身曝露はまた、全身性であるかまたは呼吸器系以外の組織もしくは器官を冒す疾患または障害の治療においてリポカリンムテインが使用される場合に、望ましい場合もある。全身曝露は、例えば、CGRPに特異的なリポカリンムテインの投与のために望ましい場合がある。本明細書において使用される「全身性疾患」とは、いくつかの器官および組織を冒すか、または体全体を冒す疾患である。
【0128】
局所曝露には、リポカリンムテインが効果を現す場所でとどまるという利点がある。さらに、気道にとどまるリポカリンムテインのクリアランス速度は、全身に吸収されるリポカリンムテインよりも遅い可能性がある。
【0129】
C 製剤
本発明における使用のためのリポカリンムテインは、通常、特異的結合メンバーに加えて少なくとも1種の構成成分を含み得る、薬学的組成物の形態で投与される。したがって、本発明に従う使用のための薬学的組成物は、活性成分に加えて、薬学的に許容される賦形剤、担体、緩衝剤、安定化剤、または当業者に周知の他の材料を含んでよい。このような材料は、非毒性であるべきであり、かつ活性成分の有効性を妨害するべきではない。例えば、本発明に従う使用のためのリポカリンムテインは、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)の水溶液中に配合されてよい。
【0130】
いくつかの態様において、本発明に従う使用のための薬学的組成物は、賦形剤を含んでよい。いくつかの態様において、このような賦形剤は、吸入された薬物、例えば本開示のリポカリンムテインが肺深部および/または肺の肺胞領域に到達するのを容易にし得る。いくつかの態様において、このような賦形剤は、吸入された薬物、例えば本開示のリポカリンムテインの全身取込みを促進し得る。いくつかの態様において、このような賦形剤は、吸入された薬物、例えば本開示のリポカリンムテインのより速い作用発現を容易にし得る。いくつかの態様において、このような賦形剤は、吸入された薬物、例えば本開示のリポカリンムテインの治療効果の増大に寄与し得る。いくつかの態様において、このような賦形剤は、溶液中でマイクロスフェアを形成し得る。いくつかの態様において、本発明に従う使用のための薬学的組成物は、フマリルジケトピペラジン(FDKP)を含んでよい。
【0131】
リポカリンムテインを含む薬学的組成物は、単独で、または他の治療薬と組み合わせて同時にもしくは逐次的に、投与されてよい。
【0132】
ネブライザーを用いて使用するのに適した製剤は、典型的には、水または液状(通常は水性)媒体に分散されたリポカリンムテインを含む。この製剤はまた、緩衝剤、糖(例えばタンパク質安定化および浸透圧調節のため)、(生理的な量の)塩、および/または薬学的に許容される他の賦形剤も含んでよい。使用され得る緩衝剤の例は、リン酸、酢酸、クエン酸、およびグリシンである。適切な緩衝液は、リン酸緩衝生理食塩水(例えば 1.06mM KH2PO4、2.96mM Na2HPO4、154mM NaCl、pH7.4)である。
【0133】
典型的には、定量吸入装置を用いる使用のためのリポカリンムテイン製剤は、微粉砕した粉末を含む。この粉末は、リポカリンムテインを含む製剤を凍結乾燥し、所望の粒径になるまで粉砕することによって作製され得る。この製剤は、ヒト血清アルブミン(HSA)のような安定化剤も含んでよい。1種または複数種の糖または糖アルコールが製剤に添加されてもよい。例には、ラクトースマルトース、マンニトール、ソルビトール、ソルビトース、トレハロース、キシリトール、およびキシロースが含まれる。その場合、粒子は、任意で界面活性剤の助けを借りて噴射剤中に懸濁されてよい。噴射剤は、トリクロロフルオロメタン、ジクロロジフルオロメタン、ジクロロテトラフルオロエタノール、および1,1,1,2-テトラフルオロエタン、またはそれらの組合せを含む、クロロフルオロカーボン、ヒドロクロロフルオロカーボン、ヒドロフルオロカーボン、または炭化水素など、この目的用に使用される任意の従来の材料でよい。適切な界面活性剤には、トリオレイン酸ソルビタンおよび大豆レシチンが含まれる。オレイン酸もまた、界面活性剤として有用であり得る。
【0134】
D 疾患の治療
1 気道の疾患または障害
気道の疾患または障害とは、呼吸器系に影響を与える任意の疾患または障害を意味する。このような疾患または障害は、吸入投与によってリポカリンムテインを用いて治療することができる。いくつかの態様において、投与は、気道におけるリポカリンムテインへの局所曝露をもたらし得る。局所曝露は、リポカリンムテインが気道、すなわち効果を現す場所でとどまることを可能にするため、有益であり得る。他のいくつかの態様において、投与は、リポカリンムテインへの全身曝露をもたらし得る。このような全身曝露は、リポカリンムテインが気道に実質的にとどまる場合、すなわち、全身曝露が非常に低レベル(すなわち定量限界未満)である場合と比べて相加効果および/または相乗効果をもたらし得る。いくつかの態様において、リポカリンムテインの吸入投与は、(ほぼ)同じまたは同程度の生体利用可能量のリポカリンムテインの全身投与と比べて改善された効果をもたらし、例えば、作用持続時間が長くなり得る。したがって、いくつかの態様において、吸入されたリポカリンムテインへの全身曝露が望ましい場合がある。
【0135】
気道の疾患または障害には、アレルギー性炎症、アレルギー性喘息、鼻炎、結膜炎、肺線維症、嚢胞性線維症、慢性閉塞性肺疾患、肺胞タンパク症、成人呼吸窮迫症候群、または細菌感染症、例えば緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)感染症が含まれる。気道の疾患または障害は、肺障害、例えば、(アレルギー性)喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、または嚢胞性線維症(CF)であってよい。
【0136】
インターロイキン(IL)-4およびIL-13は、かなり以前から、気道の様々な疾患または障害に関連付けられている。このような疾患または障害は、IL-4Rαアンタゴニスト、例えばIL-4Rαに特異的なリポカリンムテインを用いて治療することができる。
【0137】
例えば、喘息は、気道炎症を伴う気道過敏性を特徴とする複雑な持続性の炎症性疾患である。高用量の吸入コルチコステロイドおよび長時間作用型の気管支拡張剤またはオマリズマブ(免疫グロブリンEに結合し、標準治療療法では手に負えない患者を対象とするステップアップ治療法としてしばしば使用されるヒト化モノクローナル抗体)の定期使用は、すべての患者に喘息抑制をもたらすには十分ではない場合があることが研究により示されており、まだ満たされていない重要なニーズが浮き彫りになっている。インターロイキン-4(IL-4)、インターロイキン-13(IL-13)、およびシグナル伝達兼転写活性化因子-6は、喘息における気道炎症、粘液産生、および気道過敏性の発生の鍵となる成分である。いくつかの好ましい態様において、アレルギー性喘息は、IL-4/IL-13経路が病因の一因である気道炎症である。
【0138】
IL-4/IL-13シグナル伝達経路が関係するその他の肺の障害には、肺障害が含まれる。このような肺障害には、慢性の線維性肺疾患を含む肺線維症、肺におけるIL-4によって誘導される線維芽細胞増殖またはコラーゲン蓄積を特徴とする病態、Th2免疫応答が何らかの役割を果たしている肺病態、(例えば、IL-4によって誘導される上皮損傷に起因する)肺のバリア機能の低下を特徴とする病態、またはIL-4が炎症応答において何らかの役割を果たしている病態が含まれるが、それらに限定されるわけではない。
【0139】
嚢胞性線維症(CF)は、粘液の過剰産生および慢性感染症の発症を特徴とする。IL-4RαおよびTh2応答を阻害することは、粘液産生を減少させ、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)のような感染症を制御するのに役立つと考えられる。アレルギー性気管支肺真菌症は、Th2免疫応答が優性である嚢胞性線維症患者または喘息患者において主に起こる。IL-4RαおよびTh2応答を阻害することは、これらの感染症をなくし制御するのに役立つと考えられる。
【0140】
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、粘液分泌過多および線維症を伴う。IL-4RαおよびTh2応答を阻害することは、粘液産生を減少させ、線維症の発症を減らし、それによって呼吸器機能を改善し疾患進行を遅らせると考えられる。ブレオマイシンによって誘発される肺疾患および線維症、ならびに放射線誘発肺線維症は、Th2細胞、CD4+細胞、およびマクロファージの流入が現れる肺の線維化を特徴とする障害であり、これらの細胞がIL-4およびIL-13を産生し、次にそれらが線維症の発症をもたらす。IL-4RαおよびTh2応答を阻害することにより、これらの障害の発生が減少するかまたは予防されると考えられる。
【0141】
さらに、IL-4およびIL-13は、粘液を産生する杯細胞へと肺上皮細胞が分化するように誘導する。したがって、IL-4およびIL-13は、部分集団またはいくつかの状況において、粘液産生の増大の一因となり得る。粘液の産生および分泌は、COPDおよびCFの疾患発生の一因となる。したがって、粘液産生または粘液分泌(例えば、過剰産生または分泌過多)を伴う障害は、本明細書において説明するようにIL-4Rαに特異的なリポカリンムテインを適用することによる本開示の方法によって、好ましくは治療、改善、または予防することができる。いくつかの好ましい態様において、粘液産生または粘液分泌を伴う障害は、好ましくは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)または嚢胞性線維症(CF)である。
【0142】
肺胞タンパク症は、サーファクタントクリアランスの障害を特徴とする。IL-4は、サーファクタント産物を増加させる。いくつかの別の態様において、サーファクタントの産生を減少させ、かつ全肺洗浄の必要性を小さくするための、本開示のIL-4Rα特異的リポカリンムテインなどのIL-4Rαアンタゴニストの使用もまた、本明細書において企図される。
【0143】
成人呼吸窮迫症候群(ARDS)は、いくつかの要因に帰すことができ、そのうちの1つは毒性化学物質への曝露である。したがって、好ましいが非限定的な例として、ARDSに罹患しやすい1つの患者集団は、人工呼吸器をつけている危篤状態の患者であり、ARDSは、このような患者で頻繁に起こる合併症である。いくつかの別の態様において、本開示のIL-4Rα特異的リポカリンムテインなどのIL-4Rαアンタゴニストは、したがって、炎症分子および接着分子を減少させることによってARDSを緩和、予防、または治療するために使用され得る。
【0144】
サルコイドーシスは肉芽腫性病変を特徴とする。いくつかの別の態様において、サルコイドーシス、特に肺サルコイドーシスを治療するための、本開示のIL-4Rα特異的リポカリンムテインなどのIL-4Rαアンタゴニストの使用もまた、本明細書において企図される。
【0145】
IL-4によって誘導される肺のバリア障害が何らかの役割を果たしている病態は、IL-4Rαアンタゴニストを用いて治療することができる。肺の上皮バリアへの損傷は、IL-4および/またはIL-13によって直接的にまたは間接的に誘導され得る。肺の上皮は、肺内腔の内容物が粘膜下層に入るのを防止する選択的バリアとして機能している。損傷したまたは「漏れやすい」バリアは、抗原がバリアを通過することを可能にし、その結果として、肺組織にさらなる損傷を引き起こす可能性がある免疫応答を誘発する。このような免疫応答は、例えば、好酸球または肥満細胞の動員を含む場合がある。IL-4Rαアンタゴニストを局所的に投与して、そのような望ましくない免疫応答刺激を抑制することができる。
【0146】
これに関して、本開示のIL-4Rα特異的リポカリンムテインなどのIL-4Rαアンタゴニストは、例えば喘息患者において、肺上皮の治癒を促進し、したがってバリア機能を修復するために使用することができ、あるいはIL-4および/またはIL-13によって誘導される肺上皮損傷を防ぐために、呼吸器系への局所投与によって予防目的で投与することもできる。
【0147】
気道の疾患または障害はまた、細菌感染症、例えば細菌の緑膿菌(P.エルギノーサ)によって引き起こされる感染症であってもよい。緑膿菌は、主として組織傷害に付随して急性感染症を引き起こす日和見病原体である。珍しいことに、この同じ病原体は、COPD、CF、気管支拡張症、および慢性の破壊肺疾患において、進行性かつ最終的に慢性となる再発性呼吸器感染症にも関連付けられている(Yum et al., Tuberc Respir Dis (Seoul), 2014)。緑膿菌感染症の病理発生は、バイオフィルム、すなわち粘膜表面または侵襲的器具を被覆することができる構造化された細菌集団を緑膿菌が形成する能力に大きく左右される。バイオフィルム感染症は、従来の抗生物質療法で治療することは難しい。ピオベルジンおよびピオケリンは、緑膿菌の病原性にとって非常に重要である標的である。したがって、緑膿菌に起因するものなどの細菌感染症は、吸入投与後の本開示のリポカリンムテインへの局所曝露によって治療され得る疾患のさらなる例である。したがって、ピオベルジンI型、II型、III型またはピオケリンに特異的なリポカリンムテインが、このような感染症の治療のために使用され得る。
【0148】
癌治療、特に肺癌などの気道癌の治療は、リポカリンムテインへの局所曝露を実現するための別の応用分野である。一連の癌標的に特異的なリポカリンムテインが本明細書において開示され、癌治療における吸入投与によるこれらすべてのリポカリンムテインの使用が、本開示によって企図される。このようなリポカリンムテインには、ED-Bフィブロネクチン、CTLA-4、c-Met、グリピカン-3、LAG-3、CD137、Ang-2、またはVEGFに特異的なリポカリンムテインが含まれる。
【0149】
2 全身性疾患および他の器官または組織の疾患
呼吸器系以外の器官または組織を冒す全身性の疾患または障害は、吸入投与後に全身に吸収されるリポカリンムテインを用いて治療され得る。このような疾患または障害には、疼痛性障害、例えば、片頭痛、貧血、心血管疾患、アルツハイマー病などの神経変性疾患、炎症性疾患、アレルギー性疾患、癌、および緑膿菌感染症などの細菌感染症が含まれる。
【0150】
気道の疾患または障害に加えて、IL-4/IL-13経路はまた、一連の全身性疾患または気道以外の他の器官もしくは組織を冒す疾患にも関与している。このような疾患または障害の例は、アレルギー性疾患、例えば、鼻炎、結膜炎、皮膚炎、または食物アレルギーである。したがって、全身曝露をもたらすIL-4Rα特異的リポカリンムテインの吸入投与には治療的用途もある。したがって、本開示は、IL-4Rα特異的リポカリンムテインへの全身曝露による疾患および障害の治療または予防も企図する。このような疾患または障害には、アレルギー性疾患、例えば、鼻炎、結膜炎、皮膚炎、または食物アレルギーが含まれる。
【0151】
疼痛性障害は、中等度から重度の再発性頭痛を典型的には特徴とする原発性頭痛障害である、片頭痛であってよい。典型的には、これらの頭痛は、頭部の片側半分に発症し、拍動性の性質があり、2~72時間続く。関連症状には、悪心、嘔吐、および光、音、または臭いに対する過敏性が含まれ得る。CGRPは感覚神経を刺激すると放出され、強力な血管拡張活性を有することから、CGRPが片頭痛に関与していることが報告されている(Arulmozhi et al., Vascul Pharmacol, 2005)。さらに、CGRPの放出は、血管透過性を高め、その後、三叉神経の神経線維が刺激されるとこれらの線維が分布している組織において血漿タンパク質漏出(血漿タンパク質血管外遊出)を増大させる(Arulmozhi et al., Vascul Pharmacol, 2005)。さらに、研究により、片頭痛に苦しむ患者にCGRPを輸注すると片頭痛に似た症状をもたらしたことが報告されている(Lassen et al., Cephalalgia, 2002)。本開示のCGRP特異的リポカリンムテインは、無秩序な遊離CGRPレベルに関連付けられている疾患または障害の治療に使用され得る。このようなリポカリンムテインは、遊離CGRPの循環レベルを低下させるために使用され得る。好ましくは、CRGPに結合する本開示のリポカリンムテインは、疼痛性障害、特に片頭痛の治療、予防、および/または改善のために使用され得る。CGRP特異的リポカリンムテインの吸入投与には、この方法が注射を回避し自己治療を可能にするという利点がある。別の利点は、吸入によってCGRP特異的リポカリンムテインを投与した際に治療的有効性および全身吸収が迅速に現れることである。
【0152】
驚くべきことに、リポカリンムテイン、例えば本明細書において説明されるCGRP特異的リポカリンムテインの吸入投与は、皮下投与より優れた(すなわち、速い)作用発現を示し得る。驚くべきことに、リポカリンムテイン、例えば本明細書において説明されるCGRP特異的リポカリンムテインの吸入投与は、静脈内投与などの直接的全身投与と同程度の(すなわち、ほぼ同じ速さ)またはさらに速い作用発現を示し得る。リポカリンムテインの全身曝露の増大、より迅速な作用発現、および/または治療効果の強化は、フマリルジケトピペラジン(FDKP)などのある種の賦形剤と共に製剤化することによって実現され得る。特に本開示のCGRP特異的リポカリンムテイン(例えば、SEQ ID NO: 47に示す配列を含むリポカリンムテイン)に関して、作用発現は、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO: 205)とほぼ同じ速さであるかまたはさらに速い場合がある。FDKPと共に製剤化された場合、例えば0.4mg/kgにおいて、本開示のCGRP特異的リポカリンムテインは、より迅速な作用発現、例えば、約1分、約2分、約3分、約4分、約5分、約10分、約15分、約20分、約25分、または約30分の作用発現を示し得る。CGRP特異的リポカリンムテインの作用発現は、感覚神経を介した血管拡張アッセイ法によって測定することができる。このようなアッセイ法は、実施例4で本質的に説明するようにして実施することができる。
【0153】
本明細書において説明するCGRP特異的リポカリンムテイン(例えば、SEQ ID NO: 47に示す配列を含むリポカリンムテイン)の治療効果、例えば血管拡張の抑制は、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO: 205)と同程度であるかまたはそれより優れている。FDKPと共に製剤化された場合、例えば0.4mg/kgにおいて、CGRPに特異的な本開示のリポカリンムテインの作用発現は、さらに促進され得る。
【0154】
貧血は、血液学的パラメーター、例えば、赤血球(RBC)計数値、ヘマトクリット(Ht)、ヘモグロビン(Hb)、血清鉄レベル、およびトランスフェリン(Tf)飽和度の低下を招く血清鉄枯渇に関連する疾患である。これは、血液中酸素レベルの低下をもたらし、虚弱、集中力低下、息切れ、および呼吸困難によって表される、生活の質(QOL)の低下に関連付けられている。重度の貧血は、速い心拍数、心拡大、および心不全を招き得る。貧血は、慢性腎疾患/確立された慢性腎疾患(CKD)、癌性貧血(AC)、化学療法誘発性貧血(CIA)、および慢性疾患の貧血(ACD)にしばしば関連している。
【0155】
鉄欠乏性貧血は、炎症性疾患に付随する貧血とは対照的に鉄投与によって容易に治癒する、鉄恒常性の障害である。ヘプシジンレベルは炎症との組合せでのみ上方調節されるため、ヘプシジンは、これら2種の障害の識別を可能にするパラメーターである。
【0156】
ヘプシジンは、鉄恒常性について中心的な役割を果たす負の調節因子である。ヘプシジン産生は、鉄負荷および炎症と共に増加し、鉄が少ない条件および低酸素下では減少する。ヘプシジンは、公知である唯一の哺乳動物細胞鉄輸送体であるフェロポーチンに結合することによって作用し、その内部移行および分解を誘導する。フェロポーチンは十二指腸の腸細胞、脾臓、および肝臓において発現されるため、ヘプシジン増加およびその後のフェロポーチン減少は、十二指腸での鉄吸収、マクロファージからの再利用鉄の放出、および肝臓の貯蔵鉄の動員を抑制する。ヘプシジンは、炎症性疾患に関連する貧血の発症において極めて重要な役割を果たすと考えられている。急性または慢性の炎症性病態はヘプシジン発現の上方調節をもたらして鉄欠乏を招き、鉄欠乏がACD、AC、CIAに関連する貧血およびCKDの貧血を引き起こし得る。
【0157】
ヘプシジンに結合する本開示のリポカリンムテインは、ヘプシジンレベルの上昇、ヘプシジンに関係する障害、鉄恒常性の障害、貧血、またはヘプシジンレベルの上昇を伴う炎症性病態を呈している対象を治療するために使用され得る。貧血は、炎症性貧血、慢性炎症性貧血、鉄欠乏性貧血、鉄負荷性貧血、CKD、AC、CIAに関連する貧血、または赤血球生成促進剤(ESA)耐性に関連する貧血のいずれかであってよい。
【0158】
虚血性心疾患(IHD)としても公知の冠動脈疾患(CAD)は、心臓の動脈でのプラーク蓄積に起因する心筋への血流の減少を伴う。この疾患は、心血管疾患のうちで最も一般的である。種類としては、安定狭心症、不安定狭心症、心筋梗塞、および心臓性突然死が挙げられる。PCSK9に結合する本開示のリポカリンムテインは、このような冠動脈心疾患を治療または予防するために使用され得る。
【0159】
神経変性疾患は、吸入投与後のリポカリンムテインへの全身曝露によって治療され得る別の疾患群である。アルツハイマー病(AD)は、高齢者集団において最も一般的な形態の認知症である。アミロイド前駆タンパク質の不完全なプロセシングがADに関連付けられており、この不完全なプロセシングによって、神経毒性となる可能性がある、40~42残基を含むアミロイドβペプチド(Aβ)が生じる。Aβがその後に凝集してオリゴマーおよび長い細線維になることが、疾患の過程において中心的役割を果たし、結果的に老人斑を形成させる(Haass and Selkoe, Nat Rev Mol Cell Biol, 2007)。したがって、本開示のアミロイドβ特異的リポカリンムテインは、ADなどの神経変性疾患を治療または予防するために使用され得る。
【0160】
緑膿菌に起因するもののような細菌感染症は、吸入投与後の本開示のリポカリンムテインへの全身曝露によって治療され得る疾患のさらなる代表例である。ピオベルジンおよびピオケリンは、緑膿菌の病原性にとって非常に重要な標的である。したがって、ピオベルジンI型、II型、III型、またはピオケリンに特異的なリポカリンムテインが、このような感染症の治療のために使用され得る。
【0161】
炎症性疾患および自己免疫疾患は、吸入投与後の本開示のリポカリンムテインへの全身曝露によって治療され得る別の疾患群である。IL-17AとIL-23の両方とも、炎症および自己免疫疾患に関与しているサイトカインである。したがって、本開示のIL-17A特異的リポカリンムテインまたはIL-23特異的リポカリンムテインは、多発性硬化症、関節リウマチ、クローン病、および乾癬などの炎症性疾患または自己免疫疾患の治療または予防のために使用され得る。
【0162】
癌治療は、リポカリンムテインへの全身曝露を実現するための別の応用分野である。一連の癌標的に特異的なリポカリンムテインが本明細書において開示され、癌治療における吸入投与によるこれらすべてのリポカリンムテインの使用が、本開示によって企図される。このようなリポカリンムテインには、ED-Bフィブロネクチン、CTLA-4、c-Met、グリピカン-3、LAG-3、CD137、Ang-2、またはVEGFに特異的なリポカリンムテインが含まれる。
【0163】
本開示のその他の目的、利点、および特徴は、限定することを意図しない以下の実施例およびその添付図面を考察すると、当業者に明らかになるであろう。したがって、本開示は例示的な態様および任意の特徴を用いて具体的に開示されるが、本明細書において開示されその中に包含される開示内容の修正および変更を当業者は行ってもよいこと、ならびにそのような修正および変更が本開示の範囲内であるとみなされることを理解すべきである。
【実施例】
【0164】
V 実施例
実施例1: 健康なマウスにおける気管内投与されたリポカリンムテインの薬物動態
例示的リポカリンムテイン(SEQ ID NO: 3およびSEQ ID NO: 4)の薬物動態(PK)の解析を健康なマウスにおいて行った。
【0165】
約8週齢の雌マウスに、マイクロスプレイヤー(1A-1C-M番、Penn Century)を用いて100μg/kgまたは100μg/マウスの用量で各試験リポカリンムテインを気管内投与した。1時間、4時間、6時間、12時間、および24時間時点でマウスを犠死させた後、血漿試料、気管支肺胞洗浄液(BALF)試料、および肺ホモジネート試料を取得し(試験分子当たり時点当たり5匹の動物)、対応する薬物レベルを測定した。
【0166】
軽いイソフルラン麻酔下での心臓穿刺によって、所定の時点に実験群の全動物から、抗凝固剤としてのリチウムヘパリン入りチューブに血液を抜き取った。次いで、試料をエッペンドルフチューブ中、5000×rpm、4℃で10分間、遠心分離し、血漿を採取し(100μL/チューブ)、次に使用するまで-80℃で保存した。肺を生理食塩水0.5mlで3回洗浄することによってBALF試料を得(合計1.5ml)、続いて400×g、4℃で10分間、遠心分離した。上清を採取し、解析するまで-80℃で保存した。洗浄直後に、右心室を経由して肺に生理食塩水を灌流させて血管内容物を洗い流し、その後、凍結し-20℃で保存した。Ultra Turrax ホモジナイザー(IKA)を用いて、重量計測した肺をプロテアーゼ阻害剤カクテル含有PBS 1mL中で均質化することによって、肺ホモジネートを得た。肺ホモジネートを等分し、次に解析するまで-80℃で保存した。解析前に、BCAタンパク質アッセイ法キットを用いて肺ホモジネート中の総タンパク質濃度を定量した。PBSを用いて総タンパク質濃度が5mg/mLになるようにホモジネート試料を調整した(標準化肺ホモジネート)。
【0167】
BALF、肺ホモジネート、および血漿中の薬物レベルを以下のプロトコールを用いて解析した:抗NGAL抗体または抗Tlc抗体(Pieris)をPBSに溶解し(1μg/mL)、4℃で一晩、マイクロタイタープレート上で被覆した。各インキュベーション段階の後に、PBS-0.05%T(0.05%(v/v)Tween20を添加したPBS)80μLでプレートを5回洗浄した。これらのプレートを室温で1時間、PBS-0.1%T中2%BSA(w/v)(PBS-0.1%T-2%BSA)でブロックし、続いて洗浄した。試料をPBS-0.1%T-2%BSA中で次のように希釈した―血漿試料を50%血漿中濃度に、肺試料を20%肺ホモジネートに、BALF試料をFACS緩衝液中20%BALFに。これらの試料をウェルに添加し、室温で1時間インキュベーションした。洗浄段階をさらに1回続けた。PBS-0.1%T-2%BSA中でそれぞれ希釈した1μg/mLの抗NGALビオチンまたは抗Tlcビオチンおよび1μg/mLのSULFOタグストレプトアビジン(Meso Scale Discovery)と共に1時間インキュベーションした後、試験下で結合された作用物質を検出した。さらに1回の洗浄段階の後、界面活性剤を含むMSD読取り緩衝液を各ウェルに添加し、Meso Scale Discoveryリーダーを用いて、すべてのウェルの電気化学発光(ECL)シグナルを読み取った。データの解析および定量のために、標準タンパク質希釈物を用いた検量線も準備した。
【0168】
例示的な実験での気管内投与後の試験分子のBALF中濃度、標準化肺ホモジネート中濃度、および血漿中濃度の推移を
図1Aおよび1Bにプロットした。Phoenix WinNonlinバージョン8.1を用いてノンコンパートメント解析をデータに適用した。算出された半減期を表1にまとめて示している。1回の気管内肺投薬を行うと、3種の区画(BALF、肺、および血漿)のそれぞれにおいてSEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン)およびSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン)の類似PKプロファイルが観察されたことがデータから示されている。
【0169】
(表1)リポカリンムテインの気管内投与後のPKパラメーター
【0170】
実施例2: 健康なマウスにおける気管内投与されたリポカリンムテインの薬物動態
約8週齢の雄BALB/cマウスも用いて、同様のPK解析を行った。その際、マイクロスプレイヤーを用いて、84μg/マウスの用量のリポカリンムテインSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン)および100μg/マウスの用量のリポカリンムテインSEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン)を動物に気管内投与した。動物は、ナトリウムペントバルビトン(200mg/kg体重または80mg/mL保存溶液を200μL)を腹腔内注射して過剰投与することによって1時間、2時間、4時間、6時間、24時間、および48時間時点で犠死させたマウスであり(試験分子当たり時点当たり5匹の動物)、PK解析のために血漿、BALF、および肺組織を採取した。1~6時間の時点については、マウスへの気管内注射は20分の間隔を空け;24時間および48時間の時点については、5分の間隔を空けてマウスに注射した。
【0171】
気胸術を用いて外科的切除した後、シリンジ付き30G針を心臓の心房の下に挿入することによって、20μLの0.5M EDTAを入れた1.5mL容チューブに約0.5mLの心臓血液を抜き取った。次いで、血漿を単離するために、3000×g、4℃で10分間、血液試料を遠心分離した。次いで、血漿を採取し、解析するまで凍結した。
【0172】
BALF採取のために、BALF回収チップをマウスの気管に挿入してPBSを繰り返し注入し、次いで、無菌チューブ中にBALFを250~300μLまで抜き取り、「BALF洗浄液1」のラベルを付けた。肺をさらに7回、各回に300μL PBSを用いて洗浄し、BALF洗浄液2~8として別々のチューブにBALFを採取した。さらに解析するまで、BALF洗浄液を-80℃で保存した。
【0173】
肺組織を回収するために、個々の肺葉(葉1:左葉;葉2:下葉;葉3:上葉;葉4:中葉)を切り離し、重量を計測し、ドライアイスを用いて凍結した。TissueLyser LT装置(Qiagen)を用いて、RIPA緩衝液(Completeプロテアーゼインヒビターカクテルを含む、50mM Tris-HCl、pH7.4、1% Triton X-100、0.2%デオキシコール酸ナトリウム、0.2%ドデシル硫酸ナトリウム)中で肺葉を均質化し、10000×g、4℃で10分間、遠心分離した。上清を採取し、BCAタンパク質アッセイ法キットを用いてタンパク質濃度を定量した。RIPA緩衝液を用いてタンパク質濃度が5mg/mLになるようにホモジネート試料を調整し、その後の使用のために保存した(標準化肺ホモジネート)。
【0174】
実施例1に前述したように、異なる区画の薬物レベルをELISAによって測定した。BALF、肺、または血漿中の試験分子の平均濃度の推移をプロットした。例示的実験の結果を
図2Aおよび
図2Bに示している。対応するPKパラメーターを表2にまとめて示している。
【0175】
3種の区画、すなわちBALF、肺組織、および血漿のすべてにおいて、SEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン)およびSEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン)について、類似した時間依存的濃度低下が観察されたことがデータから示されている。SEQ ID NO: 3(hNGALのリポカリンムテイン)またはSEQ ID NO: 4(hTlcのリポカリンムテイン)の血漿曝露と比べて、どちらのリポカリンについてもBALFでの曝露レベルが最も高く、それぞれ約4倍または約12倍高いレベルを示している。同じ傾向がCmaxについても認められた。
【0176】
(表2)リポカリンムテインの気管内投与後の肺および末梢におけるPKパラメーター
【0177】
実施例3: 健康なマウスにおける静脈内投与されたリポカリンムテインの薬物動態
別の雄BALB/cマウスに静脈内用量2mg/kgの試験リポカリンムテイン(SEQ ID NO: 4またはSEQ ID NO: 3)を投与した。5分、1時間、6時間、12時間、および24時間の時点でマウスを犠死させ血漿中薬物レベルを評価した(試験物質当たり時点当たり動物2匹)。例示的な実施例について、薬物濃度の推移を
図3に示すようにプロットした。対応するPKパラメーターを表3にまとめて示している。したがって、気管内投与および吸入後のAUC
infを静脈内投与群のAUC
infと比較することにより、リポカリンムテインの生物学的利用能を明らかにすることができる。
【0178】
(表3)リポカリンムテインの静脈内投与後の血清PKパラメーター
【0179】
実施例4: 麻酔をかけた雄スプラーグドーリーラットのラット後肢における、感覚神経を介した皮膚血管拡張に対する抗CGRPリポカリンムテインSEQ ID NO: 47の効果の評価
吸入されたリポカリンムテインのインビボ効果を調査するために、皮膚血管拡張モデル(Zeller et al., Br J Pharmacol, 2008)を用い、例示的リポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)を1回投与してラットを処置し、伏在神経の刺激後に皮膚血管拡張を測定した。
【0180】
腹腔内(i.p)ウレタン注射によって雄スプラーグドーリーラット(体重約300g)に麻酔をかけた。麻酔下のラットを恒温ブランケット系に置いて体温を維持し、気管切開術によって人工呼吸し、動脈血液ガス分析(50μl血液試料)によってpO2、pCO2、およびpHを維持した。必要な場合は常に、人工呼吸器の調整を行った。アトロピンを皮下(s.c.)投与して気管支分泌を抑制した。
【0181】
最初の準備に続いて、一方の後肢の伏在神経を小切開によって露出させ、伏在神経と一緒に伸びている感覚神経線維に逆方向性電気刺激を後で与えるために、双極白金電極を配置した(神経を切断し、ブレチリウムを用いて交感神経を遮断した)。動物および露出した後肢の周りに、取り外し可能な覆いを配置して、測定期間の間ずっと、一定の周囲温度を維持した。後肢の上に置いたレーザーDopplerプローブを用いて、皮膚血流を測定した。
【0182】
神経刺激前の所定の時点に、抗CGRPリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)を用量1mg/kgで静脈内投与するか、用量5mg/kgで皮下投与するか、マイクロスプレイヤー装置を用いて用量5mg/kgで気管内投与するか、またはマイクロスプレイヤー装置を用いて肺透過促進剤フマリルジケトピペラジンと共に用量5mg/kgで気管内投与した。さらに、抗CGRPリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)を用量1mg/kg、2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg/kgで静脈内投与するか、またはマイクロスプレイヤー装置を用いて用量2.5mg/kg、5mg/kg、もしくは10mg/kgで気管内投与するかして、試験を実施した。対照として、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO: 205)もまた、静脈内投与することによって試験した。
【0183】
皮膚血流のほかに、頸動脈カテーテルを介して平均動脈血圧(MAP)および心拍数(HR)を測定した。Transonic超音波血流トランスデューサー(内径1mm、モデル番号1PRB)を反対側の頸動脈上に配置することによって頸動脈血管抵抗(MAP/頸動脈流量)を測定した。これは、薬物処置がベースラインの血行動態に与える任意の影響(すなわち、リポカリンムテインが内因性CGRP雰囲気を取り除いて血管収縮を引き起こしたかどうか)を示した。投与から5分後、30分後、60分後、および120分後に血液試料を採取し、薬物動態を解析した。
【0184】
最終観察時点(2時間)後に麻酔薬を過剰投与してラットを安楽死させた。
【0185】
測定したパラメーター、すなわちHR、MAP、頸動脈血管抵抗、およびレーザードップラー後肢皮膚血流量を、コンピューターに接続されたPowerlab (チャートバージョン7、AD Instruments, Sydney, Australia)を用いて記録した。データ取得システムであるCobe血圧トランスデューサーおよびTransonic血流トランスデューサーは、各実験日に較正した。
【0186】
結果を
図4および5に示す。抗CGRPリポカリンムテインで処置した動物における抗CGRPリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)の血漿中濃度を
図6に示している。抗CGRPリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)で処置した動物では、ラット後肢の背内側皮膚における皮膚血流は、未処置動物で認められるものから有意に減少し、この減少は投薬の約5分後に始まり少なくとも2時間続いており、CGRPを妨害することによる血管収縮の亢進が示されている。0.4mg/kgフマリルジケトピペラジン(FDKP)と共に製剤化された場合、SEQ ID NO: 47によって誘発される血管抵抗低下は促進される。神経刺激後のSEQ ID NO: 47による頸動脈血管抵抗の最も大幅な変化は、参照抗CGRP抗体(SEQ ID NO: 204およびSEQ ID NO: 205)について観察されるものに匹敵している。抗CGRPリポカリンムテイン(SEQ ID NO: 47)の血漿レベルは、皮膚血管拡張実験で認められるPD作用と十分な相互関係がある。気管内投与されたリポカリンムテインは、皮下投与されたリポカリンムテインよりも速い作用発現を示し、静脈内投与されたリポカリンムテインまたは参照抗CGRP抗体と比べて同程度またはさらに速い作用発現を示している。
【0187】
本明細書において例示的に説明する態様は、本明細書において具体的に開示しない任意の1つまたは複数の要素、1つまたは複数の制限の非存在下で、適切に実施することができる。したがって、例えば、「含む(comprising)」、「含む(including)」、「含む(containing)」などの用語は、包括的に、かつ非限定的に読み取られるものとする。さらに、本明細書において使用される用語および表現は、限定するのではなく説明する用語として使用されており、そのような用語および表現を使用する際、示し説明する特徴またはその一部分の任意の等価物を除外する意図はないが、請求される本発明の範囲内で様々な修正が可能であることが認識される。したがって、本発明の態様は好ましい態様および任意の特徴に基づいて具体的に開示されるが、その修正および変更を当業者は行ってもよいこと、ならびにそのような修正および変更が本発明の範囲内であるとみなされることを理解すべきである。本明細書において説明したすべての特許、特許出願、教科書、および同領域の専門家によって審査された刊行物は、全体が参照により本明細書に組み入れられる。さらに、参照により本明細書に組み入れられる参照文献におけるある用語の定義または使用が、本明細書において提供されるその用語の定義と一致しないか、または異なる場合、本明細書において提供されるその用語の定義が適用され、その参照文献におけるその用語の定義は適用されない。また、一般的開示の範囲に入る下位種および亜属のグループのそれぞれも、本発明の一部分をなす。これは、属から任意の題目を除く条件または否定的限定を伴う本発明の一般的な説明を、削除される題材が本明細書において具体的に挙げられているかどうかに関わらず、含む。さらに、特徴がマーカッシュ群によって説明される場合、マーカッシュ群の任意の個々のメンバーまたはメンバーの下位集団の観点からも、開示内容がそれによって説明されることを、当業者は認識すると考えられる。さらなる態様は、以下の特許請求の範囲から明らかになる。
【0188】
等価物: 当業者は、ごく普通の実験法を用いるだけで、本明細書において説明した本発明の個々の態様に対する多くの等価物を認識するか、または確認することができる。このような等価物は、以下の特許請求の範囲によって包含されると意図される。本明細書中で言及されるすべての刊行物、特許、および特許出願は、本明細書において、個々の各刊行物、特許、または特許出願が参照により本明細書に組み入れられることが具体的かつ個別に示される場合と同じ程度まで、参照により本明細書中に組み入れられる。
【0189】
【配列表】
【国際調査報告】