(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-06-15
(54)【発明の名称】運動性細胞選別装置
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220608BHJP
【FI】
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021561811
(86)(22)【出願日】2020-04-15
(85)【翻訳文提出日】2021-12-13
(86)【国際出願番号】 GB2020050955
(87)【国際公開番号】W WO2020212695
(87)【国際公開日】2020-10-22
(32)【優先日】2019-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(32)【優先日】2020-01-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】512262938
【氏名又は名称】ザ ユニヴァーシティ オブ ウォーリック
(74)【代理人】
【識別番号】110000877
【氏名又は名称】龍華国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】カントスラー、ヴァシリー
(72)【発明者】
【氏名】メイスナー、マックス
(72)【発明者】
【氏名】ブカティン、アントン
(72)【発明者】
【氏名】デニッセンコ、ピョートル
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA09
4B029AA12
4B029BB11
4B029CC01
(57)【要約】
運動性細胞選別装置
運動性細胞選別装置を開示する。この装置は、チャンバ(4)と、チャンバと流体連通する入口(5)および出口(6)と、チャンバ内に配置された複数の離散的障壁(8)とを備えている。各離散的障壁は、少なくとも1つの壁(15、16)と、排出口に向けられた少なくとも1つの鋭角エッジ(17)を備える。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンバと、
前記チャンバと流体連通する入口および出口と、
前記チャンバ内に配置された複数の離散的障壁であって、各離散的障壁は、少なくとも1つの壁と、前記出口に向かって配向された少なくとも1つの鋭角エッジとを含む複数の離散的障壁と、
を備える、運動性細胞選別装置。
【請求項2】
前記少なくとも1つの壁は、
第1および第2の壁を含み、
前記少なくとも1つの鋭角エッジが、前記第1および第2の壁の間にある第1の鋭角エッジを有する
請求項1に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項3】
前記第1の壁は、凸状、直線状または凹状である、請求項2に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項4】
前記第2の壁が凹状である、請求項2または3に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項5】
前記第2の壁が直線状である、請求項2または3に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項6】
前記少なくとも1つの鋭角エッジは、第2の鋭角エッジをさらに有する、請求項2から5のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項7】
前記第2の鋭角エッジは、前記第1の壁と前記第2の壁との間にある、請求項6に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項8】
前記少なくとも1つの壁は、
第3の壁を含み、
前記第2の鋭角エッジは、前記第2の壁と前記第3の壁との間にある、請求項7に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項9】
前記チャンバは、第1および第2の端部にそれぞれ設けられ、第1および第2のチャネル壁を有する、入口と出口との間を走るチャネルを備える、請求項1から8のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項10】
前記チャンバが周辺部と中央部とを有する円盤状であり、前記入口が環状であり、前記チャンバの前記周辺部に配置され、前記出口が前記中央部に配置されている、請求項1から8のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項11】
前記チャンバの高さが50~300μmである、請求項1から10のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項12】
前記複数の離散的障壁は、10~500μmの幅を有する、請求項1から11のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項13】
前記複数の離散的障壁は、10~1,000μmの長さを有する、請求項1から12のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項14】
前記複数の離散的障壁は、10~500μmの第1の隙間によって、第1の方向で隣接の障壁から分離されている、請求項1から13のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項15】
前記複数の離散的障壁は、10~500μmの第2の隙間によって第2の異なる方向で隣接の障壁から分離されている、請求項1から14のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項16】
前記複数の離散的障壁がフロアまたは天井から前記チャンバ内に突出している、請求項1から15のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項17】
前記複数の離散的障壁が同じ形状および/または同一の寸法を有する、請求項1から16のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項18】
前記複数の離散的障壁が周期的な配列で配置されている、請求項1から17のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項19】
前記配列は長方形の配列である、請求項18に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項20】
前記配列は六角形の配列である、請求項18に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項21】
子宮内人工授精キットを備える、請求項1から20のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置。
【請求項22】
運動性細胞を含むサンプルを入口に供給する段階と、
少なくとも1分間の期間で待機する段階と、
前記期間で待機した後、前記出口から精製されたサンプルを採取する段階と、
を備える、請求項1から20のいずれか一項に記載の運動性細胞選別装置を使用する方法。
【請求項23】
前記期間が少なくとも5分である、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記期間が10分間~60分間である、請求項22または23に記載の方法。
【請求項25】
前記運動性細胞選別装置を、培養用温度、例えば37°Cに加熱させる段階
をさらに備える、請求項22から24のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は運動性細胞選別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
年齢を重ねてから家庭を持つことを始めるようにする夫婦が増える傾向にある。しかし、夫婦の待つ時間が長ければ長いほど、成功に妊娠できる可能性は低くなる。したがって、妊娠の可能性を高めることができる生殖補助治療は、個人的にも、より広く、社会的にも、ますます重要になってきている。
【0003】
生殖補助治療は一般的に2つのカテゴリに分けられている。
【0004】
子宮内人工授精(IUI)は、準備した精子サンプルをカテーテルを使って(女性の)子宮内に導入し、子宮内で受精させるプロセスである。この方法は、男性側の不妊症および女性側の不妊症の両方に用いることができる。一般的に他の同等の治療に比べて侵襲性は低いが、成功率が低いため、使用される機会が減っている。
【0005】
体外受精(IVF)は、準備した精子サンプルと卵母細胞(卵)を組み合わせて、実験室内で胚を作ることを含むプロセスである。IVFは、さらに2つの異なる治療、すなわち、実験室の皿の上で卵母細胞と準備した精子サンプル(通常、5万から10万個の精子細胞)を組み合わせて受精させることを含む従来のIVFと、準備した精子サンプルから単一の精子細胞を選択して卵母細胞に直接注入する卵細胞質内精子注入(ICSI)による体外受精のIVFとに分けられる。いずれのIVF治療が成功した場合、受精卵は制御された環境の中で特殊な培養液の中で3~5日間、胚へと成長させられ、その後、子宮に移植されて着フロアさせてと胚として成長させる。
【0006】
生殖補助治療では、一般的に精子の準備または「精子洗浄」段階を採用する。この段階の目的は、望ましくない汚染物質(細胞残屑、バクテリア、免疫細胞、粘液、受精成功の可能性に悪影響を及ぼすその他の化学物質など)を含む可能性のある精液から精子細胞を分離すること、(精子サンプルが凍結された場合)あらゆる凍結保存剤化学物質を除去すること、そしてサンプルから運動性の高い精子細胞のみ、好ましくは最も運動性の高い精子細胞を選択することである。
【0007】
一般的に、精子分離を行うには3つの方法がある。
【0008】
単純な洗浄では、精子を適切な精子洗浄剤に懸濁し、遠心分離を行って精子細胞を採取する。この方法では、化学物質の汚染を希釈するには成功であるが、死細胞または細胞残屑を除去することはできず、生きている細胞と死細胞を分離することはできない傾向にある。
【0009】
密度勾配遠心分離(DGC)では、密度の異なる液体が入った試験管の中でサンプルを遠心分離する。液体は、適切な密度の細胞のみが採取され、細胞残屑または重度の損傷を受けた細胞がとり残されるように調整されている。無傷で泳いでいる細胞は、通常、わずかにより高い密度を持っているので、この方法は、密度の差に基づいて細胞を分離するのに使用できるが、運動特性には直接影響しない。
【0010】
いわゆる「スイムアップ」では、適切な精子洗浄液のサンプルを、遠心分離によって徐々にペレット化された精液サンプルの上に注意深く浮かべる。運動性細胞は洗浄液の中にスイムアップし、運動性のない細胞はペレットの中に残る。
【0011】
現在の洗浄方法には、1または複数の問題を抱える傾向がある。
【0012】
まず、少なくとも1回の遠心分離段階を行う必要がある傾向にあるが、これは細胞にDNA損傷を与えると考えられている。第二に、スイムアップは進行性運動率を選択するものではないので、選択された精子の質が低くなる可能性がある。第三に、DGCはある程度の特異性を持って運動性細胞を分離することができるが、そのプロセスの効率は様々で、例えば、何種類の異なる液体を使用するか、それらの液体の密度、遠心分離の速度、技術者のスキルなど、多くの要因に依存する。また、DGCはDNA損傷を増加させることができ、さらに胚の生存率に影響を与えることが示されている。
【0013】
洗浄方法の代わりとなるものは数多く出現している。
【0014】
一つの方法は、マイクロ流路分離を使うことである。精子分離装置の例としては、ZyMot Fertility社(米国メリーランド州、ゲイサーズバーグ)から発売されているZyMot(TM)MultiおよびZyMot(TM)ICSIがある。これらの装置は、狭いチャネルに沿って精子細胞の壁反射を利用するか、または薄い膜を使ってスイムアップを補助する機能を持っている。
【0015】
もう一つの方法は、細胞を緩やかな液体の流れにさらすことで、精子細胞の向きを変え、採取チャンバに泳ぎ込むレオタクティック分離である。
【0016】
また、もう一つの方法として、電気泳動は、電界を利用して誘電率に基づいて細胞を分離する方法である。磁性粒子を特定の細胞に結合させ、その後、主に細胞を分離することに依存する方法であるが、磁気分離も使用できる。
【0017】
運動性精子を分離する方法は、WO 2016/035799 A1に記載されている。
【0018】
また、WO 2017/127775 A1にも参照している。
【発明の概要】
【0019】
本発明の第1の態様に係る運動性細胞選別装置が提供される。運動性細胞は精子であってよく、ヒト、ウマ、ウシ、ブタ、鳥のいずれの精子であってよい。この装置は、チャンバと、チャンバと流体連通する入口および出口と、チャンバ内に配置された複数の離散的障壁とを備える。各離散的障壁は、少なくとも1つの壁と、出口に向けられた少なくとも1つの鋭角エッジを備える。
【0020】
これにより、化学的、電気的、熱的および/または重力的な勾配を最小限に抑えながら、或いはさらに避けながら、最も運動性の高い細胞だけでなく、徐々に運動性細胞も分離および濃縮することができ、細胞損傷のリスクを低減するように役立つことができる。これらの種類の細胞は、妊娠の成功率および低い流産率と密接に関連している傾向がある。これは、許容できる形態および構造を持つと判断された細胞を優先的に分離するのにも役立てる。
【0021】
障壁は、(平面図で)三日月形または矢じり形であることが好ましい。しかし、障壁の形状は、涙形、半円形、シェブロン形であってよい。
【0022】
少なくとも1つの壁は、第1および第2の壁を備えてよく、少なくとも1つの鋭角エッジは、第1および第2の壁の間の第1の鋭角エッジを備えてよい。第1の壁は、凸状、直線状または凹状であってもよい。第2の壁は、凹状または直線状であってもよい。少なくとも1つの鋭角エッジは、第2の鋭角エッジをさらに含んでよい。第2の鋭角エッジは、第1の壁と第2の壁との間に、例えば、三日月形の障壁を形成してもよい。少なくとも1つの壁は、第3の壁を含んでもよく、第2の鋭角エッジは、第2の壁および第3の壁の間にあってもよい。
【0023】
鋭角エッジは、2つの壁(または壁の2つの部分)が0°より大きく90°より小さい角度で接することで画定される。好ましくは、その角度は30°未満である。各鋭角エッジの曲率は、0μmより大きく50μm以下、好ましくは20μm未満であってよい。
【0024】
装置の直径は、2.5cm~3.5cmであってよい。
【0025】
装置のチャネル4は100μm未満であってよい。
【0026】
チャンバは、第1および第2の端部にそれぞれ設けられた入口と出口との間を通るチャネルを備え、第1および第2のチャンバ壁を備えてもよい。チャンバは、周辺部と中央部を有する円盤状であってもよく、上記入口はチャンバの周辺部に環状に配置され、出口は中央部に配置されている。チャンバの高さは、50~300μmであることが好ましい。好ましくは、チャンバの高さは100μm超である。
【0027】
入口および/または出口は、直径が1~8mmであってよい。入口は、直径が3mmであってよい。入口は、直径が5mmであってよい。出口は、直径が5mmであってよい。
【0028】
各離散的障壁は、好ましくは、10~500μm、または100~150μmの幅を有する。各離散的障壁は、125μmの幅を有してよい。各離散的障壁は、好ましくは、10~1000μmまたは100~250μmの長さを有する。
各離散的障壁は、175μmの長さを有してもよい。
各離散的障壁は、好ましくは、20~500μm、または100~500μmの第1の隙間によって、第1の方向(例えば、列)の隣接の障壁から分離される。
各離散的障壁は、好ましくは、20~500μm、または100~500μmの第2の隙間によって、第2の異なる方向(例えば、行または列)の隣接の障壁から分離される。離散的障壁は、フロアまたは天井からチャンバ内に突出してもよい。また、離散的障壁は、同一形状であってもよい。また、離散的障壁は、周期的な配列で配置されてもよく、長方形または六角形の配列で配置されてもよい。
【0029】
本発明の第2の態様によれば、第1の態様の装置を含む子宮内人工授精キットが提供される。
【0030】
本発明の第3の態様によれば、第1の態様の装置を使用する方法が提供され、この方法は、運動性細胞を含むサンプルを入口に供給し、少なくとも1分間の期間を待ち、その期間を待った後、出口から精製されたサンプルを採取することを備える。
【0031】
時間の期間は、少なくとも5分であってもよく、好ましくは少なくとも10分である。時間の期間は、10~200分、または10~120分、または10~60分であってもよい。本方法は、装置を培養用温度に加熱することをさらに備えてよい。培養用温度は、37℃であってよい。
【0032】
サンプルおよび/または装置は、1または複数の緩衝液でパージおよび/または洗浄される。
【0033】
サンプルは、精子細胞が互いにくっつく確率を下げるために、緩衝液で洗浄されてよい。
【図面の簡単な説明】
【0034】
本発明の特定の実施形態が、ここで、添付の図面を参照して、例として説明されるだろう。
【0035】
【
図1】第1および第2のポートと、第1および第2のポストの間を走り、同伴性構造を含むマイクロチャネルを有するマイクロ流体チップの斜視図である。
【
図3】第1のタイプの巻き込み構造の平面図である。
【
図4】第2のタイプの巻き込み構造を示す図である。
【
図5】第1のタイプの巻き込み構造の配列を含むマイクロチャネルの平面図である。
【
図6】第2のタイプの巻き込み構造の配列を含むマイクロチャネルの平面図である。
【
図7a】巻き込み構造のさらなる例の平面図である。
【
図7b】巻き込み構造のさらなる例の平面図である。
【
図8】巻き込み構造のもう一つの例の平面図である。
【
図10a】第1の装置および巻き込み構造の写真である。
【
図10b】第2の装置および巻き込み構造の写真である。
【
図11】精子を選別および抽出する方法の処理フロー図である。
【
図12】精子を選別および抽出する方法の処理フロー図である。
【
図17】サンプル解析のまとめの結果を示す表である。
【
図18】サンプル解析のまとめの結果を示す表である。
【
図25】精子DNA断片化の棒グラフの写真である。
【
図26】精子DNA断片化の棒グラフの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1を参照すると、サンプル3中の精子などの運動性細胞2を選別する装置1が示されている。
【0037】
装置1は、例えば、高さの低いチャネルまたはディスクの形をしたチャンバ4と、入口5と、チャネル4と流体連通する出口6とを含む。チャンバ4の高さは、長さおよび幅などの横方向の寸法よりも小さく、好ましくははるかに小さい(少なくとも10倍、さらには100倍)。チャンバ4は、好ましくは50~300μmの高さhを有している。チャンバ4、入口5および出口6は、運動性細胞2を含むサンプル3が入口5に供給されると、運動性細胞2がチャンバ4を通って出口6に向かって泳ぐように配置されている。チャンバ4内を泳ぐ際に、運動性の低い細胞2(例えば、不動細胞)はチャンバ4内に保持され、運動性の高い細胞2はチャンバ4に沿って進行する傾向があるように、運動性に基づいて運動性の高い細胞2が選別され、分離される。
【0038】
図2も参照すると、装置1は、チャンバ4内に配置された離散的障壁8(または「ラチェット」)の配列7を含み、上記離散的障壁8は、第1の内面9、例えばチャンバ4のフロアから、第2の反対側の内面、例えばその天井までチャンバ4内に突出している。配列7は、好ましくは、六角格子または立方体格子などの周期的な二次元配列の形態をとる。障壁8は、10~500μmの第1の隙間g
1によって側方の隣接の障壁から、および10~500μmの第2の隙間g
2によって前後の隣接の障壁から分離されている。
【0039】
各障壁8は、それぞれ第1のポート5に向かっておよび第1のポート5から離れるように配向された異なる形状の第1および第2の面13、14を有する概して非対称である。第1の面13は、少なくとも1つの壁15を含み、第2の面14は、好ましくは、少なくとも1つの壁16を含む。ここで、壁15、16は、「側壁」と呼ばれることがある。壁15、16または壁15の反対側の端部は、1または複数の鋭角エッジ17(ここでは「不連続性」と称する)で接する。壁15、16の間の角度は、0°より大きく90°より小さいものであり、好ましくは30°未満である。エッジ17の曲率は、0μmより大きく50μm(マイクロメートル)以下であり、好ましくは20μm未満である。
【0040】
チャンバ4、入口5、出口6および障壁8は、運動性細胞2が入口5からチャンバ4を通って泳ぐのに10~60分、好ましくは約20分の時間tを要するように構成されている。
【0041】
装置1は、周囲温度、すなわち室温で動作してよい。しかし、装置1は、例えばホットプレート、オーブンまたは水浴の形態のヒータ(図示せず)を備えて、装置の動作温度を培養に適した温度、例えば約37℃に上昇させてもよい。
【0042】
特に
図1を参照すると、装置1は好ましくはマイクロ流体チップの形態をとっている。装置1は、ガラスおよび/またはポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、またはポリオクタンジオール-co-クエン酸(POC)などの高分子材料から形成された第1および第2の平面部分(図示せず)のアセンブリを備えてよい。第1の部分(「ベース」と呼ばれることもある)は、チャンバ4および障壁8の底面(または「フロア」)および側面を画定するパターン化された面(図示せず)を有してもよい。第2の部分(「カバー」と呼ばれてもよい)は、特徴のない(例えば、平坦な)ものであってもよく、チャンバ4の上部(または「天井」)を画定してもよい。また、カバーは、第1および第2のポート(図示せず)を含んでもよく、未精製のサンプルおよび精製されたサンプルがそれぞれ提供され、採取されてもよい。第1および第2の部分(図示せず)は、同じ材料を備えてよく、異なる材料を備えてよい。装置1は、例えば、成形または3Dプリントなど、異なる方法で製作されてもよい。
【0043】
障壁8は、運動性細胞2が表面に沿って泳ぐ傾向があるという表面同伴性を利用して、運動性細胞を選別する。障壁8は、鋭角不連続性を有する曲面15、16を有しており、泳ぐ細胞を所望の移動方向に導く。
【0044】
図3および
図4を参照すると、第1および第2の障壁形状8
1,8
2が示されている。特に
図3を参照すると、第1の形状6
1は、一般的に、第1のエッジ17
1,1で接合された2つの凸部15
1,1、15
1,2と、鋭い第2および第3のエッジ17
1,2、17
1,3を介して凸部9
1,1、9
1,2に接合された1つの凹部16
1とを有する矢じりのような形状を有する。細胞を選別するために、障壁8
1は、1つのエッジ17
1,1を有する側が装置8
1の入口5の方を向くように方向付けられる。所望の方向に泳ぐ細胞は、障壁8
1に沿って徐々に誘導され、一方、間違った方向に泳ぐ細胞は、凹部16
1によって向きを変えられ、出口6に向かって再配向される。
【0045】
第1の障壁81は、第3の円183によって画定された切り抜きを有する第1および第2の交差する仮想円181、182の交点の半分によって画定される。凸面壁151,1、151,2は、それぞれが第1の半径r1を有する第1および第2の重なり合う仮想円181、182の交差した円弧によって画定される。凹面壁161は、第2の半径r2を有する第3の仮想円183の交差した円弧によって画定される。この場合、r2<r1である。第1の障壁81、は、10~500μmの幅w1と、10~1,000μmの長さl1とを有する。この例では、r1=450μm、r2=82μm、w1=150μm、およびl1=177μmである。
【0046】
特に
図4を参照すると、第2の形状8
2は、一般的に1つの凸部15
2と1つの凹部16
2とを有する三日月のような形状をしており、上記1つの凸部15
2および1つの凹部16
2は、鋭いエッジ17
2,1、17
2,2を介して結合されている。エッジ17
2,1、17
2,2は、装置の出口6に向かって方向付けられている。凸側に遭遇した細胞は単に誘導され、凹側に遭遇した細胞は出口に向かって再配向される。
【0047】
第2の障壁82は、第3および第4の重なり合う仮想円183、184によって画定される。凸状および凹面壁152、162は、それぞれ第3の半径r3および第4の半径r4を有する第3および第4の円183、184の第4および第5の円弧によって画定される。第1の障壁81、は、10~500μmの幅w2と、10~1,000μmの長さl2とを有する。この例では、r3=125μm、r4=137μm、w2=250μmであり、2つの円は39μmでオフセットしている。
【0048】
図5を参照すると、チャンバ4は、入口5と出口6との間の経路(直線、曲線であり得、または屈曲部を含み得る)に沿って走る、概ね直線的なチャネルの形をしている。チャネル4は、この場合ではサメのヒレのような形状を持つ、繰り返されるバーブ20を有する壁19を有する。第1の形状8
1の障壁8の長方形の配列7が使用される。異なるタイプの配列、例えば六角形、および/または異なる障壁形状、例えば第2の形状8
2を使用することができる。チャネル4は、異なる形状を有してもよい。
【0049】
図6を参照すると、チャンバ4は放射状(または「円形」)になっていてよく、これにより運動性細胞が周辺の環状の入口5の周りに導入され、中央の出口6に向かって内側に泳ぐようになっている。チャンバ4は、帆立貝構造22を有する概ね円形の壁21によって画定される。第2の形状8
2の障壁8の放射状の配列7が使用される。異なるタイプの配列、例えば六角形、および/または異なる障壁形状、例えば第1の形状8
1を使用することができる。
【0050】
再び
図3を参照すると、障壁の第1の形状6
1は、一般的に、2つの凸面壁15
1,1、15
1,2からなる第1の面13を有する矢じりのような形状を有している。ただし、これらの壁は他の異なる形状を持つことができる。
【0051】
図7a~
図7bを参照すると、第1の面13は、直線状の壁15
3,1、15
3,2、或いは凹面壁15
4,1、15
3,2を有してよく、これらが鋭角エッジ17
3,2、17
3,3、17
4,2、17
4,3で凹面壁16
3、16
4と接するようになってもよい。例えば、バーブは、半分の矢じり、半分の三日月、または半分の修正矢じり(2つの凹面壁を持つ完全な修正矢じり)であってもよい。
【0052】
図8を参照すると、第1の面13に2つ以上の壁がある場合、壁15
5,1、15
5,2は同じ形状でなくてもよい。例えば、一方の壁15
5,1が直線状であり、他方の壁15
5,2が凸状であってもよい。したがって、エッジ17
5,2、17
5,3は、異なる鋭さを有していてもよい。
【0053】
図9a~
図9cを参照すると、チャンバ4の壁19
1、19
2、19
3は、本明細書で説明した障壁の形状に基づいてもよい、異なる形状のバーブ20
1、20
2、20
3を有することができる。
【0054】
図10aおよび
図10bを参照すると、
図6に示したものと同様の装置1の写真と、これらの装置に使用される
図3に示したような障壁8
1の写真とが示されている。
図10aは、直径d
iが3mmの入口5と、直径d
oが5mmの出口6とを有する装置1を示している。この装置1は、5×3、または5×3mm装置とも呼ばれる。装置1の直径dは、2.5~3.5cmである。5×3装置1は、
図3に示されるように、100μm超のピッチで間隔を置いて配置された障壁8
1を含むが、障壁は、使用するサンプルに応じて、より大きなまたはより小さなピッチを有してもよい。
図10aおよび
図10bの下部には、装置1の障壁8
1の高倍率写真が示されている。これらの矢じりのような障壁8
1を有する装置は、「ラチェット1」、またはより単純に「R1」とも呼ばれることがある。3×5装置1のチャネル4は、100μm未満である。
図10bは、直径d
iが5mmの入口5と、同じく直径d
oも5mmの出口6とを有する装置1を示す。この装置1は、5×5または5×5mm装置とも呼ばれる。装置1の直径dは、3.5cmである。障壁8の構造、ピッチおよびチャネル4は、3×5装置と5×5装置で同じである。
【0055】
5×3装置では、抽出段階で望ましくない細胞やその他の破片がより少なく取り除かれるため、より良い結果が得られるが、5×5装置よりも5×3装置からサンプルを抽出するのがより困難な場合がある。5×5装置は、5×5装置よりも低品質のサンプルを得ることができるが、装置からサンプルを抽出するのがより簡単になることができる。
【0056】
入口5の直径diと出口の直径doは、1~8mmであってもよい。装置の直径dは、1~10cmであってよい。入口および出口のサイズは、各サンプルの品質および/または種類に応じて最適化することができる。
【0057】
図3も参照すると、
図10aおよび
図10bの装置の障壁8
1は、125μmの幅w
1と175μmの長さl
1を有してよい。
【0058】
3×5装置1は、60μlの精液サンプルを用いて、正常な品質の精子と精液中の高品質の精子を分離するのに使用され、5×5装置は、100μlの精液サンプルを用いて、正常な品質の精子と低品質の精子と精液中の高品質の精子を分離するにの使用された。
【0059】
図11および
図12を参照すると、正常な精子と質の悪い精子の精液サンプルを採取し、装置1に挿入して質の高い精子を分離している。
【0060】
14人の射精者から精子を採取した。射精は、世界保健機関の基準による精子の進行性運動率(PR)に基づいて、正常群と異常群とに分けた。すべての方法で選別した精子と精液サンプルについて、精子濃度、進行性運動率、全運動性、形態、およびDNA断片化(Terminal deoxynucleotidyl transferase TdT dUTP Nick End Labeling(TUNEL)アッセイを使用)を測定した。
【0061】
具体的には、
図11を参照して、装置1を用いて通常の精子品質のサンプルから高品質の精子を分離する方法の段階を説明する。段階S1では、サンプルを、例えばEarle's Balanced Salt solution(1XEBSS)などの緩衝液を用いてパージする。他の適切な緩衝液を使用してもよく、その種類と濃度は、サンプルとプロセスの望ましい結果に依存する。段階S2では、互いにくっついた精子の変化を減少するために、例えば、1XEBSSに0.2%のBSA(ウシ血清アルブミン)を加えた緩衝液でサンプルを洗い流す。しかし、精子同士がくっつく確率を下げる効果のある他の適切な緩衝液を使用してもよい。段階S3では、この段階でサンプル内に過剰な液体がある場合、装置に装填する前にサンプルからこの液体を除去してもよい。段階S4では、サンプルおよび/または装置を、37℃のホットプレート上で温める。段階S5では、精液サンプルを4等分して装置1の4つの入口5に装填するが、一部の入口5だけにサンプルの一部が装填されるようにしてもよい。段階S6では、サンプルを入れた装置1を37℃で5分間インキュベートし、顕微鏡を用いて手動で、または顕微鏡とビデオカメラを用いて自動でのいずれかで精子の移動を観察し、サンプルが正しく装填されたことを確認する。なお、サンプルが正しく装填されたことを確認するための他の方法として、例えば、段階S7の開始時に光学センサまたは運動センサを使って確認してもよい。段階S7では、サンプルの入った装置を60分間インキュベートする。段階S8では、培養後の精子の観察を手動または自動で行う。段階S9では、ピペットを用いて、装置1から出口6を介して精子を抽出する。出口6から抽出される量は、35~60μlの間であってよい。
【0062】
具体的には、
図12を参照して、装置1を用いて、精子の質が悪いサンプル中の高品質の精子を分離する方法の段階を説明する。質の悪い精子サンプルの場合、段階S1~S6は、通常の質の精子サンプルの場合と同じである。段階S7では、サンプルを入れた装置を120分間インキュベートする。段階S8およびS9は、通常の品質の精子サンプルの場合と同じである。出口6から抽出される量は、40~75μlの間であってもよい。
【0063】
代替のプロセスを作業装置で使用してもよい。上記のプロセスの各段階は、変更または除去されることがある。例えば、段階S3を完全に除去してもよい。また、さらなる段階を追加することも可能である。例えば、サンプルおよび/または装置を洗浄し、または、緩衝液を追加してパージしたりするなどの段階を追加することもできる。プロセスの段階に関連するタイミング、温度、サンプルの量は、特定のサンプル、種、またはプロセスの目的に応じて最適化することができる。例えば、段階S7では、サンプルの種類、サイズ、および精子の速度に応じて、培養時間を長くしたり短くしたりすることができる。プロセスの最後に装置から抽出される量は、使用されるサンプルの種類と量、およびサンプルに添加される緩衝液の種類と量に応じて、高くても低くてもよい。また、高スループットのシステムでは、段階S6を除去し、または段階S8と組み合わせて、段階S8の最初にサンプルの観察を行うこともできる。
【0064】
図13を参照すると、精液サンプルの処理が成功したかどうか(チェックで示す)、または失敗したかどうか(クロスで示す)が表に示されている。正常な精子を持つ10人(N1~N10)と、質の悪い精子を持つ6人(A1~A6)のサンプルは、質の高い精子を分離するための5つの方法を受けた。これらの方法は、密度勾配遠心分離(DGC)、スイムアップ(SU)、
図2および
図3に示されるような障壁8
1を備えた5×3装置および5×5装置両方を用いる方法(「R1」とも表示)、および
図4に示される障壁8
2を備えた装置を用いる方法(「R2」と表示)であった。表から分かれるように、正常な品質の精子9サンプルが5×3装置1を用いて成功に処理され、品質の悪い精子5サンプルが5×5装置1を用いて成功に処理された。R2法では、正常な精子と質の悪い精子の群の両方を含む総計4つのサンプルを成功に処理した。
【0065】
図14~
図16を参照すると、サンプルの解析結果が表に表示されている。この結果は、濃度、進行性運動率(%PR)、運動率(%Motile)、抽出量、抽出濃度、正常および異常な形態を示す精子の割合(World Health Organisationの分類に基づく)、およびTUNEL法に基づく無傷または断片化した精子の割合を示す。
【0066】
特に
図16を参照すると、質の悪い精子の結果を詳細に示す表には、精子がAsthenoに分類される低運動性の状態であるかどうかも示されている。
【0067】
図17および
図18を参照すると、
図13~16に示された方法論の結果が、まとめの形式で示されている。
【0068】
図19を参照すると、
図13に示した表の方法で得られた正常品質の精子と、未処理の精液の結果について、進行性運動率と運動率±平均の標準誤差(±SEM)を棒グラフで示している。この図には、LSDを用いた一元配置分散解析(最小有意な差を伴う一元配置分散解析)の統計解析の結果も含まれており、R1 5×3装置を使用することで、生のサンプル、密度勾配遠心分離を行ったサンプル、およびスイムアップ法を行ったサンプルよりも有意に高い運動性および進行性運動率のサンプルが得られることが示されている。
【0069】
図20を参照すると、
図13に示した表の3つの方法と未処理の精液、具体的には密度勾配遠心分離法とR1 5×5装置を用いた方法から得られた質の悪い精子の結果について、進行性運動率と運動率±平均の標準誤差(±SEM)を棒グラフで示している。また、LSDを用いた一元配置分散解析では、R1 5×5装置から抽出したサンプルと、未処理の精液および密度勾配遠心分離を行った精液の両方との間で、進行性運動率および運動性に有意な差が見られた。
【0070】
図21を参照すると、
図13に示した表の方法で得られた正常な品質の精子の結果と、未処理の精液の結果について、正常な形態の割合±平均の標準誤差を棒グラフで示している。また、LSDを用いた一元配置のANOVAでは、R5×3装置から抽出したサンプルと未処理の精液の正常な形態の割合に有意な差があることが示されている。
【0071】
図22を参照すると、R1 5×5装置を用いて密度勾配遠心分離と処理を行った質の悪い精子と、未処理の精液の結果について、正常な形態の割合±平均の標準誤差を示した棒グラフが示されている。
【0072】
図23を参照すると、
図13の表に示した方法と未処理の精液から得られた正常な品質の精子の結果について、精子の断片化の割合±平均の標準誤差を棒グラフで示している。LSDを用いた一元配置のANOVAでは、R1 5×3およびR1 5×5装置から抽出されたサンプルの断片化の割合が、他の方法および未処理の精液と比較して有意な差も示されている。
【0073】
図24を参照すると、R1 5×5装置を用いて密度勾配遠心分離と処理を行った質の悪い精子と、未処理の精液の結果について、精子の断片化の割合±平均の標準誤差を棒グラフで示している。また、LSDを用いた一元配置分散解析では、R1 5×5装置で抽出したサンプルの断片化の割合が、密度勾配遠心分離を行ったサンプルおよび未処理の精液と比較して有意な差が示された。
【0074】
図25を参照すると、200倍に拡大した断片化した精液の写真で、未処理の精液と、R1 5×3装置を使用して密度勾配遠心分離、スイムアップ、処理を行ったサンプルが示されている。断片は水色に見えるように染色され、「LB」と表示されている。
【0075】
図26を参照すると、600倍の倍率での断片化された精液の写真が、未処理の精液、および密度勾配遠心分離、スイムアップ、およびR2 5×3装置を用いた処理を受けたサンプルについて示されている。断片は緑色(ここでは「G」で表示)、部分的に断片化された精子はオレンジ色(ここでは「O」で表示)、断片化されていない、損傷のない精子は赤色(ここでは「R」で表示)に染色される。
【0076】
[変更形態]以上に説明された複数の実施形態に対して様々な修正がなされ得ることが理解されよう。このような変更は、運動性細胞選別装置およびその構成部品の設計、製造、使用において既に知られている同等の特徴およびその他の特徴を含んでいてもよく、ここに既に記載されている機能の代わりに、またはそれに加えて使用することができる。1つの実施形態の複数の特徴は、別の実施形態の複数の特徴により、置き換えられたり、補足されたりし得る。
【0077】
凹面または凸面は、円の弧で画定する必要はない。例えば、楕円、双曲線、その他の適切な曲線の円弧で表面を画定してもよい。曲率は、表面に沿って変化してもよい。
【0078】
請求項は、本願において複数の特徴の複数の特定の組み合わせに対してまだ明確に述べられてはいないが、本発明の開示の範囲は、それがいずれかの請求項において現に請求されているものと同じ発明に関するか否かを問わず、かつ、それが本発明が軽減するように同じ技術的課題のいずれかまたは全てを軽減するか否かを問わず、明示的にであれ、黙示的にであれ、本明細書において開示されたあらゆる新規の特徴もしくはあらゆる新規の特徴の組み合わせまたはそれらを一般化したものも含むことが理解されるべきである。出願人らは、ここに、新しい請求項が、本願または本願から派生する更なる出願のプロセキューション中にそのような複数の特徴および/またはそのような複数の特徴の複数の組み合わせに対して明確に述べられ得ることを通告する。
【国際調査報告】