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特表2022-529239合成生物学的浸出法を利用した人為起源由来の貴金属および有毒金属の回収
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-06-20
(54)【発明の名称】合成生物学的浸出法を利用した人為起源由来の貴金属および有毒金属の回収
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/63 20060101AFI20220613BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220613BHJP
   C12Q 1/6806 20180101ALI20220613BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20220613BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20220613BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20220613BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20220613BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALN20220613BHJP
   C12N 15/60 20060101ALN20220613BHJP
   C12N 9/04 20060101ALN20220613BHJP
   C12N 9/88 20060101ALN20220613BHJP
【FI】
C12N15/63 Z
C12N1/21 ZNA
C12Q1/6806 Z
C12N15/09 110
C12N15/62 Z
C12N15/53 ZNM
C12Q1/686 Z
C12Q1/6876 Z
C12N15/60
C12N9/04
C12N9/88
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021559714
(86)(22)【出願日】2020-04-08
(85)【翻訳文提出日】2021-12-08
(86)【国際出願番号】 SG2020050216
(87)【国際公開番号】W WO2020209797
(87)【国際公開日】2020-10-15
(31)【優先権主張番号】10201903117U
(32)【優先日】2019-04-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SG
(31)【優先権主張番号】10201904705X
(32)【優先日】2019-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SG
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】507335687
【氏名又は名称】ナショナル ユニヴァーシティー オブ シンガポール
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】ユー,ウェンシャン
(72)【発明者】
【氏名】ゴー,メイベル ダーレーン コー
(72)【発明者】
【氏名】リオウ,ルーティン
(72)【発明者】
【氏名】ラジャサバーイ,ラシュミ
【テーマコード(参考)】
4B050
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC04
4B050DD02
4B050KK01
4B050KK03
4B050LL10
4B063QA20
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR62
4B063QS25
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA55
4B065CA56
(57)【要約】
本発明は概して、生物学的技術を利用して、金属をシアン化し、金属-シアン化物複合体を還元する方法、および生物学技術を利用してシアン化物を加水分解する方法に関する。より具体的には、本発明により、合成宿主(シアン化物を生成するクロモバクテリウム・ビオラセウムなど)に導入可能な金属浸出用統合型合成生物系を構築し、電子機器廃棄物からの効率的な貴金属の回収と有毒金属の浄化を行うことができる。この合成宿主の設計および構築は、最大で4つの主要な構成要素/モジュール、すなわち、1)合成生物技術を利用したシアン化物の生成;2)合成生物技術を利用した金属の回収;3)合成生物技術を利用したシアン化物の分解;および4)生物学的浸出法用の合成回路からなる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金属イオンが還元されて金属元素が金属ナノ粒子として生成されるようにする少なくとも1つの変異を含む、遺伝子組換え細菌。
【請求項2】
前記MerA遺伝子が、アミノ酸置換をコードする1つ以上の変異を含み、該アミノ酸置換が、MerAのコード配列において、V317、Y441、C464、A323D、A323D(324~365番目のアミノ酸の欠失)、A414E、G415I、E416C、L417I、I418DおよびA422Nを含む群から選択される位置のアミノ酸置換である、請求項1に記載の単離された細菌。
【請求項3】
前記金属イオンが金イオン(Au3+)であり、該金イオンが還元されて金元素が金ナノ粒子として生成されるか、前記金属イオンが銀イオン(Ag+)であり、該銀イオンが還元されて銀元素が銀ナノ粒子として生成され、かつ/または少なくとも1つの前記単離された細菌が、変異していないMerA遺伝子を含む細菌と比較して、基質である水銀に対する還元能が低下している、請求項1または2に記載の単離された細菌。
【請求項4】
単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む、遺伝子組換え細菌。
【請求項5】
前記シアン化水素合成酵素遺伝子がhcnABCであり、前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子がserAであり、かつ/または前記単離された遺伝子組換え細菌が、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、ならびに
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された、前記異種シアン化水素合成酵素遺伝子および前記異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の一方もしくは両方
を含む少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドDNA分子をさらに含む、請求項4に記載の単離された細菌。
【請求項6】
前記golS遺伝子が、クロモバクテリウム・ビオラセウム用にコドンが最適化されており、かつ/または該golS遺伝子が、GolSmt1(A38I)、GolSmt2(A38QおよびN97D)、GolSmt3(A38KおよびV60L)ならびにGolSmt4(D33P)から選択される変異体である、請求項5に記載の単離された細菌。
【請求項7】
クロモバクテリウム・ビオラセウム、シュードモナス・フルオレッセンス、緑膿菌および大腸菌を含む群から選択され、かつ/またはpH10において安定である、前記請求項のいずれか1項に記載の単離された細菌。
【請求項8】
金イオン(Au3+)から金元素を金ナノ粒子として回収するか、または銀イオン(Ag+)から銀元素を銀ナノ粒子として回収する方法であって、
a)請求項1~7のいずれか1項に記載の単離された遺伝子組換え細菌を、金イオン(Au3+)および/または銀イオン(Ag+)を含む浸出液と接触させる工程;ならびに
b)前記浸出液から金元素のナノ粒子および/または銀元素のナノ粒子を回収する工程
を含む方法。
【請求項9】
前記接触がアルカリ条件下で行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
単離された遺伝子組換え細菌を製造する方法であって、
a)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してエラープローンPCRを行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)Au3+および/もしくはAg+を含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程;または
b)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してオーバーラップ伸長PCRを行うことにより、複数部位への飽和変異導入を行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)Au3+および/もしくはAg+を含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程
を含み、
前記遺伝子組換え細菌が、少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金イオン(Au3+)が還元されて金元素が金ナノ粒子として生成されるように、または銀イオン(Ag+)が還元されて銀元素が銀ナノ粒子として生成されるようにする1つ以上の変異を含む、
方法。
【請求項11】
a)前記PCRの一部がフォワードプライマーおよびリバースプライマーを用いて行われ、該フォワードプライマーが、配列番号1に示されるヌクレオチド配列を含み、該リバースプライマーが、配列番号2に示される配列を含み、かつ/または
b)前記PCRの一部が、標的部位であるV317、Y441およびC464にNNKおよび/もしくはMNNを含むプライマーを用いて行われる、
請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記選択が、少なくとも2つの形態を含み、1つの形態が、Au3+および/またはAg+を含む寒天平板での選択であり、もう1つの形態が、Au3+および/またはAg+を含む液体培養での選択である、請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種ニトリラーゼ遺伝子を含み、該ニトリラーゼ遺伝子の遺伝子産物によりシアン化水素が分解される、遺伝子組換え細菌。
【請求項14】
前記異種ニトリラーゼ遺伝子が、シアンデヒドラターゼおよびシアンヒドラターゼを含む群から選択される酵素をコードし、かつ/または前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種ギ酸脱水素酵素遺伝子、異種グルタミン酸脱水素酵素遺伝子および異種ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子をさらに含む、請求項13に記載の単離された遺伝子組換え細菌。
【請求項15】
クロモバクテリウム・ビオラセウム、シュードモナス・フルオレッセンス、緑膿菌および大腸菌を含む群から選択される、請求項13または14に記載の単離された遺伝子組換え細菌。
【請求項16】
合成生物技術を利用してシアン化物系浸出剤を製造する方法であって、
少なくとも1つの組換えシアン化物生成細菌をグリシンに接触させる工程を含み、
前記細菌が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む、方法。
【請求項17】
前記シアン化水素合成酵素遺伝子がhcnABCであり、前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子がserAであり、かつ/または前記組換えシアン化物生成細菌が、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、ならびに
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された、前記異種シアン化水素合成酵素遺伝子および前記異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の一方もしくは両方
を含む少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドDNA分子をさらに含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記golS遺伝子が、クロモバクテリウム・ビオラセウム用にコドンが最適化されており、かつ/または該golS遺伝子が、GolSmt1(A38I)、GolSmt2(A38QおよびN97D)、GolSmt3(A38KおよびV60L)ならびにGolSmt4(D33P)から選択される変異体である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記少なくとも1つの組換えシアン化物生成細菌が、約pH10に耐性がある、請求項16~18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
前記合成生物技術を利用したシアン化物系浸出剤の製造と、金属のバイオリーチングとが単一の反応器中で行われる、請求項16~19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
請求項16~20のいずれか1項に記載の、合成生物技術を利用したシアン化物系浸出剤の製造を行うことができる、少なくとも1つの単離された組換えシアン化物生成細菌。
【請求項22】
クロモバクテリウム・ビオラセウム、シュードモナス・フルオレッセンス、緑膿菌および大腸菌を含む群から選択される、請求項21に記載の少なくとも1つの組換えシアン化物生成細菌。
【請求項23】
合成生物技術を利用してシアン化物を分解する方法であって、少なくとも1つのニトリラーゼ酵素を発現するように組換えられた少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌を、電子機器廃棄物のバイオリーチング後に残留するシアン化物を含むニトリルに接触させる工程を含む方法。
【請求項24】
前記少なくとも1つのニトリラーゼ酵素が、シアンデヒドラターゼおよびシアンヒドラターゼを含む群から選択され、かつ/または前記少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌が、ギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現するようにさらに組換えられている、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記少なくとも1つのニトリラーゼ酵素が、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(nit)、シネコシスティス属PCC 6803の染色体(SC-nit)、バチルス・プミルス由来のシアンジヒドラターゼ(BP-cynD)およびシュードモナス・スタッツェリ(PS-cynD)を含む群から選択される少なくとも1つの細菌種に由来するものである、請求項23または24に記載の方法。
【請求項26】
単離された組換えDNA分子であって、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、および
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された1つ以上のシアン化物生成遺伝子
を含む組換えDNA分子。
【請求項27】
前記golS転写活性化因子遺伝子が、GolSmt1(A38I)、GolSmt2(A38QおよびN97D)、GolSmt3(A38KおよびV60L)ならびにGolSmt4(D33P)を含む群またはこれらからなる群から選択される変異体である、請求項26に記載の単離された組換えDNA分子。
【請求項28】
クロモバクテリウム・ビオラセウムのゲノムにおいて1つ以上の遺伝子のプロモーター領域を標的とすることにより該1つ以上の遺伝子の転写を抑制するための、不活性型Cas9およびRNAガイド(sgRNA)の使用であって、該不活性型Cas9が、HNHエンドヌクレアーゼドメインにH840A変異を含み、RuvCエンドヌクレアーゼドメインにD10A変異を含む、使用。
【請求項29】
前記不活性型Cas9をコードする遺伝子が、ParaBADプロモーターに作動可能に連結されており、前記RNAガイド(sgRNA)をコードする遺伝子が、J23119などの強力な構成的プロモーターに作動可能に連結されている、請求項28に記載の使用。
【請求項30】
golTSBオペロンを含む単離された組換えDNA分子であって、該golTSBオペロンが、N末端からC末端の方向に、j23119プロモーターに作動可能に連結されたgolT、golS、golBプロモーターに作動可能に連結されたgolB、およびレポーター遺伝子(GFPなど)を含む、組換えDNA分子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素を使用してシアン化物を分解する方法、および合成生物技術を利用して金属を回収することにより合成生物学的浸出法を行う方法に関する。より具体的には、本発明は、シアン化物の生成、浸出した金属イオンの還元、シアン化物の分解、およびそれ以降のシアン化物の再利用を含むプロセスにおいて使用される遺伝子組換え細菌の使用に関する。さらに、クロモバクテリウム・ビオラセウムにおける転写調節用ツールを提供する。
【背景技術】
【0002】
シアン化物は、主要金属および微量金属の大部分と容易に結合してシアン化物錯体を形成し、このような特性を有することから、鉱石から金属を抽出する際に有用である。シアン化ナトリウムは、採掘現場で最も一般的に使用されており、水に容易に溶解し、ナトリウムイオンとシアン化物イオン(CN-)を生じる。CN-の一部は、シアン化水素(HCN)に変換され、その相対量は水中pHによって決定される。9.0を超えるpHでは、大部分が安定したCN-の形態で存在する。pHが低下するにつれて、HCNに変換されるCN-の量が増加するが、HCNは容易にガスを発生し、空気中に放出される。したがって、採掘溶液の大部分は、pHが10.0を超えるように維持されており、これによって、HCNガスの発生と、その吸入による鉱山労働者の中毒事故を防止することができる。シアン化物は炭素系化合物であるため、その他の炭素系物質と容易に反応し、多くの生物にとって有毒なものとなる。したがって、シアン化物を含む廃棄物は、廃棄前に無害化する必要がある。従来の無毒化方法としてアルカリ塩素法があるが、この方法は危険であり、コストが高い。さらに、採掘に使用したシアン化物が無害な物質に迅速に分解されない場合に問題が生じる。また、毒性の低い物質が長期間にわたり環境中に残存することもあり、水界生態系に問題を引き起こすことがある。
【0003】
電子機器廃棄物のリサイクル産業では、相当な環境リスクをもたらす化学的方法が使用されている。金などの貴金属の回収や、鉛や水銀などの有毒金属の除去に使用されている現在の方法には、乾式製錬(開放燃焼など)と湿式製錬(酸リーチングおよび工業的シアン化法またはシアン化物浴)がある。これらの方法は、多大なエネルギーを消費し、金属分離のための電解工程がさらに必要であり、極めて環境汚染性が高い(Korte, F., Spiteller, M. & Coulston, F. (2000) Ecotoxicology and Environmental Safety 46, 241-245; Fields, S. (2001) Environ Health Perspect 109, A474-481)。金属の回収および浄化をより簡単に行うことができ、費用効率が高く、環境に負担をかけないように、工業化学的なリーチング法を生物工学的リーチング法で置き換える研究努力が費やされており、例えば、Brandl(Brandl, H., Lehmann, S., Faramarzi, M. A., and Martinelli, D. (2008), Hydrometallurgy 94, 14-17)、Watling (Watling, H. R. (2006), Hydrometallurgy 84, 81-108)およびRawlings(Rawlings, D. E. (2002), Annual Review of Microbiology 56, 65-91)を含む多くの科学者や技術者によって生物工学的リーチング分野に大きな貢献がなされている。酸への溶解を利用して貴金属を回収する従来の技術と比べて、電子機器廃棄物のバイオ浄化により金などの貴金属を回収しようとする現在の試みでは、浸出剤を生成する微生物が利用される(Korte, F., Spiteller, M. & Coulston, F. (2000) Ecotoxicology and Environmental Safety 46, 241-245; Pham, V., and Ting, Y. P. (2009), Advanced Materials Research 71, 661-664; Liang, G., Mo, Y., and Zhou, Q. (2010), Enzyme and Microbial Technology 47, 322-326; Chi, T. D., Lee, J. C., Pandey, B. D., Yoo, K., and Jeong, J. (2011), Miner Eng 24, 1219-1222)。このような微生物において、金属のバイオ浄化および回収に使用される浸出剤は、通常、シアン化水素である。シアン化水素が漏出すると環境への相当な脅威となるが、バイオマイニング産業において使用される微生物は、シアン化物を生成する(シアン化物の同等物を生成することができる)とともに、シアン化物を分解する(シアン化物の同等物を無害化することができる)ことから、シアン化水素の漏出の懸念は限定的あるいは最小限に抑えられる。したがって、バイオリーチング法では、環境へのシアン化物の大量放出はほとんど起こらない。
【0004】
穏やかな操作条件で天然の微生物を使用するバイオリーチングでは、既存の方法とは異なり、自然界での生物地球化学的循環によく似たプロセスで金属の再利用が可能であり、その結果、鉱石、エネルギー、埋立用地などのリソースの需要を減らすことができる(Brandl, H., Lehmann, S., Faramarzi, M. A., and Martinelli, D. (2008), Hydrometallurgy 94, 14-17)。バイオリーチングは、「クリーンな技術」であることから、注目を集めている。様々な細菌(例えば、クロモバクテリウム・ビオラセウム(Chromobacterium violaceum)、シュードモナス・フルオレッセンス、および緑膿菌)ならびに様々な真菌(例えば、シバフタケ(Marasmius oreades)、カヤタケ属(Clitocybe sp.)、タマチョレイタケ属(Polyporus sp.))により、浸出剤としてシアン化水素が生成される(Pham, V., and Ting, Y. P. (2009), Advanced Materials Research 71, 661-664)。シアン化物は、これらの微生物の生存期間中の短い期間に二次代謝産物として生成される。微生物によりシアン化物が生成されることは長年知られていたが、様々な生物種におけるシアン化物の生成に関する定量的データはなかった(Liang, G., Mo, Y., and Zhou, Q. (2010), Enzyme and Microbial Technology 47, 322-326)。しかしながら、バイオ回収およびバイオ浄化に関する現在の試みでは、リーチングの費用効率(Faramarzi, M. A., et al., (2004), Journal of Biotechnology 113, 321-326; Krebs, W., et al., (1997), FEMS Microbiology Reviews 20, 605-617)(効率的な金属の回収、短時間でのバイオリーチング、および従来の電気分解に頼らない金属分離)に対する業界の期待に応えることができておらず、その結果、従来の湿式製錬法および乾式製錬法を使用して金属浄化が行われている。このような期待との差異は、微生物が生成する固有の浸出剤の代謝が最適に満たないこと、およびバイオリーチング後に特定の金属を回収するのに適切な生物学的還元経路が欠如していることによる。
【0005】
環境を保全し、天然資源を保護するため、電子機器廃棄物を再利用するための持続可能な技術の開発が強く求められている。本発明は、電子機器廃棄物からの貴金属の回収と有毒金属の除去に焦点を当てている。現在行われている強酸またはシアン化物を使用した従来の電子機器廃棄物の処理技術は環境汚染性が高い。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は概して、生物学的技術を利用して、金属をシアン化し、金属-シアン化物複合体を還元する方法、および生物学技術を利用してシアン化物を加水分解する方法に関する。
【0007】
本発明により、合成宿主(シアン化物を生成するクロモバクテリウム・ビオラセウムなど)に導入可能な金属浸出用統合型合成生物系を構築し、電子機器廃棄物からの効率的な貴金属の回収と有毒金属の浄化を行うことができる。この合成宿主の設計および構築は、最大で4つの主要な構成要素/モジュール、すなわち、1)合成生物技術を利用したシアン化物の生成;2)合成生物技術を利用した金属の回収;3)合成生物技術を利用したシアン化物の分解;および4)生物学的浸出法用の合成回路からなっていてもよい。本発明により、生物学的浸出法用の合成回路を構築することができる。
【0008】
本発明者らは、本発明において、環境から過剰なシアン化物を除去するためのツールを設計および構築することにより、持続可能な金のシアン化方法を産業界に提供することができた。また、本発明者らは、電子機器廃棄物から貴金属および有毒金属を回収することを目的として、クロモバクテリウム・ビオラセウム用のゲノム編集ツールを設計および構築し、合成C.ビオラセウムを構築した。さらに、本発明者らは、金イオン(Au3+)を還元して金ナノ粒子として金元素(Au)の状態に戻し、かつ/または銀イオン(Ag+)を還元して銀ナノ粒子として銀元素(Ag)の状態に戻すためのツールを設計および構築し、電気分解を利用した従来の回収工程の代替手段を産業界に提供することができた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の態様によれば、本発明は、単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金属イオンが還元されて金属元素が金属ナノ粒子として生成されるようにする少なくとも1つの変異を含む、遺伝子組換え細菌を提供する。
【0010】
別の一態様は、単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む、遺伝子組換え細菌を提供する。
【0011】
いくつかの実施形態において、前記単離された遺伝子組換え細菌は、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、ならびに
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された、前記異種シアン化水素合成酵素遺伝子および前記異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の一方もしくは両方
を含む少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドDNA分子をさらに含む。
【0012】
別の一態様は、金イオン(Au3+)から金元素を金ナノ粒子として回収するか、または銀イオン(Ag+)から銀元素を銀ナノ粒子として回収する方法であって、
a)請求項1~11のいずれか1項に記載の単離された遺伝子組換え細菌を、金イオン(Au3+)および/または銀イオン(Ag+)を含む浸出液と接触させる工程;ならびに
b)前記浸出液から金元素のナノ粒子および/または銀元素のナノ粒子を回収する工程
を含む方法を提供する。
【0013】
別の好ましい一実施形態によれば、本発明は、単離された遺伝子組換え細菌を製造する方法であって、
a)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してエラープローンPCRを行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)Au3+および/もしくはAg+を含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程;または
b)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してオーバーラップ伸長PCRを行うことにより、複数部位への飽和変異導入を行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)Au3+および/もしくはAg+を含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程
を含み、
前記遺伝子組換え細菌が、少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金イオン(Au3+)が還元されて金元素が金ナノ粒子として生成されるように、または銀イオン(Ag+)が還元されて銀元素が銀ナノ粒子として生成されるようにすうる1つ以上の変異を含む、方法を提供する。
前記増殖培地中で使用される金は、別の形態(例えばAuClなど)であってもよいことは容易に理解できるであろう。
【0014】
別の一態様は、単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種ニトリラーゼ遺伝子を含み、該ニトリラーゼ遺伝子の遺伝子産物によりシアン化水素が分解される、遺伝子組換え細菌を提供する。
【0015】
いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子は、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種ギ酸脱水素酵素遺伝子、異種グルタミン酸脱水素酵素遺伝子および異種ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子をさらに含む。
【0016】
別の一態様は、合成生物技術を利用してシアン化物系浸出剤を製造する方法であって、
少なくとも1つの組換えシアン化物生成細菌をグリシンに接触させる工程を含み、
前記少なくとも1つの組換えシアン化物生成細菌が、異種シアン化水素合成酵素(hcnABC)遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体(serA)遺伝子に少なくとも1つのプロモーターを連結することによってこれらの遺伝子を発現するように組換えられている、方法を提供する。
この一例を図2Aに示す。
【0017】
いくつかの実施形態において、前記組換えシアン化物生成細菌は、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、ならびに
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された、前記異種シアン化水素合成酵素遺伝子および前記異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の一方もしくは両方
を含む少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドDNA分子をさらに含む。
【0018】
別の一態様によれば、本発明は、本明細書に記載の、合成生物技術を利用したシアン化物系浸出剤の製造を行うことができる、少なくとも1つの単離された組換え細菌を提供する。
【0019】
別の一態様によれば、本発明は、合成生物技術を利用してシアン化物を分解する方法であって、少なくとも1つのニトリラーゼ酵素を発現するように組換えられた少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌を、電子機器廃棄物のバイオリーチング後に残留するシアン化物を含むニトリルに接触させる工程を含む方法を提供する。
【0020】
いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌は、ギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現するようにさらに組換えられている。
【0021】
別の一態様によれば、本発明は、単離された組換えDNA分子であって、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、および
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された1つ以上のシアン化物生成遺伝子
を含む組換えDNA分子を提供する。
【0022】
別の一態様によれば、本発明は、クロモバクテリウム・ビオラセウムのゲノムにおいて1つ以上の遺伝子のプロモーター領域を標的とすることにより該1つ以上の遺伝子の転写を抑制するための、不活性型Cas9およびsgRNAの使用であって、該不活性型Cas9が、HNHエンドヌクレアーゼドメインにH840A変異を含み、RuvCエンドヌクレアーゼドメインにD10A変異を含む、使用を提供する。
【0023】
いくつかの実施形態において、前記1つ以上の遺伝子により、紫色のビオラセイン色素の形成がコードされる。
【0024】
別の一態様は、golTSBオペロンを含む単離された組換えDNA分子であって、該golTSBオペロンが、N末端からC末端の方向に、j23119プロモーターに作動可能に連結されたgolT、golS、golBプロモーターに作動可能に連結されたgolB、およびレポーター遺伝子(GFPなど)を含む組換えDNA分子を提供する。このオペロンは、MerAにより金の還元を行う組換え細菌の全般的なスクリーニングに使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1A-1B】図1Aは、遺伝子組換えシアン化物生成株(SynLix 3.1)が最大で80mg/Lのシアン化物を生成することを示す。シアン化水素合成酵素(hcnABC)と3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体(serA)を発現するようにSynLix 3.1株を組換えた。図1Bは、シアン化物の分解とカップリングのプロセスの概要を示す。遺伝子組換えシアン化物生成株(SynLix 3.1)は、pH10.0に耐性がある(好アルカリ性)。
【0026】
図2】シアン化物の分解とカップリングのプロセスの概要を示す。様々な細菌から得た4種のニトリラーゼのバリアントを選択した。これらの配列を合成し、それぞれ宿主細胞にクローニングした。より具体的には、ニトリラーゼのバリアントとして、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(Pseudomonas pseudoalcaligenes)由来のニトリラーゼ(nit)、シネコシスティス(Synechocystis)属PCC 6803の染色体由来のニトリラーゼ(SC-nit)、バチルス・プミルス(Bacillus pumilus)由来のシアンジヒドラターゼ(BP-cynD)、およびシュードモナス・スタッツェリ(Pseudomonas stutzeri)由来のシアンジヒドラターゼ(PS-cynD)の4種類を使用した。nitは、nitBとnitCという2つの異なるサブユニットを含み、これら2つのサブユニットをpRSF-Duetベクターにクローニングし、宿主細胞としての大腸菌(DE3)BL21株において発現させた。残りの3種のバリアントは、pGMベクターにクローニングし、Tn7転移系を使用してクロモバクテリウム・ビオラセウムのゲノムに組み込んだ。
【0027】
図3】宿主細胞としての組換えクロモバクテリウム・ビオラセウムの模式図を示す。カップリング酵素として、ギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを使用した。これらの酵素を、pBbB8k-RFPベクター(広宿主域ベクター)にクローニングし、クロモバクテリウム・ビオラセウムにおいて発現させた。シアン化物の分解プロセスを下流の酵素群へとつなげることにより、副産物である炭素および窒素を再利用することができ、この系を自立型のシステムとすることができる。
【0028】
図4】不活性型Cas9を使用した転写抑制の機構の模式図を示す。触媒活性が不活化されたCas9は、sgRNA(青色)によりプロモーター配列に誘導され、RNAPによる転写の開始を物理的に抑制する。プロモーター領域において標的となる20塩基のプロトスペーサー(紫色)は、Cas9がDNAに結合する際に必要とされるプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列NGG(赤色)に隣接している。
【0029】
図5】dCas9を使用したC.ビオラセウムにおけるビオラセインの産生の抑制を示す。(A)dCas9回路の模式図を示す。(B)ビオラセインのオペロンにおいて標的となる領域を、3つのdCas9-sgRNA複合体、vioAプロモーター、vioBプロモーター、およびvioCの5’領域で示す。(C)vioAプロモーターを標的とするgRNAが必要とするdCas9の誘導量は最も少なく(0.01%アラビノース)、vioBプロモーターを標的とするgRNAが必要とするdCas9の誘導量は、これよりもわずかに多い(0.1%アラビノース)。一方、これらよりもさらに下流の転写開始部位であるvioCを標的とするgRNAは、図示した2つの非標的指向性gRNA陰性コントロールと同じ効果を有する。(D)(C)に示した各ウェルに対応するOD600の測定値を示す。
【0030】
図6】金センサー回路の最適化を示す。(A)元のGolTSBオペロン、またはGolS転写活性化因子と(B)PgolTSもしくは(C)PgolBで構成された最小の金センサーを使用した金イオンに対する用量反応性と、これらの回路の模式図を示す。
【0031】
図7】金センサー変異体の回路の模式図を示す。
【0032】
図8】GolSの構造を示す。(A)GolSのN末端ドメインは、ヘリックスターンヘリックス(HTH)構造のDNA結合ドメインで構成されており、C末端ドメインは、金イオン結合ドメインで構成されている。(B)Phyre2(Kelley, Mezulis, Yates, Wass, & Sternberg, 2015)を用いて予測した、DNAに結合したGolSホモ二量体の構造を示す。GolSmt1、GolSmt2およびGolSmt3では、DNA結合ドメインの残基(右矢印)に変異が導入されている。GolSmt2は、金イオン結合ドメインにさらに別の変異を有する(上方の残基、上向き矢印)。GolSmt3は、DNA結合ドメインにさらに別の変異を有する(左矢印で示した残基)。
【0033】
図9】GolSmt1におけるA38I変異の部位を示す。38番目の残基がアラニンからイソロイシンに置換された(丸で囲んだ箇所)単一変異体である。アラニンとイソロイシンはいずれも疎水性であるが、イソロイシンはアラニンと比べて疎水性側鎖の炭素数が3個多い。これによって、疎水性が増加し、疎水性中心への凝集が増加し、DNAとの結合がより強固になると考えられる。
【0034】
図10】GolSmt2におけるA38Q変異およびN97D変異を示す。38番目の残基がアラニンからグルタミンに置換され(DNA結合ドメインの丸で囲んだ箇所)、97番目の残基がアスパラギンからアスパラギン酸に置換された(イオン結合ドメインの丸で囲んだ箇所)二重変異体である。第1の変異では、アラニンは非極性中性アミノ酸であり、グルタミンはアミド側鎖を有する極性中性アミノ酸であるが、グルタミンの長い極性側鎖によってDNAへの結合がより良好となると考えられる。第2の変異では、アスパラギンは極性中性アミノ酸であり、アスパラギン酸は極性酸性アミノ酸であるが、アスパラギン酸の負に帯電した側鎖によって、正に帯電した金イオンに対する親和性が高くなるか、二量体化が促進されると考えられる。
【0035】
図11】GolSmt3におけるA38K変異およびV60L変異を示す。38番目の残基がアラニンからリシンに置換され(外側の丸で囲んだ箇所)、60番目の残基がバリンからロイシンに置換された(内側の丸で囲んだ箇所)二重変異体である。第1の変異では、アラニンは非極性中性アミノ酸であり、リシンは極性塩基性アミノ酸であるが、リシンによってDNA主鎖のリン酸基への結合がより良好となると考えられる。第2の変異では、バリンおよびロイシンはいずれも非極性中性アミノ酸であり、ロイシンはバリンと比べて側鎖の炭素数が1個多いことから、DNA結合ドメインの全体的な疎水性が増加すると考えられる。
【0036】
図12】C.ビオラセウムにおいて変異導入と金センサー変異体の選択を行う実験ワークフローを示す。ディープスキャニング変異導入法により、各アミノ酸を別の19個のアミノ酸で置換することによって、golS転写活性化因子の変異体ライブラリーの鋳型を作製した。次に、変異体ライブラリーをC.ビオラセウムにクローニングして形質転換を行った。蛍光の出力が高く、かつ金イオンに対する感度が高い変異体を選択した。
【0037】
図13】金イオンに対する野生型の金センサーおよび上位4つの金センサー変異体の応答を示す。応答曲線をプロットし、ヒルの式:Y=(BmaxXn)/(Kn+Xn)+Cに近似させた。K:最大RFU値の半量にまで活性化させるための[Au3+]の閾値、n:ヒル係数、C:ベースラインのRFU値、Bmax:最大RFU値を示す。
【0038】
図14】動的な調節を新たなシステムに組み込む方法を示した合成回路の模式図を示す。クオラム分子により回路が自律的にオンの状態になり、電子機器廃棄物から金イオンが浸出すると、金センサーの通知により回路がオフの状態になる。
【0039】
図15】金イオンの不在および存在に応答して可逆的にオンとオフが切り替わる同期回路の模式図を示す。この回路は、クオラムセンサーでオンになり(中央の枠)、金イオンセンサーでオフになる(左側の枠)。リプレッサーが希釈されると、金イオンの非存在下でこの可逆的回路を再びオンにすることができる。金イオンセンサー(左側の枠)は、GolS転写活性化因子を含み、このGolS転写活性化因子が金イオンにより活性化されてPhlFリプレッサーを発現する。クオラムセンサー(中央の枠)は、高い細胞密度でAHLによって誘導される宿主の内因性CviRアクチベーターを利用する。このようにして、RFPによって示される出力としてのシアン化物の生成(右側の枠)は、高い細胞密度で同期され、金イオンの存在下で抑制される。
【0040】
図16】金イオンに応答したオン/オフ出力を調べるための、クロモバクテリウム・ビオラセウムのバッチ培養の模式図を示す。本発明の回路のオン/オフ出力を調べるため、2mLのエッペンドルフチューブにおいて、30μg/mLのカナマイシンを添加した300μLのTris最小培地中でC.ビオラセウムの小規模バッチ培養物を37℃で24時間培養した。各継代を1:600に希釈して静止期培養を行い、1継代おきに2μMのAuCl3を添加した。BD Accuri C6フローサイトメーター(BDバイオサイエンス、シンガポール)を使用して、流速14μL/分およびコアサイズ10μmの条件で、エンドポイントにおける単一細胞の蛍光の出力を測定し、各試料につき10,000イベントを収集した。蛍光の励起波長は561nmとし、検出波長は610nmまたは620nmとした。前方散乱光および側方散乱光で細胞をゲーティングした。RFPを発現していていないコントロール細胞のバックグラウンド蛍光を平均蛍光値から差し引いた。
【0041】
図17】金イオンの存在下または非存在下で細胞を連続的に継代し、変異型の金センサーを含む回路と野生型の金センサーを含む回路を比較したところ、変異型の金センサーを含む回路において基底レベルでの漏出性発現が低下したことが示されたグラフを示す。各継代は、直前の継代培養を1:600に希釈して最小培地で培養し、Au3+を添加せずに回路をオンにするか、2μMのAu3+を添加して回路をオフにした。
【0042】
図18】各GolS変異体(B:GolSmt1、C:GolSmt2、D:GolS mt3)を含む回路のオン/オフサイクルを3回繰り返したところ、識別可能なオン集団とオフ集団が認められたが、野生型の金センサーを含む回路(A)では、オン集団とオフ集団が混在していたことが示されたグラフを示す。
【0043】
図19】バイオセンサーの構成の模式図を示す。サルモネラ属のgolオペロンは、P型ATPaseをコードするgolT、AuセンサーをコードするgolS、および金属結合性シャペロンをコードするgolBで構成されている。大腸菌の構成的プロモーターJ23119により、Au3+イオンの結合に利用されるAuセンサーが発現され、このAuセンサーがAu感知プロモーターgolBに結合し、GFPの発現が誘導される。
【0044】
図20】Au3+濃度(μM)の増加に伴うgolGFPの生体感受性を示したグラフを示す。
【0045】
図21】金還元性変異体を同定するためのスクリーニングの模式図を示す。
【0046】
図22】金属への結合親和性および/または特異性を変化させるために配列を変更したMerAタンパク質の標的部位を示す。
【0047】
図23】(A)液体培地および(B)寒天培地における大腸菌Rosetta(DE3)pLysS細胞の増殖に対するAu3+の効果を示す。
【0048】
図24】Au3+含有寒天培地におけるMerAを発現する野生型の大腸菌細胞およびすべての変異体のOD600を示す。
【0049】
図25】MerA変異体によって合成された金ナノ粒子のTEM画像を示す。
【0050】
図26】DMの選択により同定された変異体によるAu3+の還元における速度論的パラメーターの比較を示す(黒色の丸-DM変異体、黒色の六角形-野生型(WT)MerA)。(A)および(B)において、点線より上に示した変異体は、WT MerAよりもkcat/KMまたはkcatが向上している。(A)DM変異体におけるkcat/KM値の比較を示す。(B)DM変異体におけるkcat値の比較を示す。(C)DM変異体におけるKM値の比較を示す。点線より下に示した変異体は、WT MerAよりもKMが向上している。(D)様々な変異体と、これらに関連する配列を示した表を示す。
【0051】
図27】(A)WT MerAまたは(B)DM11によるAuCl3の還元により回収された金ナノ粒子(AuNP)のTEM画像を示す。
【0052】
図28】インビボにおける(A)WT MerAまたは(B)DM11によるAuCl3溶液または浸出液からのAu3+の還元を示す。
【0053】
図29】DM11によるAuの回収前およびAuの回収後、ならびに下流の処理段階におけるAuの含有量の比較を示す。
【0054】
図30】AuCl3溶液または電子機器廃棄物の浸出液からDM11により回収された金ナノ粒子(AuNP)のTEM画像を示す。(A)AuCl3溶液から回収された切頂四面体の金ナノ粒子を示す。(B)AuCl3溶液から回収された、切頂四面体が2つ合わさった形の金ナノ粒子を示す。(C)浸出液から回収された切頂四面体の金ナノ粒子を示す。
【0055】
図31】(A)C.ビオラセウムにおける金および銀のバイオセンサーの模式図を示す。(B)最小培地中の様々な金属イオン、すなわち、AuCl3(40μM)、AgNO3(10μM)、CdCl2(80μM)、ZnCl2(100μM)、HgCl2(5μM)、NiSO4(50μM)、CoCl2(120μM)、FeSO4(25μM)およびCuSO4(35μM)に対する変異型金センサーの感度を示したグラフである。
【0056】
図32】最小培地中の様々な金属イオンに対する野生型バイオセンサーおよび変異型バイオセンサーの用量反応曲線を示す。
【0057】
図33】電子機器のスクラップ金属から浸出された金属を使用した、金および銀に対するC.ビオラセウムのバイオセンシングプロセスの概要を示す。
【0058】
図34】電子機器のスクラップ金属(ESM)から浸出された金属イオンの混合物中における、野生型バイオセンサーおよび変異型バイオセンサーの貴金属イオン感知能を示したグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0059】
簡便に参照できるように、本明細書に記載の引用文献を一覧にして、実施例の後ろに付記している。これらの引用文献はいずれもその内容全体が引用により本明細書に援用されるが、本明細書においてこれらの文献に関する言及がなされたとしても、これらの文献が技術常識の一部を構成することは示唆されない。
【0060】
シアン化物の生成、浸出した金属イオンの還元、シアン化物の分解、およびそれ以降のシアン化物の再利用を含むプロセスにおいて遺伝子組換え細菌を使用するには、別個の変異型酵素を有する別個の細菌株を使用する必要があると想定される。いくつかの細菌株は、金を選択的に還元するものであり、別のいくつかの細菌株は、銀を選択的に還元するものである。実施可能なワークフローとして、生物学的浸出剤を生成する細菌株により金属を酸化し、次に、金還元変異体および銀還元変異体を利用した別の細菌株により金属を選択的に還元して金属を回収し、さらに別の細菌株を使用して、シアン化物を生分解することにより生物学的浸出剤を生物学的に浄化するというワークフローが考えられる。
【0061】
本発明の化合物、組成物、物品、装置および/または方法を開示および説明する前の留意点として、本発明の化合物、組成物、物品、装置および/または方法は、特に明記されない限り、特定の合成方法または特定の組換え生物工学的方法に限定されず、また、特に明記されない限り、特定の試薬にも限定されず、したがって、言うまでもなく、様々に変更してもよいことは理解されたい。また、本明細書において使用される用語は、特定の実施形態を説明することのみを目的としており、特定の実施形態に限定するものではないことも理解されたい。
【0062】
用語の定義
便宜上、本明細書、実施例および添付の請求項において使用される特定の用語を以下にまとめた。
【0063】
本明細書において、「a」および「an」という用語は、これらの冠詞の文法上の目的語となる1つまたは複数の(すなわち、少なくとも1つの)ものを指すために使用される。
【0064】
本明細書において、「含む(comprising)」または「含む(including)」という用語は、これらの用語によって示される本明細書に記載の特徴、構成要素、工程または成分の存在を特定するものであると解釈されるが、1つ以上の別の特徴、構成要素、工程もしくは成分またはこれらの群の存在または付加を除外するものではない。また、本開示の文脈において、「含む(comprising)」または「含む(including)」という用語は、「からなる(consisting of)」という意味も包含する。したがって、「comprise」や「comprises」などの「含む(comprising)」という用語のバリエーション、および「include」や「includes」などの「含む(including)」という用語のバリエーションも同様に広い意味を有する。
【0065】
本明細書において数値範囲は、「おおよその」特定の数値、および/または「おおよその」特定の数値から「おおよその」別の特定の数値までの範囲として示されることがある。このような範囲が記載されている場合、別の一実施形態は、概数ではない前記特定の数値、および/または概数ではない前記特定の数値から前記別の特定の数値までの範囲を含む。同様に、「約」という先行詞を使用することによって特定の数値がおおよその数値として記載されている場合、概数ではない前記特定の数値によって別の一実施形態が構成されると理解される。各数値範囲の上下限値は、一方の限界値が他方の限界値に関連している場合があり、他方の限界値とは関連していない場合もある。また、本明細書では、様々な数値を開示しているが、これらの数値は、その特定の数値そのものだけでなく、その数値の「おおよその」数値も本明細書に開示されている。例えば、「10」という数値が開示されている場合、「約10」という数値も開示されている。また、当業者であれば容易に理解できるように、特定の数値が開示されている場合、「その数値以下」、「その数値以上」およびそれらの数値の間で設定可能な数値範囲も開示されている。例えば、「10」という数値が開示されている場合、「10以下」や「10以上」といった数値も開示されている。また、本出願の全体を通して、様々な形式でデータが提供されているが、これらのデータは、上限値および下限値を示すとともに、データ点の任意の組み合わせを示す範囲を示す。例えば、「10」という特定のデータ点と「15」という別の特定のデータ点が開示されている場合、10よりも大きい数値、10以上の数値、10未満の数値、10以下の数値、10と等しい数値、15よりも大きい数値、15以上の数値、15未満の数値、15以下の数値、15と等しい数値、および10~15の数値も開示されている。また、特定の2つの単位の間の各単位も開示されている。例えば、「10」および「15」という数値が開示されている場合、11、12、13および14という数値も開示されている。
【0066】
本発明の第1の態様において、単離された遺伝子組換え細菌であって、
少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金属イオンが還元されて金属元素が金属ナノ粒子として生成されるようにする1つ以上の変異を含む、遺伝子組換え細菌が提供される。
【0067】
いくつかの実施形態において、前記MerA遺伝子は、アミノ酸置換をコードする1つ以上の変異を含み、該アミノ酸置換は、V317、Y441およびC464を含む群から選択される位置にある。別の実施形態において、前記MerA遺伝子の変異は、A323D、A323D(324~365番目のアミノ酸の欠失)、A414E、G415I、E416C、L417I、I418DおよびA422Nを含む群から選択される1つ以上の位置にある。
【0068】
いくつかの実施形態において、前記金属イオンは金イオン(Au3+)であり、該金イオンが還元されて金元素が金ナノ粒子として生成されるか、前記金属イオンは銀イオン(Ag+)であり、該銀イオンが還元されて銀元素が銀ナノ粒子として生成される。
【0069】
いくつかの実施形態において、前記単離された細菌は、変異していないMerA遺伝子を含む細菌と比較して、基質である水銀に対する還元能が低下している。
【0070】
いくつかの実施形態において、単離された遺伝子組換え細菌は、少なくとも1つのポリヌクレオチド分子により形質転換されており、該少なくとも1つのポリヌクレオチド分子は、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む。いくつかの実施形態において、前記シアン化水素合成酵素遺伝子は、hcnABC(配列番号35)であり、かつ/または前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子は、serA(配列番号36)である。これらの遺伝子は、シアン化水素の生成を増加させて、電子機器廃棄物などの金属源から貴金属を浸出させる。
【0071】
いくつかの実施形態において、シアン化水素の生成は、金イオンセンサーとクオラムセンサーを含むオン/オフスイッチの制御下にある(一例を図15に示す)。より具体的には、金センサーは、浸出した金が臨界値に達すると、リーチング処理をオフにする。このオフ回路は、シアン化により生成された金イオンに応答するものであり、golS遺伝子を誘導する「弱い」構成的プロモーターと、その下流のリプレッサー遺伝子を誘導する別のプロモーターを含む。最小の金センサーの一例としては、弱い構成的プロモーター(例えばPCon6;配列番号37)の制御下にあるgolS転写活性化因子遺伝子と、クオラムセンサー内のPhlFのオペレーターを遮断するPh1Fリプレッサーを生成するための、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターによって誘導されるph1Fリプレッサー遺伝子とを含む金センサーが挙げられる。クオラムセンサーのオン回路は、高い細胞密度に応答するものであり、内因性CviR(高い細胞密度においてAHLにより誘導される)により活性化されるプロモーターと、このクオラムセンサープロモーターの下流にあるPhlFのオペレーターとを含む。このクオラムセンサーの下流かつその調節下には、1つ以上のシアン化物生成遺伝子があり、このシアン化物生成遺伝子は、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子から選択される。
【0072】
いくつかの実施形態において、前記単離された遺伝子組換え細菌は、オン/オフ回路に作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む。このオフ回路はオン回路の上流にあり、このオン回路は、前記シアン化水素合成酵素遺伝子および前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の上流にある。前記オフ回路は、プロモーターに作動可能に連結された異種golS遺伝子と、PgolTSプロモーターおよびPgolBプロモーターから選択されるプロモーターに作動可能に連結された下流の異種ph1Fリプレッサー遺伝子とを含む。前記オン回路は、内因性CviRにより活性化されるプロモーターを含み、このCviR活性化プロモーターと前記シアン化水素合成酵素遺伝子または前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子との間にPhlFのオペレーターを含む。前記シアン化水素合成酵素遺伝子および前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子は、前記CviR活性化プロモーターに作動可能に連結されている。
【0073】
前記golS遺伝子は、C.ビオラセウム用にコドンが最適化されており、かつそのダイナミックレンジと感度が変異導入により最適化されていることが好ましい(一例を図12に示す)。いくつかの実施形態において、前記golS遺伝子は、GolSmt1(A38I)、GolSmt2(A38QおよびN97D)、GolSmt3(A38KおよびV60L)ならびにGolSmt4(D33P)から選択される変異体である。
【0074】
有用な金イオンセンサーは、図19に示すgolTSBオペロンを含む。
【0075】
別の一態様では、golTSBオペロンを含む単離された組換えDNA分子であって、該golTSBオペロンが、N末端からC末端の方向に、j23119プロモーターに作動可能に連結されたgolT、golS、golBプロモーターに作動可能に連結されたgolB、およびレポーター遺伝子(GFPなど)を含む組換えDNA分子が提供される。このオペロンは、MerAにより金の還元を行う組換え細菌の全般的なスクリーニングに使用することができる。
【0076】
ニトリラーゼは、ニトリルをアンモニアと、対応するカルボン酸に加水分解する酵素群である。このようなシアン化物分解酵素は2種類ある。
【化1】
【0077】
第1のシアンジヒドラターゼは、細菌酵素群を含む。これらの酵素は、真のニトリラーゼとして挙動し、シアン化物をギ酸とアンモニアに直接変換する(上のスキーム)。一方、真菌に由来するシアンヒドラターゼは、シアン化物をホルムアミドに加水分解する(下のスキーム)。これらの加水分解酵素は、別の補因子や基質を必要とせず、幅広い基質濃度において触媒作用を示すことから、シアン化物のバイオ浄化に有望な候補となる。
【0078】
いくつかの実施形態において、単離された遺伝子組換え細菌は、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種ニトリラーゼ遺伝子を含んでいてもよい。この異種ニトリラーゼ遺伝子は、シアン化水素を分解する。いくつかの実施形態において、前記異種ニトリラーゼ遺伝子は、シアンデヒドラターゼおよびシアンヒドラターゼを含む群から選択される酵素をコードする。いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つのニトリラーゼ酵素は、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(nit)、シネコシスティス属PCC 6803の染色体(SC-nit)、バチルス・プミルス由来のシアンジヒドラターゼ(BP-cynD)およびシュードモナス・スタッツェリ(PS-cynD)を含む群から選択される少なくとも1つの細菌種に由来するものである。バイオ浄化用のこれらのシアン化物分解細菌株は、統合型ワークフローの一部としてではなく、単独で使用してもよく、シアン化物や重金属を扱う産業用の封じ込めとして使用してもよい。
【0079】
いくつかの実施形態において、前記単離された遺伝子組換え細菌は、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種ギ酸脱水素酵素遺伝子、異種グルタミン酸脱水素酵素遺伝子および異種ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子をさらに含む。シアン化物の分解プロセスを下流の酵素群であるギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼへとつなげることにより、副産物である炭素および窒素を再利用することができ、この系を自立型のシステムとすることができる(図3)。
【0080】
いくつかの実施形態において、前記単離された遺伝子組換え細菌は、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種ニトリラーゼ遺伝子、異種ギ酸脱水素酵素遺伝子、異種グルタミン酸脱水素酵素遺伝子および異種ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子を含む。
【0081】
いくつかの実施形態において、前記細菌は、クロモバクテリウム・ビオラセウム、シュードモナス・フルオレッセンス、緑膿菌および大腸菌を含む群から選択される。
【0082】
いくつかの実施形態において、前記細菌はpH10において安定である。
【0083】
本発明の第2の態様では、金イオン(Au3+)から金元素を金ナノ粒子として回収するか、または銀イオン(Ag+)から銀元素を銀ナノ粒子として回収する方法であって、
a)本発明の態様のいずれかに記載の単離された遺伝子組換え細菌を、金イオン(Au3+)および/または銀イオン(Ag+)を含む浸出液と接触させる工程;ならびに
b)前記浸出液から金元素のナノ粒子および/または銀元素のナノ粒子を回収する工程
を含む方法が提供される。
【0084】
いくつかの実施形態において、前記接触はアルカリ条件下で行われる。
【0085】
いくつかの実施形態において、前記接触は少なくとも約pH10で行われる。
【0086】
本発明の第3の態様では、単離された細菌を製造する方法であって、
a)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してエラープローンPCRを行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)金属イオンを含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程;または
b)水銀(II)還元酵素(MerA)をコードする遺伝子に対してオーバーラップ伸長PCRを行うことにより、複数部位への飽和変異導入を行う工程;
i)前記PCRの産物で少なくとも1つの細菌を形質転換する工程;ならびに
ii)金属イオンを含む培地中で増殖する形質転換体を選択する工程
を含み、
前記細菌が、少なくとも1つのポリヌクレオチド分子を含み、
前記少なくとも1つのポリヌクレオチド分子が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された異種水銀(II)還元酵素(MerA)遺伝子を含み、かつ該MerA遺伝子の遺伝子産物により金属イオンが還元されて金属元素が金属ナノ粒子として生成されるようにする1つ以上の変異を含む、方法が提供される。
【0087】
いくつかの実施形態において、前記遺伝子産物は、金イオン(Au3+)を還元して金元素を金ナノ粒子として生成することができるか、かつ/または銀イオン(Ag+)を還元して銀元素を銀ナノ粒子として生成することができる。いくつかの実施形態において、ii)金属イオンの一部は、AuCl3および/またはAgNO3から選択される。いくつかの実施形態において、a)前記PCRの一部はフォワードプライマーおよびリバースプライマーを用いて行われ、該フォワードプライマーは、5’-GTGGTGGTGGTGGTGCTCGAGTTA-3’(配列番号1)で示されるヌクレオチド配列を含み、該リバースプライマーは、5’-GATATACATATGCACCACCATCACCATCAT-3’(配列番号2)で示されるヌクレオチド配列を含む。
【0088】
いくつかの実施形態において、b)前記PCRの一部は、MerAタンパク質の標的部位であるV317、Y441およびC464にNNKおよび/またはMNNを含むプライマーを用いて行われる。
【0089】
いくつかの実施形態において、前記選択は、少なくとも2つの形態を含み、1つの形態は、Au3+および/またはAg+を含む寒天平板での選択であり、もう1つの形態は、Au3+および/またはAg+を含む液体培養での選択である。
【0090】
本発明の第4の態様では、合成生物技術を利用してシアン化物系浸出剤を製造する方法であって、組換えシアン化物生成細菌をグリシンに接触させる工程を含み、前記細菌が、少なくとも1つのプロモーターに作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む、方法が提供される。
【0091】
いくつかの実施形態において、前記シアン化水素合成酵素遺伝子はhcnABCであり、かつ/または前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子はserAである。この一例を図1Aに示しており、ここでは、SynLix 3.1と名付けた変異体をLB培地中で増殖させ、シアン化物の生成を48時間にわたりモニターした。シアン化物の生成は、シアン化物に感応するイオン選択電極(ISE)を使用して検出した。
【0092】
いくつかの実施形態において、hcnABC遺伝子およびserA遺伝子は、誘導型プロモーターの制御を受ける。いくつかの実施形態において、前記単離された遺伝子組換え細菌は、オン/オフ回路に作動可能に連結された、異種シアン化水素合成酵素遺伝子および異種3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子を含む。このオフ回路はオン回路の上流にあり、このオン回路は、前記シアン化水素合成酵素遺伝子および前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子の上流にある。前記オフ回路は、プロモーターに作動可能に連結された異種golS遺伝子と、PgolTSプロモーターおよびPgolBプロモーターから選択されるプロモーターに作動可能に連結された下流の異種ph1Fリプレッサー遺伝子とを含む。前記オン回路は、内因性CviRにより活性化されるプロモーターを含み、このCviR活性化プロモーターと前記シアン化水素合成酵素遺伝子または前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子との間にPhlFのオペレーターを含む。前記シアン化水素合成酵素遺伝子および前記3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素変異体遺伝子は、前記CviR活性化プロモーターに作動可能に連結されている。
【0093】
いくつかの実施形態において、前記組換えシアン化物生成細菌は、少なくとも約pH10に耐性がある。
【0094】
いくつかの実施形態において、前記合成生物技術を利用したシアン化物系浸出剤の製造と、金属のバイオリーチングとが単一の反応器中で行われる。
【0095】
本発明の別の一態様では、本発明の態様のいずれかに記載の、合成生物技術を利用したシアン化物系浸出剤の製造を行うことができる、少なくとも1つの単離された組換え細菌が提供される。
【0096】
いくつかの実施形態において、前記組換えシアン化物生成細菌は、クロモバクテリウム・ビオラセウム、シュードモナス・フルオレッセンス、緑膿菌および大腸菌を含む群から選択される。
【0097】
本発明の別の一態様では、合成生物技術を利用してシアン化物を分解する方法であって、a)少なくとも1つのニトリラーゼ酵素を発現するように組換えられた少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌を、電子機器廃棄物のバイオリーチング後に残留するシアン化物を含むニトリルに接触させる工程を含む方法が提供される。
【0098】
いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つのニトリラーゼ酵素は、シアンデヒドラターゼおよびシアンヒドラターゼを含む群から選択される。
【0099】
いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つの組換えシアン化物分解細菌は、ギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを発現するようにさらに組換えられている。
【0100】
いくつかの実施形態において、前記少なくとも1つのニトリラーゼ酵素は、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(nit)、シネコシスティス属PCC 6803の染色体(SC-nit)、バチルス・プミルス由来のシアンジヒドラターゼ(BP-cynD)およびシュードモナス・スタッツェリ(PS-cynD)を含む群から選択される少なくとも1つの細菌種に由来するものである。
【0101】
本発明の別の一態様では、単離された組換えDNA分子であって、N末端からC末端の方向に、
(i)構成的プロモーターに作動可能に連結されたgolS転写活性化因子遺伝子と、PgolTSプロモーターまたはPgolBプロモーターに作動可能に連結されたph1Fリプレッサー遺伝子;
(ii)CviRにより活性化されるプロモーターと、PhlFのオペレーター、および
(iii)CviRにより活性化されるプロモーターに作動可能に連結された1つ以上のシアン化物生成遺伝子
を含む組換えDNA分子が提供される。
【0102】
いくつかの実施形態において、前記golS転写活性化因子遺伝子は、弱い構成的プロモーター(PCon6など)の制御を受ける。
【0103】
いくつかの実施形態において、前記golS遺伝子は、C.ビオラセウム用にコドンが最適化されており、そのダイナミックレンジと感度が変異導入により最適化されている(一例を図12に示す)。いくつかの実施形態において、前記golS遺伝子は、GolSmt1(A38I)、GolSmt2(A38QおよびN97D)、GolSmt3(A38KおよびV60L)ならびにGolSmt4(D33P)を含む群またはこれらからなる群から選択される変異体である。
【0104】
本発明の別の一態様では、クロモバクテリウム・ビオラセウムのゲノムにおいて1つ以上の遺伝子のプロモーター領域を標的とすることにより該1つ以上の遺伝子の転写を抑制するための、不活性型Cas9およびRNAガイド(sgRNA)の使用であって、該不活性型Cas9が、HNHエンドヌクレアーゼドメインにH840A変異を含み、RuvCエンドヌクレアーゼドメインにD10A変異を含む、使用が提供される。
【0105】
いくつかの実施形態において、前記不活性型Cas9をコードする遺伝子は、ParaBADプロモーターに作動可能に連結されており、前記RNAガイド(sgRNA)をコードする遺伝子は、J23119などの強力な構成的プロモーターに作動可能に連結されている。
【0106】
いくつかの実施形態において、ビオラセイン色素により下流のプロセス工程が複雑になりうることから、不活性型Cas9によりビオラセインのオペロンを標的として、紫色のビオラセイン色素の形成を阻止する。いくつかの実施形態において、この不活性型Cas9は、vioAプロモーター、vioBプロモーターおよび/またはvioCプロモーターを標的とし、好ましくはこれら3つのプロモーターすべてを標的とする。本発明の概要を説明してきたが、例証を目的として記載された以下の実施例を参照することによって、本発明をさらに容易に理解することができるであろう。なお、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例
【0107】
本明細書において具体的に説明していない当技術分野で公知の標準的な分子生物学的技術は、概して、Green and Sambrook, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Springs Harbor Laboratory, New York (2012)の記載に従って行った。
【0108】
実施例1
シアン化物の分解を目的とした宿主細胞へのニトリラーゼの組み込み
様々な細菌から得た4種のニトリラーゼのバリアントを選択した。これらの配列を合成し、それぞれ宿主細胞にクローニングした。より具体的には、ニトリラーゼのバリアントとして、シュードモナス・シュードアルカリゲネス(Pseudomonas pseudoalcaligenes)由来のニトリラーゼ(nit)(配列番号11)、シネコシスティス(Synechocystis)属PCC 6803の染色体由来のニトリラーゼ(SC-nit)(配列番号12)、バチルス・プミルス(Bacillus pumilus)由来のシアンジヒドラターゼ(BP-cynD)(配列番号13)、およびシュードモナス・スタッツェリ(Pseudomonas stutzeri)由来のシアンジヒドラターゼ(PS-cynD)(配列番号14)の4種類を使用した。nitは、nitB(配列番号15)とnitC(配列番号16)という2つの異なるサブユニットを含み、これら2つのサブユニットをpRSF-Duetベクターにクローニングし、宿主細胞としての大腸菌(DE3)BL21株において発現させた。残りの3種のバリアントは、pGEMベクターにクローニングし、Tn7転移系を使用してクロモバクテリウム・ビオラセウムのゲノムに組み込んだ(図2および図3)。
【0109】
カップリング酵素として、ギ酸脱水素酵素、グルタミン酸脱水素酵素およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼを使用した。これらの酵素を、pBbB8k-RFPベクター(広宿主域ベクター)にクローニングし、クロモバクテリウム・ビオラセウムにおいて発現させた。シアン化物の分解プロセスを下流の酵素群へとつなげることにより、副産物である炭素および窒素を再利用することができ、この系を自立型のシステムとすることができる(図3)。
【0110】
シアン化物分解性のクロモバクテリウム・ビオラセウム株を、細胞外環境に由来するシアン化物を除去する能力について試験した。遺伝子組換えシアン化物分解性C.ビオラセウム株は、100mg/Lのシアン化カリウムの存在下において24時間以内に外因性シアン化物を完全に除去することができた。
【0111】
実施例2
クロモバクテリウム・ビオラセウムにおけるdCas9を用いたゲノム転写制御ツールの開発
CRISPR-Cas9は、多くの生物においてゲノム編集ツールとして広く利用されている。CRISPR-Cas9は、主に、哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母細胞などの真核生物において使用されてきた。CRISPR-Casシステムは、細菌の獲得免疫系に由来するものであり、侵入してきたバクテリオファージDNAの小さな断片を宿主のゲノムに挿入することにより記憶として保存し、同じDNA断片からなるバクテリオファージが将来的に侵入してきたときにその監視を可能とする。化膿レンサ球菌由来のCRISPR-Cas9システムは、RNAガイドと協働することにより、このRNAガイドに相同なDNA配列に結合するCas9エンドヌクレアーゼで構成されており、この結合したCas9エンドヌクレアーゼによって、侵入してきたバクテリオファージの二本鎖DNAが切断される。Cas9エンドヌクレアーゼをゲノム編集ツールとして使用する場合、このCas9エンドヌクレアーゼは、標的DNAに相補的な20塩基のスペーサーと、この後ろに続きCas9エンドヌクレアーゼと接触する76bpの足場とからなるRNAガイドとともに発現される。RNAガイドの20bpのスペーサーによりCas9エンドヌクレアーゼが標的DNAへと誘導されると、Cas9エンドヌクレアーゼにより宿主の染色体の二本鎖切断が起こる。宿主は、切断された染色体を修復するためにDNA修復機構を活性化し、これによって、導入されたDNA断片のDNA標的部位への挿入、欠失または相同組換えが起こる。このRNA誘導型機構はモジュール方式で容易に利用できたことから、CRISPR-Cas9ゲノム編集法は、多くの生物において急速に利用されるようになった。
【0112】
CRISPR-Casは、その他の様々な用途に応用されている。RNAによりDNA配列を容易かつ特異的に認識できるため、特定のゲノム遺伝子座を標的としたCas9の応用例および変形例が数多くある。CRISPR/Cas遺伝子ツールに機能を付加したものとして、遺伝子の転写を標的とするCRISPRi(CRISPR干渉)とCRISPRa(CRISPR活性化)の2つがある。CRISPRi(図4)は、不活性型Cas9(dCas)(配列番号17)を利用して行われ、この不活性型Cas9は、HNHエンドヌクレアーゼドメインにH840A変異を有し、RuvCエンドヌクレアーゼドメインにD10A変異を有することから、立体障害によりプロモーター領域へのRNAポリメラーゼの結合が阻害され、遺伝子の転写が抑制される。CRISPRaでは、RNAポリメラーゼを動員する活性化因子とdCasが融合したタンパク質を介して、遺伝子の転写が増強される。CRISPRaでは、標的遺伝子の発現が3倍増加することが示されている[Bikard, D. et al., Nucleic Acids Res, 41(15), 7429-7437 (2013)]。一方、CRISPRiは、エシェリキア属、シュードモナス属、マイコバクテリウム属、コリネバクテリウム属、クロストリジウム属またはバチルス属に属する細菌属においてより広く利用されており、遺伝子発現を最大で300分の1にまで抑制することができる[Cho, S. et al., Int J Mol Sci, 19(4). doi:10.3390/ijms19041089 (2018); Qi et al., 2013]。以下、CRISPRiツールを使用することにより、クロモバクテリウム・ビオラセウムにおいて染色体遺伝子の発現の転写を抑制できるかどうかを調査する。
【0113】
CRISPR/Casゲノム編集ツールは、真核細胞に対する強力なツールであるが、原核生物では二本鎖DNAの切断は致死性であることから、原核生物におけるCRISPR/Casの使用はより限定的なものとなる。原核生物のDNA修復機構は細胞の回復には不十分であることから、CRISPR/Casを使用すると細菌が死滅してしまう。
【0114】
このような状況下ではあるものの、触媒ドメインにD10A変異とH840A変異を有する不活性型Cas9(dCas9)を、標的遺伝子の転写を遮断できるように適合させた(図5)。本研究では、dCas9を使用して、ビオラセインのオペロンのプロモーター領域を標的とし、紫色のビオラセイン色素の形成を阻止する(図5B)。この抑制は、第1の遺伝子(vioA)のプロモーター(配列番号18)を標的とした場合に最も効果的であり、0.01%のアラビノースで十分に抑制される。この後ろにはvioBプロモーター(配列番号19)が続くが、このvioBプロモーターを介してビオラセインを抑制するには、より高濃度の0.1%のアラビノースによりdCas9の発現を誘導する必要がある。このオペロンのさらに下流のvioCプロモーター(配列番号20)における抑制は、ビオラセインの転写抑制に対してほとんど効果が見られない。光学密度がわずかに低下しているが、これは、dCasの発現による代謝負荷に起因するものではないと考えられる。光学密度のわずかな低下の主な理由の1つとして、OD570に最大吸光度を有するビオラセインの吸光度スペクトルとのオーバーラップに起因する可能性が考えられる[Swem, L.R. et al., Mol Cell, 35(2), 143-153 (2009)]。光学密度のわずかな低下の別の理由として、ビオラセイン色素の抑制が不十分な細胞が集塊を形成したことに起因する可能性が考えられる(図5C)。
【0115】
C.ビオラセウムの染色体の転写制御はこれまでに報告されていない。内因性遺伝子の制御は、代謝工学に有用であり、特に代謝フラックスの制御に有用であることから、遺伝子発現を迅速かつ効率的にノックダウンすることができる。また、簡単に多重化できるため、多くの遺伝子を効率的かつ迅速に一度にノックダウンすることができる[Cobb, R.E. et al., ACS Synth Biol, 4(6), 723-728 (2014); Cress et al., 2015]。さらに、dCas9を別のタンパク質に融合させることもでき、例えば、シチジンデアミナーゼやアデニンデアミナーゼなどの別のタンパク質に融合させて一塩基変異を導入することもできる[Arazoe, T. et al., Biotechnology journal, 13(9): e1700596 (2018); Komor, Kim, Packer, Zuris, & Liu, 2016]。このようにして、C.ビオラセウムの遺伝子ツールボックスを多彩に発展させることができる。
【0116】
クロモバクテリウム・ビオラセウムへのdCasのクローニングおよびその発現
変異導入プライマーとギブソンアセンブリを使用して、2つの触媒部位の変異(D10AおよびH840A)をCas9に導入した。次に、ParaBAD(配列番号21)の制御下にdCasをクローニングした。強力な構成的プロモーターであるJ23119(配列番号22)を使用して、vioAプロモーター、vioBプロモーター、vioCの5’末端または2つの非標的配列を標的とするsgRNAの発現を誘導した(図5A)。C.ビオラセウムを一晩培養し、96ディープウェルブロック(Nunc、デンマーク)中で1:100に希釈し、0.01%アラビノース、0.1%アラビノース、または1%アラビノースを添加してdCasを誘導した。コントロールは誘導を行わなかった。培養物を37℃、280rpmで一晩増殖させた後、96ディープウェルプレートに移し、ビオラセインの産生を可視化し、OD600を測定した。
【0117】
実施例3
クロモバクテリウム・ビオラセウムにおける天然の金オペロンからの金センサーの構築
金のバイオリーチング回路に重要なセンサーの1つとして、金センサーが挙げられる。浸出した金の量に応じて、バイオリーチング回路に動的なフィードバックを提供することができ、金イオン濃度が臨界値に達すれば、リーチング処理を停止することができる。過去に実証された金バイオセンサーは、ネズミチフス菌(Salmonella enterica serovar Typhimurium str.)LT2株由来のgolTSBオペロン(配列番号23)のみである。この金バイオセンサーはGolS(配列番号24)を含むが、このGolSは、銅イオンや銀イオンから金イオンを区別することができることが報告されている唯一のMerRファミリー転写調節因子である[Cerminati, S. et al., Biotechnol Bioeng, 108(11), 2553-2560 (2011)]。この金バイオセンサーは、過去に大腸菌およびS.entericaのみで実証されていたが、そのダイナミックレンジを広げるため、本報告において初めてC.ビオラセウムに対して最適化を行った。
【0118】
この金センサーの特性評価を行うため、まず、golTSBオペロンの全体を蛍光タンパク質の産生の上流にクローニングする。しかしながら、0.001μM~10μMの範囲のAu3+濃度において、蛍光出力のダイナミックレンジは低い(図6A)。この低いダイナミックレンジは、Au3+の非存在下での漏出性発現が、14842RFUという高い値を示すことに起因する(図6A)。さらに、高濃度のAu3+では、1μM以上の濃度で細胞密度が大幅に低下する。細胞に対するこの毒性は、膜輸送を担う膜貫通型のP型ATPaseであるGolTの過剰発現によるものであると考えられ、GolTが過剰発現されると細胞膜の統合性が破壊されてしまう可能性があると考えられる。C.ビオラセウムにおいてこの金センサーが低いダイナミックレンジと細胞毒性を示したことから、golTSBオペロンの最適化を行った。
【0119】
GolSに起因する漏出性の活性化を抑えるため、PgolTSを弱い構成的プロモーターに置き換えてGolSの発現を誘導したところ、プロモーターの強度が低下し、正のフィードバックループが消失した(図6B)。さらに、GolTとGolBを取り除いて最小の金センサーを構築することにより、細胞増殖に対する有害な効果を最小限に抑えた。次に、PgolTS(配列番号25)またはPgolB(配列番号26)を使用してこのコンストラクトを試験し、蛍光タンパク質の産生を誘導した(図6Bおよび図6C)。0~10μMの範囲のAu3+濃度において各ダイナミックレンジの最大値は、pGolTSでは151倍(最小110RFU~最大16416RFU)となり、pGolBでは113倍(最小50RFU~最大1648RFU)となった。
【0120】
C.ビオラセウムに対する毒性が観察されなかった0~1μMのAu3+濃度においてpGolTSとpGolBを比較すると、pGolTSの方が倍率変化は大きかった。0~1μMのAu3+濃度において、遺伝子発現のダイナミックレンジは、PgolBでは38倍の変化(最小50RFU~最大1887RFU)(図6B)であり、PgolTSでは62倍の変化(最小110RFU~最大6737RFU)(図6C)であった。PgolTSコンストラクトは、ダイナミックレンジが高いことから、次の実験に使用する金センサーとして選択した。
【0121】
クロモバクテリウム・ビオラセウムにおける変異導入法による金センサーのダイナミックレンジおよび感度の向上
金センサーの回路および調節機構を最適化した後、GolS転写活性化因子に対してディープスキャニング変異導入法を行うことにより、金センサーの感度とダイナミックレンジをさらに向上させる。GolSタンパク質の構造は解明されていないが、GolSは、ヘリックスターンヘリックス構造のDNA結合ドメインと金イオン結合ドメインを有するMerRタンパク質ファミリーに属する(図8A)[Checa, S.K. et al., Mol Microbiol, 63(5), 1307-1318 (2007)]。構成的に弱く発現されるGolSと、RFPを誘導するPgolTSからなる最適化された回路(図7)を使用して、野生型のGolSよりも広いダイナミックレンジと高い感度を有するGolS変異体をスクリーニングして選択した(図12)。GolSmt1(A38I);GolSmt2(A38QおよびN97D);GolSmt3(A38KおよびV60L);ならびにGolSmt4(D33P)の4種の変異体を選択して、その特性を評価した。野生型GolSならびにGolSmt1変異体、GolSmt2変異体およびGolSmt3変異体の構造をそれぞれ図8図11に示す。
【0122】
これらの金センサー変異体は、これまでに報告されている野生型の金センサーよりも高い感度および広いダイナミックレンジを有する(表1)。Bmax値が増加し、最大で野生型のBmax値の3.5倍の倍数変化となった。K、n、Cなどのその他のパラメーターは2倍を超えて変化しなかったことから、その他の特性は比較的類似したまま保持されていることが示された。
【0123】
【表1】
【0124】
この系において、感度は、金センサーの機能性を決定する重要なパラメーターである。得られた結果から、金センサー変異体が、金イオンに対して野生型の金センサーの少なくとも2倍の感度を有することが示された。これらの金センサー変異体では、8nMの金イオンに対して少なくとも3倍の誘導を示す倍率変化が検出されたが、野生型の金センサーでは倍率変化は検出されなかった(表2)。
【0125】
【表2】
【0126】
これらの数値は、大腸菌に導入したバイオセンサーによる検出の閾値として過去に報告された33nMの金イオンによる2.3倍の誘導よりも高い感度であることを示している[Cerminati, S. et al., Biotechnol Bioeng, 108(11), 2553-2560 (2011)]。これらの金センサー変異体は、わずか80nMのAu3+濃度において出力の倍率変化が10倍を超えたが、野生型の金センサーでは、同じ金イオン濃度において3倍の誘導しか示されず、その金イオン感度は4.5RFU/nMであった。また、野生型の金センサーと変異型の金センサーのいずれでも、オフ状態において漏出性発現がわずかに認められた。オフ状態での出力は低く、いずれも100RFU未満であった(GolSmt1:51RFU、GolSmt2:54RFU、GolSmt3:97RFU、WT:47RFU)。さらに、金センサー変異体は、金イオンが毒性レベルに達する前に、野生型の金センサーよりも高い最大出力を生成することができ、その倍率変化は100倍を超える(GolSmt1:45,088RFU、GolSmt2:36,074RFU、GolSmt3:41,388RFU、WT:12,811RFU)。
【0127】
これらの変異体はいずれも、ヘリックスターンヘリックス構造を有するDNA結合ドメインに変異を有していることから(左矢印および右矢印、図8B)、転写活性化因子の出力の増加は、プロモーター領域への結合の向上によりプロモーター領域が活性化されたことに起因すると考えられ、この結果、金センサー変異体における最大出力が高くなったことが示唆された(図13)。また、これらの転写活性化因子の変異体は、金イオンへの結合に対する親和性が増加しており、これは、金に対する応答関数が左側にシフトしたことによって裏付けられた(図13)。さらに、基底レベルでの漏出性発現は認められず、転写活性化因子が誘導されていない状態において、これらの変異により活性化が増強されなかったことが示唆された。したがって、このような転写出力の増強、金イオンに対する親和性の増強、および金を感知する転写活性化因子の変異体の強固な発現は、金イオンの感知を利用した将来的な用途において有用なツールとなりうる。
【0128】
金センサーの変異導入
golS変異体のライブラリーをQuikScan-19で作製し、QuikChange-HTキット(アジレント・テクノロジー、サンタクララ)を使用して構築した。各アミノ酸を別の19個のアミノ酸で繰り返し置換することにより、GolSの各アミノ酸が別の19個のアミノ酸で置換された変異導入カスタムオリゴが得られ、これらを使用してQuikChange反応を行った。154アミノ酸長のGolSにおいて、1番目のアミノ酸残基であるメチオニンを除くと、作製可能な単一アミノ酸変異体は合計で153×19=2907個である。製造業者のプロトコルに従って、GolSタンパク質の全長に対して約25アミノ酸長の変異領域を有する合計6つのライブラリーを作製した。次に、C.ビオラセウムのコンピテント細胞に各ライブラリーを導入して形質転換を行い、30μg/mLのカナマイシンと2μMのAuCl3を添加した1.5%細菌用寒天含有Tris最小培地に塗布した。青色光下でコロニーを観察し、野生型GolSと比較してRFPの産生が高いコロニーを選択し、96ウェルプレートに接種して増殖させ、BioTek Synergy H1マイクロプレートリーダーで蛍光を定量した。
【0129】
クオラムセンサーおよび金センサーの特性評価のための蛍光測定
金センサーの特性を評価するため、LB培地中の凍結ストックから細胞を96ディープウェルブロック(Nunc、デンマーク)に播種し、37℃で一晩増殖させた。次に、80mM NaCl、50mM Tris、22mM グルコース、20mM KCl、20mM NH4Cl、3mM Na2SO4、1mM塩酸チアミン、0.5g/L酵母エキス、1mM MgCl2、0.65mM Na2HPO4および0.1mM CaCl2を含むTris最小培地(pH7.5)を入れた96ウェルプレート(Costar、ケネバンク)中で細胞を1:200に希釈し、0.001μM~10μMの塩化金(III)(シグマ アルドリッチ)を加えた。
【0130】
次に、BioTek Synergy H1マイクロプレートリーダーにおいて、希釈した細胞を37℃で一晩増殖させた。励起波長を530nmとし、発光波長を600nmとして(ゲインを50に設定)10分毎に赤色の蛍光を測定し、14~20時間にわたり測定を継続した。また、600nmでの吸光度を測定することにより光学密度を測定した。OD600および蛍光値のブランクとして、細胞を含まない培地のみを使用した。
【0131】
実施例4
ロバストな微生物細胞工場用の合成回路を使用した動的な調節とバイオセンサーの組み込み
金のバイオリーチング用の微生物細胞工場において利用される2つの主な成分として、目的の元素である金と、固体の金を酸化して金イオン水溶液を得る際に必要な浸出剤であるシアン化物が挙げられる。金イオンおよびシアン化物はいずれも微生物に対して強い毒性を有することから、生きた微生物細胞工場においてこれらの成分を使用することは困難である。金イオンの毒性は、Au(I)-S錯体の蓄積により酸化ストレスが誘導されることにより生じる[Reith, F. et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 106(42), 17757-17762 (2009)]。一方、シアン化物は、シトクロムオキシダーゼに含まれる金属に結合することによって呼吸系を抑制する[Knowles, C.J. Bacteriol Rev, 40(3), 652-680 (1976); Knowles, C.J. & Bunch, A.W. Adv Microb Physiol, 27, 73-111 (1986)]。また、金イオンは、0.35μMという低濃度で細菌に対して毒性を発揮することが示されている[Shareena Dasari, T.P. et al., Biochem Pharmacol (Los Angel), 4(6), 199 (2015)]。これに対して、シアン化物は、0.4μMという低濃度で細菌に対する毒性を発揮する[Liu, W. et al., Chinese Journal of Chemistry, 25(2), 203-207 (2007)]。C.ビオラセウムには、様々なシアン化物解毒機構が存在し[Brysk, M. M. et al., J Bacteriol, 97(1), 322-327 (1969); Brysk, M.M. & Ressler, Journal of Biological Chemistry, 245(5), 1156-1160 (1970); Ressler, C. et al., Biochemistry, 12(26), 5369-5377 (1973)]、C.ビオラセウムにより生成されるシアン化物からC.ビオラセウム自身を保護しているが、金のバイオリーチング法では、金イオンの毒性を経験したことのないC.ビオラセウムにとって、金イオンの毒性が差し迫った新たな問題となる。そこで、細胞密度が高い場合にのみシアン化物の生成がオンになり、有毒な金イオンを感知すると回路がオフになる動的なオン/オフ回路を構築した(図14)。
【0132】
内因性クオラムセンシングシステムを回路に追加することにより、細胞密度が十分に高い場合にのみ、出力を活性化させることができる(図15)。合成回路の負のフィードバックループを開始させる金センサーはアクチベーターであることから、その下流にリプレッサーを導入して抑制を行う必要がある。過去に特性評価されており、遺伝子発現を最大で193分の1に低下させるTetRファミリーの強力なリプレッサーであるPhlF(配列番号31)[Stanton, B.C. et al., Nat Chem Biol, 10(2), 99-105 (2014)]を金センサーの下流に付加して、出力の転写を抑制する。さらに、転写プロセスにおいてRNAPを物理的に抑制するため、クオラムセンシングプロモーターの下流にPhlFのオペレーター(配列番号32)を付加する(図15)。金センサーによる負のフィードバックループによって、バイオリーチング処理に対してリアルタイムにフィードバックを行うことができ、シアン化物が生成されてシアン化により金イオンが高濃度になると、バイオリーチング処理が抑制される。リプレッサーが発現されると、シアン化物生成遺伝子のプロモーター領域に結合する。これは、高濃度の金イオンが検出された場合、このバイオリーチング酵素の発現がこれ以上起こらないことを意味する。
【0133】
直前の継代培養から1:600に希釈して培養を行う連続バッチ培養において、この回路の試験を行う。2μMのAu3+の存在下で培養して回路をオフにするか、あるいは金イオンの非存在下で培養して回路をオンにする(図16)。本発明者らの研究では、2μMの金イオン濃度において抑制効果が最も高く、10μMの濃度で金イオンの毒性が観察されたことから、2μMの金イオンを使用してオフ状態を誘導する。一方で、回路をオフにするということは、低い漏出性発現が観察されるか、漏出性発現がまったく認められないことを意味する。野生型の金センサーを含む回路をオフ状態にした場合、基底レベルでの発現量は、サイクルを経るごとに増加する。野生型の金センサーを含む回路のオフ状態での出力は、第1サイクルの245RFUから、第2サイクルの765RFU、第3サイクルの1047RFUへと増加した(図17)。これに対して、金センサー変異体を有する回路では、3つのサイクルすべてにおいてオフ状態での出力が250RFU未満に維持された(図17)。
【0134】
基底レベルでの発現量がGolS変異体において低下したことから、連続的な細胞培養において、発現のダイナミックレンジが増加することが示された。野生型の金センサーのダイナミックレンジは、第1サイクルの15倍から、第2サイクルでのわずか5倍、第3サイクルでのわずか4倍へと低下したが、GolS変異体を含む回路では、3つのサイクルすべてにおいて10倍を超えるダイナミックレンジが維持された(図17)。GolS変異体を含む回路において高いダイナミックレンジが維持されたことから、この金リーチング用微生物細胞工場は、複数のオン/オフサイクルを繰り返すことが可能なロバスト性と向上した機能性を有すると見られる。
【0135】
各細胞をフローサイトメーターで分析したところ、代表的なヒストグラムに示すように(図18)、連続的な複数のサイクルを通して、識別可能なオン集団とオフ集団が維持されたことから、GolS変異体回路の向上したロバスト性がさらに裏付けられた。(A)は野生型を示し、(B)はGolSmt1を示し、(C)はGolSmt2を示し、(D)はGolSmt3を示す。野生型の金センサーにおいて観察されたオフ細胞集団の広がり(図18A)は、この細胞集団での発現の不均一性の増加を主な原因として、回路のダイナミックレンジが低下したことを示唆している。金センサー変異体を含む回路においてオフ状態が強く維持されたことは、金イオンに対する感度が増加しており、金センサーのダイナミックレンジが増加していることに起因している可能性がある。細胞の継代数が増加しても、2μMのAu3+による同じ誘導条件下でPhlFリプレッサーの発現量が高くなるほど、クオラムセンシングプロモーターがより良好に抑制されうる。
【0136】
別の観察結果では、GolS変異体のうちの2つ(GolSmt2(図18C)とGolSmt3(図18D))では、3サイクルを通してオフ状態のまま維持された集団が増加しており、ダイナミックレンジがわずかに低下している。これは、サイクルを通したPhlFリプレッサーの希釈が不十分であったことに起因する可能性があり、この結果、わずかな細胞集団がオフ状態のまま維持されたと考えられる。これらのGolS変異体では、PhlFリプレッサーの発現が増加して、オフ状態の出力が良好に維持されたが、この効果が強すぎたために、細胞におけるPhlFリプレッサーの希釈が不十分となり、回路をオン状態に戻せなくなった可能性がある。このことから、GolSmt2およびGolSmt3は、金のバイオリーチング合成回路においてロバストに連続的なオン/オフサイクルを実施するための金センサーとしては適切ではない可能性があることが示唆された。
【0137】
金センサー変異体では、6回の細胞継代培養からなる3回のオン/オフサイクルにおいて、回路のロバスト性が増加した(図16図18)。細胞に対して金イオンの毒性が示されることは、金のリーチングに多くのサイクルを要することを意味することから、このような特性は、ロバストな金のバイオリーチング用の微生物細胞工場の開発に大きく寄与するものである。
【0138】
実施例5
指向性進化法による水銀(II)還元酵素への金還元活性の付与
Au(III)の最小発育阻止濃度の決定
Au(III)は、チオール基(-SH)に対する親和性が高いことから、多くの細菌細胞に対して毒性を示すことが知られており、このことから、代謝に重要な酵素および膜結合タンパク質の多くに影響を及ぼしうる。金に対する還元活性が向上したMerA変異型酵素を発現する大腸菌細胞は、培養培地に添加された毒性レベルのAu(III)に対して高い耐性を示しうる。
【0139】
液体希釈法を行うため、大腸菌Rosetta(DE3)pLysSコンピテント細胞をライゲーション混合物で形質転換し、通常のLB寒天培地で平板培養した。液体培地として、同じ抗生物質と様々な濃度のAuCl3を添加した5mLのTris緩衝低リン酸培地に、単一コロニーを接種し、37℃で24時間培養した。OD600を測定し、細胞の増殖を比較した。増殖を完全に阻止した重金属の最低濃度を最小発育阻止濃度(MIC)とした。図23Aは、大腸菌細胞が140μMを超えるAu3+濃度では増殖することができなかったことを示している。
【0140】
野生型MerAを発現する大腸菌細胞の寒天平板希釈法を行うため、100μg/mLのアンピシリン、34μg/mLのクロラムフェニコール、0.1mMのIPTGおよび様々な濃度のAuCl3を添加したTris緩衝低リン酸寒天培地(6.06g/L Tris、4.68g/L NaCl、1.49g/L KCl、1.07g/L NH4Cl、0.43g/L Na2SO4、0.2g/L MgCl2・6H2O、0.03g/L CaCl2・2H2O、0.23g/L Na2HPO4・12H2O、5.0g/Lグルコース、0.5g/L酵母エキスおよび15g/L寒天)中で、野生型MerAを発現する大腸菌細胞を培養し、希釈し、塗布し、37℃で24時間増殖させた。この結果、Au3+濃度が増加するにつれて、寒天平板上に観察されるコロニーがより少なくなったことが示された。Au3+濃度が160μMに達した時点で、細胞増殖が完全に抑制された(図23B)。
【0141】
金の毒性は、恐らく、代謝に重要な酵素および膜結合タンパク質の多くに存在するチオール基(-SH)に対して金の親和性が高いことに起因すると考えられる。代謝に重要な酵素や膜結合タンパク質が金イオンに結合すると、これらの酵素やタンパク質は、本来であれば生物学的に関連する金属イオンへの結合ができなくなる。液体希釈法では、寒天平板希釈法よりもわずかに低い最小阻止濃度が示された。この差異は、平板培地と液体培地とでAu3+イオンの分布パターンが異なることに起因しうる。
【0142】
指向性進化ライブラリーの構築
水銀(II)還元酵素(MerA)をコードするコドン最適化合成遺伝子を、制限酵素NdeIおよびXhoIを使用して、N末端の6×HisタグとともにpET20b発現ベクター(Novagen)にインフレームでクローニングした。金に対する還元活性が向上したMerAを得るため、エラープローンPCRおよび部位飽和変異導入法を使用して変異体ライブラリーを構築した。
【0143】
製造業者のプロトコルに従ってGeneMorph II Random Mutagenesis kit(アジレント・テクノロジー)を使用して、50~100ngの標的DNAを用いたMerA遺伝子(配列番号33;配列番号34)に対するMerA遺伝子のエラープローンPCRを実施し、いくつかのコロニーをランダムにピックアップして、その配列を決定したところ、中程度の変異頻度(4.5~9個/kbの変異)が得られたことが確認できた。このPCR反応のプライマーとして、epPCR-fw(5’-GTGGTGGTGGTGGTGCTCGAGTTA-3’(配列番号1))およびepPCR-rv(5’-GATATACATATGCACCACCATCACCATCAT-3’(配列番号2))を使用した。サーマルサイクルは、95℃で2分間の初期変性後、95℃で30秒間の変性、55℃で30秒間のアニーリングおよび72℃で1.5分間の伸長を30サイクル行い、最後のサイクルの後に72℃で10分間の伸長を行うようにプログラムした。次に、PCR産物をDpnIで処理して鋳型を分解し、QIAquick PCR精製キット(キアゲン)で精製した。精製したDNA断片をNdeIおよびXhoIで二重消化し、精製し、pET20bベクターにライゲートした。
【0144】
標的部位であるV317、Y441、C464およびC465’にNNKを含む縮重プライマーを用いたオーバーラップ伸長PCRによって、複数部位への飽和変異導入法を行った。これらの位置は、MerAの活性部位内において金の結合部位と見られている部位と極めて近接している(図22)。酸化還元活性を有するC136番目およびC141番目のシステインは、酸化還元活性の喪失を防ぐために変更せずに維持した。使用したプライマーを表3にまとめる。
【0145】
【表3】
【0146】
プライマー対として、T7-fw/V317NNK-rv、V317NNK-fw/Y441NNK-rv、Y441NNK-fw/C464NNK-rvまたはC464NNK-fw/T7-rvを用いてPCR反応を行い、部分的にオーバーラップするDNA断片を作製した。50ngのpET20bMerAプラスミド、500nMの各プライマーおよび1×PrimeSTAR Max Premix(クロンテック)を含む50μLの総量の反応混合物を使用して、98℃で10秒間、55℃で5秒間および72℃で10秒間を30サイクル行うことによりインキュベートした。PCR産物を精製し、等モル量の各断片を1×PrimeSTAR Max Premixと混合して、ショートオーバーラップ伸長反応(98℃で10秒間、55℃で5秒間および72℃で10秒間を5サイクル)を行い、得られた反応混合物1μLを鋳型として使用して、epPCR-fwプライマーおよびepPCR-rvプライマーによりMerA変異体遺伝子の全長を増幅した。PCR産物を精製し、NdeIおよびXhoIで消化し、pET20bベクターにライゲートした。
【0147】
金耐性変異体の選択
エラープローンPCRまたは部位飽和変異導入法から得られたライゲーション混合物を使用して、大腸菌Rosetta(DE3)pLysSコンピテント細胞を形質転換し、得られた形質転換体を、100μg/mLのアンピシリン、34μg/mLのクロラムフェニコール、0.1mMのIPTGおよび250μMのAuCl3を添加したTris緩衝低リン酸寒天培地(6.06g/L Tris、4.68g/L NaCl、1.49g/L KCl、1.07g/L NH4Cl、0.43g/L Na2SO4、0.2g/L MgCl2・6H2O、0.03g/L CaCl2・2H2O、0.23g/L Na2HPO4・12H2O、5.0g/Lグルコース、0.5g/L 酵母エキスおよび15g/L寒天)に播種し、37℃で24時間増殖させた。次に、コロニーをピックアップし、100μg/mLのアンピシリン、34μg/mLのクロラムフェニコール、0.1mMのIPTGおよび300μMのAuCl3を添加した液体Tris緩衝低リン酸培地中で増殖させた。この選択を数回繰り返すことによって、野生型MerAを発現する細胞ではほとんど増殖できない毒性レベルのAu3+(300μM)の存在下で実質的に良好な細胞増殖を示した10個の変異体を得た(図24)。2回目の選択で生き残ったコロニーはいずれも部位飽和変異導入ライブラリーから得たものであり、この半合理的に設計されたライブラリーは、ランダム変異導入ライブラリーよりも高確率に機能性が向上したバリアントを得られる可能性があることには注目すべきである。野生型よりも向上した耐性は、1)MerAによるAu3+イオンの酵素的還元を介した解毒と、2)Au3+へのMerAの結合によるAu3+の捕捉という2つの要因によるものであると考えられる。
【0148】
TEM画像に示すように(図25)、AuCl3から金ナノ粒子を合成するMerA変異体が得られた。指向性進化法により、増強された金還元酵素としてMerA変異体V317Sが同定された。この変異体は、表5にまとめた反応速度論的パラメーターを有する。この増強された金還元酵素は、Au3+を金元素(Au0)へと還元する触媒効率が67倍に増加している。
【0149】
【表4】
【0150】
さらに改良された変異体
MerAの金還元能の触媒効率は、9.1±3.2×101/M/秒であることが過去に確立されている。指向性進化法と合理的な設計方法を組み合わせて、向上したAu3+還元能を有するMerA変異体のライブラリーを作製した。単離された変異体の50%以上が向上した活性を示し、最も良好に改良された変異体は、触媒効率が最大15倍向上した(図26)。DM11変異体(G415I)(配列番号48)は、代謝回転数(kcat)と結合親和性(KM)がいずれも向上したことから、触媒効率が最も向上していた(15倍の増加)。すべての変異体の速度論的パラメーターを表6に示す。
【0151】
この触媒効率の向上は、還元により形成される金ナノ粒子(AuNP)の複雑さにも反映される。DM11は、MerAと比較して、より大きなサイズのより複雑な金ナノ粒子を生成する(図27)。また、この触媒効率の向上は、DM11による電子機器廃棄物の浸出液からの金の還元および回収が、野生型のMerAよりも向上していることにも反映されている(図28)。DM11によるAu3+の回収は、AuCl3溶液からのAu3+の回収(67%)でも、電子機器廃棄物の浸出液からのAu3+の回収(67%)でも同程度に効果的である(図29)。
【0152】

【表5】
【0153】
しかし、AuCl3溶液からの還元では、金ナノ粒子(AuNP)の複雑さが増したことが観察されるが、浸出液からの還元では、金ナノ粒子の複雑さは限定的であることが観察される(図30)。これは、浸出液中のAu3+の量が全体的に少ないことによると考えられる。この制約を克服することができれば、金の回収を大きく改善することができると考えられる。MerAは、細菌の水銀耐性系において必須の酵素である。MerAの反応機構および利用可能な結晶構造に基づくと、効率的な金の還元を目的としたMerAの遺伝子操作が可能であると想定された。これを達成するため、毒性のある寒天培地による選択を行った後に、よりストリンジェントな液体培養選択を行うハイスループット選択操作を確立した。エラープローンPCRおよび複数部位への飽和変異導入法を使用して変異体ライブラリーを構築し、この2段階選択に供した。その結果、金還元/金回収特性が増強されたMerAの変異体が同定された。この結果は、合成生物学的浸出法において合成金属回収技術の一端を担うものである。
【0154】
タンパク質の発現および精製
組換えタンパク質を、T7発現系を使用して発現させた。このプラスミドでRosetta(DE3)pLysS細胞を形質転換し、100μg/mLのアンピシリンおよび34μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地上で選択した。単一のコロニーをピックアップして、前記2種の抗生物質を含む5mLのLB培地に接種し、37℃で一晩増殖させた。100倍に希釈して、OD600が0.6に達するまで培養物を37℃で増殖させた。次に、イソプロピルβ-D-チオガラクトシド(IPTG)を最終濃度0.1mMで添加することによりタンパク質の発現を誘導した。タンパク質の発現の誘導後、細胞を16℃でさらに18時間増殖させた。細胞を超音波処理して溶解し、溶解液を清澄化してニッケルキレートカラム(キアゲン)に供し、Hisタグ付加タンパク質を精製した。溶出液(500mMイミダゾール、50mM Tris-Cl(pH7.5)、300mM NaCl)中のタンパク質試料を濃縮し、アミコンウルトラ遠心式フィルター(ミリポア)を使用して20mMのリン酸ナトリウム(pH7.4)に対して透析した。
【0155】
金還元アッセイ
20mMのリン酸ナトリウム(pH7.4)、200μMのNADPHおよび100μMのAuCl3中で、酵素アッセイを25℃で実施した。分光測光法により340nmでNADPHの酸化を追跡した。酵素活性の単位は、1分あたりに1.0μmolのNADPHの酸化をAu依存的に触媒する酵素の量として定義される。
【0156】
実施例6
MerAによる金還元の速度論的パラメーター
連続分光測定アッセイ(スキーム1)を使用して、AuCl3基質に対する精製された水銀還元酵素(MerA)の速度論的パラメーターを測定した。
【0157】
スキーム1:340nmにおける吸光度の変化によりMerAの活性をモニターするアッセイ
MはHg2+またはAu3+を表し、XはGSH-またはClに対応する。
【化1】
【0158】
天然の基質であるAu3+からAu0への還元は、NADPHからNADP+への酸化を伴う。NADPHの酸化は、340nmにおける吸光度の変化を測定することによって観察した。50μLの反応混合物には、100mMのPIPES(pH7.0)、400μMのNADPH、17.9μMのMerA、および様々な量のAu3+が含まれていた。また、このアッセイにおいて、Hg(GSH)2を基質として使用してMerAの天然の基質であるHg2+からHg0への還元を観察した。
【0159】
Hg(GSH)2およびAuCl3を使用した際のMerAの速度論的パラメーターを測定した(表4)。
【0160】
【表6】
【0161】
水銀を基質とした場合、MerAのKM値は96.3±57.6μMであり、これは、過去に文献で報告されている10.7μMよりも高かった。また、MerAのkcat値は14.6±5.1/秒であり、これは、過去に報告されている9.43/秒よりもわずかに速いが、有意差はなかった。全体的な触媒効率(kcat/KM)値は、1.5±0.7×105/M/秒であり、過去に文献で報告されている8.8×105/M/秒と比較して予想したよりも低く、6分の1であった(Moore, M.J., Miller, S.M., Walsh, C.T. C-Terminal Cysteines of Tn501 Mecuric Ion Reductase (1992) Biochemistry 31(6):1677-85)。AuCl3に関しては、報告されているデータはない。天然の基質であるHg(GSH)2と比較すると、AuCl3を使用した場合のkcat/KM値は4桁小さい。このように、このアッセイは、異なる基質に対するMerAの還元能の測定に使用することができる。
【0162】
金を感知するバイオセンサーを用いたスクリーニングによって、金に対する還元能が向上したMerA変異体が同定された。ネズミチフス菌(Salmonella enterica serovar typhimurium)から単離されたgolTSBオペロンは、レポーターとしての緑色蛍光タンパク質(GFP)とともにバイオセンサーとして機能する(Zammitら、2013)(図19)。このバイオセンサーは、Au+錯体またはAu3+錯体の存在下で誘導されるGolS調節因子の制御下にある。Au+イオンまたはAu3+イオンがGolS調節因子と相互作用すると、GolS調節因子は標的プロモーター配列であるgolBに結合する。この結果、GolS/golB複合体の構造変化が誘導され、GFPレポーターの転写が促進される。本明細書では、過去に報告されている方法に従って[Cerminati, S. et al., Biotechnol Bioeng, 108(11), 2553-2560 (2011)]、この回路を大腸菌の染色体に組み込み、この大腸菌株を金還元能の内因性レポーターとして使用することを提案する。
【0163】
前記バイオセンサーをpRSFDuet-1ベクターにクローニングし、基質としての金に対する応答性を試験した。励起波長として485.20nmのフィルターを使用し、発光波長として528.20nmのフィルターを使用して蛍光を測定した。600nmにおける各試料の最終的な光学密度(OD600)も測定した。蛍光の測定値(Fs)を以下の式(式1)により正規化した。
【数1】
式中、RFU試料は、蛍光(測定機器で測定した任意単位の相対蛍光強度)であり、OD600 試料は、センサー細菌から得られた各試料を測定した最終的な光学密度であり、RFUPRSFおよびOD600 PRSFは、それぞれpPRSFDuet-1ベクターを導入した細菌株において測定した蛍光と最終的な光学密度である。また、誘導係数(IC)を算出した。式中、FAu 3+は、金属に曝露させたときのセンサー細菌の正規化した蛍光値であり、FH2Oは、金属を添加せずに培養したバイオセンサー細菌の正規化した蛍光値(バックグラウンド蛍光)である。
【0164】
100μMまでのAu3+濃度の増加に伴って蛍光が増加した(図20)。これよりも高い濃度では、恐らくは大腸菌が金属毒性に対して感受性を示したために蛍光が急激に減少したと考えられる。このセンサーにおけるAu3+の検出限界、すなわち、バックグラウンドと比較して蛍光の増加が検出可能な金の最低濃度および最高濃度は、100nm~100μMであることが判明した。したがって、このセンサーは、様々な濃度のAu3+を区別することができることが証明されたことから、最適な金還元性MerA変異体のスクリーニングに利用することができる。
【0165】
最適な金還元性MerA変異体のスクリーニングは、蛍光の減少の観察に基づいて行うことができ、この蛍光の減少は細胞内に存在するAu3+イオンの低下に相当し、したがって、金還元活性の間接的なレポーターとして機能する(図21)。金イオンとコントロールプラスミドの存在下では、バイオセンサーが誘導されて強い蛍光シグナルが生じるが、金還元性MerA変異体の存在下では、金イオンが還元されるため蛍光は生じない。
【0166】
実施例7
クロモバクテリウム・ビオラセウムにおける金バイオセンサーの銀イオンに対する高い感度
図31Aに示すバイオセンサーを、最小培地中の様々な金属イオンに対する感度について試験した。このバイオセンサーは、金イオンと銀イオンを感知するが、カドミウムイオン、亜鉛イオン、水銀イオン、ニッケルイオン、コバルトイオン、鉄イオン、銅イオンなどのその他の金属に対しては高い応答性を示さなかった(図31B)。この用量反応性から、この変異型バイオセンサーが、金イオンおよび銀イオンに対して、野生型バイオセンサーよりも広いダイナミックレンジおよび高い感度を有することが認められる(図32)。
【0167】
実施例8
C.ビオラセウムによる電子機器廃棄物から浸出した貴金属イオンの感知
C.ビオラセウムを電子機器廃棄物とともにインキュベートし、6日間培養して、電子機器廃棄物から貴金属を水性培養物中に浸出させた。6日間の培養後、C.ビオラセウム細胞を遠心分離し、得られた使用済み培地を、実施例7で使用したバイオセンサーを含むC.ビオラセウムに加えた(図33)。この転写因子バイオセンサーは、電子機器から浸出したスクラップ金属(ESM)を含む使用済み培養培地中で活性化されたが、コントロール培養培地中では活性化されなかった(図34)。電子機器から浸出したスクラップ金属(ESM)を含む6日目の使用済み培養物に応答した変異型バイオセンサーの蛍光の出力は2515RFUであったのに対して、野生型バイオセンサーの蛍光の出力は1101RFUであった。6日間使用した培養物をICP分析したところ、この使用済み培地中に1.1ppm(5.6μM)の金イオン、0.34ppm(3.2μM)の銀イオンおよび12.3ppm(193.2μM)の銅イオンが存在することが示された。この結果は、C.ビオラセウムのバイオセンサーが、電子機器廃棄物を含む培地から浸出した金イオンおよび銀イオンの存在下で活性化されたことを示している。この特性は、C.ビオラセウムにおいてさらなる合成回路モジュールを活性化させるのに有用である。
【0168】
まとめ
1.本発明において、水銀還元酵素(Mer)系を使用することにより、生物学的技術により金属をシアン化し、金属-シアン化物錯体を還元することができた。
2.本発明において、本発明のツールにより、生物学的浸出法用の合成回路を構築することが可能であり、効率的に金属を回収することを目的として、個々の生物系の連続的かつ適切な発現および活性化に適用することができる。本発明のツールは、以下の特徴を有する。
a.電子機器廃棄物をバイオリアクターに加えることにより、シアン化物生成用合成モジュールの発現を調節下で誘導することができる。これによって、金属バイオリーチング用のシアン化物系浸出剤をタイミング良く生成することができる。
b.個々の金属-シアン化物錯体を検出すると、金属回収用合成モジュールが特異的に一時的に発現される。電子機器廃棄物は不均一な状態であることから、各金属の濃度(およびこれに伴う金属イオン濃度)は様々に異なるため、各金属を一時的に除去することが必要となる。この除去は、金属イオンの価数および種類に応じて特異的に遺伝子組換えMer系を選択的に発現させることによって行うことができる。
c.金属が回収された後に、シアン化物分解用合成モジュールの発現を調節下で誘導することによって、過剰なシアン化物系浸出剤が代謝され、シアン化物の炭素原子および窒素原子を中心代謝経路に戻すことができる。
【0169】
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図1A
図1B
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図34
【配列表】
2022529239000001.app
【国際調査報告】