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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-06-27
(54)【発明の名称】細胞外マトリックス調節剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/551 20060101AFI20220620BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20220620BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20220620BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20220620BHJP
【FI】
A61K31/551
A61P27/02
A61K9/08
A61K9/10
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021544418
(86)(22)【出願日】2020-02-27
(85)【翻訳文提出日】2021-07-29
(86)【国際出願番号】 JP2020008101
(87)【国際公開番号】W WO2020175636
(87)【国際公開日】2020-09-03
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2019/007735
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019179428
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519353123
【氏名又は名称】クルーゼ,フリードリッヒ イー.
(71)【出願人】
【識別番号】519353134
【氏名又は名称】シュロッツァーシュレハルト,ウルスラ
(71)【出願人】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】クルーゼ,フリードリッヒ イー.
(72)【発明者】
【氏名】シュロッツァーシュレハルト,ウルスラ
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA11
4C076AA16
4C076BB24
4C076CC10
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC54
4C086GA07
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA16
4C086MA58
4C086NA14
4C086ZA33
(57)【要約】
【課題】
角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤を提供する。
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含有する、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤に関する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
【請求項2】
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンが、(S)-(-)-1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンである、請求項1に記載の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
【請求項3】
グッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤である、請求項1または2に記載の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
【請求項4】
FECD患者におけるグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤である、請求項3に記載のグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤。
【請求項5】
グッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤である、請求項1または2に記載の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
【請求項6】
FECD患者におけるグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤である、請求項5に記載のグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤。
【請求項7】
液体製剤である、請求項1から6のいずれか一項に記載の薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤に関する。より詳細には、本発明は、活性成分として1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含有する、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は、強膜と共に眼球の壁を構成するだけでなく、透明な組織であることから外部の像を眼内に取り込むための入口としても挙動する重要な組織である。角膜の厚さは、中心部でおよそ500μmであり、外側から出発して角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質、デスメ膜、および角膜内皮の5層からなる。
【0003】
角膜内皮細胞は、種々の細胞外マトリックス構成成分を産生して、特殊化した基底膜、すなわちデスメ膜を形成する。デスメ膜は、前側の縞状層(胎児層)と、内皮細胞の分泌活性によって継続的に成長し、生涯を通して肥厚する後側の非縞状層(生後)の2つの層で構成される。正常なデスメ膜は、角膜実質側にVIII型コラーゲン、IV型コラーゲン(鎖α1~α2)、およびフィブロネクチンを含有し、内皮側にエンタクチン、ラミニン、パールカン、およびIV型コラーゲン(鎖α3~α6)を含有する。偽水晶体水疱性角膜症などの角膜内皮障害は、事実上全てが、異常な細胞外マトリックス蓄積に関連付けられる。これらの状態では、角膜内皮細胞がストレス誘導性トランス分化を受けて筋線維芽細胞になり、それにより過剰量のコラーゲン(大部分はI型コラーゲン)が産生され、デスメ膜の表面に異常な後側原線維層が形成される。そのような後側の線維化層は、内皮機能障害における一般的な最終的経路の結果であると考えられる(非特許文献1参照)。
【0004】
デスメ膜のマトリックス組成の変化も、疣贅様突出物、いわゆるグッテー(guttae)の形成と共に、フックス角膜内皮ジストロフィー(FECD)の特徴的な初期の臨床的特質である(図1)。これらのマトリックスの変化により、罹患している患者において光散乱に起因したコントラスト感度の喪失およびグレアの増大が導かれ(非特許文献2参照)、それにより、患者の視覚の質が重度の影響を受ける。角膜内皮細胞機能障害により、さらに角膜浮腫、角膜の透明度の喪失、および不可逆的失明が生じる。FECDは、ゆっくりと進行する両側性角膜疾患であり、40歳を超えた成人において臨床的に明らかになる。2015年には、FECDは世界中で実施された角膜移植(corneal graft)の39%を占めた。現在のところ、角膜移植(corneal transplantation)以外にFECDに対する治療法は存在しない。
【0005】
最近の刊行物において、FECDが、マトリックスタンパク質の発現パターンの、偽水晶体性水疱性角膜症の患者および正常な対象の発現パターンとは異なる特異的変化によって特徴付けられることが示された(非特許文献3参照)。FECD検体において、I型、III型およびXVI型コラーゲン、フィブロネクチン、アグリン、ラミニンα1、TGFBIならびにクラスタリンを含めたいくつかのマトリックスタンパク質がmRNAレベルおよびタンパク質レベルの両方で選択的に上方制御されることが同定された。免疫組織化学的検査により、これらのマトリックスタンパク質、特にIII型コラーゲンがデスメ膜肥厚およびグッテー形成に関与することが確認された(図2)。FECDにおける異常なマトリックス沈着は、FECD患者の房水中のTGF-β2のレベルの上昇によって誘導される可能性がある。VI型コラーゲン、ラミニンα3、およびフィブロネクチンの上方制御が、最近、FECD患者由来の培養内皮細胞において確認された(非特許文献4参照)。
【0006】
デスメ膜肥厚およびグッテー形成がFECDの最初の臨床徴候であることが分かっているので、異常なマトリックス沈着を阻害することにより、疾患の増悪を緩徐化し、最終的に角膜移植を回避することができる。本発明者らは、ストレス誘導性またはTGFβ誘導性Rhoキナーゼ(Rho関連、コイルドコイル含有プロテインキナーゼ:ROCK)シグナル伝達活性化が線維化応答および角膜内皮細胞による異常なマトリックス産生に関与すること、ならびに、ROCK阻害によりこれらの変化を減弱させる、予防する、またはさらには逆転させ、それにより、FECD患者における視覚機能を正常化することができるという仮説を立てた。
【0007】
Rhoは、小さなGTPアーゼであり、グアニンヌクレオチド交換因子により活性化されると、ミオシン軽鎖およびLIMキナーゼを含めた種々の基質をリン酸化するROCKを活性化する。ROCKシグナル伝達は、創傷、インテグリン刺激、サイトカインおよび増殖因子によって活性化され、接着、遊走、増殖、分化およびアポトーシスを含めた広範にわたる基本的な細胞事象を制御する。これらのプロセスは、主に細胞骨格の調節によって媒介される。
【0008】
腎臓および肺を含めた多数の器官系における線維化病変の発生におけるRho-ROCKシグナル伝達経路の関与に関しては多数の証拠が蓄積されている(非特許文献5~8参照)。ROCKシグナル伝達活性化は、ストレスまたは傷害に応答した上皮細胞、内皮細胞および間葉細胞の線維化促進応答に関与し、それにより、線維芽細胞の、変化したコラーゲンリッチ細胞外マトリックスを産生する筋線維芽細胞への移行が駆動されると思われる。一貫して、ROCK阻害剤は、動物モデルにおける線維症を抑制または予防するために使用されており、より重要なことに、すでに確立された線維症からの回復を誘導する(非特許文献6参照)。これらの抗線維化効果は、TGFβにより誘導される筋線維芽細胞形質転換および過剰なマトリックス産生の防止によって媒介される可能性がある(非特許文献9~12参照)。ROCKの小分子阻害剤であるファスジルは、種々の線維性疾患において抗線維化効果を有することが示されており、例えば、ファスジルにより、ヒト線維芽細胞におけるα-SMA、MLCP、LIMK1、p-コフィリン、I型コラーゲン、およびIII型コラーゲンタンパク質の発現が減弱した(非特許文献12参照)。したがって、一連の証拠から、ROCK阻害が線維症の治療における強力な治療ツールとしての大きな可能性を有することが示される。
【0009】
トランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)シグナル伝達経路は、線維性疾患における細胞外マトリックスの異常な合成を駆動する線維芽細胞活性化の重要なメディエーターである。さらに、TGF-β媒介性線維症には標準的なWntシグナル伝達の活性化が必要であり、線維性疾患の病理発生における両方の経路の相互作用の重要な役割が強調される(非特許文献13参照)。Wntシグナル伝達およびTGF-βシグナル伝達はまた、内皮間葉移行(EMT)を活性化することも示唆されている。
【0010】
以前の試験により、Y-27632、H-1152およびチアゾビビンを使用してROCKシグナル伝達を阻害することにより、in vitroおよびin vivo動物モデルにおいて細胞接着、遊走、増殖および創傷治癒が刺激され、角膜内皮細胞のアポトーシスおよび内皮間葉移行(EMT)が抑制されることが示された(非特許文献14~25参照)。K-115について、内皮細胞の増殖および創傷治癒の刺激、機能的内皮マーカーの上方制御ならびにEMTマーカーの下方制御について、同様の所見が報告されている(非特許文献26および27参照)。これらの試験により、角膜内皮細胞培養(cultivation)のための細胞注射療法における補助薬として(非特許文献28参照)、および、FECDに対する、いわゆるDWEK(内皮角膜形成術を伴わないデスメ膜剥離)またはDSO(デスメ膜剥離のみ)手順である角膜ドナー移植を伴わないデスメ膜剥離(descemetorhexis)(デスメ膜除去)戦略の失敗をレスキューするための点眼剤として(非特許文献29参照)、ROCK阻害剤が有用であることについて証拠がもたらされた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Ljubimov A. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 1996, 37, 997-1007
【非特許文献2】Watanabe S. et al., Ophthalmology, 2015, 122(10), 2013-2019
【非特許文献3】Weller J. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2014, 55, 3700-3708
【非特許文献4】Goyer B. et al., Tissue Engineering, 2018, 24(7&8), 607-615
【非特許文献5】Moriyama T. and Nagatoya K., Drug News Perspect., 2004, 17(1), 29-34
【非特許文献6】Knipe R. et al., Pharmacol. Rev., 2015, 67, 103-117
【非特許文献7】Riches D. et al., Am. J. Pathol., 2015, 185(4), 909-912
【非特許文献8】Shimizu T. and Liao J., Circ. J., 2016, 80, 1491-1498
【非特許文献9】Zhu J. et al., Int. J. Ophthalmol., 2013, 6(1), 8-14
【非特許文献10】Gu L. et al., Chem. Pharm. Bull., 2013, 61(7), 688-694
【非特許文献11】Baba I. et al., Mol. Med. Rep., 2015, 12, 8010-8020
【非特許文献12】Xu N. et al., Am. J. Trans. Res., 2017, 9(3), 1317-1325
【非特許文献13】Akhmetshina A. et al., Nat. Commun., 2012, 3, 735
【非特許文献14】Okumura N. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2009, 50, 3680-3687
【非特許文献15】Okumura N. et al., Br. J. Ophthalmol., 2011, 95, 1006-1009
【非特許文献16】Okumura N. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2013, 54, 2439-2502
【非特許文献17】Okumura N. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2014, 55(1), 318-329
【非特許文献18】Okumura N. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2015, 56, 6067-6074
【非特許文献19】Okumura N. et al., Scientific Reports, 2016, 6, 26113
【非特許文献20】Pipparelli A. et al., PLoS One, 2013, 8(4), E62095
【非特許文献21】Li S. et al., Tissue Cell, 2013, 45(6), 387-396
【非特許文献22】Guo Y. et al., Cellular Reprogramming, 2015, 17(1), 77-87
【非特許文献23】Peh G. et al., Scientific Reports, 2015, 5, 9167
【非特許文献24】Meekins L. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2016, 57, 6731-6738
【非特許文献25】Wu Q. et al., Int. J. Mol. Med., 2017, 40, 1009-1018
【非特許文献26】Nakagawa H. et al., PLoS One, 2015, 10(9), e0136802
【非特許文献27】Okumura N. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2016, 57, 1284-1292
【非特許文献28】Kinoshita S. et al., New Eng. J. Med., 2018, 378(11), 995-1003
【非特許文献29】Moloney G. et al., Cornea, 2017, 36(6), 642-648
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節する薬剤、及びFECD患者のグッテー形成を抑制する薬剤に関する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために本発明者らが行った集中的な試験の結果として、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩またはそれらの溶媒和物が、角膜内皮細胞によるアグリン、I型およびIII型コラーゲン、ならびにフィブロネクチンなどの細胞外マトリックスの発現を抑制することができ、その結果、異常なマトリックス産生を特徴とする角膜疾患を治療するための医薬品をもたらすものであることが見いだされた。さらに、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩またはそれらの溶媒和物は、TGF-βシグナル伝達経路および筋線維芽細胞の形質転換を調節することができ、初期のFECDを有する患者における線維症を治療するための医薬品をもたらすものである。さらに、当該物質を眼に滴下することも可能であり、それにより、患者にわずかな負荷を課すに過ぎない製剤が可能になることが見いだされた。
【0014】
換言すると、本発明は、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤に関する。
加えて、本発明は、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含有する、グッテー形成を予防および/または抑制する薬剤に関する。
さらに、本発明は、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含有する、グッテー形成の再発を予防およびまたは抑制する薬剤に関する。
【0015】
本発明のより詳細な説明は以下の通りである。
(1)1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(2)1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンが、(S)-(-)-1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンである、上記の(1)の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(3)グッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(1)または(2)の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(4)FECD患者におけるグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(3)のグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤。
(5)初期のFECD患者におけるグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(4)のFECD患者におけるグッテー形成を予防および/または抑制するための薬剤。
(6)グッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(1)または(2)の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(7)FECD患者におけるグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(6)のグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤。
(8)角膜ドナー移植を伴わないデスメ膜剥離(DWEKまたはDSO)後にFECD患者におけるグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤である、上記の(7)のFECD患者におけるグッテー形成の再発を予防および/または抑制するための薬剤。
(9)液体製剤である、上記の(1)~(8)のいずれか1つの薬剤。
(10)角膜内皮の障害を予防および/または治療するための薬剤である、上記の(1)または(2)の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(11)角膜内皮の障害が、水疱性角膜症または角膜内皮炎などの角膜内皮の疾患である、上記の(10)の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(12)点眼剤である、上記の(1)~(11)のいずれか1つの角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤。
(13)上記の(1)~(12)のいずれか1つの角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤の製剤を作製するための方法であって、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を薬学的に許容される担体と混合することを含む方法。
(14)初期のFECDを有する患者におけるTGF-βシグナル伝達経路および筋線維芽細胞の形質転換を調節するための薬剤であって、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む薬剤。
(15)初期のFECDを有する患者におけるTGF-βシグナル伝達経路を調節するための薬剤であって、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む薬剤。
(16)初期のFECDを有する患者において筋線維芽細胞の形質転換を調節するための薬剤であって、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を含む薬剤。
(17)初期のFECDを有する患者における線維症を治療するためのものである、上記の(14)~(16)のいずれか1つの薬剤。
(18)液体製剤である、上記の(14)~(17)のいずれか1つの薬剤。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現の異常によって引き起こされる角膜障害を予防および/または治療するために角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤を提供する。本発明の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤により、様々な種類の角膜内皮の障害、例えば、水疱性角膜症もしくは角膜内皮炎などの角膜内皮の疾患、または角膜移植などによって引き起こされる角膜内皮の異常を予防および/または治療することができる。さらに、本発明の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤は、その活性成分が低濃度であっても有効であり、したがって、本発明の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤は、副作用を殆どともなわない高度に有効かつ安全な医薬組成物として使用することができる。
さらに、本発明の角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤により、患者にわずかな負荷を課すに過ぎない点眼剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】健康な対照患者と、FECD患者におけるデスメ膜の構造の模式図を表す。
図2】FECD患者のデスメ膜とグッテーにおけるIII型コラーゲンの免疫組織化学染色を表す。
図3】K-115を24時間10~100μMでインキュベーションを行った場合と行わなかった場合における、正常ドナー(n=6)の角膜表皮細胞FECD関連マトリックス遺伝子の相対発現を表す。遺伝子発現は、定量的リアルタイムPCRで分析し、GAPDHでノーマライズ化した(*p<0.01)。
図4】30μMのK-115による24時間インキュベーションの有無による、FECD患者(n=20)の角膜内皮細胞によるFECDに関連したマトリックス遺伝子の相対発現を表す。遺伝子発現は、定量的リアルタイムPCRで分析し、GAPDHでノーマライズ化した(*p<0.01、**p<0.001)。
図5】FECD患者(n=4)の角膜表皮細胞におけるフィブロネクチンのウエスタン・ブロット解析;等量の試料の装填はβ-アクチンによって確認された。バンドの強さの濃度測定分析は4つの独立した実験の平均値±SDを意味する(*p<0.01)。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明をより詳細に記載する。
本発明における1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンは、不斉炭素原子を1つ有し、それにより(R)異性体および(S)異性体が導かれる。本発明では、(R)異性体、(S)異性体、およびそれらの混合物のいずれも使用することができる。医薬活性成分としては、(R)異性体または(S)異性体の高純度光学活性材料が好ましい。所望の活性の点から、(S)異性体が(R)異性体よりも好ましい。
【0019】
本発明の活性成分である1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンは、Rhoキナーゼ阻害効果を有する化合物として公知であり、公知の方法、例えば、WO99/20620A1に開示されている方法によって作製することができる。1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンの(S)異性体はK-115またはリパスジルとしても知られており、これは緑内障および高眼圧症に対する治療剤として製造販売されている。日本ではグラナテック(商品名;0.4%リパスジル塩酸塩水和物)点眼液が点眼製剤として臨床的に利用可能である。
【0020】
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンの塩としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、フッ化水素酸もしくは臭化水素酸などの無機酸と形成される塩、または酢酸、酒石酸、乳酸、クエン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸もしくはカンファースルホン酸などの有機酸と形成される塩が挙げられる。特に塩酸塩が好ましい。
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩は、非溶媒和型として存在し得るだけでなく、水和物または溶媒和物としても存在し得る。水和物が好ましいが、本発明は、全ての結晶形および水和物または溶媒和物を含む。
【0021】
Rhoキナーゼ阻害剤としては、AR-13324(化学名:4-[(2S)-3-アミノ-1-(6-イソキノリニルアミノ)-1-オキソ-2-プロパニル]ベンジル 2,4-ジメチル安息香酸;ネタルスジル(商品名); ロープレッサ(商標))もまた、本発明において使用することができる。
【0022】
本発明では、「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤」とは、FECDなどの病的状態における角膜内皮細胞の機能の増大が抑制されるように角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節する薬剤を指す。
【0023】
初期または後期のFECD患者におけるグッテー形成は、角膜内皮細胞における例えばアグリン、I型およびIII型コラーゲン、ならびにフィブロネクチンなどの細胞外マトリックスの発現の増大に主に依存するので、本発明の「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤」は、FECDの進行を予防または抑制することができるものと考えられる。
【0024】
本発明の「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤」を投与することにより、角膜内皮の機能を調節することが可能になるので、本発明の「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節するための薬剤」はまた、角膜浮腫を予防もしくは治療するための薬剤、および/または角膜内皮の障害を予防もしくは治療するための薬剤として使用することもできる。
【0025】
本発明の「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節すること」は、当技術分野において頻繁に使用される通常の製剤技術を使用して眼への局所投与に適した剤形に製剤化される。剤形としては、例えば、これだけに限定されないが、前房注射剤、眼灌流剤、または点眼剤などの液体製剤が好ましい。好ましい製剤として、治療効果の点からは前房注射剤または眼灌流剤が好ましい剤形であるが、これらは患者に著しい負荷を課すものである。したがって、投与の容易さの点から、点眼剤が好ましい製剤に含まれる。
【0026】
点眼剤の調製は、例えば、所望の上記の成分を滅菌純水もしくは生理食塩水などの水性溶媒中、または綿実油、ダイズ油、ゴマ油もしくはピーナッツ油を含めた植物油などの非水性溶媒中に溶解または懸濁させ、溶液または懸濁液の圧力を所定の浸透圧に調整し、濾過滅菌などの滅菌処理を実施することによって実現することができる。眼軟膏剤に調製する場合、上記の種々の成分に加えて軟膏基剤を含有させることができることに留意されたい。前記軟膏基剤は、特にこれだけに限定されないが、ワセリン、流動パラフィンまたはポリエチレンなどの油性基剤;油相と水相が界面活性物質などによって乳化されたエマルション基剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリエチレングリコールからなる水溶性基剤などを含むことが好ましい。
【0027】
本発明の「角膜内皮細胞による細胞外マトリックスの発現を調節する」ために1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジン、好ましくは(S)-(-)-1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンまたはその塩、またはそれらの溶媒和物を使用する場合、用量は、患者の体重、年齢、性別および症状、剤形、ならびに投薬数などに依存するが、一般に、1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジン、好ましくは(S)-(-)-1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンの成人に対する用量として、1日当たり0.025~10000μg、好ましくは0.025~2000μg、より好ましくは0.1~2000μg、さらに好ましくは0.025~200μg、0.025~100μgの範囲が挙げられる。
1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジン、好ましくは(S)-(-)-1-(4-フルオロ-5-イソキノリンスルホニル)-2-メチル-1,4-ホモピペラジンを点眼剤として使用する場合には、活性成分の濃度は、およそ0.0001~5w/v%、好ましくはおよそ0.01~4w/v%であり得る。
【0028】
さらに、投薬数は特に限定されないが、1回または数回の投与を実施することが好ましく、また、液体点眼剤の場合には、1回の投与で1滴~数滴を眼内に滴下することができる。
【実施例
【0029】
正常なドナー角膜由来およびDMEK外科手術中のFECD患者由来の内皮-デスメ膜(EDM)-複合体を調製した。EDMスクロールを二等分し、K-115(Selleck Chemicals)を含むまたは含まないCorneaMax貯蔵培地(Eurobio)中で24~72時間インキュベートした。FECD関連候補遺伝子に対する特異的リアルタイムPCRアレイならびにRT2 Profiler PCR Arrays(Quiagen)を使用して遺伝子発現解析を実施した。アレイの結果を、遺伝子特異的リアルタイムPCRアッセイを使用して再度検証した。タンパク質発現解析をウエスタンブロット法によって実施した。
まず、FECD患者由来の内皮細胞において病理学的に上方制御されたマトリックス遺伝子の発現レベルを、種々の濃度のK-115を使用して、正常EDM検体において解析した。大多数のマトリックスタンパク質(アグリン、I型およびIII型コラーゲン、フィブロネクチン)ならびにα-平滑筋アクチン(α-SMA)およびβ-アクチンが有意に下方制御されること、ならびに30μMの濃度のK-115が最も有効であることが見いだされた(図3)。
次いで、30μMのK-115中で24時間インキュベートしたFECD検体における遺伝子発現レベルを解析した。K-115処理した際に、無処理対照と比較して、アグリン、I型およびIII型コラーゲン、フィブロネクチンならびに同様にα-SMAの発現レベルの有意な低下が観察された(図4)。XVI型コラーゲン、インテグリンα4(ITGA4)およびTGFBIが上方制御されたが、これらのタンパク質はグッテー形成には関与せず、細胞-マトリックス相互作用および細胞接着に主に関与する。
フィブロネクチンおよびIII型コラーゲンなどの選択された候補遺伝子もタンパク質レベルに関して試験し、FECD検体に30μMのK-115で処理をすると、72時間のインキュベーション後に有意に下方制御されることが確認された(図5)。
K-115によって転写制御することができる、追加的マトリックス遺伝子を特定するために、ヒト細胞外マトリックス(Human Extracellular Matrix)および接着分子PCRアレイ(Adhesion Molecule PCR array)を使用した遺伝子発現プロファイリングを実施した。この手法を用いて、FECD患者由来の角膜内皮細胞におけるフィブロネクチンならびにI型およびIII型コラーゲンの下方制御、さらにビトロネクチンならびにV型およびXIV型コラーゲンが検出された、追加的下方制御(データは示さず)が確認された。
本質的に、これらのデータにより、K-115を用いたROCK阻害は、デスメ膜肥厚およびグッテー形成に寄与するFECD関連マトリックス遺伝子のmRNAおよびタンパク質発現を下方制御することによって、異常な角膜内皮マトリックス代謝に正の影響を及ぼすという見解が裏付けられる。したがって、K-115は、FECDおよび他の角膜内皮疾患における角膜内皮細胞「若返り」のための新しい治療モダリティおよび抗線維化戦略であることが示唆される。
図1
図2
図3
図4
図5
【国際調査報告】