(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-08-31
(54)【発明の名称】網膜色素上皮細胞の自動化生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220824BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20220824BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N15/12
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021576164
(86)(22)【出願日】2020-06-19
(85)【翻訳文提出日】2022-02-17
(86)【国際出願番号】 EP2020067177
(87)【国際公開番号】W WO2020254623
(87)【国際公開日】2020-12-24
(32)【優先日】2019-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】520352919
【氏名又は名称】サントル デチュード デ セリュール スーシュ(シーイーシーエス)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE D’ETUDE DES CELLULES SOUCHES (CECS)
【住所又は居所原語表記】28, rue Henri Desbrueres, F-91100 CORBEIL-ESSONNES, FRANCE
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】モンヴィル、クリステル
(72)【発明者】
【氏名】リージェント、フロリアン
(72)【発明者】
【氏名】モリズール、リーズ
(72)【発明者】
【氏名】ベン エンバレク、カリム
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB10
4B065AC20
4B065BA30
4B065BD25
4B065BD39
4B065CA44
(57)【要約】
本発明は、多能性幹細胞(PSC)から網膜色素上皮(RPE)細胞を生産する方法に関する。より具体的には、本発明は、ヒトPSCのRPE細胞への分化を方向づける3つの分化誘導剤を逐次様式で組み合わせた自動化方法に関する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト多能性幹細胞の網膜色素上皮(RPE)細胞への指向性分化を促進する自動化方法であって、
(a)少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物を補充した培地中でヒト多能性幹細胞を培養して、分化中の細胞を作製する工程、
(b)トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーを補充した培地中で工程a)で得られた前記分化中の細胞を培養して、前記分化中の細胞を更に分化させる工程、
(c)古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子を補充した培地中で工程b)で得られた前記更に分化中の細胞を培養して、前記更に分化中の細胞をRPE細胞に分化するように誘導する工程
の逐次工程を含むか又は該逐次工程からなる方法。
【請求項2】
少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物を補充した培地中での前記ヒト多能性幹細胞の培養を、少なくとも3日間、好ましくは3~10日間、より好ましくは7日間行う、請求項1に記載の自動化方法。
【請求項3】
ニコチンアミド(NA)模擬化合物がニコチンアミドである、請求項1又は2に記載の自動化方法。
【請求項4】
トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーを補充した培地中での工程a)で得られた前記分化中の細胞の培養を少なくとも3日間、好ましくは3~10日間、より好ましくは7日間行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項5】
トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーが、TGFβサブファミリー、アクチビン、Nodal及び幾つかの増殖分化因子(GDF)を含むトランスフォーミング増殖因子様(TGF様)グループ、BMP、GDF及び抗ミュラー管ホルモン(AMH)を含む骨形成タンパク質様(BMP様)グループからなる群より選択される、請求項1~4のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項6】
工程(b)の培地が、工程a)で用いた少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物を実質的に含まないか又は完全に含まない、請求項1~5のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項7】
古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子を補充した培地中での工程b)で得られた前記更に分化中の細胞の培養を少なくとも20~50日間行う、請求項1~6のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項8】
古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子が、3F8、1-アザケンパウロン、10Z-ヒメニアルジシン、アルステルパウロン、Al 070722、AR-A014418、AZD1080、AZD2858、ビキニン、BIO、カズパウロン、CT98014、CT98023、CT99021(Chir99021)、Chir98014、ジブロモカンタレリン、GSKJ2、HMK-32、ヒメニアルジシン、インディルビン、インディルビン-3'-オキシム、IM-12、ケンパウロン、L803、L803-mts、炭酸リチウム、LY2090314、マンザミンA、メリジアニン、NCS693868、NP031115、パリヌリン、SB216763、SB415286、TCS21311、TC-G-24、TCS2002、TDZD-8、チデグルシブ、トリカンチン及びTWS119からなる群より選択されるGSK-3阻害剤である、請求項1~7のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項9】
工程(c)の培地が、工程a)及びb)でそれぞれ用いた少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物及びトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーを実質的に含まないか又は完全に含まない、請求項1~8のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項10】
(a)ニコチンアミドを補充した培地中でヒト多能性幹細胞を培養して、分化中の細胞を作製する工程、
(b)アクチビンAを補充した培地中で工程a)で得られた前記分化中の細胞を培養して、前記分化中の細胞を更に分化させる工程、
(c)CHIR99021を補充した培地中で工程b)で得られた前記更に分化中の細胞を培養して、前記更に分化中の細胞をRPE細胞に分化するように誘導する工程、
の逐次工程を含むか又は該逐次工程からなる、請求項1~9のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項11】
(d)工程c)で得られた細胞の集団を処理して、非接着細胞を除去する工程
を更に含む、請求項1~10のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項12】
工程d)が、洗浄及び細胞の酵素的処理を含むか又は該洗浄及び該処理からなる二工程解離手順である、請求項11に記載の自動化方法。
【請求項13】
(e)工程d)で得られた細胞を、少なくとも2継代増殖させる工程
を更に含む、請求項1~12のいずれか1項に記載の自動化方法。
【請求項14】
継代が、(i)第1の容器中のRPE細胞及び/又は分化中の細胞を解離して懸濁物を形成することと、(ii)RPE細胞及び/又は分化中の細胞を少なくとも2つの更なる培養器に移すことと、(iii)RPE細胞及び/又は分化中の細胞を50~100%コンフルーエンスになるまで培養することとを含み、遠心分離工程を含まない、請求項13に記載の自動化方法。
【請求項15】
a)培養器をハンドリングするロボット手段と、b)細胞を培養物に接種する手段と、c)培地を交換するか又は培養物に添加する手段と、d)プログラム可能な制御手段とを備える自動化大規模細胞製造装置であって、hPSCのRPE細胞への指向性分化工程及び所定パーセンテージのコンフルーエンスに達したときの細胞継代工程に適合されている装置を用いて行われる、請求項1~14のいずれか1項に記載の自動化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞(PSC)から網膜色素上皮(RPE)細胞を生産する方法に関する。より具体的には、本発明は、ヒトPSCのRPE細胞への分化を方向づける3つの分化誘導剤を逐次に組み合わせた自動化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜色素上皮(RPE)は、神経網膜と脈絡膜との間に局在化する単層の色素細胞である。
RPE細胞は、網膜及びその光受容体の維持及び機能において役割を担う。これらは、血液-網膜関門の形成、光吸収、光酸化に対する保護、神経網膜への栄養輸送、視覚色素の再生、剥離した光受容体膜のファゴサイトーシスを含む。
【0003】
ヒト胚性幹細胞(hESC)及びヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)を含むヒト多能性幹細胞(hPSC)は、無制限の自己再生能及び任意の細胞タイプへの分化能を特徴とする。これら特性に起因して、当該細胞を、損傷した組織を修復する細胞療法の原材料として用いるための膨大な努力がなされてきた。細胞療法に先立って、網膜色素上皮の置換が概念実証(プルーフ・オブ・コンセプト)として働く。RPE細胞は、視覚において重要な役割を担い、その不全又は喪失は、光受容体の二次的喪失の危険性がある。RPE細胞は、網膜色素変性症及び加齢黄斑変性(AMD)の症例の5~6%において変化する。AMDは、先進国における失明の主因であり、世界的に150百万人を超える人が罹患しており、今後もこの値は増える。AMDは、脈絡膜血管新生の存在に基づいて2群、すなわち乾燥(萎縮性)又は湿潤(滲出性)に分類できる。
乾燥AMDの治療法及びほとんどのRPの治療は未だ存在しない。
【0004】
よって、ヒト多能性幹細胞由来RPE細胞(hPSC-RPE)の移植は、網膜変性疾患を処置するための魅力ある方策である。
hPSCは、多能性状態を維持するために用いた塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を培養培地から除去した後に自発的にRPE細胞に分化する。RPE細胞の明確な丸石状形態及び色素産生により、hPSCの分化の際に出現する着色領域を手作業で回収してhPSC-RPE細胞の純粋集団を得ることが可能となる。RPE細胞作製のこのアプローチは、進行中の及び予定される臨床試験における細胞置換材料として用いられる。しかし、この自発的な方法は、未だに条件設定が難しく、非効率的で時間がかかり(8~12週間のhPSC分化)、このことにより、この方法は、潜在的に何百万人もの患者の治療に必要となる産業的大規模生産に適合しない。
【0005】
過去10年間に、幾つかのチームが、開発的研究から得られた結果に基づいて選択されたサイトカイン及び小分子をその数を増やして組み合わせて用いることにより、向上した分化プロトコルを開発した。最速かつ最も効率のよいプロトコルの1つは、Canonical/β-catenin Wnt pathway activation improves retinal pigmented epithelium derivation from human embryonic stem cells. Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 56, 1002~1013(2015)に発表されたものである。彼らは、RPE及び神経網膜前駆細胞(NRP)が同じ胚性起源を有することを証明するデータに従って、NRPの効率的分化を可能にするプロトコルを、bFGF、Noggin、DKK1(Dickkopf WNTシグナル伝達経路阻害剤1)、インスリン増殖因子(IGF)-1を含むその他多くのものに加えて、以前に記載されたRPE誘導因子、例えばニコチンアミド、アクチビンAと組み合わせた。以前のプロトコルは、第8日~14日までChir99021及びSU5402を含むように改変された。
この方法を用いて、彼らは、色素産生マーカーPMEL17を発現する細胞を、分化14日後に得て、色素産生細胞の手作業での濃縮を回避した。
【0006】
背景技術は、網膜色素上皮(RPE)細胞を作製する2工程方法を開示するWO2017021973及びWO2008129554を含み、これら方法は、ヒト多能性幹細胞の集団をニコチンアミドの存在下で培養することと、ニコチンアミドあり又はなしでアクチビンAの存在下で別の分化段階に細胞を更に供することとを含む。
【0007】
hPSCのRPE細胞への分化は、過去数年間でより効率的になったが、未だに、hPSCの解凍からhPSCRPE細胞バンク生成まで細かい操作を必要とする長く面倒なプロセスである。多くの細胞培養パラメータ、例えば播種均質性、細胞がインキュベータ外に置かれる時間又は色素産生凝集塊の単離に用いる方法は、hPSCの増殖及び分化に影響し得る。よって、手作業での処理は、操作者ごとの変動を暗示し、hPSCの質及RPE細胞への分化効率は、技量に現在のところ大きく依存する。この点において、自動化は、hPSC-RPE細胞作製のスケールアップを可能にするだけでなく、その頑強さも増加させるはずである。これは、臨床適用及び疾患モデリング応用のためのより大規模で信頼できる細胞生産を可能にし得る。
【0008】
現在まで、hPSC-RPE細胞の純粋集団を得るために手作業の濃縮が必要であったので、このタイプの細胞の分化に自動化システムを用いることが妨げられていた。
よって、hPSC-RPE細胞の大規模生産を可能にする完全自動化プロセスの開発に対する必要性が存在する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
かなり複雑なプロセスであることに加えて、多数の増殖因子及び小分子の大規模使用が、有意なデッドボリュームを必要とする自動化プロセスについては特に、非常に高価であることを考慮して、本出願人は、自動化に適する単純化したRPE分化プロトコルを提供することにより、この必要性に対処する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の実施形態によれば、本発明は、hPSCのRPE細胞への分化を方向づける3つの分化誘導剤を逐次に組み合わせる自動化に適するプロトコルの使用を提供する。細胞培養ロボットの使用と組み合わせた、この新規な分化プロトコルは、高い細胞純度及び機能性を維持しながら、hPSC-RPE細胞を大規模バッチで作製する新しい可能性を開く。
よって、本発明の目的は、(ヒト)多能性幹細胞に由来するRPE細胞の大規模自動化生産の方法を提供することである。
【0011】
本明細書で開示する方法の培養系におけるhPSCは、分化している最中(分化中)のhPSC、すなわち、本質的に未分化状態にあるhPSCの集団、又は少なくとも一部の細胞が、方向づけられた(指向性)分化の初期段階を経るように誘導され、大部分の細胞は、指向性分化の初期段階を経るように誘導されている細胞集団である。一実施形態によると、分化の初期段階は、細胞を、第1の分化誘導剤、具体的には少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物に、次いで第2の分化誘導剤、具体的にはトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーに、最後に第3の分化誘導剤、具体的には古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子に曝露することにより達成される。
【0012】
発明の詳細な説明
以下の記載及び特許請求の範囲において、様々な用語を用いるが、本教示に従って解釈される当該用語の意味は、次の通りである。
用語「模擬物」は、或る既知化合物又はその既知化合物の特定の断片(例えば生物起源の既知化合物、例えばポリペプチド又はその断片)に類似する機能的及び/又は構造的特性を有する別の化合物をいう。
「未分化」は、本明細書で用いる場合、当該集団中の実質的な割合(少なくとも20%、場合により50%又は80%以上)の細胞及びその派生細胞が、未分化細胞に特徴的であり、胚起源又は成体起源の分化細胞との区別を可能にするマーカー及び形態を提示する培養細胞をいう。細胞は、少なくとも3週間の培養期間中に少なくとも1回の集団倍加を経たが、該培養期間の後に、少なくとも約50%又は同率の細胞が未分化細胞に特徴的なマーカー又は形態を有する場合、未分化状態で増殖していると認識される。
【0013】
本発明の目的のために、用語 多能性幹細胞は、自己再生能と、1又は2以上の他の細胞タイプへの分化能とを有する任意の細胞を包含するものとする。
「多能性hSC」は、本明細書で用いる場合、任意の成体細胞を形成する能力を有する、ヒト起源の前駆細胞をいう。このような細胞は、(i)インビトロにおいて未分化状態で拡大増殖が可能であり、(ii)長期培養後でも、3つ全ての胚葉(内胚葉、中胚葉及び外胚葉)の派生物に分化できるという点で、真の細胞株である。ヒト胚性幹細胞(hESC)は、1週齢未満(卵割又は胚盤胞期)の受精胚に由来するか、又は等価な特徴を有する人工的手段(例えば、核移植)により生産される。他の多能性hSCは、限定されないが、多能性成体前駆細胞(MAP)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)及び羊水幹細胞を含む。
【0014】
hPSCは、公知の細胞培養法を用いて得ることができる。例えば、hESCは、卵割又は桑実期ヒト胚の単一割球から、卵割期及び桑実期ヒト胚並びにヒト胚盤胞から単離できる。ヒト胚は、インビボの着床前胚、又はより代表的には体外受精(IVF)胚から得ることができる。或いは、未受精ヒト卵母細胞を単為生殖で活性化して、卵割させ、胚盤胞期まで進展させることができる。さらに、単細胞ヒト胚は、胚盤胞期まで進展させることができる。胚盤胞からのhESCの単離のために、透明帯を除去し、内部細胞塊(ICM)を、栄養外胚葉細胞を溶解して穏やかなピペット操作によりインタクトなICMから取り除くイムノサージャリーにより単離する。ICMを、次いで、増殖を可能にする適当な培地を含む組織培養フラスコに植える。9~15日後に、ICM由来増殖物は、機械的解離又は酵素的消化のいずれかにより集塊に解離させ、次いで、細胞を新鮮な組織培養培地に植え替える。未分化の形態を示すコロニーをマイクロピペットにより個別に選択し、機械的に集塊に解離させ、植え替える。得られたESCは、次いで、1~2週間ごとに定期的に分ける。hESCの生産方法についての更なる詳細については、Thomsonら[米国特許第5,843,780号;Science 282:1145、1998]を参照されたい。
【0015】
本発明において、ES細胞は、内部細胞塊から回収される初代株化細胞に限定されないが、樹立ES株化細胞でもあり得る。そのような樹立ES株化細胞の例は、既に樹立されたES株化細胞を成長させることにより得られた細胞集団から供給される株化細胞、凍結乾燥株化細胞を融解し、次いでそれを培養することにより得られたES株化細胞を含む。このような樹立ES株化細胞は、受精卵の崩壊工程を経ることなく入手できる。
そうでなければ、本発明で用いるES細胞は、胚を生じる能力を損なうことなく胚盤胞期前で卵割期の胚性単一割球から樹立できる。このようなES細胞は、受精卵を破壊せずに得ることができる(Klimanskaya I.ら(2006) Nature 444: 481~485;及びChung Yら(2008) Cell Stem Cell 2: 113~117)。
商業的に入手可能なhPSCも、本発明に従って用いることができる。hPSCは、例えば、UK幹細胞バンク又はNIHヒト胚性幹細胞レジストリーから購入できる。商業的に入手可能な胚性株化幹細胞の非限定的な例は、BG01、BG02、BG03、BG04、CY12、CY30、CY92、CY10、TE03及びTE32である。
【0016】
倫理的な理由から、本発明は、「公の秩序」又は道徳に反するとみなされる目的に関するものでないことが好ましい。よって、本発明に関係して、用語「ヒト胚性幹細胞」は、好ましくは、その単離が胚の破壊を伴わないヒト胚性幹細胞をいう。換言すると、用語「ヒト胚性幹細胞」は、好ましくは、胚の破壊を伴う技術により単離されたヒト胚性幹細胞を除外する。
本発明に関して、本明細書に記載しないものを含む、胚の破壊を伴わない任意の技術を用いることができると理解される。
さらに、本発明に関して、ヒト胚性幹細胞を得るために用いる胚は、好ましくは、ヒトを生じることができない胚、例えば体外授精(IVF)の後に廃棄される予定の胚、及び幹細胞研究の目的のみのために創出された胚である。
よって、まだ好ましい実施形態において、用語「ヒト胚性幹細胞」(hESC)は、好ましくは、廃棄された胚、研究のための胚から単離されたヒト胚性幹細胞をいうか、又は好ましくは、胚の破壊を伴わない技術により単離される。
【0017】
本明細書における「人工多能性幹細胞」は、既知の方法などにより体細胞をリプログラミングすることにより多能性を持つように誘導された細胞である。具体的に、Oct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glisl、Nanog、Sall4、Iin28、Esrrbなどを含むリプログラミング遺伝子からなる群より選択される複数の遺伝子の組合せの発現により分化体細胞、例えば線維芽細胞、末梢血単核細胞などをリプログラミングすることにより多能性を有するように誘導された細胞をいうことができる。リプログラミング因子の好ましい組合せの例は、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、並びに(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Mycを含む。
人工多能性幹細胞は、Yamanakaらによりマウス細胞において2006年に樹立された。2007年に、人工多能性幹細胞は、ヒト線維芽細胞からも樹立され、胚性幹細胞のものと類似の多能性及び自己再生能を有する。
【0018】
用語「分化」、「分化中」又は「その派生物」は、本明細書で用いる場合、専門化されていないか又は相対的に専門化されていない細胞が、相対的により専門化されるようになるプロセスをいう。細胞個体発生に関して、修飾語「分化(した)」は、相対的な用語である。よって、「分化(した)細胞」は、或る発生経路を、比較対象の細胞より更に下流に進行した細胞である。相対的により専門化された細胞は、専門化されていないか又は相対的に専門化されていない細胞と、1つ以上の証明可能な表現型の特徴(例えば、特定の細胞成分若しくは産物、例えばRNA、タンパク質若しくは他の物質)の存在、非存在若しくは発現レベル、ある生化学経路の活性、形態学的外観、増殖の能力及び/若しくは動態、分化能及び/又は分化シグナルに対する応答において異なることがあり、ここで、このような特徴は、相対的により専門化された細胞への分化の進行を表す。
本発明に関して、本発明の方法は、RPE細胞に向かう(ヒト)多能性幹細胞及び分化中の細胞の進行性分化をもたらす。よって、本明細書で用いる場合、分化中の細胞をRPE細胞に「分化させる」との用語は、分化中の細胞からRPE細胞を「取得する」との用語と同義であるとみなすことができる。
【0019】
本発明によると、(ヒト)多能性幹細胞は、少なくとも2つ、より好ましくは3つの分化誘導剤を用いる、方向付けられた(指向性)分化に供される。
「細胞マーカー」は、本明細書で用いる場合、細胞を特徴づけるか又は他の細胞タイプから区別するために用いることができる細胞の任意の表現型の特徴をいう。マーカーは、タンパク質(分泌、細胞表面又は内部タンパク質を含む;細胞により合成されたもの又は取り込まれたもののいずれでも)、核酸(例えばmRNA、又は酵素的に活性な核酸分子)又は多糖であり得る。興味対象の細胞タイプのマーカーに特異的な抗体、レクチン、プローブ又は核酸増幅反応により検出可能な任意のそのような細胞成分の決定因子を含む。マーカーは、遺伝子産物の機能に依存して、生化学的若しくは酵素アッセイ又は生物学的応答により同定することもできる。各マーカーは、転写産物をコードする遺伝子、及びマーカー発現を導く事象と関連する。マーカーは、許容され得るコントロールより、少なくとも50%高いレベル(抗体又はPCRアッセイにおいて測定される全遺伝子産物に関して)又は少なくとも30%多い頻度で(当該集団中の陽性細胞に関して)発現されるならば、未分化又は分化細胞集団において優先的に発現されるという。
【0020】
得られた細胞が網膜前駆細胞又はRPE細胞であるかは、それ自体既知の方法、例えば網膜前駆細胞マーカーの発現により決定できる。網膜前駆細胞マーカーの例としては、Pax6(神経網膜前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞)、RAX(神経網膜前駆細胞)及びMITF(網膜色素上皮前駆細胞)を挙げることができる。
一実施形態では、組織/細胞表面マーカーは、免疫学的技術を用いて検出できる。その例は、限定されないが、膜結合又は細胞内マーカーについてのフローサイトメトリー、細胞外及び細胞内マーカーについての免疫組織化学、並びに分泌分子マーカーについての酵素免疫アッセイを含む。
【0021】
上記の分化段階後に、色素産生細胞及び非色素産生細胞の両方を含む混合細胞集団が得られる。
成熟RPE細胞は、成熟RPE細胞のマーカー、例えばMITF、PAX6の転写産物を、自発的分化により生じるRPE細胞におけるそれらの発現と比較して、著しくより高いレベルで発現する。
本発明の方法により得られる培養物は、高頻度(含量)でRPE細胞及び/又は分化中の細胞を含む。本発明の方法により得られる細胞は、高頻度で、例えば5%以上、好ましくは10~50%、より好ましくは60~90%の頻度(コロニー頻度)でPAX6,MITF陽性である。
【0022】
本発明によると、用語「分化」は、細胞がより分化した(又は「専門化した」)細胞の特徴を獲得するプロセスをいう。
よって、本発明に関して、分化(した)細胞又は分化誘導された細胞は、未分化細胞と比較して、より専門化された特徴を有するものであり、前記特徴は、細胞の系列内でより分化した段階に対応する。
本発明によると、細胞の系列は、細胞の発生スキーム内(すなわち、未分化段階から分化段階まで)の別個の発達段階の全てを包含する。この点において、本発明によると、系列特異的マーカーは、興味対象の系列の細胞の表現型に特異的に関連するマーカーをいい、細胞の分化状態を評価するために用いることができる(
図1A)。
【0023】
本明細書で用いる場合、用語「逐次工程」は、各工程(例えば、工程a)~c))が、異なる時点で逐次に行われる方法をいう。本明細書にそうでないと記載しない限り、本明細書で用いる場合、「逐次に(逐次の)」は、通常の順序又は並びをいう。
本明細書で用いる場合、用語「Wntシグナル伝達経路」は、2つの経路、すなわち「古典的Wnt/βカテニンシグナル伝達経路」と「Wnt/PCPシグナル伝達経路」に分けることができるシグナル伝達経路をいう。本明細書で用いる場合、用語「古典的Wnt/βカテニンシグナル伝達経路」又は「Wnt/PCPシグナル伝達経路」は、その一般的な意味において、胚発生及び癌におけるそれらの役割について最もよく知られているが、成体動物の通常の生理的プロセスにも関与するタンパク質及び他の生物活性分子(脂質、イオン、糖など)のネットワークをいう。「古典的Wnt/βカテニンシグナル伝達経路」は、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3B(GSK-3B)のWnt依存性阻害を特徴とし、この阻害は、その後にβ-カテニンの安定化を導き、β-カテニンは核内移行して転写因子として働く。「Wnt/PCPシグナル伝達経路」は、GSK-3Bもβ-カテニンも関与せず、カルシウム依存性シグナル伝達、平面内細胞極性(PCP)分子、低分子量GTPアーゼ及びC-Jun N末端キナーゼ(JNK)シグナル伝達を含む幾つかのシグナル伝達の分岐を含む。
本明細書で用いる場合、用語「活性化因子」は、Wntシグナル伝達活性を増進する物質をいう。
別の実施形態において、Wntシグナル伝達経路の活性化因子は、GSK-3β阻害剤である。
【0024】
よって、一実施形態によると、本発明は、ヒト多能性幹細胞の網膜色素上皮(RPE)細胞への指向性分化を促進する自動化方法であって、
(a)少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物を補充した培地中でヒト多能性幹細胞を培養して、分化中の細胞を作製し、
(b)トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つの化合物を補充した培地中で工程a)で得られた前記分化中の細胞を培養して、前記分化中の細胞を更に分化させ、
(c)古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子を補充した培地中で工程b)で得られた前記更に分化中の細胞を培養して、前記更に分化中の細胞をRPE細胞集団に分化するように誘導する
逐次工程を含むか又は該逐次工程からなる方法を提供する。
【0025】
(ヒト)多能性幹細胞は、(ヒト)多能性幹細胞を未分化多能性状態に維持する様々な培養系で得ることができる。例えば、hPSCは、フィーダフリー接着若しくは懸濁系において又はフィーダ細胞上で培養される。一般的に用いられるフィーダ細胞は、初代マウス胚性線維芽細胞(PMEF)、マウス胚性線維芽細胞(MEF)、マウス胎児線維芽細胞(MFF)、ヒト胚性線維芽細胞(HEF)、ヒト胚性幹細胞の分化により得られるヒト線維芽細胞、ヒト胎児筋肉細胞(HFM)、ヒト胎児皮膚細胞(HFS)、ヒト成体皮膚細胞、ヒト包皮線維芽細胞(HFF)、臍帯又は胎盤から得られるヒト細胞、ヒト成体卵管上皮細胞(HAFT)及びヒト骨髄間質細胞(hMSC)を含む。(ヒト)多能性幹細胞のクラスターは、細胞の懸濁物を形成するためのフィーダ層若しくは細胞外基質から細胞を解離することにより接着細胞培養から得られる。hPSCの懸濁物は、浮遊クラスター又はそこから細胞のクラスターを成長させて細胞クラスターを形成する本質的に単細胞の懸濁物を含む。
【0026】
一実施形態では、方法の工程a)は、少なくとも3日間、好ましくは3~10日間、より好ましくは7日間行われる。
一実施形態では、ヒト多能性幹細胞は、例えば0.01~100mM、0.1~100mM、0.1~50mM、5~50mM、5~20mM、好ましくは10mMの少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物の存在下で3~10日間又は7日間培養される。
特定の実施形態によると、ニコチンアミド(NA)模擬化合物は、ニコチンアミド誘導体又はニコチンアミド模擬化合物である。用語「ニコチンアミド(NA)誘導体」は、本明細書で用いる場合、天然NAの化学修飾誘導体である化合物をいう。
【0027】
よって、本発明のニコチンアミドは、置換又は非置換のニコチンアミドを含む。別の実施形態において、化学修飾は、1つの基欠失又は置換、例えばNAのチオベンズアミドアナログを形成するための単一の基の欠失又は置換であり得、これらは全て、有機化学の当業者に認識されている。本発明に関して、誘導体は、NAのヌクレオシド誘導体(例えば、ニコチンアミドアデニン)も含む。様々なNAの誘導体が記載されており、幾つかは、PDE4酵素の阻害活性(WO03/068233)又はVEGF-受容体チロシンキナーゼ阻害剤(WO01/55114)に関して記載されている。例えば、4-アリール-ニコチンアミド誘導体の製造方法(WO05/014549)。他の例示的なニコチンアミド誘導体は、WO01/55114及びEP2128244に記載されている。
ニコチンアミド模擬化合物は、修飾形態のニコチンアミド、及び多能性細胞からRPE細胞への分化及び成熟におけるニコチンアミドの効果を再現するニコチンアミドの化学アナログを含む。例示的なニコチンアミド模擬化合物は、安息香酸、3-アミノ安息香酸、及び6-アミノニコチンアミドを含む。ニコチンアミド模擬化合物として作用し得る別のクラスの化合物は、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)の阻害剤である。例示的なPARP阻害剤は、3-アミノベンズアミド、イニパリブ(BSI 201)、オラパリブ(AZD-2281)、ルカパリブ(AG014699、PF-01367338)、ベリパリブ(ABT-888)、CEP 9722、MK 4827及びBMN- 673を含む。
一実施形態では、ニコチンアミド(NA)模擬化合物は、本方法の第1の分化誘導剤である。
好ましい実施形態において、ニコチンアミド(NA)模擬化合物はニコチンアミドである。
好ましい実施形態において、ニコチンアミドの濃度は約10mMである。
【0028】
一実施形態では、方法の工程b)は、少なくとも3日間、好ましくは3~10日間、より好ましくは7日間行われる。
一実施形態によると、方法は、工程a)で得られた分化中の細胞を、少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物の存在下でhPSCを培養した後に、増殖因子のTGFβスーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーで処理することを含む。
理論に拘束されないが、少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物は分化誘導剤/促進剤として作用し、同様に、TGFβスーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーはRPE分化促進因子として作用すると考えられる。さらに、理論に拘束されないが、hPSCを少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物に予め曝露することにより、分化中の細胞に、TGFβスーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーのRPE分化促進効果に対する応答を可能にする特性を付与すると考えられる。
【0029】
一実施形態では、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーは、TGFβサブファミリー、アクチビン、Nodal及び幾つかの増殖分化因子(GDF)を含むトランスフォーミング増殖因子様(TGF様)グループ、BMP、GDF及び抗ミュラー管ホルモン(AMH)を含む骨形成タンパク質様(BMP様)グループからなる群より選択される。
一実施形態では、トランスフォーミング増殖因子-β(TGFβ)スーパーファミリー増殖因子は、トランスフォーミング増殖因子-βタンパク質、例えばTGFβ1、TGFβ2及びTGFβ3サブタイプ、並びにアクチビン、例えばアクチビンA、アクチビンB及びアクチビンABを含む相同リガンドである。
一実施形態では、トランスフォーミング増殖因子-β(TGFβ)スーパーファミリー増殖因子は、Nodal、抗ミュラー管ホルモン(AMFI)、幾つかの骨形成タンパク質(BMP)、例えばBMP2、BMP3、BMP4、BMP5、BMP6及びBMP7並びに増殖分化因子(GDF)である。
好ましい実施形態において、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーは、アクチビンAである。
【0030】
一実施形態では、本発明の方法の工程b)で生じる細胞は、ヒト多能性幹細胞の少なくとも一部又は少なくとも大部分が分化を開始した細胞集団を含む。
増殖因子のTGFβスーパーファミリーの少なくとも1つのメンバーの補充に関して、該メンバーは、可溶形態、又は培養系に加えられるマトリクス若しくは細胞に付着若しくは組み合わされた形態であるか、或いは該メンバーは、他の物質と結合又は複合化され得る。
別の実施形態において、培地中のTGFβスーパーファミリーの前記メンバーの量は、20ng/ml未満、10ng/ml未満、1ng/ml未満、又は0.1ng/ml未満でさえある。
一実施形態では、アクチビンAの濃度は、約10ng/mlである。
一実施形態では、工程(b)の培地は、本方法の工程a)で用いた第1の分化誘導剤(少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物)を実質的に又は完全に含まない。
【0031】
一実施形態では、本方法の工程c)は、少なくとも20~50日間、好ましくは20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49又は50日間、より好ましくは28日間行われる。
一実施形態では、古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子は、3F8、1-アザケンパウロン、10Z-ヒメニアルジシン、アルステルパウロン、Al 070722、AR-A014418、AZD1080、AZD2858、ビキニン、BIO、カズパウロン、CT98014、CT98023、CT99021(Chir99021)、Chir98014、ジブロモカンタレリン、GSKJ2、HMK-32、ヒメニアルジシン、インディルビン、インディルビン-3'-オキシム、IM-12、ケンパウロン(KenpauUone)、L803、L803-mts、炭酸リチウム、LY2090314、マンザミンA、メリジアニン、NCS693868、NP031115、パリヌリン、SB216763、SB415286、TCS21311、TC-G-24、TCS2002、TDZD-8、チデグルシブ、トリカンチン(Tricantine)及びTWS119からなる群より選択されるGSK-3阻害剤である。
好ましい実施形態において古典的Wnt経路の少なくとも1つの活性化因子は、Chir99021である。
一実施形態では、Chir99021の濃度は、約10ng/mlである。
【0032】
一実施形態では、工程(c)における培地は、本方法の工程a)及びb)で用いた第1及び第2の分化誘導剤を実質的に又は完全に含まない。
好ましい実施形態において、工程(c)における培地は、それぞれ工程a)及びb)で用いた少なくとも1つのニコチンアミド(NA)模擬化合物及びトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)スーパーファミリーの少なくとも1つの化合物を実質的に又は完全に含まない。
一実施形態では、当業者に既知の任意の技術により漸進的な分化効果が測定又は推定できる限り、培地に第2又は第3の分化誘導剤を添加するタイミングは特に限定されない。分化中の細胞(すなわち網膜前駆細胞)又はRPE細胞の存在は、例えば、RAX、PAX6、MITF又はVSX2を発現する細胞の存在を検出することにより確認できる。
当業者は、細胞の分化の進行を追跡でき、第2及び第3の分化誘導剤を加える適当な時間を規定できる。
【0033】
一実施形態では、工程a)で得られた分化中の細胞を培養する工程は、少なくとも50%、60%又は好ましくは70%の分化中の細胞を含む細胞集団を生じる。
一実施形態では、工程b)で得られた分化中の細胞を培養する工程は、50%、60%又は好ましくは70%若しくは80%以上の分化中の細胞を含む細胞集団を生じる。
【0034】
一実施形態では、ヒト多能性幹細胞の網膜色素上皮(RPE)細胞への指向性分化を促進する自動化方法は、
(a)ニコチンアミドを補充した培地中でヒト多能性幹細胞を培養して、分化中の細胞を作製し、
(b)アクチビンAを補充した培地中で工程a)で得られた前記分化中の細胞を培養して、前記分化中の細胞を更に分化させ、
(c)CHIR99021を補充した培地中で工程b)で得られた前記更に分化中の細胞を培養して、前記更に分化中の細胞をRPE細胞に分化するように誘導する
逐次工程を含むか又は該逐次工程からなる。
一実施形態では、分化段階(すなわち工程a)~c))中に、培地を2~3日ごとに交換する
一実施形態では、方法は、
(d)工程c)で得られた細胞集団を処理して、非色素産生細胞を除去する工程
をさらに含む。
【0035】
理論に拘束されないが、工程c)で得られる細胞集団は、RPE細胞、及び/又はRPE細胞に向けて分化している分化中の細胞を含む。
hPSC由来RPE細胞は、培養中に、更なる植え替え及び増幅のために細胞脱着を引き起こす酵素解離試薬との長時間のインキュベーションを必要とする接着性上皮を形成する。この特徴は、洗浄(第1の短時間のインキュベーション)して、接着が弱い非RPE細胞を除去した後、酵素処理(第2のインキュベーション)をして、RPE細胞の均質集団を作製することを含むか又はそのことからなる二工程酵素解離手順を行うことにより、培養物をRPE細胞について濃縮するために用いられる。
よって、好ましい一実施形態において、方法の工程d)は、細胞の洗浄及び酵素処理すを含むか又は該洗浄及び酵素処理からなる二工程解離手順である。
一実施形態では、これは、酵素により行われる。
好ましい実施形態において、酵素処理は、トリプシン、TrypLE Select(登録商標)、トリプシン-EDTA又はAccutase(登録商標)を用いて行われる。
【0036】
別の実施形態では、工程d)は、例えば細胞スクレーパ又はEDTAを用いる、機械的、酵素的及び化学的処理の組合せを含み得る。
方法の自動化プロセスを、
図3に示す。
手作業の培養方法において、酵素的及び非酵素的解離試薬は、代表的には、細胞を新しい培養器に移す前に遠心分離により除去される。しかし、本発明の自動化方法において、継代は、遠心分離工程を含まないことが好ましい。これは、一部には、自動化細胞培養システムに遠心分離機を組み込むことの困難性及び相当の費用がかかることによる。遠心分離によるせん断力への細胞の曝露を避けることが利点である。
【0037】
一実施形態では、方法は、
(e)工程d)で得られた細胞を、少なくとも2継代増殖させる工程
をさらに含む。
RPE細胞、及び/又はRPE細胞に向かって分化している分化中の細胞の増殖は、追加の細胞基質、例えばゼラチン、コラーゲンI、コラーゲンIV、ラミニン(例えばラミニン521)、フィブロネクチン及びポリ-D-リジン上で行うことができる。増殖のために、細胞は、血清フリーKOM、血清含有培地(例えば4%ヒト血清を含むDMEM)又はNutristem培地中で培養できる。これらの培養条件下で、適切な条件下での継代後に、色素産生細胞:非色素産生細胞の比は、純化されたRPE細胞集団が得られるように増加する。このような細胞は、RPE細胞の特徴的な多角形の形態と、色素産生とを示す。
【0038】
RPE細胞、及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞は、懸濁又は単層で増殖できる。単層培養でのRPE細胞の拡大は、当業者に周知の方法によりバイオリアクターにおける大規模拡大に改変することができる。
本発明のこの観点によると、分化中の細胞及び/又はRPE細胞は、方法の工程d)において培養器から取り出される。
【0039】
一実施形態によると、拡大段階は、少なくとも1週間、少なくとも2週間、少なくとも3週間、少なくとも4週間、少なくとも5週間、少なくとも6週間、少なくとも7週間、少なくとも8週間、少なくとも9週間又は10週間さえ行われる。好ましくは、拡大段階は、1週間~10週間、より好ましくは2週間~10週間、より好ましくは3週間~10週間、より好ましくは4週間~10週間、又は4週間~8週間行われる。
好ましい実施形態において、拡大段階中に、培地を2~3日ごとに交換する。
異なる実施形態において選択される正確な割合及び頻度は、培養される細胞のタイプ、培養培地、培養器のタイプ、及びその他の培養パラメータに依存し、ユーザが容易に決定できる。
【0040】
さらに別の実施形態によると、RPE細胞、及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞は、拡大段階中に少なくとも1回、拡大段階中に少なくとも2回、拡大段階中に少なくとも3回、拡大段階中に少なくとも4回、拡大段階中に少なくとも5回、又は拡大段階中に少なくとも6回継代される。
RPE細胞及び/又は分化中の細胞の拡大集団の採集は、当該技術において既知の方法(例えば酵素、例えばトリプシンを用いるか、又はEDTAを用いて化学的に)により行うことができる。
一実施形態では、継代は、分化中の細胞の解離を必要とし、解離は、第1の培養器への細胞解離試薬の添加により簡便に行われる。細胞解離試薬は、酵素細胞解離試薬、例えばトリプシン-EDTA若しくはAccutase、又は非酵素細胞解離試薬であり得る。
一実施形態では、継代は、好ましくは、ロボット細胞培養装置のパーツを形成する自動化細胞計数装置を用いて、第1の培養器から移した細胞を計数することを含む。計数後、所定数の細胞を更なる培養器の各々に移す。
【0041】
別の実施形態において、第1の培養器から移した細胞実数は計数しない。むしろ、細胞数を、培養器のサイズ、並びに用いた特定の培養手順下でのRPE細胞及び/又は分化中の細胞の成長特性に基づいて推定する。よって、継代は、(i)第1の培養器中のRPE細胞及び/又は分化中の細胞の初期数、(ii)RPE細胞及び/又は分化中の細胞の集団倍加時間、(iii)第1の培養器の培養面積、並びに(iv)培養物の容量又は表面積の1又は2以上に基づいて、第1の培養器から移した細胞数を計算することを含み得る。第1の培養器の培養面積は、所与の培養期間後に得られる接着性のRPE細胞及び/又は分化中の細胞の数を計算する場合に特に適切であるが、培養物の容量又は表面積は、懸濁増殖しているRPE細胞の数を計算する場合に特に適切である。
或いは、第1の培養器からの細胞が所定の数の更なる培養器間で分配されるように細胞を継代することも選択肢の一つである。例えば、本発明の好ましい実施形態では、RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞及び/又は分化中の細胞は、1:2~1:10まで、好ましくは1:2~1:5までの分割比で継代する。
【0042】
本発明の更なる実施形態では、第1の培養器のRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞が所定パーセンテージのコンフルーエンス(又は懸濁細胞の場合、所定の細胞密度)に達したとき、継代を行う。代表的には、第1の培養器のRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞が、50~100%コンフルーエンス、好ましくは60~90%コンフルーエンス、より好ましくは70~80%コンフルーエンスとなったときに継代を行う。好ましい実施形態において、第1の培養器のRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞が、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99又は100%コンフルーエンスとなったときに、継代を行う。
本発明の自動化方法において、コンフルーエンスのパーセンテージは、操作者により各継代前に決定されるのではなく計算することが望ましい。よって、好ましい実施形態において、コンフルーエンスのパーセンテージは、(i)培養器に当初に存在したRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞の数、(ii)RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞の集団倍加時間、(iii)第1の培養器の培養面積、並びに(iv)培養物の容量又は表面積の1又は2以上に基づいて計算する。別の実施形態において、コンフルーエンスは、自動的に記録かつ/又は推定される。
【0043】
好ましい実施形態において、継代は、(i)第1の容器中のRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞を解離して懸濁物を形成することと、(ii)RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞を、少なくとも2つの更なる培養器に移すことと、(iii)RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞を、RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞が50~100%コンフルーエンスになるまで培養することを含み、継代は、遠心分離工程を含まない。
好ましくは、継代は、RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞を含む培養器が所定の数、或いはRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞が所定の数になるまで反復する。幾つかの実施形態において、所定数のRPE細胞が生じる時点は、RPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞並びに以前のプロセス工程の増殖特性(例えば継代数)に基づいて推定する。得られた分化中の細胞又はRPE細胞の数は、培養器あたりの収量を計算し、この値に、生じたRPE細胞及び/又はRPE細胞に向かって分化する分化中の細胞を含む培養器の数を乗じることにより計算することもできる。
【0044】
本発明の更なる実施形態によると、hPSCが分化する培地は、インビトロでの細胞増殖を支持する当該技術において既知の任意の細胞培養培地、代表的には、塩、糖類、アミノ酸及び培養物中の細胞の生存状態での維持に必要なその他の任意の栄養素を含む規定基礎溶液を含む培地である。
本発明の好ましい実施形態によると、培地は、馴化培地でない。本発明で用い得る市販で入手可能な基礎培地の非限定的な例は、Nutristem(ESC分化のためにbFGF及びTGFPなし、ESC増殖のためにbFGF及びTGFpあり)、Neurobasal(商標), KO-DMEM、DMEM、DMEM/F12、Cellgro(商標)、幹細胞成長培地、又はX-Vivo(商標)を含む。基礎培地は、細胞培養に関する技術において既知の様々な物質を補充することができる。
一実施形態では、本方法において用いる培地は、血清含有培地又は無血清培地である。
一実施形態では、本方法において用いる培地は、ノックアウト血清置換(KOSR)含有培地である。
化学的に規定されていない成分が混入することを回避するために、無血清培地を本発明において好ましく用いる。複雑な調製を回避するために、例えば、適当量の市販の血清代替物、例えばKSRなどを補充した無血清培地(例えば10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1×化学的に規定された脂質濃縮物を補充したIMDM及びF-12の1:1混合物の培地、又は5%~20% KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールを補充したGMEM培地)を好ましく用いる。ヒト多能性幹細胞の場合に無血清培地に加えるKSRの量は、一般的に、約1%~約30%、好ましくは約2%~約20%(例えば約5%、約10%)である。
一実施形態では、方法の工程a)において、DMEM培地に、20%KSRを補充する。
一実施形態では、方法の工程b)において、DMEM培地に、20%KSRを補充する。
一実施形態では、方法の工程c)において、DMEM培地に、20%KSRを補充する。
一実施形態では、方法の工程e)において、DMEM培地に、4%KSRを補充する。
【0045】
本出願の幾つかの実施形態によると、方法の工程(a)、(b)、(c)及び(e)は、定期的に、培養培地の全て又は一部を置き換えることを含む。例えば、培養培地の全て又は一部は、培養器から、ピペット操作により、又は使用済み培地を廃棄することにより除去することができ、その後新しい培地を加えることができる。ピペット操作により培地を除去する場合、培養器は、培地の除去を補助する位置に置くことができる。
置き換える又は加える培地の容量割合は、本発明の異なる実施形態間で異なり、培養物の容量又は表面積の10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%又は100%であり得る。
本発明の方法は、組織培養フラスコ、皿及びマルチウェルプレートを含む任意のタイプの培養器での使用に適合できる。しかし、多数のRPE細胞を生成する場合はフラスコの使用が簡便である。なぜなら、これは、所与の数の細胞を得るために必要なプロセス工程の数を有利に低減し、取り扱い中の細胞損傷の可能性を低減するからである。
一実施形態では、T75又はT175組織培養器を用いる。
別の実施形態において、培養チャンバ(例えばCellStack(登録商標))を用いる。
【0046】
一実施形態によると、工程a)~e)における細胞は、接着性基材上で、通常の大気酸素条件下で培養する。
接着性基材の例は、限定されないが、フィブロネクチン、ラミニン、ポリD-リジン、コラーゲン及びゼラチンを含む。
本発明の好ましい実施形態によると、増殖/成長培地は、異種混入物フリー、すなわち動物由来成分フリー、例えば血清、動物由来増殖因子及びアルブミンフリーである。
採集の後に、RPE細胞及び/又は分化中の細胞の拡大集団は、所望により、当該技術において既知の方法を用いて凍結保存できる。凍結保存に適切な培地の例は、限定されないが、90%ヒト血清/10%DMSO、CryoStor 10%、5%及び2%、並びにStem Cell Bankerを含む。
【0047】
細胞の特徴決定
一実施形態では、RPE細胞に向かうヒト多能性幹細胞の分化は、自動化細胞培養プラットフォームの制御環境内にある自動化生細胞画像化システムを用いるプロセスによりモニタリングする。この非侵襲的な細胞画像化システムは、リアルタイムでの細胞集密度測定基準及び処理される培養器の位相差画像を提供する。分化プロトコルの各工程は、よって、仕様限界からの逸脱を防ぐようにモニタリングされる。
電子顕微鏡(EM)分析において、RPE細胞は、自発的に分化中のhPSCから派生したRPE様細胞は示さない、成熟RPE細胞の形態的特徴、例えば頂端絨毛、タイトジャンクション及び基底膜を示す。本開示の方法により生成されるRPE細胞は、当該細胞の大規模及び/又は長期の培養に用いることができる。このために、本発明の方法は、細胞の大規模生産に適切なバイオリアクター又はロボット細胞システムで行われ、これらでは、未分化hPSCは本発明に従って培養される。バイオリアクターにおける細胞の培養のための一般的な要件は、当業者に周知である。
本明細書に記載する方法に従って作製されるRPE細胞の集団は、幾つかの異なるパラメータに従って特徴決定される。例えば、得られるRPE細胞は、多角形かつ色素産生性である。
【0048】
本明細書に開示する細胞集団が、未分化hPSCを含まないことが認識される。一実施形態によると、1:250,000細胞以下が、例えばFACSにより測定して、Oct4+ TRA-1-60+細胞である。
本発明のこの態様のRPE細胞は、多能性幹細胞マーカーを発現しない。前記1又は2以上の胚性幹細胞マーカーは、OCT-4、NANOG、Rex-1、アルカリホスファターゼ、Sox2、TDGF-β、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60及び/又はTRA-1-81を含み得る。
RPE調製物は、非RPE細胞に関して実質的に純粋であり得、少なくとも約75%、80%、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%又は100%のRPE細胞を含み得る。
本明細書に開示する細胞集団を特徴づける別の方法は、マーカーを発現による。すなわち、例えば、少なくとも80%、85%、90%、95%又は100%の細胞は、免疫染色により測定して、ベストロフィン1を発現する。一実施形態によると、80~100%の細胞がベストロフィン1を発現する。
【0049】
別の実施形態によると、少なくとも80%、85%、87%、89%、90%、95%、97%又は100%の細胞は、免疫染色により測定して、小眼球症関連転写因子(MITF)を発現する。例えば、80~100%の細胞はMITFを発現する。
別の実施形態によると、少なくとも80%、85%、87%、89%、90%、95%、97%又は100%の細胞は、免疫染色により測定して、小眼球症関連転写因子(MITF)及びベストロフィン1の両方を発現する。例えば、80~100%の細胞は、MITF及びベストロフィン1を同時発現する。
別の実施形態によると、少なくとも50%、60%、70%、80%、85%、87%、89%、90%、95%、97%又は100%の細胞は、免疫染色又はFACSにより測定して、ペアードボックス遺伝子6(PAX-6)を発現する。
別の実施形態によると、少なくとも80%、85%、87%、89%、90%、95%、97%又は100%の細胞は、免疫染色により測定して、細胞性レチンアルデヒド結合タンパク質(CRALBP)を発現する。例えば、85~100%の細胞は、CRALBPを発現する。
別の実施形態によると、少なくとも80%、85%、87%、89%、90%、95%、97%又は100%の細胞は、免疫染色により測定して、網膜色素上皮特異的タンパク質65kDa(RPE65)を発現する。例えば、80~100%の細胞は、RPE65を発現する。
RPE細胞は、代表的には、終末分化を示すマーカー、例えばベストロフィン1、CRALBP及び/又はRPE65を同時発現する。
【0050】
拡大段階の後に、RPE細胞を含む細胞集団が得られ、その少なくとも70%、71%、72%、73%、74%、75%、76%、77%、78%、79、80%、81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99又は100%がCRALBP+、PMEL17+である。
幾つかの実施形態において、方法は、
(f)RPE細胞を採集し、細胞バンクを生成する工程を更に含む。
【0051】
装置の説明
本発明の方法を実行するために用いる装置は、幹細胞又は幹細胞に由来する分化細胞の大規模生産に適合する入手可能な幾つかの細胞培養用自動化プラットフォームのいずれかから選択される。
本出願人は、Sartorius製のCompacT SelecT(登録商標)プラットフォームを用いて良好な結果を得ているが、本発明の方法を実施するために使用できる他のシステムを、本発明による装置を提供するように適合させることができると認識される。
【0052】
一実施形態では、本発明は、本発明の方法の実施用に適合又は改編された装置を提供する。よって、本発明は、a)培養器をハンドリングするロボット手段と、b)細胞を培養物に接種する手段と、c)培地を交換するか又は培養物に添加する手段と、d)プログラム可能な制御手段とを備える自動化大規模細胞製造装置であって、hPSCのRPE細胞への指向性(方向づけられた)分化工程及び細胞継代工程に適合されている装置を提供する。
このような手段は、好ましくは使い捨てピペットを用いる自動化ピペットステーションと、所望により、追加の液体ポンプとを用いて簡便に提供され、よって、プログラムされた、培地選択並びに交差汚染の危険性なしでの異なる培地及び/又は試薬の添加的分配が可能になる。
よって、装置は、培養物に更なる成分を加える手段をさらに備え得る。幾つかの実施形態において、異なる種類の培養器に/から培地、試薬及び/又は細胞を添加又は除去するための別個のシステムが提供される。例えば、装置は、組織培養フラスコ及びマルチウェルプレート用の別個の分配ステーションを含み得る。例えば増殖因子又は細胞解離試薬を添加するために、更なる手段を供給することもできる。
【0053】
装置はまた、本明細書に記載する任意の培養器形式用のインキュベータを備え、代表的には、フラスコ用インキュベータ及び組織培養プレート用インキュベータの少なくとも一方を備える。使用時に、装置は、代表的には、幹細胞を培養する温度、CO2レベル、O2レベル及び相対湿度の1又は2以上を制御する。
装置はまた、適切には陰圧層流フードを用いて、無菌状態を提供して、培養物の汚染を予防し操作者の安全を確実にする。
好ましい実施形態において、装置はまた、自動化細胞計数手段を備えて、新たな培養器に播種するときに一定で正確な細胞密度を提供する。コンフルーエンスのパーセンテージの自動決定及び/推定の手段もまた備えることができる。
【0054】
装置はまた、画像化装置又はその他の検出手段を備え得る。このような手段は、例えば、培養している細胞中での蛍光レポータ遺伝子(例えばGFP)の発現を検出するために用い得る。例えば、細胞はレポータ遺伝子を発現し得、場合により、このレポータ遺伝子は、配列内リボソーム進入部位(IRES)を含む構築物によって提供される。レポータ陽性細胞のパーセンテージを用いて、培養中の幹細胞をいつ継代するか又はいつ分化を誘導するかを決定できる。画像化装置を用いて、いつ細胞を採集するかを推定することもできる。
【0055】
本発明によると、装置は、90のT175培養器及び210のプレートインキュベータにアクセスできる小さな6軸関節ロボットアームが組み込まれている。このシステムにより、播種、栄養供給、及び標準的なT175細胞培養器中で株化細胞を維持するためのその他の細胞培養プロセスの自動化が可能になる。培養器は、同定及び細胞プロセス追跡のためにバーコードが付されている。2つの培養器デキャッパー(decapper)及びフラスコホルダー、自動培地ポンプ及び自動細胞カウンターは、滅菌性を確実にするために高効率微粒子エアフィルター(HEPAフィルター)を備えるキャビネットに組込まれる。
一実施形態では、CompacT SelecT(登録商標)は、CompacT SelecT(登録商標)のGMPバージョンが滅菌充填試験に合格していれば、汚染をうまく防ぐことも示されている。
一実施形態では、CompacT SelecT(登録商標)は、播種、培地交換及び細胞測定のような細胞培養中の活動を、制御された環境で行うことを可能にする。よって、このプラットフォームを用いて、細胞バッチを、手作業での細胞培養より厳密な仕様で拡大及び分化させることができる。
自動化は、手作業の介入を除去することによる予測可能なプロセス変動及び品質を伴って、従来のフォーマットを大規模化することができる。CompacT SelecT(登録商標)は、接着状態で増殖する細胞の培養を自動化する、発生プロセスに優しい方法のための好ましいプラットフォームである。
【0056】
本方法により得られる細胞及びその使用
本発明の方法により得られるRPE細胞は、網膜変性及びその他の変性障害における、移植、補充並びにRPE細胞の機能不全の支持のためのRPE細胞の無制限の供給源にもなり得る。さらに、遺伝子改変RPE細胞は、移植後の眼及び網膜において遺伝子を運搬し発現するベクターにもなり得る。
RPE細胞が治療薬となり得る眼の状態は、限定されないが、網膜機能不全、網膜損傷及び/又は網膜色素上皮の喪失と一般的に関連する網膜疾患又は障害を含む。本発明に従って処置し得る状態の非限定的な例は、網膜色素変性症、レーベル先天黒内障、遺伝性又は後天性黄斑変性、加齢黄斑変性(AMD)、乾燥AMD、ベスト病、網膜剥離、脳回転状萎縮症、全脈絡膜萎縮、パターンジストロフィー及びRPEのその他のジストロフィー、シュタルガルト病、光、レーザ、炎症、感染性、放射性、血管新生又は外傷性傷害のいずれかを原因とする損傷によるRPE及び網膜損傷を含む。
本明細書に記載するようにして作製されるRPE細胞は、対象の眼又はその他の場所(例えば脳)内の様々な標的部位に移植され得る。一実施形態によると、RPE細胞は、RPEの通常の解剖学的場所である眼の網膜下空間(視細胞外節と脈絡膜との間)に移植される。さらに、細胞の遊走能力及び/又は正の傍分泌作用に依存して、硝子体空間、網膜内層又は外層、網膜周辺部及び脈絡膜内を含む更なる眼の区画への移植が考えられる。
【0057】
対象に投与できる生細胞の数は、代表的には、注射あたり50,000~5×106である。
細胞は、代表的には、キャリア(例えば、等張液及び/又は生理食塩水)、例えばBSS plus(商標)中に処方される。他の企図できる溶液は、凍結保存液、例えばCryostor 5又はCryostor 2を含む。
移植は、当該技術において既知の様々な技術により行うことができる。RPE移植を行う方法は、例えば米国特許第5,962,027、6,045,791及び5,941,250号に記載される。
投与する工程は、必要とする眼へのRPE細胞の眼球内投与を含み得る。眼球内投与は、網膜下空間へのRPE細胞の注射を含み得る。
一実施形態によると、移植は、経扁平部硝子体切除術と、その後の小さい網膜開口を通しての網膜下空間への細胞の送達又は直接注射とによって行われる。
【0058】
本発明は、本発明の製造方法により生産される網膜組織又は網膜細胞(例えば網膜前駆細胞、網膜層特異的神経系細胞)を有効量で含む医薬組成物を提供する。
医薬組成物は、本発明の製造方法により生産される網膜組織又は網膜細胞(例えば網膜前駆細胞、網膜層特異的神経系細胞)の有効量と薬学的に許容されるキャリアとを含む。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【
図1】(A)網膜発生の模式図。H、視床下部;OV、眼胞;L、水晶体;NR、神経網膜;RPE、網膜色素上皮;OS、眼柄。(B)NAの存在下でのRPEマーカー発現を分析するリアルタイムPCR。 相対的遺伝子発現をRT-qPCRにより定量し、第0日でのmRNA発現に対して規格化した(n=3、平均±SD)。コントロール条件は、RPE 20% KSR培地に相当する。
【
図2】指向性分化プロトコルはRPE分化を改善する。(A)指向性分化プロトコルの模式図(黒色の星:混入細胞)。
【
図3】Compact Select自動化プラットフォームを用いるhESC-RPE細胞の自動化継代のフローチャート。
【
図4】手作業の選択なしでのhESC-RPE細胞の純粋集団の自動化分化及び増幅。(A)培養21日後の継代2でのRPEマーカーMITF及びPAX6についての代表的な免疫蛍光及び定量。核はDAPIで染色した。(B)RPEマーカーの相対的遺伝子発現は、RT-qPCRにより定量した(n=3、平均±SD)。(C)色素産生マーカーTYRP1についての代表的なフローサイトメトリーヒストグラム。
【
図5】自動化分化により得られるhESC-RPE細胞は、EMT開始前に継代3まで培養で維持できる。(A)第21日での継代3、4及び5でのhESC-RPE細胞の光学顕微鏡画像。(B)RT-qPCRにより定量した、EMT(LUM及びFN1)及びRPE(MITF及びBEST)マーカーの相対的遺伝子発現(n=3、平均±SD)。
【
図6】自動化hESC RPE細胞生産プロセスの模式図。工程2~5は、CompacT SelecTシステム自動化プラットフォームを用いて行うことができ、工程6は、自動化低温バイアル充填システムFill it及び速度制御凍結システムCryomedを用いて行うことができる。
【
図7】CompacT SelecT(登録商標)プラットフォームの概要:(A)フラスコカルーセルインキュベータ、(B)プレートインキュベータ、(C)培地ポンプ、(D)デキャッパー、(E)ロボットアーム、(F)ピペット頭部及び(G)IncuCyte生細胞分析システム。
【発明を実施するための形態】
【0060】
実施例
方法
手作業でのhESC培養及びRPE細胞分化
臨床グレードのhESC RC-0913株を用いて、mTeSR(商標)培地(StemCell technologies)及びhESC最適化Matrigel(Corning)を用いて、フィーダフリー条件で培養した。細胞を継代36にてバンキングし、継代38~45でRPE分化のために用いた。細胞を、1cm
2あたり5×10
4細胞で植え、80パーセントのコンフルーエンスに達するまで増殖後、50μM β-メルカプトエタノール、1×最小必須培地-非必須アミノ酸(Thermo Fisher Scientific)及び20%(D0~D42)又は4%(継代1の後)のノックアウト代替血清(KSR、Thermo Fisher Scientific)を補充したダルベッコ改変イーグル培地(高グルコース、Thermo Fisher Scientific)で構成される分化培地に替えた。全ての分化プロセス中、培地を2/3日ごとに交換した。
hESC-RPE細胞は、hESCの自発的分化により得た。簡単に述べると、hESCをコンフルーエンスまで増殖させ、bFGF枯渇培養培地に替えた。次いで、色素産生部分を、鋭い15眼科用ナイフを用いて立体顕微鏡下で切り出し、hESC最適化Matrigel(corning)で被覆した培養皿に植えた。
「指向性分化」プロトコルについては、10mMニコチンアミド(Sigma)、100ng/mlアクチビンA(Peprotech)及び3μM CHIR99021(Tocris)を、特定の時点で基本分化培地に逐次に加えた(
図2A)。
【0061】
分化RPEの特徴決定
定量リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応
トータルRNAを、RNAeasy Plus Miniキット(Qiagen)を用いて抽出し、cDNAを、Superscript III(Invitrogen)を用いて合成した。定量リアルタイムRT-PCRを、HiGreen qPCR Master Mix(Thermo Fisher Scientific)と共にQuant Studio 12K flex(Applied Biosystems)を用いて行った。プライマー配列を表1に列挙する。実験は、プレートあたり少なくとも3つの複製物を用いて行い、発現レベルを18Sに対して規格化した。hESC遺伝子発現レベルと比較した相対的発現を、2-ΔΔCtを計算することにより決定した。
【0062】
【表1】
表1:定量的逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(aRT PCR)プライマーのリスト
【0063】
免疫染色
hESC-RPE細胞を、Matrigel被覆96又は24ウェルプレート上で増殖させた。接着細胞を、4% PFA中で10分間、室温(RT)にて固定し、PBSで3回濯いだ。ブロッキング液(0.1% Triton PBS中の10% FBS)中でRTにて30分後、細胞を、一次抗体と一晩4℃にてインキュベートした(抗体を表2に列挙する)。PBS中で3回洗浄後、適当なAlexa Fluor接合二次抗体(Invitrogen)を、1:500にて1時間、RTにてDAPI(Invitrogen)の存在下で加えた。
【0064】
【0065】
画像取得及び分析
画像は、Hamamatsu ORCA-flash 4.0カメラ及び回転円盤ユニット(Yokogawa CSU-X1-A1N-E;Camera evolve、EMCCD 512)を備え、Metamorphソフトウェアを備えるAxio observer Z1顕微鏡(Zeiss)、又はZenソフトウェアを備えるLSM-800共焦点顕微鏡(Zeiss)を用いて取得した。画像を、Fijiソフトウェアを用いてエクスポートし、分析し、加工処理した。zx画像について、細胞幅をカバーするxyスタック(0.33μm zステップサイズ)を、zxに再スライスした。色素産生領域の定量は、Fijiソフトウェアを用いて培養皿領域の境界を手作業で定めた後に行った。次いで、写真を、固定の強度閾値を用いて8ビット画像に二値化し、黒領域の割合を決定した(示さず)。
【0066】
フローサイトメトリー
細胞を、培養プレートから剥離し、4% PFA中で10分間、RTにて固定し、0.1%Tritonを含むPBSを用いて30分間透過化後にTYRP1抗体で1時間、RTにて標識した。細胞表面マーカーTRA-1-81及びSSEA4の標識を、新たに解離させた細胞に対して15分間、4℃にて行った。細胞を、蛍光色素接合一次抗体と30分間、RTにてインキュベートし、PBSで2回濯いだ。用いた抗体及び使用希釈率を表2に列挙する。細胞を、細胞MACSquant分析装置(MiltenyiBiotec)を用いて分析した。FMO(fluorescence minus one)コントロールに従って、又はアイソタイプコントロール抗体で標識した試料に対してゲートを引いた。データは、FlowJoソフトウェア(Tree Star、Ashland、OR)を用いて分析した。
【0067】
ファゴサイトーシスアッセイ
hESC-RPE細胞を、24時間、ブタの精製FITC標識視細胞外節に曝露した(E. Nandrot博士から提供)。PBSで洗浄後、細胞を冷メタノールで固定し、DAPIで標識した。画像をLSM-800共焦点顕微鏡(Zeiss)で撮影した。hESC由来RPE細胞はまた、pHrodo緑色ザイモサンバイオ粒子(Thermo Fisher Scientific)に一晩、37℃にて曝露した。これら粒子は、pH感受性であり、細胞侵入及びファゴソーム形成後に蛍光性となる。陰性コントロールとして、ファゴサイトーシスアッセイを、ファゴサイトーシスプロセスを阻止するために4℃にて行った。次いで、プレートを、マイクロプレートリーダ(Clariostar-BMG LABTECH)を用いて読み取り、値をDAPI強度に対して規格化した。
【0068】
ELISAアッセイによるVEGF定量
VEGF測定を、ヒトVEGF Quantikine ELISAキット(R&D System)を製造者の指示書に従って用いて、三重で行った
【0069】
統計解析
全ての実験を三重で行った。要約統計解析を、XLSTATソフトウェアで行った。実験間の比較は、対応のないt検定を用いて行い、統計的有意性は、*p<0.05、**p<0.01として確立した。
【0070】
結果
ニコチンアミド、アクチビンA及びChir99021の逐次使用は、網膜発生の主要段階を再現することによりRPE分化を改善する
自動化のために以前の指向性分化プロトコルを単純化する努力において、ニコチンアミド、アクチビンA及びChir99021の逐次の単純使用(「指向性(方向づけられた)プロトコル」という)が、手作業での濃縮を回避するに十分に接着性hESCのRPE細胞への分化を改善するかを評価した。「指向性プロトコル」の効率を、古典的自発分化の1つと比較した。
NIC、アクチビンA及びChir99021の逐次使用が網膜発生の主要段階を再現できるかを、初期眼野段階、眼胞段階及び未熟RPE細胞のマーカーの発現を分化の異なる時点にて評価することによって確認した(
図1A)。分化の最初の7日間のニコチンアミドの使用は、自発プロトコルと比較したとき、初期眼野転写因子SIXホメオボックス3(SIX3)及び網膜ホメオボックス(RAX)の一過性発現を有意に増強するとともに、mRNAレベルでの多能性マーカーNANOGの発現をより大きく減少させた(p<0.01;
図1B)。この眼野の仕様はタンパク質レベルで確認され、ニコチンアミド処理7日後の細胞のほとんど(86.8%±4.3%、n=3)がLIMホメオボックス2(LHX2)及びペアードボックス6(PAX6)タンパク質を同時発現した一方、非処理細胞の44.3%(±2.2%、n=3)のみがこれら2マーカーを発現した。全体として、これらデータは、ニコチンアミドの7日間の添加が、自発分化より良好な効率で、hESCが眼野系列への多能性状態からの脱出を促進することを示唆した。
【0071】
第7日~第14日までのアクチビンAでの連続処理は、自発分化と比較して、眼胞パターン形成に関与する2つの転写因子、すなわち視覚系ホメオボックス2遺伝子(VSX2、CHX10とも呼ばれる)及びメラニン細胞誘導転写因子(MITF)のmRNAレベルでの発現を有意に増加し(
図1B、p≦0.05)、VSX2の発現ピークは第14日であった。同時に、RAX及びSIX3 mRNAレベルは共に減少することが見い出された。眼胞マーカーVSX2及びMITFの誘導は、免疫蛍光アッセイにより確認した。これら2つのタンパク質を同時発現する細胞クラスターは、第10日までに観察された。第14日には、対照的に、VSX2を発現する細胞は、MITFを発現する細胞とは異なった。このことから、これら2つの遺伝子の迅速な同時抑制が示唆された。
最後に、第14日から第35~42日までのCHIR99021処理による古典的WNTシグナル伝達経路の活性化は、VSX2 mRNAの発現レベルの急速な減少(
図1B)及びMITF発現の連続的増加から理解されるように、RPEへの拘束を誘導した。MITF発現は、自発分化と比較すると、指向性プロトコルの第14日~第30日に有意にアップレギュレートされる(p<0.01)。免疫染色アッセイにより、第21日でのVSX2陽性細胞の不在と、MITF+細胞数の増加(87.5%±12.5%)とが確認された。この段階で、推定RPE前駆体MITF陽性細胞が出現し、MITF及びVSX2を発現しない3D構造の周囲に組織化した。
【0072】
6週間の分化後のRPE細胞誘導の効率を決定した。指向性プロトコルに供された細胞を含む培養皿の大部分(培養面積の72.96%±1.94%、n=3)が、第42日に色素産生細胞に被覆された。対照的に、自発プロトコルでは、孤立した色素産生部分だけが観察された(成長領域の3.481%±1.12%、p<0.01)。重要なことに、指向性プロトコルでは、42日間の分化後に得られた細胞の大多数が、RPE細胞の2つのマーカーであるPAX6及びMITFを同時発現した(82.2%%±3.2%、n=3)。
これら結果をまとめると、ニコチンアミド、アクチビンA及びChir99021の逐次使用が、網膜発生の主要段階を再現し、自発分化と比較して、42日以内での非常に濃縮されたRPE集団へのhPSCの分化を効率的に方向づけることを示す。よって、指向性プロトコルによれば、分化細胞を直接増幅し得るが、自発プロトコルには、RPEクラスターを予め手作業で選択することが必要である。
第42日に、細胞をTrypLE試薬(Thermo Fisher Scientific)と10分間インキュベートして、混入細胞を除去し、次いで、PBSで洗浄し、TrypLE試薬と35分間再インキュベートして、RPEを解離させた。次いで、細胞を、1/5の最終希釈率にて、hESC qualified Matrigel(Corning)で被覆した皿に播種した。
継代1又は2で、成熟hESC-RPE細胞を解離して、CryoStor CS10培地(StemCell technologies)を用いて液体窒素雰囲気中で凍結保存した。
【0073】
自動化RPE分化プロセス
CompacT SelecT(登録商標)(Sartorius)は、制御環境下での接着性細胞の大規模バッチの拡大及び分化を可能にする完全自動化細胞培養プラットフォームである(
図7)。このシステムは、培地交換及び細胞継代の自動化、並びに自動化生細胞画像化システムIncuCyte(Sartorius)による培養器のモニタリングを可能にする。手動プロトコルとは対照的に、細胞を、解離後に遠心分離することなく、娘フラスコ中のTryPLE(登録商標)試薬の最終濃度が5%を超えないことを確実にするに十分な培地を含む新しいフラスコに直接播種されした。自動化プロセスを
図3に示す。
指向性プロトコルは、手作業による濃縮なしでhESC-RPE細胞の純粋集団を得ることを可能にし、分化の自動化に適する。
「指向性分化」プロトコルを用いて、CompacT SelecT(登録商標)自動化プラットフォームを使用する培地交換及び酵素的継代を行うことにより、完全自動化プロセスをセットアップした。この自動化細胞培養プラットフォームは、インキュベータ、細胞プロセストレース用バーコード付きフラスコ、培養培地の分配のために接続された複数のポンプ、6軸関節ロボットアーム及び生細胞画像化システム(Incucyte)で構成される(
図3及び
図7)。
【0074】
自動化は、75cm2フラスコへのhPSCの播種から始まる。次いで、細胞増殖及び培地交換による分化開始が、第42日までにロボットで行われる。この段階で、hESC-RPE細胞は、培養物中で接着性上皮を形成する。ここで、接着性上皮は、更なる植え替え及び増幅のために、細胞剥離を引き起こす解離剤との長いインキュベーション時間を必要とする。混入細胞を最大限排除するため、TrypLE(登録商標)での示差解離処理を行うことにより、この特徴を利用した(
図3)。
TrypLE(登録商標)Expressとの10分間の第1の短いインキュベーションを行い、その後に濯いで、第42日にRPE細胞よりフラスコへの接着性が低い非色素産生細胞の大多数を除去することができた。
次いで、35分間の第2の酵素インキュベーションにより、RPE細胞の剥離及び解離が可能であった。
【0075】
自動化システムは遠心分離を含まないので、RPE細胞の解離に用いたTrypLEを排除できなかった。よって、継代後に培地中に残る最終5%のTrypLE(登録商標)が、細胞の再接着及び成長に影響しないかを評価した。5%のTrypLE(登録商標)の存在下で植え替えた細胞と遠心分離工程後に植え替えた細胞との間に差は見られなかった(データを示さず)。希釈TrypLE(登録商標)の存在がRPEアイデンティティに影響しないことも確認し、遠心分離ありの酵素的継代と遠心分離なしの酵素的継代との間でもRPE遺伝子発現に差は検出されなかった(データを示さず)。
2回の自動化継代の後、94.7%±0.2%(n=3)の細胞が、2つの転写因子PAX6及びMITFを同時発現し、手作業濃縮13の後に得られたものに匹敵するhESC-RPE細胞の均質集団を示した。後期RPEマーカー、例えばRPE65及びCRALBPの遺伝子発現も、手作業の自発分化プロトコルを用いて得られた細胞に類似するレベルでRTqPCRにより検出された(
図4B)。細胞集団をフローサイトメトリーにより更に特徴決定し、96.8%±1.9(n=3)の細胞が、継代2にて色素産生マーカーであるチロシナーゼ関連タンパク質1(TYRP1)を発現したことがわかった(
図4C)。
まとめると、これらデータは、純粋で真のhESC-RPE細胞を、自動化システムにおいて、広く用いられる自発分化法により得られる細胞に類似する質で取得することができたことを証明する。
【0076】
自動化分化により得られるhESC-RPE細胞は、成熟しており、機能的である。
hPSCから分化される細胞に関する重要な問題は、成熟度及び機能性である。上皮成熟度の指標として、特異的RPEマーカーの頂底極性を評価した。予測されたように、hESC-RPE細胞は、微絨毛タンパク質エズリン(95.0%±2.8%、n=3)、タイトジャンクションマーカー閉鎖帯-1(ZO-1、99.3%±0.4%、n=3)及びMER原癌遺伝子チロシンキナーゼ受容体(MERTK、97.1%±1.1%、n=3)を頂端膜で均質に発現したが、カルシウム活性化塩素チャネルベストロフィン(BEST、89.4%±3.9%、n=3)は、側底部区画に局在した。
【0077】
RPE細胞の最も重要な機能の一つは、光受容体から脱落した外節のファゴサイトーシスである。自動化細胞培養プラットフォームでこの指向性プロトコルにより分化された細胞が機能的であるかを決定するために、我々は、ブタフルオレセインイソチオシアネート(FITC)標識視細胞外節を貪食する能力を評価し、細胞侵入及びファゴソーム形成後に蛍光性となるpH感受性粒子の蛍光シグナルを定量した。hESC-RPE細胞は、頂端限界エズリン陽性の下でFITCシグナルの細胞質局在により示されるように、FITC標識視細胞外節を貪食できた。pH感受性粒子と37℃にてインキュベートしたhESC-RPE細胞は、ファゴサイトーシスプロセスを阻害する温度である4℃にてインキュベートした細胞と比較して22.2倍高い蛍光強度を有した。RPE機能性の別の指標は、血管内皮増殖因子(VEGF)を含む広範な増殖因子を分泌する能力である。VEGFの分泌は、数週間の培養後に定量され、2週間の培養から始まるVEGF分泌の進行性増加が観察された。
これら全ての結果は、完全自動化プロトコルを用いてhPSCから分化したRPE細胞が、インビトロで機能的であることを示す。自動化法により分化したhESC-RPE細胞は、継代3まで増幅させて大きな細胞バンクを作製することが可能である。
【0078】
以前の研究は、hESC-RPE細胞が、増幅能力を、上皮間充織変移(EMT)を受ける前に制限されていることを示した。これら研究と一致して、自動化プロセスを用いて得られたhESC-RPE細胞は、RPEマーカーMITF及びBESTの遺伝子発現の維持にもかかわらず、継代4から間充織表現型を示した(
図5B)。実際、細胞は、古典的な丸石組織から長い細胞形態に変わった。この顕微鏡観察結果は、継代3及び4と比較したときの、間充織マーカーである2つの細胞外基質タンパク質ルミカン(LUM)及びフィブロネクチン1(FN1)の発現増加(継代5から開始)と相関した(p<0.01:
図5B)。
このことは、hESC-RPE細胞のEMT変移を示唆するが、該細胞はRPEアイデンティティを維持する。結果として、自動化細胞バンキングシステム(Fill-it、Sartorius)を用いて継代2の細胞をバンキングして、解凍後の継代3で真のhESC-RPE細胞を得ることに決定した。
【0079】
結論
本出願において、効率的で純粋なRPE細胞分化を引き起こすには、ほとんどのサイトカイン及びサプリメントは必須でないことが証明された。実際、3化合物のみ(ニコチンアミド、アクチビンA及びCHIR99021)を逐次に用いることにより、分化プロセス中に3次元培養及び色素産生巣の手作業での切り出しをすることなく、RPE細胞の純粋集団を得ることができた。よって、この最適化分化は自動化に適する。
本出願に記載する自動化分化プロセスを用いて、バッチあたり約160億の継代2のhESC-RPE細胞を作製できる。このサイズのバンクは、0.05~0.8×109細胞までの以前に記載されたものより遥かに大きく、一人の操作者がロボットを指揮することによって作製することができる。さらに、1720cm2の成長領域を有するHYPERflask(登録商標)(Corning)を用いると、バッチあたり生産される細胞数を(本研究で用いた75cm2フラスコと比較して)更に劇的に増加させることができる。バンクのサイズを増加させる別の方法は、EMTを遅らせることである。実際、EMTなしの継代数は、以前に記載されたように培養培地にROCK阻害剤を添加することにより延長できる。
【0080】
hPSC-RPE細胞は、細胞懸濁物又は合成基底膜上の極性化上皮としてAMD患者に既に移植されている。細胞懸濁物製剤の使用は、流通及び外科手術手順を著しく単純化するが、動物モデルで行われた幾つかの研究は、細胞懸濁物ではなく上皮組織として細胞を移植した場合、RPE細胞の生存及び当該動物の視覚的利益が向上することを示唆する。ヒトにおいて、これら2つのアプローチは、たとえ移植物レシピエントにおける視覚改善の程度及び原因が未だ曖昧であったとしても、安全性の満足な結果及び有効性の有望な結果を示している。にもかかわらず、両方法で、ヒト眼にグラフトするためには1×105 hESC-RPE細胞が現在用いられている点を考慮すると、幾つかの製造工程、例えば膨大な数の凍結バイアルの同時バンキングが課題として残ったとしても、本明細書で示す自動化プロセスは、数千人の網膜変性患者を処置するに十分な細胞の生産を可能にする。
結論として、自動化CompacT SelecT(登録商標)を用いる以前に公開されたhPSC増幅に続く、hPSCの解凍から分化細胞バンクの作製までの完全自動化RPE細胞分化プロセスを説明した。この自動化プロセスは、多数の患者の処置に必要となるRPE分化のスケールアップ及び産業化への一歩である。最後に、3D培養も手作業での選択も必要としないいずれの分化プロトコルも、理論上、この自動化培養システムに適合でき、hPSCから分化する多くの細胞タイプの製造のスケールアップ及び産業化に関する新たな展望を開く。
本プロトコルは、網膜発生の主要段階を再現し、手作業の濃縮なしでRPE細胞の純粋集団を得るために十分である。培養ロボットは、製造プロセスをスケールアップするために、このプロトコルを自動的に行うようにプログラムされた。現時点で、1回の製造のみで160億の機能的成熟RPE細胞を12週間以内に生産することができる。このように効率的で再現性のある自動化プロトコルは、RPE関連網膜変性に罹患した何百万人もの患者の処置に有用である。RPE細胞生産用自動化培養システムは、適性製造基準(GMP)(例えば、製造物はGMPに適合する)及び/又は現行の適性組織製造基準(Good Tissue Practices;GTP)(例えば、製造物はGTPに適合し得る)に従う臨床細胞の製造に合格すると予想される。
【配列表】
【国際調査報告】