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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-09-12
(54)【発明の名称】新規のヒドロゲル
(51)【国際特許分類】
   C08G 81/00 20060101AFI20220905BHJP
【FI】
C08G81/00
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2021577328
(86)(22)【出願日】2020-06-23
(85)【翻訳文提出日】2022-01-20
(86)【国際出願番号】 EP2020067410
(87)【国際公開番号】W WO2021001203
(87)【国際公開日】2021-01-07
(31)【優先権主張番号】102019117997.1
(32)【優先日】2019-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】500449008
【氏名又は名称】ライプニッツ-インスティトゥート フィア ノイエ マテリアーリエン ゲマインニュッツィゲ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクタ ハフトゥンク
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パエス フリエタ アイ.
(72)【発明者】
【氏名】ファルク アリーザ
(72)【発明者】
【氏名】デル カンポ アランサス
【テーマコード(参考)】
4J031
【Fターム(参考)】
4J031AA53
4J031AB04
4J031AC11
4J031AD01
4J031AF03
(57)【要約】
本発明はヒドロゲル、それらを作製する方法及びそれらの使用に関する。ヒドロゲルは、チオールと電子不足ヘテロ芳香族化合物との反応に基づく。この反応は、生理的条件下で行うことができるため、細胞のカプセル化に適している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)
a1)官能基として少なくとも2個のチオール基を有する少なくとも1つのマクロマーと、
a2)官能基として、それぞれが少なくとも1個のスルホニル基によって置換された少なくとも2個の芳香族又はヘテロ芳香族基を有する少なくとも1つのマクロマーと、
を含み、少なくとも1つの成分a1)又はa2)が前記官能基を少なくとも3個有する組成物を調製する工程と、
b)前記官能基を介して前記2つのマクロマーを反応させて、ヒドロゲルを形成する工程と、
を含む、ヒドロゲルを作製する方法。
【請求項2】
前記マクロマーが500kDa未満の平均モル質量を有することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マクロマーが2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個又は10個の官能基を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記マクロマーが、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリHPMA、若しくはポリHEMA等のポリ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリウレタン(PU)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリアミド、ポリ(アミドアミン)(PAMAM)、ポリエステル、ポリラクチド、ポリグリコール酸(PGA)、又はポリ(ラクチド-co-グリコリド)(PLGA)、ポリ無水物、ポリ(オルト)エステル、ポリアセタール、ポロキサマー(PEG-Co-PPG-Co-PEG等のエチレンオキシド(PEG)とプロピレンオキシド(PPG)とのブロックコポリマー)、ポリ-2-オキサゾリン、ポリホスファゼン、ポリグリセロール、ポリリシン若しくはポリエチレンイミン(PEI)等のポリアミン、ポリカーボネート、ポリグルタミン酸、特にポリ-ガンマ-グルタミン酸、ポリアスパラギン酸(PASA)、ポリホスホネート、DNA、RNA、ゼラチン、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)、ポリ-ガンマ-グルタミン酸、コラーゲン、VPM、アルブミン、若しくはフィブリン等のタンパク質若しくはペプチド、アガロース、キチン、キトサン、コンドロイチン、マンナン、イヌリン、デキストラン、セルロース、アルギン酸塩、若しくはヒアルロン酸等の多糖類等のオリゴマー又はポリマーをベースとすることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記マクロマーa2)の前記官能基が、式(1):
M-Ar-SO-R (1)
(式中、
Arは、電子不足アリール基又は電子不足ヘテロアリール基であり、
Mは、マクロマーとの結合部であり、
はN(R、1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基、又は2個~20個のC原子を有するアルケニル若しくはアルキニル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、前記アルキル、アルケニル又はアルキニル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がO、NR、S、RC=CR、C≡C、C=O、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基であり、
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、Cl、Br、I、N(R、CN、NO、OR、SR、C(=O)OR、C(=O)N(R、C(=O)R、1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は2個~20個のC原子を有するアルケニル若しくはアルキニル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、前記アルキル、アルケニル又はアルキニル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がRC=CR、C≡C、C=O、NR、O、S、C(=O)O又はC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基であり、
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、OH、又は脂肪族、芳香族及び/又はヘテロ芳香族有機ラジカル、特に1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基であり、1個以上のH原子がFによって置き換えられていてもよい)の官能基であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
Arが、ニトロベンゼン、ベンズアルデヒド、ベンゾニトリル、安息香酸エステル、ピリジン、ピリミジン、ピラジン、ピリダジン、トリアジン、テトラジン、オキサゾール、イソオキサゾール、チアゾール、イソチアゾール、オキサジアゾール、1,2,3-チアジアゾール、1,2,4-チアジアゾール、1,2,5-チアジアゾール、又は1,3,4-チアジアゾール等のチアジアゾール、イミダゾール、ピラゾール、トリアゾール、テトラゾール、キノリン、イソキノリン、ベンズイミダゾール、ベンズオキサゾール、ベンゾチアゾール、ベンゾピリダジン、ベンゾピリミジン、キノキサリン、ベンゾトリアゾール、ナフタルイミド、プリン、プテリジン、インドリジン、及びベンゾチアジアゾールを包含する群から選択されることを特徴とする(ここで、Arは、それぞれ、付加的に1個以上のR基によって置換されていてもよい)、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記組成物のマクロマー含有量が1wt%~30wt%であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
生理的条件下でゲル化を行うことを特徴とする、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載のように得られるヒドロゲル。
【請求項10】
第2の複数のマクロマーと架橋された第1の複数のマクロマーを含むヒドロゲルであって、架橋が複数のAr-S結合を介して行われ、Arが芳香族又はヘテロ芳香族基である、ヒドロゲル。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか一項に記載の成分a1)及びa2)を含む、ヒドロゲルを作製するための組成物。
【請求項12】
請求項1~7のいずれか一項に記載の成分a1)及びa2)を含む、ヒドロゲルを作製するためのキット。
【請求項13】
細胞のカプセル化、三次元細胞培養、オルガノイド、生体材料、注射用生体材料、細胞療法、組織改変、組織再生、組織移植、再生医療、3D印刷、3Dバイオプリンティング、創傷被覆材若しくは創傷治療、活性成分の輸送剤、診断剤若しくは治療剤の研究若しくは試験のためのin vitroモデル、又は細胞移植への請求項9又は10に記載のヒドロゲルの使用。
【請求項14】
a)成分a1)による少なくとも2個の官能基又は成分a2)による少なくとも2個の官能基を有するゲル又はその前駆体を準備する工程と、
b)それぞれ他の成分に応じて、少なくとも2個の官能基を有する、請求項1~7のいずれか一項に記載の少なくとも1つのマクロマーを含む組成物を添加する工程と、
c)前記マクロマーの前記官能基と前記ゲル又はその前駆体とを反応させることによって、前記ゲル又はその前駆体を修飾する工程と、
を含む、ゲルを修飾する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒドロゲル、それらを作製する方法及びそれらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロゲルは、高い割合の水を含む架橋親水性ポリマーの三次元網目構造である。かかる材料の既知の用途には活性成分輸送、創傷材料、組織工学等の生物学的用途のためのマトリックス材料が含まれ、これらは細胞培養にも使用することができる。ヒドロゲルは、それらの水性かつ多孔質の構造により、栄養素を細胞に効果的に輸送することができる。
【0003】
多くの天然又は合成ポリマー、例えばコラーゲン、ゼラチン及びポリエチレングリコール(PEG)が既にヒドロゲルの調製に使用されている。ヒドロゲルの架橋のために、例えば光重合、マイケル付加等の様々な反応及び機構が研究されている。
【0004】
特に、架橋反応の制御は大きな課題である。これは、細胞を被覆する目的でヒドロゲルが作製される場合に特に当てはまる。ゲルが過度に急速に重合する場合、均一に架橋しないことが多い。ゲルが過度に緩徐に重合する場合、封入すべき構成成分、例えば細胞が沈降する可能性があり、均一に封入されない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、特に細胞の被覆に使用することができるヒドロゲルを作製する方法を提供することである。更なる目的は、かかるヒドロゲル及びその使用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的は、独立請求項の特徴を有する発明によって達成される。本発明の有利な発展形態は、従属請求項において特徴付けられている。これによって、全ての特許請求の範囲の文面は、引用することにより本明細書の一部をなす。本発明はまた、独立請求項及び/又は従属請求項の全ての合理的な組合せ、特に全ての指定された組合せを包含する。
【0007】
a)
a1)官能基として少なくとも2個のチオール基を有する少なくとも1つのマクロマーと、
a2)官能基として、それぞれが少なくとも1個のスルホニル基によって置換された少なくとも2個の芳香族又はヘテロ芳香族基を有する少なくとも1つのマクロマーと、
を含み、少なくとも1つの成分a1)又はa2)が記載の官能基を少なくとも3個有する組成物を調製する工程と、
b)官能基を介して2つのマクロマーを反応させて、ヒドロゲルを形成する工程と、
を含む、ヒドロゲルを作製する方法。
【0008】
個々の方法工程を以下でより詳細に説明する。工程は必ずしも指定の順序で行う必要はなく、概説される方法は、記載されていない更なる工程を含んでいてもよい。
【0009】
マクロマーは500kDa未満、好ましくは100kDa未満、特に50kDa未満の平均モル質量を有する化合物であると理解される。平均モル質量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって重量平均分子量として決定される。
【0010】
特に好ましいマクロマーは50kDa未満、特に30kDa未満の平均モル質量を有するマクロマーである。
【0011】
本発明の特定の一実施の形態においては、マクロマーの平均モル質量は、100Da~500kDa、好ましくは200Da~200kDa、特に800Da~100kDaである。
【0012】
ここで、マクロマーが対応する官能基を有し、これらの基が反応に利用可能であることが重要である。
【0013】
これに関連して好ましいマクロマーは、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個又は10個の官能基、好ましくは2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個の官能基、より好ましくは2個、3個、4個、5個又は6個の官能基を有し、特に2個、3個又は4個の官能基を有するマクロマーである。
【0014】
「ヒドロゲルを形成する」とは、架橋の結果としてヒドロゲルが形成されることを意味する。したがって、架橋反応が十分な程度まで行われる。これは、用いられる成分の性質及び量によって制御することができる。
【0015】
別の好ましい実施の形態においては、少なくとも1つの成分a1)又はa2)が、記載の官能基を少なくとも4個有する。
【0016】
好ましい一実施の形態においては、成分a1)及びa2)の両方が記載の官能基を少なくとも3個、好ましくは少なくとも4個有する。より好ましくは、成分a1)及びa2)の両方が3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個又は10個の官能基、好ましくは3個、4個、5個、6個、7個、8個の官能基、より好ましくは3個、4個、5個又は6個の官能基、特に3個又は4個の官能基を有する。
【0017】
水溶性マクロマーが好ましい。これは、マクロマーが反応の条件下で必要とされる程度まで溶液中に存在することを意味する。
【0018】
好ましいマクロマーは、オリゴマー又はポリマーをベースとするマクロマーである。これらは、天然又は合成オリゴマー又はポリマーであり得る。合成オリゴマー又はポリマーの例は、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリHPMA、若しくはポリHEMA等のポリ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリウレタン(PU)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリアミド、ポリ(アミドアミン)(PAMAM)、ポリエステル、ポリラクチド、ポリグリコール酸(PGA)、又はポリ(ラクチド-co-グリコリド)(PLGA)、ポリ無水物、ポリ(オルト)エステル、ポリアセタール、ポロキサマー(PEG-Co-PPG-Co-PEG等のエチレンオキシド(PEG)とプロピレンオキシド(PPG)とのブロックコポリマー)、ポリ-2-オキサゾリン、ポリホスファゼン、ポリグリセロール、ポリリシン若しくはポリエチレンイミン(PEI)等のポリアミン、ポリカーボネート、ポリグルタミン酸、特にポリ-ガンマ-グルタミン酸、ポリアスパラギン酸(PASA)、ポリホスホネートであり、天然オリゴマーは、例えばDNA、RNA、ゼラチン、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)、ポリ-ガンマ-グルタミン酸、コラーゲン、VPM、アルブミン、又はフィブリン等のタンパク質又はペプチド、アガロース、キチン、キトサン、コンドロイチン、マンナン、イヌリン、デキストラン、セルロース、アルギン酸塩、又はヒアルロン酸等の多糖類である。好ましいオリゴマーは、ポリエチレングリコールをベースとするオリゴマーである。オリゴマー及びポリマーは、対応する官能基で官能基化される。
【0019】
ペプチドベースのオリゴマーの場合、チオール基は、システイン又はホモシステイン等の対応するアミノ酸によって与えられるのが好ましい。ここでの「ペプチドベースの」とは、問題のオリゴマーが分子質量の少なくとも80%の程度まで天然又は非天然アミノ酸から構成されることを意味する。したがって、かかるオリゴマーは少なくとも2個のチオール基、特に少なくとも2個のシステインを有する。
【0020】
また、天然ポリマーの少なくとも部分的な使用は、例えば酵素によって特異的に切断可能な部位のヒドロゲルへの導入を可能にする。
【0021】
官能基が短いリンカー、例えば1つ以上のエステル、エーテル又はアミド結合を介してオリゴマー又はポリマーに結合することが必要な場合がある。好ましいリンカーは、1500mol未満、好ましくは800mol未満、特に500mol未満又は200mol未満のモル質量を有するリンカーである。
【0022】
チオール基は、遊離チオール基の形態であるのが好ましい。ヒドロゲルが形成される前に除去される基を有することも可能である。
【0023】
マクロマーa2)は、それぞれが少なくとも1個のスルホニル基によって置換された少なくとも2個の芳香族基を有するマクロマーである。好ましい基は、式(1):
M-Ar-SO-R (1)
(式中、Arは、電子不足アリール基又は電子不足ヘテロアリール基である)の基である。結果として、第1のマクロマーのチオール基がAr基に対して芳香族求核置換を行うことができ、SO-R基が脱離基として働く反応条件を選択することが可能である。
【0024】
Mは、好ましくはマクロマーとの共有結合部であり、好ましくは単結合、エーテル又はカルボニル基である。カルボニル基は、エステル又はアミド結合の一部であってもよい。したがって、Ar基として、例えば相応に置換された安息香酸エステル又は安息香酸アミド等の対応するエステル又はアミドをマクロマーへのカップリングに使用することができる。
【0025】
本発明の意味におけるアリール基は、6個~40個のC原子を有し、本発明の意味におけるヘテロアリール基は、1個~40個のC原子及び少なくとも1個のヘテロ原子を有するが、但し、C原子及びヘテロ原子の合計は少なくとも5となる。ヘテロ原子はN、O及び/又はSから選択されるのが好ましい。ここでのアリール基又はヘテロアリール基は、単一の芳香環、すなわちベンゼン、又は単一のヘテロ芳香環、例えばピリジン、ピリミジン、チオフェン等、又は縮合アリール若しくはヘテロアリール基、例えばナフタレン、ナフタルイミド、アントラセン、キノリン、イソキノリン等のいずれかを指す。
【0026】
電子不足アリール基又はヘテロアリール基は、負の誘導効果又は負のメソメリー効果(-I効果又は-M効果)の結果としてπ電子密度が低下したアリール基又はヘテロアリール基を指す。これらの効果をもたらす置換基又は基のリストは、有機化学の任意の標準的な教科書に見られる。限定されずに挙げることができる例は、-I置換基についてはOH、ハロゲン、特にフッ素及び塩素、NO、不飽和の基であり、-M置換基についてはNO、CN、アリール基又はヘテロアリール基である。これらの電子求引性基(EWG)は当然ながら、所望の効果を発揮することができるためには、脱離基-SO-R、すなわち、炭素環系の場合はオルト位又はパラ位に共役する必要がある。ヘテロアリール基の場合、ヘテロ原子がそれらの位置に応じて相応に電子密度の低下に寄与する。2個以上の異なる基が存在していてもよい。
【0027】
電子不足アリール基の例は、ニトロベンゼン、ベンズアルデヒド、ベンゾニトリル、ベンゾエステル(benzoesters)であり、以下に定義するように付加的に1個以上のR基によって置換されていてもよい。この種のアリール基の例は、1個又は2個のニトロ基を有するニトロ安息香酸をベースとする化合物、例えば少なくとも1つの位置に-SO-R基を有するニトロ安息香酸エステル又はニトロ安息香酸アミドである。この基は、ニトロ基に対してメタ位に配置されるのが好ましい。3位のニトロ基及び4位の-SO-R基が特に好ましい。かかる化合物の一例は、3-ニトロ-4-スルホメチル安息香酸である。
【0028】
電子不足ヘテロアリール基の例は、例えば、ピリジン、ピリミジン、ピラジン、ピリダジン、1,3,5-トリアジン、1,2,4-トリアジン、又は1,2,3-トリアジン等のトリアジン、1,2,4,5-テトラジン、1,2,3,4-テトラジン、又は1,2,3,5-テトラジン等のテトラジン、オキサゾール、イソオキサゾール、1,2-チアゾール又は1,3-チアゾール等のチアゾール、イソチアゾール、1,2,3-オキサジアゾール、1,2,4-オキサジアゾール、1,2,5-オキサジアゾール、及び1,3,4-オキサジアゾール等のオキサジアゾール、1,2,3-チアジアゾール、1,2,4-チアジアゾール、1,2,5-チアジアゾール、又は1,3,4-チアジアゾール等のチアジアゾール、イミダゾール、ピラゾール、特に1,2,4-トリアゾール又は1,2,3-トリアゾール等のトリアゾール、テトラゾール等の単環式ヘテロ芳香族化合物、以下に定義するように付加的に1個以上のR基によって置換されていてもよい、キノリン、イソキノリン、ナフタルイミド、ベンズイミダゾール、ベンズオキサゾール、ベンゾチアゾール、ベンゾピリダジン、ベンゾピリミジン、キノキサリン、ベンゾトリアゾール、プリン、プテリジン、インドリジン、及びベンゾチアジアゾール等の多環式ヘテロ芳香族化合物である。
【0029】
好ましいヘテロアリール基は、オキサジアゾール及びベンゾチアゾールである。
【0030】
本発明の好ましい一実施の形態においては、Arは、少なくとも1個の更なるアリール基又はヘテロアリール基、好ましくはフェニルによって置換された多環式ヘテロアリール基又は単環式ヘテロアリール基である。
【0031】
別の特に好ましい実施の形態においては、Arは、好ましくは少なくとも1個のフェニル基、特に1個のフェニル基によって置換されたオキサジアゾール基、特に1,3,4-オキサジアゾール基である。
【0032】
別の実施の形態においては、Arは少なくとも1個、好ましくは1個又は2個の-I又は-M置換基、好ましくはF又はNO、より好ましくはNOを有するアリール基である。
【0033】
はN(R、1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基、又は2個~20個のC原子を有するアルケニル若しくはアルキニル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、ここでアルキル、アルケニル又はアルキニル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がO、NR、S、RC=CR、C≡C、C=O、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基である。
【0034】
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、Cl、Br、I、N(R、CN、NO、OR、SR、C(=O)OR、C(=O)N(R、C(=O)R、1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は2個~20個のC原子を有するアルケニル若しくはアルキニル基、又は3個~20個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、ここでアルキル、アルケニル又はアルキニル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がRC=CR、C≡C、C=O、NR、O、S、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基である。
【0035】
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、OH、又は脂肪族、芳香族及び/又はヘテロ芳香族有機ラジカル、特に1個~20個のC原子を有する直鎖アルキル基であり、1個以上のH原子がFによって置き換えられていてもよい。
【0036】
好ましい一実施の形態においては、RはN(R、1個~10個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3個~10個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、ここでアルキル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がO、NR、S、C=O、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基である。
【0037】
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、Cl、Br、I、N(R、CN、NO、OR、SR、C(=O)OR、C(=O)N(R、C(=O)R、1個~10個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は2個~10個のC原子を有するアルケニル若しくはアルキニル基、又は3個~10個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、ここでアルキル、アルケニル又はアルキニル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がRC=CR、C≡C、C=O、NR、O、S、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよいアリール基若しくはヘテロアリール基である。
【0038】
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、OH、又は1個~5個のC原子を有する直鎖アルキル基であり、1個以上のH原子がF又はOHによって置き換えられていてもよい。
【0039】
1つの特に好ましい実施形態において、RはN(R、1個~6個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は3個~6個のC原子を有する分岐若しくは環状アルキル基であり、ここでアルキル基は、それぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよく、1個以上の非隣接CH基がO、NR、S、C=O、C(=O)O若しくはC(=O)NRによって置き換えられていてもよく、又はそれぞれ1個以上のラジカルRによって置換されていてもよい、5個~10個の芳香環原子を有するアリール基若しくはヘテロアリール基である。
【0040】
は、それぞれ同一であるか又は異なり、H、D、F、OH、C(=O)OH、1個~5個のC原子を有する直鎖アルキル基、又は5個~10個の芳香環原子を有するアリール基若しくはヘテロアリール基であり、炭素に結合した1個以上のH原子がF又はNOによって置き換えられていてもよい。
【0041】
より好ましくは、Rは、置換若しくは非置換の、好ましくはF若しくはCOOHによって置換されたメチル基、エチル基、プロピル基であるか、又はN(R、より好ましくはNHRであり、ここでRは5個~10個の環原子を有するアリール基又はヘテロアリール基であり、炭素に結合した1個以上のH原子がF、OH、NH又はNOによって置き換えられていてもよい。特に好ましくは、Rはメチル、CH-COOH又はNH-フェニルであり、ここでNはSO基に結合している。
【0042】
本発明の好ましい一実施の形態においては、少なくとも1つのマクロマーは、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリHPMA、又はポリHEMA等のポリ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリウレタン(PU)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリアミド、ポリ(アミドアミン)(PAMAM)、ポリラクチド、ポリグリコール酸(PGA)、又はポリ(ラクチド-co-グリコリド)(PLGA)等のポリエステル、ポリ無水物、ポリ(オルト)エステル、ポリアセタール、ポロキサマー(PEG-Co-PPG-Co-PEG等のエチレンオキシド(PEG)とプロピレンオキシド(PPG)とのブロックコポリマー)、ポリ-2-オキサゾリン、ポリホスファゼン、ポリグリセロール、ポリリシン又はポリエチレンイミン(PEI)等のポリアミン、ポリカーボネート、ポリグルタミン酸、特にポリ-ガンマ-グルタミン酸、ポリアスパラギン酸(PASA)、ポリホスホネートをベースとしており、他のマクロマーは、DNA、RNA、ゼラチン、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)、ポリ-ガンマ-グルタミン酸、コラーゲン、VPM、アルブミン、又はフィブリン等のペプチド、アガロース、キチン、キトサン、コンドロイチン、マンナン、イヌリン、デキストラン、セルロース、アルギン酸塩、又はヒアルロン酸等の多糖類をベースとしている。結果として、生化学的反応性、例えばマクロマー中のエステル基若しくは炭酸基による、又は酵素反応による切断又は分解能をヒドロゲルに組み入れることが可能である。好適なペプチドの例は、例えばVPM(配列:GCRDVPMSMRGGDRCG)等の酵素的に切断可能なジチオールペプチドである。
【0043】
好ましくは、架橋に寄与する2つのマクロマー中の官能基SH:Ar-SO-Rの数が2:1~1:2、好ましくは1.5:1~1:1.5、より好ましくは1.2:1~1:1.2、特に1:1となるように両方のマクロマーを使用する。それぞれの官能基を有する2つ以上の異なる化合物を使用する場合、例えばチオール基を有する異なる化合物を使用する場合、数値はこれらの基の総数をベースとする。例えば、或るチオール化合物を修飾に使用し、別の化合物を架橋に使用することができる。
【0044】
両方のマクロマーが溶液、好ましくは水溶液中に存在するのが好ましい。pHを、好ましくは緩衝液を用いて適合させる必要がある場合もある。
【0045】
好ましい一実施の形態においては、チオール基を有する第1のマクロマーを含む第1の溶液及び芳香族スルホニル基を有する第2のマクロマーを含む第2の溶液を準備する。次いで、これら2つの溶液を互いに組み合わせる。
【0046】
好ましい一実施の形態においては、使用されるマクロマーの溶液、特に組成物のpHは、(25℃で)6~9である。pHは、好ましくは緩衝液によって、好ましくは5mM~100mMの緩衝液濃度を用いて調整される。緩衝液の例は、PBS又はHEPESである。比較的高い緩衝液濃度を用いることで、高いマクロマー濃度を用いた場合に、脱離基が酸として作用することができるため、ゲルのpHを安定させることが可能である。6~9、好ましくは6.5~8、より好ましくは6.6~7.5のpHが好ましい。結果として、例えば3秒間(pH8)~3.5分間(pH6.6)のゲル化時間(一定のマクロマー濃度を用いて25℃で測定する)を確立することが可能である。
【0047】
第1のpHで組成物を構成した後、pHを第2のpHに変化させることで架橋反応を開始することも可能である。架橋反応は、好ましくは第1のpHで少なくとも大幅に減速されるため、第1のpHが上述の範囲外であるのが好ましい。第2のpHは、上述の範囲の1つに含まれるのが好ましい。pHの変化は、組成物を対応するpHの媒体に入れることによっても達成することができる。好ましくは、第2のpHは6~9、好ましくは6.5~8、より好ましくは6.6~7.5である。
【0048】
pHを変化させることで反応を開始又は加速することもできる。
【0049】
別の好ましい実施の形態においては、組成物のマクロマー含有量は、使用される全てのマクロマーをベースとして1wt%~30wt%、好ましくは3wt%~15wt%、より好ましくは3wt%~10wt%である。
【0050】
ヒドロゲルが形成される温度は、好ましくは20℃~45℃、好ましくは20℃~40℃である。
【0051】
本明細書に記載されるヒドロゲルの形成のための反応は、多数の利点を特徴とする。既知の架橋反応とは対照的に、この反応は生理的条件下で特に速くも特に遅くもなく、むしろpHを含む因子によって制御することができる。これにより、ゲルの形成時に細胞、又はペプチド、酵素、化学化合物等の他の物質をカプセル化することができる。ゲルの形成時に、組成物がより長時間粘性に保たれるため、低い剪断力でより長時間混合することができる。これにより、硬化の間にゲルを回転させる等の更なる工程を必要とすることなく、細胞をヒドロゲル中に均一に分布させることができる。
【0052】
また、提案した反応は、生理的条件下で十分に高速である。これにより、細胞培養、好ましくは三次元細胞培養又は更にはin situで使用することができる。pHによってもゲル化を制御することができるため、例えば対応する組成物を注入した場合のin situ、3D印刷、又は生物におけるゲルの構築への使用が可能となる。
【0053】
好ましい一実施の形態においては、3秒~5分以内にゲル化が達成されるように条件が選択される。ここでのゲル化時間は、好ましくはマクロマー濃度、pH及び温度によって調整することができる。これにより、ゲルの物理的特性、例えば長期安定性、膨潤挙動及び機械的特性を調節することもできる。
【0054】
反応は、生理的条件下で反応しないOH基、アミノ基、カルボン酸基及びアクリレート基に対しても直交性である。
【0055】
本発明の好ましい一実施の形態においては、2つのマクロマーの反応は、ヒドロゲルの形成のみに寄与する。他の架橋反応は起こらない。
【0056】
反応の速度は、スルホニル基を有する芳香族又はヘテロ芳香族基の選択及びpHの選択によって制御することができる。ゲル化速度は、特定の用途に応じて適合させることができる。他の反応とは対照的に、任意の開始剤又は促進剤を添加する必要はない。
【0057】
2つのマクロマーの比率は、反応後に全ての官能基が反応しているように選択するのが好ましい。比率は、更なる官能基化を行うかによって異なり得る。
【0058】
このため、例えば、第1のマクロマーの添加によってヒドロゲルの架橋及び形成が開始する前に、チオール含有化合物の事前添加によって第2のマクロマーを修飾することが可能である。このようにして、ヒドロゲルを更なる官能基で修飾することができる。例えば、フルオロフォア又は生物活性試薬が可能である。
【0059】
生物活性試薬の例は組織成長促進剤、化学療法剤、タンパク質(糖タンパク質、コラーゲン、リポタンパク質)、細胞結合メディエーター、例えばフィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、フィブリン、若しくはインテグリン結合配列(例えばcyclo(RGDfC))若しくはカドヘリン結合配列、成長因子、分化因子、又は上述の試薬の断片である。例は上皮成長因子EGF、内皮成長因子VEGF、bFGF等の線維芽細胞成長因子、インスリン様成長因子(例えばIGF-I、IGF-II)、形質転換成長因子(例えばTGF-α、TGF-β)、DNA断片、RNA断片、アプタマー又はペプチド模倣薬であり、VEGF等の細胞結合メディエーターが好ましい。
【0060】
修飾は、例えば培養すべき細胞に応じてヒドロゲル内に適切な環境を作り出すために用いることができる。
【0061】
試薬は、好ましくは効果的な濃度で使用され、これは例えば、膨潤ゲルをベースとして0.01mM~100mM、好ましくは0.1mM~50mM、特に0.2mM~10mM、特に0.5mM~5mMの範囲であり得る。
【0062】
本発明は、方法について記載したような少なくとも2個のマクロマーa1)及びa2)を含むハイブリッドゲルを作製するための組成物にも関する。
【0063】
本発明は、本発明の方法によって得られるヒドロゲルにも関する。
【0064】
本発明はまた、第2の複数のマクロマーと架橋された第1の複数のマクロマーを含むヒドロゲルであって、架橋が複数のAr-S結合を介して行われ、Arが芳香族又はヘテロ芳香族基である、ヒドロゲルに関する。
【0065】
この種の結合は、上記のように電子不足芳香族化合物に対するチオールによる求核置換から得ることができる。有利な実施の形態は、方法について記載している。
【0066】
本発明のヒドロゲルは、好ましくは最長6週間にわたる長期安定性を有する。これらは、簡単な方法で生理的条件下にて得て、修飾することができる。
【0067】
本発明のヒドロゲルは、細胞のカプセル化、三次元細胞培養、オルガノイド、生体材料、注射用生体材料、細胞療法、組織改変、組織再生、組織移植、再生医療、3D印刷、3Dバイオプリンティング、創傷被覆材若しくは創傷治療、活性成分の輸送剤、診断剤若しくは治療剤の研究若しくは試験のためのin vitroモデル、又は細胞移植に特に適している。
【0068】
生理的条件下での反応であることから、記載の反応を特に生物学の分野で用いることができる。例えば、互いに反応する2つのマクロマーをin situでのみ互いに混合するか又は組み合わせることが考えられる。これは、例えば多成分注射器を用いて達成することができる。
【0069】
本発明は、細胞を被覆するためにヒドロゲルを細胞の存在下で形成する、細胞を被覆する方法に関する。これは、例えば細胞培養、特に三次元細胞培養に用いることができる。
【0070】
本発明は、方法について記載したようなマクロマーa1)及びa2)を含むヒドロゲルを作製するためのキットにも関する。
【0071】
記載の反応は、既存のゲルの付加的な架橋の達成にも適している。この種のプロセスにおいては、例えば、A. Farrukh, J. I. Paez, M. Salierno, A. del Campo, Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 2092-2096から知られるように、成分a1)又はa2)の官能基を少なくとも2個含むゲルを、かかるモノマーのポリアクリルアミドゲルへの共重合によって準備し、マクロマーa1)又はa2)に従って対応する官能基を有するマクロマーと反応させ、この場合、マクロマーa1)又はa2)は、官能基を少なくとも2個有し、この反応の結果としてゲルが架橋される。
【0072】
したがって、本発明はまた、
a)成分a1)による少なくとも2個の官能基又は成分a2)による少なくとも2個の官能基を有するゲル又はその前駆体を準備する工程と、
b)それぞれ他の成分に応じて、少なくとも2個の官能基を有する少なくとも1つのマクロマーを含む組成物を添加する工程と、
c)ゲル又はその前駆体を、官能基と反応させることによって修飾する工程と、
を含む、ゲルを修飾する方法に関する。
【0073】
この方法は、好ましくはゲルの調製後に事後修飾のために使用される。結果として、ゲルを生理学的条件下で、例えばその機械的パラメーターを適合させるために修飾することが可能である。
【0074】
反応のpH依存性及び/又は温度のために、例えば条件の規定の変化が起こった場合にのみこの修飾を行うことができる。
【0075】
更なる詳細及び特徴は、従属クレームと併せた以下の好ましい実施例の説明から明らかである。これに関連して、それぞれの特徴を単独で又は複合的に互いに組み合わせて実現することができる。目的を達成する可能性は、実施例に限定されない。例えば、範囲の指定は常に、言及されていない全ての中間値及び考えられる全ての部分区間を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0076】
図1】本発明に従うヒドロゲルの作製の概略図である。
図2】a)PEG-チオール-MSヒドロゲル(10mM HEPES緩衝液中5wt%のポリマー濃度)の写真;b)ゲル化中の剪断弾性率(5wt%ポリマー、10mM HEPES緩衝液(pH6.6)、T=25℃)を示す図である。
図3a】25℃での様々なヒドロゲルのゲル化中の剪断弾性率(それぞれ5wt%;10mM HEPES緩衝液;pH8)を示す図である。
図3b】37℃での様々なヒドロゲルのゲル化中の剪断弾性率(それぞれ5wt%;10mM HEPES緩衝液;pH8)を示す図である。
図4】架橋動態及び剪断弾性率に対する(5wt%ポリマー含有量、25℃での)pHの影響を示す図である(a)チオール-Mal、チオール-MS、b)チオール-VS)。
図5】温度の関数としての剪断弾性率を示す図である(条件:30分間、5wt%、pH7.0)。
図6】調製したチオール-MSゲルの機械的特性(棒、左目盛り)及びpH(四角、右目盛り)に対するポリマー含有量及びHEPES緩衝液濃度の影響を示す図である。条件:pH=7.5、T=25℃、60分間。
図7】膨潤チオール-Xゲルの正規化質量の比較を示す図である。ゲルを37℃で細胞培養培地において6週間又は4週間にわたってインキュベートした(a)10wt%のポリマー分率、pH8.0;b)pH7.0で5wt%のポリマー含有量)。これらの条件下で調製したチオール-MSゲルは、細胞培養培地中で6週間のインキュベーション後であっても加水分解に対して安定している。
図8】様々な酵素的に切断可能なチオール-Xヒドロゲルにカプセル化した線維芽細胞L929を示す図である。材料に1日カプセル化したL929線維芽細胞の単一細胞の生/死アッセイ(a~c):他の系と比較して、チオール-MSヒドロゲル中で培養した細胞は、材料全体にわたってより均一な分布(a、Zスタック)及び同様の生存率(c)を示した。
図9】(a)細胞スフェロイドのカプセル化に使用される酵素的に切断可能なゲルのスキーム;(b及びc)カプセル化スフェロイドからの細胞の移動挙動を示す図である。3日間の培養後の移動試験の結果から、チオール-MSゲル中の移動距離が中間にあることが示された。染色:FITC-ファロイジン(アクチン線維)、DAPI(核)。
図10】3日間の細胞培養後の様々な酵素的に切断可能なチオール-Xヒドロゲルに封入した個々の細胞(マウス線維芽細胞L929)の形態を示す図である。他の系と比較して、チオール-MSヒドロゲル中で培養した細胞は、より均一な分布、より少ないクラスター化又は凝集を示した。染色:FITC-ファロイジン(アクチン線維)、DAPI(核);スケールは、それぞれ50μmである。
【発明を実施するための形態】
【実施例
【0077】
実施例を図面に示す。実施例においては、マクロマーはポリマーと称される。
【0078】
化学合成
化学物質及び溶媒はp.a.純度で入手し、特に記載のない限り直接使用した。4-(5-メチル-スルホニル)-1,3,4-オキサジアゾール-2-イル)アニリンは、Ark Pharm(米国)から入手した。マレイミド(PEG-Mal)、ビニルスルホン(PEG-VS)、チオール(PEG-SH)及びN-スクシンイミジルカルボキシメチルエステル(NHS-PEG)で官能基化された4アームポリエチレングリコールポリマー(PEG、ペンタエリスリトールをベースとして20kDa)、並びにそれぞれNHS、SH、Mal及びVSで同様に官能基化された線状メトキシル化PEGポリマー(5kDa)は、Jenkem(米国)から入手した。緩衝溶液は新たに調製した。10mM HEPES(pH8.0、pH7.0及びpH6.7)及びリン酸緩衝生理食塩溶液(PBS、pH7.4及びpH7.0)を使用した。
【0079】
重水素化溶媒は、Deutero GmbH Deutschland(D-56288 Kastellaun)から得た。重水素化リン酸緩衝生理食塩溶液(PBS)は、正確な量のリン酸二ナトリウム、リン酸一ナトリウム、塩化ナトリウム及び塩化カリウムをDOに溶解し、続いて8.0、7.4、7.0、7.0及び6.0のpD値に達するまで20%DCl溶液(Merck)でpD調整を行うことによって調製した。pHメーターを用いてpHをモニタリングし、以下の補正係数を適用した:pD=pHobs+0.4(Bates et al., Anal. Chemie 1968 40 (4), 700-706を参照されたい)。
【0080】
薄層クロマトグラフィー(TLC)プレート(ALUGRAM(商標) SIL G/UV254)及びカラムクロマトグラフィー用のシリカゲル(60Åの細孔径、63μm~200μmの粒径)は、Macherey-Nagel(52355 Dueren、ドイツ)から得た。TLCプレートを254nm又は365nmの光の下で観察した。化合物のHPLC分析及びHPLC精製は、ダイオードアレイ、UV-Vis検出器及びフラクションコレクターを備えるHPLC JASCO 4000(日本)を用いて行った。Reprosil C18カラムをセミ分取(250mm×25mm)及び分析(250mm×5nm)ランに使用した。溶媒勾配を、通例、40分間にわたって以下の溶離液の組合せで用いた:溶媒A(MilliQ水+0.1%TFA)及び溶媒B(95%ACN/5%MilliQ水+0.1%TFA)。修飾ポリマーを通例、アセトン及び水に対する透析によって精製した。Spectrum Inc.のSpectra/Por 3透析チューブ(分子量カットオフ限界MWCO=3.5kDa)を用いた。
【0081】
H-NMR及び13C-NMR溶液スペクトルを25℃でBrukerのAvance 300MHz又はBrukerのAvance III UltraShield 500MHzにて記録した。後者は、外部水冷を用いるプロトン最適化三重共鳴NMRインバースプローブであるHe冷却5mm TCI CryoProbe(CP TCI 500S2、H C/N-D-05 Z)を備えるものであった。他に指定のない限り、全ての測定を298Kで行った。テトラメチルシラン(TMS)(δ=0ppm)を内部参照として使用した。化学シフトはppm部で報告し、結合定数はヘルツで報告する。使用する略号は以下の通りである:s-シングレット、d-ダブレット、t-トリプレット、q-カルテット、m-マルチプレット。PEGポリマーの置換度を末端基定量によって算出した。PEG骨格に対応するシグナル(3.70ppm~3.40ppm)の積分値を440Hに設定し、組み込まれる分子2に対応するプロトン(8.10ppm~7.70ppmの芳香族-CH及び4.20ppmのメチレン)の積分値と比較した。全ての場合で91%超の官能基化度及び91%超の収率が達成された。データをMestReNovaで分析した。
【0082】
質量スペクトルは、Agilent Technologiesの1260 Infinity液体クロマトグラフィー/質量選択検出器(LC/MSD)及び6545精密質量四極飛行時間(accurate-mass quadrupol time of flight)(LC/Q-TOF-MS)を使用し、エレクトロスプレーによる化学イオン化を用いて記録した。UV/VISスペクトルは、Varian Cary 4000 UV/VIS分光計(Varian Inc.、Palo Alto、米国)を使用して記録した。
【0083】
ヒドロゲルのレオロジー特性は、12mm平行板及びペルチェプラットホームを備えるdiscovery HR-3レオメーター(TA Instruments、米国)にて25℃及び37℃で決定した。ソフトウェアはTrios v4であった。データをOrigin 9.1で記録し、分析した。
【化1】
【0084】
以下のプロトコルを幾らか修正して採用した:G. Liang et al., Chem. Commun., 2017, 53, 3567-3570、J. Ling et al., ChemBioChem 2018, 19, 1060。
【0085】
tert-ブチル(2-((4-(5-(メチルスルホニル)-1,3,4-オキサジアゾール-2-イル)フェニル)アミノ)-2-オキソエチル)カルバメート(1)の合成:
Boc-Gly-OH(1当量、2.28mmol、0.394g)を無水THF(3ml)に0℃で溶解した。クロロギ酸イソブチル(1.2当量、2.85mmol、0.314ml)及びN-メチルモルホリン(2.6当量、5.7mmol、0.627ml)を窒素雰囲気下にて注射器を用いて溶液に慎重に添加した後、30分間撹拌した。THF(3ml)中の4-(5-(メチルスルホニル)-1,3,4-オキサジアゾール-2-イル)アニリン(0.25当量、0.57mmol、0.136g)の溶液を混合物に滴加した後、0℃で更に2時間、次いで室温で一晩撹拌した。飽和NaHCOを添加し、反応混合物を酢酸エチル(2×30ml)で抽出した。合わせた有機相を硫酸ナトリウムで乾燥させ、濾過し、蒸発させ、分取HPLC(5B→95B 280nm、反応時間=28分)によって精製し、凍結乾燥後に白色の固体165mgを得た(収率=73%)。
【0086】
2-アミノ-N-(4-(5-(5-(メチルスルホニル)-1,3,4-オキサジアゾール-2-イル)フェニル)アセトアミド(2)の合成:
化合物1(45mg)を1:1 TFA/DCM(2ml)に溶解し、溶液を室温で2時間撹拌し、窒素流下で蒸発させた。HPLC精製(5B→95B 280nm、反応時間=18分)後に最終生成物が得られた(Y=99%超)。純粋な化合物は即座にPEGポリマーとカップリングしたが、そうでなければ-20℃での貯蔵後に1週間の間に分解が観察された。
【0087】
PEG-MSの合成:
【化2】
新たに調製した化合物2(50μmol、15mg)及びN-メチルモルホリン(18μmol、20μL)を乾燥DMF(2ml)に溶解し、窒素でフラッシングし、15分間撹拌した。20kDaの4アームPEG-NHS(100mg、5μmol)を乾燥DMF(1ml)に溶解し、窒素流下で添加した。混合物を不活性雰囲気下にて室温で一晩撹拌した後、アセトン及び水中で透析し、凍結乾燥した。白色の固体ポリマーを得て、DCM d中でのH-NMRによって特性評価した。91%超の官能基化度及び90%超の収率が算出された。
【0088】
2-(メチルスルホニル)-5-フェニル-1,3,4-オキサジアゾール基をチオールカップリングのMS基質として選択した。記載のヘテロ芳香族MS環のうち、この基質は高い変換率及び中程度の反応速度でチオールと反応する(N. Toda, S. Asano, C. F. Barbas, Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12592-12596、X. Chen, H. Wu, C. M. Park, T. H. Poole, G. Keceli, N. O. Devarie-Baez, A. W. Tsang, W. T. Lowther, L. B. Poole, S. B. King, M. Xian, C. M. Furdui, ACS Chemical Biology 2017, 12, 2201-2208)。4アームPEG-MSマクロマー(20kDa)を3回の合成工程にわたって500mg規模にて良好な収率(91%超の置換度)で合成した。
【0089】
ヒドロゲルに対するレオロジー測定
4アームPEG-MS及び4アームPEG-チオール混合物のゲル化を研究した。用いた架橋条件は、10mM HEPES緩衝液(pH6.6)中5wt%のポリマー含有量、25℃であった。1:1のMS:チオール比を実験に用いた。研究により、チオール-MSゲルが3分~4分以内に架橋ゲルを形成することが示された(表1を参照されたい)。これは、前駆体溶液の完璧な混合及び均質化を可能にする、好都合な架橋時間に相当する。レオロジー研究により、架橋ゲルがG’約1kPaの剪断貯蔵弾性率に達することが明らかになった(図2b)。膨潤PEG-チオール-MSヒドロゲル(10mM HEPES緩衝液中5wt%のポリマー濃度)を図2aに示す。
【0090】
20kDaの4アームPEG-Xポリマーの溶液を新たに調製し、これらの研究に使用した。ポリマーを対応する溶媒に溶解し、ボルテクサーによって混合し、超音波浴内に保持し、遠心分離して泡を除去した。21μLの5%(w/v)PEG X溶液、続いて21μLの5%(w/v)PEG-チオール溶液をレオメーターの下部ペルチェプレートに塗布し、ピペットチップによって直接プレート上で混合を行った。上部プレートを近付けてサンプルを2枚のプレートの間に挟み、測定中の蒸発を防ぐためにサンプルを続いて流動パラフィンで封止した。測定開始を含む全サンプルローディング時間は、約2分~3分であった。
【0091】
ヒドロゲルのゲル化時間及び最終剪断弾性率をレオメーターによって決定した。ひずみラン(周波数=1Hzで0.1%~1000%のひずみ)及び周波数ラン(ひずみ=1%で0.01Hz~100Hz)を行って線形粘弾性領域を決定した。時間ランは、以下のパラメーターを用いて線形粘弾性領域内で行った:スロット300μm、軸力(0.0±0.1N)、周波数1Hz、ひずみ1%、温度=25℃又は37℃。
【0092】
ヒドロゲルを5wt%のポリマー含有量、HEPES緩衝液(pH8.0)及びT=25℃(図3a)及びT=37℃(図3b)で調製した。
【0093】
図3aにおいては、チオール-MSの架橋動態とチオール-Mal及びチオール-VS系の架橋動態とを比較する。実験は細胞培養に典型的な条件(10mM HEPES緩衝液(pH8.0)中5wt%のポリマー、25℃)下で行った(E. A. Phelps, N. O. Enemchuwu, V. F. Fiore, J. C. Sy, N. Murthy, T. A. Sulchek, T. H. Barker, A. J. Garcia, Advanced Materials 2012, 24, 64-70、A. Farrukh, J. I. Paez, A. del Campo, Advanced Functional Materials 2019, 29, 1807734)。これらの条件下においては、チオール-MSゲルが3秒~4秒で形成された(表1)。これは短い架橋時間に相当するが、ゲル前駆体の混合及び均質化には許容可能である。これと比較して、チオール-Malゲルは架橋に1秒かかり、得られるゲルは不均一であり、一方でチオール-VS系は約10分間のゲル化時間を生じ、架橋の完了に約2時間かかった。これらの結果から、表2に示されるように、ゲル化速度において以下の傾向:チオール-Mal>チオール-MS>チオール-VSが示され、モデル化合物について特定された反応速度と一致する(X. Chen, H. Wu., C. M. Park, T. H. Poole, G. Keceli, N. O. Devarie-Baez, A. W. Tsang, W. T. Lowther, L. B. Poole, S. B. King, M. Xian, C. M. Furdui, ACS Chemical Biology 2017, 12, 2201-2208、F. Saito, H. Noda, J. W. Bode, ACS Chemical Biology 2015, 10, 1026-1033、H. Wang, F. Cheng, M. Li, W. Peng, J. Qu, Langmuir 2015, 31, 3413-3421)。
【0094】
1時間後の架橋ゲルの剪断弾性率の値は、それぞれG’25℃がチオール-VSについては2000Pa、チオール-MSについては1000Pa、チオール-Malについては470Paであった。チオール-MSゲルのより高い剛性は、より遅いゲル化動態の結果として系の均一性がより高くなることで、網目構造の欠陥がより少なく、架橋度がより高くなるためである可能性が高い。
【0095】
この結果は、リン酸緩衝生理食塩溶液(PBS)(pH7.4)中で同様の変換率が示された、小さなモデル分子に対するチオール-Mal及びチオール-MSカップリングの以前の反応性研究とは矛盾している(N. Toda, S. Asano, C. F. Barbas, Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12592-12596)。塩基性pHで起こるMal基の加水分解が、チオール-Malのより低い機械的特性の理由であり得ると仮定した。この仮定を検証するために、pD 8.0での重水素化PBS中の4wt%PEG-Mal溶液の安定性をH-NMRによって研究した。
【0096】
Mal基の加水分解が2時間後に検出された。したがって、試験した条件の範囲内でMal基の加水分解がチオール-Malの機械的特性に大きな影響を与えるものとは期待されない。チオール-VSは最も高い剪断弾性率を達成したが、これはより高い変換率又は最も遅い硬化と一致し、はるかに欠陥の少ない網目構造が確実となる。全体として、これらの結果から、チオール-MS架橋が、非常に急速に架橋するチオール-Malと遅いチオール-VSベースの材料との間の中間的な動態となることが示される。数秒間の範囲で観察された架橋時間は、低い剪断力での成分の簡便な混合及びピペッティングを可能にし、細胞カプセル化に適しているようである。
【0097】
pH依存性
4アームPEG-MS及び4アームPEG-チオール混合物のゲル化を研究した(図1)。用いた架橋条件は、10mM HEPES緩衝液(pH6.6)中5wt%のポリマー含有量、25℃であった。1:1のMS:チオール比を実験に用いた。チオール-Xヒドロゲルのバルクにおけるゲル化時間を異なるpH値で決定した。実験は、10mM HEPES緩衝液中5wt%のポリマー溶液、T=25℃で行った。ゲル化時間は、成分の混合と混合物に対してピペッティングを行うことが不可能となる時点との間の間隔として推定した。研究から、チオール-MSゲルが3分~4分以内に架橋ゲルを形成することが示された(表1を参照されたい)。これは、前駆体溶液の完璧な混合及び均質化を可能にする好都合な架橋時間に相当する。
【0098】
極性チオール-Xカップリングの反応速度は、pH範囲6~9のpHに依存する。これは、チオール基(pKa約8)から、これらの反応において求核試薬として作用するチオレートアニオンへの脱プロトン化のためである(M. H. Stenzel, ACS Macro Letters 2013, 2, 14-18)。この特徴は、生理的に適切な条件下でのpHにより制御される硬化動態の興味深い機会を提供する。チオール-MS架橋を8.0~6.6のpH範囲で分析した。pHの低下とともに架橋速度の減少が観察された(図4a及び図4b、並びに表1)。pHを8.0から6.6へと変化させることで、ゲル化時間を数秒から数分に調整することができ(表1)、3D細胞カプセル化用途に理想的な実験時間枠がもたらされることが注目に値する。これとは対照的に、チオール-Malのゲル化時間は数秒の範囲でしか変動せず、一方でチオール-VSは数分間~数時間の間であった。これらの結果から、取扱い及び用途要件への適合性の点でチオール-Mal及びチオール-VSと比べたチオール-MSゲルの利点が示される。
【0099】
チオール-MS架橋ヒドロゲルの剪断弾性率は、僅かにpHの影響を受けた。pH8.0において、おそらくは非常に急速な架橋が起こり、網目構造内に多数の不均質性及び欠陥が生じたために、これらは比較的低いG’を示した。これは、同様の最終G’が得られた、pH7.5~6.6で形成されたチオール-MSゲルには当てはまらなかった。したがって、これがゲルの品質及び機械的安定性を損なうことなく架橋速度を調整することができる最適な間隔であるようである。これと比較して、チオール-Mal系はpH≧7.5で機械的特性の低下を示したが、pH=7.0~6.6で同様の最終剪断弾性率を示し、一方でチオール-VSはpHの低下とともに、より遅いゲル化動態及び僅かに低下した剪断弾性率への明らかな傾向を示した。この目的で、pH値8.0、7.5、7.0及び6.6、5wt%のポリマー含有量、並びに25℃で10mM HEPES緩衝液において測定を行った。ここで、最も速く硬化する系(pH≧7.0のMal及びpH≧7.5のMS)が、レオメーターのローディングとともに即時に硬化することが注目に値する(図4a及び図4b)。
【0100】
ゲル化時間に対する温度の影響
20kDaの4アームPEG-Xポリマーの溶液を新たに調製し、これらの研究に使用した。ポリマーを対応する溶媒に溶解し、ボルテクサーを用いて混合し、超音波浴内に保持し、遠心分離して泡を除去した。30μLの5%(w/v)PEG-X溶液、続いて30μLの5%(w/v)PEG-チオール溶液を、ピペットを用いて連続的に混合しながらプラスチックエッペンドルフチューブに入れた。「バルクにおける」ゲル化時間を、硬化性(hardness)混合物が流動しなくなり、連続的なピペッティングが可能でなくなった時間として記録した。温度調節される水浴を用いて温度を制御した。
【0101】
チオール-MSゲルの特性の調整にも温度を用いることができる。45℃~25℃の範囲で温度を低下させることで、剪断弾性率の低下(図5)及びゲル化時間の延長(表3を参照されたい)が可能であった。
【0102】
チオール-MSヒドロゲルに対するポリマー含有量及びHEPES緩衝液濃度の影響
ヒドロゲルを、10mM又は50mMのいずれかのHEPES緩衝液濃度を用い、一定のpH=7.5及びT=25℃でポリマー含有量の値を1.3wt%、2.5wt%、5.0wt%、7.5wt%及び10.0wt%と増大させて調製した。調製したヒドロゲルのpHを、平面電極を有するpHメーター(PH100 Waterproof ExStik(商標)、Extech Instruments、米国)を用いて測定した。
【0103】
最後に、チオール-MSヒドロゲルの架橋動態及び剪断弾性率に対するポリマー含有量の影響の研究を行った(図6a、図6b)。ゲル化時間は、ポリマー含有量の増加とともに短くなった(18秒~2秒の範囲;表4を参照されたい)。さらに、G’は、ポリマー濃度を1.3wt%から7.5wt%に増加させることで上昇し、10wt%を超えるポリマー濃度で低下した。前駆体溶液は10wt%であっても正確に均質化することができるため、この結果は驚くべきものであった。したがって、不十分な混合効果がこの挙動の原因となるとは予想されなかった。
【0104】
反応機構を研究するために、得られたゲルのpHを測定した(図6a、図6bを参照されたい)。新たに調製したチオール-MSゲルのpHがポリマー濃度の増加とともに低下することが分かった。1.3wt%~7.5wt%のゲルは7.5~6.5のpHを示したが、10wt%のゲルは5.1に近いpHを有していた。これは、チオール-MSカップリングにおける脱離基としてのメタンスルフィン酸の遊離によって説明することができる。ポリマー分率が高いと、脱離基がより高濃度で生成され、架橋媒体のpHが低下することで、達成される最終剪断弾性率が低下する。この効果は、架橋媒体の緩衝能を増大させることで制御することができ、これはHEPES緩衝液濃度を10mMから50mMに増加させることによって達成される(図6を参照されたい)。後者の濃度は、依然として細胞適合性であることが知られている。これらの結果から、ポリマーの含有量を用いてゲルの機械的特性を制御することもできることが示される。比較的高い濃度(10wt%)においては、緩衝能を高めることでpHを制御するべきである。
【0105】
チオール-Xヒドロゲルについての膨潤測定
これらの研究は、10mM HEPES緩衝液(pH7.0)中で調製し、予め氷浴内で冷却した5%(w/v)の前駆体溶液を用いて行った。50μLの5%(w/v)PEG-X溶液をフレキシブルPDMS円筒モールド(直径0.75cm)に入れ、50μLの5%(w/v)PEG-チオール溶液とともに迅速に混合し、37℃で4時間、湿潤チャンバ内で架橋させた。得られたヒドロゲルを慎重に取り出し、MilliQ水中で24時間膨潤させた後、膨潤ゲルの質量を決定した(M)。
【0106】
ゲルを37℃の炉内で48時間乾燥させ、乾燥ヒドロゲルの質量を確認した(M)。膨潤率(SR;膨潤度)を以下の式に従って算出した:
SR=(M-M)/M
【0107】
実験は3回行った。平均値及び標準偏差を報告した。
【0108】
5%チオール-MSゲルの膨潤率(SR)をpH7.0の水中で測定した。ポリマー1mg当たり33.6mgの水の膨潤が得られた(表5を参照されたい)。チオール-VSゲルは同様のSR値を示すが、チオール-Malは約1.5倍増加した。これらの結果から、チオール-MS及びチオール-VS網目構造の同様の架橋度、並びにチオール-Malゲルのより少ない架橋が示される。
【0109】
加水分解安定性は、3D細胞培養に使用されるヒドロゲルにとって重要な材料特性である。
【0110】
したがって、5wt%チオール-MSゲルの加水分解安定性を、37℃で4週間にわたって異なる時点で細胞培養培地においてインキュベートした後に膨潤ゲルの重量分析によって決定した(図7a)。最初の2週間で、膨潤チオール-MSゲルの質量は元の質量の1.2倍に達し、チオール-MSゲルの少ないゲル浸食及び高い加水分解安定性が示唆された。ゲルの長期安定性が長期細胞培養にとって利点であり、特定の分解性配列との共重合によって分解特性を細かく調整することができることに留意する必要がある(E. A. Phelps, N. O. Enemchukwu, V. F. Fiore, J. C. Sy, N. Murthy, T. A. Sulchek, T. H. Barker, A. J. Garcia, Advanced Materials 2012, 24, 64-70)。チオール-MS系の安定性は、長期培養に通例使用されるチオール-VSの安定性と同様であり(M. P. Lutolf, G. P. Raeber, A. H. Zisch, N. Tirelli, J. A. Hubbell, Advanced Materials 2003, 15, 888-892)、チオール-Malゲルの場合よりもはるかに高かった(2日間で1.2倍及び18日目のヒドロゲルの崩壊)(N. Boehnke, C. Cam, E. Bat, T. Segura, H. D. Maynard, Biomacromolecules 2015, 16, 2101-2108)。チオール-Malゲルの加水分解は、細胞培養培地中の他の可溶性チオールの存在下でレトロマイケル反応及び交換反応を経ることが可能なチオエーテル-スクシンイミド結合の低い安定性に起因する。この結果は、治療関連条件下でチオール-Mal化合物に対して、チオール-MSカップリングから得られるチオヘテロ芳香族コンジュゲートの優れた安定性を示す、モデル-MS化合物を用いた研究と一致している(N. Toda, S. Asano, C. F. Barbas, Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12592-12596)。最後に、10wt%のゲルを用いて行った実験から、チオール-MSゲルが6週間超にわたって加水分解に安定したままであることが示された(図7bを参照されたい)。
【0111】
細胞カプセル化への使用
3D細胞培養のためのPEGヒドロゲル調製
3D PEGヒドロゲルは、記載のプロトコルを適合させて調製した(Phelps et al., Advanced Materials 2012, 24, 64-70及びFarrukh et al., Adv. Funct. Mater. 2018)。20kDaの4アームPEG Mal/VS/MSの前駆体溶液(100mg/mL、10%(w/v))を、滅菌層流中でHEPES緩衝液(10mM、pH8.0)に溶解することによって調製した。cyclo(RGDfC)(3.45mg/mL、5mM)及びVPMペプチド(GCRDVPMSMRGDRCG、26.6mg/mL、15.68mM)の溶液を同様に滅菌HEPES緩衝液(pH8.0)中で調製した。これらの濃度を全ての細胞実験の間、一定に維持した。
【0112】
4アームPEG Mal/MS/VSストック溶液(10%(w/v))を5mM cyclo(RGDfC)と2:1の体積比で混合し、37℃で30分間インキュベートした。RPMI培地(2μL)中の細胞懸濁液(10×10細胞/mL)を上記の溶液に添加し、得られた混合物の8μL滴をそれぞれIbidi 15マイクロタイタープレート血管新生スライドに入れた。VPMペプチドの溶液(2μL、15.8mM)を即座に各マイクロタイタープレートに入れ、ピペットチップを用いて慎重に混合し、架橋させた。15分間にわたってMal及びMS 3Dヒドロゲルの重合を行い、一方でVSヒドロゲルは37℃及び5%COで45分間重合させた。ゲル化後にRPMI培地を添加し、1日~3日間培養を維持した。代替的には、スフェロイド培養のために、RPMI培地(2μL)をcyclo(RGDfC)修飾PEG前駆体溶液(6μL、上記)と混合し、それぞれ(8μL)マイクロタイタープレートに導入した。フィブリン塊を各タイタープレートに添加した後、15.8mM VPMペプチド(2μL)を添加し、37℃で15分~45分間ゲル化させることができた。培地を各タイタープレートに添加し、細胞培養の間、24時間に1回新鮮培地と交換した。
【0113】
このプロセスを用いて、PEG-MS成分を初めにcyclo(RGDfC)ペプチドで官能基化し、次いでL929線維芽細胞と混合し、最後に酵素的に切断可能なジチオールペプチド(VPM)と架橋させた。4wt%PEG-MS、1mM RGDペプチド及び3.14mM VPMの組成物を用いた(E. A. Phelps, N. O. Enemchukwu, V. F. Fiore, J. C. Sy, N. Murthy, T. A. Sulchek, T. H. Barker, A. J. Garcia, Advanced Materials 2012, 24, 64-70、A. Farrukh, J. I. Paez, A. del Campo, Advanced Functional Materials 2019, 29, 1807734)。混合後に溶液は流動性が高いままであり、混合物を低い剪断力でピペッティングによって均質化することができた。安定したゲルが15分以内に形成され、肉眼で確認することができた。ヒドロゲル内の細胞の分布を共焦点顕微鏡でのZスタックイメージングによって分析した。ヒドロゲルの厚さ全体にわたる細胞の均一な分布が観察された(図8a)。
【0114】
細胞培養条件
線維芽細胞L929細胞株(ATCC)を、10%FBS(Gibco、10270)及び1%P/S(Invitrogen)を添加したRPMI 1640培地(Gibco、61870-010)において37℃及び5%COで培養した。懸濁細胞培養については、L929細胞(10×10細胞/mL)を重合時にPEG前駆体溶液に直接懸濁した。
【0115】
スフェロイド培養については、以下の文献報告を用いて線維芽細胞L929細胞株のフィブリン塊を調製した(J. L. West, Biomaterials 2008, 29, 2962-2968、C. A. DeForest, K. S. Anseth, Nature Chemistry 2011, 3, 925-931)。
【0116】
要約すると、10×10細胞/mLのペレットをフィブリノゲン(PBS中10mg/mL)中で解離させ、Sigmacoteをコーティングした疎水性スライドガラスに2μL滴を塗布した。1μLのトロンビン溶液(PBS中5UN/mL)を各フィブリノゲン滴に添加し、細胞をインキュベーターに15分間入れ、フィブリン塊を得た。
【0117】
固定及び染色
3D PEGヒドロゲルサンプルを、4%PFA溶液を用いて室温で2時間固定し、PBSで洗浄した。サンプルを1%BSA溶液で1時間ブロッキングした後、0.5%Triton X-100で1時間透過処理した。FITCファロイジン(水中1:200、Thermo Fisher Scientific)をアクチン線維の染色に使用し、DAPI(水中1:500、Life Technology)を核の染色に使用した。サンプルを抗体とともに室温で5時間インキュベートし、続いてPBSで洗浄した。
【0118】
生-死アッセイ
細胞培養培地を除去し、サンプルをPBS中の二酢酸フルオレセイン(40μg/mL)及びヨウ化プロピジウム(30μg/mL)とともに5分間インキュベートした。サンプルをPBSで2回洗浄し、Zeiss LSM 880共焦点顕微鏡を用いて記録した。
【0119】
チオール-MSゲル中に1日カプセル化された細胞に対する生/死アッセイにより、本発明による材料の細胞適合性が示される(90%超の生存率、図8a、図8b、図8c)。これらの結果から、系の架橋動態が簡便かつ細胞適合性の実験条件下で均一な構築物を得るのに理想的であることが示唆される。
【0120】
逆に、チオール-Malヒドロゲルは、前駆体溶液と混合すると即時の硬化を生じたため、適当な均質化がより困難となり、ゲルの上部で細胞凝集が起こった。一方、チオール-VS系は、効果的な混合が可能であったが、遅いゲル化動態によりゲルの底面に細胞沈降が起こった。これらの結果は、チオール-Malヒドロゲルにカプセル化された蛍光ビーズの分布との関連での架橋速度の影響に関するPeyton et al.による以前の報告(L. E. Jansen, L. J. Negron-Pineiro, S. Galarza, S. R. Peyton, Acta Biomaterialia 2018, 70, 120-128)、及び細胞の堆積を防ぐために硬化時にチオール-VSゲルを回転させる必要性を指摘しているShikanov et al.による以前の報告(J. Kim, Y. P. Kong, S. M. Niedzielski, R. K. Singh, A. J. Putnam, A. Shikanov, Soft Matter 2016, 12, 2076-2085)と一致している。これに関連して、チオール-MSヒドロゲルは、より適切な動態を示し、これらの不都合を克服する。
【0121】
移動アッセイ
チオール-MSヒドロゲル中で培養した細胞が機能性のままであることを示すために、移動アッセイを行った。L929線維芽細胞スフェロイドを分解性チオール-MSヒドロゲルにカプセル化し(A. Farrukh, J. I. Paez, A. del Campo, Advanced Functional Materials 2019, 29, 1807734)、3日間培養し、固定し、染色した。スフェロイドの細胞移動距離をゲル分解及びゲル内での細胞移動能力の指標として定量化した(図9a~図9c)。細胞は、d約425μmの距離を移動した。この結果を、3D細胞カプセル化の材料としてのチオール-Mal及びチオール-VSについて得られた結果と比較した。移動距離は、Malについては約470μm、VS系については約360μmであった(図9c)。この結果は、架橋度の差(G’37℃=VS>MS>Mal;図3bを参照されたい)及び加水分解安定性の差(MS=VS>>Mal;図7)によるものである。架橋度がより低いか又は分解がより急速であると、細胞のための空間ができ、すなわち移動経路がより長くなる。
【0122】
さらに、3日間のインキュベーション後に、チオール-MSヒドロゲル中で培養した細胞は、他の2つの系よりもゲル内に均一に分布し、より少ないクラスター化の例を示した(図10を参照されたい)。
【0123】
チオール-MS反応は、細胞カプセル化との関連でのヒドロゲルの架橋に適している。この反応は、チオール-Mal系とチオール-VS系との間の動態を達成し、高い変換率に達する。得られる架橋単位は、良好な加水分解安定性及び細胞適合性を示す。温和な水性条件下では、MS-チオール反応はアルコール、アミン、カルボン酸及びアクリレート官能基に対して直交性であるため(D. Zhang, N. O. Devarie-Baez, Q. Li, K. R. Lancaster, M. Xian, Organic Letters 2012, 14, 3396-3399、A. Farrukh, J. I. Paez, M. Salierno, A. del Campo, Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 2092-2096、A. Farrukh, J. I. Paez, M. Salierno, W. Fan, B. Berninger, A. del Campo, Biomacromolecules 2017, 18, 906-913)、この架橋機構を生物医学分野で関心のある殆どの天然ポリマースキャフォールドとともに用いることができる。チオール-MS対の反応性は、用いられるpH及び異なるMS-芳香族基質の選択によって調節することができる(N. Toda, S. Asano, C. F. Barbas, Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 12592-12596)。これらの特性の全ての組合せのために、チオール-MSが3D細胞カプセル化にとって他の反応性化学物質の優れた代替品となる。
【0124】
【表1】
【0125】
【表2】
【0126】
【表3】
【0127】
【表4】
【0128】
【表5】
図1
図2
図3a
図3b
図4a
図4b
図5
図6
図7
図8-1】
図8-2】
図9
図10
【国際調査報告】