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特表2022-542023バクテリオファージの宿主に依存しない発現
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-09-29
(54)【発明の名称】バクテリオファージの宿主に依存しない発現
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/00 20060101AFI20220921BHJP
   C12N 15/34 20060101ALI20220921BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20220921BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20220921BHJP
   C07K 14/32 20060101ALI20220921BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20220921BHJP
   A61K 35/76 20150101ALI20220921BHJP
   A23L 33/10 20160101ALN20220921BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALN20220921BHJP
【FI】
C12N7/00 ZNA
C12N15/34
C12N15/11 Z
C12N15/31
C07K14/32
A61P31/04
A61K35/76
A23L33/10
C12Q1/04
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022502952
(86)(22)【出願日】2020-07-16
(85)【翻訳文提出日】2022-01-28
(86)【国際出願番号】 EP2020070178
(87)【国際公開番号】W WO2021009302
(87)【国際公開日】2021-01-21
(31)【優先権主張番号】19187078.1
(32)【優先日】2019-07-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】504150162
【氏名又は名称】テクニシェ ユニバーシタット ミュンヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【弁理士】
【氏名又は名称】杉山 共永
(72)【発明者】
【氏名】フェーゲル,キリアン
(72)【発明者】
【氏名】シンメル,フリードリヒ
(72)【発明者】
【氏名】エムスランダー,クイリン
【テーマコード(参考)】
4B018
4B063
4B065
4C087
4H045
【Fターム(参考)】
4B018MD94
4B018ME09
4B063QA18
4B063QQ05
4B063QR79
4B063QS36
4B063QX01
4B065AA19Y
4B065AA98X
4B065AA98Y
4B065AC20
4B065BC50
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA46
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BC83
4C087CA12
4C087NA14
4C087ZB35
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045EA50
(57)【要約】
本発明は、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法、及びバクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異因子及びバクテリオファージのゲノムを含む対応する組成物に関するものである。また、それぞれのキットも包含される。本発明はさらに、本発明の方法によって得られたバクテリオファージ及びその使用についても言及する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物を提供すること、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子及び/又は前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子をコードするヌクレオチド配列を添加すること、及び
バクテリオファージのゲノムを添加すること、
を含む、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法。
【請求項2】
前記細胞溶解物が大腸菌細胞溶解物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記バクテリオファージの宿主が大腸菌でない、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記バクテリオファージの宿主がグラム陽性菌、好ましくは枯草菌である、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記バクテリオファージがphi29バクテリオファージである、請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子が転写因子である、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子がsigAである、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
宿主非依存性発現系でバクテリオファージを製造するための組成物であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物由来の細胞溶解物、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子、及び
バクテリオファージのゲノム、を含む前記組成物。
【請求項9】
無細胞発現系でバクテリオファージを製造するためのキットであって、
バクテリオファージのゲノム、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子、及び
任意に、バクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、を含む前記キット。
【請求項10】
請求項1から7のいずれか1項に記載の製造方法によって得られたバクテリオファージ。
【請求項11】
医薬品として使用するための請求項10に記載のバクテリオファージ。
【請求項12】
被験者の細菌感染の予防または治療に使用するための、請求項10に記載のバクテリオファージ。
【請求項13】
食品または飲料中の細菌増殖を回避するための、請求項10に記載のバクテリオファージの使用。
【請求項14】
特定の微生物を検出するためのバクテリオファージの使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法、及びバクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子及びバクテリオファージのゲノムを含む、対応する組成物に関する。また、それぞれのキットも包含される。本発明はさらに、本発明の方法によって得られたバクテリオファージ及びその使用についても言及する。
【背景技術】
【0002】
バクテリオファージは、宿主である細菌に特異的に感染し、その細菌を犠牲にして増殖するウイルスである。バクテリオファージのバイオテクノロジーへの応用は非常に幅広く、酵素の活性を進化的に向上させるような進化に基づく選択法(Esvelt et al. 2011)から、治療用抗体などの生体医薬品の生成や最適化に利用できるいわゆるファージディスプレイ(Bazan et al. 2012)、バクテリオファージ療法における抗生物質の代用品としてのバクテリオファージ自身の使用(Barbu et al. 2016)まで多岐に渡る。後者は、バクテリオファージが特異的に病原性細菌を攻撃し破壊する(溶解)自然な能力に基づいている。しかし、ファージを用いた治療薬や診断薬の開発・生産は、バクテリオファージの簡便かつ安全な生産方法の難しさによって未だに妨げられている。これまで、バクテリオファージは、適切な細菌または病原体との培養によって生産されている(Pirnay et al.2018)。そのため、それぞれの菌の適切な安全規制を遵守し、かつ培養することが必要である。危険な病原体の場合、特殊な施設で特別な訓練を受けた人材が必要なため、取り扱いは非常に難しく、コストもかかる。
【0003】
タンパク質の無細胞合成には、特に細菌に対して毒性タンパク質が生成される場合、または非天然アミノ酸がタンパク質に導入される場合に、細胞発現に比べて多くの利点がある。タンパク質合成は、溶解した細胞の転写及び翻訳装置を使用して実行できる。精製後、宿主DNAは含まれず、DNAを外部から添加することで目的のタンパク質を発現させることができる。複数のタンパク質や代謝物を同時に合成することも可能である (Garamella et al. 2016)。多くの無細胞発現システムが利用可能であり、その組成は大きく異なる可能性がある。いわゆる "PURE System" (Shimizu et al. 2001)が精製されたタンパク質で構成されているが、大腸菌の粗細胞抽出物には、発現に必要のないものも含め、ほとんどすべての細胞内タンパク質が含まれている (Sun et al.2013)。そのような粗細胞抽出物において、感染性の野生型バクテリオファージを発現することが可能であることが (Shin et al. 2012)、タンパク質だけでなく(Garamella et al. 2016) すでに示されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、すべてのバクテリオファージが大腸菌の細胞溶解物で容易に生産できるわけではない。従って、大腸菌ベースのファージに限定される。また、他の細菌株から細胞抽出液を得ることも可能である。しかし、この場合、バクテリオファージを発現させることができる高品質の細胞抽出物を得るための適切な条件を見つけるために、非常に複雑なスクリーニングが必要となる。また、バクテリオファージを医薬品として使用する場合、細胞抽出液にプロファージのような毒素や有害物質が含まれていないことを示す必要がある。そのため、バクテリオファージの宿主生物に依存しない、効率的で手間のかからない、汎用性の高いバクテリオファージの生産方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、バクテリオファージの宿主ではない微生物に由来する細胞溶解物に、少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子または当該因子をコードする塩基配列を添加することにより、この問題を解決するものである。これにより、バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する標準的な細胞溶解物でバクテリオファージを産生することができる。
【0006】
従って、本発明の第1の態様は、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物を提供すること、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子及び/または前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子をコードするヌクレオチド配列を添加すること、及び
バクテリオファージのゲノムを添加すること、を含む前記製造方法に関するものである。
【0007】
実施形態では、細胞溶解物は、大腸菌細胞溶解物である。大腸菌細胞溶解物は、例えば、毒素及び他の潜在的に有害な化合物に関して、よく研究され、よく特徴づけられている。したがって、大腸菌細胞溶解物を使用することは、特に、医療目的のバクテリオファージの生産及び食品分野での応用に有利である。そのような実施形態では、生産されるバクテリオファージの天然宿主は、典型的には、大腸菌ではない。例えば、バクテリオファージは、B.subtilisである天然宿主を有するphi29であってもよい。
【0008】
典型的には、バクテリオファージ宿主特異的因子は、バクテリオファージの宿主生物の化合物、例えば、複製に関与する分子(例えば、タンパク質、例えば、DNAポリメラーゼ結合タンパク質、または転写、例えば、転写因子、及び/またはRNAポリメラーゼIIのサブユニット、バクテリオファージの自己集合においてまたはその助長を促進する宿主因子などである。特定の実施形態において、バクテリオファージはphi29であり、バクテリオファージ宿主特異的因子はsigAである。バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、単離された分子または分子複合体であってよい。バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、共発現分子であってもよい。
【0009】
バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、細胞溶解物中での共発現のために、単離された因子をコードする核酸配列として提供されてもよい。これは、活性の喪失により、または因子を発現する宿主生物に対する毒性により、単離及び精製が困難でないか、または困難でしかない因子について特に有利である。本発明の発現系で因子を共発現させると、因子を精製する工程を省略できるため、生産方法を迅速化することができる。
【0010】
バクテリオファージのゲノムは、単離されたネイティブDNA、合成されたDNA、バクテリオファージゲノムのPCR産物、又は酵母人工染色体の形態であってよい。
【0011】
特定の実施形態において、宿主は、細菌または古細菌であり、好ましくは、細菌である。より具体的には、宿主は、グラム陽性またはグラム陰性細菌であり、好ましくはグラム陽性細菌、例えば、B.subtilisである。
【0012】
本発明の別の態様は、宿主非依存性発現系でバクテリオファージを生産するための組成物であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子、及び
バクテリオファージのゲノム、を含む前記組成物に関する。
【0013】
さらなる態様は、無細胞発現系でバクテリオファージを製造するためのキットであって、
バクテリオファージのゲノム、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子、及び
任意に、バクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、を含むキットに関する。
【0014】
さらなる態様は、本明細書に記載の方法によって得られたバクテリオファージ、及び医薬品としてのその使用に関するものである。より具体的には、前記バクテリオファージは、被験体における細菌感染の予防または治療に使用することができる。
【0015】
また、本発明の方法によって得られたバクテリオファージを、食品または飲料中の細菌の増殖を回避するため、または特定の微生物を検出するために使用することも考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】大腸菌無細胞系での非大腸菌ファージの発現に必要な構成要素を示す模式図であり、ここでは特に枯草菌ファージΦ29について、必要な宿主因子はT7プロモーター下のpET20b(+)プラスミドにコードされるsigAである。
図2】宿主因子sigAをコードするプラスミドを添加したもの(上)と無添加のもの(右)の無細胞反応によるスポットアッセイである。sigAをコードするプラスミドを添加したサンプルでは細菌の溶解が起こり、プラスミド無添加のサンプルでは溶解が起こらなかった。
図3】宿主因子sigAをコードするプラスミドなし(左)とあり(右)の無細胞反応におけるファージ力価(プラーク形成単位/ミリリットル)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明をその好ましい実施形態のいくつかに関して詳細に説明する前に、以下の一般的な定義を提供する。
以下に例示的に説明する本発明は、本明細書に具体的に開示されていない要素または限定がない場合にも好適に実施することができる。
【0018】
本発明は、特定の実施形態に関して、及び特定の図を参照して説明されるが、本発明はそれに限定されるものではなく、特許請求の範囲によってのみ限定されるものである。
本明細書及び特許請求の範囲において、用語「からなる」が使用されている場合、それは他の要素を排除するものではない。本発明の目的のために、「からなる」という用語は、「からなる」という用語の好ましい実施形態であるとみなされる。以下、あるグループが少なくとも一定数の実施形態からなると定義される場合、これは、好ましくはこれらの実施形態のみからなるグループを開示すると理解することもできる。
【0019】
単数名詞を指すときに不定冠詞または定冠詞が使用される場合、特に明記されていない限り、これにはその名詞の複数形が含まれる。本発明の文脈における「約」または「ほぼ」という用語は、当業者が問題の特徴の技術的効果を依然として確実にするために理解するであろう精度の間隔を示す。この用語は通常、示された数値から±10%、好ましくは±5%の偏差を示す。
専門用語は、一般的な意味合いで使われている。特定の用語に特定の意味がある場合は、その用語が使用されている文脈で、以下のように定義される。
【0020】
本発明の第1の態様は、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物を提供すること、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子及び/または前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子をコードするヌクレオチド配列を添加すること、及び
バクテリオファージのゲノムを添加すること、を含む前記製造方法に関する。
【0021】
バクテリオファージは、微生物、すなわち細菌や古細菌に感染するウイルスである。DNAまたはRNAゲノムをカプセル化したカプシドタンパク質で構成されている。バクテリオファージは、ゲノムを細胞質内に感染させた後、微生物の転写・翻訳装置を利用して微生物内で複製を行う。ファージは、形態と核酸によって、国際ウイルス分類委員会により、アッカ マンウイルス科、ミオウイルス科、シホウイルス科、ポドウイルス科、リポトリックスウイルス科、ルディウイルス科、アンプラウイルス科、ビカウダウイルス科、クラビウイルス科、コルチコウイルス科、シストウイルス科、フセロウイルス科、グロブロウイルス科、イノウイルス科、レビウイルス科、マイクロウイルス科、プラズマウイルス科、プレオリポウイルス科、ポルトグロボウイルス科、スファロリポウイルス科、スピラウイルス科、テクチウイルス科、トリストロマウイルス科、ツリウイルス科に分類されている。
【0022】
バクテリオファージの宿主は、微生物、特に、感染可能で、バクテリオファージが複製することができる古細菌またはバクテリアである。バクテリオファージは、単一の宿主または広い宿主スペクトルを有していてもよく、すなわち、バクテリオファージは、異なる種類の微生物に感染することが可能である。当業者は、微生物がバクテリオファージの宿主であるかどうかを決定する方法、例えば、スポットテスト、プラークテスト、ルーチンテスト希釈(RTD)又は細胞培養溶血が当業者によって知られており、例えば、Hyman,2019; Pharmaceuticals 2019,12,35に記載されていることを承知している。
【0023】
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物とは、バクテリオファージが感染できず、かつバクテリオファージが複製に利用できない微生物である。
バクテリオファージは宿主の生物体内でしか複製できないため、宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物でバクテリオファージを生産することは不可能である。本発明者らは、バクテリオファージの宿主とは異なる微生物由来の細胞溶解物でバクテリオファージを生産すること、すなわち宿主非依存的に生産することを可能にするためには、細胞溶解物にバクテリオファージ宿主特異的因子を付加する必要があることを見出した。
【0024】
本明細書で使用する「細胞溶解物」とは、微生物、特に細菌の細胞を溶解した後の成分を含む組成物をいう。従って、細胞溶解物は、無傷の細胞を含まない、すなわち無細胞である。典型的には、細胞溶解物は宿主DNAを含まない。好ましくは、細胞溶解物は宿主DNA及び膜を含まない。さらに、細胞溶解物は、小さな代謝産物を含まない場合がある。細胞溶解物は、バクテリオファージの宿主とは異なる生物の転写及び翻訳機構を含んでいる。
【0025】
好ましくは、細胞溶解物は、大腸菌溶解液である。そのような実施形態では、バクテリオファージの天然宿主は、大腸菌ではない。より好ましくは、細胞溶解物は、大腸菌RosettaTM(DE3)細胞溶解物である。
【0026】
"バクテリオファージ宿主特異的因子"は、バクテリオファージの宿主とは異なる生物に存在しない、バクテリオファージの宿主の分子である。この分子は、前記「非宿主」細胞溶解物における発現及び/又は自己集合を可能にする。この因子は、単一分子であってもよいし、複数の分子、例えば複合体を構築してもよい。典型的には、因子は、転写に関与するタンパク質、すなわち、転写因子、例えばB.subtilitsのsigA、またはRNAポリメラーゼIIのサブユニットのような転写に関与するタンパク質である。バクテリオファージ及び転写因子に関するさらなる例は、rpoDを有する緑膿菌、SigLを有するKlebsiella pneumoniae、sigAを有するStaphylococcus aureus、sigAを有するMycobacterium tuberculosis、RpoDを有するAcinetobacter baumanniiである。
【0027】
いくつかの実施形態では、バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、単離された分子又は分子複合体である。代替的にまたは追加的に、バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、細胞溶解物中での共発現のために、単離された因子をコードする核酸配列として提供される。
【0028】
典型的には、バクテリオファージ宿主特異的因子は、バクテリオファージの宿主生物の化合物、例えば複製に関与する分子(例えばタンパク質)、例えばDNAポリメラーゼ結合タンパク質、または転写、例えば転写因子、及び/またはRNAポリメラーゼIIのサブユニット、バクテリオファージのアセンブリを促進するまたは自己集合において宿主因子などである。特定の実施形態において、バクテリオファージはphi29であり、バクテリオファージ宿主特異的因子はsigAである。
【0029】
sigAのアミノ酸配列は、以下(星印は終止コドン/配列の終わりを表す)及び配列番号1に示されている。
MADKQTHETELTFDQVKEQLTESGKKRGVLTYEEIAERMSSFEIESDQMDEYYEFLGEQGVELISENEETEDPNIQQLAKAEEEFDLNDLSVPPGVKINDPVRMYLKEIGRVNLLSAKEEIAYAQKIEEGDEESKRRLAEANLRLVVSIAKRYVGRGMLFLDLIQEGNMGLMKAVEKFDYRKGYKFSTYATWWIRQAITRAIADQARTIRIPVHMVETINKLIRVQRQLLQDLGREPTPEEIAEDMDLTPEKVREILKIAQEPVSLETPIGEEDDSHLGDFIEDQEATSPSDHAAYELLKEQLEDVLDTLTDREENVLRLRFGLDDGRTRTLEEVGKVFGVTRERIRQIEAKALRKLRHPSRSKRLKDFLE*
【0030】
バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、単離された分子または分子複合体であってもよい。バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、共発現分子であってもよい。
バクテリオファージ宿主特異的発現因子は、バクテリオファージの宿主と、細胞溶解物に用いたバクテリオファージの宿主とは異なる微生物の転写/翻訳機構を比較することにより同定することができる。
【0031】
欠落している宿主因子を決定するために、通常、最も有望な候補はシグマ因子であるが、宿主細菌の主要なシグマ因子は、「ハウスキーピング」遺伝子に関与しているため、通常、最も有望な候補である。シグマ因子を選択するには、対応する宿主因子の認識配列を検索する必要がある。したがって、ファージの初期遺伝子の認識配列を宿主細菌ゲノムの認識配列と比較して、適切なシグマ因子を選択することもできる。
ファージタンパク質に結合する他の宿主因子については、リガンド結合アッセイを実施して、欠落している宿主因子を特定することができる。対応するファージ分子を標識して、質量分析と組み合わせた新生DNA上のタンパク質の単離のような質量分析を実行することも可能である (Reyes et al. 2017)。
【0032】
本発明者らは、宿主因子の添加は、「非宿主」細胞溶解物におけるバクテリオファージの発現及び/又は自己集合を可能にするのに十分であり、すなわち、細胞溶解物中に内因的に存在する宿主因子、例えば溶解物を調製した細胞のシグマ因子は、意外にもバクテリオファージの発現及び/又は自己集合をブロック又は妨害しないことを見いだした。
「微生物」とは、細菌または古細菌を指す。好ましくは、微生物は、細菌である。
【0033】
バクテリオファージの宿主は、微生物である。好ましくは、宿主は細菌である。宿主は、グラム陽性菌であってもよいし、グラム陰性菌であってもよい。例示的な宿主は、枯草菌、緑膿菌Klebsiella pneumoniae、黄色ブドウ球菌、結核菌、アシネトバクター・バウマニ、腸内細菌科、腸球菌フェシウム、ヘリコバクター・ピロリ、サルモネラ菌、ナイセリア・ゴノロホエ、シゲラ、カンピロバクター、肺炎球菌及びヘモフィラス・インフルエンザ菌である。特定の実施形態では、宿主はB.subtilisである。
【0034】
いくつかの特定の実施形態において、バクテリオファージは、phi29バクテリオファージである。 phi29バクテリオファージの宿主は枯草菌である。大腸菌はphi29バクテリオファージの宿主ではない。したがって、大腸菌細胞溶解物でのphi29バクテリオファージの産生は、バクテリオファージ宿主特異的発現因子、すなわちsigA因子が大腸菌溶解物に添加された場合にのみ可能である。SigA因子は、宿主の枯草菌によって産生されるタンパク質であり、バクテリオファージのゲノムの転写に必要である。
細胞溶血液中のバクテリオファージの生産条件は、Rustadら, 2018, Garamellaら, 2016, Shin 2012に記載されている。
【0035】
バクテリオファージのゲノムは、単離されたネイティブDNA、合成されたDNA、バクテリオファージゲノムのPCR産物または酵母人工染色体の形態で提供され得る。バクテリオファージのゲノムは、ゲノムの一部、例えば、バクテリオファージの生産を可能にする遺伝子セットであってもよい。
すべてのバクテリオファージゲノムが宿主細胞に形質転換できるわけではない。細胞溶解物と適切な宿主因子を用いることにより、本方法は、合成されたバクテリオファージゲノム、バクテリオファージゲノムのPCR産物または酵母人工染色体などの改変されたバクテリオファージゲノムで形質転換できない宿主で複製するバクテリオファージのゲノム改変を有利に行うことを可能にする。
本方法は、小代謝物及び/または緩衝剤を添加することをさらに含むことができる。
【0036】
本発明のさらなる態様は、宿主非依存性発現系でバクテリオファージを生産するための組成物であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子、及び
バクテリオファージのゲノム、を含む前記組成物に関する。
このような無細胞抽出物において、バクテリオファージは、バクテリオファージ宿主特異的因子が補充された抽出物に由来する微生物の転写及び翻訳機構を使用することによって産生することができる。
【0037】
本発明の別の態様は、無細胞発現系でバクテリオファージを製造するためのキットであって、
バクテリオファージのゲノム、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子、
任意に、バクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、を含む前記キットに関する。
さらに本発明は、本明細書に記載の方法によって得られたバクテリオファージに関する。
【0038】
本発明の別の態様は、本明細書に記載の方法によって得られたバクテリオファージに関する。本発明のさらなる態様は、医薬品として使用するための、例えば、対象における細菌感染の治療に使用するための、本明細書に記載のバクテリオファージに関する。
本発明の他の態様は、食品または飲料、農業、及び/又は特定の微生物を検出するための、細菌増殖を回避するための、本明細書に記載のバクテリオファージの使用に関する。
【0039】
(メソッド
DNAの準備)
ファージDNAは、フェノール-クロロホルム抽出とそれに続くエタノール沈殿により、108 PFU/mlを超える力価を形成する以前に調製されたファージストックから精製した。濃度は、260nmでの吸着によって決定される約5nMに調整した。
【0040】
(細胞抽出物の調製)
粗S30細胞抽出物を生成するために、BL21 Rosetta 2(DE3)の対数増殖期中期培養物を、Sun et al.(doi:10.3793 / 50762)抽出物を37℃で80分間インキュベートして、ゲノムDNAを消化し、10 kDaのカットオフで4℃で3時間透析した(スライドA Lyzer透析カセット、Thermo Fisher Scientific)。ブラッドフォードのエッセイでは、タンパク質濃度は30 mg/mLと推定された。複合バッファには、50 mM Hepes(pH 8)、5.5 mM ATP及びGTP、0.9 mM CTP及びUTP、0.5 mM dNTP、0.2 mg/mL tRNA、26 mMコエンザイムA、0.33 mM NAD、0.75 mM cAMP、68mMフォリン酸、1 mMスペルミジン、30 mM PEP、1 mM DTT及び4.5%PEG-8000が含まれていた。この緩衝液のエネルギー源として、3-ホスホグリセリン酸(3-PGA)の代わりにホスホエノールピルビン酸(PEP)を利用した。すべての成分は、使用前に80℃で保管した。単一の無細胞反応は、42%(v/v)の複合バッファ、25%(v/v)のDNAと添加物、及び33%(v/v)のS30細胞抽出物で構成されていた。ATP再生のために13.3mMマルトース、DNA分解に対して3.75 nMGamSと1UのT7RNAポリメラーゼ(NEB、M0251S)を反応混合物に加えた。
【0041】
(ファージ発現)
ファージ発現のために、1nMのファージゲノムを添加し、1nMのプラスミドをコードするsigAをコードしてT7プロモタで調節した。サンプルを29℃で一定時間インキュベートした。
【0042】
(結果)
宿主に依存しないインビトロ発現には、宿主因子が必要である。枯草菌ファージphi29の場合、枯草菌の「ハウスキーピング遺伝子」に関与する宿主因子sigAが必要である。このシグマ因子を使用すると、phi29ファージを大腸菌由来の無細胞発現システムで発現させることができる。sigAを提供するために、T7プロモータ下でこのタンパク質をコードするプラスミドをファージDNAの横にある無細胞反応ミックスに添加する(図1)。プラスミドとファージDNAが無細胞系に加えられた場合にのみ、ファージが発現された。これを証明するために、スポットアッセイを実施した。これは、反応混合物にファージDNA、宿主因子sigAをコードするプラスミド、及び無細胞系が含まれている場合にのみ、枯草菌の芝生の溶解を示した。ネガティブコントロールでは、細菌の溶解は観察されなかった(図2)。スポットアッセイのほかに、プラークアッセイも実施した。それから、ファージの濃度は、1mlあたりのプラーク形成単位(PFU/ml)で決定した。ネガティブコントロールでは、宿主因子なしではファージは検出されなかったが、ファージDNAと細胞抽出物の横に宿主因子をコードするプラスミドが存在するサンプルでは、104 PFU/mlがインビトロで発現した(図3)。
【0043】
本願は、さらに次の項目で構成されている。
構成項目1 。以下の工程を含む、無細胞宿主非依存性発現系におけるバクテリオファージの製造方法:
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物に由来する細胞溶解物を提供すること、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子及び/又は前記少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子をコードするヌクレオチド配列を添加すること、
バクテリオファージのゲノムを添加すること。
構成項目2 。項目1に記載の方法であって、該細胞溶解物が、大腸菌細胞溶解物である。
構成項目3 。項目1または2に記載の方法であって、バクテリオファージの宿主が大腸菌でない、方法。
構成項目4 。バクテリオファージがphi29バクテリオファージである、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目5。少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子が、バクテリオファージの宿主生物の化合物である、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目6 。少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子が、転写に関与するタンパク質である、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目7 。前記項目に記載の方法であって、少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現が、転写因子である、方法。
構成項目8 。前記項目に記載の方法であって、少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子が、孤立分子または分子複合体である、方法。
構成項目9 。少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子が、細胞溶解物中での共発現のための単離因子をコードする核酸配列として提供される、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目10 。少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子がsigAである、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目11 。バクテリオファージのゲノムが、単離されたネイティブDNA、合成されたDNA、バクテリオファージゲノムのPCR産物または酵母人工染色体の形態で提供される、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目12 。小代謝産物を添加することをさらに含む、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目13 。宿主が細菌または古細菌である、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目14 。宿主がグラム陽性菌またはグラム陰性菌である、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目15 。宿主がグラム陽性菌である、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目16 。宿主がB.subtilisである、前記項目のいずれかに記載の方法。
構成項目17 。宿主非依存性発現系でバクテリオファージを生産するための組成物であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物由来の細胞溶解物、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的因子、及び
バクテリオファージのゲノム、を含む前記組成物。
構成項目18 。宿主非依存性発現系でバクテリオファージを生産するための組成物であって、
バクテリオファージの宿主とは異なる微生物由来の細胞溶解物、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子、及び
バクテリオファージのゲノム、を含む前記組成物。
構成項目19 。無細胞発現系でバクテリオファージを製造するためのキットであって、
バクテリオファージのゲノム、
少なくとも1つのバクテリオファージ宿主特異的発現因子、
任意に、バクテリオファージの宿主とは異なる生物の細胞溶解物、を含むキット。
構成項目20 。項目1~16に記載の方法によって得られたバクテリオファージ。
構成項目21 。医薬品として使用するための、項目20に記載のバクテリオファージ。
構成項目22 。被験体における細菌感染の予防または治療における使用のための、項目20に記載のバクテリオファージ。
構成項目23 。食品または飲料中の細菌増殖を回避するための、項目20に記載のバクテリオファージの使用。
構成項目24 。特定の微生物を検出するためのバクテリオファージの使用。
【0044】
参考文献
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Rustad Cell free TXTL synthesis of infectious bacteriophage T4 in a single test tube reaction Synthetic Biology, Volume 3, Issue 1.
図1
図2
図3
【配列表】
2022542023000001.app
【国際調査報告】