(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-09-29
(54)【発明の名称】基材上にコーティングされた段階的水素フリー炭素系硬質材料層
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220921BHJP
【FI】
C23C14/06 F
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022505262
(86)(22)【出願日】2020-07-31
(85)【翻訳文提出日】2022-03-24
(86)【国際出願番号】 EP2020071693
(87)【国際公開番号】W WO2021019084
(87)【国際公開日】2021-02-04
(32)【優先日】2019-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】516082866
【氏名又は名称】エリコン サーフェス ソリューションズ アーゲー、 プフェフィコン
【住所又は居所原語表記】Churerstrasse 120 8808 Pfeffikon SZ CH
(74)【代理人】
【識別番号】100180781
【氏名又は名称】安達 友和
(74)【代理人】
【識別番号】100182903
【氏名又は名称】福田 武慶
(72)【発明者】
【氏名】ベッカー,ジャーゲン
(72)【発明者】
【氏名】ベガノヴィック,ナイアー
(72)【発明者】
【氏名】カルナ―,ジョアン
(72)【発明者】
【氏名】ステルジグ,ティメア
(72)【発明者】
【氏名】ヴェッター,ヨルグ
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029BA07
4K029BA34
4K029BB02
4K029BB10
4K029BC02
4K029CA04
4K029CA13
4K029DA03
4K029DA08
4K029DD06
4K029EA03
4K029EA08
4K029FA05
4K029FA06
4K029GA00
(57)【要約】
基材に硬質コーティングを製造する方法であって、硬質コーティングは、水素フリーアモルファスカーボンコーティングを含み、アモルファスカーボンコーティングは、カソードアーク放電堆積法を用いて基材上に堆積され、基材に、絶対値が0Vより大きく、好ましくは10Vより大きく、1000Vより小さいバイアス電圧が印加され、コーティングプロセス中にバイアス電圧の絶対値を増加させて、第1の構造および第2の構造と、コーティング厚に沿って第1の構造と第2の構造との間の勾配とを得、第1の構造および第2の構造は、sp2およびsp3炭素結合を含むが、それらの相対的な濃度が異なり、コーティングプロセス中に少なくとも1つのコーティング休止が適用され、コーティング休止中に基材温度を低下させる、方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に硬質コーティングを製造する方法であって、
前記硬質コーティングは、水素フリーアモルファスカーボンコーティングを含み、前記アモルファスカーボンコーティングは、カソードアーク放電堆積法を用いて前記基材上に堆積され、前記基材に、絶対値が0Vより大きく、好ましくは10Vより大きく、1000Vより小さいバイアス電圧が印加され、コーティングプロセス中に前記バイアス電圧の前記絶対値を増加させて、第1の構造および第2の構造と、コーティング厚に沿って前記第1の構造および前記第2の構造の間の勾配とを得、前記第1の構造および前記第2の構造は、sp2およびsp3炭素結合を含むが、それらの相対的な濃度が異なり、前記コーティングプロセス中に少なくとも1つのコーティング休止が適用され、前記コーティング休止中に基材温度を低下させる、方法。
【請求項2】
前記コーティング休止は、少なくとも1分、好ましくは少なくとも約20分続くことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記バイアス電圧の前記絶対値の増加は、単位時間に対する電圧差の絶対値の比である、比ΔU/Δsで定義される割合で設定されることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記バイアス電圧の前記絶対値の増加は、電圧差の絶対値とコーティング厚の差の間の比である、比ΔU/Δdで定義される割合で設定されることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記比は、約0.02V/nmと約0.5V/nmの間であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記バイアス電圧の絶対値は、直線的に増加することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記バイアス電圧の絶対値は、前記コーティングプロセス中に段階的に増加することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記硬質コーティングが前記基材にコーティングされる前に、前記基材は、真空チャンバー内で、好ましくは一体型放射ヒーターを用いて、約150℃に予熱されることを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記硬質コーティングが前記基材にコーティングされる前に、好ましくは請求項8に記載の基材の予熱の後に、前記基材は、特に金属イオンエッチング(MIE)により、および/または好ましくはCr系層などの非常に薄い付着層の付加により、前処理されることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記硬質コーティングが前記基材にコーティングされる前に、前記基材は約100℃の温度を有し、特に前記硬質コーティングが前記基材上にコーティングされる前に、前記基材が良好な接着を確実にするために請求項8に記載の予熱の後に約100℃に冷却されることを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
炭素遷移層(C-中間層)は、1x10
-3~2x10
-3mbarのプロセス圧力でコーティングされ、好ましくは約1.7x10
-3mbar、および50~80sccm、好ましくは約64sccmのアルゴン流で炭素ドーピングが行われ、前記アルゴンは、ガスシャワーによって、好ましくは直接、炭素ターゲットの前に導入され、前記炭素ターゲットは、トリガーワイヤによって点火され、40~55Aの間、好ましくは約45Aのターゲット電流で動作され、得られた炭素イオン(C
+)は、次に、-500V~-300V、好ましくは-500Vのバイアス電圧によって前記基材上で加速され、これにより、炭素が薄いクロム層に注入され、負バイアス電圧の絶対値は、次いで-300V~-150V、好ましくは-500V~-150Vに減少する、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記硬質コーティング(ta-Cコーティング)は、1x10-
3~2x10
-3mbar、好ましくは約1.3x10
-3mbarのプロセス圧力および80~100sccm、好ましくは約90sccmのアルゴン流でコーティングされ、前記炭素ターゲットは、約25~約35Aの低いターゲット電流で動作され、前記負バイアス電圧の絶対値は、全コーティング時間にわたって、約0~約-200Vの好ましくは与えられた、割合(ランプ)で増加し、前記炭素ターゲットの前記ターゲット電流は一定に保たれ、前記コーティングの開始時に前記バイアス電圧のランプを適用することによって、より低い硬度を有する前記ta-C層が生成され、その後の前記バイアス電圧を増加させると、40~50GPaの範囲、好ましくは約50GPaのより硬質な層が形成され、約-160Vのバイアス電圧および160℃に近い基材温度では、sp2結合の割合が増加する一方で、sp3結合の割合が減少し、その結果、約15~30GPaの前記コーティングのコアよりも著しく低い硬度を有するグラファイト様最上層が得られることを特徴とする、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
炭素系コーティングの表面は、サンディング、グラインディング、および/またはバンドフィニッシングによる後加工が施されることを特徴とする、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
基材と、前記基材にコーティングされた硬質コーティングとを含むワークピースであって、前記硬質コーティングは、水素フリーのアモルファスカーボンコーティングを含み、前記アモルファスカーボンコーティングは、好ましくは請求項1~13のいずれかの1項に記載の方法を用いて前記基材上に堆積され、前記硬質コーティングは、第1の構造および第2の構造と、コーティング厚に沿って前記第1の構造および前記第2の構造の間の勾配とを得、前記第1の構造および前記第2の構造は、sp2およびsp3炭素結合を含むが、それらの相対的な濃度が異なることを特徴とする、ワークピース。
【請求項15】
前記ワークピースの表面粗さは、Rz=0.5μm~1.5μmであり、特に粗さの目標値がSpk<0.4μm、好ましくはSpk=0.3μm、および/または特にRpk<0.5μm、好ましくはRpk=0.3μm0.3μm、および/または特にRpkx<0.2μm、好ましくはRpkx=0.1μm、および/または特にRfpH5n(F)<0.6μm、好ましくはRfpH5n=0.3μm、および/または特にGKV<6μm、好ましくはGKV=3μmであることを特徴とする、請求項14に記載のワークピース。
【請求項16】
前記硬質コーティングは、3つの範囲A、B、Cに分割され得、領域Aは前記基材に近く、200~1000nm、好ましくは約700nmの厚さを有する微細構造に相当し、前記領域Aの上に領域Bがコーティングされ、ガラス状で前記領域Aよりも高密度であり、前記領域Bは200~500nm、好ましくは約400nmの厚さを有し、前記領域Bの上に、前記領域Bと比較してより多孔質で粗いコーティングを示す領域Cがコーティングされ、前記領域Cでは前記コーティングのsp2結合が優勢であり、前記領域Cの前記コーティングは前記領域Bと比較して硬度が低下しており、前記領域Cの厚さは、200~500nm、好ましくは約400nm、さらに好ましくは約370nmであることを特徴とする、請求項14または15に記載のワークピース。
【請求項17】
前記基材の上に、Cr層がコーティングされ、前記Cr層の上にC中間層がコーティングされ、前記C中間層の上に前記硬質コーティングがコーティングされることを特徴とする、請求項14~16のいずれか1項に記載のワークピース。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
炭素系硬質コーティング、特に四面体アモルファスカーボンコーティング(ta-C)は、その優れたトライボロジー特性から工業用途に使用されている。特に水素フリーアモルファスカーボン層は層硬度40GPa以上、E-係数300GPa以上を有し得る。ta-Cコーティングの典型的なコーティング厚は、0.2μm~30μm、特に0.7~2μmの間で変化し得る。これらのコーティングは、VDI 2840(炭素層-基礎、コーティングの種類と特性)またはISO 20523(炭素系フィルム-分類と呼称)に従って定義される。
【0002】
これらの特別なコーティングを製造するために、高エネルギーの物理的気相成長(PVD)プロセスが必要である。一般的に使用されているPVD法は、カソードアーク蒸着法である。このプロセスでは、原子あたり約100eVのエネルギーを発生させ、次いでこれを成長中のコーティングに注入することができる。ta-C構造を形成するためには、基材温度を165℃未満にする必要があるが、これは衝突する粒子の高エネルギーに比べれば低い温度である。基材温度が高いと、比較的高い割合でも、望ましいsp3結合(ダイヤモンド結合)に加えて、望ましくないsp2結合(グラファイト結合)が形成される。
【0003】
(根本的な問題)
カソードアーク蒸着の主な課題は、層中に液滴として取り込まれたマクロパーティクルの形成が避けられないことである。これらの液滴は、特に、ベアリング、特にベアリングピストンピン/コンロッドアイのようなトライボロジーシステムにコーティングを使用する場合、後処理で除去しなければならない。後処理は、表面を滑らかにし、液滴の存在による摩耗を避けるために、サンディングまたはグラインディングを含み得る。Ta-Cコーティングは非常に硬いため、これらの仕上げ方法には時間とコストがかかる。
【0004】
アークフィルタリングとして知られている、コーティングプロセス中の液滴の生成を減らすためにコーティング機に設置され得る方法およびデバイスがある。しかし、このフィルターを導入すると、堆積速度が極端に低下し、コーティングコストに悪影響を及ぼす。
【0005】
(発明の目的)
本発明の目的は、基材上に硬質コーティングを、好ましくは高い堆積速度で製造する方法を提供することであり、ここで、硬質コーティングは、好ましくは数個の液滴だけを含む。本発明の他の目的は、硬質コーティングがその上にコーティングされたワークピースを提供することである。
【0006】
本発明のこの課題は、請求項1に記載の方法および請求項14に記載のワークピースによって解決される。
【0007】
約40GPa超の硬度と約300GPa超の高いE-係数を有するTa-Cコーティング。基材は、約6GPaの典型的な硬度および約200GPaのE-係数を有する。その結果、基材と硬質コーティングは、荷重下で異なる挙動を示し得る。別の結果として、基材と硬質コーティングの間の弾性的および機械的特性の違いから、変形およびその後にクラックが形成され始め、最終的にはコーティングの剥離が発生し得る。これは時々「卵の殻」効果とも呼ばれ、硬い殻が柔らかいコアに巻きついているような効果を表す。弾性的および機械的特性の不一致を補うために、硬質コーティング層の前に中間接着層が堆積され得、動作中のコーティングの剥離のリスクを低減する。
【0008】
2つの移動体が接触するトライボロジー構造において、本体と対向体が同程度の硬度を持つ場合、摩耗効果が発生し始める。どちらの摩擦相手も、互いの相互作用によって表面が滑らかになっていく。また、片方の本体にだけta-Cをコーティングした場合は、コーティングしていない本体にのみ摩耗効果が発生する。これにより、摩耗によって表面の材料が失われた後、非常に滑らかな表面を生成し得る。
【0009】
コーティング厚にわたってコーティングの異なる場所で異なる硬度を有する水素フリーの炭素系コーティングの製造は、いくつかの技術的および経済的な利点を有し得る。
【0010】
基材とコーティングの界面の硬度が低いと、硬質コーティングと基材のE-係数と硬度の不一致による応力を減らすことができ、コーティングのクラック形成またはコーティングの剥離に対して有利になる。場合によっては、コーティングと基材と間の異なる特性を補うための中間接着層が不要になることもある。
【0011】
さらにコーティングの外面に向かって、より高い硬度が好ましく、それにより、耐摩耗性および所望のトライボロジー特性が動作中に保証され得る。しかしながら、一方で、表面を滑らかにし、液滴を除去するために必要な後処理プロセスのコストおよび労力を低減するために、コーティングの表面の硬度を低くすることもまた有利であろう。
【0012】
トライボロジーシステムの他の特別な用途では、硬質最上層を有さず、逆に、摩耗性のコーティングのように作用し得るコーティングを有する、本体の一方を他方に対して摩擦させることが望ましいとされている。その場合、2つの本体が機械的に接触している間、コーティングされた本体の表面はより滑らかになり、同時に2つの本体はそれらの耐摩耗性を失うことなく可能な限り近接した状態に保たれる。
【0013】
本発明の目的は、1つの固有のプロセス実行中に異なるコーティングパラメータを適用して変化させることにより、先に述べた水素フリー炭素系コーティングの特性の異なる硬度および変化を、コーティング厚さに沿って徐々に生じさせることである。これは主に、基材上のバイアス電圧(通常は負の値を有する)を変化させ、好ましくはアーク電流自体を通じて堆積速度を変化させ、コーティング材料から基板上へのエネルギーの伝達を通じて設定されるコーティング温度(すなわち表面温度)を制御することによって行われ得る。
【0014】
特に、コーティングプロセス中に印加されるバイアス電圧の絶対値を大きくする、および/または基材温度を高くすることで、水素フリー炭素系コーティングは、基材に近いより硬度の低いsp2結合を主に有するアモルファスカーボンから、好ましくはコーティングの中間のどこでも、ほとんどがより硬度の高いsp3結合を有する四面体アモルファスカーボン(ta-C)コーティングへと変化され得、そして好ましくは印加されるバイアス電圧の絶対値を減少させることおよび/または好ましくは基材温度を低減させることによって、主にsp3結合を有するコーティングは、コーティングの外面でより低い硬度を有するsp2結合が優勢なコーティングに再び変化され得る。その結果、基材により近い部分とコーティングの外面の硬度がより低くなり、2つの領域の間のどこでもより硬度が高くなるだろう。
【0015】
前述したコーティングパラメータ(バイアス電圧、基材温度)を制御しない通常のコーティングプロセスでは、プロセスの高エネルギーにより基材温度(すなわち表面温度)が連続的に上昇し、コーティング特性に異なる影響を与え得る。例えば、基材の温度が特定の温度を超えると、sp2結合が優先され、コーティングはta-C構造を失う。これは、同じコーティングプロセスで、コーティングプロセス中にこの特定の温度に達するどんなときも、主にsp2結合を持ち、ta-C構造を持つ外面のコーティングを製造することがもはやできなくなることを意味する。そのため、所望のコーティング遷移を得るためには、コーティングプロセス中のバイアス電圧および基材温度の両方を制御する必要がある。カソードアーク蒸着技術を用いて、約165℃超の温度でsp2結合がコーティング中に優位に存在し始める。本発明のプロセスにおいて、基材温度およびコーティングの構造は、絶対値が所定の割合で増加し得る負バイアス電圧を基材に印加し、停止中に基材を冷却させるために、コーティングプロセス中に少なくとも1分間、好ましくは数分間少なくとも1つのコーティングを停止することによって制御され得る。基材が所定のより低温に達したら、コーティングプロセスは再開し得る。基材温度、すなわち表面温度を低く保ち、炭素系コーティングにsp3結合を優勢に発生させる領域にとどめるために、コーティングの停止は必要なだけ行い得る。この温度およびプロセス制御により、コーティングの厚さに沿って、sp3結合を持つta-C構造またはsp2結合を持つアモルファスカーボン構造のいずれかを得ることができる特定の領域を設定することが可能である。
【0016】
好ましい実施形態では、バイアス電圧の前記絶対値の増加は、単位時間に対する電圧差の絶対値の比である、比(ΔU/Δs)で定義される割合で設定され得る。別の方法では、炭素系コーティングの堆積速度はコーティングパラメータに依存するため、比率は全コーティング厚を参照し、コーティング厚の差に対する電圧差の絶対値の間の比である比(ΔU/Δd)により定義され得る。例えば、1000nmのコーティング厚に対する0~200Vまでの基材上のバイアス電圧の絶対値の増加量は、0.2V/nmの比ΔU/Δdによって定義され得る。好ましい実施形態では、炭素系コーティングのコーティングプロセス中のバイアス電圧の絶対値の増加量は、0Vより大きく1000V未満、好ましくは10Vより大きく1000V未満、典型的には10V~200Vである。コーティング厚に対するバイアス電圧の増加比は、0.02V/nm~0.5V/nmに設定され得、これは、5000nmのコーティング厚で100V、2000nmのコーティング厚で1000Vのバイアス電圧の絶対値の直線的増加に対応しよう。
【0017】
特別な実施形態では、コーティングプロセス中にバイアス電圧の絶対値を直線的に増加させる代わりに、好ましい方法は、コーティングプロセス中にバイアス電圧の絶対値の増加比を異なる値に設定することであろう。このようにすれば、例えば、好ましいta-Cが生成されるであろうコーティング厚に沿った領域が拡張され得る。この効果は、sp3結合を有するta-Cが生成される特定の範囲の温度を維持または低下させるために、コーティングプロセス中に適用されるコーティング停止と組み合わせられ得る。
【0018】
硬質コーティングシステムの他の改良は、金属イオンエッチング(MIE)などの炭素系コーティングの堆積前の基材表面の前処理を用いるか、または前の金属イオンエッチングプロセスからの残留Crを使用して生成され得るCr系層などの非常に薄い付着層の追加によって達成され得る。
【0019】
本発明の別の利点は、前述したように、コーティングのコアよりも硬度が低下しているであろう炭素系コーティングの表面を後処理することが可能であることである。表面平滑化処理および液滴除去は、サンディング、グラインディング、特にバンドフィニッシングを含み得る。それは、以下により詳細に説明される。
【0020】
バンドフィニッシングは、加工される部品、例えばピストンピンを回転可能なスピンドルに搭載するプロセスである。その後、「フィニッシャー」と呼ばれる別の部品が、定められた空気圧でゆっくりと進むベルトを介してワークピースに押しつけられる。ベルト上の、ショア硬度が約A65°または約A85°、好ましくは約A65°~A85°のテープは、ベルトとともに回転し、ワークピースと擦れ合う。テープ材料(粒の種類、粒の大きさ、織り方)の選択は、仕上げの結果に不可欠である。特に、ダイヤモンドマイクロフィニッシングテープ材料は、求める仕上げと表面の仕上げ時間に応じて、約9μm~約30μmの粒の大きさを有するものが使用される。好ましくは、最良の仕上げ結果を得るために、約A65°のショア硬度のベルトとともに約9μmの粒の大きさのダイヤモンドテープが使用される。送りだけでなく、フィニッシャーは、回転するワークピースの軸に沿って左右に揺動させて、いわゆるクロス仕上げを行うことも可能である。グラインディングプロセス中のテープの過熱を抑えるために、冷却潤滑剤を使用することが多いが、必ずしも必要ではない。仕上げ前(コーティングされたまま)と後のアンフィルターバイアスランプ層の典型的な粗さの値は、典型的にRz=1.5から0.5μmまで低下され得る。括弧内に示した粗さの目標値と最適値は、Spk<0.4μm(0.3μm)、Rpk<0.5μm(0.3μm)、Rpkx<0.2μm(0.1μm)、RfpH5n(F)<0.6μm(<0.3μm)、GKV<6μm(3μm)と判明した。より詳細な値は
図5に示される。
【0021】
粗さの測定は、特に粗さの測定でも考慮する必要があるコーティング内に液滴が存在するカソードアーク放電によって生成されたコーティングにとって重要である。特別に設計されたアルゴリズムと組み合わせられた、Confovisによって開発されたような光学的方法は、表面上の液滴をカウントし、仕上げ方法の有効性を評価するために使用される。
【0022】
カソードアーク蒸着を用いた鉄鋼基材への四面体炭素層(ta-C)の製造を説明するためのプロセスステップは以下の通りである:
【0023】
予熱
基材は、一体型放射ヒーターを使用して真空チャンバー内で約150℃に加熱される。基材は、表面の最適な熱分布のために、1回転、2回転、または3回転のいずれかのさまざまな自由度で回転される。
【0024】
エッチング
第2のステップでは、基材はアルゴンイオンでエッチングされる。エッチングは、いわゆる「アドバンスドエナジーグロー放電」(AEGD)技術によって実行される。コーティングチャンバーでは、この目的のために意図されたチタンターゲットは、100Aのターゲット電流を有するアークによってシャッター(チャンバー電位でのシャッター)の後ろで動作される。得られるチタンイオン(Ti+)はシャッターによって捕捉される。正の電位では、チタンのイオン化によって生成された電子はロッドアノードを介して伝導される。この段階では、アルゴン流が圧力制御され、約1x10-2mbarのコーティングチャンバーに供給される。イオン化されたアルゴン(Ar+)は、-200Vの負バイアス電圧を介して基材に向けられる。次に、表面のエッチングはイオン衝撃によって行われる。
【0025】
クロム-MIE(クロム-金属-イオンエッチング)
1.3x10-3mbarの高真空、約178sccmのアルゴン流のもと、トリガーワイヤでクロムターゲットが点火され、次いでターゲット電流80Aで動作させた。その結果、アークが発生し、ターゲット表面の磁界を利用してターゲット上を移動し得る。基材に-800Vの負バイアス電圧を印加すると、クロムイオン(Cr+)がターゲットから基材に強く加速される。表面へのこれらのイオンの高い衝撃により、表面の酸化物が除去され得ると同時に、イオンが基材材料に浸透し得、クロムイオンの注入を生成し得る。また、表面に残ったクロムによって、20~100nmの非常に薄いクロム層が形成され得る。クロム-金属イオンエッチング(Cr-MIE)により、基材および層材料の間の界面が滑らかに遷移するのを保証する。さらに、クロムの注入は、基材の一種のアンカーとして機能し、層の良好な接着を保証する。Cr-MIEは高エネルギーのプロセスステップであるため、基材はかなり高温になり得る。そのため、基材温度を基材材料の焼戻し温度未満に保つために、いくつかの停止を適用する必要がある。
【0026】
冷却期間
炭素系コーティングを適用する前に、基材は約100℃に冷却され、薄いクロム層と炭素層の間の接着を良好にする。冷却段階の間、基材は真空チャンバー内で回転される。冷却時間は、基材の質量と体積とによって異なり得る。
【0027】
炭素遷移層(C-中間層)
1x10-3~2x10-3mbar、好ましくは約1.7x10-3mbarのプロセス圧力および50~80sccm、好ましくは約64sccmのアルゴン流で炭素ドーピングが行われる。アルゴンは、ガスシャワーによって炭素ターゲットの前に直接導入される。炭素ターゲットはトリガーワイヤで点火され、40~55A、好ましくは約45Aのターゲット電流で動作する。得られた炭素イオン(C+)は、-500~-300V、好ましくは-500Vのバイアス電圧で基材上に加速される。これにより、薄いクロム層への炭素の注入が行われる。その後、負バイアス電圧の絶対値は-500Vから-150Vまで下げられ得る。
【0028】
炭素系コーティングプロセス(ta-Cコーティング)
炭素系コーティング、特にta-Cコーティングは、1x10-3~2x10-3mbar、好ましくは約1.3x10-3mbarのプロセス圧力および80~100sccm、好ましくは約90sccmのアルゴン流で製造される。この場合、カーボンターゲットは25~35Aのより低いターゲット電流で動作される。負バイアス電圧の絶対値は、0~-200Vの全コーティング時間にわたって所定の割合(ランプ)で増加される。カーボンターゲットのターゲット電流は一定に保たれる。バイアス電圧のランプを適用することで、コーティングの開始時にはより硬度の低いta-C層が生成され得るという利点がある。その後、バイアス電圧を上げると、40~50GPaの範囲でより硬い層が形成される。バイアス電圧が約-160V、基材温度が160℃に近い場合、sp2結合の割合が増加し、一方でsp3結合の割合が減少する。この結果、グラファイト状の最上層がもたらされ、それは約15~30GPaのコーティングのコアよりよりも著しく低い硬度を有する。硬度の低い最上層は、層の仕上げがより容易になり得るという大きな利点がある。
【0029】
本発明のさらなる利点、効果および詳細は、本明細書および添付の図面に記載されている。上述した特徴および以下でさらに説明する特徴は、それぞれの場合に示された組み合わせで使用されるだけでなく、本発明の範囲を離れることなく、他の組み合わせまたは独自の位置で使用されることができることが理解される。
【0030】
本発明は、実施形態に基づいて図面に模式的に示されており、図面を参照してさらに説明される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】左から右に向かって炭素系コーティングを構築したもので、コーティング厚に沿って異なるコーティング構造を示す。基材の温度は赤で示され、バイアス電圧は青で示される。A、B、Cで示された3つの領域で、異なるコーティング構造を視認できる。
【
図2】
図1と同じ断面を凡例なしで示し、コーティング厚に沿ったコーティング構造の違いを示すためにコントラストをより高くしている。
【
図3】本発明によって説明されるコーティングを示す。(1)は基材、(2)はCr層、(3)はC中間層、(4)は低バイアス電圧(0~20V)でのta-C、(5)は中間バイアス電圧(20~160V)でのta-C、そして(6)はバイアス電圧(160~200V)でのta-C最上層である。
【
図4】カソードアーク電流、バイアス電圧の絶対値、ガス流、および基材温度などの関連プロセスデータを示し、凡例の値は100でのフルスケールを表す。X-軸は分の時間を表す。
【
図5】a)古典的方法およびb)光学的方法を用いたコーティングの表面仕上げの前後で異なる粗さの値を示す表である。
【0032】
図1は、左から右に向かって炭素系コーティングを構築したもので、コーティング厚に沿って異なるコーティング構造を示す。基材の温度は赤で示され、バイアス電圧は青で示される。コーティングは3つの範囲A、B、Cに分けられ得る。基材に近い領域Aは、200~1000nm、好ましくは約700nmのコーティング厚を有する微細構造に相当し、ここで、バイアス電圧の絶対値は10Vから100Vに、基材温度は約140℃から180℃に上昇される。領域AとBの間のコーティングの停止は、約20℃の基材温度の低下を誘導し、その後、バイアス電流が100Vから150Vに増加したとき、温度は約160℃から190℃に増加する。領域Bのコーティングは、ガラス質でより緻密(ta-C)であり、コーティング厚は200~500nmの範囲、好ましくは約400nmである。領域Cは、より多孔質で粗いコーティングを示し、ここで、バイアス電圧の絶対値は150Vから200Vに上昇され、そこでの基材温度は190℃から220℃に上昇する。コーティングのこの領域ではsp2結合が優勢であり、コーティングは減少した硬度を有し、コーティング厚は200から500nmの範囲、好ましくは約400nmである。
【0033】
図2は、
図1と同じ断面を凡例なしで示し、コーティング厚に沿ったコーティング構造の違いを示すためにコントラストをより高くしている。
【0034】
図3は、バイアス電圧の絶対値を図示した本発明で説明されるコーティングを示す図である。(1)は基材、(2)はCr層、(3)はC中間層、(4)は低バイアス電圧(0~20V)でのta-C、(5)は中間バイアス電圧(20~160V)でのta-C、そして(6)はバイアス電圧(160~200V)でのta-C最上層である。
【0035】
図4は、カソードアーク電流、バイアス電圧の絶対値、ガス流、および基材温度などのいくつかの関連プロセスデータを示し、凡例の値は100でのフルスケールを表す。X-軸は分の時間を表す。この実施例のコーティングプロセスは、カソードアーク電流の入力である紺色の線で表され、約200分強続き、約100分でプロセスを中断して約20分のコーティング停止を適用、その後、所望のコーティング厚になるまでコーティングプロセスが継続される。コーティングの停止を含む200分のコーティング時間全体の間、緑色の線で表されるバイアス電圧の絶対値が10Vから200Vに増加する。ブレーク中はコーティングプロセスはなく、バイアス電圧は一定のままであるが、基材には影響ない。基材温度は175℃から140℃まで低下して、より多くのsp3結合をより長時間形成するのに適した温度となり、その結果、コーティング上にta-C構造が存在する領域が広くなっていることが、コーティング停止のプラスの効果として確認され得る。バイアス電圧の絶対値の上昇率、コーティングの時間、コーティングの停止時間、およびコーティングの停止回数などの異なるデータおよびランプは、単に例示として示される。例えば、コーティングの各中断の間にバイアス電圧の絶対値の異なる増加率が選択され得る、またはコーティングが複数回中断され得る、またはコーティングの停止が20分未満もしくは20分超で1分より短くならない時間続き得る。
【0036】
図5は、Rz=1.5から0.5μmまで典型的に低下され得る仕上げ前(コーティングされたまま)と後のアンフィルターバイアスランプ層の典型的な粗さの値を示す。括弧内に示した粗さの目標値と最適値は、Spk<0.4μm(0.3μm)、Rpk<0.5μm(0.3μm)、Rpkx<0.2μm(0.1μm)、RfpH5n(F)<0.6μm(<0.3μm)、GKV<6μm(3μm)と判明した。
【国際調査報告】