(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-09-30
(54)【発明の名称】脳領域の起始時間および興奮性を決定するための方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/374 20210101AFI20220922BHJP
A61B 5/37 20210101ALI20220922BHJP
A61B 5/055 20060101ALI20220922BHJP
【FI】
A61B5/374
A61B5/37
A61B5/055 380
A61B5/055 390
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022518307
(86)(22)【出願日】2020-07-22
(85)【翻訳文提出日】2022-03-22
(86)【国際出願番号】 EP2020070717
(87)【国際公開番号】W WO2021013902
(87)【国際公開日】2021-01-28
(32)【優先日】2019-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】519018886
【氏名又は名称】ユニバーシティ ド エクス‐マルセイユ(エーエムユー)
(71)【出願人】
【識別番号】521442659
【氏名又は名称】インスティテュート ナショナル デ ラ サンテ エ デ ラ ルシェルシュ メディカル
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【氏名又は名称】三好 玲奈
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】ジルサ,ヴィクター
(72)【発明者】
【氏名】シップ,ヴィクター
【テーマコード(参考)】
4C096
4C127
【Fターム(参考)】
4C096AA03
4C096AA17
4C096AA18
4C096AC03
4C096AD14
4C096DC19
4C127AA03
4C127BB05
4C127GG05
4C127GG11
4C127HH13
(57)【要約】
本発明は、てんかん患者の脳に発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域の起始時間および興奮性を決定するための方法に関する。本発明による方法は、脳ネットワーク内のてんかん発作の伝播の力学モデルを提供するステップと;前記力学モデルにより脳ネットワーク状態の観察のセットを作成する確率を定義する統計モデルを提供するステップと;統計モデルと、トレーニングコホートの観察のデータセットとを利用して、てんかん発作の伝播の力学モデルをトレーニングするステップと;トレーニングされた力学モデルを逆向きにし、統計モデルを利用して第一および第二の領域で観察される起始時間から、第三の領域の起始時間および興奮性を推定するステップと、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
てんかん患者の脳のトレーニングコホートおよび前記患者の脳について、脳の様々な領域と前記領域間の結合性とをモデル化する、コンピュータ化された脳ネットワークを提供するステップと;
前記トレーニングコホートおよび前記患者の脳について、てんかん発作中の前記脳ネットワーク状態の観察のデータセットを提供するステップであって、前記観察が、前記脳ネットワーク内の領域を、
起始時間に、前記患者の脳にてんかん発作活動が発現すると観察される第一の領域;
前記患者の脳に前記てんかん発作活動が発現しないと観察される第二の領域;および
前記患者の脳に前記発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない第三の領域、
として定義する、データセットを提供するステップと;
前記脳ネットワーク内のてんかん発作の伝播の力学モデルを提供するステップであって、前記力学モデルが、前記領域の興奮性の関数であるパラメータ化された活性化関数による前記脳ネットワークの単一領域の遅延変数(slow variable)への広がりを記載し、前記領域の起始時間が、前記遅延変数が所与の閾値を超える時間と定義される、力学モデルを提供するステップと;
前記力学モデルにより前記脳ネットワーク状態の観察の前記セットを作成する確率を定義する統計モデルを提供するステップと;
前記活性化関数のパラメータの最適セットを決定するために、前記統計モデルと、前記トレーニングコホートの観察の前記データセットとを利用して、てんかん発作の前記伝播の前記力学モデルをトレーニングするステップと;
前記トレーニングされた力学モデルを逆向きにし、前記統計モデルを利用して前記第一および第二の領域で観察される前記起始時間から、第三の領域の前記起始時間および/または興奮性を推定するステップと、
を含む、てんかん患者の脳に発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域の起始時間および/または興奮性を決定するための方法。
【請求項2】
前記第三の領域の前記起始時間および前記興奮性が、推定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記コンピュータ化された脳ネットワークが、磁気共鳴神経画像および/または拡散強調磁気共鳴画像データから得られる、請求項1または請求項2の1項に記載の方法。
【請求項4】
てんかん発作中の前記脳ネットワーク状態の観察の前記データセットが、頭蓋内脳波信号で発作起始検出アルゴリズムを実行すること、およびこれらの検出された起始時間を前記脳ネットワークの前記領域にマッピングすること、により得られる、請求項1、請求項2または請求項3の1項に記載の方法。
【請求項5】
前記発作起始検出アルゴリズムが、頭蓋内脳波信号の時間周波数解析を利用する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記頭蓋内脳波信号内で検出された前記起始時間の前記脳領域への前記マッピングが、前記信号を記録する電極接触部および脳領域の物理的距離に基づく、請求項4または請求項5の1項に記載の方法。
【請求項7】
前記力学モデルの前記活性化関数の前記パラメータおよび前記領域興奮性および起始時間が、ハミルトニアン・モンテカルロ法により推定される、前記請求項の1項に記載の方法。
【請求項8】
前記力学モデルが、データ駆動型である、前記請求項の1項に記載の方法。
【請求項9】
前記脳ネットワーク内のてんかん発作の伝播の前記力学モデルが、n領域を有する脳ネットワークでは、以下の式により定義され;
【数1】
ここで、関数
【数2】
が、活性化関数であり、c
iが、ノード興奮性であり、W=(ω
ij)が、
【数3】
になるように正規化された結合性行列であり、Hが、前記遅延変数が前記閾値z=1を超える時に正常から発作状態への切り替えを表すヘビサイドの階段関数である、前記請求項の1項に記載の方法。
【請求項10】
前記統計モデルが、最上位パラメータを前記活性化関数のパラメータとし、最下位パラメータを前記領域興奮性とする、ベイズ推定の原理により構築された階層モデルである、前記請求項の1項に記載の方法。
【請求項11】
前記統計モデルが、全てのトレーニングデータのための全ての領域の前記興奮性が同じ事前分布を有する、という仮定を含む、前記請求項の1項に記載の方法。
【請求項12】
前記活性化関数fが、指数化を伴う双線形関数であり、前記関数の前記パラメータが、
【数4】
における4つの指定されたポイントでの前記関数fの値である、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記統計モデルが、
【数5】
などであり;ここでt(-)
k,seizingが、発作ノードの前記観察された起始時間であり、σ
q=30、σ
t=5s、t
lim=90s、およびP(c
k,q,W
k)が、前記興奮性c
k、パラメータq、および前記コネクトーム行列W
kを前記起始時間t
k上にマッピングする前記力学モデルを表す、前記請求項の1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、てんかん患者の脳に発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域の起始時間および興奮性を決定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
難治性てんかんを抱える患者への可能な治療は、1つまたは複数の疑われるてんかん原生領域、即ち、発作の起始を担う脳領域の切除を目的とした外科的介入である。しかしこれらの外科的介入の成功率は、わずか60~70%である。
【0003】
しかしそのような成功率は、文書WO2018/015778A1に開示された方法を利用して上昇する場合がある。この文書には、仮想脳を提供するステップと;てんかん原生領域および伝播領域のモデルを提供し、仮想脳の中に前記モデルをロードして、仮想てんかん脳を作り出すステップと;てんかん患者の脳のデータを取得するステップと;前記データにおいて、少なくとも1つの考えられるてんかん原生領域の場所を同定するステップと;仮想てんかん脳をてんかん患者から取得されたデータに当てはめて、仮想てんかん脳における前記少なくとも1つの考えられるてんかん原生領域をてんかん原生領域としてパラメータ化するステップと;仮想てんかん脳の中で、患者の脳の臨床的介入を模倣したネットワークモジュレーションの効果をシミュレートするステップと、を含む、てんかん患者の脳のてんかん原生をモジュレートする方法が開示されている。患者の脳の臨床的介入を模倣することで順次、手術のための改善された方策を定義することができ、外科的介入における低い成功率を上昇させることができる。
【0004】
事実、外科的手術における低い成功率は、ほとんどの例で、てんかん原生領域の限局不能に起因しており、それは一部として、不充分な空間サンプリングから生じた脳全体の発作伝播パターンの不完全な画像に起因している。実際には、術前評価における現行の標準は、埋め込まれた深部電極(定位的頭蓋内脳波、SEEG)または硬膜下グリッド電極のどちらかを使用する。これらの方法はいずれも、脳全体の診査が可能ではなく、それらは典型的には、非侵襲的評価に基づき、てんかん原生ネットワークの一部であることが疑われる領域に限定される。
【0005】
手術計画作成の改善を目的としたコンピュータ支援での方法は、関係する考えられる切除ターゲットが電極埋め込みにより診査された領域の中にあると仮定した、この不充分な空間サンプリングを排除している。その場合、脳ネットワークの残りの挙動は、考慮されていない。これらの方法には、スペクトルまたは時間の特徴を利用して記録された信号の解析に基づくものがある。これらの方法ではその他に、頭蓋内記録から誘導された機能的ネットワークの解析に基づくものもある。
【0006】
脳全体のネットワークの活動をモデル化し、診査されたサブネットワークの活動をモデル化しない公知の方法は、モデル設定に幾つかの手動による調整を必要とするが、それは多くの場合、てんかん原生領域に関する、臨床の専門家による仮説であるため、完全に自動化して利用することができない。
【発明の概要】
【0007】
発明の概要
第一の態様によれば、本発明は、
てんかん患者の脳のトレーニングコホートおよび患者の脳について、脳の様々な領域と前記領域間の結合性とをモデル化する、コンピュータ化された脳ネットワークを提供するステップと;
トレーニングコホートおよび患者の脳について、てんかん発作中の脳ネットワーク状態の観察のデータセットを提供するステップであって、前記観察が、脳ネットワーク内の領域を、
起始時間に、患者の脳にてんかん発作活動が発現すると観察される第一の領域;
患者の脳に前記てんかん発作活動が発現しないと観察される第二の領域;および
患者の脳に前記発作活動が発現しても、または発現しなくても観察されない第三の領域、
として定義する、データセットを提供するステップと;
脳ネットワーク内のてんかん発作の伝播の力学モデルを提供するステップと;
前記力学モデルにより脳ネットワーク状態の観察の前記セットを作成する確率を定義する統計モデルを提供するステップと;
統計モデルと、トレーニングコホートの観察のデータセットとを利用して、てんかん発作の伝播の力学モデルをトレーニングするステップと;
トレーニングされた力学モデルを逆向きにし、統計モデルを利用して第一および第二の領域で観察される起始時間から、第三の領域の起始時間および/または興奮性を推定するステップと、
を含む、てんかん患者の脳に発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域の起始時間および/または興奮性を決定するための方法に関係する。
【0008】
優先的には、- ここで、第三の領域の起始時間および興奮性が、推定され;- コンピュータ化された脳ネットワークが、磁気共鳴神経画像および/または拡散強調磁気共鳴画像データから得られ、- てんかん発作中の脳ネットワーク状態の観察のデータセットが、頭蓋内脳波信号で発作起始検出アルゴリズムを実行すること、およびこれらの検出された起始時間を脳ネットワークの領域にマッピングすることにより得られ;- 発作起始検出アルゴリズムが、頭蓋内脳波信号の時間周波数解析を利用し;- 頭蓋内脳波信号内で検出された起始時間の脳領域へのマッピングが、信号を記録する電極接触部および脳領域の物理的距離に基づき;- 力学モデルが、領域の興奮性およびネットワーク効果の関数である活性化関数によるネットワークの単一領域の遅延変数(slow variable)への広がりを記載し、領域の起始時間が、遅延変数が所与の閾値を超える時間と定義され;- 力学モデルのトレーニングが、活性化関数のパラメータの最適セットを見出すことに等しく;力学モデルの活性化関数のパラメータおよび領域興奮性および起始時間が、ハミルトニアン・モンテカルロ法により推定され;- 脳ネットワーク内のてんかん発作の伝播の力学モデルが、n領域を有する脳ネットワークでは、以下の式により定義され;
【数1】
ここで、関数
【数2】
は、活性化関数であり、c
iは、ノード興奮性であり、W=(ω
ij)は、
【数3】
になるように正規化された結合性行列であり、Hが、遅延変数が閾値z=1を超える時に正常から発作状態への切り替えを表すヘビサイドの階段関数であり; - 統計モデルは、最上位パラメータを活性化関数のパラメータとし、最下位パラメータを領域興奮性とする、ベイズ推定の原理により構築された階層モデルであり;- 統計モデルは、全てのトレーニングデータのための全ての領域の興奮性が同じ事前分布を有する、という仮定を含み;- 関数fは、指数化を伴う双線形関数であり、関数のパラメータは、
【数4】
における4つの指定されたポイントでの関数fの値であり;- 統計モデルは、
【数5】
などであり;ここでt(-)
k,seizingは、発作ノードの観察された起始時間であり、σ
q=30、σ
t=5s、t
lim=90s、P(c
k,q,W
k)は、興奮性c
k、パラメータq、およびコネクトーム行列W
kを起始時間t
k上にマッピングする力学モデルを表す。
【0009】
本発明の他の特徴および態様は、以下の記載および添付の図面から明白となろう。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明による発作伝播推定の問題の図式的概観である。
【
図2】本発明の方法によるトレーニングフェーズおよび適用フェーズを示す。
【
図3】本発明の方法により得られた、強いカップリングを有する単一発作および21の観察領域についての推定結果を示す。
【
図4】本発明の方法の実装例により得られた、隠れたノードで発作を起こす場合の確率を示す。
【
図5】本発明の方法により、推定起始時間が隠れた発作領域で真の起始時間のT秒以内になる確率を示す。
【
図6A】本発明の方法により、観察領域の真および推定の領域興奮性を示す。
【
図6B】本発明の方法により、観察領域の真および推定の領域興奮性を示す。
【
図6C】本発明の方法により、観察領域の真および推定の領域興奮性を示す。
【
図7A】本発明の方法により、隠れた領域の真および推定のノード興奮性を示す。
【
図7B】本発明の方法により、隠れた領域の真および推定のノード興奮性を示す。
【
図7C】本発明の方法により、隠れた領域の真および推定のノード興奮性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
発明の詳細な記載
本発明は、てんかん患者の脳の発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域の起始時間および/または興奮性を決定するための方法に関係する。それは、観察された脳のサブネットワークの活動から、そして構造的コネクトームから、発作中の脳全体のネットワークの活動を推定しようと試みる方法に関する。この方法は、任意の脳領域での活動が正常状態または発作状態のいずれかに分類することができ、そしてこれらの状態の間の変化時間(領域の起始時間)が伝播パターンを推定する唯一の関連的特徴である、という仮定に基づく。この方法は、二つのフェーズからなる。トレーニングフェーズでは、モデルの包括的パラメータ、即ち、様々な被検者間および発作間で共有されるパラメータが、トレーニングデータから推定される。適用フェーズでは、トレーニングされたモデルが単一発作データに適用され、脳全体のネットワークでの活動が、その発作に関して推定される。このデータ駆動型アプローチのおかげで、明確に解釈可能なわずかな定数を指定するだけで、包括的または患者別に手動で調整する必要はない。
【0012】
図1に示される通り、てんかん発作が広がる間の脳ネットワーク状態は、部分的にだけ分かる。幾つかの脳領域が、起始時間t
iでの発作活動に関与していると観察される。他の脳領域は、発作活動に関与していないと観察される。そしてさらに他の領域は観察されずに隠れており、即ち、それらが発作活動に関与するか否かは、分からない。これらは、てんかん患者の脳に発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない脳領域である。
【0013】
図2に示される通り、本発明の方法は、拡散強調画像から分かる構造的結合性を利用して隠れたノードの状態を推定することができる。二つのフェーズの推定(下)。トレーニングフェーズでは、モデルのハイパーパラメータが、トレーニングデータから学習される。適用フェーズでは、モデルが、単一発作に適用される。
【0014】
本発明の方法の実装では、コンピュータ化された脳ネットワークが、提供される。これらのネットワークは、脳の様々な領域と、てんかん患者の脳のトレーニングコホートおよび患者の脳について前記領域の間の結合性をモデル化している。コンピュータ化された脳ネットワークは、磁気共鳴神経画像および/または拡散強調磁気共鳴画像データから得られる。同じく、てんかん発作中の脳ネットワーク状態の観察のデータセットが、トレーニングコホートおよび患者の脳について提供され、前記観察は、脳ネットワーク内の領域を、起始時間に、患者の脳にてんかん発作活動が発現すると観察される第一の領域;患者の脳に前記てんかん発作活動が発現しないと観察される第二の領域;および患者の脳に前記発作活動が発現しても、発現しなくても観察されない第三の領域、として定義する。
【0015】
これらは、このようにしてコネクトーム行列を含む入力データを形成する。コンピュータ化された脳ネットワークは、磁気共鳴神経画像および/または拡散強調磁気共鳴画像データから得られる。個々の構造的コネクトーム行列は、例えば既存の公知の入手可能ソフトウエアを利用して、患者のT1および拡散強調MRIスキャンから得られる。コネクトーム再構成のための方法は、当該分野で一般に知られる。
【0016】
これらの入力データはまた、領域の起始時間を含む。これらは、領域が発作状態に入るか、そしていつ入るかの情報である。そのような情報データを得るために、以下のようなステップが、実行される:
- 第一に、頭蓋内発作記録が提供され、各双極性チャネルにおいて、起始時間が、信号パワー(signal power)が所与の閾値を超える時間を評価することにより検出される。具体的には、発作前ベースラインに対する、帯域[4,60]Hzでのホワイトニングされたパワーおよび2となるログ比の閾値が利用される。しかし異なる周波数帯域を用いること、または機械学習に基づく検出法などの他のアプローチを用いること、のどちらかにより、他の実装が可能であることに留意されたい。
- 第二に、全ての双極性チャネルが、脳領域に割り付けられる。各チャネルで、公知のFreeSurfer(商標)ソフトウエアにより提供された体積パーセレーションおよび埋め込まれた電極での脳のCTスキャンから決定された電極接触部の位置による決定で、最も近い脳領域が選択される。接触部に近く、2未満の距離比を有する複数の領域が存在する場合、領域は割り付けられず、チャネルからの情報は、利用されない。
- 第三に、割り付けられたチャネルのない領域は、隠れていると標識される。割り付けられたチャネルが1つの領域では、検出されたチャネルの起始時間が、領域の起始時間として用いられる。複数のチャネルが、1つの領域に割り付けられた場合、検出された起始時間の中央値が、取られる。
【0017】
本発明によれば、脳ネットワークの発現およびてんかん発作伝播の力学モデルが、提供される。力学モデルは、領域の興奮性およびネットワーク効果の関数である活性化関数によるネットワークの単一領域の遅延変数への広がりを記載し、領域の起始時間は、遅延変数が所与の閾値を超える時間と定義される。
【0018】
n領域を有するネットワークでは、モデルは、以下の通り式(1)により定義される。
【数6】
【0019】
この式において、z
iは、Epileptorモデルにおける遅延変数と類似の領域iの遅延変数である(Jirsa, V., Stacey, W., Quilichini, P., Ivanov, A., Bernard, C., jul 2014. On the nature of seizure dynamics. Brain 137 (8)、 2110-2113)。関数f
q:
【数7】
は、パラメータベクトルqによりパラメータ化された活性化関数である。関数f
qは、最初のパラメータに関係して増加しているw.r.t.。パラメータc
iは、ノード興奮性であり、W=(w
ij)は、
【数8】
になるように正規化された結合性行列である。最後にHは、遅延変数が閾値z=1を超える時に正常から発作状態への切り替えを表すヘビサイドの階段関数である。領域iの起始時間は、
【数9】
として定義される。このシステムは、初期条件z
i(0)=により完成される。
【0020】
関数fqは、正であるため、このモデルは、それぞれの領域が何らかの有限時間に発作を起始することを示唆している。現実にはこれは間違っており、統計モデルではそれを考慮して、発作の時間制限が導入され、非発作よりも大きな制限を有する起始時間を用いて全ての領域が検討される。
【0021】
興奮性の既知のベクトルc、パラメータベクトルq、およびコネクトーム行列Wでは、モデルは、起始時間tのベクトルを独自に定義する。それは、下記の式(2)に対応する、このマッピングでの以下の簡略表記法を利用する:
P(c,q,W)=t (2)
【0022】
活性化関数f
qのパラメータ化のために、双線形性の指数関数が、f
q(c,y)のパラメータ化として用いられる。補間点[c
a,y
a]、[c
a,y
b]、[c
b,y
a]、[c
b,y
b](c
a=-1、c
b=1、y
a=0、y
b=1)の中の4つの係数q=(q
11,q
12,q
21,q
22)によりパラメータ化されると、関数は、
【数10】
により与えられる。
【0023】
fが確実にcを増加させるために、係数への追加的制約:q21>q11およびq22>q12が設定される。
【0024】
本発明による方法は、前記力学モデルにより脳ネットワーク状態の観察の前記セットを作成する確率を定義する統計モデルを提供するステップと;統計モデルと、トレーニングコホートの観察のデータセットとを利用して、てんかん発作の伝播の力学モデルをトレーニングするステップと、をさらに含む。これは、トレーニングフェーズである。力学モデルのトレーニングは、活性化関数のパラメータの最適セットを見出すことに等しい。
【0025】
統計モデルは、階層モデルであり、例えば最上位パラメータを活性化関数のパラメータとし、最下位パラメータを領域興奮性とする、ベイズ推定の原理により構築される。しかしこれは、一例である。この統計モデルは、優先的には全てのトレーニングデータでの全ての領域の興奮性が同じ事前分布を有する、という仮定を含む。
【0026】
トレーニングフェーズでは、複数の発作からのデータを用いて、全ての発作間で共有されるパラメータベクトルqの最適値を推定する。モデルトレーニングのための統計モデルは、以下の方法で構築される:各発作について、興奮性ベクトルc
kの値が標準的な正規分布に従い、活性化関数パラメータqがモデルのハイパーパラメータとして取り扱われる、と仮定される。さらに、観察された起始時間が標準偏差σ
tで不正確に測定される、と仮定される。最後に、発作を起こさない領域を扱うために、制限t
limが設定され、この制限の後に発作を起こしたそれぞれの領域は、非発作として取り扱われる。完全な複数発作統計モデルを、以下に示す:
入力データ:コネクトーム行列W
k、発作ノードのセットおよび非発作ノードのセット、発作ノードの起始時間t(-)
k,seizing。
パラメータ:σ
q=30、σ
t=5s、t
lim=90s
モデル:
【数11】
【0027】
この統計モデルは、ハイパーパラメータqおよび発作特有の興奮性パラメータckの事後確率分布を定義する。この確率分布からの標本は、Stan(商標)ソフトウエアに実装されたサンプラーを利用したハミルトニアン・モンテカルロ法を利用して引き出される。このフェーズでは、ハイパーパラメータqのための点推定を得たいため、全ての標本の中央値が、パラメータベクトルの各成分について取られる。
【0028】
本発明による方法は、トレーニングされた力学モデルを逆向きにするステップと、統計モデルを利用して第一および第二の領域で観察される起始時間から、第三の領域、実際には第三の領域の少なくとも1つ、または全ての第三の領域の起始時間および/または興奮性を推定するステップと、をさらに含む。これは、適用フェーズである。このフェーズでは、力学モデルの活性化関数のパラメータおよび領域興奮性および起始時間が、ハミルトニアン・モンテカルロ法により推定される。
【0029】
適用フェーズに関しては、活性化関数f
qのパラメータが、発作データのトレーニングバッチから学習されると、追加的発作が、以下の通り単一発作モデルを利用して1つずつ処理され得る:
入力データ:コネクトーム行列W、発作ノードのセットおよび非発作ノードのセット、発作ノードの起始時間t(-)
k,seizing、活性化関数のパラメータq。
パラメータ:σ
q=30、σ
t=5s、t
lim=90s
モデル:
【数12】
【0030】
このモデルは、パラメータベクトルqの知識を利用した複数発作モデルの単純化である。単一発作モデルの事後分布からの標本は、複数発作モデルとまさしく同様に、ハミルトニアン・モンテカルロ法を利用して引き出すことができる。単一発作推定の結果は、標本抽出された興奮性cおよび起始時間tである。
【0031】
この節では、本発明者らは、同じモデルにより作成された合成データでこの方法の性能を示した結果を提示する。本発明による方法を利用して得られるこれらの結果から、この方法の仮定が現実のてんかんネットワークに適合するならば、隠れた状態の推定が、可能になり得る。実際に本発明は、隠れた領域が発作を起こすか否かを予測することが可能である。加えて、隠れた領域が、発作を起こす場合、本発明は、正確にいつかを予測することができる。最後に本発明は、領域興奮性を回復させることができる。
【0032】
実施例1:検査データ
検査の目的で、合成データを、推定に用いられたものと同じモデルにより作成する。本発明者らは、デシカン・キリアニーのパーセレーションを用い、84のノードを含む、被検者10名を用いたコネクトーム行列を利用した。これらの10のコネクトームから、10の発作を含む2群を作成し、それらの全ては、活性化関数の3つの異なるパラメータセット:カップリングなしの1つ(q=(-5.0,-5.0,-3.0,-3.0))、弱いカップリングの1つ(q=(-6.5,-3.0,-3.5,12.0))、および強いカップリングの1つ(q=(-11.2,5.3,-6.2,69.3))を有する。最後に、観察領域の数を、パーセレーションの84領域から21、42、および63に設定する。合計すると、これにより(2群)×(3つのカップリング強度)×(3つの観察領域数)=18群が与えられ、それぞれが10の発作を有する。全ての例で、興奮性cを標準的な正規分布から無作為に引き出し、観察されたノードを無作為に選択する。推定は、18群のそれぞれで別個に実行される。
【0033】
【0034】
図3において、推定結果の例を、強いカップリングを有する単一発作および21の観察領域について部分的に示す。左の部分的パネルは、84の脳領域の真(ドット)および推定(プロット)の興奮性を示す。黒色ドットは、観察領域を標識し、白色ドットは、隠れた領域を標識する。淡灰色領域は、発作を起こした領域であり、濃灰色は、発作を起こさない領域である。左列の数は
【数13】
診断値である。右列の数は、推定確率p(c>1)であり、ノードがてんかん原生である確率と同一である。右パネルは、真(淡灰色/濃灰色ドット)および推定(灰色ドット)の領域の起始時間を示す。黒色/白色および淡灰色/濃灰色のドットについても、左パネルと同じルールが適用される。結果から、隠れたノードの起始時間が、一部の例で正しく推定されることが実証される。
【0035】
図4は、隠れた領域が発作を起こすか否かをいかに良好に予測し得るかを示す。それは、隠れたノードでの発作活動の推定確率を示す。このグリッドにおいて、横は、3つの異なるカップリング強度を表し、縦は、異なる数の観察領域を表す。グリッド内の各パネルは、各群を被検者10名とする2群での推定の結果を表す。ヒストグラムは、隠れた領域が発作活動に関与する確率をカウントしている。淡灰色には、発作ノードのヒストグラムがあり、濃灰色には、非発作ノードのヒストグラムがある。挿入文は、領域が閾値0.5での推定確率に基づいて発作または非発作と分類される場合の分類の尺度を示す。結果から、発作および非発作ノードが強いカップリングのみで信頼性をもって識別され得ることが示される。観察されたノードの数(nobs)は、必ずしも分類品質を上昇させない。
【0036】
図5は、正確な起始時間が発作領域でいかに良好に推測され得るかをさらに示す。それは、隠れた発作領域で推定起始時間が真の起始時間のT秒以内になる確率を示す。この確率は、ウィンドウ内の起始時間の標本の分率
【数14】
をカウントすることにより各々の隠れた発作領域について計算される。結果から、起始時間が強いカップリングでは信頼性をもって推定され得て、観察されたノードを追加することで精度がさらに上昇することが実証される。その一方で、カップリングなしでは、観察されたノードの数が、予測品質を変化させない。
【0037】
図6A、
図6Bおよび
図6Cは、領域興奮性が、観察されないノードでどれほど回復され得るかを示す。それらは、観察領域での真および推定の領域興奮性を示す。グリッドにおいて、横は、3つの異なるカップリング強度を表し、縦は、異なる数の観察領域を表す。各パネルは、発作(淡灰色)および非発作(濃灰色)領域での真(x軸)および平均推定興奮性(y軸)を示す。完璧な推定は、対角線に沿った全てのドットを有する。挿入された数は、線形回帰のR
2係数を示す。推定は、カップリングなしでは非常に良好であり、強いカップリングが導入される場合、若干の精度が、ネットワーク効果により損失される。
【0038】
図7A、
図7Bおよび
図7Cは、隠れたノードについての同一事項を示す。それらは、隠れた領域の真および推定のノード興奮性を示す。レイアウトは、
図6A、
図6Bおよび
図6Cと同一である。隠れた領域の興奮性は、カップリングが存在しなければ(横がなければ)推定が不可能である。強いカップリングの場合、観察領域の数に応じて上昇する真および推定の興奮性(横の強さ)に特定の関係が存在する。
【0039】
したがって本発明によれば、強いカップリング効果により、
図4に示される通り、隠れたノードが発作を起こすか否かを推定し得る。強いカップリング効果がある場合、発作ノードの起始時間もまた、
図5に示される通り予測され得る。観察されたノードでは、興奮性が、特に弱いカップリング効果では、
図6A~
図6Cに示される通り良好に推定され得る。強いカップリングおよび多数の観察されたノードにより、隠れたノードの興奮性が、
図7A~
図7Cに示される通り特定の度合いで推定される。
【0040】
最後に、てんかん発作が特に拡散強調MRIから推測され得る構造的結合に沿って伝播する、という仮定により補足された脳ネットワーク内の発作の広がりの部分的観察を利用して、隠れた領域が発作で発現するか、そしていつ発現するかを推定することが可能である。これを目的として、強調されたネットワーク全体での発作発現および伝播のデータ駆動型力学モデルが、利用される。単純な力学モデルは、正常状態から発作状態へのノード状態の間欠的変化により引き起こされる強い非直線性により強化される。このモデルを逆向きにするために、ベイス推定の構成が優先的に採用され、このモデルのパラメータが、例えばStanソフトウエアを用いたハミルトニアン・モンテカルロ法により、推定される。同モデルにより作成された合成データでのコンピュータ計算実験の結果から、推定結果の品質が観察されたノードの数および結合強度に依存することが示される。推定された起始時間の精度は、観察されたノードの数およびネットワーク効果の強度に応じて上昇するが、隠れたノードの興奮性を推定するモデルの能力は、全ての研究例で限定される。現実のてんかん発作において、発作中の隠れたノードの状態が不完全な観察から推定されることが、これらの結果から示される。
【国際調査報告】