(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-10-11
(54)【発明の名称】癌転移予防のためのホスホリパーゼA2阻害剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/121 20060101AFI20221003BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20221003BHJP
【FI】
A61K31/121
A61P35/04
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022505242
(86)(22)【出願日】2020-07-27
(85)【翻訳文提出日】2022-03-24
(86)【国際出願番号】 EP2020071168
(87)【国際公開番号】W WO2021014027
(87)【国際公開日】2021-01-28
(32)【優先日】2019-07-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(81)【指定国・地域】
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
(71)【出願人】
【識別番号】522032615
【氏名又は名称】コーギン ファーマ エーエス
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】ヨハンセン、ベリト
(72)【発明者】
【氏名】フェウエハーム、アストリド ジュルムストロ
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206JA22
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA81
4C206ZB26
4C206ZC20
(57)【要約】
癌の転移、特に乳癌の転移の予防に使用するための、式(I)の化合物またはその塩。
R-L-CO-X (I)
式中、Rは、S、O、N、SO、SO2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、Xは電子求引基である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌の転移、特に乳癌の転移の予防に使用するための、式(I)の化合物またはその塩。
R-L-CO-X (I)
式中、
Rは、S、O、N、SO、SO
2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子の橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【請求項2】
XがCHal
3であり、好ましくはCF
3である、先行するいずれかの請求項に記載の、使用のための化合物。
【請求項3】
式(I)において、Rが、少なくとも4つの非共役二重結合を含む、炭素数10~24の直鎖状の非置換不飽和アルキレン基である、先行するいずれかの請求項に記載の、使用のための化合物。
【請求項4】
Lが-SCH
2-である、先行するいずれかの請求項に記載の、使用のための化合物。
【請求項5】
前記式(I)の化合物が下記式を有する、先行するいずれかの請求項に記載の、使用のための化合物。
【化5】
式中、Xは請求項1で定義した通りであり、例えば、CF
3である。
【請求項6】
前記式(I)の化合物が化合物A1または化合物CIXである、先行するいずれかの請求項に記載の、使用のための化合物。
【請求項7】
癌の転移、特に、乳癌の転移を予防する方法であって、それを必要とする患者、例えばヒトに、式(I)の化合物またはその塩を有効量投与することを含む方法。
R-L-CO-X (I)
式中、
Rは、S、O、N、SO、SO
2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子の橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【請求項8】
癌の転移、特に、乳癌の転移を予防するための医薬品の製造における、請求項1から6のいずれか一項に記載の式(I)の化合物またはその塩の使用。
【請求項9】
式(I)の化合物またはその塩を転移前の乳癌患者に投与することを含む、乳癌の転移を予防する方法に使用するための、式(I)の化合物またはその塩。
R-L-CO-X (I)
式中、
Rは、S、O、N、SO、SO
2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子の橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の転移、特に、乳癌の転移の予防に関するものである。特に、本発明は、転移の予防を目的とした、転移前の乳癌の患者および/または転移のリスクが高い癌の患者への特定の多価不飽和ケトン化合物の投与に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳癌は、女性に最も多く見られる癌であり、世界中で年間5億人を超える死亡の原因となっている。これらの患者の死因のほとんどが、原発性腫瘍ではなく、転移によるものである。よって、癌が転移巣を形成することを予防すれば、多くの患者の命を救うことができる。転移は、原発性腫瘍由来の細胞が遠隔病変の形成を完了するために実行する必要がある複数の工程からなる。細胞がこれらの工程の1以上を経ることを阻止すれば、転移を阻止する治療機会となり得る。
【0003】
炎症と癌は密接に関係している。免疫担当細胞および造腫瘍性細胞は、同一のシグナル伝達経路を介して作用している可能性があり、癌を抑制する潜在的な標的として、インフラマソームが指摘されている。転移性癌細胞の基本的な特質は、組織内を移動する能力である。炎症性シグナル伝達は、悪性状態のみならず、非悪性状態においても、遊走性表現型を誘導する中枢要素である。炎症制御の鍵となる工程は、少量の小さな自己分泌型およびパラ分泌型の生理活性脂質の形成である。細胞質型ホスホリパーゼA2α(cPLA2αまたはPLA2 GIVA、遺伝子PLA2GA)は、これらの形成における鍵酵素であり、よって、癌細胞の遊走を促進する役割を担っている。cPLA2αが、エステル化されたアラキドン酸(AA)を含む細胞内膜リン脂質を加水分解すると、遊離AA分子とリゾリン脂質が生成される。シクロオキシゲナーゼ2(COX-2)またはリポキシゲナーゼ等の下流の酵素によってさらに代謝されると、プロスタグランジンおよびロイコトリエン等、脂質由来のシグナル伝達メディエーターのスペクトルが生成される。Raf/Ras/MEK/Erk等の経路の活性により、cPLA2αがリン酸化により活性化される場合があり、増加した細胞内Ca2+により膜へのトランスロケーションが刺激される。
【0004】
細胞質型PLA2αのシグナル伝達は、PI3K/Akt経路および核内因子κB(NF-ΚB)等の、発癌経路と相互作用し得る。したがって、cPLA2αは、乳癌を含む数種類の癌の腫瘍形成、癌の進行、および転移に関連付けられている。乳癌では、cPLA2αの高発現レベルは、より悪性度の高いトリプルネガティブ表現型および低生存率と関連しており、乳癌転移における役割が示唆されている。この効果は、プロスタグランジンE2(PGE2)によって媒介され得るが、PGE2は、AAから産生される腫瘍形成性かつ遊走促進性のエイコサノイドとして知られている。
【0005】
長期にわたり、cPLA2αの阻害が、有望な抗炎症標的であると提案されてきた。さらに、cPLA2αの阻害は、癌における抗腫瘍形成効果および抗血管新生効果があることもわかっている。我々はこれまでに、種々のcPLA2α阻害剤により、インビトロおよびインビボにおいて、炎症、腫瘍増殖、および血管新生が、効率的に治療標的とされることを示してきた(非特許文献1)。
【0006】
本発明者らは、ある種のcPLA2αの選択的阻害剤が、転移性癌細胞の遊走を低減できることを新たに見出した。
本発明の化合物は、新規なものではなく、種々の状態の治療用としてこれまでに既に開示されている(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。特許文献3には、皮膚癌の治療に特定の多価不飽和ケトンを使用することが記載されている。特許文献4では、本発明の化合物と共剤(co-agent)の組み合わせが検討されており、このような組み合わせが、乳癌を含む癌の治療に有益であることが示唆されている。しかしながら、本発明の化合物が、癌の転移を予防または少なくとも阻害できることは、これまでに実証されていない。特に、本発明の化合物を、医薬に含まれる単一の抗転移活性成分として使用することにより、転移の予防効果をもたらすことができる。予防には併用療法は必要ないが、基礎疾患の癌の治療目的で第2の医薬を使用してもよい。したがって、本発明は、転移していない乳癌の患者および/または転移のリスクが高い癌の患者を対象とすることが理想的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開公報第2012/028688号
【特許文献2】国際公開公報第2010/139482号
【特許文献3】国際公開公報第2015/181135号
【特許文献4】国際公開公報第2017/157955号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Anthonsen MW, Solhaug A, Johansen B. Functional coupling between secretory and cytosolic phospholipase A2 modulates tumor necrosis factor-alpha- and interleukin-1beta-induced NF-kappa B activation. J Biol Chem 2001;276:30527-36
【発明の概要】
【0009】
本発明は、一態様において、癌の転移、特に乳癌の転移の予防に使用するための、式(I)の化合物またはその塩を提供する。
R-L-CO-X (I)
式中、Rは、S、O、N、SO、SO2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【0010】
本発明は、別の態様において、癌の転移、特に、乳癌の転移を予防する方法であって、それを必要とする患者、例えばヒトに、式(I)の化合物またはその塩を有効量投与することを含む方法を提供する。
R-L-CO-X (I)
式中、Rは、S、O、N、SO、SO2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【0011】
本発明は、別の態様において、癌の転移、特に、乳癌の転移を予防するための医薬品の製造における、本明細書中で先に記載した式(I)の化合物またはその塩の使用を提供する。
【0012】
本発明は、別の態様において、式(I)の化合物またはその塩を転移前の乳癌患者に投与することを含む、乳癌の転移を予防する方法に使用するための、式(I)の化合物またはその塩を提供する。
R-L-CO-X (I)
式中、Rは、S、O、N、SO、SO2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【0013】
[発明の詳細な説明]
本発明は、癌の転移の予防を目的とするものである。本発明は、患者への式(I)の化合物の投与、例えば、転移前の乳癌の患者および/または転移のリスクが高い癌の患者への式(I)の化合物の投与に依拠している。
【0014】
[化合物(I)]
本発明は、式(I)の化合物の治療的組み合わせに依拠している。式(I)の化合物は、R-L-CO-X(I)またはその塩であり、
式中、Rは、S、O、N、SO、SO2から選択される1以上のヘテロ原子またはヘテロ原子基が任意に介在していてもよい炭素数10~24の不飽和炭化水素基であり、前記炭化水素基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【0015】
R基は、好ましくは5~9つの二重結合を含み、好ましくは5または8つの二重結合を含み、例えば、5または6つの二重結合等の、5~7つの二重結合を含む。これらの結合は、非共役である必要がある。さらに、二重結合は、カルボニル官能基と共役していないことが好ましい。
【0016】
R基に存在する二重結合は、シス配置であってもトランス配置であってもよいが、存在する二重結合の大部分(すなわち、少なくとも50%)がシス配置であることが好ましい。さらに有利な実施形態においては、R基における全ての二重結合がシス配置であるか、あるいは、カルボニル基に最も近い二重結合(トランス配置であってもよい)を除く全ての二重結合がシス配置である。
【0017】
R基は、10~24の炭素原子、好ましくは12~20の炭素原子、特に17~19の炭素原子を有してもよい。
【0018】
R基において、少なくとも1つのヘテロ原子またはヘテロ原子基が介在していてもよいが、これは好ましいものではなく、R基の骨格は、炭素原子のみを含有することが好ましい。
【0019】
R基は、置換基を3つまで保有してもよく、前記置換基は、例えば、ハロ、炭素数1~6のアルキル、例えば、メチル、または炭素数1~6のアルコキシから選択される。置換基が存在する場合、前記置換基は、非極性で小さいことが好ましく、例えば、メチル基である。しかしながら、R基は、非置換のままであることが好ましい。
【0020】
R基は、アルキレン基であることが好ましい。
【0021】
R基は、直鎖状であることが好ましい。R基は、長鎖脂肪酸または長鎖エステル等の天然源由来であることが好ましい。特に、R基は、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、またはドコサヘキサエン酸由来であってもよい。
【0022】
そのため、別の態様では、本発明は、式(I’)の化合物またはその塩を採用する。
R-L-CO-X (I’)
式中、Rは、炭素数10~24の非置換不飽和アルキレン基であり、前記基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、R基とカルボニルCOとの間に1~5つの原子からなる橋かけを形成する連結基であり、ここでLは、連結基の骨格中にヘテロ原子を少なくとも1つ含み、
Xは電子求引基である。
【0023】
Rは直鎖状であることが理想的である。したがって、Rは、炭素数10~24の不飽和ポリアルキレン鎖であることが好ましい。
【0024】
連結基Lは、R基とカルボニルとの間に1~5つの骨格原子、好ましくは2~4つの骨格原子、2つの原子等からなる橋かけ基を提供する。前記リンカーの骨格原子は、炭素であってもよく、かつ/または、N、O、S、SO、もしくはSO2等のヘテロ原子であってもよい。前記原子は環の一部を成すべきではなく、前記連結基の骨格原子は、側鎖、例えば、炭素数1~6のアルキル、オキソ、アルコキシ、またはハロ等の基で、置換することができる。
【0025】
前記連結基の好ましい成分は、-CH2-、-CH(炭素数1~6のアルキル)-、-N(炭素数1~6のアルキル)-、-NH-、-S-、-O-、-CH=CH-、-CO-、-SO-、-SO2-であり、これらを任意の(化学的に意味のある)順序で互いに組み合わせて連結基を形成することができる。よって、2つのメチレン基および1つの-S-基を使用することにより、リンカーである-SCH2CH2-が形成される。前記リンカーの少なくとも1つの成分により、前記骨格にヘテロ原子が提供されることが理解されるであろう。
【0026】
連結基Lは、骨格中に少なくとも1つのヘテロ原子を含む。さらに、R基に結合した連結基の最初の骨格原子がヘテロ原子またはヘテロ原子基であることも好ましい。
【0027】
連結基Lが、その骨格に少なくとも1つの-CH2-結合を含むことが非常に好ましい。カルボニルに隣接する連結基の原子が-CH2-であることが理想的である。
【0028】
R基またはL基(L基のサイズにもよるが)は、カルボニルに対してα位、β位、γ位、またはδ位に位置するヘテロ原子またはヘテロ原子基を提供することが好ましく、好ましくは、カルボニルに対してβ位またはγ位に位置するヘテロ原子またはヘテロ原子基を提供することが好ましい。前記ヘテロ原子は、O、N、もしくはS、またはSO等の硫黄誘導体であることが好ましい。
【0029】
したがって、非常に好ましい連結基Lは、-NH2CH2、-NH(Me)CH2-、-SCH2-、または-SOCH2-である。
【0030】
連結基は、環を含むべきではない。
【0031】
非常に好ましい連結基Lは、SCH2、NHCH2、およびN(Me)CH2である。
【0032】
別の態様では、本発明は、式(II)の化合物またはその塩を採用する。
R-L-CO-X (II)
式中、Rは、炭素数10~24の直鎖状の非置換不飽和アルキレン基であり、前記基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Lは、-SCH2-、-OCH2-、-SOCH2、または-SO2CH2-であり、
Xは電子求引基である。
【0033】
X基は、電子求引基である。この点で好適な基としては、O-C1-6アルキル、CN、OCO2-C1-6アルキル、フェニル、CHal3、CHal2H、CHalH2が挙げられ、ここで、Halは、ハロゲンを表し、例えば、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素、好ましくはフッ素である。
【0034】
好ましい実施形態において、前記電子求引基は、CHal3、特に、CF3である。
【0035】
よって、好ましい式(I)の化合物は、式(III)で表されるものである。
R-Y1-Y2-CO-X (III)
式中、RおよびXは、本明細書中で先に定義したとおりであり、
Y1は、O、S、NH、N(炭素数1~6のアルキル)、SO、またはSO2から選択され、
Y2は、(CH2)nまたはCH(炭素数1~6のアルキル)であり、または
nは1~3、好ましくは1である。
【0036】
さらに、式(I)の好ましい化合物は、式(IV)で表されるものである。
R-Y1-CH2-CO-X (IV)
式中、Rは、炭素数10~24の直鎖状の非置換不飽和アルキレン基であり、前記基は少なくとも4つの非共役二重結合を含み、
Xは、先に定義した通りであり(例えば、CF3)、
Y1は、O、S、SO、またはSO2から選択される。
【0037】
さらに、式(I)の好ましい化合物は、式(V)で表されるものである。
R-S-CH2-CO-CF3 (V)
式中、Rは、炭素数10~24の直鎖状の非置換不飽和アルキレン基であり、前記基は少なくとも4つの非共役二重結合を含む。
【0038】
本発明において使用する非常に好ましい化合物を以下に示す。
【化1】
式中、Xは、本明細書中で先に定義した通りであり、CF
3等である。
【0039】
以下の化合物は、本発明での使用に非常に好ましい。
【化2】
【化3】
【0040】
式(I)の化合物は、医薬組成物の形態で投与してもよいことが理解されるであろう。式(I)の化合物は、必要であれば、薬学的に許容可能な塩の形態で投与してもよいことが理解されるであろう。
【0041】
[癌]
本発明は、乳癌を標的とすることが好ましいが、転移のリスクがある他の癌を標的とすることもできる。転移を予防するためには、本発明の化合物を投与する患者は、癌が転移していない患者とすべきである。本発明の化合物は、転移を予防するために患者に投与される唯一の医薬であってもよい。しかしながら、患者は、基礎疾患である癌を治療するための従来の薬剤治療計画を併せて受けてもよい。
【0042】
したがって、別の態様では、本発明は、請求項1で定義した化合物(I)および薬学的に許容可能な希釈剤または担体を含む第1の組成物、ならびに基礎疾患の癌、例えば、乳癌の治療のための化合物および薬学的に許容可能な希釈剤または担体を含む第2の組成物を含むキットを含む、同時、逐次、または別々の使用のための医薬組成物を提供する。
【0043】
本発明は、乳癌、より具体的には、非転移性乳癌を標的とする。
【0044】
予防とは、(i)哺乳動物において発症する疾患の臨床症状の発現を予防または遅延させることを意味する。
【0045】
治療対象への恩恵は、統計的に有意であるか、あるいは、少なくとも患者または医師が認知可能である。一般に、当業者であれば、「予防」がいつ起こるかを理解することができる。
【0046】
本発明の組成物は、任意の対象動物、特に哺乳動物、より詳細には、ヒトまたは疾患のモデルとしての役割を果たす動物(例えば、マウス、サル等)に使用することができる。
【0047】
疾患を予防するためには、有効量の活性化合物を患者に投与する必要がある。「治療有効量」とは、状態、障害、または症状を治療するために動物に投与する場合、このような治療を行うのに十分な化合物の量を意味する。「治療有効量」は、化合物、疾患、およびその重症度、ならびに治療対象の年齢、体重、健康状態、および応答性によって異なるものであり、最終的には主治医の裁量で決定される。
【0048】
本発明にしたがって転移を予防するために、前記化合物を一定の間隔で再投与しなければならない場合がある。適切な投与計画は、医師が指示することができる。
【0049】
本発明の化合物は、典型的には、意図する投与経路および標準的な薬務を考慮して選択される少なくとも1つの薬学的に許容可能な担体と混合された状態で投与される。
【0050】
「担体」という用語は、活性化合物と共に投与する希釈剤、賦形剤、および/またはビヒクルを指す。本発明の医薬組成物は、2以上の担体の組み合わせを含有しうる。このような薬学的担体は、当技術分野で周知である。医薬組成物は、さらに、任意の適切な結合剤、滑沢剤、懸濁化剤、コーティング剤、および/または溶解補助剤等(いずれも1種または複数種)を含んでもよい。
【0051】
本発明にしたがって使用する医薬組成物は、経口投与、非経口投与、経皮投与、舌下投与、局所投与、インプラント、経鼻投与、または経腸投与(または他の粘膜投与)される懸濁液、カプセルまたは錠剤の形態であってもよく、これらは、1以上の薬学的に許容可能な担体または賦形剤を用いて従来の方法で製剤化され得ることが理解されるであろう。本発明の組成物は、ナノ粒子製剤として製剤化することもできる。
【0052】
しかしながら、癌の治療のためには、本発明の組成物は、経口投与、もしくは注射等、非経口投与または静脈内投与されることが好ましい。したがって、組成物は、錠剤または注射用の溶液の形態で提供してもよい。
【0053】
式(I)の化合物を含む医薬組成物は、体積当たり0.01~99重量%の活性物質を含有してもよい。治療用量は、一般的に、約10~2000mg/日、好ましくは、約30~1500mg/日である。使用し得るその他の範囲としては、例えば、50~500mg/日、50~300mg/日、100~200mg/日が挙げられる。
【0054】
投与は、1日1回、1日2回、またはより頻回としてもよく、疾患または障害の維持期においては減らしてもよく、例えば、毎日または1日2回の代わりに、2日または3日に1回としてもよい。投与量および投与頻度は、臨床徴候に応じて決定されるものであり、当業者に公知の急性期の臨床徴候の少なくとも1以上、好ましくは2以上が軽減または消失したことに基づき、寛解期の維持が確認される。
【0055】
本明細書に記載された化合物を、1つ以上の抗増殖性化合物、特に、抗癌治療に使用されることが知られている化合物と共に対象に投与することは、本発明の範囲内である。非限定的な例としては、国際公開公報第2006/122806号およびこれに引用されている文献に開示されているような、アロマターゼ阻害剤、抗エストロゲン、トポイソメラーゼIまたはII阻害剤、微小管活性化合物、アルキル化化合物、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤、およびシクロオキシゲナーゼ阻害剤が挙げられる。本発明の化合物を先に述べた抗癌治療の1つ以上と組み合わせるかどうかについての選択は、治療中の特定の種類の癌、対象の年齢および健康状態等を含む、当業者に公知の認識されているパラメータによって決定される。
【0056】
本発明を、以下の非限定的な実施例および図面を参照してさらに説明する。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【
図1a】阻害剤CIXに対する応答、ならびに67NRおよび4T1におけるcPLA2αの発現。a)同一の膜上における、ベースラインの細胞株サンプル由来のp-cPLA2α、cPLA2α、およびベータアクチンの結合を示す画像。
【
図1b-c】b)ベータアクチンに正規化した総cPLAαタンパク質の箱ひげ図(最小-最大)。c)ベータアクチンに正規化したリン酸化cPLAα(p-S505)タンパク質の箱ひげ図(最小-最大)。
【
図1d-f】d)XTT代謝に基づく生存率曲線。点は、条件ごとに行った技術的反復(n=6)を含む実験(n=3)の総平均を示す。IC50値(48時間)は、μMで示している。*p<0.05 4T1対67NR(同濃度)。e)EdUの取り込みに基づく増殖曲線。点は、条件ごとに行った技術的反復(n=6)を含む実験(n=3)の総平均を示す。IC50値(24時間)は、μMで示している。*p<0.05 4T1対67NR(同濃度)。f)6時間処理および24時間処理での67NRおよび4T1におけるPGE2レベル。箱ひげ図(最小-最大)は、条件ごとに行った技術的反復(n=3)を含む実験(n=3)に基づいている。*p<0.05 4T1対67NR。
【
図2a-b】CIXは4T1の遊走を阻害するが、67NRの遊走は阻害しない。a)24時間の処理終了時のビヒクルコントロールに関する細胞指数。棒グラフは、実験内でビヒクルコントロールに正規化した、3回の実験の平均値±標準偏差(SD)のパーセント値を示している。実験ごとにn=4の技術的反復。b)48時間の処理終了時のビヒクルコントロールに関する細胞指数。棒グラフは、実験内でビヒクルコントロールに正規化した、3回の実験の平均値±SDのパーセント値を示している。実験ごとにn=2~4の技術的反復。
【
図2c】c)67NRおよび4T1の24時間にわたる細胞指数(CI)曲線。各曲線は、n=4の技術的反復の平均CI±SDを示す。n=3の別個の実験のうちの、代表的な実験。
【
図2d】d)4T1の48時間にわたる細胞指数曲線。各曲線は、CIX処理群およびNorm Ctrlについて、n=4の技術的反復の平均CI±SD、Pos Ctrlおよび Neg Ctrlについて、n=2の技術的反復の平均CI±SDを示す。n=3の別個の実験のうちの、代表的な実験。a~d)Norm Ctrl:正常(ビヒクル)コントロール。Pos Ctrl:ポジティブコントロール(高化学誘引物質)。Neg Ctrl:ネガティブコントロール(低化学誘引物質)。*p<0.05対4T1、Norm Ctrl、#p?0.05対67NR Norm Ctrl。
【
図3】上位ランクのGO Termの遺伝子クラスター。CIXの影響を受けた関連遺伝子産物のネットワークは、精選されたデータベースのみをアクティブな相互作用源として使用し、STRINGを用いて生成した。CIX(15μM、24時間)に応答した4T1細胞では、薄緑色のノードはアップレギュレートされており、濃緑色のノードはダウンレギュレートされている。このネットワークでは、TLRシグナル伝達が主要なクラスターとして際立っている。
【
図4】4T1細胞のTLRシグナル伝達におけるCIXの仮説的効果。TLR3、TLR4、TLR9、およびNF-kB(rel)を介したシグナル伝達が減少すれば、cPLA2αの阻害は、癌微小環境に影響を与え、癌細胞の生存率、遊走、および炎症レベルのいずれも低下させる可能性が高い。このような癌細胞微小環境の変化は、cPLA2αが癌細胞生物学の多くの側面を制御していることを示唆している可能性があり、よって、転移性癌に対する魅力的な標的として機能する。濃緑色のノードは、ダウンレギュレートしていることがわかった遺伝子を表し、薄緑色のノードはアップレギュレートされた遺伝子を表す。灰色のノードおよび白色のノードは、それぞれ、影響を受けると想定される遺伝子、または効果が不明な遺伝子を示す。
【実施例】
【0058】
下記化合物を、以下に述べる実施例に使用した。
【化4】
【0059】
[細胞培養]
全ての実験で、単一の自然発生の乳房トリプルネガティブ腫瘍に由来する2つの同質遺伝子細胞株を使用した。どちらの細胞株も効果的に原発性腫瘍を形成するが、67NR細胞は転移せず、4T1細胞は、肺、脳、リンパ節、骨、および肝臓に転移巣を形成し得る。細胞を、通気口を設けたフラスコに入れて5%CO2、37℃の加湿雰囲気の中で保管し、ストックフラスコは、通常の手順として、週に2回、0.25%トリプシン/EDTAを用いて、1:8~1:10(67NR)および1:15~1:20(4T1)のスプリット比で継代した。継代数は、15から55とした。培地として、10%ウシ胎児血清(FBS;Gibco)、ペニシリン-ストレプトマイシン0.1mg/ml、およびアンホテリシン1μg/mlを含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)/4.5mg/mlグルコース(Gibco、Thermo Fisher Scientific社、ウォルサム、米国)を使用した。実験に先立ち、ストック細胞を1:2~1:5のスプリット比で新しいフラスコに播種して1回または2回同調させ、一晩インキュベートした後、トリプシン処理し、増殖用培地のウェルに播種した。播種した細胞を、処理前に一晩、付着および増殖させた。全ての実験において、阻害剤のビヒクルとして、ジメチルスルホキシド(DMSO)を使用した。
【0060】
[XTTアッセイ]
XTT(2,3-ビス-[2-メトキシ-4-ニトロ-5-スルホフェニル[-2H-テトラゾリウム-5-カルボキシアニリド])アッセイは、代謝が活発な細胞のミトコンドリア内でテトラゾリウム塩が変換される比色アッセイであり、よって、信号は生存細胞に比例する。細胞を96ウェル平底プレートに播種し、実験開始時に、60%~80%のコンフルエンシーが得られるように細胞数を最適化した。一晩インキュベートした後、増殖用培地を除去し、無血清培地で実験を行った。阻害剤添加後のインキュベーション時間は、後続のアッセイでの示差的効果を検出するための読み出しのため、48時間を選択した。TACS XTT細胞増殖/生存率アッセイ(Trevigen社、ゲイザースバーグ、メリーランド州、米国)を、取扱説明書にしたがい、インキュベーション時間を1.5~2時間として行った。iMark Microplate Reader(BIO RAD社、ハーキュリーズ、カリフォルニア州、米国)を用いて、490nmでの読み取り値から、655nmでのバックグラウンドの読み取り値を差し引いた。結果は、6回の反復の平均値とアッセイ内のビヒクルコントロールとを比較して求めた生存率のパーセンテージで示している。統計的有意性の評価には、両側スチューデントt検定が用いられた。IC50(シグナルがコントロールの50%に減少する濃度)は、Windows用GraphPad 7で[阻害剤]対応答の非線形フィット、すなわち、可変スロープ(4つのパラメータ)を用いて算出した。
【0061】
[増殖アッセイ]
Click-IT EdUマイクロプレートアッセイ(Invitrogen、Thermo Fisher Scientific社)を用いて、増殖に対するCIX濃度の影響を求めた。XTTアッセイに関して述べた方法で、細胞を播種した。EdU(最終濃度3~5μM)を、処理適用後に直接ウェルに添加し、細胞を24時間インキュベートした後、取扱説明書にしたがってアッセイを行った。読み取りは、POLARstar Omegaプレートリーダー上でEdU曝露を24時間行った後、540/580の励起/発光で、軌道平均化(orbital averaging)により行った。IC50は、XTTデータの場合と同様の方法で算出した。
【0062】
[タンパク質抽出]
後続のアッセイに使用するタンパク質ライセートを生成するために、6ウェルプレートに細胞を播種し、播種後24時間で60%~80%のコンフルエンシーが得られるようにした。処理後、後続のELISAのために上清を除去し、2%のcOmplete(商標)Protease Inhibitor Cocktail、1%のPhosphatase Inhibitor Cocktail 2、1%のPhosphatase Inhibitor Cocktail 3(いずれもMerck KGaA社製、ダルムシュタット、ドイツ)を含有する氷冷したRIPA緩衝液中にタンパク質を抽出した。前記ライセートを4℃で30分間撹拌し、1.5分間超音波処理し、4℃、12000rpmで20分間遠心分離した。タンパク質の上清を-80℃で保存した。
【0063】
[ウェスタンブロッティング]
タンパク質濃度は、Pierce BCA assay(Thermo Fisher Scientific社)を用いて定量化した。4T1および67NRにおけるcPLA2αのレベルを比較するために、タンパク質ライセートをドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離し、IR標識二次抗体を用いたウエスタンブロット法により、同定および半定量を行った。Bolt試薬は全て、Thermo Fisher Scientific社のInvitrogenのものを使用した。タンパク質ライセートを、4×Protein Loading Buffer(LI-COR Biosciences社、リンカーン、ネブラスカ州、米国)およびBolt Sample Reducing Agent中にて70℃で10分間加熱した後、タンパク質5μgをBolt Bis-Trisの4%~12%ゲルに充填し、前室においてBolt MOPS SDSランニングバッファーおよびBolt Antioxidantを使用して200Vで70分間分離させ、Chameleon Duo Pre-stained Protein Ladder(LI-COR Biosciences社)を用いてサイズマーキングを行った。PVDF膜への湿式転写は、Bolt Transfer緩衝液を使用し、20Vで2時間行った。Odyssey Blocking buffer TBS(LI-COR Biosciences社)を用いて4℃で一晩ブロッキングを行い、抗ベータアクチン抗体を用いて別々にインキュベートするため、50kDaマークで切断した後、膜をヤギ抗ホスホリパーゼA2抗体(ab104252、Abcam社;1:3000)、ウサギ抗ホスホリパーゼA2(phospho S505)抗体(Abcam社製のab53105、ケンブリッジ、英国;1:3000)、またはマウス抗ベータアクチン(Abcam社製のab8226;1:25000)を用いて、4℃で一晩インキュベートした。二次蛍光抗体コンジュゲート(IRDye(登録商標)800CW donkey anti-Goat IgGおよび680CW Goat anti-rabbit IgG、またはIRDye(登録商標)800CW Goat Anti-mouse IgG;LI-COR Biosciences社)を、ブロッキングバッファー/0.2% Tween-20/0.01% SDS中に、1:30000の希釈率で適用した。画像化は、Odyssey Clx(LI-COR Biosciences社)上で、自動設定で700および800チャンネルで実施した。局所的なバックグラウンドを差し引いてバンドを定量化し、Image Studio Lite(LI-COR Biosciences社製)において、シグナルをベータアクチンに対して正規化した。両側スチューデントt検定を用いて、群間の統計的有意性を評価した。
【0064】
[酵素免疫測定法]
cPLA2α活性を評価するための代理として、代謝物であるPGE2に特異的な高感度かつ定量的な酵素免疫測定法を使用した。RPPA用のタンパク質ライセートの調製に使用した細胞の上清を、4℃、1500rpmで10分間回転させ、-80℃で保存した。解凍後、上清を4℃、2000rpmで5分間回転させ、DMEM中で1:50に希釈し、96ウェルのPGE2 EIA Kit Monoclonal(Cayman Chemical Company社、アナーバー、ミシガン州、米国)を用いて2回反復して分析した。分析は、モノクローナルオンライン分析ツール(https://www.myassays.com/prostaglandin-e2-monoclonal.assay)であるMyAssays Prostaglandin E2において、4 Parameter Logistic Curve機能を使用して行った。両側スチューデントt検定を使用して、統計的有意性を評価した(p<0.05)。
【0065】
[遊走アッセイ]
細胞遊走性は、xCELLigence(登録商標)DPシステム(Roche Diagnostics GmbH社、ドイツ)を使用して評価した。このアッセイでは、細胞はCIM16プレート上部の膜表面に添加され、化学誘引シグナルに応答して当該膜を通って下部のウェルに移動することができる。膜の下には金電極が取り付けられており、細胞が電極に接触すると導電率が低下する。この変化は、細胞指数(CI)として逆に解釈される。ここでは、阻害剤またはビヒクル(DMSO)を含む上段のウェル内の0.5%FBS/DMEMに、5.0×104細胞/ウェルとなるように播種した。化学誘引物質として、下段のウェルに5%または10%のFBS/DMEMを添加してそれぞれ正常コントロールまたはポジティブコントロールとし、48時間の実験において、0.5%のFBSを用いてバックグラウンドの遊走の増加を制御した(ネガティブコントロール)。プレートは、24時間または48時間にわたり、15分ごとにスキャンした。CI曲線は、当該機器に付属のRTCA Software 1.2を用いてプロットした。相対的な定量化のため、ある処理の全ての技術的反復を、実験内の正常コントロールに対して正規化した。両側スチューデントt検定を行い、群間における有意差を見出した(p<0.05)。
【0066】
[RNA配列決定]
網羅的mRNAトランスクリプトーム配列決定に使用するRNAを、15μM CIXまたはビヒクルで24時間処理した4T1細胞または67NR細胞(4回の生物学的反復)から、RNeasy Mini kit(Qiagen社、リンブルフ州、オランダ)を取扱説明書に従って使用して単離した。RNAの濃度および純度は、NanoDrop 1000(Thermo Scientific社、ウォルサム、米国)を用いて定量化した。Agilent Bioanalyzer(Agilent社、サンタクララ、米国)を用いてRNAインテグリティナンバー(RIN値)を測定したところ、9.7~10の間であった。Illumina TruSeq Stranded mRNAキット(Illumina社、サンディエゴ、米国)を用いてライブラリーを調製し、NS500HOフローセルを用いてIllumina NextSeq上で75bpのリードで配列決定を行い、FastQCアプリケーション(https://www.bioinformatics.babraham.ac.uk/projects/fastqc/)を用いて、生の配列の品質管理を行った。
【0067】
[遺伝子発現解析]
転写物の発現値は、Salmon(http://salmon.readthedocs.io/en/latest/salmon.html)およびEnsembl(GRCm38)のマウスゲノムを用いた擬似アライメントにより生成した。転写物から遺伝子発現への集約は、tximportを用いて行った。4つ以上のサンプルでTPM(100万個当たりの転写物(transcript per million))が1未満の遺伝子発現値をフィルタリングしてから、limma-voomの線形モデルにより発現の変動を評価した。有意性の定義は、ベンジャミーニ・ホッホベルク法による多重比較で調整したp値が0.001未満であることとした。遺伝子エンリッチメント解析用ツールであるEnrichrを使用し、Gene Ontology Biological Process 2018データベース内で、これらの遺伝子について、遺伝子エンリッチメントのシグネチャーを見出した。有意性は、ベンジャミーニ・ホッホベルク法により多重検定用に補正したP値で、p<0.05とした。上位ランクのGO Termに含まれる遺伝子がコードするタンパク質のクラスタリングは、STRINGのバージョン11.0を使用して行い、Adobe Illustratorを用いて修正した。
【0068】
[略語の一覧]
COX-2:シクロオキシゲナーゼ2、DMEM:ダルベッコ変法イーグル培地、DMSO:ジメチルスルホキシド、FBS:ウシ胎児血清、IFN:インターフェロン、PGE2:プロスタグランジンE2、TLR:Toll様受容体
【0069】
[結果および考察]
(4T1細胞は、67NR細胞よりも高レベルでcPLA2αを発現する)
4T1モデルは、同じマウスの乳房腫瘍から生じる複数の同質遺伝子細胞株により構成されているが、転移能は大きく異なる。4T1モデル由来の2つの細胞株である、それぞれ非転移性および高転移性である67NRおよび4T1を用いて、cPLA2αの発現および活性が転移表現型に関与しているかを調べた。
まず、両細胞株におけるcPLA2αタンパク質のベースラインの発現量をウェスタンブロッティングにより求めた(
図1a~
図1c)。総タンパク質の検出では、cPLA2αのブロットでしばしば見られるように2つのバンドが観察され、4T1において、若干大きいバンドがより強く観察された(
図1a)。このバンドは、全サンプル(ヒト細胞株のコントロールサンプルを含む)および全反復において一貫して見られ、S505バンド(データ図示せず)とは対照的に、仔ウシ腸由来ホスファターゼまたはラムダホスファターゼでは除去されなかった。4T1細胞は、67NR細胞と比べて、1.95倍のcPLA2αタンパク質を発現していた(
図1b)。S505でのcPLA2αのリン酸化は、一般的には、cPLA2αの活性化に対応し、4T1では、より高度なリン酸化状態という、有意ではない傾向が見られた(
図1c)。総タンパク質量が多いことに加え、このことは、4T1が、cPLA2αが関与する経路においてより高い基礎活性を有することを示している可能性がある。
【0070】
(67NR細胞および4T1細胞はCIX処理に対して異なる感受性を示す)
次に、cPLA2α阻害剤であるCIXを用いて、本発明者ら提供のモデルにおけるcPLA2α阻害の効果を評価した。CIXおよび生存率間の用量応答関係を確立するために、代謝活性(XTT)アッセイおよび増殖(EdUの取り込み)アッセイにおいて、両細胞株に対し、一定範囲の用量で試験を行った。いずれの細胞株も、CIX濃度とアッセイの結果との間に用量依存的関係を示した(
図1d~
図1e)。XTTアッセイにおいては、48時間後に、67NRおよびが4T1は、9.6μMおよび11μMのIC50値をそれぞれ示した。10μMでは統計的に有意な差(p<0.05)はなかったが、これはアッセイ間のばらつきが大きかったためである可能性が高く、低用量および高用量間では有意な差があった。増殖については、24時間後のIC50値は、18.9μMおよび28.5μM(それぞれ、67NRおよび4T1)であった。
また、cPLA2α阻害剤であるCIXの増殖妨害効果は、前記2つの細胞株間で大きく異なっていた。したがって、ミトコンドリア代謝の低下が、増殖の低減に直結してはいなかった。
【0071】
(cPLA2αの阻害は、4T1細胞におけるPGE2産生を抑制する)
cPLA2αおよびCOX-2の下流で生じる腫瘍形成性かつ遊走促進性の代謝物であるPGE2を、7.5μMおよび15μMのCIXで6時間および24時間処理した両細胞株において測定した(
図1f)。PGE2のレベルは、いずれの時点でも67NRと比べて4T1において有意に高く(6時間および24時間で、それぞれ3.25倍と3.38倍;
図1f)、cPLA2αの発現および活性がより高いことを反映しているが、これらは、転移性細胞の遊走能の向上にも関連していると考えられる。15μMのCIXによる処理で、4T1におけるPGE2は24時間後に有意に低下した(0.81倍)が、67NRでは低下は観察されなかった。このことは、CIXはPGE2の産生を正常化するものの、ブロックはしないことを示している可能性がある。他のPLA2もAAを放出し、これによりPGE2のレベルに寄与する可能性がある。
【0072】
(cPLA2αの阻害は4T1細胞において遊走を妨害する)
次に、増殖に影響を与えない用量レベルでの、遊走に対するCIXの効果を評価した。前記2つの細胞株は遊走能が相違しており、4T1は、正常コントロールにおいて、24時間後の基礎遊走量が、67NRと比べて5倍高かった(
図2a、
図2c)。
ポジティブコントロール(化学誘引物質FBSのレベルを増やしたもの)では、両細胞株において、遊走が有意に誘導された(
図2b、
図2d)。24時間後において、7.5μMまたは15μMのCIXは、67NRでは遊走を妨げなかった。これに対し、4T1では、24時間の実験および48時間の実験の両方で、CIXにより、用量依存的に遊走が有意に阻害された。4T1細胞に関し、PGE2および遊走が同一のCIX用量および時間で低減したことから、67NRと比べて向上した4T1の遊走能において、cPLA2αおよびPGE2が役割を担っている可能性が示されている。
【0073】
(cPLA2α阻害によるトランスクリプトームへの効果には、Toll様受容体およびI型インターフェロンの経路が含まれる)
次に、4T1細胞に対するCIXの抗遊走効果がトランスクリプトームに反映され得るのかを調べるため、RNA配列決定を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行った。15μMのCIXに応答して、2887個の遺伝子において、非処理のコントロールと比べて発現の変動が見られた。CIX処理によって影響を受けた分子応答を特徴付けるため、発現が変動した遺伝子を含むデータセットをEnrichrで解析した。特定された重要な遺伝子オントロジー生物学的プロセス(GO Biological Processes)は、I型インターフェロン(IFN‐I)およびTLRシグナル伝達、RNAスプライシング、および細胞周期調節に関連していた(表1)。これらのプロセスに関連する遺伝子の多くは、CIX処理細胞においては、コントロールの細胞と比べてダウンレギュレートされていた。次に、STRINGを使用して、TLRおよびIFN-Iのシグナル伝達に関連付けられたCIX処理によって制御された上位ランクのGO Termの遺伝子を含む相互作用ネットワークを構成した。これにより、これらの遺伝子の産物であるタンパク質間の相互作用のエビデンスに基づき、いくつかのクラスターを有するネットワークが得られた(
図3)。
【0074】
相互作用ネットワークに現れた1つのクラスターには、TLR、Tlr3、Tlr4、Tlr9、ならびにアダプタータンパク質であるTirapおよびMyd88が含まれており、CIXで処理した4T1細胞では、コントロール細胞と比べて、これらのタンパク質は全て遺伝子レベルで発現が有意に低下していた。さらに、数種類のIFN-α遺伝子およびサイトカインを誘導するTLR9調節性転写因子であるIrf7も、このクラスター内に現れ、CIXに応答してダウンレギュレートされていた。これに対し、TLR3調節性転写因子であるIRF3は、アップレギュレートされていた。TLR刺激は、NF-κB、MAPK、Jun N末端キナーゼ(JNK)、p38、およびERK、ならびにIRF3/7等のインターフェロン調節因子を活性化し、そして次に、炎症性サイトカインの産生を調節する。また別の顕著なクラスターは、INF‐Iシグナル伝達経路の成分であるSTAT2、STAT6、IRF9、TYK2、およびIFNAR2を含んでいた。これらのデータは、CIXに応答してMyd88依存性のTLRシグナル伝達が減少することを示唆している。
【0075】
TLRは、侵入してきた微生物または内部の損傷した組織を認識し、炎症反応を引き起こす中心的な役割を果たしている。また、TLRは、乳癌を含む癌において中心的な役割を果たしており、免疫細胞および癌細胞に対して、対照的な効果を発揮する。我々はこれまでに、cPLA2α阻害剤を使用し、cPLA2αが、滑膜細胞においてTLR2誘導PGE2および炎症誘発性遺伝子の発現を調節していることを明らかにしている。TLR4およびTLR9の両方のシグナル伝達経路が、乳癌における遊走の増加と関連している。Wuらの研究において、TLR4およびMyD88の発現レベルが、正常な乳房組織と比べて、乳房腫瘍で有意に増加したことが示された。また、TLR4およびMyD88の発現レベルと、乳癌細胞および腫瘍の転移能との間には正の相関が認められた。
【0076】
IFN-IはTLRによって誘導されるが、TLRは、自然免疫および癌において中心的役割を果たすパターン認識受容体である。IFN-Iは、TLRと同様に、癌において諸刃の剣として作用している。癌におけるIFN-Iの役割は、一般的には、T細胞応答を促進し、転移を予防するという有益なものであると考えられている。他方では、IFN-Iは、ネガティブフィードバックおよび免疫抑制を促進することで、ネガティブな役割を担う場合もある。IFN-Iシグナル伝達は、数種類の癌において、免疫機能不全の主要な要因となり得る。炎症性乳癌ではIFNα経路がアップレギュレートすることがこれまでの研究から明らかにされており、また、インターフェロン応答遺伝子が高発現する乳癌腫瘍が、全生存期間および無転移生存期間の有意な短縮と関連することが示されている。本発明者らの研究では、Stat2、Irf9、およびStat6の発現が、CIX処理した細胞ではコントロール細胞と比べて有意に少ないことから、cPLA2αの阻害が4T1細胞におけるIFN-Iシグナル伝達に干渉することが示唆された。しかしながら、CIXによって調節されるIFNそのものは判明していない。STAT2の減少は、トリプルネガティブ乳癌における増殖および遊走の低減と、より早期に関連付けられている。
【0077】
併せて考慮すると、これにより、cPLA2αの阻害は、PGE2およびTLRの減少を介して、かつ、IFN-Iシグナル伝達と干渉することによって、高転移性の4T1細胞の遊走を減少させることが示唆されている(
図4)。
【0078】
本発明者らの知見を総合すると、低分子cPLA2α阻害剤による処理により、マウス乳癌細胞株の生存率が低下することが立証された。転移性の4T1細胞株は、非転移性の67NR細胞株と比べて、代謝的に、ベースラインのcPLA2活性がより高く、CIXに対する感受性がより低かったが、抗遊走効果に対する感受性はより高かった。cPLA2αの阻害は、4T1細胞において、PGE2産生を減少させ、遊走をブロックした。遺伝子発現解析では、抗抗遊走効果を完全に説明することはできなかったが、TLRシグナル伝達およびIFN-Iシグナル伝達の関与が示唆された。
【0079】
選択的cPLA2α阻害剤であるCIXは、転移性の4T1細胞の遊走を特異的に妨害する。4T1細胞のトランスクリプトームレベルでの包括的なハイスループット解析により、cPLA2αの阻害がTLRシグナル伝達およびI型インターフェロンに影響を与えることが示された。
【国際調査報告】