(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公表特許公報(A)
(11)【公表番号】
(43)【公表日】2022-10-21
(54)【発明の名称】細胞を培養するための細胞培養培地、細胞培養方法および細胞培養における少なくとも1つの組換えタンパク質の発現方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/00 20060101AFI20221014BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20221014BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20221014BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20221014BHJP
【FI】
C12N5/00
C12N1/00 F
C12P21/02 C
C12P21/08
【審査請求】未請求
【予備審査請求】未請求
(21)【出願番号】P 2022510079
(86)(22)【出願日】2020-08-14
(85)【翻訳文提出日】2022-04-13
(86)【国際出願番号】 EP2020072896
(87)【国際公開番号】W WO2021032637
(87)【国際公開日】2021-02-25
(32)【優先日】2019-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(81)【指定国・地域】
(71)【出願人】
【識別番号】522059531
【氏名又は名称】ウーゲーアー バイオファーマ ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】UGA Biopharma GmbH
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】コーバー ラーズ
(72)【発明者】
【氏名】ハーマン サラ
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA13
4B065AC14
4B065CA24
4B065CA27
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
鉄源として、クエン酸鉄二リン酸錯体を含む、細胞を培養するための細胞培養培地を提供する。さらに、本発明の細胞培養培地において、1つ以上の細胞を増殖または維持する、細胞培養方法を提供する。さらに、本発明による細胞培養培地中で増殖または維持された細胞に、少なくとも1つの組換えタンパク質の産生を引き起こす核酸を導入した、細胞培養における少なくとも1つの組換えタンパク質の発現方法を提示する。本発明による細胞培養培地は、その中に含まれる鉄源が水溶液(例えば、細胞培養培地、細胞培養サプリメントまたは水)中に非常によくかつ迅速に溶解し、細胞の細胞内部に効率的に取り込むことができ、生細胞の数を増加させ、組換えタンパク質の産生における生成物力価(生成物濃度とも呼ばれる)を増加させるという利点を有し、非常に費用対効果が高い。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸鉄二リン酸錯体を含むことを特徴とする細胞培養培地。
【請求項2】
前記細胞培養培地が、非溶解形態で、好ましくは粉末または顆粒形態で存在し、前記細胞培養培地が、好ましくは、0.16重量%~12重量%、好ましくは0.22重量%~6重量%、特に好ましくは0.3重量%~2重量%、より特に好ましくは0.4重量%~1重量%、特に0.5重量%~0.7重量%の前記クエン酸鉄二リン酸錯体を含むことを特徴とする請求項1に記載の細胞培養培地。
【請求項3】
前記細胞培養培地が、溶解形態で、好ましくは水溶液形態で存在し、溶解した前記細胞培養培地が、好ましくは、前記クエン酸鉄二リン酸錯体を、前記クエン酸鉄二リン酸錯体を介して設定された前記細胞培養培地の鉄濃度が、80μM~5800μM、好ましくは100μM~3000μM、特に好ましくは150μM~1000μM、より特に好ましくは200μM~5000μM、特に250μM~350μMの範囲内にある量で含むことを特徴とする請求項1に記載の細胞培養培地。
【請求項4】
前記クエン酸鉄二リン酸錯体が、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体、クエン酸鉄二リン酸カリウム錯体、クエン酸鉄二リン酸アンモニウム錯体およびそれらの混合物からなる群から選択され、前記クエン酸鉄二リン酸錯体が、好ましくは、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体であり、より好ましくは、CAS No.85338-24-5および/またはEC No.286-697-4を有するクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項5】
前記細胞培養培地が、
i) 少なくとも1つの血清成分を含まず、好ましくはトランスフェリンおよび/またはラクトトランスフェリンを含まない;ならびに/あるいは
ii) 血清代替物、好ましくは2018年8月に入手可能な組成物中のUltroser G血清代替物を含む;ならびに/あるいは
iii) 成長因子を含む;ならびに/あるいは
iv) 動物またはヒトの成分を含まない;ならびに/あるいは
v) タンパク質を含まない;ならびに/あるいは
vi) 加水分解物を含まない;ならびに/あるいは
vii) 化学的に定義されている、
ことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項6】
前記細胞培養培地が、
i) 少なくとも1つ、好ましくは複数のアミノ酸を含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のアミノ酸が、好ましくは、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、シスチン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、ならびにそれらの組み合わせおよび/またはそれらの塩からなる群から選択され、前記細胞培養培地は、特に前記アミノ酸の全てを含む;ならびに/あるいは
ii) 少なくとも1つ、好ましくは複数の脂質前駆体を含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の脂質前駆体が、好ましくは、塩化コリン、エタノールアミン、グリセロール、イノシトール、リノレン酸、脂肪酸、リン脂質、コレステロール関連化合物、ならびにそれらの組み合わせおよびそれらの塩からなる群から選択される;ならびに/あるいは
iii) 少なくとも1つ、好ましくは複数の、少なくとも6個の炭素原子を有するカルボン酸を含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の、カルボン酸が、好ましくは、リノール酸、リノレン酸、チオクト酸、オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、アラキドン酸、ラウリン酸、ベヘン酸、デカン酸、ドデカン酸、ヘキサン酸、リグノセリン酸、ミリスチン酸、オクタン酸、ならびにそれらの組み合わせおよびそれらの塩からなる群から選択され、前記細胞培養培地は、特に、前記脂肪酸および/またはそれらの塩の全てを含む;ならびに/あるいは
iv) 少なくとも1つ、好ましくは複数の、6個未満の炭素原子を有するカルボン酸を含み、ここで、前記少なくとも1つのカルボン酸が、好ましくは、酪酸または酪酸の塩である;ならびに/あるいは
v) 少なくとも1つ、好ましくは複数のヌクレオシドを含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のヌクレオシドが、アデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジン、チミジン、ヒポキサンチン、ならびにそれらの組合せおよびそれらの塩からなる群から選択され、特に、前記細胞培養培地は、前記ヌクレオシドおよび/またはそれらの塩の全てを含む;ならびに/あるいは
vi) 少なくとも1つ、好ましくは複数の炭水化物を含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の炭水化物が、好ましくは、グルコース、ガラクトース、グルコサミン、フルクトース、マンノース、リボース、スクロース、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、
ことを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項7】
前記細胞培養培地が、
i) 少なくとも1つ、任意に複数の緩衝物質を含み、ここで、前記少なくとも1つ、任意に複数の緩衝物質が、好ましくは、ACES、HEPES、MES、MOPS、NaHCO
3、PIPES、リン酸塩緩衝液、TRIS、ならびにそれらの組み合わせおよび/またはそれらの塩からなる群から選択される;ならびに/あるいは
ii) 少なくとも1つ、好ましくは複数の微量元素を含み、任意にさらに、キレート剤、好ましくはEDTAを含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の微量元素が、好ましくは、カルシウム、カリウム、コバルト、銅、マグネシウム、マンガン、モリブデン、ナトリウム、ニッケル、リン酸塩、セレン、バナジウム、亜鉛、スズおよびそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記微量元素は、任意に、塩の形態で存在することができ、特に、前記細胞培養培地が、前記微量元素の全てを含む;ならびに/あるいは
iii) 少なくとも1つ、好ましくは複数のビタミンを含み、ここで、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のビタミンが、好ましくは、ビオチン、コリン、フォリン酸、ミオイノシトール、ナイアシンアミド(B3)、パントテン酸、ピリドキサール、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンB12、ならびにそれらの組み合わせおよび/またはそれらの塩からなる群から選択される、
ことを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項8】
前記細胞培養培地が、特に好ましくは非溶解形態で、
i) 鉄塩を含まない;ならびに/あるいは
ii) クエン酸鉄を含まず、好ましくは、クエン酸塩および/またはクエン酸を含まない;ならびに/あるいは
iii) 二リン酸鉄を含まず、好ましくは、二リン酸塩および/または二リン酸を含まない、
ことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項9】
前記細胞培養培地が、DMEM、DMEM/F12培地、Ham F-10培地、Ham F-12培地、培地199、MEM、RPMI1640培地、ISF-1、Octomed、Ames培地、BGJb培地(任意にFitton-Jackson改変における)、Click培地、CMRL-1066培地、Fischer培地、Glascow Minimum Essential培地(GMEM)、Iscove改変Dulbecco培地(IMDM)、L-15培地(Leibovitz)、McCoy’s 5A改変培地、NCTC培地、Swim’s S-77培地、Waymouth培地、William培地Eおよびそれらの組み合わせ、任意でさらにそれらの改変物からなる群から選択される細胞培養培地を含み、ここで、それぞれの前記細胞培養培地は、2018年8月に入手可能な組成物中のものを意味する、
ことを特徴とする請求項1~8のいずれか一項に記載の細胞培養培地。
【請求項10】
前記細胞培養培地が、DMEM、DMEM/F12培地、Ham F-10培地、Ham F-12培地、培地199、MEM、RPMI 1640培地およびそれらの組み合わせ、任意にそれらの改変物からなる群から選択される細胞培養培地を含み、ここで、それぞれの前記細胞培養培地は、2018年8月に入手可能な組成物中のものを意味する、
ことを特徴とする請求項9に記載の細胞培養培地。
【請求項11】
以下のステップを含む、細胞を培養する方法:
a) 請求項1~10のいずれか一項に記載の細胞培養培地を水溶液中で提供する;および
b) 前記細胞培養培地の水溶液中で、少なくとも1つの細胞を増殖または維持する。
【請求項12】
前記細胞が、初代細胞系または連続細胞系の細胞であり、好ましくは、哺乳動物細胞、鳥類細胞および昆虫細胞からなる群から選択され、ここで、前記細胞は、特に好ましくは哺乳動物細胞であり、特に好ましくは、CHO、NS0、SP2/0、ハイブリドーマ、HEK293、PERC-6、BHK-21およびVero-76からなる群から選択される哺乳動物細胞であり、より特に好ましくは、CHO細胞であり、特に、CHO-DG44、CHO-DUKX、CHO-SおよびCHO-K1からなる群から選択されるCHO細胞である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
少なくとも1つの組換えタンパク質を細胞培養物中で生産する方法であって、
請求項11または12に記載の方法が、さらに、少なくとも1つの細胞中に核酸を導入することを含み、ここで、前記核酸が、少なくとも1つの組換えタンパク質の構成的または誘導的生産を引き起こし、好ましくは、さらに、生産されたタンパク質を前記細胞培養培地の水溶液中に分泌させ、前記組換えタンパク質が、特に好ましくは、治療用タンパク質、抗体、融合タンパク質、酵素、ワクチン、バイオシミラーおよびそれらの組合せからなる群から選択され、好ましくは、キナーゼ、ホルモン、抗体、ワクチン、レポータータンパク質融合タンパク質およびそれらの組合せからなる群から選択される、方法。
【請求項14】
細胞培養培地におけるクエン酸鉄二リン酸錯体の使用、好ましくは、前記細胞培養培地における少なくとも1つの細胞の培養のための前記細胞培養培地における成分として、および/または前記細胞培養培地における少なくとも1つの細胞の培養中の前記細胞培養培地における添加剤としての使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
鉄源として、クエン酸鉄二リン酸錯体(iron citrate diphosphate complex)を含む、細胞を培養するための細胞培養培地を提供する。さらに、本発明の細胞培養培地において、1つまたは複数の細胞を増殖または維持する、細胞培養方法を提供する。さらに、少なくとも1つの組換えタンパク質の産生を引き起こす核酸が、本発明による細胞培養培地中で増殖または維持される細胞に導入される、細胞培養における少なくとも1つの組換えタンパク質の発現方法を提示する。本発明による細胞培養培地は、その含有鉄源が水溶液(例えば、細胞培養培地、細胞培養サプリメントまたは水)中に非常によくかつ迅速に溶解し、細胞の細胞内部に効率的に取り込まれることができ、生細胞数の増加および組換えタンパク質の産生における生成物力価(product titer)(生成物濃度とも呼ばれる)の増加を引き起こすという利点を有し、非常に費用対効果が高い。
【0002】
生体細胞を培養するための細胞培養培地は、鉄源、すなわち、生体細胞によって効率的に取り込まれ(import)得る鉄イオンの供給源を含み得る。実際、細胞培養培地における鉄源の存在は、哺乳動物細胞の培養には不可欠である。鉄イオンの生体細胞への取り込みは、例えば、タンパク質トランスフェリンを、鉄塩(例えば、硝酸鉄(III)、硫酸鉄(II)および/または塩化鉄(III))を含む細胞培養培地に添加することによって達成ることができる。トランスフェリンは、鉄イオンを結合し、生体細胞にアクセス可能な(インポート可能な)方法で、細胞培養培地中でそれらを利用可能にするからである。
【0003】
トランスフェリンは、通常、血漿から得られるか、または組換えにより産生され、乾燥形態でも市販されている。入手可能なトランスフェリンの不利な点は、高価であり、したがって工業規模での細胞培養には不経済であることである。さらに、利用可能なトランスフェリンはすでに部分的に鉄イオンで飽和されているので、細胞培養培地中の鉄濃度を正確に規定された方法で調節することはできない。したがって、生体細胞の培養のためのトランスフェリンを含まない細胞培養培地が必要である。そのような細胞培養培地では、鉄イオンは、異なる方法で効果的に生物学的にアクセス可能な(すなわち、細胞の内部に取り込むことができる)生体細胞に提供されなければならない。
【0004】
従来技術では、異なる形態の鉄を細胞培養培地に効果的にアクセス可能にすることが知られている。
【0005】
CA 2 756 247 Cは、無血清培地中で鉄源として鉄塩または鉄錯体を使用できることを開示している。鉄源は、例えば、リン酸鉄(III)、ピロリン酸鉄(III)、硝酸鉄(III)、硫酸鉄(II)、塩化鉄(III)、乳酸鉄(II)、クエン酸鉄(III)、クエン酸第一鉄(II)アンモニウム、デキストラン鉄およびEDTA鉄ナトリウム塩からなる群から選択できると述べられている。しかしながら、列挙された鉄源の多くは、鉄を容易にアクセス可能な方法で生体細胞に利用可能にするのに適しておらず、したがって、重要な鉄イオンを細胞内に取り込むことは困難である。その結果、組換えタンパク質を発現させると、細胞はよりゆっくりと成長し、低い生成物力価を示す。クエン酸鉄(II)は、前述の鉄源の中で最も効果的であるが、それが乾燥細胞培養培地中に存在し、前記培養培地が細胞を培養するために水で調製される場合、非常にゆっくりと溶解するという不利点を有する。クエン酸鉄(II)の長い溶解期間は、細胞培養のための細胞培養培地の工業生産において時間的に不利であり、クエン酸鉄(II)の使用は不経済である。
【0006】
WO 2016/156476 A1は、クエン酸鉄コリン複合体(iron choline citrate complex)を介して鉄を生体細胞にアクセス可能にするトランスフェリンを含まない細胞培養培地を開示している。クエン酸鉄コリン複合体は、細胞培養において生成物力価の有意な増加に寄与するので、リン酸鉄(II)、ピロリン酸鉄(III)およびクエン酸鉄(III)などの一般的に使用される鉄源よりも有利であると教示されている。しかしながら、細胞培養培地中にクエン酸鉄コリン複合体を使用することは、細胞培養培地の製造コストが前記鉄複合体のために非常に高く、したがって、細胞培養培地は、特に非常に大きな細胞培養容量を必要とする場合に、不経済になるという不利点を有する。
【0007】
したがって、本発明の目的は、トランスフェリンを含まない(または完全に血清を含まない)細胞培養培地であって、高い生成物力価の細胞培養を、より速く、より安価に(より経済的に)行うことができる鉄源を含む細胞培養培地を提供することであった。さらに、細胞を培養するための対応する方法、および細胞培養において少なくとも1つの組換えタンパク質を発現するための対応する方法を提供すべきである。
【0008】
前記目的は、請求項1に記載の特徴を有する細胞培養培地、請求項11に記載の特徴を有する細胞を培養する方法、請求項13に記載の特徴を有する細胞培養物において少なくとも1つの組換えタンパク質を発現する方法、および請求項14に記載の特徴を有する使用によって達成される。従属クレームは有利な展開を示す。
【0009】
本発明によれば、クエン酸鉄二リン酸錯体を含むことを特徴とする細胞培養培地が提供される。
【0010】
用語「細胞培養培地」は、特に、生体細胞(例えば、微生物、植物、ヒトおよび/または動物細胞)、任意にウイルスも成長および維持するのに適した栄養基質を意味すると理解される。この「細胞培養培地」という用語の理解は、「世界税関機構」(略称:WCO)によって定義される、いわゆる「商品の名称および分類についての統一システム(Harmonized Commodity Description and Coding Systems)」(略称:HS)のHSコード38210000に基づいている。
【0011】
細胞培養培地は、Dulbecco改変Eagle培地/Ham栄養混合物F-12(DMEM/F12)に基づくことができる。
【0012】
細胞培養培地は、微量元素および塩、好ましくは、元素のカルシウム、鉄、コバルト、銅、カリウム、マグネシウム、マンガン、モリブデン、ナトリウム、ニッケル、リン酸塩、セレン、ケイ素、亜鉛および/またはスズ(最も好ましくはこれらの元素の全て)を含み得る。
【0013】
さらに、細胞培養培地は、必須および非必須アミノ酸、好ましくは、グリシン、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-トレオニン、L-トリプトファン、L-チロシンおよび/またはL-バリン(最も好ましくはこれら全て)を含むことができる。
【0014】
細胞培養培地は、ビオチン、コリン、フォリン酸、グルコース、ヘペス(Hepes)緩衝液、ヒポキサンチン、リノール酸、リポ酸、ミオイノシトール、ナイアシンアミド、パントテン酸、プトレシン、ピリドキサール、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、チミジン、ピルビン酸およびビタミンB12からなる群から選択される少なくとも1つの成分(好ましくはこれらの成分の全て)を含むことができる。用途に応じて、重炭酸ナトリウムおよび/またはL-グルタミンを細胞培養培地中に存在させ、または添加することができる。例えば、粉末形態の細胞培養培地は、通常、重炭酸ナトリウムを含まない。重炭酸ナトリウムは、しばしば、液体細胞培養培地の製造中にのみ添加される。L-グルタミンは水溶液中で自然に分解するので、それらの貯蔵寿命を増加させるために、L-グルタミンなしで液体細胞培養培地を調製することが多い。この場合、L-グルタミンを使用直前に原液(stock solution)として加えることが多い。
【0015】
本発明による細胞培養培地は、鉄供給源として、血清からのトランスフェリンまたは組換えトランスフェリンを必要とせず、細胞培養培地中に存在するクエン酸二リン酸錯体が水溶液(例えば、培地、サプリメントまたは水)中で非常に迅速かつ良好に溶解し、細胞培養培地中のクエン酸鉄コリン複合体の公知の使用よりも安価であるので、従来技術における同等(comparable)の細胞培養培地と比較して、より迅速かつ安価な(より経済的な)方法で、高い生成物力価を有する細胞培養を可能にするという利点を有する。
【0016】
好ましい態様において、細胞培養培地は、非溶解形態で、好ましくは粉末または顆粒形態で存在する。ここでの利点は、細胞培養培地は、長い貯蔵寿命を有し、輸送コストが、溶解形態の細胞培養培地の場合よりも低いことである。細胞培養培地は、クエン酸鉄二リン酸錯体を、0.16重量%~12重量%、好ましくは0.22重量%~6重量%、特に好ましくは0.3重量%~2重量%、より特に好ましくは0.4重量%~1重量%、特に0.5重量%~0.7重量%の量で含むことが好ましい。
【0017】
細胞培養培地は、溶解形態、好ましくは水溶液形態で存在させることができる。ここでの利点は、水を加えて細胞培養培地を水に溶解する時間をなくし、生体細胞の培養を直ちに開始できることである。溶解した細胞培養培地は、好ましくは、(非解離の)クエン酸鉄二リン酸錯体を介して設定された細胞培養培地の鉄濃度が、80μM~5800μM、好ましくは100μM~3000μM、特に好ましくは150μM~1000μM、より特に好ましくは200μM~5000μM、特に、250μM~350μMの範囲内になるような量のクエン酸鉄二リン酸錯体を含む。
【0018】
特に、クエン酸鉄二リン酸錯体は、溶解した細胞培養培地中に非解離形態で存在する(例えば、Guptaら, Physicochemical characterization of ferric pyrophosphate citrate,Biometals,2018,vol.31,pp.1091-1099におけるp.1097、右の列、最初の段落を参照)。したがって、クエン酸鉄二リン酸錯体を介して設定される鉄濃度とは、解離していないクエン酸鉄二リン酸錯体に起因する鉄濃度を意味する。言い換えると、細胞培養液中のクエン酸鉄二リン酸錯体を介して設定される鉄濃度は、クエン酸鉄二リン酸錯体中に錯体を形成して存在する鉄原子の濃度を指し、すなわち、細胞培養液中に遊離して存在する鉄原子(例えば、遊離のFe
2+イオンおよび/またはFe
3+イオン)の濃度ではない。クエン酸鉄二リン酸錯体が4個の鉄原子を有する場合(例えば、Guptaらの
図5bを参照)、溶解した細胞培養培地は、細胞培養培地の鉄濃度を上記範囲に設定するために、クエン酸鉄二リン酸錯体を、好ましくは、20μM~1450μM、好ましくは25μM~750μM、特に好ましくは37.5μM~250μM、より特に好ましくは50μM~1250μM、特に62.5μM~87.5μMの量で含む。
【0019】
クエン酸鉄二リン酸錯体は、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体、クエン酸鉄二リン酸カリウム錯体、クエン酸鉄二リン酸アンモニウム錯体、およびそれらの混合物からなる群から選択することができる。クエン酸鉄二リン酸錯体は、好ましくは、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体であり、特に好ましくは、CAS No.85338-24-5および/またはEC No.286-697-4を有するクエン酸鉄二リン酸鉄ナトリウム錯体である。他の錯体と比較したクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体の利点は、ナトリウムイオンが、アンモニウムなどの他の陽イオンとは対照的に、多くの生体細胞によって細胞培養培地中のより高い濃度でさえ許容されることである。
【0020】
好ましい実施形態において、細胞培養培地は、少なくとも1つの血清成分を含まず、好ましくはトランスフェリンおよび/またはラクトトランスフェリンを含まない。
【0021】
細胞培養培地は、2018年8月に入手可能な組成物中に、血清代替物、好ましくは、UltroserG血清代替物を含み得る。この場合、細胞培養培地は、特に、トランスフェリンおよび/またはラクトトランスフェリンを含まない。
【0022】
さらに、細胞培養培地は、成長因子を含むことができる。この場合、細胞培養培地は、特にトランスフェリンおよび/またはラクトトランスフェリンを含まない。
【0023】
好ましい実施形態において、細胞培養培地は、動物またはヒトの成分を含まない。
【0024】
細胞培養培地は、タンパク質を含まない場合がある。
【0025】
さらに、細胞培養培地は加水分解物を含まないことができる。
【0026】
さらに、細胞培養培地は、化学的に規定することができる。
【0027】
細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数のアミノ酸を含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のアミノ酸が、好ましくは、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、シスチン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、ならびにそれらの組み合わせおよび/またはそれらの塩からなる群から選択され、前記細胞培養培地は、特に前記アミノ酸の全てを含むことを特徴とすることができる。
【0028】
さらに、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の脂質前駆体を含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の脂質前駆体は、好ましくは、塩化コリン、エタノールアミン、グリセロール、イノシトール、リノレン酸、脂肪酸、リン脂質、コレステロール関連化合物、ならびにそれらの組み合わせおよびそれらの塩からなる群から選択されることを特徴とすることができる。
【0029】
さらに、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の、少なくとも6個の炭素原子を有するカルボン酸を含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のカルボン酸は、好ましくは、リノール酸、リノレン酸、チオクト酸、オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、アラキドン酸、ラウリン酸、ベヘン酸、デカン酸、ドデカン酸、ヘキサン酸、リグノセリン酸、ミリスチン酸、オクタン酸、ならびにそれらの組み合わせおよびそれらの塩からなる群から選択され、前記細胞培養培地は、特に、前記脂肪酸および/またはそれらの塩の全てを含むことを特徴とすることができる。
【0030】
前記細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の、6個未満の炭素原子を有するカルボン酸を含み、前記少なくとも1つのカルボン酸は、好ましくは、酪酸または酪酸塩であることを特徴とすることができる。
【0031】
有利な実施形態では、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数のヌクレオシドを含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のヌクレオシドは、アデノシン、グアノシン、シチジン、ウリジン、チミジン、ヒポキサンチンならびにそれらの組合せおよび塩からなる群から選択され、特に、前記細胞培養培地は、前記ヌクレオシドおよび/またはそれらの塩の全てを含むことを特徴とする。
【0032】
さらに、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の炭水化物を含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の炭水化物は、好ましくは、グルコース、ガラクトース、グルコサミン、フルクトース、マンノース、リボース、スクロースおよびそれらの組み合わせからなる群から選択されることを特徴とすることができる。
【0033】
細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の緩衝物質を含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の緩衝物質は、好ましくは、ACES、HEPES、MES、MOPS、NaHCO3、PIPES、リン酸緩衝液、TRIS、ならびにそれらの組み合わせおよび/またはそれらの塩からなる群より選択されることを特徴とすることができる。
【0034】
さらに、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数の微量元素を含み、任意に、さらに、キレート剤、好ましくはEDTAを含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数の微量元素は、好ましくは、カルシウム、コバルト、銅、カリウム、マグネシウム、マンガン、モリブデン、ナトリウム、ニッケル、リン酸塩、セレン、バナジウム、亜鉛、スズおよびそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記微量元素は、任意に、塩形態で存在することができ、細胞培養培地は、特に、前記微量元素の全てを含むことを特徴とすることができる。
【0035】
さらに、細胞培養培地は、少なくとも1つ、好ましくは複数のビタミンを含み、前記少なくとも1つ、好ましくは複数のビタミンは、好ましくは、ビオチン、コリン、フォリン酸、ミオイノシトール、ナイアシンアミド(B3)、パントテン酸、ピリドキサール、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンB12、ならびにそれらの組み合わせおよびそれらの塩からなる群から選択されることを特徴とすることができる。
【0036】
好ましい実施形態において、前記細胞培養培地は、特に好ましくは非溶解形態で、鉄塩を含まない。
【0037】
さらに、前記細胞培養培地は、特に好ましくは非溶解形態で、クエン酸鉄を含まず、好ましくは、クエン酸塩および/またはクエン酸を含まないことを特徴とすることができる。
【0038】
また、前記細胞培養培地は、特に好ましくは非溶解形態で、二リン酸鉄を含まず、好ましくは、二リン酸塩および/または二リン酸を含まないことを特徴とすることができる。
【0039】
細胞培養培地は、DMEM、DMEM/F12培地(Media)、Ham F-10培地、Ham F-12培地、培地199、MEM、RPMI 1640培地、ISF-1、Octomed、Ames培地、BGJb培地(任意に、Fitton-Jackson改変における)、Click培地、CMRL-1066培地、Fischer培地、Glascow Minimum Essential培地(GMEM)、Iscove改変Dulbecco培地(IMDM)、L-15培地(Leibovitz)、McCoy 5A改変培地、NCTC培地、Swim S-77培地、Waymouth培地、William培地Eおよびそれらの組合せからなる群から選択される細胞培養培地を含み、それぞれの前記細胞培養培地は、2018年8月に入手可能な組成物中のものを意味することを特徴とする。
【0040】
好ましい実施形態において、細胞培養培地は、DMEM、DMEM/F12培地、Ham F-10培地、Ham F-12培地、培地199、MEM、RPMI 1640培地およびそれらの組み合わせ、任意にそれらの改変物からなる群より選択される細胞培養培地を含み、各細胞培養培地は、2018年8月に入手可能な組成物中のものを意味することを特徴とする。
【0041】
本発明によれば、以下のステップを含む、細胞を培養するための方法も提供される。
a) 水溶液中での前述の請求項のいずれか一項による細胞培養培地を提供すること;および
b) 細胞培養培地の水溶液中で少なくとも1つの細胞を増殖または維持すること。
【0042】
この場合の細胞は、初代細胞系(primary cell line)または連続細胞系(continuous cell line)の細胞であり得、好ましくは、哺乳動物細胞、鳥類細胞および昆虫細胞からなる群より選択され得、細胞は、特に好ましくは哺乳動物細胞であり、特に好ましくは、CHO、NS0、SP2/0、ハイブリドーマ、HEK293、PERC-6、BHK-21およびVero-76からなる群より選択される哺乳動物細胞であり、より特に好ましくは、CHO細胞であり、特に、CHO-DG44、CHO-DUKX、CHO-SおよびCHO-K1からなる群より選択されるCHO細胞である。
【0043】
さらに、本発明によれば、少なくとも1つの組換えタンパク質を細胞培養物中で発現させる方法が提供され、この場合、細胞を培養するための本発明の方法は、少なくとも1つの細胞中に核酸を導入することをさらに含み、この核酸は、少なくとも1つの組換えタンパク質の構成的または誘導的産生を引き起こし、好ましくは、さらに、細胞培養培地の水溶液中に産生されたタンパク質の分泌を引き起こし、この組換えタンパク質は、特に好ましくは、治療用タンパク質、抗体、融合タンパク質、酵素、ワクチン、バイオシミラーおよびそれらの組み合わせからなる群から選択される。
【0044】
本発明によれば、細胞培養培地におけるクエン酸鉄二リン酸錯体(好ましくはクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体、特にCAS No.85338-24-5および/またはEC No.286-697-4)の使用が、好ましくは、細胞培養培地における少なくとも1つの細胞の培養のための細胞培養培地中の成分として、および/または細胞培養培地における少なくとも1つの細胞の培養中の細胞培養培地中の添加物として提案される。クエン酸鉄二リン酸錯体は、細胞培養培地が、上記特性の少なくとも1つを有するように使用することができる。例えば、クエン酸鉄二リン酸錯体は、細胞培養培地中の上記濃度の1つで使用することができる。さらに、クエン酸鉄二リン酸錯体は、上記細胞の少なくとも1つを培養するための細胞培養培地中の成分および/または添加剤として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
本発明の課題は、本明細書に示す特定の実施形態に限定されることなく、以下の例および図に基づいてより詳細に説明される。
【0046】
【
図1】
図1は、トランスフェリンを含まない液体培養培地中でクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定された鉄濃度(μM)が、特定のタンパク質を産生するように遺伝子改変された細胞の細胞増殖およびタンパク質産生に及ぼす影響を示す。x軸は、液体培地中に設定された鉄濃度を表す。細胞培養実験(フェドバッチ((fed batch))の開始から10日後(白い棒)および13日後(黒い棒)に測定された生細胞の数(mL当たりの細胞数)を、
図1Aのy軸に示す。細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後(白い棒)および13日後(右の黒い棒)に測定した生成物濃度(mg/Lでの力価)を、
図1Bのy軸に示す。クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定された最適な鉄濃度は約80μM~5800μMの範囲内であることが分かる。
【0047】
【
図2】
図2は、トランスフェリンを含まない液体培養培地中でクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定した300μMの鉄濃度が、特定のタンパク質を産生するように遺伝的に改変された細胞の細胞増殖およびタンパク質産生に及ぼす影響を、同じ培地中の別の鉄源を介して設定した300μMの鉄濃度と比較して、示す。言い換えると、x軸上に描かれた4つの培地(Medium)1、2、3および4は、300μMの鉄濃度を設定するために使用された鉄源を除いて、それらの組成において同一である。培地1では、鉄源はクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体である。培地2では、鉄源は硫酸鉄(II)七水和物である;培地3では、鉄源は硝酸鉄(III)非水和物である;培地4では、鉄源はクエン酸鉄(III)である。細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後(白い棒)および13日後(黒い棒)に測定した生細胞の数(mL当たりの細胞数)を、
図2Aのy軸に示す。細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後(白い棒)および13日後(黒い棒)に測定した生成物濃度(mg/Lでの力価)を、
図1Bのy軸に示す。培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、培地2~4に存在する鉄源に対して、実験開始後10日目および13日目に、生細胞数および生成物濃度、すなわち生成される生成物量に対して有益な効果を有していたことが分かる。
【0048】
【
図3】
図3は、クエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体を鉄源として添加したトランスフェリンを含まない粉末培地が、同じ組成で鉄源だけが異なる培地と比較して、完全に水に溶解するのに要する時間を示している。言い換えると、x軸上に描かれた4つの培地1、2、3および4は、300μMの鉄濃度を設定するために使用される鉄源を除いて、それらの組成において同一である。培地1では、鉄源はクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体である。培地2では、鉄源は硫酸鉄(II)七水和物である;培地3では、鉄源は硝酸鉄(III)非水和物である;培地4では、鉄源はクエン酸鉄(III)である。Y軸は、最初に乾燥した粉末状培地が水に完全に溶解するまでの時間(分)を示し、ここで、最初に乾燥した粉末状培地2、3および4を完全に溶解するのに360分以上を要した。鉄源としてクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥粉末状培地1は、異なる鉄源を有する培地2、3および4よりもはるかに速く水に溶解することが分かる。
【0049】
【
図4】
図4は、トランスフェリンを含まない液体培養培地中でクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定された300μMの鉄濃度が、同じ培地中の別の鉄源を介して設定された300μMの鉄濃度と比較して、特定のタンパク質を産生するように遺伝的に改変された細胞の細胞増殖およびタンパク質産生に及ぼす影響に関するさらなる実験の結果を示す。言い換えると、x軸上に描かれた5つの培地1、5、6、7および8は、300μMの鉄濃度を調節するために使用される鉄源を除いて、それらの組成において同一である。細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後(白い棒)および13日後(黒い棒)に測定した生細胞の数(mlあたりの細胞数)を、
図4Aのy軸に示す。細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後(白い棒)および13日後(黒い棒)に測定された生成物濃度(mg/lでの力価)を、
図1Bのy軸に示す。培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、培地6~8に存在する鉄源に対して、実験開始から10日目および13日目の生細胞数に対して有益な効果を有していたことが分かる。さらに、培地5~8に存在する鉄源に対して、培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、実験開始から10日目および13日目の生成物濃度、すなわち生成物の量に有益な効果を有することが分かる。この実験は、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体が液体培地中でその個々の成分から形成されないことを証明している。なぜなら、もし形成されるならば、培地5~8で得られた値は、培地1で得られた値と同一でなければならないからである。しかし、そうではなかった。また、クエン酸鉄(III)と四塩基性ピロリン酸ナトリウムの混合物と比較して、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体(培地1)は、得られる製品の量に対して有益であることが示されている。(
図4Bの培地1と5とを比較してください)。
【0050】
【
図5】
図5は、鉄源としてクエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体を添加したトランスフェリンを含まない粉末培養培地が、同じ組成でクエン酸鉄二リン酸錯体の成分が個々の成分の形で存在するという点だけが異なる培地と比較して、完全に水に溶解するのに要する時間を示す。言い換えると、x軸上に示された5つの培地1、5、6、7および8は、鉄、クエン酸塩およびピロリン酸塩の供給源を除いて、それらの組成において同等である。元々乾燥した粉末状の培地が水に完全に溶解するのに必要な時間(分)は、y軸に示されている。クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥粉末培地1は、クエン酸鉄二リン酸錯体の個々の成分(すなわち、鉄イオン、クエン酸イオン、ピロリン酸イオンおよびナトリウムイオンを供給する塩)を有する、培地5、6、7および8と比較して、有意に速く水に溶解し、元々乾燥していた粉末状の培地5、6および7を完全に溶解するには360分以上が必要であり、培地8は完全には溶解しないことが分かる。
【0051】
例-本発明による細胞培養培地で培養することができる生体細胞
【表1】
【0052】
例2-細胞培養培地中のクエン酸鉄二リン酸錯体の最適濃度の決定
細胞培養培地中のクエン酸鉄二リン酸錯体の最適濃度範囲を決定するために、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を、トランスフェリンを含まない細胞培養培地中で種々の濃度で試験した。
【0053】
使用した細胞培養培地は、Dulbecco改変Eagle培地/Ham栄養混合物F-12(DMEM/F12培地)に基づいた。前記培地は、微量元素および元素カルシウム、鉄、コバルト、銅、カリウム、マグネシウム、マンガン、モリブデン、ナトリウム、ニッケル、リン酸塩、セレン、ケイ素、亜鉛およびスズの塩を含んでいた。クエン酸鉄二リン酸錯体を添加しない、使用した細胞培養培地中の鉄濃度は、0.8μM未満であった。さらに、使用した細胞培養培地は、グリシン、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-シスチン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシンおよびL-バリンを含んでいた。加えて、使用した細胞培養培地は、ビオチン、コリン、フォリン酸、グルコース、ヘペス緩衝液、ヒポキサンチン、リノール酸、リポ酸、ミオイノシトール、ナイアシンアミド、パントテン酸、プトレシン、ピリドキサール、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、チミジン、ピルビン酸およびビタミンB12を含んでいた。
【0054】
特定のタンパク質を産生するように遺伝子組み換えされた細胞の細胞増殖を、水に溶解し、上記DMEM/F12培地に基づく、液体細胞培養培地中のクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定した、鉄濃度の関数として調査した。さらに、所望のタンパク質生成物の生成を、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定した液体培地中の鉄濃度の関数として調査した。
【0055】
次の表は、液体培地中のそれぞれの所望の鉄濃度を設定するために使用された、液体培地1リットル当たりのmgで表したクエン酸鉄二リン酸錯体のそれぞれの重量(mg/lでのクエン酸鉄二リン酸錯体の濃度)を示す。
【表2】
【0056】
クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を介して設定された鉄濃度の関数としての細胞増殖およびタンパク質産生の結果を
図1Aおよび1Bに示す。液体培地中の約80μM~5800μMの範囲内の最終鉄濃度は、細胞増殖およびタンパク質産生に最適であることが分かった。使用した細胞培養培地中の鉄濃度は、クエン酸鉄二リン酸錯体を添加せずに0.8μM未満であったので、約80μM~5800μMの範囲内の最終鉄濃度は、実用上相当するモル量のクエン酸鉄二リン酸錯体(すなわち、約80μM~5800μMのクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)を用いて達成された。
【0057】
例3-他の鉄源と比較した、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体が細胞増殖およびタンパク質産生に及ぼす影響
使用した鉄源とは別に、例2に記載したトランスフェリンを含まない培地に対応し、従って使用した鉄源を除いて同一の組成を有する合計4つの異なる培地を試験した。使用した鉄源を、液体培地中で最終鉄濃度が300μMに達するような量ですべての培地に添加した。
【0058】
使用した鉄源は以下の通りである:
培地1: クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体(鉄濃度300μM);
培地2: 硫酸鉄(II)七水和物(鉄濃度300μM);
培地3: クエン酸鉄(III)非水和物(鉄濃度300μM);
培地4: クエン酸鉄(III)(鉄濃度300μM)。
【0059】
特定のタンパク質を産生するように遺伝子改変された培養細胞の細胞増殖と蛋白質産生への影響を、細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後と13日後に調査した。結果を
図2Aおよび2Bに示す。培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、培地2~4に存在する鉄源に対して、実験開始から10日目及び13日目に、生細胞数および生成物濃度、すなわち生成物量に対して有益な効果を有することが示された。
【0060】
例4-他の鉄源を有する乾燥培地と比較した、鉄源クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥培地の水中への溶解度
水を、乾燥粉末形態での例3の培地に加え、乾燥粉末状培地の各々が完全に溶解するまでの時間を測定した。結果を
図3に示す。鉄源としてクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥粉末状培地1は、異なる鉄源を有する培地2、3および4よりも水に著しく速く溶解し、元々乾燥した粉末状培地2、3および4の完全な溶解を達成するために360分以上必要であったことが分かる。
【0061】
例5-細胞の増殖およびタンパク質産生に対するクエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体の個々の成分をさらに有する、他の鉄源と比較した、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体の影響
使用した鉄源を除いて、例2に記載したトランスフェリンを含まない培地に対応し、使用した鉄源とクエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体の特定の個々の成分を除いて、同一の組成を有する合計5つの異なる培地を試験した。使用した鉄源を、液体培地中で最終鉄濃度が300μMに達するような量ですべての培地に添加した。溶解培地中で錯体の形成を可能にする培地1からのクエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体のさらなる個々の成分を、可能な限り等モル量で比較培地5、6、7および8に添加した。GuptaらのX線吸収分光法(Physicochemical characterization of ferric pyrophosphate citrate,Biometals,2018,vol.31,pp.1091-1099)によって決定された、等モル量のピロリン酸塩およびクエン酸塩を計算するために、4対3対3の鉄対クエン酸塩対ピロリン酸塩の比を使用した。言い換えれば、培地5~8中のピロリン酸塩およびクエン酸塩の量は、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体によって提供される培地1中のピロリン酸塩およびクエン酸塩の濃度に匹敵するように維持された。本研究の目的は、クエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体の個々の成分が、錯体に匹敵する効果を有するか、あるいは錯体が水溶液中の個々の成分から自然に生成するかどうかを調査することであった。
【0062】
試験した5つの培地は、鉄源、ピロリン酸塩源およびクエン酸塩源として構成された:
培地1: クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体(鉄濃度300μM);
培地5: クエン酸鉄(III)(鉄濃度300μM)
四塩基性ピロリン酸ナトリウム(ピロリン酸濃度225μM);
培地6: 硫酸鉄(II)七水和物(鉄濃度300μM)
四塩基性ピロリン酸ナトリウム(ピロリン酸濃度225μM)
三塩基性クエン酸ナトリウム二水和物(クエン酸濃度225μM)
培地7: 硝酸鉄(III)非水和物(鉄濃度300μM)
四塩基性ピロリン酸ナトリウム(ピロリン酸濃度225μM)
三塩基性クエン酸ナトリウム二水和物(クエン酸濃度225μM)
培地8: ピロリン酸鉄(III)(鉄濃度300μM)
三塩基性クエン酸ナトリウム二水和物(クエン酸濃度225μM)
【0063】
特定のタンパク質を産生するように遺伝子改変された培養細胞の細胞増殖とタンパク質産生への影響を、細胞培養実験(フェドバッチ)の開始から10日後と13日後に調査した。結果を
図4Aおよび4Bに示す。培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、培地6~8に存在する鉄源に対して、生細胞の実験開始から10日目および13日目の生細胞数に対して有益な効果を有することが明らかになった。さらに、培地5~8に存在する鉄源に対して、培地1に存在する鉄源(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体)は、実験開始から10日目及び13日目の生成物濃度、すなわち生成物の量に有益な効果を有することが分かる。
【0064】
実験は、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体がその個々の成分から液体培地中で形成されないことを証明し、さもなければ培地5~8の結果は培地1の結果と同一でなければならない。しかし、そうではなかった。
【0065】
データはさらに、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体(培地1)が、生成物の得られた量に関して、クエン酸鉄(III)および四塩基性ピロリン酸ナトリウムの混合物(培地5)に関して有益であることを示す。(
図4Bの培地1と5とを比較してください)。培地5は、(クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体において)錯体形態ではなく、遊離のアニオン性形態のピロリン酸塩を含むので、これは、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体中の細胞に結合したピロリン酸塩が、より接近しやすく、すなわち、遊離のアニオン性ピロリン酸塩よりも容易に取り込まれ得ることを意味し、したがって、クエン酸鉄-二リン酸-ナトリウム錯体を介して達成され得る細胞内ピロリン酸塩濃度は、培地中の遊離ピロリン酸塩で可能であるよりも高いことを意味し得る。
【0066】
培地5~8は、鉄錯体が自発的に生成せず、性能差があることを示すために調製された。
【0067】
例6-錯体の他の個々の成分(すなわち、個々の成分としての鉄、クエン酸塩、ピロリン酸塩)を有する乾燥培地と比較した、クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥培地の水への溶解度
水を、乾燥粉末形態における例5からの培地に加え、乾燥粉末培地の各々が完全に溶解するまでの時間を測定した。結果を
図5に示す。クエン酸鉄二リン酸ナトリウム錯体を有する乾燥粉末培地1は、クエン酸鉄二リン酸錯体の個々の成分(すなわち、鉄イオン、クエン酸イオン、ピロリン酸イオン、ナトリウムイオンを提供するための塩)を有する培地5、6、7および8と比較して、有意に速く水に溶解し、元々乾燥した粉末培地5、6および7が完全に溶解するには360分以上が必要であり、培地8は完全に溶解しないことが明らかであった。
【国際調査報告】